『キャンドル・ナイト 75』



あの日から6年と3ヶ月。75回目のキャンドル・ナイトだ。




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今夜も、小さな亀山ローソクを灯す。
小さな透明な冷酒グラスに入れてみたら、ガラス器の凹凸が思いがけない美しい模様を描き出した。
なんだか、清浄な白い蓮の花のよう・・・・・・

亡き人を静かに想うのにふさわしいかも知れない・・・





怒りは沈潜している。


こころがふっとやわらぐのは、草木や鳥たちなどをみているときだ・・・

今年も、庭のどくだみを切ってきて、花瓶に挿してある。
キャンドルを灯した小さなガラス器にも。





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・・・この灯りや花の清浄さを見ているだけで、ささくれだった心が多少洗われる気がする・・・


今年はまだホトトギスの声が聴けない・・・

もう、我が家のあたりにはいなくなってしまったのだろうか・・・寂しい・・・・・・









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『キャンドル・ナイト 74』

74回目のキャンドル・ナイトだ。


政治が、あまりにもひどい。

東日本大震災がおきたことが、『東北でまだよかった』、と言った前復興相、今村氏。
その言葉を思い出すと、今でも怒りで体が震えてくる・・・
彼の頭の中には、失われた一つ一つの命の重みの事や、残された人々の悲しみなどなく、
あの悲劇を、復興にかかる金銭の大小でしか捉えられないのであろう・・・

今年、3月11日の震災追悼の式典で、『福島第一原発事故』の文言を意図的に言わなかった、
この国の首相。
『福島第一原発事故』という事実そのものを、人々の記憶から消したがっているとしか
思えない。
同じく前復興相の今村氏が、福島第一原発事故で自主避難した人々の支援のことを記者に
質問されて、『勝手に逃げたのだから、自己責任だ』というような趣旨の発言をして、なおも
質問を続ける記者にぶち切れた、あの大臣にあるまじき言動と姿。
今村前復興相の度重なる暴言は、何もかの人物の個人的資質によるもののみではなく、
安倍政権というこの国の今の権力機構の、基本姿勢が表に出ただけなのだと私などは
考えている。

国民がまだまだその中身さえよく理解していない危険な『共謀罪』法案を、わずかに30時間
程度の国会審議で、採決に持ち込もうとしているこの政権。
改めて記事にしようと思っているけれども、自民党総裁という立場と一国の代表であり
責任の頂点にいる内閣総理大臣としての立場とを、自分の都合で姑息に使い分けて、
自らの個人的悲願である『改憲』について、国会の場で正々堂々と語ろうとせず、
詳しくは『読売新聞に書いてあるからそれを読め』と、恥ずかしげもなく言う、首相。

『読売新聞』は、国の機関誌ででもあるのか?????!!!!!
読売新聞をとっていない国民には、説明責任を放棄したも同然ではないか。
この政権の、政治の私物化は、本当にひどい!!!!!

しかし、そのひどい政治を『ひどい』と言える者が、いなくなっていきつつあるのだ・・・
この国に満ちていきつつある『無用の忖度』と『あきらめ』。






・・・・・・溜息つきつつ、今夜も、小さなろうそくを灯す。
そばに添えたのは、可愛らしいピンクのカンパニュラの花だ。




キャンドル・ナイト74 ③


キャンドル・ナイト 74 ②


まあ!なんと、完璧な愛らしさなんだろう!
なんと、完璧なフォルムなんだろう!と思って、しげしげと見入ってしまう・・・





最近の私は、ほぼ終日、主人のベッドのそばにいる。
細々とした用事があるからだ・・・
そして、ほぼ一日、一緒にテレビを見ている・・・
その中身について、ぼそぼそと語り合う。
クイズ番組などは一緒にやる・・・

でも、私は、ぼうっとテレビだけ見ていることの出来ない人間なので、この頃は、編み物を
持ち込んで、棒針をせっせと動かしながら、テレビ画面にも目をやる・・・
今は、自分のセーターを編んでいる。木綿糸で、梅雨の少し肌寒い頃にも着られるように。
と言っても、着て出かけるところもないので、ただ編むために編んでいる感じだ・・・

こう・・・惻々とした悲しみが、常に胸の奥のどこかにある感じ。
だから、主人といる部屋には綺麗な花を欠かさないようにしている・・・

キャンドル・ナイトのこのカンパニュラの花も、主人のベッド脇に飾った中から一輪だけ
取り分けたものだ。



キャンドル・ナイト74 ④




庭に今いっぱい咲いているムラサキツユクサも少し切ってきて一緒に挿してある。

カンパニュラ。二本で298円だった。
でも、こんなに花がいっぱい。

これまで、この花を買ってきたことあまりなかったし、しげしげとこの花を見たこともなかった
のだが、改めてよく見ていると、本当に愛らしい花である。
朝。カーテンを開けるとき、ここ数日は、この子たちに『可愛いね』と必ず声かけする。

狭い庭だが、もうすぐ、『キリ・テ・カナワ』という歌姫の名のクレマチスも咲くし、
素晴らしい強香性の白バラ、『ホワイト・クリスマス』のつぼみも大きくなっている・・・
今は、花たちを見ているときが一番楽しい・・・


3月頃は、お婿さんが作ってきて、娘と共に取り付けてくれた、小鳥の餌台にやってくる
シジュウカラなどを見ているときが、一番心が安まったし。



餌場にきたシジュウカラ


よく出来た餌台でしょう。
表札代わりに、小さな雀の絵の飾りまでつけてくれてあります・・・




チューリップ 74



玄関には、こんな花も飾ってある・・・

これは、今年、我が家で咲いたチューリップだ。
添えてあるヤツデの葉っぱは、庭中いたる所に自生してくるし。



ささやかに小鳥や花たち・・・を眺めて暮らす。

そういう自分の心が弱っているのを自覚はしているが、これはこれでいいような気もする。


やむにやまれぬ義憤と、愛らしいものたちをめでる気持ちは、同じところからきているからだ・・・
















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『キャンドル・ナイト 73』


73回目のキャンドル・ナイトだ。



キャンドル・ナイト73 (2)



いつもの小さな亀山ローソクに添えたのは、前の記事の、vistaやあずさと共に写っている花で、
源平咲きの花桃だ。一つの木、一つの枝に、濃いピンク一色から白・桃のしぼりまでの
一輪一輪違う花が咲く。




キャンドル・ナイト73(3)



熊本・大分の地震があってからも、もうまもなく1年だ。
何かこう・・・世の中の動きが速すぎるような。
そんな中で、私たちは『忘れていくこと』も早くなりすぎているのではないだろうか。
じっくり考え取り組まねばならないことも、うわべだけの理解でささっと済んでしまったような
気持ちになってはいないか。
そしてそういう浅い理解の元では、大事なこともいとも容易に忘れ去られていく・・・

『忘却』、に抵抗したいと思う・・・




もっともっと・・・もっと丁寧に生きるのだ・・・








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『キャンドル・ナイト 72』



72回目のキャンドル・ナイトだ。
あれから、もう6年が経ったのだなあ・・・・・・・・・



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ただ、小さな蝋燭だけを、6本並べてみた・・・・・・


想えば、5センチほどの長さのこの小さな、カメヤマローソクは、3.11の直後、東京で
『計画停電』なる怪しげなものが始まった時、「ろうそくがない」と私がうっかり漏らしたばかりに、
3月15日、一番放射能プルームが多く東京の方へも流れた日に、娘たちが歩きまわって
探して買ってきてくれたものだった…
『計画停電』が始まる、ということで、東京からは、懐中電灯を始め、電池という電池、小型ラジオ、
そして蝋燭、さらにはペットボトル入りの水、米、パンなどというものが、スーパーの棚という棚、
電気屋などの在庫からも一斉に消えた。

『ついうっかり、蝋燭がない』などと私が言ったばかりに、あたら若い二人の体を被曝させてしまった!…
と、どれほど後悔したことか。
今となっては、東京の被ばくなど大したことなかったでしょ、と笑われるかもしれない。
だが、福島第一原発1号機から始まって、原子炉が次々と制御ができなくなっていくのを
時々刻々と震えながら見守るしかなかったあのとき、日本がどうなるかなどということは、
どんな科学者も、政治家も…誰ひとりとして正確な見通しなど持てた者はいなかったはずである…



打ち寄せ、そして引き波で、多くの命をさらっていたあの津波の恐ろしさ…
さらには、もしかしたら、その津波の被災者の方々をも含め、東日本を壊滅的に人間の住めない地に
してしまっていたかもしれないあの原発事故…
人々は、もう、あの恐怖を忘れてしまったのだろうか?



忘れられるもんか!と思う。
あの日のことを忘れることは、決してない。








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『キャンドル・ナイト 71』



71回目のキャンドル・ナイトだ。



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我が家の庭にも梅の花が咲いた。
ほんの少し切り取って、6,7センチほどの高さの小さな黒い花瓶に生ける。
いつものように、亀山ローソクを一本…




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今日はなんだか…、なにも言いたくない…











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『キャンドル・ナイト 70 書き損じはがきで支援を』



70回目のキャンドル・ナイトだ。




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今回は、正月花の水仙が、まだ綺麗なので、少しとりわけて小さな花瓶に挿し、そして
いつものように亀山ローソクを灯した。
毎年、自分の部屋の正月用の花としては、水仙を、それだけを活けることにしている。
だから私には、水仙の花の香りイコール、年のあらたまり、のイメージだ。
今も、パソコンをしているこの部屋は、水仙の香に充ちている・・・・・・


東京は気味の悪いような暖冬続きだった…。南半球南極では大きな氷に亀裂が走り、
一方欧州や、日本の北半分には大寒波が襲来し、今も雪が降り続いているところが
あるだろう…
マイナスニ十何度ともいう寒さに襲われているというヨーロッパ。シリアなどからの
難民はそんな中で粗末なテント生活。男たちが焚火で暖をとっている映像がテレビで
流されていたが、火に近づけない女たち子どもたちはどうしているのだろう…

…こんな世界、おかしい!
そう嘆くけれども、自分にできることを考えてしまうと、その非力さに頭を垂れてしまう…
そういう想いを抱く人は多いでのはあるまいか。

小さなことだが、この時期だからお勧めしたい、ささやかな支援活動が
あるのでご紹介しよう。

あなたのお宅に、年賀はがきの書き損じや未使用のものなどおありではないだろうか。
年賀はがきを書いていると、「あ!郵便番号書き間違えた!」とか『相手の名前の漢字
間違っているのに気づいた」とか、いろいろ書き損じが出てくると思う。
それらを難民支援のNGOなどに送ると、それらが世界の子供たちの食料援助や
医療援助などに、有効活用してもらえるのである。
もちろん、東日本大震災関連の支援にも使える。
年賀はがきだけでなく、通常はがきでも、50円とが額面が印刷してある箇所が読めるなら
古いはがきでも大丈夫である。未使用切手も無論大丈夫。

「でもねえ。相手の住所とか書いてある書き損じは、個人情報のこともあるし、下手なところには
渡せないわね」と思われるかもしれない。確かに。
それならば、ちょっとひと手間かかるけれど、お近くの郵便局に持って行ってもらえば、
新しいはがきや切手と交換してくれるのである。
私はそうしている。
古い書き損じはがきが溜まると、郵便局に行って新しいのに交換してもらい、私の場合、それを
医師中村哲さんがやってらっしゃるアフガニスタン復興支援のペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/contact.htmlに送って使ってもらっている…。

例えば50円はがきなら、一枚当たりの手数料5円が引かれても、45円分が
戻ってくる計算になる。今回また机の中、郵便物保管箱の中などひっかきまわして
探してみたら、10年ほど前のはがきなども含め、50枚以上の未使用および書き損じ
はがきが出てきた…。これを郵便局に持っていけば、手数料を差し引いて合計額面相当額の
新しいはがきや切手と交換してくれるのである。
2,500円分くらいにはなるかな。

わずかな金額だと思いになるかもしれないが、使わなくて捨てるはずのものが、難民支援などに
役立てるのだったら、ひと手間かける甲斐はあるでしょう?
ペシャワール会以外にも、多くのNGOで、このように、書き損じのはがきや未使用切手などを
募集しています。
一軒一軒の書き損じはがきなんて微々たる枚数かもしれないけれど、私のように
何年かに一度まとめて送ったり、お友達、ご親戚などお知り合いの方…とりわけ
ご商売、お仕事などで年賀はがきをたくさん出される方などにもお声をおかけくださると、
それは積もり積もって大きな金額になると思います。
むろん、郵便局で新しいものに交換などしなくても、年賀はがきでなく暑中見舞い
はがきでも、普通のはがきでも、要するに官製はがきならば、そのまま書き損じはがきを
直接送ってもらっても大丈夫です。

まあ、そういう支援方法もありますということで、ちょうど年賀はがきの時節なので、
ご紹介してみました。一応、受付団体の一例、載せておきます…。
他にも、『書き損じ年賀はがき』などと検索していただければ、いろいろな団体が
出てくると思います…。
「お年玉抽選会がすんだら、ぜひ、外れはがきをそんな支援にお役立てください。^^


https://matome.naver.jp/odai/2138840326897825901






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『キャンドル・ナイト 69』



69回目のキャンドル・ナイトだ。


100円均一ショップでみつけて買っておいた、モミの木型のライトをみっつ。
白い画用紙を雪に見立てて、いつものように小さな亀山ローソク灯してみた…




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雪山の感じがちょっとだけ出ているでしょう…


このモミの木型のライト。雪山の白い感じを出すために、今はスイッチ入れてないけれど、
スイッチを入れれば、赤や蛍光青や、緑や紫色に輝いて点滅する。
昔。戦後でまだものがなかった昭和30年代のころ。
少女だった私が、もしこれを手にしていたら、どんなに飛びあがって喜んだかなあ!
今だって嬉しくて、じっと見つめてしまうんだもの…

よく出来ているなあ……これが百円だからなあ…
…中国製だ…。
中国の誰かが、これを組み立てたんだ…
彼女or彼は、これを一つ作って、いったいいくら貰えるんだろう…
安すぎるものを買うとき…そんなことをいつもよく考える。
労働の対価として不公平に安すぎる、そんなものを買う罪…





                 ***


福島第一原発事故の事故処理費用は、2013年に出した概算の2倍に膨れ上がって
21兆5000億円になるという…
それだって、溶け落ちた放射能デブリの取り出しが、果たしてこれから先できるのかどうか
さえ分からない状況で、廃炉費がこれからいったいどこまで膨らんでいくのか誰にも
わからない中で出した試算にすぎない。
最終的に、福島の人々も事故の影響の記憶が遠のくほど、何とか生活再建ができました。
除染も、人がどうにか住めるくらいにまではできました。
廃炉も溶け落ちた燃料をなんとか取り出し、それを危険のないところに一応片付ける
ことができました。(人が近づくことさえできぬ放射能デブリの取り出し。そんなこと
いつになったらできるのか。)
…そうなるまでに、21兆円のお金ではとてもとてもすみはすまい。

21兆円…
最近、ニュースになる金額がいつもいつもあまりに大きすぎて、私たち国民はその金額の
大きさに鈍感になっていはしないか。
日本人が40数年間こつこつ働いて得る生涯賃金がおよそ2.1億円とすると、
21兆円というのは、10万人が一生涯働いてようやく稼ぎ出せる金額だ。

それが、東電という一企業の失敗で消えるのだぞ。

原発というものがいったん事故を起こすとどれほど大変なものか、もう一度ちっと考えてほしい。
今、日本は、その原発がほとんど動いていなくても、やっていっているではないか。

しかもその21兆円の一部は、国民が負担することになっている。

私は、東京に住んで、福島第一で生み出す電気を使ってきていた者だ。
だから、福島第一の事故処理にかかる費用を電気料金(送電料)として負担するのに、
なんの抵抗もない。
政府の偉い人間たちが、偉そうに『国民にも応分負担させる』、というのには
甚だしく抵抗を感じるが、福島の人々にすまないと思うから、いくらでも払おう。

だけれども、事故後も動かしている、またこれから動かそうとしている原発のためには
びた一文だって払いたくない。


                  *

日本とインド両政府は今年11月11日、日本企業からインドへの原子力発電所関連機材の
輸出を可能にする原子力協定に署名した。これはニュースにも取り上げられた。
福島第一原発事故を起こした日本が、日本政府が、原発を輸出する??!!
違和感どころか、およそ考えられない不実だ!
今も避難生活を余儀なくされ、あるいは放射線の影響におびえながらそれでも
福島を離れずに暮らす人々がいるのに、よくまあ、そんなことできるし言えるものだ。

さらに。11月12日付朝日新聞朝刊の、このことを報じた記事の最後に、ほんの数行。

日本など多くの国は原発事故の責任を電力会社が負うが、インドではメーカーにも
賠償を求められる仕組み。
「賠償制度が変わらなければ、リスクを冒してまで進出するのは
難しい」(日本メーカー幹部)との見方もある』

とあった。この数行に気がついた人はどれくらいいただろう。












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『キャンドル・ナイト 68』



68回目のキャンドル・ナイト。


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世界が大きく動いている・・・
そして、その動きは、危うい方へ方へと向かっているような気がする。

トランプの勝利。そのどさくさの間に強行されたTPP承認。
福島第一原発事故の徹底した検証と被災者の救済はまだなされぬままに、日本から
インドへの原発輸出を可能にする日印原子力協定。

…溜息の出るようなことばかりだが、そんな11日の朝日の朝刊に、ふうっと
張りつめた力の抜けるような優しい記事が載っていた。

著名人がそのお父さんのことを語る『おやじのせなか』という連載。
今回は、憲法学者の木村草太氏だったのだが、ご存じのとおり、木村氏は、
その顔貌、その全身から発する佇まい、その語り口も、すべてが非常に
静かで端正な印象のひとである。しかし、語る内容は、剃刀のような切れ味だ。


②木村草太
写真は、こちらのサイトからお借りしました。この記事もいいのでぜひお読みください。
http://www.kanaloco.jp/article/170011


木村氏は、自衛隊の集団的自衛権の行使容認に関する法案…それを明らかに
『違憲である』と、憲法学者の立場から明言してくれた。
その静かではあるけれども確信に満ちた語りを聴く時、安倍政権のやり口に
ささくれ立った心がどれほど鎮められたか今も助けられているかわからない。
このような人のお父さんという人は一体どういう人なのだろう…

その『おやじのせなか』という朝日の記事を一部引用する。
タイトルは、『ドン・ガバチョの歌「大事だ」』。 (!)

『NHKの人形劇「ひょっこりひょうたん島」が大好きな父でした。
父と一緒にリメイク版を見ていた小学生の時、「ドン・ガバチョの未来を信ずる歌」が流れたんです。
井上ひさしさんらが作詞した
「今日がダメなら明日(あした)にしまちょ 明日がダメなら明後日(あさって)にしまちょ」っていう歌。
「これはお前にとって大事だから覚えておけ」と言われました。理由も言わず、何のことか
わかりませんでした』


思わず噴き出した。
木村草太氏のいつも端正な語りと、『明日にしまちょ』『明後日にしまちょ
という歌詞との組み合わせが、ものすごく意外で、可愛らしかったからである。

ほほ笑んだその後で、木村草太~井上ひさし~『ひょっこりひょうたん島』~
蓬莱島~岩手県大槌町というつながりに、ふっと涙が出てきそうになった。
この『キャンドル・ナイト』の過去記事に、私も『ひょっこりひょうたん島』と井上ひさし氏のことを
書いたことがあったからである。
68回もキャンドル・ナイトの記事を書いてきたが、その中でも、その『キャンドル・ナイト 31』は、
私が最も好きな記事だ。
ここには私の言いたいことがぜんぶ詰まっている…

そして、全くの偶然だが、木村草太氏のこのお父さんについての記事とも、引用した
写真の記事とも、それは不思議にリンクしていくのである。
ぜひぜひ、一緒にお読みくださると嬉しいです。下に載せておきます。


木村草太氏の記事は続く。
かつて、父君から、『これはお前にとって大事だから覚えておけ』と言われた、その
『ひょっこりひょうたん島』中の『ドン・ガバチョの未来を信ずる歌』。
木村氏は、安全保障関連法が成立した昨年、お子さんと見ていたテレビ番組で、
その歌が流れるのを偶然見た、というのである。
集団的自衛権行使は違憲だ、という我々の声、大勢の人々の声、は届かなかった…。
『でも、諦めようとは思いません』、と、木村草太氏は言う。
四半世紀たって、父の教えの意味がわかりました』、と。

木村氏の父君は、『自由人でした』という。
川崎市の税務畑の職員。出世欲はなく仕事はそこそこ。本を集めるのが好きで、
哲学書が多かった。レビストロースとかバタイユが本棚に並んでいた。
『読んでいる姿は記憶にないんですが』
子供の教育にも口出ししない。木村氏の進路にも何も言わなかったという。
58歳の若さで脳腫瘍で亡くなられた。
『私自身、二児の父になって振り返ってみると、優しく包み込んでくれる存在だったなあ、
と思います』




「今日がダメなら明日(あした)にしまちょ 明日がダメなら明後日(あさって)にしまちょ」

こんな歌詞の『ドン・ガバチョの未来を信ずる歌』。
木村草太氏のお父さんは、いったいどういう想いや願いを込めて、小学生の彼に
『これはお前にとって大事だから覚えておけ』と言ったのだったろうか。

聴いてください。






思わず笑ってしまうのですが、木村氏の父君のこと、違憲の安保法制、井上ひさし、
ひょっこりひょうたん島のモデルとなった岩手県大槌町の蓬莱島、津波……
言論の委縮…。教育ということの意味。…いろんなことを合わせて考えると泣けてきます。
ぜひぜひ『キャンドル・ナイト 31』も合わせてお読みくださいね。私なりの渾身の記事です…。
この68と、二つで一つの記事、と言ってもいいくらいです…

とりわけ、『サンデー先生』の言葉を…。井上ひさしさんが書いた釜石小学校の校歌を…。

  ↓



                    ***



『キャンドル・ナイト 31』

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今夜は、こんなコップ…。
夏に一人旅した折、これもKの街で買って来たものだ。
高価なものではないけれど、磨りガラスに赤と緑の色が綺麗なので気に入って買って来た…
小さなつまみが横にくっついている。高さ9センチ。

秋らしい色でしょう…
だいぶ冷たくなった秋のお水をほんの一口、こくっと飲みたいときに。

            ***

今月はこんな歌をお送りしよう。
NHK『ひょっこりひょうたん島』は、皆さんご記憶のかたも多くていらっしゃるだろう。
岩手県大槌町にある蓬莱島が、この島のモデルと言われていることも。
蓬莱島は周囲約200mの小島で、大小2つの丘が連なったひょうたん形をしている。
小さな方の丘には高さ7.4mの大槌港灯台があったが、2年7か月前、東日本大震災で根元から倒壊。
その後、再建され、2012年12月13日に初点灯した。
島は、かつては大槌町漁業協同組合が所有していたが、同漁協は東日本大震災の影響で自己破産を申請。
島は破産管財人によって管理され、第三者の手に渡る可能性も生じたため、大槌町が2013年8月にも
この島を取得することになった。(以上Wikiより)


『ひょっこりひょうたん島』の中のこの歌。





聴いてください、メロディがせつないです。
歌は楠トシエさん。ご存じの方も多いでしょうが、当時のCMソングの女王とも言うべき
実力派歌手の歌唱が素晴らしいです。



『勉強なさい』 ★全作詞:井上ひさし&山元譲久/全作曲・編曲:宇野誠一郎


(子どもたち)しち はち くう じゅう
 勉強なさい 勉強なさい
 大人はこどもに命令するよ 勉強なさい

(博士)えらくなるために お金持ちになるために
(子どもたち) あーあーあーあーそんなの聞き飽きた

(サンデー先生)いいえ賢くなるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために 
さあ勉強なさい

(トラヒゲ)そうだとも 泣けちゃうな 今の一言
 みんな忘れるな

(テケ)トラさんもね

(サンデー先生)さんにがろく

(子どもたち)さんにがろく

(サンデー先生)さざんが

(子どもたち)きゅう じゅう じゅういち じゅうに じゅうさん
 良い子になあれ 良い子になあれ
 大人は子どもを教育するよ 良い子になあれ

(博士)人にほめられるために お気に入りになるために

(子どもたち)あーあーあーあーそんなの聞き飽きた

(サンデー先生)いいえよい大人になるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために
 さあ良い子になりなさい

(トラヒゲ)そうだとも 泣けちゃうな 今の一言
 それも忘れねえ


一見、先生が子供たちに『勉強しなさい』の決まり文句を言って、子供たちがうんざりして
いるかのように聞こえる。
偉くなるため、お金持ちになるため、人に誉められるため、気に入られるために
勉強するの?いいこにならなきゃならないの?

だが、サンデー先生はこういうのだ。

いいえ賢くなるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために

いいえよい大人になるためよ
 男らしい男 女らしい女
 人間らしい人間 そうよ人間になるために


私はここのところを聞くと泣けてくる。
ああ…なんていい歌詞なんだろう!

男らしい男!
女らしい女!
これを、男の役割、女の役割を決めつけている、などという浅薄なジェンダー論で
裁いたりしないでほしい。そんな単純な歌ではない。
女を家庭に押し戻そうとしているどこかの国の改憲論などと夢夢一緒にしてはならない!

男が男であり、女が女であることは美しいことなのである!
でも、それ以前に…。

男が本当に人間らしい人間になったとき…
女が本当に人間らしい人間になったとき…、
人間は、男女に関係なく、真に人間らしい人間であるとき美しい。


男が男らしくあるということを、何かはき違えて、やたら勇ましがっている政治家がいる…
迷彩服を着てヘルメットをかぶり、戦車の上から自衛隊員に向かって手を振り、敬礼を受けるのが
男らしい行為なのか。アメリカのいいなりになって、地球の反対側にだって自衛隊を武装させて
送り出すのが男の甲斐性なのか。
子供が小さいうちは、母親は家にいて子供の面倒を見た方がいいのだと云わんばかりに、
憲法の条文のニュアンスや労働環境を微妙に変えて、『女は家に』いるようにすることが
この国が思う『女の女らしさ』なのだろうか?

そうじゃないだろう?
『人間が人間らしくあること』こそが大事なのだ。
今、この国は、人間が人間らしく生きられないような国になりつつあるのだぞ。

福島の子供たちは、外で思いきり遊べない。
仮設住宅の子供たちは、大きな声を出して走り回って遊ぶことを遠慮する。
お年寄りたちは父祖の眠る墓の守も出来なくなった。
米農家が米を作れない。
果樹園主は、林檎や桃を出荷できない。
酪農家は手塩にかけて育てた牛や豚を殺さざるを得なかった。
漁師は魚を獲ってはならない。
母親は安心して自分の乳房を赤ん坊の口に含ませてやることが出来ない。
そのうちに、サトウキビ栽培農家はサトウキビを栽培しても仕方がなくなるだろう…(TPP!)


政治は、国民が安心して『人間らしい』生活が出来るようにするのが第一の使命であろう。
おとなは、子どもたちが安心して大きくなることが出来る、そんな国を作るために、そんな国を守るために、
これまで学校に行ったり本を読んだり新聞を読んだり、ニュースを見たり
『勉強してきた』んじゃなかったの???

おとなは、ただお金持ちになるために、そのお金持ちたちをさらに肥え太らせるために、
偉くなるために、経済界やらアメリカから誉められるために、そのお気に入りになるために、
これまで大学に行ったりアメリカに留学したり、本を読んだり新聞を読んだりニュースを見たりして
『勉強して』きたの?
勉強はそのためだったの?

ちがう。
人間は、人間になるために勉強するのよ。
人任せにしていては、人間は人間になれない。

お金持ちになるためにさらに富を溜めるためにこの世を理不尽に動かしている者たちがいる…
人間から人間らしさを奪う戦争をするために、武器を殺人兵器を作っている者たちがいる…
それを買おうとする者、自分たちも作って売りたいと思う者、実際に使用したいと思う者たちがいる…
人間を分断するために大金をばらまいて土地を買い、そこに危険とわかっている原発を
作り売ろうとする者がいる…
都合の悪い情報は国民の目から見えないようにしてしまい、国民をおとなしいもの言わぬ羊の群れに
してしまおうと思う者たちがいる…

こういう者たちから、自分たちの正当な人間としての権利を守るために、
私達は、一人一人が勉強しなければならない。
声をあげていかねばならない。

人間らしい人間 そうよ人間になるために勉強するのよ。

ああ!楠トシエの歌うここの箇所のなんてすばらしいことだろう!
泣けちゃうな。この一言!


井上ひさし。
彼はこんな素晴らしい校歌も作っている。


『釜石小学校校歌』
【作詞】井上 ひさし
【作曲】宇野 誠一郎

いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは 目をあげて
星を目あてに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる

はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときは あわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す

しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは 手を出して
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる








続きを読む

『キャンドル・ナイト 67』


67回目のキャンドル・ナイト。
67回か…よく灯してきたものだ…




庭の『時計草』の花を、一輪とってきて挿した。





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007.jpg



この頃、またよく、東日本大震災と福島第一原発事故のことを考える。
福島第一原発事故の原因が徹底的に究明されるまでは柏崎刈羽原発の稼働を許さないと
頑張ってくれていた泉田新潟県知事が、突如よくわからない理由で次の知事選立候補を
取りやめた、ということも、私のこの夏の喪失感の一つとしてあった。
東京電力および原発推進を望む側の人々にとっては、泉田知事は、長い間目の上のたんこぶ、
日本全国の原発再稼働にとっての重大な足枷であり続けて来た。
その泉田知事が突然知事再選を望まないと表明した時には、政府初め各電力会社、
原発関連事業者その他、再稼働を望む地元民を含め、原発推進側は大喜びだったと思うのだ。
逆に言えば、私などあの重大事故からまだ立ち直れぬこの日本にあって原発推進、再稼働など
あり得ないと思う側にとっては、一つの大きな保塁が壊れた!とでもいうようながっかり感を
この夏は味わったものだ。

しかし、原発推進側に立つ候補者森民夫氏で無風選挙に陥るかと思われていた新潟県知事選は、
泉田路線の継承、再稼働反対を掲げる医師、米山隆一氏が立候補してくれたことによって、
16日の投票・開票まで、予断を許さぬ激しい選挙戦になっている・・・

無論私は、米山隆一氏を新潟県知事に断固推薦したい!

今朝(12日)の朝日新聞に、オピニオン欄で『国家10万年の計』というタイトルの記事が
掲載されていた。原発が生み出す核のゴミをどうするかということについての識者3人の意見。
その中で、原子力安全研究会技術顧問の杤山修という人が、『原発ごみ 隔離して安全確保』
という見出しで意見を述べていた。この人は、高レベル廃棄物処分の『科学的有望地』の
条件を検討した経済産業省作業部会委員長という肩書きの人である。

「10万年の管理」という言葉が、誤解を招かないか心配しています。実際の処分は、人の管理の手を離れても安全が確保できるようにするのが基本的な考え方です。人の生活環境から離れた地下深くに隔離し、閉じ込めるのです。

 電力会社などの組織が続くのはせいぜい数百年でしょう。いつまでも管理し続けると言っても、空約束にならざるを得ません。だから、数百年を超えて危険が残るものは、人の手による管理が不要になるようにします。

 原子炉内の廃棄物は地下70メートルより深く、使用済み燃料から生じる高レベル放射性廃棄物は300メートルより深くに埋め、坑道も閉鎖します。普通は人が近づきませんが、将来、誰かが偶然にボーリングで掘ってしまうことも絶対ないとはいえません。そこで国が続く限り、掘削などを制度で制限していくべきだというのが原子力規制委員会が求める国の「管理」です。
(中略)
 高レベル廃棄物の放射能が特に高いのは千年ほど。廃棄物はガラスで固め、厚さ19センチの金属で覆います。金属が腐食して壊れるには、千年以上かかります。外側には厚さ70センチの粘土があり、通り抜けるのに数万年かかります。さらに様々なシナリオで将来を予測し、安全を確保します。

 10万年は地球の歴史でみれば短い時間です。プレート(岩板)が沈み込み、地震や火山活動が活発な日本列島で、地下に処分できるかという声もありますが、活断層や火山がある場所を避け、具体的に検討していけば処分に適した場所はあると考えます。

『処分の考え方は分かりにくく、想像をもとにした議論が疑心暗鬼を招いています。どのくらい危ないのか、10万年は長いのか短いのか、まずは中身を知り相場観を持ってもらえればと思います。』




『相場観を持ってもらいたい』
!!!
『相場観』! なんという言葉を選ぶのだろうか!!!
『相場』とは、むろん、株取引など、『実物・現物・直物取引ではなく、市場における
価格変動によって生じる差額で利益を得ようとする投機的取引』(goo辞書より)
のことが一般的であろう。何も株や債券などの取引だけでなく、江戸時代の頃には既に
『米相場』という言葉があった。
だがその他にも、『相場』には、『ある物事についての世間一般の考え方や評価。
また、世間並みと認められる程度。』という意味もある。

この人はおそらく、後者の意味で使ったのであろう。
だが、それにしても。10万年という信じられないような歳月、人間が管理しなければならない
危険な後世への負の遺産である核の廃棄物のことを言うに際して、なんという軽薄な
言葉の選択であろう。

地下300メートルも深く、10万年も封印しなければならないものに対する『世間一般の通念』
『世間並の常識』などというものが、いったい存在するとでもこの人は思っているのだろうか。
理性的に考えても、感情に素直に従っても、『地下300メートルも深く、10万年もの間
封印しなければならないものを、一時の人間がわずか40年そこそこの便宜のために生み出すなど、
全く、狂気の沙汰だ。『疑心暗鬼』も何もない。想像の外だ。

10万年といえば、記事の他の部分を引用すれば、
『アフリカ大陸に現れたホモ・サピエンスが、現生人類と同じような存在になったのは10万~15万年前と考えられます。地球規模に広がったのはこの5万年の間です。日本列島には3万8千年前に到達しました。10万年前は、ヨーロッパには僕らの直接の祖先ではないネアンデルタール人が、インドネシアにはジャワ原人がいました。そういう原始的な、しかも多様な人類がいた時代です。』

10万年前はネアンデルタール人の時代。10万年後は・・・・・・
そんな、想像を絶する時の間、地下深くに封印しなければならないもの…高レベル放射性廃棄物。


8月31日。元気がなくその時はブログ記事に出来なかったけれど、朝日新聞にこんな記事が載っていた。
原子力規制委員会が、原発の廃炉で出る放射性廃棄物のうち、原子炉の制御棒など
放射能レベルが比較的高い廃棄物(L1)の処分の基本方針を決定した、というのだ。
これで、すべてのレベルの放射性廃棄物の扱いの基本が決まったのだ、という。
ただし、実現性は抜き。ただの方針。

ちょっと勉強しよう。
原発の廃炉で出る放射性廃棄物は、
①使用済み核燃料から出る放射能レベルが極めて高い高レベル放射性廃棄物
②L1:原子炉の制御棒など放射能レベルが比較的高い廃棄物
③L2:原子炉圧力容器の一部などレベルが比較的低い廃棄物、
④L3:周辺の配管などレベルが極めて低い廃棄物


に大きく分けられる。
この①から④の放射能レベルの振り分けの定義にも、原子力業界の欺瞞がある気がするなぁ。
『極めて高い』→『比較的高い』→『比較的低い』→『極めて低い』
って、おかしいでしょ!
『極めて高い』→『高い』→『比較的高い』→『中』→『比較的低い』→『低い』→『極めて低い』
というのが普通の感覚だ。それでは煩雑すぎるというのなら、せめて、
『極めて高い』→『高い』→『中』→『低い』→『極めて低い』くらいにはしてほしい。
つまり、この政府だか原子力規制委員会だかの言葉の選び方には、『比較的』という
文字が入ることによって、放射性廃棄物の危険性の印象を全体的に弱める効果を
生んでいる気がするのである。細かいことだが、こういうことも原子力業界の一つの
計算された意図であろう。

①の放射能レベルの『極めて高い』放射性廃棄物は、使用済み核燃料を再処理する我が国
では、要するに、ガラス固化体を指す。いずれは、福島第一原発から取り出される(それが
可能かどうかは別にして)核燃デブリ(溶け落ちた燃料)もこれに入るであろう。
再処理工場における工程で高レベルの放射性廃液がでるのだが、再処理工場では
この廃液を濃縮し、ガラス成分と混ぜ、溶かしたものをステンレス製キャニスターに
注入し固化させる。これがガラス固化体というものである。
製造直後のステンレス製キャニスターに入ったガラス固化体は、人が20秒そのそばにいれば
確実に全員が死ぬというレベルの放射能を持っている。

製造直後のガラス固化体一本は平均4000兆ベクレル、最大4京5000兆ベクレル
の放射能を持ち、200度の熱を発する。
(ちなみに、福島第一原発事故で大気中に放出された放射性物質の放射能は、
57京ベクレル(!)と見積もられているという。2011年8月22日付朝日新聞記事によるから
その時点までで)

無論この高熱を発するガラス固化体をすぐには埋めたり出来ないので、これを30~50年間
冷却してようやく地層処分、ということが出来るようになる。
30~50年間の冷却!これさえ、ほぼ人間の大人になってからの歳月と同じくらいじゃないか。
たかだか40年くらいしか持たない原発から出てきたものを、同じ年月冷却し、それから
10万年地下深くに封印するというのである!

日本には、2008年時点で六ヶ所高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センターに1417本、
東海村に247本の計1,664本のガラス固化体があったと、資源エネルギー庁では報告している。
日本の原発の使用済み核燃料の大半は再処理待ちの状態で各原子力発電所等で
貯蔵されている。福島第一原発事故で、4号機のプールに使用済み燃料が冷却
されていて、その冷却が出来なくなって東電が震えあがっていたのをご記憶の方は多いだろう。
原発事故の怖さは、なにも原子炉そのものだけではない、日本全国の各原発にあのように
プールされている使用済み核燃料が冷却できなくなったら、福島第一4号機の危険と
同じ事態が出来するのである。
圧力容器にも格納容器にも保護されていない、むき出しの使用済み核燃料が、
冷却できなくなったら!日本の半分がダメになる、と、東電も菅政権も震えあがっていたのを
思い出してほしい。
その使用済み核燃料が、今はおよそ1万数千トン、大部分再処理を待っているわけだが、
資源エネルギー庁では、2009年末までの日本国内の原発で使用された核燃料を
全数再処理した場合、23,100本のガラス固化体になると推定していた!
しかも、福島第一原発事故を契機に、各地の原発が停止されていなかったら、
原子力発電所の運転により、毎年ガラス固化体1,300-1,600本分相当の使用済み核燃料が
増えていくと推定されていたのである。
原子力委員会では、2030年には7万本となると推定していたという。

さて。話を元に戻して。
①の高レベル放射性廃棄物は、地下300メートルに十万年。
②のL1は、地下70メートルより深いところに埋め、電力会社に300年~400年間
管理させる。(これさえ、狂気の沙汰だ!東電はその頃まである?300年前というと、
日本では江戸時代中期、元禄時代、赤穂浪士の討ち入りがあったころだ)
③のL2は地下十数メートル、
④のL3は地下数メートル、に埋め込む。

事故がなくても使用していようがいまいがいずれ今ある原発は廃炉の時期が来る。
大手電力会社でつくる電気事業連合会は、国内の原発57基が廃炉になれば、
L1だけで約8千トンの廃棄物が出ると試算しているという。

上記、原子力安全研究会技術顧問の杤山修氏は、
『10万年は地球の歴史でみれば短い時間です。活断層や火山がある場所を避け、
具体的に検討していけば処分に適した場所はあると考えます』
とこともなげに言う。
だが、福島第一原発事故で出た(これから取り出す予定の)極めて高レベルの放射性物質
百数十トンともいわれる核燃デブリ(溶け落ちた燃料)から、極めて低レベルの
作業員の脱ぎ捨てるあのタイべックと呼ばれる作業着などまで、その埋設地を
探すことは容易ではない。現実には、福島第一周辺に山積みされているフレコンバッグに
詰められた汚染土の行き場さえもまだ完全にはない。有るとしても『仮置き場』として、
である。


下の図は、放射性廃棄物の地下処分場の候補地についての各都道府県の
回答である。

地層処分 ②
http://blog.goo.ne.jp/flyhigh_2012/e/b9aab91f01c3f492265e785ca0aaed56からお借りしました。)


NIMBY症候群のことは前にも書いたことがある。
Not In My Backyard.
『事情はわかるし理解してるけど、私の家の裏庭に持ってこられるのはお断りよ』、というやつ。
『沖縄の人々の負担はわかる。同情もする。だけど、オスプレイがうちの近くの飛行場に
『駐機』するのさえ、お断りだ』。
『保育園。ないと困るわねえ。でも、うちの近くに建設するのはやめて。子供たちの
遊ぶ声などがうるさいから』
『トイレなきマンション=原発。そんなもの大反対。でも、廃炉作業で出てくる核のゴミは
うちの近くには絶対に持ち込ませないわよ』
これがNIMBY症候群だ。

福島第一事故の廃炉作業から出てくる高~低レベルの放射性廃棄物。
各原発が出す使用済み核燃料。これからそれぞれ老朽化していく原発の廃炉の廃棄物。
それらの行きどころは、レベルの高い低いにかかわらず、日本にはまだない。
世界にだってまだない。地下およそ520メートルの深さまでトンネルを掘り、そこから
横穴を広げ放射性廃棄物を処分していくというあのフィンランドのオンカロだって、
あれだけ大掛かりな工事をしているけれども、あれは自国の原発から出てくる
100年分のキャニスターを収容できるだけである。必要な管理は10万年。
気が遠くなる…

日本の高レベル放射性廃棄物の地層処分地も、火山や活断層から離れた場所で、
運搬しやすいように海岸から20キロ以内のところを、国が候補となる「科学的有望地」
として示すというが、そんなところ、この火山国地震国日本のどこにあるというのだ?

高レベル放射性廃棄物は、地下300メートルに埋める。地下300メートルなら
地下水の浸透はもう影響ないと考えられているらしいが、あのアメリカネバダの広大な
敷地に建設される途中だったユッカ・マウンテン最終処分場も、地元の反対や、
地下水の影響もあって、建設は中止されている。


地下水脈
http://stat.ameba.jp/user_images/20150217/16/boumu/51/5f/p/o0656049913220907791.png?caw=800


これはまるで、人体の血管の図のようだが、関東周辺の地下水流の図である。
この状況は、日本全国同じようなものだろう。
これほど縦横に広くまた深く浅く張り巡っている日本の地下水脈。
その影響を受けない、また逆に水脈に影響を与えないで放射性廃棄物埋設地など
見つけることが出来るのだろうか。

杤山修氏は、処分場候補地は有ると考える、といい、『相場観を持って(処分のことを)
考えてほしい』と安易に語るが、ご自分でもその目途などないことはわかっているはずだ。
火山や地震は無論のこと、水の力も馬鹿にしてはいけない…

福島第一原発は、今、果てしない地下水との戦いをしていることを皆さんはご承知だろう。
阿武隈山系の水が地下水として伏流している。その地下水が福島第一の放射能汚染水と
混じり合って、処分しなければならない汚染水の量を否応なく増やし、その処理に
東電は苦慮している。一日に850トンもの地下水が流入するのである!
私も凍土壁には希望をかけたが、残念ながら、莫大なお金をつぎ込んだ凍土壁も、
今のところ機能していないどころか、先の希望も見えない。
福島第一原発の敷地内及びその周辺に並ぶ汚染水タンク!それも既に用地的に
満杯に近く、少し大きな地震があれば、フランジ型と呼ばれるあの鉄板をボルトで
継ぎ合わせたタンクは崩壊するか水漏れを起こして、膨大な汚染水を周辺の大地や海に
流すことになりかねない。今年4月の時点で福島第一にため込んだ汚染水は80万トン
という。

だが。福島第一原発をかの地に選定した時、1960年代のことだが、その時にすでに、
福島第一の地下は、阿武隈山系の地下水が豊富に流れる地形であることはわかっていた
のである!
今日、東電が、廃炉作業そのものと共に、水との戦いにも明け暮れていることは、実は
福島第一があそこに立地された時から、運命として決まっていたわけなのである・・・
このことについては、既に記事にしてあるので、こちらをぜひ見てほしい。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1307.html

私は、この福島第一原発建設にあたっての先見性のなさや、津波によって全電源喪失が
一部科学者や共産党議員などによって予見され警告されていたにもかかわらずそれに
素早く対処しなかったばかりか握りつぶした(第一次安倍政権の時のことだ!)こと、
また事故後の対応など、全てにわたる『見通しの甘さ』や誰が責任を持つのかという
責任体制のいいかげんさ、また縦割り行政や妙な縄張り意識から来る情報の停滞、
隠ぺい体質などは…日本の宿瘂のようなものではないかと時々思ってしまう…

それは、豊洲の不思議な地下空間に滲み出た汚染地下水のことも同じだし、
オリンピック会場建設などに関する一連のどんぶり勘定や無見識も同じだし、
遡って言えば、日本が日中戦争に突入しさらにはアメリカとの戦争に踏み込んでいって
やめられなかったことなどにも共通する、言わば日本人の体質と思ってしまうのである。


福島第一の問題や各地の原発の廃棄物の問題は、確かに、日本人みんなで
考えていかねばならない問題である。
もうすでに起きてしまったことなのだから。もうすでに生まれてしまったものなのだから。
私達は『電気』というその恩恵を、享受してしまっている・・・責任の一端を負うしかない。
“Not In My Backyard”では済まされないのである。
だが、放射性廃棄物処分の先はまったく見えない・・・

確実に言えることは一つだけ。
これ以上、核のゴミを増やさない!
このことに尽きるのではないだろうか。
福島第一原発事故。あのような大事故を引き起こしてしまった私達…
福島の人々は、住む場を失い、家族のあるものは解体され、職も失い、思い出も失い、
5年7カ月たった今も、核汚染の心理的恐怖と戦っている・・・

私は、このブログを始める前、別のブログで、原発のことを勉強し、一所懸命記事を書いていた…
8年近く前のことである。
東日本大震災が起こり、福島第一が全電源喪失、と聞いた時のあの悲しみと怒り!
・・・それはいまなお少しも消えないし減じてもいない。

しかし。日本はあの津波や原発事故の後に、悲劇から学んで、よく変わることも
出来た筈なのである。生まれ変わることもできたはずなのである。
だが、実際は、悪い方へ方へとこの日本は動いている・・・

原発再稼働や、憲法改悪など、論外のはずだ。

そのことをもう一度考えてみよう。

私は今後も、11日には、キャンドルを灯し続けていこう。





心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 66』


ブログを更新しないまま、一月があっと言う間に過ぎて、スポンサーサイトが表示されて
しまった。
この夏は、私にとって、というよりは、日本人がなにか数々の大切なものを失って
しまった、言わば『喪失の夏』だったと、私は思っているのだが、そんな私の想いは無論
私個人の想いであって、そんなものに関係なく世は動いて行き、季節は進んで、
夏は秋へと移行した。

キャンドル・ナイトがなければ、おそらく、もう少し記事を書かなかったかも知れないけれど、
月に一度、11日に小さな蝋燭を灯す、そのことが、今では私を叱咤する一つの習慣に
なっていて、11日がくれば溜め息つきつつも、なにかセッテイングをしてみる。



今月はこんな青いガラス器に。
100円均一の店で手に入れたものだけれど、形態といい色といい、とても美しい。






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そう。忘れるわけにはいかないのである。
あの時の悲しみと怒りは。
小さな蝋燭の炎を見ながら、今夜もまた、深く沈潜する怒りに炎を継ぎ足す・・・。





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今夜咲いた香り高い花たちを載せておこう。
ジンジャーリリーの花。
一昨年植えてその年は咲かず、昨年今年と咲いてくれた。
草丈は私の背丈ほどもある。次々に蕾が開いて、素晴らしい香りを漂わせる。





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暮れがた。
ふと小窓から外に目をやって、夜顔の花が咲いていたことに気づく。
今年は種を植えるのが遅かったので、これが、今年初めて咲いた花だ。
こうした白い真珠質の花弁をもつ花特有の香気がある。





074.jpg



月下美人の花。
これは、今夜咲いたものではなく、先日の嵐の夜に咲いたものだけれど、載せておこう。
台風が過ぎてから咲くのではないかと思っていたが、嵐の一番激しくなるという夜に
咲き出てしまった。
鉢植えの丈が高くなって玄関の内に取り込むのも大変だが、この香り高い花を
その香を楽しまぬまま、外で一夜でしぼませてしまうのは悲しいので、雨の降りださぬうちにと
玄関の中に運び込んだ。

その夜は、外の吹き降りがどんなに激しかろうと、家中に月下美人の香りが漂って、
なんとも言えず心悩ましい夜だった。
何しろ大きな白い花が三輪も一度に咲いていたのだから。

月下美人の花の香を、なんと例えようか。





いろいろ考えた夏であったけれど、あまりいろいろあり過ぎて、言葉にする気力がなかった・・・

また、一つ一つ書いていこう。























心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 65』



65回目のキャンドル・ナイト。
少し夏バテ気味でもあったのだが、あまりにもいろいろなことが次から次に起きて、
言葉を失っている。
いつものように言葉を探し探し自分の想いや考えをまとめ上げていく気力がない。

そんな中。こんなもの作って気を紛らせていた。




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娘が紙細工で、儚い『ぼんぼり』を作ってみているというので、わたしも手慰みにやってみた、
というそれだけのことなのだが。
方眼紙のノートを一枚破り取ってそれに設計図をひき、マスキングテープで内側から
仮止めしただけの、ごく簡単なぼんぼり。高さはわずかに8センチくらい、底面の直径4.5センチ。
蝋燭を入れると、当然、燃えてしまうから、100円均一ショップで、小さなろうそくの形した
LEDライトを買ってきて入れている。
そのLEDライトがよく出来ていて、本当の蝋燭のように暖かい色の光で、 しかも、蝋燭の
ように揺らぎがあるのである。

今回のキャンドル・ナイトは、いつもの小さな蝋燭ではなく、この子に勤めてもらおう・・・

意図していたわけではなく全くの偶然なのだが、原爆ドームにも見え。



広島、長崎…
相模原やまゆり園の人びと…
世界のどこかで毎日のように起きているテロ行為の犠牲者たち…

あちらでもこちらでも、『言った者勝ち』『やった者勝ち』とでもいうような殺伐とした
言論や行為がまかり通り、誰も『おかしい』ことを『おかしい』と言えなくなっていくような
いやな空気がじわりじわりと蔓延していく。


いつも8月は、厳粛な想いになる月なのだが、とりわけこの夏は心が重い…

人々はこの月、さまざまな想いをこめて灯籠に火を灯して、川や海に流す。
私もせめて、儚い紙細工のぼんぼりをじっと見つめながら、『命』ということに
想いを致そうか。


希望をどう語って行けばいいのだろう。







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『キャンドル・ナイト 64』


そうか。今日はキャンドル・ナイトの日だった…と、午後になって気づく。


選挙結果は予測していたことだけれども、それでも気は重い…

ほんと。
悲しいとも何とも言いようがない。

これから、どういう運動が可能なのだろう…


結局、私には、愚直に語り続けることしかないのだろうか、な……




そんな重い心で、それでも日々のことはしなければならないから、
買い物にいこうと、私道から大通りへ出る角まで、自転車押してとぼとぼ歩いていたら、

蜻蛉が一匹。落ちていた。


自転車にでもぶつかったか。
羽も綺麗で、どこにも傷などなさそうなのに、死んでいる…
気を失っているだけならばいいが、とそっと拾い上げ、様子を見たが、やはりダメなようだ。
このまま道の真ん中に置いておけば、車の出入りの多いところなので、踏みつぶされてしまう。
そっと掌にのせて家まで戻って、庭の葉陰に置いておいた。
もし、もしも気を失っているだけなら、私が買い物から帰ってくるころにはどこかへ
飛んでいっているだろう…



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やはりだめだった…。
なんというトンボかわからなかったので調べたら、コシアキトンボ、というのらしかった。
『腰空トンボ』。
全身黒いのに、腰の一部が白く空いているから。
この子は、オスらしい。

なんか。
いろいろ想って、涙が出てきた……
こんなに繊細で綺麗なのに。
いまにも羽を震わし、手足を動かしそうなのに。







夜。
キャンドルを灯す。


一つの命と出会った。
これも何かの縁だろう。

今夜のキャンドルは、この子の思い出に捧げよう…








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この子にぴったりの器があった・・・

今夜は怒らない。明日から怒ろう。








心ひとつに キャンドルナイト






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[キャンドル・ナイト 63』




63回目のキャンドル・ナイト。

毎年、この月のこの日には、『どくだみ』を飾ろう…








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『キャンドル・ナイト 62』



今日も署名集めをして帰る日暮れの空は、驚くほど美しい夕焼けだった。
胸の底に、静かに湧き起る、何やら甘美さをたたえた憂愁…

もうすぐホトトギスが啼くなぁ…

私は、梅雨に入る前のこの季節が本当に好きだ。

だが、家に帰って、夕食の支度をして…そのいつからかわからないが
いつからか、先ほどまでの甘美さをたたえた憂愁は、いつの間にか、苦々しい
腹立ちに入れ替わってしまっていた…

何がきっかけだったのか自分でもわからない。
栃木で子供達が食べたタケノコごはんの給食が、放射性セシウムの基準値の
100ベクレル(それでも、世界の基準からすると信じられないほど高い!)を
大幅に超える234ベクレルもあった、というニュースをネットで見てからか。
なんということ!?…涙が出てくる!…そんなことがあってもいいのか?!
そんなことが、この国ではもう、『普通のこと』『仕方のないこと』になってしまったのか!

そのもっと前、キャンドルを灯していた頃からか…
それとも、夕焼けを見上げた時の一瞬の感動を除き、署名集めをしていたときから
既に苦い腹立ちは胸に巣くっていたのか…。

今日は私は、地元の九条の会の人々と『緊急事態法』の危険についての学習会の
ビラ配りと、安保法廃止の署名を兼ねて街角に声を上げていたのだが、
一人の30代くらいの男性が私に近づいて来て、”Are you Korean?”と、薄笑いを
浮かべながら言い捨てて去っていったのである。
またか!
なんという愚かな…!
見ず知らずの人間に、『韓国人!』あるいは、『朝鮮人!』という言葉を投げつけて、
それで相手がひるむとか傷つく、と思う心のあさましさよ……
それがいったいどうしたというのだ!
仮に"Korean"であったとして何が悪い。

それで自分が偉くでもなるのか!?
そう思うのなら、街を歩きながら、『日本人!』『アメリカ人!』『ロシア人!』『日本人!』
『フランス人!』『エジプト人!』『日本人!』『中国人!』『エチオピア人!』『日本人!』
『トルコ人!』『日本人!』『ブラジル人!』『韓国人!』『日本人!』『フィリピン人!』…
などなどと、すれ違う人々に薄笑い浮かべて言いながら歩きなさい!
さぞかしあなたは立派な、すてきな人間に見えるでしょうし、なれるでしょうよ。
世界に出て行って、それをやってご覧。

…大体私は、今日に始まったことじゃない。ここ数日の北朝鮮報道にもムカついて
いたのだと気づく。
正直言って北朝鮮がいい国だとは思わない。だが、『まあまあ普通』のことも可笑しなこと
のように言いたてる報道のなんと多いことか!
曰く、みんなが一斉に花など持って金正恩国防委員会第一委員長?に向かって
同じ角度に顔を向け花を一斉に掲げる、それを何日もかかって練習していたそんなこと
までを何か、異常さの証拠ででもあるかように言いたてる報道番組。
過去のオリンピック開会式の映像ちょっとみてごらん。そんなこたみんなやってるよ。
みんなで水色のハンカチ胸から出して、自国の貴賓席の前でそれを一斉に掲げるとかさ。
日本の国体だってやってるでしょうが。
報道規制の問題だって、程度こそ違え、日本でもやってることじゃないですか。
福島第一原発事故が起きたときは、はじめの頃、外国人記者団とフリーのジャーナリストは
記者会見場に入れなかった。
今でも、記者クラブの記者会見は、最初から質問者が決められていて、その質問内容も
あらかじめ提出しておかなければならないなどと言うことは、この日本でもしょっちゅう
やっていることじゃないですか。
かつて玄海原発の住民説明会では、九電関係のサクラが用意されていて予定調和の
質問をし、会を自分らの思う方向に持っていこうとした…
もうそんなことはこの日本でもしょっちゅうじゃないですか。株主総会もしかり。

さらに。あえて言うならば、
日本がかつて朝鮮半島でしてきたことを想いなさいよ。
朝鮮半島の苦難の歴史を、この機会に少しでも知ろうとしてみなさいよ。

拉致など悪いことは悪い!
核実験もよくない!(だが、アメリカもフランスもロシアも中国も…やってるけれどもそう叩かれないね)
そういう悪いことと、北朝鮮のなにかもを軽蔑することとは、別問題でしょうが!
人の国を貶めて自分が偉くなるということなどない!
むしろ、他国のここが悪いと思うならば、ひるがえって自分の国はどうなのか、と
考えてみるべきだ。
今の安倍政権になってからの言論の委縮はどうだ?
じわりじわりと進むこの国のジャーナリズムの無力化と、教育の統制…巨大企業の腐敗…
ジャーナリストなら、そっちを心配しなさいよ!

いろんなことに怒ってたんだ、あたし…。


ふ~ぅ……

62回目のキャンドル・ナイト。
心が沈みこむ……。

この国はどうなっていこうとしているのか…。
他国もまた…。

今日は実は、署名集めの方は、いつもに増してすごく反応があったのである。
何も言わないのに向こうから近付いて来て署名してくれる人々…
そのほとんどが、安倍首相と今の政治への憂慮をつぶやきつつ署名していた…
高校生の男の子たちも自分から。




006_2016051121252262c.jpg


今日は、なぜか絶対に、緑色っぽいもので、セットしたい気分だった。
花桃が青い実をつけている。あれをいくつかころん!と置くか。青い楓の葉っぱを
一枝折ってくるか…

いつもペン立てにしているガラスの器にふと目がとまる…。
思いがけず、美しい、五弁の花が咲く。















心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 61』


うう・・・デジカメから写真を取り込めなくなってしまった・・・

仕方ない・・・
ふと思いついたのは、過去のキャンドル・ナイトのしつらえで、写真を撮りはしたものの
記事には使用しなかったものがある、それを使おうか、と思って、1年前、2年前…の
4月11日の写真を遡って見て行っていたら、こんな写真を見つけた。
2011年4月11日の写真である…
あの東日本大震災から一カ月、の日に撮った写真…

実は、その時が、第1回目のキャンドル・ナイトだったのだが、この時の記事を見てみると、
買ってきたガラスのキャンドルホルダーに、ブロックキャンドルを入れたものを載せている・・・

でも、その他に、こんなしつらえもしてみていたのだったようだ…
どうして、2通りやってみて、こちらはダメだと思ったのか、もう5年前のことを思い出せない…

金属製のドーム型のものの後ろに、小さな亀山ローソクを立てているのだが、この
ドーム状のものが何だったのかも思い出せない…




2011_0411_204719-CIMG6946.jpg


あの日から5年の月日が過ぎて、61回目のキャンドル・ナイト。
5年を一区切りと考えてみるならば、二区切り目の最初の回が今日とも言えようか。

5年前の写真・・・そこに写った小さな使い道のわからない金属製の物・・・
これ。偶然だが、なんとなく原爆ドームに似ていはしないか。

今日、広島をG7の国々の外相たちが訪れた・・・
70年前、広島・長崎に原爆を投下した国アメリカのケリー国務長官も。


先進諸国の外相級の高官たちが、広島を訪れ資料館などを見るのは初めてのことであり、
そういう意味では画期的な出来事ではあった。

だが、核不拡散も核軍縮も…そして原発放棄も・・・一向に進展しない。




あの日から5年の月日が過ぎて、偶然見つけたこのしつらえは、
『何か忘れたことはないか』
      『忘れていいのか』
と、私自身にも、厳しく語りかけてくるような気がしてならない……








心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 60』




2016_0311_060113-CIMG6087.jpg



・・・5年という月日は、あっという間だった気がする。

何か写真に言葉を添えようと、何度も試みたが、出来ない…

あの大津波と原発事故…あの事実の重さが、いまだに言葉を拒絶する…。



黙って花だけを蝋燭に添えよう。
蝋燭たちを見つめているのは、白いストックの花たちだ。
ストックのむせるように甘い春の香りが、小さな四畳半の部屋にも、私のこころにも
沈潜する……











心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 59』



59回目のキャンドル・ナイト。


2016_0211_083731-CIMG6032.jpg




今夜も小さな蝋燭を灯す。
後の、ガラスの球体に炎が映り込んで、
何かこう…この世の人とこの世のほか(外)の人とが向かい合っているような…
そんな静かな写真になった……




背景に見えるその球体は、『テンポドロップ』というものだ。



2016_0211_083520-CIMG6028.jpg


テンポドロップは商品名だろうけれど、別名『ストームグラス』とも言う。

ストームグラスは19世紀に航海士等が使用していた天候予測器。
樟脳(クスノキのエキス)やエタノール等をガラス管に密封して作られており、気候の変化に
反応して起きる結晶を観察するものとして、19世紀ヨーロッパで天候の予測に役立てられていた。
ジュール・ヴェルヌの小説『海底二万マイル』に出てくるノーチラス号の中にも設置されている。
いまだ結晶と天気との関係は科学的に解明されていないが、気温変化によって結晶の様子が
変化する。
嵐が近付いているぞとか、気温が急激に下がりそうだという時に、雪の結晶のような
美しい結晶が生まれる…
今は寒い気候なので、全体に白い細かい結晶が出来ていて、くっきりとした大きな
結晶は見られないが、通常は、白い部分が半分くらいの高さ。


……… 嵐か …


人々の傷は、5年が近づいても癒えることはない…














心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 58』


キャンドル・ナイトも、もうすぐ60回に近づく…
よくまあ、そんなに灯してきたものだ…
自分の感覚ではせいぜい30回くらい、といった感じなのだが。




2016_0111_060323-CIMG5994.jpg



これは、アメリカのパンケーキシロップの空き瓶だ。
120年の歴史を誇る有名なシロップである。
その名は、あのアブラハム・リンカーンに由来する。
彼が、幼時、粗末な丸太小屋(ログ・キャビン)に住んでいたということから、その名を
取ったらしい。
だが。これはメイプル・シロップではなく、コーン・シロップである。

コーン・シロップは…
だが。まあ。ここではそれを言うまい。
瓶の意匠だけを見よう。……丸太小屋を模ってあって可愛い。
瓶の向うにいつもの小さな蝋燭たててみた……


                  ***



今日は、『反安保法制』の集会。
署名集めに行ってきた……
今日も、私に、ではないが、同じ場でビラ配りしていた男性に、一人の中年女性が、
大きな声で、『反日!』とひとこと吐き捨てるように言って去っていくのを少し離れたところから
見た。
見ず知らずの人に、そのような言葉を吐く人間の心…

『反日』とはどういうことであろうか。
自国を憂い自国民を想って、危うい政治に警告を発することが『反日』的行為というのであれば、
それらの人々に『反日!』というような暴言を吐く行為は、いったいなんと表わすつもりなのだろう。
そういうことが『愛国』的行為なのか?
もしそうだというのであれば、『国を愛する』とはずいぶんあさましい姿のもんだ…







心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 57』










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心ひとつに キャンドルナイト






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『キャンドル・ナイト 56』 


早いなあ。もう11月だ。
あと少しで今年も終わる……

56回目のキャンドル・ナイトだ。


本当にひどい政治がおこなわれているんだが、何事もないかのように世の中は
動いていく…


ふ~ぅ………

ためいきつきつつ、今夜も蝋燭だけはともそう。



2015_1111_212847-CIMG5548.jpg





これは、我が家の庭に咲いた菊の花たち。

裏の川べりで、桜の落ち葉を拾ってきて、菊といっしょに、小さなろうそくの足元を飾る…





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キャンドル灯し終わった後は、花たちは小さな花器に挿してやる…

『清浄』とでもいうべき微かな菊の香が胸を打つ。










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プロフィール

彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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