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『コロのいる風景』




6月22日。
今日は、コロが我が家に来てから3年目の記念日です。
我が家に来た時、6~7歳ということでしたから、コロ、9~10歳ということになります。



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こんばんは。
コロでしゅ。


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これはボクのお気に入りのお部屋のお気に入りの椅子でしゅ。



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ここは夫の部屋だったのですが、今はコロの遊び部屋になっています。
かつてはこの天井まである作り付けの本棚に、重ねて入れてもまだ入りきれない
本が床にまで溢れ、いつか床が抜けるのではないかと思うほど。仕方なし廊下にも
本棚をおいて納めていたのだけれど、何回かにわたってまとめて売ったり徹底的に
処分したりして、だいぶすっきりしました。『これだけは残そう』と思う夫の本とか
娘の小さい頃読んだ童話類とか、もう最低限のものしかここには残していない。

ここで私も、コロのそばで本を読んだりします。
朝など天気の気持ちいい日は、ベランダに出てゆっくり新聞を読みます。

コロが何を見つめているかというと。








おにいちゃんとおねえちゃんがコロのために買ってくれたおもちゃ。
この映像は初めてコロがこれを見たときのもの。
おにいちゃんとおねえちゃんの手が優しい。

他のおもちゃは、少しすると飽きてくることが多いのだけれど、
これはもう何カ月もずっと、毎日飽きずにこうやって遊んでいます。
最近では省エネすることを覚えたらしく、こんなに激しく追いかけないで、最初から
どかっと上に乗っかって、獲物が来るのを待ち受けるようになりました。
それでも疲れると、上の写真のように椅子の上で休んで、くるくる動くおもちゃを
飽きずに眺めています。
雨で退屈な日でも、これを動かすとどこにいても飛んできて遊びます。
どうやら、この子を親友だと思っているみたい。^^





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この猫足コップも、おにいちゃんおねえちゃんが見つけて買ってきてくれたものです。
二人の分とママのと、三つあります。
牛乳やカルピスなど白い飲み物を入れると、ほんと!コロの足みたい。^^

さて。コロちゃん記念日だから、コロちゃんの健康を祈って、乾杯♪ 







『私の好きなテレビ番組』


のんきな記事を一つ。

皆さんは、毎回必ず見るほどお好きなテレビ番組っておありでしょうか?

実は、私には、この数か月、毎週楽しみにしていた番組が一つあった。
それは、ジェレミー・ブレット主演の『シャーロック・ホームズの冒険』だ。
(英国、グラナダテレビ制作。)
毎週水曜日になると、夜9時からNHK,BSプレミアムで放送されるそのシリーズを、
朝から楽しみにしていた。
だが、全41回あったそのシリーズが、先々週で終了してしまった!!!
続いて先週からは、『名探偵ポアロ』が放送されているけれど、この番組も好きでは
あるけれど、ジェレミー・ブレットのシャーロック・ホームズには私の中では敵わない。

『シャーロック・ホームズの冒険』。言わずと知れた、サー・アーサー・コナン・ドイル原作の
推理・探偵小説を映像化したものである。

このシリーズは、再放送に再放送を重ねている番組であって、日本で最初に放送
されたのは、1984年から1994年であったといい、その後も何回か再放送
されているようだ。
私はその何回目かの再放送を観て、遅ればせながらはまってしまっていたわけ
だが、実は私はそもそもはシャーロック・ホームズファン、というわけではなかった。
原作のシャーロック・ホームズシリーズを読んだのも、実は小学校の時に、子供向けに
リライトされたものをいくつか…たぶん『まだらの紐』「緋色の研究』かなにかを読んだ
うっすらとした記憶があるだけで、大人になった後も読んでいない。
同じ冒険・探偵小説なら、仏、モーリス・ルブラン原作の『アルセーヌ・ルパン』シリーズ
の方がずっと好きだった。
子供の私がアルセーヌ・ルパンの何が好きだったろうか、と思い返してみると、
父は獄死、ルパンは母とともに母の修道院時代の友人ドルー・スービーズ伯爵家に
引き取られて育った、などという、その出自の不幸さ、などに共感したのではなかったか
と思うのである。
それは私自身が貧しい暮らしをしていて、子供の頃から光り輝くような存在(たとえば
石原裕次郎さんとか長嶋茂雄さんとか。笑)というものにどうもシンパシーを感じられ
なかったこと、ルパンが大盗賊ではあるけれど貧しい者の味方、義賊であった
というところなどから来ていたかな、と思う。
私は生涯を通じて、冒険譚のハンサムで明るく完璧な主人公よりは、それに対峙する
ダーク・ヒーローの方が好きだ、という傾向がある。いわば、敗者の方により共感を
覚える性格なのである。><

一方、子供だった私が、ホームズに抱いていたイメージは、頭脳明晰にして英国紳士、
ではあるが、その恰好は鹿撃ち帽にインヴァネス、パイプで煙草、というなんだか
おじさんっぽい姿であって、それも子供向けにリライトされたものしか読んでいなかった。
従って、大人になってもホームズに対する私のイメージはそのままで、原作を読むことも
なかったのである。

実は、今回の放送を毎週楽しみにして必ず観るようになったのも、あれは第何話
だったか、ホームズが机の引き出しにこっそりとコカイン注射の一式を隠して
いるのを、親友であり医者であるワトソンが見つけて表情を曇らせる、というシーンを
観てからだったように思う。
それで何かの折に『シャーロック・ホームズ』を検索してみて、彼がコカイン中毒で
あるということをあらためて知ったのである……
ホームズはコカインの常習、というわけではなかったけれど、彼がその頭脳をフルに
発揮できる事件が起きて捜査の依頼が来るなどということがしばらくないと、
無聊を持て余してついコカインに手を伸ばしてしまう、という設定になっていたらしい。
また、コカインは、今でこそ禁止薬物だが、ホームズの生きた19世紀、ヴィクトリア
王朝の頃には、コカインは違法ではなかったという。

私の読んだ子供向けリライト版に、ホームズがコカインやモルフィネの中毒であったこと
など書いてあるはずもなく、またその風貌も私はなんとなく実際の原作の長身痩躯、
ではなく、がっちりした体躯の精力的なおじさん、というイメージをもっていたのである。
(一体小学生の私は、どんな挿絵のホームズを読んだのだったのだろう?笑)

主人公がコカイン中毒であった、ということを知ってから俄然ホームズのドラマを
私が毎週見るようになった、というのもおかしな話だが(私はそうした薬物使用には
勿論反対である!念のため。)、ホームズという人物の造形に、それで陰影が
加わり、ドラマ自体も観るに深みが増したように思われたのは事実。


実は、このグラナダテレビ制作の、ジェレミー・ブレット主演のホームズ。先に書いた
ように日本でも何回か放送されていて、私もその何回目かを時折見てはいた。
そして、そのオープニングシーンの映像や音楽がいいなあ、と思ってはいた。
しかし、これまであまり落ち着いて最後まで観たことはなかった。

ところが、ホームズがコカイン中毒であった、ということを知った途端、なぜか
毎回欠かさず観るようになった、というのは不思議というか、私も相当ひねくれ者
変わり者だなあ、と自分で思う。
しかし、その、緊張感とノスタルジーを同時に搔き立てるようなオープニング
シーンの見事さ、もともと好きだったイギリス文学、イギリス文化、とりわけ
ヴィクトリア朝の頃のそれへの嗜好、などということが、ホームズが単に頭脳明晰なスーパーマン
なだけではない、というその影のある部分を知ったことで、俄然、一つにつながる
魅力になって、熱心に見入るようになってしまった、というわけである。

けれども、正直に言えば、ホームズのストーリーそのものよりも、実は私は、
ジェレミー・ブレットのホームズが好きだったのかもしれない。そしてデヴィッド・バーク
(のちにエドワード・ハードウィックに交代。どちらも秀逸!)のワトスン博士が。
二人の間のなんとも言えない友情が。
ジェレミー・ブレットの吹き替えの声があの露口茂であった、ということも
欠かせない魅力の一つであった……。
そして、私がさらにこの番組を一編の珠玉の番組として惜しみつつ観るように
なったには、ジェレミー・ブレットが、史上最高のホームズ俳優、という世界の
シャーロック・ホームズファンの認めるところであったにもかかわらず、原作の
すべてを彼主演で映像化し終わる前に、彼自身もその意欲を持っていたにも
関わらず、61歳の若さで病気で亡くなってしまった、という寂寥感…ああ、もう…
ジェレミー・ブレットのホームズ新作を見ることは出来ないのだ…という悲しみが
あったせいもあったかもしれない。

若い頃に罹患したリウマチ熱による後遺症で、ブレットの心臓は通常の成人男性の
およそ2倍の大きさであったという。 心臓のために処方されたジギタリスや、彼が
双極性障害も抱えていたためにリチウム錠も服用していたが、それらの副作用に
悩まされつつ、また『ホームズ』を演じ続けるための様々な重圧とも戦いつつ、ジェレミー・
ブレットは命を削るように撮影を続けたのである……

この世界には、あるものに魅入られそれを追求することに自分の人生を賭してしまう、
というそういう人生を歩いてしまう人がいるものである。
たとえば数学上の難問を解明するために一生を賭けてしまった人々がたくさんいる…
『究極のホームズ俳優』という名誉、というかある意味の重圧を世間から冠せられた
ために、これまでも多くの俳優が自ら望む望まないにかかわらず生涯をホームズを
演じることにささげたという例もまたたくさんあるらしい。
また、英国流に言えば『ホームジアン』、米国流に言えば『シャーロッキアン』と
自他ともに名乗る熱烈なホームズファンもこの世界には当時も今も数多いて、
『シャーロック・ホームズ協会』、のようなものがあちこちにあると聞く。
コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』は、単に一個のフィクションではなく、
ホームズとその周辺の人々が実在した人物ででもあるかのように世界のひとから
愛され続けている、それほどのいわば魔力を持った作品だと言えるのであろう。

私も、きわめて遅まきながら、その魅力にはまりかけているというわけだ。


さあ。前置きが長くなってしまったけれど、オープニングシーン、見ていただきましょうか。





グラナダテレビ制作のこのホームズは、本当にその時代背景を忠実に再現した
映像の見事さや、二人の下宿するベーカー街221Bの家主のハドスン夫人、
ロンドン警視庁の警部たちなどなど脇役陣の配役の嵌っていることなどもあって、
ほんとうに私には毎週のお楽しみだったのであった。
とりわけ、このオープニング―シーン…ベイカー街の石畳の上を一頭立て、二頭立ての
馬車が軽やかな蹄の音を響かせながら走り過ぎる…、
そしてそこを行き交うひとびと…そこにはホームズなども属する中・上流階級の人々もいれば、
新聞売りなどの姿もある…また、ヴィクトリア朝を代表する作家ディケンズの
小説の中にもよく出てくる貧しい少年たち…、隙あらばものを盗んでいこうとする
浮浪児たちなどもたくさんいた…を思わせるいたずら少年たちとそれを追い立てる
警官なども映る。
あのヴァイオリンの奏でるテーマ曲を聴き、最後に一瞬映るジェレミー・ブレットの
ホームズの知的な横顔を見る。何度見ても今でも胸がきゅんとする。
ヴィクトリア朝時代は、私の好きなブロンテ姉妹の生きた時代でもあった。

で。
私はいまだにコナン・ドイルの原作自体を一冊もちゃんと読んでいない。
上皇后美智子さまは、皇后の位を譲るに際し、これからどんなことをして過ごされますか、
という質問に対し、
『読み出すとつい夢中になるため、これまで出来るだけ遠ざけていた探偵小説も、
もう安心して手許に置けます。ジーヴスも二、三冊待機しています』
とお答えになったという。
ジーヴスとは、英国の作家P・G・ウッドハウスのユーモア小説の主人公。
おっとりした性格の若き貴族のバーティの身の回りで起きるトラブルを、執事の
ジーヴスが機転と推理力で片付けていく、というもの。
私は、美智子さまが平成10年と14年の二回、国際児童図書評議会に寄せられた
子どもの本についての、ご自分の子供時代の読書体験についての講演の文章を
朝日新聞で当時読んだことがあるのだが、皇后としての立場から極めて表現は
抑えつつ、言葉を選びつつなされたその講演の端々に溢れる読書ということの
素晴らしさの想いに、いたく共感と尊敬の念を抱いたものだった……

美智子さまは、その生来の性格において、少女時代から、きわめて活発でお茶目な
部分をお持ちのかたなのではないかとつねづね私は思っていたのだが、この
ジーブス発言を伺って、ますますその想いを強くしたのだった……
数多い読書体験の、あまたある書物の中から、どうしてジーブスシリーズを挙げられた
のかという、そのお立場への考慮とかの二重三重の深い想いへの推察も含めて。
(実は私はこのシリーズを知らず、美智子さまのこのことがあって初めて数冊読んで
みたのだったが。ジーブスのシリーズは、アガサ・クリスティなどのちの推理小説家
などにも影響を与えた作品。いわば推理小説のクラシックともいえるシリーズで、
イギリスではシャーロック・ホームズと同じくらい愛されているのだという。)


とにかく。

私は、縷々書いてきたように、シャーロック・ホームズは、ジェレミー・ブレット演じる
テレビドラマからいわば入ったわけだが、老後の楽しみに、原作をこれから一冊ずつ
楽しみに読んでいこうかな、と考えているところである。
そういう意味では、ジェレミー・ブレットのホームズに出会えたことは大きな幸いで
あった。
もし、他の俳優…ジェレミー・ブレット以外にも、『はまり役』『当たり役』と高い
評価を得た人々演じるホームズがかつてたくさんあったはずなのだが…の演じる
ものを初めて観たのであったら、ましてやどんなにドラマとして出来は良くとも
ホームズの時代を現代に置き換えた設定であったりしていたら、私はおそらく
小説も読んでみようとまでは思わなかったかもしれない。

ジェレミー・ブレットのホームズ。
…なんというか、それは単なるお気に入りのテレビドラマ、などという以上のものが
私にはあった。
それは、一言で言えば、過ぎ去った時代、過ぎ去った人々への懐かしさの感情…
とでも言おうか。

こんな素晴らしいドラマをかつて作り上げてくれた人々がいたということ。脚本、
ヴィクトリア時代の部屋や小道具など、毎回の舞台になった場所の光景…音楽…
すべてが高い志のもとに作られているように思える。

コロナ・パンデミック…ロシアによるウクライナ侵攻…おそらくこれから世界を悩ます
であろう政治的分断、異常気象や政治の過ちがもたらす食糧危機、…などなど
これから人類が生きていく世界は、おそらくかなり厳しい殺伐としたものになって
いくかもしれない…
だが、人間はともかくもこれまでも生きてきた…その人類の歴史には、かつて
懸命に生きてきた…後世の私たちにその作品や発明などによってその生きた記録を
残してくれたりした優れた先達たちがいたということ。
その生きざまを何かの形で私たちはたどることが出来、人間の叡智や誠実な営みの
素晴らしさを知ることが出来、この世は決して捨てたもんじゃない、
人は決して孤独ではない
ということを確認することが出来ること。
そういう懐かしさ、慕わしさ、なのである。
そして、また、私と同じように名もなき市井の人々も、かつてこの世にいて、
それぞれにその生を精一杯生きていたのだということを知ること。
そういうものすべての積み重ねの上に、今の私たちはいるのだということ…
それは、言うに言えないある種の勇気、というようなものを与えてくれる。

私にとっては、書物にしても、映画・テレビなどの映像にしても、その喜びは、
単にストーリーを追う面白さということだけでないのである………。
言ってみれば、「かつて、この世にこういう人がいた…」ということそのこと自体が
なんというかしみじみとした喜びを与えてくれるような存在があるものだ。

書物や映画・テレビなどという媒体は、そういう人々との出会いの機会を私たちに
与えてくれるものの一つだ、ということである。














『雨の日の情調』


今年の梅雨入りの宣言が出るのはいつなのか、東京ではまだ出ていないようだが。
と、ここまで書いて、ふと検索してみると、6月6日、先ほど(24分前)関東甲信地方が
梅雨入りした、と気象庁が宣言したそうだ。

なるほど、今日は東京は朝からいかにも梅雨らしいしっとりとした雨。
梅雨はものが腐りやすかったり黴が生えたりと、嫌われることが多い季節のようだが、
私自身は決して嫌いなばかりの季節ではない。
米作りなど、農家にとってはなくてはならない恵みの雨の季節だし、まあ、こんなことを
言っていられる私は幸せだと言えるのだろうが、家にいて外の静かな雨の音を
ひとり聞いているときの風情というか時間がとても好きなのである。



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いつもいる階下の居間の窓から撮った雨の庭。
切っても切っても我が家の庭に自然に生えてくる植物の一つ、八つ手も
しとどに降り注ぐ雨をその掌に受けている。
右手のはシダ類の仲間? シダ類は数種類が自然に生えてくるのだが、どれも
結構美しいので、生えるに任せている・・・
左手に見えるのはチシマザサ? これも名前がわからないが、ジャノヒゲとともに
グランドカバーになってくれ、他の雑草が生えてこないし、とりわけ雨の季節、緑が綺麗
なので抜きもしないで放ってある。
まだ蕾が小さい紫陽花も端っこに写っている…
奥には棕櫚の葉の枯れたのや、これまた勝手に生えてくる万両、茶の木?なども
写っているのだが、よく見えないかしら。
これらのうちで私が植えたのは紫陽花だけで、あとは勝手に生えてきたものたちだ。

いつもはにゃあにゃあ鳴いて外に出たがるコロだが、雨の日は出られないとあきらめて
終日おとなしく眠っている。
・・・ああ・・・ほんとうに静かな雨の日だ。




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先の記事で紹介した薔薇は、まだぽつぽつと咲いてくれている。
どくだみと一緒に、薔薇の模様の花瓶に活けてみる。


数日前、ライチを取り寄せた。
ライチ。レイシ(茘枝)。楊貴妃が愛したという果樹。
玄宗皇帝は、楊貴妃のために新鮮なライチを産地である広東地方から唐の都、長安
まで600キロもの距離を馬を何騎も乗り継がせ、取り寄せたという逸話が残る。



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ライチは、手で簡単に剝ける。
剥いている間にも、甘いみずみずしい果汁が滴り落ちる。
私はこのライチが好きで。
前は、近くのスーパーなどでも季節になれば売っていたものだけれど、ここ十年ほどは
見かけなくなってしまった。中国産やベトナム産のライチには農薬などの問題があった
というので、それで売らなくなったのかなあ…
これも、中国産だけれど、沖縄や四国でわずかに生産されているらしい国産ライチは
とても手に入らないので仕方ない。どうしても今年、いま一度食べて見たくて取り寄せた
のだ。娘のところとご近所に少しおすそ分けして。

なんというか…もの皆雨に打たれるこの梅雨の季節に、これほど似合う果物はない、
という感じで。


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このガラスのお皿、すてきでしょう。
カーネーションらしき花が浮き彫りになっている。銘はあるけれど筆記体で読み取れない。


テイカカズラの素晴らしい香り、どくだみの清楚な花、そしてホトトギスの啼く声・・・・・・
この季節の私の、ささやかな幸せだったのだけれど。
ああ・・・・・・・・・・・・!

今年は、まだ、私、ホトトギスの声が聴けないのだ。
娘たちの住むあたりではもうだいぶ前に聞けたという…だが、もうこの頃は鳴いていない
らしい…このまま、私は聴けないで終わるのかなあ!
もう、ホトトギス自体の個体数が減っているのでもあろうし。

そして。

すべてのものは、一つ所にとどまることはないのだ…同じ日常がいつまでも続くわけでは
ないのだ、と私にはショックで悲しいことがもう一つ。

ベランダでテイカカズラの花の香を嗅ぎながら、コロと本を読んだりして過ごす
幸せを書いたけれど、その楽しみは、実は広いお隣の庭が見下ろせてこそ。
実は、我が家の一方はお隣の樹木の多い庭に面している。
そこは、家がもう一軒、優に建つほどの広さの庭なのだが、お隣の人々はその庭に
出て来て樹木の世話をするとか子供たちが遊ぶとかすることはほとんどなく、
庭は鬱蒼とした樹木に覆われて、いわば手つかずの状態に常にあったのだ。
私たちがここに引っ越して以来、この40年ほどは。
私たちは、隣家のこの借景があったからこそ、今住むこの小さな建て売り住宅を買った
といってもいいのだ。件の私のベランダも、もちろんこの広い樹木の庭を見下ろしてこそ
気持ちがよかったのだが・・・・・・!

しかし、数日前、そこに伐採の手が入った!
うぐいすやそれに似たヤブサメ?らしき鳥などが時折とまったりしていた柿の木、
いつも季節にはたわわに実るのだけれど、家人が収穫しているのを見たこともほとんどない
柚子?橙?らしき柑橘類の木、アゲハ蝶が夏よくうろうろ産卵場所を探して飛び回っていた
山椒の大きな木、などなどが、根元からばっさり伐り倒されて行く……

いや。お隣さんも、ときどきは業者を入れて樹木の剪定、整理はこれまでもしていた。
だがそれは、剪定、にとどまり、樹木自体が切り倒されるということはなかった。

その庭は、我が家とはL字型に位置する側のお宅にも面していて、そこには以前は
年配のご夫婦が住んでおられたのだが、もうここ数年空き家状態になっていた。
だから私は、他人の家を覗き込んでいる、などという誤解もされる心配なく、ベランダに
出てまったりしていられたわけだったのだが。(><)

どうやらその空き家のお宅にも人が戻って来るらしく、いつも閉まっていた窓が
開けられ、人の姿も見える。どうやら、その人たちがくだんの広い庭の伐採をもやって
いるらしい。

???  この庭は確かAさんの所有の庭のはずだが?
仮に空き家に長らくなっていたお宅をBさんとすれば、なぜBさんの関係者が
Aさんのお宅の庭の木を伐採しているのだ???

『もしかしたら、BさんがAさんの使わないお庭を購入したのかもしれないな…』

実は、Aさんの庭がそんなにも長い間、手付かずになっていたというのは、そこが
いわゆる新築不可の『旗竿地』であるから、宅地として売りも出来ないし、また
Aさんのお宅は子供はお嬢さんたちで、そのお嬢さんたちも多分嫁いで家を出、
Aさん一家が庭をつぶして住宅を建てるということもないのだろう、
そう私は、実は、高をくくっていたのである・・・・・・
お隣の広い樹木の庭はずっとあり続けるものだと! (><)

だが、みるみる樹木も鬱蒼とした下草も刈り取られて行って、隣家の庭の半分ほどは
なにも無くなってしまった!!!
我が家の居間の窓を、周囲のたて込んだ家々の窓から、お互いに隔ててくれていた
樹木は綺麗さっぱり無くなって、窓はむき出しになってしまった……
ああ…もう、いつもレースのカーテンを閉めておかなければならない暮らしに
これからはなっていくのだなあ・・・
私は開放的な方が好きで、いつも窓は透明なガラス窓だけで過ごしてきたのだが。

さて。
長くなるので、この悲しい出来事の後日談を。

実は、庭木の伐採をしていたBさんの関係者が、後日我が家に挨拶にみえて、
残りの庭半分ほどは今までのまま、樹を多少整理したり下草は抜いたりはするけれど、
大きく丸裸にしてしまうことは避けてくれることとなった。
なんでも、くだんの庭は、AさんとBさんの家との土地所有関係が昔のことで
はっきりしない、とのことで、とりあえずBさん側の半分ほどだけ今回整理した
のだそうだ。Aさんの了解も得て。
なるほど!長い間この庭が手つかずであったのは、そういう土地所有関係が
曖昧だったからでもあるのか…。AさんもBさんも、この周辺の家々のひとたちは、
この地に昔から住む人々で互いに親しく、家の境界、などということに鷹揚であった
のかもしれないな…。
さらに、Bさんのお宅も年配のご夫婦が亡くなられてお子さんはその家には
もう住まないとのこと。ここ数日家や庭を整理していたのは、Bさんのご遺族に
管理を委託されたご近所の工務店さんのひとたちだったらしい。私も顔見知りの。

ご近所で顔見知り、ということもあって、私、あのお隣の鬱蒼とした木立の庭が好きで
我が家を買ったこと。 これまでもその鬱蒼を楽しませてもらってきたことなどを
打ち明けて話してみたのだ。
すると、そういうことなら、残った半分は、出来るだけ今のままあまり手を入れないように
しましょう、と言ってくれたのである!

おお・・・
率直に打ち明けてみるものだ・・・
黙っていたら、お隣の庭は丸裸になっていたかもしれない。

まあ、正直、これからほんとにどうなるかはわからない。
Aさんの考えもあるだろうし、空き家を手入れした家を借りる人の希望もあるだろうし、
いつかは、この庭は消える運命にあるのかもしれない。それは覚悟している。
もう、なんと40年も、借景を楽しませてもらったのだ・・・・・・。十分感謝、だ。

だが。だが。
出来たら、あとの半分は、我が家の多く接する側の方は、樹木ができるだけ
残るといいなあ!
かつては大きな見事な杏の木があって、そこにはオナガやコゲラなどがよく来ていた・・・
杏の木が寿命で枯れてからも、橙、柿、梅、山椒、木斛(もっこく)などなどの樹木や
草の茂る庭には、シジュウカラ、ヒヨドリ、ジョウビタキ、メジロ、鳩、そして稀には
ガビチョウなどなどの鳥たちやアゲハ類、トンボ、などなどの虫たちが(蚊も!)
楽園のように集まっていたものだから。

勿論。私には何の権限もない話である。なるに任せるしかないことは重々わかっている。

実は、私も、お隣のその空き地をうちで譲り受けられたらなあ…と思ったことは
何度もあった。そうすれば私は好きなだけそこでいろいろな植物を育てられ、
ベランダで、窓辺で、気を遣うことなく過ごせるのだが、と。
しかし、多分そんなことはつれあいは反対したであろうし、それでなくとも我が家も
跡継ぎの問題が同じようにあって、不動産を今以上拡大する理由はないのだった・・・。
娘たちは私たち夫婦の死後、この家に住むかどうかわからない。彼らは彼らで
自分達の好きなところに行って住めばいいと常々話している。
とすれば、私は自分の死後、この家が娘たちの負担となることのないよう、
売るなり解体して更地にしておくなり、何らかの方法で処分することも考えて
おかねばならない身である…廃屋にしてご近所に迷惑をかけたりしないように
生前に考えておかねばならない事情は、Aさん,Bさんのお宅とわが家も同じなのである。
そしてそれは、さほど猶予のある話ではなく、私は、この七月にまた肺癌の定期検査を
控えている。その結果次第では、今のような暢気な暮らしを続けていることは
出来なくなるかもしれないのである。

ああ・・・・・・・・・!
諸行無常、有為転変は世の習い、とはいうものの、そんなことは覚悟している、とは
いうものの、なんだか寂しいなあ!

空き家と言えば、つれあいが最後にお世話になった病院への道には、空き家とおぼしき
建物が何軒もあった…
そこはかつて(も今も)高級住宅街であった地域。おそらく私と同年代か少し上の人々が
まだ若く、そこで子供たちを育て上げたところだ。
だが、それらの家々もまた跡を引き継ぐ子供たちがいないのか、立派な家屋、広い庭は、
いずれも雨戸が固く閉じられ、かつては美しく手入れされていただろう庭は、雑草が伸び放題。
それでも樹々の花は変わらず季節ごとに美しく咲き、グミの真っ赤な美しい実が
たわわに実っていたりするのだが、すでにそれらを鑑賞する人もいないような様子だった。

…いろいろなことを想う。
隣の庭がばっさり整理されただけでこんなに悲しい私。
住む家がないわけではない。年金でつつましくなら生きていける。
だが、ウクライナの人々はすべてを失っているのである。家も仕事も、家族の暮らしも……
いのちさえ。
かたや日本では、少子・超高齢化は容赦なく社会の力を奪っていくだろう。
空き家が増えていく一方で、住む場所がないために定職につけない若いひとたちもいる。
岸田氏は、国民が地道に貯めた預金を、投資に振り向けるよう、それを彼流の『新しい資本主義』
とやらの一本の柱に考えているらしい。
この5月5日、岸田氏は、ロンドンの金融街シティーで基調講演を行い、
『Invest in Kishida(岸田に投資を)』と語ったらしい。2013年秋、ニューヨーク証券取引所
での講演で、安倍元首相が『Buy my Abenomics』とやったのの二番煎じみたいなもの。
海外向けの発信にみえるが、要するにこれは、『国民の預貯金を吐き出させて投資に
振り向けさせますよ』ということの体のいい言い換えにすぎない。
昨年9月の自民党総裁選で、岸田氏は『令和版・所得倍増計画』を掲げていたが、
国民の『所得を倍増させる』政治の具体策の代わりに、国民になけなしの預貯金を
吐き出させて、それを時に危険な『投資に向けさせる』という、いわば国民任せ、
『国民の自己責任』によるあなた任せ、国の責任軽減のための弥縫策にすぎない。

だが、この日本に預金を投資に向けられる人がどれくらいいるというのだ?
そもそもわれわれとりわけ団塊の世代などを中心とした老人たちが、なけなしのお金を
利子もつかぬ預金にし続けているのはなぜだろうか。(我が家にはそれさえもないが。><)

一言で言えば、それは、国というものが信用できないからだ。

日銀の黒田総裁は、講演で、「ひとつの仮説」と前置きしつつ、
家計が値上げを受け入れ始めたのは、新型コロナウイルス禍の行動制限により
家計の貯蓄が増えたことが要因となった可能性がある
と指摘した。 その上で
日本の家計が値上げを受け入れている間に、良好な経済環境を維持し、
賃金の本格上昇につなげていけるかが当面のポイントだ」と語った。』という…

まあ、あまり言葉尻を捉えて批判するのもよくはないが、黒田氏といい、岸田氏といい、
また『議長になっても毎月もらう歳費は100万円しかない』と言った細田衆院議長といい、
この国の偉い人たちの金銭感覚は、一般庶民の感覚からずれ過ぎてはいないか。

私は『値上げを受け入れ始め』てなどいません。
年金でどうにか生きてはいるけれど、入院…家財の故障…少し何かで出費がかさめば
即赤字だ。築40年以上たっている我が家は、外壁、屋根、下水道…敷地のブロック塀…
老朽化して不安なところだらけだけれど、それを新しく直す余力は私にはない。
日々の買い物だって抑えて抑えて暮らしている……

年金だって、悪いが私は、それをお国からもらっているという意識は薄い。
勿論私とて、公的年金制度は『賦課方式』と言って、いま働いている世代(現役世代)が
支払った保険料を高齢者などの年金給付に充てるという「世代と世代の支え合い」
という考え方で運営されているということは知っている。
そのシステムを構築し、実際に年金を振り込んでくれるのもお国、である。
だが、それは理論上はそうだということであって、私の感情の部分では、
私の受け取っているささやかな年金は、亡きつれあいが生涯真面目に勤め上げて
厚生年金として保険料を納め続け積み上げてくれて私に遺してくれたものだと
正直思っているのである。

政治とか、お国っていったい何なのだろう。

もう8年も前に、私が渾身の力で書き上げた記事があります。
『一緒に政治を勉強しよう ②』
硬いタイトルをつけてしまったけれど、今なら私は、『アリとキリギリス 新解釈』とでも
名付けると思います。
長い長い記事ですが、私の渾身の記事ですので、よろしければお読みください。
せめて後半部分のアリとキリギリスの前のあたりだけでも。
8年前には、まだコロナパンデミックは起きていませんでした。
でも、ここに書いた私の嘆きや心配は、今、是正されるどころかその傷口を広げて
行っているようにさえ思います。
そこで書いている安倍政権下での『国の財源としての消費増税』という文言を、
岸田政権の『国民の貯蓄を投資に』という政策に置き換えてみれば、私の
この時の嘆きはそのまま今に通じる。ここで挙げた国の借金の金額や貧富の格差
の問題、などなどもさらに拡大こそすれ、いい方向へなどちっとも進んではいません。


穏やかな優しい雨の記事が、シビアな経済記事になってしまいました・・・・・・
ですが、どちらも、今の彼岸花の想いを書いたものです。

ああ!……平和な世界。ささやかでも心豊かな暮らしの出来る世界は、いつか
この地球に訪れるのでしょうか…













 

『庭の花たち Ⅱ』



さて。我が家の庭のお花、第二弾。


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母の日に、娘たちが、花の鉢を抱えて来てくれた。
ダリアが二種類、二鉢。
こちらは、深紅のダリア。


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こちらは、少しオレンジ色がかって、花も小ぶりのもの。
私はダリアが好き。
それは、私の少女時代の一番の思い出。小学五年生の夏、別れて暮らす父の住む
高原の村に初めて一人旅をしたとき。叔母の世話する広い裏の畑の一角に、
大きなダリアの畑があったこと。
叔母が趣味で植えていたものだが、色とりどりで咲き方も様々な種類のダリアが
ほんとうに綺麗で、こんな庭いいなあ、と憧れたものだった。茎や葉の
青臭いにおいもいかにも夏らしくて好きだし。



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もう一鉢。こちらは矮性咲きの百合。
ダリアにしようか百合にしようか、と迷った挙句、両方買ってくれたのだそうだ。^^
玄関先は、華やか! ^^



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一転して、こちらは、クレマチス。『キリ・テ・カナワ』というオペラの歌姫の名を持つ。
これは、もう10年か15年以上も前の私の誕生日に、やはり娘たちが買ってくれたもの。
庭植えにしたものが、毎年咲き続けてくれている……






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これは、もう10年ほど前に植えた薔薇。濃紅の花に白い縁取りがある。
『バロン ジロー ド ラン( Baron Girod de L’Ain)』という名のものだと思う。
フランス、アン地方のジロー男爵、という名なのだが、買った時には『レッドバロン』と
書いてあったような。><
私は、薔薇を上手に育てるような「緑の指」の持ち主ではない。さほど日も当たらぬ
庭の片隅に植えたまま肥料、剪定などの面倒も見ないので、咲く年も咲かない年もあり、
咲いても、わずか一輪!というような年が多かったのだけれど、今年は、すでに6、7輪も
綺麗に咲いてくれている。きっと去年剪定してやったからだと思う。
これからちゃんと世話しよう。植物たちは庭の主の心を映すものだからなあ・・・。



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一輪切り取って、こっくりした厚手の青い瓶に挿して、間近で愛でる。
この薔薇は香りが高い。

香りが高い、と言えば、窓の外に見える柵に、緑のつるが巻き付いているが、
これはテイカカズラ。
これが。


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半月後の今、このような大きな茂みになって、花が咲きそろう。3メートル幅ほど
はあろうか。
テイカカズラの花は、素晴らしい甘い香りがする。
この季節は、朝起きて、雨戸を開けると、ガラス戸との間にすでに香りが立ち込めていて、
ガラス戸をいっぱいに開けば、濃厚な花の香りが、部屋に流れ込んでくる。
その香りは、玄関先、家の前の道路にも漂うほど。

この季節、私の朝は早い。猫のコロが5時には起き出してにゃあにゃあ言いだすので。
粘って眠りをむさぼろうとしても、布団に飛び乗って私の顔を覗き込んで、頭の上で
にゃあにゃあ言うので、とても眠り続けていられないのだ。
冬場は8時ごろまでぐっすり眠ってくれるのだけれど。
仕方なし、あきらめて、コロに朝ごはんと水をやり、雨戸を開けて、新聞を取る。

二階のベランダも、テイカカズラの香りに充ちている。
コーヒーを淹れ、新聞をもって、ベランダに出した折り畳み椅子に深く座る。
朝日を浴びながら、そしてテイカカズラの香りを楽しみながら、ゆっくり新聞を読む、と
いうのが、この頃の私の、ささやかな、ほんとにささやかな、朝の幸せな日課だ。
コロは、人を起こしておきながら、自分はちゃっかり二度寝をする。^^
もう一つの折りたたみ椅子の上に飛び乗って、私のそばで、気持ちよさそうに眠る。

ベランダには、昼間も、コロとよく出る。
ここで見張りをしたり眠ったりしているコロのそばで、私は本を読む。あるいは
ぼうっとする。
テイカカズラの香り。そして、裏の川べりの樹々では、この頃毎日、ウグイスが
鳴いている。彼は、時には我が家のお隣の鬱蒼とした木立にまで飛んできて鳴く。
まだ私は聴いていないのだけれど、近くに住む娘たちの家のあたりでは、すでに
ホトトギスの声が聴けるそうだ。
テイカカズラの花の香り、昼間はウグイスの声、そして夜のホトトギスの声、
裏の川ではこれまた素晴らしいカジカガエルの鳴き声も聞こえる……

あと少しで本格的な梅雨に入ってしまえば、ベランダでのこうした朝も不可能になる。
梅雨入り前の、この、テイカカズラが咲き、ホトトギスが夜、鳴いて我が家の上空を
過ぎる季節。……このつかの間の季節が、私は一年の中で最も好きかもしれない。


『共感鬱』という言葉があるそうだ。
ロシアによるウクライナ侵攻・・・。
そのほか、この世にはなんという悲しみがたくさんあることか・・・。
この頃それらに対して自分は何もできないという無力感というか、無常感、というような
想いにとらわれて、何をしても何を見ても心楽しまない、というような心理状態が続いていた・・・
しかし、『共感鬱』という言葉を調べてみたら、私はそういうものでもないようだ。
私は、それほどセンシティブな人間でもない。
さらに調べてみたら、『共感疲労』という概念があると知り、「ああ・・・これだな」と思った。

だが、花の香をかぎ、鳥の声を聴き、五月の風を感じながら、朝日を浴びる
ベランダでのこのささやかな時間は、沈み込みがちな気分を救ってくれる。


もう一つ。圧倒的に心を癒してくれる存在。

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娘たちが帰ってくるときは、コロを連れて川原に出ることもある。
元野良ちゃんの記憶が抜けないコロは、自由を求めて外に出たがる。
いつもは我慢させているのだけれど、娘たちがいるときには、こうやって、
コロにハーネスをつけて、さらにキャリーバッグや犬猫用乳母車に乗せて、
外に連れ出すのだ。
猫を外に連れ出せば、これからの季節、蚊やマダニなどの危険もある。だから、
その意味でも、もうすぐこういうことも出来なくなるのだが。

お外で見るコロ猫の、まあ、小さいこと!! そして可愛いこと!
そして、ここではご紹介できないが、まあ、お婿さんと娘のはじけるような笑顔!
この時は、私もきっとそういう顔をしているのだろうな、と思う。



『庭の花たち』



ずっと記事を書けないまま、ひと月があっという間に過ぎてしまった。

庭に咲いた花の写真でもとりあえず載せてみましょう……


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我が家のシンボルツリー。木蓮。
昨年少し枝を整理してやったせいか、今春は花がたくさん咲いた。



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球根を七八個植えた中で一本だけ花が咲いた日本水仙。


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ムスカリは今年初めて植えてみた。
来年は、もっと増えるかな。


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我が家の庭は日の当たる場所が少ない。その少ない場所に何の花を植えるかが
いつも悩みの種。
門脇のわずかなスペースだが、今年はチューリップを初めてニ十本ほど地植えしてみた。
スプレー咲きというのだろうか、一本の茎から複数の花が咲く。
なんだかおもちゃの花のように派手だ。



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沢山咲いたので、花瓶にも差してみた。
大きな花は差し渡し10センチ近くもあってとても華やか。
こっくりと分厚いガラスの花瓶は、ルーマニアのもの。



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牡丹の木も、鉢替えをしてやらないものだから、年々細っていって、もう花は咲かないかな
と思っていたが、今年一輪だけ花をつけてくれた。
ほんとうは鉢からあげて地植えにしてやりたいのだが、その場所がない。
せめて鉢を一回り大きくしてやらないとなあと思っている。
牡丹さん。ごめんね……



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生協で幾種か球根を買って、とりあえず鉢に植えておいたのだが、自分で買ったのに
何を買ったのだか覚えていず。
そしたら、スノーフレークが一本と、白いフリージアが数本咲いた。



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それぞれの花の咲いている期間は短い。一種類の花でもある程度広い面積に数多く
植えられるほど庭が広ければ順々に咲いてもっと花の期間を楽しめるのだろうけれど、
本数がそもそも少ない我が家の花たちは、植え付けから発芽~開花まで待って待って
待っていても、花を楽しめるのはせいぜい一週間だ。
それでも、庭にこうやって細々とでもささやかに花たちがあるときはそれで満足できて
いるのだが、それらのリレーが途絶えてしまうと、急に寂しい気持ちになってしまう。

久しぶりに花屋さんに行って、初夏を先取りするような涼しげな花を選んでみた。
今は本当に品種改良が進んでいて、珍しい変わり咲きの花たちがたくさんある。
白い花びらの先が三裂五裂して花火のように見えるのは、なんと、菊だ!
美しい紫色の花は、花びらがくるんくるんに巻いている。これでエゾ菊の仲間だという…
エゾ菊といえば、昔は百日草や千日紅、ミソハギなどと共に、『盆花』というイメージ
しかなかったものだが、百日草同様、今はこんな変わり咲きの種類もつくられている
のだなあ…
繊細なレースフラワー。そして庭の木蓮のひこばえの枝を剪定してきて
緑の色合いをさらに足してみた。



ふう~~~・・・・・・・・・

溜息の日々。花たちがどれほど心を慰めてくれるかしれない。

まだこれから、ムラサキツユクサ、バラ、クレマチス、矮性ライラック、シモツケ、
百合、テイカカズラ、梔子、ジンジャーリリーなどなどがじゅんに咲いていく。
紫陽花は、伸びすぎて深い森林みたいに庭を暗くしていたのを去年強剪定しすぎて、
たぶん今年は咲かない。裏の木槿も強剪定してこれも咲かない。
ダリアとグラジオラスも植えてみているのだけれど、これら真夏の花たちは
日照の足りない我が家ではいつも失敗しているのでどうかなあ。

ミニトマトも3本、これは一番の日当たりの場所に植えています。









『訃報 宝田明さんを悼む』


俳優で歌手の宝田明さんが亡くなられた。享年87歳。

宝田明さんと言えば、私の年代の者には、稀有な美男子俳優だった、というイメージ
だが、若い方はあまりご存じないだろうなあ…

1934年(昭和9年)、 日本統治下の朝鮮・咸鏡北道 清津に生まれた。
終戦後の1953年、東宝ニューフェイスとして俳優生活をスタート。
当時の日本人成人男性の平均身長が162センチぐらいだったときに、182,3センチ
の長身と甘いマスクで、まさに『銀幕のスター』という感じのひとであった。

私自身はその頃まだ6歳。のちに東宝や大映、日活などの映画を観るように
なったが、雑誌のグラビアなどで宝田明氏のことは知っていてもあまり当時は関心なく。
それは、彼が光り輝くような美貌(子供心にもわかった)と、明るい、現代的で
スマートな印象の俳優だったので、何か自分とは縁遠い世界の人、という
感じを持っていたからかもしれない。
私がむしろ心惹かれたのは、『元特攻隊員』だったという噂の、どこか翳ある美貌の
鶴田浩二氏の方だった。
子供の頃から、自分は「光り輝く世界の住人ではない」とどこかで思っていた
ような私。相当昔から実はひねくれていたのかもしれない?

(そもそも私は、今でもそうだが、ファン心理というものがあまりない。
特定のスターに憧れたりするということがほとんどないのだ。相対的に好きか嫌いか、
の感情ならあるけれど。)

宝田明氏は、青年期を過ぎて壮年期になられてからも、極めてダンディな紳士、
というイメージのかたであって、実はその彼が、少年期に壮絶な戦争体験をなさって
いて、徹底した反戦思想をお持ちの方だ、ということを私が知ったのは、実はこの
10年かそこら前のことなのである。

宝田明。上記したように、
1934年(昭和9年)、 日本統治下の朝鮮・咸鏡北道 清津に生まれた。
父は朝鮮総督府鉄道の技師。宝田が2歳の頃に、父が南満州鉄道(満鉄)へ転勤して
一家は満州へ移り宝田は大都市ハルビンで少年時代を過ごした。
一応念のため書いておくが、『満州』は、現中華人民共和国東北部。
1931年、大日本帝国は、自ら起した柳条湖事件を契機に、満洲全域を侵攻、占領。
翌1932年、満洲国を建国。清朝最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀を元首とする
傀儡政権を樹立。事実上、日本の支配下に置いた。
南満州鉄道(満鉄)は日本の国策会社。最盛期には日本の国家予算の
半分規模の資本金、80余りの関連企業をもつ一大コンツェルンで、
社員数は40万人を擁したという。満鉄は、鉱工業をはじめとする多くの産業部門に
進出し、日本の植民地支配機構の一翼をになった。(以上、Wikiよりまとめ。)
従って、宝田家を含む満鉄社員の暮らしは裕福だったという。
満州には北の防衛線を守るために関東軍の精鋭部隊が駐屯。
しかし、1945年(昭和20年)、日本は敗戦。一家の生活は激変する。

ソ連軍の戦車部隊進攻。ソ連兵による苛烈な略奪や日本人婦女子の強姦、
それまで自分たちが支配下に置いていたと思っていた満人たちによる
報復行為、在満日本人を守ってくれるのかと思っていた関東軍精鋭部隊は、
民間人引き上げがまだならないうちに先に満州を撤退、守ってくれるものの
いなくなった満州からの決死の逃避行などなど、満鉄の人々を初め当時国策によって
満州に渡っていた満蒙開拓団の人々などは、筆舌に尽くしがたい苦難を経験する。
(それは、今、戦火のウクライナを逃れてポーランドなどへ向かう人々を想起させて。)

小学5年生になっていた宝田少年自身も、同じ満鉄の社宅の婦人がソ連兵に
連れ去られるのを目撃したり、自身、ソ連兵に右腹を撃たれたりしている。
その弾丸は、ハーグ陸戦条約で禁止されていたダムダム弾だったという。

それらの経験から、宝田は終生ロシアに対して嫌悪感を抱いていたという。
ロシア映画やロシアバレエは「吐き気を催すほど許せない気持ちが湧き起こる」
ために観たくないと語っていたほどだったらしい。
だが、だからと言って、氏が厭悪したのは、独りロシアだけではない。
自分達が終戦間際終戦後に味わった苦難の歴史から、日本軍に侵攻された
中国本土の人々、他のアジア地域の多くの民の苦しみに想いを致し、
それが自国である日本軍によってもたらされたものである、ということをしっかりと
押えたうえで、戦争がもたらす悲劇を知悉して、その上での徹底した戦争反対を
生涯訴え続けられてきたひとなのである…


宝田氏の語る満州での経験。
https://www.jiji.com/jc/v4?id=201508sovietunioninvasion0001

そんなひとだったのか!……
甘いマスクの文字通り光り輝く『銀幕のスター』、という少女時代に抱いた
イメージを彼に対し持ち続けていた私は、知ったときにはかなり驚いた。

同様に、宝田氏がハンサムな男優でいらしただけでなく、非常に歌の上手なかたで
いらした、ということを私が知ったのも、同じく…10年かそこら前のことである。
ミュージカルをなさっていたのだから歌がお上手なことは無論のことだったのだが、
私は単にそれまで聴く機会がなかったのである…

『美貌の都』という歌があって、それを初めて聴いた時には、なんというか、
しみじみと感動した。
単にその美声に驚いたのではなく、その歌唱の裏にたゆたう悲しみの気配の
ようなもの…、ひとの命の儚さを知るひとだからこその深いメッセージを感じ取って
しまったからである……歌というものは、歌う人の心映えがその声の出し方の
丁寧さ、表現力などに出るものだから。
作詞は西条八十。作曲上原げんと。





歌詞自体は、同名の映画『美貌の都』の主題歌ということで、甘い、どこか
「刹那的」にも思える内容の恋の歌なのだが、この歌の生まれた昭和32年
という年についてちょっと書いておくと。
昭和32年(1957年)は、敗戦から12年。ようやく日本人も明るさや自信を
取り戻しつつある時代である。
『昭和32年』
だが、当時10歳だった少女の私の記憶に残る昭和32年は、まだまだ一般庶民は
貧しかったような。
前年の昭和31年には『ニコヨン物語』という映画が作られているが、これは、
失業して山谷にやってきた大坂志朗がニコヨンとなり働く話。貧乏に耐えかねて
睡眠薬で一家心中を図るが薬を買う金さえなくて結局未遂で終わる親子などが
出てくるという。私は観ていないのだが。
『ニコヨン』というのは、昭和24年、 東京都が失業対策事業の日当を240円に決定。
100円札2枚と10円札4枚であることから、これをもらう日雇い労働者を「ニコヨン」
と呼ぶようになったことから来ている。
このような日雇い労働者たちは、その日仕事が手に入らなかった場合、『売血』
の列に並んでその日の銭を得ることもあった。1950年代から1960年代半ばまで
日本は輸血用血液の大部分を民間の血液銀行に頼っていた。自分の血を売ると
なにがしかのお金をもらえる仕組みである。それでなくとも職がなく栄養失調気味の
労働者たちの薄い血。売血された血によるC型肝炎なども社会問題となる。
この問題については、以前記事を書いたことがある。興味がおありの方はどうぞ。
『我、拗ね者として 其の一』
『我、拗ね者として 其の二』

実は私の兄も、かつてこの売血者の列の中にいた。大学を卒業していても
ろくな職のない時代。大学中退の21歳の兄には、母と妹(私)にその日の生活費を
渡すためには、自分の血を売るしかなかったのであろう。
1960年に岸内閣(安倍晋三氏の祖父)を継いで出来た池田内閣の下で策定された
長期経済計画は、1961年からの10年間に実質国民総生産を26兆円にまで
倍増させることを目標としていた(所得倍増計画)。
日本が後に高度成長期、と呼ばれることになる好景気の時代になるのは、この歌の
前々年の1955年頃から1973年頃までのことである。

だから、この歌のどこか『刹那的』な気分は、若者たちのまだ満たされない暮らし
への捨て鉢な気分を反映したものだったかと思う。
映画の主人公たちも、貧しさのゆえに想いがすれ違っていくのだが……

ああ…そういう時代であったよなあ…。
宝田さんは、満州からの引き上げの時代も、こういう時代もを生きてこられた
方だったのだ……

 
宝田明さんは、この3月10日には、出演作の新作映画の公開にあたり舞台挨拶に、
車椅子でではあるがお元気に出られていたという。
このたびのロシアによるウクライナ侵攻のことは当然ご存じでいらしたろう…
どれほど怒り、残念に思い、また悲しんでいらしたことだろうとお察しする…

宝田明さんのご冥福をお祈りいたします。
さようなら。
終生の反戦・平和のメッセージをありがとうございます。



『お見舞い』


昨夜の福島沖を震源地とする地震。

寒い季節に水、電気など生活のインフラが途絶するということの大変さを想う。
前の地震の心の傷がまたひらかねばいいけれど。

被災なさった方々へ。心からお見舞い申し上げます。



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『キャンドル・ナイト 103』


あの日から11年目の3月11日。私にとっては、103回目のキャンドル・ナイトだ。
2019年7月に100回目に達して以来、毎月やっていたキャンドル・ナイトを、
年に一度3月11日に行うようになって、今日で103回目、というわけだが、
東日本大震災、そして福島第一原発事故に対する悲しみと怒りは、私の中で
11年目を迎えても少しも減じることはない。

なぜ、被災地の人間でもないのに、私がそう怒り続けているのか。
自分のその悲しみや怒りは、いったいどこから来ているのか、と分析してみる・・・・・・

それは、今、この世界を愁いで覆ってしまった、プーチンによるウクライナ侵攻、への
激しい怒りと悲しみとも共通しているものだ。
そしてまた。丸二年以上を経てもまだ終息しないコロナパンデミックに対する悲しみ、
そんな病が二年前、突然世界を覆ったことへのあの愕然、とも共通している。

それらのことに対しての私の想いの中に通底しているものは。
それは、一言で言えば、
「たった一度しかないそれぞれのひとの命を突然奪うものがある。
その『理不尽』、『不条理』への怒りと悲しみ」
、と言ったらいいだろうか。

人間に限らず、この世に生きとし生きるものはすべて、その生は一回しかない。
そもそもその生が与えられたことそのこと自体、
あなたやわたしが「今、ここにある」、ということ自体が、奇跡に近いようなものである。
もっと言えば、この地球のような限りなく美しい星が、この大宇宙の中に存在する、
ということ自体が奇跡のようなものである……
その、奇跡のような星の上で、たった一度の生を、つかの間の生を生きているわたしたち……

その『一回性』が、ときにどうしようもない自然などの大きな力によって奪われることがある、
そのことへの本然的悲しみと、
その『一回性』の重さに気付かず、あるいは無視して、無残にも理不尽にも、
他人の生を奪おうとするものがある…そのことへの激しい怒りである。
…そう説明すれば、少しは伝わるだろうか。

3月4日午前。テレビで、ウクライナにある欧州最大のザポリージャ原子力発電所で
火災が発生し空間線量が急激に上昇しているというニュースを聞いた。
ああ・・・・・・・そのときの私の絶望と言ったら・・・!
ザポリージャ(ザポロジェ)原発と言えば、もしそれが爆発すればチェルノブイリの
10倍の被害が出、欧州はおしまいだ、というほどの規模の原発である。
そこで、空間線量が急激に上がっている、ということは、施設が攻撃を受け、
冷却が出来ないような状態に陥っているか、いずれにしても危機的な状況である。
平時なら緊急の対処も出来よう。しかし、ロシアの爆撃による砲火の中、職員が
近づけない、ということが起こっているのだとしたら!
すぐ後に、国際原子力機関(IAEA)により、ザポリージェ原発周辺の放射線量に
変化はないとウクライナ当局から報告を受けた、というニュースがあって、
とりあえずはほっとしたのであったが、そののちも、チェルノブイリの電源喪失とか、
いや、水でとりあえず冷却は出来ている、とかの相次ぐ原発関係のニュースが
世界を駆け巡っている・・・・・・

原子力発電所をそんなふうにまるでもてあそんででもいるかのように脅しの道具に
使うプーチンという政治家。彼にどのような個人的理念があろうと、子供たちをも
攻撃の対象にする政治家を許すことは到底できない。
だが恐ろしいのは、彼が、世界が許そうがどうしようが関係なく、どこまで突き進むか
わからない人物だということである・・・・・・。

この世界には、『人智』、『人倫』などということがまるで通用しないとんでもない
災厄が存在するということ…悲しいことだが、私たちはそれに無力でさえあること…

そのことを私が知ったのが、チェルノブイリ原発事故であり、
3.11であり、
東日本大震災であり…
そして思い知らされたのが、今私たちがまだそこから抜け出せていないコロナ
パンデミックであり…プーチンのロシアによるウクライナ攻撃である……

今も刻々と、ウクライナの首都キエフにもロシア軍の戦車の隊列が近づきつつある。
ウクライナ軍とロシア軍の戦闘の様子さえ、今は衛星を通じて世界のひとは
上空から見ることが出来る。戦っている現場の兵士たちの顔さえ、今は両方の
側からのネット配信によって、世界のひとはほぼ同時に見ることが出来る。
だが、それらの映像は、映画や、テレビドラマや、ましてやゲームの画面などではない!!!
生身の人間が、今殺し合いをしているその現場なのである!
たった一つしかないそれぞれの命が刻々と、まさに失われて行くのを、世界の人間が
まるで映画でも見るように見ているというその異常さ。

なんと!なんと残酷なことなのであろうか!
とても現実とは思えない。正気の沙汰とは思えないことが、たった今進行中なのだ。

この世には、なんという悲しみ、なんという不条理があちらにもこちらにも
途切れることなくあることだろう!

だが、あきらめるわけにいかない。

今晩も、胸にふつふつとたぎる怒りを抑えて、いつもの小さなローソクを灯そう。

緊迫するウクライナからの映像の中に、地下の避難壕と思しき場所に多くのひとびとが
身を寄せる中、ランプの灯を囲む家族の姿があった。
酷寒の地で、電気もガスも、水さえない、というライフライン遮断の中、銃弾に怯えながら
今この瞬間も、今日の命をかろうじて生きる人々…
その切羽詰まった想いは想像を絶する……。





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南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト




葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
また、バナー、お借りします。


『ひな祭り 2022』


ウクライナの状況は好転することなく。
つい暗い気持ちになってしまうが、日本にいてもできることはあるのではないか
と思い、考えている。

それでも、今日は3月3日。
ろうそく人形のあずさたちを出して、形ばかりのひな祭りをしよう。
毎年、ガラス製の小鳥たちなど、いろんな仲間たちを出してやるのだが、昨年
押し入れなどを大整理した時に、彼らの入った箱を奥の奥の方にたぶんしまってしまい、
簡単に出せない。
しかたない。あずさとスキー毛糸人形の慧人(けいと)君、仁人(にっと)君、
morinofさんの作品のうさぎモリノちゃん、ピキちゃんだけで今年は祝おう。


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ちらし寿司にひなあられ。さくらもち。
慧人くんは、早く食べたくて、身を乗り出しています。^^

赤いパッチワークの毛氈は、クウーママさんの作品。^^

下に敷いてある赤と黒のざっくりしたツイード生地は、これからオーバー縫おうと
裁断のため広げてあったものです。
娘のオーバー、もっと寒いうちに縫ってやる予定だったんだけれど、なんだか
最近いろんなことに熱意とエネルギーなく、延び延びにしちゃってました。



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コロは、子猫のように好奇心旺盛。
あずさたちを並べていると、何をしているのかのぞきに早速やって来て、まずは、
あずさたちが普段眠っている棚が開いているのを見つけて早速中に潜り込みました。
面白いので、ドアを閉めて写真撮ったら、コロちゃん、激おこ? (><)
でも、耳はイカ耳になっていませんね。ただ写真撮られるのが嫌なだけかな。

すぐに出してやったら、テーブルに乗って、あずさを手でちょいちょいして転がし、
下に落としてしまいました。
あずさ、驚いただろうなあ!

あずさたちは今日起きてきたばかりなので、しばらく遊んでいきます。



『日本の病理 其の一 理に基づかない政治② そしてウクライナ


最初に。
戦火の下にあるウクライナの人々への連帯の想いをこめて、再度かの国の国旗を
掲げておく。


ウクライナ国旗


まずは、私事から。
2月24日。プーチンが自国民に向けてドネツクのドンバス地方で軍事作戦を実施
すると発表したというニュース、事実上のウクライナ侵攻を、私がテレビの
ニュースで聞いたのは、ブログに『ロシアはウクライナ侵攻までやるだろう』と
書いていたまさにその時だった。
それが昼の12時過ぎ。
いったん記事を書くのを中断して昼食を食べようと、電子レンジのオーブン
機能を使っていたら、ブレーカーが落ちて家中の電気が消えてしまった。
うっかりしてしょっちゅうやってしまうのだが、我が家は契約アンペア数を低く抑えて
いるために暖房とオーブンなどを使うとすぐヒューズが飛んでしまう。
しかしいつもなら、分電盤を開けて、ブレーカーを押し上げれば、再びすぐに
電気はつくのだが、昨日はなぜか、いろいろやってみても待ってみても、回復しない。
困ったな。今はまだ昼間で明るく、そう寒くもないけれど、もし今日中に回復
させておかないと、暖房なしになって夜は大変だぞ…

我が家は福島第一原発事故とその後の姿勢への抗議の意味を含め、東電と
決別したくて、電気も東京ガスにまとめてあるのだが、さて、困った、東京ガスの
相談窓口に電話かけてみようと思って受話器を取ったが、電気が通っていないので
電話が使えない。それでは携帯、と思ったら、充電が切れていた!!!
私はもうほとんど人との付き合いというものがないし、外にも出て行かないので、
ガラケーさえ実はほぼ使わない。それで、充電が切れているということが
しょっちゅうなのだ。 なんと、いざ災害という時の心構えのないことか!!!
近くに住む娘のところに行って電話を借りるか。でも今日は留守だ。
それに、今は、コロナ拡大中だから……

仕方ない。幸い歩いて3、4分のところに公衆電話があるので、そこに行って
かけようと思って家を出たら、慌てていてマスクをつけるのを忘れていた!
まあ、ひとともそうすれ違わない通りだしいいか、と思って(横着だ!)財布を覗くと、
百円玉がなく、50円、500円玉しかない。公衆電話では十円玉か百円玉
しか使用できない。十円玉では何枚入れてもすぐ切れてしまうだろうし。
さあ、また、困った! 家まで戻るか? そうだ、近くの自販機でジュースでも買って
千円札を崩せばいいじゃないか。
で。さっそくそうして、再び公衆電話に戻った。

だが。いまは、こういったことはほとんどすべて自動音声による案内である。
操作案内に従ってボタンを、1,2、などと押して進むのだが、やっと通じた!と
思っても、『ただ今電話が大変混みあっていますので、このままお待ちになるか
おかけ直しください』という例のメッセージが延々と続くだけである……。
その間に2枚3枚と入れた百円玉はあっという間に消化して、ああ!電話が
切れてしまった!また最初からやり直しだ。5,6枚入れておけばよかったなあ…
でもあの調子では、千円、二千円使ったとしてもはかばかしい答えを得るところ
まではたどりつけないかもしれない…

公衆電話が一向にらちが明かないなら、仕方ない、携帯を使えるように
電気店に行って、モバイルバッテリーを買うか。その方が早いかもしれない。
東京ガスの復電の操作方法を聞き取るにも、携帯がないと不便だからな……。
家電店に一応充電切れの携帯やケーブルも持って行った方がいいかもしれないな、
そう思って、家に取りに帰って、念のためもう一度操作してみると、電気がつくように
なっていた!

単にブレーカーが落ちて、すぐには元には戻らなかった、日ごろの心がけ悪く、
携帯も充電切れだった、それだけのことである。
しかし。
福島第一原発事故の際、電気がつかない、暖房も電話も使えない、ということが、
現代の生活ではどれほど心細く不便なことか思い知ったはずなのに、この始末。

再び暖房がついて暖かくなった部屋で、なにかこう…しみじみと一人で生きて
いくことの大変さを思った。私のように、自由で豊かで安全な国にいてさえ。
さらには、我が家の電気は東京ガス。東京ガスの発電の80%ほどはLNG(液化
天然ガス)によるものであり、そのLNGの輸入先はオーストラリアが最も多いが、
ロシアからも一割ほどは輸入しているという。
つまり、私が電気がつかないと今困っているその電気の一部はもしかしたらロシア
からの液化天然ガスによるものなのかもしれないのである…

と書いても、ロシアとウクライナの戦闘が長引けば、ロシアからのLNGが止まり、
電気代やガス代が上がるかもしれない、などということを怖れているわけではない。
一人暮らしの我が家では、その値上げ分くらいは他を削ってなんとかできる。
(だが、寒冷地の人々、企業、商店など、電気代の値上げが大変に響く人々も
多くいらっしゃることだろう…。)
私が憂えたのは、そして切実に思ったのは、このたびのロシアによるウクライナ
侵攻は、決して遠い国の出来事ではないぞということである。あらゆる面で。

なによりも。しみじみと思いを馳せたのは、今、戒厳令下にあるウクライナで、
ロシア軍の砲撃を怖れて、地下鉄のホームなどに避難している人々のことである……
ウクライナのキエフあたりは、調べてみたら、今、およそ札幌ほどの気温である。
住み慣れた暖かい家を出て、吹きさらしの風も入ってくる地下鉄のホームで
毛布にくるまって極寒の夜を過ごす人、人、人、人………
どんなに、どんなに寒いことだろう!!!しかもそれはいつまで続くかわからないのだ。
なんと!この地下鉄の駅で、この間、赤ちゃんが三人生まれたのだそうだ。
勿論地下鉄の駅には医療装備などない。赤ちゃんの一人は亡くなったという…

同じく住み慣れた我が家を捨てて、ポーランド、ルーマニア国境などまで
幼い子供などを連れて避難する人々の長い車列。歩いて避難する人の群れ……
中には私よりもご高齢の婦人もいた…。
さぞ寒かろう…食事やトイレはどうしているのか…

国家総動員令がかけられ、18歳から60歳までの男子は国外に出ないように、
命令されているそうだ。いざとなれば、彼らもまた兵士として戦う。
国境の町で、家族と別れを告げる青年…涙で見送る家族…
いのちの危機に怯えながら、いつ帰れるかわからない旅路に、彼らは理不尽にも
追いやられてしまったのである。
数日前までは、家族とともに、暖かい家であたりまえのように暮らしていけて
いたのに……。

家に残るにしても、長引くかもしれない戒厳令下の退避生活。食料や生活必要品を
備蓄しておくにも、おそらく、じき通常の流通はストップして店の棚は空になるだろう。
よそに避難するにも多額のお金を用意しておくことが必要だろう…だが、
もたもたしていると、現金の引き出しも出来にくくなってしまうかもしれない…
カード、電子マネーなども、ロシアのサイバー攻撃によって使えなくなるかもしれない…
今はまだライフラインは切断されていないが、それが切られれば、電気も暖房も
勿論使えない…それは即、この極寒期、ウクライナの民の生命の危機を意味する。

こんなことに一体なんの正義がある?
プーチンがどんな理由を言い立てようと、いったい彼にどうしてそのような
権利がある?

プーチンが長い期間周到にウクライナ侵攻を計画していたにしても、 なぜ
今のこの時期に侵攻に踏み切ったのか、ということに関してはいろいろな専門家が
その考えを述べているけれど、彼はこの酷寒の季節だからこそ今を選んだのでは
なかったのか、と、家の電気が止まってあたふたしながらも私は思ったのであった。
酷寒の季節の戦闘状態。それは、ウクライナの人々を極限状態に追い込み、
意気を阻喪させるだろう…プーチンが排除したいゼレンスキー政権への批判が
ウクライナ市民の中で高まる可能性もある…
ドイツなど、天然ガスをロシアに多く依存するEUの国々、NATOの加盟国には、
寒さの中、ガス輸出を止めるぞ、ということは大きな威嚇になるだろう……

もう一つ、これもまた、私のまったく私だけの考えであるが、このたびの北京冬季
オリンピック。そこでのあの女子フィギュアスケートのワリエワ選手のドーピング
問題に関し、世界の目がロシアに大変に厳しかったということ。そもそも
ロシアは国ぐるみのドーピング疑惑で、オリンピックやその他の国際大会で、
『国』としての参加が出来なくなって、選手個人の参加、となっているということは
周知のとおりだと思うが、プーチンのような『強いこと』『国の威信』に対する情念の
非常に強い政治家にとって、世界の仕打ちを許せない!と思う気持ちは、
さらに増して、憎悪を募らせたのではなかったろうか、ということである。



私はこの二回の記事のサブタイトルを、『理に基づかない政治』とつけた。
そして、私がここで使う『理』という言葉の意味として、
「人間が長い間に培ってきた知恵、倫理に照らして、深く徹底的に考えれば、
当然こういう結論が導き出せるだろう』と思われるような、『ことわり』『道理』のこと
である」
と断り書きをしておいた。

それでは、その『理に基づく政治』の反対は何かというなら、私は『情念の政治』という
ものではないかと思っている。私だけの定義だが。

「え?『情』は大事なのではないの?逆に、『理』詰めの政治というと冷たい感じがする」
という疑問は当然抱かれるだろう。
確かに。
ただ、私のここで言う『情念の政治』とは、「他人を思いやる、弱者を大切にする、
などという『情』の普通に使われる意味とは少し違う。
いわば、政治家個人の『私的感情』、『私的怨念』というものが先に立つ政治のこと
である。
プーチンという政治家の個人的生い立ち…大国であった旧ソ連への想いなど、
プーチンという人物の過去や人となりが今、いろいろに掘り返され報道されている。
KGB情報将校として忠誠を誓ったソ連という国家が、あっけなく崩壊していくのを
目の当たりにする…アメリカを中心とした自由主義国というものが、敗者である
ソ連に対しどういう態度をとり続けてきたか……

私は、旧ソ連が崩壊した時、
『ああ・・・!これで、世界は、アメリカを中心とした自由主義国、資本主義国の
価値観一色になっていくのだろうな…』
と、嫌~な予感がしたものだ。
なにも、旧ソ連を中心とした共産主義陣営とアメリカを中心とした自由主義陣営の
間で冷戦状態が続き、下手をすると一触即発、核戦争も起こりかねない、といった
時代がよかった、というのではもちろんない。
だが、あまりにも急速な価値観の一本化は、それが共産主義であろうが、そのあとに
世界が組み込まれた新自由主義的世界であろうが好ましくない、と私はずっと
思ってきた。
だから。プーチンの主張もある意味で、心情的に理解できないことでもないのだ。
(プーチン自身には私は何の好感も抱かないけれど。私はああいう風に
『マチズモ(男性性の誇示、男性優位主義)』を振りかざす男が苦手である。はっきり
言って、好きでない!)

しかし。その旧ソ連崩壊への無念さ、西側世界のその後の思い上がりに対する
『怨み』の感情、などの個人的『情念』を、世界の政治に持ち込むのは筋違いだ。
ましてや、今では独立国として対等であるウクライナに、このように一方的な
侵攻を企てることの正当性などどこにもない!
プーチンが2月21の夜、自称「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」
を国家承認するに際し、自国民に向けてその理由を一時間の長きにわたり
テレビで演説(ビデオ演説)したのだが、クレムリンの公式サイトが発表したものが
英語に翻訳され、さらにそれを日本文に訳してくれた人がいらして、
https://news.yahoo.co.jp/byline/saorii/20220224-00283560
それを私も読んでみたのであるが、英語で4万6千語ほどもあるその長い演説で、
プーチンが何を語っているかというと、
太古の昔からのロシアとウクライナの歴史を、共産主義時代の歴史も含め
その演説の前半部で長々と語っている。そこで。
ロシアとウクライナは同じ民族であるということ、ウクライナは旧ソ連の私たちが
作ったものである(?)などということ。
NATOは、冷戦終結後の互いに領土拡大しないという約束を破って、旧ソ連の一部
であった国々を次々にNATO側に組み込み、それがロシアの安全にとって非常な
脅威であり続けてきたこと。
さらには、言わば同胞であったウクライナまでがNATO陣営に入ろうとしている!

それらのことについての、積年の恨みつらみ、怒りをぶちまけている、という
印象であった。

プーチンの自国民に向けて語るこのいわば侵攻への決意表明を読んで感じたことは、
その論理展開の無茶なこと、歪んでいることとともに、
「…それでもプーチンにもプーチンなりの言い分、想いがあるのだな」
「それぞれの国や地域の歴史というものは、簡単に他者の理解の及ぶものではない。
今度のことも、その長い歴史の経緯と現状を、両方の側から見るようにしてみないと
本当のことはなかなかわかないな」ということであった。
ロシア、ウクライナ問題に限らず、国境問題、民族感情の問題などなどというものは、
その当事者それぞれの深い想いや利益問題、また宗教などなどが複雑に絡みあって
いて、どちらが正義、どちらが間違っている、などということは、今更再確認する
までもなく、簡単に黒白をつけられるものではない。
逆に言えば、ウクライナが『まだ』NATOに加入していないからと言って、(その実、
NATO自身がウクライナ加入を保留にし続けてきたのに)ウクライナが無縁孤立の中で
超強国ロシアと決死の戦いをしているのを当初静観し、子供を含むウクライナの
人々が殺されて行くのを見過ごしにし、『我々にはウクライナに出兵する予定はない』
と冷たく言い続けていたNATO、アメリカも、なんと非人道的な組織なのであろうか。
(と言っても、勿論、アメリカ、NATO軍に参戦せよ、という意味ではないが)
プーチンに言われるまでもなく、英米を中心とするNATOが歴史上これまで
してきたことは、イラク戦争、コソボ紛争介入などなど、絶対の『正義』などとは
到底言えないのである。


この記事のテーマに戻るが、もうどうしようもなく複雑に絡み合ったこの世界の
諸問題を、一つづつほぐし、妥協点、着地点にどうにかして辿り着くには、
『理に基づく解決』を探っていくしかないではないか。
そのまず第一の要諦は、『人を殺すな』ということ。『人のものを奪うな』ということ。
人類が長いその歴史で培ってきた究極の、基本的な『理(ことわり』に従って考えて
行くということである。

プーチンに限らず、政治家も人。それぞれのひとには、自分の出自や経歴、
などなどによって培われてきた思想、歴史観というものがそれぞれにあろう。
しかし。今、この地球に住むわたしたちに突きつけられている待ったなしの問題、
地球温暖化やそれによる異常気象や大災害。今回のコロナパンデミックなど、
グローバル化したことによって人類が直面することになったその他の危機。
貧富の格差のどうしようもない拡大と、そこからも引き出される人心の荒廃や
分断…紛争の激化……などなど、今すぐにも、全人類を上げて取り組まねば
ならない直近の課題が私たちの前には山積している!

そしてそれらの諸問題は、切実な利害問題も絡んで、解決の糸口さえつかめない、
もしかしたら永遠に解決などない問題なのかもしれない。それぞれの言い分があり。
個人の…、国家の…、エゴとエゴがぶつかり合って。

だからと言って、それを今回のプーチンのように、力でもって相手国をねじ伏せる、という
ことが許されるものではない。
それは、『理に基づかない』、いわば、『私怨』『私情』に基づく強引な解決法である。
プーチンは、ロシアの歴史やそれが置かれてきた不遇を盛んに語り、自分が
民族の代表者、その想いの代弁者のごとくふるまい、国内の、世界の、理解と共感を
求めているように見えるが、もしかしたら、今回の暴挙は、単にプーチン個人の
権力へのしがみつき、単に自分の築いたプーチン王国を失いたくない、という
個人的欲望、『私情』に基づく行為にすぎないのかもしれないではないか?

現に、今回のウクライナ侵攻に関しては、ロシア国内、そして海外に住むロシア人たち
自身からも悲憤と抗議の声が大きく上がっている。ウクライナの同胞への(おそらく
その『同胞』という言葉は、同じ地球市民としての『同胞』という感覚に近いのではないか)
連帯を叫んでいるのだ。言論の自由、集会の自由などを厳しく制限しているプーチンの
国。そこで反政府、抗議の声を上げれば治安部隊にたちまち捕縛される恐怖を抱えつつ
なお声を上げ続ける人々…
決して、プーチンの私情が、ロシア国民皆の想いを代表しているわけではないのだ。

私が、『理に基づかない政治』『情(私情、私怨)に基づく政治』の危険さをここで
述べているのはそういうわけだ。
この、『私情に基づく政治』のこの世に多いことは、一人プーチンの問題だけでは
ないだろう。
いつも持ち出して申し訳ないが、安倍元総理が憲法改正に執着するのも、
日本軍のしてきたことの一部をなるべくなかったことにしたい、日本の貶められた
名誉を回復したい、というような歴史修正主義の政治家であることなども、
その『家の歴史』というようなものに大きく影響を受けているからとは言えないだろうか。
尊敬する祖父(岸信介元首相)の名誉を回復したい、その悲願を自分の手で成就
したい……
その安倍氏個人の『情』の部分は、私などにも理解はできる。だが、安倍氏に限らず、
国の政治、世界の政治に『私情』は持ち込むべきでないのではなかろうか。
ましてやそれが、自分の権力維持のため、という私利私欲のゆえの権力執着
権力行使となればなおさら、政治家であろうと企業のトップであろうと、
上に立つ者としての資格はないように思う。
だが実際は、世界の国々の政治を見渡してみれば、それがたとえ非道な方法で
あろうと対外的に強硬な姿勢を取ることで国民の人気を維持し、なんとしても
権力にしがみつく政治家のなんと多いことか。
(そういう強い政治家を求めるのもまた国民なのである。)

しかし。そう言った私情を抜きにしても、複雑に絡み合った世界の直面する
現在の問題を解決していくのは本当に至難の業である。それでも、徹底した話し合い
以外に、それらを解決に導く方法はないであろう。「消極的現状維持」、などという
曖昧な方法も含めて。
断じて!断じて今回のプーチンのような圧倒的武力を振りかざすことによる解決など
許されることではないし、それはおそらくプーチン自身を『孤立』に導くだけに終わり、
その政治生命さえ結果的に奪うことに、少し長い目で見ればなっていくのではなかろうか。
プーチンは、NATOの拡大を怖れている。だがしかし、NATOの拡大を阻止するための
今回の暴挙によって、実は、彼の思惑とは逆に、欧州におけるNATO加盟国、賛同国は
増えていく動きが既にみられる。EUに加入してはいるがNATOには参加していず
中立の方針をこれまで取ってきたフィンランド、スウェーデンなどの国も、今回は
ウクライナ支持を鮮明にし、フィンランド政府はウクライナにライフル銃などの
武器を供与。スウェーデンも既に対戦車砲などの供与を決定しているという。
プーチンの武力による解決という選択は、思惑とは逆の結果を引き出している
だけなのだ。

その解決法は、彼自身が『同胞』と位置付けているウクライナの民の犠牲、彼自身の
国の兵士たちの命を賭してまで行う意味のあるものなのだろうか?



それでは、貴女にどんな解決法があるというの。それを示しなさいよ。
と、あるいは言われるだろうか。

正直、私にも、そんな難しい諸問題への解決法などわからない。
それでも、人間は、その知恵の限りを尽くして、ものごとの究極の『理』に沿って、
辛抱強く、力を合わせて、この同じ星に住むものたちの命を守るために
道を探り続けていくしかないではないか。

私が、ウクライナ侵攻の直前のことだったが、新聞で見つけた小さな記事…、
それは、2月24日朝日新聞の朝刊に載っていた、ケニアのキマ二国連大使が
ウクライナ情勢をめぐる安保理での会合で行った演説についての記事だったが、

彼は、ロシアの行動は正当化できない、と言い切ったうえで、
『この状況は我々の歴史と重なる』(アフリカがかつて欧州の国々によって
勝手に「分割」され支配された歴史を指す)
『アフリカの国境は、植民地時代のロンドンやパリ、リスボンなど遠い大都市で引かれた。』
『それでも国連のルールに従うのは、「国境に満足しているからではなく、平和に
作り上げられた、より偉大な何かが欲しかったからだ』
『我々は新しい形の支配や抑圧に手を染めることなく、いまは亡き帝国の残り火から
立ち直らなければならない』 

と語ったという。

この考え方こそが、私がここで書くところの『理に基づく』考え方の、典型的例だ、
そう思って、私はその小さな新聞記事を切り抜いておいた……

世界には欧米諸国によってかつて勝手に侵略され、支配され、ときに利害が
ぶつかり合う彼ら欧米諸国の思惑で、勝手に分割され国境線が引かれた地域
というものが、たくさんある。世界地図上で不自然な直線で引かれた国境線は
おそらくほぼそういうところだ。アフリカ、ケニアはもちろんそういう国の一つ。
中国なども、イギリス、ドイツ、さらには日本、などなどによって、かつてその国土の
一部を切り取られ奪われた…その怨みを中国の民は忘れてはいまい。
ロシアも、ウクライナ、ポーランド、ルーマニアなどなど旧ソ連とその周辺の地域も
長い歴史の間、多くの侵攻や戦いや、その結果としての分割、統合などの
大きな力に蹂躙され続けてきた、あるいは自ら蹂躙してきた、そういうところで
おそらくあったろう。世界はおそらくそういうところだらけだ。

けれどもそれを、その怨みを、その想いを、蒸し返したところで、何が生まれる?
いったいどこまで歴史をさかのぼれば、これが双方にとっての正義だ、という
ところに辿り着けるのか?その間の失われた時を取り戻せるとでもいうのか?

地球人は、同じ地球人として、今ある、すでに顕在化しこれからもっと悪化していく
であろう危機的な問題に、力を合わせて、知恵を総集して向き合っていく、
そういう時期に来ているのではないだろうか。
ケニアのキマニ国連大使の、『(自身の、自国の恨みを超えてなお)それでも
国連のルールに従う』と言うのはそういうことだろう。

このたびのロシアによるウクライナ侵攻によって、対抗手段としての厳しい経済封鎖措置
などが採られて行くのだという。
それは、世界の経済をおそらく冷え込ませ、例えば、欧州などで進められていた
再生エネルギーへの転換などをも後戻りさせることになるだろう。
既にネットなどの議論では、原発の復活を唱えている人々もいるようだ…
あのチェルノブイリのロシアによる占拠は、これからどういう恐ろしいことを生む?
チェルノブイリに今かろうじて管理されているきわめてまだ高濃度の核物質。
その施設を意図的に破壊し、冷却することをできなくすれば、恐ろしいほど多量の
核物質は再臨界することだってありうるのだ。ウクライナの他の原発についても
同じことは言える。
(原発の復活を唱える人々には、『原発を持つということは、今回のように
不測の戦争勃発の際には、原発が盾に取られ、それが破壊されることによる
悲惨な核爆発が起こることだってありうるということ』も考えてほしい。)

プーチンの暴挙は、あらゆる意味で、一気にこの世界を不幸な時代に
後戻りさせるものだ。

今、私達に出来ること。
ウクライナの悲劇は、遠い世界のどこかの我々とは関係ない出来事ではない。
プーチンのような独裁政治家を止めるには、ウクライナは勿論、ロシアのこころある
民とも力を合わせて、声を合わせて、今すぐ愚かな戦争をやめるよう、発信を
続けていくしかないのではないだろうか。



ブランデンブルグ門のライトアップ
  (ウクライナへの連帯の意を示すため、ウクライナの国旗の色にライトアップされた
   ドイツ、ベルリンのブランデンブルグ門。)



最後に。
アメリカもNATOも、そして国連など世界も、ウクライナに刻々とロシアの砲撃の手がのび、
ウクライナの無辜の民が殺されて行くのを、ただ見ていていいのか。
今、一番大事なのは、とにかくすぐにも停戦して、一人でも双方の犠牲者を減らすこと。
そのためには、何を差し置いても、プーチンに何度でも呼びかけて、落としどころを
見つけることだろう?憎むのはあとでいい。
私は、まずは双方が交渉の場につくことから始めるしかない、辛抱強く着地点を探って
いくしかないと思う。その交渉の場には、あるいは交渉前のすり合わせには、
ウクライナ、ロシア双方の代表団は勿論だが、その双方が納得するような第三者
としてのオブザーバー、公平な仲介人、というものが必要なのではないか、と
思っている。
当事者のロシアとウクライナだけによる交渉では、あらゆる意味で立場の弱い
ウクライナがプーチンのロシアに恫喝されるだけで、交渉が決裂するか、あるいは
圧倒的に不公平な条件を吞まざるを得ない、ということが容易に起こりうる。

その仲介人としては、ウクライナの窮状をすぐに救うことは無論のこと、同時に
プーチンという政治家の、ロシアという国の、『面子』と言ってしまえば軽いが、
『プライド』を、あまりにも叩きすぎないで交渉の落としどころを探るための、
老獪な知恵者が必要。
それには、これは私の、まったく荒唐無稽なアイデイアかもしれないが、
例えば一方は、中国からの老練な立会人などを考えていいのではないかと思う。
この困難な状況を解決した、という名誉を、プーチンと同じく今、世界にとって脅威に
なりかねない中国に逆に与えることによって、対立の激化でなく融和を図るのだ。
ウクライナは実は、中国のあの一帯一路戦略にとって大事な要の国でもある。
中国にとっては、ロシアもウクライナも重要なパートナーなのだろうから。
西側諸国からの立会人。私はそれに適任なのは、アンゲラ・メルケル氏では
ないかと考えている。彼女は旧共産主義圏の出身で、プーチンの生きてきた
世界への知識もある意味の理解も持っている。ロシア語も堪能。 
肝の据わり方は、世界の政治家の中でも群を抜いている。知的で状況の変化に
対応できるだけの柔軟性もある。長い間欧州とロシアの間に立って、プーチンと
自らタフな交渉にあたった経験もある。プーチンとの個人的対話も成り立つ人物である。
いま彼女が政治の世界から離れているのも、プーチンにとっては一つの、拒否感を
少なくする要因となるのではないだろうか。

プーチンのような強権的な政治家を私は忌むし、このたびのウクライナ侵攻を、
心の底から憎む。だが世界が今こころしておかねばならないことは、
彼を『追い詰める』だけではだめなのではないか、ということである。
プーチンの引っ込みどころを含めて、この危機の終息への落としどころを
探っていかないと。プーチンを追い詰め、窮鼠猫を噛む、の状態、
捨て鉢になった末の核使用、と言った恐ろしい結末にならないよう、交渉は
本当に辛抱強く続けていかねばならない。
…とはいっても、交渉は想像を絶して難しいだろうが。

これを書いているのは(アップしたものに何度も手を加えている)2月28日午後5時。
もうすぐ、ウクライナ、ロシアの停戦協議が始まるようだ。どのようなメンバーで行われるのか
知る由もないが、なんとか、なんとか…いい方向に行くといいが。
多くのアスリートなども世界の各地で抗議の声を上げてくれている。
中国においてさえ、学者有志が戦争反対の声明を出してくれたという。すぐに
削除されたらしいが。
国連も大きく動き出した……。


私は名もなき一人の老女にすぎない。
年齢から言って自分の命はさほど長くはない。
だから、自分のいなくなった世界のことを心配したってしようがない、ようなものではある。
しかし。私は、それでも地球の未来、世界の行く末が心配だ。

勿論、政治や軍事にも知識などない。それでも、居ても立っても居られないので、
一所懸命考えてみた・・・・・・・・・








プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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