『共謀罪法成立 この忖度の国ニッポンで!①』

ついに、『平成の治安維持法』、と呼ばれる共謀罪法案は、衆参の両院で強行採決
され、成立してしまった。もう6月21日には公布され7月11日は施行の運びという。
なんとおぞましいこった!
これほど国内外の多くの識者などから、そのテロ対策への効果への疑問と必然性への疑義、
そして一方で国民の自由権やプライバシー権などを奪うなどその重大な危険性を指摘
されていた法案を、かくも短く粗雑な国会論議ののちに自公維新らがこれほど急いで
採決成立させた本当の理由はなんなのか。
世論調査に拠れば、国民の70%近くがこの法案の意味がよくわからないと答え、その多くが
『成立を急ぐ必要はないのじゃないか』と感じているようだ。
だが、国民の中には、政権の『テロ対策やオリンピック・パラリンピックのためにこの法案は
必要なんだ』という説明に、まんまと欺かれている人々も多そうだ。
街頭インタビューなどで、そう答えている声も聞いた。  
政府と政府寄りの報道機関などが、繰り返し繰り返し『テロ対策とオリンピックのため』と
唱えることで、それが悲しいことに真実のようになっていってしまう・・・・・・
だが、何度でもいうが、この法案が必要な理由としてその二つをあげるのは、それこそ
『印象操作』の最たるものである。

本当の理由は何か。
私は前回の記事で、ざっと次のような理由を列挙してみている。
無論これがすべてではないだろうが。

①警察権(とりわけ公安警察)の拡大強化。
②市民運動など政権に反対する運動の萎縮とジャーナリズムの体制批判萎縮。
③森友学園・加計学園問題からの視線反らし。
④アメリカからの要望(スノーデンなどはそれを指摘している)
⑤やがてもくろんでいる改憲のために、改憲反対言論・集会などの力をそぐこと。



私の詳しい考えを述べる前に、ちょっと前置きしておきたいのだが、安倍政権および自民党が、
共謀罪法成立に固執するのには、〈短期的〉と、〈長期的〉と、大きく分けて二つの理由がある

のではないか。

〈短期的〉理由とは何か。
それは、なぜ安倍政権がかくもこの共謀罪法案の可決を急いだのか、という疑問に直結する。
よく挙げられている理由の一つに、都議選が近づいているために、自民党が同盟を組む
公明党に配慮して、国会の早期閉幕を急いだ、ということがある。自民党都議連そのものも、
小池知事の都民ファーストに押されまくっているので、都議選立候補予定者には、国会の
会期が延長され、共謀罪法や加計学園問題で、悪印象が広がるのは絶対に避けたい、という
ことがあっただろう。

だが、私は、安倍政権そのものには都議選への影響などということは二義的なものに
思えているのではないかと考えたので、敢えて、この5つの項目の中にはこれを入れなかった。
共謀罪法の今後の歴史に与える影響を見た場合のその重大性に比し、都議選、という
課題はあまりにも意味が小さいと思うからでもある。
何よりも私は、小池氏の『都民ファースト』などという政党だかなんだかに全く関心も共感も
ないし、小池氏の政治思想は安倍氏のそれとなんの違いもないので、都議選に
しらけきっている、ということもある。自公維新プラス都民ファーストの改憲勢力が、
都政であるにせよ、予想で7~8割の得票を得るという状況は、これまたおぞましい
のではあるが。

安倍政権が共謀罪法案にかくまで固執し、その成立を急いだ理由。
短期的理由は、ただ一つ。
無論、上記の中の③。あの、森友問題、加計学園問題への安倍総理自身の関与が疑われたので、
その火消しと目くらましのために、共謀罪法審議の方へ、野党と国民の目を反らそうとした

ことだった、と私は考えている。
しかし、これだけを安倍政権が共謀罪にこだわる理由だとしてしまうには、時系列的に行って
無理がある。なぜなら、森友、加計問題が浮上するよりも、共謀罪法案を次期国会(今国会)で
やろうと自公らが思ったことの方が先だからである。昨年からすでにその意図はあった。
森友、加計問題は、非常に重大で大きな問題を含んでいるテーマなので、これらについては
また、このあとで書いていくつもりだが、
私が、この記事で真剣に考えて書いていってみたいのは、むしろ①、②、④、⑤の〈長期的理由〉
の方である。
(②と⑤は同じじゃないかと見えるだろうが、②は言論の萎縮そのものがターゲット。⑤は
『改憲』が至上課題、という点で分けて書いた。まあ、一つにまとめてもいいのだが。)

安倍政権および自民党が共謀罪にこだわる〈長期的理由〉。
それはなにか。


ふ~う・・・これを語るのは長くなる・・・
まずわかりやすいところから行こうか。
⑤『やがてもくろんでいる改憲のために、改憲反対言論・集会などの力をそぐこと


安倍氏および自民党、日本会議の人々などを含む安倍氏周辺の人々の政治的悲願は何か。
それは、あの『GHQに押しつけられた』『醜い』憲法を、改憲することである。
安倍氏が自らいつも繰り返し言うように、それは『自民党結党以来の政治綱領』であり、
1955年(昭和30年)、自由党(1950~1955年)と日本民主党が『保守合同』して
新党『自由民主党』(現在の自民党)を結成したいわゆる『55年体制』の立役者の
ひとりが、安倍氏の祖父岸信介氏であり、岸氏は、その自由民主党の初代幹事長
であった。

党の政綱
昭和三十年十一月十五日

(中略)
六、独立体制の整備
平和主義、民主主義及び基本的人権尊重の原則を堅持しつつ、現行憲法の自主的改正
をはかり、また占領諸法制を再検討し、国情に即してこれが改廃を行う。
世界の平和と国家の独立及び国民の自由を保護するため、集団安全保障体制の下、
国力と国情に相応した自衛軍備を整え、駐留外国軍隊の撤退に備える。


現行『日本国憲法』の改定は、自民党結党以来の悲願であり、それはなにも安倍氏に
限ったことではなく、何代もの歴代自民党政権が願ってきたことではある。
だが、その祖父の日本国憲法を自主改定する願いを引き継ぎ祖父の叶えられなかった願いを
自分の代で実現したいという改憲の想いの強さと因縁にかけて、安倍晋三氏の上を行く
政治家は少ないだろう。
その願いの叶えられる条件が、今ほど整ったことはかつてなかった。
私たち国民が、安倍政権下の与党およびその補完勢力に、衆参両院で改憲発議に必要な
三分の二以上の議席を与えてしまったから
である!!!

すべては、『改憲』に向かってまっしぐらに突き進んでいる。
安倍氏は、第一次政権の時から、着々とその環境を整えてきた・・・
まずは2007年。国民投票法を成立させ、改憲の第一段階をクリアした。
18歳から投票できるとした国民投票法と、現在の選挙権が20歳からということの不整合を
直すため、昨年2016年、公職選挙法をついに変えて、18歳以上に選挙権を与えることにした。
以上は、まず改憲のための法整備、ということである。

国家に従順な国民を育てるには何が一番手っ取り早いか。『教育』である。
2006年。教育基本法改定。

2007年。学校教育法・教育職員免許法及び教育公務員法・地方教育行政の組織及び運営
に関する法律、いわゆる『教育改革関連三法』改定



安倍政権の、教育への過干渉。それは、今回の森友学園問題や、加計学園問題
などとも密接に繋がってくる・・・
森友学園で行われていた幼児への『教育勅語』教育。それを安倍昭恵夫人は素晴らしいと
褒め称え、新設される予定だった小学校の名誉校長に就任。昭恵氏は15年6月から、
加計学園が神戸市で運営する認可外保育施設「御影インターナショナルこども園」でも
名誉園長を務めている。

安倍晋三氏自身も、森友学園問題が表面化して国会で追及されるようになって、
籠池氏との関係をまるでそれまでなかったかのように忌み嫌って(!)断ち切るまでは、
かの森友学園の教育方針を『森友学園の教育方針に私も妻も非常に感銘しており』、と
褒め称えていたのである

さらに言えば、安倍政権下で進む特定の歴史および公民の教科書採択。
たとえば、育鵬社のものだが、加計学園問題で注目されている加計孝太郎氏は、
第一次安倍政権で行った『教育基本法改定』、その改定教育基本法に基づいた
歴史教科書及び公民教科書を出版することを目的として設立された『教科書改善の会』
の賛同者であり、グループの岡山理科大付属中学では歴史・公民ともに育鵬社の教科書を
採択している。


育鵬社の教科書がどんなものか。たとえば公民の教科書に安倍首相の写真が15枚も
掲載されている、ということ一事をとってみれば、それがどのような性質のものか
わかろうというものだ。詳しくは、『育鵬社版の中学校社会科教科書を読んでみた』

話を戻そう。
特定の国家観に沿うような従順な国民を育てるのに有効なのは、『教育への介入』だと
書いた。もう一つある。
それは、国民の『知る権利』を奪うことである。ジャーナリズムを萎縮させること。

共謀罪法案の大きな目的の一つはそれだ。

それは、安倍政権および自民党のこれまでのいろんなやり口や考え方を総合してみれば
明らかなのである。
16年、衆院予算委員会で、放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り返した場合の
電波停止の可能性に言及した高市早苗総務大臣。
15年。安部首相に近い自民党の若手議員約40人が作家の百田尚樹を講師として招き
開催した憲法改正を推進する勉強会「文化芸術懇話会」の初会合においては、
『マスコミを懲らしめるには広告料収入をなくせばいい。文化人が経団連に働き掛けてほしい』
『悪影響を与えている番組を発表し、そのスポンサーを列挙すればいい』などの発言が相次ぎ、
沖縄県の地元紙が政府に批判的だとして、『沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない』と
安倍首相とも非常に親しい作家百田尚樹氏が発言。
NHKの経営委員人事で、自分の思想に近い人物たちを送り込む。一方、自分に批判的な
テレビ局解説者などには、報道が偏向していると言ってクレームを入れる・・・

そうした日本政府の報道への姿勢と報道機関の独立性に対し、国連報告者の
デービッド・ケイ氏が懸念を示すと、共謀罪法に関して国民の自由権やプライバシー権
についての懸念を示した同じく国連報告者のジョゼフ・カナタチ氏に対してと同様に、
日本政府は異常なほどの猛反発を示した・・・
自分たちを批判するもの、苦言を呈してくれるものへのこの異常なほどの過敏な反応・・・。
一方で、読売新聞、日本テレビ系列などへの一部『親安倍』的メディアには、首相自ら
記事を寄せたり出演したりして、報道を私物化する傾向がある。ついには国会での
自らの改憲案に対する『丁寧な説明』はまるで無しに、『読売新聞に書いてあるから
それを読んでくださいと、説明放棄する始末。
このほかにも、この政権の中枢およびその周辺にいる人々がしてきた発言には、政権に
融和的なメディアや私企業には甘いが、国家権力の言うことを聞かない市民やマスコミは
懲らしめていい、というような考え方が充ち満ちている・・・

極めつけは、もうこのブログでも何度も記事にしているが、現行憲法が保障する国民の
諸権利に、自民党改憲草案では、第12条、13条、21条、29条などの条文で、
『公の秩序に反しない限り』という条件を付加していることである。

これは、軽く考えればたいした違いではないと思われる向きもあるかも知れないが、
現行憲法が、主権者たる国民に当然の権利としてさまざまな自由権や生存権に属する権利を
与えているのに対し、『公の秩序に反しない限り』それらの諸権利を認める、という自民党
改憲案の底を流れる根本思想は、国家がその権利を与えてやるよ、という、国家主権の
思想そのもの
であると言うことが、大きな大きな違いであると言うことを、私たち国民は
知っていなければならない。
それは、彼らが回帰したがっているようにしか思えないかつての大日本帝国憲法の、
第29条『日本臣民ハ法律ノ範圍内ニ於テ言論著作印行集會及結社ノ自由ヲ有ス』
(現代語訳: 日本臣民は、法律の範囲内において、言論、著作、印行、集会及び結社の自由を有する。)
に戻るどころか、それよりもなお、強権的色彩を帯びている!

この、自民党改憲草案の『公の秩序に反しない限り』という文言が、
まさに、共謀罪法案の本質を為していると私は思っている。

安倍氏や金田法務大臣が、共謀罪法論議の最中に、『一般人は対象にならない』と何度も言っていたが、
『一般人』とは何か。政権に批判的な言論・運動をしない、すなわち『公の秩序に反しない』
『公の秩序に適合する』おとなしい国民のことを『一般人』と言っているのではないか

そのおとなしい『一般人』も、沖縄の基地闘争の人々のように、自分たちの生活権を守るために
座り込み運動などをすれば、『公の秩序に反した』として、『テロ集団』とみなされる危険性だって
大いにあり得るのである。それに近いことはすでに現に行われている・・・
共謀罪法には277も対象になる犯罪があるが、私がその中でも警察権の乱用の危険性が
あるととりわけ心配するのが、『内乱等幇助、騒乱、往来危険、組織的な威力妨害業務、組織的な
建造物損壊』など
である。こうした罪が対象になるということを後ろ盾に、デモ、集会、散らし配りなど
正当な国民の権利としての政治行動をしている市民団体などに対し、『往来危険』罪などを
適用する、などという極めて警察公安などの恣意的解釈による逮捕などが増えていく恐れは
十分にあり得る。やがて、そうした国民の政治参加は、萎縮して行くであろう・・・

共謀罪法案についての街頭インタビューで、『私はデモなどしないし(関係ない)』と答えていた
人がいたが、自分がデモなどの市民運動をするとかしないとかいう問題ではない。
『反政府的な』言動を取り締まろう取り締まろうとする・・・萎縮させる方向へ方向へと
動く傾向のある政府というものが、国民にとって望ましいかどうかと言う問題なのである。


安倍氏の第一の悲願は、先にも述べたように、祖父もなし得なかった改憲・・・
自民党政権の歴代総理の誰も出来なかった日本国憲法の改定を、自分の政権時において
成し遂げることである。
すべては、その一点に集約されていく・・・
そのために何よりも大きな障害となるものは何か。
世論である。
国民の反対が大きくなれば、改憲は無論なし得ない。
それでは、国民の考え方を変えるにはどうすればいいか。
改憲反対運動など、反政府的な運動を萎縮させることである。
そして、都合の悪い情報を与えないことである。

2013年。特定秘密保護法。
2015年。マイナンバー制度。
2016年。通信傍受法改定。盗聴対象拡大。


そして。
2017年。共謀罪法成立。







(この記事続く)



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『共謀罪法案に反対する ②』

共謀罪法案は、60%もの国民がよくわからない、といっているにも関わらず、
衆院法務委員会で採決可決され、23日には衆院本会議で可決されるのであろう。
『テロ対策』『2020東京オリンピック・パラリンピック』のためだ、と言われれば、
国民は、そうかな、やっぱり必要なものなんだろうな、と思わされてしまう。

だが。今回上程された共謀罪法案は、テロ対策や、オリンピックの名を借りて、
国家権力が国民の思想信条・集会結社の自由など現行憲法が国民に保障する権利を奪う、
少なくともそうした活動や精神の自由を萎縮させてしまうものに化けかねない、
いわば、戦中の治安維持法にも似たとんでもない悪法である
ことは、前の記事でも書いた。

とは言えども、普通の(と言う言葉がこの頃私は大嫌いなのだが)暮らしをしている、
いわゆる『一般人』には、自分には関係ない、その恐ろしさも感じない、というもので
あろうことも事実であろう。

この法案が成立しても、『普通の人』の生活は何ら変わらないだろう。
『普通』、市井に慎ましく生きているひとは、テロ準備を疑われるような物騒なことは
考えもしないし、それに荷担・共謀を疑われるようなことはしない。
また、『物言えば唇寒し秋の風』と、昔から言うけれども、なにも権力にたてつくようなことを
物言うようなことをしさえしなければ別にこんな法案が通ろうが怖いことはないのである。

今回、この法案の審議中、政府側の人間の口から何度も、『一般の人にこの法律が
適用されることはない』という保障が語られたけれども、そう!まさに!この『一般の人』
と言うのが、こうした、慎ましくおとなしく生きている物言わぬ民のことなのであろう。

しかし、世の中はそれでいいのだろうか。
政治家や官僚、またその他いわゆる権力を行使できる立場にいる人々が、常に正しいことを
するとは限らない。ときに彼らもとんでもない間違いを犯すことだってあり得るだろう?

政治やその他権力者のしていることがおかしければ、それを『おかしい』、『間違っている』と、
勇気を持って言う人考える人がいなければならないだろう。
最悪、政治や権力があまりにもひどい場合には、立ち上がって戦うことも必要だろう?
この悪法が成立し、施行されていくということで問題なのは、そういう人々がこの法で萎縮して
いなくなっていく怖れがある、ということなのである。

それで萎縮する程度の正義感なら、もともとたいしたものではない、と思われるかも
知れないが、世の中の正義というものは、たとえ弾圧されようと屈しないそういう桁外れの
強い意志を持った一部の人だけが守っているのではない。
強い抵抗者ではあり得なくても・・・、なにも物言えずとも・・・、心の内に不正を憎み正しいことを
志向する多くの『一般の』人々が、『世論』というものを形成して初めて力を持つものなのである。
今度の法律は、悪用されれば、そういう人々が、あきらめ萎縮していく・・・。そのことが怖いのである。
あるいは、マスメディアなどジャーナリズム、教育界などが、急速に、あるいは徐々に
萎縮していって、権力にあらがうようなことはしなくなる、そのことが怖いのである。
ジャーナリズムや教育が、権力を忖度しその意向を察して動くようになると何が起こるか。
国民は、『知ること』が出来なくなる。
知らなければ、問題意識もおこらないから、ますますおとなしい物言わぬ民が、『一般人』が
増えていく・・・。

要するに、権力にチェックを入れるものがいなくなってしまうのである。


今回の『『組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律等の一部を改正する法律案』、
いわゆるテロ等準備罪を含む組織犯罪処罰法改正案、要するに『共謀罪法案』の本質は、
そこにある。

5月20日付朝日新聞に、こんな小さな記事が載っていた。赤字強調は彼岸花。
『「共謀罪」法案、国連特別報告者が懸念 首相に書簡送る』

特定の国の人権状況などを調査・監視・公表する国連特別報告者で、「プライバシー権」担当のジョセフ・カナタチ氏(マルタ大教授)が、「プライバシーや表現の自由を制約するおそれがある」として懸念を表明する書簡を安倍晋三首相あてに送った。18日付。書簡は法案の成立を急いでいるために十分に公の議論がされておらず、人権に有害な影響を及ぼす危険性がある」と立法過程の問題にも言及している。

そして次のような懸念を示しているというのだ。
①法案の「計画」や「準備行為」が抽象的で恣意(しい)的な適用のおそれがある
②対象となる犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係のものを含んでいる
③どんな行為が処罰の対象となるのか不明確で、刑罰法規の明確性の原則に照らして問題がある
共謀罪を立証するためには監視を強めることが必要となるがプライバシーを守るための
 適切な仕組みを設けることが想定されていない




安倍政権は、国連の『国際組織犯罪防止条約』に入るために、国内法を整備しなければならない、
そのために今回の『組織犯罪処罰法改正案』いわゆる『共謀罪法』を新たに設けなければ
ならない、と言っているのだが、当の国連関係者から、その成立過程の杜撰さやその恣意的運用の
危険ひいては国民の人権侵害の恐れを指摘されているのである。

このジョセフ・カナタチ氏の懸念と共に、一つ前の記事で同じく私が引用した米ノースイースタン大
ニコス・パッサス教授の言葉を思い出してもらいたい。彼は国際刑法の専門家で、2000年に
国連総会で採択された同条約に関連し、各国が立法作業をするための指針を示した『立法ガイド』の
執筆で中心的役割を担った人である。

『「国際組織犯罪防止条約の目的はテロ対策ではない」と明言。
それぞれの国は、完全に条件を満たしていなくても条約を批准することは可能
と指摘。
国内法の整備においては)法の支配にのっとり公正でなくてはいけない。
日本国民の意向を反映させるべきだ
」と忠告
する。


国民の60%以上が、まだ法案の意味がよくわからないといっている中、あんな恥ずかしいレベルの
審議をわずかにしたのみで、このように海外の専門家からさえ危険を指摘されるような法案を
国会における数の力を利用して強行採決するこの政権のやり口が、果たして『法の支配に則って
公正に行われ日本国民の意向を反映したもの』と、言えるのであろうか???!!!

           ***


さて。実はここからが、私がこの記事で本当に言いたいことだ。
今、政府与党が遮二無二 この際通してしまおうとしているこの『共謀罪法案』。
前の記事でも引用したのだが、もう一度上記ニコス・バッサス氏の書いた当の
国際組織犯罪防止条約のための『立法ガイド』に戻ってみよう。
そこには、こんな一文がある。

43. 国内法の起草者は、単に条約文を翻訳したり、条約の文言を一字一句逐語的に
新しい法律案や法改正案に盛り込むよう企図するよりも、むしろ条約の意味と精神に
主眼を置くべきである
。法的な防御や他の法律の原則を含め、新しい犯罪の
創設および実施は、各締約国に委ねられている(第11条6項)。したがって、
国内法の起草者は、新しい法が国内の法的な伝統、原則、
および基本法と合致するものとなることを確保しなければならない。

これによって、新しい規定の解釈において裁判所や裁判官の違いにより対立や
不確定要素が生じる危険性を回避することができる。


ああ!私は、この一文を読むと、私たちの現日本国憲法の前文や、国民に侵すことの出来ない
永久の権利としての基本的人権を保障した第十一条や『すべて国民は、個人として尊重される』とし、
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利に最大の尊重を約束した第十三条や、
法の下の平等を明記した第十四条、また、私が、これを付け加えておいてくれたことを
一番GHQの人々に感謝する・・・そして自民党改憲案では見事に全削除されようとしている
第十章『最高法規』の条文を読んだときのように、涙が出てきそうにさえなる・・・・・・

第十章 最高法規

第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである

第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

第九十九条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。




・・・なぜ、こんな堅苦しい憲法などの法律の条文を読んで涙が出てくるのか。


それは、そこに、人類の叡智が凝縮されているからである!




安倍政権の『共謀罪』法案成立過程とその中身に、人権侵害の危険を予感し、懸念の
書簡を安倍総理宛てに送った国連のジョセフ・カナタチ氏、同じく国連の『組織犯罪防止条約』
のための立法ガイドを執筆したニコス・パッサス氏。そして、71年前、日本国憲法草案に
『第十章 最高法規』の条文を滑り込ませておいてくれた、若きGHQの軍人たち・・・

彼らは皆、『法の理念』というものの大事さを知る人々であった、また今、ある、ように思う。
法律は、ときの権力者などによる恣意的な書き換えや運用を許すものであってはならない。
ましてや、一国の根本理念を書いた憲法においては。

ところが、私たちの国の今の政権の人々は、その、法や憲法の理念の大事さに対する『畏れ』がない。
彼らは、一国の法や憲法を、自分たちのものだとでも勘違いしているのではないか。
行政府の長である総理が、憲法を2020年までに変えると言う・・・

何が腹が立ち何が悲しいか情けないかと言って、私が、一番、腹立たしくもまた情けなく
思うのは、この国が今、『理』というものをどぶに捨て去ろうとでもしているように思えることだ・・・

『理』『理念』『理性』・・・『人類の叡智』と言ってもいい。
人類が、長い時間をかけて学んできたもの・・・
血と涙と汗と・・・ときに命をかけて獲得し守ってきたもの・・・

そこには、あらゆる尊いものが含まれている・・・
『平和』 『自由』 『平等』 『人権』
『人としての信義』・・・『真理やより高いものを希求するこころ』・・・『豊かな想像力』・・・
『人間の高潔さ』・・・『根本的優しさ』・・・
そうした情動的なものから、『人間の智の総和、とでも言えるような学問・知識の
分厚い蓄積』まで。
無論そこには、『法』とは何か。『民主主義』とは何か。『法治国家とは何か』
などといった概念やそれを獲得するまでの人類の長い戦いの記憶も含まれている・・・・・・・・・
『教育やジャーナリズムの不偏・独立性』という大事な原則もある・・・

そうしたものが、一部の政治家の恣意によって、蹂躙・破壊されていいのか?!

今、世界は、激動期に入っている。
それに振り回されてはいけない。
人類が長い長い時間をかけて築いてきたものがあるはずだ。
それは、この宇宙の大きな『理』にも合致する、極めて賢い理念のはずだ。


         ***


まだまだ、想いをうまくすべて書き表せないのだけれど、また、続けて書いていこう・・・





『共謀罪法案に反対する』

『共謀罪法案』。
政府が言うところの『組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する
法律等の一部を改正する法律案』が、いよいよ19日中にでも衆院法務委員会で採決可決され、
来週23日頃には、衆院を通過しそうである。

みんな、この法案のことをいったいどのくらい理解しているのだろう・・・
政府は、委員会で30時間審議した、もう十分だ、と言うつもりだろうが、このような曖昧な、
しかも、現在から将来にわたって大きな禍根を残すことになるかも知れない法案を、
わずか30時間の審議、それも、皆様ご存じのように法務大臣自体が法案を本当に
理解しているのかどうなのか、へろへろの答弁と、官僚の代弁ばかりでいたずらに
時間をつぶしてしまったそんなお粗末な審議で、通してしまおうとしている。

この法案を通したいと急いでいる人々は、この法が成立しないと、日本は
『国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約』(略称『国際組織犯罪防止条約』
パレルモ条約とも。)に入れない
、と言う。
『テロを含む組織犯罪を未然に防止し、これと戦うための国際協力を可能にするための
この条約を締結することが必要不可欠であります』(安倍首相の演説より)
そして、世界の百数十の国および地域がすでにこれを締結していて、まだ締結していないのは
日本とどこそこだけ、と言うような言い方をして国民を煽る。

だが。本当にこの共謀罪(テロ等準備罪を含む)法が成立しなければ、日本はテロ対策が
出来ないし、国際組織犯罪防止条約にも入れなくて、世界から取り残されていくのだろうか?
そもそも、共謀罪法を通したら、テロ対策はそれで成った、と言えるものなのだろうか?

私たち国民は、わかりやすいプロパガンダに概して弱い。
この共謀罪法を、『テロ対策』と2020年東京オリンピックのため、と言われると、
「ああ、そうか。それはひつようかも」と思い込んでしまいそうである。

だが待ってくださいよ。

5月5日の朝日新聞朝刊にこんな記事が載っていた。
米ノースイースタン大のニコス・パッサス教授は、国際刑法の専門家で、2000年に
国連総会で採択された同条約に関連し、各国が立法作業をするための指針を示した
『立法ガイド』の執筆で中心的役割を担った人であるが、その人自身が、
そもそも、『テロ対策は国際組織犯罪防止条約の目的ではない』と語ったというのだ。
また、条約に加わるために新規の立法が必要なのか、と言う問いに対しては、
『既存法で加盟の条件を満たすのであれば、新法の必要はない』と語ったと言う。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12923852.html
朝日新聞の記事は、途中までしか読めない。
だが、5月18日のテレビ朝日系列「報道ステーション」で、この件について詳しくやっていたので
そちらを是非見てほしい。

https://www.asahi.co.jp/webnews/ann_g_000100921.html

こちらの説明から引用しよう。

『「国際組織犯罪防止条約の目的はテロ対策ではない」と明言。条約は、マフィアなどの経済犯罪を取り締まる目的で制定されたもので例外的にテロリストが対象になるのは、資金集めなど金銭的な利益を得る目的で犯罪を行った場合だけだという。パッサス教授は、過激派組織「イスラム国」などに対する制裁措置を定めた国連決議がテロ対策としてすでに機能していると指摘。日本は、国連の主要なテロ対策条約13本についてもすでに批准、法整備まで完了している。パッサス教授は「テロなどの犯罪に対して、現在の法体系で対応できないものは見当たらない」と話す。さらに、「それぞれの国は、完全に条件を満たしていなくても条約を批准することは可能と指摘。「どの国の政府も、国際条約を口実にして国内で優先したい犯罪対策を実現させることは可能。(国内法の整備においては)法の支配にのっとり公正でなくてはいけない。日本国民の意向を反映させるべきだ」と忠告する。


つまり簡単に言うと、今、日本政府が、『テロ防止やオリンピックの安全な開催のためには、
国際組織犯罪防止条約に入らなければならない。そのためには、新しい法を作る必要がある。
(つまり共謀罪法が必要だ)と言って、十分な中身の審議もないままに、国民への十二分な
衆知も図っていないままに、この法案をしゃにむに通そうとしているのは、おかしいと言うことだ。

私は、この共謀罪法案の本質は、テロ対策やオリンピックの名の下に、国家が
国民の言論や思想の自由、集会・結社の自由など、現行憲法で保障された権利を
制限しよう、萎縮させようとしている、というところにあると思っている。

大げさすぎ、恐れすぎじゃない?と思われるだろうか。
だが、それは、自民党の改憲案と比べてみるとよくわかるのだ。現行憲法では、主権者たる国民に、
生存権、自由権などさまざまな権利が保障されているが、それに対し、自民党改憲案では、
いたるところの条項に『公益及び公の秩序に反しない限り』という文言が付け加えられている。

『公の秩序に反しない限り』と言う文言にとりわけ注意してもらいたい。
今共謀罪審議で、何度も何度も『一般人は対象とならない』と法務大臣以下は答弁しているけれど、
『一般人』という言葉の定義は何か。
自分は一般人だから関係ないな、思っている人でも、捜査当局が『公の秩序に反した』と
判断したら、共謀罪の対象になりかねないのが今度の法案なのだ。
とりわけ、国民を縛る意図を秘めた共謀罪法案に関連して、自民党改憲案の中で象徴的なのが、
第二十一条の改憲案である。
現行憲法は、『第二十一条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。』
となっているだけだが、自民党改憲案では、
『2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
並びにそれを目的として結社をすることは、認められない
。』
という条文が付け加えられているのである。

また、第一次安倍政権以来の、この政権の『教育への干渉』の強い意志や、秘密保護法など
を含む諸法・諸制度の改悪の方向を合わせて考えると、よりはっきり見えてくるものである。

私は、デモなどにも行かないし、一切の危ない政治活動などはしないから、共謀罪の
対象になどなり得ない、とお思いだろうか。
だが。本当は、今回の共謀罪法案の怖さは、自分が実際にその対象になるかならないか、
などという問題ではない、と私は考えている。
これは、国民の『知る権利』の問題である。国民が、国家のくびきから自立した存在で
いられるかどうか、というぎりぎりのところで、大きな禍根を残すことになる法案だ、と
考えているのである。

本当は、このことについてしっかりと書かねばならないだろう。次の記事でそれについて書く。

だが、この記事では、ニコス・パッサス氏の言葉に添えて、氏が起草した、当の
国際組織犯罪防止条約のための『立法ガイド』の中の、次の一文を、とりあえず
掲げておこう。

43. 国内法の起草者は、単に条約文を翻訳したり、条約の文言を一字一句逐語的に新しい法律案や法改正案に盛り込むよう企図するよりも、むしろ条約の意味と精神に主眼を置くべきである。法的な防御や他の法律の原則を含め、新しい犯罪の創設および実施は、各締約国に委ねられている(第11条6項)。したがって、国内法の起草者は、新しい法が国内の法的な伝統、原則、および基本法と合致するものとなることを確保しなければならない。これによって、新しい規定の解釈において裁判所や裁判官の違いにより対立や不確定要素が生じる危険性を回避することができる。


今度この政権が無理矢理通そうとしている『共謀罪法』は、犯罪実行前の幅広い摘発を、
それも捜査当局の恣意を許す恐れのある危ういものだ。本来、日本の刑法は、実行後の
処罰を原則としてきた(既遂処罰原則)のに、この共謀罪法案は、その日本の刑法の体系を
大きく変えるものになっている。
上記に引用した『立法ガイド』の、『国内法の起草者は、新しい法が
国内の法的な伝統、原則、および基本法と合致するものとなることを確保しなければならない』
とする、その『国内の法的な伝統』と合致しないどころか、国内法の体系を根本から
破壊する恐れさえある法
だと私は思う。
さらに。
同じく上記立法ガイドで、『基本法と合致するものとなることを確保しなければならない』とある
その基本法、すなわち、日本にとっては『日本国憲法』の保障する
国民の内心の自由までもを奪いかねない醜悪かつ稀代の悪法を、
私たちの国は今、通してしまおうとしているのだと
言うことを
しっかりとここで言っておきたい。


『立法ガイド』の訳文は、こちらのサイトからお借りしました。
『国連立法ガイド』を読んでみよう
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/8f36e10fcd09bb4e6962c52da297b697


(この記事続く)







『日本国憲法公布の日に』


こんな調査のデータがある。
ご覧になったことおありだろうか。


世界の憲法に謳われている権利ランキング


これは、今からちょうど4年半前、2012年5月3日付の朝日新聞に載っていた
記事中のデータである。
本文を、下の方に引用させていただくが、簡単に言うとこういうことだ。

                   ***  

2012年、ワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授と、バージニア大学の
ミラ・バースティーグ准教授が、成文化された世界のすべての憲法188カ国分を分析した。
第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、
国民の権利とその保障の仕組みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるように
した
のである。
上の表は、その結果のうち、日本とアメリカを比較したもの。

少し説明しよう。
ご存じのように、私たちの日本国憲法は、今からちょうど70年前の1946年11月3日に
公布され、翌年1947年の5月3日に施行された。
私たちの憲法は要するに今から70年前に作られたのだが、信教の自由、報道・表現の自由、
平等の保障、集会の権利、団結権、女性の権利、移動の自由の権利、労働権…などなど
以上にあげた国民の諸権利を、70年前にすでに憲法で国民に保障している、
極めて先見性に富んだものであって、それは今も、世界の憲法の最先端を行っている、
ということなのである。


アメリカの合衆国憲法と比べてみよう。
アメリカ合衆国憲法では、日本国憲法で保障されている『団結権』『女性の権利』
『移動の自由』『労働権』『教育の権利』『違憲立法審査権』『身体的権利』などが
2012年のこの時点でまだ成文化されていないのである!


横軸に、『1946年』『1976年』『2006年』とあるが、この下の数字列が何を意味するかというと、
たとえば、『女性の権利』でいえば、1946年の時点では、世界の憲法中、それを
明文化してある割合は35%しかなかった、ということである。ところが1976年には70%、
2006年には91%の国で、憲法に『女性の権利』が謳われることになった、ということである。
『身体的権利』については、いまだに79%の国でしか憲法で保障されていない。
日本ではどうか。

奴隷的拘束・苦役からの自由(18条)
適正手続を受ける権利(31条)
不法な身体拘束からの自由(33条)
理由の告知・弁護人依頼権を与えられなければ抑留・拘禁されない権利,正当な理由なく拘留されない権利(34条)
令状がなければ住居侵入・捜索・押収されない権利(35条)
拷問・残虐な刑を受けない権利(36条)
公平な裁判所の迅速な公開の刑事裁判を受ける権利,刑事被告人の証人審問権,弁護人依頼権(37条)
自己に不利益な供述を強制されない権利(38条)


…こんなに多くの条項で、国民が不当に身体的拘束を受けないよう、憲法で守っているのである!
既に70年も前に。
『アメリカから押し付けられた恥ずかしい憲法である!』、と、今、一部の人々が
これを根本から変えてしまおうとしている私たちの現行憲法は。

最後の60番目に挙げられている『武装する権利』のところを見てみようか。
当然アメリカは、憲法でこれを保障している。だが日本では、ご存じのように、憲法第9条
で不戦の誓いをし、『戦力はこれを保持しない』と謳っているので、この項目は×印に
なっている。
今、自衛隊を今のあいまいな位置づけから『国防軍』と明確に位置づけ、内閣総理大臣を
その最高指揮官と位置付け、国民にも国とともに国土を守ることを義務付けした
憲法草案が、自民党によって出されている。
『軍隊を持つ普通の国』と、総理やその周辺の人々などは盛んに言うが、しかし、
この表を見ると、憲法で『武装する権利』を明文化などしている国は、世界の188カ国中、
わずかに2%しかないのである!
しかも、それは、1946年の10%から、2006年の2%へと、減ってきているのである!



               ***

この調査は、今日本を分断する『護憲か改憲か』、などという二項対立から全く離れたところで、
アメリカの大学教授たちが客観的に行った調査である。
『日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もあるが』
という問いに対して、デーヴィッド・ロー教授の言った言葉。
『奇妙なことだ。日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固
だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する
政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか』




この言葉を、改憲を目指す政府与党だけでなく、憲法のことをあまり考える機会の少ない
国民全員に、11月3日というこの日に、もう一度しっかり噛みしめてもらいたいと、私は思う。

確かに、ドイツ、カナダなど、憲法の条文を何回も変えて、時代や環境に合わせるように
改善してきた国はたくさんある。
だが。 これらの国々に見る通り、

憲法をもし変えるのであれば、前のものより優れた
ものになっていなければならないはずだ。

およそ先進国とも名乗る国で、憲法を改悪する国などどこにあろう。

世界にこうして誇れる私たちの日本国憲法が70年前に公布された
この日が、それを時代に逆行する悪法に変えようとしている勢力によって、
復古主義的な『明治の日』に変えられることなど、私は断固として反対する。




               ***


   『日本国憲法、今も最先端 米法学者ら、188カ国を分析』
                  2012年5月3日付「朝日新聞」          
世界に民主化を説く米国の憲法は、急速に時代遅れになっている。一方、日本の憲法は今でも先進モデル――。米国の法学者たちが世界の国々の憲法をデータ化して分析した結果だ。日本の憲法は3日、「65歳」になるが、世界の最新版と比べても遜色がない。
■最古の米国、時代遅れに
 分析したのは、ワシントン大学(米ミズーリ州)のデービッド・ロー教授と、バージニア大学のミラ・バースティーグ准教授。対象は成文化された世界のすべての憲法188カ国分。
 第2次大戦後の1946年から2006年まで、各国憲法の改正や独立国の新憲法をチェックし、国民の権利とその保障の仕組みを項目ごとにデータ化。国際的な変化が年代別に分かるようにした。
 それを見れば、時代とともに新しい人権の概念が生まれ、明文化された流れが読める。たとえば、女性の権利をうたった憲法は1946年は世界の35%だけだったのが06年は91%に、移動の自由も50%から88%に達した。最近では、お年寄りの権利も上昇中だ。
 国別に見ると、国際情勢の断面が浮かぶ。独立後間もない18世紀に定めた世界最古の成文憲法を抱える米国は、長らく民主憲法の代表モデルとされてきた。だが、この研究の結果、特に1980年代以降、世界の流れから取り残される「孤立」傾向が確認された。
 女性の権利や移動の自由のほか、教育や労働組合の権利など、今では世界の7割以上が盛る基本的な権利がいまだに明文化されていない。一方で、武装する権利という世界の2%しかない「絶滅」寸前の条文を大切に守り続けている。
 米連邦最高裁判所のギンズバーグ判事は、民衆革命を昨年春に遂げたエジプトを訪ねた際、地元テレビでこう語った。「今から憲法を創設する時、私なら米国の憲法は参考にしない」。憲法の番人である最高裁判事自らが時代遅れを認めた発言として注目された。
 米国に代わって最先端の規範として頻繁に引用されるのは、82年に権利章典を定めたカナダや、ドイツ、南アフリカ、インド。政治や人権の変化に伴い改廃を加えてきた国々だ。憲法の世界でも、米国の一極支配から、多極化へ移っている現実がうかがえる。
■不朽の先進性、実践次第
 一方、日本。すぐに思い浮かぶ特徴は戦力の不保持と戦争の放棄をうたった9条だが、シカゴ大学のトム・ギンズバーグ教授によると、一部でも似た条文をもった国は、ドイツのほか、コスタリカ、クウェート、アゼルバイジャン、バングラデシュ、ハンガリーなどけっこう例がある。
 世界から見ると、日本の最大の特徴は、改正されず手つかずで生き続けた長さだ。同教授によると、現存する憲法の中では「最高齢」だ。歴史的に見ても、19~20世紀前半のイタリアとウルグアイに次いで史上3番目だという。
130502kenpou  だからといって内容が古びているわけではない。むしろ逆で、世界でいま主流になった人権の上位19項目までをすべて満たす先進ぶり。人気項目を網羅的に備えた標準モデルとしては、カナダさえも上回る。バースティーグ氏は「65年も前に画期的な人権の先取りをした、とてもユニークな憲法といえる」と話す。
 ただ、憲法がその内容を現実の政治にどれほど反映しているかは別の問題だ。同氏らの分析では、皮肉なことに、独裁で知られるアフリカなどの一部の国々も、国際人権規約などと同様の文言を盛り込んでいるケースが増えている。
 「同じ条文であっても、どう実践するかは国ごとに違う。世界の憲法は時代とともに均一化の方向に動いているが、人権と民主化のばらつきは今も大きい」。確かに日本でも、女性の権利は65年前から保障されてはいても、実際の社会進出はほかの先進国と比べて鈍い。逆に9条をめぐっては、いわゆる「解釈改憲」を重ねることで、自衛隊の創設拡大や海外派遣などの政策を積み上げてきた。
 日本では、米国の「押しつけ」憲法を捨てて、自主憲法をつくるべきだという議論もある。それについてロー氏は「奇妙なことだ」と語る。「日本の憲法が変わらずにきた最大の理由は、国民の自主的な支持が強固だったから。経済発展と平和の維持に貢献してきた成功モデル。それをあえて変更する政争の道を選ばなかったのは、日本人の賢明さではないでしょうか」(ワシントン=立野純二)」



『とりごえ勝手連@・・・』


都知事選まであと6日。

ぐずぐず言ってても仕方ないので、とにかくできることはしようと、『鳥越氏を都知事に!』
の勝手連に参加して、ふたたびビラ配りなど毎日している…

今日は講演会のビラ配り。
ビラ配りの場所は、駅前の広場なのだが、そこには、いつもと違う光景が今、出現している…
例の『ポケモンGO』というものでしょうか?
それをやっているらしき若者たちが、駅前に何十人と集まって、でも互いに顔見知り、などと
言うのでもないらしく、ただ隣り合わせに座りこんで、スマホ画面を覗き込んでいるのである。
『トレーナー』さんっていうのかな?

ビラ配りしながら、みていると、歩いているトレーナー同士が、ぶつかったりしている。
画面に気を取られていて、前を見ないで歩くので、お互いにぶつかりあうのだ。
私も、一度、とん!と後ろからぶつかられた。
でも、私にぶつかったことにも、気がついていないみたいだった。
ぶつかられた私が、『あ!ごめんなさい!』なんて言ってたんだけれども><反応なく。

危ないよ。
大きな事故に遭わないように。 

選挙にも関心持っておくれ。








『国民投票とはどんなものか ① 露骨な情報操作の中で』


次から次にいろんなことが起こって、昨日のことがあっと言う間に遠い日のことの
ようになってしまう。
こうやって世の中のめまぐるしい動きに流されているうちに、着々と改憲の動きは
自公によって水面下で進められているのであろう。
続きを書かなくては。だがもう、参院選について語っても仕方あるまい。

どのような重大な事も、それがいったん決定してしまうと容易にそれを受け入れ、
そこで思考をストップさせてしまう性癖の強い日本人


…昔からそうだった…
もう、恐ろしいことに、改憲阻止勢力の敗退と共に、『国民投票』も『憲法改正』さえもが、
国民の間で規定の事実として認められ受け入れられつつあるようだ。

また後手後手にならないよう、憲法改訂のための国民投票についてしっかり書いていこう。
まずは、国民投票の道順を一応確認して知っておこう。


3.憲法改定までの道順

  
(1)憲法改正原案の発議(例:衆議院発議の場合)
  改訂提案議員
(複数名)が、衆議院なら100名以上の賛成議員の氏名
  (参議院なら、50名以上)を連ねて、
衆議院に改正原案を発議

(2)衆議院憲法審査会(委員数50名)による憲法改正原案の審議。
  ここで大事なことは、以下の下線のところです。
  この『委員』は、衆参それぞれの議席数に応じ各党に委員が配分される。 

(3)衆議院憲法審査会による憲法改正原案の議決。
  出席議員の過半数の賛成で可決。

(4)衆議院本会議(475名)における憲法改正原案の審議と議決。
  衆議院議員総数の3分の2(317名)以上の賛成で可決。

(5)参議院憲法審査会(委員数45名)に送られて審議される。
  ここで大事なことは、やはり、『参議院の議席数に応じ各党に委員が配分される。』
  ということです。

(6)参議院憲法審査会で採決。
  出席議員の過半数の賛成で可決。

(7)参議院本会議(242名)における憲法改正原案の審議と議決。
  参議院議員総数の3分の2(162名)以上の賛成で可決。

(8)これで、憲法改正案の発議はなされ、そのことが国民に告示される。


(9)発議から60日~180日の間に、国民投票が行われる。
 この国民の考慮期間の長さは、国会にて議決されて決められる。
 ここで大事なのは、最悪の場合、わずか60日で、国民投票に至る。その長さも、
 国会議員が決める。

 ということなのです。

(10)憲法改正案が、国民投票にかけられる。
 国民の有効投票数の2分の1以上で憲法改正案成立。





上記、(1)から(10)までの過程を、背景に色をつけてみた。
なぜ、こうしたか。
憲法改正に関する過程の(1)から(9)の途中までは、実に、国会議員が
これを行う、
ということである。国民が携われるのは、実に、(9)と(10)の
最終段階に過ぎない。



このことで何が言いたいか。
安倍首相は、改憲について尋ねられるたびに、少し鼻白んで、『だって、それは、国民の
皆さんが、最終的にお決めになることなんですよ』
と、言う。
総理の発言は、国民投票法の手順としては確かにそうだが、国民投票の理念としては、
その理解があまりにも傲慢だ、ということである。

私たちは今回の参院選で、おそらく国民のかなりの部分の人々が、この憲法の
改憲要件、『衆参それぞれの議員の3分の2』ということを知らぬまま、あるいは
それをよく知らされぬまま、投票行動を行った。
実際は、どんな改憲案が出てくるのかも、どの程度、国民がそれを十分に理解するまでの
公平かつ十分な議論や報道が行われるのか、ということは、その時になってみなければ
わからないのである。
この政府の
●『集団的自衛権行使容認の閣議決定』、●『国会での同じ答弁の繰り返しによる時間稼ぎ』
●『安保関連法制一項目あたりは平均すれば僅か11時間程度の審議時間にすぎない』
●『強行採決ともいえる強引な国会議決』●『秘密保護法、●TPP、などの審議の秘密主義』…
などの、過去の案件で示された
十分な審議してくれ!という国民の願いを無視した強引で傲慢な手法
を考えると、憲法改定というこの国のかたちまで変えてしまうような大事な議論が、
これから、安倍首相の息のかかった国会議員たちと、『偏向と忖度』ばかりの
報道の下、行われていくのか
と思うと、私は本当に心配でならないのである…

私は20日あまり前、こんな記事を書いた。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1876.html

『報道の自由』国民の知る権利』がいかに何物にもまして大事か、という記事だったのだが、
そこで私は、こういう意見を引用した。

 この表現の自由が保障されることによって、国民は自分の政治的な意見を持つことができ、
 自分たちの代表者である国会議員を選ぶことができます。
 逆に言うと、表現の自由が憲法違反の法律や行政処分で違憲状態にまで制限されると、
 国民の政治的意見が損なわれてしまい、国会議員の構成まで本来と違うメンバーが
 選ばれてしまう
ことになります。
 このような違憲状態で選ばれた国会議員は憲法違反の法律を改めようとは絶対にしないでしょう。
 なぜならそういう違憲な法律でこそ、自分は選ばれたんですから。』



ここでいう『表現の自由』を、『知る権利』という言葉に置き換えれば、私の危惧がよく
おわかりいただけるだろうか。
国民が憲法改定の国民投票に対する十分な情報もない中で選んだ国会議員たちによって
国民投票が発議され、審議され議決される。しかも、上記手順のところで注意喚起したように、
憲法審査会の委員は、衆参両院とも、それぞれの議席数に応じ各党に委員が配分される
多少の斟酌はされるであろうが、衆参両院とも改憲勢力の議員が3分の2を占める中で、
憲法審査会の委員が各党にその議席数に応じて配分されるのである。
識者など参考人も召喚されるであろうが、これもまた、改憲勢力の圧倒的主導によって
選任されることだろう。(2015年6月4日。衆院憲法審査会で、参考人として意見陳述した
長谷部恭男、小林節さんらの三人の憲法学者が、『安保法制は憲法違反』と明言した
例で懲りているので、今度は自公は自分らの改憲案に沿うバリバリの改憲論者を
選任してくるであろう…)
これでどうして、国会における憲法改正討議が、公正に公平に行われ得るだろう?

私は本当に嘆く。

憲法改正が政権の悲願でありながら、そのことが争点であるということを表に極力出さず、
参院選前と最中は、改憲について露骨に発言を封印した自公政権と、
それに露骨に加担したジャーナリズム。
そのような中で行われた国会議員選挙で選ばれた議員たちによって、これから
憲法改正の国民投票が発議され、主導されていくのだろうか、と。
本当は順序が逆なのである。
①憲法改定の意思を、政権が明確に国民に示す。
       ↓
②憲法改定に必要な衆参議員数の3分の2、ということの意味も、国民に周知させる。
       ↓ 
③その上で、衆参両院選を行う。

これでなければ。なぜならば、ここで選んだ国会議員たちによって、国民投票に至るまでの
すべての過程は行われるからである。その人々が、最初からある偏りを持って選出された
人々であるならば、どうしてその審議が公平公正に行われることがあろうか。

これに関しては、前の前の記事の報道ステーション、富川アナの
『国会での発議が行われる前に、さらに言うならば、その国会議員を選ぶ前に、
安倍政権が行おうとしている改憲の意志と意図を国民の前に明らかにし

改憲を問う国民投票というものの意味を十分に国民が周知せしめ
られた上で、今度の参院選は戦われるべきだったのではなかったか


という懸念は、あきらかに、憲法改正国民投票の本当の意味を理解している、といえる。


これに関しては、7月18日付朝日新聞、長谷部恭男、杉田敦による『考×論』記事の
杉田氏の言葉が、一番要点をわかりやすく伝えてくれているので引用しよう。

『安倍さんはいま、「政治の技術」を発揮し、しきりに国民投票があるんだから、最後に決めるのは国民だと強調していますね。しかし、レファレンダム(国民投票)と、プレビシット(人民投票)は違う。プレビシットは民意を聞くためではなく、為政者への人民の信任を求めるために行われる国民投票で、為政者が自らの権力維持を図る狙いで行われるものです。行政の長たる首相が主導する形で行われる国民投票はプレビシットの典型です。その腑(ふ)分けをきちんとしておく必要があります』

自公政権がこれから行おうとしている憲法改定のための国民投票は、
まずそれを発議する国会議員たちを選ぶのに国民が知っておくべき最低限の情報知識さえ
あらかじめきちんと与えられないまま選挙がおこなわれた。そしてそれによって選出された
国会議員たちによって、これからその原案が発議される。そしておそらく3分の2の威力を持って
極めて予定調和の国会審議が行われた後、正式に発議され、国民投票が行われるという、
まさにプレビシット的な国民投票になっていくであろう!

私が、国民投票を危ない手法だ、と考え続けてきたことの意味が、この杉田氏の言で
よくわかった…。
ヒットラーが、数度にわたる選挙と国民投票で、言わば民主的な方法によって、
あれほどの権力をわが手に集中させていった、あれがまさにこのプレビシットであったのだ。




ヒットラーの投票用紙


これ。なんだと思いになりますか?
1938年4月10日、オーストリアではヒトラー率いるドイツ第三帝国(ナチス・ドイツ)と、
オーストリアが合併するかどうかの国民投票が行われたが、その国民投票は実質ナチス・ドイツの
手によって行われたものだった。
これはその投票用紙だという。
ナチス・ドイツに統合されることに関して「はい(Ja)」と「いいえ(Nein)」の欄が圧倒的に
大きさが異なり、しかも、アドルフ・ヒトラーの名前が大きく書かれている。
マジですか?これは。悪い冗談としか思えないが?
ヒットラーの名のあとに?マークがついているように見えるが、誰かが強烈な皮肉として
作ったものか? 
この投票用紙の真贋は保留ということにしておくが、このくらい、その当事者の力関係も
歪な国民投票であった、ということは明らかに言えよう。
ちなみにこの国民投票で、97%が合併に賛成したと発表された。
関係記事こちら。http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1890.html


【追記】
出典があった!やはり本物らしい。
合邦を問う国民投票用紙。
「あなたは1938年3月13日に制定されたオーストリアとドイツ国の再統一に賛成し、
我々の指導者アドルフ・ヒトラーの党へ賛成の票を投ずるか」
』という文だそうだ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%B9

マジっすか…!歴史でほんとにこんなことが…びっくりする。



思わず笑ってしまったが、笑いごっちゃない!
我々の国民投票は、おそらく、本当に短い、しかも不十分な議論の後,じきにやってくるであろう。
あれよあれよという間に。

国民投票という最後の砦で、私たちは果たして、
現行憲法を粗悪で低劣な憲法に変えることを阻止できるのであろうか。














『参院選に思う ①』


2016夏。参院選はかくの如く終わった。

もう終わったことをぐずぐず言うのは趣味ではない。今は何を言っても『負け犬の遠吠え』
になってしまうだろう。
だが、反省すべきことは反省し、言うべきことはやはり言っておかないと。
後々のために書いておく。


1.個人的反省


朝日新聞調査によると、投票にあたり選挙民が一番重視したことは、各年代を通じて、
やはり『景気・雇用』であり、大体30数%の人がこれを挙げている。
次に来るのが『社会保障』『子育て支援』で、この2つは合わせて30%以上ある。
問題の『憲法』となると、どの世代も10%台半ば、11~16%、というところ。
詳しくは、18,19歳は11%。20歳代は12%。30代11%、40代12%、50代15%、
60代16%、70歳以上15%。

ちなみに、『消費税』重視は4~11%、『外交・安全保障』は7~9%である。
これは、調査機関によって多少数値は違うかもしれないが、まあ大体こんなものだろう。


さて。7月5日付の高知新聞が、こんな記事を載せていた。タイトルをクリックすると
記事全文を読めます。一部引用。

              ***

『改憲への「3分の2」 高知で83%意味知らず』

■争点が見事に隠れる■
 今選挙注目の「3分の2」とは? 今回の参議院選挙は、憲法改正に前向きな勢力が
「3分の2」の議席を確保できるか否かが一大焦点となっている。結果いかんでは戦後政治、
人々の暮らしの大きな転換となる。が、この「3分の2」の意味や存在、有権者はどの程度
知っているのだろうか。高知新聞記者が2~4日に高知市内で100人に聞くと、
全く知らない人は5分の4に当たる83人、知る人17人という結果
が出た。
■高知市で100人調査■
Q1【「3分の2」という数字、さて何のことでしょう?】
 「1票の格差」的なこと?」(21歳女子大学生、帯屋町アーケード街で)
 「選挙に無関心な国民の割合?」(38歳自営業男性、中央公園で)
 「合区に腹が立ち今回は興味がない。憲法のこと? えっ、そんなことが。全然知らなかった」
  (香南市の74歳男性、ひろめ市場で)


              ***

調査数が少ないので、参考データ、というところにとどまるかもしれないが、それにしても
100人中83人が、『改憲勢力3分の2』の意味を知らなかったとは驚く。
高知は、昔から、自由民権運動の発祥の地、と言われるほど、政治には関心の高い土地柄、と
なんとなく思っていたのだが。

『知らなかったひと』への批判とかということではない。
自分は何をやっていたんだろう!という愕然とする想いである。
私も、もっと早くからこの改憲発議要件について書いておくべきだったし、これを広める
活動すべきだった!!!
いや、選挙前にもう一度書いておくつもりではいたのだ。だが書かなかった…

自分の過去記事を遡って行ってみると、経済関連の記事が多い。
それは。私の最大の懸念が自民党の改憲案の底に流れる思想の危険性についてであって、
そのことについてはもちろん、ずいぶん記事にしている。
だが一般の人の関心はそうではない。雇用・景気など、消費税増税延期が決まるまでは消費税、
という経済関連のことが多い。
だからこそ、それゆえに。そこのところをしっかり書こうと思ったからだ。

消費税というものが果たして唯一の財政収入増の道なのか、アベノミクスが本当に効果を
上げているのか…

苦手な経済問題を、私なりに一所懸命調べて書いていた…
だが、改憲のための国民投票の発議要件自体、については、なんと、一回しかまともに書いていない。
それもあまり詳しくなくだ。
この高知の例が、もしもおおよその日本の傾向を示すのだとすれば、国民投票そのもの
について、街頭などでももっと具体的にわかりやすく語るべきだった!


2.安倍政権の争点隠し


本当に安倍政権のやり口は狡猾だった。
選挙直前、選挙期間中は、改憲について、本当にピタリと
口を閉ざして語らず、開票速報で勝利が確定した途端に、
改憲の意欲を前面に押し出して語る。


これを『争点隠し』と言わずしてなんと呼ぶ。本当に卑怯なやり口である。
これについては、選挙後、ずいぶんジャーナリズムも取ってつけたように(!)取り上げて
いたので、もう詳しくは書かないが、一つだけ、誰もまだ言っているのを聞かないが、
安倍氏のこの問題についての談話の中で、私がすごく問題だ、と思う点について書いておこう。

それは。自公プラス改憲勢力の大幅勝利がおよそ確定した後の報道ステーションで
富川悠太アナの『憲法改正が国会で発議される前に民意を問う必要はないのか』
という質問に対しての安倍総理の答えのことである。

安倍総理:『国会での発議後に国民投票が行われるのだから、
発議前に民意を問うのはおかしい』


そう、総理は、富川アナの無知にあきれたように苦笑しながら答えている。
また、国民投票の危うさについての富川アナの問いかけに、総理は、
『国民投票自体を疑うということは、民主主義の基本を否定することだ』とも言って、
富川アナを諫めている。
この2人のやり取りについて、ネットなどでは、富川アナの無知ぶりをあざ笑う投稿ばかりが
流れているようだ。『国民投票前に民意を問う?はああ?何言ってんの、こいつ!』という類の。
また、誰も、このやり取りに隠れている、大事なことを指摘しない。

富川アナが、ほんとうに安倍総理に訊きたかったのは、
『国会での発議が行われる前に、さらに言うならば、その国会議員を選ぶ前に、
安倍政権が行おうとしている改憲の意志と意図を国民の前に明らかにし

改憲を問う国民投票というものの意味を十分に国民が周知せしめ
られた上で、今度の参院選は戦われるべきだったのではなかったか


ということであったろう。

ところが、富川アナの追及が不慣れであったがゆえに、富川アナの無知、ということで
片づけられてしまった…。
彼は、『今度の参院選で改憲勢力が3分の2を獲得すれば、改憲のための国民投票発議
の要件が整ってしまう。その重要な選挙の前に、政権が『改憲』について何も語らないで、
国民が十分に選挙の争点の認識をすることを妨げていていいのか

ということが訊きたかったのだ。

この質問にはとても肝心な要点が含まれていたのに、安倍総理の反応も、ネット市民の
反応も、富川アナの無知ぶりをあざ笑うことに終わってしまった…。
私は富川アナが無知でなどあるものか!と思う。
本質をついたとても大事な質問であったのに、それがはぐらかされ、問題がすり変えられた
ということだったと思う。

大事なことなので、あらためて記事にしよう…





『参院選を前に』


運命の(と私は考えている)参院選がいよいよやってきます。

街は静かなものです…。
幹線道路に近いので、時折、ほんとに時折、候補者名を連呼する宣伝カーが
すごい勢いで通過していくのが聞こえるだけ。

一昨日、連れ合いの病院通いにつきあって、帰りもタクシーに乗って、
まあ、ひと時の雑談に、『この頃景気はどうですか』と、お決まりの質問をしましたら、
珍しく若い運転手さんは、
『全然よくなりませんね~』と一言。そして付け加えて、
『特に、参院選に入ってから、極端に客が減ってますね。大体街に人けがないですもん』

『へえ。それ、どういうことでしょうか』と問いましたが、
『さあ。なんでだかわかりませんね。とにかく人がいないんですよ』と。

私も理由を考えてみたけれど、わかりませんでした。
東京郊外のこの街だけの現象なのかも、と思いますが、気にはなります。
確かに妙に静かなんです…

焦点のはっきりしない、どこに入れていいやらどの政党もろくでもなさそうな、そんな
参院選の、でも選挙に関心は持たなくちゃ、というプレッシャーの中で、みんな息をひそめて
でもいるのでしょうか。




参院はあっても無駄だ、一院制にしちゃえ、という乱暴な議論をする人がいます。
とんでもないことです。
やはり参院はなければだめです。
でも、確かに今は、参院がその機能を十分に果たしているとは言えない。
なぜか。それは、今の日本の参院が、ただの『衆院の決定の追認機関』になり下がって
しまっているからです。
本来、参院は、もし、衆院が暴走した時にも、『良識』で持って、その暴れ馬の手綱を
ぐっと引き戻す役割があると思います。今の参院はその役割を果たしていない。

それじゃあ、もうそんな役に立たない議院に無駄に金使うのも腹立たしいから、参院なんて
廃止しちゃえ!という議論は、しかし、愚かです。
私たちは、参院が参院の役割を果たすよう、選挙で慎重に議員を選ばなくてはならない。


私は、参院は、ねじれ状態にあるか、ねじれすれすれのところで、野党議員数が
与党議員数に肉薄している、という状態がいいのではないかと思っています。
ただしこの場合の『野党』とは、与党の補完勢力は含みません。それらは『与党』側に
カウントします。

つまり、参院は、常に与野党伯仲して、議論が活発に行われた方がいい。
無論、衆院もそうです!それに越したことはない。
ただ、これは今の日本の政治状況に合わせて語っていますので。今の衆院の圧倒的
与党多数という状況の中で語っています。
衆参を『ねじれ』状態に追い込めれば一番いいのですが。
なぜ、『ねじれ』がいいことなんてあるものか!
それでは『決められない政治』が続いて、国政が停滞するじゃないか!?
そうですね…でも、逆に、『決められる政治』ほど怖いものはないです。



独裁者を望みますか?あるいはそのような手法の政権を?


という質問に、YES、と答える人は、まず少ないでしょう。
これは、いい独裁者ならいい、とかいう議論ではない。
一人の人間に権力が集まり過ぎることはよくないのです。
いい独裁、を続けていた政治家も、いつかは権力の座に固執して悪い独裁者に
変わっていってしまうかもしれない…。

個人というものに権力が集まる独裁も、特定の集団に権力が集中してしまう『独裁政権』も、
よくないということは、だれでも認めるでしょう。
ドイツナチスの歴史をちょっと見ればよくわかる。ヒットラーは、合法的に『独裁者』に
なって行きました。数度にわたる選挙や、国民投票で、徐々にすべての権力を自分の下に
集めていったのです。



それでは。日本では、今、どのようにしてこの政権の暴走を防いでいるでしょうか。
前にも何度も記事にしたことがありますが、もう一度書いておきます。

①憲法。
  第99条『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
  この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
②三権分立。
③両院制。
④政権党内の良識派の存在。
⑤内閣法制局
⑥ジャーナリズム
⑦教育
⑧国民


福島第一原発は、『二重三重四重の防護をしてあるから、事故などあり得ない』
と言われてきて、それでもあの事故は起きてしまいました。
上に書いた、『時の政権が暴走しないための防護壁①~⑧』は、今、①から⑦まで
破られたも同然です。

いつの時代のどの政権がどうというのではない、いつの時代だって、こういうことが
起きてはまずいのです。
『最後の砦』たる国民の皆さん、政治を私たち国民の手に
しっかり握っておきましょう!


これが私の最後の訴えです。









『これでもアベノミクス支持する?③』



ああ!もう!時間がない・・・・・・

書いておきたいことはまだ山ほどあるのだけれど、
アベノミクスに関しては、この図ですべてが言いきれているように思う。


彼らは勿論嘘はついていない。
数値は正直だ。
『アベノミクスの好循環』も、本当なのだろう。

ただ、それが、この図を見れば一目瞭然な通り、『好循環』が、一部富裕層、…
いわゆる上位1%の人々の間で、ぐるぐる回っているということなのだろう

と思う。









jiminntounofutokoro.jpg





『これでもアベノミクス支持する? ②』


2.有効求人倍率24年ぶりに高水準 
  史上初めて47都道府県すべてで1倍超 


これ、ほんと?

ほんとです。
その意味では、アベノミクス効果は、数字上では現れて来ているように見えます。


下のグラフを見ても、有効求人倍率が最悪だった民主党政権時代の平成21年に比べれば、
有効求人倍率は上昇し続け、逆に失業率は低下し続けている。



完全失業率と有効求人倍率


しかし。です。きちんと見れば、民主党政権時代(平成21年~24年)から既にその傾向は
始まっていることが一目瞭然ではありませんか?
民主党政権の平成21年(2009年)が最悪で、それ以降は、アベノミクスなどなかった
(当然です。民主党政権だったのだから)民主党政権の頃から、失業率は下がり求人倍率は
上がるという傾向は始まっている
ということがこれですぐにわかります。

なんで、2009年が最悪だったか。
もう何度も何度もこのブログで言ってきたように、これは前年2008年に、リーマン・ショック
起きたからである。

日本だけのことでない、ということも何度も言ってきたが、ここで、先進諸外国の
失業率グラフをちょっと出してみる。

失業率の推移 主要国
こちらのサイトからお借りしました。http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/3080.html



ちょっと見にくいが、ここで気づくのは、ここ10数年の日本の推移と、アメリカ、英国の
それがとても似ていることだ。いずれも、リーマン・ショックの翌年の2009年に、
失業率が急激に増えている。そしてそれ以降は、失業率が減っている。


わかりにくいなら、日米だけの比較をしてみよう。
9.11のあった2001年以降あたりからは、ほんとに連動している感じだ。
両国とも、リーマン・ショック翌年の2009に失業率が上がり、それ以降は減っている。

米国にアベノミクスはあるか?  …ない。

このことからわかるのは、最悪だったリーマン・ショック後のここ数年は、アベノミクスなどに
関係なく、日米とも、自然に景気が回復しているという…ただそれだけのことではないのだろうか?



失業率推移日米


さらに推論してみるならば、英国も含めた日米英のグラフが似ているということは、
これらの国が為替相場の影響を受けやすい、すなわち金融グローバリズムの影響に
左右されやすい経済構造をもっている、ということではないのだろうか?

すなわち、金融資本主義の側面が強く、実体経済の要因が弱い、という?
ドイツ・イタリア・オランダなどが全く別の動きをしているのを見ると、これらの国では、
失業率が増減する要因は、別のところにある、と考えていいのではないだろうか。
どちらがいいとか悪いとかいうことではなく。


安倍氏とその閣僚たちは、なにかと言うと『民主党時代』を引き合いに出し、『民主党政権時代
に比べてどうだこうだ』という言い方を、国会論戦でも今選挙戦でも盛んに言うが、
有効求人倍率は、失業率と逆のグラフの動きを取るので、

●『安倍政権になって有効求人倍率が上がった』、というよりは、
日米英に共通するリーマン・ショック後の自然な回復の動きということ
であって、それは民主党政権時代にすでに始まっていたのだ、

ということを、ここでしっかりと確認しておきたい。


さらに。
私には、いくら安倍さんなどに『景気はよくなっている』『良くなっている』と繰り返されても、
自分自身の暮らしにはどうもその実感がなく、また新聞などを読んでも、生活苦にあえぐ
若い子育て世代や要介護老人を抱えた世帯などの話がほんとに多いので、
『ほんとに、アベノミクスの効果は徐々に出て来て、そんなに有効求人倍率も上がり、
失業率は下がり、企業の倒産は減っているのか?』という疑いが消えないのである。


でも、ネットなどで見ても、『有効求人倍率24年ぶりに高水準』『失業率下がった』
というコピペばかり。
『おかしいなあ…、なんか単純に信じきれないなあ…』と思っていた。
ご存じのように、有効求人倍率は、
『(公共職業安定所で扱った月間有効求人数)÷(月間有効求職者)』
で出す。
つまり、念のために言っておくが、この『有効求人倍率』は厚労省が出す職業安定業務統計を
もとにして出されるのだが、この統計は、公共職業安定所(愛称:ハローワーク)を通じた
求人・求職情報を利用する。そのため、いわゆる求人情報誌等の求人情報は含まれない。 
また、中・高・大卒などの新規求人数も含まない。


さて。私の疑問というのは、この割り算だが、『分母が小さくなれば、求人倍率は上がるよなぁ…』
ということであった。求人数が全然増えていなくても、分母の求職者が減れば、割り算の『商』は
すなわち求人倍率は上がる。

そこで調べていたら、あった!


生産年齢人口と求人倍率


このグラフの『生産年齢人口』とはなんだろうか。
『生産年齢人口』とは、15~64歳の働ける人の数のこと。
日本では、1995年の8726万人をピークに少しずつ減少してきたが、2013年と2014年は
117万人も減少し、2015年も同じくらい減少する見通しにあるという。
2015年10月の段階ではそれが7701万人にまで減少している。2012年の労働力人口が
17万人の減少であったのに対して、なぜそんなに生産年齢人口がここにきて急減しているか。
それは、特に2012年からの数年間は団塊世代が65歳に達するようになって、
彼らが、この『生産年齢人口』にカウントされなくなっていくからである!

なるほど、それでなくても少子化が一方でどんどん進む中、団塊世代が去って行って、
働く人の数が激減しているわけだ。大変なことだ…

しかし。団塊世代が生産年齢人口にカウントされなくなって行っても、彼らが65歳後も
働ける間は働き続けたいと、求職する場合も多いだろう。
生産年齢人口の減少≒有効求職者の減少、とはならないな。

もっと探そう…
あった!


有効求人・有効求職
厚労省のサイトからお借りしました。http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000113155.html



これを見れば、平成15年から今年28年1月までの有効求人数、有効求職数、そして
有効求人倍率の変化がわかる。
それを見ると。
上記で、生産年齢人口が減った、と書いた。やはり少子化と団塊世代の退職の
影響はあって、分母となる有効求職者数(水色棒グラフ)は減っている!
一方分子となる有効求人数(青色棒グラフ)はどうか。こちらは増加している。職自体も増えているのだ。
分母が小さくなり、分子が大きくなれば、それはどうしたって有効求人倍率(折れ線グラフ)が
増加するわけだ!

ちなみに、ここでもまた、求職者が一番増え、求人数が逆に一番少なくなっている
最悪の時、というのは、やはりリーマン・ショック翌年の平成21年(2009年)であり、
そこからは、民主党政権時代、安倍政権時代を通じて、有効求人倍率は
改善されて行っている
のである!


どうでしょうか…。
このページの問題提起、『2.(アベノミクスで)有効求人倍率24年ぶりに高水準』
という、安倍政権の選挙用プロパガンダは、嘘は言っていないにしても、意図的に
リーマン・ショックのことは言わず、民主党政権時代とくらべいかにも
安倍政権になってから経済指標が好転したような印象操作をしている
ことは明らかではないでしょうか?




怖いのは、こんな単純なことを、当の民進党を含む
野党も反論せず、ジャーナリズムも追及せず、
『(安倍政権になって)有効求人倍率24年ぶりに高水準』
という、自民党の宣伝文句だけが独り歩きし、私たち国民
も、それを深く考えずなんとなく信じてしまうということなの
です。
 



と言って、有権者みんなが、こんなことをいちいちとても調べてはいられません。
ジャーナリズムの役割ではないでしょうか。
そのジャーナリストの怠慢とともに、『赤旗』をもつ共産党以外の野党の議員さんたちも、
もっと国民にわかりやすく説明する努力が足りないように思います。
決まりきった同じ文言の批判でなく、具体的な数字を示して、わかりやすく政治を語って欲しい。
残念ながら、宣伝力という点では、自民党の方が何枚も上手です。
















『これでもアベノミクス支持する?』


いよいよ参院選が近づいてきました。

どうやら、このままいけば、自公プラス改憲勢力で三分の二を取ってしまいそうです!
それがどんなに忌まわしいことか
、国民の皆さん、ほんとにわかってらっしゃるのかなあ?

経済回復なんかほんとはニの次。一番やりたいことは、祖父の叶えられなかった
憲法改定の夢を自分の任期中に叶えたい…

安倍総理の本心は、ひたすらそこだと思います。
でも、選挙前選挙中にそのことを言うと批判を食うから、ひたすらそのことには触れないで、
選挙に勝ったら、『国民の信任を得ました』と、改憲におそらく突き進む…

秘密保護法でも安保法制論議でも同じでした。 その安倍総理の、その手法を、
国民は許すのですか?

日本国憲法を自民党案のようなものに変えたいですか?最悪の草案ですよ。


それでも、アベノミクスはまあまあ成果を上げている。他にいい政党も
ないし、もう少しやらせてみよう?



そうなんでしょうか?
アベノミクスの成果は、ほんとにほんとなんでしょうか?
そこに何かのトリックというかごまかしはないのでしょうか?

参院選まで時間と競争で、ちょっと一つずつ検証してみようと思います。



1.アベノミクスで8年ぶりに正規雇用者26万人増加って、ほんと?


ほんとです。
下のグラフは、自民党の公式サイトから引用したものです。
2007年を起点にして、毎年の正規雇用者数を前年度に比べてみたのが下のグラフです。
確かに、2015年までは、正規雇用者数が前年度よりずっと減り続けているけれど
(自公がしつこくよく引き合いに出すように、民主党政権時代も減り続けている)
2015年にアベノミクス効果が現れたか、前年度より確かに26万人増えているようです。


正規雇用者8年ぶりに26万人増加。



しかしね。皆さん。
前の記事でも、権力者の言う甘い言葉にだまされるな、と言ったでしょう。
新聞やテレビの情報もあまり頼りにならない。
自分の頭で、『ほんとかな?』と、ぐっと考えてみることが必要なのです。


それでは、この、自民党のサイトが意図的に切り取って示したグラフを、もっと長い
時間軸で見てみましょう。それが下のグラフです。


正規雇用者と非正規雇用者


青い棒グラフが、正規雇用者の実数の増減を示します。
2007年からの動きを見てみましょう。
……確かに、2007年から、民主党政権時代の2008年~2012年も含め、
正規雇用者数は前年度より減り続けていて、2015年から増加に転じています。
自民党サイトは嘘を言っていない。安倍政権の自慢はほんとです!

でもね、皆さん。
よく棒グラフ見てください。
2015年に増えた増えたと自慢していますが、それは、2007年を起点に短いスパンで
見るからであって、こうやって1990年からの長い時間軸で見てみれば、アベノミクスの
3年間は、ピークごろの1997年の正規雇用者数に比べれば、はるかに少ないことがわかります。
ご自身の安倍第一次政権の2006年~2007年の頃よりも人数としては少ないのです!

これで『正規雇用者が増えた増えた』と、果たして胸をはれる成果と言えるのでしょうか。
『民主党政権の2011年なんかすごく低いじゃないか!』?
…よく見てください。グラフの下に、『2011年は、(東日本大震災があったので)岩手・宮城・
福島は除く』と、但し書きがあります。ご承知の通り、この年は、この3県はたいへんな状況下に
ありました。雇用の実態など把握できなかったのです。この3県の人数はこの中に入っていない。
棒グラフが低いのはその故です。

問題は、日本ではこのように非正規雇用者比率(折れ線グラフが示すもの)がずうっと
増え続けていることではないでしょうか。
『非正規比率も2015,16年は下がっている』と反論があるかもしれないけれども、
見てください。民主党政権の2008年から2012年までの方が非正規率は低いのです。

何も自民党に限りませんが、政治家は選挙前には美味しい数字ばかり出します。
そこのところを国民はよく見定めなければ。

このシリーズでは、こういうほんとにほんとなの?ということを、随時付け加えて
行きたいと思います。
まずは、ここまでを一旦アップします。




『英国のEU離脱とアベノミクス ④』

大きな出来事も、あっという間に人々の関心から逸れていき、
人の死も、またたく間に忘れ去られていくこの世界。

私が、この英国のEU離脱劇で訴えたかったことは、『英国のEU離脱とアベノミクス②』
で紹介した第一次世界大戦の映像に関する、あるかたへの私のコメントで、既に
ほぼ言ってある。


             ***



載せるべきかどうか迷いつつなお載せたのは、壮大な人類の愚かさを見て欲しかったからです。
名などない、ごくそこらにいるひとりひとりの『あなた』や『私』が、こうやって歴史を作って
いくのだということを実感として皆さんに掴んで欲しかった、という気持ちがあったからです。
例えば冒頭に近いシーンで、自ら率先して志願して、戦地に送られていく途中の
駅と思しき所で、ふざけて小躍りしている少年がいる。
まだ少年としか言いようのない若者たちの顔顔顔…。
そうして、そのひとりひとりの『生』が、いかに簡単におそらく奪われたかということ。

逆に言えば、ここに出てくるような政治家や有名人たちが、一人一人人格的に
優れて立派だったわけではないかもしれない。ごく普通の私たちと同じように、
時に迷い、時に逡巡した揚句に、大きな取り返しのつかぬ過ちを犯す『愚かで弱い存在』
でもあるということを知っていた方がいいのではないかと思いました。

そうしたひとりひとりの意思や決定の総和が『歴史』となるということ…
今、イギリスで起こっていることがそうです。
アメリカで今進行している選択もそうです。
今、日本で私たちがもうすぐ下そうとしている判断がそうです。
後になって(イギリスの場合、翌日には既に後悔している人がいる!)
『あの時、私たちはどうしてあのような選択をしたのだろう!』と後悔しても遅い。

今、ここに生きている自分、名もない市井の民である自分、
それが下すちっぽけな判断など、何も世界の大勢とは関係ない…そう思って
ごく気軽に下す判断が…、あるいは無作為、あるいは無行動が…、
どのような重大な結果をもたらすか、ということに、私たちは普通、あまりにも鈍感だ。



              ***



正直言って、私は、英国の将来については、そう心配などしていない。
痩せても枯れてもあの『英国』だ。
良くも悪くも彼らは、世界でどう生き抜いていくかを知りつくしていると思う。
このまま離脱に向かっても、また交渉の過程で再び考えなおす機会がありEUに
残留するようなことが起きようとも、彼らはただ大人しく世界の表舞台から引っ込みなど
絶対にしない。何かはわからないが、逆に何かを得て、相変わらず、世界の中心国の
一つであり続けるだろう、と思う。
英国はしたたかだ。

この英国の離脱劇に関連していろいろ読んでいく中に、『イギリスの罪』という視点から
今回の問題を論じている者がわずかながら見られた。
私が、この英国のEU離脱を、『移民問題』に限って論じてみたのは、それが国民投票に
臨む際に、英国の一般庶民にとって一番生活感覚に直結した問題でおそらくあり、その故に、
『離脱』を目論むリーダーたちにとっては、一番争点として『煽りやすい』問題であったろうこと、
その点に注目したからである。
『移民が急増することによって、職が奪われたり、社会保障費の負担が増えたり、
病院・学校・交通などあらゆる生活サービスの質が低下したりする』ということの他に、
シリアなどからの難民も流入してそこにはテロリストも混じって入ってくるだろうという
テロリズムへの恐怖。それも、離脱派のリーダーたちは煽った。
現に、離脱派の急先鋒である英独立党(UKIP)が発表した広報用ポスターは、
中東からとみられる難民が行列をつくる様子の写真に「(移民受け入れは)限界点に達した」
との標語を掲げ、離脱を訴えている。
EUにとどまれば、トルコなどを通じて難民が何百万人も押し寄せ、経済や治安が脅かされる
という、根拠の大雑把な宣伝文句と共に、国民の排外主義と移民・難民への憎悪を煽るための
イメージ操作を含んでいた。
このポスターは、『差別的』『ナチスの宣伝のようだ』との反発と批判を多くの人々に、
離脱派の人々にさえ引き起こした。 


ポスター離脱派



現に、この国民投票に絡んで、両派の感情的分断は高まっていき、シリア支援や
女性の権利擁護に取り組んでいた、人権派の超党派議員団のひとりだったジョー・コックスが
英・米のネオ・ナチ団体に影響を受けていたらしい男性に射殺されるという悲劇も起きた。

ご存じのように、離脱を煽ったリーダーたちのその後の行動は、卑怯そのものであった。
EUへの拠出金について、離脱派の主張ではEUには週3億5000万ポンド(約480億円)の拠出金を
支払っており離脱すればそれを丸ごと国営医療制度に充てられるというような印象を流していたのに、
離脱決定後、離脱派のリーダーは『そんなことは言っていない。かなりの額を国営医療制度に
充てられると言ったまでだ』と主張。メディアもそのことに気づいていたのなら、早く指摘すれば
いいじゃないかと、開き直った。
メディアの怠慢も確かにそうだが、だが現実には離脱派は、バスの車体にまでこの美味しい
うたい文句を掲げていたのであり、その宣伝に影響された市民もおそらく多かったのである!

そもそも、離脱することを声高く叫びはするが、EU離脱後どうするのかというところまで
計画を立てている離脱派のリーダーがいたのかどうか。
離脱は、EU加盟国27カ国のうち20カ国以上が賛成すれば、という条件つき。しかもその
賛成国がEU全体の65%以上の人口があることという条件があり、これらを2年以内に
クリアしなければならない。また離脱がかなったとしても、英国を待ち受けているのは、
失った経済・人的移動を含めた交流の自由権を取り戻すための各国との厳しい交渉である。

英国民が驚いたのは、離脱派の最大のリーダーとして人気を博し、辞任するキャメロンに
代わって首相になるであろうと思われていたボリス・ジョンソン下院議員が、キャメロン首相の
後任を選ぶ与党、保守党の党首選の立候補受け付けの締め切りの30日正午直前に
なんと突然、出馬断念を表明したことである。
ジョンソン氏自身は、離脱派の盟友であったゴーブ氏の立候補表明に伴い、『議会の状況を
考えると、私が首相になることはありえない』と発言。自ら党首選から『勇退』するような
印象を与えたかったようだが、何のことはない。おそらく実際に離脱、ということになってみると、
国を率いてこれから離脱交渉をして行くことの大変さに気付き、どっち道泥をかぶることになる
次期首相の椅子が、自分にとって魅力的でないと判断しただけのことだろう、と
私は思っている。
上記ポスターの前で演説している離脱派のもう一人の中心人物、UKIPのファラージ党首も
党首の座から自ら下りた。

なんという無責任!
無責任ということでは、キャメロンの無責任がその最たるものだろう。
自分の政権維持のために、言わば単なる政権闘争のために、国民投票という危険な手法
を採用して国民を分断し、負けが決まるとさっさと退陣表明。
これも、自らまいた種から生まれた国論と国の行方を劇的に左右する離脱劇の顛末を
責任を持って見届けようとはしないで、つまり、自らは泥をかぶることなく、後任首相に
超難しい仕事を押し付けて、自らは戦線から体よく逃げ出してしまった!
そもそもキャメロン首相は、パナマ文書の公開で、亡父の イアン・キャメロン氏がオフショアに
設立した法人から利益を得たことを認め、また、過去にサマンサ夫人と共同で
パナマ文書で名前が挙がったブレアモア・インベストメント・トラストに投資口を保有
していたことを明らかにしている。
首相に就任する数ヶ月前にはこれを売却したとはいうが、国民には厳しい緊縮財政政策で
負担を強いておきながら、自らと身内は、そうやって過去に税逃れをしていた、ということへの
国民の怒りは、今回の国民投票の結果にも必ず影響は与えているはずである。
キャメロンが嫌いだから、離脱に一票投じた、という人も多かったであろう。


…こうやって、英国のEU離脱・残留をかけた国民投票という、世界に衝撃を与えた、
そしてこれからも大きな経済上、そしておそらくは防衛上も、の影響と混乱を引き起こしかねない
一大イベントの双方の立役者たちは、無責任にもさっさとこうやって自らこの大混乱の
泥をかぶることなく引っ込んでしまった…!

英国民が今回『離脱』に舵を切ることを選んだのは、キャメロンらエリート政治家たちの
無策への不満ということが、国民が今回の国民投票にその憤懣をぶつける一因となった
ということが無論あったろう。
現実に、見よ。この国民投票劇の責任者たちの責任の取り方を。
こういう無責任な人々に引きずられて英国民は国を二分するような選択に追い込まれて
しまったのである…


何度も言うように、押し寄せる移民・難民への反発や恐怖、といった『排外感情』の
側面が大きかったということは否めないだろうと思う。
だが。
そもそも、シリア難民など、中東地域、またアフリカもそうだが、この地域の政情不安や
どうしようもない分断、そしてISの台頭などテロリズムの温床を育ててしまった遠因は
どこにあったか、ということも考えてみよう。
それは、英国を含めた欧州先進国の身勝手な拡張主義とそれらの膨大な地域の植民地化
ということに端を発していると言わねばならない。

今度の、日本人の7名の方が命を失ってしまったバングラデシュ、ダッカでのテロリズム。
犠牲となったかたがたとそのご家族には、ほんとになんと言っていいか言葉もない…

だが、そのバングラデシュも、言ってみれば、旧大英帝国の植民地政策の影響を
大きく受けた国である。
15世紀末にはヨーロッパの貿易商人がこの地を訪れるようになり、18世紀末にイギリスの
東インド会社により植民地化された。イギリスは支配をベンガルからインド全域に拡大。
(『ベンガル地方』とは、ガンジス川とブラマプトラ川の下流にあるデルタ一帯のことで、
インドの西ベンガル州とバングラデシュ(旧東パキスタン)に分断されている。)
やがて、インドの他地域同様、バングラデシュでも1820年代ごろから民族運動が
盛んになっていく。これを食い止めるため、イギリスはベンガルのインド人勢力の分断を意図し、
1905年に『ベンガル分割令』を発布し、ベンガルをヒンドゥー教徒中心の西ベンガルと
イスラム教徒中心の東ベンガルとに分割したのである。
このベンガル分割令自体は、6年後の1911年には撤回されるが、このイギリスの自国の
植民地支配を容易にするための介入が、ヒンドゥー教徒とムスリムの分断を生む。
英領インドは1947年に独立を達成したものの、宗教上の問題から、ヒンドゥー教地域はインド、
イスラム教地域はインドを挟んで東西に分かれたパキスタンとして分離独立することになったことは
少し年配の皆さんならご存じの通り。現在のバングラデシュ地域は東パキスタンとなった。
さらに、1971年、バングラデシュ独立戦争が起こる。西側パキスタンと対立していたインドは
東側パキスタンの独立を支持し、また第三次印パ戦争がインドの勝利で終わった結果、
バングラデシュの独立が確定したことも皆さんご存じでおいでだろう。
今回、テロの犯人たちは、店の客にムスリムかどうかを確認して回り、コーランの一節を
唱えさせて、出来た者は解放したという。すなわち、彼らはムスリムかヒンドゥー教徒かで
生死を決めていったのである。日本人の方々は、『ムスリム以外の者』とみなされて
彼らの手にかかってしまった……!

バングラデシュの宗教対立がイギリスのせいばかりとは言えない。大英帝国の植民地化
以前にも小競り合いはあったのであろう。だが、世界をこうやって植民地化していくと同時に、
支配の便宜のために、その土地の人々の宗教も言語も暮らしの実態も無視して、勝手に
その地の分断をして行ったかつての大英帝国、そしてフランス、オランダ、ベルギー、ポルトガル、
スペイン、ドイツなど今のEUの大国、そして旧ロシア(ソ連)などの罪は測り知れないのである。
そしてアメリカ!アメリカの罪!


イギリスの人々が恐れ忌避したシリアなどからの難民の流入とテロリストの潜入。
その遠因の一端は、イギリス自身の過去の行いにある…
また、東欧など貧しい国々からの新たな移民が大々的に流入してくるのを嫌った『離脱派』
の人々の中には、自分たち自身がこうしたかつての大英帝国の植民地にルーツを持つ
自らも移民ニ世三世また、イギリス人やその他のEU圏の人々との混血である、といった人々も
いたという…
彼らの心理は、『自分たちまではいい。もうイギリスに同化して、税金のような
経済面でも文化面でもそれなりに貢献しているのだから。常識の範囲内での新たな移民も
許せる。だけど、貧しい東欧地域などからのあまり多すぎる移民はお断り。まして
テロリストが潜んでいるかもしれないシリアなどからの難民は断然断る。』というものでは
なかったろうか。

少し話は脱線するが、イギリス、フランスなど、これらかつて世界の国々を植民地化していった
国々の悪辣は容認できないとしても、旧植民地地域が次々に独立を果たしていったあとは、
旧植民地からの人々の移民受け入れを、積極的に行ったこと、そしてそれなりに同化・融和
に努力してきたことは評価できると思うのだ。差別はまだまだ残っているにしても。
ひるがえって日本はどうか。
朝鮮半島・台湾などを事実上併合し、中国大陸にその野望を広げていった旧大日本帝国は、
戦争が終わった途端に、朝鮮半島の人々を、もう自国の民とは認めずにその権利をはく奪した。
同じく戦った朝鮮人兵士に軍人恩給も遺族年金も与えず、残留した人々にそれ以降何十年も、
差別を続けて来ている…。いまだに『ヘイト』活動は半ば公然と行われているのだ。




話を元に戻そう。

国家、というものが引き起こす大きな決断は、それはたいていの場合、一般の庶民とは
関係のない上の方で企図され、その悪影響を最も受けるのは下の方にいる庶民である。
そこには大きな利益が絡み、国民もまたその利益を享受しようと、国の決断を
むしろ歓迎し積極的に協賛していくことも多いだろう。
国を引っ張っていくリーダーたちが、必ずしも賢いとは限らない。
ほんとうに国の実情を憂い国民のために働こうと純粋にしている高潔な政治家も
中にはいるだろうが、そういう人士ばかりとは限らない。
単に自分の名誉と野望を実現・持続させるために政治家を志しその地位に
固執する者も多いであろう。
その全部とは無論云わないが、その一部は、おそらく、無責任でもある。
キャメロンやボリス・ジョンソンの身の振る舞いかたを見れば、その無責任は明らかだ。
言いだしっぺが責任を最後まで取らないで、誰にいったい責任を取れというのか!

そんな中、そうした国家のような大きなものがともすればもたらす、大きな分断や排斥を
なくそうと努力していた、一人の女性議員の命が消えた……

また。英国のEU離脱決定に世界が眉をひそめ、世界のメディアがそれに関する報道一色に
なっていた時に、ダッカの悲劇は起こり、またイラクで大きな自爆テロが続いて起こって、
罪もない人々が命を奪われた…

世界はもっともっとさらに混とんとしている。
しかも一つの出来事は、世界の、過去のことも含む他の出来事と連動している……

そうした混とんの中で、命を奪われるのは、多くは大きな国家の政治などとは
ほとんど縁もない罪もない一般の人々であり子供たちであり、
また、そうした国家同士や民族対立などによる悲劇を何とか回避しよう、争いの
遠因となる貧困や格差を少しでもなくそう、人々の暮らしを改善しようと努力していた
善意の団体の人々または個人であったりする……
なぜ、世界を少しでも良くしていこうと努力していた人々が暴力の犠牲になって
しまうのだろう…そのことがとても悲しい。
そうしてまた、そういう事件が起きることによって、その実行犯を憎む気持が、さらには
関係ないムスリムの人々を排斥する心情となっていったりしてさらに分断を生む…。
今回のダッカの事件も、そうかどうかそういうことにならないで欲しい。
バングラデシュの人々は、一緒に悲しんでくれている。


             ***


英国はなんとかやっていくだろうと思う。
それについてそう心配はしない。イングランドの人々ひとりひとりが決めることだ。

EUについての想いは、実は、私の中で揺れがある。
この記事の冒頭で書いたように、EUという構想自体は、第一次、第二次の世界大戦の
死者それぞれ、3,700万人、5000~8000万人とも言われる大きな悲劇への反省から、
二度と同じような戦争の悲惨を経験したくない、未来の人々にもさせたくないという願いの
中から生まれてきたものである。ドイツ・フランス両国間のアルザス・ロレーヌ地方が象徴
しているように、国家と国家の紛争や戦争は、資源をめぐる経済問題などから古来多く
起きてきた。また、宗教や人種問題、国家感情などで起きることもある。
そうしたことを少しでもなくするために、欧州という地を大きく一つの地域としてまとめよう。
経済も共通の利益を協力して追及することによって、国家間の争いを防ぎ、また貧富の差を
長いスパンで解消もして行って、欧州が共に発展していこう、とする壮大な人類的実験で
あったのである。国境も取り払って、人や経済の流れを自由にした。通貨も(原則)一つにした。

一つには、第二次世界大戦後のソ連を中心とした共産主義圏とアメリカとの冷戦構造の
激化予測の間にあって、欧州が一つにまとまり、揺るがぬ立場を維持していこうという
安全保障上の意味合いもあった。

この壮大な実験が成功しているか、といえば、残念ながら・・・問題は山積だ。

ご存じのように、EU離脱を試みる国や勢力はイギリスだけではなく、ギリシャ、デンマーク、
フランスのル・ペン党首率る『国民戦線』など、たくさんある。
なぜ、EU離脱したい国が次々と出てきそうで、それを抑えるのが大変なのか。
EUという機構そのものが壮大な無駄をしているとか(瑣末な規則や議論など)、
徹底した緊縮財政政策で、もともと強い国には富や権力が集まるが、ギリシャなど
疲弊した国々は立ち上がるすべがなく、EU内での貧富の差が拡大していっているとか、
EUも、金融グローバリズムと新自由主義に侵されていて、さまざまな決定は、そうした
巨大多国籍企業や一部富裕層の強烈なロビー活動に左右され、富のますますの
一極集中と貧困層の拡大という事情は、アメリカなど世界が抱える問題と何ら変わらない、
とか、ウクライナ問題などEU内、または周辺地域での大きな問題の解決に及び腰で
非力であるとか、…いろいろ数限りなく批判はある!

EU自身が、自らの機構・制度が抱える根本的問題点や矛盾を改革していこうと
大きく舵を切らない限り、いつかはEU解体、ということも起こるのかもしれない…

そうすると。世界はどうなっていくのであろう…
再び、欧州は国家と国家に分解していき、またそれらが互いに利益を争う状態に
戻るのであろうか。
アメリカはご存じのように、『世界の警察』と自負するほどの一時ほどの力はもたない。
一方、ロシアや中国はそれぞれに大きな世界戦略をもってその存在感を増している。
アメリカが日本・韓国・オーストラリア、フィリピンなどと軍事・経済同盟を強化していく
その一方で、対抗勢力としてロシアと中国が手を組むこともありうる。
小さな国々は、身を守るために、仕方なしそれら両陣営に与していくことになるかもしれない…
また、これらの動きとまったく別個に、イスラム過激派のテロ行為は止むことなく
世界に拡散していき、恐怖と憎悪と、さらなる排外主義や人種差別を拡大していくだろう。

この同じ地球上に住む人類としての大きな融和や協調、の理想や理念は大きく後退し、
共にこの地球が抱える大きな問題…激しい気候変動や汚染の問題の解決などは
脇に追いやられ、
逆に、人間というものが根っこにどうしようもなく持っている『飽くなき欲望』が、野放しに
解き放たれて、この世界は、また混迷の度合いを深めていくのだろうか…。


                 ***


私は、今度の英国の離脱劇で、何を自分がそう悲しんでいるのか、自分でも実は
よくわからないのである。
イギリスのために悲しんでいるのとは違う。
EUがこれをきっかけにもしも分解していくならば、それはとても悲しいのだが、でも
そのことだけではないようにも思う。
それでは何がそんなに悲しいか、というと、人類のなすことの先の見えなさ…、とでも言おうか、
人間の愚かさの方が、時に人間の叡智よりも勝ってしまうことへの悲しみと言おうか…
一般大衆が、ともすれば、理性よりも、耳触りがよく甘い煽動に乗せられやすいということへの、
嘆きも正直言ってある…。
本当のことを口にする政治家はともすれば敬遠される。本当のこと、は苦いからである。

そう。…私は、『理想』というものが『現実』というものの前で、かくももろいのか!
ということを見続けていることが、何よりかより悲しいのかもしれない…



今度のことで、私たちも学べることがあるとすればそれはなにか。
一つにはそれは、AかBか、白か黒か、という二分法的思考で物事を語り、物事を決定して
いくことの危険さである。
国民投票などというものは、その最たるものであろう。
ヒットラーの再三の国民投票の利用に見るごとく、国民投票というものは、その時々の
為政者の、権力掌握の手段に使われかねない。

第二には、英国のEU残留・離脱を問う国民投票、という一つの問題で、あれほどまでに
世界の市場に激震が走る、そのような構造の危うさである。これはEUもどこも同じなのだが、
とりわけ『アベノミクス』は、異次元金融緩和で円安をつくり、海外から投機マネーを呼び込んで、
株価をつり上げる、投機マネー頼みの円安・株高政策である。
だから、世界情勢に敏感に反応して為替レートや株価が乱高下する。
日本経済は、投機マネーの動きにきわめて弱い経済なのである。
もう何度もグラフを載せて、世界の大きな出来事と日本の経済の連動を、ここで
示してきたけれど、実際、アベノミクスは世界経済の不安定要因に対応など
出来ていないのではないか。
いい加減、『アベノミクス』という神話にみんな、見切りをつけたらどうだろう。

さらにもう一つ。
もう一度繰り返す。
今回の英国の国民投票に際して、『自分のようなちっぽけな存在の一票が、まさか
このような世界的動揺を引き起こすことになろうとは思ってもみなかった』と
しょんぼりしていた一人の英国民の話を紹介した。
『どうせ残留派が勝つだろうから、それなら自分は、と、離脱派に入れた』という人の話も
どこかで読んだ。
この国民投票劇から、ぜひ、皆さんに学んで欲しいこと。
それは、『一票の怖さ』である。『一票の力』と言ってもいい。
どうせ自分の一票などなんになるものか、などと思わないで欲しい。
参院選まであと5日。



               ***


『まとめ』と銘打ちつつ、どこまでも取りとめもなく論点が広がっていってしまった…
自分の本当に伝えたいことが書ききれていない歯がゆさというものだけが残る…

仕方ない。個々の書き足りない問題は、また別の記事としてそれぞれに書いていこう。


              



 



続きを読む

『英国のEU離脱とアベノミクス ③』


3.EUからの移民問題とは

離脱派への批判的視点から、前の2つの記事は書いてきたが、今度は少し
逆の側から見てみよう。離脱派の掲げる離脱の理由は幾つもあろうが、ここではとりあえず
その中でも大きな理由となったであろう移民の問題を取り上げる。


それでは、ここで、離脱派が唱える、移民による被害、というものを列挙してみようか。

①移民とりわけ東欧からの移民が、安い賃金で働くため、賃金・労働条件両面の
 低下を招き
その上彼らによって英国民の仕事が奪われている。
②彼らに英国民と同程度の医療・教育などの高福祉を提供するために、
 英国民の税負担が増えている。

③移民が増えすぎたために英国民にも深刻な住宅不足が生じ、それとともに
 住宅価格、賃貸価格などが高騰するという迷惑も被っている。
移民が増えすぎたために、病院で待ち時間が増えたり診療時間や入院期間が
 カットされたり病院の食事の質が落ちたり、地下鉄が混んだり、とにかく、
 諸々のサービスの質が低下した


これは、今、ネットで盛んに拡散されている、海外経験豊富なある女性の実際の
イギリス生活経験談による、移民被害の例である。
彼女の主張自体は、移民への偏見に少し傾いているように私には思えるので、
敢えてサイト名は書かないが、それでも実際こういうことは起きているのだろうなと思う。
彼女だけが言っていることではないので。
そのいくつかについて、私の考えたことを書いていってみたい。


移民が英国民の職を奪う。
世界が、英国の国民投票の結果が出るのをかたずをのんで見守っていた6月24日
日本時間でお昼頃だったかな。私もテレビを見ていた。ある民放局である。
お昼の支度をしていて台所と居間をちょこちょこ行ったり来たりしていたので
記憶違い聞きちがいがあるかもしれないが、離脱派のレポートとしてロンドンの北にある
ある小さな町のことをやっていたのである。
その町は、人口およそ4万人ほど。そのうち1万人が実にルーマニアなどからの移民で
あるという。4人に一人が移民…これは多い。
さて。その町の一人の英国人女性がある農園でパートタイムの仕事に就こうとした。
だが、面接で、彼女は、『あなたは英国人ですか?』と訊ねられた。
そうだ、と答えると、『では、不採用!』と言われたという。

なぜ、英国人だと断られたのか。
英国人だとパートタイム賃金が高くなるからである。ルーマニア人を雇えば、およそ
時給5~600円で長時間働いてくれる。英国人の最低パートタイム賃金は1,000円。

そりゃ、農園主としては移民を雇った方が人件費が削減できる。

ルーマニアの移民たちは、本国に帰れば、平均月収4~6万円、月数千円で
暮らしている者さえいるという。
だから、夫婦2人でイギリスに来て、いっしょけんめい働いてつつましく暮らして貯金していけば
貯めたお金でルーマニアに豪邸が建てられるのだという。実際その豪邸の映像もあった。
ああ…これでは誰でも、イギリスに移民したくなるだろう。どんどん流入してくるわけだ。

…『ああ…ここに、離脱を唱える人々の憤懣はあるのだろうなあ…』と、私も思った。
その怒りはとてもよくわかる。



税負担の問題
しかもイギリスは、高福祉の国である。公的機関例えば病院や学校の費用は無料。
それは移民に対しても同じ扱いである。EU域内からの移民ならビザもいらない。
しかし、その高福祉のシステムを、高分担で支えているのは英国民だ。
『なんであたしたちが移民の分まで負担しなきゃならないのよ。しかも仕事まで
奪われてさ!』と、英国人が怒るのももっともだ。

上記のルーマニアからの移民の例で、私が疑問に思うのは、彼らの税金はどうなって
いるのだろう、ということであった。
移民は移動が激しいというから、労働状況の把握が出来にくく、ひょっとして彼らは多く
税逃れをしているのであろうか?

それならば、イギリスの人々が、『なんで俺たちがあいつらのために高い税金払わなければならない!』
と怒るのも無理はない。
だが、もし、移民からの税徴収もきちんと行われているのであるとすれば、彼らは
イギリスに、労働力と税金ということで貢献しているということになる。

実際のところ、英国民は、増え過ぎる移民たちによって、どれほどの害を
被っているのか。あるいは多少はメリットはあるのか?
その正確なデータが与えられた後の十分な点検の末の国民投票であったろうか?
英国民自身さえも、その正確なところは知らないままに、自分たちの生活に対する全般的な
鬱勃とした不満を移民にぶつけて、『俺たちは移民の被害者だ!』という憤懣が先走りして
離脱派のポピュリスト政治家などの煽りに乗せられてしまったということはなかったろうか?
…とにかく、正確なところが知りたい…

移民たちは税金をきちんと払っているのか。

私はその疑問を持って、いろいろ自分で調べられる範囲でずうっと情報探していたけれども
見つからない!
ようやくこんなサイトを見つけたので引用する。2014年の記事だが、状況は今と
そう違っていまい。
http://news.livedoor.com/article/detail/9448131/

『英国 過去11年間に移民から税金200億ポンドを徴収』
2014年11月9日 12時12分
新華ニュース
排外感情の高まりにともない、英国国民は移民が国の財政に負担をもたらすと見ている。
英国国内で、英紙「ガーディアン」の5日付の報道によると、事実はそれと正反対だ。移民は英国財政の収入源である。移民に対する課税により、英国は2000年-2011年の間に税金200億ポンドを得ている。

中でも、150億ポンドはフランスやドイツ、イタリアなど15ヶ国の欧州各国からの移民から得たもので、50億ポンドは東欧移民から得たものである。欧州移民の大半は良好な教育を受けた若者である。しかし、現地英国人と比べて欧州移民の福利待遇は悪い。移民の43%は過去10年間に英国の福祉を与えられず、7%は格安賃貸住宅を利用することができない。

専門家はこの状況を懸念している。欧州移民の就業率が高いとは言え、給仕やカフェスタッフなどの底辺の仕事が多数を占める。英政府は社会福祉体制にメスを入れ、英国に貢献する合法な移民を公平に扱う方針である。



新華ニュースは中国の新華社配信である。英国情勢を語るのに第三者の一応
中立的立場と言ってよかろう。11年間で200億ポンドというとちょっとピンとこないが、
2011年の円との為替レートでいうと、2兆5600億円くらい。それを11で割ると、
1年あたり約18億ポンド(2300億円)の税収ということになる。

イギリス国家予算は2015年度はおよそ7500億ポンド。そのうちの16%、1200億ポンドが
NHS( 国民保健サービス)に
使われているという。
イギリスの人口に占めるUKからの移民の比率はおよそ5%だそうである。
1200億ポンドの5%は60億ポンド。つまり、移民が払う1年の税金約18億ポンドでは
彼らにかかる国民保険サービス60億ポンドには、ぜんぜん足りない。

移民にかかる費用は医療サービスだけではない教育、住宅…ありとあらゆる項目があろうから、
なるほどやはり、移民は、イギリスの社会福祉費用を圧迫していると言っていいだろう。
これは飽くまで、私が集めた情報から推測したものであって、無論正確な数値では
あるまいが。

それでもまず、移民たちに費用がかかっていること。その全部ではないにしても、多くを
従来からのイギリス国民が負担している、ということはおよそわかった。
だが、移民たちも税金をこうして一応は納めているということもわかった。

問題は、①移動の激しい移民たちの税徴収がうまく機能していたのか。
②その税額が妥当だったのか。もしかすると彼らが受ける恩恵に比べて低すぎたのではないか。
③問題は移民ではない、EUとキャメロン政府の行きすぎた緊縮財政政策だ、ということはなかったか。
④移民の流入に制限をかけないというEU及びイギリスの従来の方針に、無理が生じる
根本原因があったのではないか。
などということである。



それでは、次に実際、イギリス国民は職を失っているのか。失業率を見てみよう。

失業率の問題
これは明らかなデータがあった。

イギリスの失業率の推移である。
データは『『世界経済のネタ帳』
さんからお借りした。コピペしたこのグラフでは横軸の年度表示が実際の折れ線グラフの
どの部分にあたるのか正確につかみづらいが、上記ネタ帳さんのサイトでは、折れ線グラフに
ポインターを当てると年度が出てくるし、年度ごとの表もあるのでそちらをご覧ください。



推移イギリスの失業率の


1984年には、なんと失業率11.75%もある!
1993年。EUが発足した年からの失業率の動きを見ていこう。1993年は、グラフで言うと、
ピークが3つある、その2つ目のピークの一番高いところである。失業率10.38。
EU発足の1993年から域内の人の流れは始まったと思うが、それから10年間ずっと
イギリスの失業率は減少し続けている

問題の、2004年。イギリスがポーランド、ルーマニアなどの東欧からの貧しい移民を
受け入れ始めた時からの動きを見ていこう。
2004年は、4.75%。実はこの年がグラフの中で失業率が一番低い箇所である。
受け入れを容認したからと言ってすぐ東欧からの移民が増えるわけではあるまいから、
数年は微増程度でほぼ横ばいである。
同じ『世界経済のネタ帳』さんのページに、イギリスの人口増加のグラフも載っているから見て欲しい。
なるほど、人口は急激に増え続けているが、そのわりには失業率の数値は変わっていないで、
むしろEUが発足した1993年から2008年までの15年間ほどは、イギリスの失業率は
逆に低下を続け低い水準を保っていた
ことがわかる。

イギリスの失業率が急増し始めるのは、2009年の7.63%からだ。2008年の5.73%から
グラフが跳ね上がっている。

この境期にいったい何が起こったのか?
実は、前年の2008年9月。例のリーマン・ショックが世界を駆け抜け、翌年から数年間、
世界経済はどん底に落ち込んでいるのである。

なるほど。イギリスの失業率は上がった。離脱派の言うとおりだ。
だが、この原因を、2004年東欧からの移民が来始めたからだ、ということのみに帰するのは
上のグラフを見ても無理があるのではないか。人口は変わらず急増し続けているが、
イギリスの失業率はリーマンショック後の数年間こそ高かったが、また下がってきているからである。

今年2016年には、2004年の一番失業率が低かったレベルに届こうとしている。
日米の失業率推移と比べてみるとそのことがよくわかる。


推移日米失業率の


どうだろう。イギリスの失業率の推移は、日米のそれと似ていないだろうか。
とりわけアメリカの失業率のグラフとは酷似している。
日米英共に、失業率が跳ね上がったのは、2009年。

2008年9月のリーマン・ショックの翌年である。
そして日米英とも数年の苦しみの後、徐々に失業率が下がって来ているのがわかる。

これを見れば、離脱派の人々がいう、『移民のために私たちの職が奪われ、失業率が
上がった』というのは、一部真実ではあっても、原因をそこに全て帰すことはできないと
いうことは、EUからの移民の影響などない日本とアメリカのグラフを見ればわかるのでは
ないだろうか。リーマンショックの影響はおそらく大きい……。
(アメリカにおいては2001年の同時多発テロによる影響で、そこも失業率のグラフの
上がり幅が他より大きい)

同じように、参院選前なので一言いっておくが、安倍政権はなにかというと民主党
政権時代を引き合いに出し、『民主党のころに比べれば、失業がこれだけ減りました。
倒産がこれだけ減りました』などという。国民も、『ああ、そうかな』と納得する。

しかし、それは、民主党に少し酷であると私は思う。
何度でも言うが、民主党政権は何十年にもわたる自民党政権の放漫財政が行き詰って
そこで国民が政権交代を望んだから誕生したのであった。
言わば、民主党は、現政権の安倍氏や副総理麻生氏なども直近に総理をした
自民党政権の政治の尻拭いをする形で政権の座に就いた
のである。
しかも、リーマン・ショックのいちばん影響下にあった2009年に
こうやって見ると、イギリスもアメリカも同じ状況である!
さらに、日本では、民主党政権が少し経済を上向きに仕掛けたときに、あの東日本大震災
起きたのである…!
私はなにも、民主党政権をだからいい、と言っているのではない。だが少なくとも、
安倍氏がなにかというと国会答弁の場でもまたこの選挙戦の間ででも、『民主党
政権のころに比べて、私たちの政権になってこれこれ改善しました』、
『あの暗い時代にもう一度戻りたいのですか』
などというのは、フェアじゃない
また国民も、そういう単純なレトリックに容易に騙されないで欲しい。このグラフを見れば、
ここ数年で日本の失業率が下がったのは、アベノミクスの効果などではなく、
リーマンショックの後遺症から、ようやく世界が立ち直ってきたからであるということは、
この日米英のここ数年間の同じ動きを見れば明らかではないか。



アベノミクスがないアメリカでもイギリスでも、失業率は、ここ3年
同じく下がっている!



雇用問題の本質
さて。もう一度冒頭の、イギリスの小さな町の話に戻ろう。
移民が来て安い賃金で働くからイギリス人の職が奪われたという話。
それは実際あるだろう。安くて雇えるなら、人件費はかからない方が農園主は助かる。
だが。ここでちょっと考えよう。
移民労働者でもない、職を奪われたイギリス人でもない、明らかに大きな利益を
上げている者がいるじゃないか?
…そう。農園主だ。

農園主は、移民がいなければ、本来パートタイム労働者に、イギリスの最低賃金時給1000円は
払わなければならなかったはずだ。だが、ルーマニア移民のおかげで、時給五百数十円で済んでいる。
つまり農園主は移民のおかげで大きく人件費をカット出来ているはずだ。
たった一人の農園主、ならさほど大きな金額ではあるまい。だが、こういうことがイギリスの
あらゆる農園、また工場などで、単純作業には賃金の安い移民を雇おう、ということに
なっているとしたらどうだ?そこに巨大資本家たちの意思が働いているとしたらどうだ?

また、日本の例などではこうしたことにつきものなのだが、就職斡旋業者
による中間搾取、ということがイギリスでもあるのではなかろうか?


どうしてここに目がいかない?
移民に職を奪われたと考えるイギリス人の怒りはわからないではない。
だが、怒るべき相手は、本当は別のところにいるのではあるまいか?

もしも、単に選挙前のうたい文句などでなく、ほんとうの意味で『同一労働同一賃金』
ということがイギリスで徹底していたならば、同じ賃金なら農園主は、ルーマニア人
でなく英国人を雇うのではなかったか?
移民しようとしても雇ってもらえない。さすれば、ルーマニア人が大挙して押し寄せる、
ということも、完全にとは言わなくとも多少はコントロールできたはずだ。少しは、だが。

日本ばかりではない。世界的に言って、海外からの労働者の待遇の問題は、
きちんと考えていかなければならないと思う。
無論、未熟練労働に高い賃金は払えまい。それはわかる。
だからこそ。
移民を大々的に受け入れるときには、
【職業訓練→同一労働同一賃金→税徴収】のシステムを
最初にしっかりと構築しておかなければならないだろう。


日本にとっても移民、難民の問題は、他人事ではない。
日本の場合は、もう待ったなしの超高齢化と少子社会が目の前に来ている。
それについては記事にしているので、興味のおありの方はこちらをどうぞ。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1531.html

今のこの日本の社会心理から言って、ここ数年の間に出産率が急上昇し、20年後くらいに
働き手が急増している、ということはありえまい。2025年には人口の3人に1人が
65歳以上の老人という社会は目の前である。介護を必要とする老人も当然ぞっとするほど
多いであろう。(私なども2025年には、生きていれば77歳だ!…)
昨日の朝日新聞では、政府には移民政策を本格的に進める意思はなく消極的で、
当分の間、海外研修制度のような小規模なもので、実験的にやっていくつもりのようだ。
まあ、いずれそう遠くない日に介護の手を借りなければならなくなるかもしれない私も、
実を言うと、海外の若者を、まるで『介護のために特化して日本で学ばせ働かせる』という
発想自体が好きではない。アジアの人々を『介護』や『福祉』のための人『材』としてしか
見ない上から目線がそもそも嫌なのである。


だがまあ、そんな好き嫌いなどは関係なく、否応なしに海外から働き手を招かなければ
ならないということも日本で将来起きてくると考えていた方がいい。
移民問題は他人事ではないのである。
その時に、海外からの労働者だからと言って、給与が安くていい、という考えは、これは
根本的に変えていかねばならないと私は思う。
ましてや、就職斡旋業者による二重三重の中間搾取などもってのほか。
今でも、『農業研修生』という名目で、日本に来ているアジアの若者たちが、
『研修生』というのは名ばかり、劣悪な住環境と労働条件の下で働かされているなどという話は
しょっちゅう聞く。研修所や職場や宿舎から逃げ出して日本のどこかに紛れ込んでしまう
者も多いという…。


イギリスで同じようなことが起きているのではないか
そう思って探していたら、あった!
このサイトをご覧ください。
『移民を苦しめる 闇ビジネスの実態』

簡単にまとめてみよう。
イギリス中部・ボストン。
2004年に東ヨーロッパ各国がEUに加盟して以降、移民が多く住む街となった。
最初は、移民の人たちが社会に溶け込めるよう、地域ぐるみで多様な宗教や文化、
価値観を受け入れてきたのである。
ところが、移民が急増して状況は一変。ボストンの人口は、この10年間で15%以上も増えた。
そして流入する移民が劣悪な環境で働かされているという実態が明らかになってきた。

ボストンのラトビア系移民団体が、大使館を通じてイギリス政府に提出した告発文書によると。
従業員のほとんどが東ヨーロッパからの移民だという大手野菜加工工場。
敷地には、移民の労働者たちが暮らすキャラバンハウスが100軒以上も建ち並んでいる。
鉄柵に囲まれた、ものものしい住宅。近隣住民の話では、8~10畳ほどの部屋に
6~7人で暮らしているケースもあり、移民の従業員の数は数百人とも見られている。
最低賃金以下で、保障もなく働かされる移民たち。
背景には、英語が十分話せず、法律もよく知らない移民の弱みに
つけ込む「闇ビジネス」の存在がやはりあるという。


雇用主と移民の間には、仕事を紹介したり、住宅を提供したりする仲介業者がいる。
給与は、仲介業者を通して支払われるが、移民の弱みにつけ込む悪徳業者も多く、
手数料を不当にピンハネし、国の最低賃金を大幅に下回る額しか支払わないケースが
後を絶たない。中には、銀行のカードやパスポートを「管理する」という名目で取り上げて、
移民の身動きを取れなくする業者まで現れていると言う。

だが、当のラトビア系労働者など、移民の多くは、職を失うのを恐れ、公の場では
口を閉ざしてしまうのだという。


2015年12月にイングランド銀行が移民と賃金の関連性についてのレポートを出した。
そのレポートによれば、移民の比率が10パーセント増加すると非熟練労働者の平均賃金が
2パーセント低下するという。イングランド銀行は大量の移民によって求職活動者の賃金が
下がると警告しており、経済学者も移民の増加によって介護福祉士・清掃業者・ウェイターなど
の業種が移民と競争に晒され給料が下がる
ことに気付いた。

冒頭の農場主のように、イギリス社会は、農場や工場、医療や建設現場で働く移民の力が
欠かせなくなっている。つまり雇う側が移民を必要としているのである。
イギリス経済は移民で成り立っている面もあるということだ。

多国籍企業がルーマニアやブルガリアなどからの
移民労働者をイギリスに呼び寄せて労働者の賃金を不当に下げる。

それら移民労働者は低賃金でも働くことを厭わない。
イギリスのEU残留を望む企業はEU残留によって企業側が従業員の賃金を低く抑えたい
のだという疑いがある
ということである。

イギリス国民は、移民問題に関して、当の移民たちに職を奪われたという怒りや
自分たちの暮らしの質が低下することへの憤懣をぶつけてもしようがないのではないか。
その奥には、移民ビジネスで、こうやって大きな利益を上げている自分たちの仲間の農場主や、
仲介業者や大企業などの存在がある
のである。


ものごとの表面だけを見て、感情を生にぶつけてはいけない。
その奥にいったいどういうことが隠されているのか、を考えなければ。

警察当局によると、国民投票以降のヘイトクライムの件数は、前の月の
同時期に比べ57パーセントも増加したという!



悲しいことに、今回のEU離脱か残留かを問うイギリスの国民投票は、国民の間に
感情の分断を生んでしまった。
それは。国民投票の問いが、『AかBか』、を問うものである以上、
その間にある無数の…形にならない選択肢、声にならない国民の声
というものを、必然的に排除していく仕組みになっているからである。


この記事を書くためにいろんな人の書いた現地からの報告も読んだ。
その中で、私が、一番この国民投票に関して現在のイギリス人の抱える戸惑いや
悲しみを正確にとらえて報告してくれているのではないかと思ったのがこの記事だ。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160625-00059237/

いい記事である。あとで是非ゆっくりお読みください…
今回のことに関する私の気持ちは、ここに描かれた労働党党首ジェレミー・コービンの
気持ちに、おそらく一番近いかもしれない…


                 ***
      


どうだろうか。
移民の問題だけ取り上げても、ほんとうに難しい。
ここにはまだ語られていない『難民』の問題もあるし。離脱派はトルコなどがいずれEUに
加盟して、そこから難民が大量に流入し、その中にテロリストなどが混じっていても、
チェックできないということを恐れていた。
移民・難民へのイギリスの人々の想いは、なかなか日本人には解らない…
今回の問題には、EUそのものが内包する大きな問題点も多くあるようだ。
巨大化した組織の硬直や、その政策の妥当性など、数え上げればきりがないほど、
EUそのものが自ら改革していかなければならないことがたくさんある。

なかなかまとめに入れなくて途方にくれるが、選挙のことも書きたいので、ここらで
一応切り上げ、次回、まとめを書いてEU離脱の件についての記事は終わりにしよう。




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『英国のEU離脱とアベノミクス ②』


2.EUって、なんで誕生したの?

前の記事で、『ヴェルサイユ体制とは第一次世界大戦後の1919年に締結されたヴェルサイユ条約の下、
ヨーロッパを中心として組まれた資本主義世界の国際秩序国際体制のことである。
世界を巻き込んで実に1,700万人もの死者を出した第一次世界大戦。その反省から
①ドイツ軍国主義の再興の芽を摘む ②社会主義の台頭に対し資本主義諸国の結束を意図。
『国際連盟の発足』『ロカルノ条約・不戦条約』『ワシントン・ロンドンの軍縮会議』など、
「国際協調」が進められた。
』と書いた。
第一次世界大戦の反省から、国際連盟は生まれた。


EU(欧州連合)とはそれではどんなものであろうか。
第二次大戦による国土の荒廃と、アメリカとソ連という二大国が世界を分断していく中、
欧州が一致団結することで戦後の荒廃からの経済復興と安全をはかろうとの動きが
生まれた。
1950年、フランス政府はジャン・モネ起草による『シューマン・プラン』を発表。独仏間の
積年の対立に終止符を打つために両国の石炭・鉄鋼産業を超国家機関の管理のもとに置き、
これに他の欧州諸国も参加するというECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)の設立を提案した。
これ以前にも、汎ヨーロッパ主義を唱える運動や欧州共同体の構想はあったが、
1952年設立のこのECSC(欧州石炭鉄鋼共同体)こそが、大きく言ってEUの母体である
といってよかろう。

なぜ『欧州石炭鉄鋼共同体』であったのか。
ご存じのように、ヨーロッパの大国、フランスとドイツは、両者の国境地帯にあるアルザス・ロレーヌ
地区の帰趨をめぐり、昔から幾度も戦争を繰り返してきた。

そこが石炭と鉄鉱石の一大産地だったからである。
先述『シューマン・プラン』は、以下のような趣旨のものであった。
『ヨーロッパの他の国々が自由に参加できるひとつの機構の枠組みにおいて、フランスとドイツの
石炭および鉄鋼の生産をすべて共通の最高機関の管理下に置くことを提案する。』



欧州連合の創設を定めたマーストリヒト条約は、EUの目的について次のように規定している。
(a) 域内国境のない地域の創設、及び経済通貨統合の設立を通じて経済的・社会的発展を促進すること
(b) 共通外交・安全保障政策の実施を通じて国際舞台での主体性を確保すること
(c) 欧州市民権の導入を通じ、加盟国国民の権利・利益を守ること
(d) 司法・内務協力を発展させること
(e) 共同体の蓄積された成果の維持と、これに基づく政策や協力形態を見直すこと
 

EUは、経済統合、政治統合の推進を目指す機構である。

欧州の人々にとって、第一次、第二次の2つの世界大戦のようなものを二度と繰り返したくない!
とする悲願は、日本のように独立した島国であって、古来他国によって侵略蹂躙されたことのない
私たちにはなかなか分からないものかもしれない。

EUについて語る前に、この映像を見て欲しい。
欧州に限らず、国家と国家、また同盟国と同盟国同士などが起こす戦争というものが、
やがて世界を巻き込む巨大な不幸に陥っていく過程が、身体感覚としてわかるはずである。

サラエボで起きた一つの暗殺事件が、いかに世界に広がる戦争になって行ったか……

もうこんなことはとっくに知っているという方はいい。まだ見たことのない方、お知り合いに
若いかたがおいでの方などは、是非この映像記録をご覧いただくようお勧めください。
現在世界で起きている様々なことを語るには考えるには、私たち人類が歩んできた道を
知らないでいては本当の理解は出来ないのではないかと思います。



新・映像の世紀「第1集 第一次世界大戦 100年の悲劇はここから始まった」~NHKスペシャル~前編









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『英国のEU離脱とアベノミクス①』



ふ~ぅ。
それでなくとも複雑な要素をたくさん含むこの問題。
せっかく書いた記事を自分のミスで消去してしまってから、ちょっと立ち上がれずにいた。
さて。気力とりなおして、もう一度書くかなぁ。

国民投票による英国のEU離脱決定が引き起こした世界の驚きと衝撃は、皆さん
ご存じの通り。
だが。「『理性的で良識的な』英国民が、まさか『離脱』を選択することなどあるまい」
というキャメロン首相の読みと、世界の認識は甘かったと言わざるを得ないだろう。
ここで日本人への教訓として、徹底して覚えておいて欲しいのは、『国民投票』と
いうものの危うさ
である。まずはここから見ていこう。



1.国民投票の抱える危険性

ご存じのように、ヒットラーのナチス政権は、この国民投票というものと再三の大統領令
そして同じく再三の選挙、を駆使して、権力をあれほどまでに集中させていった
のである。

ナチスは決して非合法な政治権力ではなく、当時世界で最も民主的だといわれた
ワイマール憲法の下で、公正な選挙によって政権を取り、その後も何度も国民投票を
行なって民意を確認している
のである。

ヒトラーが台頭する前のドイツは、ヴェルサイユ体制下にあった。
ヴェルサイユ体制とは第一次世界大戦後の1919年に締結されたヴェルサイユ条約の下、
ヨーロッパを中心として組まれた資本主義世界の国際秩序国際体制のこと
である。

世界を巻き込んで実に1,700万人もの死者を出した第一次世界大戦。その反省から
①ドイツ軍国主義の再興の芽を摘む ②社会主義の台頭に対し資本主義諸国の結束を意図。
国際連盟の発足』『ロカルノ条約・不戦条約』『ワシントン・ロンドンの軍縮会議』など、
「国際協調」が進められた。
だが、それも、大戦の戦勝国中心、帝国主義列強間の世界再分割による植民地支配の維持と
民族運動を抑圧する体制であったことなど、それ自体が大きな矛盾をはらむ存在ではあった。

とりわけ列強の厳重な監視下に置かれた敗戦国ドイツは、過酷な賠償金や1929年に起こった
世界恐慌などの影響もあって、実に失業率40%以上という苦難に国民は喘いでいた。
特にイギリス・フランスの二国は、敗戦国ドイツに対する過酷な条件を負わせてその再起を抑止。
それと共に、賠償金を自国の戦後復興に充てること、をめざしていた。実にその金額は、
ドイツの国家予算の20倍というとんでもないものであった。

そんな状況下でのナチス台頭である。


ヒトラーの下での国民投票についてみてみよう。
●1933年1月30日。ヒトラー内閣成立。
●同年3月23日。全権委任法制定。ヒトラー首相が率いる政府に、ヴァイマル憲法に拘束されない
 無制限の立法権が授権されたことになった。
●同年8月1日。『国家元首に関する法律』制定。これは、ヒンデンブルクの死後に
 大統領の職を首相と統合し、権限を「指導者兼首相であるアドルフ・ヒトラー」個人に
 委譲するというものであった。翌日ヒンデンブルクは死去し、法律が発効してヒトラーは
 国家元首の権限を手に入れた。
 8月19日。この措置の正統性を問う民族投票が行われ、投票率95.7%のうち89.9%が賛成。
(ドイツ国国家元首に関する国民投票)。国民投票によるこの信任を得て、ヒトラーは、
 合法的に自分に権力を集中させた。ワイマール共和政は事実上崩壊。      
●1933年10月14日。ヒトラーはジュネーブ軍縮会議に反発、国際連盟から脱退。
 国際連盟脱退の是非を問う民族投票(国民投票)を実施した。
 ヴェルサイユ体制からの離脱は、過重な 賠償金や敗戦の屈辱感に苦しむ多くの
 ドイツ国民の宿願であり、95.1%がこの措置に賛成。
 なんと、ナチスによりダッハウ強制収容所に収容されていた2242名中、2145名も
 賛成票を投じているという。
 ヒトラーは言う、「いかなる権利も平等も持たないこのような機構の一員として名を連ねることは、
 名誉を重んじる6500万人の国民とその政府にとって、耐え難い屈辱である」と。

●1935年3月。国際連盟の管理下にあったザール地方が、住民投票で91%の賛成を得て
 ドイツに復帰。

●1938年3月13日。オーストリアを新たなドイツの州とする法案『ドイツ帝国と
 オーストリア共和国の再統合に関す法律』
によりオーストリアはドイツに併合された。
 4月10日、ヒトラーらは「国民投票」を行って97%の合併賛成票を集めたことを発表。


           ***


どうだろうか。現在のイギリス、そしてトランプのアメリカ、そして日本をも
含めた今の世界の国々に共通するところが見えないだろうか。
どこまでも進行する金融グローバリズムと、新自由主義政策によって貧富の差が
拡大
。金融グローバリズムによって一部富裕層はますます潤っていくようだが、
自分たちはその埒外に置かれている…。
失業率は目に見えては改善せず、さらに外国からの移民・難民の流入によって
少ない労働市場が奪われ、社会保障にかかる費用は自分らが分担させられる
…。
上述のヒトラーの国民を煽る言葉、「いかなる権利も平等も持たないこのような機構の
一員として名を連ねることは、名誉を重んじる6500万人の国民とその政府にとって、
耐え難い屈辱である」というのは、今回離脱派の指導者たちが言った言葉とたいへん似ては
いないだろうか?
別に、離脱派がヒトラーに似ていると言いたいわけでは決してない。歴史は繰り返すというか、
状況が重なって見える、と言いたいのである。今回の場合の『機構』とは無論EUのことであり、
『名誉を重んじる国民』というのは無論イギリス国民を指す。
(一人ごとだが、「ああ!プロパガンダの言葉は、なんといつも似ているのだろう!」)

自分たちは被害者だ!
その閉塞感と被害者意識が、自分たちの権利を奪うものとしてより弱い立場の
移民や難民に向けられて行く
のである。


このように、国民の不満が発火点に達したような状態での『国民投票』が、果たして
冷静で『正しい』(という言葉を使うのは疑問かもしれないが)、あとになって結果的に
良かった、と思えるような判断を下すことが出来るものだろうか。

国民投票は、民意を直接問える、という点で、『選挙』以外政治に参加する機会のない
一般の国民
にとってはいいことかもしれない。
その目的と進め方が国民の側から出た
徹底して民主的なものであるならば。そしてそれが、例えば県単位、市町村単位の住民投票と
言うような規模のものであり、また個々のピンポイント的な問題に関してであるならば、
それは私も否定しない。

だが。国の機構そのものの大幅変化を問うとか、国の姿を全く変えてしまうような
国民投票には、大きな危険がある。

その一: 国民投票を利用して、自分たちの思うような方向に国を
 引っ張って行きたい勢力(多くは国家権力)に利用される恐れがある。


 上記、ナチス政権下に行われた数回の民族投票などがいい例であろう。
 そして、そのような場合の多くは、権力も膨大な資金も握っている側による、猛烈な
 そして時には言葉優しく巧妙な『プロパガンダ』が行われる
こと、にも注意しておかなければ
 ならない。
 『言論誘導』が、こわもての顔をしてるとは限らない。いやむしろ、それはほとんどの場合、
 『国民の安全と幸福を守るため』とか『国民の誇りと権利回復のため』などという美辞麗句
 と共にソフトに囁かれることが多いのではなかろうか。
 それだけではない。それは時には、反対勢力への『言論の自由への圧力』、最悪の場合は
 『言論封殺』を、伴う
ことも往々にしてあるだろう。

 また、そういうふうに実感としては感じられない情報操作…実はこれが一番怖いのかもしれないが、
 『情報を与えない』という情報操作によって、国民の知る権利が侵され、『言論誘導』されて
 行く
ことも多いのではあるまいか。


その二:国民が勉強不足あるいは無関心で、理性的に、ではなく
 感情的に、ムードに流された判断をしてしまう恐れがある。


今回の英国民による『EU離脱』に関する国民投票。
これが上に書いたような、非民主的、非公正な状況で行われたとは全く思えない。
極めて充分な準備期間の下、公正な運営の下、十分な議論を尽くした後に行われた
国民投票であったろうと信じる。

だが、一部報道によれば、『離脱派』のひとの中には、今回の判断が引き起こした
国際的衝撃と、これがもたらす将来不安と国際的影響の大きさ予測に驚いて、
『あんな投票しなければ良かった…』と後悔している人も出始めていると言う。
『自分のような者の一票などがそれほど大きな結果をもたらすとは思わなかった…』
と、ショックを受けている者のインタビューも聴いた。
また、結果が出て世界中が半パニック状態になっているのを知って初めて、今回の
国民投票のもたらす影響の大きさに驚き、『EUとは』『EU離脱』というキーワードで
ネット検索をかける者の数がイギリス国内で爆発的に増えたとも聞く。

そんなことも知らないで、大事な一票を投じたのですか!

英国民の選択。
それを私たちは尊重せねばなるまいが、批判する立場にはないのだが、
①明らかにキャメロンという一宰相の判断ミス。
(おそらく3年前?の国民投票実施の決定は、キャメロンが自分たちの政権を守るという
ただの政党内での権力闘争という小さなもののせいである。)
②これをもって政治利用したいと思う勢力のプロパガンダ合戦に国民の一部が
影響された。
③国民の勉強不足と無関心。

ということが、もしももしもあるとするならば、
それによってもたらされる

Ⅰ)世界的金融不安と政治情勢の不安定化。
Ⅱ)これに勢いを得て勢力拡大していく極右政党の世界的増加。
Ⅲ)国民の回復しがたい分断。


このような、単に悪影響などという言葉では表しきれない大きな不幸は、
悔やんでも悔やみきれないものとなってしまうのではなかろうか。




もうすぐ、今度の参院選の結果次第…参議院でも改憲勢力が三分の二を得て、改憲発議の
要件が整えば、私たちの国でもこの『国民投票』が実施される事になるかもしれない。
『民主主義の先進国』ともいう英国で行われた国民投票がこの結果である。
(『この結果』、というのは、『国民ひとりひとりがEU離脱のほんとうの意味や影響を
果たして十分によく知っていたかどうか???わからない…』という意味でのことである。)

それでなくとも、『政治を語る』ことに一種の忌避感のあるこの日本。
果たして『国の根幹である憲法を変える』という重大な判断を、『感情や気分』でなく
ほんとうに理性的に十分に議論を尽くして行えるのか、私は甚だ心もとない。






…英国のEU離脱そのものに関しては、ここに書いた以上の、私なりの考えもあるので、
この記事続きます。この問題はそう単純じゃない。
この大きな出来事に関連して、もうすぐ私たちが下すことになる参院選での判断、
ということについても、触れていきたいと思います。









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『公明党と平和憲法』


『英国のEU離脱とアベノミクス』という長い渾身の記事を書いていたのに、
うう…一瞬の操作で消えてしまった…

今、また書きなおす気力がない。夜にでも再度思い出しつつ書いてみよう。

代わりに、ある『護憲』漫画の一部を見ることが出来るサイトがあったので紹介してみよう。
どこが編纂したかに注目ください。

「政策一致もない『野合』だ!」と、公明党山口氏は、民進党共産党を名指しで
非難している。山口那津男氏という人は、本来もっと理知的で物静かな、思想的にも
リべラルな人だと思っていたのだが、その応援演説などでの二党への悪口の言いぶりは、
すっかり、かつての山口氏とは別人のようだ。

私はかつて塾の雇われ塾長をやっていた。
ほぼ二十年の間に、実に多くの生徒たちと先生たちと触れ合った。
先生たちは、大学院生が多かったので、一定期間が過ぎると就職したリして塾をやめていく…
何人くらいの先生たちと一緒に仕事をしたかなあ…
20年間の間には、創価大学出身の先生たちが何人かいた…
私の住む多摩地区には創価大学があるので、いきおい塾教師の面接に来る人も
多かったのである。本部が採用試験をして送り込んでくるのであるが、本部の人々が
学会員ということはなかったはずだ。要するに成績人柄がよかったから採用されたと思う。
実際その先生たちはどの先生も、極めて優秀な青年たちであった。
第一に人柄がものすごくよかった。穏やかで真面目である。生徒たちのことを親身に見てくれる。

いつも思うのだ。
彼らは、公明党が今、自民党と一緒になって、安保法制などを通していくのを
どう思っているのだろうか、と。国民主権を奪う、などと驚くべきことを言う人々と公明党が
どうして一緒にやっていくのか、抗議などしてはいないだろうか。


公明党、創価学会はどこまでも安倍政権につき従っていく気か。

まずは見てください。質の高い漫画とは言えないが。><


http://seoul-life.blog.jp/archives/62149212.html






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『こんな国にしたい?』



『憲法から、国民主権、基本的人権、平和主義をなくさなきゃ
ほんとの自主憲法にならない』



https://youtu.be/h9x2n5CKhn8



平成24年5月。ある団体の研究会での映像。
この発言者自身はもう議員ではないらしいが。
その他の出席者は・・・。




!!!マジですか?
本気でそんなこと考えてるんですか?
…大真面目らしい…
これって、憲法九十九条違反じゃないの?
          

日本国憲法第十章『最高法規』
第九十九条  『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官
その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ』





皆さん。
ほんとに、こんな国にしたいんですか?
なっていいんですか?


……怒りを通り越して、悲しくなってくる……










『選挙に行こう』



眠い…

昨夜、蚊が一匹いて眠れなかったのだ。
神経質なので、一度眠り損ねるともう眠れなくなってしまう…
しかたない、そのまま起きて身支度して、朝の駅にビラ配りに行く。
今日が、そういう運動できる最後の日だから。

慌ただしく行き交う勤め人や学生たち…

不思議なことに、背広をきちんと着た4~50代くらいのサラリーマンらしき男性たちが
最もよくビラを受け取ってくれた。
1,2か月前、署名集めをしていたときには、一番冷たく無反応な層だったのだが。

何か、意識の変化、というようなものが起きているのだろうか…
大きな変化が起きているのだといいのだが。




署名もビラ配りも。 ただ差し出すのでない。いつも自分の想いをフルにこめて差し出す。
すると、その一瞬、相手の体と表情がふっとやわらいで、手を伸ばして受け取ってくれる。
顔などあまり見ていない。私はいつも相手の手を見ている。
その手を、私はいつも、『ああ、美しいな!』、と思ってしまう。

なぜ、ビラを受け取るために差し出した手を、美しい、などと感じるのだろう。


ただ、ビラ、という即物を、受け渡ししているからではないからだ…たぶん…





            ***


ふ~…
『参院選までにとにかく!』と思いつめて一所懸命書いてきたけれど、もういいや。
書き残したことはいっぱいあるけれど、また中途半端に終わってしまうけれど、
もうやめよう。これまでに既に、十分に書いたような気もする。



         …信じることにしよう。





             ***



あることについて何も書いていない語ってもいない動いてもいない、ということが
そのことについて何も考えていない何も思っていない、ということと
イコールだとは、私は決して思わない。

そのことを私はブログで学んだし、また、署名などのために街頭に立っていて
いつも思うことである。いろいろ学ぶ…


人の内心思っていることは、他のひとにはわからない。当たり前のことだ。
ビラを受け取ってくれる手をなぜ美しいと思うか。
それは、その内心の想いの、予定外の表出の瞬間、だからじゃないのかな。
『おっ!』とか、『ここでやってるのか!』と思って手を思わず差し出す…
その手の動きは存外に素早くてスムーズで、それが妙に美しいのだ。









          今夜は早く寝よう。
  






      

『参院選は野党4党へ ③』


Q14:今の自民党には党内野党がいないって?
 少し前までは、自民党には、好き嫌いは別にして、長老と言えるような議員さんたちがいて、
 内閣が走り過ぎの時には手綱を引き締めるとか、いい意味でそれぞれ多少色の違う
 派閥があって、それらが自民党内で議論のすり合わせをするなど、いわゆる党内での
 切磋琢磨が出来ていたような気がします。
 今の自民党は、安倍色一色です。今の閣僚の顔ぶれを見てください。
 第三次安倍内閣では閣僚のうちの実に13人が、日本最大の右派団体である『日本会議』の
 メンバーです。
 公明党が、連立政権で言わば政権内野党と言える存在出会ってくれればいいのだけれども、
 それがそうなっていない。
 むしろ公明党が、最初は政権に渋い顔をして見せるけれども結局最後には政権の方針を追認する
 という役回りがパターンとして出来てしまって、公明党が安倍政権への国民の不満のガス抜き役に
 完全になってしまっている。
 私は、もしいつか、私たちの後の世代が今を振り返って、『あの時どうして自民党の暴走を
 止められなかったんだろう!』と後悔する時が来るとすれば、公明党の罪は重いと思っています。
 昨年秋の集団的自衛権行使容認を含む安保法制に反対する国会前集会には、創価学会の
 一団もいらっしゃいました。公明党支持の皆さんは『平和の党』のプライドをもう一度取り戻してほしい。
 安倍政権に加担して、この国の財産である平和憲法を変えたりなどさせないでください!

 自民党自体も本来もっと包容力のある政党だったように思います。
 (つい最近のニュースで、2003年に引退していた長老の野中広務氏が『復党』、というのが
 あったが、野中氏あたりが安倍政権のほんとうの意味での厳しいご意見番になってくれればなあ…
 と考えた私は、考えが甘すぎだろうか?)


③内閣法制局がしっかりしていて、内閣が憲法にそぐわないような
  法案を提出するのをチェックできる。

Q15:内閣法制局ってなんなの。
 内閣法制局は、1885(明治18)年、内閣制度の発足とともに作られた組織です。
 政府・内閣の法律顧問団のようなもの。ご存じのように、国会に出されて審議される
 法案は、国会で発議されるいわゆる議員立法と、内閣が提出する閣法とがあります。
 あの『集団的自衛権の行使を含む「国家安全保障基本法案」』は「閣法」(内閣 提出法案)
 でした。内閣法制局はあのような法令案を審査したり、法律問題につき首相や各省大臣等に
 意見を述べるという仕事をしています。
 法令案の審査では、細かく念入りな逐条審査を通して、当該法令案が、憲法を頂点とする
 国法体系との整合性があるかどうか、政府見解や判例との適合性があるかどうかを、
 厳しく審査します。一番わかりやすい例が、あの自衛隊の集団的自衛権行使が
 日本国憲法に違反するかどうか、という大きな大きな問題です。
 歴代内閣法制局は、『集団的自衛権は憲法上認められない』という一貫した立場を
 貫いてきました。自民党歴代内閣もそうだったのです。
 安倍総理の尊敬する祖父である岸信介首相(当時)も、昭和35年(1960年)第034回 国会本会議
 において、日米新安保条約と地位協定の締結についての議論で、社会党佐多忠隆氏の質問に対し、

 『自国と密接な関係にある他の国が侵略された場合に、これを自国が侵害されたと同じような立 場から、
 その侵略されておる他国にまで出かけていってこれを防衛するということが、集団的自衛権の
 中心的の問題になると思います。そういうものは、日本憲法においてそういうことが できないことは
 これは当然でありまして、そういう意味における集団安全保障というものはないのでございます。』

 

 と、明確に、集団的自衛権は日本国憲法下では行使できないと答えているのです。

 その時の議事録があります。
 なかなか興味深いので、興味のある方はお暇のあるときにでも読んでください。
 http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/ sangiin/034/0512/03402100512006a.html
 今とまったく同じような議論をしています。ただ…安倍氏の祖父の岸信介氏をはじめ、
 与党の国務大臣たちは、昨年の安保国会で、安倍氏らが徹底して同じ文言の読み上げで
 時間稼ぎをしたような、そんな醜い答弁はしていません。真面目に答えています。

 そのように、歴代自民党内閣は、法制局にも諮って、集団的自衛権は行使できないという
 判断をしてきたのです。
 憲法改正を悲願とする安倍首相は、まず、第二次政権発足時、憲法第96条をいじって
 改憲のハードルを低くしようとしました。しかし、憲法学者小林節氏によって、
 「『裏口入学』。憲法改正のルール以前の悪事です。『憲法改正』ではなく『憲法破壊』。論外です。」
 と猛反対されたごとく、多くの反対を受けてとん挫。それでもって、今回の「『解釈改憲』
 による集団的自衛権行使容認」という手に出てきたわけである。

 安倍氏は、まず。この内閣法制局長官の座に、自分に親しい外務省出身の小松一郎氏を
 据えることで第一の障壁を取り払おうとしたことは皆さんの記憶に新しいでしょう。
 1952年の法制局発足以来、内閣法制局長官は、総務省(旧自治省)、財務省(旧大蔵省)、
 経済産業省(旧通商省)、法務省の4省出身者によって占められてきました。また、いずれも
 内閣法制局次長を経てからの内部昇格による就任ということでずっとやってきました。
 ところが安倍氏はこの慣習を崩し、元外務省国際法局長の小松氏を任命したのです。
 この人事は、戦後の内閣法制局の歴史において異例中の異例の人事でした。
 慣例を破ること自体が絶対に悪いとは私は思いません。しかし、内閣法制局は、
 「内閣における『法の番人』」とも俗称されてきたような、極めて専門性と重要性の高い
 部署です。そこに自分の息のかかった部外者を入れて、集団的自衛権行使容認に
 道を開こうとした、総理の手法
は、どうでしょうか。賛成されたものではありません…
 なお、2014年に小松氏が体調不良で長官を退任した後は、内閣法制局次長だった
 横畠裕介が長官に就任したのですが、その横畠氏も、昨年の国会答弁においては、
 与党の政治家同様ぬらりくらりと、新三要件なるものを繰り返していたことは、これまた
 皆さんご記憶の通りです。
 私は『伏魔殿』などと陰口を叩かれつつも、法の番人として頑固に慣例と、法の適合性
 を守ってきた内閣法制局が割合好きでした。横畠氏の答弁を聴きながら、
 『内閣法制局は死んでしまった!……』と悲しく思ったものです。

さて。三つ目の障壁はこうして取り除かれてしまいました。
行政府が暴走しないための4つ目の歯止めはなんでしょうか。
④司法権が、立法府や行政府、あるいは地方自治体の長などの権力から、文字通り
  独立していて、必要な時、公平な判断を下す働きをする。

Q16:司法権の独立って機能してるの?
 これもとても難しい問題です。私自身は、日本においては司法の独立が行政権に比べ
 弱すぎるのではないかと感じることがしばしばです。
 少し前の記事にも書きましたが、砂川事件の最高裁判決というのがありました。
 1957年7月8日に特別調達庁東京調達局が強制測量をした際に、基地拡張に反対する
 デモ隊の一部が、アメリカ軍基地の立ち入り禁止の境界柵を壊し、基地内に数m立ち入った
 として、デモ隊のうち7名が『日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約』
 第六条に基づく施設及び区域並びに『日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定』の
 実施に伴う刑事特別法違反で起訴された事件です。
 一審の東京地方裁判所(裁判長判事・伊達秋雄)は、1959年3月30日、「日本政府がアメリカ軍の
 駐留を許容したのは、日本国憲法第9条2項前段によって禁止される戦力の保持にあたり、
 違憲である。したがって、刑事特別法の罰則は日本国憲法第31条デュー・プロセス・オブ・ロー規定
 (刑罰を受ける際に、その手続きが法律に則ったものでなければならない。また、その法の実体も
 適正であることが要求される)に違反する不合理なものである」と判定し、全員無罪の判決を
 下しました。 だが、検察側は直ちに最高裁判所へ跳躍上告。
 最高裁判所判決(大法廷、裁判長・田中耕太郎長官)は、同年12月16日、「憲法第9条は
 日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは
 日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、
 アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように
 高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、
 その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」(統治行為論採用)として
 原判決を破棄し地裁に差し戻したのです。
 田中の差戻し判決に基づき再度審理を行った東京地裁(裁判長・岸盛一)は1961年3月27日、
 罰金2000円の有罪判決を言い渡しました。この判決につき上告を受けた最高裁は1963年12月7日、
 上告棄却を決定し、この有罪判決が確定。

 この砂川事件最高裁判決というものは、極めておかしな、後味の悪い判決となりました。
 これもすでに書いているけれど、田中耕太郎最高裁長官が、日本の判決が出る前に
 マッカーサー大使と面会した際に「伊達判決は全くの誤り」と一審判決破棄・差し戻しを
 示唆していたこと、上告審日程やこの結論方針をアメリカ側に漏らしていたことが
 後にアメリカ国立公文書記録で明らかにされたのです。
 米軍基地の存在を「合憲」とする判決が出ることを望んでいたアメリカ側の意向に沿う
 判決を下すことが既定の方針であったと疑われてもおかしくない長官の行動であり、
 日本の最高裁がアメリカに従属していると言われても仕方がない、まさに『司法権の独立を
 揺るがす』ような判決でありました。
 その上、「最高裁は、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、
 一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの
 法的判断を下すことはできない」という、いわゆる『統治行為論』を採用したことによって、
 後の裁判に、難しい問題に関しては最高裁は判断をしない、という悪しき前例をつくった
 判決でもあったのです。(その後、この砂川判決を直接範例として同様の判決を下した裁判が
 多くあるというわけではないようですが、いわゆる過去の数々の原発訴訟、一票の格差の問題、
 また沖縄の普天間基地問題などなど、最重要題に限って裁判所が明確な判決を
 下したがらないように思える例はたくさんあるのではないでしょうか?
。)

 最高裁長官は誰が任命するか。天皇です。だが、指名するのは内閣です。
 長官以外の最高裁の裁判官は、これも内閣が任命します。
 最高裁判事は長官も含め15名ですが、現在その15名中安倍内閣が指名、任命した判事は
 7名います。あとの8名は鳩山、菅、野田の民主党政権任命。しかし、今年はそのうち2名が
 任期が来るので、安倍内閣任命の判事は15名中9名になるでしょう。
 来年17年にはさらに3名に任期が来て、安倍内閣指名の判事は、15名中12名になります。
 そんなことはゆめゆめないと信じたいですが、最高裁判事が、立法権・行政権、…とりわけ
 内閣が任命権を持つゆえに、行政権に忖度などすることなどなきよう祈らずにいられません。
 司法予算(裁判所予算)が国家予算に占める割合は近年わずか0.4%程度であるといいます。
 日弁連などは、市民のための大きな司法の実現のために、司法予算の拡大を緊急の課題
 として掲げています。司法予算を決定するのも政府であるとすれば、予算を削られないために
 司法権がますます行政権に対し委縮することなど、これまたゆめゆめないよう、私も
 日弁連を応援したいと思います。

 話が膨らんでしまったけれども、日米安保条約や地位協定など、外国との条約・協定や国際法規と、
 日本国憲法は、法体系から言ってどちらが上位なのか、ということについて。
 これは近年の解釈では、日本では一応、憲法>条約>国内法、となっているようです。
 でも、沖縄の現状など見ると、この国は、日米条約や地位協定やガイドラインの方が
 上位にあるように思えて仕方がありません。
 同じ第二次世界大戦敗戦国のイタリア共和国、ドイツ連邦共和国が冷戦後に大使館の土地以外の
 管理権を取り戻したのに対し、日米地位協定は1960年以来、運用改善のみで一言一句改定されていません。
 司法は日本の『憲法の番人』です!そこまで行政府の前に下ってしまったら、この国の
 正義はなくなってしまいます!



時の一内閣が暴走しないようにする歯止め。その⑤は、なんでしょうか。
⑤ジャーナリズムがしっかりしている。間違っても権力と癒着などしていないし、権力に
 媚びたり妙な忖度などしていない。


Q17:ジャーナリズムの委縮が言われます。
 これが一番私には嘆かわしいです。
 シャルリー・エブド事件や後藤さん湯川さんの悲劇があった時、私は、しばらく沈黙していた後
 昨年4月、『沈黙…意見を呑み込むということ忖度するということ』というシリーズ記事を書きました。
 書きかけに終わってしまっていますが。
 この、日本独特の『忖度』の空気を、私は、東日本大震災の、福島第一原発事故の
 時から、ほんとうにいやだなあと思い続けてきました。
 それでも、はっきり言って、民主党政権の頃には、ブログなどでこうして個々人が自由に
 意見を述べることに何の躊躇も感じることはなかったです。ジャーナリズムは原子力ムラに
 忖度しまくっていたけれど。
 あれから5年と数カ月。日本のジャーナリズムはどうなったでしょうか。
 安倍政権になってから、世に満ちた『忖度』は、ほんとうに情けなくなるほどです。
 野田政権のときでさえ、原発問題以外では、ジャーナリズムの忖度などあまりなかった。

 ジャーナリズムが死ぬと、なにが怖いですか?
 国民にとって必要な情報が入ってこなくなることです。
 国民が判断する材料がなくなる。
 ジャーナリズムが時の権力になにも物言えなくなるとき。
 こんな怖いことはありません。

 安倍政権は、ジャーナリストに『ソフトな』圧力をかけます。
 しかし、『お願い』であろうがなんだろうが、時の政権から、放送内容についてクレームが来る。
 これは、弱小野党が、『私たちの党にも討論会に参加させてください』と頼むのとは
 わけがちがいます。
 政権からのクレーム、及び、クレームが来そうな予感、は、ジャーナリズムの無用な忖度を生み、
 やがてそれは報道の委縮、となって、ジャーナリズムを殺してしまうのです。
 ジャーナリズムの死んでしまった国…それは悲惨です!それを私たちは
 70年前、経験して知っているはずではありませんか!


 安倍政権による『行政権への権力集中』は、進んでいます。


『参院選は野党4党に ②』

Q10:安倍政権の暴走と言っても、実感としてありません。
  そうでしょうねえ…
  それでは、逆に質問です。

逆質問1:一般論として、時の一内閣や一部の人間に権力が集中するのは
 望ましいことですか?

  三権分立、というくらいですから、いいことではないでしょうね。
  ナチスドイツの例もありますし。日本の翼賛体制の例もありますし。


  
Q11:時の一内閣が暴走しないようにするためには、普通どんな
 歯止めがあるのですか?

  核心をついた質問ですね。
  大体以下のようなものが考えられると思います。
 
①立法府が立法府としての機能を十分に果たしている。すなわち、与野党の勢力が拮抗していて、
  そこで十分な議論が戦わされ、また、各政党の議員が、『党議』に縛られず、評決できている。

②与党内に、大局的に物を見る経験豊かな長老などがいて、また、若手が『党議』に縛られず
  研究会や議論を自由にする雰囲気があり、言わば『党内野党』ともいうべき、自浄勢力が
  あり、政権の暴走を防ぐ役割をする。

③内閣法制局がしっかりしていて、内閣が憲法にそぐわないような法案を提出するのを
  チェックできる。

④司法権が、立法府や行政府、あるいは地方自治体の長などの権力から、文字通り
  独立していて、必要な時、公平な判断を下す働きをする。

⑤ジャーナリズムがしっかりしている。間違っても権力と癒着などしていないし、権力に
 媚びたり妙な忖度などしていない。

⑥学校教育も、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。

⑦最後の砦=国民。国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
 憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
 政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。


 実は、第一次第二次安倍政権下で、これらの歯止めが、恐ろしいことに①~⑥まで
 効かなくなってしまっているって、皆さん、考えになったことありますか?
 これは、安倍政権がどうのこうのいう問題じゃない。どの政権下でも大変にまずい状況です。
 一つ一つ見ていってみます。

立法府が立法府としての機能を十分に果たしている。すなわち、与野党の勢力が拮抗していて、
  そこで十分な議論が戦わされ、また、各政党の議員が、『党議拘束』に縛られず、評決できている。

  今、日本では衆参両院ともに、自公プラスおおさか維新など補完勢力が、多数を占め、
  どのような重大な案件も、与党の多数で可決成立していっています。
  昨年の安保法制の論議は十分に尽くされたでしょうか?それぞれに重大な問題の11もの法案を、
  一括審議しました。政府は衆参合わせて200時間以上も審議した、と胸を張っていますが、200÷11で
  個々の案件は、平均すれば僅か19時間しか審議していないことになります。
  これでじゅうぶんに国民にも納得してもらえるよう説明をつくした、と言えるでしょうか。
  しかもご記憶のように、野党の質問に対する政府の答弁は、同じ文言の繰り返し、新三要件
  とやらを読み上げるだけで、貴重な審議時間を無駄にしました…。
  そして、9月19日深夜。速記録も取ることが出来ないごたごたの中で、野党の隙を突くように
  して法案は採決され、可決されてしまいました。

  速記録もない採決を、正当な国会審議と言えるでしょうか?
  
  また、安倍政権に限りません、野党も同じですが、日本の議員たちは、『党議拘束』が
  強くかけられているため、個々の案件では党の方針に反論を持っていても評決時には
  党の決定に従うことがほとんどです。それは本来まずいのではないでしょうか。
  アメリカなどでは自由です。フランスも、党の方針と違う評決をしても罰則が緩い。
  『議会政治の父』と呼ばれる尾崎行雄は、1920年『憲政の危機 』という小冊子のなかで、
  こう述べています。
  『元来議会なるものは、言論を戦わし、事実と道理の有無を対照し、正邪曲直の区別を明かにし、
   もって国家民衆の福利を計るがために開くのである。しかして投票の結果が、いかに多数でも、
   邪を転じて正となし、曲を転じて直となす事はできない。故に事実と道理の前には、いかなる
   多数党といえども服従せざるを得ないのが、議会本来の面目であって、議院政治が国家人民の
   利福を増進する大根本は、実にこの一事にあるのだ』

   多数党が数の論理でもって議論を十分に尽くさぬまま評決して、それで国会運営がなされて
   行く状況を、尾崎は憂えて、
   『衆議院にしていやしくも立言議定の府ならんや、賛否の議論、いまだ半ばに至らざるに当たって、
   討論終結の声、既に四方に沸く、わが国には表決堂ありて議事堂なし
』と、厳しく諫めています。
   昨年の安保法制審議・評決などは、まさにこの状態でした。
   昔は、与党野党に関係なく、尾崎のようなこういう正論を説く政治家がいたのです。

   Q12:だけど、民主主義は多数決の論理。選挙で多数を占め、国会で
   多数決を採って決めたことなら、正当の手続き踏んでいるんだから
   仕方ないでしょ。

    尾崎翁の言葉をもう一度かみしめてください。
    『投票の結果が、いかに多数でも、間違ったことを正しいとする事はできない。事実と道理の
    前には、いかなる多数党といえども服従せざるを得ないのが、議会本来の面目。
   
 議院政治が国家人民の利福を増進する大根本は、実にこの一事にある』!!!
   多数決には、必ず、『少数意見の尊重』ということが伴われなければ、それは民主主義とは
   言えません。
   
   Q13:『私たちは選挙で勝ったのだから、民意を託されているのです』
   などというのは、根本的に間違っているということですね。

   その通りなんです!今の自公政権は、オールオアナッシングになってしまう小選挙区選挙制度
   のために、全有権者の18%の支持票しか集めていないにもかかわらず、議席は68%もを
   獲得しています。反対票を投じた人プラス棄権した人は、実に全有権者の72%。(維新、
   次世代など自公の補完勢力がおよそ10%と計算して)
   それで『民意を全権委任されている』と考えて、選挙公約には最後の最後の方にしか
   書いてなかった安保法を、選挙後は最前面に打ち出しこのように強行採決。TPPも
   原発も、消費税増税先送りも沖縄も…少数者(実は多数者)の意見も反映されず決められていく
   政治というのは、おかしくないですか?
   沖縄の民意というのは、明らかに圧倒的に、自公の方針に反対。普天間の辺野古への移転に
   反対、沖縄からの米軍基地撤退を求めています!


  なぜこういうことが起きるのか。
  それは、自公プラス補完勢力が国会で多数を占めすぎているからです。
  自公の政治に反対する勢力が、もっと国会において大きくなれば(つまり国民の意思が
  そちらに働けば)、自公政権もその暴走を止めざるを得なくなります。
  せめて参院選で、『ねじれ』を生みましょう!



 
この記事続く。



プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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