『民主主義を殺すのか』


安倍自民党が、国会審議での与野党の質問時間配分を、8:2、あるいは7:3に
しようと画策している。

トランプのアジア訪問や、加計学園獣医学部認可の動き、座間の事件報道などで、
世間の目が逸らされているけれども、『野党の質問時間を削る』というこのことは、
議会制民主主義を、日本人が自らの手で葬るのも同然である!!!

私は、強い危機感に居ても立ってもいられないくらいだ。

いったいどれくらいの人が、このことに関心と危機感を持っていてくれるであろうか・・・

だが。
断じて!
国会審議の与野党の質問時間の時間配分を、今の与党:野党で2:8から後退させては
ならない。
自民党の出してきた5:5などという妥協案も、野党は絶対に
飲んではならない!!!



国民もまた、『5:5なら、まあまあ公平だからいいんじゃない?』などと目眩ましされてはいけない!
5:5は、今の日本の国会における与野党の力の差を考えれば、けっして公平な配分などではないのだ。

何度もここで書いているけれども、日本は、『議院内閣制』を採用している。
議院内閣制では、原則として衆院選挙において最大議席を得た党から内閣総理大臣が
選ばれ、その下で内閣が組織され、『行政権』を担うことになる。
すなわち、日本においては、『三権分立』と謳いながら、実際は、行政府である内閣と
立法府である国会の最大政党は、その意思決定の方向や中身がほぼイコールの関係にある。
ほぼ『ツーカー』の関係にあると言っていい。

だから、内閣府が持ち出す議案について、国会の場で与党議員が質問に立ったからとて
そこで、その案件に対する問題点などが指摘されることなどはめったになく、与党議員による
質問は、ほぼ内閣の決めたことの追認や補足説明・・・はっきり言って、内閣の決定の
『よいしょ』に終始することが多いのは、一度でも国会審議を見たことのある人ならば
ご存じのことだろう・・・
それはもう・・・私など、いつもぷつぷつ鳥肌が立ってくるほどの『おべっか』や『追認』の
オンパレードである。

一方。野党側には長い質問時間が与えられてはいるけれども、これまた国会本会議・・・
とりわけ安保法制や共謀罪法などの問題における各委員会審議などを見たことのある人
ならばおわかりいただけると思うが、野党の質問に対する安倍首相や大臣達、また
参考人などの答弁は、議論の核心に誠実に答えるものとはとても言いがたく、ぬらりくらりと
同じ文言を繰り返して時間稼ぎするだけの答弁であることがいつも非常に多いと言わざるを
得ないのが実情である。

それでも。
今はまだ、野党の側に多くの質問時間が与えられているから、加計問題にしても
森友問題にしても、またこれからおそらく本格化するであろう改憲論議においても、
その重要さ、その問題点が、なんとかかろうじて国民の目の前にさらけ出される効果が
あるのである!

これが、安倍政権の求めるままに、野党が2か3、圧倒的多数を占める
与党が8か7、などという質問時間配分になってしまったら、
もう、国会などというものの存在する意味はなくなってしまう!


それは、そのまま、『三権分立の死』であり、『議会制
民主主義の死』であるということを、私たち国民は知るべきだ。




安倍自民党が、なぜ今、国会における野党の質問時間を削ろうとするのか。
『若手議員に質問のチャンスを与える』などというのはまやかしにすぎない。
それは一に、『加計・森友問題の追及逃れ』がその目的だ。
また、これから本格化するであろう改憲論議で、野党の反対意見を
時間的に封じるという大きな狙いもある!


以前、イギリスの国民投票の際に記事にしたことがあるけれども、我が国でもいずれ
日本国憲法を変えるための国民投票が、このろくでもない政権によって行われることに
なるであろう。
そのときに、それについて私たち国民がよく考えるための一つの大事な参考となる国会論議が、
圧倒的多数を占める与党議員による『よいしょ』質問にその7割や8割もの時間を費やされて
しまって、果たしていいのだろうか??????????????

何度も何度もこれも書いて来たけれども、時の一政権が暴走してしまうことを防ぐための
仕組みというものが、およそ先進国と言われるような国ならば、何重にも幾重にも施して
あるはずだ。もちろん我が国にも、何重もの防波堤となるべき仕組みがある。
そのもっとも大事なものが、他でもない、私たちの日本国憲法であり、またそこに謳われた
『三権分立』であり、議会の衆参両院の『二院制』であり、内閣府における『法の番人』とも
かつては言われていた(!)『内閣法制局』
であり、与党内の良識派議員であり、
また、国民に広く政治のありようを知識として伝えるジャーナリズムの役割であり、
『教育』の役割であり、そして、最後に私たち国民の目であるわけである。


悲しいことに、安倍政権によって、それらがことごとく突き崩されようとしてしまっているのだが、
どうも、国民の側にはその危機意識がないようだ・・・

当たり前にこれまで守られてきたそうして仕組みが、いま、安倍政権によって、ぐずぐずとなし崩しに
弱体化し無力化していること。
その中でも、国会における野党の質問時間を削るなどということは、あってはならない
暴挙だと私は思う。
明日からいよいよ、もりかけ国会が始まるが、野党は、この時間配分という問題において
絶対に妥協などしないで欲しい。
それは、『議会制民主主義の死』そのものになるからね。




スポンサーサイト

『キャンドル・ナイト 80』



80回目のキャンドル・ナイトだ・・・




『キャンドル・ナイト 80』




ふう~~~・・・
気が重くなるようなことばかりだけれど、今夜もまた、小さなろうそくを灯す。


ヒムロ杉の葉と、ヒペリカムの実を添えてみた。




南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト








葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 










『冬のお楽しみ』



記事を続けて書かなきゃなあ・・・と思いつつ、やはり、あまりにもひどい与野党のありよう。
安倍自民党は言うまでもなくひどいが、旧民進党のごたごたもいったいいつまで続くのやら。
国会での鋭い質問など、いい議員たちもたくさんいたのに、それらがみんなばらばらに
解けてしまった・・・

共産党は、野党共闘を推し進めるために、候補者を下ろして議席をずいぶん失ったし。

風邪気味でもあって、すこししょんぼりしていた・・・


そしたら。


贈り物①



友から、荷物が届く。
配達員さんから何気なく受け取って、その重さに思わず取り落としそうになった。><

段ボール箱の中にいろんなものいっぱ~い!



贈り物 ②



えっと。これで全部じゃないんだけど、とりあえずテーブルの上に一つずつ取り出して
並べていって見る・・・・

この夏送ってもらって、初めて食べて、その磯の香の濃厚さに驚いた『ホヤ』。
地元の素材使った炊き込みご飯の素や、古代米。
古代米って初めて。これ入れてご飯炊くと、お赤飯みたいな綺麗な色になるんですって。^^
『ばっけみそ』は、蕗みそのことです~。私、蕗味噌大好き!
大槌町産・・・と聞いただけで泣けてくる鮭のほぐし身の瓶詰め。
大槌町は、もう、私にとっても、見知らぬよその土地、ではなくなっている・・・・・・



贈り物 ⑦



ちょっと写真がピンぼけになっちゃったけど、右の方、手前のお菓子は、『山葡萄せんべい』。
秋田県の銘菓。 これ、ほんとに美味しかった♪
とても繊細な、お米を使った薄焼きせんべいの間に、山葡萄の薄い羊羹をサンドしたもの。
『うずまきかりんとう』は、これは、友と私の間でしかわからないんだけど、思わず笑ってしまった!
だって、私の大好きな、とりのなんこさんの漫画『とりぱん』に出てくるお菓子で、わたしが
どんなのかな~とずっと思っていたお菓子の、ミニ版だったから。




贈り物 ⑤



ふるさとの香り満載な食べ物だけでなく、こんなものも。
友が、寒がりの私のために編んでくれた、ネックウオーマーだ。
さすがの手仕事。綺麗に揃った編み目を見ながら、友が、これを一目一目痛い手を
かばいつつ編んでいってくれたのかと思うと、ありがたさに涙が出そうになる・・・
今日ね。暗くなってから買い物に出るとき、昼間の暖かさと打って変わって急に冷え込んで
いたので早速していきましたよ。^^ 
首筋から風邪をひく私。いつも風邪こじらせると咳がひどくなる質なので、これはありがたいなあ!

添えてあるカードは、錦秋湖への旅で拾ったと聞く可愛らしい紅葉の葉っぱが貼ってあって。
これこそ、心優しい心細やかな友らしい心づかいだなあ、と思う・・・




贈り物 ⑥



そして驚いたのは、ご本がいっぱい!
これで全部じゃありません。

江戸の町人達の暮らしの機微を描いたものが多いかな。加えてやっぱり、手作りの技を
極めるというテーマのもの。
昨日届いて、早速昨夜から読み始めました。
あたしは、いつも、本を持って床につくのが習慣で。
え?どれから読み始めたかって?
更紗屋おりんさんのシリーズものから~。^^

これらの本。当分のあいだ、楽しく夜を過ごせそう~~~。
いつも、本を読むのが早すぎるというか雑な読み方をする私。
これから訪れる冬の長夜。ゆっくり味わいながら読んでいこうと思います。

ゆっくりと言えば、『やませそば』は、大事にとっておいて、大晦日の年越しそばとして
いただこう♪ 

そういう楽しみがあれば、これからの寒くなっていく季節も楽しい想いでいられるというものだ。




贈り物 ④


夏に、盛岡冷麺を送っていただいて、とっても美味しかった。
今度は、その冷麺に加えて、『じゃじゃ麺』というものも送っていただきました。
これも食べたことない・・・・・・



じゃじゃ麺 ①



今晩、早速作ってみましたよ~~~!
ご指南通り、麺茹でてから冷水にとって、冷たいバージョンでいただきました!

えーっとね。「盛岡の『ソウルフード』です」と聞いていたんだけれど、予想以上の美味しさだったですっ!
お味噌がね。すごく美味しいのっ。
これが不思議と、きゅうりと合うんですよ~・・・
お味噌ときゅうりがあんまりいい風味なので、写真撮ったあと、きゅうりをさらに足して、
もぐもぐシャクシャク食べちゃいました。
皆さん。このじゃじゃ麺は、食べる前にようくかきまぜてから食べるんですよ~。
きゅうりも美味しいけど、甘辛いお味噌の味の麺がまた、美味しいの。

・・・何というのかなあ・・・とにかく感動的にあたしには美味しかったです!

これ、好き!って思いました。

今日はお肉もがっつり食べたい気分で、鶏の唐揚げ作りましたが、じゃじゃ麺と合いました。
奥の小鉢は、セロリとちりめんじゃこの炒め煮。ちりめんじゃこの塩味だけで、ほとんど
味付けなし。香り付けにほんの一垂らしお醤油を最後にからませている。
これ、ご飯に合うんです。明日の朝は、いただいたばっけみそ(蕗味噌)などと
白いご飯たべよう・・・

ワインも、グラスにほんの一杯・・・実は二杯・・・いただきました。



じゃじゃ麺 ②



で。このじゃじゃ麺ですが。
友によれば、最後まで食べ方があるという。

麺を食べ終わるか残り少なくなってきたら、こういうふうに生卵を割り入れる。



じゃじゃ麺 ③



そして、お店の人に、『チータンタンスープください』と言うのだそう。
すると、お店の人は、このお客さんの器を厨房に持って行って、そこで、先ほど麺を茹でた
熱いお湯を、このどんぶりの中に入れてくれるのだ。
それが、『チータンタンスープ』なるもの。^^

私は家で作ったわけだから、先ほど麺を茹でたお湯をもう一度温め直して、熱々のを
器に注ぎ入れてみた・・・
ちょっと入れすぎたかな? ><

これが! 皆さん!(笑)
思いがけない美味しさなんです!
なんとも言えない優し~~いお味のスープ・・・
お湯をたっぷり注いじゃったので、お味噌が残ってたのをもっと入れて味を濃くしてもよかった
んだけど、そうしなくて正解だった。
ネットで検索すると、ラー油とかお酢を加えて自分好みの味に各人がするのだそうだけれど、
あたしは、まろやかなというか淡いお味噌の味のこのスープだけで大満足だった。
お味噌の味だけじゃない、ふしぎな、独特な、『コク』があるんです。
添付のこのお味噌自体がいろいろ調味してあって美味しいのだけれども、そこにたっぷりの
きゅうりや、ネギや、それからほんの少しのおろし生姜や、麺のゆで汁や(こういうところは
イタリア料理でパスタのゆで汁をほんの少し最後の仕上げで麺にからませるのと似てますね)
そして卵や・・・の味が混じり合った、独特のコク、なのです。

(ほんとはもちょっと、卵が煮えて固まりがある方が、見栄えとしてはいいのかな。熱々のお湯を
入れたんですが。)




じゃじゃ麺 ④


で。
食後の食器のアップ画像など行儀悪いけれど、ぜんぶスープいただいちゃって、
ごちそうさま♪ でした。
つれあいも、『これ、美味しいよね』と言ってました。


不思議なのは、こんなにしっかり麺食べて、スープもたっぷり飲んで、そのときはお腹いっぱいに
なったんだけど、あとでお腹にもたれないの。


そして、あのスープがまた飲みたくなる! うう・・・





はふ~・・・・・・・・・

なんだか、おかげさまでとっても幸せでした。
これからずっと、読む本はたっぷりあるし~・・・
それから、前に送っていただいた、美しい色の毛糸もたくさんあるの。
この冬中の楽しみがあるの・・・。

友よ。
クウーママさん。
ありがとう。

すっかりこころも体も温まったよ。




『衆院選後記 其の一 「立憲民主党」よ』

台風21号は、過ぎ去ったあとにもあちこちにその爪痕を残しているようだ・・・
我が家は、車を持たない交通弱者。つれあいはほぼ寝たきりである。
どこへいつどうやって避難するか・・・。大雨などの被害は、他人事ではない。
被災なさった方々に、心からお見舞い申し上げる・・・


             ***

さて。600億円以上という無駄金使った、虚しい衆院選が終わった・・・・・・。

結果としては、無念というしかない。
与党自公に改憲ラインの3分の2超え、という圧勝をさせてしまったからである。
これで、安倍総理は、もりかけ問題も自分の不人気も何もかも、国民の信任がこれで
得られたのだから『みそぎが済んだ』、と胸を張るだろう。そして
『これで、九条を初めとする自民党の改憲姿勢に国民の賛同が得られた』と、
まっしぐらに自分の個人的妄執『日本国憲法を変えた総理として歴史に名を残す』
という目標を果たすべく、『この道』をまっしぐらに突き進むことになるだろう・・・・・・!

立憲民主党の飛躍は嬉しいが、共産党が議席を減らしてしまったのでは元も子もない・・・
しかし、その敗戦にもかかわらず、立憲民主党の大勝利を祝福し、自らの党の勢力減に
については、『自分たちの力が足りなかった』と言う・・・。
一言も恨みがましいことなど言わず潔い志位さんらの態度には、本当に頭が下がる想いである・・・

無念さ腹立たしさを抱えつつも、今度の衆院選について、私の思うところを、書いていって
みようと思う。


1.なぜこれまで民主党を応援してきたか。

私は、根っからの民主党~民進党ファンではない。共産・社民の緩やかな連合、というものを
ずっと支援してきた。
その私が、(旧)民主党を応援するようになったのは、何度も書くけれど、あの3.11からだ。
菅元総理は、福島第一原発事故が起きるまでは、はっきり言って原発推進派であった。
2010年秋頃には、確か海外への原発売り込みや国内の原発増設を考えていたはずだ。

だが。不幸にも東日本大震災は起きてしまった・・・
福島第一原発は3基が次々にメルトダウン。4号機も爆発崩壊の危機に至った・・・
菅政権は、津波と原発事故の両方の対応に追われた・・・
本当にあり得ない・・・世界も想像したこともないような深刻な危機である・・・

菅総理というひとは、3.11を機に変わった!

2011年5月。彼は明確に原発ゼロを打ち出した!
そのときからだ。菅総理にあからさまなネガティブキャンペーンが仕掛けられ出したのは。
菅総理を『無能』『変人』扱い、『市民運動家上がり』などという言葉でおとしめる言論が
剥き出しにされるようになったのは。
無論、それ以前にも、『イラ菅』などと、3.11の総理の対応ぶりを批判する声は小さくは
なかった・・・。だが。それでも、未曾有の危機に必死で対応する菅総理をじっと見つめている
ほどの自制というか遠慮は、まだ言論界にあったように思う・・・

私は、3.11以降、どれほど多くの情報をかき集めていたかしれない。
朝日新聞はもちろん、東京新聞、そしてそれ以外のタブロイド紙、週刊誌、雑誌、書籍、ネット・・・
ありとあらゆるメディアの情報を読み、そしてそれらを元にじっと自分になりに考え続けてきた・・・・・・

その私が見るところ、菅総理に対するバッシングがさらにあからさまになっていったのは、
菅総理が福島第一原発事故3ヶ月後の5月、中部電力浜岡原子力発電所について、
東京電力福島第一原子力発電所事故を踏まえ、大地震に伴う重大事故発生を防ぐため
すべての原子炉の運転停止を中部電力に要請したときあたりからだ。
また、同じ5月。主要国首脳会議(G8)で『日本のエネルギー供給の20%を2020年代の
早い時点で再生可能エネルギーで賄う』とし、
『1000万戸の家庭に太陽光発電パネルを置く』との構想を示した時点、あたりからだったと記憶する。

彼のその構想は、当時、ある種の『たわごと』『変人発言』扱いされて、多くの人に冷笑されて
いたように私などは感じていた・・・・・・。
経済界は一斉に反発。とりわけ当時の経団連米倉会長などは、菅批判の先鋒であった・・・
自民党を含め原子力政策をそれまで強力に推し進めてきたいわゆる『原子力ムラ』からの
菅総理への圧力はいかほどばかりであったろう・・・
電力業界の組合団体である『電力総連』あたりからの圧力も相当なものであったに違いない・・・
それは政権与党である民主党内部からでさえそうであったと思う。
いわば、菅総理に対して『後ろから弓をひく』議員は、民主党内部にも多かったのである。

菅総理は、孤立を深めていった・・・・・・・・・
政権の内外から吹いた猛烈な『菅下ろし』の風!・・・・・・

だが、菅氏は、自然エネルギーの『固定価格買い取り制度』いわゆるFITに関する法律が
成立するまでは、その激しい外部内部からの『菅下ろし』の風に逆らい続けて、あざけられようが
どうしようが総理の座を断固として下りず、2011年8月、ついに『再生可能エネルギー特別
措置法案、いわゆる『再生可能エネルギー買い取り法案』が成立したのを見届けてから、
民主党代表の座を下りたのである!

そして代わりにあの野田佳彦氏が代表、総理の座についた!
野田佳彦氏は、菅総理の脱原発路線を積極的には継承せず、2012年、安倍総理の
『踏み絵』に応じて、愚かにも自党の議員たちの覚悟準備もなにも整わぬうちに解散総選挙。
衆院で、公示前の231議席から、一挙に174議席減の、わずか57議席という党壊滅に導き、
ついに、政権の座を安倍自民党に明け渡してしまったのである!!!

私が、大嫌いな安倍総理に対してさえ使わない『馬鹿』という言葉を、野田氏に対して冠するのは
この理由からだ。><


だが。
菅元総理への『菅下ろし』の風、そして大多数が望んだあの『菅総理退陣』から7年たった今。
日本の再生可能エネルギーの発電量に占める割合は、昨年2016年のデータで14.8%。
電力八社総力を挙げての送電網独占など『再生エネルギーつぶし』の強い逆風にもかかわらず、
菅総理の目指した『2020年までに20%』にはさすがにまだ届いていないものの、昨2016年時点で
14.8%を遂げているのである。
民間・経済界双方の努力で全国的に進んだ省エネ効果も大きく働いて、今、2011年の
福島第一原発事故当時の原発の総発電量に占める割合25%をカバーして、日本は、原発なしで
十分すぎるほどやっていっているではないか!!!
電力業界は、原発推進の自民党政権と協力し、風力発電ネガティブキャンペーン、
固定価格買い取り制度打ち切り、送電網独占など自然エネルギーつぶしをこの7年間
ずっと躍起になってやってきた・・・
だが、その激しい逆風にもかかわらず、2016年時点での住宅への太陽光発電装置
設置累計戸数は、200万戸以上に達している。企業、公共建物などメガソーラーの
導入件数はちょっと今、データがないが、これこそ相当な数であることは確かだろう・・・

太陽光発電、風力発電などにそれ自体が抱える問題は確かにある。だが、それでも
蓄電技術の向上など、社会・企業全体としての動きは、明らかに、脱原発・省エネの方向に
向かっていることは確かだろう。そうして、その動きから、さまざまな新たな技術革新や産業が
生まれでているではないか!

菅元総理の掲げた脱原発政策は先見の明があり、正しかったのである!

だが。
民主党内部からさえ、菅元総理に対する風当たりは、その後も強くあり続けた・・・・・・
自民党、経済界、学会など原子力ムラからの・・・、そして民主党内部からさえの
菅元総理叩き、菅バッシング、菅総理へのネガティブキャンペーンによるイメージ作りは
功を奏し今もしぶとく生き続けて、一般の国民にそこはかとなく抱かれている彼への印象は、
『愚か者』『変人奇人』の類いなのではあるまいか。
それは、沖縄の負担軽減をすべく、普天間基地の海外移設を言い出した鳩山由紀夫元総理
へのバッシングと、極めて似ている・・・私は、彼を極めてまっとうな政治家であったと今も高く
評価しているのだが。


3.11後、私は同様に、ずうっと、菅総理の一貫して揺るがぬ『脱原発』の姿勢を高く評価
してきた・・・
そうして、旧民主党内部にあって菅総理のそうした姿勢に後ろから弓引く・・・足を引っ張り
続け・・・軽んじ馬鹿にし続ける勢力を、原子力ムラを憎むと同様に憎んできたのである。

私は、このブログで、何度菅元総理を激励する記事を書き、そうして、自民党と同じような考えを
持つ旧民主党勢力を批判する記事を書き続けてきたかわからない。
『民主党よ!』などと言うタイトルで、私は、民主党内の親自民的勢力やその志向を叱り続けて
来たかしれない・・・・・・

それはもう。自分の元々の支持政党=共・社応援とは別の時点で、旧民主党の覚醒を
願い続けてきたのである・・・
『民主党(旧)よ!あなたたちの政党としての使命はどこにある?
自民党と同じ政治を打ち出してどうするのだ!!!???』

と。

つまり。『第二自民党』など作っても仕方がない。
そんなものなら、自民党を志向する国民は、自民党内部の改革を、
つまり総裁=総理の交代を求めればいいだけのことで、投票先は
変わらず自民党にすればいいだけのことである。


民主党(旧)が生き残る道は、『自民党と違う政策を打ち出すこと』である!
自公との対立軸を明確に保って行くことである。
何度私は、そのことをここで訴えてきたかわからない。

しかし。旧民主党~民進党は、その内部に左派に近い勢力から自民に極めて近い勢力
までが混在しているために、常にごたごたを繰り返してきた・・・・・・。
9月28日の前原代表による独断専横の小池『希望の党』への合流と民進党解体劇は、
どれほど私にとって、悲しく腹立たしかったかわからない!・・・・・・



・・・・・・
しかし。結果的に、旧民主党~民進党内部のそうした政治姿勢の根本的違いから来る
ごたごたは、今回の合流騒ぎ、そして枝野氏による立憲民主党立ち上げと、衆院選での
大勝利、そして一方、民進党内の自民に近い思想の政治家達が、ほとんど皆『希望』や
無所属になって出て行ったことで、すっきり整理された結果となった・・・。


可笑しいのは、このたび『希望の党』に喜んで合流していった民進党の政治家達は、
その主なメンバーのほとんどが、私が、旧民主党~民進党内の、失礼ながら『腐った林檎』だと
思っていた面子だったことである・・・


その一方で、ある種の深い悲しみと感慨でもって歓迎するのは、
このたび立憲民主党を立ち上げ、それにいち早く参加を表明した議員たちの多くが、
3.11の時の菅政権の中枢にいて、あの東日本大震災の大地震~大津波の悲劇と
福島第一原発が次々にメルトダウン、爆発崩壊していくその未曾有の悲劇としか
言いようのないあの日々を、間近どころか当事者として対応に苦慮せねばならなかった
そのメンバーにほぼ重なることである・・・・・・



上記、菅元総理は、その一番の当事者責任者であった・・・
枝野氏は、当時の政府のスポークスマンたる内閣官房長官、そして今回の立憲民主党
立ち上げで、いち早く参院の側から枝野支援に出て、同党幹事長に就任した福山哲郎氏は、
3.11当時の菅内閣の内閣官房副長官で、菅氏、枝野氏共々、津波被災地対応と、
次々にメルトダウンしていく原発の対応とがどれほど人智を超えるような悲惨かつ大変な
ことであるかを、目の当たりに体験し見てきた当事者の人々である・・・・・・

祈るような気持ちで食い入るようにニュースに見入っていたあの悲しい日々・・・私の心に
残った政治家達は、全責任者になった菅氏であり(その対応は十分ではなかったにせよ)
スポークスマンとして表に立たざるを得なかった枝野氏であり、その後ろにいて枝野氏を
支える福山氏であった・・・。
当時の菅政権の対応に不満や厳しい批判はそりゃあろう。
だが、もし、菅内閣以外の誰があのとき政権を担当していたとして、あれ以上の対応が
出来たと言えるだろうか?
仮に安倍晋三氏が政権を担当していたとして、あれ以上の対応が出来たと言えるだろうか?
安倍晋三氏は、2006年、共産党の吉井英勝議員が、『福島第一、第二のように、
海岸線にいくつもの原子炉建屋が集中したところで、大地震大津波が襲ったら、
全電源喪失の危険がある』、として、
『巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ること
に関する質問主意書』を提出し、原発の安全対策について注意を警告したとき、
『日本の原発は二重三重の防護装置が施してあるから事故など起こさない』という認識で
それに応えることなく、福島第一にその全電源喪失への対策を行わなかった当事者である!
吉井英勝氏は、京都大学工学部原子核工学科の出身である。原発のことに詳しかったのだ・・・

公平を期すれば、共産党吉井氏は、2010年4月9日にも衆議院経済産業委員会で、
老朽化原発に巨大地震が重なったときの事故の重大性について訴えているが、当時の
民主党鳩山内閣の経済産業大臣の直嶋正行氏も、 
『安全第一の上で原子力発電は推進をするというのが基本方針』と答弁している・・・。

鳩山由紀夫氏が、3.11後の2012年7月20日に官邸前で行われた原発再稼働
抗議デモに、与党の政治家でありながら民衆の間に加わって参加し、それ以降も脱原発の側に
立つようになったのも、沖縄の民衆の側に今立っているのも、3.11が鳩山由紀夫という政治家を
変えたからではないかと、私などは思っているのだが。

話を元に戻すが、原発導入から建設を長年推進してきたのは、圧倒的に自民党政権である。
もし、安倍晋三氏が3.11当時の政権担当であったとしたら、菅総理以上の対応を
したかどうか、私は大いに疑う。
おそらく、森友、加計学園問題におけるごとく、責任の所在を曖昧にし、情報は隠蔽。
福島の人々の被爆は『なかったあるいは極めて軽い』とその影響の重大さの軽量化を画策し、
原発事故の一切の記憶さえ、闇に葬って行こうとするのではなかろうか。
実際、現に今の安倍政権が福島第一原発事故に対して採っている態度・・・、
オリンピック誘致前のIOC委員会での演説『福島第一原発は完全にコントロールされている』発言や、
福島への住民の帰還を急ぎ、避難者への支援を早期に打ち切りたがり、山野、海の汚染も
住民の健康被害も過小評価の方向へ方向へと持って行きたがるのは、そういうことでは
ないだろうか???!!

私は何も、菅さんその人が好きだから、こういうことを書き続けているのではない。
安倍さんその人が嫌いだから、こういうふうに書いているのでもない。
原発過酷事故の危険性に何ら手を打たず、3.11後もひととして存在の根源を問うこともなく
変わらずにいて
今もなお原発推進政策を続けている安倍総理のような人々が、
当時その原発事故への対応に奔走していた菅政権の足を引っ張り今なお揶揄し続けているのは
おかしいだろう!?、と思うから、こうして批判するのだ。

私は今、NHKスペシャル『メルトダウン』取材班が総力を挙げて調べあげたドキュメンタリー
『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』という本を読んでいる・・・
これについてはまた書きたいが、とにかくこの本を読んでいると、あの2011年3月11日の
大津波のニュースそして福島第一『全電源喪失』の一報・・・あのときのことを再びまざまざと
思い出さずにはいられない・・・・・・。
あのときの悲しみと憤怒と、ただひたすらの祈りと・・・文字通り心の中で『慟哭』する、としか
言いようのなかった日々を、再び生々しく思い出さざるを得ない・・・・・・。

この本には、3月11日、一号機の冷却不能になった時からの、現地の生々しい状況が、
時間と日を追って記してある・・・
あのとき、いったい、誰に、何が出来たか・・・。

だから、私には、自公が今回そうしたように、いまだに選挙時にその菅政権の対応をあざ笑い、
一方的に、その失敗や至らなさを責めるようなことはとても出来ないのである。
公明党の山口那津男代表はこの14日、自民党の衆院選候補者らの応援のため、仙台市や
福島市、盛岡市で街頭演説を行ったが、そこで山口氏は、
『(立憲民主党の)代表は枝野幸男氏、顧問は菅直人氏。2人は東日本大震災で
しっかり対応できなかった』などと批判した・・・
なんという卑怯!なんという姑息さ! じゃあ、あのときあなたはいったい何をしていたのか!

当時は野に下っていた安倍総裁も、菅氏が1号機の海水注入を止めた、そのことが1号機の
メルトダウンを引き起こした、などという事実と違うことをメルマガだったかにしゃべり散らして
津波被災地と先がどうなるかわからない4基の原発の対応に追われていた菅政権の足を
引っ張るような姑息なことをしていただけである・・・。

あのときの悲しみは、被害者にしかわからない・・・
あのときの大変さ、心が焦げ付くような焦りは、福島第一原発の
吉田所長以下、作業に当たっていた現場の人々にしかわかるまい・・・
あのときの混乱と焦慮は、津波と4基の原発事故が次々に起こるのに
対応しなければならなかった官邸中枢のものにしかわかるまい・・・・・・


私は、何度もここで書いた。
あの大津波、あの福島第一原発事故・・・!!!
それを経験して、人間が変わらないと言うことがあリ得るのか!?
と。

だが、安倍自民党は変わらない。公明党も変わらない(むしろ悪く変わった・・・)。
そして、旧民主党~民進党の、一部議員も変わらなかった・・・・・・。
その人達が、今度の解散・総選挙を画策し、民進党解体劇を引き起こした人々と
ほぼ100%重なる?であろうことは、深い皮肉としか言えない・・・
おそらく。後世の歴史は、そのことを、総括し、判断して行くであろう・・・

立憲民主党の代表枝野氏と幹事長福山哲郎氏は、日本の立憲主義の破壊とも言うべき
あの2年前の、安保法制の自民党による強行採決の秋、衆院と参院で、法案成立阻止の
ための『フィリバスター』を行った政治家でもあった!
私は、この二人の政治家がずっと好きだったのである・・・
その二人が、奇しくも、私のずっと望んでいたような形での立憲主義、民主主義再生の政党を
立ち上げて、二人並んでいる・・・。
何か、非常に感慨深い・・・。

彼らの前途にはこれからも幾たびも波乱や困難があるだろう・・・
だが、国民のある層が、立憲民主党誕生を望み、押し上げ、その誕生を喜び、明確に
それを指示していくことを選んだこと・・・それを忘れない限り大丈夫だ。
枝野氏のその言葉通り、『草の根』からの立ち上げの心を大切にして欲しい。


              ***

私が、民主党~民進党~立憲民主党を、これまでこのブログで叱咤激励してきた理由は、
上に書いてきたように、民主党政権の時代にあの3.11が起きてしまい、それにもかかわらず
自公などが、民主党の対応のまずさを不当にあげつらって選挙戦にまで利用するような、
そういう卑怯さに立腹したこと。いわば、自公への反感と民主党への『不憫さ』もあった
のかもしれない。
だが。
第一の理由は、この国にはやはり大きな『中道』をゆく政党があるべきではないか、と
思っているからである・・・
私は、共産党、社民党の長年の支持者である。
だから、自公政権への明確なアンチテーゼとしての彼らの存在は、この国にとって極めて大事だと
思っている。
思いつつ、彼らだけでは、自公に対峙する勢力としてこれ以上の広がりがなかなか望めそうもない
ことにじりじりとした焦りも感じている・・・。
なんとなれば・・・この国の国民の、『共産主義』『社会主義』的なものへの謂われなき恐怖感、
というものは、そのシンパである私などが思う以上に根深いものであることを、常に感じない
わけにはいかないからである・・・
今度の選挙戦を通じて、私がこの選挙のキーワードまたは鍵そのものであるのでは
と思ったものは、それは世間一般・・・すなわちメディアなどで盛んに取り上げられる『小池新党』
などではなく(!)、この国の民の思ったより以上の根深い『共産党恐怖』『共産党嫌い』なのでは
ないのか、ということである・・・。『日本共産党』を知りもしないまま、恐怖する人々の、その
心性の根深さは、私が想像していた以上に、多くのひとの心の内にある、ということ・・・。
私は、そのことを、このたびの選挙戦で、いやというほど再認識させられた・・・

このことについては、また、別の記事で書こうと思う。
私が、共産党と社民党だけでは勢力として足りないと思い、民主党~立憲民主党をも
ともども応援するのは、安倍政権のような民主主義、立憲主義、『内心の自由』の破壊者がこれからも
出てくるであろう・・・それらからこの国を守るためには、
分厚い中間層・・・単に思想信条の右左という分類分けではなく・・・『倫理』一般、公正さや
公平さを大切にし、国民主権や基本的人権、三権分立などの価値の大事さのわかる、幅広い中間層を
今、育てておくことは、是非とも必要なのではないか、と思うに至ったからである・・・・・・・・・




 

              ***


今度の衆院選挙戦は、今までのどの選挙にも増して、政治家達の『党利党略』というより
もっとひどい・・・政治理念も政治家としての矜持も何もかなぐり捨てた『自己保身』の動きが
あからさまに見えた選挙であったように思う。

なにかこう・・・個々の政治家達の、人間としての『本性』が見えてしまったような醜い選挙戦であった・・・。

が。その中で、注目すべき美しいものも、実はあった・・・。
一つは、なんと言っても、共産党の潔さである。
党利党略より、真にこの国の政治を憂えての『市民と連携した野党共闘』への強い意志と犠牲。
テレビ東京の開票報道番組で司会の池上彰氏が小池晃書記局長に対して、
『共産党は、自民が公明なしで選挙ができないのと同様に、立憲民主党に対して影響力を
持とうとしているのではないか?』と、意地の悪いとも言える質問をしたとき、
小池晃氏は、『僕らは損得や見返りを求めているわけではない。見返りは民主主義
と答えたそうだ。
なんと見事な切り返し。そんなことより何より、なんといい言葉ではないか?

今ひとつは、立憲民主党を立ち上げた枝野氏らの応援をする人々の、SNS上、また街頭での
選挙演説会場での、温かさである。立憲民主党の公式ツイッターアカウントで、立憲民主党を
フォローする人々がいろんなことを書くのだが、それに対し、いつの間にか『中の人』と
名前がフォロワー達によってつけられたスタッフの一人(または複数人)の返事が、なんとも
ふんわりと賢く温かく、この『中の人』応援のハッシュタグが出来て、それ自体がどんどん
フォロワーによって拡散され広まっていくというような・・・また、『立憲民主くん』という
キャラクターがこれまた立ち上がって、そのゆるキャラ着ぐるみが、候補者の選挙応援演説でも
ツイッターでも大活躍するというような、そうして、そのフォロワー同士の横の繋がりもどんどん
広がっていって、そこに共感の輪が広がっていき・・・
普通だったらぴりぴりしそうな選挙戦中にもかかわらず、なんとも不思議な温かい『場』が、
立憲民主党の周りに出来上がっていたことだ。

この、これまで政治などと全く無関係だった人々にも、自分も
政治に参加できる!という、ふうわりとした『場』が出来たと言うことは、
これからの政治のありよう、また市民運動のありようをいい方に
さらに変えていく一歩になるのではないか、と私などは思うのである。


もう一つ。私が、自分の選挙区そっちのけにして応援していた地域、または個人の候補が
幾組かあった。個人では鹿児島一区の立憲民主党候補川内博史氏であり、東京23区(町田市
多摩市)などの共産党候補、松村亮佑氏の市民運動と連携した動きなどであった。
県ぐるみの大きな運動としては、長野県の市民と連携した運動のありようであり、新潟のそれ
であリ、北海道のそれであった・・・
私がなぜ、この三つの道県の運動のありように着目し密かにツイッターなどで応援し続けたか、
その理由は、また別のところで書こう・・・。








『比例は共産党へ』






『比例は共産党へ!』









『最高裁裁判官国民審査について』

いつか書こう書こうと思いつつ、これまで記事にしてこなかった④『司法権の独立』
についてだけ、ちょっと書いておこう。今度の衆院選と同時に、最高裁裁判官の国民審査が
あるからだ。
日本の最高裁裁判官は、長官を含めて15人いる。
そのうち12人が、安倍内閣総理大臣が任命した人である。残りの3人は、鳩山、菅、野田の
民主党政権時代の総理3人が、それぞれに任命した人々だ。
今回国民審査にかけられる
•小池裕 •戸倉三郎 •山口厚 •菅野博之 •大谷直人 •木澤克之
•林景一

の7氏は、全員、安倍内閣で任命された人々である。

仮に、明日の衆院選で、自公が大勝しあるいはそれに近い議席を今回も得て、安倍氏の
三選が決まって、2021年まで延びることになれば、最高裁裁判官15人全員が、安倍政権によって
任命された人物と言うことにいずれなる・・・。

このことがどういうことを意味するか、ちょっと考えてみて欲しい。

日本では三権分立が、日本国憲法の要の一つとなっている。
司法府は、行政府からも、立法府からも独立していなければならないのだ。
もし、司法府がいつも時の政権に都合のいい判決をするようなことになったら、こんな
恐ろしいことはない!それは誰にだってわかるだろう?

無論、安倍政権に任命されたからといって、その最高裁裁判官が、政権の言いなりになる、なった、
ということではない。それは一応言っておく。中には毅然とした立派な裁判官ももちろんいる。
最高裁元判事、という人で、その論説を見聞きすると、『ああ、この人は立派な人だった
んなあ・・・』と思わせられる人はたくさんいる。

だが。それでも、同じ政権に15人全員が任命されるという事態は、どう考えてもまずい。
それは、何も安倍政権でなくとも、どの政権でも同じだ。
人は弱いものである・・・自分に便宜を図ってくれるものにははっきりものを言えなくなる・・・
ということは、どこの世界にもある。
だから。
司法権の独立、というような大事なことは、どのような政権下、どのような人達であろうが
きちんと担保されていなければならない。
今、安倍政権には、二つ前の記事で示したように、ほとんどの権力が集中しかかって
しまっている。
ちなみに、安倍政権の任期だって、今年3月5日、自民党が第84回党大会を開き、
総裁任期を「連続2期6年 」から「連続3期9年」に延長する方針を正式決定したから、
安倍晋三自民党総裁は、このたびの衆院選挙後の総裁選で3選されれば、2021年9月
までの在任が可能となったのである!.


こういうことまで、実は皆さん、安倍首相の力は拡張されてきているのですよ!
2021年には、その安倍政権に、最高裁判事15人全員が任命されることになるのです!

今私は、いくつかの記事を、投票日前になんとか仕上げて同時にアップしておきたいと思って
ここ数日頑張っていた・・・。
その中に、安倍内閣に限らず、時の一政権が暴走するのを防ぐための防波堤の一つとして
追加すべきこと
を書こうとしていた。それは、
『官僚の矜持』というようなものである。その『前例踏襲』の体質である。
時の政権の横暴に、ときに内部から抵抗する、そういう官僚の存在だ。
そう聞いて、ひとりのひとの顔が、皆さん、思い浮かぶのではなかろうか。
そう。元文科相事務次官 前川喜平氏、のことだ。

官僚は、政治家の意を受けて、実際に国を動かしていく仕事をする。時に、官僚は
『政治家の意を受ける』というよりは、『政治家を実質的に動かして』、組織の防御に努める
存在でもある。『官僚』というと、私たちにはあまりいいイメージはないのではなかろうか。

しかし。官僚達が、その組織の論理で動いて、頑固にその『先例』『慣習』を変えない、
ということが、逆に、時の一政権の暴走からこの国を守っている、という場面もあるのでは
ないか
と私は思う。
官僚の中には、前川氏のような気骨のある人物もいなくはないのである・・・

ところが。
安倍政権は、2014年5月内閣官房内に、『内閣人事局』なるものを新設設置した。
それまで、各省の事務次官を頂点とする一般職国家公務員(いわゆる事務方)の人事については、
事務方の自律性と無党派性(非政治性)にも配慮して、政治家が介入
することは控えられてきた。

ところが安倍政権は、『内閣人事局』を内閣内に設置することによって、各省の幹部人事を
内閣総理大臣を中心とする内閣が一括して行い、政治主導の行政運営を徹底することに
したのである。人事局は各省庁の審議官級以上の約600人の幹部人事を一元的に管理する。

こう聞いても、なんのこっちゃ、何が問題なのかな?と思われるかもしれない。
だが。これにより、政権の意向に逆らうような、あるいはそこまで行かずとも政権の意向に添って
粛々と動かぬような事務方などは、排されるということになっていく恐れは十分に考えられる・・・

東大の牧原出教授(行政学)は「政権が人事権で官僚を威圧すれば、行政をゆがめる。
官邸や政権がしっかり自制すべきだ」
と指摘している。
また、元内閣総理大臣福田康夫氏も、内閣人事局の運用について『各省庁の中堅以上の
幹部は皆、官邸の顔色を見て仕事をしている。』『政治家が人事をやってはいけない』
と批判している。


みなさん!このように、安倍政権は、各省庁の人事権までもを、『内閣人事局』新設で
その手に一手に掌握することに成功しつつあるのです!
安倍首相の、この目立たぬが、自分に権力を集めていく手法は、実はいろんなところで
行われている。皆さんご存じの、日銀、黒田総裁人事。日銀総裁に就いた財務省OBは、
それまで全員が旧大蔵事務次官経験者。黒田氏のような財務官経験者の起用は前例が
なかったのである。だが、安倍氏はそれを行った。
今、黒田日銀総裁がいわゆる『黒田バズーカ』なるもので、どれほど安倍内閣に貢献
しているかを考えれば、う~ん・・・そこに情実というようなものはないと言いきれるか。
日本の金融・経済のことを考える。それが仕事だと言えば、そりゃそうなのだが・・・。

そして同じく、皆さんの記憶からまだ去ってはいないだろう、内閣法制局長官人事である。
安倍政権は、2013年。内閣法制局法制局長官に、元フランス大使で外務省畑出身の
小松一郎氏を任命した。従来、内閣法制局はキャリア官僚を独自採用せず、各省庁から
参事官以上を出向で受け入れ、局長級以上の幹部になるのは原則、法務省、財務省、
総務省、経済産業省の4省の出身者だけというのが不文律とされ、さらに長官までには、
第一部長→法制次長→長官という履歴が1952年以来崩されていないとされていたところ
である。内閣法制局長官は、内閣法制次長を昇格させるのが慣例だったのに、法制局での
勤務経験がない、しかも外務省出身の小松氏をその座にすえるのは、ほんとに異例の
人事であった。
内閣法制局は、行政府内における法令案の審査や法制に関する調査などを所掌する
機関で、そのチェックの厳しさは、『内閣内の法の番人』と称されることも多いところ
であった。小松氏は安倍総理と親しい間柄で、しかも、その2013年当時は、政府は
集団的自衛権行使の容認に向けた解釈見直しをにらんでいるときだった。
『慣例』と『申し送り』人事の伏魔殿のような機関であった内閣法制局を、変えた!といえば
聞こえはいいが、集団的自衛権行使容認のために、官邸主導で、首相の意向に沿った
体制を整える狙いだったと疑われても仕方ないような人事ではあった・・・。
小松氏は、故人には鞭打つつもりはないので、残念ながら、就任まもなく亡くなられた。
そのあとには、法制局の従来の慣習通り、次長であった横畠祐介氏が長官職に昇進したが、
皆さんご記憶の通り、自衛隊の集団的自衛権行使容認の閣議決定に至るまで、またその後の
安保国会とも言える議場での横畠氏の法制局長官としての答弁は、ぬるりくらりと逃げるだけの
はなはだ不誠実なものであった!
私は、内閣法制局は、『慣例』や『申し送り』だらけの伏魔殿、ではあったかもしれないが、
その『法に対する厳密さ』『頑迷さ』が、日本の法をある意味で守ってきたという側面は
大きかったのではなかったかと思っている。実際、元内閣法制局長官であった、という
人々の言論は、主義一貫して気持ちがいい。
小松氏、横畠氏以降、「内閣の法の番人であった『内閣法制局』は死んだ!」と
私は思っている。

・・・このように、安倍氏は、いろんなところで、この官僚機構などの『慣例』を崩している・・・

ようやく話が最高裁裁判官国民審査に戻るが、安倍政権は、どうやら、この最高裁判事の
選出の慣例をも崩しているようなのだ。

最高裁判所裁判官の任命権は、内閣にある。それは憲法にも書いてある。
だが。これまで最高裁裁判官には不文律の出身別枠組みが存在し、概ね
裁判官出身が6人、弁護士出身4人、検察出身2人、行政出身2人、学者出身が1人と
なっていた。
ところが、今年3月、弁護士出身の大橋氏が定年を迎え、通例なら、大橋氏が弁護士出身
であるから、日本弁護士連合会が弁護士の中から後任者の推薦名簿を最高裁判所
裁判官推薦諮問委員会に提出した。その中から官邸が選ぶというのが、これまでの慣例
であった。だが後任に選ばれたのは、著名な刑法学者で元東大法学部長の山口厚裁判官。
山口氏は昨年8月に東京第一弁護士会に登録したばかりであり、日弁連の推薦名簿に
名前は入っていなかった。つまり学者の枠が増え、弁護士の枠が減らされた、ということに
なったのである。
そんなこと、どうでもいいじゃないか、と思われるかもしれないが、これとは別に、
第2次安倍政権発足後、しばらくした頃。首相官邸で、杉田和博・内閣官房副長官が、
最高裁の人事担当者に、退官する裁判官の後任人事案が候補者一人だけだった
ということについて、候補者を二人にせよとの注文をつけたというのである。
このとき、退官が決まっていたのは、地裁や高裁の裁判官を務めた職業裁判官。
慣例通りに行くならば、同じ「職業裁判官枠」から選ばれるはずだったのだが、官邸側の
杉田氏が注文をつけたと言うことだ。2002年に公表した「最高裁裁判官の任命について」
というペーパーでは、最高裁に最適任候補の意見を聞くことを慣例としていたのに
である。そのとき誰が選ばれたのかは知らないが。

今回国民審査の対象となる裁判官は七人。皆、安倍政権が任命した人々である。
そのうち、弁護士出身の木澤克之裁判官は、獣医学部新設に向けてのプロセスの
透明性と公平性が問題となっている加計学園理事長の加計孝太郎氏と立教大学の
同窓で、同学園監事を務めていたことがある。木澤氏は日弁連の推薦名簿に名前が
入っており、「異例の人事」というわけではないが、この加計問題が紛糾している中で
気になることではある・・・。

なお。上に名前の出てきた杉田 和博氏は、内閣官房副長官であり、この8月、これまた
上に書いた、『内閣人事局長』を兼任するよう、命を受けて今、その職を兼務している。
彼は日本の警察官僚出身である。警察ではほぼ一貫して警備・公安畑を歩み、
警備局長を経て内閣官房で危機管理を担ったひとという・・・。
この人の名は、前川喜平氏の騒ぎのところでも出てきたな・・・
温厚で立派な人らしいが、公安・警備端の人が、内閣人事局長・・・というのは気にはなる。

話を再び裁判官国民審査に戻すが。
というように、安倍政権は、いわば『慣例』『申し送り』の続いてきた官僚機構や組織に手を入れる。
『岩盤規制を壊す』一つなのかもしれないが、そうした長年続いた組織の『不文律』には
容易に権力に屈しない、という、組織としての矜持や見識、という側面も存在する。


時の一政権に何もかもの権力が集中してしまったら、それはもうファシズムの世界だ。
独裁政治の世界だ。
それでなくとも権力というものは、長く続くと腐敗しがちなものだ。
とりわけ、司法権が行政権の下になり、行政府の長などの意向を『忖度』する判決など
出すようになったら・・・こんな怖いことありますか?

すでに日本では、いつからとは言えないけれども・・・地裁などで名判決がでた!と喜んで
いても、高裁~最高裁へ、と上級審にかかるようになればなるほど、地裁などの名判決を
覆す、という例が多くなっていくような気がする。
古い話になるが、1959年の砂川事件で、被告全員無罪とした地裁判決を、最高裁が
差し戻し命令を下し、結局、地裁で全員有罪が確定したあの判決などは、歴史に残る
一大汚点だと私は思っている。

司法権は、何者にも侵されてはならない!
時の一政府に、権力を集めすぎてはいけない!



参考までに書いておくが、アメリカの最高裁判所判事は、一人の首席判事と8人の陪席判事
で構成されている。彼らはいずれも終身制で、本人が死去または自ら引退するまで、その地位を
保証され、弾劾裁判以外の理由では解任されることはない。
終身制!?
と驚いてしまうが、これは、アメリカでもにほんと同じように大統領(日本では首相)が任命する。
大統領は原則任期4年である。その大統領が代わるごとに、最高裁判事の判決が政治に左右
されることなどないよう、最高裁判事達が、司法の独立を守れるよう、アメリカではこういう決まりに
しているのである。
一つの知恵ではないだろうか?
ちなみに、今、アメリカの最高裁判事は、民主党政権時代に選ばれた人が4人。共和党政権で
選ばれた人が5人で、およそバランスがとれている・・・。


まあ。明日、最高裁判所裁判官の国民審査があるので、こういう記事も書いてみた。
明日、私自身は、今回審査にかかる7人のうち、二人を除いて、×をつけようかと考えている。
私はこれまで、この国民審査には関心がなく、×印をつけたことはなかった。
だが、無印にすれば、白紙委任したのと同じになる。裁判官諸氏にますます襟を正して
いただきたいという意味で、今回は、×をつけようかなと思っている。

裁判官達の過去の判決がどのようなものであったかは、こちらが参考になるかも。
これまた、長い記事ですが。><

https://news.yahoo.co.jp/byline/egawashoko/20171017-00076994/

しかし、私たちの自由を守るために、こういう機会に裁判所のことにも
興味を持つのはいいことかもしれない。
『司法』が侵されてはならないのである。



『「ファシズムの兆候」と私たちの国』


ふう~~~~~・・・・・・・・・

衆院選挙まで、今日を入れてあと2日。

こうやって、記事では今、立憲民主党について書いているところだけれども、実生活では
介護の合間を縫って、地元共産党候補の法定ビラのビラ配りをしている。
と言っても、まとまった時間はとれないから、自宅周辺地域へのポスティングだ。
小さな路地路地にも入っていって、一軒一軒のポストにビラを入れる・・・・・・

立憲民主党には勝って欲しいが、共産党の票を喰うのでは元も子もない。
社民を含め、この三党を揃って勝たせたい・・・
訴えたいのは、無党派層と言われる人々にだ。自公希望など支持の人々にも。

さて。前の記事で、ときの政権が暴走してしまうのを止めるための防波堤について書いた。
もう一度箇条書きしたものを掲載しておく。



【時の政権が暴走することを防ぐための仕組み】

①立法府(衆院・参院)の役割と矜持。
②政権与党の自浄能力。
③内閣法制局の役割。
④司法権の独立。
⑤ジャーナリズムの力。
⑥学校教育の、権力からの独立性。
⑦最後の砦=国民。



通算6年、二度にわたる安倍政権の元で、私たちの国は、上のようなことが①から⑥まで
ことごとくおろそかにされ、あるいは意図的に介入の手を入れられ、弱体化してしまって
行きつつあるのを、国民のどれほどが自覚してくれているだろうか・・・・・・

一つ一つについて、詳しく説明したいのだけれども、時間がない・・・


            ***



『ファシズムの初期兆候』という、こんな記述が米ワシントンDCにあるホロコースト記念館に
展示されているそうだ。
政治学者ローレンス・ブリット氏による『14のファシズム(独裁恐怖政治)の初期兆候』
(原題:【The 14 Characteristics of Fascism】)という論考。
それを、宮島謙二という方が、要約して紹介したもの。
ローレンス・ブリット氏はヒトラー、ムッソリーニ、フランコ、スハルト、ピノチェトのファシストたちを
研究して、彼らの築いたファシズム体制の初期兆候として14項目の共通点を見出した。


ファシズムの兆候 ②



ああ・・・・・・
残念だが、なんと安倍政権のやり口、そしてそれを取り巻く人々の言動は、ここに掲げられた
特徴と似ているのだろう! 安倍首相に限らない。およそ、いつの時代の、どこの国の話で
あっても、このような社会はたまらなく息苦しく、それこそ暗黒の世、と言えるであろう。
私たちの生きる日本が、こんな社会にならないよう!祈りを込めて、ここに掲げておく。

1.強情なナショナリズム

森友学園の籠池氏を、安倍総理は10月11日のテレビ朝日「報道ステーション」の党首討論で、
『籠池さんは詐欺を働く人間。昭恵も騙された』と切って捨てた。
籠池夫妻は、まだ公判前。その罪が確定したわけではない。それを『詐欺をはたらく人間』
と一国の総理が言う!明らかにこれは、『「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される』
という、近代法の基本である『推定無罪』の原則を、知らないか、敢えて無視した発言である。
一国の総理ともあろう人が、こんな乱暴な、法無視の発言を公然とするとは!

だが。その前に、安倍氏と夫人の昭恵氏は、ごく最近まで・・・森友学園問題が浮上して
騒がれ出す今年2月頃までは、幼い子供達に『教育勅語』を暗唱させるこの籠池氏の
森友学園の復古主義的国家主義的な教育を、『素晴らしい』と褒めたたえていたのである。
正確に言えば、今年2月17日には、『妻から(籠池)先生の教育に対する熱意は素晴らしい
と聞いている』と評価していたのである。
昭恵夫人は、森友学園が新設する予定であった『瑞穂の國記念小學院』の、名誉校長を
引き受けてさえいた!
安倍氏の思想の根本にあるものは、敗戦後の70年の日本の否定。戦争に負ける前の
『強い』大帝国日本の価値観を取り戻したいという想いなのではないか。

2.人権の軽視。
安倍政権が復活してから、この国に『ヘイト』発言やそれに類する言動が、明らかに
増えてきたように思うのは私だけだろうか。
実際、私が、街頭で署名集めやビラ配りをしているときに、何度、『バイコク!』とか
『キョーサントー』とか、『ハンニチ!』とか『ザイニチ!』などという言葉を、全くの見ず知らずの
人から投げつけられたことか。『Are you Korean?』などと言いながら、にやにや笑いと共に
去って行った男性もいた。
民主党政権時代のことを、安倍氏は盛んに持ち出して、その頃よりどれほど自分の政権に
なってから良くなったか、民主党政権時代を暗い時代などとさえ、表現する!
だが、私に言わせれば、民主党政権下で、少なくとも、署名集めに街角で立ってていて、
『ザイニチ!』とか『ハンニチ!』などと言う言葉を投げつけられるようなことは一度もなかった・・・
そのことだけでも、私は、民主党時代を評価する。
この感じが私だけの偏見と言う人もいようか。
だが、安倍政権は、国連の人権理事会から女性差別や従軍慰安婦問題で注意を受け、また、
福島第一原発事故後の福島の人々の放射線被ばくに対する補償や放射線被ばくの
健康リスクについての情報公開の欠如、そして福島第一原発の現場で働く緊急作業員の
人々に対する不当な扱いなどに関しても、報告書を上げているのである。
沖縄の人々の長年負っている苦しみ。これにも安倍政権は無頓着であるどころか、ますます
沖縄の人々に負担を強いてさえいる。辺野古移転や、高江ヘリパッド建設などがそれである。
オール沖縄の声を安倍首相は聞きもしない。

3.団結のための敵国づくり
安倍内閣の財務大臣であり副総理である麻生太郎氏の『ナチスの手口に学べ』発言では
ないが、どうも、安倍政権は、敵国を曖昧に示して国民の危機感を必要以上に煽り、
それを人気取りに利用しているようなところがあるように私には思えてならない。
北朝鮮の脅威を利用しての、今回の解散総選挙などは、その典型だ。
ドイツ、ナチスの国家元帥ヘルマン・ヴィルヘルム・ゲーリングはかつてこう言った。
『国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。
自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、
彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。
この方法はどの国でも同じように通用するものだ』

サミュエル・P・ハンチントンもその著書『文明の衝突』の中で、『外に敵を作れば、国はまとまる』
と書いている。 

4.軍事の優先
まあ、これは、説明せずともいいだろう・・・

5.性差別の横行
安倍政権は、『女性の輝く社会』と称して、女性の社会進出や雇用促進。男性優位の雇用環境の改善
男女役割分担意識の変革、シングルマザーや非正規雇用の女性を支援する、などと謳ってきたが、
一方で、その閣僚、議員団の多くは、選択的夫婦別姓制度反対をかかげる日本会議をバックアップ
する日本会議議員連盟のメンバーであり、女性、女系天皇に反対、女性宮家にも反対している
人々である。
また、自民党の憲法改正草案では、第4条に、
『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければ
ならない。』という文を加えている。これは、『家族』の意義を強調し、解釈によっては、『女性は
家庭にいて妻として母としての務めをせよ、介護も自分たちでせよ』、との、時代に逆行するような
家族観で、女性達を縛り付けることになりかねない、愚かしい改定案と言わざるを得ない。
『従軍慰安婦問題』の根底にあるのは、韓国人女性への根深い蔑視感情である。

6.マスメディアのコントロール
このことの怖さは、『政治の教育への過干渉』と共に、国民が、肝に銘じて常に用心しなければ
ならないものである。
政治によるメディアコントロール、そして教育への過干渉は何を生み出すか。
国民への情報遮断である。国民の意識コントロールである。
国民の『知る権利』を奪って、ものを考えない・・・政治がコントロールしやすい・・・従順な国民を
作り出すのに大きな力を及ぼす。
安倍政権の特定メディアへの憎悪は、このたびの選挙期間中にも目にしたかたは多いのでは
ないだろうか。加計報道に関する朝日新聞への怒りの爆発など。

7.国家の治安に対する執着
安倍政権になってから、いったいいくつこれに属する法律が出来たことか。それも多くは
国会における十分な審議、すなわち国民に対する十分な説明もないまま、強行採決
されたりしたものが。
2013年。国家安全保障会議(日本版NSC)を創設。
同     特定秘密保護法成立。
2014年。他国を武力で守る集団的自衛権の行使容認。
2015年。日米防衛協力指針(ガイドライン)を再改定。
2016年。サイバーセキュリティー基本法 および情報処理の促進に関する法律の一部を改正
       する法律案」、すなわち「インターネット監視法」。
同     「刑事訴訟法等の一部を改正する法律」、つまり、「自由盗聴法」。
同     「中小企業の新たな事業活動の促進に関する法律の一部を改正する法律案」、
       つまり、「中小企業監視法」。
2013年 マイナンバー法成立、2016年より実施。
2017年。共謀罪法成立。



8.宗教と政治の癒着

これはもう!公明党と創価学会。
そうして。
安倍政権のほとんどがメンバーである『日本会議国会議員懇談会』『神道政治連盟国会議員懇談会』
『みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会』など、安倍政権と国家神道は結びつきが
強い。

9.企業の保護
これも説明する必要はあるまい。大企業の内部留保はどんどん増えて406兆円ともいうが、
国民の可処分所得は思うようには増えていない。

10.労働者の抑圧
日本におけるブラック企業の増加。派遣労働拡大や時間外労働とワーキングプアの問題。
「1億総活躍社会」「同一労働同一賃金」「働き方改革」などの旗を振りながら、一方で
労働法の全面的な規制緩和に乗り出している。
そして選挙前にしきりに画策されていた、「残業代ゼロ」法案。企業がいつでも労働者を解雇
できる解雇規制撤廃、国内の低賃金労働をさらに促進する外国人労働力の増加策など
安倍政権が、労働者に優しいなどとはどう見たって言えない。

11.学問と芸術の軽視
これはもう。私にとっては、小泉政権の国立大学の法人化から始まる、一連の大学改革の
ことに尽きる。安倍政権が大学の文学・社会科学系学部の統廃合を露骨に進め、また
基礎数学など、すぐには学問の成果が出ない基礎学問を軽視する傾向があることなど
については、私も何度も記事で批判してきた。
学問というものは、総合的に学んでいかないと、いずれ限界にぶつかることの多いもの
である。理科系学部学科がすぐに社会に役立つからといって、文系、社会学部系の
学問をおろそかにし、それを統廃合していくなどと言うことは、世界に類を見ない愚かな
文化政策だと私は思う。
文学、哲学、倫理学、宗教学、歴史学・・・そういった学問は、人間が、広く世界を見つめるのに
大事な大事な学問である。
安倍政権の学術文化政策は、一言で言えば、『半知性主義』そのものだ。

12.犯罪の厳罰化への執着
これはもう、『共謀罪法』に尽きる!

13.身びいきの横行と腐敗
森友・加計学園問題!!!

14.不正な選挙
これについては、『不正』と言えるかどうかはわからないが、前の記事で書いた、このたびの
突然の解散・総選挙。これは、野党の足を隙をうかがってその足を掬うような、卑劣なやり口
である。これは、信託をした国民に対しても、不誠実であるのではないだろうか。
一票の格差は、いっこうに縮まらない。死票があまりにも多く出る小選挙区制の問題にも
真剣に取り組む様子はない。
ネット界でしきりに噂されている『ムサシ』なるものの不正については、私はよく知らないし
根拠も曖昧なので、その議論には与しないが。




***


私は、安倍政権に対して厳しすぎだろうか?




なお、上記、『ファシズムの兆候』については、あの『薔薇の名前』などを著した
作家ウンベルト・エーコも、その『永遠のファシズム』という本の中で、ファシズムの兆候を
次のように挙げているようだ。
(amazon のサイトでの書評から拝借した)

(1)「伝統崇拝」志向であり、「反知性」志向であること
(2)「反近代主義」あるいは「非合理主義」であること
(3)「行動のための行動」を崇拝すること
(4) 批判を許さないこと
(5)「余所者排斥」あるいは「排外主義」、「人種差別主義」であること
(6) 社会的・経済的危機における個人や社会の不満から発生すること
(7) 一般大衆に向かって「ナショナリズム」を訴えること
(8) かならず「敵」を作るが、敵の力を客観的に把握する能力に欠け、最後は敗北する
(9) 大衆一人一人を英雄にすべく、教育すること
(10) 潜在的意志を性の問題に向け、女性蔑視や性的マイノリティ排斥に向かうこと
(11) 少数の選ばれた集団の声が「民衆の声」にすり替えられること(質的ポピュリズム)
(12) 貧弱な語彙と「単純な表現」を好むこと

近いうちにじっくり読んでみたい・・・。


『立憲民主党誕生に寄せて ⑥』


以上のような理由で、『民主主義は死んだ!』 などと言う人もいるけれども、
この国内外の政治のありようを見ていればその気持ちはわからなくはないけれども、
私は、それは早計に過ぎると思っている。

『民主主義』でない、他のいい方法があるだろうか?あるならそれに変えることもいい。
『民主政』以上の政体、『民主主義』以上のシステム、考え方というものがあるのならば。

『民主主義(およびその制度、政体、)』の対語というのは、貴族制、寡頭制、独裁制、専制、
全体主義など・・・であるという。
その定義が正しいかどうかは、私にはわからないけれども、そのどれも、いやだなあ!
ただ・・・。
こうした概念の定義づけとか解釈というのは非常に難しい。
『民主制』というシステムとか、その概念としての『民主主義』というものは、上の記事でも書いた
ように、それが成り立つ前提というものがあり、その前提が崩れれば、容易に『独裁制』などに
近いものにもなり得る極めて微妙にしてヤワなものでもある・・・

つまり、民主主義を成り立たせ、うまく機能させていくためには、上で書いたように、社会の
構成員の政治参加の機会やその恩恵の享受の平等性というものがなければならない。
民主主義というものが、一部の人の富や権力の持続のための手段とか便宜になってしまっては
いけないのだ。

多数決によって、強者の論理だけがまかり通っていき、弱者、少数者の意見や想いが
通らない社会
になってしまえば、それはもう民主主義の社会とは言えない。

ましてや、『代表選挙』の仕組み自体に不備があったりして、その結果があまりにも
民意と乖離していたり、
一応正当な選挙を経て選ばれてきた代議員達ではあるのだが、
彼らが地位と権力を握った途端に、『自分たちの地位は、選挙民の信託によって一時的に
預かっているものにすぎない』ということを忘れてしまい、政治を私する
ようになってしまったら、

あるいは、もっと極端に、一部の政治家にあまりにも権力が集中してしまって、独裁化
またそれに近いもの
になってしまったら、確かにもう『民主主義』は死んでしまう・・・・・・



そこで。
民主主義がうまく機能していくために不可欠なものが、『立憲主義』
というものなのである。

『立憲主義』とは何か。
これもまた、その歴史や定義が難しいものなのではあるけれども、私がここでこの記事を
書くに際して理解している範囲の解釈でいえば、
『国家権力は、法による縛りがなされなければならない』ということである。そして。
『法の支配』というこの場合の『法』というのは、国家権力が変えうるような通常の『法』ではなく、
より上位の法すなわち日本などにおいては、最上位の法律である『憲法』
によって、国家権力には一定の制限が加えられていなければならない

ということ
である。

日本においては、それは『日本国憲法』である。
日本国憲法が謳うところの『国民主権』『三権分立』
『基本的人権』などというものが権力の暴走を阻む、
そういう仕組みが、民主主義には不可欠なのだ。

これが、立憲主義だ、というふうに私は解釈している・・・

『民主主義』が真の意味で機能していくためには、この日本国憲法が保障しているところの
『言論の自由』とか『少数派の尊重(法の下の平等)』とか、『政治の透明性』を担保するための
『国民の知る権利』とか、そのための『情報公開』などが是非とも必要なのである。




このように、最上位の法である『憲法』によって担保されている民主主義、その考え方を、
『立憲民主主義』と呼ぶのではなかろうか。


             *** 

さて。
あと2日経てば、衆議院議員選挙だ。
私たち国民は、上に書いてきたような、立憲民主主義の社会で、今度の選挙・・・
私たちの代わりにさまざまな決めごとを行う人、またその中からさらに選ばれて
私たちの代わりに政治を行う人、を選ぶことができるだろうか?

今のところは・・・極めて危うくなりつつはあるが、私たちは法の支配と縛りの下、
選挙に臨もうとはしていると思う・・・
しかし。安倍一強政権のもと、この立憲民主主義の精神や仕組みが、
極めて危うくなってきていると私は感じる。


このことについては、実はもう何度も記事にしてきているのだが。例えば。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1874.html
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1875.html

これらの記事は、昨年参院選の前に、改憲の発議に必要な議席3分の2越えを
阻止したくて私が一所懸命書いたものだ。だが。そこからさらに追い詰められてしまった!><

改憲のことはまた語ろう。
それよりも今は、私に近い考え方のひとだけでなく、自公や、維新・こころ・希望など安倍政権と
同じような考え方のかたにも、一時、その政治・思想信条や支持政党、などということを抜きにして、
虚心坦懐に聴いていただきたいのだが、
ときの一政権が暴走するのは、いいことだろうか?
それとも好ましくないことだろうか?


私は、自分の思想信条を抜きにして、そのような状況は避けたいと思って、上の私の過去記事で
次のようなことを書いた。もっと前にも同じことは書いているはずだ。



            ***


【時の政権が暴走することを防ぐための仕組み】

①立法府(衆院・参院)の役割と矜持。
  立法府が立法府としての機能を十分に果たしている。すなわち、与野党の勢力が拮抗していて、
  そこで十分な議論が戦わされ、また、各政党の議員が、『党議』に縛られず、評決できている。
②政権与党の自浄能力。
  与党内に、大局的に物を見る経験豊かな長老などがいて、また、若手が『党議』に縛られず
  研究会や議論を自由にする雰囲気があり、言わば『党内野党』ともいうべき、自浄勢力が
  あり、政権の暴走を防ぐ役割をする。
③内閣法制局の役割。
  内閣内の『法の番人』とも呼ばれる内閣法制局がしっかりしていて、内閣が憲法にそぐわない
  ような法案を提出するのをチェックできる。
④司法権の独立。
  司法権が、立法府や行政府、あるいは地方自治体の長などの権力から、文字通り
  独立していて、必要な時、公平な判断を下す働きをする。
⑤ジャーナリズムの力。
  ジャーナリズムがしっかりしている。間違っても権力と癒着などしていないし、権力に
  媚びたり妙な忖度などしていない。国民に必要な情報を提供するという矜持を失っていない。
  すなわち、『報道の自由』『国民の知る権利』がそれによって担保されている。
⑥学校教育の、権力からの独立性。
  学校、教育機関も、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。
  学校は、次世代の子供達、若者達を育てるところである。そこで特定の権力のほしいままに
  教育が行われたらどうなるか。その恐ろしさを考えてみて欲しい。
⑦最後の砦=国民。
  国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
  憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
  政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。



そうだ。一番大事なことを書き漏らしていた。
民主主義ってなんだ?

人民が『主』ということだ。いかなる場合にも、
人民一人一人がまず社会の出発点であり、同時に最後の砦でもある、
ということだ。その『人民』が、その自覚を失い、自ら民主主義を
捨ててしまうような無気力や愚かな選択に至ってしまうとき、・・・
・・・民主主義は本当に死ぬ。


もう何度私は、憲法のこの条文をここに載せたかわからない。

日本国憲法第十二条
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければ
ならない。』


           ***

いかがだろうか。
私は、ときの一権力が、その権力は『国民からの一時の付託』にすぎないという
事実を忘れ、己の地位や権力を過信して政治を恣(ほしいまま)にし、暴走してしまうことを
防ぐためのこれらの縛りや仕組みが、
今、安倍政権下で、ことごとく弱体化し、無力化していて、
今、私たちに残されているものは、⑦の、『最後の砦=国民』
というところに近いところにまで来てしまっているのではないか

と思うのだ。


これは極めてまずい!
安倍政権だからどうだとか、私が安倍政権を嫌いだからどうだ、とかいうことではない!
これは、仮に誰が、どのような政権がこの国のトップの座にあろうと、極めてまずいことだ
と私は思うのである。

私たちは、もう一度、『立憲民主主義』の大切さについて、考えてみるべき時に直面している。
タイトルは『立憲民主党誕生に寄せて』だが、衆院選のこの時期、真剣に、この国の政治について
考えてみていただきたくて、このシリーズを書いている。




この記事、また上  に続きます。


『立憲民主党誕生に寄せて ⑤』

さて。ようやく本論だ。

『立憲民主主義とは何か』

その前に、民主主義とは何か。民主制とは、民主主義政体とは何か。
実はそれを語るのは非常にむつかしい。民主主義についての本を何冊も何冊も
読んでみたけれど、私などには到底一言で書き表せるようなものでない。
この言葉の歴史や、定義の変遷など書いていると、とんでもなく長く難しくなってしまうから、
一応ざっと、私がここでこの言葉を使う場合のとらえ方だけ、書いておこう。

『民主主義(政体)とは、社会なりなんなりのある共同体のその一人一人の構成員が、
その集団のいろいろな物事を決めていく際に、みな平等に参加して発言する権利を
保障されているシステム。またその考え方』

とでも言えばいいのかな。
要するに、社会の主役は、その構成員一人一人である。そしてその、社会の構成員が、
みんな平等に政治に参加できる仕組み、またそういう考え方。ということだ。

実は、これにもいろいろなありようがある。
一人一人の構成員が、みんな直接政治に参加していろいろなことを決めていくのなら、
『直接民主制』だ。
しかし、『立憲民主党誕生に寄せて ②』でも書いたけれど、現実の政治…日本の
ような国レベルの政治、となると、もちろん国民全員が一堂に会して国の様々なことを
決めていくなどということは当然、出来ない。
そこで、日本では、『間接民主制』…『議会制民主主義』という考え方を採っていて、
私たち国民は、『選挙』によって選ばれた私たちの『代表』を議会に送り込んで、
そこで、その人たちに私たちの代わりに、いろいろなことを議論し決定してもらう

という形態をとっているのである。

今、私たちは、その私たちの代表、すなわち『国会議員』、を選ぶための選挙戦
真っ最中である。
だが。今ここで、『私たちの代わりに』という文を私が強調して記したように、
国会議員は、私たちの代理として国のいろいろなことを決めるよう、私たち国民によって
その仕事とそれに伴う諸権利や身分を、一定期間、仮に『付託』されている
のであって、
決してそれは、永久のもの、また無制限の権利などではない
ということを、しっかりと
確認しておかねばならない。

しかし、この『民主主義』のその現実の社会でのありようは、その
もともとの理念や理想からは程遠いものになっていってしまいつつある…

そのことは、今、選挙戦のただなかにある日本国民の多くが、ひしひしと身をもって
お感じになっていらっしゃることではないだろうか?

まずは、今回の衆院選の発端となった、安倍首相による、突然の『解散』宣言だ。
この度の解散総選挙に大義がない。いや、それどころか、安倍首相が、自身の
『森友・加計学園問題への追及から逃れるために打った、身勝手な
解散劇』
ととらえている国民は多いのではないだろうか。
そしてその奥にはさらに、自分の代でとにかくどこでもいいから憲法を変えたい…
『あの「日本国憲法」を変えたのは自分だ!』という足跡を残したい、
という、安倍首相個人の情念、
私に言わせれば、「妄執」がある…。

行政府の長である内閣総理大臣。だが、それが、自分にとって自党にとって好都合の時に
恣意的に、気ままに『解散』を打っていいものかどうか。
首相の解散権、などということは、実は憲法のどこにも書かれていない。
天皇の国事行為としての『衆議院解散』を記した憲法第7条を拡大解釈しているだけだ
という指摘も法学者などの間にあるくらいだ。

今回の、いわば『安倍総理のための、安倍総理による』解散総選挙に、
どのくらいの費用がかかるものかというと、およそ600億円くらいだそうだ。


600億円……その金額は馬鹿に出来ない大きなものだ。
例えば、今、日々大変な過重労働しかも責任の重い介護や保育の仕事に
就いている人5万人分の月収を、20万円から30万円に、つまり月に10万円、
1年間上げることが出来るほどの金額である。月1万円のアップなら、50万人分だ!

そんな巨額の費用がかかる総選挙。
それが、『まっとうに』行われるのなら、まあいい。

だが。安倍首相は、この度の解散の大義を十分に説明できないばかりか、(『国難選挙』
などと、北朝鮮の脅威を煽ってはいるが)、そもそも、森友・加計問題はまだ十分に
納得のいく説明がなされていない、と考える国民が60%も70%もいる中で、その
説明のために野党から要求された臨時国会を3か月も開かず放置した末に、9月、
開いたとたんに一切の審議もなされないまま、いきなりの冒頭解散、という暴挙に
出た。
これは、私たち国民が、「一定期間だけ、安倍晋三という人に仮に付託した」
代議員の資格
を、その信義を、踏みにじる行為ではないのだろうか??!!

それは、都政を放り出して国政の権力ゲームに乗り出した小池都知事についても
同じだし、また、【『民進党』という一つの党】に投票したのでもあったその選挙民からの
付託を、軽々に裏切った前原民進党代表らの行動
についても同じである。


            ***

だが。日本の選挙の仕組みには、そういう政治家個々人の人間性の問題ということ
のほかにも、本当に多くの問題がある。

『民主主義は、もはや機能していない』という批判があるようだ。
日本は議会制民主主義を採っているが、その問題点などが噴出しているのである。
その要因の例を挙げれば。
①一票の格差の問題。
②小選挙区制の抱える問題。
  現実にこの選挙でも、小選挙区制であまりにも『死票』が出てしまい、国民の民意が
  必ずしも選挙結果に正しく反映されない、などという問題がある…
③世襲議員の問題。
  日本などでとりわけ顕著にみられる傾向だけれども、二世三世のいわゆる世襲議員が
  あまりにも多くなってしまっているために、それら、親や祖父らの地元の『地盤』や、
  名門の『看板』そして潤沢な政治資金という『鞄』…いわゆる『三つのバン』を最初から
  持っている世襲議員たちには、無名かつ無地盤の新人候補には太刀打ちが出来にくい。
  そもそも立候補するには、衆院だと小選挙区で300万円、比例区では600万円という
  「供託金」を用意しなければならないということから、圧倒的に、志はあっても無名の
  新人は当選できにくい、そもそも立候補さえしにくいというハンディがあるのも問題だ。
④党員候補と無所属候補との間の選挙戦におけるあまりにも大きなハンディの差。
⑤選挙民への情報の質と量の問題。
これは公職選挙法そのものの矛盾点、不可思議さなどと関係してくる。
 日本の選挙運動に関するもろもろのおかしさ。例えば、選挙期間中の被選挙者、および
 その応援運動をする者への不要かつ非合理な縛りが多すぎる
ことなどである。
 選挙期間も短いし、選挙民が各候補者について知りうるに十分とはとても言えない現状。

 とりわけ今回の、安倍首相による『解散権乱用』ともいうべき国会冒頭での解散、
 などという抜き打ち的ケースでは、与党以外の各政党の選挙への準備が十分に行われない
 可能性
がある。それができないということは、私たち有権者への情報も、不十分かつ
 不公平なものとならざるを得ないということとほぼイコール
であろう。



…。これらはいわば、民主主義(及びその政体、制度)の「入り口」に関するものである。
それでは、民主主義の中身そのもの、についてはどうだろう。

⑥『多数決原理』そのものの問題点。

  …。これが一番大きな問題であろう。
  集団の一員である私たちは、日常のあらゆる場面…例えば学校、町会、会社レベルから
  国会に至るまで、あらゆる場や機会に、この『多数決』の場面に遭遇する。
  そしてそれが、構成員の全員の心からの賛成を得られることはまれであって、多くは
  議論は時間切れということをもって途中でうち切られて『採決』となることが往々にして多い
のは
  皆さん当然ご承知でいらっしゃるだろう。

  そこでは、その案件への議決の『多数派』の意見が採用されることになる。
  そこで、一部の『少数派』の意見が、単に切り捨てられてしまうのではなく、それも
  構成員の意見の大事な一部として、のちの議論や実行に生かされていくのであればいいが、

  この社会では往々にして、少数派意見つまり多数決で負けた方の意見というものは
  軽視され、無視され、葬られてしまうことが起こってくる…



つまり、『民主主義』が正しく機能するためのそもそもの大事な条件…
『社会の構成員に等しく政治参加の機会があること』 『そしてその
民意は、公正に反映されること』という、前提そのものが崩れている

のである…




さて。ここからが大事なことである!

結果次第でこの国の形を変えてしまう怖れのある衆院選の投票日3日前の今、
とても大事なことなので、我慢して協調部分だけでもせめてお読みくださるとうれしいです。


この記事、下の記事 に続く。順次書いてアップしていきます。


            ***


『立憲民主党誕生に寄せて ④』


そのように、福島の原発事故からこの社会の不公正や不条理・・・政治の問題に
目覚めた私は、新宿、渋谷、日比谷・・・そして国会前の集会やデモに足を運ぶようになった・・・。
国会前に多くの市民たちが集まって、『原発止めろ!』と叫んだその中に私もいた。
その動きは、日本全国にあっという間に広がっていった・・・。

おそらく、それら多くの市民たちは、私と同じように、それまで政治活動のようなことは
したこともない人も多かったのではなかろうか。あるいは、1960年、70年代・・・
安倍氏の祖父、岸内閣の安保改定に反対して国会前に集まった若者や
アメリカのベトナム戦争に反対をしてデモ行進をしていた若者が・・・、今、60代70代に
なりもはやかつての政治運動のことなど忘れていたのが、福島第一原発事故を
きっかけに、再び世界の大きな不正に目覚めたのであったかも知れない・・・。
そして。この福島第一原発事故をきっかけに国の政治に関心を持つようになり、
後にSEALDsなどを立ち上げることになる一群の若者たちもいた・・・

福島第一原発事故!・・・こんなことが許されていいのか!
みんなのそういう想いはいっしょであったと思う。それが素朴な想いであったろう。
(それは・・・おそらく、・・・ネトウヨ、と呼ばれるような人々の心の内も同じだったのではないかと
私は思っている。)


やむにやまれぬ想いで市民たちが国会前に・・・また全国の町町で・・・立ち尽くしていたそのとき、
国会の中からも、市民たちの中に足を運んでくれたごく少数の政治家たちがいた・・・
それが、共産党の志位和夫氏であり小池晃氏であり、社民党の福島瑞穂氏であり、
そして山本太郎氏(2012年衆院選に出馬、2013年参院選で当選。国会議員となる。)
であり、民主党の鹿児島選挙区選出議員川内博史氏らであった・・・。
(いくつか前の記事で、あの愚かな野田政権による2012年の解散劇で、民主党内の
こころある議員が落選して去って行った・・と書いたとき、その念頭にあったのは
この川内氏のことだった)

私は、国会前にいるそのとき、これらの議員さんたちを、何があっても生涯応援し続けようと
思ったものだ・・・。太郎氏は、まだその頃政治家ではなかったが。

また、それら脱原発反原発の市民たちは、2015年の安倍政権による安保法制の
強行採決の際にも、国会前に、各地の街角に・・・必死の思いで集まった・・・
そのとき、国会から出てきて市民の間に入ってくれたのが、また志位氏、小池晃氏、福島氏、
山本氏らであり、民進党からは枝野氏、福山氏、辻元氏などであったのだ・・・。
安保法制が安倍政権によって強行採決されようとしている2015年秋。衆院で、参院で・・・
審議を時間切れに持ち込むための長い演説・・・フィリバスターをしたときの、枝野氏、福山氏、
そしてただ一人、道化になるのもかまわず議場で牛歩戦術を採った山本太郎氏の姿をも
私は一生忘れない。


つい先日9日。あの元SEALDsの奥田愛基青年らが、再び立って、新宿アルタ前で
「『BOTTOM UP DEMOCRACY』新宿アルタ前大街宣」というのを行った。
私は、ツイッターでその知らせを見て、当日までずっとリツイートなどを続けながら
心の中で応援し続けていた・・・今は、介護で新宿にも行けなくなってしまったから・・・。

『脚立が足りない』とメンバーの誰かがつぶやくと、それを見た人々が当日脚立を持ってきた・・・
メンバーの一人が、 『忙しいだろうことはわかってるけど、枝野さん来てくれないかな・・・』と
呟いてみたら、なんと枝野氏が福山氏と共に、アルタ前に駆けつけスピーチをした!・・・

そのときの奥田青年のスピーチをぜひご覧ください。







・・・こういう青年を、私たち大人は、このように悲しませていいのか!
『俺たちは捨てられた』・・・そんなことを、この若者に言わせるなんて・・・・・・

なんか今でも泣けてくるが、
彼はこう言った。
「今日、俺の肩書きは・・・『人間』って書いた」 


『人間』!そうだよ~~~~~!!!!!

数年前、こんな記事を書いた。http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1331.html
井上ひさしさんの書いた人形劇のドラマ『ひょっこりひょうたん島』。
岩手県出身だった井上さん。ドラマの中では、その岩手県大槌町にある蓬莱島がモデルに
なったという架空の島に流れ着いた子供たちが暮らしている。
『大人たちは偉くなるために、お金持ちになるために勉強しろ勉強しろ、いい子になれと
言うけれど、そんなの聞き飽きた。』と歌う子供たち。するとサンデー先生が歌うのだ。
『ひょっこりひょうたん島』より、『勉強なさい』。
これまた、何度聴いても、私が泣けてくる歌だ。先生は言う。

『いいえ賢くなるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために さあ勉強なさい』
『いいえよい大人になるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために


そう!人間は、『人間になるために』勉強するのだ(無論学校の勉強だけを意味しない)。



東日本大震災のあの津波と福島第一原発事故は、いわば、私が『人間になった』・・・、
そういう衝撃を私に与えた不幸な出来事である。私の原点とも言える出来事でもある・・・。
3.11後の、胸の内に渦巻く憤怒と悲しみ。それをぶつけるために国会前に行っていた・・・。
あのとき、日本の津々浦々で立っていた名も知らぬ多くの人々を、私は生涯忘れないだろう・・・。
あのとき、いっしょにいてくれた政治家たちを、同じく私は生涯忘れない・・・。

それが私が、今も、市民共闘を・・・共産党、社民党、そして民進党内リベラルの
政治家たちに、共闘して欲しいとひたすら願い続ける出発点なのだ。
そうして、原発政策をなおも続けようとする政治家に絶対に信をおかないことの
出発点でもある。


だって。あの大津波を見て・・・福島第一原発事故を経験して・・・、
人間の価値観が変わらない、などということがありうるものだろうか??!!

たかが『電気』のために、私たちは、福島の人々の生活をすべて・・・、そして
美しかった福島の大地を海を、何万年と経っても完全に元には戻らぬ放射性物質で
汚してしまったのだ・・・!
だがそれは決して、政治家たちや、原子力ムラの人々だけの責任ではない。
私たちが、自らの便利さ快適さと引き替えに、原子力発電というものを
選んできてしまったのだ。


ここに、政党がどこだのこうだのという区別はなかった。
少なくとも私の中では。

『ひとりの人間』としてどう思い、どうふるまうか、という問題であったと思うのだ。



              ***



だが。政治は、そのような『人間の心』を踏みにじり、捨て去ろうとしているかのように見える。
5年間の安倍政治はあまりにもひどすぎる!!!!!

9月25日。安倍政権は、全く大義なき、衆院解散を表明した!
『森友、加計問題への追及から逃げた』と言われても仕方のないような、国民にとっては
全く納得できないいきなりの解散である。
9月28日には『希望の党』小池氏と、信じられないことに、民進党の前原氏が組んで、
突然の民進党の『希望』への合流と、あの同じ民進党の仲間であったリベラル勢力の『排除』、
全くの『裏切り』と言われても仕方のない、突然の民進党解体劇!


私など、どれほど悲しくて、どれほど嘆いたかわからない・・・
これで、あのおぞましい安倍政権に正面から反対してくれる者が、
共産党と社民党しかなくなってしまった!!!!!

共産党はぶれない。だが、あまりにもその両党だけでは勢力として小さすぎる!

・・・もう、私などの想いを代弁してくれる『代議士』は、共産党と社民党だけになってしまった・・・・・・
これから安倍政権は、日本国憲法の蹂躙を、・・・日本の姿を根こそぎ変えてしまうような
数々の『破壊』を、本気で、本腰入れてやろうとしてくるのは必至だ。
その大事な、今!!安倍政権らに抵抗する政党が、共産党と社民党だけになってしまうとは!


3.11から6年半。
多くの人が熱い怒りを抱き続け、戦ってき続けたその結果が、この事態か!!!

そう思う、その悲しみと言ったらなかった・・・・・・・・・
そして。
『ナイーブ』(お人好し、という意味もある)すぎると笑われてもいいが、「あの、枝野氏が?
あの、福山氏が?あの、辻元氏が?・・・・・・」という愕然、もあった・・・・・・
前原氏や細野氏らなどどうでも良かった。彼らはそもそも市民の側にいなかったのだから。
ただ・・・あの国会前で市民の間に交じった・・・そして国会でフィリバスターをやって
『安保法制』に反対したあの熱い枝野氏や福山氏らが、こともあろうに小池氏(イコール自民党)の
軍門に降るのか???!!!

本当に、信じられない想いだった・・・そんなはずない、と思いたかった・・・
民進党の全員がこの前原氏の独断専行に納得している、・・・そんなこと信じられない・・・

70年生きてきた自分の目を信じたかった・・・


『枝野、立て!』
『民進党内の良心よ、立て!』

『立って、共産党、社民党と共に、この安倍政権の悪政と戦ってくれ!』

どんなに、それを願ったかわからない・・・・・・


そして、枝野氏は立った!



『枝野、立て!』と叫んだのは、ぎりぎりに追い詰められた民衆の、必死の声だったと思う。
その声を、彼は聞いたのだ。福山氏は、本来前原派である。だが、彼も、言ってみれば
『義』のために立ってくれた。

そして。共産党!
共産党志位氏のことを想うと、これまた私は泣けてくる・・・・・・

共産党こそ、『義』の人達だ。

(社民党もね。社民党のことを想うと、これまたこれは哀憐の情で泣けてくる・・・)


彼らは聞いたのだ。『なんとかしてくれ!』という民衆の声を。
その彼らを等しく応援しないはずがないじゃありませんか。





                 ***


自分の想いばかり書いていて、なかなか、『立憲主義』とは何か、という本質のところへ
行けないな・・・
ちょっと情に流れすぎているのはわかっているのだが。
だが、これが、この激動の15日ほどの、私の正直な気持ちだ。

次は、必ず書きます。






プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード