『共謀罪法案に反対する ③』

2017年6月14日。今晩中にも、平成の悪法、共謀罪法案は、自公維新らによって
参院法務委員会での採決をもすっ飛ばしたかたちで、異例の本会議強行採決が
実行されそうだ。

国会の内・外において、必死でこの悪法の成立に抵抗している議員諸氏、そして一般の
市民に強い連帯の思いを伝えたい。
本当なら、私も、国会前に行って抗議の声を上げていたい・・・

この共謀罪法案は、テロ防止、オリンピック・パラリンピックを無事行うためのものなどではない。
それらは口実である。

共謀罪法を、このように国民にもその趣旨説明不徹底のまま、かくも急いで採決成立させたい
安倍政権の意図を、国民はもっとしっかり考えてもらいたい。

私が考える、共謀罪法案の真の意図は、以下の通りだ。

①警察権(とりわけ公安警察)の拡大強化。
②市民運動など政権に反対する運動の萎縮とジャーナリズムの体制批判萎縮。
③森友学園・加計学園問題からの視線反らし。
④アメリカからの要望(スノーデンなどはそれを指摘している)
⑤やがてもくろんでいる改憲のために、改憲反対言論・集会などの力をそぐこと。

簡単に書いているが、そのそれぞれに深い説明が必要だ。
また続けて書いてみる。

一つ言っておきたいことは、今回の共謀罪法案は、それだけを見ていては、その本質的危険が
本当にはよくわからないだろうことだ。
共謀罪法を理解するためには、戦前戦中の治安維持法がどんなものだったかを知る
必要があるだろうし、
安倍政権および自民党の共謀罪へのこだわりを読み解くには、敗戦前後の日本の
政治史をやはり知ることが必要だろう。

・・・かくしたのちに、すべては、安倍氏およびそれを取り巻く人々の、『現行日本国憲法を
否定し去りたい』という執念にたどり着く。というか、そこからすべては出発する。
安倍氏が3年後の2020年にもくろんでいるらしい日本国憲法の破壊。
そこへすべてが集約されていく。

彼らは何がしたいのか。
『国民主権』のシステムを破壊し、戦前の『国家主権』の社会に回帰することだ。
全く時代錯誤でおぞましい、理性的に考えてあり得ない野望なのだが、彼らは大真面目である。
彼らにとって、おそらく、天皇さえ主ではない。
『既得権益の岩盤規制を破壊する』と口では言いつつ、実際は、内閣総理大臣を
中心とした『行政権』のますますの強化、権力集中が目的であろう。
そのためには、国民、ジャーナリズムの反抗の牙を抜き取っておく必要がある。

物言えぬ、おとなしい国民を作り上げること。
通信傍受法(盗聴法)改悪、秘密保護法、マイナンバー制度、共謀罪法・・・
そしてすでにとっくに為された教育三法改定など教育への過介入(森友・加計学園問題は
これと無関係ではありません)・・・。
これらはみんな、密接に結びついている。

そんな、一内閣による、国の姿そのものの破壊を、みんなは黙って許すのですか?




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『日本国憲法施行の日に』

一昨日5月3日は、日本国憲法が施行されて70年目の日だった。
昨年の5月3日。私は、江東区有明にある東京臨海広域防災公園で開かれた、
憲法を守る『5・3憲法集会』に行っていたんだった・・・
だが、今年は、そういうことも出来なくなってしまった・・・家を空けられなくなったからである。
今年も同じ場所で行われた憲法集会の様子をテレビなどの報道で見ながら、複雑さと
寂しさの入り混じった思いでいた・・・

集会やデモなどには出られなくても、私に出来る、改憲への動きに対する断固抗議の
表明は、やっぱりきちんとしておかなくては・・・。
言うべきときに物言わず、一生後悔するような愚は繰り返したくない。

今、衆参両院では、『静かな環境』のもと(国民の目に見えにくいということと同義だ)、
憲法審査会で、憲法のどこを改訂するのかなどということが話し合われている・・・
この3日には、安倍晋三首相は、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と表明。
改正項目として9条を挙げて『1項、2項を残しつつ、自衛隊を明文で書き込む』という考え方
を示した。いよいよ。首相が、改憲に、具体的に、表だって、動き出してきた!!!
衆参両院における改憲発議のための要件である三分の二、という議席を獲得してからは、
もう、何も遠慮することはなくなっている。

私たち国民は、いつまで知らん顔を決め込んでいる???
憲法は、私たちの暮らしだけでなく、生き方そのものをがらりと変える力を持っているのですよ!


私は、昨年の11月3日。現日本国憲法が公布されて69年目の日に、こんな記事を書いている。
『日本国憲法公布の日に』
もう一度、いや、何度でも、再掲したい。
憲法が『改悪』されてからでは遅いのだから。


                     ***


         『日本国憲法公布の日に』
             (これは、2016年11月3日に書いた記事の再掲です)


こんな調査のデータがある。
ご覧になったことおありだろうか。


世界の憲法に謳われている権利ランキング


これは、今からちょうど4年半前、2012年5月3日付の朝日新聞に載っていた
記事中のデータである。
本文を、下の方に引用させていただくが、簡単に言うとこういうことだ。

                   ***  

2012年、ワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授と、バージニア大学の
ミラ・バースティーグ准教授が、成文化された世界のすべての憲法188カ国分を分析した。
第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、
国民の権利とその保障の仕組みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるように
した
のである。
上の表は、その結果のうち、日本とアメリカを比較したもの。

少し説明しよう。
ご存じのように、私たちの日本国憲法は、今からちょうど70年前の1946年11月3日に
公布され、翌年1947年の5月3日に施行された。
私たちの憲法は要するに今から70年前に作られたのだが、信教の自由、報道・表現の自由、
平等の保障、集会の権利、団結権、女性の権利、移動の自由の権利、労働権…などなど
以上にあげた国民の諸権利を、70年前にすでに憲法で国民に保障している、
極めて先見性に富んだものであって、それは今も、世界の憲法の最先端を行っている、
ということなのである。


アメリカの合衆国憲法と比べてみよう。
アメリカ合衆国憲法では、日本国憲法で保障されている『団結権』『女性の権利』
『移動の自由』『労働権』『教育の権利』『違憲立法審査権』『身体的権利』などが
2012年のこの時点でまだ成文化されていないのである!


横軸に、『1946年』『1976年』『2006年』とあるが、この下の数字列が何を意味するかというと、
たとえば、『女性の権利』でいえば、1946年の時点では、世界の憲法中、それを
明文化してある割合は35%しかなかった、ということである。ところが1976年には70%、
2006年には91%の国で、憲法に『女性の権利』が謳われることになった、ということである。
『身体的権利』については、いまだに79%の国でしか憲法で保障されていない。
日本ではどうか。

奴隷的拘束・苦役からの自由(18条)
適正手続を受ける権利(31条)
不法な身体拘束からの自由(33条)
理由の告知・弁護人依頼権を与えられなければ抑留・拘禁されない権利,正当な理由なく拘留されない権利(34条)
令状がなければ住居侵入・捜索・押収されない権利(35条)
拷問・残虐な刑を受けない権利(36条)
公平な裁判所の迅速な公開の刑事裁判を受ける権利,刑事被告人の証人審問権,弁護人依頼権(37条)
自己に不利益な供述を強制されない権利(38条


…こんなに多くの条項で、国民が不当に身体的拘束を受けないよう、憲法で守っているのである!
既に70年も前に。
『アメリカから押し付けられた恥ずかしい憲法である!』、と、今、一部の人々が
これを根本から変えてしまおうとしている私たちの現行憲法は。


最後の60番目に挙げられている『武装する権利』のところを見てみようか。
当然アメリカは、憲法でこれを保障している。だが日本では、ご存じのように、憲法第9条
で不戦の誓いをし、『戦力はこれを保持しない』と謳っているので、この項目は×印に
なっている。
今、自衛隊を今のあいまいな位置づけから『国防軍』と明確に位置づけ、内閣総理大臣を
その最高指揮官と位置付け、国民にも国とともに国土を守ることを義務付けした
憲法草案が、自民党によって出されている。
『軍隊を持つ普通の国』と、総理やその周辺の人々などは盛んに言うが、しかし、
この表を見ると、憲法で『武装する権利』を明文化などしている国は、世界の188カ国中、
わずかに2%しかないのである!
しかも、それは、1946年の10%から、2006年の2%へと、減ってきているのである!



               ***

この調査は、今日本を分断する『護憲か改憲か』、などという二項対立から全く離れたところで、
アメリカの大学教授たちが客観的に行った調査である。
『日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もあるが』
という問いに対して、デーヴィッド・ロー教授の言った言葉。
『奇妙なことだ。日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固
だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する
政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか』




この言葉を、改憲を目指す政府与党だけでなく、憲法のことをあまり考える機会の少ない
国民全員に、11月3日というこの日に、もう一度しっかり噛みしめてもらいたいと、私は思う。

確かに、ドイツ、カナダなど、憲法の条文を何回も変えて、時代や環境に合わせるように
改善してきた国はたくさんある。
だが。 これらの国々に見る通り、

憲法をもし変えるのであれば、前のものより優れた
ものになっていなければならないはずだ。

およそ先進国とも名乗る国で、憲法を改悪する国などどこにあろう。

世界にこうして誇れる私たちの日本国憲法が70年前に公布された
この日が、それを時代に逆行する悪法に変えようとしている勢力によって、
復古主義的な『明治の日』に変えられることなど、私は断固として反対する。



               ***


   『日本国憲法、今も最先端 米法学者ら、188カ国を分析』
                  2012年5月3日付「朝日新聞」          
世界に民主化を説く米国の憲法は、急速に時代遅れになっている。一方、日本の憲法は今でも先進モデル――。米国の法学者たちが世界の国々の憲法をデータ化して分析した結果だ。日本の憲法は3日、「65歳」になるが、世界の最新版と比べても遜色がない。
■最古の米国、時代遅れに
 分析したのは、ワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授と、バージニア大学のミラ・バースティーグ准教授。対象は成文化された世界のすべての憲法188カ国分。
 第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、国民の権利とその保障の仕組みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるようにした。
 それを見れば、時代とともに新しい人権の概念が生まれ、明文化された流れが読める。たとえば、女性の権利をうたった憲法は1946年は世界の35%だけだったのが06年は91%に、移動の自由も50%から88%に達した。最近では、お年寄りの権利も上昇中だ。
 国別に見ると、国際情勢の断面が浮かぶ。独立後間もない18世紀に定めた世界最古の成文憲法を抱える米国は、長らく民主憲法の代表モデルとされてきた。だが、この研究の結果、特に1980年代以降、世界の流れから取り残される「孤立」傾向が確認された。
 女性の権利や移動の自由のほか、教育や労働組合の権利など、今では世界の7割以上が盛る基本的な権利がいまだに明文化されていない。一方で、武装する権利という世界の2%しかない「絶滅」寸前の条文を大切に守り続けている。
 米連邦最高裁判所のギンズバーグ判事は、民衆革命を昨年春に遂げたエジプトを訪ねた際、地元テレビでこう語った。「今から憲法を創設する時、私なら米国の憲法は参考にしない」。憲法の番人である最高裁判事自らが時代遅れを認めた発言として注目された。
 米国に代わって最先端の規範として頻繁に引用されるのは、82年に権利章典を定めたカナダや、ドイツ、南アフリカ、インド。政治や人権の変化に伴い改廃を加えてきた国々だ。憲法の世界でも、米国の一極支配から、多極化へ移っている現実がうかがえる。
■不朽の先進性、実践次第
 一方、日本。すぐに思い浮かぶ特徴は戦力の不保持と戦争の放棄をうたった9条だが、シカゴ大学のトム・ギンズバーグ教授によると、一部でも似た条文をもった国は、ドイツのほか、コスタリカ、クウェート、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ハンガリーなどけっこう例がある。
 世界から見ると、日本の最大の特徴は、改正されず手つかずで生き続けた長さだ。同教授によると、現存する憲法の中では「最高齢」だ。歴史的に見ても、19~20世紀前半のイタリアとウルグアイに次いで史上3番目だという。
130502kenpou  だからといって内容が古びているわけではない。むしろ逆で、世界でいま主流になった人権の上位19項目までをすべて満たす先進ぶり。人気項目を網羅的に備えた標準モデルとしては、カナダさえも上回る。バースティーグ氏は「65年も前に画期的な人権の先取りをした、とてもユニークな憲法といえる」と話す。
 ただ、憲法がその内容を現実の政治にどれほど反映しているかは別の問題だ。同氏らの分析では、皮肉なことに、独裁で知られるアフリカなどの一部の国々も、国際人権規約などと同様の文言を盛り込んでいるケースが増えている。
 「同じ条文であっても、どう実践するかは国ごとに違う。世界の憲法は時代とともに均一化の方向に動いているが、人権と民主化のばらつきは今も大きい」。確かに日本でも、女性の権利は65年前から保障されてはいても、実際の社会進出はほかの先進国と比べて鈍い。逆に9条をめぐっては、いわゆる「解釈改憲」を重ねることで、自衛隊の創設拡大や海外派遣などの政策を積み上げてきた。
 日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もある。それについてロー氏は「奇妙なことだ」と語る。「日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか」(ワシントン=立野純二)」



『あなたの明日を選ぶ』


『 (略)・・・ニュースピーク〈二重思考〉過去の可変性。彼は、自分自身も怪物になっている
奇怪な世界で道を失ったまま、海底の森のなかをさまよっているような気がした。一人ぼっち
だった。過去は死に、未来は想像の外今生きている人間がたとえ一人でも自分の味方に
なるという保証がどこにあるというのだ?
 そして、党の支配が決して永遠には続かないなどと
どうやったら知ることができるというのだ?
 そうした問いに答えるかのように、真理省の白い
壁面に掲げられた三つのスローガンが再び目に飛び込んできた。

 戦争は平和なり
 自由は隷属なり
 無知は力なり』
  



             ***


上の文は、今から68年前の1949年、第二次世界大戦が終わった2年後に、あるイギリスの作家が
出した小説の中の一節の引用である・・・。

なんという題名の本かなどということを明かす前に、引用文中の赤字部分の言葉の
説明をしておこう。なぜなら、これらの言葉は、このフィクションの中で創設された言葉
でありこの本が描く世界の中心概念だから、であって、これらを理解すれば、およそ
この本の概要も読まずともつかめ(読み通すにはあまりにも暗い本である!)、また
私のこの記事の主題もこの中にあるからである。

①『ニュースピーク』(new speak) : この小説の舞台となっている(架空の)国家『オセアニア』
    における公用語。この国家の掲げるイデオロギーにとって『異端』であり国家支配のために
    邪魔な思考を、ひとびとの思念そのものから排除するために改変された新語法。
    国家にとって好ましくない旧来の語彙はすべて削除されている。人々に科学的思考を
    もたらさないよう、science(科学)などという言葉自体が抹殺され、democracy(民主主義)などと
    いう語も、もはや存在しない。
    残された語彙でも、好ましくない意味は改変あるいは縮小されてしまっている。
    たとえば、『free』という言葉は、もはや『政治的に自由な』『知的に自由な』などという意味は
    抹消され、『この犬はシラミから自由である』というような使われ方しかしない。
    ニュースピークは、人々の思考を『縮小』させ愚民化して、国家による管理を
    さらにしやすくするために考案されたものである


②『二重思考』(doublethink): 矛盾した2つの概念も同時に受け入れる ことができるという
   オセアニア国民に要求される思考能力。たとえば、権力者が『2足す2は5である』、
   『これは黒だ!』と言えば、国民は、『これはどうしたって白だろう』と思う、その
   自分の本来正しいと思う現実認識さえも自己規制して、それを信じるようにならねば
   この国家で生きていくことが許されない。
   権力の求める思想に背くことは許されない。人々は、どこにいようが、その内面まで
   テレスクリーンという一種の双方向テレビや思想警察によって常時監視されている。

   反体制分子とされるものは過酷な尋問拷問にかけられる。そうして最終的に
   真に内面までも党を愛するようにならなければ、処刑抹殺される。この国では
   もはや、『思想・良心の自由』などと言うものは存在しない。『内面・思考の自由』すら
   監視・統制されている。
   その監視を行っているのが、『愛情省』である。

③『過去の可変性』:ニュースピークの元では、好ましくない旧来の語彙がめまぐるしく削除改変
   されていくので、過去の書物や記録も、常時上書きが行われている。これにより、権力にとって
   好ましくない過去は、記録からも、人々の記憶からも抹殺されて『そもそもなかった
』ことに
   されてしまう。その過去の改ざん、また現実の糊塗を、大々的組織的に担当しているのが
   『真理省』である。



              ***


どうだろうか。これは、70年近く前の近未来小説なのであるが、世界が今、向かっていこうと
している社会を創造させて、私にはそら恐ろしい。

この引用文は、イギリス、ジョージ・オーウェル作のディストピア(ユートピアの逆。暗黒境)
小説、『1984年』である。
(ハヤカワepi文庫、高橋和久訳による)
世界が大きな三つの全体主義国家によって分割統治された近未来世界の恐怖を描く。


CIMG7201.jpg
 (表紙についた白い埃のように見えるのものは、そういうデザインです。念のため。><)



正直に言えば、実はこのオーウェルの小説は、彼が1936年、スペイン内戦で
共和政府の義勇軍に参加したとき、共和制を守りファシズムと戦うという本義を
そっちのけに、派閥争い、主導権争いを繰り広げたスターリニズムの粛清の実態を
見て、ソ連型社会主義に対する憎悪と批判を抱くようになった、一種の『反共小説』
なのだと言われている。
だが、全体主義の恐怖は、何も共産主義社会に限らない。民主主義を標榜し、
自由主義社会と名乗る国家にだって、全体主義の思想はあっという間にはびこっていく
ものである・・・
オーウェルは、決して、単なる『反共主義』などという括りに入れられるようなそんなものを
目指して、この恐ろしい小説を書いたのではないと、私は思っている。
彼が描いたディストピア(暗黒世界)の萌芽は、至るところに現在も見られるものなのである。
オーウェルが設定した1984年はとっくに過ぎてしまったけれど、その30年後の今、
この空想小説が描く暗い世界に私たちは近づいているようで、この10行に満たない引用
の中にさえ、オーウェルがこんな世界を来させたくないと想像したディストピアと私たちの
選ぼうとしている世界のいやな近似が見られるのである。
白を黒と言い含められ、内心『白ではないのかな』と思いつつも、支配者が『これは黒だ!』
と言えば、『そうか。黒なのか・・・』と納得するしかない、『二重思考』の世界は、
ああ!トランプ政権の言い草ややりくちと、なんと酷似しているのであろう!
明らかにオバマ大統領の就任式よりは少ない会衆の数を、『史上最大の聴衆だった!』
と報道官に言わしめ、それを記者らに事実誤認ではないかと追及されると、トランプ新政権の
大統領顧問ケリーアン・コンウェイ氏はそれを『オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)』
だ』と言って、言い抜ける・・・。

『オルタナティブ・ファクト』という言葉と共に、アメリカでは、このオーウェルの『1984年』
が、元々学生たちの必読図書ではあったのだが、それを超えて、書店で大きな売り上げを
示しAmazonでは売り上げ一位になったという・・・。

アメリカなど海外の話だとばかり言って済ませてはいられない。
この小説が描くディストピア世界を、この日本が、先進国の中で一番早くしかも深刻に、
潜在的に招来しつつあるのではないかと、私は思っているのだ。

ニュー・スピーク。権力者に都合の悪い言語をとことん削っていって、言語そのものを
単純化、目的のための手段化してしまう、ということは、この日本で気がつかぬうちに
実は進められていることである。あるいは、私たち国民自身が自ら好んで進めていって
いることではないのか。
そんな馬鹿な!とお思いだろうか。
では。この政権下で文科省が強力に押し進めている、国立大学の人文・社会科学系
学部・学科の規模縮小化、という流れはどうであろうか。
小泉政権、第一次、第二次安倍政権・・・で進められている国立大学への『交付金』
という名の締め付けで、人文・社会科学系学部の哲学科や社会学科、史学科、宗教学科など、
また理系学部でも基礎数学、基礎工学などの、経済効果とすぐに結びつかない学問は、
この国では規模縮小どころか存廃の危機にさらされている・・・

『哲学科』などがなぜ大事なのか、と問う人もいるだろうか。
私自身も哲学という学問には全く弱い。古今の哲学者の著作も全く読んでいない。
だが。哲学、基礎数学など、そうした学問の重要性はとてもよく認識しているつもりである。
哲学は、あらゆる学問の女王である、とも言われているそうだ。
それはなぜか。
・・・今、『なぜか』と私は問うた。・・・まさにそこだ。
哲学は、『何故か』を問う。基礎数学もそうだ。
哲学や倫理学、宗教学、基礎数学などが大事なのは、それらが、人間の思考を鍛え上げる
学問だから、である。人間の認識そのものを問う学問だからだ。宇宙を含めた『存在』
そのものを問う学問、といってもいい。
史学や社会学も言ってみればそうだ。人間とは何か。人間はどう生きてきたのか・・・。
今どう生きているのか・・・。

日本でそのような学問の教育の場が縮小されていきつつあり、また学生自身も
そのような基礎的学問の重要性をあまり理解していないのではないかと思われ、
就職に有利な実利的学部学科を専攻する傾向があるのに対し、たとえばアメリカの
理工学部出身者は、大学院で専門科目を学んだのち、あるいはそれと同時に、
人文教養学系の学部に入り直して、哲学などを学ぶものが多いという。
それは、彼らの専門とする理工学をさらに極めていくためにも、科学系にこだわらない
幅広い視野や深い視点を身につけるのに、こうした人文教養系学問分野の重要性を
彼らが理解しているからである・・・
フランスでは、高校において哲学は必修科目であるという。(日本では『倫理』は
社会科選択科目の一つであり、文科省資料によれば、その履修率は、わずかに37%)

こんなドキュメンタリー映画がある。
フランスのセーヌ地方のZEP(教育優先地区)にあるジャック・プレヴェール幼稚園。
そこでは、3歳~5歳の子どもたちが哲学を学ぶという世界的に見ても画期的な取り組みが
行われていたのだが、これは、その様子を2年間にわたって密着取材したドキュメンタリー映画
なのである。
まずはなにも言わない。予告編だけでも十分である。是非見てほしい。





一方、ほぼ同じ年齢の子供たちの通う、日本の森友学園の幼稚園では、教育勅語を
子供たちに暗唱させる。いったん事あれば天皇のために臣民は命を投げ出せ、と言うものだ。
これを日本の安倍政権は、憲法や教育基本法に反しない範囲であれば、道徳など
教育の場で使っていいと、閣議決定までしてその復活を無理矢理認めてしまった。
そしてこの幼稚園では、子供たちに運動会の宣誓で、こんなことまで言わせている
のである。

大人の人たちは、日本がほかの国々に負けぬよう 尖閣諸島、竹島、北方領土を
守り 日本を悪者として扱っている中国 韓国が心改め 歴史教科書で嘘を教えないよう
お願いいたします

そして、子供たちはさらに、『安倍首相ガンバレ!安倍首相ガンバレ! 安保法制
国会通過よかったです!』
と、大きな声で叫ぶのである!




無論、子供たちに罪はない。大人が言えといって言わせているだけだ。
しかし・・・上のフランスの幼稚園と、なんという違いであろう!

ジャック・プレヴェール幼稚園の哲学の時間。
『みんなは頭の中で何かをする』と、先生が言う。すると、一人の小さな子が手を上げて、
『考える!』と答えるのである。先生は言う。『言葉を出して話すんだ』と。
これは、3~5歳の子が、すでに、『人間は「ことば」を使って思考する』という認識に
近づいていると言うことを示しているのだ。・・・すごいことじゃないか?

一人の子は、『貧しい人はどうやって貧しくなるの?』とつぶやく・・・

また。『愛』についてみんなで考えようとしているとき、一人の子が『結婚はよくない』と
つぶやくと、別の子が、揶揄するようにブーイングのような声を出すのだ。すると、
もう一人別な子が、『彼の話を聞けよ』と言ってたしなめるのである。
先生は別の場で言う。 『人と意見がちがうこともあるの』と。
子供たちはここで、人の考えにはいろいろあること。その多様性を認めることを
自然に学んでいく。と言うより、自分たちで考えて見つけていくのである・・・・・・

森友学園の教育方針がどうあろうが、それも多様な考えの一つであると言うことは
認めよう。だが、大人たちがまだ幼い子供たちに、教育勅語を丸暗記させ、特定の
国への排他的表現を、あろうことか幼稚園の運動会の子供たちの宣誓の代わりに
言わせる・・・
安倍総理ガンバレ!と、そんな場で言わせる・・・

あなたは、自分の子供たちを、どちらの幼稚園に入れたいと思うだろうか・・・
それも、選択は自由である。

(余談だが、『ジャック・プレヴェール』は、フランスの詩人で、あの有名なシャンソン
『枯葉』の詩を書いたひと。また、『天井桟敷』のシナリオを書いた人でもある。
フランスでは、国語教育が重視され、子供たちにヴィクトル・ユーゴーやラ・フォンテーヌの詩など、
古今の詩や小説の名作の暗唱をさせるそうだ。フランスの誇る詩人の名を冠する
幼稚園と・・・教育勅語を暗唱させ・・・あとは言うまい。)



だが。
一国の総理、およびその夫人が、このように特定の教育思想を持つ学園に共感し、
森友問題が報道で大きく取り上げられるようになるまでは、それを褒め称えるような言を
公に述べていたこと。
しかも、夫人が、この森友学園に新設される予定だった小学校の名誉校長に
なることを頼まれて、結局、問題が大きくなるまではそれを良しとしていたこと。
総理本人も、きっぱり断りはしたらしいが(それは信じたいが。)その小学校に
『安倍晋三記念小学校』と言う名前を籠池氏側がつけたのが、寄付金集めなどに
利用されたことなど、こういうことが、国民みんなの代表であって、国全体を預かる
総理大臣およびその夫人によって為されていったいいいのであろうか?!

国家公務員法』
第七節 服 務
(服務の根本基準)
第九六条 すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、
且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。

また、日本国憲法第三章
第十五条第二項 すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。



内閣総理大臣は、国家公務員法第二条第三項に掲げられている通り、立派に
国家公務員である。
国家公務員に『一般職』と『特別職』があるうちの『特別職』に
あたる。
つまり、内閣総理大臣も、すべての公務員同様、
『全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。』のである!

安倍総理およびその夫人が、特定の思想を持つ一学園に、過剰に見える肩入れを
していると国民に思わせるような言動は、厳に慎まねばならないのではなかろうか。
私は、森友学園問題の、問題の本質は、ここにこそあると思っている。

森友学園に対する国有地払い下げに関する一連の異常に見えるほどの優遇ぶりは、
そこから派生した問題に過ぎない。
この問題に関する安倍総理夫妻の罪はおそらく問えないであろう。
昨日、安倍氏は、東京・銀座の松坂屋銀座店跡地に完成した複合商業施設「GINZA SIX」
のオープニングセレモニーの挨拶で、そこに山口県の物産があるかどうかについて、
『おそらくあるんだろうと思います。よく私が申し上げたことを忖度していただきたい』
と、『忖度』という問題の語を逆手にとって冗談にして言った。それは大いに笑いを誘った・・・

『私が申し上げたことを忖度していただきたい』
なんという傲慢、なんという思い上がりであろう!今の今、こんな言葉、冗談になるものか。

『忖度』。
権力者の周りにいる者が、権力者の意を『忖度』して、つまりその意を汲んで、
権力者の暗に希望することを叶える・・・
今回、森友問題に関し、また、安倍昭恵氏の私的か公的かは知らぬが活動に関連し、
財務省、大阪府などの官僚、公務員を巻き込んで、おそらく数え切れないほどの
『忖度』が行われたのではないかと、疑われているこのときにこの冗談、である。

国家公務員としての安倍総理、また財務省などの官僚、大阪府の職員・・・

『すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない』
という日本国憲法、国家公務員法に、彼らは違反してはいないのだろうか?
『忖度』する罪。またその『忖度』を当たり前のことのように阿吽の呼吸で促し受ける罪・・・
これは罪になるであろうか。法律上の罪を問えるであろうか。
・・・おそらく問えまい。明確な証拠でもない限りは・・・
だが。倫理的、道義的罪は、明らかにそこに存在しうる、と私は思っている。
一国の代表などという権力者が、ある意向を持つ・・・当然周囲はそれを『忖度』するのである。
『忖度』は、明らかな命令などとは違い、法的拘束力も持たない、責任の所在もわからなく
なってしまう不明確なものである。
だが、『忖度』は、時に『命令』と同様に、一国の政治をも動かしてしまいかねない怖い力を
持つものである。
みんなが権力に『忖度』するように社会がなってしまったとしたら・・・それがまさに
オーウェルがここで描くディストピア・・・暗黒の世界である。

              ***


『倫理』『哲学』の問題と、ジョージ・オーウェル『1984年』の話に戻ろう。

日本では、国立大学の文系、社会科学系統の学部・学科が、政府の政策として
縮小化、ひどい場合には、存続の危機にまで至りそうな状況である一方で、フランスの
幼稚園では、『哲学』の問題を、3~5歳の子供たちに考えさせてみる・・・。
そしてそこでは子供たちが、『人間は、「ことば」でものを考えるのだ』という認識に
近いものを得る!
なんという違いであろうか。

『言葉』への深い興味と、厳密な『言葉の定義』への関心や畏れなくしては、これらの
学問は成り立たない。
なぜなら、人間の思考は、まさに、『言葉そのもの』によって行われているからである。
私たちは黙っていても、常に『言葉』を使ってものを考え感じている・・・

『言葉』をないがしろにする政治、言葉を扱う基礎的学問を軽視する政治は、
オーウェルの極端に描いた、ニュースピークの世界・・・支配者にとって都合のいい言語だけを
国民に使わせるようにし、国民に思考を促すような無駄な言葉は徹底的に抹殺する
ディストピアと、その醜悪さにおいてどこがいったい異なるだろう?

一方国民の側も、ニュースピークもどきの言語統制を、自ら進んで受け入れるという
素地が、ひょっとしてすでに身についてしまってはいないだろうか?
面倒くさい思考を避ける・・・自分に関係したことにしか興味がない・・・手っ取り早く
必要なだけの情報が得られればとりあえずそれでいい・・・

先日朝日新聞に、『大人は本を読め読めと言うが、何故本を読まなければならないのかわからない』
という若者の投書について、読書は必要、必ずしも必要ない、双方の意見が載せられていた。
確かに今は、スマホやその他便利な情報機器で、手っ取り早く必要な情報は簡単に得られる。
読書など必要ない、と言われれば確かにそうで、読書しなくても人間は生きていける。
読書はするが、難しいものは読みたくない、というのもわかる。

だが。私は、読書というものは、一つの、精神の格闘であると思うのだ。
ぱっと読んだだけではすぐには理解できない文を、ぐ~っと集中して読み込む・・・。
知らない語彙も多くあるだろうが、調べて意味を知る。あるいは文の前後関係から意味を
類推してみる・・・
すぐには承服しがたい意見や考え方も、拒否反応してしまうのでなく、といって、『わかるわかる!』
とすぐに同調することがいいというわけでもなく、論旨を追いながら様々な思考回路をたどって
いくことを不断に意識せず訓練することによって、その人の言語能力や思考能力は自然と
鍛えられていく。
なんと、フランスの幼稚園児が、『彼の話を聞けよ!』と諭した、あの知恵!

言語能力を鍛えると言うことは、その人の思考能力や、そして感性までもを研ぎ澄ませていく。
なぜなら、人は、言語によって思考し、言語によってものをより豊かに『感じ』もするからだ。
たとえば、美しい桜を見て、『まじ、やべえ!』と言うのが、言葉を尽くして文学的表現で
花の美しさを語るのに劣るとは決して思わない。それはそれでそのときの正直な感覚の発露だ。
だが、その花を見て美しいと思ったその経験を、自分の中に自分のこととして取り込むとき、
あまりに少ない語彙で、あまりに貧弱な語数でもって収めるしかない、というのは少々
残念ではなかろうか。そういう経験は、その場限りに浅く終わってしまうのではあるまいか。

先日、大岡信氏が亡くなられた。朝日新聞で過去に長らく『折々のうた』という
わずか200字ほどの小さなコラムを続けてこられた・・・。 自ら詩人でもある氏が、
日本の短歌、俳句、漢詩(読み下し)、川柳、近現代詩、歌謡などのなかから、
毎日1つをとりあげ、それに対する解説を行うというものであった・・・。
上で、『どうして読書など必要なのか』という若い人の疑問を取り上げたが、私は、
大岡氏のコラムに、その問いに関する一つの答えがあるのではないか、と思っている・・・
それは、『言葉による再体験の楽しさ』である。

人はどんなに頑張っても、一回きりの人生しか生きられない。
だが。読書は、その一回きりの人生を、二回も三回も・・・ある意味無限に近いほど
生きさせてくれるのである。
それは、過去に生きた人々・・・今を生きているが、遠くにいておそらく一生会うこともない
だろう人々・・・それらの人々の想いを、追体験あるいは再体験させてくれる。
『折々のうた』は、それを、これ以上ないほどに、ぐうっと鮮やかに凝縮して、味わわせて
くれるコラムであった。古今の・・・時空を超えた美しく素晴らしい言葉を、優れた詩人
でもある筆者が選び抜いて、そしてそれに短い解説をつけてくれるのである。
つまり私たち読者は、一つのコラムで、過去の素晴らしい詩などと大岡氏の思念との
両方に同時に出会うことが出来たのである・・・

無論、こうした経験は、読書のみによらずとも、映画や音楽、絵画、旅行、また人と話すこと・・・
あらゆる機会を通じてあらゆる方法で体験できるものではある。
だが、読書、ということは、人間の思考の道具である『言葉』を直接味わう、という点において、
どの手段よりもおそらく人間の感性を鍛え、また、なによりもその範囲が広く、居ながらにして
時空を超えて見知らぬ世界と会える、素晴らしい旅の手段でもあると言えよう。

閑話休題。

言語は、戦う能力でもある。
今、社会は、ニュースピークや、オルタナティブ・ファクトではないが、無法なことも無体なことも、
単純な言葉の繰り返しをとにかく重ねることによって、それが通用してしまう!という、
いわば、『言語の無力時代』に突入しているように私には思えて仕方がない・・・
『テロ対策法案』と繰り返し言えば、当初『テロ』という文言が一つも入っていなかった法案も
なんとなくいいもの必要なもののように国民に受け入れられてしまう時代である。
2020年東京オリンピック、を持ち出せば、なおさらそうかな必要かな、と思わせてしまう。
「テロ対策のために欠かせないと言いながら、『テロ』という文言は入っていないじゃ
ないですか!」と、社民党の福島瑞穂議員に指摘されて慌てて、『テロ』という文言を
文中に付け加えた『組織犯罪処罰法改正案』の本当の目的は、いったい何なのか。
私にはそれは、国民の言論や内心の自由を縛り、縛れないまでも『萎縮』させるという
効果を狙ったもの、国民を操作しやすくするための法案としか思えないのである。
『共謀罪法案』として自民党が何度も提出して、国民の反対を受けて引っ込めてきた
ものだ・・・
かつては、あのおぞましい『治安維持法』として、国民の自由を奪ってきたものと
同じ系列にある・・・

国民は、心して覚えておかなければならない。
言論を縛るような方向に持って行きたがる政権などというものはろくなものであるはずがない。
ましてや『共謀』の罪の範囲を広げてそれを明確に法制化し、国民の内心の自由や
集会結社の自由などという、現行憲法に保障された、人間にとって最も大切なものの
一つである『自由権』を縛る方向に持っていこうとする政権などは、決して選んでは
いけないのである。
同時に、自分たちの利益になるように法や憲法を変えてしまおう
とする政権の時に、彼らに法や憲法をいじらせては絶対にならない!!!


私たちは、内面の自由、考える自由は死守しなければならない。その潜在的力としての
『言語』も、わたしたちは、意識して鍛えておかなければ・・・。


いまの私たち日本人は、そのことにあまりにも無自覚である。
『言語による戦い』の力を放棄した者は、容易に権力の『巧言』によって、
権力によって意図された方向へ誘導されていってしまう危険を潜在的に擁する・・・
北朝鮮の脅威などが高まり日本人の暮らしの安全が致命的に脅かされる危険性の
予感に怯える今のようなときこそ、『テロ対策』などという『言葉』で、私たちは容易に
ある特定の方向へ誘導されていく危険がある。
外部からの危険を煽ることによって、国民の自由を奪う・・・そのような政治手法が
過去どれほど行われてきたことか・・・。
『ナチスの手法に学べ』と冗談のように言ってしまう政治家がこの国の財務大臣であり
副総理を務めているが、まさにナチスの手法がそれだった。
このたびのトルコの改憲の是非を問う国民投票もまた、すでにエルドアン氏によって
反対派が逮捕収監され反対言論も封じ込められた状態の中で行われて、
エルドアンというそれでなくともすでに大きな権力を握る人物に、ますます
大きな権力を一手に握らせることになる道を、国民が自ら選んでしまった・・・
『自分たちの利益になるように法や憲法を変えてしまおうとする政権の時に、
彼らに法や憲法をいじらせては絶対にならない!!!』
という、歴史が教える教訓に、
トルコの人々は耳を貸さなかったのか・・・残念である・・・


さて。『1984年』の描くディストピア。
『過去の可変性』。
『過去は死に、未来は想像の外』


そこでは、権力者が人民を支配していくのに都合の悪い過去は、容赦なく
書き換えられていく・・・
あらゆる文書、書物、あらゆる言動が監視チェックされ、都合の悪いものは『廃棄』
され、あるいは権力に都合のいいようなものに上書きされていく・・・。
過去が丸ごと抹殺され、あるいは書き換えられれば、国民はそもそも過去の事実の
存在さえ知ることがない。知ることがなければ、そもそも疑いも生じない。
真理省の掲げた三つのスローガンのうちの一つ。

『無知は力なり』 

というのはそのことだ。
『知らなければ』国民は迷いさえしない。疑念を抱くこともない。
その過去の情報の抹殺、書き換えを担当するのが、『真理省』
という名であるという強烈な皮肉!
国民を常時監視し、国家のイデオロギーに背くものは呵責なく粛正していく、それを
担当するのが『愛情省』であり、戦争を常時行って、国民の危機感を煽り、それにより
権力の正当化、国民の国家依存を深めていくのを担当するのが、『平和省』
であるのと同じ痛烈な皮肉だ。

ああ・・・・・・!
過去の事実が、時の政権によって恣意的に上書きなどされていいものだろうか??
現在の真実が、政権によって恣意的に国民に隠されていいのだろうか??
安倍政権のやっていることは、それに近い。
昨日の新聞に、こんな目立たぬ記事があった。
江戸時代以降の災害の教訓を将来に伝えるため、政府の中央防災会議の
専門調査会がまとめた報告書を、内閣府がホームページから削除していたと
いうのである。何故削除したのか。
一部に、関東大震災時の『朝鮮人虐殺』についての記述が含まれていて、「なぜこんな
内容が載っているんだ!」というクレームが寄せられたからだという。
そのために、安政の大地震や雲仙普賢岳噴火なども含めた報告書の記載を
すべて取りやめたのだという・・・
ああ!ここでも、何かの『忖度』だ!
(今日の報道で、件の内閣府ホームページが復活したというのが伝えられた。
批判を恐れたのであろう)

TPPの実際の内容を示す大事な文書がほぼ全面黒塗りされ、南スーダンに派遣された
自衛隊の記録もないと言い張られ、森友問題の肝要な記録が早々と官僚によって
すでに破棄されたとされるこの国の政治・・・・・・
国民が『知る権利』を有しているはずの、国政に関する大事な資料も国民に示されない。
・・・もう、『一強』だから何でもあり、だ。





主人公の内心の声。
『今生きている人間がたとえ一人でも自分の味方になるという保証がどこにあるというのだ? 
そして、党の支配が決して永遠には続かないなどとどうやったら知ることができるというのだ?』
という絶望。

共謀罪法案のようなものが可決成立して、この国で動き出せば、警察、検察などの
『国の意を汲む暴走』も起こりうるだろう。
すでに、昨年の参院選の直前に、大分県警別府署が、野党候補を応援する労働組合
「連合大分」などが入る施設の敷地内に入り込んで監視カメラを設置し、建物に
出入りする人々を隠し撮りしていたという事件があった。
共謀罪法案が通れば、こういうことも堂々と行われるようなことになりかねない。
国民自身もまた、常時何かによって監視されていると言うことが当たり前の社会に
なれば、隣人を自ら監視するようになる・・・
そんな、まるで先の戦中のような、国民総・相互監視社会というようなものに似た
心理状態に容易に追い込まれかねないのが、共謀罪法案というものである・・・。

ジョージ・オーウェルの描く暗黒世界に掲げられた三つのスローガン。その一つ。

『自由は隷属なり』

という言葉の怖さを、よく考えてみよう。
共謀罪法案の審議中、安倍総理らは、『一般の人々が対象となることはあり得ない』
と繰り返し言う。
だが、『一般の人々』とはどういう人々なのだろう?
それは、政権の批判など間違ってもしない、政権にとって都合のいい人々だけを
指すことにされてしまいはしないか?
沖縄で、辺野古移設に反対する住民たちはどうだろう?
国会前で、『安保法制反対!』『共謀罪法案反対!』と声を上げている人々はどうだろう?

自由でいるためには権力には逆らわないことだ。そうしていれば何も怖いことはない。
『権力には隷属していれば、私たちは自由だ。何も問題は起こらない』・・・
そういう意味での『一般人は対象とならない』ということなのではないだろうか??

こんな例をテレビの番組でやっていた。
『一般人は対象とならない』と政府は言うが、
『そうか。私は国会前で騒ぎなどしないから、関係ないな』と思う人がいるかもしれないが、
たとえばあなたの住む街で日照権を奪うようなマンション建設問題が起きたらどうか。
あなたは、これは自分の生活に直結した問題だから、『マンション建設反対』の
署名集めをしようと、知り合いなどに声をかける。
だが。中央の政治とは全く関係ない問題であるにもかかわらず、署名用紙を
持ってこられて、『ここにあなたの名前と住所をお願いします』といわれたとき、
『どんなテーマであろうが、自分の名前や住所を書くのは怖いな。誰が今後の
取り締まり強化などに利用するかわからない』と思って、署名をためらう人が
出てくるかもしれない・・・

要するに、国民がいろいろな場面で、『自粛』『忖度』するような、そういう気分になっていくのである。
・・・そうして、国民は、何かを畏れ、萎縮していく・・・

あなたは、そんな危険のある法案を、今、しかも、この政権下で通したいのか?

でもな、テロはやっぱり怖い。
北朝鮮のような恐ろしい国に攻撃されるのは怖い。
だから、やはり、そういうテロや核攻撃などに備える『テロ対策法』は必要なんじゃないの?
私だって、テロリズムや核攻撃は怖いしいやだ。
しかし。
『テロ対策法』なるものによって、本当にテロは防げるのか?
欧州の諸国でテロが起きているが、それらのテロは、それらの国が『テロ対策法』を
持っていなかったから起きたのか? 持っていても起きたのではなかったか。

『テロ対策法があるから、あの程度の頻度で収まっているのだ』
なるほど、そういう考え方も出来るだろう。

ちょうど来日していたアメリカのペンス副大統領は、『平和は力によってのみ初めて達成される』
いい、『(日本など)同盟国と力を通じての平和を達成するために連携したい』と
語った。

ジョージ・オーウェルの『1984年』の描くディストピア世界。そこの三つの
スローガンのまさに一番目は、このペンス氏の発言と同じ
『戦争は平和なり』

である。
安倍総理が、平和学の研究家、ヨハン・ガルトゥング博士が提唱した理念である
『戦争がなく、貧困や抑圧、環境破壊などの構造的暴力もない』世界を『積極的平和』
と名付けたそれを、『米国を始めとする関係国と連携しながら,地域及び国際社会の
平和と安定に積極的に寄与していく』、という国家安全保障の問題にすり替えた、
まさにその『積極的平和主義』こそも、『戦争は平和なり』の観点に立つものである。

自衛隊を海外に派遣して、『駆けつけ警護』までさせるというのが、世界の平和の
役に立つのか。
私はそうではないだろうと思う。
日本には、日本独自の『世界平和への貢献法』があっていい。
私はそれは、世界の問題地域の人々が自分の土地で暮らしていける、そのことを
第一義とした貢献であろうと考える。
そう。ちょうど、医師中村哲さんがアフガニスタンで続けているような活動だ。
だが、その中村さんが必死で現地の人々と共に運河をほぼ人力で切り開き、
不毛の砂漠を緑豊かな農地に変えて、その地に元元いた人々がそこで暮らして
行けるようになっている・・・難民さえも一部、中村さんらの緑の土地の周辺で、
商売など出来るようになっている・・・そのアフガニスタンの大地に、トランプの
アメリカは、核兵器を除けば最大の爆弾であり『すべての爆弾の母』とも呼ばれる
(なんというおぞましいネーミングだ!)MOABを落とし、一説には90人を超える
IS戦闘員が死んだという。
そんな兵器が『平和』をもたらすと、本当に言えるのだろうか??

『戦争は平和なり』という、相矛盾するスローガンには、『武力こそが平和状態をもたらす』
『相互に核武装した状態のように、これ以上お互いに進んでは危ない、という均衡状態をもたらす』
という上記のような意味と、もう一つ別の意味がある。
それは、『戦争状態が近い』『戦争が局地的に現実に行われている』という状態に
持って行くことによって、あるいはそう国民に信じさせることによって、国内の安定を保つ
という意味合いもあるのだ。
なぜなら、そうした状況にあると国民が思うと、あるいは思い込まされると、国民は
時の政府に頼らざるを得ない心理に否応なしになってしまうからである。
今のトルコしかり、そして、問題の北朝鮮しかり。かつての帝国日本しかり・・・。
すなわち、外国と戦争状態にある、その危険にある、と国民が思わされることによって、
国内的には政権が『安定』するのである。

『戦争は平和なり』という、考え方は、実はこの世界に充ち満ちている・・・

だが、威嚇と威嚇が互いにエスカレートしていき、そうした末についに力と力がぶつかり合う・・・
その先にあるものはなんだろう。

最後に、私が古今の名作の一つだと思う映画のラストシーンで流れる曲を載せておこう。
人類にとって、こんな悲しい淋しいうたはない・・・私はそう思う・・・

人類が、力と力の誇示を競ったあげく、偶発または個人の異常な情念などによって、
取り返しのつかぬ悲劇を招いたりすることなど決して起こらないことを祈りつつ。
あなたの・・・私たちの為した選択が、誤りでありませんように・・・







『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』
(1964年。スタンリー・キューブリック監督)より。















『春の日に』

内憂外患・・・本当にその言葉さえ軽く思われるほど、国内外でろくでもないことが
続く・・・
『内憂外患』というよりはむしろ、『内患外憂』だな・・・。



             ***




クウーママさんに頂いた『マルティナさんの毛糸』。
2月。つれあいが入院してばたばたしていた日々。ふと思いついて、『こんな時こそ
編み物じゃないか!』と、マフラー? ストール?編み始めました。
本体は、数日であっという間に編み上げたのだけれど、編み終わりをどういう風にまとめるか・・・
それがなかなか決まらぬまま、そのあと精神的にも時間的にも余裕がなくなって、仕上げられない
ままでいた・・・。

でも、4月になってようやく仕上がりました。



編み物①




どうですか。きれいに編めているでしょう? ^^


春先に使うように軽い感じに仕上げたかったので、メリヤス編みや掛け目、寄せ目などで
レース状の模様編みにしてみました。
でも、基本、表編みだけなので、編み上がりがどうしてもくるんと丸まってしまう。
だから、編み物のふんわりした持ち味は少し損なわれてしまうのだけれど、
蒸気アイロンをあてると平らにすることが出来る。なんとかうまくいったかな。





編み物②



かぎ針編みで模様編みをちょっとして飾ろうかな、と迷っていた編み始め編み上がりの
両端の処理だけど、マクラメ編みにしてみました。
かっちりきつめに結んでしまったので、マクラメの模様があまり鮮明でなくなっちゃったけど、
結び終わりをフリンジにして少し軽い遊びをつけてみました。
編み物は楽しいな。






編み物③



毛糸一玉ちょうど使い切って、長さはこのくらい。




つれあいは、一日ほぼ寝たきり。
トイレと食事と入浴の時だけ起きる。
それでは、体のほかの機能が弱ってしまうので、外にお花見に連れ出します。
玄関先に咲いているチューリップ。




チューリップ’17



さあ。近くの河原に出ました。
ソメイヨシノは、ほぼ満開。



桜’17①



春の空は、晴れていても、どこかうっすらと霞がかかったような感じがします。



桜’17



その春霞の空と同じような色のセーターに、できあがったストールを巻いてみました。


CIMG7176.jpg




手には、クウーママさんが作っておくってくださったバッグを。
心のこもった刺繍入り。
このバッグの布の地色も、春霞の空の色です。




CIMG7182.jpg



春はやっぱりいいな・・・。

友よ。ありがとう~~~!


『これでいいのか。日本!』


長いこと記事を書いてきた…

このパソコンで記事を書くのもあと1日だ。
おそらくこの記事がこのパソコンで書く最後の記事になるかもしれない。

この機を買って、インターネットなどというものを生まれて初めてやり始めて、8年3カ月…
ブログも、結局、このブログと前のブログと合計して同じく8年3カ月やってきたことになる。
だが、Windows Vista のサポートがいよいよ終了するので、この機ともお別れだ。
もう十分働いてくれたし、もう休ませてやってもいいかな、と思っている。

これを機に、パソコンなどというもの自体をやめてしまおうか、とも思ったけれど、
今では、生活のあれこれの場でやはり役立つことは役だってそれがある暮らしに
慣れてしまったので、パソコンのない暮らし、というのも、やっぱり不便で寂しいものだろう。

結局、パソコンを買い換えたので、12日以降は新しいパソコンで記事を書いていくことになる。

たかが機械にすぎないけれど、今のこの機と共に、ずいぶんいろんなことをやってきたなあ。
私はゲームなどはしないので、もっぱら、このブログとあとはYou Tubeを見るとかi-tunesで
音楽を聴くとか、あとは借りてきた映画を観るとかそんなことだ。
でも、そうした楽しみのための機能以上に、パソコンというものが与えてくれた情報によって、
ずいぶん多くのことを学ばせてもらったなあ…という感慨の方が大きい。
あと。多くの方と知り合いになれたこと。
ともすれば自分一人の世界に閉じ籠りがちな私を、人との触れ合いや知識への誘いで
外の世界に連れだしてくれたのだから、このパソコンにはほんとうに感謝だ。
長い間、お疲れさま!


しかし・・・。
私がパソコンを始めた8年前に比しても、この世界はなんと危なっかしく脆くまた嘆かわしい
ものに変わってきてしまったのだろう!
8年前が全てよかったというわけではなく今起きていることは過去に起きたことの結果であり
因果関係は当然のことながら連続している。
そんなことはわかりきっているのだが、それにしても…

私は3.11で、社会のことに遅まきながら目覚めた。ほんとに遅い目覚めではあったけれど。
あれから私は、すっかり自分の価値観が変わってしまった・・・
社会の不正や不条理というようなものに一気に気づいてしまったのである。
それまでの私は、こんなことをいい年して言うのもはばかられるが、なんと、なんとまあ、
ナイーブ(ナイーブ、には元々、無知でお人よし、という意味もある)というであった事だろう!

この世界の、この社会の悪は、不幸は、そのほとんどが、ある一点で繋がっている…
同じ根を持つということに気がついた。
今世界で・・・、この日本で・・・、起きている社会の不正や不公正は、同じ根を持つ。

3.11後の6年間は、わたしはずっとその根っこを、元へ元へとたどり続けてきたように思う。
いろんな記事を書いてきた…
原発問題、復興に関する問題、TPP、秘密保護法、戦争法、消費税、貧富の格差拡大、
政治の教育への介入、従軍慰安婦、日中戦争を描いた文学、ISなどテロリズムの問題、
憲法改悪、・・・トランプ、・・・・・・北朝鮮問題・・・などなど
そして今、森友学園問題からようく一般の目にも見えるようになってきた、この国の右傾化の
実際…

日本の問題に限って言えば、ここに掲げたような問題のほとんどが、象徴的に、ある一年に行きつく。
日本が敗戦した1945年。
『象徴的に』と書いたのは、それ以前にむろん日本は間違った道をまっしぐらに進んできていた
からである。1945年は、その結果にすぎない。
だが、私たち日本人は、3.11以降決して良くは生きてこなかったのと同じに、この年以降をも
決してよく生きてはこなかった。
苦いこと臭いことから目をそむけたのである。ずっと目をそむけ続けてきた、というその点で。

その膿が今になって噴き出しているのだ。
北朝鮮を狂気の国のように世界も日本も言うが、あのような鬼子を産み落としたのは、他でもない
朝鮮半島(や中国、アジア諸国の土地や権益)を自分のものにしたがった日本。そしてアメリカ、ソ連、中国
という大国たちだ。
ISやシリアなどの混迷などという鬼子を産み落とし育てたのが欧米先進諸国であるのと同じ構図だ。

私はずばっと本質に飛び込まず、ずうっとなにか周りばかりを書いてきた気がする。
しかし、一所懸命書いてはきた。大概のことについてはざっとはすでに書いてきてはいる・・・

新しいパソコンとブログのこれからの後半の日々のテーマは、それらを深めて行くことだな。
かゆい所に手を伸ばさなかったようなじれったさを、一つずつ解消して行くこと。


うう・・・まだ、古いパソコンのデータを十分に取り出していない…
頭にも身にもフルに、私から情報を詰め込まれすぎてきたこのパソコン…
ほんとうにごくろうさま。




















『みなさまへ』

コメントたくさんいただきながら、返事も書かないままでいて申し訳ありませんでした。
2月半ばから、少しごたごたしておりまして。

つれあいが、年が明けてから、家の中で転んだり(足の力が抜けてへたり込む)する
回数が目に見えて多くなり、切れていた介護認定をとりなおし、住宅に手すりなど付けたりしようと、
2月半ば、かかりつけ医のところへ定期検診と、あと介護認定の書類を書いてもらうために
出かけました。
ところが、そこでの待ち時間のあいだに、つれあいの顔面が蒼白になり、意識も遠くなっていくようで、
話しかけても手など握っても無反応になってしまいました。
医者も驚いて、急遽空きベッドで点滴をしてくれることになりました。
でもそこは町医者なので、そこから先のことはできない。救急車を呼んで、大学病院に移ることに
なりました。

大学病院で数日間の入院検査の結果、ひどい貧血と低血圧症状が出ていたとのこと。
消化器系等からの出血が疑われるが、しかし、大学病院はその時、消化器内科の病床が
いっぱい。他の病院へ転院するように言われて、別の総合病院に紹介状を書いてもらい
転院することになりました…

一度家に戻ってから、その総合病院に入院。
検査の結果、S字結腸部に大きなポリープが出来ているとのこと。
場所があまり良くないところで、内視鏡を使って切除できるか、それとも開腹手術が必要に
なってくるか微妙、ということでした。
しかしながら、今日、内視鏡を使って、ポリープ切除に成功し、近日中に退院できることに
なりました。腫瘍が良性か悪性かの結果は、来週まで待たねばなりませんが、とりあえず
家に戻ってくることができることになりました。

つれあいのことに集中したいのに、情けないことに、恐らく病院の長い待ち時間などの
間に風邪をひきこんだか、私も一時高熱を出してしまいました。
つれあいの入院している総合病院の内科外来で診てもらった結果、インフルエンザでは
ありませんでしたが、咳がひどく、夜など横になると喘息発作のように咳が続いてくるしくて
眠ることもできないので、別の布団や毛布を高く積み重ねてそれにもたれかかり、上半身を
起こした状態で休むと、少し咳が楽になるという状態。
3月にはいると、声が全く出なくなってしまったのにはびっくりしました。
つれあいは病院に入っているし、一日中一人で過ごしていたので、ある日いつものように
病院に見舞いに行って、ナースステーションで声をかけようとすると、声が出ない!!
ほんとのささやき声のようなものしか出なくなっていたのです。

こんなこと初めて。
耳鼻咽喉科にも今、通っていますが、声が出ない状態は、今も続いています。
医者の話では、のどの粘膜が腫れているため、声帯がピタッと閉じない。そこから
空気が漏れるので、声が出なくなっているのだ、ということでした。
そんな単純なことで、こんなふうに声が出なくなるのか!とびっくりしました。

困るのは、毎日つれあいの病院に見舞いや連絡のため行くのですが、あと自分のための
病院にも行くのですが、つれあいとはともかく、お医者さんや看護師さんたちと大事な話が
まともにできないことです。
仕方ないので、ノート一冊用意して、病状や病歴、質問したいこと、逆に訊かれるであろうこと
など予測して、あらかじめ大事なことはメモしておき、それを読んでいただくというようにしました。
そこに書いていないようなことはその都度、筆談です。
自分のまどろっこしさはともかく、それでなくとも忙しいお医者さんや看護師さんにいらぬ時間を
かけさせてしまうことが本当に申し訳なく。

その上。
のどや鼻や目というものは、つながっているのですね。
ある朝。眼が開きにくくなってて。
眼の周りにびっくりするほどの眼やにが出ていて(いやだなあ…)、目は真っ赤に充血。
少し腫れているのかわずかに瞼や周辺の鈍痛もある。
70年の人生で、目の病気になんかなった事なかったので、これにもびっくりです。
でもこれ以上病院の数を増やしたくない!!! (><)
幸い、目の方は、とりあえず眼薬で、3,4日でなんとかよくなりました。
が、今でもすこし乾燥を感じたり違和感は残っていますので、つれあいの方が少し一段落したら、
いずれ眼科にも通わなければならなくなるでしょう。
パソコンができなかったのは、そんな事情もありました・・・ (><)

ふう~……やれやれ。
つれあいの看病に専念したいのに、自分が倒れてしまうと、ほんとに大変でした。
担当医さんから話がありますと言われて、待って、つれあいの担当医から今後の見通しの
説明など受けているときには、悪寒と頭痛と熱で歯の根が合わないほど体が震えていて。
その時が一番熱がひどくて、タクシーで家に帰ってすぐ蒲団に倒れこんで熱を測ると、39度1分。
その夜は、誰もいない家で、一人、うんうん唸っていました。

私が元気でいないと、つれあいのこともできなくなってしまう…
気持ちばかりは焦るのですが、疲れもたまっているのか、なかなかすっきりしません。
介護保険申請、住宅改修のことなどもあったので、ずうっと気が張っていたし… 
何より、声が出ない、普通に話ができないというのは、ほんと、まいります。

来週、つれあいの組織検査の結果が出るまでは、気持ちが落ち着きません…
が、とりあえず、彼が家に帰ってきてくれるということが一番嬉しい。 ^^

そんなわけで、しばらくの間、ブログも思うようにできないでしょう…
ご心配かけてしまった皆様。本当に申し訳ありません。そしてありがとうございます。

さて。調子に乗って長く書かないようにしま~す。
皆さま。お休みなさい。(ぜーぜーは―は―・・・・・・・・・)



『トランプ大統領誕生に想うこと ③ 悪意の増殖』


トランプがいよいよその本領を発揮し出した…。

『あの暴言や極端な公約の数々は、選挙に勝つための、いわば打ち上げ花火だろう…』
『まさかそれらをすべて実行しはすまい。』『大統領になったら、その重責を彼も自覚して、少しは
良識を発揮していくだろう…』

…そんな淡い期待を抱くなど、抱いた方が甘いのである。
人間の本質は、案外に、良くも悪くも首尾一貫しているものだ…。

いじめをしない人はしない。人に暴言を吐くことを嫌う人は暴言を吐いたりしない。嘘をつくことを
良しとしない人は嘘をつかないものである…。
人間というものは、その価値観によって行動するものだ……

だが。それにしても、彼が次から次に打ち出してくる大統領令の中身を見ていると、怒りとか
なんとかいうより何やら心がシーンと冷たくなってしまう…

人間には、人間として守るべき『矜持』…最後の良心の砦…、とでもいうべきものがあるだろう?
それは、政治的信条などと言うものとは関係ない。
人間と人間が、最後のところで繋がりあうことができる、いわば『優しさ』とか『フェアさ』とか
『信頼性』そして『冒涜への畏れ』…などというもののことたちだ…


今、そういうものが根こそぎひっくり返されていこうとしているかのような…そんな悲しみを
覚えてしまう。



トランプの今、中東・アフリカ諸国の民にかけている入国規制。
これは大きな大きな禍根を生むだろうという気がする……
アメリカで…世界各地で…空港で足止めを食らって行き場を失った人々。彼らはその仕打ちを
忘れはすまい。それを見ていた人々もまた、アメリカの理不尽に対する怒りを、心の内に
溜めて行くであろう。それは忘れようとしても、澱のように胸の奥底に残ってしまう…
直接ターゲットとされた7カ国の民だけではない、そのほかの中東、アフリカ、中南米などの
国々の人々にも、この理不尽へのどす黒い怒りは広がっていく…

それは、アメリカの国民を、かえって危険にさらすことにつながっていくのではあるまいか。
世界のあらゆるところにいるテロ思想を抱く者たちにとって、今回のトランプの行いは、
アメリカ人への憎悪、ひいてはアメリカ人へのテロ行為を行うその理由づけにされかねないと
私は恐れる。
逆に又、トランプの姿勢に共感を抱き、その施策を支持する者たちの中に、トランプの移民排斥
思想を拡大して、弱者への嫌がらせや恫喝などをするものが増えて行くことも考えられる。

…本当に、悪意の応酬、…憎悪の増幅…ひいては恐怖の拡大につながって行きかねない。
怖いのは、こうしたものは、いつのまにか他の人々の心にも伝染し、増殖していくことである…



救いは、こういうものの増殖を、揺るがずに食い止めようとする人々が、まだアメリカにはいることだ。
日本人は…私たちはどうであろうか…


難民規制に抗議
写真はこちらからお借りしました。http://news.auone.jp/





『トランプ大統領誕生に想うこと ② 議論が混線していないか』



トランプ ②
写真はこちらからお借りしました。http://nme-jp.com/news/32483/



英国のEU離脱の時から、ずっと心に思っていたのだが、しかし上手くその想いを記事に
表しきれないという違和感があった。その違和感は、昨年のアメリカ大統領選のトランプ勝利から
このたびの大統領就任式までを通じて感じ続けているものと同じである・・・

それはなにか、というと、
1.本来別々に論じられるべきはずのものが、いっしょくたに
論じられているために起きている混乱
のことである。
言葉を換えて言えば、
2.物事を、対立する二つの概念に単純化しすぎるために起きている
のではないかと思われる今の混乱状況
のことである。


具体的な例を言おう。それは例えば、上記1.で言えば、
『グローバル化』と『グローバリズム』という二つの言葉および概念がそれだ。
いや。実は、この二つの言葉を選ぶこと自体が、また余計な混乱を生みそうだ。
俗に『グローバル化』とか『グローバリズム』と聞いたときにあなたが思い浮かべる定義や概念を
しばし忘れて、私が言いたいことをお聴きください。飽くまで、ここで私が使っている
『グローバリズム』『グローバル化』という言葉は、私が便宜上使い分けているものです。

私が、分けて考えねばならぬ、と思うのはこういうことだ。
私は、この現代に生きる地球人は、『グローバル化』ということを、すでに避けては通れなく
なっているものと考える。
私がここで言う『グローバル化』とは、交通や情報網がここまで発展し、個人や国家などと
いうものが発した情報や行為などが、一瞬にして世界を駆け巡り、否応なしに影響を与える
ようになってしまったこの世界においては、人々が『グローバル化』の波から逃れることは
すでにできなくなってしまっている、そういう状況のことを指して言っている。
それはまた、それら個人や国家などが発してしまったことの影響の後始末も、地球人全体が
否応なしに負わなければならなくなっている、そういう状況をも表す。

もっと具体的に言えば、例えば、『地球温暖化』だ。あるいは、核実験や過酷原発事故が
引き起こした『核汚染』だ。トランプという一個人のツイートが、一瞬で世界を駆け巡り、
こともあろうに世界の企業や国家までをも震撼させ、また、トランプと直接かかわりの薄い
国の株価や経済状況までが左右されてしまう、などということも、これに入るだろう。

すなわち、私たちが仮にいやだと思ったところで、すでにこの地球は一つに密接に
繋がれてしまっていて、私たちはその影響から逃れられないし、もし不都合なことや重大事が
あれば、国を問わず私たち皆が、そのことを真剣に考え対策しなければならない状況に
すでになってしまっているということである。
私は、この状況を、仮に『グローバル化』と呼んでおく。

それでは、もう一方の『グローバリズム』という言葉で、私は何を指しているか。
さて。これがなかなか正確に説明するのが難しいのだが、いわば…『人為によって変わりうるもの』
とでもまずは言ってみようか。こちらは、つまり、ひとが選び取り得る、選ばないこともできるものだ。
つまり、私は、「『グローバリズム』というひとつの思想や仕組み」を、指して言ってると考えて
もらっていいかと思う。
私たちは、『グローバリズム』という思想や仕組みを、選び取ることもできるし、逆に
選び取らないこともできる。この場合は、『反グローバリズム』とでも呼ばれる
思想や仕組みと言えよう。
例えば、『金融グローバリズム』などというものがこれである。私たちは、ある特定の
人々が、実体のある商品の輸出入などでなく、実体さえない金融商品を、居ながらにして
瞬間瞬間に売り買いし、その影響が、世界のそんな金融商品などと全く縁のない人々の
生活をまで脅かすことができる、そして富はそうしたごく一部の富裕層に集まって行くという
『金融グローバリズム』という思想や仕組みを、選び取らず変えて行くことができる。
今、トランプのアメリカで問題となっている『グローバル経済(≒自由主義経済)』と
反グローバル経済とも言うべき『内向き経済(保護主義経済)』は、国民が選び取る
ことができる。今回アメリカ国民は、グローバル経済をそのまま推進するヒラリーを拒み、
グローバル経済を一部否定し『アメリカファースト』といういわば内向き経済を唱える
トランプを選んだわけだ。
また例えば、EUに残るか、EUから離脱するか、という問題も、これと同じ構造であろう。
移民・難民を受け入れるか、あるいは拒否するか、という問題も大きく言って同じだ。
私たちはこれらのどちらかを選び取ることができるし、言ってみれば二者択一で
選び取らざるを得ない状況下に置かれているとも考えられる。

一方元に戻って、『グローバル化』の方はどうだろうか。
地球温暖化の影響と思える異常気象などを、私たちは選んだり選び取らなかったりできるだろうか。
核による大気や海の汚染物質を、「いやだ!こっちには来ないで!」と言って拒否出来るだろうか。

もちろん、私がここで使っている『グローバル化』と『グローバリズム』という言葉は、ここでの
議論の便宜上の分け方なので、重なるところ曖昧なところはある。
私たちが『グローバリズム』という思想や仕組みを選び取った結果、さまざまな現象の
『グロ-バル化』が起きている、と、言うこともできるからだ。


問題は、『グローバリズム』の是非を論じるのに、『グローバル化』という避けがたい現象をも
ごっちゃにして論じていることである。
人間が『グローバリズム』という思想や仕組みを受け入れそれをどんどん推し進めてきた結果、
それらの事象の『グローバル化』は、この地球のあらゆる分野でもう避けがたく進行してしまっている。
経済のグローバル化による悪影響もそのうちだ。
『金融グローバリズム』などを否定する人でも、そういう仕組みの『グローバル化』からは
もはや逃れられないのである。
原発を否定する人でも、事故が起きた時核汚染物質のプルームからは逃れられないのと
同じように…。

あらゆる重大な問題の『グローバル化』は、地球人全員で解決していくしかもはやないのである。
地球温暖化、異常気象、食の安全。移民問題、テロリズム…。貧富の差の拡大や
タックスヘイブン問題などの経済の重要課題。………
こうした問題は、それの是非や好むと好まざるとに関わらず、地球人全員がその影響を
受け、その影響が『グローバル』であるがゆえに、グローバルな規模で、すなわち
人類全員でその責を負い、解決法を考えて行かねばならない時代にもう来てしまって
いるのである…

さて。ここからが大事なところである。

今回、トランプの大統領就任に際し、『自由主義経済』か『保護主義経済』か、という
ニ択で、ものが論じられてきたと思う。それはまあ仕方がない、ヒラリーを選ぶか、
トランプを選ぶか、という大統領選最終候補のどちらかを選択しなければならない
状況にあっては、上の二つがAかBか、で論じられるのは仕方ないともいえるのだが、
だが、本当に真剣に考えるとき、そのどちらかが正しい、などということがいったい
言えるのであろうか?
そのどちらもに存在の理由はあり、また否定すべきところがある。
アメリカ大統領選という重大な選択が終わった今、私たち人類が共通して考えるべき
ことは、行き過ぎた自由主義経済も行き過ぎた保護主義貿易も、そのどちらもが
もたらす悪弊の『グローバル化』を少しでも食い止め、よりよい貿易システム、
より平等でより合理的でより公正な経済システムを構築していくことに注力して
いくことであろう?
なぜなら、世界がそのどちらかに傾きすぎたとき、私たち人類が受ける『グローバル化』
の影響は、上に述べてきたように、避けがたいものであるからである。

『グローバリズム』と『グローバル化』などという言葉を、ごっちゃにして論じて、
『グローバリズム』=悪、いや、『グローバリズム』=善、『反グローバリズム』=無知
『グローバリズム』=知、いや、逆だよ無知だよ、…などと定型化して論じている限り、
私たち人類は、今のように否応なしすでに『グローバル化』してしまった世界が抱える
危機的に深刻な問題の、絡んだ糸を解きほぐしていくことは出来ないであろう。

具体的には、トランプは、NAFTAやTPPに象徴されるようなグローバルな貿易の
仕組みを否定し、『アメリカファースト』といういわば、内向きな経済政策を唱え、
アメリカの選挙民は、彼の政策を選び取った、というわけである。
しかし、それを選び取ったからと言って、アメリカがグローバル化の波から逃れられる
わけではない。また、その責任をひとり回避できるものでもない。

『グローバリズム』『グローバル化』という例をこの記事ではたまたま例として挙げて
みたけれども、本来分けて論じなければならないことを、いっしょくたに論じてしまっているために、
問題の本質が見えなくなってしまうことは他にもたくさんあるだろうと私は思うのである。
英国のEU離脱から始まってトランプ現象まで…昨年起きた一連の出来事を見守ってきて、
なにか本質からいつも議論の芯がずれているような、なにかもどかしい感じは、そのせいでは
なかったのかと私は考えている。

別の例を挙げれば、EUがそもそも生まれたその意義と、今EUが上手くいっていないことを
ごっちゃにして、今が悪ければEUのもともとの理念まで悪いと、それを簡単に否定し去って
しまうことなどもそれだ。
EUはなぜ人々の多くの労苦と大変な粘り強い努力や辛抱の末に生まれたのか。
それは、二度のヨーロッパを舞台にした大戦だけでなく、例えば英仏、例えば独仏間など
歴史上欧州を舞台に数知れない戦争や紛争が続いてきて、そこで多くの命が失われ
多くの取り返しのつかない不幸が繰り返されてきたことへの反省からもともとは生まれてきた
ものであったろう?
今、EUが上手く行っていないことは事実だろう。だからと言って、EUの理念そのものを
否定し去りそれを分解させてしまっていいのか。まだまだ努力改善できることはあるだろう?
人々が本当に真剣に議論すべきは、EUの理念は大事に守りつつ、現実に起きている
難民問題や、格差拡大、組織の硬直化、などの問題を、力を合わせて解決に向けて行く努力
ではないのか?

トランプ批判もそうだ。トランプの悪いところはたくさんある。私は正直彼が好きでない。
しかし、トランプの言っていることで、『もっともだな』と思うこともまた結構あるのである。
そこは、好き嫌いの感情とはきちんと分けて論じてみるべきではなかろうか?

『自由』『民主主義』…『政治的正しさ』など、アメリカがこれまで掲げてきた看板が、
ヒラリーがトランプに負けたことによって、全否定されたように考えてしまうのも、これまた、
別のことをごっちゃにしてしまっている一つの例であろうと思う。
『トランプのようなものが勝つはずがない!』…そう思っていたものの価値観が、百八十度
ひっくり返されてしまったようなショックを受けて、一時言論界やジャーナリズムが茫然自失
してしまった感がある。それは私のような部外者も同じだった…。
しかし。選挙に負けたことと、トランプであろうがクリントンであろうがはたまたサンダースが
政権の座についていようが人間が守らなければならない本質的価値とは、まったく別のことだ。
『トランプに負けたこと』=『人間が守るべき本質的価値の否定』となってしまっては絶対に
いけないのである!

負けたことは負けたこととして反省するのはいい。しかし、敗北によって、『真実の価値』
のような本質的なことまで見失ってしまってどうするのだ!
『ポスト・トゥルースの時代』など、来させてはならないのだ。負けにいつまでもひるんでいてどうする!

トランプは、新聞、テレビなど既成のメディアを激しく攻撃する。それに対し、メディアは、私のような
他国民からすれば、行き過ぎじゃないかと思うくらい、激しいトランプ叩きを展開した…
確かに、トランプの批判にはもっともな点もあって、新聞などのメディアそのものが、いわば
既得権益層になってしまっていて、『どこからも誰からも見放された』、と感じているラストベルト
などの白人中下層の人々などのやりきれない思いを掬いとりそこね、票の動きを大きく
見誤ったばかりか、逆にそういった層の人々を、無教養な集団と見下すような傾向が
なくはなかったことは確かだろう。トランプは、そこのところをきっちりと捉えていたと言える。
トランプ勝利の後のジャーナリストたちの意気消沈ぶりは、遠い日本にいてもビンビン伝わって
来るような気がした…。
だが。ここでもまた、なにか議論がごっちゃになっている。
ジャーナリズムなどが既得権益化し、その本来の批評の力を失ってきているのはアメリカも
ましてや日本などはさらに、確かなことかもしれない。
しかし。だからと言って、ジャーナリストはもう死んだ。もうメディアの役目は終わった!と考えるのは
大間違いである。
どこの国であろうが、ジャーナリズムは、死んでしまってはいけないのである。死なせてしまっては
いけないのである。国民がそれを守っていかなければならない。

トランプのように、自分に不利な報道をするメディアを毛嫌いし、ニューヨークタイムズの
購読者数が減っただろう、などと。しかも間違ったツィートを、一国の代表者がするようなことは
明らかに間違っている。
メディアの現状と、メディアの本来の役割をごっちゃに論じて、メディアそのものの力を
衰退させていってはならない。
トランプ勝利とメディア、についてはまた、別の記事できっちりと書きたい。

でもまあ、アメリカは、タフである。国民がまだまだしっかりしているよなあとしみじみ思う。


…このように、何もかもがいっしょくたに論じられて、本質が見えなくなったり、その末に
人間が守り育てていくべき大事な大事ないわば普遍的価値そのものが否定されるようなことは
なんとしても避けねばならないのではないかと私は思うものである…



トランプ大統領誕生、またなんとなく書き残した感のあったEU問題、またTPPを含む
自由貿易協定などを論じて行くにあたって、上に書いたようなことを議論の根底に
しっかり据えて考えて行ってみたい。




『トランプ大統領誕生に想うこと① 野次馬的雑感 』


世界が固唾を呑んで待ちかまえていたトランプ氏大統領就任の日がついにやってきた。

私も、昨夜はずっと起きて就任式を見ていた…さすがにパレードの頃までは起きていられなくて
オバマ前大統領のヘリによる退場のところまで見て寝てしまったが。

う~ん……。
トランプ夫人のファッションセンスよかったなあ…

まずは、トランプ新大統領に『おめでとう』と一応言おう。
そしてアメリカの人々にも。
なぜなら、これは、民主主義的選挙によって、アメリカ国民が示した意思の結果なのだから。
とにもかくにも新しい時代の幕開けだ…
実は、トランプの政策の中には、私自身の考えと概ね一致するものもなくはない。
無論、根本的にまったく賛成できないこともある。
その両方を含め、11月のトランプ勝利以来、思うことは山ほどある。
が。まずは、下世話な個人的感想から書いてみようか。
政治的批判は次の記事からにする。
全くの私の、個人的な印象であるので、ご容赦を。

さすがのトランプ氏も緊張?
オバマ大統領夫妻やトランプ夫人などがすでに壇上に立って、いよいよあとは、トランプ氏
本人が出てくるのを待つのみ、というところまで来て、トランプ氏がドアからバルコニーに出てくるまでの
顔をずっと見ていたが、さすがに緊張していたようだったなあ…
これから彼が4年間、世界一の大国アメリカの、そしてひいては世界の舵取りをして
いかねばならないのである。

トランプ氏には、核のボタンも預けられる…。
これから彼の行くところ行くところ、常に核のボタンの入ったスーツケースを持った
係員が、彼に随行することになる…。
オバマ氏が、核廃絶の象徴ともいえる街、広島を訪れたときにも、彼は核のボタンの
はいったスーツケースを伴ってきていたわけだが、日本人にはすごく違和感のあること
であっても、アメリカ大統領にはそれが当たり前のことなのである。

トランプ氏は、廊下を一人歩いてくるとき、緊張のあまり少し足元を心許なく感じていたように
私には感じられた。階段を下りるときにはちゃんと手すりにつかまって一段一段踏みしめる
ように下りてきていたので、他人事ながらちょっと安心した。
アメリカの大統領は、絶対に弱みを見せられない。涙をあまり安易に見せたりしては
いけないし、転んだりよろけたりして肉体的弱みを見せたりもできないのである。
ずいぶん過酷な立場ではある…。
考えてみれば、彼は70歳。私より一つ年上である。就任時歴代最高齢の大統領に
なるのだとか。タフだよなあ…
でも、一人のひととして、健康や安全には気をつけてほしいとこれは心から思う。


なぜトランプ氏はあのようにゼスチャーが大きいのか。
私がトランプ氏をどうも好きになれないのは、その政治的思想云々というよりは、むしろ
彼の全身から発するイメージがどうも好きでないので、人にはあまりそれを言えない。
うちうちの話なのでどうぞよろしく。www
まずは、演説をしている時の彼の顔。実によく表情筋を動かす。
もともと英語という言語は、日本語などに比べると、子音も母音も口をよく動かす言語である。
例えば、【th】の音など、「歯で舌を噛んで」、などと学校で習ったけれども、長い文章を
しゃべるなかで、いちいち【th】のつづりの語が出てくるたびに、そんなことできるか~っ!
などと典型的駄目英語学習者の私などは思ってしまう。

面白いのは、同じ英語圏でも、英国人は、アメリカ人がよく表情筋を動かしてしゃべるのを
多少可笑しく思っているそうだ、ということだ。
確かに。英国人は、概してぼそぼそしゃべっている感じだ。

トランプ氏の唇はとても薄い。そして口自体が小さい。だが、彼はその薄くて小さい口を
実によく動かしてしゃべる人である。
だが、それはまあヒラリー・クリントンだって、バラク・オバマだって同じで、要するに、
『演説』中は、大きな声も出さねばならず、はっきりも話さねばならないので、力が入って、
口がよく動くことになるのであろうが。それにしても、トランプ氏の口はよく動く印象だ。

彼の演説を見ていて特徴的なのは、口だけでなく、実によく手を動かすことだ。
右手の親指と人差し指でLの字や丸を作り、ときに特定・非特定の方向を指さし、
両手をうち振り…実によく手を動かしながらしゃべる。
実は、トランプ氏だけでなく、ニューヨーカーたちは、大ぶりなゼスチャーをよくする人々
なのだそうだ。
そうなのかな、と思って、今回のトランプ氏の就任演説と、オバマ氏のそれ、ブッシュ・Jr氏、
クリントン氏、レーガン氏、ケネディ氏…など歴代大統領の就任演説、そして大統領に
なり損ねたけれどヒラリー・クリントン氏の演説などを見比べてみた。(暇ですなあ!)
だが、どの歴代大統領も、演説の大事な個所では自然に力が入るのか、それまで
動かさずにいた両手を開いたり、こぶしを作ったりすることはたまにはあっても、、トランプ氏
ほど過激に両手を動かして演説はしていなかった……
ご興味のおありの方は、こちらから入って、歴代大統領の就任演説ご覧ください。
https://youtu.be/VjnygQ02aW4

ふ~ん…
性格なのか、単に癖なのか。
普段あまりゼスチャーをしながらしゃべらない日本人の場合、よく手を動かす人は、
あるいは手を動かしたくなるときは、自分の言いたいことに言葉が追いついていかない場合、
『じれったくて』思わず身ぶり手ぶりがでてしまうということが多いのではなかろうか。

トランプ氏もまた、言葉の追いついてこないじれったさから、あのように極端に目立つほど
身振り手振りをするのだろうか…それともあれは、彼の攻撃的な性格の表れなのだろうか…

トランプ氏というひとを大統領候補の一人として観察するようになってから、なんとなく抱いていた
疑問なのだが、アメリカのひとの中にも同じような疑問を抱いた人はいるらしく、こんな
面白い分析の映像があった。
ボディ・ランゲージの専門家、メアリー・シビエロさんの分析である。





記事元はこちらのBBCニュース。http://www.bbc.com/japanese/video-37103323

(笑)まさかね。そんなゼスチャーくらいで大げさな。こじつけだろう!
と思われる向きもあるかもしれないが、社会心理学によれば、たとえ『そのふり』を
するだけであっても、自信に溢れる「力のポーズ」を取ることで、脳内のテストステロンや
コルチゾールのレベルが変化し、それが性格までもを前向きに変えて行くということが
あるそうだ。
この映像の専門家も言うように、(アメリカ人の中でも)ニューヨーカーはよくボディ・ランゲージを
使うという。世界の商取引、金融取引の中心地でもあるニューヨークに暮らすビジネスマン、
ビジネスウーマンたちは、日々苛烈な競争の中で生きている。
握手一つで男たちは相手を判断するという話も聞いたことがある。相手に負けないためには
握手する手にぐっと意志をこめなければ、それだけで値踏みされてしまうという世界…
握手といえば、トランプ氏は、極端な潔癖症で、ほんとうは、人と握手をするのも苦手
なのだと聞く。私はそこに、氏の報道されているのとは別のまた何かを、ちらっと
感じてしまうのだが、まあ、それについては機会があればまた書こう…

デズモンド・モリスというイギリスの動物学者で、『裸のサル』という名著を著した人がいる。
その人の本で、『マン・ウオッチング』というものすごく分厚くて重い『人間観察学』の本が
家にあるのだが、世界中のさまざまな歴史・文化をもつ社会の中で人々が示す、身振り・手振り・
眉の上げ下げなどのなにげない動作が、意図せず現わしてしまう人間心理を、動物行動学者
の目で研究・観察した面白い本である。
人間の動作、表情の観察は、今や科学の分野になっている。それを知って、厳しい対人関係の
世界で応用されかねないので、決して侮れないものである…。

トランプ氏の場合は、誰かに学んだということではなく、親も実業家というその環境や、
自身の経歴や持って生まれた性格やさまざまな要因で、自然にあの身振りが身に
ついていったのかもしれないと思う。 …とにかくよく手を振りまわす人である…
そしてそれは。
私などには、非常に攻撃的なものを感じさせてしまうのだが。
でもまあ、これは、単に私がトランプ氏を好きでないからその仕草までが疎ましく思われるのか。

だが。トランプ氏の身振りに関連し、女優メリル・ストリープが、アカデミー賞の式典で
トランプ氏の身体的弱者への偏見をそれとなく批判したことはご存知の方は多いだろう。
トランプ氏が、ある新聞記者の右手が動かないことを揶揄してその真似をした、という
ことに対する批判である。この件については、メリル・ストリープを逆に批判している人もいる。
つまり、トランプ氏のあの大げさなゼスチャーは、彼のもともとの癖なのであって、
なにも手に障害を持つ特定の記者を指してその真似をしたのではない、普段のトークでも
いつもしている動作だ、というトランプ擁護の弁だ。メリル・ストリープがヒラリーと親しいことを
示す写真もアップして、選挙のためのこじつけ批判だ、と。

詳しくはこちらに書いてあるが。http://www.bbc.com/japanese/34941115
トランプ氏が体に障害のある記者の真似をしたのかどうか。本人は否定しているが、その
いいわけは客観的に見てもかなり苦しいものがある。ともかく、普段から、イスラム教徒や
不法移民や、女性など、社会的弱者に対する暴言が多い人だから、こういう批判も出てくる。
そもそもは、トランプ氏が、2015年11月21日に米アラバマ州で開かれた選挙集会で
『ニューヨークの世界貿易センターが崩壊するのを見て、アラブ系住民の多い対岸の
ニュージャージー州で何千人もの人々が歓声を上げていた』、また、
『世界中のイスラム教徒が(9.11米同時多発テロに)間違いなく大声援を送ったと、誰もが
認めている』と、本当は不確かな根拠のないことをまるで事実であるように、集まった大勢の支援者に
語ったというのがこのことのそもそもの発端だ…。


トランプ夫人のファッションはよかったなあ…
トランプ夫人の名前はなんと言ったか。…そうだ。『メラニア』だ。
そういえば、オバマ夫人はなんという名だっけ。そうだ。『ミシェル』だった…。

メラニアさんのブルーの衣装はラルフ・ローレン製だそうだ。
さすがにいかにも一流のデザイナーの服だなと思わせるカッティングの良さとあの色!
元モデルというメラニアさんの着こなしは文句のつけようがなく、ほんとに素敵だった。

私はメラニアさんを見て、いつも、『この人はどうしていつも悲しそうな顔をしているように
見えるのだろう…』と思ってしまうのだが、私だけの感覚かなあ?……
彼女が大統領候補のトランプ氏の妻として公に出るようになってから、ずうっと私は
彼女を見てそんな感じを受け続けてきた。
…彼女はほとんどしゃべらない。そして晴れやかな笑顔もあまり見せない。
いつもトランプ氏の横に、影のように立って、つつましやかな、どこか悲しげにも見える
かすかな微笑みを浮かべているだけである。
『この人は、トランプ氏の妻で幸せなのだろうか…』と、余計な心配をしてしまう私である。

旧ユーゴスラビア生まれだというが、もともとおとなしい性格の女性なのか。
顔立ちそのものは、イタリアの大女優ソフィア・ローレンなどと同じような野性味あふれる
顔なのだが、映像で見る彼女はほんとにいつもつつましく控えめである…
まるでトランプのお人形。飾り物の愛玩物でもあるかのように…と言ったら言い過ぎだな。
でも、なにか私は、彼女の全身から発する悲しみを感じてしまうのである。
むろん私の勝手な思い込みに過ぎないが。

今、メラニア、そしてオバマ夫人ミシェルの名がすぐに思い浮かばなかったが、今日の
大統領就任式を見ていて思うことが一つあった。
自由と平等、民主主義を標榜する国の代表、ホワイトハウスの住人となる人の家庭は、
いつも、強い大統領、そしてそれを支えるつつましやかな妻、という、いわば定型がある
みたいだなあ、と。
オバマ前大統領夫人ミシェルさんは、弁護士としてはオバマ氏以上のキャリアと実力を
持っていた女性だったという。だが、彼女は大統領夫人となってからは決してそういう側面を
表に見せず、あくまで家庭を守る人としての役割を果たしていたように見えた。

弱みなど決して見せない強い大統領と、貞淑で控えめで賢い妻でよき母でもあるその夫人。
幸せそうな子供たち。そして『ファースト・ドッグ』たる可愛い犬!
アメリカ大統領一家は絵に描いたような幸せな一家でなければいけないのであろう。
(ちなみに、トランプ氏は歴代大統領の中で初めて?ホワイト・ハウスで犬を飼わない
大統領になるだろうという。)

クリントン大統領夫人ヒラリー・クリントンは、ある意味で、その型に当てはまらなかった。
彼女自身の政治的野心が強かったからである。
彼女が嫌われた理由には、そういう意外なほど旧式なアメリカ人の男女観、家庭観、というものも
ひょっとしてやはりありはしなかったか、と思うのである。
彼女の政治姿勢や性格に、嫌われる第一番の問題はあったのだろうが…。


反トランプ暴動報道について
今日はもうほとんどテレビを見ていないので、就任式に関する一般の人々の反応は
まだ私は知らない。でもネットの見出しだけ見ると、反トランプデモ隊の一部の暴動が
あって、警官隊と衝突し逮捕者も出たとか。美しい街のショーウインドウのガラスを割り、
車やゴミ箱に火をつけた写真も載っていた。
これ。とても気になる。

実は、昨夜、就任式の放送が地上波テレビなどでいよいよ映し出されるようになる前は、
私はネット放送で、アメリカ在住の映画評論家町山智浩氏の現地報告の映像をずっと
観ていたからである。
就任式の会場に入るには、それぞれ指定の入り口まで長い長い行列の中で待っていなければ
ならない。町山氏も前に進めず、待っているその場で、周りの人々にインタビューなどしているしか
なかったようなのだが、そこに黒服ずくめの一団がいて異様に目立っていた。
町山氏によれば、彼らは、トランプ支持でもアンチトランプでもない、右でも左でもない、
『アナーキスト』を名乗る一団なのだという。彼らは、この就任式がトランプのものであろうが
他の人物であったろうが関係なく、とにかくこの式典に反対するために集まっているのだという。
彼らには、ちょっと話など聞けない、そういう人々であるという。

あとで、店のショーウインドウを割ったりしている一団の映像がテレビで流れていたが、
その一団が黒ずくめの恰好だったなあ…
テレビなどの報道で一様に『反トランプデモ』と言っているが、中にはこういう集団も
いること、そのことにはもっと正確な報道をしてほしい。
『反トランプ派』イコール『暴力集団』という図式を、作り上げないでほしいからである。


よってたかってトランプいじめの様相には抵抗感
私は、トランプ氏が嫌いである。
だが、批判すべきことと、それ以外のことはきっちり分けて考えたいと思っている。

アメリカの歌手や俳優などの多くが、トランプ氏を嫌って、就任式の招待を断り、彼のために
歌うことや自分の楽曲を使われることさえ拒否したという。
日本の芸能界をふくめ、いわゆる文化人と言われる人々が、『反権力』のレッテル貼りを
されて仕事を失うのを恐れて、概して政治的発言を極力避け、それどころかむしろ
権力に擦り寄る人の方が多いのではないかと思わせられる現状に比べると(東日本大震災の
時に私はそれを痛感した)、アメリカは、まだやはり個々のひとの政治的自覚が高いのだなあと
思ってしまう。
だが。彼らが自分の考えで反トランプの意思表示をすることと、式典に参加するアーティストが
少なかったというそのことをあげつらってマスコミなどがトランプをあざ笑うことは別事である。

私はトランプが嫌いだが、そして万事強気のトランプ氏は気にしないではあろうが、
『自分が好かれていない』ということを、こうした形で突きつけられたことは、誰にとっても
こころ傷つくことであろうと、ふと思ってしまう。

『分断』は、悲しいことである。
今度の選挙戦でアメリカの背負ってしまった傷は、思う以上に大きなものになるだろう…
ただ選挙の勝ち負けだけではない、価値観の喪失(逆に又創出)につながっていくものに
なるのであろうと思う。それらについては次回以降に書く。


とりあえずの、式典の野次馬的雑感。







『記憶』


今、世界は、20日のトランプ就任式までは何を言っても無駄になるだろうとでも
思っているのか、その日を固唾をのんで待ちかまえているような感じがする。

今年は確実に、良くも悪くも大きな変化の年となるであろう。
一つ一つの事象に振り回されるのではなく、自分自身の判断基準をしっかり持って
いることだ。なかなか時にそれは難しいことなのだけれども。



                 ***

さて。新年最初の政治記事。^^
まずは、一枚の写真を見ていただこうか。

ある小学校での授業風景なのだが、何かお気づきになられたことがあるだろうか。
よく見てお考えください…


手を挙げる ③


・・・・・・どうですか?


それでは。もう一枚の写真と比べていただこうか。



手を挙げる ④


上は、ドイツの小学校の授業風景。下は、日本の小学校の授業風景である。
…そういえば、違いがお気づきになられるだろうか。


……そう。子供たちの手の上げ方が違うのである。


ドイツでは、人々は手を挙げるとき、右手の人差し指を一本立てるか、親指を立てるか、
親指と人差し指を『チョキ』がたに開くか、あるいはゆるく手を『グー』のように握って
挙げるか、要するに、とにかく日本のように右手指を伸ばしたまままっすぐに
挙げないのだそうだ。それは街かどでタクシーを呼ぶ時も、レストランなどで
給仕のひとを呼ぶ時も同じだという。
ドイツでは、右手の指をまっすぐ伸ばしてそろえて手を挙げる、いわゆるヒットラーの
ナチス式敬礼に似た手の上げ方を法律で禁じているのだというのである。

私はドイツに行ったことがないので、そのことを聞いたとき、ほんとにそんななのかな、と
少々疑問に思っていた。
だが、上の写真は、別に、ドイツの子供たちの手の挙げ方を問題にした記事ではない。
『ドイツで小学校の宿題に関する時間を規制』という内容の記事である。
別な時、別なところで見た、ドイツの小学校の授業風景も同じような感じだった…

…ああ、ほんとに、ドイツではこうなのだな。子供たちがもう、それと意識せずこのような
手の挙げ方をするよう、いわば、日常生活でそれが習慣化され当たり前になっているのだな、と
改めて思わされた。

ご存知のように、今日本と韓国の間では、釜山の日本総領事館前などの慰安婦の像
設置を巡って、悶着が再燃している。
像を撤去する努力をすると約束した韓国政府。だが、像は撤去されないばかりか
増えて行く。約束が違うではないかと怒る日本。それに対し韓国では、日本が出した
10億円などいらない、日本に返してしまえという強硬意見も出ているという。
日本側では抗議の意思を示すため駐韓大使らを一時帰国させた・・・・・・

ああ。もう、何をやってんだ、いったい!

私は、日本が、朝鮮半島併合や、韓国の女性たちを日本軍の兵士の性処理の
相手にしたことを、戦後、誠意をもって心から謝ってこなかったことが、戦後70年も経つ
今なお、両国間の棘が抜けずに、こうしていつまでもぐずぐずと問題が再燃する
一番の原因だと思う者である。それは中国や他のアジア諸国に対しても同じである。

先の12月末、安倍首相や稲田防衛大臣は真珠湾を訪ね、オバマ大統領と共に
戦没者の慰霊を行った。安倍首相はオバマ大統領と並んで談話を発表し、マスコミなども
両国間に長年横たわっていたこころの問題がこれで取り去られた、とでもいうかのように
概ね、総理らの真珠湾訪問を高く評価していたように思う。

だが。日本が戦争を仕掛けた相手はアメリカだけではあるまい。日清日露…はともかく。
朝鮮半島併合。台湾併合。そして中国大陸に『満州国』という傀儡国家建設。
さらには中国重慶、南京などへの爆撃、侵攻。またさらにフィリピンなど他のアジア諸国や
太平洋の島々への侵攻そこの占拠などなど、アジア地域広範にわたって、要するに
武力侵略していったのである。
しかし。日本人は、そのことをドイツのように、ここまで徹底して反省し謝罪してきた
であろうか。

ドイツの徹底した反省は、アウシュビッツなどホロコースト遺跡の完全保存などばかり
でなく、このような手を挙げるという日常の動作にまで及んでいるのだが、それだけで
なく、ありとあらゆる方法で、戦争時の記憶を風化させないようしないよう努力している。

この写真はなんだろうか。


ドイツ 舗道のプレート
写真はこちらの記事からお借りしました。記事も是非どうぞ。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-07-28/2013072816_01_0.html


これは、ドイツの街のいたるところの舗道に埋め込まれたプレートである。
このプレートには、ナチス政権下で犠牲になった人の名前、生年月日、移送された収容所名、
死亡年月日が刻まれ、彼らが生前に暮らしていた家の前に埋められているのだという。
ナチ政権が抹殺しようとした人々の存在を、忘れまいとするドイツの数多くの
運動のなかの一つである。



このように、第二次世界大戦で人類史に残るような大罪を侵したドイツは、戦後厳しい総括を
行い、自国を自ら罰し、ナチスに関わる出版物発行の禁止等も含め、このように
現在も、自分たちの負の遺産負の記憶をぎりぎりと直視することを続けているのである。

今、EU諸国など第二次世界大戦中のドイツの行いを蒸し返して批難している国があるだろうか。
逆にドイツは今、ご存知のように、EU内にあって中心的位置を占める、いわば他国からも
信頼され敬意を持って見られる国になってはいないだろうか。

翻って日本はどうか。
日本はまだ、本当の総括を行っていない。昭和天皇の戦争責任はうやむやにされたまま。
軍部や政治家たちだけではない。日本人は実は民を挙げてあのアジア侵略に猛進して行った
のであるが、国民自身も其の罪について深く考え反省することは乏しかったように思う。
政府は東京裁判でA級戦犯と断罪された日本の戦争指導者を靖国神社に祀り、自民党を
中心とした政治家たちはそれを英霊として顕彰し、いまだに参拝を繰返して、中韓など
アジアの国々の神経を逆なでしている。
安倍首相と仲のいい芸能プロデューサーのプロデュースする少女たちの集団が、
ナチスドイツの制服に似た衣装を着て歌を歌って、批判を浴びたのはつい数ヶ月前のことだ。
この衣装は、海外のメディアからも、驚きと違和感を表明されたというのだが、責任者は
あっさりと衣装を引っ込めただけで、世界の違和感は一向に自覚していなかったように見える。
そればかりか、現政権の財務大臣で副総理でさえある麻生氏は、『ナチス政権の
手口を学んだらどうか』などと、世界が聞いたら総顰蹙を買うような発言を平気で
ぬるっとしてしまう始末!

他国に多大な迷惑と困難と悲劇を与えたことに無頓着というより意識的に鈍感を
貫いてきた国は、自国民の悲劇にも知らんふりを決め込む。

沖縄は日本で唯一の戦場となった地だが、敗戦後もアメリカの基地の街として残されたまま、
日本政府は、その負担を真に取り除こうなどとはこれっぽっちもしないばかりか、
辺野古移設に反対する知事を裁判にまで追い込んで意のままにしようと今もしている。
戦争が終わってもソ連などに抑留されていた人々の困難への補償は、いまだに
政治的には無視され続けている。




私は思うのだ。
なぜ、日本人は、一度、真から先の戦争・侵略の罪を直視し、世界に向けて反省しない?
それをきちんとやってこなかったから、いまだに韓国や中国とまっすぐに向き合えないのだ。
慰安婦の像が、日本大使館前や日本総領事館の前に据えられたって、なんの不都合があろうか。
このドイツの例を見よ。
大人たちは、罪の現実を隠し立てし、綺麗ごとで子供たちをごまかそうとしているか?
ドイツの子供たちは、真実を知らされたことにより戦争を引きずって傷ついているか?
否、だろう。

私は、もし自分が政治家であったなら、国会の敷地内に、韓国慰安婦の像と
中国が日本軍によって受けた被害を示す事跡のプレートと、そして広島長崎の原爆の
事跡のプレートなどを並べて配置する。憲法前文を刻みこんだそれもあってもいい。
二度と日本はあのような罪を犯さない。また世界も同じような過ちを犯さないでほしい…
そういう決意と願いを込めて、堂々とそれらの像やプレートを、日本の政治の中枢の場である
国会議事堂の敷地内に設置したいと思う…。





上に引用した写真は、このサイトからお借りしました。
一枚目の写真:http://newsalt.jp/international/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%A7%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%AE%E5%AE%BF%E9%A1%8C%E3%81%AB%E8%A6%81%E3%81%99%E3%82%8B%E6%99%82%E9%96%93%E3%82%92%E8%A6%8F%E5%88%B6
二枚目の写真:http://familyblog.shogakukan.co.jp/news/2012/01/000515.html
http://newsalt.jp/international/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%A7%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%81%AE%E5%AE%BF%E9%A1%8C%E3%81%AB%E8%A6%81%E3%81%99%E3%82%8B%E6%99%82%E9%96%93%E3%82%92%E8%A6%8F%E5%88%B6



『新春のご挨拶 ’17』




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『ロシア機墜落に想う』


『25日早朝、ロシア南部ソチからシリアに向かっていたロシア軍所属のTu154型旅客機が、
黒海に墜落した。ロシア国防省によると、乗客84人と乗員8人の計92人に生存者はいない
模様だ。乗客の多くはロシア軍所属の楽団「アレクサンドロフ・アンサンブル」のメンバーで、
報道関係者9人も搭乗していた。(12.25 朝日新聞デジタル)


『アレクサンドロフ・アンサンブル』と言っても、ピンとこない方が多いだろうか。
それでは『赤軍合唱団』と言えばどうだろうか。
そう言っても、ご存知でない方は多いだろうなあ…

だが、私には、ある意味で、自分の青春時代を象徴するもののひとつである…。
『赤軍合唱団』だけではないけれど、ロシア~旧ソ連の芸術というものは、確かに私の感性の
ある部分を育てるのに確実に影響を与えてきたと言えると思っている…。

その『赤軍合唱団』…いや、正確にいえば、『アレクサンドロフ・アンサンブル』イコール
『赤軍合唱団』ではない。
『赤軍合唱団』と俗に呼ばれているのは、旧赤軍・旧ソビエト連邦軍・現ロシア連邦軍・
ロシア内務省国内軍といった、ロシアの軍隊・準軍事組織等に属する合唱団の総称・通称
であるからである。
『アレクサンドロフ・アンサンブル』は数ある『赤軍合唱団』のうちの一つだ、と言って
おけばいいだろう…

墜落機の乗客84人の多くは、その合唱団の団員であって、生存者はいない模様という…
ああ!なんと…!







勇ましい曲調のも多いけれど、たとえば、4:20からとか10:00や19:23、27:00くらいからの、
哀愁を帯びたメロデイのをぜひお聞きください。
合唱団の後ろに流れている映像は、ロシアの苦難の歴史の一こまでもある…
単純に一つの国を、憎んだり嫌悪したりはできないのだということだけここでは伝えたいと
思います…。


私は、ちょうど今、プーチンの訪日の記事を書いていて、いろいろな感情から、記事を
仕上げることが難しくなって、途中で筆を止めていたところであった。
いろいろな複雑な感情とは何か…
詳しくは、また、記事をちゃんと仕上げて、その中で説明しよう。

…だが。とにかく、私は、『アレクサンドロフ・アンサンブル』を含むいわゆる『赤軍合唱団』の
歌がとても好きだった…。軍の合唱団…という事実はともかく、世界の男声合唱団の中でも
とりわけうまいよなあ、といつも思っていた。
そもそも私は、ロシアの民謡が好きなのだった。
とりわけ、ロシアの大地から生まれてきたような哀調を帯びたメロディの歌たちが。
私が今でも、『短調』の歌以外には心ひかれないのは、幼いころから、『トロイカ』『黒い瞳』
『カチューシャ』などのロシア民謡に親しんで育ってきたからだとさえ言えるくらいだ。
そしてまた、トルストイの『復活』などのロシア文学、チャイコフスキーなどの音楽、また、
レーピン、シ―シキンなどのロシアの写実主義の絵画などが、私はどれほど好きだった
ことか…。



①イヴァン・シ―シキン

イヴァン・シーシキン 『冬』 (1890年)




それは、プーチンの政治が好きだとか嫌いだとか、安倍総理との会談がどうだとかいう
ようなことの一切を超えて、私自身のすでにいわば血肉となった好みなのである。

なんと悲しい…
彼らの乗った飛行機が、シリアに向かっていたということも、私にとっては二重三重の意味で
悲しい。
ご存知のように、プーチンのロシアは、アサド政権を支援して、反政府軍の拠点である
アレッポの街を無差別猛爆撃。かつて美しかったアレッポの街は灰燼に帰し、当然だが
そこに住んでいた人々は反政府軍、民間人の区別なく爆撃を受けて赤ん坊幼児を含む
多くの人が命を失い住む場を失ったからである。
つい先日、アサド政権とプーチンは、アレッポの制圧を宣言。反政府軍とその家族などを
含む人々は、アレッポからの撤退に合意したと、高らかに勝利宣言したばかりだ。
これで、ほぼ4年間続いた、シリアの内戦は、形の上では終息に向かう見込みが出てきたと
いうのだが……
ご存知のように、シリアのアサド政府をロシアやイランが支持し、反政府軍をアメリカや
トルコなどが支援するというその戦いの様相に加えて、ISなど過激集団や、さらには
クルド人の戦闘員たちもこの内乱に関係していてシリアの内乱を複雑にしている。
それらが入り混じって戦い、外部から見ていると、もう何が何やら、何が正しくて
何が悪いのかそんなことが判然としない複雑な状況になってしまっているのだ。
そんな中、確実に罪もない人々の命が失われていっている……

プーチンの日本訪問には、単に北方四島返還の問題だけでなく、このシリアの問題や、
トランプのことや、いろいろな問題が絡んでいて、私は、頭を抱えていたのである。
…それは、単に今現在の日本、ロシア、シリア、アメリカ、トルコ、…などという国々の
ことだけではなく、それぞれの国がそれぞれに抱きしめている、『痛いほどの』歴史、と
いうことの重さに突き当たったからである。
それを単純に、たとえば日本という一つの国の立場から見て、どちらが正しいとか
どちらが間違っていたとかとはとても言えないのだ、という…ごく単純なことに突き当たった
のである。いわば、それぞれの国の民そのものの顔が見えてくるような気がし、私の皮相的な
善悪観では、とても記事は書けないと考えてしまったからである。

それを私は、今回、プーチンというひとの顔、その表情、仕草…を見ていて感じたのである…
これまで彼のことは、ニュースの断片などで一瞬見たことはあっても、その表情の微妙な
部分、人間の仕草が表すその人の性格、その時の心情の動き、などということを、じっくり
観察する機会はなかった。

…彼は、人の目をめったに見ない…
概していつも伏し目がちである……それはなにを意味するのか…
ロシアの人々はプーチンのことを『大好き!』だという…
どうして、この人物を、そんなにいいと思うのか…
この猜疑心の塊のように見える人物を…

だが。ずっと彼の顔を見ていて、今回ほんの少しだが、プーチンの一見冷たく見える容貌の
底に時折よぎる悲しみの気配のようなものを、私は見たような気がした。

それは。ロシアの歴史を革命の頃までずうっとさかのぼって考えないとわからないことなのかも
しれないと、この頃改めて思う。ロシアの歴史、ロシアの大地。そしてロシアの人々…




イヴァン・シ―シキン②

イヴァン・シーシキン 『陽を浴びる松』 (1886年)



ああ!この松林の風景は、ソ連に抑留された日本人捕虜たちが見ていた光景でも
あるかもしれないなあ…


私は今、ちょうど、2015年のノーベル文学賞受賞者であるベラルーシの女性作家
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの、『戦争は女の顔をしていない』を読んでいた
ところである。これは、今はベラルーシだけれど、かつては旧ソ連の一部であった
かの地の作家が、第二次世界大戦中、ドイツとの戦いのために出征したロシアの
女性兵士たちに聞き書きをした、重い重い作品である。
彼女は言う。
『ロシアほど、戦争について日常的に語る国民はいない』と。

なぜ、ロシアはシリア内戦にかくも介入したのか。
それにはいろいろまた語ればきりがない要因がいくつもある。
だが私は、ロシアはシリアの港が欲しかったからだということが、今、改めて痛いように
わかったような気がしているのである。
ロシアはシリア西部、地中海に面したタルトゥース港に本格的かつ恒久的な常設海軍基地を建設
拡大しようとしている。タルトゥースはずっと以前から、ロシアの軍艦の地中海での任務中の補給
基地としても使用されてきてはいたが…そこをミサイル防衛基地として拡大したいという意図を
持っているのである。

広大な極北の大地を抱えるロシアにとって、暖かい南や西の海に開ける港がどれほど大事に思えるか。
それは、戦略的な意味だけでなく、もう、ロシアの民の体質となってしみついているものでは
ないだろうか…。
そのことは、ロシアの哀切きわまりない短調の歌を聴き、シ-シキンなどの描いたロシアの
森林の絵や、かつての帝国時代の貧しい農民たちの暮らしぶりの絵…そんなものを知って
いれば、痛いほどに分かるような気がするのである。
だがそれは。無論。別の国の人々たとえばクリミアをめぐってウクライナ、たとえばシリア、の人々に
とって見れば、傍迷惑極まりない話である。容認などできることでは全くないのは無論だ。

今回墜落したロシアの飛行機u154は、モスクワ郊外の軍用飛行場からシリア西部ラタキア
近郊のロシア空軍基地に向かっており、ソチには給油のために立ち寄った。
 『アレクサンドロフ・アンサンブル』は、今回はシリアのロシア軍基地で新年コンサートを
行う予定だったという。一部メディアは、シリア政権軍が制圧を宣言したばかりの北部アレッポで
記念演奏会を行う予定があったと伝えているという。

ああ!………
なんということ!……
私が感じる悲しみは、無論合唱団の人々を含む遭難者に向けられたものではあるけれど、
その前に、ロシアやアサド政権軍からアレッポのひとびとが受けた攻撃のこと…
アメリカを含む反政府軍支持の国々からの爆撃 ―(もう何が正しいのか!!)なども含む……
それらすべてによる死者たちや避難者たちにに向けられるものでもある。


こんな美しい歌声を持った人々が消えた…
彼らは何のために命を落としたのだろう。
美しい街が消えて、瓦礫だけが残された…
そこに住んでいた人々はいったい何のために命を落とし、追われる身となってしまったのだろうか。

これらすべての人々をわたしは、今日、悼むのです…。














『TPP日本が可決  NAFTAとTPP』


12月9日。14:30.たった今、TPPとその関連法案が可決された。
参院本会議での投票の様子をネット中継で見ながらこれを書いていたが。 なんと愚かな!!!

ご承知のように、TPPはトランプ次期大統領が撤退を選挙公約で表明。トランプ氏が考えを変え、
アメリカ議会でも承認されない限り、発効しない。それは、12カ国の合計の60.4%のGDPを
占めているアメリカの参加なしでは、 ルール上からTPPは発効できないのである。
ベトナムはすでに見送りを表明。なのに、なぜこの問題のきわめて多いTPPを、日本が 強行採決
までして批准しなければならないのか。

奇しくも昨日は、日本がアメリカとの戦争に踏み切って真珠湾を爆撃してから75年目であった。
なぜ、勝算の見込みなどない対米戦、ひいては対世界戦に日本は突き進んだのか。
その前に、なぜ日本は、アジア侵略に突き進んでいったのか。
一度動き始めた流れを止められない。やめた方がいいという意見も多くある中で、 誰もが
責任を持ってそれを言い出せない、結局責任の所在も明確でないままにずるずると 期限が来て
決定的に動き出してもう止められなくなってしまうという、日本の宿痾のような 無責任体質が
またしても発揮されようとしている。
それは、福島第一の廃炉や住民の生活 再建もままならず核燃料廃棄物も行き先もないまま
原発を再稼働する体質や、豊洲新市場の 盛り土問題、膨らむオリンピック予算など、あらゆる
ところに見られる杜撰と同じ構図だ。

そもそもTPPの本質が、余すところなく国民の前で語られたということがあっただろうか?

国会での議論も、また大手新聞、テレビなどの論調も、そもそもの最初からTPPが この国の経済を
活性化させる、という視点中心で語られてきたように感じる。
そのマイナス面、怖さも含む全貌については、知る者は国会議員の中でさえごく一部 だったのではないか。

日本語の正文もない公式文書を批准する?

そもそもTPPの公式文書は、英、仏、スペイン語で書かれたものだけであって、日本語の 正文は存在しない。
それは、日本がTPP交渉にあとから参加したという理由が大きいのだが、 それでも同じくあとから
参加したカナダは、英仏両語を話す国民に配慮して、フランス語の 正文も作ることを要求し、
フランス語の文章ができたといういきさつがある。
12カ国中のGDPに占める日本のそれの割合は、17,7%。アメリカに次ぐ規模であり、
日本が参加しなければTPP発効はやはり難しい。その大きな存在である日本の国語の正文がない。
日本政府とその交渉官は、正文を作る要求さえしてこなかったのか!

英文で正文が2000ページ、付属書も含めると5000ぺーじにもわたるという 公式文書の、
日本語要約(『TPP協定全章概要』が97ペ-ジ。そのほかに別添え 添付書などが110ページほどある。)
は、2015年10月12カ国の大筋合意が 得られたその後の11月になっては出ているが、
合意後にようやく概要の翻訳が 出されるって、いったいどういうこと!!??
それでどうやって国会議員たちはそれまで議論をしてこれたの?

ちなみに、私、その97ページの概要を、投資関連など気になるところだけ拾い読みしてみたが、
外交文書・法律文書に慣れたものでないと、到底細部まで読みこなせない。
英語原文とそのごく大雑把な日本語概要を精細に読み比べた専門家の言で、そんな
概要のしかも翻訳ミスなども存在する大変に粗い文書で大事な対外交渉を進めるのは
大変に危険だ、ということがどこかに書いてあったが、素人でもそう思う。

日本国憲法に見てわかる通り、法律の条文というものは、たった一行といえども
解釈を さまざまに許すものである。
今日つい先ほどTPP賛成の票を投じた日本の国会議員の、 一体何人が、その微妙な
内容を多く含む5000ページもの英文を、隅々まで読みこんだと 胸を張れるだろう!
彼らは自分たちがよく知りもしない協定を批准したそのことに、後々どうやって責任をとるのか!

そもそもTPPの交渉過程は、原則非公開で、各国からはこの協定に関わる3名の
関係者しか閲覧することはできない。また交渉過程の詳細も、締結後4年経たないと 公表されない。
ところが。 米政府は2015年3月。米通商代表部のフロマン代表とルー財務長官が 出席した
民主党の集会で、フロマン代表は、新たな措置によって議員らはTPPの 各章の要旨に加え、
全文を閲覧できるようになると説明しているのである!
アメリカは、ちゃんと、国会議員も見れるようにしたのに、日本はその要求もしていない。
ちなみに、アメリカがEUと結ぼうとしてたTTIPも、EU側はとりわけISDS条項の透明性を求める
要求をしているが、日本政府の国会の議論における野党議員からの この点についての
質問への答弁は、いつも「心配に及ばない」の一言である。
いったい、日本の国会議員たちは、TPPのことをどれほど理解しつくして議論を 進め、
きょう可決成立させるに至ったのであろうか?
アメリカやEUの議会がそれぞれに要求した程度のことを、彼らは国会議員として
要求してきたのであったろうか?

TPPの本質。それは、圧倒的な不公平と不透明さである。
それは、一部巨大無国籍企業のための『自由』貿易協定であると言っていい。



『自由』貿易協定。それは植民地政策と同じ不公正なシステムを含む。

前回の記事で、私は、ラジ・パテル著『肥満と飢餓』という本を紹介した。
この本は、世界の食料生産とその流通、供給システム、いわゆるアグリビジネスに潜む
不公平と不公正の構造をえぐりだし、それが10億人の飢餓と10億人の肥満や、恐ろしいほどの
環境破壊へ繋がって行くという非人道的側面を鋭く指摘した本だ。
『10億人の肥満』といっても、それは『肥満=豊かさ』ということを意味しているのではない。
アメリカのような先進国の子供たちに見る肥満傾向。偏った栄養とカロリーの食しか選べない、
貧しさゆえの肥満、を意味している… 400ページ以上もある本書のすべては語れないが、
松岡正剛氏の『千夜千冊』にこの本が 紹介されているので、概略を知りたい方はこちらをどうぞ。
http://1000ya.isis.ne.jp/1610.html

『肥満と飢餓』の中に、今回トランプ次期米大統領が離脱を示唆しているNAFTAやTPPにも
関連してくる象徴的な図があるので、紹介する。 下の図の左側の黒い砂時計のような図がそれである。
流通のボトルネック構造だ。『ボトルネック』とは、瓶の首。 まさに、口のせまい瓶を二つ、
口のところで上下に重ね合わせた形をしている。 このボトルネック図自体は、『肥満と飢餓』にも
載っているのだが、取り込みできないので 下記のサイトからお借りした。
このサイトの記事もどうぞよければお読みください。
http://blog.midori.info/2012/02/blog-post_26.html 大豆資料のボトルネック 砂時計のようなこの図は、ブラジルの農家が作った飼料用大豆が、肉牛・乳牛、豚肉などの酪農・畜産農家で購入
使用され、それが加工などされてスーパーなどの店舗に並び、 最後にヨーロッパの消費者の
口に入るまでの諸過程での関連業者数を簡単に図式化したものだ。
一番上の大きな三角部が、ブラジルの飼料用大豆農民だ。 真ん中の四角部分が『畜産・酪農家』や
『加工・包装業者』などだ。 一番下のまた大きな三角部がヨーロッパの食肉・その加工品などを
買う、要するに『消費者』だ。 この三つの部分に携わる人口や業者が多いのは素直に判るだろう。
だが、途中でこの三つをつなぐ極端に狭くなっている部分がある。いわゆる『瓶の首』部分だ。
ここが、飼料用大豆を大量に集めて粉砕し飼料として加工したり、それの流通システムを掌ったりの
いわゆるアグリビジネスの巨大企業で、 ここを示すカーギル、ADMなどの5社。この5社が
市場の60%を占有している状況、 とりわけ、カーギル、ADM、ブンゲの3社では、市場の80%を
占有しているのである!


図の右の方は、ブラジルの農家が、借金をして元モンサントなど巨大無国籍企業から、 遺伝子
組み換えの種子、化学肥料、農薬などを買い入れ、一部富農は利益を売る場合もあるが
零細農家では、飼料用大豆の生産過多→価格暴落→紗金返済と生活のための更なる 作付増加→
更なる価格暴落→借金の増大のため土地を手放し低賃金労働者となる… という構図
を表したものだ。
同じ上のサイトからこの図もお借りする。


消費者と農家


これはアメリカの農家と消費者の実情を折れ線グラフにしたものだ。
消費者が食料を買うために費やす費用(実線)は下がることはなく現状維持か、長期的に見れば
上がり続けているのに、農家が得る金額(点線)は変動が大きく、しかも明らかに年々下がり 続けている。
これらの図はたまたま、ブラジルの飼料用大豆とヨーロッパの消費者、またアメリカの農家と消費者を
扱ったものだが、この構図は、何もブラジルやアメリカに限らない、また飼料用大豆に限らない。
世界中でこの、生産者は多く消費者も多いのに、中間にその流通を支配する少数の 巨大アグリ
ビジネス企業が存在するために、消費増大があってもそれが生産者の懐に 入って行かない、
要するにごく一部の大企業による中間搾取が行われているというこの ボトルネック構造は見られるし、
それが大きな問題となっているのである。

たとえば、みなさんも、エチオピアのコーヒー農民とスターバックス社のこうした関係を 耳に
なさったことがおありだろう。 http://blogs.yahoo.co.jp/pen_tsuyoshi/34478374.html
エチオピアはアフリカ最大のコーヒー生産国である。輸出収入の67%をコーヒーが占め、
1500万人の生活を支えているという。けれどもその価格は、安く、農家の暮らしは楽になるには 程遠い。
その原因は大きく言えば、WTO体制と食糧のグローバリズム化だ。
そこでは自由市場・ 市場原理が優先されるため、コーヒーの最低価格保持政策が破綻してしまって、
農家は 作れども作れども、作るほどコーヒー豆の価格が暴落し、生活と土地や種子肥料
などの購入の 借金返済のため、さらに栽培を増やすという悪循環が、上記ブラジルの
飼料用大豆と同じ 構造で起きているのだ。
さらにコーヒーの国際価格は、ニューヨークの先物市場で決まるため、ここにも
原油や穀物や金 同様の「投機マネー」が流れ込み、実際の需要とは無関係に価格が
決まるため、価格変動が 激しい。

つまりエチオピアの零細農家とは全く関係のないところで世界の巨大産業また金融資本家たちの
あくなき欲望と市場操作が働き、農家が働いても働いてもなぜか報われない、巨大な利益は
中間に存在するごく少数のアグリビジネス関連の巨大企業や投資家に集まって行くという
不公正な構造がここでもまかり通っているのである。

コートジボワールなど西アフリカ諸国などのチョコレートの原材料カカオ豆栽培農園における
過酷な児童労働や人身売買の問題をお聞きになられた方も多いだろう。


トランプとメキシコとNAFTAそしてTPP

今回トランプ次期米大統領は、NAFTAでアメリカが損をしていると言った。
NAFTAで、アメリカの大工場がより安い生産条件を求めてメキシコに移転。さらにはメキシコから
大量の移民が 押し寄せて、さらでも減少傾向にあるアメリカ人労働者の職を奪う。
また彼らは安い賃金で 働くため、アメリカ人労働者の賃金も連動して下がって行く…
こうしたアメリカ人中低層の労働者たちの積りに積もった不満を、トランプは『NAFTAからの 離脱。
TPPからの撤退』という公約で掬い上げたのである。

一方、悪者扱いされているメキシコでも深刻な農民の被害がNAFTAによって生じている。
確かに、アメリカとの国境付近の住民たちは貿易で潤ったかもしれない。NAFTAがメキシコの
経済の押し上げをしたことは、あらゆる数値にも出ている。また、大規模農場経営のできる富農は
確かに富を増したが、しかし、NAFTAの恩恵は、国境線から遠い地域などメキシコ全土には
なかなか届かなかった。交通網整備など受け入れ側のインフラ整備もままならぬからである。

そもそもメキシコは、1910年代のメキシコ革命によって農地が農民に分配され
共有化(エヒード)が進められていた。また石油資源等の国有化も行われていた。

国営食糧公社がトウモロコシ、小麦などを保証価格で買い入れる価格支持制度を
行っていたが、1994年のNAFTA施行後、食糧公社は解体され価格支持制度は廃止された。
NAFTAによってトウモロコシの関税は2008年には撤廃。企業の農地所有も認められた。
その結果、米国からの農産物輸入が急増して小農の貧困化が進み、さらには中国、
ASEANからの工業品輸入増大がメキシコの地場産業に大きな打撃を与えた。
世界の農業は今 第1回メキシコ】NAFTAで疲弊進む-トランプ発言の背後にあるもの-

このように、NAFTA締結後、メキシコでは商品経済が農村部にも浸透。一方で、
革命後農民に分配され共有化されていた農地への企業参入など政府のメキシコ農業の
さまざまな保護策は撤廃されたり弱体化していき、小規模農家の生活は苦しくなる。
それら小規模農家は農地を企業的農業に貸して米国に出稼ぎに行く動きが盛んになり、
それが米国に1000万人(?)いるとされる不法移民の大きな要因となっている
というのである。

メキシコの穀物流通も、カーギル等の米国穀物メジャーが支配する状況になったのである。
ここでもまた、一部富農は潤うが、もともと経済力のない小規模農家や貧農には
自由主義貿易協定のもたらす富のトリクルダウンは起こらず、
貧富の差の拡大とその固定化が生じた
ということになった。
NAFTAで巨大な富を得たのは、やはり巨大無国籍企業である。


TPPは本質的には、巨大企業を利すると いう点で、NAFTAと同じである。
その中でもとりわけ私が心配しているのは、ISDS条項、 ラチェット条項など、金融・
投資関係の、いわゆる非関税障壁に関するルールである。
長くなるので、詳しくは次回にする。




『TPPについて思うこと』


さてさて。
アメリカのいないTPPはさほど危険でなくなった。ただし、その代わりに、
日米安保条約と連携した日米二国間の『戦略的』経済連携協定が
TPPよりさらに日本側にとって厳しい条件で持ち出されるであろうことは言っておく。

TPPなどの自由貿易協定がはらむ問題の本質については、まだそのほんの一部しか
語っていないし、まだ語る必要はあるであろうと思う。
とても大きなテーマなので順不同になるが、思いつくままに書き記しておく。

福島第一原発事故が起きる前までは割合政治に関心がなかった私が、世界のありよう
について眼を見開かれた本の一冊。著者はラジ・パテル。
TPPを勉強する前に、いや、同時くらいかな、買ったのは。第三刷が2010年11月に
出ているから、少なくともそのあとだ。
『世界の食料生産から消費、そして食生活のあり方までコントロールするグローバル・
フードシステムの実態と全貌― 』帯の紹介文より


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●TPPになぜ反対していたか

私がTPPにかくも危機感を持って反対していたのは、おもに以下のようなことからである。
その細かいことについては、おいおいまた詳しく書いていきたいが、最初にその
TPPに関する私の大きな捉え方をここにさきに挙げておきたい。
わたしがTPPに反対する理由。

第一に、それが、アメリカを中心とした巨大多国籍企業による巨大多国籍企業のための
EPA(経済連携協定)であって、そこには力の差による不平等と搾取の構造が
潜在的に存在している
からである。
第二に、TPPはずっと、単に『経済効果』の側面でしか語られることが少なかったが、
しかし突き詰めていけば、それは、参加国の主権やその社会構造や文化までを変質させて
しまう恐れをその内にはらんでいる
ものでもあるからである。
第三に、その交渉過程の不透明さにもずっと危険を感じてきた。
なぜ不透明になるのか。外に向けてか内に向けてかその両方か、要するに明白に
したくないことがそこに存在するからであろう。
第四に、TPPは、そもそものスタート時は本来『経済連携協定』であったはずである。
しかし、そこに経済連携以外の要素、日米安保条約などとも連携したアメリカと日本の
アジア戦略、はっきり言えば、日米豪、フィリピンなどによる、中国封じ込め政策とリンクする
防衛協定の要素が、とりわけ安倍政権になってから濃厚に入り込んできたこと

私は危険を感じていた。
日本のことに限って言えば、中国や北朝鮮に脅威を感じる日本が、アメリカの核の
抑止力に守ってもらおう、アメリカの軍事力を後ろ盾にすることを続けようとする限り、
TPPであろうが二国間のFTAであろうがEPAであろうが、それが本質的に『平等』なもの
にはなりえない恐れが出てくる、ということを考えるから
である。


●TPPの今後

オバマが推し進めてきたTPPは、トランプが当選してもヒラリーが当選しても、また仮に
サンダースであったとしても、アメリカ側からの見直しは避けられなかった、ということに
なる。ただし、前二者のTPP反対と、サンダースのそれとでは、意味が大きく違っていたが。
トランプ、ヒラリーの反対は、今の条件下でのTPPはアメリカに不利、だからさらに
アメリカにとって有利な条件のものにしようという意味での反対であり、サンダースの反対は、
TPPのような自由貿易協定が本質的にそのうちに含む不公平、不平等の搾取構造を
指摘していたのだという大きな違いがあった。
私のTPPに反対する理由は、サンダースのそれに近い。

とにもかくにも、TPPはいったん停止だ。
安倍政権が、いかに日本側での批准を急いで国会で強行採決しようがすまいが、
アメリカがこれから身を引く限り、TPPはこのままの形では発効しない。
それでは、TPPがらみで今後どんなことが可能性として考えられるかちょっと整理しておこう。
日・EU間、米・EU間などのその他の動きはややこしくなるので、ここでは触れない。
また、ごく大雑把な分け方なので、当然、ここに掲げた選択肢以外の道もあるであろう。
それらの組み合わせもあるであろう。たとえば、①と④、およびと②と④などは同じことの裏表を
言っているので、同時に起こる可能性が大である。


①TPPは、ほかの11カ国でも最終合意に達しないまま消滅。
②アメリカ抜きで、ほかの11カ国が、ルールなどを再構築(これも大変な作業になろう)。
 アメリカ抜きのTPPを発足する。
③上記②に、トランプのアメリカが再度考え直して参加してくる。トランプのアメリカが
 考え直すのが先か、11カ国の発足が先かはわからないが、とにかく結局アメリカも参加する。
④アメリカはトランプの言通り、もう明確に参加しない。TPP、NAFTA、TTIP(米・EU)
 のような多国間貿易協定をやめ、アメリカが必要と感じる国と(その最大のターゲットは、
 むろん日本だ!)二国間のFTAまたはEPAの形で、さらにアメリカにとって有利な形で協定を結ぶ。
⑤日本は、今のところは中国中心だが日本も一応参加はしているRCEP(東アジア地域包括的
 経済連携)、日中韓FTAなどに軸足を切り替える。中国と協力して(それもかなりの困難を
 伴うだろうがそれは覚悟の上で)、東アジアの貿易の新ルールを築いていく。
⑥②と⑤の合わさったもの、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)に発展させる。
 この場合も、アメリカも入る場合と入らないケースの二通りある。
⑦日本も保護貿易主義をとっていく。完全にか、自由貿易と並立させていくかはまた
 別の選択肢としてある。

フローチャートやベン図のような図形にしてすっきりと表せればいいのだが、
残念ながらパソコンでの作図能力がないのと、そのもととなる頭脳がない。
でも、およその選択肢はお分かりいただけるのではないだろうか。

一応、アメリカがまだ離脱していない状態のベン図をこちらのサイトからお借りして載せておく。
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016111400662&g=use

経済連携 ベン図


さて……
一つ大事なことは、自由貿易を進めていくのならば、本来条文上も平等で
公平であるべき貿易協定が、参加国・参加集団間の顕在的力の圧倒的な差によって
その交渉・実施段階において、不平等・不公平なものになっていかないよう、
人類の知恵を総集していくということである。


さて。日本はどういう道をこれからたどっていくのであろう…
今まで通り、日米安保体制を堅持。経済協定でもアメリカとの関係を最優先していくのか。
それとも、日米安保体制は維持。しかし中国などアジアの国々とも連携。その両立を
探っていくのか。
日米安保体制を見直し、アメリカ依存から脱し、アメリカとは対等な立場で友好関係は
維持しつつも、アジアにより大きく比重を移していくのか。
同じく日米安保体制を見直し、アメリカ依存から脱する。アメリカとは対等な立場で
友好関係は維持しアジアとも連携しつつも、日本独自の生き方を探っていくのか。
それをさらにおし進め、世界の大きな緩やかな連携…現行日本国憲法前文に
掲げたような人類の理想を実現していくことに貢献していくのか。
それとも。
アメリカの核の傘から脱し完全独立を目指すが、そのために、核武装し、軍国化。
日本を(再び敗戦前の日本のような?! ><)世界の強国に押し上げるというような
愚かな野心を抱くのか。

今の安倍政権下の日本は、アメリカ隷属の道をさらに突き進む動きの中にあるように思う。
この選択肢しかないと、ひたすらアメリカに追随する形である。
一国の首相が、大統領になる前の人物に慌てて自ら詣でて、挙句の果てに見事に梯子を
外されるという情けない出来事も、アメリカしか見ていないから起こってくること。
この政権の人々はさらには、彼らの願望として、最後の核武装の選択肢もあわよくば、
と考えているように見える。安倍首相以下、稲田防衛相など現役閣僚、また
周辺の人々の過去発言にもそのような考えはたびたび端々に出てきている。

TPPはもはや、私たちにとって単なる経済連携協定ではなくなっている。
米や牛肉、自動車の関税などだけの話ではとっくにない。
そこには、私たち日本人が、自分の国をどういう風にしていきたいのか、また
人類が、どういう世界を目指していきたいのかという大きな問題が関わってきている。
TPPやその他自由貿易協定の問題は、まだ終わっていない。
上にも書いたように、日本に限って言えば、トランプのアメリカのもとで、さらに厳しい
日米二国間経済協定を、それも、日米安保条約や日米ガイドラインなど防衛問題と
絡めて、今度はむしろもっと水面下で行うという危険性も出てくるであろう。
世界的な規模で語っても、自由貿易はどうあるべきか、否応なしに進行する
『グローバル化』の問題を、人類はどう考え解決していくべきなのか、という
大きな大きな疑問を、そのうちにはらんでいるのである。
わたしたちはよほどしっかりと、政治のありようと世界の動きを見ていなければ
ならないはずなのだが…。

次回以降は、上記のあれこれについてもっと具体的に書いていくつもり。
時々、柔らかい記事も入れていきます。^^



*FTAとEPAの違い
FTA:関税の撤廃・削減を定める自由貿易協定。 
EPA:関税だけでなく知的財産の保護や投資ルールの整備なども含めた経済連携協定。

『TPPとトランプ現象② トランプで世界は変わるか』


TPP問題とトランプ現象…。

…トランプ大統領決定の翌日に、日本の国会、衆院が、敢えてTPPの承認と
関連法案を可決したこと。
そのことは、単なる日程上の偶然ではない。TPPとトランプ大統領誕生は、深い
因果関係や相関関係を持っていると私は思って、この数日間一所懸命、これらのことを
考え続けてきた…

で。いつもの私の記事の書き方というか私の姿勢として、記事のテーマを、問題提起から
因果関係の追及、途中の経過、結論までを一つの環として捉えたい、といういつもの悪い癖
(そのためにいつも、テーマがどんどん膨らんでいき、記事が長くなる!そして
結局シリーズは尻切れトンボになる!苦笑)が出て、
なんとかこの二つを一つのテーマにまとめたいと四苦八苦していたのである…

どちらも、単に経済問題とか外交問題などという点だけで見るわけには
行かない、いわば、私たちの世界観、未来観を問われる問題である、ということは
言えるであろうと思う。
私たちは今、いろんな意味で分岐点に立っている。

方針を改めて。
個別に書いていこう。
内容が前後したり、他へ飛んだり、ということがあるかもしれないが、記事のシリーズが
終わったとき、全体としての私の考えが伝わればいいかなと思うことにして。



              ***


『トランプで世界は変わるか』 

御存じのように、今回トランプに票を投じた人々の不満の大元には、自分たちの暮らしが
よくなっていかないことへの閉塞感があったと思う。
まじめに働いても賃金が思うように上がっていかない。いくつもの割の悪い仕事を
掛け持ちしても生活はかつかつ。
だが、そうした不満を抱える人々の一方には、自宅や事務所にいながらにして、不動産を
動かしたり株を売り買いしたりさらにはもっと実体のない金融商品を売り買いしたりして
瞬時に何千万、というような金を得る富裕層というものがいる。
また、スティーブ・ジョブズなどのように、その高い能力を生かして起業し、巨万の富を
築いた人々もいる…
その周りで同じく地位と富を獲得していく企業専門の弁護士、法律顧問などがいる…
(アメリカは名にしおう『訴訟社会』である! TPPでそれがやってくる!!!)
そして往々にしてそれらの身分から政治家に転じた二重三重の有利な地位を持つ者さえいる…。
一方にそうした『選ばれた』人々がいるのだ。

今回の選挙結果をみると、クリントンが獲得した州は、本当にわずかな地域である。
ニューヨークを中心とした東部海岸。セレブ達が多く住むカリフォルニアなど西海岸の州。
それら以外の州は、ほとんどがトランプ支持の赤色に染められた。
一つ一つの州を取り上げても、その州の州都など都会部ではクリントンが強く、
周辺では圧倒的にトランプ票が多かった…

怒れるアメリカ人たちの、その怒りの原因はいろいろに語れるだろう。
増えて行く移民たち。彼らがそれでなくとも苦しい自分たちの仕事を奪う…
それなのに、貧しい移民や食い詰めた黒人たちの生活は自分たちの税金で保護される…
だが。それを口に出して言えば、『人種差別主義者』『非人道的』などといって、周りの者や
マスコミから叩かれる…。
綺麗事の理想主義を振り回す取り澄ましたジャーナリストたちや学者、評論家たちも、
同じく『選ばれた人々』であることに変わりはない…

誰もおれたちの私たちの悩みと怒りをわかってくれない…。
そうした鬱屈した怒りを、トランプは代弁したのである…

だが、私は、トランプが、そうした怒れる人々の怒りのもとの状況を変えてくれる人とは思わない。
彼自身が、彼の批判するところの『既得権益層』だからである。
彼の激しい攻撃の対象であったヒラリーとなんの変わりもないのだ。

彼の本質は、『ビジネスマン』である。
彼の(おそらく)優れたビジネス感覚が、アメリカの…世界の…これまでの悪しき既成概念を
打ち壊して、いい意味で『理』にかなった選択をしていってくれればいいが、
そうして、アメリカの人々の暮らしを改善し、また、硬直した世界の外交関係を新しい感覚で
より良きものにしていってくれればいいが、と、私も心から願うものである…。

だが、ビジネスの世界は、非情である…

トランプが勝って、世界を駆け巡った驚きの声。
私自身驚いたのは驚いたが、その騒ぎの中で私が非常に興味深く思ったのは、
トランプの勝ちが見えてきた日本時間9日の午後には、日本では株価が暴落。
一時は前日終値から1,000円も下げる『悲観的な』動きとなったのだが
(ご存じのように翌日には回復)、当のアメリカでは、トランプリスクがあれほど
言われて悲観的予測が囁かれていたのに、一日と経たずして、市場はトランプ
大統領誕生を、『好感』。
結果的には大統領選の間、ニューヨークダウは一度も下げることなく5日続伸、
過去最高値更新、選挙ウイークで1,000ドルも上昇という動きとなったことである。
それは、トランプが、勝利確定すると同時にその攻撃的姿勢をひっこめたことにより、
極端な政策転換がすぐには生じない見通しが立ったことへの安心感と、トランプが
明言した公共投資拡大、金融緩和、減税などへの期待感から、関連株が買われた
ことなどがあったからだという…

やれやれ、投資家というものはたくましいものだな……
結局、この市場の動きが象徴しているように、世の中が嘆くほどトランプが大統領になっても、
世界もアメリカも、そう悪い方向にも良い方向にも変わらないんじゃないか。
そう、溜息とともに、私は思ったものだ…。

まず。彼は『既得権益層』の打破などしない。彼自身がエスタブリッシュメントだからである。
その意味で、怒れる白人層の、トランプが自分たちの怒りを代弁し、その根本原因を
取り去って生活を改善してくれるだろうなどというと期待は、叶えられるかどうかわからないと
私は大いに疑っている。


このグラフを見てほしい。

GDP推移世界の

国民一人当たり名目GDP推移
どちらのグラフもこちらのサイトからお借りしました。http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html

主要国の名目GDP(対ドルベース)と、同じく国民一人当たりのGDPを、1980年から
IMFによる2020年の予測までをくわえてグラフ化したものである。

日本のGDPの伸び率の低さや中国の急伸はともかくとして、アメリカのところを見てほしい。
アメリカは、2009年のリーマンショック時に、一時落ち込みはしたものの、GDPは
国家レベル、国民一人当たりのどちらをとっても、順調に伸びているのがわかるだろう。
リーマンショックで確かに国民の失業率は10%にまで増えた。だがその後は順調に
回復し、オバマ政権下では5%にまで戻っている。

それなのに、どうして今回の選挙で、アメリカのとりわけ中下層の怒りは爆発したのか。
なぜ働いても働いても家計所得は上がらず、生活は苦しくなるばかり。大学を出ているのに
職がなく、仕方なし給料の安くて不安定なパート労働でしのがざるを得ない…
かつては自分はアメリカでは『中流』の暮らしができていると思っていたのに、いつの間にか
『下層』の暮らしに陥っていた…
そうした蓄積した不満がついに爆発したのだ。

では、このグラフに見るように、アメリカの経済は決して不況などではなく、むしろ
世界でも、恵まれている方だった。それなのになぜ、庶民の給料は上がらないないどころか、
むしろ十年前、二十年前より下がったなどという人が出てきたのか。
(ちなみに、日本も同じような状況である…)
わかりきったことだ。上位1割の富裕層が、その果実を独り占めにしたからである!
アメリカでは、トリクルダウンは起きていないのである。

あとでまた書けたら書きたいが、アメリカでかつてそこそこ中流の生活をしていた
ものまでが下層に落ちるような羽目になった。その契機は、主にあのリーマン・ショックである。
リーマン・ショックは、アメリカにおける実体経済を伴わないサブプライムローンという
金融商品と、そのローンの証券化商品の破綻から、世界に広まった…

本来なら家を持つのが資金的にも信用的にも苦しいはずの人々でも安く家が
買えますよ、という美味しい話を信じて、結局不動産バブルがはじけて、
それらの人々は家も貯金も何もかも失ってしまった…。
中下層の人々の苦しみの始まりの大きな一因である…

そういう人々を救うと言って票を集めたトランプ。
NAFTAのような自由貿易協定をご破算にして保護主義をとり、交通インフラなど
国内の雇用を生み出す公共事業などに公的資金を投入すると約束しているトランプ。
いわば、実体のある経済への切り替えだ。それはいいと思う。

だが、彼のそういう姿勢は本心か。
トランプ氏は当選した途端、『反ウォール街』から『親ウォール街』に翻意しそうなのである。
『ウォール街の顔』であるJPモルガンのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)、
リーマンショックの反省から生まれた『ドッド・フランク法』(金融規制改革法)の廃止を
推進してきたジェブ・ヘンサリング下院金融サービス委員長、ゴールドマン出身で
トランプ陣営の財務責任者を務めたスティーブン・ムニューチン氏らを新政権の
最重要経済閣僚(財務長官)候補とし 、ウォール街との関係改善を目指す姿勢を明確に
していると言われるからである。トランプ氏自身を含め、これらはみな、彼が選挙戦中
猛烈に攻撃してきた既得権益層だ。
ダイモン氏率いるJPモルガン・チェースは総資産でアメリカ最大の銀行。
『ドッド・フランク法』の廃止を訴えてきたヘンサリング下院金融サービス委員長は、
金融業界からの献金が今年だけで、100万ドル(約1億円)を超える人物だという。
トランプ氏自身も『ドッド・フランク法』の廃止を訴えている。『ドッド・フランク法』は、
2008年のリーマン・ショックの反省から作られた。金融危機の再発を防ぐため、
銀行が自己資金でリスクの高い取引を行うことなどを禁止している。
これが撤廃されれば、世界的な金融規制の強化路線が後退して、新たな金融危機に
つながっていく恐れもあるという…。

(青文字部分、朝日新聞11月12日長官より要約。)


彼が選挙民に示して見せた怒りは、ポーズではないか。
ウォール街とだけでなく、共和党主流派との一見不和も、既にはやばやと溶解している。
トランプも共和党主流派も、選挙戦中のようにたがいに敵意をむき出しにしたままでは、
これからをやっていけないからである。
トランプ大統領の今後の姿勢は、その人事を見れば一目瞭然。共和党とのパイプを
生かしつつ、自分を大統領に押し上げてくれた貧しき民の期待にも背かないよう、
もっとも要職である大統領首席補佐官にはプリーバス氏を、そして自分の選対最高
責任者であったバノン氏を首席戦略官・上級顧問に据えたということは、自分の主義は
変えないけれども、実際の政治は現実路線でいくということではないだろうか。
バノン氏は、最右翼で国家主義的、人種差別的な発言をする人物で、共和党主流派批判の
最先鋒であったという。
トランプは極めて変わり身の早い人なのではなかろうか。

そう言った意味で、今、日本政府など、TPPが座礁するかもしれないと嘆く声が
多いようであるけれども、何のことはない、あっさりと方向転換してTPP推進に
変わるんじゃないか。
だって、仮に。
①これまでアメリカ主導だったTPPが座礁しても、アメリカ抜きでTPPが
あとの11カ国で進められることになって、アメリカが蚊帳の外にいざるを得なくなる、とか、
(ニュージーランドは愚かなことに、15日、日本より先に国会で関連法律を通して、TPPを
批准したようだ!)
②TPPが全く駄目になって、代わりに中国主導のRCEPが勢いを増して、日本、韓国なども
そちらに加わっているから、中日韓を含む大きな自由貿易圏がアジアに生まれることになったら、
トランプ氏のビジネス本能がそれをみすみす指をくわえて見ていることなど許すだろうか?

もともとトランプ氏がNAFTAをやめると言ったりTPPはやらないと言ったりしたのは、
それらの自由貿易協定が、強者が弱者からさらに奪うという不公平不公正なシステム
だから反対だというサンダースのような主張からではなく、アメリカが損をしている、
不公平だ!と言って、さらにアメリカが儲けられるようにという意味で反対していたのだから。

もしTPPをやらないとしても、日本などとの二国間協議を、TPPよりもっとアメリカに
有利な条件で強固に進めようとするかもしれない。そうなったらTPPよりさらに悪い。

TPPで、日本をアメリカの強欲な巨大企業に差し出そうとしている現政府が、さらに
経済交渉ではタフな大統領になったアメリカに抵抗しうるのだろうか?
ぺル-でのAPECに出るついでとは言いながら、まだ大統領になってさえいない
トランプ詣でに、日本の首相自らが出かける。
どこまでいったい、アメリカがそんなに大事なの?

私は、安倍首相とトランプ氏の親和性はすごく高いんじゃないかと思っている。><
う~ん…何をいったい約束してくることやら…
TPPには、金融サービスの自由化、という項目もあるのだ。
訴訟好きなアメリカの、したたかな弁護士たちが、日本の富を狙って手ぐすね引いて
いますよ。お人よしの日本はそれに耐えられるのか。

また一方、ビジネスマン、トランプは驚くような行動に出ることもあるかもしれない。
中国やロシアとの、経済上の融和政策だ。
日本はアメリカだけをせつなく潤んだ目で見つめていていいのだろうか?(比喩表現です)


                   
今まで話したこととは別に、一つだけ、トランプが出たことによって、世界が変わるだろう
と思うことはある。
それは、『慎み』の喪失だ。『畏れ』の喪失だ。
相手を傷つける恐れがあっても言いたいことは言ってしまうという…。
『言ったもの勝ち』『やったもの勝ち』の世界。そしてそれが非難されることなく、なんと
ぐずぐずとなし崩しに容認されてしまう世界。いやむしろ、賞賛さえされる世界…。
『自分が言ったことも都合が悪くなるとすぐに「言ってない」と言い張る』
『自らの不利不徳などを、だれかほかの者のせいにする』……
そうした極めて乱暴な言動と思考が、これから増えて行くであろう。



世界はこれからいろんな意味で良くも悪くも動いていくだろう…
トランプが出なくても、その傾向は既にあった…
大きく緩やかに、世界は旋回していくのだ…何処かへと……
その時に、日本は、どういう国でありたいのか?
あなたは、どういう世界に生きたいだろうか?


『TPPとトランプ現象 ①』


今日午後3時から、一応衆院本会議が開かれ、そこで与党はTPP承認と関連法の
強行採決を目指しているようである。
(こんな大事な採決をテレビで中継しないので、インターネット中継で見ながら、これを
書いている。国会の外で反対を叫んでいる人々と連帯し、強い抗議のつもりで。)

TPP反対を明確に打ち出しているトランプ。肝心のアメリカの批准がどうなるか
わからない状況で、なぜ日本がTPP採決をそんなに急ぐ必要があるのか。

トランプやがクリントンがTPPに反対していた意味は、サンダースや私がここで反対
している意味とは大きく違う。トランプらは、アメリカの企業が自由貿易によって損を
することのないようTPPのルールをよりアメリカに有利にしなければならないと言って
反対しているのであり、サンダースや私は、TPPというものが、巨大企業による
巨大企業のためのルールで営まれようとしているいわばさらなる簒奪のシステムで
あるから反対しているのだという点である。

このことについては、次回以降の記事で書いていきたい。
だが実は、もうTPPの基本については、私も記事をいっぱい書いてきている。
新たに書く記事は、それとは別のことを書きたいので、下のところに、私のこれまでの
TPPに関連した記事のURLをリストアップしておくので、興味おありの方は覗いてみてください。

それらの記事の中でも、私がこれだけは一番言っておきたいこと。
それは、TPPというのは、アメリカの巨大企業のための協定だ、ということである。
もう一度、この記事を掲載しておこう。


『TPPで私たちが闘わなければならなくなる相手』
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1166.html



アメリカで「TPP」を推進して米政府を操る黒幕たちの正体』

では、アメリカの誰がこのTPPを推進している黒幕なのか?以下のサイトがその正体です。
NATIONAL FOREIGN TRADE COUNCIL

http://www.nftc.org/
NFTC.png



この「全国貿易協議会」、略して「NFTC」という財界団体・同業組合がTPPの裏にいる存在であり、TPPを強力に推進しているわけです。NFTCは1914年に設立され、オープンでルールに基づいた国際貿易システムを主張する最も古く、そして最大の規模を誇っています。会員社数は300を超えており、ワシントンとニューヨークにオフィスを構えています。つまり、オープンな国際貿易と投資制度を促進する公共政策を主張し、専門知識および主要問題についての情報をフル動員して広め、さらに政策決定者とオピニオン・リーダーとの対話によって公開討論に影響を及ぼすことでグローバルな通商を進めることです。

もっとわかりやすく身もふたもない言い方をすると、政府関係者にロビー活動を行って自分たちの会員企業に有利な法律を政府に作らせるのがお仕事、というわけです。

TPPを推進している企業の名前がずらっと並んでいます。

以下がそのリストです。かなり膨大な量になっていますが、インテル、マイクロソフト、IBM、GAP、コカコーラ、ファイザー、シティグループ、ダウ・ケミカル、GE、ヒューレット・パッカード、ジョンソン・エンド・ジョンソン、リーバイス、オラクル、P&G、タイム・ワーナー、Visa、ウォルマート、ゼロックスなどといった有名企業も山ほどあり、つまりTPPでの交渉とは、これらすべての企業を相手にするのと同じ意味なのだ、ということです。

有名企業以外にも日本では知られていないが非常に強力なロビー活動のための組織が山ほどあり、TPPでなぜあれだけ多くの分野が上がっているのか、その理由がわかるはずです。加盟社数、会員社数、構成員数、これまでの歴史、アメリカはTPPのためにこれまでアメリカが築き上げてきたすべてのものを総動員しているというのが、一目瞭然です。


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Abbott Laboratories(アボット・ラボラトリーズ、1888年設立の製薬会社、世界130カ国で事業展開を行っており、1985年に世界初のHIV血液検査薬を開発)

ACE Group(エースグループ、生命保険会社で主にロンドンのロイズ保険市場を使っている)

Advanced Medical Technology Association (AdvaMed)(先進医療技術工業会)

American Apparel & Footwear Association (AAPC)(アメリカの服とフットウェアの協会、何百もの下請け業者を代表する産業業界団体)

American Automotive Policy Council (AAPC)(クライスラー、フォード・モーター、ゼネラル・モーターズの自動車大手3社がアメリカの自動車推進政策会議として組織し、国際貿易と経済政策に関する自動車推進の通商政策会議を行っている)

American Business Conference (ABC)(1981年に設立されたアメリカ営業会議、経済の中型の高度成長セクターの公共政策についてロビー活動を行う団体で、主に製造業・公共事業・先端技術・金融サービスがメンバー)

American Chamber of Commerce in New Zealand(AmCham)(ニュージーランド米国商工会議所、フォーチュン500の会社などがメンバーで、45年以上もの間、アメリカとニュージーランドの貿易・投資・観光旅行を促進してきた)

American Chamber of Commerce in Singapore(AmCham Singapore)(シンガポール米国商工会議所。アメリカ国外では最大規模の米国商工会議所のうちの1つ、ASEANで最大の米国商工会議所であり、シンガポールで最大の外国の商工会議所。シンガポールで概算250億ドル(約1.9兆円)の投資を行っている。4500人のメンバーと700を超える会社が加盟しており、1年あたり280を超えるビジネス・イベントを開催し、13の産業に焦点を置いた委員会を所有する)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Hanoi)(AmCham Hanoi)(1994年設立のベトナム・ハノイ米国商工会議所。メンバー数は450人、立法および行政改革・ネットワーキング・ビジネス状況報告・貿易使節団・有益な出版物を取り扱い、政府に対して景気を増強するロビー活動も行う)

American Chamber of Commerce in Vietnam (Ho Chi Minh City)(AmCham Vietnam in HCM City)(ベトナム・ホーチミン米国商工会議所。1996年設立で700の会社と1500人の会員を有する)

American Council of Life Insurers (ACLI)(生命保険産業のためにワシントンD.C.でロビー活動を行う業界団体。米国生命保険産業の総資産の90パーセントを占める300社の保険会社を代表している)

American Forest & Paper Association (AF&PA)(米国森林・製紙協会。林業協会と米国製紙工業会の合併によって1993年1月1日設立。米国のパルプおよび製紙業のおよそ80%および木製建築資材キャパシティーの50%のメーカーを代表する林産品産業の国立同業組合)

American Import Shippers Association (AISA)(米国輸入運送協会。1987年設立で、織物・衣服・フットウェアおよび他の消費財のアメリカの輸入業者をとりまとめる世界最大の国際的発送協会のうちの1つ)

American Soybean Association (ASA)(アメリカ大豆協会。アメリカの大豆生産者2万2000人で構成された非営利農業団体で、1920年設立。過去90年間にわたって政府に対するロビー活動、生産者の教育、啓蒙活動を行っている)

ANSAC(ANSAC: American Natural Soda Ash Corporation)(1984年設立、アメリカン・ナチュラル・ソーダ灰株式会社。アメリカのソーダ灰3社のための国際的な物流部門。グラス、洗剤およびいくつかのナトリウムに基づいた化学薬品の製造の中で使用される本質的な原料である炭酸ナトリウム(Na2CO3)であるソーダ灰を扱っている)

Applied Materials, Inc.(アプライドマテリアルズ、アメリカ半導体製造装置最大手で1967年設立。半導体(集積回路)チップ、コンピューターとテレビのための平面パネルディスプレー、家と建物のためのグラスコーティング、産業と光起電力の太陽電池のためのフレキシブル基板コーティング)

Association of American Publishers (AAP)(米国出版社協会。アメリカの本出版産業の国立同業組合で、より小さく非営利的な出版者、大学出版局などアメリカのほとんどの主な商用出版者を含む300人を超えるメンバーを擁する。知的財産と国際著作権を扱う)

Association of Equipment Manufacturers (AEM)(設備メーカー協会。農業、建築、採鉱および公益事業の産業用設備を製造する会社のための同業組合)

AT&T(エイ ティ アンド ティ、アメリカ最大手のモバイルと固定電話の電話会社。1877年にグラハム・ベルが設立したベル電話会社が前身で、現在では1億70万人以上の携帯電話ユーザーを持っている)

Bechtel Corporation(ベクテル、石油コンビナート、原子力発電所、キング・ファハド国際空港、ホンコン国際空港、英仏海峡トンネルなどの建設を請け負う世界最大級の建設会社)

Boeing Company(ボーイング、1916年設立の多国籍航空宇宙および防衛関係請負業者。アメリカで唯一の大型旅客機メーカーであり、ヨーロッパのエアバスと世界市場を二分する巨大企業。民間機だけでなく軍用機・ミサイルなどの研究開発・設計製造も行っている)

Biotechnology Industry Organization (BIO)(バイオテクノロジー産業協会。産業ロビー団体で1100人を超えるメンバーで構成された世界最大のバイオテクノロジー団体)

C.V. Starr & Co., Inc.(CV Starr)(革新的なリスク管理解決策を提供するグローバルな保険および金融サービス組織。飛行機、船舶、エネルギー、財産および超過災害保険を扱う)

Cargill, Incorporated(カーギル、1865年設立のアメリカ最大の個人所有企業で、もし公開企業であればフォーチュン500のトップ10に入ると言われている穀物メジャー。食品、農産品、金融商品、工業用品および関連サポートをグローバルに生産して提供し、63か国でビジネスを展開、総従業員数は13万8000人)

Caterpillar, Inc.(キャタピラー、建設および採鉱設備、ディーゼル機関および天然ガス機関の世界で最大のメーカー。機械類とエンジンを売り、世界的な販売網によって顧客に金融商品と保険も売っている)

Chevron Corporation(シェブロン、1879年創業の石油関連企業。世界の石油関連企業の中でも特に巨大な規模を持つ国際石油資本、いわゆるスーパーメジャーと総称される6社の内の一社)

Citigroup, Inc.(シティグループ、1812年に前身である会社が創業された多国籍金融サービス企業。世界140カ国に1万6000のオフィスを持ち、世界で最大の金融サービス・ネットワークを所有、社員数は26万人、顧客の口座は2億以上開設されている)

Coalition of Service Industries (CSI)(サービス業連合。サービス業全般を代表しており、アメリカの労働力の80%を使用し、全国経済生産高のうちの4分の3を占めている。保険、テレコミュニケーション、情報技術、速達便、オーディオビジュアル、エネルギー・サービス、また他のサービス業を含んでおり、銀行業務から国際的大企業まで世界100カ国を網羅する)

The Coca-Cola Company(コカ・コーラ、多国籍飲料企業大手。現在200か国以上で500を超える商標を展開し、毎日17億杯もコカコーラを売っている)

Corn Refiners Association (CRA)(コーン精製者協会。コーン精製とはコーンスターチ、トウモロコシ油、ブドウ糖果糖液糖(HFCS)の生産のこと)

Council of the Americas (COA)(アメリカ評議会。自由貿易、民主主義および公開市場を促進しているアメリカの事業組織。経済・社会開発、公開市場、法の支配および西半球の至る所での民主主義に対する共通の責任を共有しており、委員会の会員は銀行業務、金融、コンサルティング・サービス、消費者製品、エネルギー、採鉱を含む広範囲のセクター、製造、メディア、技術、輸送を代表する主要な国際会社から成り立っています)

CropLife America(CROP、農業のバイオ企業の国際的な連合)

DHL(ディーエイチエル、世界最大の国際輸送物流会社。国際ロジスティクス会社ドイツ・ポストの1部門)

Diageo(ディアジオ、イギリスの酒造メーカー。世界で最大のビールとワインの主要製造業者でもあり、スミノフ、ジョニーウォーカー、ギネス、キルケニー、ベイリーズ、J&B、キャプテンモルガン、クエルボ、タンカレー、ボーリューヴィニャード、スターリングヴィンヤーズワインなどのブランドを持つ。180か国以上で販売を行い、80か国にオフィスを持っている)

Distilled Spirits Council of the United States (DISCUS)(合衆国蒸留酒会議。数十年間存在した3つの組織(ブルボン研究所、酒精協会およびライセンスト・ビバレッジ・インダストリーズ社)の合併によって1973年に結成された。アメリカで販売されているすべての蒸留酒の80%を代表している)

The Dow Chemical Company(ダウ・ケミカル、世界最大級の化学メーカー。175か国以上に4万6000人の従業員を持ち、1897年設立。米国化学工業協会の会員)

Eli Lilly and Company(イーライリリー・アンド・カンパニー、1876年設立の製薬会社。糖尿病治療のためのインスリン製剤で有名で、今日世界で最大のインスリンメーカーであり、精神医学薬剤の配給元でもある)

Emergency Committee for American Trade (ECAT)(米国貿易緊急委員会。米財界有力者が結成した自由貿易推進団体で1967年結成)

Emerson(エマソン、多国籍企業。広い範囲にエンジニアリング・サービスを提供し、アメリカで最大のコングロマリットのうちの一つ。150か国に12万7700人の従業員を持つ)

Express Association of America (EAA)(アメリカ速達便協会。4つの大きな統合速達便会社であるDP DHL、フェデックス、TNT、UPSが作った新連合)

Fashion Accessories Shippers Association (FASA)(ファッションアクセサリ運送協会。国立ファッション・アクセサリーズ協会社(NFAA)によって1986年に設立され、政府の事務に助言したり、価値のある米国関税情報を供給することが役割)

FedEx Express(フェデックス、物流サービスを提供する世界最大手の会社)

Fluor(Fluor Corporation、石油およびガスの建設会社でフォーチュン500のうちの1社。4万1000人を超える国際的な従業員を雇用し、25か国以上に展開している)

Footwear Distributors & Retailers of America (FDRA)(アメリカ履物配給者・小売り業者協会。フットウェアの小売り業者、配給者、メーカー、サプライヤーおよび国際貿易協会)

Freeport-McMoRan Copper & Gold Inc.(Freeport、世界で最も低コストの銅生産者および金の世界で最大の生産者のうちの1つ)

Gap, Inc.(Gap、アメリカで最大の衣類および付属品小売り業者。13万5000人の従業員がおり、世界中に3076の店舗を展開、そのうち2551はアメリカ国内)

General Electric Company(GE、世界最大のコングロマリット(複合企業)であり、売上高世界第二位のメーカー。1878年創業でエネルギー、技術インフラストラクチャー、資本財政および消費者産業の4つのセクションを持つ)

GlaxoSmithKline(グラクソ・スミスクライン、イギリスの医療用医薬品製薬会社。医療用では呼吸器系・抗ウィルス・ワクチンの分野で高シェアを持っている)

Grocery Manufacturers Association (GMA)(食料品店メーカー協会。1908年以来、食物、飲料およびコンシューマ製品のブランド化に努めており、公共政策に産業規模の効率を増加させるためにロビー活動を行っている。最大のメンバーはコカ・コーラ、ネスレ、ペプシコ、プロクター・アンド・ギャンブル、デル・モンテ・フーズおよびユニリーバ)

Hanesbrands, Inc.(ヘインズブランズ、世界的な一般消費財企業で主にアパレルを扱う衣料品会社。Wikileaksの公電の中では国務省にロビー活動を行ってハイチの1時間あたりの最低賃金を0.61ドルから0.31ドルまで下げさせたことが暴露されている)

Herbalife Ltd.(ハーバライフ・インターナショナル、健康食品とスキンケア商品の企業。210万人のネットワークビジネスを駆使し、76か国でMLM方式のビジネスを展開。社員数は4000人)

Hewlett-Packard Company(ヒューレット・パッカード、製品、技術、ソフトウェア、ソリューション、および政府の顧客を含む個別消費者、中・小型のビジネス(SMB)および大企業に対する製品を提供するアメリカの多国籍情報技術企業)

IBM Corporation(IBM、コンピューター・ハードウェアとソフトウェア、メインフレーム・コンピューターからナノテクノロジーまで及ぶコンサルティング・サービスも含む多国籍技術企業。時価総額では世界2番目の規模の技術会社)

Information Technology Industry Council (ITI)(米国情報技術工業協議会、米国の主要なハイテク企業によって構成される団体で世界各国の首都、WTO(世界貿易機関)におけるロビー活動を最も効果的に行うテクノロジ産業の業界団体として広く知られている)

International Intellectual Property Alliance (IIPA)(国際知的財産連合。1984年に形成された、7つの同業組合の民間部門連合。著作権法によって保護されたコンピューター・ソフトウェア、フィルム、テレビ番組、音楽、本およびジャーナルを対象としている)

Independent Film & Television Alliance (IFTA)(インディーズ映画&テレビ連合。構成は22か国で150を超える会員会社を持っており、販売代理店、テレビ会社、スタジオ関係会社および金融機関などを含む)

Intel Corporation(インテル、世界最大の半導体チップ・メーカー)

J.C. Penney Corporation, Inc.(J. C. Penney、アメリカの中程度のデパートチェーン、50の米国の州およびプエルトリコすべてに1107のデパートを展開している)

Johnson & Johnson(ジョンソン・エンド・ジョンソン、アメリカの医薬品・ヘルスケア製品メーカー。1886年設立で、世界に250以上のグループ企業を保有しており、医薬品・医療用機器・診断薬を製造。救急絆創膏「バンドエイド」で有名。世界企業ランキングでは製薬ヘルスケア部門で世界第2位)

Kraft Foods(クラフト・フーズ、アメリカの菓子、食物および飲料コングロマリット大手。155か国以上で多くの商標を売り、そのうちの12個で毎年10億ドル以上を得ている。キャドバリー、ジェーコブス、クラフト、LU、マックスウェル・ハウス、ミルカ、ナビスコ、オスカーメイヤー、フィラデルフィア、トライデントなどを持っている)

Levi Strauss & Co.(リーバイス、デニム・ジーンズのリーバイス・ブランドで世界的に知られている個人所有のアメリカの衣料品会社)

Mars, Incorporated(MARS、菓子、ペットフードおよび他の食品の世界的なメーカーでフォーブズによってアメリカで5番めに大きな私企業に位置付けられている)

McDermott International(McDermott、アメリカ、中東、カスピ海および環太平洋で事業で主に海を舞台にした国際的なエンジニアリング会社)

The McGraw-Hill Companies(マグロウヒル、出版社。ビジネスウィーク誌などの雑誌の出版や、教育、放送、金融事業などを行っており、スタンダード&プアーズやJDパワーの親会社)

Merck & Co., Inc.(メルク、世界140カ国以上で事業を展開している世界的な医薬品大手企業で1891年設立。従業員数は約9万3000名。世界に七つある巨大製薬会社の1つ)

Microsoft Corporation(マイクロソフト、多国籍コンピューティング企業。マイクロソフト・オフィスとウインドウズで超有名)

Monsanto Company(モンサント、遺伝子組み換え作物の種の世界シェアは90%を占め、研究費などでロックフェラー財団の援助を受けている多国籍バイオ化学メーカー)

Motion Picture Association of America (MPAA)(アメリカ映画協会。映画産業の業界団体であり、ハリウッドのメジャースタジオなどをメンバーとする)

National Association of Manufacturers (NAM)(全米製造業者協会。アメリカ最大の産業同業組合)

National Cattlemen’s Beef Association (NCBA)(全国牧畜業者牛肉協会。牛肉生産者の集まりで、「景気および消費者需要の増強により牛および牛肉生産者のための利益獲得機会を増加させる」のが目的)

National Center for APEC (NCAPEC)(アジア太平洋経済協力会議(APEC)のための米国のナショナル・センター。APECのための唯一の米国商業組合で、APECのプロセスへのアメリカの民間部門としてロビー活動を繰り広げている)

National Confectioners Association (NCA)(国立菓子屋協会。69の菓子会社の代表によってシカゴで1884年に設立され、世界で最も古い同業組合のうちの1つ)

National Foreign Trade Council (NFTC)(全国貿易協議会、TPPの総元締め)

National Music Publishers Association (NMPA)(全米音楽出版社協会。音楽出版社の全米団体で著作権保護を活動の中心としており、1917年設立。800を超える音楽出版社が加盟しており、アメリカの音楽著作権の60%を処理している)

National Pork Producers Council (NPPC)(国立豚肉生産者評議会。国内と世界市場への高品質の豚肉の一貫して信頼できるサプライヤーとして米国豚肉産業を確立することにより、米国豚肉生産者および他の産業ステイクホルダーの成功の機会を増強して、その43の合併された州協会を代表して公共政策に関与するロビー団体)

National Retail Federation (NRF)(全国小売連盟。世界で最大の小売り業協会で、デパート・専門店・ディスカウントストア・通信販売・ネットショッピング・独立小売業者およびチェーン・レストランおよび食料雑貨店を含む。4兆4000億ドル売上、2400万人を超える従業員、160万軒以上の米国の小売店を含んでおり、さらに100を超える協会をも含んでいる)

News Corporation(ニューズ・コーポレーション、アメリカの多国籍巨大メディア企業。タイムズ・20世紀フォックス・FOXテレビジョンなど大手新聞、テレビ、映画会社などを傘下におさめるオーストラリア発祥の世界的なメディア・コングロマリット。)

Oracle Corporation(オラクル、アメリカの多国籍コンピューター技術企業。世界で第2位のソフトウェア会社。世界市場のトップシェアを占めるデータベース管理システムソフトを持つ。)

Outdoor Industry Association(OIA)(アウトドア企業団体。アウトドア産業で4000社以上のメーカー、配給者、サプライヤー、販売代理人および小売り業者に貿易サービスを提供している同業組合)

Pacific Sunwear of California, Inc.(PACSUN、小売り衣料品会社。南カリフォルニアの若者文化および流行に定着している。十代とヤングアダルトのためにデザインされた限定アクセサリーやフットウェアなどが有名で、50の州およびプエルトリコに826の店を展開している)

Pfizer, Inc.(ファイザー、世界売上1位のアメリカの多国籍製薬企業。1849年創業、11万6500人の従業員を抱える。バイアグラを作ったのはここ)

Pharmaceutical Research and Manufacturers of America (PhRMA)(米国研究製薬工業協会。米国で事業を行っている主要な研究開発志向型の製薬企業とバイオテクノロジー企業を代表する団体)

Principal Financial Group(プリンシパル・ファイナンシャル・グループ、1879年に設立された約130年におよぶ歴史を持つ世界有数のグローバル金融サービス機関。傘下の会社を通じて個人や法人の投資家に対してリタイアメント・サービス、資産運用、保険等の様々な金融商品ならびにサービスを提供している)

Procter & Gamble(P&G、プロクター・アンド・ギャンブル、世界最大の一般消費財メーカー。2011年度の売上は826億ドル(約6.4兆円))

Recording Industry Association of America (RIAA)(アメリカレコード協会。アメリカで生産され売られたすべての正当なレコード音楽のおよそ85%を作成・製造・分配している)

Retail Industry Leaders Association (RILA)(小売り業界リーダー協会。公共政策と産業によって消費者の選択および経済的自由を促進することを目的とした同業組合)

Sanofi-Aventis(サノフィ・アベンティス、フランス・パリを本拠とする製薬・バイオテクノロジー企業でヨーロッパ最大手。循環器系・代謝系・中枢神経系・内科系・血栓症・がんなどの医薬品やワクチンを製造している)

Securities Industry and Financial Markets Association (SIFMA)(証券業界および金融市場協会。アメリカと香港で証券会社、銀行および資産運用会社を代表する主要な証券業界業界団体の1つ)

Skyway Luggage Company(Skyway、1910年設立の荷物メーカー。カナダ、メキシコ、ヨーロッパ、オーストラリアおよびニュージーランドへの国際的卸売業者でもあり、アメリカで最大の独立して所有された荷物サプライヤー)

Smart Apparel U.S., Inc.(Smart Apparel、紳士服やスポーツウェアおよび礼装用ワイシャツなどのアパレルメーカー)

Society of Chemical Manufacturers and Affiliates (SOCMA)(化学メーカー協会。国際貿易協会であり、合理的なルールを求める団体)

Target Corporation(ターゲット、小売業者。ウォルマートに次ぐアメリカ2番目のディスカウントチェーンで、アメリカ全企業の収入ランキングでは33位)

AnnTaylor Stores Corporation(アン・テイラー、女性向け衣類小売りチェーン。クラシックスタイルのスーツやドレス、靴やアクセサリーを製造・販売していて、46の州で907の店や工場を展開している)

TechAmerica(テックアメリカ。アメリカを中心としたハイテク技術産業団体で、1200の企業が所属。目標として「草の根からグローバルへ」を掲げています)

Time Warner, Inc.(タイム・ワーナー、世界最大のメディア企業の1つ。CNN、ワーナーブラザーズ、カートゥーンネットワーク、ブルームバーグ、TIME、ニューラインシネマ、DCコミックなどを傘下に持つ)

Travel Goods Association (TGA)(旅行用品産業の全国組織で、製造業者、代理店、小売業、プロモーター、販売店、そして下請け業者までがメンバーに含まれている)

TTI Global Resources, Inc.(TTIグローバルリソース。アパレルや靴下関係のビジネスを背後に持つ投資グループが2001年に作った企業で、最初はタイで細々と事業を営んでいましたが、国際サプライチェーン化して、今やタイの他に中国やベトナムで生産や経営のサポートをしている)

Tumi(トゥミ、スーツケースやカバンを作っているメーカー。ペルーで平和活動を行っていたチャーリー・クリフォードが1975年に設立。世界に直営店舗を120店舗出店している)

U.S.-ASEAN Business Council(米国ASEANビジネス協議会。ワシントンD.C.、バンコク、ハノイ、ジャカルタ、マニラ、シンガポールにオフィスを置き、アメリカとASEAN諸国との間の市場問題を解決している)

U.S. Association of Importers of Textiles and Apparel (USA-ITA)(アメリカ繊維アパレル輸入協会。国内の布や衣類の輸入業者が一体となった主張をするべく1989年に設立。アメリカの小売業者やブランド、輸入業者のニーズを代表し、ビジネスの障害を取り除くべく活動している)

U.S. Chamber of Commerce(アメリカ商工会議所、ロビー団体。多数の企業や産業団体の利益を代弁するためにロビイストのほかに政策専門家や弁護士が所属する、アメリカ最大のロビー団体の一つ)

United States Council for International Business (USCIB)(米国国際ビジネス評議会。1945年に「開かれた国際取引システム」促進のために設立され、300以上の多国籍企業や法律事務所、商業組合が加盟している)

United Technologies Corporation(ユナイテッド・テクノロジーズ、多国籍企業。航空機のエンジンやヘリコプター、燃料電池、エレベーターやエスカレーター、防火や警備などの建物システムなど幅広い製品を扱うコングロマリット。軍事企業でもあり、攻撃ヘリのブラック・ホークやミサイル関連も扱っている)

United Parcel Service (UPS)(ユナイテッド・パーセル・サービス、貨物運送会社。世界中の220の国や地域に展開していて、1日の顧客は610万人、運ぶ荷物の数は1500万個以上)

US-New Zealand Council(アメリカ・ニュージーランド評議会、超党派非営利組織。アメリカとニュージーランドとの間の貿易拡大や投資、業務提携促進のために活動している団体。評議会メンバーやスポンサー合計38社のうち34社はアメリカ企業や多国籍企業、4社がニュージーランド企業)

Visa Inc.(ビザ、カード会社。200カ国以上で使用可能なクレジットカードのブランド。クレジット以外に支払いと同時に引き落としが行われるデビットや先に入金して積み立てておくプリペイドのサービスも行っており、アメリカでは70%以上がこちらの利用方法)

Wal-Mart Stores, Inc.(ウォルマート、ディスカウントショップ最大手。従業員数が200万人もいる世界最大の企業で、収益も世界18番目。世界15カ国にいろいろな名前で合計8500店舗を展開している)

Xerox Corporation(ゼロックス、印刷機器製造会社。世界160カ国に展開しており、従業員の数は13万6000人。イギリス女王エリザベス2世とチャールズ皇太子の「御用達リスト」に加えられている)

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これらのリストを見れば分かるが、「アメリカ」という国一つを相手にしているのではなく、その裏にいるこれだけの多国籍企業をTPPは相手にしており、TPPでアメリカと交渉するということは、これらすべての企業を代表するアメリカ政府と交渉する、ということを意味する。

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さて。以前に書いた記事の中で、私が恐れるものは、無論食の自給率の低下もそうであるが、
訴訟大国のアメリカの企業が、日本に乗り込んできて、アメリカのルールを押しとおそうとする
ことであると書いた。そしてそのことの怖さを予感させるものとして、下記に米韓FTAに
明記された条項を挙げておいた。TPPの中にもおそらく盛り込まれる条項である。
その中でも特に心配な物をもう一度いくつか挙げておく。
日本は上記のような企業組合やロビー団体と、下記のような条項で争わなければならなく
なるかもしれないのである。

公平を期すれば、日本にも、本当に素晴らしい企業がたくさんある。もしこれと同じように、
日本の有名・有力企業、組合団体をリストアップすれば、それもまた世界があらためて
「おお~ッ!」と再認識して驚くほど、一流大企業はたくさんあるだろう。
その質や量において、日本はアメリカをそう恐れることなどないと言えるかもしれない。
それは私も認める。実際そうであろうと思う。
日本の商品がアメリカのものにただ負けたりするもんか!
…そう思う。
しかし、対外的な交渉力がすごいというか、自分に有利になることなら相手方政府を相手取ってでも
訴訟に持ち込もうとする強さのあるアメリカ企業。
下に書いておいたが、私が懸念するISD条項。これは、相手国に投資した企業が
相手国の政策によって損害を被った場合、世界銀行のもとにある国際投資紛争仲裁センターに
提訴できるという条項である。
外務省によれば、アメリカがカナダやメキシコと結んだNAFTAにおいて、このISD条項で
この2国を訴えて勝訴したのは、30件中7件。敗訴は逆に10件と言うから、なんだ、アメリカを
恐れることはないじゃないか、と思うかもしれないが、逆に2国からアメリカが訴えられたケースでは、
15件中アメリカの敗訴は0。訴えたカナダの敗訴は7、という。
(農政・農協ニュースhttp://www.jacom.or.jp/news/2012/03/news120307-16353.php
アメリカの戦い上手がわかる。
しかし実は、これらの問題が起きた時の提訴先の国際投資紛争仲裁センターは世界銀行傘下。
世銀総裁は必ず米国人で最大の融資国も米国である。アメリカにとってそもそも有利なのだ
ということも頭に入れておいた方がいい。

TPPに日本が参加し、実際にこれが動き始めたら、怒涛のようにアメリカの企業が、
日本の市場を求めて雪崩込んでくるであろう。(その逆もまた、無論ある。
アメリカの自動車業界や民主党支持者には日本のTPP参加を警戒している者もいるようだ。)

コカ・コーラボトラーズが、日本の綺麗な水に目をつけて、水源地購買のための
障壁である国立公園法や自治体の条例の撤廃を求めて提訴したりしなきゃいいがなあ…
日本の映画、音楽シーンが度々著作権問題で訴えられ、私たちも息苦しくならなきゃいいがなあ…
アメリカの製薬会社や保険会社が、日本の健康保険法をさらに解体しなければいいがなあ…
アメリカのバイオ企業と大規模農家が入りこんできて、隣の日本の零細農家の作物から
うちの稲の遺伝子を持つ稲が発見されたと、訴えたりしなければいいがなあ…。

それらと丁々発止とやり合う覚悟を決めて、日本政府も日本の企業も、TPPの交渉に
臨もうと果たしてしているだろうか。

…『無論覚悟しているし、また法的交渉力においても営業力においても、当然商品の実力においても
負けない』と言って欲しい。
対米追従外交をしない、と言って欲しいところだが、
いったんTPPに参加してしまったら、日本の曖昧な是々非々主義など通用しない
世界であろうことも、しっかり頭に入れておいてほしい。

ここにこんなリストを掲げたのは、私の老婆心であった…
全く私、臆病だわねえ…
そう、あとになってからも笑えるといいのだが…
心からそう願う私である。


                *******

(1)サービス市場開放のNegative list:
   サービス市場を全面的に開放する。例外的に禁止する品目だけを明記する。
(2)Ratchet条項:
   一度規制を緩和するとどんなことがあっても元に戻せない、狂牛病が発生
   しても牛肉の輸入を中断できない。

(3)Future most-favored-nation treatment:
未来最恵国待遇:今後、韓国が他の国とFTAを締結した場合、その条件が
米国に対する条件よりも有利な場合は、米にも同じ条件を適用する。
(5)ISD:Investor-State Dispute Settlement:
韓国に投資した企業が、韓国の政策によって損害を被った場合、世界銀行
傘下の国際投資紛争仲裁センターに提訴できる。韓国で裁判は行わない。
韓国にだけ適用。

(6)Non-Violation Complaint:
米国企業が期待した利益を得られなかった場合、韓国がFTAに違反していな
くても、米国政府が米国企業の代わりに、国際機関に対して韓国を提訴で
きる。例えば米の民間医療保険会社が「韓国の公共制度である国民医療保険
のせいで営業がうまくいかない」として、米国政府に対し韓国を提訴するよ
う求める可能性がある。韓米FTAに反対する人たちはこれが乱用されるので
はないかと恐れている。

(9)知的財産権を米が直接規制
  例えば米国企業が、韓国のWEBサイトを閉鎖することができるようになる。
韓国では現在、非営利目的で映画のレビューを書くためであれば、映画シー
ンのキャプチャー画像を1~2枚載せても、誰も文句を言わない。しかし、米
国から見るとこれは著作権違反。このため、その掲示物い対して訴訟が始ま
れば、サイト閉鎖に追い込まれることが十分ありえる。非営利目的のBlogや
SNSであっても、転載などで訴訟が多発する可能性あり。
(10)公企業の民営化  





                 ***


どくだみ荘 TPP関連の記事

『TPPという得体のしれないもの』
『TPPに関して願うこと』
『米韓FTAから学ぶべきTPPの危険』
『基本にかえって考える』 其の一
『基本に戻って考える』其の二 『TPP と混合診療』
『基本に戻って考える』 其の三
『TPP反対も選挙の大きな争点に』 ①
『TPP反対も選挙の大きな争点に』 ②
『TPP反対も選挙の争点に』 ③
『TPPで私たちが闘わなければならなくなる相手』
 




『トランプ勝利に思うこと』


ドナルド・トランプ氏が、アメリカ合衆国第45代大統領になることがほぼ確定した。
『ほぼ』というのは、今日の『一般人による選挙人選挙』の結果を受けて、
『12月の第二水曜日の次の月曜日』という決まりだから今年は12月19日になるのかな、
その12月19日に、大統領選挙人たちによって投票が行われる。そこで勝利して初めて
トランプに確定、ということになるからである。まあ、今日の結果がそこで覆ることは
まずないのだが。

アメリカの選挙制度は複雑怪奇だ。日本の選挙制度もろくでもないけれども。

世界中が、クリントン敗北に驚き、がっかりしているようだ。
私も、同じ女性として、アメリカ初の女性大統領がそろそろ誕生してもいいのではないかな
と思っていたので、クリントンが負けたのは、やはり残念である。
朝日新聞に、ヒラリーの大学時代、ビル・クリントンとの出会いから今日までの
経歴がシリーズで掲載されていたけれども、好き嫌いは別にして、やはり彼女は
学生時代からずば抜けて優秀な、たぐいまれな女性であったのだなと思わされた。
一人の女性として極めて魅力的でもあった…。

しかし、残念ながら、ヒラリーほどの政治経験豊かな女性であっても、大統領の座は
遠かった。
ヒラリーのどこがいったいそんなに嫌われたのか?
その権高な性格か。オバマよりはタカ派なところか。…その詳しいことはわからないけれども、
トランプが、その経歴上、非常に自己イメージの操作に巧みであったのと反対に、
全くの局外者の私から見ても、ヒラリーの戦い方はあまり感心しなかった。
トランプに勝たせたくないばかりに多くのビッグ・アーテイストなどがヒラリー応援に駆け付け、
かたやトランプの方は、ムードを盛り上げるために音楽を使いたくても
当のアーテイストたちに楽曲使用を断られるなど、大新聞も有名アーティストも、
ヒラリー応援に一方的に偏ったという図は、ヒラリーが、『既得権益の象徴だ』と訴える
トランプ側の主張を、妙に心情的に民に納得させてしまうような所があったように思う。
その恵まれすぎているところが、自分の不遇を嘆く人々…とりわけ中下層の白人層の
心を解離させていきはしなかったか…。
愚直に、懸命に、自分の政策を訴える、という姿勢が果たして国民に見えたかどうか…



アメリカでは、日本のように、ある年齢に達すれば、全員に選挙権が自動的に
与えられ、選挙が近付けば、選挙管理委員会から何もしなくても知らせが来るという
仕組みではないのをご存じだろうか。
移民などで人口の流入や移動が昔から激しいアメリカでは、我が国のような戸籍簿が
よくも悪くも整っていない。
国民は、18歳になると選挙の資格を得はするが、自分で登録所に行って登録しないと
選挙権は得られないのである。
その登録用紙に 「 あなたはどの政党に所属しますか 」
という欄があり、その欄に、共和党、あるいは民主党と書くことによって、それぞれの党の
予備選挙に参加できる。 
この登録をしている人の割合は、1996年の大統領選挙のデータだと 54.2%。 
24歳以下の登録率は30%強と低く、年齢が上がると登録率も上がる。また、人種別では、
白人が56%、黒人が51%なのに対し、ヒスパニックは27%にとどまっていたという。
今は多分もっと比率は上がっているだろうが、それでも、弱者になればなるほど、選挙権という
国民としての最低限の権利からさえ遠ざかるというアメリカの実情に変わりはない。

2012年の選挙では、18歳以上で年収2万ドル(約200万円か)以下の米国民
1430万人のうち、890万人しか有権者登録をしていなかった。
理由の一端として、貧困ライン以下で生活する人々は引っ越しの頻度が多く、
有権者登録に際しての書類作業が煩雑になっていることがその一因という。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究によると、登録上の問題により2012年、
120万票が失われたと推定されている。こうした人々は投票所に出向いたものの、
登録に関する問題が原因で投票できなかった。
また、アメリカでは選挙は平日に行われるため、特に時給で働いている人々にとっては
投票所に行って長い間列に並ぶことそのことがもう大きな経済的ロスとなる。
さらには、投票所に行くための交通費も負担を増加させる。
こうした問題が、年収2万ドル以下の人々のうち28%が投票に行かなかった要因と
なっているというのである…。

つまり、生活苦にあえぐ人々は、自分の暮らしを良くするために一票を投じる
その権利さえ、構造的制度的に最初から奪われているのと同様なのだ。

クリントン陣営にも、トランプ陣営にも、こうした人々は目に映っていたのだろうか…。
『既得権益の打破』を訴えるトランプ自身の直近の人々は、私の眼には彼ら自身が
同じく『既得権益』の恩恵を十二分以上に受けている贅沢そうな人々に見えたのだが……


そう。そう。
ヒラリーは、国民皆保険制度を、その政治家人生の生涯の目的に掲げていたのだった!
彼女はオバマと協力し、一応曲がりなりにもそれを実現した。いわゆる『オバマケア』だ。
オバマケアについてはその不備がいろいろ言われているけれども、貧しい人々にも
安心して受けられる医療を、というその基本概念は絶対に間違っていない。
ヒラリーにはこのことだけでも、『ヒラリー、ありがとう』と言っていいのじゃないか。
また、女性が社会に進出するそのモデルでもあったことについても彼女は大きな
働きをしたじゃないか。

私は言おう。ヒラリー、ありがとう。
大統領選に負けてもがっかりしないでほしい。今度は野党の側から、引き続き
国民皆保険のような制度をより民にとって使いやすいものに磨き上げ、トランプの
共和党によって時代が逆行することなどないよう戦ってほしい。

そして。
ヒラリーが負けて、会場で泣いていた少女たちよ。今度はあなたたちが、ヒラリーの
跡を継いで、本当の男女同権、この世界に満ちた貧富の差や不幸の解消のために、
働く人になってほしい。
政治の世界に関心を持ち続け、あなたたちが女性大統領を目指して欲しい…



ホームレスアメリカ 
写真はこちらのサイトからお借りしました。



ともかく。結果は出た。

世の中の反応は、『株価が下がった』とか『いや持ち直した』とか、『円高の心配』とか、
世界経済、日米関係に与える影響とか、その心配もまあわからないではないけれども、
私が一番憂うのは、トランプ勝利に続けと、世界の『排外主義』や『差別主義』が
力を増していくことである。フランスの極右政党の党首マリーヌ・ル・ペンが、いち早く
トランプに祝辞を送ったことが象徴しているように。
あらゆる組織で、トップが変わると、下の者たちの雰囲気が良くも悪くも変わるのは、
今日本で、安倍政権下、歴史修正主義やそれに親和性のある言動が力を盛り返しているのと
同じこと。トランプのアメリカが世界の移民排斥運動や人種差別の雰囲気を進めるかも
しれないのが心配だ。

そして。
アメリカという国が、これで、大統領、上院下院、そしてその結果として最高裁長官人事も…
すべて共和党が握る、という『一強』の体制になったことである。日本と同じだ…。
どこの国にせよ、一つの色に国が染まり権力が集中するというのを本能的に私は嫌う。
オバマのアメリカとがらりとその雰囲気は変わり、共和党色がもろに全面に出てくるであろう。
トランプが共和党の中では異質のアウトサイダーであるということは、おそらくこの後は
なんら問題になることなく、両者は互いに歩み寄っていくであろう。
政治素人のトランプは、共和党人脈を頼らざるを得ないだろうし、共和党もまた、
今回その人気で、上下両院で共和党を勝たせたトランプを、そう無碍にするわけにもいくまい
からである。
同じく、世界に対しても、トランプは、選挙期間中に発言したような乱暴なことは
おそらくできまい。
今夜、勝利宣言をした途端に、トランプの顔が変わった!と思ったのは私だけでは
あるまい。これまでの『乱暴者』の顔をあっという間に振り捨てて、「彼は大統領の顔、
になった」、と私は感じた。
アメリカ合衆国第45代大統領という地位はやはり重い。その自覚が、人に変化を
与えるということもなくはなかろう。
一方で、女性蔑視や人種差別というような人間の根本的な性格は、変わりはすまい
とも思う。トランプが計算の上でか何だか知らないが、これまでにしてきた暴言の数々を
思い出せば、おぞけが振るう。

とにもかくにも、アメリカ国民はドナルド・トランプを次期アメリカ大統領に選んだ。
彼がどういう大統領になるのか、まあ、見ていくしかない。

実は、正直に言って、トランプの人種差別や女性や社会的マイノリティに対する
暴言や行動がもし無かったとしたら、彼の言っている主張の一部には、賛成だ、
と思わされることもあるのである。
たとえば、『既得権益層への批判』などがそうであるし、また
『アメリカがいつまでも世界の警察官でいられるわけではない』という主張などが
それである。
NAFTAやTPPの見直し、という主張もそうだ。
彼の『アメリカの不利を解消する』という立場とは違って、私は、『大企業の論理でことが
決められているそのこと自体』に反対するという大きな違いはあるけれども、TPP反対、と
いうことの一点においては、共通するところがある。
日米関係の見直し。いいじゃないですか。アメリカは沖縄から去ってくれ。金は払わない。

むろんこれらの彼の主張の根本にあるものに賛成しているわけではない。
その表に現れた形だけが一見似ているというのにすぎないが、ただ一つ。世界が今、
大きな転換点に立っていて、今までの考え方に縛られていては、今世界が抱える
難問の数々は解決しないどころか、拡大悪化する一方である、という点では、
認識が一致するところもあるのかな、と思うのである。

ただし。『既得権益をぶっ潰す』とか、『強い偉大なアメリカを取り戻す』とか、表現こそ違え
どこかの国で聞いたことのあるような、そんなキャッチコピーのような政治家の美辞麗句に
民は惑わされてはいけない。
既得権益をぶっ潰した先が、同じような既得権益の巣になるのでは何の意味もなく、
『強い国を取り戻した』つもりが、ただの強権国家になって、言論・表現・移動などの自由や、
国民の主権が奪われるような、そんな息苦しい国になったのではなんにもならない。
今アメリカを、いや、今世界を覆っている暗い雲は、中身を伴わない勇ましい言葉だけではむろん
解決されない。その原因が、元がどこにあるのかということを突き詰めて、その解消に
個人的レベルから、そしてまた世界的規模でまでで立ち向かわなければ、本当には
軽減されて行かないだろうと思う。

そうしてまた。何もかもぶっ壊した先が、これまで人類が営々と築いてきた人類の知恵をも
否定する反知性主義や、すべてがうまくいかないことの原因を自分よりさらに弱いものに
ぶつけるような、人心の荒廃、憎悪の増幅、などというものであってはならないのである。


私たちは今、大きな曲がり角に来ている…そのことは確かだ。
これを、すべての人々がより安心に生きていけるような世界にするのか、
それともこのまま一部の人間に富も権力も集中する、よりひどい格差社会にしてしまって
そしてそれがさらなる紛争や戦争を生む憎悪に満ちた世界にしていくのか、
私たちが選びとる時期が来ている。

トランプのアメリカがどうなっていくのか。
そして日本は世界はどうなっていくのか。わからないことだらけだが、しっかり見つめて行こう。


『長いものには巻かれろ』


自民党総裁の任期が、3年2期から3年3期つまり最大9年に延長される見込みという。
同党政治制度改革実行本部が10月19日の役員会で見直しを決定。26日の
党所属の国会議員を対象にした会合で、高村副総裁が説明し理解を求め、了承された。
来年3月5日の定期党大会で党則を改正する段取りだという。

ただし、日本の『内閣総理大臣』についての規定そのものは、任期、再選回数、定年もなし、
である。
海外の事情を見てみれば、各国それぞれに、何回もの変遷・変更を経てはいるが、
現在の状況ではおよそ以下の通り。
ご存じのようにアメリカ合衆国では、大統領の任期4年2期すなわち通算8年。
これは建国以来の慣習であったが、32代大統領フランクリン・ルーズベルトだけは、
戦時・有事を理由に、4選で12年間大統領の地位にあった。
第二次大戦後の1951年、合衆国憲法修正第22条に『三選禁止」が明記された。
三選禁止の理由は、
『制限が無ければ、大統領の役職は4年間ではなく終身任期となる啓蒙君主に近くなり、
その権限があまりに強くなって権力分立を脅かすという心配がある』というものだった。
(ただし前大統領の死などで大統領職を引き継いだケースの場合、それが二年以下ならば、
その後の2期を務めれば、最大10年近い任期も可能性としてはありうる。)

フランス大統領は5年2期すなわち10年。
イギリス首相は、任期5年、再選規定なし?サッチャーは14年間首相を務めている。
ドイツ首相は任期5年、2期すなわち10年。
ロシア大統領は任期6年。再選制限なし。
カナダ首相は、任期、再選制限ともになし。

こうやって見れば、これで自民党総裁(日本では今のところイコール内閣総理大臣)の任期が
最長9年になっても、諸外国に比べ特に長いとも思われないであろう。
自民党では、いったん、3年3期に延長したのち、3年無制限、にしようという考えもあるらしい。

とにかく、このまま行けば、安倍政権が、2021年9月まで、9年続く(正確には3500日。9年と7カ月)
ということが可能になりそうだ。そうなると、日本においては歴代1位の長期政権になるという。

過去の長期政権を見てみれば、
1位:桂 太郎 (2886日)
2位:佐藤 榮作(2798日)
3位:伊藤 博文(2720日)
4位:吉田 茂 (2616日)
5位:小泉純一郎(1980日)
6位:中曽根康弘(1806日)
今、すでに安倍政権は、これに次ぐ7位(今日で1744日?)の長さである。

…しかし。よりによって、私の嫌いな政治家がほとんどだ!

海外を見れば、英国マーガレット・サッチャーが14年、ドイツのコール16年、アデナウアー14年、
メルケルも10年
キューバのフィデル・カストロにいたっては、国家元首である国家評議会議長を1976年から
2011年まで32年間も務めている。

公平にいえば、自分と政治観の一致する人物なら長期政権も許される気がし、
そうでない政治家が長期政権に就くのは嫌悪し忌避したくなるものであるし、また
開発途上にある国などは、長期政権で安定的に国づくりをしてほしいと思う一面も
なくはないので(開発途上だからこそ、権力の癒着が起こりやすいという危険もあるが)、
一概に長期政権が嫌い、長期政権はいけない、とは言えないところが微妙である。
これはもう、自分の政治観と合うから許す、合わないから許さない、という問題ではなく、
安倍政権だから嫌う、誰ならいい、自分の支持政党の党首ならいい、という問題ではない。

原則的に一つ確実に言えることは、
あまりに長く同じ政権が続くのは、権力構造の癒着やたるみを生みがちになる。
長期政権が続くということは、権力がそこに集中していくということ。
政権のトップが強大すぎる力を一手に握るのは避けた方がいいということである。

どの組織であろうが、強大すぎる力を持つ者には、なかなか逆らえないのが人情である。
それこそ、『長いものには巻かれろ』で、自己の保身のために、トップの方針にNO!と
言えなくなってしまいがちになる。イエスマンばかりになってしまうのである。

すると、どういうことが起こりがちになるか。
間違った方針をトップが打ち出しても、それに反対する者がいなくなる。
下の者の声が、上にあがって行かなくなる。
組織が硬直してしまうのである。
短期的には安定してよく見えるかもしれないが、長い目で見てそのような組織が
いいはずがない。

異論をはさむものが存在しにくい、ついにはいなくなってしまう社会というものは恐ろしい。

今の日本は、それに徐々に近づいている。
この、安倍総裁の下での、自民党総裁任期延長(一時は任期制限なしの議論もあった)は、
いわば、お手盛りの論議と決定である。自民党内での議論は、わずかにここ1カ月。
この夏前あたりには、次期総裁を狙う石破氏、岸田氏などが、総裁に任期延長に懐疑的、
という新聞報道などがあったように思うが、安倍政権の自民党が参院選に大勝利してからは
党内の異論は出にくくなったか、今回の延長を決めた26日の党会合の出席議員は衆参56人だけ。
石破、岸田両氏や、昨年の総裁選で出馬を断念した野田聖子元総務会長、延長に慎重姿勢を示した
小泉進次郎農林部会長ら、ポスト安倍候補は姿を見せなかったという。
石破、岸田両氏も、表だった反対意見はひっこめた形だ。

沈黙の背景は、現職首相に弓を引くリスクがあるからである。今の選挙制度で強大な
人事権を持つ首相に逆らえば、自分の派閥の若手議員などが選挙で公認を得られにくくなったり、
内閣組閣の際に自分の派閥が冷や飯を食うことになる。イコール派閥の弱体化にもつながる…

私は、参院選を前にした今年7月9日、こんな記事を書いている。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1906.html

それは、日本における両院制度、すなわ参議院の存在の重要性を説く記事であり、
『決められる政治』というものの怖さを説き、政治が独断的・独裁的手法に陥らないために
どのような歯止めがあるかを改めて認識してもらうため、列挙してみた記事である。

『政治の暴走を防ぐための歯止め』
①憲法。
  第99条『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の
  公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
②三権分立。
③両院制。
④政権党内の良識派の存在。
⑤内閣法制局
⑥ジャーナリズム
⑦教育
⑧国民


これらが今、侵されようとしていることについてはこれまでたくさん書いてきた。
とりわけ、①の憲法の危機については。
安倍政権の任期が、これまでそうとされていた2018年まででなく、2021年までにも
なれば(あるいはさらに延長されてもっと長く!)、安倍総理とその強い支持者たちの
悲願である改憲に、十分な時間が与えられることになる。

冒頭部で私は、一概に、長期政権が悪いとばかりは言えない場合もあることを書いた。
(本質的には、私はそれを拒む者だが!)
しかし、それは、その国の状況による。
要するに、風通しのいい状態での国民の選択の結果としての長期政権なら、まあまあ
いいかなとも思うのである。
だが、一政権が、あるいは一政治家が、強力すぎる権力を握り、それに対抗しうる野党
及び対抗しうる勢力、また批判するジャーナリズムや司法、また国民の目などが
正常に機能していない状態での長期政権は、非常に危険である。

たとえばアメリカにしてもイギリスにしても、フランスにしても、また韓国や台湾など
にしても、政権交代の素地がある。一方に傾いてもまた逆方向に傾き返す力があれば、
権力の危険な集中は避けられる。
だが、日本の現状はどうだろうか。
私たちは、衆参両院において、政権与党とりわけ自民党に、圧倒的な議席を与えてしまった!

それでも、かつての自民党のように、同じ政党内にいろいろな考えを持つ政治家がいて、
時の内閣が暴走しがちな時に手綱を引き締める機能が働いていれば、まあいいのである。
だが、今の安倍政権では、安倍氏に誰も物言えぬほど権力が集中していきつつある。
周りにいるのは、イエスマンだけである。

前の方の記事で、私は、この夏多くのものを喪失した、と書いた。
その一つが、自民党前幹事長谷垣禎一氏の自転車事故がもとでの怪我による
政界からの療養・離脱であった。
私は自民党の政治家の中で、谷垣氏が好きだった。
自党が提出しようとしていたスパイ防止法(国家秘密法)に反対した弁護士出身の
若き日の谷垣氏の面影は、安倍政権になって影を完全に潜めてはいたけれども、
それでも、党内に、しかも幹事長の位置に谷垣氏がいるということは、一つの救いでも
あったのである。
その谷垣氏が・・・・・・
本人の側が、病状の公表をおそらく控えていられるのであろうが、外部からの取材の
様子も全く感じられないのはなぜ??
政治的思惑と関係なく、谷垣氏の一日も早いご回復を心から祈るものである…

私は、twitterで時々、かつての自民党総裁にして第78代内閣総理大臣宮沢喜一氏の
発言を、その著作などの中からまとめたツイートを、読むことがある。
本当にいいことが…時に胸のすくような明快な論理が紹介されている・・・
たとえば。

『戦後日本で何がいいか、一つあげるとしたら、私は、「自由があること」と申します。ですから、もしも自由についての干渉らしいことがおこる兆しがあったら、徹底的にその芽をつぶしてもらいたい。60年前の失敗を二度と繰り返さないように、気をつけていてほしい…(『21世紀への委任状』p.76)』

『自由はある日突然なくなるものではない。…目立たない形で徐々に蝕まれ、気がついたときにはすべてが失われているような過程をたどります。わずか数十年前に、このような経験をしたわれわれは、将来に向かって自由の制限につながる…兆候に対し…監視する必要があります(『新・護憲宣言』p.3)』

『普段は総理大臣が誰だなんて…分からなくても…差し支えない。…総理大臣が白い馬に乗って刀を抜いて「進め、進め!」なんていうのは戦国時代のドラマの見過ぎで…、大きなタンカーをゆっくりと動かしておよそ間違いのない航路を進んでいく船長みたいであるほうがいい(新・護憲宣言pp.52-53)』

『どういう事情があっても、武力行使をしてはいけない、ということです。自衛であろうと、国連の旗の下であれ、です。日本は自衛だといって満州事変から、中国のなかで戦争したんです。そんな自衛がありますか。(『21世紀への委任状』p.89)』

『国会審議は、非効率であっても慎重であるべきだ。性急に物事が決まっていくことに対し、防波堤の役割を果たす制度があることはとても大切なんだ。行政、官僚の側から見ても、二つの「院」があるのは厄介。それこそが立法府が存在する理由だ。「簡単には進まない」からいい(『ハト派の伝言』p.62)』



うう・・・読んでいて、なんだか泣けてくる・・・いいこと言うなあ・・・


一政権が暴走しないための大事な大事な歯止め。
ジャーナリズムの力の失せつつあるのも危機的である。

報道の自由度ランキング ②

出典:http://image.search.yahoo.co.jp/search;_ylt=A2RinFMW9RJYCi0Axy6U3uV7?p=%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E5%BA%A6%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0&aq=-1&oq=&ei=UTF-8#mode%3Ddetail%26index%3D3%26st%3D0

今年2016年は、昨年の61位からさらに下がって、72位である!




だが。今回のこの記事で、私がとりわけ訴えたいのは、②『三権分立』と
④『政権党内の良識派の存在』の大切さ、ということについてである。
三権分立の危機については、一つ前の記事でも、かのスタンディング・オベーションの
件に関し、ちょっと触れた。
だが。こういうことに一つ、注意を促しておきたい。

安倍政権は、ほんとにさまざまな権力を一手に握りつつある。
衆参両院三分の二もそうだし、ジャーナリズムや教育への干渉もそうだし、
内閣法制局長官、日銀総裁、NHK会長などの人事もそうだ。
(今度はさらに、宮内庁の人事にも、天皇退位問題に関して手を入れ、次長に
自分の息の強くかかった元第90代警視総監で内閣危機管理監だった西村泰彦氏を
入れている。
私が、この夏、日本人は多くのものを喪失した、と書いた一つの所以だ。)

長期政権下での人事に関しさらに私が恐れるのは以下のことである。これも、すでに記事にしてある。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1875.html
『最高裁判事は長官も含め15名ですが、現在その15名中安倍内閣が指名、任命した判事は
 7名います。あとの8名は鳩山、菅、野田の民主党政権任命。しかし、今年はそのうち2名が
 任期が来るので、安倍内閣任命の判事は15名中9名になるでしょう。
 来年17年にはさらに3名に任期が来て、安倍内閣指名の判事は、15名中12名になります。』


安倍政権の任期がさらに長くなれば、最高裁判事15名全員が、安倍内閣指名の判事に
なるということが確実に起きてくる。
これで、司法の独立が果たして守れるだろうか??

私たちが確実に失いつつあるものは大きい…
それは、安倍内閣だからどうだのこうだのという問題ではないのである。
皆さんが、『独裁的』という言葉を聞いて思い浮かべる国々、あるいは一時代の、
民の苦しみと国の行方の危うさを想像してみれば、それが日本という一国の、一政権の
問題などということではない、ということが容易にわかるだろう。











『おまわりさん』


沖縄高江地区の米軍ヘリパッド建設現場に大阪府警から派遣されている
若い機動隊員が、反対運動をしている沖縄の人々に対し、『土人』や、『シナ人』
という差別用語を使った、という件で、ネットなどに批判の声が渦巻いている。

このことにはいろいろな背景があって、単純に一警官が暴言を吐いた、ということで
片づけることが出来ない。自分なりの考えを述べてみる。

                 *

●まず、私の基本スタンス。
このような差別用語を、他人に対して無造作に使う、ということについては、機動隊員も
反対住民も、政治家もジャーナリストも、また一般のネット市民なども区別なく、
いけないことなのである。そのことを押さえておきたい。
『アカ』『バイコク』『ニッキョーソ』『非国民』『チャン、チョン』『ザイニチ』など、
特定の思想の持ち主や職業・団体、その出自などに関する差別用語を人に投げつけること。
また、『バカ』『アホウ』『死ね』『ぶっ殺す』などという侮蔑の言葉や恫喝・脅迫めいた
ことばを他人にぶつけるのも同様。
これらはもう、その人物がどういう立場の人であろうが、相手がどのような人であろうが、
使うべきではないし、使わない方がいいと私は思っている。
これは、自分の戒めとしてもそう思うのであって、例え私が、今の政治にどんなに怒っていようと、
相手に『死ね!』などという恐ろしい言葉や、『バカ』などという侮蔑語を使ってはならない。
そう思いつつ今でも、あまりにも政治家に対する怒りが激しい時、『馬鹿な』などという
表現をついしてしまうことがあるが、使った時には一応よくないなあとは自覚する。
相手も、一個の人格だからである。

国会前のデモなどに行って、交通規制する警察官などに、デモ隊の一般市民の
おじちゃんやおばちゃんが、きつい言葉を投げつけるのをしょっちゅう目にする。
こういうことが私は嫌いである。
あるいは、『アベシネ!』などという言葉をプラカードに掲げるのも、ほんと私は嫌いだ。

●甘い!と怒られるかもしれないが、私は、国会前などのデモ隊を規制というか、
ある意味では交通事故などから守ってもいる警察官、機動隊などに対して、いつも
心の中でねぎらう。そしてデモ隊の誰かが口汚い悪罵を投げつけたときなど、
相手の警官にあとでそっと詫びたことさえもある。

前に一度、デモの記事で書いたことがあるが、国会前集会の一番中心部に近い、
『国会前庭洋風庭園』側の歩道にいると、ドラム隊と呼ばれる若者の一団が、コールに
合わせてリズミカルにドラムなど打楽器を、いつも打ち鳴らしている。
あるとき、じっと見ていると、デモ隊が道路に溢れ出ないよう、何重ものバリケードで
固めている警察官たちの一人が、つい、ドラムのリズムに合わせて左右に体を
微かに揺らしているのに気づいた。40代くらいの体のがっちりしたおまわりさんだった・・・
おそらく彼は、自分が音楽に合わせていることに気づいてもいなかったろう。
私はつい微笑んでしまったのだが、彼も我も、同じ人間だということなのである。

●私はいつもデモや集会に出ていて思うのだ。
機動隊や、警察官らを『敵』と思うな、と。(今はまだ。いずれ、国民がそう思わざるを得ない
時代などが、二度と来ないように、心から、心から、祈る!・・・いや。もうそうなのだ。沖縄では。)
ご存じのように、国会前集会などでは、入れ替わり立ち替わりスピーカーが
マイクを握って、政権批判などをする。それは拡声器で、広い国会前の彼方此方どこにいても
聞えるようになっている。
当然、何千人と配置されている機動隊員らや警察官たちもその演説を無意識にせよ聞いている。
彼らの耳にさえ、というか、心にさえ届くようなスピーチでなければならないのである。
もし、自衛隊員がその場にいるとしたら、彼らにもなるほどなあ、と思わせるような
内容の話でなければならないと。
そのくらいの説得力がなくてどうする。

対立を煽り、憎しみを倍加させるだけが運動のありようではない。
パターン化して人心に訴える力を既に失った反戦・反核運動などの言葉ではなく、
自分たちの心底から出る自分の言葉で、素直に熱く語った時、それは時に・・・
ほんのまれにかもしれないが、反対の立場にいる者の心にさえ届くと、私はまだ
信じていたい。
言葉の力、というものを信じていたいのである。

(その意味でも、あのSEALDsの若者たちのありようは、私には新鮮だった。)

●明治末期、天皇暗殺の嫌疑をかけられて死刑に処されたジャーナリストで社会主義者の
幸徳秋水などは、常時刑事の見張りがついていた。それら『シュギシャ』たちの中には、
見張りの刑事たちをも心服させてしまう人格と言葉の力の持ち主が、おそらくたくさん
いたことだろう。

●一方、『おまわりさん』という言葉も、差別用語であるという。
なんでだかよくわからないが、警視庁警察庁などの内勤組エリート、とりわけ『キャリア組』
『準キャリア組』などと呼ばれる国家公務員の人々に対して、交番や駐在所などにいて
概ね外で仕事をする巡査などのことを、『巡る』という文字がつくことから、『お巡り』、
と呼ぶことが多そうだから、言わば警察組織内での階級差別ということで、『おまわり』は
差別用語とされるのだろうか?その経緯はよく知らないのだが。
歴史的に警察を国家のまわし者、と考えるいやな時代への反省から来たものでもあるか。
一説には、『おまわり』と呼ぶと差別用語で、『おまわりさん』と、さん付けで呼ぶのはいいのだとか、
その基準は実はなんだかよくわからない。
『犬のおまわりさん』の歌の歌詞にもなって子供などが親しみをこめて呼ぶように。



おまわりさん
(絵は私が童謡の本から勝手に借用したもので、この記事とは関係ありません)



ともかく、日本人が、警察官を『おまわりさん』と、『さん』づけで呼ぶ時、そこには
侮蔑の意味あいなどなく、自分たちの暮らしを守ってくれる頼もしい人、という親しみと
感謝をこめて、そう呼んでいることがほとんどであろう。


●どこの家庭にも、親戚、姻戚関係などを遠く辿っていけば、警察官、自衛官などが
一人二人はいるだろう。
私の叔父も、警察官だった。
母の妹の連れ合いで、2人は幼馴染同士だった。叔母夫婦の間には子供がなく、
それゆえにか、とても仲がよかった。何年かに一度、叔母と警察官の叔父の家に
遊びに行くと、いつも春風の吹いているような2人の家庭が、子供心にうらやましかったものだ。
自分自身の家は、父と母が別居して、私は父に会いにさえなかなか行けなかったから。
私が高校生の時、50代前半くらいに見えたその叔父は、当時警部補だったろうか。
その後私は東京に出て、あれこれの親戚つきあいもなくなってしまったので、叔父が
どの階級まで行ったかは知らない。
でも、『警察』というイメージから遠い、穏やかで、妻にも親戚の子なども優しいひとだった。
叔母は、ころころよく笑うひとだった。
前の記事で、私が高校の頃、レース編みなどしていたと書いたが、ある春、叔父叔母の家に
兄とともに過ごした時、世話になったお礼に、クロッカスの花の色のような、春らしい美しい黄色の
テーブルセンターを叔母にプレゼントしたことなど、最近思い出していた・・・

私が、警察官というものに多少の親近感を持つのは、おそらくこの優しかった
叔父のイメージの故にである。
その他にも、遠い姻戚関係、友人関係などたどれば、警察官、自衛官がいなくはない。


●しかし。
ここまでは、いわば、前書きで、いわば私自身のこと。

このようにあるときは、庶民・国民を守る心強い味方、としての警察官・自衛官・
(軍人)、などであるが、これらの人々が、国家権力などの『手先』となるとき、これほど 
恐ろしいものはない、というのもまた過去の歴史や世界の現実を少し見れば明らかである。
彼らが、一旦権力を後ろ盾に、国民・民衆に相対する立場になった時には、
これを警戒しないわけにはいかない。
冒頭の、沖縄高江地区のヘリパッド建設反対運動に、沖縄県警だけでなく、
東京や大阪の機動隊員など、いわゆる増強部隊が派遣されて、
自分たちの故郷沖縄に米軍基地を置かせたくないという素朴な住民の願いを、
力でもって排除しようとするとき、彼らそのものというよりは、彼らを派遣した政府や
警察組織などいわゆる国家権力の側に、私は猛然と強い怒りを感じるのである。

ましてや、その中の何人かが、反対派住民たちに向かって、あろうことか『土人』
『シナ人』などという、愚かしくもおぞましい差別用語を投げつけた、と聞けば。
いったい戦争も全く知らない世代の若い彼らに、いったい誰がそのような言葉を
吹き込んだのであろうか。
聞けば、当該機動隊員たちは、近くにいた排除派の人間が、沖縄の人に対して『土人!』
という言葉を使っていたので、「それが差別用語であるとは思わず、自分も使って
しまった」、とか、「反対派の住民が土で汚れていていたから」などという苦しい弁明しているらしい。
なんと、言っては悪いが、愚かな!

しかし。
今回のことを、当の機動隊員たちの個人的資質の問題に縮小してしまってはならない。
その背景を考えねば。

●今度の一件に関し、ジャーナリズムが、不思議なことに『土人』の方は盛んに叩くけれども、
『シナ人』の発言の方は報道をどうもカットしがちであるようなこと。これもおかしなものだ。
ネットではこの二つの発言が、同時にほぼ同等に報じられているように見えるのに、
テレビなど大手メディアでは、『土人』発言だけが意図的にか大きく取り上げられて、
『シナ人』発言のほうは、取り上げられていないように思える。
これも、何をいったい恐れているのか、おかしなことである。
『土人』も『シナ人』も、明らかに、日清日露戦争ごろから(いや、幕末のころにはすでに?)
日本人の心にあった、
『アジアで日本人は一等優れた民族であって、その他の国の人間たちは劣等民族である』
という偏見の名残である。
私の好きな夏目漱石でさえ、このような言葉を、当時、『偏見』『差別用語』とおそらく
意識せず使っていた。
まあ、当時は、こうした『差別用語』などという言葉や概念そのものがなく、『女中』『百姓』など
職業に関して今では『差別用語』とされるものから、身体の不自由をそのまま直に表した言葉、
身分・出自差別の言葉などが当たり前のように使われていた時代でもあった。
この夏私は外にもあまり出ず、と言ってテレビを見るとか本を読むとかもあまりせず、
ラジオを聴くかパソコン動画配信で落語を聴きながら縫い物、という日がほとんどだったのだが、
1960年代くらいの落語に、この職業、出自、身体などに関する差別用語が溢れて
いるのには驚いた。タイトルと演者は敢えて言わないが、全編、女性の容姿に対する
差別に満ちているそりゃもうひどい演目もあった。

戦争中は言わずもがな。優等民族日本人が、アジアの未開の国々の劣等民族を
西欧列国の支配から開放してやり開明に導くのだ、というごとくに、日本人は朝鮮半島、
台湾、中国、フィリピン、マレーシア、…南方諸島などなどに侵攻していったのである・・・
だが。敗戦とともに、日本人のそうした謂われなきプライドは、表向きは粉々に打ち砕かれた。
しかし。日本人を優等民族と見、アジアのほかの国々の民を蔑視する心根は、謂わば
地に潜って、その後も日本人の心の中にあり続けたように思う。
そればかりか、同じ国の民である、沖縄やアイヌの人々や、日本に同化した朝鮮半島の
人々などに対しても、日本人のそうした歪んだ優越感と蔑視は、表向き影を潜めたように
見えていても、その心性深くに存在し続けている。

●それではいつから、日本人は『差別用語』というものに自覚的になり、そのような言葉を
発することを恥ずべきことと考えて、言葉を選ぶようになったのか。
それはおそらく1960年代にテレビなどが一般家庭にも広く普及するようになった
60年代後半から1970年代80年代にかけてあたりからではなかったろうか。
俗に放送禁止用語などといわれるものがあるとされて、ひとびとがある意味では過剰すぎるほど
言葉の使い方に神経質になった時代である。
『女中』『百姓』などと言えなくなって、『お手伝いさん』『農家の方』などと言うように
なったのもこの頃ではなかったか。

●『差別用語』と言われるものに対する私の考え方はこうだ。
『職業・出自・身分の貴賎』『身体的要件』『性差』『年齢』など、本人のどうしようもない
ことに関すること、また思想信条などに関して、侮蔑的悪意を持って他人に言葉を
投げつけることは絶対によくない。
ただし、その使い方の微妙な言葉もあって(馬鹿、など)悪意のない言い方の場合は
許される範囲のものもある。愛情をもって『ばっかだなぁ!』という場合もあるだろう。
『おまわりさん』もこの範疇に属するであろう。
私は、『言語の豊穣』というものを大切に思う方である。言語が豊穣であるということは
すなわち、感受性や思考力も豊かであるということとほぼ直結していると考えるからである。
あまりにも過剰な自粛は、日本語を細らせてしまうという側面も確かにあって、私は
それも同様に憂うものである。

●だが。それは、差別用語などについての一般論でしかない。

『使い方によっては』とか、『前後の文脈によっては』とか、『言い方のニュアンスしだいで』
などということで、曖昧に片づけてしまってはならない差別用語、蔑視の言葉、というものは
厳然としてこの世界にたくさんある。
今回の、大阪府警の機動隊員たちによる、沖縄の人々への『土人』『シナ人』発言の奥には、
『つられて言った』とか、『売り言葉に買いことば』だ、とか、『差別用語だと思わなかった』
などという弁明や擁護の通用しない、根っこの深い憎悪や蔑視があると思う。

それは、一機動隊員の良識の問題、などという小さな範囲の狭い問題ではなく、
この日本に、それこそ、おそらく幕末の頃からいわば、もう体質のようになって深く
染みついた、歴史的にも構造的にも、長く奥深い問題であると認識するのである。
それは、一機動隊員の資質にとどまらない。
かく述べる私自身、私たち日本人自身の心の奥深くに根強く存在する差別意識
あるいはそこまで言っては極端すぎるなら、『差別を差別と意識しない無定見』と
いうものである。

私たち(と書いていて私は恥ずかしい)本土の人間の、これまでの、沖縄の人々の
苦難に対する無関心。それは、長い長い深い深い根っこを持つ問題だと思わねば。


●私が憂うのは、『ザイニチ』『シナ人』などという言葉や、それを他人に投げつける思想が、
ネット言論が普及するとともに再び、この日本に蔓延して来ているということだ。

しかもそれは、質の変換も伴っている。
かつてこういう言葉が堂々と公然と差別的に使われていた時代もあって、それは長く…
というよりはずうっと消えることなく人々の意識の中に残ってはいるのだが、それらは
一応、ある時から恥ずべき言葉として地下に潜った。
だが今は、歴史とも地理とも関係なく、相手への侮蔑の言葉として見境なく使われるように
なりつつあるということだ。私も、署名集めやビラ配りをしていて、何度『ザイニチ!』
『ニッキョーソ!』『アカ!』などという言葉を投げつけられたことだろう。同じ年くらいの
身綺麗で上品な婦人から、『バイコク!』という言葉をぶつけられたこともある。

『土人』や『シナ人』という言いかたは、戦中派や戦後すぐ生まれた私などの世代の者には、
やはり日本軍のアジア諸国への侵攻という事実とそれへの反省の想いとが分かちがたく結びついていて、
また、戦後のいわゆる民主主義教育のおかげもあって、
多少たりとも心あるものならば、そんな言葉を使うことを恥じる気持ちがあると思う。
つまり、それらの言葉は、否応なしに、歴史や地理の知識に多少は裏打ちされて、使うことを
自制/自省する性質の言葉であったのである。それは世界共通の理念である。

世界人権規約第二条第一項
『すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しく
は社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも
受けることなく、この宣言にげるすべての権利と自由とを享有することができる。』


だが。日本は変わってしまいつつある。
戦後70年。日本が自ら招いてしまった戦争・侵略の記憶は風化しつつある。
若い人の中には、日本がアメリカと戦争したことさえ知らないものがいるという!
ましてや、日本軍がアジアの奥深く侵略していって、それらの国の民に重大な悲しみと
被害を与えたことを、具体的に知らない者はおそらく本当に多くなっていっているであろう。
むろん、沖縄の人々の苦難の歴史も。

『土人』『シナ人』という言葉の否応なしに包含する、後ろ暗い歴史の深部。

それを知らずに、ただ、眼前の相手を侮蔑する、相手に不快感を与えるためにだけ
使ってみようとする者たちがまた生まれてきている・・・!
一方、それを知りつつ、敢えてそれらの言葉を積極的に使おうとする人々もいる。
かの機動隊員たちは果たして前者の方であったか。知っていて使ったのではなかったか。

●大阪府知事が、かの機動隊員らに対し、
派遣業務遂行へのねぎらいの言葉をネット上で書いた、と聞く。

この9月、安倍総理が臨時国会の衆院の本会議で行った所信表明演説の最中に、
『今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている。その彼らに対し、
今この場所から、心から敬意を表そうではありませんか』と声を張り上げ、自ら手を叩いた。
その呼び掛けに、自民党議員が一斉に立ち上がり大きな拍手で呼応した、という
例のあの、スタンディング・オベーションの件。
私は、あれを聞いたとき鳥肌が立ったのと同じく、なんとも言いようのない違和感と怒りを
感じるのである。
彼らは、日本と中国その他のアジア諸国、また沖縄と本土の歴史を、十分に知っているはずの
人々である。(当然そうあるべき人々と思う)

戦時中、日本の政府および軍部が、日本兵たちをどういう言葉で励まし賞賛し、
どういう風に戦地に送り出したか。
戦時中も戦後も、沖縄が日本の前線としてどれほどの苦難を与えられ、それに
沖縄の人々がどれほど長きにわたって、時に隠忍し時に徹底して抗議をし続けてきたか。

それらを十二分に知っているはずの人々である。
それにしては、大阪府知事の今回の大阪府警の一員たちの行動に対する見解
逆にそれらを擁護するかのような態度は、全く納得がいかない。
これに対しては、次期新潟県知事になる米山隆一氏が、自分のtwitterで、
以下のように述べているのが、私には一番まともな反応であるように思われた。

『どのような立場でも、どのような状況でも、人は人に対して可能な限り敬意をもって接すべきです。まだ任期は始まっていませんが、私なら、自県の職員が、他県で他県の方に敬意のない対応をした時に、謝罪し、以後改めるよう強く指導することはあっても、「出張ご苦労様」ということはありません。』


『反対派の沖縄の人々やその支援者も、警備の警官などに対し、同じように
汚い言葉を吐いているじゃないか、それらはなぜマスコミは批判しないのだ?!』
という、機動隊員擁護の論調が一部にある。
確かに。反対住民の側も、あるいは相当汚い言葉を、機動隊員や警察官たちに投
げつけていたかもしれない。
それは、この記事の冒頭部にも書いたように、国会前での反原発・反安保法制などの
デモや集会で、折々私が目にした光景であるから。

●だが。ここはきっちりと言っておきたい。
どちらの側も、差別用語、侮蔑用語、また恫喝に似たような言葉は本来使うべきでない。
しかし、自分たちが現実に今住む、いわば自分たちの故郷であり生活の場である
沖縄の土地を、納得もしないまま、国家の意思によって取り上げられようとしている
沖縄の民が臓腑から絞り上げるように発する『怒りと抵抗の言葉』と、国家や『県』という
強大な権力を背景に住民を排除しようとする者たちの『蔑視や恫喝の言葉』が、等価なものとして
秤にかけられるのはおかしい
ということである。

●むろん、私は、冒頭部で縷々書いたように、日本を守るために、日々危険と緊張を伴う
任務に就いている自衛隊員や、警察官、また海上保安庁などの人々に、いつだって感謝と
敬意を抱いている。
だが、この感謝は、私の場合、消防隊員や、また今福島で危険な廃炉のための
作業にあたっている原発作業員にも、また先日東京で、地下の架線の火災による
大規模停電があったが、その時すばやく復旧にあたった東電の作業員にも、
同じく捧げられている。人がときに避けたがる危険な職業に就いている人々すべてにだ。
私は、これらすべての人の安全と無事を願う。

臨時国会開会の所信表明演説の中で、ことさらに、自衛隊員、警察、海上保安庁の
人々だけを取り上げて感謝し、あろうことかその場に居る国会議員全員に拍手を促すという
行為。
私は気持ちが悪くて仕方がない。それと同時に、いいようのない怒りもあのとき感じた。
それは、警察官や自衛官個々人への怒りでは無論なく、彼らのような公務につくものを
政治利用して、国をある方向へ誘導していこうとする意図を持つものが
場所・時代を問わず常にこの人間社会に出現・存在するということへの、本能的警戒感、
というようなものである。

私は、これらの人々が、時の一政府やあるいは何らかの権力の思惑によって、
本来果たすべき任務以上・以外のことを強いられるようなことがもしあるとすれば、
彼らのためにも強くそれに抗議する。
また、彼らが、『公僕』である、という意味を履き違えて、先の参院選で、大分県の
ある警察が、特定の選挙事務所の人の出入りなどを、隠しカメラで撮影していた、
などということがあったのを、憂うものである。
警察官などの職に就くものは、決して『国家』という実態のないものの意を過剰に汲んで、
同胞である人民の一部を敵視したり、それを監視したり、弾圧したりするようなことは
してはならない。そういうことに二度となってほしくない。

警察法第二条第二項。
『警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法 の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあつてはならない。


また、あのスタンディンング・オベーションを、
『アメリカなど外国の議会などでは当たり前に行われていることだ』といって、
問題視する方がおかしい、という論調も見かけた。
だが私は言っておきたい。アメリカで当たり前なら、日本でもやるのか。
人がやっていることなら自分も許されるという論理の持って生き方が、常々私は
大嫌いである。
それに、あの件に関しては、大事なことが一つ見過ごしにされている。
それは常々、『私は行政府の長であります』とよく言う総理が、立法府の場で、
立法府の人々に、自分の想いへの賛同をああいう風に促す。またそれに多くの
立法府の議員たちが半分驚き多少ためらいつつも従順に従った、というあの構図である。

●この政権は、あらゆる意味で権力をその手に集中しつつありすぎて、今、日本では
三権分立という大事なことがぐずぐずと崩れていこうとしているのを、私はこの夏ずっと
深い悲しみを持って見つめていた・・・・・・

●すべてのことは、その根っこのところで芋蔓のようにつながっている・・・
『おまわりさん』というタイトルのこの記事に、私は私が今抱くすべての憂慮を込めている。
『おまわりさん』には、国民に親しまれ愛される存在でいてほしいものだと
願うものである。


















『オリンピック雑感』


記事は後にして、まず署名のお願いから。

2020年東京オリンピック開催のため、千代田区の100年も生きてきた樹木たちが
切り倒されようとしています。
反対署名と詳しくはこちらを。
http://shindenforest.blog.jp/archives/66269563.html

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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