『母の残したもの』

我が家のささやかな庭にある、赤い藪柑子の実。
それが母の形見だと、いくつか前の記事で書いた。

縫物に関連して、こんなものをご紹介。
これも母の形見、と言えるかもしれない。

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赤い縮緬(ちりめん)の布。

今私は、ある必要があって、赤い布ばかりを集めて縫い合わせるドレスというか、
女性の下着、長いスリップのようなものを何枚も作っている。
着るためではなく、飾るためのもの。

そのために赤い布地を何種類も、10メートルづつくらい買って、それに、家にある
昔の着物の裏地の紅絹や、赤い地模様の着物など、これまでに貯めこんでおいた
布地も総動員して、かなりの数の赤い服を作る予定である。

その中の一枚の布がこれ。
今回集めた生地の中では一番上等の布かもしれない。
しっとりと重みがある、ということは、同じ絹でも上等の糸で
織ってあるということ。
振り袖などを買う時に、ふわあっと軽く、冬の風に裾が翻るようでは、それは
あまりいい絹織物を使った振り袖であるとは言えないようだ。

実はこの、真紅に白い鶴を絞り染めで描き出した縮緬地。
私の一番上の姉の、子供の頃の振り袖だった。
私のブログによく出てくる、フーテンの寅のような次姉ではなく、
故郷の高原の街に住む、長姉。
私とは18歳年の離れた姉が子供の頃、というのだから、今からそう、
75年以上前の布ということになろうか。

最初この絞りの着物地は、小さな姉の晴れ着として買われた。
山奥の村のこと。いったいどうやってこういう布を父母は手に入れたのだろうか。
年に一度大きな荷物をしょってやってくる顔なじみの行商の呉服屋からでも買ったか。
それとも、東京の陸軍士官学校に入っていた若い叔父が、帰省の折にでも
頼まれて買ってきてやったのであったろうか。

さあ、この赤い振り袖を小さな姉は何年間くらい晴れの場に着たであろうか。
いよいよ小さくて着られなくなると、それはおそらく、幼くして亡くなってしまったが、
その下の妹たちが着たであろう。

いよいよ小さくて誰にも着られなくなったとき、母はその振り袖をほどいて、
長姉の長襦袢にした。長襦袢というのは着物の下着のようなもの。
でも、まったくの下着と言うと語弊があって、上の着物の袖口や裾から時折
ちらりとのぞく長襦袢の色を、日本人は長いこと大事に考えてきたのである。
確かにこの緋色。女の白い腕が動くたびに、地味な着物の袖口などから
はらりとのぞいていれば、さぞ鮮やかに美しいことであろう。

襦袢の次に、この縮緬の布は、母の手によって再びほどかれて、
客用の掛け布団に仕立て直された。

そうして、昭和27年ごろ。小さい彼岸花ちゃんの、夏の浴衣になった(笑)。
ただこの縮緬という布。水に濡れるときゅ~っと縮んでしまう。
夏の暑い盛り。汗で縮まなかったのかな、と思うが、何回も仕立て直され、
着られているうちに、布自体もだいぶ薄くなり、縮緬独特の『しぼ』も
だいぶとれて全体が柔らかくくたっとなっているから、少しは水に耐えるように
なったか。
というよりは、母が汗に縮むことを恐れて、あまり着せてくれなかったような気もする(笑)。

さてそれから、この着物がどうなったかと言うと、最後は娘時代の私の『おこし』になった。
『おこし』というのは『腰巻』のこと。
着物の下着。今で言うと、ペチコートのようなものだろうか。

貧しくて、年頃の娘に美しい高価な着物など買いたくても買ってやれない母が、
せめてもと、絣の渋い着物と、美しい洋服地で『道行き』という軽い着物用の
コートのようなものを縫って、東京に出た私に送ってくれた、
その時、この腰巻も一緒に入っていたのである。

淡い黄色の木綿地を足して、その腰巻は、母の手早いが綺麗な針の運びで
縫われていた。
でも私はこのおこしを使っていない。下着にするには勿体なさすぎるからである。
ずうっと着ないまま何十年も、私はそれを引越のたびに持ち歩いてきたが、
去年、思い切ってほどいて、この元の布の形に戻した。

娘の百徳を作ってやるためである。
『百徳』というのは、着物の様々な残り布を、その配色などを
工夫しながら丁寧に縫い合わせて作る美しいつぎはぎの羽織のようなもの。
これも、着るため、というよりは、展示のため。

娘のためとは言いながら、母が私のことを想いながら、
一針一針縫った腰巻の、縫い糸をぷつりぷつりとハサミで切っていくときには
胸がそのたびにちくちくと痛んだ。
母の小さな器用な手の跡を無残に消していっているような気がしたから。

そうして、何より胸がきゅ~っとしたのは、
母が使った糸が、継ぎ足し継ぎ足ししてあったことである。
私などは、縫物をするとき、糸を惜しげもなく使う。
ちょっと短くなって縫いにくくなると、パッと捨てて新しい糸に付け替える。
ましてほどいた糸など、二度と使おうとは思わない。
ところが母は、何か別なものをほどいたときに、その縫い糸をとっておいたらしい。
私の腰巻を縫う時に、その糸を再利用と言うと今風だが、
要するに貧しいので新しい糸を買うのも極力少なくするため、そうやって、
ほどいた糸を使っていたのである。

これをみみっちいというか、つましいというか。なんというか・・・。
その母の手の跡の残る縫い目を惜しげもなくハサミでプツプツ切っていきながら、
私は母のあわれさに涙が出そうになってしまった。

そこでふと思ったのは、これは家族の私のためだからいい。
しかし、ひとさまの着物を縫って生計を立てていた母。
まさか、頼まれものの晴れ着など縫う時にこういうことをしてはいまいな。
ちゃんと糸は新しく買っていただろうな。
思い返してみると、糸を買いに行かされた記憶はある。
だから、基本、新しい糸を使って縫ってはいただろう。
でも、いよいよ糸代にさえこと欠いた時。そう気張らなくていい仕立て直しのものの時、
おそらく母は、こうやって糸を継ぎ足し継ぎ足しして縫っていたかもしれない。
いや、母だけではない。昔の女はそうしていたものなのかもしれない。
つましいことは美徳なのであった。

赤、緑、青、黄、紫、茶、灰色、金色・・・、
同じ赤でも微妙に色の違うものなど、たくさんの色とりどりの美しい糸が
私の糸ケースの中には貯めこまれている。

一枚着物を縫うたびごとに、乏しい前の縫い賃から、次の糸代を工面して
出さねばならなかった母・・・。
あの母が見たら…。この赤い布が何十メートルも広がっている部屋。
さまざまな着物の端切れが絵のように広がっている、この私の部屋を
あの母がまだ生きていてこれを見たら、いったい何と言うだろうか。

「まあまあ、あんた、これはまあ・・・」そう言ったきり絶句するかな。
自分が娘のこの私にしてやれなかった潤沢を、今、私が自分の娘で
果たしていることを、半ばあきれつつも喜んでの「まあまあ!」。
自分もこういうふうに、娘の私にしてやりたかった、そう少し悲しく思うかもしれない。

そうして、想い余ってその先は何も言えず、
その小さな掌で、私の二の腕あたりをただ撫でさするのだろうな。


[追記]

母が縫ってくれた腰巻の、赤い縮緬以外の部分、淡い黄色の木綿の布は、
母の手の跡を残して、今も大事にしまいこまれています。
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『旧友』

私の旧友というか、相棒のミシン。


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娘が生まれてすぐに買ったので、もう36年以上使っていることになる。
今でも、このミシンが来た日のことははっきり覚えている。
ミシン会社のひとが届けに来てくれて、使い方の指導をしてくれたのだが、
私は機械に不器用で、すぐに上糸と下糸を絡ませてしまい、何度もやり直しをして、
それでなくても、夏になりかけの頃。大汗をかいてしまったから。
ミシン会社のひともあきれていただろうと思う。

でも、そのうちに使いこなせるようになり、以来、これまでにいったい何枚くらい
これで洋服その他を縫ってきただろうか。

はじめて縫ったのは、6カ月になる娘のよだれかけ。
それから、ブラウス、スカート、パンツ、ジャケット、オーバー、帽子、・・・
かれこれ千着くらいは縫っているんじゃないだろうかな。

モーターのベルトが伸び切って2回ほど取り換え、手元を照らす電球を一回
取り替えただけで、本当に休みなくよく働いてくれている。

今縫っているのは、娘のブラウス。
彼女は闘争的気分の時、赤い服を着たがるので、今はそうなのかな(笑)。
不思議なことに、彼女は絵の方も、気分が高揚しているときには赤い絵が多い。
気分が沈潜しているときには、青や緑の沈んだ色調の絵を描くので、すぐそれとわかる。

ハサミ。
置き方にふと自分で気づく。
みなさん、お気づきになりましたか?
そうです。私、左利きなんです。
ただし、ハサミを使うときと、タオルなどを絞る時だけ(笑)。
お箸や鉛筆は小さい頃矯正させられたか、右手で持つ。

洋裁は習ったことはない。
本を見て独習。
だから、ひとさまのものは縫えないし原則として縫わない。
ちゃんと基礎から習っていたらよかったろうが、
ご覧のとおり、印つけも、板書用のチョークで代用(笑)。
白い線が見えるでしょう。
きわめて大胆といえば聞こえはいいが、大雑把である。

いろんなことを何でもやるが、どれも素人。
それが私のいつも悲しいところである(笑い)。


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『誰も知らない』 ③

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今日の、私の住む町の夕暮れ。
午後5時近くの、いつもの橋の上からの眺め。

昨夜は夜半もかなり過ぎてから雪が降り出し、
2センチほど積もって、このあたりも一面真っ白に雪化粧していたのだが、
そんなことが嘘だったかのように、どこにも雪の痕跡が残っていない。

いつも夕暮れ時は、誰しも人恋しい想いにとらえられるもの。
例のごとく私も、橋の上から一人、暮れていく空を眺めていると、
「ああ、今のこの時、この風景を眺めて知っているのは私だけ!」
という、憂愁にかられてしまった。

だいぶ日は長くなっては来たものの、夕日が山の端に沈む前の
一瞬の光芒、それは、今日という日のものは今この時しかない。
あわいバラ色に染まったあの雲のかたち。あれも、今この時だけのもの。
浅い川の水の流れに映った、その雲のバラ色も、今だけのもの。
もう二度と同じこの『今』は巡ってこないのである。

ああ、そんなことは当たり前のこと・・・・。

そんなことはわかっているのだけれども、
それは知っているのだけれども、この一瞬。
2010年2月18日、午後4時・・分。
この私が、橋の上に立って、
さまざまに頭に去来する想いを、静かに胸の内に収めながら、
一人夕日にカメラを向けていたこの一瞬。
この一瞬を愛さずにいられようか。

向こう岸の道路を、テールランプを赤く輝かせて、一台の車が行く。
そこには、名も知らぬ誰かがハンドルを握って、夕暮れのその人なりの想いを
また抱いて座っているはずである。
彼乃至彼女は、今この時、この場所を行く自分の車の後姿を、
私が遠くの橋の上から、カメラに収めて、こうやって、
半永遠の写真という形にとどめたことなど全く知りもしない。

沈みゆく夕日の一瞬の煌めき。
そのちょうど下あたりの陰をいく一人の男性。
私はこの時、2枚だけ続けて写真を撮ったのだが、一枚目の写真に彼は写っていない。
今、この時、そこの家の中から出てきた、おそらくこの家の住人なのである。
彼も、自分の姿が、永遠にとどめられたなどということは知らない。

そうして、暗い陰になりかけた川床の、葦などの枯れ草の中に、
一羽、白い鳥が佇んでいるのが、かすかに見てとれるだろうか。
対岸の桜並木の影が川面に逆さに写っている、丁度そのあたりに、
ぽつりと白く見える小さな点が。
おそらく、五位鷺である。
今日という日の最後の食物を求めて、川べりに佇む。
これも一枚目の写真では、はっきりと横を向いていた。
彼も、鳥なりの頭で、何かを思っていたはずだが、私という人間が
自分の姿を写真に収めているなどとは勿論知るまい。

そうして・・・ああ!
私が2月18日という日の夕暮れ時のこの一瞬、
この橋の上でカメラのシャッターを押したとき、

あなたという方が…、
そうして、何十億というこの地球上のひとが…、別々の場所で…、
何かを想い、何かを憂え、何かを求めて、
あなた以外の誰にもわからない想いを抱いて、
確かに、確実に、存在していたわけである。
そうしてさらに。
太陽、空、雲、鳥、樹木・・・・なべてこの世にあるものがみな。

たとえ、一人一人のひとがお互いを知らず、
知っていてもときに心が通い合わず、ときに
『人は絶対的に孤独』という、深い憂愁の想いにとらわれたとしても、

どうしてこの一瞬を愛さずにいられるでしょうか……。








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『無聊な夜に』

春とは名ばかり。
東京ははっきりしない雨もよいの日が続いている。

昨日午前中わずかに晴れ間が出たものの、すぐに空は曇って、
今日もほぼ一日寒い雨の日だった。
いっそ雪になってくれたら、と思うが、びしょびしょびしょと
冷たい雨が降り続くばかり。

そういえば、このところいったい何をして毎日過ごしていたのだろう。
あまり外にも出ず、と言って家で何をしていたというわけでもなく、
普段、何か手を動かしていないと気のすまない私にしては珍しく、
ぼんやりとした日の過ごし方をしていた。
冬季オリンピックさえ、いつもほどにはこころを惹かれない。

これではいけないな。
雨の夕暮れの写真でも撮りに行こうかな。

そう思って、デジカメを持って、買い物がてらの散歩に出た。
でも、いつも通る道には何も変ったものもない。
買い物を済ませた頃には、もう写真を撮るには暗くなりすぎて
しまっていた。
銀行に寄って入金し、「ああ、帰るか!」と、家のほうに足を向ける。
花屋ももう店じまいか、照明を少し落として、店先の鉢などを
奥にしまい始めている。
こんな雨の夕暮れ、場末の花屋で花を買う人ももうあまりいまい。
私も店の前を通り過ぎた。
10メートルほど過ぎて、ふと足を止める。

「そうだ!こんな時こそ花を買おう!」

私が近所なのにもかかわらず、そこの花屋に
あまり行かないのは、花の仕入れが単調だから。
売れ筋の花しか置かないような悲しい花屋だからである。
『悲しい』という言葉を使ったのは、そこの主人がいい人だからで。
誰がいったい、平凡な花ばかりを店先に飾りたいだろう。
気骨のある花好きの店主なら、変わった花も置いてみたいだろう。
しかし、場末のかなしさ。売れ残って商売にならなければ仕方がない。
その悲しみをいつも私はこの店主に感じる。

今日私は、スーパーで雨の日なのにかさばる物を買って、荷物は重かった。
傘もある。
それなのに、なぜ、私が10メートルも過ぎてから、わざわざその花屋まで戻ったか。

それは、「こんな暗い雨の日。もう客もおそらくあまり来ないだろう」、
そう思って、外を呆然と眺めていた若い花屋の主人の立ち姿のシルエットが、なぜか、
私の胸の内にある、ある屈託に響き合ってきたからである。

傘をすぼめて少し薄暗い店内に入る。
案の定、店のショーケースの中には殆ど花がない。
いつもはある薔薇さえ今日はなかった。
仕方ない。店の表に出してある、売れ筋の春の花から選ぶしかないな。
でも、今日のその時の私は買い気。
店を見渡していると、隅のほうの花入れの中に、早咲きの桜の枝を見つけた。

「そうか!この子が私を呼んでいたんだな」

合わせた花はスイートピー。
私にしては珍しい。ピンクという色がどちらかというと苦手だから。
でも、がんばって大きな花束を抱えて家に帰って活けて見ると、案外にいい花になった。

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夕食の後片付けが終わった頃には、雨も上がった。
いつも写真を撮るのに使う私の部屋のベンチチェストの上に花を置く。
窓をガラガラと開けてみた。


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雨上がりの、かすかに春の夜の香りを含んだような、
しっとり湿った冷たい空気がさあっと部屋に流れ込んできた。
スイートピーと桜のほのかな香りも。
おお。スイートピー!
こんなあまい気品のある香りをさせるのか!

「ああ!これだこれだ!」
これが今、私がいちばん求めていたものかもしれない。


この春の夜の、花の香りと清新な空気を、
今、何か屈託を抱えて哀しんでいる人、
無聊を抱えて沈みがちなこころに届けられたらと思う。


 




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『猫の恋』 愛しき(かなしき)もの 其の十三

深夜1時半。
とっくに日付も変わった。
今日もいつものように夜が更けていく。

明日すぐに縫いだせるように、布でも裁っておこうかと型紙などを用意していると、
近所の人々が皆、寝静まった暗い家の外で、一匹の猫が啼く声が聞こえてきた。
「ああん!ああん!」と甘えるような声。
我が家の玄関先あたりを横切って遠ざかっていく。

「ああ。もう、猫の恋の季節か!」

春と秋と大体年に二回、猫に恋の季節が訪れる。
この時期の猫の声はそれはそれはすさまじいものである。

「ああううん、ああううん!」
「ああおう。ああおう!」
「あわあ、あわあ!」
「おわあ、おわあ!」

そういえば昔、恋の季節になると、「あわわ!あわわ!」とはっきりと
聴き分けられる鳴き方をする猫がこのあたりにいて、
私はひそかに彼を『あわわ』と呼んでいたのをふと思い出した。

『あられもない』という表現があるが、まさにこの言葉がぴったりするような、
普段の猫の鳴き声とは全く異なる悩ましい声で、猫たちは恋の相手を夜な夜な
探し求める。
まだ2月半ば。少し恋の季節には早いのではないかと思うが、
今年になって深夜にこの声を聴くのは2回目である。

『猫の恋』を季語として詠んだ俳句を、試みに検索で探してみた。
何十句と拾い読みしていったが、その中で私が、「ああ、これこれ!これこそが猫の恋の
あられもなさとせつなさをよく表しているな』と思ったのは次のこの句。

たまきはるいのちの声や猫の恋  
                          五十嵐播水

『たまきはる』とは、漢字で『魂極る』と書く。
『いのち、うち、世』にかかる枕言葉である。

ああ、何と巧い句ではないだろうか!
本当に、つがう相手を求めて深夜、寝静まった家々の間を徘徊して回る猫の
恋の叫び声は、『魂が極った』という表現がぴったりするような、
荒々しくもせつない、命の声である。

萩原朔太郎の有名な詩もあるな。

猫  

まつくろけの猫が二疋、
なやましいよるの家根のうへで、
ぴんとたてた尻尾のさきから、
糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
『おわあ、こんばんは』
『おわあ、こんばんは』
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』
『おわああ、ここの家の主人は病気です


でも、この詩は、猫の恋の激しさせつなさを表現してはいない。
この詩の眼目は、春の宵の悩ましさにあるのだろう。
猫の恋はもっとすさまじい。

猫の恋の季節が本格的になると、昔はよく我が家の周りでも、
猫が何匹も同時に鳴き交わす声が聞こえてきたものである。
最初は「おわあおう!」「あああおう!」などと2か所3か所から別々に
鳴く声がする。
そこまではいい。
ところが、我が家の窓の下あたりで、いきなり何かが走りすぎる
激しい物音がしたかと思うと、それを追いかける音がして、
ギャギャッ!とかフギャッ!とかフーウウッ!とかいう物凄い唸り声と共に、
2,3匹の猫が取っ組み合いをするすさまじい音がそれに続く。
まあ、そのけたたましいこと!
検索している中にこんな句があって、これもぴったりだと思うので挙げておこう。

おそろしや石垣崩す猫の恋
                       正岡子規
 
さすが正岡子規。猫の恋の凄まじさをこれほど見事に言い切るとは。
それほどに、雄同士が争う物音は激しくけたたましい。
家人などは窓を開けて猫に向かって怒鳴るが、私は大抵笑って聞いている。
騒がしいと言って怒る者もいるし、猫の恋のあの声を不気味がって嫌う人もいるようだ。
でも、いいではないか。
猫だって生きている。恋もする。

ところが、近年、街中ではこの猫の恋の声もめっきり聞くことが少なくなってしまった。
それにはいろいろな要因があるだろう。
まず住宅の密封性が高くなったこと。そうして防犯上から、家々が戸を開け放しておくことが
少なくなったこと。そうして、猫の飼い主によるペットとしての愛玩度が以前より強まって
いることから、よその得体のしれない猫と付き合わせるのを飼い主が嫌うようになったことなど、
猫が昔のように自由に家を出這入りしなくなったからではないだろうか。

野良猫も、いるところにはいるが、絶対数からいえば少なくなっているだろう。
我が家の近くで見かける猫は、おそらく飼い猫ばかり。
流星群の夜、深夜外に佇んで私が空を見上げていたとき、さっと通り過ぎたあの精悍な黒猫、
彼を含めてほんの3,4匹である。

ああ、猫の恋の声さえ、だんだん人間の暮らしの近辺から消えていくのか。
「ああおん!ああおん!」と切なげに啼きながら、深夜、窓の下を
姿は知らねど猫が啼いて通り過ぎる春の宵は、なかなか風情があっていいものなんだがなあ。


人は恋に苦しむ。
思考する動物であるゆえに、あらぬ疑いや自嘲に苦しむ。
まして、秘めた恋、許されぬ恋、かなうあてのない恋なら、
その苦しさはいかばかりだろうか。
胸の底には常に涙が溜まっているようで重く苦しい。
ふと面影を思い起こせば、声を空耳に聞けば、胸がずきんと激しく脈打つ。
まして、失ってしまった恋、還らぬ恋を想う時には、
慟哭の声が胸から突き上げて出そうになっても、人は、黙ってそれを耐え忍ぶ。

ああ、人も猫のように、「おああ!」「ああおん!ああおん!」と、
あのようにあられもなく泣けたらどんなにいいだろう・・・・・。
深夜の町を泣きながら徘徊できたらどんなにいいだろう・・・・・。


最後にもう一句。

恋猫の眼ばかりに痩せにけり
                       夏目漱石 

これもあの夏目漱石が、と思うと何やらおかしい。
「眼」は「まなこ」と読ませたいところだろうか。
高踏派、余裕派とも呼ばれる漱石が、恋する猫に寄せる同情の眼差し。
余裕派の面目躍如と言ったところか。
生涯浮気のうわさもほとんどない漱石。
しかし私は彼を『熱い恋のひと』だと思っている。
あるひとの面影を胸の奥に深く秘めて、それを決して表に出さずに
生涯を送った人なのではないかと思っている。

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『一人遊び』 私の「もの」がたり⑪

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おや、なんだか美味しそうなものが。
私が焼いたクッキー。な~んてのは冗談で、
実はこれは、クッキーの古い空き缶の蓋の写真(笑)。
中に何が入っているかというと。


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紙の着せ替え人形である。

昔。今からもう30年以上前になるかな。
子供がまだ小さい頃。
一橋大学の近くの小さな洋書店か、銀座イエナ洋書店かのどちらかで買ってきたもの。
両方で買い集めたのだったかもしれない。
最初からこういう風に切ってあるわけではなく、絵本のようになっているのを、
一人ひとり、丁寧にハサミで切り抜いていくのである。
ここにあるだけで、4,5冊分の量かな。
本はこんな感じ。
これはもともとフランスで出版されたものがさらに、アメリカ、カナダ、イギリスで
発行された、とある。


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季節はちょうど今頃、1月か2月頃だったろうか。
寒い冬の夜である。
ストーブの暖かく効いた団地の部屋で、
若い母親の私が、一所懸命かたい紙を切り抜いている。
4歳くらいの娘は、私のすぐそばにぴたりと座って、
私が人形を一体一体、ドレスを一着一着切り抜いていくのを待っている。
娘の息が、かすかに私の手元に感じられるほどに近く座って。
早く早く次のを切り抜いて!という願いが、その息遣いに感じられる。

でも、母親の私は急がない。
細かにハサミを動かして、一人一人丁寧に切り抜いていく。
勿論、一晩で一冊に数十個もある衣服や、帽子、傘、靴など
一度に切り抜けるわけもないから、ある程度して疲れたら、
「また明日ね。」と言って、缶の蓋を閉めるわけである。

翌晩は、もしかすると丁度今日のような雨の日だったかもしれない。
ひょっとしたら夜半から雪に変わるかもしれない、という、
今日のような夜。
また、娘が缶をいそいそと自分の小さな机から取り出してくる。
夕食の片付けも終わった、夜8時9時。
私の切り抜き作業がまた始まる。
私の手元を覗き込む娘の小さな鼻息!
だいじょぶ。娘の目を誤ってハサミでつついたりするような、
そんな不用心なことは、若い母親だったけれど私は絶対にしない。


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「この人は?」
「これはねえ。ダフネさんよ。足元にそう書いてある。
ダフネって沈丁花のことよ。もうすぐ沈丁花の花が咲くよ。
いい香りなの。咲いたら教えてあげるからね。」



♪ 『冬の夜の一人遊び』 
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は~い。私、ダフネ。日本語では沈丁花よ。
沈丁花さんって人がいらっしゃるの?私、その方に似てるかしら。
「似てない」って誰かが言ってるわね。
ところで、沈丁花さんってどなた?(笑)

このドレス。わたくしに似合って?


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「は~い!あたくしたち、ダフネさんの友人。
左がカロリヌで右にいるのがベアトリスよ。
まあ!すてきな殿方も見てらっしゃるのに、普段着姿で恥ずかしいわ!
早くドレス着せていただかなくっちゃ!」



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「ああ。これでほっとしたわね。
ところで、ねえ、ダフネ、今度の舞踏会で何を着ていらっしゃる?
ドレスはたくさんあるのだから、もっともっとお着替えしてみたいわね。」
「そうね。みんなで鏡の前で比べっこしましょう。」


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「そうよ。もっともっと。」
「だって、あたくしたち、30年ぶりにクッキーの缶の外に出たんですもの。」

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『夜の物音』 愛(かな)しきもの 其の十二

夜、一人で起きている。
まあ、縫物をしていたり、パソコンに向かっていたり本を読んでいたり。

深夜二時半。
勿論近所の家々は雨戸をしっかり閉ざして深い眠りについている。
この界隈の人々は早寝早起き。今頃起きているのは、私だけじゃないかしら。

し~んと静まり返った一人の夜。
ところが、この『し~んと静まり返った』という、定型的な表現。
江戸の昔なら、実際そうだったのかもしれないが、現代の生活では
これは必ずしも正確ではないのである。
夜、家の内外のものが全て寝静まり、誰も活動していなくても、
物音というものは、深夜でも結構あちこちからしてくるものである。
今こうやって一人起きている私の耳には、実に様々な音が聞こえてくる。

まず、窓の外からは、近くの幹線道路をいく、車の音が絶えず聞こえてくる。
私の家のそう、直線距離にして30メートルほどのところを、幹線道路が通っている。
でも、通りからは引っ込んだところに家はあるので、昼間は、
車の音は普段さほど気にならない。
訪ねてきた人が、「ここは静かですね」というくらい。
ところが、夜は、車の中のひとの気配がすぐ間近に感じられるほどに、
幹線道路の音が耳に直に届いてくる。
勿論昼間ほど、通過する台数が多いわけではない。それだけに、
時折行く車のタイヤの音は、中にいる人の息遣いさえ感じられるほどに、
案外生々しく近く感じるのである。
この深夜、そのひとは一体どこへ向けて、何のために車を走らせているのであろうか。

ずっとずっと昔。私が高校生の頃。
父のいる故郷の高原の町へ、冬、車で帰ったことがあった。
列車で帰れば、5,6時間もかかるところである。
その時、私を車に乗せていってくれた人の顔も、私との関係も思い出せない。
ただ、知人、としか。親戚の誰かだったのかな。
その人が同じくその町へ帰るというので母が頼んで、私を乗せていってくれる事になったのである。
夜の国道をひた走りに走る。
昔のこととて、暖房もない車の中は寒く、私は借りた毛布のようなものを
体に巻きつけて、さほど知りもしない人の車に命を預けて眠っていた。
体は寒いのに、毛布の外に出た顔の頬だけは妙に熱っぽく熱かった。
夜を走る車はいつも、妙に親密な空間。そうして妙に熱っぽさを顔に感じないだろうか。

明け方、故郷の町に一番近い駅にたどり着いた。
寒い冬の朝。白い息を吐きながら車から降り立つ。体が強張ってしまっている。
その人はそこまで。
駅前には猟師のかぶるような耳あてのついた帽子をかぶった小柄な父が、
私を迎えに来て、やはり白い息を吐きながら、駅舎でずっと待ってくれていた。
今、外をいく車の音を聴きながら、ふと忘れていたそんな昔の情景が懐かしく蘇ってきた。

トラックの重い地響きの音も多く聞こえる。
眠くないかな。疲れていないかな。どこへ何を運んで行くのかな。
家族のことや、あるいは、目的地の飲み屋に働く恋人のことなど考えながら、
機嫌良く車を運転しているひとの姿をふと、想像してみる。


さて、家の中。
人が寝静まっていれば、何の物音もしないと思うでしょう。
ところが、意外にいろんな音がする。
まず、炬燵の音。
私はいつも、よほど寒くない限り、エアコンは使わず、暖房は炬燵だけで冬を過ごす。
この電気炬燵というもの。案外にうるさいのである(笑)
常に、何とも表現のしようがないが、う~ん、とでも言うような音を出し続けている。
そうして、壁の掛け時計からは、休まず秒針の時を刻む音がしてくる。
この二つの音が、私の深夜の親しい友。
炬燵からは、時折、サーモスタットが温度調節をこまめにしてくれる
カチン、という小さな音も聞こえてくる。

お茶でも飲むかな。そう思って台所に行けば、冷蔵庫からやはり絶えず低い周波の音が
洩れ聞こえてくる。冷蔵庫の上に電子レンジが載せてあって、普段使わないそのレンジ用の
金網も乗せてあるものだから、冷蔵庫の振動に合わせて、金網がかすかに共振する
音さえする。

お茶を入れて、また部屋に戻る。
遠くでかすかにサイレンの音。救急車が近づいてくるようだ。
でも、ここの幹線道路をいくのではないらしい。

不思議なのは、家の中にはさらに何か、常に正体のわからない音がすることである。
ピシッ!とか、カチッ!とか、パチッ!とかいう、小さな音がどこからか聞こえてくる。
たとえばそれは、立てかけておいた本が、静かに静かに傾く音であったりする。
さっき、買ってきたもののセロファン包装を取り去って、ギュッと握りつぶして捻って、
くず入れに捨てた。そのセロファンが、わずかずつわずかずつ、ほぐれて開いていこうとする
音であったりする。
また、飾っておいた花の花びらが、パサリ!と落ちる音もある。

そうして…。古くなった家の家鳴りの音。
木材が気温で縮んだり伸びたりする。その音が、パキッ!とかコトン!とか
夜の静けさに大きく響くのである。

そうしてさらに。
私のたどたどしいキーボードのタイピングの音。クリックの音・・・・・。
深夜の部屋には、他に誰かいるのかな、と思わせるほど、
ひそかでかすかな音が満ちている。

花びらが落ちる。サーモスタットが働く。秒針の音。
よじっておいたパラフィン紙が、ゆっくりゆっくり元に戻ろうとする音・・・。
そう。それらは皆、『とき』がたてる音なのかもしれないな。
こうやって、私の人生が、少しづつ少しづつ過ぎてゆく。
私しか知らない、私だけの人生の音。


さあ。でも。いい加減で眠らないと。外に新聞配達のバイクの音がしてしまう。
眠ろう。
秒針の音。家鳴りの音。セロファンのほぐれる音・・・。
あなたたち、もう電気を消すから、暗闇の中で勝手におしゃべりおやりなさい。
私はもう寝ます。またあした。



皆さんも、たまに一人の深夜。夜の物音に耳を傾けてみませんか?


テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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