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『キャンドル・ナイト 97』




キャンドル・ナイトも97回目。あと3回で、100回になる。
ふ~う・・・・・・・・・

よく続けてきたものだ、と自分でも思うが、同時に虚しくもある。
8年前のあの日から、日本は少しでも良くなったのであろうか、と考えると。



キャンドル・ナイト 97



今日のしつらえ。
ビブルナム・スノーボールというガマズミの仲間の落葉低木の枝を切り花として
花屋で売っていたのをもう2週間ほど前に買って楽しんできたのが、いよいよ疲れてきたので
最後にこうして小さなロウソクとともに写真に残すことにした。
さわやかな薄緑色の花は、紫陽花を小型にしたような手毬状に咲く。
その花の中に小さなロウソクを立てると、思いがけず美しい陰影を生んだ。



東日本大震災の傷はまだまだ癒えぬまま、時は、『平成』から『令和』とやらに
移って行こうとしている・・・・・・
『令和』か・・・・・・・・・。


思うことは山ほどあれども、この頃、それを書くことが虚しくなってしまっている。
シニシズムに陥ってしまってはいけない、とは思うのだが。




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『つぐみんに会えた!』



ツグミ。
スズメ目ツグミ科ツグミ属。
学名:Turdus eunomus
英名:Dusky thrush

ツグミを見てみたい、と思ったのは、そうだなあ・・・もう3、40年ほども前のことだ。
いつの頃だったか今となっては正確に特定できないのだけれども、1970年代か
80年代にさしかかった頃か、テレビで、こんな詩の朗読と共に、なんとも大人っぽく静かで
味わい深い、洋酒の良いコマーシャルが流れていたことがあった。




『譫語』                                                                            『センゴ』(うわごとのこと)

爾等の見窄ぼらしい繪馬の前に、            なんじらのみすぼらしいえまのまえに、 
なんでこの身が、額づき祈らう。          なんでこのみがぬかづきいのろう。
むしろ、われは大風の中を濶歩して、                     むしろ、われはたいふうのなかをかっぽして、
轟き騷ぐ胸を勵まし、                とどろきさわぐむねをはげまし、
鶫鳴く葡萄園に導きたい。                        つぐみなくぶどうえんにみちびきたい。
沖の汐風に胸ひらくとも、              おきのしおかぜにむねひらくとも、
葡萄の酒に醉はうとも、何のその。          ぶどうのさけによおうとも、なんのその。



これは、上田敏の訳詩集『牧羊神』の中に収められた『譫語』、という詩の中の一節である。
原詩は、ギヰ・シャルル・クロ((1879-1956)というフランスの詩人のもの。
本当は、この前にも後にも詩は続くのだが、コマーシャルではこの部分が使われていた
ようである。全詩は、ここで読むことができる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000235/files/51173_42027.html

you tubeなどを一所懸命探してみたけれども、そのコマーシャルを見つけることは出来なかった。
だからそのすてきさをここでお伝えすることは出来ないのだけれども、ああ!70年代ごろの
コマーシャルにはなんと格調高い上質のものがたくさんあったことだろう・・・
サントリーやニッカなどの洋酒や、パルコなどのコマーシャルは、商業宣伝といえども、
音楽、映像、コピー、などなどに、超一流の人々が関わって、本気で芸術的ないいものを
作ろうとしていた時代だったように思われる・・・

この洋酒のCMも、電気スタンドの明かりにほのかに照らされる古い書斎の机の上の、
開きかけの本と一杯のお酒のグラス、という映像に、渋く深い声の男性による詩の朗読、
バックにかすかに流れるクラシックの曲、というだけの、シンプルなものだったろうと
うっすら思うのだが、とても良いコマーシャルだったというそのことの記憶しかない。
そのお酒が何だったのか、ナレーションの声は誰だったのか、バックに流れていたのは
何の曲だったのか…このCMについて書いている人が何人もいらっしゃるのだけれども、
結局特定することはできない。サントリー社のCMだったのではないかということで、
わざわざサントリーに問い合わせた人までいたのだが、記録がないという返事だった
という・・・
ちなみに、いろいろ調べた末に、お酒はサントリーローヤル、朗読は小林修さん、
曲は『トリスタンとイゾルデ』第三幕冒頭部分、と書いている方がいらした。
https://youtu.be/rsGiazgC8lY

聴いてみれば、『ああ、そうそう。この曲だったかも知れない・・・』と思わされる。
私自身の記憶自体おぼろなのが残念なのだが、何しろ重厚で奥行きの深い、コマーシャル
だった・・・。ということだけはこの曲で伝わろう。
   
私にとって唯一鮮明なのは、朗読される詩の『つぐみ鳴く葡萄園』というその一言に、当時、
私の想像力がいたく掻き立てられた・・・という一事である。

葡萄園というその舞台は、おそらくヨーロッパのどこかの、古い葡萄園であろう。
時間は夕暮れ間近かあるいは早朝か。とにかく人は他にいないその葡萄園の道を
詩人は歩いている。つぐみの声だけがただ響く。
その静かで孤独な情景を想像して、わたしは『つぐみ』という鳥にいたく惹かれてしまった
のである。

つぐみとはどんな姿をした鳥だろうか。
葡萄園に響いたというその声は、どんな声だったのだろうか…

しかし、それから何十年と、私がつぐみのことを知ることはなかった。
当時ネットというものなどはなく、また積極的に図書館などで調べるというほどの
執着もなく、ただあの時のコマーシャルとともに、私の中でその鳥は、ただ淡い美しい
印象のままに眠り続けていたのである。

『つぐみ』への興味が私の中で息を吹き返したのは、2006年、『とりぱん』という漫画に
出会ってからだ。
『とりぱん』は、とりのなん子による日本の漫画作品。とりのなん子氏は講談社の
2005年第17回MANGA OPENで大賞を受賞して漫画家デビュー。以来雑誌「モーニング」誌に
連載が続いて単行本化もされ、本は現在24巻まで出されている・・・
漫画『とりぱん』のことを私が知ったのは、朝日新聞に素晴らしい書評が載っていたからで。
それについては、前のブログで書いたことがあるのだけれども、いつか転載してみよう。

『とりぱん』は、東北地方に住むある独身女性が、自宅の庭に来る鳥たちなどに
ひたすら餌をやり続けるのを描いた、一種の日記のような漫画なのだけれど、
そこにはさまざまな鳥たちだけでなく、蛾やカマキリなどの虫たちや蜘蛛なども出てきて、
それらが皆、なん子さんの卓抜な観察眼で半ば擬人化されて描かれているのである。
一言で『擬人化』と言っても、単に生き物たちが人間くさく戯画化されているわけではなく、
それぞれの生き物としての存在感と個性が、なん子さんの手で生き生きと描き出されている、
という意味で。
私は朝日書評で第一巻の存在を知って購入して以来、次の単行本が出るまでの半年
が待てずに、毎週塾に勤めに出る際に連載の掲載誌『モーニング』を買って、
夜仕事が終わって帰りの電車の中で『とりぱん』を読むのを楽しみにすることを
数年間の習慣にしていたほどだ。

つぐみの『つぐみん』は、ひよどりなどと共に、『とりぱん』の主役級の登場者である。
私が件の洋酒のCMでなんとなく思い描いていた『ツグミ』という鳥のイメージは、ここで
ずいぶんと変わったかも知れない。
『つぐみん』は、餌場に集まる鳥たちの中で、いつもヒヨちゃんに追い回され、
地べたでパンくずやりんごかすなどをびくびくしながら漁る、気弱でおとなしい鳥として
描かれているのだが、そのつぐみんが作者や、私を含む多くのファンから愛されているのは、
彼(彼女)が、遠くロシアや中国の北部から秋になるとこの日本にはるばる『渡り』を
してくるけなげな鳥であるということも理由の一つにある。
私が件の洋酒のCMで思い描いていた『葡萄園で美しい声でなく鳥』というイメージは、
漫画の「キャッ、キャッ!」という鳴き声のオノマトペや、実際にネットなどでその
鳴き声を知るにつれて訂正せざるを言えなくなったのだけれど(実際、つぐみんは
『悪声』の方だと言って良いかもしれない)、CMで抱いたツグミという鳥へのある種
ドラマチックな、悲劇的でさえあるようなイメージは、その『ロシアから、秋、はるばる
渡りをしてくる・・・』という一事で私の中では以前と少しも変わることなく保たれ続けて
いるのである。

つぐみんに会いたいよう・・・・・・!・・・・・・
思い続けて何年になるだろうか。
人によっては、また場所によっては、秋から冬にかけた季節に、すぐ身近な公園や
空き地、農園などで普通に見かけられるらしいツグミ。
でも、私には縁がなかった。




ところがこの3月。
肺癌という自身の病と、家族の介護ということの中で心身共に疲れているように見える
私を心配して、娘たちが私を散歩に連れ出してくれたのである。
パパがデイサービスに行っている間のほんの1時間余の近場の散歩だったけれど。
お婿さんは、我が家の庭に鳥の餌台を作ってくれてそこでシジュウカラやヒヨドリ、
メジロ、アオジなどの餌をついばむのを見に来るようになって以来、すっかり鳥好き
になった。
この日も、彼と娘と私と、三人で鳥のことを話しながら、近くの裏通りにある小さな
農園のところまで来たときだ。
娘が立ち止まって、『つぐみんがいる』、と静かな声で言う。
眼の良い娘は、ここで最近、ツグミらしき鳥を見かけたことがあって、でもそれと
断定する自信はなくて、私をここに連れてきたらしいのだった・・・・・・。

いた!間違いなくつぐみんだ。
あの、ぼ~っと佇んでいる丸っこい姿。私たちが足を止めて見ていても平気で、身動きもせずに
斜め四五度上を見上げているようなあの独特のポーズ・・・。
私は心の中で狂喜していたけれど、悲しいことに眼鏡をかけていてもド近眼の身では
つぐみんの顔つきまではよく見えなかった。
そんな日に限ってデジカメも双眼鏡も持ってきていない・・・
娘に携帯で写真を撮ってもらってあとで送ってもらうことにして、その日は三人とも
ただ、つぐみん同様その場に立ち尽くして、つぐみんとの出会いを心の中で祝して
いたのだった・・・・・・


後日。もちろん、私は、ひとりでくだんの農園に行ってみましたよ。
でも、つぐみんはいなかった・・・。
三人で目撃したのとほぼ同じ時間、また時間を変えても行ってみたのだけれど。
つれあいを家に置いての買い物は、いつも大急ぎで済ませて帰らなければならない。
その農園のほうへ遠回りして行くのも本当ははばかられるのだけれど、つぐみんを
どうしてももう一度見て、自分のカメラに収めておきたい・・・・・・

そうやって虚しく訪ねて数回目の時だ。


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つぐみん!
いた!


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ああ!この姿。この顔!


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ぼ~っと立っているこの姿。^^
なん子さんの漫画の通りだ。
とりのなん子さんは、プロとは一口に言えども、その中でもかなりのデッサン力のひと
のように思う。何といっても、観察眼がとてもすごい。正確なのである。



それから、毎日のように、駆け足でではあるけれど、つぐみんに会いに行く。
だって、彼は、このように暖かくなったら、もうじき、ロシアに帰ってしまうんだもの…
そうしたら、また来年までは会えないのだ。
(私の体調次第では、二度と彼に会えないかもしれないのだ…)



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何日目かのこの日も、「あ!つぐみん、いた!」と思ったら、ハクセキレイさんだった。
つぐみんよりこころもち体は小さいが、地べたを動き回る怪しげな動き方はつぐみんに
似ているのだ。
ハクセキレイも私の大好きな鳥だ…
地べたをつつつ~!っと走り回っては、餌を探している風・・・


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そこへ、カラスが畑のどこからか現れて、ハクセキレイを追い回す。

これは、ハクセキレイを追いやって、見物人の私を意識しているかのように、得意満面で
こちらへ戻ってくるカラス。
足つきに、彼の得意さが現れているように思えるのは、私の感情移入のし過ぎか?(笑)
実は、私は、カラスもその賢さのゆえにとても好きなのだ。



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「今日は、ハクセキレイとカラスだけで、つぐみんはいないのかな…カラスがいては
あの臆病なつぐみんは逃げてしまったかもしれないな・・・」
そう思って、あきらめて帰ろうとした時だ。

いた!
つぐみんが今日もいた。
地面の色と同じ保護色でこちらが気がつかなかったのか。それとも野菜の畝の陰から
たった今出てきたところなのか。
こういうところが、つぐみんのつぐみんらしいところだ。(笑)
きみは。いつも同じポーズだねえ・・・・・・♪




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ぼけぼけの写真になってしまったけれど、つぐみんよ。大写しの写真もここに載せて
おこうね。
私が寂しい時に、こうやって、ここで待っていてくれてありがとう・・・
私が君に出会うまで、北の国に帰ってしまわないでいてくれてありがとう・・・

つぐみんがここにいることを突き止めて教えてくれた娘たちにも感謝感謝だ。






              ***



長くなってしまうけれども、つぐみに私は、なぜこうも惹かれるのだろう・・・


おそらくそれは、彼の『孤独』というイメージを、私が勝手に人間の目で創り上げて
いるからだろう。
そのイメージは、3、40年も前のあのコマーシャルの時にすでに出来上がっていたものだ。
おそらくは夕暮れの葡萄園を、ひとり歩く詩人…その孤独な魂に、つぐみの声が
照応し合う、という、そういうイメージだ。
だが実際は、上田敏によって訳された 『譫語』 という原詩そのものをよく読んでみると、
この詩は、詩人の孤独な魂などを謳ったものなどではなく、むしろ、古今の芸術家たちの
仕事に何、憶するものか。自分は新しいものを創っていく、という、高らかな宣言である
ことがわかる。
私があのCMを見て、孤独で寂しいイメージを持ってしまったのは、詩の文言ではなく、
むしろ、背景に流れる『トリスタンとイゾルデ』第三幕のその調べの重厚さと、ナレーション
というか、詩を朗読した男性の深く豊かな声と、CM全体の静かな雰囲気によるものだった
のかもしれない。いずれにしても、

私の中に色濃くある『よるべなさ』の感覚・・・・・・
どう生きてもひとはひとり…という感覚…

が、このCMに惹かれる原因だったのだろうし、つぐみに抱いたイメージも、そこで
定着してしまったのである・・・
実際のつぐみんにこうやって出会っても、そのイメージは変わることはなかった。
はるばるロシアから飛んでくる渡りの時はいざ知らず、日本にいるときのつぐみんは
群れないで、こうして一人でぽつんといるように思われるから。

ただひとつ。疑問が晴れないこと。
それは、あのコマーシャルの、あの詩の中に出てくるツグミの鳴き声のことである。
そもそも『つぐみ』という名が日本でついているのも、彼が北の国から日本に
渡ってきて帰るまでのごく一時期、それもごくまれにしか、その「歌声(さえずり)」を
聞けない。彼が発するのは、何か危険を察知した時の警戒音とも言うべき
『キャツキャツ!!』という、むしろ悪声に近い鳴き声だけである、というところから、
『口をつぐんでいる』鳥、という意味でその名がつけられたのだ、という説があるほどに
つぐみの声は警戒音以外は日本では聞けないのである。
鳥たちはなぜ歌を歌うのか。
歌うことそれ自体を目的にしてさえずる鳥もいなくはないかもしれないが、
ほとんどの鳥は、繁殖の相手にアピールするため、いわゆる恋の歌を歌うので
あろう?
鳥が鳴くときは、それ以外は、危険が迫ったことを仲間に知らせる警戒音や、
相手を必要あって威嚇するときや、『ここに餌があるよ』とか、何か合図を送るため
であって、ほとんどの鳥は無駄鳴きはしないものであるようだ。
だから、つぐみんの恋の歌は、さえずりは、繁殖地であるロシアなどの地でしか
まず、聴くことは出来ないのだ・・・そう思うのもまた寂しい・・・・・・。

ツグミのあのキャツキャツ!という短い警戒音の鳴き声と、ギヰ・シャルル・クロという
フランスの詩人のあの詩に出てくるツグミのおそらく美しい声との間の、私の中での
乖離のようなもの…素朴な疑問…
あの警戒音の悪声ぶりでは、本来の『さえずり』の声も、詩に歌われるそれほど
良くはないのではなかろうか?

その疑問は、次のサイトの、桝田隆宏氏(松山大学)のツグミに関する丁寧な論考で
氷解した。

『英米文学鳥類考:ツグミについて』 桝田隆宏(松山大学)
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180422121828.pdf?id=ART0009406788
(この論考を、氏がお書きになるに際して、庭に来る『シロハラ』の姿を愛でながら、
と最後に記してあるのにいたく感動した私でした・・・。ああ!シロハラちゃん!
シロハラちゃんについて、ここで書いた記事があります…)


ギヰ・シャルル・クロの原詩に謳われたツグミは、フランスなど欧州本土やイギリスなどで
鳴くツグミ。同じツグミでも日本に飛んでくるツグミ(英名:dusky thrush 黒っぽいツグミの意味)
とは種類が違うのだということ。
詩に歌われたツグミは、俗にsong thrush (ウタツグミ)と呼ばれる仲間で、それらは
欧州ではナイチンゲールなどと共に、美声で名高い鳥なのだというのである。
しかも、彼らは、あの詩によっても想像されるとおり、日本に来るツグミのように渡り
で季節によっていなくなるという感じではなく、ほぼ一年中、一日中、林や農園などで
歌を歌っているらしいのだ。
ああ・・・。それなら、あの詩の情景もぴったりくる……。

それでは、そのsong thrushの声とはどんなものなのだろうか。
調べてみたらあった!







・・・
なるほど。この美しい歌声なら、詩人の魂に呼応して詩心を誘い詩に謳われもしよう。

でも。つぐみんよ。私は君が好きだよ。とてもとても好きだよ。
君の恋の歌を、命の歌を、私は聴けない。君の巣も、子供たちも、私は見ることが
出来ない。君の故郷は遠いロシアだからだ。

おそらく。おそらくだが、つぐみん、君も故郷の地で恋の歌を歌うときには、ウタツグミ
ほどではなくとも、それに似た美しい声で鳴くのではなかろうか。
ああ・・・つぐみんの恋の歌を聴いてみたいなあ…
それでも、あの、『キャツキャツ!』という、君がものに驚いて飛び立つときに
発する声。それが私はとても好きだよ。

つぐみん。また来年も会おうね。

ここで待ってるからね。



 








『キャンドル・ナイト 96』



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96回目のキャンドル・ナイト。
あの日から8年だ。





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こんなこにちいさな蝋燭を託してみた。


やさしい顔の海鳥だ。

どうか。
まだ帰れぬみたまが、この小さな灯りを目指し。鳥の背中に乗って帰ってこられますように。



今日は、ひたすら、祈りだけを捧げよう・・・・・・・・・






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『ひな祭り ’19』





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みなさん。こんにちは。
あずさです。
ろうそく人形のあずさです。
40年以上前、おひな祭りのケーキについていたろうそく人形なんです。

いつも、一年に一度、おひな祭りの時だけ起きてきます。

今年は自分で、小さな箱のベッドから起きてきましたよ。
あずちゃんも、少しずつだけど、大人になってきたのね。

慧人(けいと)くんも仁人(にっと)くんも、もう来ていますよ。


みなさん。こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。





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はっ!紅子さん?



ううん。紅子さんじゃないのよ。
『紅子さん』というのは、7年前の冬、12月から3月までも生きていたカーネーションさんです。




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はっ!このおおきいちと、だあれ?


このこはね。『きばる』ちゃんよ。
水俣の漁師の人たちが育て上げた甘夏さんなの。

ママさんのおともだちの玄さんが送ってきてくれたのよ。

げんさん?げんさん、ありがとう~~~♪


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ほうら。剥いてあげたわ。甘くて新鮮でおいしいわよ。
みんなでいただきましょうね。

は~い!




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さあ。今年もあずちゃんのお友達がせいぞろいです。
げんさん甘夏や、いつものちらし寿司、ひなあられをみんなでいただきましょうね。


は~い!

は~い! は~い! は~い! は~い! は~い!・・・・・・















『キャンドル・ナイト 95』



95回目のキャンドル・ナイトだ。
本当は、季節に合わせて庭の梅の花を一輪添えたかったのだけれども、日当たりの悪い
我が家の庭の梅は、まだ蕾ばかりである。
雪が積もって消え残っていた年もあって、その時は小さなかまくらの中にろうそくを
灯したことなどもあったけれど、今年の冬は東京はカラカラの天気が続いて、先日やっと
降った雪も、ほんのお湿り程度で翌日にはすっかり跡形もなくなってしまった・・・・・・


仕方ないので、せめて、雪のかまくら代わりの小さなガラス器に、いつもの小さな
ろうそく立ててみようか…



『キャンドル・ナイト 95』



…怒りが沈潜している…………






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『キャンドル・ナイト 94』





94回目のキャンドル・ナイト。


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小さなガラスの酒器にいつもの亀山ローソク『豆ダルマ』を入れて灯す。

器の切り子細工の影が、梅の花のような五弁の花を描く。


あと2回灯せば、あの日から8年。あと6回灯せば、キャンドル・ナイトは
100回目を迎える・・・・・・
月日の経つのはなんと早いのだろう。

東日本大震災で亡くなられた小学6年生は、今年成人式を迎えるはずだった・・・
お子さんのために、成人式の背広をあつらえた、というお母さんの話が今日、
新聞に載っていた・・・・・・

何に怒りをぶつけていいのかわからない悲しみが、なんとこの世には多くあるのだろう・・・









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『花と野鳥と ②』



鳥たちのことをもう少し書きましょう。


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これはもう、何回か登場していますが、1年以上前にお婿さんが作ってくれた最初の餌台です。



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雨の日でも小鳥たちが濡れないで食べられるよう、切妻型の屋根がちゃんとついていて、
なんと建築用語でいう『棟巴瓦(むねともえがわら)』代わりの、こんな飾りもついている。^^




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昨年2月。メジロが蜜柑を食べに来たところ。



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同じ昨年2月には、こんな子も来ていた。
ウグイスだと思う。
ガラス戸越し網戸越しなので、写真が不鮮明だが、ちょっとへっぴり腰なのが
とても可愛い。このような野鳥たちが何年生きるのか知らないが、ここ何年か、
春、わが家の、というか、隣家のやはりわが家との際の柿の木によくきて、
『ほ~ほきょい!』と鳴く子がいる。『ほ~ ほけきょ♪』ではなく、『ほ~ほきょい!』。
だからたぶん、同じ個体だと思うのだが、「あ!きっとあの子だ!』と思って、そっと
カーテンの影から見ていると、どうもシジュウカラ用に出した小さな牛脂の塊を
つつきに来ていたようだ。

この『ほ~ほきょい!』と鳴く子は、昨年、私が手術後退院してきて、ひとりで
あの暑い、異常な猛暑の夏に耐えていた8月末、家のすぐ近くで『ほ~ほきょい!
けきょけきょけきょけきょ!』と鳴いていた。
人間の勝手な思い込みで、それはまるで、私を元気づけに来てくれたかのようにも
思え、おもわず微笑んでしまったのだが、
おや?それにしても、8月にウグイスが市街地で鳴くなんて珍しいな・・・
そう思って少し調べてみたら、8月にウグイスが谷渡りの鳴き方をすることもなくはないが、
大抵は、つがいの相手を見つけ損ねた雄である、などと言うことが書いてあったので、
にわかに心配になってしまった。
この夏の異常な暑さも原因かも知れない、などと思ってみたことだった・・・



さて。この餌場だが、シジュウカラ用のピーナッツと、ヒヨドリやメジロ、ウグイスも
食べるミカン、リンゴなどを一緒に並べておくと、縄張り意識の非常に強いヒヨドリが、
くだんの木斛の枝にずうっと止まって見張りをしていて、ほかの鳥が寄ってくると、
すごい勢いで飛び掛かって追いかけて追い払ってしまうのである。同じヒヨドリ仲間
でさえも追い払う。
彼は(彼女は)、そうやって、自分の縄張りの何か所かを巡回しながら見張りをするらしい。
ここに来ると、きまって木斛の茂みの中に入って、その枝で羽づくろいかなにか
わからないが、他の鳥を威嚇でもするかのように体を膨らませて戦闘機がいましも
飛び立つようにブルブル羽を震わせている・・・
追いかけるときは、『キイーーーーイッ!!!』という鋭い鳴き声で威嚇しながら追う。
隣の庭、我が家の庭を、びゅんびゅん飛び回る!

ヒヨドリは野鳥たちの中でも、際立って性格のはっきりした鳥で、本当に縄張り意識が
強く、とにかく喧嘩っ早い!(笑)


私は、決まったテレビ番組を見るということは少ないのだけれども、テレビ朝日の
『相棒』だけはほぼ毎回見ている。もうご存知だと思うが、水谷豊主演の警察ものである。
超人的に優秀なキャリア警察官であるが、今は警視庁内の窓際部署『特命係』に
追いやられている、水谷豊演じるところの『杉下右京』警部が、その『相棒』と、
難事件を次々に解決していくという、刑事ドラマである。いわゆるバディもの(対照的な
キャラクター2人組が難題に立ち向かうといった展開をする話やドラマ・映画の総称)
であって、右京さんとその相棒の性格設定などが非常にそもそも面白く、私は好んで
これを見ているのだが、それとは別に、ここには右京たちとは時に競い合う関係の
二人組の捜査一課刑事、伊丹憲一(川原和久)と芹沢慶二(山中崇史)が毎回出てきて、
私は、この二人が大好きなのである!
もしこの二人がドラマ『相棒』からいなくなったら、もうあまり見なくなるかもしれない・・・
というほどに。
そもそも私は、どんな小説やドラマでも、主役よりダークヒーローや、脇役に
心惹かれるほうで。逆に言えば、わき役陣の充実して個性的で面白いドラマは
優れたドラマだと思っている。
『相棒』はそういうドラマだ。他にも六角精児演じるところの鑑識課、米沢守や
殉職して消えていった刑事たちなど、非常にそれぞれの性格作りが面白いのである。



伊丹刑事



右の二人が、私がとりわけ好きな伊丹刑事役川原和久さんと芹沢刑事役の山中崇史さん。
左はこれまた個性豊かな味付けの角田六郎 組織犯罪対策第5課長役 山西惇さん。
写真はこちらのサイトからお借りしました。
<
a href="https://www.cinemacafe.net/article/2017/02/05/46835.html">https://www.cinemacafe.net/article/2017/02/05/46835.html


この一番右の伊丹刑事が、ヒヨドリそっくりの性格付けで!(爆)

とにかく縄張り意識が強く、喧嘩っ早い。
右京さんたちに意地悪をして犯行現場から追い出そうとするのである!
右京さんたちが犯行現場に先について聞き込みなどしていると、あとからこんな顔で
こんなふうに体をかしげて喧嘩態勢でやって来て、いちゃもんをつける!(笑)
もう、その顔、その頭の体とのバランス、髪形、ポケットに手を突っ込んで喧嘩腰で
くるその体の傾げ方・・・ヒヨそっくりだ!!!

それでも、単なる意地悪ではないところがこの脚本の優れたところ。
なんだかだ文句を言いながら、結局は右京さんたちに協力して問題を解決することに
なるのである。上司の悪などに対しても正義感が強く妥協しない、という魅力的な一面
もあり、若干の気の弱さや人情味も十分にある男。^^
ヒヨちゃんもほかの鳥に意地悪だが、猫など共通の敵が来るとギャーギャーいって
なかなか心強い。(笑)

伊丹刑事とヒヨドリの類似。そんなことを考えるのは私だけだと思うが、いつも
伊丹刑事を見ても、ヒヨドリを見ても、片方を思い出しぷっと吹き出してしまう。
演じる川原和久さん。ほんとうに上手いなあ!伊丹刑事になり切っている、というか
伊丹刑事という人物の造形、見事だなと思ってしまう。



さて。すっかり話が脱線してしまった。


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これは、この正月、お婿さんが作って持ってきてくれた餌台2号。
メジロなどが来ても、ヒヨドリが追い払う、という話を私が何気なくしたら、
ヒヨドリの入れない餌台を考案して作ってきてくれた!(笑)

左右二か所に、メジロやシジュウカラくらいの大きさの鳥しか入れないような
丸い入り口が開いており、後ろ側は開放口だが、大きい鳥には入れないし首も
突っ込めないくらいの幅で柵がしてあり、しかし、小さい小鳥がちょっとつかんで
飛んで入るのには便利なように、柵には斜めの細い竹ひごが渡してある。
前面は透明な塩ビ板が覆っていて、風や雨や大きな侵入者を防ぐ。
餌を出し入れする私は、この前面の塩ビ板を開けて蜜柑を置いたりするのである。
蜜柑などをつつくのに便利なようにつかまる枝や、まあ!冬場の寒さに少しでも
耐えられるようにか、下には棕櫚か何かのクッション材まで敷いてある!(笑)

お婿さんが自分のところにあった工作材料の余りを利用して作ったこのメジロの家は、
壁にはたまたま夕焼けの山々を描いたような絵の入った端材が使ってあり、天井の塩ビ板
もまた、なにか秋の紅葉した葉っぱのような絵が描いてある。

まあ、なんと居心地のよさそうな!
私が小さかったら、住んでみたいような家である!(笑)
とりわけ、あたりが薄暗くなりかけたころには、天井から入る太陽の余光が壁に描いた
夕焼けの山と空のような絵を赤々と照らし、本当にそこに小さな夕焼けの景色があるようだ。




CIMG8605.jpg


愉快なのは、この入り口で。
これも資材の余りを利用して作ったらしいのだが、『日活ホテル』などと書いてある!
この穴から入るメジロなど小さな鳥が、入りやすいように玄関の止まり場もあって、
これもなかなか具合がよさそうだ。^^


可笑しいのは、これを取り付けた日の夕方、賢くて好奇心の強いシジュウカラが
さっそく見に来て、背伸びして中を覗き込んでいたこと。なんだ、僕たち向けの餌は
ないや、と知ると、すぐに好奇心をなくしたようだが、小鳥たちにもそれぞれ個性と
いうか、種に独特の性格があるようで面白い。
シジュウカラは、今言ったように、非常に賢くて勇気のある鳥だ。ものの本によれば、
寒い時期が来ると、場所によってはシジュウカラはコガラヤエナガなどと混群を作って、
その偵察役、情報収集役・・・、群れのリーダーのような働きをするらしい。
いつも我が家の狭い範囲内で観察していても、なるほどさもあらん、という感じの
する鳥だ。
メジロもまだ今季になってからこの環境にまだ慣れないので、おずおずとだが、
偵察に来て、同じく背伸びして覗き込んでいたのが非常に可愛かった。
小鳥は、びよ~んと伸びます。(笑)




さて。不満なのが、排除されたヒヨドリである。(笑)
何度も木斛の木に飛んできては様子をうかがっていた。
だが、中の蜜柑はヒヨドリには口も手も届かない。
「怒ってるだろな~」と可笑しい。でも、可愛そうでもある。
ヒヨはこの庭の番人であり、ある意味の主でもある。それが排除されたのだ。
このヒヨドリは、どうも従来のヒヨドリに比べると、あまり猛々しいところが少なく、
あまりいつもギャーギャー言わない。女の子でもあるのかな。
いつも昔からここに来ていた歴代ヒヨドリたちは、もっと闘争的だったんだが。

おとなしく木斛の木に来て陰に止まっているヒヨを見ていると可哀そうになった。
人間の勝手な思い込みということは重々わかっているのだが。





CIMG8612_20190110161955018.jpg


すると。お婿さんが、また、こんな新しい餌台を作ってきたのだ。
ひよどりさま専用餌台。(爆)

シジュウカラやメジロと競争しないよう、家の庭の違う側に杭で差し込んである。
日当たりもよく開放的で、びゅんびゅん飛び回るヒヨちゃんにはおあつらえ向きだ。
『ひよどり』、『ドライブイン』という札が。^^

さてさて。
ヒヨちゃんは、ここが自分の餌場、と認識すると、ますます縄張り意識を発揮し、
「ヒヨちゃん自身がつらかろうなあ・・・」と、こちらが余計な心配をしてしまうほど、
一日中見張りでテンパっていることになりがちだ。><
本人の気の休まるときがない。(笑)

だから、ヒヨちゃん用のパンくずなどはこれまでも出してこなかった。人間用のパンは、
添加物も多いだろうし。
でもなあ。せっかくこんな快適そうなヒヨドリ専用のドライブインレストランが
出来たのだ。ヒヨちゃんの好物の、とろとろに甘い熟柿と、パンを特別に今日は
出してあげよう・・・・・・


さて。ヒヨちゃんは、喜んでここに居座ったか。


・・・・・・・・・







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小さな体に似ず、結構豪胆な性格のメジロが、先に熟柿を食べていた!(爆)












『花と野鳥と ①』



昨年は、我が家にとって多事多難な年でした。
つれあいは、要介護度3ですが、だんだん足や腕の力が衰えていき、そして会話能力…、
なにより意識の力とでもいうのでしょうか、もういろんなことに反応が乏しくなっていって
私を含めた周囲のものへの関心などというものが薄れていき、どんどんこう…自分の内に
閉じこもる、といったような状態に近づいて行っているような気がします。
これが年を取っていくということか…仕方のないことなのか、とは思えども、かつては
スポーツマンで、私に学問の初歩というようなものも教えこんでくれた人の今の姿か…
そう思うと、『寂しい』なんていうものではありません…。
かくいう私だって、いつかはこうやって体力知力共に衰えていくのだ…
わかってはいるのだけれども、日に日に体力・認知力が衰えていくつれあいを傍にいて
見ているつらさ…。この悲しさをいずれ娘に二重に味わわせることになるのか…。
そう思うと、なかなか達観した心持になれない彼岸花なのであります。
私どもだけではない。どこの家族もがどのひとりひとりもが経験する道なのだ、とは
思うけれども、それは少しも慰めにはならない。

そこへ、自分への肺がんの宣告です!
もしかしたら、この不自由なつれあいを残して、私が先に逝くことになるのかもしれない…。
『マイペース』といえば聞こえはいいけれど、どちらかというとワンマンでプライドの高い
つれあいは、病院や介護施設などの大勢の中の一人になることを今でさえ嫌って
早く家に帰りたがります。
私にもしものことがあったら、このひとの落ち着き先は、いったいどうなるのだろう…

その時の事を想うと、心配なんていうものではありませんでした。私が元気なうちに
いろいろなことを整えておいて娘たちが困らないようにしておかなくっちゃ…
入院前も入院中も退院後も、考えるのはそのことでした。無論自分の体調も不安…。

一番つらかったのが、退院して家に帰るときでした。
つれあいは、私の入院準備と入院中、そして退院後の体力回復期と・・・私がその
身の回りの世話の出来ない間、介護施設に入っていてもらいましたから、家には
基本的に誰もいません・・・
ひとり自分の病状を見つめ不安と戦いながら、家族のことも案じる日々が始まりました。

そんな退院後の鬱勃とした時期、一番こころを慰めてくれたのが花たちでした。
そして我が家の庭・・・というよりは、樹木の多い隣家の庭に集まってくる鳥たちでした。

まず、退院してとぼとぼと玄関先まで戻ってきたとき、まるで、『あ。帰ってきた!
黙ってどこ行ってたの~っ!』とでも言うような、ヒヨドリのキーキー鳴く声に、ふっと
こころが緩みました。あれは、『お帰り~っ!』と言ってくれていたと思います。^^
夏でしたので小鳥たちに餌をやっていたわけではありませんが、ヒヨドリとシジュウカラは
年中、隣家の庭や我が家の小さな庭、そして界隈を飛び回っています。
隣家の庭は、いろいろな樹木が生い茂っていて、しかも家人はほとんど姿を現さないので、
鳥たちにとっては安全な餌場であり見張り場であり、しかもねぐらでもあるのでしょう。
以前ここにひときわ大きな杏の木があったときには、オナガドリやコゲラ、などと
いった多くの鳥たちがその杏の木を目印の木として集まってきていました。
でもあるとき、その杏の木は根腐れして倒壊しそうだからという理由で根っこから
切り倒されてしまった・・・。
それ以来、鳥の種類がめっきり減りました。今でも来るのは、ヒヨドリ、シジュウカラ、
椋鳥、たまに鳩、ウグイス、そしてこの秋からなぜか来始めたジョウビタキ、などです。

とりわけ、私がいつも食事をするテーブルからすぐに見える隣家の木…たぶん、
木斛(もっこく)という木だと思いますが、その木には、もうここに私たちが引っ越してきた
時分からずっと、代々のヒヨドリなどがいつも羽を休めていた。
木斛、というのは、モクセイ、モチノキと共に、 俗に庭木の王、と言われ、また『江戸五木』
(モッコク、アカマツ、イトヒバ、カヤ、イヌマキ)の一つにも挙げられているというのですが、
見るところ、その木は一向にそれらしい雰囲気はありません。おそらく我が家の建物の
日陰になっているので、40年近くたっても一向に大きくならず、いつも鬱蒼と小暗いから
でしょう。でも、その目立たなさ小暗さが、鳥たちには安心なのかな。
ヒヨドリは、山野に市街地に他にあまり美味しい餌のないとき、目立たぬその実を食べて
いるらしいのですが、私の観察するところ、実を食べているのには気づいたことがなく、
どうもときどき、葉っぱをぶちぶちとちぎって食べているようにも思えます。
鳥にとっての消化酵素でもあるのかな??
餌やりなどしていない頃でも、シジュウカラやメジロも、季節にはよくこの枝に来ていました・・・

私がいつも食事をする位置からは、そうやって隣家の木の枝にじっと止まっている
ヒヨドリやせわしなげに飛んできてはまた飛び去って行くシジュウカラなどの姿が
いつもよく見えるのです。
食事をしながら、彼らの窓近くに来るのを心待ちにしていました・・・。

その食卓には、いつも花を欠かさないようにしていました。
たとえばこんな花。



CIMG8416.jpg


これは、毎年我が家の庭に咲いてくれるジンジャー・リリーです。
球根性で、あの生姜の仲間で、よく似ているけれど、2メートルを超す高さにまでなり、
毎年8~10月頃、このような花を次から次に咲かせていきます。
我が家には二本ほど生えていて、いつもは庭に咲かせたままにしておくのですが、今年は
もう花が終わりそうになったとき、その一本をこうして切ってきて、食卓の上に置きました。

このジンジャーリリーの花が、すばらしい香りなのです。
見る通り、下から順々に咲いていく花はもうだいぶ終わりに近いのだけれど、それでも
この花を飾った日からまだ咲き残ったつぼみたちが一つ一つと開いて、どうでも
10日間ほどはそのすばらしい香りで、寂しい私の心を慰めてくれました。



CIMG8487.jpg


このちっちゃな黄色い菊も、我が家の庭に咲いてくれたものです。
日当たりが悪いゆえか小さな細い株の、最後の一輪をこうやって短く切って、黄色いカラーと
小さな花瓶に挿してみました。カラーは、鉢植えの花の一本が折れてしまったから、こうやって
同じく短く切って挿してあります。

この、黄色い小菊が、またすばらしい香りだったのです。
いわゆる『菊の香り』らしい匂いではなく、なんと言うんでしょうか。遠い記憶の中の
お母さんの鏡台の、粉おしろいの香り、とでも言えばその懐かしさが伝わるかな、という
ような、鄙びてしかし気品もある香り。
この小さな子にも、どれ程慰められたか知れません・・・・・・
心がそそけだつように寂しい日…、この子に顔を寄せてそのほのかな香りを嗅ぐ…
すると、優しさが心に戻ってきます……。

手前に写っているのは柚子のジャムです。ジャム、というほど煮詰めてなく、さらっと
した仕上げです。



CIMG8451.jpg



これがその柚子。とても大きく、直径17,8センチくらいはあったかしら。近くのお祭りで
売っていたもので、皮の黄色い部分だけを包丁で丁寧に剥きとり、柚子はあんまり身らしい
身はないのだけれども、蟹の身をほじくるように身も丁寧に掻き出して、ことこと煮ます。
だが、皮をそのまま砂糖を加えて煮てはすごいえぐみが出るので、一度茹でてそのゆで汁を
一度捨て、もう一度水を加えて煮て、また再度、煮こぼす、ということを三回繰り返して
ようやく身と果汁と合わせて 砂糖を加えて煮たものです。柚子はジャムとしてとろみを
つけてくれる成分が皮や身には少ないので、ペクチンを出す種をお茶パックに入れて煮ます。





CIMG8492.jpg



これは、ある朝のつれあいと私の朝食の写真です。
つれあいは手が不自由なので、こういう仕切りのあるお皿に幾品かをまとめて出します。
右奥にあるのが、さっきの柚子のジャムです。軽く焼いたトーストに塗って食べる。
メインは、豚挽肉と玉葱とマッシュルーム入りオムレツです。添え物は、ズッキーニを
炒めたものと粉吹きジャガイモをマイユの粒マスタードで和えたもの。
あとは、無糖のヨーグルトと珈琲。ヨーグルトにはアカシア蜂蜜をかけます。


CIMG8500.jpg



また、ある日のブランチは、前の晩に作っておいた鶏肉のトマト煮です。これには、玉葱、
セロリ、パプリカ、マッシュルーム、ズッキーニ、トマトなど、野菜がたくさん煮込まれて
入っています。
この日のパンはクロワッサン。



CIMG8540_20190106230944ad2.jpg


もう一日分、ご紹介しましょう。
この日の食パンは、砂糖少なめのフレンチトーストにして、ブルーベリー、ラズベリー、
ブラックベリー、ブドウなどのジャムをかけてあります。
そう。このジャムは、下の、正月料理の記事で紹介したタルトに使った残りの果物を
使って作ったものです。とても美味しい。
市販の蒸し鶏を細かく裂いたものを入れたサラダとかぼちゃのサラダ。かぼちゃサラダ
も出来合いのものだけど。そしてほうれん草をソテーしたものをたっぷり。
つれあいは、食べるときむせやすいので、野菜は小さく切ったりちぎったりしてあり、
柔らかくなるまで火が通してあるものが多いです。  

病気になる前、私は、日々の料理に日々の食事に割合無造作でした。
美味しいものは好きで、外出などして外でレストランなどに入るときは、店を結構選びます。
だって、たまさかの外食に不味いものに出会うと悲しいから。
しかし、家での食事はどうかというと、毎日毎日の食事作りが何十年という繰り返しに、
少し疲れて無造作に、少し乱暴になっていたかもしれません。
味には一応気を付けるけれども、なんというのかなあ、『食べる』というそのこと自体に
機械的に、無感動に、なっていたような。食事作りがただの義務になっていたような。
 

でも、病院から帰ってきてから、日々の食事がとても愛おしくなりました・・・

私はそう料理がうまいほうじゃない。レパートリーが少ないし、盛り付けなども相変わらず
おおざっぱです。
でも、少なくとも、『心を込めて』食事の準備をし、丁寧にそれを供し、そして
何かに感謝しながら、美味しく心楽しくいただきたい、と思うようになりました。
少し気づくのが遅かりし、という感はあるけれども。
食卓の小さな花たちは、その一部だし、何というか、『友』!なのです。
小さな鳥たちはお客さんかな。冬の間だけの。






CIMG8491.jpg




私は、窓のそばに置いたテーブルで、こんな小鳥の食事を見ながら食べている。
実は、朝、自分の食事をテーブルにセットしたら、窓を開けて、餌台にピーナッツを
6粒ほど置いてやるのです。
少し遠くの樹木の間からそれを見ていたシジュウカラは、待ちかねていたようにすぐに
飛んできて、一粒、ピーナッツを口にくわえると、さっと近くの枝に移動して、そこで
器用にピーナッツを足でつかんで何度もつついて食べます。
いつも来る子は二羽いて、一羽がピーナッツをつかんで飛び去ると、少し身体の
小さいもう一羽が取りに来てまたつかんで飛び去ります。

ほんの一瞬の間のことだけれど、この二羽のシジュウカラの可愛い姿が
どれほどこころを慰めてくれるか知れません・・・
ほんとは、野生の鳥に餌付けなどしてはいけないことはわかっているのだけれど・・・。



『初春に』



みなさま、新年おめでとうございます。


2019年の春をいかがお迎えになられましたでしょうか。
我が家の今年の正月の例年と変わった点は、既製品のおせちを買うのをやめたことでした。
今までは、デパートなどから買った既製品の三段重と、私が作った三段重と、両方
テーブルに並べていたのでした。
理由は、娘たち夫婦が大変な健啖家だ、ということでした。要するに、よく食べる。


おせち2018の


これが、昨年の我が家のおせちです。テーブルからはみ出しそうなほどいっぱい並んでる。
左と中央の三つの大きいお重が市販のおせちです。

でも、今年から、この市販のおせちを買うのをやめた、というわけなのです。
その理由の第一は、食べきれないから。>< 
私手作りのおせちは、ほぼ1日で食べきってしまうのだけれど、市販のおせちはとくに
きんとんなど甘いもの系がたくさん残って、二日三日…と、私が細々といつまでも食べていた。
理由第二は、料理が冷たくておなかが冷えるから。
第三は、同じ味付けのが結構多いから。甘辛い海産物の煮つけとかハム類とか。
第四、これがほんとは一番の理由ですが、予算縮小のため!(笑)


CIMG8561.jpg



で。これが今年の我が家のおせち。
ずいぶんと寂しくなりました・・・
娘たちが来るまでにこれに揚げ物など温かい料理を加えようと思っていたのですが
とても間に合わなくて、とりあえず仕上げた三段重だけを大慌てで写真に撮りました。
でも、これにお雑煮の椀やお酒、グラス類、お箸などが並びますから、テーブルの上は結構
いっぱいです。ほぼ寝たきりで、食卓に着けない主人は、別テーブルです。


右端から、ブリ照り焼き、こはだ、飾り切りかまぼこ、黒豆代わりの花豆。
柚子釜の中は、カブと人参、柚子皮のなますです。イクラ添え。
手前の小さなお皿の中は、クウーママさんにいただいた珍味の味付けホヤです。

手前真ん中のお重は、鯛の焼き物がメインで、スモークサーモンとイクラの柚子釜、
毎年作る若竹卵(ほうれん草の卵巻き)、そして鶏肉、分葱など入りの「松風焼」。

最後は、お煮しめのお重。盛り付け。焼き豆腐の白が目立ちすぎだよ~~!

今回がんばったのは、花豆の甘露煮。これは29日の夜から水につけて、30にちに
ことこと何時間もかけて煮ました。煮汁がとっても美味しいんだ~。
あとは初めて作った鶏ひき肉の『松風焼』かな。青さ海苔とゴマで二色に
飾ってあります。

今回は、大晦日のごちそうのほうが豪華でした。
まず出したのは、菜の花とパプリカの緑赤の二色の色合いもいい炒め物。
里芋の煮っころがし味噌だれ風味。
チコリ(アンディーブ)とアンチョビの炒め物。これら三品は熱々の料理です。
魚介類としては、シマアジの刺身と、鮟肝のポン酢。
料理の合間につなぎとして出したのが、鯖のアヒージョ、と言いますか
これは魚屋さんで売っていたおつまみパックですが、鯖のスライスを香草と
オリーブオイルに漬けたもの。それを甘みの一切ない十穀クラッカーに、分葱を
細く刻んで塩で軽く揉んだものと乗せた、要するに『カナッペ』ですね、これが
大成功で、「これ美味しい!」「旨い!」と好評でした。
メインはステーキです。若い人たちのために九州宮崎牛サーロインとミスジの
2種類の部位肉を用意しました。。私とつれあいは、もう歯が弱ってほんの一口しか
食べられないけれど。
そしてもちろん、除夜の鐘を聞きながらの年越しそば。


年末、つれあいの介護関係のことが結構ぎりぎりまであったり、こたつ上掛けを
急遽縫ったりしていたので、大掃除は割合早く終わったけれど、買い出しや料理が
押せ押せになってしまいました。
元旦に食べたおせち料理も、花豆以外は、一日の朝起きてから午後一時に娘たちが
来るまでに、大急ぎで全部作ったのです。そりゃもう手が6本あるくらいの急ぎよう。(笑)

おまけにケーキまで焼きました。こんなの。


CIMG8527.jpg


写真撮ってる暇もなかったので、これは12月に一度作ったものの写真です。しかも
お客さんに一部供した後の。><
え~。これは、種無し黒ブドウや、冷凍のブルーベリー、マルベリー、クランベリーを
入れて焼いた『クラフティ』というんですが、要するにまあ、タルトのような焼き菓子です。
直径20センチほど。これも好評でした。元日の三時のおやつ用に。
タルト生地は市販のもの。だから案外簡単なんです。



CIMG8581.jpg


翌日2日にも、娘たちが来ました。鯖のアヒージョを乗せたクラッカーという上記カナッペ
が気に入ったらしく、娘たちはクラッカーと生ハム、チーズ、コンビーフなどを買って
きましたので、娘が並べたそのカナッペで、お婿さんの持ってきてくれたワインを
いただきました。
ここには写っていないけれど、ケーキに使った果物の残りがたくさんあったので、
ジャムというか、シロップ煮にしておきました。これを前日、上記甘みの一切ない十穀
クラッカーにのせて食べたらめっぽう美味しかったです。それもあってクラッカーパーテイ
となった次第。
でも、もともと私たち夫婦用に、おせちの煮しめの野菜や同じく残り物のこはだの粟漬け、
イクラなどで、散らしずしを作っておいたので、それも出して和洋折衷のパーテイ料理
です。
手前は、じゃがいもを蒸して、甘辛い手作り味噌をからめたもの。これは2年前の旅の
時、宿をお借りした老婦人の送ってくれた手作り味噌です。ピリッと辛いものも入っている
とても美味しいお味噌。作り立ての熱々を供しました。
大晦日の牛肉も少し残っていたので、若い二人のために小さいステーキ焼きました。


洋風・和風…どの写真も、お皿の選択がめちゃくちゃだな。><
もう、とにかく慌ただしくて、そこらにあるお皿に手あたり次第に盛り付けちゃいましたので。




CIMG8583.jpg


さて。元旦二日の狂騒も冷めて、三日の朝の老夫婦の遅い朝食です。
左は、おせちの鯛の塩焼きを、4人で少しずつ取り分けた後、頭のところや骨のあたりに
たくさん美味しい部分が残っているので、鯛の身入りのおじやにしました。
写真撮るのが遅れて、おじやの水分が少なくなってしまい、上にかけた揉み海苔が
くたっとなってしまったけれど、味は骨からとったスープのおかげもあって、とっても
美味しかったです。
あとは前夜の割れてしまった風呂ふき大根の残りを含め、全部残り物。



         ***


ふーう。見ているほうもおなかいっぱいでしょ。お口直しにお花でも載せておきましょう。(笑)


CIMG8576.jpg



日本水仙と、緑の枝物は『青文字』です。
後ろのほうにちょっと見えているのは、もうずいぶん前に買った『アロニア(セイヨウカマツカ)』。
赤い実は干からびてしまったけれど、枝から青い葉っぱが出てきたのがいじらしくて
まだ大事にしています。根が出てこないかな。そしたら定植するんだけど。

日本水仙は、毎年必ずお正月用の花として飾ります。
そのきりっとした香気が、元旦のあらたまった気分にぴったりだから。




      ***



そんな風で、出来合いのおせちはやめたけれど、大晦日正月のお料理そのものは
結構頑張って作りました。
なぜそんなに頑張ったか。
来年も再来年もつれあいや娘たちと正月を迎えられるという、その保証は、例え
病気でなくともないという想いが、実はあるからです。だから一緒に過ごせる時間を
大事に丁寧に使いたいと思った。

娘たちは、例年は、大晦日の夜と元旦だけにきて、二日三日は自分たちの家でゆっくり
するのが普通なのですが、今回は二日三日にも来るという具合に何度も足を運んでくれました。
それは、私のように「最後の正月になるかも」などという悲観的な意味からではなく、
介護と自分の病気の間で鬱々としているであろう私に、何か楽しいこと見つけてやりたい、
楽しい時間を過ごさせたい、という思いやりからです。
なんと、娘たち、トランプを持ってきました!
パパさんも含めてみんなでポーカーやブリッジを楽しもう、というのです。^^
ところが、誰一人、ポーカーやブリッジの正確なルールを覚えていない。(笑)
ネットで調べたけれど、どうも私たちが子供のころやっていた単純に勝ち負けだけを
競うそれでなく、チップを置いて『賭ける』ことが主眼のルールみたいで、あまり面白くない。
それで、唯一ルールがわかる『大貧民』をやりました!
私、大貧民、になりました!(笑)
百人一首大会もやろうと言っていたのですが(娘と私のガチ一騎打ちで。読み手はお婿さん。
パパは見物人。^^)時間が無くなったので、『坊主めくり』を一回やりました。


そして。さらに。三日。
お婿さんは、いつもつれあいのベッドのある居間の窓から、終日、隣家の庭に小鳥が
来るのを見ている私のために、メジロ専用のミカンを置く小さな可愛いお家を作って
きてくれたのです!
それについては、また次の記事にしましょう…


そうやって、一所懸命、両親を元気づけようとしてくれる娘たちの心に、涙が出ます・・・・・・。
気弱を捨てて、元気出して明るく生きていかなくっちゃね。










『明けましておめでとうございます』




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プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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