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『晩夏に逝く』


夫が逝った・・・・・・

夏の終わりのことである。
誤嚥性肺炎から来た敗血症と多臓器不全によって。享年83歳。

悲しみの実感がまだ湧かない。
不思議なもので、その肉体が消えてしまったこと、あのひとがもうこの世に存在しないのだ、
ということが、まだ信じられないのである。
その、冷たくなってしまった顔に触れ、白髪交じりの髪を何度も撫で、その体がいよいよ
焼き場に送られて、そして。
その体の、あの大きく立派だった肉体の残滓が白い灰になってしまったのを、目の前に
見ていたはずだ。
かつて黒々として豊かであったその髪は、今書いたように晩年はだいぶその量が減って
半白髪になっていたけれど、遺髪として葬儀社の人に頼んで小さな綺麗な箱に入れて
もらって、その小さな包みもちゃんと祭壇の遺骨の箱の横に今、ある。

それなのに、その肉体の不在がいまだに実感としてぴんとこないのである。

ただ・・・。
そのひとの『存在』の不在を、・・・胸を突かれるように痛切に感じるときがある。
それは、夫と過ごしていた日常の、当たり前の動作を一人でしているときである…

例えば、夕方、洗濯物を取り込んでバスタオルなどを畳んでいるとき。
例えば、入院中のある日、「うちに帰ったら、何が一番食べたい?」と私が訊ねた時、
「トースト」という思いがけない返事が返ってきた。そのトーストを、朝、自分一人のために
準備しているとき。
例えば、この夏中、彼の入院先の病院へ私は洗いあがった洗濯物などをもって
バスで通っていたのだが、そのバスが横を通り過ぎていくのを見たとき。
例えば、テレビのリモコンを操作しているとき・・・。

ああ…もう二度とパジャマやバスタオルなど夫の洗濯物をして、干しあがったそれを持って
バスに乗って病院に行くこともないのだな…と思う。
以前、ブログで、『夫と二人の朝食にはこんなものを食べています』、と、トーストや
夫が好きだったヨーグルト(蜂蜜あるいはベリー類など手作りの果物のジャムのせ)、
コーヒー、あとは日替わりの副菜」などの朝食を,きちんとお盆にセットして、花を飾った
テーブルで二人食べている、という記事を載せたけれど、夫は朝は毎日トーストを食べたがった。
昔はそれほどパンなど好きではなかったはずなのに、要介護の状態になってあたりからか、
『夜もトーストでもいいよ』などとまで言うようになったのは、夫は夫なりに、きちんとお盆に
セットされた朝食を、小鳥の来るのが見える窓辺で食べる日常を大切なものに感じて
いてくれたのかなあ、と思うのである。
そのトーストの朝食を、もう二度と私は夫のためには作れないのだなあ、とふと思うと、
胸がずきん!と突かれる思いがするのである。

夏の暑い盛りに、バスを下りてから続く緩い上り坂の病院までの道が、呼吸器が弱くなって
しまったこの身にはつらいなあ…と思っていたのに、今、その同じバスが病院のあった町の方へ
向かうのを見ると、またそれに乗って病院に行きたくてたまらなくなるのである。
もうたとえそこへ行っても、あの人はいないとわかっているのに。

大部屋で落ち着かない見舞いの環境。だが、そこでそれでも二人して大相撲名古屋場所を
見ていたっけ。もうあまりはっきり口がきけなくなって会話がほとんど成り立たなくなって
いたのだけれど、それでも夫もやはり炎鵬や翔猿などの小兵力士の勝敗を気にしていて
いた・・・
「横綱の取り組みが終わるまでここで一緒に観ていきなさいよ」と夫が目顔で伝えるのを
振り切って5時半ごろには病院を後にしていた私。
なんでもっとずっと一緒にいてやらなかっただろう!
・・・・・・今、テレビでは大相撲秋場所をやっている。炎鵬は今場所も頑張っている。
同じく私の好きな力士の一人、隠岐の海も今場所は全勝で先頭を走っているようだ。
だが、私は今、ほとんど大相撲を含めてテレビを見ていない。

病院のベッドに備え付けのテレビの、あの、多くの患者の苦しみや悲しみを知る、
だいぶ古びて薄汚れたリモコンのことを思うと、また胸がきゅうっとする。
思えばもう最期に近い日々、夫はリモコンを操作することは無論、テレビを見る力も、
音を聴いている力さえすでになかった。
・・・家で。病院で。とりとめもない会話をしながらとか、ただぼうっと夫と二人、
テレビを見ていたあの時間は、なんと実は大切なものだったんだろう!


今。台風15号がもたらした千葉県などを中心とした停電や断水、家屋の損壊などの
大きな被害。そこで不安や不便に耐えている人々を想うと、たまらなくなる。
どうか一刻も早く電気や水などの大事なインフラが回復しますように。

『いつもと変わらぬ日常がそこにあるということ』
そのことのありがたさ、そのことの幸せは、失ってみないとなかなかわからないものである・・・
だが。ひとは、概してそのことに想いを致すことは少なく、明日も同じような日常がくると
なんとなく信じている・・・・・・
わたしがそうだった。

病院で、同室の患者さんや忙しく出入りする看護師さんたちの眼などあってもいいじゃないか。
まだあの人の意識のあるうちにその体をぎゅうっ!と抱きしめてあげればよかった!
どんなにか喜んで、せいいっぱいの力を出してきっと抱き返してくれただろう・・・

だが。あのひとはもういない。
臨終の瞬間。その目に涙がうっすらとにじんでいるのを見た。
人間の不随意の体の反応だ、よくあることだ、と科学は言うかもしれない。
でも、あれはきっと。あの人の私たちへの最後の別れの涙だったと信じたい。






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『思うこと』


今年の夏も、暑い暑い、とは言いながらも、風の通り抜け方や日蔭の色に、
どことなく秋の気配を感じさせるこの頃である。
広島、長崎の原爆忌、そして15日の『終戦の日』が過ぎれば、いよいよ夏も終わりだ。

昨日11日は、今までの倣いで言えば、キャンドル・ナイトの日だったはずだ。
だが、先月の百回を一応の区切りに、月ごとのキャンドル・ナイトは終了した・・・
自分のブログを振り返ってみれば、昨年の4月ごろから、ブログをアップするのは
キャンドル・ナイトの日だけ、というのがずっと続いていた。
それは、昨年のこのころ自分が肺癌の疑いという診断を得て、実際6月に右肺
三分の一を切除して、体力が著しく低下した、という理由があるにはあったのだが、
正直言って、政治的な記事を一所懸命書くことが虚しくなってしまったことが大きい。

…それ以来も、たくさんの、本当にたくさんのろくでもないことばかりが政治がらみで
起きていたのだけれど、私は貝のように口を閉じて、そうしたことへの論及を避けて
きた。また、私生活においても、ああ、これは記事にしておきたいなあ、と思うような
楽しい記事でさえ、まったくと言っていいほど書かずに過ぎてきてしまった。

今、自分のブログを覗いてみても、その間の一年余の日々が全く存在しもしなかった
かのように、記事が少ない。さらには、ブログとは別にずっとつけてきた日記も
この間は、ほとんど書いていないので、自分のおそらく晩年の、大切な一日一日の
記憶が空白になったも同然なのである。

何というもったいないことをしてしまったのだろう……


キャンドル・ナイトはほぼ終了、だが、これからは、短くてもいい、日々の記録や
想念を、その都度、書き残していこうと思う。書こうとして書かずにしまった記事も
出来たら書いていきたい。



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5月、我が家の庭で咲いていたバロン・ジロー・ド・ランという名の薔薇と、矮性のライラック。
濃い赤の薔薇は花びらに白い縁取りがあり、薫り高い。



『キャンドル・ナイト 100』



ついに。
キャンドル・ナイトが100回目を迎えた。

あの2011年3月11日。
それまでのぼんやりした人生観がひっくり返るような悲劇を目の当たりにして、
犠牲になられたかたがたを悼むため、その日を忘れないために翌月の11日から
灯をともし始めて、今日で実に100回、ささやかにここでキャンドルをともし続けてきた
ことになる・・・

東日本大震災から8年4か月が過ぎた、ということであって、100回、などというのは、
全く私個人にとっての節目の回数にすぎない。
それでも、深い感慨と、年月を経てもなお消えやらぬどころかますます沈潜していく
複雑な思いは依然としてある・・・




これまでにキャンドルを灯すために使用してきた器たちの一部を紹介しよう…


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ここに写っているのは30いくつに過ぎない。
このほかに、小さな花々を添えるために使った小ぶりの陶器の花瓶たちや香合など
がいくつもあったし、旅先で拾ってきた貝、美しい秋の落ち葉なども使った。
本来、キャンドルを灯すための器になどなるはずがない、帯留めや鉛筆削り、
カーテンリング・・・、100均で買ってきた紙製コースターを4枚合わせて組み立てて、
その中にキャンドルを灯して思いがけない美しい陰影を生みだしたこともあるし、
じつに様々なものを利用してきたのだが、それらはここに写っていない。
大雪の日の後、庭に積もった雪で作った小さなかまくらに灯したことも、梅の
散った花びらの中に埋もれさせたこともある。
ガラスや陶器の器類は、原則いつまでもあり続けていつでも取り出せるけれど、登場した
多くの花々や落ち葉、雪などは、そのとき限りのものであって、同じものを二度とここに
再現することは出来ない・・・。

それは、あたかも、人々がこの世に築き上げた建築物と、儚いひとの命そのものを
想わせるようでもあるなあ・・・




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今夜は、これらの器に、燃えさしの小さなろうそくたちをできるだけ多く灯して
みよう・・・




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多くの尊い命を奪った東日本大震災と大津波・・・そしてあの福島第一原発事故・・・
私たち日本人は、そこから一体何を考え何を学んできたろうか?
震災や大雨大洪水・・・、日本は自然災害の多い国である。
常に私たちは、それらの大災害を予測し、それらに真剣に向き合うことでしか
自分や家族そして財産の類をも守ることの出来ないそんな地形の国に住んでいるのだ。
だが、私たちは、そのための備えを真剣に今日も考えているだろうか・・・

被災地の復興は遅く、その遅さのゆえに多くの人が故郷へ戻ること、元の暮らしを続ける
希望をあきらめざるを得ないようになってしまっているとも聞く。

「あの科学先進国、日本でこんなことが・・・!」と世界を驚かせた福島第一原発事故。
しかし、政府は、とりわけ安倍政権は、懲りずに原発の維持・新設を画策している。
あろうことか、あれほどの事故を起こしておきながら、原発を他国に売るセールスを
首相自らやって歩いたほどだ。
世界で原子力発電の危険さ、結果的には経済的にも非合理なことが認識され、
風力、太陽光、地熱など自然エネルギーの利用に頭もシステムもが切り替えられる中で、
当事国の日本においてなぜか、上記自然エネルギー由来の電気の発展を逆に阻害
するような政策が今なおあからさまに採られ続けているのはいったい何なのだ!!??

あの日から私は、原発のことをさらに勉強していくようになった…
原発のことを深く知っていくにつれ、それが単に原発の問題だけではない、多くの
ほかの問題とつながっているということをも知るようになった・・・・・・

例えば沖縄の基地問題や、多くの公害問題、今韓国との間で軋轢を生んでいる
徴用工問題や、海外からの研修生に関する問題とも類似点を持つこと、
もっと歴史をさかのぼれば満蒙開拓団の問題や、さらには深く本質的に日本の敗戦に
至る戦争そのものの経緯、そして今に続く日本の対米従属などなどとも関わりを
持っていることがわかるようになった。
また、過去も今も日本人の心性に潜むある共通点…それは現実を直視しないで
問題を先送りする、先送りに先送りを続けて、いよいよそれが崩壊に達する、という
ところまで来なければ現実に目覚めないというような、ある種の無責任さ、横着さ、
が私たちの心性の中に色濃くある、というようなところにも気づいてしまった・・・
それは無論、自分自身を含めての苦い反省なのであるが。

それら日本人の病理ともいえる理由なき楽観主義、無責任体質は、今盛んに論じ
られている老後2000万円必要問題や年金制度の持続問題、逼迫する少子高齢化問題
の先送り先送り、国債の乱発などにも見られるものである・・・・・・

3.11以来、いつしか私のブログは、そうした政治社会問題を扱うブログに変質して
来てしまった・・・
重い歳月ではあったけれど、しかし、「知った」ということに関して後悔はしていない。


さて。キャンドル・ナイトをどうするか。
100回になったところで、毎月の方は一応やめにし、年に一度3月11日に灯す、
ということにしようかと今思っている。

私の中で、あの日の記憶は全く薄れるということはない。
胸に抱く悲しみと怒りは、あの日以来少しも減じていない。





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心ひとつに キャンドルナイト








葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
8年4か月の間、バナーをお借りしてきました。 

これでキャンドル・ナイトは終わるわけではなく、次は2020年3月11日に
またお借りすることになると思います。
しかし、100回の節目に、ここに改めて感謝を述べさせていただくことにいたします。


また、これまでずっと毎月ここを訪れてくださって応援くださっている皆様にも、
ここで一度、心からの感謝を申し上げたいと思います。
ほんとうにありがとうございます。











『お勧めしたい本』


ブログにリンクさせていただいていて、このブログにもコメントを下さるブロ友
スキップさんが、本を出されました。
スキップさんのブログ。
『人を笑わず人と笑う」・・・田舎匝瑳の書斎から』

スキップさんは、長年、高校の社会科の先生をしてこられ、退職後は、『匝瑳九条の会』を
立ち上げられて、日本の民主主義の根幹…、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を
高らかに謳いあげる日本国憲法を守るべく地道で息の長い活動をしておいでになりました。

実のところ、スキップさんは私にとって『ブロ友』というよりは、お会いしたことこそないけれど
秘密保護法や安保関連法などへの国会前抗議における〈心の同志〉であり、また、
安倍政権のあまりの無法に対して猛烈に怒りつつもともすれば無力感に打ちひしがれて
しまいがちな私などを、その変わらぬ意志で常に勇気づけてくださる心強い先達でもあります。

その意志の強いスキップさんにして、昨今の安倍政権のあまりのやり口のひどさ、しかし
その安倍政権をなおも「ほかに代わりうる政党がない」などの理由で国民が支持し続け、
この史上最悪と言っていい政権が、まもなく日本の政治史上最長期を誇る政権となって
しまうのを許している今の状況に打つ手がないことに対し、今、焦慮していらっしゃる。
もうすぐ参院選です。今のところ政府・与党は衆院とのダブル選挙を否定している。
しかし、またしても例の『内閣総理大臣の専権事項』とやらいう法的根拠の曖昧な
権利を振りかざして安倍政権が衆院を解散し、衆参のダブル選挙が行われるような
ことになれば、今の日本国民は、また「ほかに票を入れるところがないから」などという
消極的な理由で、政府与党を勝利させ、安倍政権にさらなる延命を許してしまうのでは
ないでしょうか。「国民の信を得た」とまたしても厚顔に言わしめるのではないでしょうか。
そうなれば、今度こそ、安倍氏は本気でなりふり構わず彼の個人的悲願である『改憲』、
を成し遂げようとしてくるでしょう。

「改憲の何が悪いの?」

そうお思いの方もいらっしゃるでしょう。
確かに。『改憲』そのものが悪いというわけではないと私も思います。
しかし、それがより良くするための改憲ではなく、今、私たち日本国民に保障されている
自由など諸権利を制限するような、あるいは奪うような改憲になろうとしているならどうですか。

安倍政権が、そして自民党が目指している『改憲』とは、実はそういうものです。
このことについては、私も何度もこのブログで警鐘を鳴らしてきたつもりです。

ところが実は、安倍政権は、この『改憲』という大技なしにでも、既にこの私たちの日本の姿を
大きく勝手に変えてきてしまった政権なのです。
自衛隊の海外での武力行使、集団的自衛権行使を容認する安保関連法がそれです。
改憲なしに九条をなし崩しにしてしまった・・・
この問題はあまり実感がないですか?
それでは、この6年半の安倍政権によって強力に進められた『官邸への権力集中』
はどうですか?
今、官邸に盾突く者はほとんどいません。官僚も、国会も、マスメディアも、教育も、
司法でさえもが…、安倍政権の意向を忖度するような雰囲気になってしまっています。
あれほど誰もが正直言って安倍政権による政治の私物化ではと思っていた森友・加計
問題は、ついにうやむやにされてしまい、政権を守るためには公文書の改ざんや破棄
までが行われた。そのために一人の誠実な関係者が追い詰められて自死してしまった。
今度の金融庁の審議会の出した報告書を、選挙に都合が悪いからと言って『なかったもの』
にしてしまった安倍政権の鉄面皮としか言いようのないやり口はどうですか?
この問題については別に書こうと思っているけれど、もうこの国ではまともな追及や議論さえ
成り立たないような状況に徐々になっていきつつあります・・・。
「どうせ変わらない。それならば何を言っても無駄だ・・・」というようにね。
何というのか、『もの言えば唇寒し』というような強烈な忖度・自粛や一種のあきらめムード
や虚無感が人心に生まれつつあるように思います。
それをさらに通り過ぎて、「今さえよければそれでいいじゃないか」「難しいことは考えたくない」
というような刹那主義も。

こんな雰囲気の中で、『改憲』への道が本格的に開かれたらどうなるのでしょう。
どんな改悪でも、今なら国会における絶対的多数と官邸によるマスコミの掌握で
成し遂げられてしまうでしょう。

スキップさんは、ここ数年のその焦燥感から、自分に今何ができるのか、を真剣に
考えられて、ご自分の経験や(御父君の従軍体験も含めて)長い間の思索の結果を
本にまとめてみようと思い立たれたのです。
 

スキップさん本 

ご本は、amazonや出版元のあけび書房などで購入することができます。

6月上旬の発売日から、私も、スキップさんのこの本を大急ぎで、しかし真剣に、精読させて
いただきました。
本は大きく二部に分かれています。前半縦書きにされたところは、スキップさんの父君の
日中戦争従軍体験、戦後の生き方なども含め、スキップさんがいかにしてご自身の
精神形成をなしてこられたか、といういわば自伝的部分。
後半横書きにされた部分は、高校教師を長年務められてきたスキップさんが、
教職員組合の職場ニュースである「分会ニュース」に寄稿された文章や、週刊金曜日、
東京新聞などに投稿された文章などを中心にしたエッセイから成り立っています。
組合ニュースというけれども、テーマは教職員組合関係のことにとどまらず、今の
若者たちの労働環境のことやLGBT(性的少数者)のこと、沖縄のこと、介護のこと、
人間のこころのありようについてなど、ほんとうに多岐にわたっています。
私にはこの後半のエッセイ部分に、スキップさんの深いお考えをより身近に、切実に
読み取ることができました。ブログ記事や時たまやり取りするコメントで知る以上の、
スキップさんの、根っこの深い思想を知ることができて、大変に感動しました。
いや、単に感動、という言葉で言い表せるものより別の・・・、う~ん、もっと深い共感というか、
そう、安心感のようなもの…。それは、虚飾などのない、誠実な、真実のことばがここにある、
ということを知ったからの安心感、とでもいうようなものでしょうか、それを感じました。

このところ、『引きこもりは犯罪者予備軍か』というような、その底にある社会のひずみ
への考察を横に置いてしまったような極端な議論や、金融庁の審議会の出した
『老後に公的年金以外に2000万円必要』という報告への賛否両論などが盛んに
語られています。
しかし、本当はそれらをそういうふうに表面的にバッシングしたり、安倍政権のように
近づく選挙に不利に働きそうだからとて報告を受け取らないことによって報告の示す
重い問いそのものを、『なかったもの』にしてしまうなど、問題を糊塗したり先送りしたり
してしまうべきではない。

それらは共通の懸案として国民皆で早急に真剣に考えるべきで大きな社会問題です。
そこにはある共通したテーマ、『人はどう生きて、どう生を全うすればいいのか』『社会は
どう個人の生に関われるのか』『(逆に)個人は社会に何ができるのか』などということ
が含まれています。

スキップさんのこの本は、スキップさんというひとりのひとの、そういった切実な問題
に対する、誠実な思索と実践の記録であるように思えます。
同時にそれは、『個人』というものの尊厳をないがしろにする方向へ方向へと
突き進んでいる現政権への、社会風潮への、厳しい告発の書にも当然なっています…


よろしければ、ぜひお読みいただければ、と思います。









『キャンドル・ナイト 99』



さあ・・・。いよいよあと一回で、キャンドル・ナイトも100夜だなあ・・・。

我ながらよく続けてきたものだ・・・。



『キャンドル・ナイト 99-1』



99回目のキャンドル・ナイトは、数年前、小豆島への旅の時拾ってきた、乳白色の、
さもないビンのかけらにいつもの小さなロウソクをたててみた。
だんだんだんだん、凝ったしつらえよりろうそくの明かりそのものを見せるような設定が
自分で好ましくなってきている・・・





『キャンドル・ナイト 99-2』




けれども、6月はこのブログのシンボル、どくだみの白い花の咲く季節である。
やっぱり、小さなろうそくちゃんをどくだみと共に写しておこうかなあ。

今、わが家の庭は、この白いどくだみと、紫陽花と、ムラサキツユクサとでにぎやかだ。
つい最近までは、やはり紫色のクレマチス、『キリ・テ・カナワ』がこぼれるほどに咲いていた。

もう・・・ほんとに・・・政治のひどさとその政治が遠因となっているとしか思えないような
暗い事件ばかりで心がささくれ立つような毎日であるけれども、季節が来れば律義に
咲き出る花たちや、可愛らしい小鳥たちの子育てのようすなど見ていると、ふうっと
そのささくれ立った心が静まるのを感じる。

一週間ほど前の夜には、ホトトギスの声も夢うつつに聞いた・・・・・・・・・
ああ・・・今年も来てくれた・・・・・・・・・


それにしても、どうしたのだ、この国の政治は。
こんなひどい政治がまかり通っていていいのか!
それを許しているのは、国民自身だ。

8年前の3月11日。
あの悲劇の日以来、私たちはこの国を少しでもいい国にしてきただろうか。
思い出してみてごらん。
あの時、私たちは、亡くなられたかたがたのことを想い、おそらく誰もが、心のうちでひそかに、
『遺された我々は。よりよく生きねば・・・』と思いはしなかっただろうか??

あのときの、人間の真心から出たひそかな誓いの想いは、いったいどこに消えて
しまったのだろうか。









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『キャンドル・ナイト 98』




CIMG8932.jpg



98回目のキャンドル・ナイト。

今回、小さな蝋燭のしつらえに使ったのは、金属製のしおりだ。

季節の進みが早く、つい先日桜が咲いたと思ったら、もう青葉の季節。
鳥たちや虫たちも恋の相手を求め活発に動く季節だ。
我が家の小さな庭も、蝶の通り道になっているかして、黄蝶やアゲハなどが
盛んに行き交う。
金色の小さなブックマークは、その蝶のデザイン。



国を挙げての祝賀ムードのうちに訪れた『令和』というひとつの時代。
私は年齢から言って、その行く末を最期まで見届けることは出来ない・・・
だが、それは、おそらく、『平成』以上に厳しい現実と向き合わねばならない時代となるだろう。
そのことは、天皇家とは関係ない。世界の動きが、日本の社会の構造それ自体が、
大きな問題を抱えて二進も三進もいかないような状態になりつつあるからだ。

だから。ほんとうは浮かれてなどいられない。といって悲観的な顔でいても仕方がない。
人間には知恵というものがあるはずだ。
人智を集めて。一人一人が真剣に考えて。今という時代、また未来の世界を
少しでもいいものにしていく・・・少なくとも改悪・劣化・破壊などしない・させないように、
していくことだろうと思っている・・・





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『キャンドル・ナイト 97』




キャンドル・ナイトも97回目。あと3回で、100回になる。
ふ~う・・・・・・・・・

よく続けてきたものだ、と自分でも思うが、同時に虚しくもある。
8年前のあの日から、日本は少しでも良くなったのであろうか、と考えると。



キャンドル・ナイト 97



今日のしつらえ。
ビブルナム・スノーボールというガマズミの仲間の落葉低木の枝を切り花として
花屋で売っていたのをもう2週間ほど前に買って楽しんできたのが、いよいよ疲れてきたので
最後にこうして小さなロウソクとともに写真に残すことにした。
さわやかな薄緑色の花は、紫陽花を小型にしたような手毬状に咲く。
その花の中に小さなロウソクを立てると、思いがけず美しい陰影を生んだ。



東日本大震災の傷はまだまだ癒えぬまま、時は、『平成』から『令和』とやらに
移って行こうとしている・・・・・・
『令和』か・・・・・・・・・。


思うことは山ほどあれども、この頃、それを書くことが虚しくなってしまっている。
シニシズムに陥ってしまってはいけない、とは思うのだが。




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『つぐみんに会えた!』



ツグミ。
スズメ目ツグミ科ツグミ属。
学名:Turdus eunomus
英名:Dusky thrush

ツグミを見てみたい、と思ったのは、そうだなあ・・・もう3、40年ほども前のことだ。
いつの頃だったか今となっては正確に特定できないのだけれども、1970年代か
80年代にさしかかった頃か、テレビで、こんな詩の朗読と共に、なんとも大人っぽく静かで
味わい深い、洋酒の良いコマーシャルが流れていたことがあった。




『譫語』                                                                            『センゴ』(うわごとのこと)

爾等の見窄ぼらしい繪馬の前に、            なんじらのみすぼらしいえまのまえに、 
なんでこの身が、額づき祈らう。          なんでこのみがぬかづきいのろう。
むしろ、われは大風の中を濶歩して、                     むしろ、われはたいふうのなかをかっぽして、
轟き騷ぐ胸を勵まし、                とどろきさわぐむねをはげまし、
鶫鳴く葡萄園に導きたい。                        つぐみなくぶどうえんにみちびきたい。
沖の汐風に胸ひらくとも、              おきのしおかぜにむねひらくとも、
葡萄の酒に醉はうとも、何のその。          ぶどうのさけによおうとも、なんのその。



これは、上田敏の訳詩集『牧羊神』の中に収められた『譫語』、という詩の中の一節である。
原詩は、ギヰ・シャルル・クロ((1879-1956)というフランスの詩人のもの。
本当は、この前にも後にも詩は続くのだが、コマーシャルではこの部分が使われていた
ようである。全詩は、ここで読むことができる。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000235/files/51173_42027.html

you tubeなどを一所懸命探してみたけれども、そのコマーシャルを見つけることは出来なかった。
だからそのすてきさをここでお伝えすることは出来ないのだけれども、ああ!70年代ごろの
コマーシャルにはなんと格調高い上質のものがたくさんあったことだろう・・・
サントリーやニッカなどの洋酒や、パルコなどのコマーシャルは、商業宣伝といえども、
音楽、映像、コピー、などなどに、超一流の人々が関わって、本気で芸術的ないいものを
作ろうとしていた時代だったように思われる・・・

この洋酒のCMも、電気スタンドの明かりにほのかに照らされる古い書斎の机の上の、
開きかけの本と一杯のお酒のグラス、という映像に、渋く深い声の男性による詩の朗読、
バックにかすかに流れるクラシックの曲、というだけの、シンプルなものだったろうと
うっすら思うのだが、とても良いコマーシャルだったというそのことの記憶しかない。
そのお酒が何だったのか、ナレーションの声は誰だったのか、バックに流れていたのは
何の曲だったのか…このCMについて書いている人が何人もいらっしゃるのだけれども、
結局特定することはできない。サントリー社のCMだったのではないかということで、
わざわざサントリーに問い合わせた人までいたのだが、記録がないという返事だった
という・・・
ちなみに、いろいろ調べた末に、お酒はサントリーローヤル、朗読は小林修さん、
曲はワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』第三幕冒頭部分、と書いている方がいらした。
https://youtu.be/rsGiazgC8lY

聴いてみれば、『ああ、そうそう。この曲だったかも知れない・・・』と思わされる。
私自身の記憶自体おぼろなのが残念なのだが、何しろ重厚で奥行きの深い、コマーシャル
だった・・・。ということだけはこの曲で伝わろう。
   
私にとって唯一鮮明なのは、朗読される詩の『つぐみ鳴く葡萄園』というその一言に、当時、
私の想像力がいたく掻き立てられた・・・という一事である。

葡萄園というその舞台は、おそらくヨーロッパのどこかの、古い葡萄園であろう。
時間は夕暮れ間近かあるいは早朝か。とにかく人は他にいないその葡萄園の道を
詩人は歩いている。つぐみの声だけがただ響く。
その静かで孤独な情景を想像して、わたしは『つぐみ』という鳥にいたく惹かれてしまった
のである。

つぐみとはどんな姿をした鳥だろうか。
葡萄園に響いたというその声は、どんな声だったのだろうか…

しかし、それから何十年と、私がつぐみのことを知ることはなかった。
当時ネットというものなどはなく、また積極的に図書館などで調べるというほどの
執着もなく、ただあの時のコマーシャルとともに、私の中でその鳥は、ただ淡い美しい
印象のままに眠り続けていたのである。

『つぐみ』への興味が私の中で息を吹き返したのは、2006年、『とりぱん』という漫画に
出会ってからだ。
『とりぱん』は、とりのなん子による日本の漫画作品。とりのなん子氏は講談社の
2005年第17回MANGA OPENで大賞を受賞して漫画家デビュー。以来雑誌「モーニング」誌に
連載が続いて単行本化もされ、本は現在24巻まで出されている・・・
漫画『とりぱん』のことを私が知ったのは、朝日新聞に素晴らしい書評が載っていたからで。
それについては、前のブログで書いたことがあるのだけれども、いつか転載してみよう。

『とりぱん』は、東北地方に住むある独身女性が、自宅の庭に来る鳥たちなどに
ひたすら餌をやり続けるのを描いた、一種の日記のような漫画なのだけれど、
そこにはさまざまな鳥たちだけでなく、蛾やカマキリなどの虫たちや蜘蛛なども出てきて、
それらが皆、なん子さんの卓抜な観察眼で半ば擬人化されて描かれているのである。
一言で『擬人化』と言っても、単に生き物たちが人間くさく戯画化されているわけではなく、
それぞれの生き物としての存在感と個性が、なん子さんの手で生き生きと描き出されている、
という意味で。
私は朝日書評で第一巻の存在を知って購入して以来、次の単行本が出るまでの半年
が待てずに、毎週塾に勤めに出る際に連載の掲載誌『モーニング』を買って、
夜仕事が終わって帰りの電車の中で『とりぱん』を読むのを楽しみにすることを
数年間の習慣にしていたほどだ。

つぐみの『つぐみん』は、ひよどりなどと共に、『とりぱん』の主役級の登場者である。
私が件の洋酒のCMでなんとなく思い描いていた『ツグミ』という鳥のイメージは、ここで
ずいぶんと変わったかも知れない。
『つぐみん』は、餌場に集まる鳥たちの中で、いつもヒヨちゃんに追い回され、
地べたでパンくずやりんごかすなどをびくびくしながら漁る、気弱でおとなしい鳥として
描かれているのだが、そのつぐみんが作者や、私を含む多くのファンから愛されているのは、
彼(彼女)が、遠くロシアや中国の北部から秋になるとこの日本にはるばる『渡り』を
してくるけなげな鳥であるということも理由の一つにある。
私が件の洋酒のCMで思い描いていた『葡萄園で美しい声でなく鳥』というイメージは、
漫画の「キャッ、キャッ!」という鳴き声のオノマトペや、実際にネットなどでその
鳴き声を知るにつれて訂正せざるを言えなくなったのだけれど(実際、つぐみんは
『悪声』の方だと言って良いかもしれない)、CMで抱いたツグミという鳥へのある種
ドラマチックな、悲劇的でさえあるようなイメージは、その『ロシアから、秋、はるばる
渡りをしてくる・・・』という一事で私の中では以前と少しも変わることなく保たれ続けて
いるのである。

つぐみんに会いたいよう・・・・・・!・・・・・・
思い続けて何年になるだろうか。
人によっては、また場所によっては、秋から冬にかけた季節に、すぐ身近な公園や
空き地、農園などで普通に見かけられるらしいツグミ。
でも、私には縁がなかった。




ところがこの3月。
肺癌という自身の病と、家族の介護ということの中で心身共に疲れているように見える
私を心配して、娘たちが私を散歩に連れ出してくれたのである。
パパがデイサービスに行っている間のほんの1時間余の近場の散歩だったけれど。
お婿さんは、我が家の庭に鳥の餌台を作ってくれてそこでシジュウカラやヒヨドリ、
メジロ、アオジなどの餌をついばむのを見に来るようになって以来、すっかり鳥好き
になった。
この日も、彼と娘と私と、三人で鳥のことを話しながら、近くの裏通りにある小さな
農園のところまで来たときだ。
娘が立ち止まって、『つぐみんがいる』、と静かな声で言う。
眼の良い娘は、ここで最近、ツグミらしき鳥を見かけたことがあって、でもそれと
断定する自信はなくて、私をここに連れてきたらしいのだった・・・・・・。

いた!間違いなくつぐみんだ。
あの、ぼ~っと佇んでいる丸っこい姿。私たちが足を止めて見ていても平気で、身動きもせずに
斜め四五度上を見上げているようなあの独特のポーズ・・・。
私は心の中で狂喜していたけれど、悲しいことに眼鏡をかけていてもド近眼の身では
つぐみんの顔つきまではよく見えなかった。
そんな日に限ってデジカメも双眼鏡も持ってきていない・・・
娘に携帯で写真を撮ってもらってあとで送ってもらうことにして、その日は三人とも
ただ、つぐみん同様その場に立ち尽くして、つぐみんとの出会いを心の中で祝して
いたのだった・・・・・・


後日。もちろん、私は、ひとりでくだんの農園に行ってみましたよ。
でも、つぐみんはいなかった・・・。
三人で目撃したのとほぼ同じ時間、また時間を変えても行ってみたのだけれど。
つれあいを家に置いての買い物は、いつも大急ぎで済ませて帰らなければならない。
その農園のほうへ遠回りして行くのも本当ははばかられるのだけれど、つぐみんを
どうしてももう一度見て、自分のカメラに収めておきたい・・・・・・

そうやって虚しく訪ねて数回目の時だ。


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つぐみん!
いた!


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ああ!この姿。この顔!


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ぼ~っと立っているこの姿。^^
なん子さんの漫画の通りだ。
とりのなん子さんは、プロとは一口に言えども、その中でもかなりのデッサン力のひと
のように思う。何といっても、観察眼がとてもすごい。正確なのである。



それから、毎日のように、駆け足でではあるけれど、つぐみんに会いに行く。
だって、彼は、このように暖かくなったら、もうじき、ロシアに帰ってしまうんだもの…
そうしたら、また来年までは会えないのだ。
(私の体調次第では、二度と彼に会えないかもしれないのだ…)



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何日目かのこの日も、「あ!つぐみん、いた!」と思ったら、ハクセキレイさんだった。
つぐみんよりこころもち体は小さいが、地べたを動き回る怪しげな動き方はつぐみんに
似ているのだ。
ハクセキレイも私の大好きな鳥だ…
地べたをつつつ~!っと走り回っては、餌を探している風・・・


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そこへ、カラスが畑のどこからか現れて、ハクセキレイを追い回す。

これは、ハクセキレイを追いやって、見物人の私を意識しているかのように、得意満面で
こちらへ戻ってくるカラス。
足つきに、彼の得意さが現れているように思えるのは、私の感情移入のし過ぎか?(笑)
実は、私は、カラスもその賢さのゆえにとても好きなのだ。



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「今日は、ハクセキレイとカラスだけで、つぐみんはいないのかな…カラスがいては
あの臆病なつぐみんは逃げてしまったかもしれないな・・・」
そう思って、あきらめて帰ろうとした時だ。

いた!
つぐみんが今日もいた。
地面の色と同じ保護色でこちらが気がつかなかったのか。それとも野菜の畝の陰から
たった今出てきたところなのか。
こういうところが、つぐみんのつぐみんらしいところだ。(笑)
きみは。いつも同じポーズだねえ・・・・・・♪




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ぼけぼけの写真になってしまったけれど、つぐみんよ。大写しの写真もここに載せて
おこうね。
私が寂しい時に、こうやって、ここで待っていてくれてありがとう・・・
私が君に出会うまで、北の国に帰ってしまわないでいてくれてありがとう・・・

つぐみんがここにいることを突き止めて教えてくれた娘たちにも感謝感謝だ。






              ***



長くなってしまうけれども、つぐみに私は、なぜこうも惹かれるのだろう・・・


おそらくそれは、彼の『孤独』というイメージを、私が勝手に人間の目で創り上げて
いるからだろう。
そのイメージは、3、40年も前のあのコマーシャルの時にすでに出来上がっていたものだ。
おそらくは夕暮れの葡萄園を、ひとり歩く詩人…その孤独な魂に、つぐみの声が
照応し合う、という、そういうイメージだ。
だが実際は、上田敏によって訳された 『譫語』 という原詩そのものをよく読んでみると、
この詩は、詩人の孤独な魂などを謳ったものなどではなく、むしろ、古今の芸術家たちの
仕事に何、憶するものか。自分は新しいものを創っていく、という、高らかな宣言である
ことがわかる。
私があのCMを見て、孤独で寂しいイメージを持ってしまったのは、詩の文言ではなく、
むしろ、背景に流れる『トリスタンとイゾルデ』第三幕のその調べの重厚さと、ナレーション
というか、詩を朗読した男性の深く豊かな声と、CM全体の静かな雰囲気によるものだった
のかもしれない。いずれにしても、

私の中に色濃くある『よるべなさ』の感覚・・・・・・
どう生きてもひとはひとり…という感覚…

が、このCMに惹かれる原因だったのだろうし、つぐみに抱いたイメージも、そこで
定着してしまったのである・・・
実際のつぐみんにこうやって出会っても、そのイメージは変わることはなかった。
はるばるロシアから飛んでくる渡りの時はいざ知らず、日本にいるときのつぐみんは
群れないで、こうして一人でぽつんといるように思われるから。

ただひとつ。疑問が晴れないこと。
それは、あのコマーシャルの、あの詩の中に出てくるツグミの鳴き声のことである。
そもそも『つぐみ』という名が日本でついているのも、彼が北の国から日本に
渡ってきて帰るまでのごく一時期、それもごくまれにしか、その「歌声(さえずり)」を
聞けない。彼が発するのは、何か危険を察知した時の警戒音とも言うべき
『キャツキャツ!!』という、むしろ悪声に近い鳴き声だけである、というところから、
『口をつぐんでいる』鳥、という意味でその名がつけられたのだ、という説があるほどに
つぐみの声は警戒音以外は日本では聞けないのである。
鳥たちはなぜ歌を歌うのか。
歌うことそれ自体を目的にしてさえずる鳥もいなくはないかもしれないが、
ほとんどの鳥は、繁殖の相手にアピールするため、いわゆる恋の歌を歌うので
あろう?
鳥が鳴くときは、それ以外は、危険が迫ったことを仲間に知らせる警戒音や、
相手を必要あって威嚇するときや、『ここに餌があるよ』とか、何か合図を送るため
であって、ほとんどの鳥は無駄鳴きはしないものであるようだ。
だから、つぐみんの恋の歌は、さえずりは、繁殖地であるロシアなどの地でしか
まず、聴くことは出来ないのだ・・・そう思うのもまた寂しい・・・・・・。

ツグミのあのキャツキャツ!という短い警戒音の鳴き声と、ギヰ・シャルル・クロという
フランスの詩人のあの詩に出てくるツグミのおそらく美しい声との間の、私の中での
乖離のようなもの…素朴な疑問…
あの警戒音の悪声ぶりでは、本来の『さえずり』の声も、詩に歌われるそれほど
良くはないのではなかろうか?

その疑問は、次のサイトの、桝田隆宏氏(松山大学)のツグミに関する丁寧な論考で
氷解した。

『英米文学鳥類考:ツグミについて』 桝田隆宏(松山大学)
https://ci.nii.ac.jp/els/contentscinii_20180422121828.pdf?id=ART0009406788
(この論考を、氏がお書きになるに際して、庭に来る『シロハラ』の姿を愛でながら、
と最後に記してあるのにいたく感動した私でした・・・。ああ!シロハラちゃん!
シロハラちゃんについて、ここで書いた記事があります…)


ギヰ・シャルル・クロの原詩に謳われたツグミは、フランスなど欧州本土やイギリスなどで
鳴くツグミ。同じツグミでも日本に飛んでくるツグミ(英名:dusky thrush 黒っぽいツグミの意味)
とは種類が違うのだということ。
詩に歌われたツグミは、俗にsong thrush (ウタツグミ)と呼ばれる仲間で、それらは
欧州ではナイチンゲールなどと共に、美声で名高い鳥なのだというのである。
しかも、彼らは、あの詩によっても想像されるとおり、日本に来るツグミのように渡り
で季節によっていなくなるという感じではなく、ほぼ一年中、一日中、林や農園などで
歌を歌っているらしいのだ。
ああ・・・。それなら、あの詩の情景もぴったりくる……。

それでは、そのsong thrushの声とはどんなものなのだろうか。
調べてみたらあった!







・・・
なるほど。この美しい歌声なら、詩人の魂に呼応して詩心を誘い詩に謳われもしよう。

でも。つぐみんよ。私は君が好きだよ。とてもとても好きだよ。
君の恋の歌を、命の歌を、私は聴けない。君の巣も、子供たちも、私は見ることが
出来ない。君の故郷は遠いロシアだからだ。

おそらく。おそらくだが、つぐみん、君も故郷の地で恋の歌を歌うときには、ウタツグミ
ほどではなくとも、それに似た美しい声で鳴くのではなかろうか。
ああ・・・つぐみんの恋の歌を聴いてみたいなあ…
それでも、あの、『キャツキャツ!』という、君がものに驚いて飛び立つときに
発する声。それが私はとても好きだよ。

つぐみん。また来年も会おうね。

ここで待ってるからね。



 








『キャンドル・ナイト 96』



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96回目のキャンドル・ナイト。
あの日から8年だ。





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こんなこにちいさな蝋燭を託してみた。


やさしい顔の海鳥だ。

どうか。
まだ帰れぬみたまが、この小さな灯りを目指し。鳥の背中に乗って帰ってこられますように。



今日は、ひたすら、祈りだけを捧げよう・・・・・・・・・






南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト








葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 




『ひな祭り ’19』





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みなさん。こんにちは。
あずさです。
ろうそく人形のあずさです。
40年以上前、おひな祭りのケーキについていたろうそく人形なんです。

いつも、一年に一度、おひな祭りの時だけ起きてきます。

今年は自分で、小さな箱のベッドから起きてきましたよ。
あずちゃんも、少しずつだけど、大人になってきたのね。

慧人(けいと)くんも仁人(にっと)くんも、もう来ていますよ。


みなさん。こんにちは。
こんにちは。
こんにちは。





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はっ!紅子さん?



ううん。紅子さんじゃないのよ。
『紅子さん』というのは、7年前の冬、12月から3月までも生きていたカーネーションさんです。




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はっ!このおおきいちと、だあれ?


このこはね。『きばる』ちゃんよ。
水俣の漁師の人たちが育て上げた甘夏さんなの。

ママさんのおともだちの玄さんが送ってきてくれたのよ。

げんさん?げんさん、ありがとう~~~♪


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ほうら。剥いてあげたわ。甘くて新鮮でおいしいわよ。
みんなでいただきましょうね。

は~い!




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さあ。今年もあずちゃんのお友達がせいぞろいです。
げんさん甘夏や、いつものちらし寿司、ひなあられをみんなでいただきましょうね。


は~い!

は~い! は~い! は~い! は~い! は~い!・・・・・・















プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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