『インフェルノ』



たまには、読んだ本のこととか、観た映画のこととかも書いてみようかなあ。
何か本を読んでも、映画を見ても、 あまり記事にしてこなかったので。

で。今日取り上げる話題は、『インフェルノ』。
ちょうど一昨日あたりに、映画が公開されたばかりのホットなテーマだ。
(といっても、映画は私はまだ観ていませんので、映画『インフェルノ』の話題をご期待の方は
悪しからず。)
取り上げたいのは、映画の原作。ダン・ブラウンの小説のほうだ。
一週間ほど前に『上巻』を買って、一昨日、中・下巻を買ってきて、一晩で読んでしまった。

『インフェルノ』、とは、『地獄』という意味。ラテン語からきている。『煉獄の火に
焼かれる状態』というような意味もある。

私は典型的な『読み流し』タイプである。
読むのは非常に速いが、極めて雑。時には興味のないところは斜め読みでぶっ飛ばして、
相当な厚さの本もあっという間に読んでしまう。
だからすぐ忘れる。昨日読んだ本の、主人公の名前が頭に残っていないことさえある!(爆)

そんな読み方では、身にならないだろうと思われるかもしれないし、自分でも
多少はそう思うが、それでもいいのである。印象さえ残れば。
一冊の本を読み終えて漠然と残る淡い印象。あるいは印象的なただ一言の言葉や場面。
それらの積み重ね、長い間の累積が、私という人間の体質を作ってきたと思うから。
書かれてあったことの細部を正確に思いだしたければ、何度でもまたその本を開いてみれば
いいだけのこと。
ところが、私の連れ合いなどは、逆に、実に実に読むのが遅い。
『なんでそう遅いかなあ!』といつも思うのだが、その代わり彼は、読んだ本の細部まで
よく覚えている。(笑)だから、同じ本を二度読むなどということはあり得ないようだ。
私は、読んだことを忘れてしまっているので、同じ本を、何度でも読んで楽しい。(笑)
これはもう、その人その人の個性であろう。

で。(笑)
ダン・ブラウン著『インフェルノ』。あっという間に読んであっという間に細部は忘れようとしている。
ダン・ブラウンや、小説『インフェルノ』 映画『インフェルノ』 については、それぞれのサイトをご覧ください。

ダン・ブラウンは、私は、『ダ・ヴィンチ・コード』『天使と悪魔』そしてこの『インフェルノ』の
3作しか読んでいない。初めて読んだのは『ダ・ヴィンチ・コード』だったが、これはもう、
その出だしの所から非常に引き込まれて読んだ。
ダン・ブラウンの作品は、その扱うテーマが実にいいのだ。
『ダ・ヴィンチ・コード』は文字通りダ・ヴィンチの、それもウィトルウィウス人体図 から、
おどろおどろしく話が始まる。
『天使と悪魔』は、バチカンと秘密結社イルミナティ、フリーメーソンなどを扱う。
そしてこの『インフェルノ』は、ダンテの『神曲』とりわけその中の『地獄篇』がモチーフである。
まず、このテーマの取り上げ方だけで、ダン・ブラウンはセンスある作家だと私は思う。
原則的には推理・サスペンス小説というカテゴリーに入るのだろうが、 テーマの選び方から
見てもわかるとおり、中身は、歴史・地理の知識から絵画、音楽、宗教、象徴学、
神秘学、数学などの知識までが複層的に駆使されていて、非常に面白いのである。
主人公は三作共通して、ハーヴァード大学宗教象徴学・図像学教授ロバート・ラングドンである。
彼がその宗教象徴学の世界的権威であるがゆえに、想像を絶する歴史的地理的スケールの
大事件に巻き込まれていくという話。
また、欧州を中心にいわゆる数々の『歴史の現場』で主人公がスピーディな追跡・逃亡劇を
繰り広げていくので、観光名所めぐり的な要素もある。
興味のある人は、それこそスマホなどで検索しつつ、グーグルアースのストリートビュー
などを開いておいて、舞台となった街の実際の道路の映像を辿れば、主人公と一緒に
必死の冒険している気分を味わえるかもしれない。
たとえば、冒頭部で、重要な登場人物が身を投げるフィレンツェの目もくらむような尖塔を、
下から見上げることもできるし、この地上とりわけ観光地などにあふれた人間の数の多さや、
パン屋、肉屋、薬屋と言った、名もなき人々の暮らしのにおいさえ、そこからは感じ取れる。
むろん、舞台の一つとなっている、水没しつつあるべネツィアの街の瘴気も。

と、ここまではベタ誉めだが、実は、ストーリーそのものは、私はいつも最後がどうも
食い足りない。これだけ壮大なテーマを扱って舞台も滅茶苦茶広げておいて、
結末はそれか~い!!!と、いつも不満足に思うのである。(爆)
とりわけ『ダ・ヴィンチ・コード』などは、始まりが面白かっただけに、非常にがっかりした。

映画のこともちょっと触れておこうか。全くの私の偏見と好みだが。
主人公ラングドン教授がトム・ハンクス、というのが第一に私には気に食わない。
トム・ハンクスという俳優は、名優だとは思うのだが、どうも宗教象徴学の大学教授、
というイメージじゃないなあ…
ラングドンは、アメリカ人だが、いつも着古して擦り切れたハリス・ツイード(英国皇室御用達!)の
ジャケットと、下はボタンダウンシャツにチノパンツ、靴はコードバンのローファーという
いでたちなのだ。

ハリス・ツイード②
写真はhttp://matome.naver.jp/odai/2144142010664877701からお借りしました。

なんと、腕には、本人恥じつつ、ミッキーマウスの時計をはめている!
髪は白髪が交じるダークな色。だが、ふさふさと豊かである。
トム・ハンクスは、軍人は似合うが、こういう茶目っけのある学者のイメージじゃないなあ!
なんといっても、ラングドンのシンボルみたいな、ハリスツイードが似合わないよう!
私は、『ダ・ヴィンチ・コード』はむろん映画より小説の方を先に読んだのだが、読んで
ぱっと思い浮かべたラングドン役の俳優の顔は、ハリソン・フォードだった。
彼なら、ハリスツイードが似合う。…むろん私の個人的好みですとお断りしておきますが。

ついでに、『ダ・ヴィンチ・コード』の映画を見た方のために、またしても独断と偏見を
書いておくが、あのなかにシラスという名の、人物造型として極めて魅力的な
修道僧(あまりにも神と教団を愛して禁欲的なるがゆえに『破戒僧』の域にまで
堕ちているといっていいほどの)が出てくるのだが、私は、映画化するならあの役は、
ジャン・レノ以外にいない!とすぐに思い浮かべたものだ。
『ダ・ヴィンチ・コード』にジャン・レノも出ると聞いて、さっすがあ!と思ったのだが、
私の勝手な思い込みで、ジャン・レノは、ファーシュ警部役だった。


           ***

さて。
以上書いてきたように、ダン・ブラウン原作のこれらのラングドン・シリーズは、
私には、非常に興味深く読み始めて最後は安易な解決に肩透かしを食ってがっかり、
というケースが多かったのだが。(それでも、正直、面白いのは面白いのです!)
それではなぜ、この政治ブログと化した私のどくだみ荘で、しかもTPPの採決や
憲法審査会再開など政治的に重大な時期の今、こんなにのんきに推理小説のことなど
記事テーマとして持ち出したか、と言うと、『インフェルノ』の中に、こんな図を見たから
である。


008_20161031124056c10.jpg005_2016103112412258f.jpg


左は、500万~200万年前ヒト亜科と言われる霊長類が誕生したころから、紀元2050年
以降までの人口増加の図。右は、WHOが出した、1750年から2000年までの、
世界の人口増加と、北半球の平均地表面温度、二酸化炭素濃度、国内総生産、
熱帯雨林と森林の喪失、絶滅種、自動車数の増加、水の使用量、紙の使用量、
海産物の消費量、オゾン層の喪失、対外投資、のそれぞれ急激な増加を一つにまとめたグラフである。

まず人口の急増化についてのグラフであるが、『インフェルノ』の中のグラフは
横軸が均等ではない。ヒト亜科が現れてから現在に至るまでの時間があまりにも長く
横軸が長くなりすぎるからである。したがって、わずか2千数10年ほどの変化に注目するには
不都合なので、猿人、原人、旧人類などの時代の横軸はぐっと縮小してある。
本当は、もっと横軸は長く、いかに我々近・現代人が急激に人口増加したかは、もっと
極端なグラフになっているはずなのである。

(なお、ダン・ブラウンのこの一連の著作は、引用した図像、場所、歴史上の事項、
各種データなどは、ほとんど実在のものであり現実であると断り書きがされている)

これでは見にくいので、別なところから人口増加と、エネルギー消費の推移・未来予測
のグラフを借りてこよう。なお引用先は、それぞれのグラフの下のURL。

世界人口の移り変わり
http://ehikima.web.fc2.com/e-note/fig060-1.jpg

このグラフは、『インフェルノ』のグラフのごくごく後期の年代、西暦1年から2050年までを
切り取ったものと考えていいだろう。2050年には、今の地球上の人口70億が、
91億5000万人になるであろうという人口予測をしてある。
『インフェルノ』とも関係してくるので、中世の14世紀ごろ、黒死病(ペスト)大流行により、
人口が激減しているところにも注目しておいてほしい。



エネルギー消費の推移・予測

http://www.mech.nias.ac.jp/biomass/murakami-book-1kou.htm



これは、紀元前数百万年から紀元2100年までを横軸にとった人間のエネルギー消費の
推移と今後の予測のグラフである。これも横軸は、思い切って途中で何箇所もカットしてある。
横軸の数字がとてもわかりにくいのだが、とにかく、私たち人間は地球が数億年かけて
生成してきた石炭や石油、天然ガス、(そしてウランその他の天然資源をも)、 近・現代になって
恐ろしいほどのスピードで蕩尽してしまおうとしているのは見てとれるだろう。

ワットの蒸気機関は1769年のことである。

とりわけしっかり見てほしいのが、図中の図に、『化石燃料の消費』と題した小さな
グラフである。西暦2016年の今、化石燃料の消費はピークに達していることがわかる。
そして。
恐ろしいのは、誰にでもわかることとは思うが、『化石燃料の消費量がゼロになる』
時が、数十年後?百年後?西暦何年かはわからないが、確実にいつかやってくると
いうことである。

それは人類の『意思』によってそうなるのではない。このまま行けば否応なしにそうなるのである。
大きいほうの図に『エネルギーギャップ』という矢印があるが、これはこういうことだ。
すなわち、我々人類はこのまま行けば、2000何年にかはわからないが、化石燃料を使い尽くす。
その時まで、というよりは、それよりはるか以前に、化石燃料に代わるエネルギーを
確保しておかないと大変なことになるぞ!、ということなのである。


それを、そのもとになるウラン自体有限な資源である原子力に求めるのか、それとも
太陽光、風力、水力、波力などの再生可能エネルギーに求めるのかの選択は、
この記事ではあえて語らないでおこう。
私達一人ひとりが向き合うべき問題だからである。


                                               ***


『インフェルノ』。
この作品は、恐ろしいほどの人口増加の予測とその人口爆発がさらに加速する
エネルギーの枯渇や食糧危機、水危機という恐怖のテーマを、ダンテの『神曲』に描かれている
地獄とさらにその『神曲』に想を得たボッティチェルリにより描かれた『地獄の見取り図』とを
下敷きに使って、ダン・ブラウンが書いたエンターテインメント小説である。
ダンテとボッティチェルリは、文と絵画とで、ありとあらゆる罪を犯した人間たち…
生と死の狭間にとらわれた肉体なき魂たちが、その罪の重さと質によって落とされる
地獄=地下世界のありとあらゆる絵図を描き出す。

だが、これを、ただエンターテインメント作品として読むか。
それはまあ、興味おありの皆さんには、小説なり映画なりをいずれ観ていただいて
判断していただきたい。
私は、この小説の中の数行を読んだだけで、この作者と作品を評価する。
ストーリーの結末が甘かろうがどうだろうが、その数行が、そんなものを超越させる、と。
それは、結末部にあるラングドンの想いである。

『地獄の最も暗きところは、倫理の危機にあっても中立を標榜する
者たちのために用意されている。』


ダンテ.アリゲリエーリの言とされるこの言葉。それを作者ダン・ブラウンは、主人公
ラングドンの思念のかたちで、『危難の時代に無為でいることほど重い罪はない』とも
重ねて書くのである。



さて。私たち人類は今、あらゆる意味で、歴史の大きな転換点に立っているのではなかろうか。
留まるところを知らぬグローバル資本主義がもたらした世界的貧富の差の拡大。
貧困がもたらす社会不安。西欧社会の過去の傲慢に起点を持つイスラム世界との軋轢、
そこから生れ出たISなどの憎悪と恐怖の連鎖。地球温暖化のもたらす気候変動など。
人間はどう生きるか、世界はどうあるべきか、という思想・哲学の不在。
核兵器と核燃料の行方。・・・・・・。

日本では、来週にもTPPの衆院での強行採決がおこなわれるかもしれない。
およそ滑稽なほど時代に背を向けた復古主義的な憲法思想を抱く政権によって
世界に誇っていい平和憲法は改竄の一歩手前まで来ている・・・・・・

これらの問題の解決などできるのかと思うと、無力感に打ちのめされてしまう。
この夏の私はそういう状態だった。失いつつあるものが多すぎるのに、多くの人は
それに気がついてさえいない。気がついている者も無力である……

『インフェルノ』のその数行を読んだとき、自分がすべきことが、ほんのわずかながら
見えてくるような気が、私にはした。
私がこの小説をエンタテインメントとしては不満に思いつつも、おそらく自分にとって
忘れ難い一冊になるであろうと思ってわざわざ記事にするのは、その所以である。

それは。
まずは、エネルギーの無駄使いをしないよう自分にできる小さな日々の努力をすることである。
未来の世代のためにできるだけ多くの資源を残すこと。
これは、現在を生きる我々に課された倫理の問題である。

そして。増え続ける異常気候による大災害。その結果としての食糧不足・飢饉 やもしかすると
パンデミック。恐ろしい水の奪い合い…・・・・・・。
来る危難の時代に備えて、目先の利益や国家・政治家などの面子、思想信条・国の違い、
そのようなものを超えて、皆で力と知恵を合わせていくことこそが喫緊の課題である。

目先に迫ったTPP強行採決。TPPを考えるのに、この地球の気象異常と爆発的人口増加をも
しっかり念頭に置いておかねば駄目である。
『食の自給』確保は、武力防衛と同じかそれ以上に真剣に考えねばならない
もう一つの『自衛』である。

世界の国々と仲良くすること。これは、武力による防衛に勝る『自衛』の手段であると
私は改めて思う。たとえばある国と戦争状態に入れば、その国からの食の輸入は途切れるのだ。
むろん食の輸出もできなどしない。『経済効果』もへったくれもなくなるのである。
それは、日中・太平洋戦争を経験した我々はとうに知っているはずではないか?!

また、今日本は、株価が上がったから(官製相場!)から景気が上向きになってきたようだの
良くも悪くもその原因の一つは原油安だの何だのと言って、原油の値段の経済効果に
与える影響ことばかり報じて、今石油が安いからと言ってそれを潤沢に使うことの罪には
思いを致さない。
今、安ければ、ずぶずぶと使っていていいのか!
石油はいずれ枯渇するのだぞ!
熱源だけでなく、衣類・建材などありとあらゆるものに加工されて形を変えて、現代に生きる
我々(おそらく未来の人々にもそれは必要なものだ)の生活を豊かに支えている石油。
いくら強大なエネルギーを持つ原子力と言えども、原子力は『熱源』『動力』にはなれても、
石油のような働きはできないのである。
それは、太陽光、風力、水力などについても同様。
そのことをちょっと考えてみてほしい。石油を経済効果や金融取引の面からだけ
考えては駄目である。無駄遣いするほどには、もうそれは残っていないのである。
地球が数億年かけて生成してきた石油や石炭を、われわれは、ここ200年程の間に
使い尽くしてしまおうとしているのである!


ここに掲げたいくつかのグラフ。
これを見ていて、強く心に思うこと。
『人類に、戦争などしている暇はあるのか???!!!』


私自身も、ブログで個人的好悪に引っ張られすぎてはいけない。どうしても、そこには
憎悪や対立という無駄なものが生まれる・・・。
『理』でもって書いていくこと。『普遍』の『理』に立脚するのだ。







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『・・・まいっちゃったこと』

いきなり、『まいっちゃったこと』?
何のことやら。
「・・・いったい、何にまいっちゃったんですかね」・・・そうお思いになるでしょう?^^
いつも、原発関連のことばかり書いているので、ちょっと骨休めの記事を、
ということで。^^
わたしの話はいつも前置きも本文も長いんですが、まず前置きから聞いてください。

今日、ある方のところで、小熊英二さんのお名前をふと見た。

小熊英二。
1962年生まれ。社会学者、慶應義塾大学教授。専攻は歴史社会学・相関社会科学。
1996年 - 『単一民族神話の起源――<日本人>の自画像の系譜』でサントリー学芸賞社会・風俗部門。
その後も、『<民主>と<愛国>――戦後日本ナショナリズムと公共性』で
     第57回毎日出版文化賞第2部門。
     『<民主>と<愛国>』で第3回大佛次郎論壇賞。
     『1968』で角川財団学芸賞受賞。

膨大な文献を渉猟し、ナショナリズム、民主主義を中心に政治思想とその歴史を論じている。
東日本大震災後は、反原発運動のアジテーターとして知られており、2012年8月22日、
野田佳彦首相と反原発市民団体「首都圏反原発連合」の代表者11人(小熊英二を含む。
ただし小熊は「首都圏反原発連合」のメンバーではない)との首相官邸における
面会を、菅直人前首相とのパイプを使って実現させた政治力を持つ。(以上Wikipedeaより)


私は、小熊英二の名前は、脱原発のデモに参加するようになってから知って、
それから、ちょくちょく耳にするようになって、いったいどういう人なんだろうと
思っていた。実はその年齢さえ知らなかった。
昨年の6.11の新宿デモの時、演壇でスピーチをするのを遠くから聞いた記憶は
あるのだが、まわりが騒がしくてよく聞こえなかったし。
Wikiを今日、調べていて、『1968』というその著書は、全共闘運動を
詳細に記述・分析した大著である、ということを知った。
1962年生まれということは今50歳。全共闘運動を知っている世代では無論ない。
全共闘運動に批判的だった、いわゆる『しらけ世代』にぎりぎり属するかな・・・
それなのにどうして、全共闘運動のことを?と興味をひかれたのである。
そして顔が見たくなった。で、画像検索してみた・・・

http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=%E5%B0%8F%E7%86%8A%E8%8B%B1%E4%BA%8C

ああ!このひとか!このひとの顔なら知っている…
ここで私は、ちょっと笑ってしまった…
だって。だって、あまりにも、全共闘運動活発なりしころの学生たちの髪型や
ファッションをしているんだもの!
一応ことわっておくが、可笑しかったから笑ってしまったのではない。
その時代を生きた女子学生として、同時代に生きた男たちの姿を見た気がして、
懐かしさについ笑ってしまったのである。

Wikiをさらに続けて読んでいくと、
『単一民族神話の起源』『<日本人>の境界』においては、
「日本=単一民族」説が戦後になって唱えられたものであり、植民地を保有していた
戦前日本においては、「複数民族が共有する日本」が思想的に提唱されていたと主張した。


というところに興味を惹かれた。
『単一民族神話の起源』。最近考えているテーマに関連しているから、一度読んでみようかな…
それでさらに検索を続けていくと、『松岡正剛の千夜千冊』というサイトに
辿りついた。
これは編集者、著述家、日本文化研究者で編集工学を提唱した松岡正剛氏が、
自分の読んだ本千冊について語るというコラム。無論千冊で収まるわけもなく、
今も続いて千五百冊にも達しているのだが。
私は、これどんな本かな、と思う時、このページを時々覗いてみることがある。

話はまた逸れるが、松岡正剛氏と言えば、東京駅丸の内北口を出てすぐのところに
OaZO という複合商業施設がある。そこの中の丸善書店4階の一隅に『松丸本舗』
という店がある。実はこれが松岡正剛氏がプロデュースした本屋。
普通の本屋のように例えば『哲学』『ビジネス』『歴史』などと分類してない。
松岡正剛氏の好みのままに、このひとの感覚で、この本とこの本は同じ棚に、
という選び方で本が配列してある。折々のテーマごとにさまざまなジャンルの本が
配置されているのが特徴。詩集のとなりに科学の本が、専門書もマンガも仲良く同居。

だから、初めて行くとすごく戸惑う。分類してないから、めざす本はすごく探しにくいのだ。
でも、本屋と言う先入感を捨てて、誰かの書斎をでも覗いているような気持で
ゆったり構えると、へえ~、こんなところにこんな本がという発見があってすごく
楽しくなる。
その折々の企画もあって、私が行ったある時は、レジカウンターの上の本棚に
『黄色い本』の特集コーナーがあった!漫画から画集から、文芸書から洋書まで、
とにかく表紙の黄色っぽい本がずらりと。それがすごくすてきで、
「ああ!お金があったら、これ、棚ごと買いたい!」と思ったものだ。


2008_0111_173154-CIMG3162.jpg
お店の人々も感じよく、「写真撮ってもいいですか?』と訊くと、快諾してくださったんだった…


娘と、あるいは一人で時々行って、ここで見つけた本を何冊か買って、丸善も覗いて、
それから5階の『つばめKITCHEN』で休んで、お互いに選んだ本を見せ合ったりして、
『つばめ風ハンブルグステーキ』を食べるのがお楽しみだったのにな。
そうそう。ここで必ず頼むのが、オードブルの『鰊の酢づけ つばめ風』。
新鮮な鰊のマリネはとても美味しいのだ。 

さて、話を元に戻して。
この『松岡正剛の千夜千冊』というコラムの、松岡正剛による
小熊英二著『単一民族神話の起源』の解題が、今回の私の記事のテーマである!
ありゃ~。これまでのは前置きかい!!!(爆)

まず、そのページをちらっと見てくださいね。そして、私の記事に戻って来てください。^^
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0774.html

長いでしょう。そして難しいです。
私も無論、小熊さんのこの本を読んでいないので、松岡さんによるこの本の紹介の
出だしのところを引用させていただこう。

『日本が単一民族の国だというふうになったのは、古いことではない。
古いどころか、日中戦争や太平洋戦争以前は日本は多民族国家として位置づけられていた。
大日本帝国の時代はむしろ日本は多民族国家・混合民族論を標榜したがった。
日本が日本を単一民族国家と見るようになったのは、戦後のことだったのだ。
 このような、ある意味では意外に思われそうな“結論”を指摘するために、
著者が本書でしてみせたことはまことに重厚で詳細をきわめた作業であった。
まだ40歳をこえたばかりの慶応大学の相関社会学の教授(東大農学部出身)。
「日本人の自画像の系譜」が副題だ。』


この小熊氏の本は、膨大な歴史資料を精細に読みこんで構築した
壮大な著作であるようだ。それを松岡氏は要領よくまとめて見せてくれる。
新井白石あたりから始まって小金井良精(森鴎外の義弟。鴎外の妹の夫である。
作家星新一の母方の祖父)、穂積八束・井上哲次郎、永井亨、物集高見、
…石原莞爾らへと続く国体論の系譜を見て、そこに徳富蘇峰・大隈重信、
岡倉天心、柳田国男、宮本常一などがさらに絡んでくるとなると、
それでなくても歴史が得意でない私などは、目がくらんでしまいそうになる。

さて。でも、私が『まいっちゃった』のは、この小熊英二さんの著作の
内容の膨大さ、スケールの大きさのことを言っているのではない。
すごく読みたいとは思うがまだ読んでないのだから。
私が『まいっちゃった』のは、松岡正剛氏が、この大部の本を紹介したのち、
最後に、本文より小さな文字で、『参考』としてつけ加えたこの一文に、である。

¶本書のではなく『民主と愛国』の「あとがき」に、著者は自分がこのような研究に
夢中になる理由を問われると、いつも「自分でもよくわかりません」と
答えてきたと書いたうえで、初めて父親のことに触れ、
日本兵として中国にいてシベリアに抑留された小熊謙二がはたして
“加害者”だったのかということを、さりげなく書いている。
 すでに本書を読み進めていたときから感じていたことであるが、
ぼくはこのような著者の研究のほうが、聞く者を圧倒する強烈な主張や
訳知りたちを唸らせるロジカルな思想地図をたちどころに披露できる連中の成果より、
ずっと重要なような気がしている。なぜならここには「織物」があるからだ。


私が『まいった』のは、この文の最後の一文である。
『なぜならここには「織物」があるからだ』

ああ!こんなすてきな誉め言葉がありますか?!

小熊謙二氏というのは、小熊英二氏の父。中国で日本兵として終戦を迎え、
シベリアに抑留される。その時の戦友が中国籍朝鮮族の呉雄根氏。
昭和63年、日本政府は抑留者に対し、10万円国債を公布した。
しかしこれは生きている日本人に限られ、同じ苦労をともにした外国籍兵(主に韓国人)
は不当にも除外された。
小熊謙二は戦友の呉に“一人の日本人としてお詫びの気持ち”の手紙とともに
半分の5万円を送金。
『戦前は日本人だからと徴兵し、戦後は日本人でないからと補償から外す、こんな
身勝手なことが許されるか』と来日した呉と共に、最高裁まで争った。
『蟷螂夜話』を参考にさせていただいた)
そういう『義のひと』である父君を持つ小熊英二氏が、明治以来、大日本帝国という名で
多民族国家を標榜していた日本が、戦後、なぜか単一民族国家というようになった経緯を、
歴史を遡って検証し、壮大な論考をする…

『なぜならここには「織物」があるからだ』

一人の若い研究者の深い想いをこめた、一冊の壮大な著作に、この誉め言葉。
これだけで、もう十分にこの本の内容を言い表しているのではないだろうか。
歴史は、過ぎ去った過去の、事件の断片をただ機械的につないで出来あがっているのではない。
あなたや私と同じ一人一人の人間の、生きた証の集積なのだ、ということを、
そうしてこの本が、そうした視点から書かれて見事である、ということを、
この一言で表している…


私はときに、本そのものの素晴らしさとはまた別に、書評の一文に深く
惚れ込んでしまうことがある。
私のうちは朝日新聞をずうっと購読しているが、週に一度の書評ページを
これまでも、まあ今も、日曜の朝の淡い楽しみにしている。
最近はめっきり少なくなったが、それでも時々、惚れ惚れするような書評に出会うことがある。
まあ、それは私だけに強く訴えかけるものであって、他の人はまた
他の書評に感動するものなのかもしれないと思うが。
でもそんなときはいつも、何やらとても幸せな気持ちになる。

妙な話だが、追悼文で私の記憶に今も残るものがある。
2007年?朝日に載った『読書にこだわった<狐>』というタイトルの追悼文である。
これもいつか転載してみたい。

             *

さて。ここまでを実は一旦、今朝4時頃アップしていた。
ところが、朝刊を見てびっくり。
松丸本舗は、この9月いっぱいで店を閉じたのだという。
わずか数日前ではないか!全然知らなかった!
それを知らせてくれた記事は、実は私が楽しみにしているとついさっき書いたばかりの
朝日日曜版の書評ページだった。
その書評を書いたのは近世比較文化研究で私の好きな田中優子さん。
評された書物は、なんというシンクロか、松岡正剛著『千夜千冊番外録 3・11を読む』。
つい4時間ほど前、彼のネット上の書評『千夜千冊』や松丸本舗について
書いたばかりだったのに!

その偶然にもちょっとまいったなあ、と思ったのだが、
なによりも、松丸本舗がわずか3年にして撤退せざるを得なかった、日本の書店事情…
それも知って、私はさらに、別に意味で『まいっちゃった』のであった……
ああ!あのすてきな空間はもう無いのか……!

偶然と言えば、実は数日前、ラジオを聴きながら『戦後史の正体』を読んでいたら、
眼をやった20文字ほどの一文と、まったく同じ20文字ほどの文を含む
ニュース原稿が、まさに私の目の動きとどんぴしゃりのタイミングでアナウンサーによって
読みあげられるという偶然があったばかりで、これにも『まいった』んだったなあ……










『ふるさと東北』


皆さま。
このブログでもご紹介させていただいた、画家の松井大門先生。
『遥かなる明日へ ~画家松井大門の七転八起き~』


先生は昨年、キャンドルナイトのバナーなどでこちらでもおなじみの元気娘、れんげちゃんと共に、
東北の被災地を回られました。
れんげちゃんの旅の報告はここ↓から始まります。

http://milkveth.blog103.fc2.com/blog-entry-1002.html


地震と津波で失われてしまった、美しい故郷の地。
旅をなさりながら、現地の人々のお話を聞き、スケッチをし、写真を撮り、
人々が失ってしまったふるさとの風景を、絵にして残せないか、という
試みをなさっていらっしゃいました。

このほど、その先生の作品が、次のような本に掲載されることに
なりました。



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日貿出版社。119ページ、A4。2,625円。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4817039035.html



一部をご紹介していいかしら。
後は、是非是非、本でご覧くださいませ。


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先生の温かいお人柄が滲み出ているような、柔らかい絵です。
本の売上の一部は、東日本大地震の被災地へ、義援金として送られます。
先生の他にも29名の方々が、美しい東北の風景を描いてらっしゃいます。
是非、みなさま、ご覧くださいね。








『畢生の仕事』

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ご存知、ハヤカワ書房のポケミス、こと、ハヤカワ・ミステリ。

今日私は、ちょっと買い物に出たついでに、本屋を数軒、古書店を一軒
回って見てきた。
で、買ったものが、上にある、『機械探偵クリク・ロボット』。
ん~、読みたいから買ったというよりは記念に。

なぜ記念か、というと、長い間、この早川のポケミスの表紙を担当してこられた
勝呂忠さんが、今年の3月15日に83歳でお亡くなりになり、この本が
最後の本になったからである。これが第1737冊目。
勝呂さんの抽象画、イコール、ポケミス、と言えるくらいに長くこの表紙の仕事を
担当してこられた。
次の1738冊目からは31歳の若きデザイナー、水戸部功さんが担当することになって、
この8月に、新生ポケミス第一号が出た。
私がこれらのことを知ったのは、8月29日の朝日新聞で。

実は私がポケミスを手にしたのは去年が初めてである。
中身も勿論それぞれ楽しめるのだが、私は何よりも、このシリーズの体裁が
一目で気に入ってしまった。
実にすでに1730冊くらいも出た後で好きになったも何もいえたものではないが(笑)。

普通の文庫本よりちょっと縦長の体裁。
表紙は勝呂忠さんの鮮やかな色彩の抽象画油絵。ビニールカバーがかかっているのが特徴的。
何より私がこのシリーズを気に入ったのは、天地と小口に塗られた
う~、これはカナリアイエローとでも言おうか、鮮やかな黄色が、素晴らしく綺麗だと
思ったから。本文の用紙もかすかにクリーム色を帯びて美しい。

このブログの記事ででも一度扱っている。

勝呂さんという、洋画家で多摩美の先生などをしてらした方。
第何号から表紙を単独で担当されることになったのか、詳しいことはわからないが、
長い間、お疲れさまでした。
こころからご冥福をお祈りいたします。

一つの仕事を長く続ける、というのは大変なことである。
画家という職業の大変さと現実。絵を描き続けていくこと自体が、なかなか大変な
ことである。経済的な問題、また自分の情熱を保ち続けるということ、どちらの意味でも。
そうしたことからも、ずうっと一つの仕事を続けてこられた勝呂さんに
拍手を送りたいものである。

…畢生の仕事の持てた人生は幸せである。


表紙絵担当が新しく変わったポケミスは、表紙のロゴも変わった。
絵の形式などはその中身ごとに変えて、写真もつかったりするそうだ。
確かに新しく出た『卵をめぐる祖父の戦争』という本は、従来のとはイメージが一新。
ただ嬉しいのは、版型と、天地、小口の黄色と本文の紙質が変わっていないこと。

日本人はどうも、『新しいこと』=『素晴らしいもの』とい考える癖があるようで、
すぐいろいろなもののモデルチェンジを良くも悪くもしてしまう国民である。
それが日本人のエネルギーでもあるのだが、よいものを長く飽きずに使う、
伝統を作って守っていく、ということも大切。

ポケミスも、この大きさ、形と、この黄色の小口の美しさだけは
変えないでいてほしいなあ。


あ。他には、岩波新書の『新唐詩選』(手帳さん、買いましたよ♪)
新川和江詩集などを買いました。
『など』の部分については、またいつか書きます。

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『こんな本を買った』 其の一

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こんな本買いました。
以前、ある方が勧めていらした本。
評論家、川本三郎さんの本。2000年初版発行。
川本三郎さんは、私が好きな文筆家。
『大正幻影』『都市の感受性』『感覚の変容』『東京残影』
など、いわゆる都市ものは昔、よく読んでいた。

昭和30年代。
それは日本の映画産業がもっとも盛んだった頃。
本によれば、現在(2000年)日本では僅か2000館強になってしまった映画館が、
昭和33年当時は7000館以上あったという。
国民一人当たり平均して年に12回映画を見ていたという時代。
それは現在の約8倍であるという。
それほど当時の人々にとって、映画は大事な娯楽であったということか。

ハリウッドでは綺羅星のごとく、スケールの大きい、そして美しい男優や女優たちが
いて、次々に素晴らしい映画が作られ世界に送り出されていた。
そんな時代に少年期を過ごした川本三郎さんの、映画華やかなりし時代への
回想記である。

次々に懐かしい映画スターの名前が出てくる。
そうして、名作の数々の名が。
スペンサー・トレイシー、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン、
バート・ランカスター、ロック・ハドソン、ジェームス・ディーン、
ジョン・ウェイン、ジェームズ・スチュアート、グレゴリー・ペック、
クラーク・ゲーブル、ゲイリー・クーパー、ジャック・レモン・・・
エリザベス・テイラー、オードリー・ヘップバーン、・・・
どちらかというと、男優の名の方が多く出てきますね。

ああ、懐かしい!

と言っても、昭和三十年代、というと、私が小学校から高校にかけて。
その頃母が、人さまの浴衣を一日一枚超スピードで縫いあげて、それで500円くらい
貰っていたように思うから、150円も出して映画に行くことなど出来なかった。
だから私がこういう映画スターや名作の数々を知っているのは、
殆ど『スクリーン』などの雑誌による知識であった。
後は大人になってから、再上映を見たり、テレビで放映されるのを見たもの。
・・・それでも、巻末の映画のタイトル一覧を見ると、結構見ている。
俳優の名前もほとんど知っているし、顔もすぐに浮かぶ。

私が好きだった映画・・・
『アラバマ物語』『十二人の怒れる男』『スミス都へ行く』『オズの魔法使い』
『市民ケーン』『ジェニーの肖像』『わが谷は緑なりき』・・・
ああ、どれを挙げていいかわからない!他にもいっぱい!
見てなくて見たいものもいっぱい!

これからしばらく、この本が寝る前のお楽しみ。


今日は黄金期のアメリカ映画に敬意を表して、こんな有名な曲を。
お若い皆さんも、当時の西部劇の雰囲気をちらとでも、味わいになれるかもしれません。



『High Noon』(邦題『真昼の決闘』)
1952年(昭和27年)。アメリカ。
監督 フレッド・ジンネマン
製作 スタンリー・クレイマー
脚本 カール・フォアマン
出演者 ゲイリー・クーパー、グレース・ケリー
音楽 ディミトリー・ティオムキン

脚本のカール・フォアマンは、アメリカの『赤狩り』に
巻き込まれる。『赤狩り』というのは、全米を吹き荒れた共産党排斥運動。
『フォアマンは、ワシントンの非米活動委員会に召喚されたが言論の自由を保障する憲法を盾に
証言を拒否した・・・フォアマンはハリウッドでの仕事が出来なくなり、イギリスに渡った。』
製作のスタンリー・クレイマーや監督フレッド・ジンネマン、主演のゲイリー・クーパー
などは、脚本カール・フォアマンの名を映画のクレジットに残すことで、
彼を間接的に支援。ジョン・ウェインなどが痛烈に非難したのと対照的である。
この映画に多くのページを割いている川本さんの『言論の自由』『思想信条の自由』
というものに対する姿勢もわかろうというもの。
極めて低予算の中。僅か28日で作られた、西部劇の名作中の名作。
昭和27年の作だが、そういった諸々のことに敬意を表して、ここで取り上げたい。

前にエリザベス・テイラーと並び評された美女中の美女として、
グレース・ケリーの似顔絵を描いたことがあるが、この頃新人だった彼女がクーパーの妻役で出ている。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-134.html


ああ、いい本だな。
一つ一つの映画が、語ってもその魅力が汲みつくせぬほどの名画ぞろいの上、
川本三郎さんの映画に対する熱い想いが溢れていて、一篇一篇を
香り高い珈琲か何かのように、ゆっくり味わいながら楽しみたい気分。
勿論未見のもので手に入るものは見たいし、観たものももう一度見直してみたい。

一篇一篇の文章、一作一作の映画に対して、オマージュ記事を書きたいくらいだ。

そう。これからだんだん夜が長くなる。
蝉の声もいつしかパタリとやんだ。昨日あたりまでは鳴いていた気がするが。
夏の終わりはいつでもこころ寂しい。秋の初めはなぜか人恋しい。
その人恋しい季節を、どう過ごそうかと思っていたが、この本を味わいつくす
ことで、長くなっていく夜を過ごすことにしてみようかな・・・。


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『こんな本こんな音』



昨日 、図書館でこんな本見つけた。

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『日本の灯台 流氷の海から珊瑚礁の海へ』
山崎猛著。株式会社ぎょうせい発行。

おお!
灯台になぜか昔から魅かれる私。
重いけど借りて帰った。
B4判横にしたハードカバーの大型本なのでかなり重量がある。

中身を写真でとっちゃいけないのだろうが、遠くからちょっとだけ。

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大分県水の子島灯台だそうだ。
なぜ、私は灯台が好きか。
昔、『喜びも悲しみも幾年月』という映画があった。
主演は高峰秀子、佐田啓二。木下恵介監督、1957年。松竹。
佐田啓二は俳優中井貴一さんの父君。
日本の海を行く船舶の安全を守るために、崖にはりつくように建つ灯台で
生きていく灯台守の一家の、戦前から戦後の25年間の生活が描かれている。
主人公はいろいろな灯台に転勤させられる。
それらの厳しく寂しい風景に子供だった私は妙に惹かれた。
10歳くらいの時だった。
若山彰という人が歌ったテーマ曲がまた好きで。子供心にその歌のうまさに
感心したものだ。声楽の基礎のしっかりできた歌は違うなあ、と、生意気にも感じていた。
もっとも当時の歌手は皆そうだったんですけどね。

モデルになったのは福島県塩屋埼灯台長だった人ということだが、映画では
この大分県の水の子島灯台や、観音崎、御前崎、野寒布岬、瀬戸内海の男木島、女木島
などがロケに使われた。まあ、なんと寂しい灯台だろう。
ミニチュアみたい。

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これは、高知県の足摺岬灯台。
おお~!
田宮虎彦著『足摺岬』が大好きな私。でも、そこにある灯台は初めて画像で見た。
イメージと違わぬ姿だった。

昔、ラジオのNHK第二放送で流される気象通報を聴くのがなんとなく好きだった。
『南シナ海の北緯16度、東経117度では、北北東の風、風力6、天気曇り、気圧15ヘクトパスカル…』
などというあれ。
そこに出てくる地名にわけもなく心惹かれた。
石垣島、南大東島、南鳥島、足摺岬、室戸岬、潮岬、御前崎、
石巻、宮古、浦河、根室、稚内、ウルップ島、ハバロフスク、テチューへ、ウラジオストク、
ウルルン島(鬱陵島)、アモイ(厦門)、全羅南道のモッポ(木浦)、・・・・・・

どうですか。心惹かれませんか。

足摺岬なら、「清水特別地域気象観測所」。以前の名称で言うと「清水測候所足摺分室」という
ところからの報告である。そこにはいったいどんな人々が働いているのだろうか…。
暗い海を行く船舶や、海洋気象ブイからの情報が入る…。
遠く離れた見知らぬ岬の灯台の灯が、台風が近づいて荒れた海をゆっくりと照らしている風景や、
そこで忙しく働く灯台守の人々のシルエットを激しい雨の向こうに想像したり…。
また、誰もいない暗い暗い夜の海にぽかりと浮かんで、海の情報を送り続けてくる
気象ブイのいじらしい姿、などを想像して、物悲しいような、
たまらなく人恋しいような気がいつもしたものだ。今でも大好き。

最近読んだ、村上春樹の旅の記録の本に、
『旅行をしていつも不思議に思うのだが、世界には島の数だけ、島の悲しみがある。』
という一文があって、さすがにうまいこと表現するなあ、と思った。
それを、『岬』、という言葉に置き換えてもあてはまる気が、私にはしてならない。
あるいは、『岬の灯台』と置き換えても。
この写真集の灯台の写真に、上空からフィルムに収めたものもあって、
どうしてまあ、よくこんなところに灯台の建物を作るよなあ、というような
動物さえ近寄れないような絶壁の上などに建っている灯台がある。
たとえば、鹿児島県の佐田岬灯台。たとえば長崎県の大瀬埼灯台。
そこに、一筋、見えるか見えないような程度の幅の狭い階段がずうっと
くの字に曲がりくねりながら続いているのなどを見る。
すると私は、「ああ、人間って!」といたく感動してしまうのである。

この本、手元に欲しいなあ、と思ったが、なんと2万円もする。
あと、世界の灯台の本もあったら見たいな、と思うが、うちの近くの図書館の
人に調べてもらっても、そこにはなかった。
水の子島灯台は明治33年に着工。九州四国の間の豊後水道の中央にある無人島。
陸から遠いため、工事は難を極めたという。昭和61年に完全自動化。
それまではなんとこの小さな島に、灯台守の人々が常駐していたという!なんとなんと!
一つの灯台でさえ、そこには凄い人間の歴史が刻み込まれていて、
凄いと思うのだが、灯台の本は意外と少ないのであろうか。



さて。
どんな音楽お届けしましょうか。
こんな映像いかがでしょう。音楽ではないけれど、これも私が
そぞろ旅情をかきたてられる霧笛の音。
霧の深い日は、灯台の明かりも届かない。船舶の衝突を避けるために、霧笛を鳴らします。
世界の灯台や、橋の霧笛の音。
金門橋など、次々に他の映像もご覧ください。なにか物悲しい、でも人恋しくなる音です。

http://www.youtube.com/watch?v=Jg8a4GinZew

ウイットビーWhitby 灯台はイギリス、東ヨークシャー州。
北海に面する東海岸沿いにある。
美しい声で鳴き交わす海鳥の声。遠くかすむ海を行く船。そして霧笛の音…
なんだかそれだけでじ~んとしてきます。
でも、サウター灯台というところの映像では、霧笛を聴いて笑い転げている女の人がいて、
その楽しげな笑い声につい、たった今じんとしていた私も、つられて笑ってしまいました。
霧笛を聴いてじ~んとするのも、笑い転げるのもどちらも人間。
どちらも愛しい、という気が今の私にはします。

でも、この灯台の霧笛なども先進機器の導入で、徐々に消えつつあるとか。
日本の灯台は、今はほぼ無人化されていて、定期的な巡回などは人の手によって
行われても、昔のような泊まり込み、住み込みの勤務はもうないといいます。

私が嵐の夜の灯台の、雨の向こうに動く人影を想像したような、そんな風景は
実はもうまったくの幻なのです…


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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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