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『おうち時間Ⅲ』 新型コロナウイルス考⑨


コロナ自粛を始めた早春から、季節は疾くめぐって、もう6月も終わる。
なんと時の過ぎるのが速いのだろう!!

ホトトギスの初鳴きを(私にとっての)聴いた、と書いたのが5月25日だったが、
2,3日前の明け方、また我が家の上空を啼いて渡るその声を聴いた。
丁度一か月。こんなに長い間その声を聴くことができるのは初めてだ。
朝、散歩に出て川べりを歩いていると、そのホトトギスが托卵をするという
ウグイスがあちこちで鳴く。
河鹿蛙の美しい声も聴く。
ああ!……なんと自然の季節の巡りは心を慰めてくれることだろう!


先日6月15日の朝日新聞で、国内の研究チームが、童謡や唱歌約1万3千曲の
冒頭の一節を調べ、多く出てくる語句の統計を取ってみた。という記事を見た。
『学校で子どもに歌い継がれてきた童謡・唱歌には、自然豊かな日本の原風景の
イメージがたびたび現れる』というのである。
へえ。どんな事物が一番多く唱歌などに出てくるのだろう・・・
そう思って読み進めたが、『植物ではサクラ、ウメが含まれるバラ科が多く、鳥では
スズメ、虫ではホタルが最多。鳥では、スズメやカラスなど農地や都市など
身近な場所にすむ種が多かった』という・・・・・・
ふうむ。なんだかごく当たり前の結論だったな。
せっかく面白い発想の研究だったと思うけれど、日本の唱歌の美しさは、やはり
最大公約数的なそれではなく、個々の歌に歌われた個々の季節、個々の情景の
微妙な美しさにあるように思う。

私が梅雨のこの季節、いつも思い出す小学唱歌、と言えば、やはり『夏は来ぬ』だろうか。
少し早い五月ごろの歌だろうが。

卯の花の匂う垣根。ホトトギス。蛍。五月雨。早乙女が植える玉苗。橘。
楝(あふち、おうち)の花。クイナ・・・
わかいひとには、こういう言葉たちのどれほどが情景となって浮かぶのだろう・・・

私が、梅雨のこの頃、いつも思い出す小学唱歌がある。
1.雨 雨、ふるふる、田に、畑に。子どもはせっせと苗はこび。
   子犬も かけます、たんぼみち。
2.雨 雨、ふるふる、野に、山に。おとなは そろって田うゑする。
   つばめは とびます、かさの 上。

という歌詞で、記憶では小学校2年か3年の時の音楽の教科書に載っていた
ような気がするのだが、ネットで検索してもほとんど資料がない。
子供心にこの短い歌のいったい何が好きだったのかと、今、考えてみるのだが、
多分、日本の梅雨の、このしっとりと濡れそぼつ感じ…とでも言おうか、
一過性の雨でない、毎日降り続く言わばしつこい雨であるのだけれど、その
逃れようのない湿り気そのもの、万物が雨の中にしっとりと沈み込んでいる
その空気感そのものが好きだったんじゃないかなあ、と思えるのである。
緑一色の田や畑や野に降り注ぐ銀色の雨…

ところが、現代の雨は、この『しっとりと濡れそぼつ』感じを失って、『降れば洪水』
というような極端で激しいものになってしまったような気がする。
子供のころの梅雨の季節の、今日も雨、明日も雨、で憂鬱なのだけれど、その
雨音を家の中で聞いているときの、静かで物憂い情調、というようなものは
もう失われてしまったのかな。
そう言えば、家々の建築から、『軒端』というものが失われて行って、『軒を伝って
したたり落ちる雨音』などというもの自体がもうなくなってしまっているのだろう。



さてと。
私は、相変わらず縫い物仕事をしている。
こんなものまで作ってみた・・・



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明るいところで見ればこんな感じだ。


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亡き主人の部屋を娘たちが仕事場、というかリモートワーク部屋にしたい、というので、
専門書や歴史小説など大量の本と部屋の半分を占めていたベッドなどを思い切って
処分することにした、とコメント欄などで書いた。
丈の高く、笠も古びて破れかけたフロアスタンドも、いらない、と娘たちは言うので
捨てることにしていたのだが、日傘作りの余韻で、というか勢いで、スタンドの笠まで
私、作りたくなってしまった。
40年の年月で退色して弱り切った笠布をびりびりと破り取り、残った骨組みに、
絽の残り布たちを剥ぎ合わせて作った笠布をすっぽりかぶせてみた。
なんだか涼しげな盆提灯みたいな感じでしょう。
フリンジを上だけでなく下にもつけて、しかももっと落ち着いた色のにしたかった
けれど、まだコロナ自主自粛を続けているので買いに行けないから仕方ない。
どうかなあ。フロアスタンド。まだ捨てないでいいかなあ・・・



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(11年前の主人の部屋。私は仕事を辞めてブログを始めて少し経った頃だ。
この頃書棚の本を半分余りも古本屋に持って行ってもらったため、だいぶ隙間がある。
その前は書棚に入りきれない本が床にまでうず高く積んであって、安普請の家の
二階の床が抜けるのではないかと心配したため。

ああ!わずか11年前か!
たった11年という月日の間に、この国も我が家も、そして世間のありようというものも
なんと大きく変わってしまったことだろう!
その間には、東日本大震災があり…毎年のように大洪水で人々が家を失い…
そして今回のコロナだ…

この部屋を自分の小さな城のようにして居心地よく収まっていた主人はもういない・・・
 
11年前のこの頃はまだ古書店が本を引き取ってくれたりしていたのだ。
実はそれからも何度か本を処分しているが、いつからか街の古書店は本自体が
売れなくなっていく世相の中で本の買取に来てくれなくなり、最近の何回かは
例のブック・●●とやらに引き取ってもらっている。
街の旧来の古書店とブック・●●との大きな違いは、古書店は本の内容を
多少吟味するのに比して、ブック・●●は中身はほぼ関係なく、本の新しさ、綺麗さ
が第一の基準で、売れるかどうかを問題にすることだ。
今回処分した本は、もう歳月を経て古びているのでブック・●●にさえひきとって
もらえない。仕方なし清掃局に『紙ごみ』として処分してもらうしかなかった・・・
主人の想いのこもっていたであろう専門書や歴史資料などの類が、清掃車で
バリバリと押しつぶされ呑み込まれていくのを、胸の痛みと共に見送った・・・

思えば、主人の書斎、と言えば、古びた机と壁一面に作り付けた大きな本棚と、
焦げ茶色のビニールレザーの応接セットと、このフロアスタンドだった。
応接セットのソファはやがて脳梗塞後の体の不自由になった主人のためのベッド
に入れ替えられたりはしたけれど、こじんまりとしたこの部屋は、窓から見える
隣家のあまり手を加えられていない木立の緑のおかげもあって、介護関係の人々に
いつも、『なんか居心地のいい部屋ですね』と言われていたものだ。
晩年の主人は、二階のこの部屋にさえもう上がれなくなって、長らくこの部屋は
静かに埃の降り積むままになっていたのだった・・・

自分の残された時間のことを思えば、出来るだけ家の中を整理しておくしかない。
去っていくものは仕方ない。この部屋も娘たちが再生すればいい・・・
それでも。秋になったら、暖かい色のジョーゼットで、元の笠と似たような
細かいプリーツの笠を頑張って作っておいてみようか…





狭い庭も、それなりに梅雨の季節の風情だ。
十数年前くらいか、小さな鉢植えのを庭に下ろした紫陽花たちは、こんなに大きくなった。
私の背よりはるかに高い。
なにやらこれだけ見ると、深山幽谷のような。><



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こちらはガクアジサイで。



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普通の紫陽花とともに、ふんだんに部屋の中にも活けてみる。



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一昨年の秋、祭りの日に買ってきた黄色のカラーも鉢で元気。
初めて切り花にしてみる。



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そして、春一番の木蓮。初夏のテイカカズラとともに、私がその香りを楽しみにして
いるのが、この梔子だ。
日当たりが足りないかして、なかなか大きな株にならない梔子だが、毎年、こうやって
小さな一枝を切り取って部屋に置けば、その高貴な香りで、いろいろ想って憂いこころも、
静かに慰められる…








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だれがいつ買ったか、もう何年も何年も、押し入れで眠っていた浴衣地で、
珍しく、自分のために、真夏の簡単ドレスを縫ってみた。縫うのに数時間とかからない。
夕方風呂上りなどにさらっと着てみたい。
これを着て遠くまで外出するわけじゃないから、少々派手でもいいんだ!^^













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『おうち時間 Ⅱ』 新型コロナウイルス考⑧



コロナ自粛の中、こんなものも作っていました。


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日傘。


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色も素材も涼しげな絽の生地に、やはり絽の別の布からとった薔薇をアップリケ。

薔薇の部分は接着芯でしっかりさせてから切り抜いて、傘の地にミシンのジグザグ
縫いでアップリケしています。



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薔薇模様の元の布は、こういう絽だった。
でも、この布は傘を作るほど残ってなかったので、アップリケに使いました。






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これは渋い紬地の日傘。




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これには、私の好きな山百合の花をアップリケ。
コロマスクを作ったときの少し厚手の目のつんだ木綿地に山百合の花を鉛筆で
うすく下書きして切り抜き、やはり細かい縫い目のジグザグミシンで地の布に
縫いつけてあります。
切り抜く前に山百合独特の赤褐色の斑点や、雄しべ雌しべ、などを刺繍。
赤い斑点はフレンチノットステッチ(要するに玉止めみたいなもの)で刺繍して
ありますが、数が多いので大変でした。
葉っぱも緑色の布に葉脈の刺繍をこれはミシンの直線縫いでしてから
切り抜いています。




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これは、やはり黒地の紬地に別布をアップリケ。



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アップリケに使った花柄の布は、以前娘に作ったジョーゼットのドレスの端布。
確かベトナムの民族衣装アオザイ用の布でした。
日本の着物地も素晴らしいけれど、このアオザイの柄もまた独特の美しさがあります。
日本の着物の柄はかつてとても大胆でした。
一番上の傘に使った薔薇模様の絽(透ける夏用着物地)なども極めて婆娑羅(ばさら)で
大胆です。
しかし、いつからか日本の着物の柄は、定型化してちまちまとしてきたような。
色彩も上品になったと言えば言えるのかもしれないけれど、大人しくなった。

ベトナムのアオザイ布には、日本人が失ってしまったような感覚がまだ見られる。
この端布なども、色彩鮮やかに懐かしいような夏の花がふんだんに描かれている。



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このオレンジ色の花なども、私にはとても懐かしい感じです。
昔農家の庭などに夏のころよく咲いていた姫ヒオウギズイセンの花に似ている。
葉っぱが単子葉植物のそれではないので姫ヒオウギズイセンではないのかも
しれないけれど。
ドレスを縫った時に端布が出るのですが、それがあまりにも可愛くてもったいないので
こういう不定形の小さなものも全部とってありました。
今回、それらを紬地にアップリケしてみました。



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傘の内側にも。





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ごく小さな花も捨てたくなくて、日傘とおそろいのノースリーブブラウスを作って
縫いつけてみました。




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そもそもなんで日傘作りをし始めたかというと、
お婿さんがコロナ自粛中のある日、頼んでおいた買い物を届けに来てくれたとき、
『お母さん。傘って縫えますか』
と訊ねたのです。
聞けば、日傘のキットを以前買ったことがあって、それで日傘を作って欲しいのだという。
近年の猛暑の中、男性も日傘を差すようになっているのは聞いていたけれど、
さて。私に傘作れるかな。作ったことない。

でも、そのキットを持ってきてもらうと案外簡単そうでした。
布は自分の好みで用意する。型紙があるので長三角形を8枚裁って縫い合わせ、
付属の部品で傘本体に取り付けるだけです。

これは、紬の着物地。
これが試作品一号です。




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第ニ号。
これは、綿紅梅というやはり夏の着物地です。




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傘の内から見るとこんな感じ。
綿紅梅という布は、夏の単衣着物に使われていた布なので、透け感があります。
一重では日光を通して日傘の役目を果たしそうにないので、二重にしています。
一番上の薔薇の日傘も、絽が透ける布地なので、内側に白い夏裏地で二重仕立てに
してあります。


これらの日傘は、紫外線防止のUV加工用のスプレーを後から吹き付けています。
そのスプレーには多少の防水効果もあるらしい。



傘作り。
ああ、楽しかった!!



         ***



コロナ自粛は、政治的には次々解除されていくけれども、不顕性の感染者は
まだまだたくさんいるだろうことが、東京都のホストクラブがPCR検査に協力してくれた
ことによっても明らかになっています。
人が狭いところに集まってそこに一人感染者がいれば、いつでもクラスターは発生する。
発表されている数字だけを過信は出来ない。まだまだ用心していくことが必要だと思います。

そもそも、このコロナ自粛は、一つを重視すれば別の一つが立たない、という矛盾点を
幾重にもはらんでいて、単純に『こっちが正しい』!と割り切ってものを考えていくわけに
いかない要素がたくさんあります。
自粛が長引けば経済的に破綻する企業や個人がたくさん生まれる。といって
自粛を解けば、またまた東京や中国、アメリカ…、各地でみるように感染者数が
再び増大していく。
コロナ患者を受け入れてくれている病院は、頑張れば頑張るほど逆に経営を圧迫
する結果になり、そこで働くひとびとは常にコロナ感染の危険の中にあるにも関わらず
家族までが差別を受けたりする・・・
テレワークできる人々や私のように自分さえ自粛していればいい者はいいのだが、
そういう人々の暮らしを現場で支えてくれている商店・スーパー、流通、清掃、などなど
で働くひとびとは、自粛が拡大すればするほど、続けば続くほど、休めない、感染の
危険も増す、という困難の中に追い込まれていく…その見返りはほぼない。

そもそも、緊急事態宣言というものからして大きな矛盾をはらんでいました。
コロナ感染を防ぐためには、個人の自由を束縛していいのか、という大きな大きな命題。
給付金の潤滑な配布のためにといってマイナンバー制度を進めようとしている政府。
マイナンバーに預金口座という個人情報を紐づけしようとしているがそれでいいのか?
携帯などの位置情報をコロナ感染拡大防止策の決め手にされようとしているがいいのか?
などという問題も、その同じ一連の命題の中にあります。

経済支援はケチっていてはならない。けれども、この冬にかけて第二第三のパンデミックが
もしかすると来る恐れもある。国や自治体の予算もそう野放図には使えないのではないか。

隠れた問題ではありましょうが、アルコール除菌、界面活性剤による消毒がこれほど
全世界的に行われている。それはコロナ感染予防のためには仕方ないとも思うのだが、
人体や地球環境にはたして問題はないのだろうか、とも案じる。

手を洗え手を洗え、というが、もしこの夏、深刻な水不足が起きたらどうなるのだろう。
アルコールは相変わらず不足しているようだが。
水不足の反対に、ここ数年の例のように大洪水・大雨被害など起きたら、コロナ禍の中
避難所の安全はどう確保するのか。

・・・・・・・・・
もうもう、ほんとうは、考えると思考停止になってしまいそうな問題ばかりを私たちは
今、抱えている。
のんきに傘づくりなどしているときじゃないんですが。

それでも。手をこうして動かしながら、今、自分が生きているこの時代を、しっかり
見据えていようとは思う。
いつか、言語化しなければな、とも思う。













『おうち時間Ⅰ』 新型コロナウイルス考 ⑦


気が滅入るようなコロナ自粛の日々。
ではあったが。先に紹介した布マスク作りが一段落してからも、目覚めてしまった
縫い物意欲で、いろいろなものを作っていた。

まずは。
これ。誰の目でしょね。



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まあ、大体わかりますよね。
うちの猫のコロの目です。
写真でしょうか。




いいえ。違います。
これ。手作りマスクです。



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コロの顔をマスクに刺繍。
ボランテイアのマスク作りが高じて、ついにはこんなことまでしてみました。



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その細部。
少し地厚の木綿地に、一針一針、だいたい猫の毛並みの方向を考えながら刺繍。
影の部分の微妙な色なども糸の色をいちいち変えて刺しています。刺繍糸一本取り。
市販の25番西洋刺繍糸は、細い糸を六本まとめて一本の糸のようにして売られて
います。ふつうその六本の糸から二本取り、三本取りで刺繍することが多いと思いますが、
猫の細い毛並み感を出すために、私は一本取りで刺繍しました。

刺繍糸は、国産のではなく中国産。
150色と色数が豊富なので、猫の毛の微妙な色も表現できたのだと思います。
数千年の刺繍の歴史のある中国。
また、日本刺繍も『繍仏』といって仏様を刺繍で表す技と手法が西暦500年くらいに
インドから中国を経てもたらされて以来1500年の歴史を持ち、いまでも高級な帯や
訪問着などの呉服にほどこされた刺繍には、ため息が出るほど素晴らしいものがあります。
まあまあ、私の初めてのこの試みなどは、ほんのご愛敬で。^^







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裏は清潔なガーゼ。




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こんないたずらっぽい表情のコロも刺してみました。
可愛いです。





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二枚のコロマスクは、娘とお婿さん用。
病気を持つ私に万が一自分たちが感染させてはいけないからと、彼らはもう2月末頃から
実家を訪ねてくるのを控えています。
買い物など届けに来るときも、玄関先で受け渡しするだけ、などと徹底していました。
可愛がっているコロも思いきり抱っこも出来ない。

んなわけで、彼らがコロといつでも一緒の気分でいられるようにと、こんなマスクを
作ってみたのです。


私はあまり細かい作業が苦手なたち。
洋裁のように、布を裁ちさえすればあとはミシンでガガーッと仕上げていけるような
仕上がりの速い手仕事は好きなのだけれども、刺繍とかレース編みのように根気のいる
細かい手仕事はこれまでずっと敬遠してきました。
それが、マスク作りの勢いがついていたものですから、その余力でつい始めてしまった。
最初に作ったのは、いたずらっぽい表情の方のコロですが、途中で何度投げ出そうと
したかしれない。><
下絵は一応土台の白い布に鉛筆で描いてはいるのですが、刺繍していくごとに
その下絵は見えなくなっていくので、自分が今、どこを刺しているのかわからなく
なっていってしまう。下絵の元になったコロの写真と見比べつつ、刺す色や位置を
一針一針修正しながら刺していくのです。
目のあたりなど一針でも表情がまるで違ってきてしまうので、大変でした。ふう~・・・・・・

それでも頑張っていれば、いつか仕上がるものですねえ。
少し自分の根気に自信がつきました。




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一度火が付くと勢いが止まらない。
こんなのも作ってみました。
竹垣のような柄の浴衣地があったので、夏用のマスクを。
竹垣に止まった赤とんぼ。一足季節を先取りして気分だけでも涼しく。
繊細なトンボの翅の透け具合を出すには、刺繍糸一本取りでもまだ太すぎる。
それで、翅の部分は細めの木綿のミシン糸で刺してみました。





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こちらは、同じく竹垣に絡む鉄線の花をイメージして刺したのだけれども、デッサンが
いい加減であまりうまくいっていない。猫やトンボに比べると手抜きが明らか。
このあたりでマスク作りの余ったエネルギーが切れてきた、というところでしょうか。><




     ***


こんなことに集中しているときだけは、この異常な事態のことを忘れていられますが、
ふと気づくと、悲しみがまた重く胸の底に溜まっている・・・・・・。

人々が今回の新型コロナ蔓延で失ってしまったものは、あまりにも大きい。
これからの世界はどうなっていくのでしょう。
人間は、この災禍を、命に関わること、経済的な面は無論、精神に負った傷、という面でも
克服していくことができるのでしょうか。









『美しい季節に』 新型コロナウイルス考 ⑥


昨夜。ホトトギスの声を聴く。
深夜1時ごろと明け方4時ごろに、我が家の上空を啼きながら通り過ぎていく。
毎年そうであるように、今年もまた、その声のなんと哀切なこと。
いや、コロナ騒ぎの中に春が逝ってしまった今年、ひときわその声は哀切に
聞こえる。

ああ・・・でも、いいなあ・・・!
季節の移り変わりがこんなにもはっきりしている私たちの国。
なんていいのだろう。

ずっと悲哀の中に沈んでいた。
なんというのかなあ・・・明日という日のわからないことに打ちのめされていた
とでもいうのだろうか。なにか言葉になかなかできない。この悲哀は。

しかし、一人静かに、この百年に一度かどうかの・・・、人の一生でそう何度も
味わうものでもないだろう・・・このパンデミックの渦中に4か月ほどいて、ある意味で
この今の暮らしに慣れてきたというか、私のような老婆にはこれが常態なのでは
ないかという思いもあったことを認めないわけにいかない。
私のような者にとってはコロナの前の暮らしはあまりにも騒々しかったような。
何をあんなに齷齪買い求めていたのだろう。何をあんなに齷齪追いかけていたろう・・・。

無論、若い人々は活動しなければならないだろう。おおいに動いておおいに働いて
おおいに人生を楽しんでこの世を動かして行けばいい。それが若い人々にとっての常態だ。
だが、私のような老婆には、もう、静かなのがいい。
『アフターコロナ』というようなものは、もう私などには関係ないのだな、と正直思う。


我が家の小さな庭の植物たち。




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木蓮は今年もたくさん花をつけてくれ、そしていつもより長く咲いていたような。




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ひっそりと咲いていた矮性ライラックの花。




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一輪だけ咲いた牡丹の花。



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なんという名の花?




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ムラサキツユクサは、我が家で最も旺盛に毎年咲く花だ。
4月下旬から咲き始めて夏近くまで次々に咲く。



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このムラサキツユクサには、これまた毎年決まって、この小さなハナバチが朝訪れる。
私が朝ごみを出しに外に出ると、この蜂がどこからか決まって、ぶ~んと羽音をさせながら
飛んできて、それからひとしきりこのムラサキツユクサの花粉を集めて回るのだ。
今年も会えたなあ。



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もう十年以上も前、私の誕生日に娘たちがくれた『キリ・テ・カナワ』という歌姫の名の
ついたクレマチスも元気だ。今、こぼれるほどの花をつけている。



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ハナバチは、ムラサキツユクサとこのシモツケの間を往復して、いつも花粉を集めて回る。


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そして何より私が今、楽しんでいるのは、このテイカカズラの垣根だ。

隣家との境のフェンスに絡ませてもう2、30年。毎年この季節に素晴らしく甘い香りを
味わわせてくれる。一度思い切って剪定したのだけれど、また大きく広がった。
朝、猫と共に5時前に起きて、雨戸を開けると、この花の甘い香りが部屋の内に
流れ込んでくる。家の一帯がこの花の香りに今包まれていると言っていいくらいだ。

ホトトギスが啼き、テイカカズラの香りが漂う。
この季節が本当に好きだ。





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忘れるわけにいかない(^^)どくだみの花。
この草の青臭い茎や葉の匂いも、私は大好きだ。
これもほとんど毎年書いていることだけれど、どくだみの花は思いがけずいい香りなのだ。








今日、久しぶりに、本当に久しぶりに、花を買った。
3月桃の節句のために桃を一枝買ったのを最後に、ずっと花を買っていなかった。
これまで家の中に花を切らしたことはほとんどなかったのだけれど、コロナ自粛で
私は外に買い物に出なかったので、花も買っていなかったのだ。

花屋さんたちも、このたびの自粛の間は、花が売れないので困っているというニュースを
何度も聞いた。3月4月は卒業式、送別会、入学式、入社式などいろいろな行事で
花がよく売れる時期なのだけれど。
この薔薇の花束もデルフィニウムの花束も、売れなかったものが店先に安売りされていて。

こうやって見ると、花たちも売れ残って店先にいたときより、我が家に連れ帰られて
こうやって飾られるとこころなし元気も増して生き生きしてきたような。




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・・・・・・

緊急事態宣言を解くのに前のめりな政治家たち・・・。

今の世界のさまざまな矛盾や問題をこのコロナ感染拡大は鮮明にあぶりだした。
色々なことを私も思って来たけれど、まだそれらを文章化できないでいる。

ただひとつ確実に思っていたことは、悲哀の中ででも『この異常事態をしっかり
見ていよう』ということだった。
老い先短い私が目撃していたからと言って何の役にもたたず意味もないようなもの
だけれど、今をともかくも生きている者として、目を逸らすまい、とは思ってきた。

私たちは、二度とない『今』という時代を生きている。
私たちが今日見聞きし経験したことは、前世の誰も後世の誰も見ることの出来ないこと。
私たちは、今、という時代の目撃者なのだ。
『当事者』でも無論あるのではあるけれど、『当事者』はともすれば渦中にいて
流されてしまうことがある。

目をしっかり見開いて、今起きていることを見つめて居よ。
余人に代えがたい、時代の目撃者に、一人ひとりがなるのだ。
〈生きている〉ということは、そういうことだ。











『コロナ禍の陰で』新型コロナウイルス考⑤

『#検察庁法改正案に抗議します』というツイートが13日時点で900万件とか。
その中には私のツイートも一つ含まれているのだが。

先ほど、首相は今国会でのこの法案の採決・成立を断念したとのニュースがあった。
政府がこの決定をしたのには、ネットなどで国民の反対の声が予想外に大きく
盛り上がったことが影響しているだろう。

『検察官の定年を延長する検察庁法改正案』の何が問題なのか。

この少子高齢化の時代、国家公務員の定年を延長する法案自体に問題はない。
問題なのは、
一般国家公務員の定年延長の法案と、検察庁上級職員の定年延長法案とが
抱き合わせになっていて、しかも、そこにはいつの間にか、
政府が認めればポストにとどまれる、という「特例」が、埋め込まれていたことだ。

『検事総長や次長検事、検事長は内閣が、検事正は法相が、「公務の著しい
支障が生じる」として、必要と判断すれば最長3年とどまれる。
政権に都合の良い幹部をポストにとどめ、不都合なら退職してもらう人事が
できる余地が生まれる。容疑者を裁判にかける起訴の権限をほぼ独占する
検察官の「自主独立」が脅かされ、「政権への忖度(そんたく)が生まれかねない」
(枝野幸男・立憲民主党代表)ことが、危うい法案とされるゆえんだ。

  青字部分5月17日付朝日新聞デジタルより引用。下線部は彼岸花。

なぜ、多くの芸能人を含む広範な人々がこの法案にかくも反対しているのか。
それはまずは、政府のコロナ対策の遅さや不備、甘さに対する強烈な国民の不満が
底に怒りとしてあるからであろう。
コロナ禍の中、人々の困難や不安を先頭に立って解決軽減することに注力すべき
政府が、混乱の隙をつくように、不急不要のそして後世に禍根を残しかねない
こんな法案をするっと国会審議に盛り込んだその姑息さ。
そのことに対する怒りが、多くの人々をツイッターという形での抗議に走らせた
のであろうと思う。
その怒りの底流には、無論、安倍政権のこれまでのやり口…森友・加計問題や
桜を見る会などに見るような『政治の私物化』体質への反感、というものがすでに
国民の内にあったと言えるだろう。

私がこれに反対する理由をここで書いておこう。



           ***

私は、ときの一権力が、その権力は『国民からの一時の付託』にすぎないという
事実を忘れ、己の地位や権力を過信して政治を恣(ほしいまま)にし、暴走してしまう

ことを、ほんとうになにより防ぎたいと思っている。
ほんとうは安倍政権であろうが、他のいつの政権であろうが関係ない。
私は左翼的考え方の人間ではあるが、このことには右も左も関係ないのだ。
私と普段考え方を異にする人々にもこのことは切実に訴えたい。
あなたは、「ときの一権力が、その権力は『国民からの一時の付託』にすぎないという
事実を忘れ、己の地位や権力を過信して政治を恣(ほしいまま)にし、暴走してしまう」
そんなことを本当に良しとしますか?いいと思いますか?

ところが、今、というか、2012年秋、第二次安倍政権が発足してから7年半、
この間私たちが目にしてきたことは、この政権による杜撰で不誠実な政治と、
この政治の私物化、ともいえるやり口ばかりだったのではなかったろうか。

森友問題、加計問題、自衛隊隠ぺい問題、桜を見る会・・・
特定秘密保護法、自衛隊による集団的自衛権行使問題、TPP承認及び関連法、
共謀罪法、働き方改革法、カジノ法・・・などなど、
たびたびの国会での強行採決・・・、
●そしてこれまたたびたびの、国民に納得のいかない『閣議決定』という名の
恣意解釈の政治。
そこには今回の検察庁法改正案の起点とも目的とも言うべき
1月31日の東京高検黒川検事長の定年を半年延長するという閣議決定
があった。
表向きの理由は「検察庁の業務遂行上の必要性」というものであったが、一検事長の
定年を半年延長するという極めて特殊な小さな決定をなぜ内閣が『閣議決定』まで
して行う必要があったのか。
安倍政権に都合のいい人物を検事総長に据えるための布石なのではないか、
と疑われても仕方のない極めて異例の閣議決定であった。

閣議決定と言えば、森友問題の渦中の安倍首相夫人昭恵さんが『私人である』という
閣議決定
なども相当に可笑しなものであって皆さんの記憶にも新しいであろう。

第二次安倍政権が誕生してからの、国民の政治への失望と信頼の破壊というものは、
歴代政権の中でもその極みに達しているのではあるまいか。

私は、これまでもほんとうにいくつこの政権への批判記事を書いてきたかわからない。
ただ私は、安倍氏個人を攻撃したいわけではなく、この政権がなしてきた数々の
『民主主義への冒涜』とでもいうような政治手法が、これから後の政治の悪しき先例を
作り、それによって国民の間に政治不信や諦めが生まれること、そしてその諦めが
さらなる政治の劣化をもたらし、その結果、『民主主義』そのものが死んでしまうこと

ずうっとずっと危惧してきたのである。

このコロナ禍の中、政治の不作為によって(敢えて私はそう呼ぶ。)PCR検査を
素早く受けられず、自宅で発熱に耐えながら待機した末に病状を悪化させたり
中には死に至ったりする国民がいて、そういう病人を受け入れつつも十分な
防御服も設備も無く今最前線で戦っている医師たちや看護師さんなど医療スタッフ
や介護現場の人々がいて、一方で、国の支援を待ちわびながら生活崩壊、
事業崩壊に怯える人々もたくさんたくさんいる。
そんな中、それこそ今敢えてこんな法案を通す意味がどこにあるのか疑わしい
検察庁法改正案を強行採決してでもきめようとしているこの政権。


国民が政権に一番してほしいことはなんですか?
国民を守ることでしょう?
今の今だったら、コロナ対策にこそ全力をかけてほしい。
そんなときに、自分たちの権力維持のために、恥も良識もなく良き先例も伝統も
破壊しつくしてひたすら官邸への悪しき権力集中化へ突き進む、それもこっそり進めて
いくのが政治家としての大義ですか?

どんな時代のどの政権でも同じことである。
時の政権のほしいままに政治を私物化してはならない。

以下のことを私はもう何度記事にして書いてきたかわからない。
でも、また書く。


【時の政権が暴走することを防ぐための仕組み】

①立法府(衆院・参院)の役割と矜持。
  立法府が立法府としての機能を十分に果たしている。すなわち、与野党の勢力が拮抗していて、
  そこで十分な議論が戦わされ、また、各政党の議員が、『党議』に縛られず、評決できている。
②政権与党の自浄能力。
  与党内に、大局的に物を見る経験豊かな長老などがいて、また、若手が『党議』に縛られず
  研究会や議論を自由にする雰囲気があり、言わば『党内野党』ともいうべき、自浄勢力が
  あり、政権の暴走を防ぐ役割をする。
③内閣法制局の役割。
  内閣内の『法の番人』とも呼ばれる内閣法制局がしっかりしていて、内閣が憲法にそぐわない
  ような法案を提出するのをチェックできる。
④司法権の独立。
  司法権が、立法府や行政府、あるいは地方自治体の長などの権力から、文字通り
  独立していて、必要な時、公平な判断を下す働きをする。
⑤ジャーナリズムの力。
  ジャーナリズムがしっかりしている。間違っても権力と癒着などしていないし、権力に
  媚びたり妙な忖度などしていない。国民に必要な情報を提供するという矜持を失っていない。
  すなわち、『報道の自由』『国民の知る権利』がそれによって担保されている。
⑥学校教育の、権力からの独立性。
  学校、教育機関も、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。
  学校は、次世代の子供達、若者達を育てるところである。そこで特定の権力のほしいままに
  教育が行われたらどうなるか。その恐ろしさを考えてみて欲しい。
⑦最後の砦=国民。
  国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
  憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
  政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。


           ***

安倍政権および与党自民党公明党がやってきたこと。

①国会での数の力を悪用して、十分な審議も尽くされないまま数々の大事な大事な
 法案を強行採決またはそれに近い形で成立してきてしまった。
 今また、検察庁法改正案を強行採決する心づもりのようだった。
 立法府が三権分立の最も重要な役割を果たしていないで、行政府の追認機関に
 堕してしまっている。
②自民公明両党の議員が、政権与党としての自浄能力を失ってしまっている。
 安倍政権がどんな無茶をしようと誰もそれを止めようとする者がいない。
 いい例がアベノマスク。誰も、これをばかばかしいと思わなかったのか。
③内閣法制局長官人事。日銀総裁人事。NHK会長人事など人事への介入。
 そして今度また、安倍政権は検察庁人事へも手を入れようとしていたのである。
 検察庁は実を言うと、法務省の管轄下にあり行政府に属する組織である。
 最高検察庁の検事総長、次長検事、各高等検察庁の検事長、は内閣によって
 任免され天皇から認証される。
 だから、内閣が検察トップの定年を延長したって何の問題もなさそうだが、
 一方で、検察庁は時の総理大臣をさえ訴追できる力を持つ司法の性質を持つ
 独立機関でもある。その検察のトップの定年を、内閣、法務大臣などが決められると
 なれば、検事も人の子、時の政権に忖度してしまう怖れ、すなわち検察官の
 自主独立が侵される怖れがないとも限らない。
 そこが今回の検察庁法改正案の問題点なのである。

 組織は違うが、自衛隊の集団的自衛権行使問題いわゆる安保法制が大問題と
 なった2015年、横畠裕介内閣法制局長官の国会での苦しい答弁を覚えておいで
 の方も多いだろう。
 『憲法の番人・法の番人』とも言われた内閣法制局。そこの長官人事は、慣例として
 財務、経産、旧自治、法務省の中から抜擢するそしてそれはおおむね次長が昇進
 するという法政局の慣例を破って、安倍氏は自分に近い考え方の外務省出身小松氏を
 長官の座に据えた。横畠氏は小松氏が急逝したことにより法制局長官の座に
 就いたわけだが、「『憲法の番人・法の番人』とかつて言われた内閣法制局の矜持と
 伝統は、これで壊れた」、と言って、歴代の長官たちが抗議の声を上げた構図は、
 なんと今回の検察庁法改正案に、この15日、松尾邦弘元検事総長ら検察OB十四人が、
 「検察人事への政治権力の介入を正当化するものだ。検察の組織を弱体化して
 時の政権の意のままに動く組織に改変させようとする動きで、看過し得ない」として、
 反対する意見書を法務省に提出した、そのことと重なって見えることか。

 安倍政権の一強化した一因の一つには、この人事権の掌握、ということがあると
 言えるだろう。
 その最たるものが、2014年、安倍政権による『内閣人事局』の創設だ。
 これによって各省庁の上層官僚の人事権を内閣が握ってしまい、官僚たちが
 官邸の思惑を忖度するような結果を自然生んでしまった。森友加計問題などで
 国会で証人・参考人などとして出てくる官僚たちの答弁の歯切れの悪さ、質問に
 まともに答えないことで、問題の真実追及がとことん出来なくなってしまったのを
 皆さんもさんざんごらんになっていらっしゃるだろう。

④司法権の独立、を弱体化。
 今、日本の司法の頂点、最高裁判所判事15人中15人全員が、安倍政権によって
 任命された人々である、ということを、どれだけの人が認識しているだろう。
 そもそも『最高裁判所裁判官のうち、最高裁判所長官は内閣の指名に基づき
 天皇が任命し、 最高裁判所判事の任命は内閣が行い、天皇が認証する。』
 ことは、憲法で規定されていることであるので、15人が安倍政権による任命で
 あることに文句はつけられない。
 だがしかし、もし私たち国民が、森友・加計問題があろうが何だろうがここまで
 安倍政権を結果的に承認するような選挙をしてこなければ、安倍政権はここまで
 長期化せず、最高裁判事も全員安倍政権による指名や任命、というバランスの
 悪い人事にはなっていなかったろう。
 最高裁判事人事など国民はふつうさほど関心がない。唯一総選挙の時、国民審査を
 私たちはするわけだが、どの裁判官がどういう判決をしてきたか、などということは
 あまり知らないことが多いだろうので、白紙か全員×などとする人が多いのでは
 ないだろうか。
 だが、この最高裁判事の中には、あの学校法人加計学園で監事をしていた
 木澤克之氏が2016年、 最高裁判所判事に任官していることを考えれば、最高裁の
 人事にも無関心ではいられないはずなのである。

長くなってしまったしこれまでにも何度も書いてきたのでここではこれ以上書かないが、
このほかにも、安倍政権の、教育やジャーナリズムへの干渉も大きな危惧だ。
上の①から⑥に掲げたような、「時の政権が暴走し、政治を私物化することを防ぐ」ための
これらの縛りや仕組みが、今、安倍政権下で、ことごとく弱体化し、無力化して
いっていることに、私たち国民はもっと関心をもっていたいものである。
今、私たちに残されているものは、⑦の、『最後の砦=国民』だけ、というところに
近いところにまで私たちは来てしまっているのではないか。
今回、コロナで国民生活がひっ迫している中でのこの政権のそれこそ『不急』
『不要』の法案の成立を、国民の声がともかくも止めたこと。そのことの意味を
私自身も静かに受け止め深く考えたい。










  

『手作りマスク②』 新型コロナウイルス考④


クウーママさんから、手作りマスク第二便が届きました。


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やっぱりピシッとしていて綺麗です。
うさぎさんやダックスフンドくん。


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こちらはぐっと粋です。
これからの蒸し暑い季節。マスクをしているのはつらくなるでしょう。
でも、手作りの布マスクは、吸湿性や熱放散性が良く、その上こういう涼しげで
粋な柄だったら、気分的にもつけているのが楽しいでしょう。



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私も40枚ほど追加分を作りました。
前回の統一感なく暑苦しいのと違って、今度のは多少涼しげ。^^


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人形の洋服を作ろうと思っていつか買っておいた木綿地たち。



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このローン地は、昔娘が大学生の頃縫ってやったブラウスの残り布。
紫陽花の柄が、これからの季節に合うでしょう?



さて。これでマスク作りはひとまず終わりです。
クウーママさん。ほんとうにありがとうございました。
社会福祉協議会の方に無事、お渡ししましたよ~。
岩手と東京と。離れていても、共同作業出来てこころ楽しかったです。^^


お国からのマスクはまだ届かない。
マスクに罪はなけれども、妊婦用マスクの不良品の検品にまた800万円、
全世帯向けのほうのには8億円とかかかるのだとか。
不良品の検品にです。
なんとまあ…無駄なエネルギーと費用を使っているのだろう。


一方で、医療用の高機能マスクN95やフェイスシールド、ガウンなどは相変わらず
不足して、現場は逼迫しているらしい。


遅い、超遅い政府の対応にしびれを切らした、そして医療現場の窮状を見るに
見かねた中小の企業や個人がこうやってどんどん動いている・・・。
下に載せたのはマスクなど防護服や医療関係設備などに関したものだけ、しかも
そのほんの一部だ。
このほかにも、多くの、ほんとに多くの人々が自らの意志で、採算など度外視して
多くは無償で、動いてくれている・・・

政府はいったい何をしている!



●尼崎市の企業がマスク生産/兵庫県
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200503-00010002-suntvv-l28

●南あわじ市の靴下工場がマスク製造
https://sun-tv.co.jp/suntvnews/news/2020/04/16/22866/

https://news.yahoo.co.jp/articles/0949a8922504a8d2f25f34caca5761191cb53106
医療現場にフェースシールドを 福岡大が3Dプリンター使い生産開始
5/12(火) 20:56配信 毎日新聞

●大阪の中小企業7社が“技術結集”、医療器具を25時間で即納
5/9(土) 13:48配信
 https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200509-00010002-newswitch-bus_all

●青森の裁縫工場で医療用防護服製造へ 娘の「助けてください」拡散が発端
5/15(金) 23:25配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/3adbc51f70a899c4c28e7b9880bdd2012bb03638

●東大病院に抗体検査器を寄贈|ピースウィンズ・ジャパンのプレスリリース
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000068.000035080.html

●「使い捨て防護ガウン」愛知のテント業界14社が結集して生産 目標は「2カ月で10万枚」
5/17(日) 10:45配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/9e003e0234827e664bae0da2d1b6c2241a13efbb

●<新型コロナ>西東京市にマスク2万枚 中国籍の女子高生が寄贈
東京新聞 2020年4月25日
https://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/list/202004/CK2020042502000103.html 

●マスクに簡単装着!紙加工会社がフェイスシールド開発【愛媛・四国中央市】
愛媛テレビ 5/17(日) 12:10配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/27f74105142b2abfdf87e8abdc84b075edc6a5b2

●PCR検査時に全身を保護 テイ製作所 10日で段ボール製開発
産経ビズ 5/18(月) 7:15配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/204cb80bb4b868910f61ba2cec45abf2adc5066a

『手作りマスク』 新型コロナウイルス考③




クウーママさんからお荷物が届いた。


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中には、私の大好きな岩手の銘菓『奥州ポテト』や本や、『ほろほろ漬け』などが。
これまた岩手名産『弁慶のほろほろ漬け』は、人参、大根、胡瓜、茄子など
季節の野菜を細かく刻んでもろみ味噌と漬け込んだもので、青南蛮のぴりりと
した辛さともろみの風味が食欲を刺激して、これ少しあれば、ご飯が何杯でも
食べられそうなほど美味しい。
コロナ感染予防のため、家からほとんど出ない私。毎食手抜きしないで作って食べて
いるけれど、徐々に自分の作る味に飽きてきて食欲が落ちてくる。
そんな時、このお漬物の辛さと風味はありがたい。

さて。けれども今度のお荷物のメインはこれ。



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たくさんの手作りマスク。
勿論、クウーママさんの手仕事の丁寧さの際立つ、美しいマスクたち。
その一部をアップしてみます。


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真ん中のペーズリー柄の二枚は、娘たち用に作ってくださったもの。


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手にしてみると、ほんとうに細部が美しく出来ています。
何枚縫っても、サイズがぴったりと同じで崩れがない。
記事の下のほうには私の作ったのがありますが、同じ型紙で作ったはずなのに、
二枚とぴったり同じのがない。その時々の気分で多少ずつ大きくなったり
小さくなったりしてしまうのです。雑な性格がそのまんま出てる。><


ところで。なぜ、このようにたくさんのマスクをお送りいただいたかというと。
実は、期せずして、私もマスクづくりを同じころに始めていたのである。

コロナウイルスに感染しない、人にもうつさないためには、家にいるしかない。
でも、私のように、家にいられるものは幸いだ。
今、最前線の医療現場で自らの感染リスクを顧みず戦っている医師たちや
看護士さんたち。のっぴきならない介護の現場で踏みとどまって奮闘しているひとびと。
『ステイホーム』できる人々はまだ幸い。そういう人々に食品や生活日用品を提供
するために今日も売り場に立っているひとびと。物流を途切れさせないために
日夜、車を走らせているひとびと・・・・・

じっとしているだけの私だが、何かできないか。
そう思って、マスク作りを始めたのだった。
最初は、昨年まで主人がお世話になっていた介護施設・・・デイケアのリハビリ
施設や、私の入院中主人をみてもらっていた介護老人保健施設・・・あそこで
働くひとびとやそこに通うご老人たち…主人のかつてのお仲間たち・・・あの方たちは
不織布マスクを手に入れられたろうか。もし困っているなら、せめて布マスクでも
あれば、咳やくしゃみなどしたときの大きな飛沫だけでも飛び散らないように
出来るかもしれない…
そう思って、とにかくじっとしていられない想いから、一枚一枚とあてもなく
縫い始めていたのである。
『あてもなく』というのは、はたしてそうした施設で、布マスクなど貰っても
職員さんたちの手間が増えるだけではないか、という現実的な疑問もあったから。
布マスクには医療用のN95のような感染予防機能はもちろんない。上に書いた
ような気休め程度のものでしかない。それなのに、清潔を保つのは難しく、
毎日洗濯したほうがいいという。それでなくとも体の不自由になった在所者
たちに布マスクの管理は難しかろう。では介護スタッフが集めて洗濯するか。
…それでなくとも忙しい仕事の手間が一つ増えるだけである。
有難迷惑かもなあ・・・一応電話してみて、もし使ってもらえるようだったら、
本腰入れて作ることにしようか。

それでも縫い続けた。そしてふっと思いついた。
市役所などに置いてもらったらどうだろう。そこを訪れる人で、不織布の
マスクなど朝から並んで買ったり、ネットで買ったりできない人も大勢いるだろう。
(おっと。ここで訂正。市役所に持っていくことを考え付いたのは私ではなく、
クウーママさんのアドバイスだった。この頃ぼうっとしているな、私。
お詫びして訂正させていただきます。)


自分の住む街の市役所に電話してみた。すると、社会福祉協議会という部署で
手作り布マスクを集めて配っているという。今の状況下、私と同じことを考える人は
いるらしく、ボランティアでそうしたマスク作りをする人たちがいて、そういうマスクを
集めて、必要な人たちに配っているのだという。何枚でもまだ必要だ、という。
まとまった数出来たら、協議会の人が取りに来てくれるという。

よっしゃ!
要る人がいて配ってくれる組織もあるのなら、どんどん作るぞ~!


クウーママさんにその話をしたら、手伝ってくださるという。
それから、お互いにコツコツ縫い続けて・・・、送ってくださったのが上のマスクたちだ。
クウーママさんのマスクは、上品です! そして何とも縫い目が美しいの。



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一方、私の縫ったマスクがこれら。その一部です。
クウーママさんのお縫いになったマスクと比べて、色の統一感が全くない!(苦笑)
クウーママさんのは、これからの暑くなる季節を考えて、涼しげな色の布を選んだ
のだという。さすが。
私のは、例のごとく、派手でけばい~!
これは、もの好きなひとしかしてくれないかもなぁ・・・
でも、いいんだ。そもそものイメージは、介護施設などで、今は家族の面会も
ままならず、ウイルスの院内感染をおそれつつひっそりと過ごしていらっしゃる
であろう老婦人、老紳士たちに、つかの間でも遊び心を楽しんで選んで
もらえたら、という気持ちで作り始めたものだから。


右列と中央列の紳士用のは、大体家にあった浴衣反物や日本手拭いで
作ったので藍色系が多い。
左列のご婦人用をいくつか紹介します。



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鳥柄の二枚。
どちらも、上のは娘、下はお婿さんにそれぞれ縫ったブラウスとアロハの残り布。


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何だか可愛いので、いつか人形の衣装にでもしようかと買っておいた木綿地。
柔らかい感触。


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これは娘のブラウスの残り布。これも柔らかい木綿地。
フクシアの柄が優しいでしょう。

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今回の私の中で一番のお気に入りは、この黒地に色っぽいレオタード姿の美女たちの
柄のやわらかい木綿地のマスク。
これは、お婿さんのアロハの残り布。
こういう遊び心のあるのを、女性にだけではなくおじいちゃまにつけてほしいな。
マスクを娘たちに見せたら、お婿さんはすぐにこれに手を伸ばし、娘は上のピンクの
赤ちゃんとおもちゃ柄のを選んで持って行った。


さて。岩手と東京と。
黙々と作り続けたマスクが合わせて97枚。
今日、役場の人が来て持って行ってくれました。匿名での寄贈、ということで
お願いしました。



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小さなマスクですが、さほど手数を必要とする縫い物ではないはずなのですが、
結構これだけ縫うのは疲れました。一日5,6枚くらいしか縫えない。
100枚にしようと思っていたのだけれど、私のほうで、とうとうマスク用のゴムも、
ゴムの代用品のストッキングで作る柔らかいよく伸びる紐も、97枚目で
尽きてしまった。あと3枚だったのになあ。
実は明々後日、台湾から注文しておいたマスク用ゴムひもが届くんだけど。
まあ、それは、また続きを縫うことにしているので、大事に使おう。
次のを送るころには、一般用の不織布のマスクも、何より、医療用のN95などの
高機能マスクが、必要な人のところに十分にいきわたるようになっていて
ほしいのだが。
ほんとうにそれを何より願うのだが。



クウーママさん。ありがとうございます。
不織布のマスクは手に入らず、布マスクさえ手に入れにくい方々のところに、
これらの子たち、旅立っていきましたよ~。



* 念のため、再確認しておくが、布マスクには、コロナ感染予防の機能はほとんど
ない。自分の咳やくしゃみや会話などの際の息から飛ぶ大きな飛沫を多少は
食い止めるかもしれないが。

布マスク作りが流行っているようだが、そして自分もこうして作っているわけだが、
布マスクをしているからと言って安心なわけでは決してないのでご注意ください。
私も、何もしないよりはいいかもしれない、というそれだけの思いで作っている。



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『危機管理の要諦』 新型コロナウイルス考②


『危機管理の要諦は、最初に大きく構えて、そこから状況が
良くなると緩和する。
様子を見てから広げるのではなくて、最初に広げてだんだん
縮めていくのが普通の危機管理ではないか』


4月10日。東京都の小池百合子知事が新型コロナウイルスの感染拡大を
防止するための措置を発表した。人と人の接触を8割削減するためにも
一部施設への休業要請をするとした。
当初、知事は、政府が「緊急事態宣言」を出した7日には、すぐにも休業要請を
行なう対象施設を発表する予定だったのだが、国の『外出自粛の効果を見極めてから』
という意向(『横やり』と言う言葉は使わなかったけれども。彼岸花註)を受け、
発表が3日遅れたのだという。
7日に政府が出した緊急事態宣言。国は、それによる国民の外出自粛の効果を
待ってから、すなわちおそらくさらにおよそ二週間ほど様子を見てから、具体的
休業要請などをするという考えだったらしい。
しかし、それではますます、人の流れをとにかく止め感染を拡大するのを阻止する
という大事な目的のためのスピード感が失われ、せっかく出した『緊急』事態宣言、
というものの国民に与える緊迫感もそがれてしまうだろう。

私は、小池百合子という政治家をこれまで批判的に書いてきたが、今回の国との
考え方、意見の違いに関しては、小池都知事の方を強く支持する。
『危機管理の要諦は、最初に大きく構えて、そこから状況が良くなると緩和する』
というこの小池氏の言の明快さ。

対して、武漢での感染拡大が世界に知られ出した1月以降、万事において
対応の腰が引け、問題を先送りしたりどうも問題自体を矮小化したいのではないか?
と疑わせるような対応ばかりしてきて、結果的に打つ手が遅れていた日本国政府。
その理由がどこにあるのかは知らないが、私も、危機管理は都知事の言うこれこそ
大事なのではないかと常々思っている。そしてなによりスピードだ。

私たちは、今回のコロナ問題に限らず、東日本大震災、福島第一原発事故、そして
熊本や大阪などの大地震、さらに、昨今、毎年のように見舞われている大洪水などの天災
に対し、このことはいやと言うほど学んできているはずではなかったのか。
近づく大災害などに対する予測と対策は、最悪のケースを
想定しておくべきである。

すなわち、危機管理は最初に大きく構えて十二分に備えておくべきである。
あとになってそれが杞憂であったね、と笑い合うくらいでもいいのだ。


           *****


政府の動きは遅々として進まない、というよりこの危機に何を今やっているのか
布マスクを466億もかけて配ったり、芸能人の動画に断りなしに暢気な自分の動画を
リンクしたり、今この瞬間も困っている人々に給付するためのお金も、わかりにくい
制度設計をしてそれが困っている人たちの手に渡るのはいったいいつのことやら。
危機管理の全く体をなさない政府に業を煮やした都をはじめとする多くの自治体や民間が、
すでに至急手を打っていかなければならないことを、政府に先立ってやりだしている。
様々な識者が口を酸っぱくして言ってきた緊急の提言。
以下は、それらに私自身が付け加えておこうと思うことも含めて(その部分は青で書く。
この部分は全くの私見であることをお断りしておく。)まとめてみたもの。
個々の問題についての私の考えや詳しい動きはあとで書いていく。



1.医療崩壊を防ぎ、多くの人の命を救うために至急しなければならないこと

入口  PCR検査の拡大        
     ①検査数をとにかく増やす
     ②発熱外来を大至急設置・準備。
       できれば、院内感染拡大を防止するため、既設の病院内に作るのではなく、
       戸外の仮設テント・プレハブ・空き施設などで、問診、CT検査、PCR検査の
       検体採取などができるようにし、一般外来・病棟との動線を完全に分ける。
      ③ドライブスルー検査、ウオークスルー検査などの導入。
       その際の検体採取は、韓国の方法などに倣って、ガード越しなど工夫をして、
       医者への感染を防ぐ。また、鼻に綿棒を挿入する際にくしゃみをしてしまって
       飛沫が医者の顔にかかるのを防ぐため、患者自身に綿棒で採取させる方法を
       採用している海外の例なども参考にする。

      ④地域の国公立病院・私立病院などの医師・看護師などでネットワークを作り、
        輪番制を組む。
        特定の少数の感染症専門医療機関のスタッフの疲労軽減のためと、
        これからまた起こるかもしれないこうしたパンデミックの処置の経験を
        多くの医療関係者に経験してもらっておいたほうがいいという側面からも。

        できれば、ここで、医療関係者の抗体検査をしておく。
        抗体検査キットにはまだ問題があるというが、それでもおよそ、既にかかって
        抗体をもっている医療関係者がわかればそういう人々は少なくとも
        最前線にある程度安心して立ってもらえる。

         

               ↓                   
  患者の病状による仕分け

      ①無症状・軽症・中症・重症など、症状に合わせて、患者の収容先の仕分けをする。
      ②中症・重症の患者のための病院は、出来ればコロナ専門の病院を設定し、一般の
       病院と分けてしまったほうがいいのではないか。一般患者・医療関係者の感染拡大
       を避けるため。一般患者は、地域の別の病院に移せるなら移す。
       中程度の患者については、最初から、アメリカの野戦病院形式のような
       コロナ患者に特化した病院を設営できるならそのほうがいいと思う。 

      ③軽症者用の仮設病院を準備。大型展示場利用やホテルなどでもいい。
       ベッドを多数確保し、自宅療養を少なくする。
       『自宅療養』という美名の元での家族内感染を広げないようにするため。

     ④もちろんこの軽症者、経過観察の人たちをどこにいてもらうかという仕分けは、
       単身老人、老人や幼い子が同居者にいる、などの本人の事情を勘案、希望も
       聞いて、決定する。


              新宿区のモデル

               ↓
  治療  
       医療用高機能マスク、ゴーグル、フェイスガード、
      防護服、消毒用アルコール、など必須の装備を
      全力で整え医療の現場に届ける。

     ②人工呼吸器、ECMOなどの高度の医療機器を、大至急自国生産
      できる態勢を整え、量産に移す。
     ③機材装備などの手配だけでなく、ECMOなどを扱う医者・看護師、
      技術者などの養成を同時進行で
進めていく。
     ④退職した医師、看護師、医療技術者なども含め、圧倒的に足りなく
      なるであろう医療スタッフの確保も同時進行で進めていく。
     ⑤患者の移動など、自衛隊の力や民間の力も借りる。自衛隊には
      細菌テロなどを想定して専門訓練を受けた隊員、技官などがいる。
      新たに集めたスタッフの、例えば防護服の装着など、自らが感染
      しないための訓練などに力を借りる。
     ⑥ここでも一番大事なのは、汚染ゾーンと未汚染ゾーンをきっちり
      分けること。動線を交錯させないこと。

          ↓
 出口     退院に向けて
      ①退院する者の経過観察用の施設は大型展示場やホテルなど
       でもいい。ベッドを多数確保する。
       『自宅療養』という美名の元での家族内感染を広げないようにするため。
       ここは、食費などある程度は患者の実費でいいと思う。
       退院患者に関しては、フォローを十分にするとともに、適当な時期に
       抗体検査を行ったらどうか。
       データを収集し、新型コロナウイルスの特性をつかみ、後の治験に応用するため。


2.経済対策。とりわけ今生活に困難をきたしている人々の救済のために。
  以下、 * この〈2〉についての部分は、私の意見。


      今、思い切った手を打たなくてどうする。経済的理由のため、人が死んだりして
      からでは遅い。日本の企業の99.7%、国内雇用76.8%を占める中小企業。
      それらが経営破綻してしまってからでは遅い。コロナ終息後の経済のV字 回復など
      とても望めない。日本の経済は、大企業だけで成り立っているのではないのだ。
      フリーランスの人々、単身家庭、こういう事態で雇止めにおびえる非正規雇用の
      人々…弱いところにこそコロナ禍は大きく響くだろう。
      今、そうした経済対策を行うことは、コロナの早期終焉にも直結する。
      経済支援が得られて当面働きに出なくてよい人が増えれば、人ごみ緩和にも
      つながるのである。

     ①どういう形式でもいい。ここでもスピードが大切。
       国の対応を待ちきれず、自治体レベルでは、独自の経済救済策がすでに
       行われ始めている。
     ②職種、国籍などによる差別をしない。
     ③今だからこそ必要な、そして今だからこそ出来る経済振興策(→コロナ対策にもなる)
      を国、民間レベルで、知恵を総集し小さなことからでもいい、自由な発想で行いたい。
      そこから、コロナ終息後の新しい産業が生まれる契機となるかもしれない。
      日本のモノづくりの力を、今こそ発揮したい。すでに始まったかこれから
      始めるかはっきりしないが、自治体、民間からの動きの例。                   

       実例ⅰ〉 採用取り消しになった新卒者を市の職員として採用
       実例ⅱ〉 異業種によるマスク、フェイスガード、防護服などの緊急製造
       実例ⅲ〉 外国人技能実習者をマスク増産に
       実例ⅳ〉 ANAのアテンダント。マスク縫製に、という提案。
       実例ⅴ〉 ECMOの小型化に成功
       提案ⅰ〉 柔軟かつ自由な発想の雇用確保を。例えば、今だからこそ仕事を
             求める人を、これから大変になる農業支援や林業支援などに。
     ④今も、働かざるを得ない職種の人々(例えば、流通、医療・介護・看護、
       生活必需品の店舗の労働者、清掃などなど)への応援金のようなものの
       仕組みは出来ないか。一般からの寄付金募集も含めていい。
       医師、看護師らと同じ前線に立って働くにもかかわらず、研修期間という
       ことで無給、しかも感染しても何の保障も受けられない大学病院の無給医の
       問題も、この際解決して差し上げたい。
       テレワーク、出勤自粛などできっこない職種の人々が、今、この社会を
       支えている。そういう人々への配慮と感謝は不可欠だ。


          ドイツ。ベルリン市の例。
    ●ドイツの市民が「コロナ対策」に、こんなに満足しているワケ
    ●https://ameblo.jp/tigermaskfighter-4th/entry-12588372666.html


         *****

ここに書いたことは、私の全くの思い付きのようなことも含まれています。
不十分極まりないことは勿論承知。
しかし。何かせずにはいられない気持ちです。
この想いは多くの人に共通のはず。その多くの人の想いで、動かない(動いても
いるのだろうが的外れ。困難さはわかるが。)国を動かし、この困難な状況を打破したいです。



『春愁』 新型コロナウイルス考①』


『春愁』という言葉がある。
生きものが冬眠から覚め、多くの植物が芽吹き、やがて桜も咲き満ちる春。
美しい季節である。
しかし、ものみなすべてが目覚め活動が活発になる季節にもかかわらず、いや、
それだからこそ、この季節に深い憂愁やそこはかとない憂いに沈むことがある、
そういう心の状態を表す言葉だ。



2015_0404_143812-CIMG4025_20200407144437f2e.jpg
(5年前の桜の写真。桜をさえ晴れ晴れとした気持ちで見られない春が来ようとは。)



春、だけの愁いならいいのだが、今、世界が、先の見えない長い憂鬱と恐怖に
沈み込んでいる。それは無論、新型コロナウイルスという得体のしれない病気が
全世界を覆っているせいだ。

日本だけ、東京だけ、という流行であるならばまだ救いがあるだろう。いつかは
それは終息するだろう、という希望を持てるからだ。
しかし、この『COVID19』と名付けられたこのウイルスは、南極大陸を除く
すべての大陸に瞬く間に広がっている。
最初のうち、根拠のない楽観論でもって、
『インフルエンザと変わらない。インフルエンザの方が死者がたくさん出ている』
『暖かくなれば自然消滅するだろう』『梅雨になれば湿気で伝播力が弱まるだろう』
『若い者は感染しても症状が出ないか軽い』
などと語られていた予想の多くを次々に裏切って、それは、季節が逆な夏の南半球
でも湿気の多い東南アジア地区でも感染を広げ、「やがて遠くない先に日本で終息すれば
この騒ぎも終わりだ」という希望を打ち砕いているのである。

『姿が見えない』『終わりが見えない』ということがこの全世界を覆う憂いの
一番の原因なのではなかろうか。
出口の見えない恐怖、しかも姿の見えない相手への恐怖にひとは長くは耐えられない。
やがてひとは怖れ続けていることにも疲れて、用心深くあることを止め、ときに
自分の内心の『恐れ』を他人への攻撃や刹那的な快楽衝動に転化して、それでなくとも
愁いに満ちた社会をさらに混乱に落とすことにも加担しかねない。

私もまた、ずっと深い愁いの底に沈んでいる。
そもそもこの新型コロナウイルスのことがなくとも、昨年夫が亡くなって、
孤独な暮らしを始めたばかりのところだった。
その私は、夫が亡くなってからの日々を、夫がくれた贈り物、と考えていた
ところがあった。
私は肺癌患者である。一昨年夏ステージⅠBという診断を受けて、右肺中葉部を
切除した。左肺にも影があるので昨11月にはそちらも半分切除しましょう、と
言われていた。しかし、夫が死んで後の手続き、心理面も含むいろいろな
片付けも出来ていない中、自分がまた手術台に上がるのはきつい。担当医に話して
次の6月の再検査の日まで待ってもらうことにしていた。
待つことによって癌はもしかしたら進行するかもしれないが、それでも私は
半年の自由の方を選んだのである。
いわば、昨11月からこの6月までの半年余は、私にとってもしかしたら最後の
自由でまずまず元気でいられる残り日数であるかもしれない。
私は、その半年を、夫がくれた贈り物、と考えていたのである。夫がその死
によって与えてくれた自由。 『きみ。好きなことしなさい』、と。
私には時間がない。喪中だからいろいろなことは控えよう、などと気にせず、
これまでできなかったことをしてみよう。小さな旅行もしよう。などなどと。

しかし、新型のコロナウイルスは、私に残されたそんなささやかな希望の時間も
奪い去ってしまった。私は今はとにかく外に出て感染し人に迷惑をかけること
だけは避けようと、二月頃からほぼ家にこもっている。

こんなことは、私個人の事情にすぎない。それでも私にとっては重大なことだ。
同様に今。国民の一人一人がそれぞれに違う事情を抱えている。その事情は、
私などの我儘な願いなど比にならない切迫したものである家庭も多いだろう。
倒産寸前の工場や店。経済的困難と心・身の疲労の三重苦にあえぐ片親世帯や
介護の必要な家族を一人どころか二人三人と抱えている人や、住む家もなく
街路に暮らす人々にも、同じようにコロナの不安は襲いかかる…
人から人への感染をとにかく防ぐため、と、休業や操業停止の店舗や工場が
多く出て、そこで派遣切りや強制的休暇が多発すれば、それでなくとも身分や
収入の安定しない労働者が、即生活に困ることになる…

今。世界中の人々が、それぞれに違う事情を抱えて、それぞれに違う悲しみや
苦悩を抱えて、この新型コロナウイルスという厄災に向き合っている・・・
先日、イラクのシリア難民キャンプの青年の姿をテレビで写していた…
美しい青年だった。
だが。ああ…!なんという悲しい顔をしていたことか!
紛争の恐怖から逃れて故郷を捨てて難民にならざるを得なかった人々…
それが今、圧倒的な物資の不足や不衛生など不自由極まる難民キャンプで、
さらにコロナウイルスの感染にも怯えている。彼らには圧倒的に逃げ場がない。

あの華やかな大都会ニューヨークが、パリが、こんなことになろうとは。
武漢の戦い。イタリアの惨状。スペインの戦慄……インドなどの混乱、
これから蔓延が危惧されるアフリカ諸国の心配。……

テレビやネットなどで映し出される街々の人々の顔から笑顔が消えた。
ロンドンやパリの街角で、食料品などを買うためにいわゆる社会的距離を
取って黙然と並んでいる人々の表情のなんと暗いことだろう!
他者はいまやコロナウイルス保菌者である怖れのある危険な存在としてしか
見えなくなって、疑いと恐怖が人々の心にバリアを築いてしまうのである。
仮に笑顔が見えたとしても、それはコロナなど怖くない!という強がりの
笑いであったり、頬に張り付いた寂しげな諦めの笑顔であったりする。

日本から、世界から…笑顔がこのように消えていくとは、数か月前、誰が想像
していただろう。

今度の、新型コロナウイルスが世界に瞬く間に蔓延していくのを見て、
ある種の既視感を私は抱く。
それは、東日本大震災とあの福島第一原発事故のことである。さらに遡れば、
それは、例えば、チェルノブイリ原発事故と、そして9.11のことである。

こんな…!こんなことが起こりうるのか!
これは現実なのだろうか…

という、驚愕。

私たちがなんとなく、『明日も今日と同じような日が来るだろう』と信じている
その明日がそれまでの安寧への信頼を根っこから覆してしまうような悲劇の日
となり、自分たちの住んでいるこの世界、自分たちの立っていたこの大地が、
堅牢だと思っていたこの世界が、実は、非常にもろい砂上の楼閣のようなもの
であったということに気づかされる、その驚愕である。

・・・・・・・・・



今日は日本でも緊急事態宣言が出る。
武漢での新型コロナウイルス感染の報道がぼちぼちなされるようになってほぼ3か月。
この間思っていたこと。書きたいことは限りなくある。
一つづつ書いていこうと思う。





『キャンドル・ナイト 101』


あの日から9年の月日が過ぎた。
しかし、私があの日のことを忘れることは決してない。
波に呑まれゆく家々や車…なんと多くの人々の命が失われたことか…
そしてあの福島第一原発の『全電源喪失』という第一報を聞いた時のこと…
3月11日からの日々をどんな気持ちで過ごしたか。
それは私が生きている限り忘れることの決してできないことである。

毎月11日にキャンドルをともし続けて、昨7月、100回目を数えたのを機に、
毎月のキャンドル・ナイトには一応区切りをつけ、101回目からは、
毎年3月11日に灯そうと決めたのだった。
今日はその101回目。



CIMG0270.jpg



白いアリウム・コワニーの前に、いつもの小さな蝋燭をともす。
アリウム・コワニー。花言葉は、『無限の悲しみ』『くじけない心』だ。




私はなぜ、細々とキャンドル・ナイトを続けていたのか。
それは、『私は忘れないよ』ということを、誰か・何かに向けて誓う想いと、
ある人々・組織に向けて強く抗議するという想いが、ふつふつと途切れずに
胸のうちにあったからである。
今もその想いは少しも変わらない。

今日3月11日の朝日新聞『折々のことば』のコラムに、安東量子さんという
福島県いわき市で植木屋を営む女性のことばが載っていた。
被災地住民の葛藤を描いた彼女の著書『海を撃つ』から。

『誰かを助ける力が欲しい、痛切にそう願った』
『原発事故で生活の「底が抜けた」人々の間で「最後まで悲しむ人になろう」
と思った』



ああ!これなのだ!と思った。
「最後まで悲しむ人になろう」
私が、訪れる人もわずかな無名のブログで、毎月細々とキャンドル・ナイトを
続けてきたのも、この想いがあったからだ、と。

「最後まで悲しむ人になろう」「最後まで怒りを忘れまい」という
ある意味の決意を私もあの3月に立てたのだ。

9年という歳月・・・
原発事故という二重苦、三重苦を抱えてしまった福島は無論のこと、宮城や岩手などの
人々の生活再建もまだ遠い…ひとりひとりの抱えている悲しみや苦しみはみな違って、
単に堤防や住宅地の整備などハードの面が整いつつあるからと言って決してひとびとの
こころは一律に復興へ向かっているわけではないだろう。

希望は必要だ。希望を語ることは大事である。
希望なしに人は生きていくことは難い。
希望をひとは大いに語って欲しい。
だがその一方で、理不尽を悲しみ、それに怒り続ける人間があってもいいだろう。
おそらく安東量子さんの見守り続ける福島の人々の中には、事故後の風評被害や
故なき差別を含め二重三重の被害の中からでも、雄々しく希望をもって立ち上がろうと
し続けている人々がいるだろう。
一方で、福島の当事者であるゆえに様々なしがらみを抱えて、告発のことばを
呑み込まざるを得ず悲しみをも呑み込んでいる人々がいるだろう。

東京に住み当事者でもない私に何ができるか。安易に「わかる」などとは言えない。
だが、福島の、当事者であるゆえに言葉を呑み込まざるを得ない人々の代わりに、
原発政策を推し進めてきた人々、原発利権に群がり続けてきた人々(驚くことに
今もその体質は少しも変わっていない!)そして、美しい国土の喪失、なにより
人々の『日常の暮らし』を奪ったことに対し、責任をとらない為政者や東電の幹部など
への燃えるような怒りを、語り続けることはできる。
9年前、そう思った、あの原点に再び立ち戻ろう…


私は今、72歳。癌も抱えている。
あと何回、このキャンドル・ナイトは続けられるだろうか。
だがおそらくこれからも…生きている限り、私は悲しみ怒り続けていくだろう。
深い祈りの想いをもって、小さな蝋燭をともし続けるだろう。




南亭さんバナー②




心ひとつに キャンドルナイト




葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
また、バナー、お借りします。


プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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