『つぐみん、いた!』
毎年、冬になると、どこかにツグミがいはしないかと、その姿を求めてしまう私である。
なぜ私がツグミをそんなに好きか、というと。
昔…たぶん、1970年代の頃だったと思うが、サントリーかニッカかの洋酒の
渋いTVコマーシャルを見て、その中で朗読される詩の中に出てくる『つぐみ』という鳥に
いたく心惹かれたのが最初であったと思う。
『爾(なんじ)等の見窄ぼらしい繪馬の前に、 、
なんでこの身が、額づき祈らう。
むしろ、われは大風の中を濶歩して、
轟き騷ぐ胸を勵まし、
鶫(つぐみ)鳴く葡萄園に導きたい…』
という詩であった。
私が痛く心惹かれた一節は、『ツグミ鳴く葡萄園』というところであって、
ツグミとはどんな姿の鳥だろう…詩人の心を揺さぶったその鳴き声とは
どんな声であったのだろう…
と、想像を掻き立てられたのであった。しかし、その当時はインターネットなどと
いうものはまだなく、調べようもなかった……
それから数十年後…。雑誌『モーニング』で連載されていた『とりぱん』という漫画に
出会って、そこに出てくる、かなりキャラクター化されたツグミ…愛称『つぐみん』
にもいたく共感を覚えて、いつかツグミを見たいなあ、会いたいなあと思い続けて
いたのである。
それが、四年前の春ちょうど今頃、近くの畑につぐみんがいるのを娘が見つけてくれて、
私は長年の望みをかなえた、というわけなのだった。
後にこれはいったい誰の詩であったろうか、とインターネットで調べて、それが
上田敏の訳詩集『牧羊神』の中に収められた『譫語(せんご)』、という詩の中の一節
であること、原詩は、ギヰ・シャルル・クロ((1879-1956)というフランスの詩人のもの。
ということがわかり、お酒はサントリーローヤル、朗読は小林修さん。その時
かかっていた荘重で重厚な感じの曲は、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』
第三幕冒頭部分、ということまでがわかった(0:00から 0:60くらいのところまでかな)
そうだ、そうだ!この曲だった!
実は私が調べた、というのではなく、やはりあの時のあのコマーシャルに
心を惹かれた方がたくさんいらして、そういう方たちが調べ上げてくれたのを
私がみつけた、というわけなのだが。
冒頭の詩も、私自身は、『ツグミ鳴く葡萄園に…』という部分しか実は覚えていなかった
のだったのだが。
朗読の小林修さんは残念ながら2011年にお亡くなりになられたが、その深い声も
You tubeにアップして残してくださっている方がいた。
そうそう!この声でした!
ああ・・・なんといういい声なんだろう!
そのあたりの経緯や、私のツグミへの思いはこの過去記事に書いてあるので、
興味とお時間のあるかたは、ぜひぜひどうぞ。^^
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-2214.html
さて。
それから4年。会える年もあれば、タイミングが合わないかして会えない年もあった…
今冬も、その時つぐみんがいた件の畑を買い物の折などにわざわざ遠回りして
何度か訪ねてはみたのだが、会えない。
少しの環境変化にもおそらく敏感であろう渡り鳥であるから、何かの理由で
もうこの畑には来なくなっているのか…それともここを毎年訪れていた個体は
もはや亡くなってしまっているのか…
それでも何となくあきらめきれない私。
3月9日、その日もまた、買い物の足を延ばして、件の畑に行ってみたのである。

いた!
つぐみんか??!!

眼鏡をかけていても視力がひどく弱い私。
おそらく20メートルほども離れたところにいる鳥の種類は確認できない。
幸い今日は、ツグミに会えることを期待してデジカメを持っていたので、まずは写真を
撮って、それで拡大して見てみた…
ああ…きみはムクドリ君だねえ…
ツグミとムクドリは体の大きさもほぼ同じで、気弱なつぐみんはこの季節、ムクドリの
群に紛れて餌場を移動していたりするので、この畑のどこかにつぐみんもいはしないかと
しばらく佇んで探してみたがいない。来ない……
ああ。今冬もつぐみんには会えないままかな。
そういえば、昨年は、あのホトトギスの声もとうとう聴けなかったしなあ…
だんだんいろいろな鳥の個体数が減っていっているのではあるまいか。
そう寂しく思いながら、その後いろいろな店を回って溜まっていた用事や買い物を
済ませ、畑からは全く別方向の高台のあたりへ来た時だ。
そこは傾斜地になっていて、私が歩いていた歩道の横は急斜面の崖になって
下へ落ち込んでいるのだが、歩道と崖を隔てるフェンスの際にわずかな植え込みが
あって、いましもその植え込みの『ねずみもち』という木の蔭から、とととっと
走り出てきた小さな生き物がいた!
ねずみか?? いや、鳥だ!
まさか、こんなところにつぐみん??
だが、鳥は崖に消えるようにしていなくなってしまった。
崖の下には人家があって、そこの屋根か少々の畑らしきものがある、そこへ
下りたのではないかと思われたが、フェンスがあり私のところからは下を覗けない。

ド近眼の私でも、わずか数メートルの近くを歩いていたら、あれはツグミでは
なかったか、となんとなくその大きさや動きでわかる。
ツグミの性格からして(笑)、崖の下に飛んで去っていってしまったのではなく、
待っていれば、この植え込みの先のどこかにきっとまた現れる。
そう思って、デジカメを出して、買い物はそこらに置いてじっと待っていると、
5、6メートル先のフェンスの際に、つぐみんはやはり戻ってきた!!!

フェンスの間からカメラを差し出して、ついにつぐみんの姿を捉えることが出来た!
私史上、もっともつぐみをはっきり捉えた写真だ!
おうおう…! きみはいつでも同じポーズで。おっとりというかぼうっとしているねえ♪
みなさん。
私、ツグミに会えました!
上に紹介した過去記事を書いた時、複数のかたから、「つぐみという鳥ひとつで、
よくこんなに長い記事を書きますね」と笑われた。^^
まあ、次から次へと記事が長くなるのはいつもの私の癖なのだが、この時のツグミの記事は、
ただ長年会いたいと思い続けていたツグミにようやく会えた、という喜びだけからではない。
私同様あの時の洋酒のコマーシャル一つに心を惹かれた人々がたくさんいらして、
その情報を調べ上げてくれ、ついにその詳細がわかった、という…人間の知的好奇心と
いうものの面白さ、大袈裟に言えば、『人間の精神の営為』というものの愉快さに
また非常なる喜びを覚えた、ということだからでもあったのである。(長い文章だな)
実は、そのときのツグミに関する記事は、まだ完成したわけではなかったのであって、
『ツグミについて書きたいことはまだ半分しか書いていない。いつかまた続きを書きたい』
と予告もしていたのだったが、今回ツグミにまた会えて、記事を書くことが出来たので、
少し続きを書いてみよう・・・内容が重複するところもあるが。
ツグミ。
スズメ目ツグミ科ツグミ属。
学名:Turdus eunomus
英名:Dusky thrush
ツグミの仲間は実はたくさんいて、秋に日本に渡ってきて春に去っていくツグミは、
上に書いたように、英名:Dusky thrush と呼ばれるものであろうと思われる。
『dusky』は、『薄暗い、陰うつな、黒ずんだ』などという意味であって、なるほど
私たちが日本で見るいわゆる『ツグミ』は、灰色と茶というか、目立たぬ色の鳥
である。彼がものに驚いて飛び立つときなどに出す声は、「キャッ!キャッ!」とでも
いうようなむしろ悪声であって、上記ギヰ・シャルル・クロの詩にあるような
美しいさえずりなどとは程遠い鳴き声なのである。
『ツグミ』というその名も、昔から渡りで秋から冬、春先まで日本で見られるそれは、
いわゆる越冬のためにいるのであって、普通鳥が美しい声で歌う繁殖期の歌、
いわゆる『さえずり』の声はツグミに関してはめったに聞かれないので、
口をつぐんでいる鳥…というところから『ツグミ』という名がついた、という説が
あるようなのである。
そこで沸いた私の疑問。詩人が歌ったツグミの美しい声とは矛盾しないか、
詩人の聞いたツグミの歌声とはどんなものだったのか、という問いも、ツグミについて
調べ上げてくれた人がいて疑問が氷解したことは、先の記事の中でも書いた。
次のサイトの、桝田隆宏氏(松山大学)のツグミに関する丁寧な論考である。
『英米文学鳥類考:ツグミについて』 桝田隆宏(松山大学)
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180422121828.pdf?id=ART00
簡単に言えば、上記ギヰ・シャルル・クロの詩に歌われたツグミは、おそらく
俗に『ウタツグミ(song thrush)』と英名で呼ばれる美声で称えられる種類のツグミで
あろうということ。日本で見るツグミとは種類が違うということ。ツグミは非常に
種類が多いのである。
では、そのウタツグミの歌は、実際にはどんな美しい声で歌われるのか。
その疑問にもちゃんと答えてくれる人がいた!
ああ!
知るって、なんと楽しいことなんだろう!
ちなみに。
この時、ツグミが飛び出てきた『ネズミモチ』の茂みだが、ほとんどの草の実、木の実の
落ちてしまった冬にも、その少し紫味を帯びた鼠色の目立たぬ実がたわわに
生っている。ひょっとしてツグミはあの実を食べていたのではないか?と思いつき
調べたら、やはりそうだった!

(写真は、広島大学のこちらのサイトからお借りしました)
https://www.digital-museum.hiroshima-u.ac.jp/~main/index.php/%E3%83%84%E3%82%B0%E3%83%9F
目立たぬ不透明な感じの灰色の、いかにもまずそうな実なので、鳥たちも
食べないのかと思っていたのだが、意外や意外、鳥たちの好物なのだそうだ。
また、人間にとっても、戦時中はこれの砕いた実をコーヒー豆の代用として
飲んだこともあったようだし、同果実を乾燥したものは生薬ジョテイシ(女貞子)で、
強心、利尿、緩下、強壮薬などなどとして古くから用いられているという。
また、梅雨のころ白い花を咲かせるのだが、この花から採れる蜂蜜は一番美味しい
という養蜂家もいるそうなのだから、「へええっ!」である。そんな有用な樹だとは
これまで知らなかった。
ネズミモチだったかトウネズミモチだったかな。今度確認しておこう。
それにしても、つぐみんは美味しいもの知っててあそこにいたんだな。
そうやってツグミに関しては私の知りたかったいろいろなことがわかっては来たけれど、
あと一つ。心に残ることは。
日本で見るツグミも、おそらくは繁殖期に歌う恋の歌は、あの『キャツキャッ!』
というようないわゆる『地鳴き』の悪声とは違うもう少し美しい声で鳴くのではないか。
私は、あのツグミのその恋の歌を聴くことはほぼ出来ないのだし、ましてやツグミの
子どもを見ることも出来ないのだなあ、ということ。
それではせめて、あのツグミがどんなところから渡ってくるのかを知りたい。
日本に越冬のため来るツグミは、主にロシアのシベリア地方や、中国北西部など
からはるばる海を越えてやって来るらしい。
ああ、どんな風景のところからつぐみんは来るのかなあ!
それも調べてみたら、あった!
そのつぐみんの歌を紹介しているサイトを見つけたんである。
https://www.xeno-canto.org/species/Turdus-eunomus?pg=1
世の中にはいろんなことをそれぞれにちゃんと調べてくれて、その知識を惜しげもなく
分けてくれる奇特な方がたくさんいらっしゃるものだ!
このサイトは、日本で見るあのツグミの鳴き声もを、世界のいろんなところで
拾って、警戒音(alarm call)、地鳴き(call)、さえずり(song)と分けて
載せてくれているのである。
でも、例のあのキャツキャツ!という声ばかりで、さえずりらしい音源がない。
唯一、リストの5番目のTom Wulfさんという方が採集したつぐみんのさえずりが、
つぐみんの歌声なんだろうと思う。音声を採集したのは・・、やっぱりロシアで、だ。
Muraviovka Park,というところで採集したつぐみんのさえずり。
Muraviovka Park。
つぐみんの故郷はどんなところなのかなあ…
あった!
ムラヴィオフカパルク(読み方は正しいかどうかわからないが)は、ロシア連邦
極東部に位置するアムール州にある。南は中国黒竜江省と国境を接し東に
ハバロフスク地方。アムール川が中国との国境線となっているそんな場所だ。

詳しいサイト。
http://amurbirding.blogspot.com/2018/06/abp-2018-part-ii-muraviovka-park.html
そうかあ・・・
つぐみんは、こんなところで生まれて、恋をして、子供を産んで育てて、…
そしてはるばる広大な大地や海を越えて…日本まで来るんだ…………
国境などと言う、人間の作った愚かしいものも越えて…。
はああ~~~・・・・・・・・・
もうこれで、ツグミに関しては疑問や書き残したことはないな。
満足だ。(笑)
つぐみん。また来年も会えたら会おうね。