『電車の中で その①』  「愛しき(かなしき)もの」その六 

まだ私が、勤めていた頃。よく電車に乗っていた頃の話である。

私が利用していた沿線の付近には大学が多く進出していて、
仕事の行き帰り、大学生たちと乗り合わせることが多かった。

ある夜。
私は塾で働いていたので、時間は夜の12時近かった。
電車はもう暗い、寂しい郊外の闇をひた走っている。
都心から離れたこのあたりまで来ると、車内はガラガラ空き。
同じ車両に乗り合わせていた大学生たちの会話が、少し離れた席にいた
私の耳にも届いてきた。
おそらく渋谷あたりででも飲んできたか、5,6人という数の勢いがそうさせるのか、
皆やたらに話し声が大きい。
男の子が何か言うと、女の子たちがけたたましく笑い転げる。
そうすると、男の子たちは、勢いづいて、また声を張り上げてしゃべる。
話は全員でするというのではなく、6人が2つのグループに分かれて
それぞれが違う話をしていたり、隣同士の話に分解したり、また全員で
話しだしたり、とりとめがない。で、皆大声である。

仕事を終えて、静かに本でも読んでいたい私には、彼らの嬌声はかなり耳障りだった。
密かに眉をしかめる私。

そのうち、彼らは恋の話をし始めた。
誰と誰は噂があるとか、自分はもてないとか・・・・。そんなことないよ、とか・・・・。

やがて、一人の男子学生が、こんなことを言った。
「あのさあ。好きな子がいるとするじゃん。そしてその子が自分のこと
どんな風に思ってるかわからない時ってあるじゃん。」
うんうん、と皆がうなづく。
「そういう時、相手の気持ちを確実に知る方法があるんだけど、知ってる?」

女の子たちは俄然興味を示して「なになに?」と訊く。 
男子学生は続ける。

「あのさあ。自分の血液型とか、星座とかさ、誕生日とか、
今日みたいにみんなと一緒のときに、さりげなくみんなの前で
その子にもはっきり聞こえるように話しておくんだよ。
そしてさあ。もしその子がそれをしっかり覚えていてくれたら、
その子は自分に興味があるってこと。もし、聞いてても、なあんにも
覚えてないようだったら、その子は全く気がないね。これ確実に相手の
好意の度合いが測れるよ。」

聞いていた他の学生たちは「あ~あ。」と、軽い賛同を示す者もいれば、
「なんだ。そんなことか。」と興味をすぐに失って、他の話に移る者もいれば、
全く聞いていない者もいて、さまざまだった。

一人、少し離れた席に座っている私だけが、彼の話に深く共感していた。

「そうだよね。それ、わかるわかる!」

私は、その、大して目立たない風貌の男子学生がすっかり気に入ってしまった。
そうして、心の中でひそかに、その男子学生に話しかけていた。

「あなたはそうもてる方じゃないかもしれない。
もててもてて困るような男の子は、そんなこと考えても見ないだろう。
そんなことをいちいち考えなくても、女たちは自分から彼の誕生日を知りたがる。
贈り物ものをするために。
そうして彼の血液型や星座を向こうから訊ねてくる。
ひそかに自分との相性占いをするために。
でも、あなたは、どうして大した心理学者よ。
全くその通り。人は自分の興味のないもののことは知りたいとも思わないし、
覚えようともしないし、そもそも聞いているようでいて聴いてさえいないもの。
一方、愛するもののことなら、人は一度で覚えてしまう。
その心理がわかるあなたは、きっと優しい男の子。
そうして繊細な感受性を持った男の子に違いないわね。」と。

そして、もしかして、今電車で一緒にいる女子学生3人の中の誰かを、
彼はひそかに想っているんじゃないか、そう私は考えたのである。
そうしてひそかに彼のために祈ったのである。
願わくは、いつか、彼のそういう繊細さを愛してくれる女の子が現れますように、と。

ああ、青春よ。
それはなんと『痛い』時代であろうか。
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 恋する「もの」たち ② 『ウールのセーター』

今年の秋は例年よりずいぶん暖かいのだろうか。
10月の末、というと、寒がりの私などいつもはもっと重ね着を早く
始めているような気がするが。

夏が終わり、秋になっていつもなんとなく恋しく感じるのは、
先にも書いた、清冽な香りの青い蜜柑と、
あとは、秋になって初めて腕を長袖に通す時の、あの感触である。
この場合の長袖は、ポリエステルやレーヨンであってはならない。
薄手の木綿のシャツであらねばならない。

9月半ばくらいの、少し肌寒く感じられる日の夕暮。
そう。ちょうど学校では運動会の練習が盛んに行われている頃の夕暮れ。
初めて長袖に腕を通す時のあの感触が好き。
あたりの空気がもうひんやりしてきているので、その長袖シャツ自体も
ひんやりした感触である。
自分で自分の両の腕(かいな)を抱きしめてみる。
すると、ひんやりした薄手の木綿の生地を通して、
自分の腕の温もりが伝わってくる・・・・・その感触が好き。
自分の命が愛おしくなる瞬間。

この時私は、自分の腕に恋しているのかもしれないな。

次に私が秋になって恋するものは、『ウールのセーター』である。
これは出来れば、上質のウールのセーターであってほしい。
アクリル毛糸などで編んだものであってほしくない。
季節はちょうど今頃から、11月、ジャケットなどを着るようになる前の一時期。
もう、シャツ一枚では、夕暮れなど寒くて震えあがってしまう頃。

一緒に歩いている男の人の温もりを求めて、腕にすがる。
その腕が、このウールのセーターであってほしい。
色はそう・・・・。黒か紺かベージュなどの基本的な色がいい。
これは少し厚手であってほしい。
そうして、今頃多い袖口のだらしなく甘いセーターではなく、
一目か二目ゴム編みの袖口が、きゅっと締まっているセーターであってほしい。
多少けばだっていてもそれは構わない。
むしろ着こなしきって体になじんでいる感じがいい。

最近はこういうセーターって男も女もあまり着なくなったのではなかろうか。
外は寒くても、電車や建物の中は暖房が効きすぎるほど効いている。
厚手のウールのセーターは、もう時代的に少し重いのかもしれない。
セーターというものそのものを着る人が少なくなっているのだろう。
今は、ユニクロなど安価で着やすい衣類が容易に手に入る。
だから、電車や街で若い人たちを観察しても、大抵がこういう
スエット系の上着を寒ければ羽織るようだ。

でも、肌寒い秋の日にしがみつくその腕は、少し厚手のセーターであってほしいな。
ウールは、晴れた秋の日の太陽に」温められたりすると、独特の甘い香りがする。
この香りが好き。
着る人の清潔な体の匂いと、体温とお日さまに温められたウールの匂いが
混じり合っている、なんて、すてきじゃありませんか。

歩いているうちに、驟雨に遭うのもまたいい。
冷たい秋の雨が、いきなりぱらぱらと落ちかかる。
二人で急いで雨宿り先を探すが、お互い少し濡れてしまう。
髪にも衣服にも、銀色の細かい冷たい雨粒が付く。
ようやく見つけた暖かい喫茶店。もうかすかに暖房が入っている。
ハンカチを出して、お互いの髪についた雨粒をはらいあう。
男の人の来ているセーターから立ち昇る、濡れたウールの匂い。
温められて、ちょっと獣くさい、生きものの香り・・・・

ああ、いい!と思いませんか?
女の人ならわかると思うけどなあ。


女の人の上質のウールのセーター。
これにも恋する。
こちらは、厚手であってはならない。
目のつんだ網目の細かい、柔らかな薄手のセーター。
色はそう。鮮やかな色であってほしい。黒や紺ではなく。
グレーか茶かベージュならまだ許せる。
そう。いいのは、落ち着いた深い赤。深い深いみどりいろ。
目の醒めるような深いブルーなど。

これも袖口や、裾や、首回りの編みの緩いものはだめ。
胸にロゴなど入っていてはこれも絶対にだめ。
どんな高級なブランドマークでも。
全体に細身の、小ぶりなつくりであってほしい。
体の美しいラインを際だたせるような。
アクセサリもつけない。体のラインそのものが美しいアクセサリ。

優雅な美しい鳥のような、そんな女の人のきりっとしたセーター姿。
男はこういう女性(ひと)に恋してほしい。

私?
残念ながら、出るべきところが出ていないので(笑)、
あまりすてきなセーター姿ではないのが口惜しいところ。

以上は飽くまで、「かくありたい」という、理想の話(笑)。
「好きな人ならば、何を着ていてもいい」、というのが、現役世代の
本音であろう(笑)。それはそう。確かに。

ウールのセーターでも寒くなったら・・・・
たっぷりしたツイードのコートかジャケットを羽織ってほしいけれど、
これも今は、こういうものを着る人は、ほんとに少なくなりました・・・・・。

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猫2題その二  『にゃあのこと』

10月17日の記事で「猫めっ!」などという記事を書いたが、
私は猫が嫌いというわけではない。
いや、むしろ、人間に媚を売らない、野性味を残した生きものとして、
一目置いているようなところさえある。
だから、最近我が家の辺りを徘徊している例の敏捷な黒猫のことも、
ある意味、愛してさえいるのである。

私と猫との縁はしかし、これまであまりなかった。
『赤い実②』の、3歳の頃家にタマという猫が居たことはあるが、なにしろそれ以来
猫を飼ったことがないので、猫のかまい方も実はあまりようくわからない。
犬なら得意なのだが。

そんな私だが、一匹だけ心に残って忘れがたい猫がいる。

もう10年くらいも前のこと。
私の娘はその当時、東京世田谷区は下北沢に近い、池ノ上という駅の辺りに
アパートを借りて住んでいた。
彼女は院生。学生であると同時に、予備校の講師をしながら
女一人の気ままにも見える暮らしをしていた。
留学中の恋人に逢うために遠くフランスまで追いかけて行った熱い恋も、
その頃は冷めてしまって、と言って新しい恋も思うようにならず、
気ままとは言うけれど、心に空洞を抱えたような若い娘の一人暮らしであった。

母親の私は、月に一度かふた月に一度くらい、娘のアパートを訪ねる。
その頃私も塾の講師をしていた。
その日の授業報告等の書類を書き上げ、片付けをして、塾に鍵をかけて出るのは
大抵深夜11時半くらい。
最寄りの電車の駅から池の上までは、乗り換えなどを含めて1時間くらい。
深夜と言っても、電車はこれから新宿や渋谷に遊びに出る若者などで
結構混んでいる。
池の上につくと、まず娘に電話をかけ、コンビニに寄って、ちょっとした夜食やその他
娘に頼まれた買い物をしてから、暗い住宅街の道を通ってアパートに向かう。

その頃私は、女性のいわゆる更年期。
アパートへの坂を上っている途中で息が切れ、着いた時にはしばらく横になっていたいくらい
体の調子の悪いことがあった。
それでも、一緒に夜食をとって積もる話などをしていると、少しづつ元気が戻ってくる。

と、そこへ、入口のドアを何ものかががりがりと引っ掻く音がする。
「また、来たよ。」と娘が笑う。
立っていって、重い玄関の金属製のドアを開けると、
一匹の猫がするりとドアに体をこすりつけるようにしながら入ってくる。

白か灰色か、ベージュかわからなくなってしまったような薄汚れた毛の色。
茶色の斑が入っている。
尻尾は一応長いが、先が変に曲がっている。
顔は、まあ、猫に美醜があるとすれば、不細工な方だと言わざるを得ない。

この猫は、隣家の猫である、らしい。
「らしい」というのは、この猫が昼間いつも、アパートの隣の家の門柱の上にいたからで。
しかし、その家の家人に餌をもらっているとか、可愛がってもらっているところとかは
見たことがなかったからで。
それでもいつもそこにいるということはおそらくその家の猫だったのだろう。

私たちはこの薄汚れた猫を、「にゃあ」と呼んでいた。
にゃあは、娘の部屋には上げてもらえない。
飼い猫か半野良猫かわからないので、可哀そうだが、猫ノミでもいて、
部屋に広がると困ると思って、玄関を入ってすぐの土間のところから先に
進ませてやれなかったのである。

にゃあは昼間も訪ねてきた。
 
私が朝、娘の家を訪ねることもあった。
一緒に掃除などを済ませると、午後、坂を下って下北沢に散歩に行く。
池ノ上(これは駅名だが)、下北沢、深沢、代沢・・・という名の通り、
この辺りはもともと沼沢地であったかして、坂の多い地形である。
あたりは高級住宅地と、古い文化住宅風の趣のある家なみと、
若者で賑わう、ショッピングと演劇の街としての顔と、色々な顔を持つ
魅力的な街であった。
だらだら坂を下って、大抵、元総理竹下登邸の前を通って、さらに坂を下り
下北沢の街に入っていく。
たくさんあるインテリア小物の店を冷やかしたり、重厚な昔の家具を売る店で
大きな本棚を買ったり、変わったダリアや菊などの花を買ったり、
こじゃれたレストランで昼食をとったり。
駅前のスーパーは食材が豊富。ここで夕食の買い物をしてから、また坂を上って
アパートに帰って行く。

にゃあはいつものように、隣家の門柱の上にいる。
大体私達の顔の高さくらいのところににゃあは乗っかっているわけである。
二人で、にゃあをからかう。「にゃあ!」と勝手に呼んで、折り曲げた脚をくすぐったり、
耳を折り曲げたりするがにゃあは反応しない。
からかっても、抱き上げて門柱から下ろしたりはしない。
にゃあは歳をとっていて、門柱から一度降りると、上がれなくなってしまうからである。
ではいつもどこから門柱に上がるか、というと、家の裏手の方の台の上に
一度飛びのってから塀を伝って門柱の上まで来る(笑)。

ひとしきりからかって、私たちはアパートに戻り、ドアの鍵をかける。
数分後。金属製のドアを外でカシャカシャ引っ掻く音がする。
「来たよ。」と娘が笑う。
ドアを開けてやると、にゃあは遠慮がちに入ってくる。
自分はここまでしか上げてもらえない、という範囲を心得ていて、
娘の靴の横で前足を揃えて坐って待っている。
何か食べ物を貰えるのを待っているのである。

若い娘は残酷である。
実は先ほどスーパーで買い物をした際に、にゃあのための猫缶も買ってきてある。
しかし、それをすぐに出してやろうとはしない。
靴箱の前に、私が送った荷物の段ボール箱がまだ畳まれずに置いてある。
にゃあを抱きあげて、その段ボール箱の中に入れてみる。
にゃあは首を長く伸ばさないと外が見えない。
かすれた声で、「にゃあ!」と一声鳴いて出してくれとせがむ。
娘は笑っていて出してやろうとしない。
困ったにゃあは、箱の縁に前足をかけて、後ろ足で滑る段ボール箱を
むなしく引っ掻きながら、どうにか体重を移動させて箱を横倒しにし、
這う這うの体でようやく外に出る。
興奮したのか、いつもの決まりを忘れて、ささっと台所の板張りに上がってしまう。
娘はそれを抱きかかえて、邪険に元の土間に戻す。

抱きかかえた拍子に、その前足をつかんで、夏目漱石の猫ではないが、
そこで猫じゃ猫じゃを踊らせてみる。
まあ、要するに、前足をつかんで立ちあがらせて、踊りを踊らせるわけである。
踊らせながら、娘はげらげら笑っている。
「いい加減にして、缶詰、もうやったら」と言う私も笑っている。
にゃあは観念したようにされるがまま。

そこでようやく解放されて、猫缶がもらえる。
丸い頭をうつ向かせて、はぐはぐ言いながら食べる。
時々ぽろりとこぼす。
にゃあはもう歳をとっていて、歯が悪いか、ものをまっすぐ噛めない。
少し首を傾けて、はぐはぐ言いながら食べているが、口の隙間から
時々こぼすのである。
娘と私は、にゃあの傍に屈みこんで、にゃあが食べるのを見ている。

でも娘は気ままな一人暮らし。いつも冷蔵庫に食べ物があるわけではない。
だから、時々変なものも食べさせてみる。
ハンバーガーの残り物のポテトとか、ピクルスとか。
にゃあは鼻を近づけてみるが、口にはしない。
かまぼこもやってみたが、これにはにゃあは苦労していたようだ。
昔のかまぼこと違って、今のかまぼこは弾力性があり過ぎて、
歯の悪いにゃあにはよく噛めないのである。
首を傾けてはぐはぐ言ってみるが、口の端からポロポロこぼれおちる。

夕食を食べたばかりで何にも残ってない時もある。
その時はご飯にかつ節をかけて、いわゆる猫まんまを作ってやったが、
にゃあはいつも缶詰を食べているかして、猫まんまというものを
食べたことがないらしく、上のかつぶしを少し舌先なめてみただけで、
あとはがんとして食べようとしない。
「バカ猫!」と、娘の声がその丸い頭に浴びせられる。

そんな風に、娘に邪険に扱われても、やっぱりにゃあは娘が帰宅しているなと
見てとると、部屋を訪ねてくるのだった。
何か貰いたくてそれだけで来る、というのではないらしかった。
一応餌は誰かにもらっているらしく、太ってはいたから。
娘が気まぐれにやる残り物のかまぼこなどではとてもあの体は
養っていけない。
と言って、娘にからかわれるのを楽しんでいるというわけでは絶対になかったろう。
諦めきった情けなさそうな顔で、なすがままにされていただけだから。 
笑われると、前足を揃えて行儀よく坐った顔を少し持ち上げて、目を閉じ、
鼻を僅かにひくひくさせて、しょぼしょぼした顔をする。
そうかあ!にゃあはあの時、泣いていたのかもしれないなあ!

にゃあとの付き合いはおよそ一年間あまり。
娘は自分の作品の制作に忙しくなって、にゃあが来ても
中に入れてやらないことが多くなっていた。
ドアを爪でカシャカシャ引っ掻いて、入れて入れてと、懇願しているのがわかっていても。

猫という生き物は面白い。
にゃあは仕返しをした。
娘の部屋のドアの外に、臭い固形物の置き土産をしていったのである!(笑)
にゃあめっ!(笑)

池ノ上に住んで6年目。
娘は予備校を自ら辞めて無職になった。
勤めていれば十分な収入を得、下北沢や渋谷や原宿を自由に歩きまわって、
好きなものを好きなように買える。
好きなものを好きな時に食べられる。
しかし、その生活を捨て、娘は画業に専念することを決めた。
売れるかどうかあてもない暮らし。先の見えない暮らしを選んだのである。

娘は下北沢の灯を捨てた。そうして、私の住む陋屋の近くに、
古めかしいアパートの一室を借り、作家活動を始めた。
同時に恋もその時捨てた。
思えば、池ノ上での6年間は、娘にとっての青春後期の、最後の6年間で
あったのかもしれない。気楽で無責任で、残酷でいられた青春時代の・・・・・。

にゃあは?にゃあはその後どうなったか。

娘が池ノ上を去る一年ほど前に死んだ。
誰に死んだ、と聞いたわけではないが、娘の部屋をぱったり訪れなくなり、
となりの家の門柱にその姿を見かけなくなったから、おそらく死んだのであろう。
もうだいぶ老齢だったと思われたから。

にゃあよ。
君は娘の部屋をたびたび訪れて、あんなに邪険に扱われても、
それでも幸せだったのだろうか。
いつも困ったような顔をして、娘の「愛の裏返し」の激しいからかいが収まるのを待って、
丸い頭で。ぽろぽろ口からものをこぼしながら、好きでもないものを食べていたにゃあよ。

きっとそれでも、にゃあは、嬉しかったのだろう。
その晩年を、娘のところでいたぶられながらもかまってもらって過ごしたのは、
きっとしみじみとした幸せな刻であったのだろう。
そう思いたい気がする。

私?・・・・・更年期はいつの間にか過ぎた。
心臓には少し要注意だが、毎日元気に過ごしている。
そうしてこの頃、母の役割を少し自分の肩から下ろして、
自分の人生に少し恋してみようかな、と思っている。

娘は・・・・・、少しは売れるようになってきた。
恋も、なかなかどうして捨て去っちゃいない(笑)。

にゃあだけが、時のかなたに消えてしまった。
でも、その丸い頭は、不細工な顔は、困った顔は、
娘と私の記憶の中に、今でもしっかりとその姿をとどめている・・・・・・・・

                               

                                       (終わり)


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猫2題その一 『深夜の友』


オリオン座流星群を見ようと、ここ数日、深夜、家を抜け出て、空を見ていた。
一昨昨日に2回。一昨日にやはり2回。美しい流れ星を見ることができた。
昨日が流星のピークだということだったのだが、タイミングが悪かったかして、
私は逆に昨日は一つも見ることができなかった。

深夜、女が家を抜け出る、というのは、なかなか奇妙な感覚のものである。
つい1年半前、仕事をしていた頃までは、深夜12時、1時の帰宅は
当たり前だったのだが。

家の近くの道の、街灯の明かりがどこからも届かないような暗い一角に立って、
一体いつ来るかあてもない流星を求めて一人空を見上げている。
近所の家々はもうとっくに雨戸をたてきって、あたりは真っ暗である。
さっきまで、雨戸の上部の明かりとりからわずかに漏れていた家々の明かりも
もう消されてしまった。
起きて外にいるのは私だけ。
道は街灯が明るく照らしているが、私は物陰に身を置いて、
頭上に広がる星空をひたすら眺め続けている。
美しい星空である。
またオリオン座、というものは何であのように特徴的な、
印象的な形体をしているのであろうか。
綺麗に同じくらいの大きさで等間隔に並んだ3つの星。
そこから四方に伸びた、鼓のような形の星座・・・・・。

あれは別に、3つ並んでいるわけじゃないんだよな。
地球から見るとそう見えるだけで、3つの間には途方もない大きさの空間が
横たわっているんだ・・・・
それを、この小さな星、地球の上で、私というちっぽけな人間が
一人起きて、こんな暗がりに一人立って見上げている、この、今、という時も
不思議なものだよなあ・・・・・。

そんなことを想いながら、立ち続けている。
少し飽きてくる。だいぶ、飽きてくる。
とにかく暇である。
もう帰ろうかなと思う。
それでも待っている。
変な女!と自分でつくづく思ってしまう。

そんなとき。
私の立っている暗がりの後ろの闇から、ふいに物の動く気配がして
はっとした。
それは一匹の黒っぽい色をした猫であった。

「あっ!あの猫だ!」
それは10月17日の私の記事『猫めっ!』の中で、我が家の木に巣作りを
していた鳩を襲ったあの猫に違いなかった。
3メートルくらいはあるカイヅカイブキの木に下からよじ上って、
親鳩から激しく攻撃されても懲りずに、翌日、とうとう思いを遂げた、
あの若々しくしなやかな体つきの、尻尾の長い黒い猫。

猫は、私のすぐ後ろあたりの塀から、音もなく地面に降り立って、
ささっと4、5メートルほど身を低くして走ると、
ふいに立ち止まって暗がりにいる私を振り返った。

ちょっ、ちょっ!私は小さく舌を鳴らして猫を呼んで見た。
深夜徘徊のお仲間である。
猫はちょっとの間、そこに凍りついたように身を低く構えたままでいた。
ちょっ、ちょっ!今度は手も動かして猫を呼ぶ。

一瞬、迷いを見せて、こちらに近づいてくるかな、と思わせた黒い猫は、
また、ささっと、近くの塀に跳びあがって消えてしまった。
それは、鳩を襲った晩に、私が二階の窓から見たあの時と同じ、
野生の本能を失わないまだ若い猫の、人間など小馬鹿にしたような、
どことなく生きものの誇りを感じさせる、しなやかな動きであった。

あああ。
なんとなく何にともなく漏れ出るため息。
もう、やめ。
今日はだめ。でも、もういいや。

それを汐に、私も深夜の星空観察に見切りをつけ、家に引き揚げたのであった。

流れ星に願いごとは?
した。
前の2晩で、願いはちゃんとかけた。
その中身は?
ひみつです。

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『赤い実 ②』

赤い実がなぜか昔から好きである。
前世など信じちゃいないが、もしあるとするなら、私はきっと鳥だった。

ピラカンサス、南天、千両、万両、ナナカマド、ガマズミ・・・、
ヒヨドリジョウゴ、グミ、蛇いちご・・・・

そして『赤い実 ①』で遊んでみた、赤い実。
さて、あれは何の実だったでしょうか?
ハナミズキの実である。
春。桜に少し遅れてやわらかそうな、ピンクぼかしの花を咲かせる。
庭木としてだけでなく最近は街路樹などにもよく植えられている。
夕暮れ時、買い物がてらの散歩の途中で見つけて、拾った。
宝石より綺麗だと私は思う。

幼い頃から赤い実が好きだった。
あれはもうずっとずっと昔。
3歳の私が、家の周りを取り囲む林の中に一人立っている。
まだ私が、高原の村に住んでいた頃。
『故郷の廃家』となってしまう前の生家にいた頃。

生家は、高台の上に建っていて、「上の屋敷」と近隣の人に呼ばれていた。
周囲は日当たりの良い雑木の林に縁どられていた。

その林の中に何故か私は一人いて、上を見上げていた。
綿入れのちゃんちゃんを着せられていた記憶があるのだが、季節はもう、
冬に近かったのではなかろうか。

私は鳥が木の実をついばむのを見て、それを真似した。
と言っても、高い枝に手が届くわけではないから、
身を屈めて、足元に落ちている木の実を拾って食べたのである(笑)。

あれはいったい何の実だったのだろう。
ほのかな赤みを残す、黒っぽい実だったような気がする。
味は今でもはっきり思い出せる。
うす甘く、少し粉っぽい味がした。私のまぼろしの味。
今でもこうやって生きているから、ヒヨドリジョウゴのような毒のある実では
なかったらしい(笑)。


このように、小さい頃から赤い実好きであったから、自分の家を持つようになった
時には、家中、赤い実のなる植物を植えようと意気込んでいた。
最初に植えたのは、ルビーのように赤い、半透明の美しい実のフサスグリ。
しかし、我が家の庭は狭い上に、日当たりがあまりよくない。
地味も痩せていて、フサスグリは大きくなれないまま、枯れてしまった。
次に我が家に来た赤い実は、ピラカンサス。
これはヒヨドリが植えた(笑)。
生命力が強く、みるみる枝を広げて行って、さらでも狭い裏手への通路を
すっかりふさぐほどに茂った。通れなくては仕方がないので、泣く泣く強い剪定。

南天もヒヨドリが植えた。
これもぐんぐん株を太らせ増えていって、今では狭い庭の半分を占めるかというくらいの
巨木になっている。
私は、これを正月の玄関飾りに活けたいと毎年思うのだが、かなわない。
ヒヨドリが全部その前に食べてしまうからである。
自分が植えたんだから、いいだろ!と言わんばかりに。

仕方ないので、千両の鉢を買ってきて地植えにしてみた。
これは土地に合っているのか、勢いよく育っていって、株を増やし、
一昨昨年の正月には一部を切らせて貰い、千両だけガラスの大花瓶に
投げ入れで活けて、それは見事なくらいだった。
で、一昨年も楽しみにしていたが、雨が多かったかして、
実がまだ緑色のままぽろぽろ落ちてしまった。
昨年はそんなこともなく、順調に実をたくさんつけ、赤みを増してきていたので
楽しみにしていたら、南天を食べつくしたヒヨドリが、
いつの間にか千両にも目をつけて、全部食べてしまった。
これはヒヨドリが植えたわけじゃないんだけどな(笑)。
人がいると遠くからキーッ!と鳴いて文句を言ったりしているが、
人の見ていない隙を見計らってやってきて、さっとかすめ取っていく。

「鳥よけのネットを張ったら」とも言われたが、そうまでしたくもなかったので放っておいた。
南天もピラカンサスも、ヒヨが植えてくれたんだし。
そういえば、万両も一本、ヒヨが植えて、いつの間にか赤い実をつけている。

藪柑子(やぶこうじ)の一叢は、亡き母の形見。
生前何かの荷物を送ってくれた中に、新聞紙にくるまれて入っていた。
兄が広島で結婚して母を引き取ったので、周囲は兄嫁の親類縁者ばかり。
孤独な母が、大事に育てていた山野草の中の一部を株分けしてくれたのだ。
母亡きあと、もう20年以上の歳月が流れているが、まだ細々とながら生き続け、
毎年小さな赤い実を恥ずかしげにつける。
母の生き方そのもののようにつつましい赤である。

「どくだみ」が藪柑子の領域を侵し始めているので、これは
少し整理してやらねばなるまい。

そんな私が、小さな娘によく細い声で歌って聞かせたのが、
昨日の『赤い実』でも書いたが、『赤い鳥小鳥』。
  
  あかいとり ことり
  なぜなぜあかい
  あかいみをたべた    (作詞 北原白秋   作曲 成田為三)

2歳にまだならない娘は、「みをたべた~」のところしか歌えない。
独特の節回しで、そこだけ繰り返し歌っていた、あの小さな娘は今どこに?

私の頭をはるかに越える大柄な娘になった(笑)。
別に赤い実には興味がないようである。
しかし、赤い服を好んで着る。彼女の一種の戦闘服。
どうやら色の好みだけはあの歌でインプリントされたらしい(笑)。

しかし、後年彼女が言うには、赤い実の歌は子供心には
なんだか怖かったそうで。
赤い実を食べると赤くなり、青い実を食べると青くなり、黄色い実を食べると
黄色くなるのか!と、心底怖かったそうで(笑)。

そういえば、『かわいいかくれんぼ』の歌も、子供の頃怖かったそうである。

  ひよこがね
  お庭でぴょこぴょこ かくれんぼ
  どんなにじょうずにかくれても
  きいろいあんよが見えてるよ

  だんだんだ~れがめっかった!
(作詞 サトウハチロー  作曲 中田喜直)

「子供が一所懸命隠れても、大人は見つけてしまうんだ~」
と思って、不条理な怖さを感じる歌だったそうである。

勿論これは、後年自分も大人になってからの言いまわしだが。


子供はいったい何を感じて、その敏感な生を毎日生きているのであろう・・・・・。

子供時代の何にインプリントされて、その生涯の嗜好を獲得していくのであろう・・・・・。
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『赤い実 ①』

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赤い実。

昨日、夕暮れの買い物の途中で拾った。


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はい。もうすぐ舞台が開くわよ。
最初は群舞シーンね。



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主役の登場。



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曲目は「赤い鳥小鳥」。

  あかいとり   ことり

  なぜなぜあかい

  あかいみをたべた
               (作詞 北原白秋   作曲 成田為三)

テーマ : 思うこと
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『猫めっ!』

私の家には、同居人がいる。
いや、最近まで、『居た』。

正確に言うと、同居「人」ではなく、同居「鳥」と同居「虫」であった。
その両方がこの2日の間に相次いでいなくなってしまった。
寂しい。

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これはわたしの侘び住まい。いつもパソコンをやったり本を読んだり縫い物をしたりする
二階の部屋の窓を開けたところ。
もう少し近づいてみよう。

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そうなんですよ。
実はここに鳩が巣を作っていた。
もう、どれくらい前になるだろう。
この前の激しい台風の少し前からであるから、もうかれこれ2週間以上、
ここで一組のつがいの鳩が卵を抱いていたのである。

最初は、我が家の庭を二羽がやたらと飛び回っていた。
カイヅカイブキの木と木蓮の間を忙しく行き来し、バサバサ羽音をさせて
飛び立つ。
ははあ、巣作りをするな、とは思っていたが放っておいた。

数日後。いつものように朝、窓を開けて、家中の空気を入れ替える。
この部屋の窓も開けて、ふと何か動く物の気配を感じ窓の手すりの少し下に目をやると、
すぐそばまで伸びたカイヅカイブキの木に一羽の鳩がうずくまっていた。
丸い目でこちらを見ている。
怖がっている様子はなく、じっとただ蹲っている。
私がしょっちゅう玄関を出入りするのも見ているので、
この人物は危険がない、とでもわかっているのだろうか。
その日から、そちら側の窓はなるべく開けないようにすることにした。

10月8日。台風18号が日本に上陸。
我が家の方はたいした被害もなくてすんだようだが、
夜半から翌9日明け方にかけての吹き降リは、やはり相当強かった。
前の記事にも書いたとおり、私は普段、二階の雨戸を閉めないで寝る。
しかし、台風のひどそうなときは仕方ないので、夕方明るくても
雨戸をたてる。
その日も、既にいかにも台風らしい南風の吹き降リが始まった中、
雨戸に手をやって、鳩の様子を見る。
カイヅカイブキの枝は大きく風に揺れている。
密な枝の間に作っているとは言うものの、台風の雨はやはり親鳩の体も
巣もびっしょり濡らすであろう。
それでも、母親だろうか、鳩はじっと巣についている。

「おやおや。おまえ。大丈夫?」
声をかけてみる。
鳩は丸い目で確かに私を見ているが、身じろぎもしない。
私は出来るだけ静かに雨戸を閉めた。

翌朝。雨戸を開けると、鳩はそこでじっとまた、私を見つめ返してきた。
「大丈夫だったの。」
鳩は返事などしないが、やはりそう、声を掛けて静かに雨戸を戸袋にしまう。

それからも、そちら側の窓はなるべく開けないようにしておいた。
時々そっとレースのカーテン越しに様子を見る。
窓を開ければ、本当にすぐに手の届きそうな所にいる彼ら。
人間の窓近くに巣を作って却って安心しているのだろうか。
その蹲った姿と丸い目が可愛いので、写真に撮りたいと思ったが、
カメラのズームレンズなどはおそらく怖がるだろうので、我慢しておく。

ところが、である。
一昨昨日の深夜2時ころ。私はまだ灯りを煌々とともして、パソコンに向かっていた。
辺りの家々は寝静まって、物音一つしない。
すると突然、窓の外でものすごい音がして、何かが激しくカイヅカイブキの
枝にぶつかり、さらに地面に何かがどさりと落ちる音がした。
すぐに立って、窓を開けてみる。
部屋からの明かりで、鳩がそこにいるのはうっすら見えた。
そうして、表の道路に慌てて逃げていく黒っぽい猫の姿が。

翌朝。窓を開けて鳩の無事を確かめる。
よかった。巣の周りに多少、抜けた羽のやわらかそうなのが1,2本
ぽわぽわしているのは見えたが、親鳥は変わらず、巣を守っていた。
こちらを丸い目で見返す。身じろぎもしない。

親鳥は猫を見事に撃退したのだ・・・・・。
私はそう思っていた。

しかし、猫はあきらめていなかった。
私が夕暮れ、買い物に出ようとすると、玄関の辺りから黒い姿が
さっと飛び出て、隣家の駐車場の車の下に潜り込むのが見えた。

私は普段、動物に「しっ、しっ!」などと言ったりしない。
しかし、今回は「しっ、しっ!」とつい、黒い猫を追いかけてしまった。
猫は車の下から飛び出て、隣家の塀に飛び乗り、姿を消してしまった。
まだ若い、尻尾の長くて優美な、精悍そうな猫であった。
いつもだったら、見惚れてしまいそうな、野性味を残した生きものの姿であった。

昨日。朝、窓を開けてみた。
鳩はいなくなっていた。あとにはからになった巣だけが。

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猫に襲われても、一昨日は確かにまだ卵を抱いていた。
すると、夜、私の気づかぬうちにまた襲われたのだろうか。
それとも、ここは危険と、自ら巣を放棄したのだろうか。

こちらは人間の勝手な思い込みで、まるで子供が妊娠中でもあるかのように
気をもんでいたが、鳩たちはたくましい。またすぐに、この庭で巣作りをしようとするだろう。
それまでに、「あの猫めっ!」
ちょっとしつけをしてやらないといけないな。
「鳩を食べるんじゃありません!」
「鳩をおもちゃにしてはいけません!」


さて、もう一人の住人は、いや、同居「虫」は、カネタタキである。
カネタタキ。ご存じだろうか。
体の長さ、僅か1センチにも満たないほどの、小さな小さな秋の虫である。
薄い金属の鐘でも叩いているかのように、チッ、チッ、チッ、と、
深夜、家のどこかで鳴く。
どこにいるのだろうと探しても見つからない。
あまりに小さいのと、あまりに思っている大きさと違うので、見つかりにくいのである。
それなのに、鳴き声は驚くほど大きい。
家の外で鳴くコオロギも、数がずんと減ってきた。
一匹か2匹、かろうじて生き残って、相手を探して寂しげに鳴いている。
このカネタタキは勿論外の植え込みなどでも鳴くが、
小さいので人家に入り込んで、天井や家具の隙間などで鳴く。
体の大きさに似合わず、声は大きくよく通る。
通常11月の中ごろまでは、家のどこかで、寂しげに鳴いているものだが、
今年のカネタタキは、一昨日あたりから鳴き声が聞こえなくなってしまった。

めっきり寒くなった11月の深夜、一人で起きている者の夜伽でもしてくれようと
いうかのように、チッ、チッ、チッ、チッ、チッと、7声ほど鳴く虫の声を聞くのは
なかなかに風情のあるものである。

あの我が家の小さな虫の同居人は、いったいどこへ行ってしまったのだろう。

秋の虫について書かれたもの中で、私の好きな、短編が一つある。
作者は小泉八雲こと、ラフカディオ・ハーン。
私の大好きな作家。
タイトルは「草雲雀」。
小さなコオロギに似た、草雲雀、という虫が、
家人の怠慢のために死んでしまった。
故郷を遠く離れて東洋の小国に流れ着き、そこに骨を埋めようとしている
孤独な人間の魂と、小さな虫の魂が束の間出会って触れあった。
そんな気持ちを作者は抱いている。
ところがその虫の死によって、急に部屋に満ちてきた空虚感・・・・。
ストーリーも何もない淡い掌編である。
でも、なぜか私は好き。

夕方5時。これを書いている今も、外では一匹だけコオロギが鳴いている。
皆に遅れてうまれてきた彼は、伴侶を見つけることが出来るのだろうか。
今日は小雨もぱらぱら落ちて、うす寒い夕暮れである。

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『少女が母になること』  「愛しき(かなしき)もの」その五 

私は一年半前まで、ある小さな塾で生徒たちを教えていた。
その一人一人が、私にとっては可愛い生徒たちであって、
どの子が一番可愛いとかいうことは出来ないのだが、
約20年間の間には、やはり特に記憶に残る生徒というものが
何人か生まれるものである。

先日、そのうちの二人と会う機会があった。
M子とR子と仮に呼んでおこう。

M子もR子も、私が教えた中でも、とびきり優秀な生徒であった。
小学校5年生くらいの時に入塾して、以来、中学3年で卒業するまで、
かれこれ4年半くらい教えていたことになる。

単に成績がいいというだけでなく、二人とも本当に大人であった。
小さな塾のこと。生徒がそんなに大勢いたわけではなかったので、
大抵は成績別に2クラスに分けるのが常であったのだが、
彼女たちの学年は、二人だけが飛びぬけて優秀であったため、
彼女たち二人だけのクラスを作り、3クラスに分けていたくらいだった。

私はその頃主に英語を担当していたのだが、
中学1,2年生くらいまでは、まだ英文もごく簡単なものしか教えてないので、
どうしても、内容的に深い話はしにくい。
ところが、中学3年生くらいの、それも受験用の英文くらいになると、
それなりに内容的に面白いものも多く出てきて、
英語の授業から離れてつい、中に書かれていることについて
話が膨らんでいくことが多かった。
私はすぐ脱線する教師であった。

そこのところを二人はよくつかんでいて、授業に少し疲れてくると、
私をその脱線の方向に持っていくのが本当に上手かった。
さりげなく、中のある一点について質問してくる。
すると私はつい授業を忘れて、熱く語りだしてしまうのである。
高校受験でも、国語、英語、社会などには一般的な教養の幅の豊かさを
要求する問題が結構あり、雑談もまた、どこで役立つかわからないから、
まあ、良しとして、敢えて授業の形にこだわらないという気分も私にはあった。
二人はそれをにこにこしながら聞いている。
そのにこにこ顔で、私は自分がうまく乗せられたことにはっと気づくという具合。


かなり難しい問題を出しても、二人のこなすスピードが速いので、
用意していたものをやりつくし、時にすることが無くなってしまうことさえあった。
そういう時は、彼女たちのやりたいことを残りの時間にしていていいよ、
と言うこともあった。
すると、M子は大抵英語の問題をもっとやりたがり、R子は数学の宿題を
やっていていいか、と言う。
いいよ、と言うと、それぞれのしたいことを静かにやりだすのだが、
R子は難しい数学の問題を解きながら、私がM子にする英語の説明も
ちゃんと耳に入っているらしく、ときに代わりに答えたりする。
それは静かで、また活発でいきいきした、そうして信頼感に満ちた、
教師の私にとっても本当に楽しい時間であった。

その二人が結婚して、一昨年去年と、相次いで子供を産んだ。
M子は塾を卒業しても時々たずねてきてくれていたが、
いろいろなことがその後その身に起きたR子の方とは、実に9年ぶりの再会であった。

二人はすっかりいい母親になっていた。
M子の方は一歳の女の子。R子の方には二歳の男の子。
二人とも子育てはうまそうであった。
子供からけっして目を離さず、といって過干渉するでもなく、
ゆったりと大きく構えて子供を育てているようであった。

だが、それを見ている私の体は、「ああ、痛い!ああ、痛い!」と
悲鳴を上げていた。
この感じはなかなか人にわかってもらえまい。

それは、母親が娘に対してだけ抱く痛みではなかろうか。
まあ、この二人は私にとって娘のようなものだから。
 
それは、「ああ、この二人も、これから、私がこれまで辿ってきたような、
女としての道、母としての長い道を辿っていくのであろうか!」という、
体が痛く感じるような、いわば、憐れみと共感と愛しさのないまぜになったような、
複雑で説明しがたい想いである。

R子は背の高いほっそりした少女であった。学校の成績は美術だけが4であとは
オール5。体育祭のリレーの時はそのしなやかな細い体で、
どんどん前の人を抜き去っていくスポーツ少女でもあった。
そのノートの美しさ、見事さといったら!
しかし、彼女はその後、数々の悲しみを知る少女となってしまった。
心配する塾の教師達やM子とも会おうとせず、一人悲しみを抱えて
生きてきた。
そのR子が今、一人の子の母親になって、私達の前に戻ってきてくれていた。
顔立ちのあどけなさは昔とあまり変わっていなかったが、
腕が、やはり女らしく丸みを帯びてきているのが、私には愛おしく痛ましく、
長い間、放っておいたことを詫びて抱きしめてやりたいような気さえした。

M子は、日本人の女の子には珍しく、度胸のいい、弾けたところのある少女であった。
塾でクリスマスのパーティなどをすると、何か歌を歌ったり
即興で何かやらなければならないような罰ゲームをしたりすると、
大抵の少女がもじもじしてはっきりしない中、M子は明るく弾けて
なんでも率先してやり、場を盛り上げてくれるような少女だった。

後に彼女は演劇と声楽の道を選び、夢に懸けていたのであるが、
彼女は又恋多き少女でもあって、いくつか情熱的な恋をしたのちに、
(彼女は恋愛の相談にもよく塾を訪ねてくれていたので、私はその間のことを
割合聞かされていたのである)
初恋の人と結婚して、今母になって、やはり私の前にいた。
M子は素晴らしい声の持ち主である。
日本人離れした、胸の奥底から響いてくるようなメゾソプラノの声をしている。  
  

「ああ、痛い!ああ、痛い!」と、私の心が叫ぶ。

少女が母になること・・・・・。
それはなんて痛いことなのだろう! 

彼女たちが抱えていた夢。彼女たちが秘めていた可能性・・・・。
それをおそらく彼女たちはこれから数年間、あるいは一生、
封印して生きていくのである。

勿論、子供を育てていくことは素晴らしいことである。
そんなことは私自身経験して、百も承知である。

それでも、ああ、私の心と体が、「痛い、痛い!」と言う。  

人が生きていくことの悲しみと喜び。
少女が大人になり、人の妻となり、人の子の母となっていく・・・・
その過程で、彼女たちが捨て去る自分の夢や自由・・・・・

勿論逆に、得るものはとても大きいのである。       
それでも。
それは知りつつなお、私は母のように彼女たちを見つめながら、
自分の体と心に痛みを感じている。

M子よ。R子よ。
全てを手に入れなさい。
妻になっても、母になっても、少女の夢を忘れないで。
女としての喜び、母としての喜び、人間としての喜び。
そのすべてを欲張って手に入れなさい。
あなたたちならきっとできる。

R子よ。M子よ。
輝きを忘れないで。
人生に恋する心を忘れないで。

私はずっとあなたたちを見守っています。  

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『余情というもの 其の二 』  「愛しき(かなしき)もの」その四 


『余情』ということでもう少し話してみたい。

前の記事で、訪問者の目の前でドアをすぐに閉めてしまうことは
余情がない、と書いた。

同じような感覚で、私はまた、夕暮れになると早々と雨戸やカーテンを
ひいてしまうこともあまり好きでない。
我が家の周りは、根っからの地元の人が多く住みついているせいか、
そういう構造の家が多いからか、夕方5時になると、
家々が一斉にガラガラピッシャーン!と大きな音をたてて雨戸をたてはじめる。
夏の夕方の5時と言えば、まだ明るい。
それなのに、雨戸をたてて、人々は暗い家に閉じこもるのである。
薄暗くなった部屋に早くから電気をともして、人々は何を語らうのであろうか。

私は、だんだん暗くなっていく部屋で本を読んだり縫い物をしたりするのが好きである。
日が西に傾き、だんだん部屋の中も影が濃くなっていって、
いよいよ作業ができにくくなる、というまで、灯りはなるべくともしたくない。
刻々と色を変えていく空を窓から見ていたいと思う。

大失敗だったのは、数年前に障子からカーテンに替えたこと。
上下の部屋を合わせると、我が家には12枚の障子がかつてあった。
毎年張り替えをしていたわけではないが、それでも2年に一度くらいは
年の暮れに12枚の障子の張り替えをしていた。
これが一人でやると結構大変な作業なのである。

そこでついに業を煮やして数年前、全部をカーテンに替えてしまった。
そこで発生したこと。障子越しに日が暮れる、夜が明けるというのを
感じるのは、なかなかに余韻のあるものであったのだが、
カーテンにはその余韻が乏しいのである。
レースのカーテンなら、同じことじゃないか、と思われるかもしれないが、
これが微妙に違うのである。
レースのカーテンは光を吸収しないが、障子は夕暮れの弱くなった外の明かりも
吸収して、それを部屋全体に柔らかく分散する。
そのおぼろげな明るさの中にいるのは、まるで静かな水底に
休んでいるようで、なかなかにいいものであった。

また、眠れぬ夜、明け方までラジオを聞いて、夜が白々と明けていくのを
見ている朝もある。
まだ外は暗い、4時20分。
ヒヨドリが、キキッと遠くで第一声を発する。鳴きながらだんだん近づいてくる。
冬でもほぼ同じ時間帯である。
そのうちだんだん辺りが明るくなっていくと、雀が数羽、窓のすぐ外の
雨戸のあたりで、チッ、チチッ、と低く鳴き交わし始める。
眠れぬままに明るくなっていく障子に目をやっていると、朝日が隣家の建物の間から
斜めにあたるようになり、そこを、鳥影がさっと鮮やかにかすめて過ぎるのが
見えたりする。
やがて8時半頃になると、庭の木蓮の枝あたりで、鳩が眠たげな声を
上げるようになる。
これらを皆、一枚の紙越しに見聞きするというところが、障子という建具。
なかなかに余情を醸す、いいものであったのだが、
う~ん。勿体ないことをしてしまったかもしれない。
カーテンも、材質を選べば障子と同じ効果を持つものもあるかもしれないのだが。

まあ、私などがこんな風につたないことを書き散らすまでもなく、
日本の建物や事物の陰影の美しさについては、文豪谷崎潤一郎が
「陰翳礼讃」という本で見事に書いてくれているので、
興味のある方はどうぞ。

私がもう一つ、これこそ「余情の美」だなあ、と思うのは、
季節は過ぎてしまったが、あの、線香花火である。
燃え尽きてもう落ちそうなのだが落ちないでいる小さな火の玉から、
静かに流れ出続ける、細い柳のようなかすかなほのお。




なおこの記事は、『愛と幻の散歩道2』の、ららさんの記事のトラックバック記事です。
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NHKスペシャル『原発の解体』

私はこのブログを始める前に、「故郷の廃家」というブログをやっていた。
そこでは、今の私に出来る限りの力を注いで、原発に関する記事を書いてきた。

時間がないので結論から言おう。
今晩、深夜0:45から、NHKで「原発解体~世界の現場からの警告」という
NHKスペシャルを再放送する

これをぜひ間に合うなら見てほしいのである。
一回目は10月11日にあったのだが、反原発の記事を書くために、この夏中
資料と首っ引きであった私でさえ、原子力発電所の解体、という、
これから日本が、いや世界が抱えていかねばならない問題の、
その想像を絶する困難さに、鳥肌が立つような思いをした。

日本だけでなく、世界の原子力開発は、いずれ原発に寿命がきて
それを解体しなければならなくなるということをほとんど想定せずに、
原子力発電所を作り続けてきた。
現在世界にある原子力発電所は、539基。日本は57基。
それらがいずれ、いや近いうちに寿命を迎え、廃炉解体されねばならなくなる。

番組は、日本で解体が進行中の東海発電所。ドイツ、イギリスなどの原子炉の
解体の現場を取材していくのだが、その人知を超える大変さと危険さ、
膨らんでいく膨大な解体費用。
また更に、かりに解体出来たとしても、そこから発生する途方もない大量の
放射性廃棄物の処分場の問題が、世界のどこの国をとっても解決されているところはない、
それなのに、原発がCO2を出さないクリーンなエネルギーである、という
謳い文句のもと、今後世界でさらに100基以上が建設計画をされているという
現状を、番組は追っていく。

これはNHK渾身のドキュメンタリーであると思う。
それが今晩再放送されるということについさっき気づいて、こうして
記事にしている。
この記事を見て、間に合うようだったら、是非、原発に関心のある人もない人も
この番組を見てほしい。
これからのエネルギー問題を考えていくうえで、一度は
真剣に向き合ってほしい問題だと思うから。

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『余情というもの 其の一』  「愛しき(かなしき)もの」その三 


『余情』・・・・・詩歌・文章などのあとに残る趣。余韻。


人が人をどれだけ大切に思っているか。
それはその別れ方に表れるものである。

また、人に限らず、ものに対しても、その物を大切に思うならば、
それに対し思い入れのない場合とは別れ方がおのずと、違ってくるだろう。

例えば、映画。
映画館に見に行ってでも、テレビで見る場合にでも、本編が終わってすぐに
そそくさと席を立つ人は、その映画に対し大して感動もしなかったのであろう。
映画の余韻を楽しむよりは、皆がトイレに殺到して混む前に行っておきたい、とか、
帰りの電車の時間の方が気になるとか、
別の番組にもう心が移っている、とかいうことなのだろう。
その映画に深く感動しているならば、エンドロールまでを、席に着いたまま
静かに味わいつくそうとするはずである。そうせずにいられない筈である。

また、男女のいわゆる『後朝(きぬぎぬ)の別れ』ならぬ、
愛の行為の後でも、どちらか片方が、そそくさと立ち上がり服を着始めるとか、
もっとひどい場合には、ざあざあと体をシャワーで洗い流し始めるとかした場合には、
その人は、相手をさほど愛していない、ということが言えまいか。

いきなり、色っぽい話題になってしまったが、
私は、一体に、別に忙しいわけでもないのに先を急ぐ人というのが嫌いである。
例えば、人と話している時に、こちらの話の腰を折るように、
「それで?」とか「で、何なの」とか、「だから何が言いたいわけ」
などという言い方をする人がいたら、もうその人とは話をする気をなくしてしまう。
これを読んで、「そんなこと普通言わないでしょ。」と笑っている方も、
もしかしたら、自分の兄弟や、自分の妻や自分の子供などに対しては
こういう言い方をしていはしないだろうか。

子供が一所懸命、その日あったことをつたない言葉で親に話そうとしている。
最初はちゃんと聞いていた親も、そこで下の子がタイミング悪く
ミルクをこぼしでもしようものなら、上の子の話をさえぎって、
「(下の子に)ん、もう、・・・ちゃん!気をつけなさい!
(上の子に)え、なに?何が言いたいの。サッサと話しちゃいなさい。
今忙しいんだから!」
などと言ってしまうことはないだろうか。

もし、あなたの恋人が、あなたにこういう言い方をするようになったら、
それは愛の終わりを意味していると思った方がいい(笑)。
逆に、あなたがいつか何気なく話したことを思いがけず覚えていてくれたり、
あなたの少々くどい話もしんぼう強く聴いてくれるようならば、
その人はあなたを大切に思ってくれていると思って間違いない。

同じような感覚で、私は、人の目の前で、ドアをガッシャ―ンと閉める人の
心も疑う。
これも結構そういう人は多いんですってば(笑)。

友人知人が訪ねてくる。
美味しいものを一緒に食べて、楽しく語らって、暇を告げる時間が来て、
玄関に出る。別れの挨拶を和やかにかわして、外に出る。
と、まだ訪問者がそこを立ち去ってもいないのに、ドアをガッシャ―ンと
音たてて閉め、その上、鍵までガチャンとかける人。
これが結構多いのである。

さっきまでの親しさはいったい何だったの、と思うような素っ気なさ。
こういう余情のなさを私は憎む。

おかしいと言われるかもしれないが、私は友人知人は勿論のこと、
新聞の集金、郵便局の人、セールスの人々に対しても、
その目の前でドアを閉めたり、まだその人たちが門を出ていかぬうちに
鍵をガチャンとかけたりすることは絶対にしないようにしている。
それは不用心だよ、と言われるかもしれないが、
それは、人に対する礼儀であって、友人知人であるか否かは
関係ないのではないかと思っている。

不思議なことに、映画館ですぐ席を立つ人。人の話の腰を折る人。
人の目の前で音たててドアを閉め施錠までする人。・・・・・・・
そういう人はそのすべてをやってしまう人なのではなかろうか。
つまり、『余情』という感情に鈍感な人なのではなかろうか。

しかしこれが、男女を問わず、意外に多いのである。
どんなに美しい顔をしていても、私はそういう人に恋しない。
逆にどんな見かけをしていようと、そういう微妙な感情を大切にしてくれる人には
男女を問わず、魅かれてしまう。

そういう人はきっと、ものを大事にし、人を大事にし、
愛撫する手も優しい人なのではなかろうかと思う。

その人の心映えは、微妙なところに現れる。
ものを取り上げる時の用心深さ、ものを置く時の音。
そういった仕草の優しい人は、『余情の美』を知る人であろう。

今、世の中から、こういう『余情』というものがだんだん失せて行って、
人々がガツンガツンと、生で角をぶつけ合うことが多くなっていはしまいか。
あるいはそうされることを避けて、最初から話を聞いてもらえうことを期待しない、
別れを惜しまれることも期待しない、自分もそういう余韻を味わうことを
忘れている、というようなことが多くなっていっているのではなかろうか。
寂しいことである。

どうせ一度しか生きられない人生ならば、滴るような情感の中で生きてみたいと
人にも自分にも願う私である。

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 『青き蜜柑のその味は』 「愛しき(かなしき)もの」 その二

青き蜜柑のその味は



『清冽』、である。
その一言に尽きる。
季節が2月3月と進むに連れてぶかぶかになってしまって、
皮と実の間に空気が入ってしまったようなそれとは違って、
この時期のこの青い蜜柑は、皮も実もぱんぱんに張り詰めている。
一つ掌にとって、皮に爪を立てれば、部屋中と言わず、家中に
清冽な青い香りがぱああっと広がっていく。

二階にいても、階下で誰かが蜜柑に爪を立てれば、
それと知れるほどに鮮烈な香りである。

私はこの香りが大好き。
年に一度、長くても半月ほどの間しか、こういう香りの蜜柑には出会えない。
その香りと、爪をたてた時の硬さと、張り詰めた感じは、
檸檬と似ているが、檸檬の香りとはまたどこか違うように思う。

狂ってしまった高村智恵子は、病室で、檸檬にカリリと白い歯をたてた。
立ち昇る檸檬の香気。
梶井基次郎は、京都三条通 丸善の積み上げた美術書の上に、
爆弾のように、檸檬をその主人公に置かせている。

檸檬には確かに、人の狂気をそそるようなところがある。
硬質で、日本の他の果物にない色で、しかもあの楕円形の両端を
つまんだような形態。
何か、こちらに挑みかけてくるようなつよさを持っている。
だから、カリリと歯をたてたくなるのである。
香りも青い蜜柑よりは、さらに甘みを排して、どこか「厳しい」、という感じさえする強さ。
檸檬には成熟を拒否しているようなところがある。

かたやこの、青い蜜柑はどうだろう。
人間に例えるなら、16、7歳くらいの少年少女、というところだろうか。
おしっこ臭いイメージの、まるで子供、という時期は過ぎている。
しかしまだ、世間に全く汚れていない。
親や教師の偽善はすぐ見抜く。
鋭い、容赦のない目をしている。
そんなイメージかな。

若い膚はぱんぱんに張り詰めている。
そうして、少し爪を立てれば、そこから、青年のかすかなかすかな腋臭の匂いにも似た、
青臭いにおいが立ち昇る。
それはどこか悲しみさえ帯びた、清冽な香りである。

しかし、蜜柑が青い蜜柑である時期は本当に短い。
あっという間に皮は黄色みを帯びていき、甘さが増すとともに、
その素晴らしい香気は失せてしまう。

この写真を撮ったのは、9月29日である。
それから10日ほどしか経っていないが、もう店頭に並んでいるみかんは
この香りを失ってしまっている。
もっと黄色く色づいて、甘みを増してはいるが、香りもまだなくはないが、
「清冽」という感じは既になくなっている。
まして、正月ごろ、一番蜜柑の需要が大きくなるころの、熟した蜜柑には
香りがまったく失せてしまっている。
3月。まだ蜜柑は店先に並んではいるが、妙にアルコール臭のようなものを
発する、蜜柑とは別物になってしまっている。

それにしても。
蜜柑はどうしてこうもまずくなってしまったのだろう。
昔は樹の上で十分に黄色く熟してから出荷されていたからだろうか。
正月ごろ食べる蜜柑にも、まだ鮮烈な香りがあり、そうして、実は水気を
たっぷり含んで、小房の皮は薄くはちきれんばかり。
小房の皮ごと食べて何の違和感もなく、甘味は濃厚だった。
今の蜜柑。香気はすぐに失せる。甘味も酸味もどこかぱあっと
抜けていて物足りない。
しかも、小房の皮がやたらに厚くて堅い。
そうして、正月ごろには早、蜜柑の香りではないような、アルコール臭のようなものが
し始め、皮は実から浮いて、ぶかぶかになってしまう。

ああ、青き蜜柑よ。
束の間の若さよ。

今の蜜柑と同じように、今の人間は、
まだ熟しもしないうちに枝から無理やり切り取られ、
ぎゅうぎゅう箱詰めにされて巨大な倉庫のようなところに集められ、
そこで出荷を待つうちに、色も香りも味わいも半ば失って、
まるで美味しくない蜜柑のように、薄味で硬くなっていっていはしまいか。

私はそういう蜜柑になることに抵抗する。
老いが来るのは仕方がない。
が、せめて。
心だけでも、『清冽さ』を保って生きていくことは出来ないものだろうか。
虚偽を他人にも己にも許さぬ勁い(強い)こころ。
不正を憎むこころ。
大人になっても柔軟さを失わぬこころ。

そうして、全き成熟を願うこころ。
だって、味の濃い、香り高い蜜柑になりたいじゃありませんか。


私はこの、青い蜜柑を愛する。
その、可能性を秘めた、若き心を愛する。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

恋する「もの」たち ① 『口紅』

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先のフェティッシュ、の記事と関係なくもないのだが、
男の人は、女の人の口紅を、本当のところ、どう思っているのだろう。
同様に、マニキュア、というものをどう感じているのだろう。

好みは人それぞれ。
女の口紅をフェティッシュの対象として、偏愛する男の人もいれば、
口づけを交わすとき、自分の唇に口紅がついたり、油脂の香りがするのは嫌だ、
と嫌う人もいるだろう。
また、一緒に食事をしていて、グラスや箸などにべっとり口紅をつけて平気な
女を見て、百年の恋も冷めた、という殿方もいらっしゃるかもしれない。
が、ともかく、平均的な感情として、男の人は女の人の口紅が好きなのだろうか、
嫌いなのだろうか、それともあまり関心がないのだろうか。

私自身は、と言えば、顔を洗ってから化粧水で肌を整えるだけで、
いわゆる化粧らしい化粧というのは昔から口紅一本だけ。
ファンデーションも塗らなければ、マスカラも頬紅もしないで通してきた。
どちらかというとくどい顔。さらに目の化粧などすると、
狸のようにみえてしまうからで(笑)。
ただ単に化粧が下手だっただけかもしれないが。

そういう私にとって、唯一の化粧道具である口紅は、
そのフォルムといい、色といい、またかすかな香りといい、
子供の頃から憧れを感じるものであったし、今も心魅かれる「もの」の一つである。
私の、口紅に関する悲しくて愉快な思い出を一つ。

彼岸花。実は「故郷の廃家」というブログを、このブログの前にやっていた。
前から私をご存じの方は、「公園沿いの家」というタイトルの、私の思い出の家を
書いた文章をご記憶でいらっしゃるかもしれない。

それは、私が小学校3年生。とある地方都市の大きな公園近くの
小さな家に住んでいた頃のことである。
その頃私は、父と別居して小さな食堂をその町に開いていた母と、
大学を生活のために中退して、少しグレかけていた兄と、
まったくグレてしまって(笑)家に殆ど寄り付かない次姉と、
一応4人でその小さな家に住んでいた。
昭和30年代。もうはるか昔のことである。

母はその当時40代半ば。
今40代、と言えばまだまだ若く美しい女性がほとんどだが、
昭和のその頃の女の人は、生活に疲れていたか、今の40代よりは
ずっと老けていた。とりわけ私の母は、子供のためだけに生きて、
自分の女としての部分を封印したような人で、他の同年代の女性に比しても
さらに老けていたように思う。
髪だけは豊かで美しかったが、顔は全くの化粧っ気なし。
家にある化粧品と言えば、母が洗顔後につける、クリーム一つだけ。
鏡台、というようなものもなく、およそ艶めいたところなどない人であった。

さて、その日は、街の大きな夏祭りの日。
私も早くに銭湯に行って、夕暮れ、友達と誘い合わせて、夜店などを見に
行くことになっていた。
浴衣は母が出しておいてくれた。
この私の浴衣は、我が家がまだ生活が豊かだったころの名残を僅かにとどめるもので、
素材は、夏の絹の代表ともいうべき「絽」であった。
私が小学校1年生の時、姉のと私のと2枚、母が見立ててくれたもので、
姉のは、青の地に大胆な向日葵の柄。私のは白地に赤い大きな井桁模様のもの。
初めは姉の美しい花柄の浴衣の方がいいなと不満な私だったが、
白地にただ井桁、というのも小さな女の子の柄としては珍しく、
その頃は私のお気に入りの浴衣となっていた。
背が急に伸びて、揚げを下ろしても、少しちんちくりんになりかかっていたのは
少し残念だったが。

さて、夕暮れになってこの浴衣を着せてもらった私。
母は夕方の食事客を迎えて、店で忙しくなる時間帯であった。
一緒に夜店に行くはずの友人はまだ迎えに来ない。
柱にかけた小さな鏡をのぞく。
そこには、ふろ上がりに、汗疹よけの天花粉を首筋に白くはたいた
私の顔が映っていた。
何か物足りない。
そうだ!口紅!

子供達のうちのある者は、祭りの日だけ、顔に母親の、いい匂いのする粉白粉を
パフではたきつけてもらって、赤い口紅をちょんと塗ってもらって夜祭りに送り出して
貰える子もいた。
私は常々それをうらやましく思っていた。
そうだ。私もお化粧したい!

しかし、我が家には、口紅はおろか、粉白粉もない。
でも、粉白粉は、汗疹よけの天花粉をはたけばいい。
問題は口紅である。
私は、常々、これはと思う特別な日に一度実行してみよう、と思っていたことを
夕暮れ迫った部屋で実行に移してみた。

「行ってきます。」
友人が誘いに来て、外に出る時には、調理場の横を通っていかねばならない。
私はささっとそこを通りぬけようとした。
が、前掛けで手を拭きながら出てきた母とまともにぶつかってしまった。

母は一瞬何も言わずに私の顔を見ていたが、やがて私の手をつかむと、
奥の部屋に連れて行った。
そこで私は、口紅の代わりに、印鑑の朱肉を唇とそして頬や瞼にもうっすら
縫ったことを白状させられてしまった。

母は笑いをかみ殺していたが、そのまま行かせてほしいと乞い願う
私の想いなど、これっぽっちも斟酌せず、さっさとチリ紙で、それらを
綺麗にふき取ってしまった。
そして何も言わず、私の背を押した。行って来なさい、という合図に。

夜、母がその話をして、私は姉にバカ呼ばわりされた。
優しい兄はただ笑っていた。

ぐれて大人っぽくはあったがまだ18歳になったばかり。
高校時代は陸上の短距離や槍投げなどをやって男っぽい気質で、
その頃はまだまったく化粧っ気なしだったこの次姉は、
後年水商売の道に入った。
切れ長の眼もとにアイラインを入れ、口紅をさして化粧を仕上げ、
夏草を描いた涼しげな絽などの着物を着てきりりと帯を締め、鏡の前で振り返ると、
妹の私でも惚れ惚れとするような、水も滴る粋な姿の「ママさん」の出来上がり。
口が悪く私にも手厳しかった姉は、そんな美しい姉に変身を遂げた。


これが私の、口紅に関する、愉快でちょっぴり悲しい思い出。


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 『男の人の腕』 「愛しき(かなしき)もの」その一

私がひそかに好きなもの。
私がひそかに恋するもの。
それは『男の人の腕』、である。

私が男性を好きになるとき、その人の顔はともかく、この、『腕』、が気に入るかどうか、
ということは結構大きく影響してくる。
たくましい腕。美しい長い指・・・・。いいえ、そんなことは判断の基準にはならない。
細くて弱々しい腕であろうが、ぷっくりして女のような指であろうが、それは一向構わない。
要するに、その人にピッタリの腕、その人にピッタリの指であれば私はいい。
例えば作家にして新党日本代表の田中康夫氏の指。
色白でぷっくりしていて、女の手のようである。
何かいつも、軽く丸く握られているような掌であって、あの手がすっと延びて
例えば女の人をしっかりとかき抱くなどということがちょっと想像できないような、
甘ったるい感じの掌と指である。
でも、あの手は、彼の顔と体の他の造りにぴったりと合っていて違和感がない。
田中康夫さんに別に恋しているわけではないが、あれはあれでいい指だと思う。

私はむしろ逆に、男の人の繊細な指の方が苦手。
芥川龍之介のような全体に長い感じの顔と体躯の人で、しかも精神の
研ぎ澄まされた人が、長い繊細そうな指をしているのは、ああ美しいな、と思うが、
精神が未熟なのに指だけ妙に繊細で長く美しい、というのは駄目である。

また、私が好きになる男の人の手で絶対条件になるのは、清潔であること。
清潔、と言っても、肉体労働をしていて、日に焼けていたり、脂が染みついていたり、
そういうのは気にしない。
要するに、手をしっかり洗ってくれさえするならばそれでいい。
逆にどんなに美しい形をしていても、ご不浄に行って手を洗わない男は嫌である。
洗っても、指先だけをちょろっと水で濡らす、というのはもっと嫌いかも知れない。
しっかりと、ごしごしと、流水の下で手を洗う男。それだけで私はその腕を好きになる。
洗う時、袖をぐっと捲り上げてくれていたら、もっといい。

煙草を持つ男の手。
これはもうどんな人でも好きになる。
一連の動作をする、その手の動きが皆いい。
煙草をシャツの胸ポケットから取り出す手。
一本抜きとって、ライターをとり、火をつける時の横顔。
大抵男の人はその時、顔をしかめるのもいい。
一息大きく吸い込んで、それを吐き出す時の横顔。
煙草を持つ手はどんな形でもいい。
親指と人差し指でつまむ持ち方であろうが、人差指と中指の間に挟む
持ち方であろうが、それが深かろうが浅かろうがどんなでもいい。
また深々と吸いこんでゆったりとした気持で吸っていようが、
イライラと煙草に手を伸ばすのであろうが、どちらでもいい。
願わくはこれも、白いワイシャツの袖をまくりあげている腕ならばもっといい。

仕事をしている男の手も好きである。
資料を求めて、本棚に伸ばす手。
さっさっと慌しげにページを捲る指。でも、ここで唾をつけたりするのは最低。
製図板の上に置かれた手。
木材を運ぶがっしりとした腕。
車のハンドルの上に休めた手。これを好きな女は多いのではないかしら。

こう書いてくると、男の人の手なら、どんな手でもいいと言っているようだが、
そこには何か、これは良い、これは嫌、という基準はある気がする。
その基準はいったい何なのだろう、と考えていて、出した結論は、
平凡な結論のようだが、私の場合は、そこにやはり男の「強さ」「靭さ」、
を感じさせるとき、ああ、いいなと思うのであるような気がする。
ただしそれが意識的にであってはぶち壊し。見せびらかしの強さではだめ。
無意識のうちに、女にそれを感じさせる手に、恋してしまうようだ。

一つそういった例を挙げよう。

話が飛ぶようだが、私は民放のテレビ局の女子アナ、というのがどうも好きでない。
彼女たち自身が、というのではなく、個性も知性も豊かであろう女性たちを、
ただ、番組の花としてとか、いじられキャラのようにしてとしか扱わないような
番組作りが大嫌いである。
そういう中でただ笑っている女子アナ、というものの存在が嫌いであった。

ところがある時、何かの番組で、男の人のどういうところに魅かれるか、
というインタビューを、休憩中?の女子アナにしていた場面があった。
すると、名前も顔も思い出せないが、ある女子アナが、
「私は、別に付き合っているとかそういう人ではなくて、たまたま仕事上の
知り合いとかで、一緒に交差点を渡る、というような状況になった時、
信号が青に変わった時に、その人が私の腕のここをぐっと握って信号を
一緒に渡ってくれた時、ああ、いい!と思ったことがあった。」と、
自分の手首の上あたりを差しながら語っていたことがあった。

「ああ!わかるわかる!」と、私は一ぺんでその女子アナが好きになってしまった。
ただ恋人のように手をつなぐのではないのである。
よくあるように、二の腕を優しくつかんでエスコートするというのでもないのである。
「そら。信号が青になったよ。渡ろう。」、と、
女の人の手首の辺りを上からしっかりととって人波をかき分けていく。
その男の人の手。あなたも「いい!」とお思いになりませんか?

要するに、私は、「決断」、を秘めた男の人の手に魅かれるのであるような気がする。
その時は別に大したことはしていなくても、いざとなるとぐっと強い手。
そういうものを予感させる手と腕に。
そうして究極の条件として、精神の清潔さを感じさせる手と腕に。


ちなみに、男女の関係なく、見事に美しい腕だなあ、絶品だなあ、と
私が思う腕は、女子ソフトボールの金メダリスト、上野由岐子さんの腕である。
彼女の腕の美しさを意識してみたことがない人は、一度、試合中のところを
観てごらんなさい。絶品の腕である。ただもう健康で美しい。


彼岸花さんはまた、今、ある腕に恋している。
誰の腕かって?それは秘密。
実際には無い腕かもしれないし、あなたの知っている腕かもしれない。
(あなたの腕かもしれませんよ。男女関係なく腕と手に心魅かれる
彼岸花さんですから。笑)




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「愛しき(かなしき)もの」

フェティシズムという考え方がある。
もともとは、人類学・宗教学で、呪物崇拝、を指していた言葉らしいが、
今では、心理学の立場から、本来性的対象とは言えない、異性(もしくは同性)の、
靴や服装の一部、また体の一部などに性的魅力を感じることを指して言うことが
殆どである。
本来のフェティシズムというのは、そういう状態がある程度長期に持続し、
それに依らなければ性衝動を満足させられないとか、それがあるために、
社会的に何らかの障害を抱え込んだり、本人が苦悩するといった、
ある種の性的倒錯を指す精神医学的な用語であったのだが、
この頃では、「私、~フェチなの」という風に、ただ、そういうものが好き、というくらいの
軽い使われ方をしていることも多いようである。

さて、ここで私が述べようとしているのは、その最後の、
「私、~フェチなの」といった程度の嗜好の話についてである。


私はどちらかというと、生身の恋愛に関しては、かなり臆病でしかも淡白である。
恋愛に関してばかりでなく、対人関係全てにおいてそういうところはある。
いや、人生そのものに対して淡白であったかもしれない。だからこそ、こうやって、
人里離れたどくだみ荘に、ひっそり隠れ住むようにもなったのである。

一方で、男女を問わず、恋愛体質の人というのもあるようだ。
私の娘などは、親に似ず、この恋愛体質を濃く持って生まれてきたようで、
それが、芸術家のはしくれである彼女のエネルギー源にもなっている。
私と全く反対。
これをお読みになっていらっしゃる皆様、あなたはどうですか?

しかし。そのような私も、まったく恋をしないかというと、そういうわけでもない。
ひそかに何かを好む、ということはあって、時々恋に似た感情を抱くこともある。
ただその、「私が恋するものたち」、ここで触れるのは残念ながら
その対象は特定の人ではなく、時に単なる「もの」であったり、
あるいは対象が「ひと」であっても、その体の一部であったり、
その「精神」に対してであったりいろいろである。

このブログでは、そうした、私が恋するもの、
いにしえのふみで言うところの、「愛し(かなし)」という言葉にぴったりの
感情を抱くものごとについて折節書いていってみようと思う。

「かなし」
   ①悲しい
   ②可愛い。いとしい
   ③心を魅かれる。趣がある

私がここで言うところの「~フェチ」という嗜好性は、上の②と③を合わせたような感情のこと。
さあ、私、彼岸花は、何に対してフェティシストであるでしょうか。


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「このブログについて」

どくだみという花をご存じでしょうか。
5月から7月ごろにかけて、庭の半日陰になったようなところに、
ひっそりと白く咲く花です。
花びらのように見える白い部分は実は花ではなく総苞片というもので、
真ん中のしべのように見える黄色い部分が、おしべとめしべの集まった花です。

手折ったり、足で踏みつけたりすれば、特有の青臭いにおいが、ぱあっと
立ち上ります。
この青臭いにおいを嫌う人もいますが、私はこれを夏の庭の香りとして
愛しています。

今は家庭園芸を楽しむ人が多くなり、どくだみのような雑草は邪魔者として
引っこ抜かれてしまうことが多いのか、最近は、そうした、手入れの生き届いた
綺麗な庭で見かけることは少なくなってしまいました。
私が子供のころの各家の裏庭や薄暗い路地には、必ずと言っていいほど、
このどくだみが生えていて、特有の香りが辺りに漂っていました。

私の家の庭は、せまくて日当たりが悪いせいか、このどくだみがよく
繁茂します。放っておくと、地下茎でどんどん増えていき、他の植物の
栄養を奪ってしまうのですが、その花は意外に気品のある、純白の姿が
風情があり、私は無碍に引っこぬくことをせず、放ってあることが多いのです。

「どくだみ荘」と言っても、別にアパートではありません。
「荘」というのは、「いなかやしき」とでも言うくらいの意味です。
また、「日乗」(にちじょう)というのは、「日記」と同じ意味です。

さて、このどくだみの白い花の香る小さな茅屋で、
私が折節考えることを、これから日々綴っていきたいと思います。
なぜ、コメント欄を設けないか。
それは決して、ここをふと訪れてくださる方々を
拒む意味のものではありません。
むしろ、コメントなどというものの存在を気にせず、
書き手の私と、読み手のあなたとの、より純粋な、
魂の触れ合いの空間にしたかったからです。

お読みいただいてそのまま去っていただいて結構です。
ただ、何か伝えたいことがおありの時は、ドアをノックしてください。
ひっそりと隠れ住む私も、そうすればそっと顔を出すでしょう。
それは、どくだみの花に似て、白くかすかに艶めいているかもしれません。

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プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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