『梅雨の晴れ間に』



雨の曲で有名なものの一つに『シェルブールの雨傘』がある。
1964年のフランス映画。ジャック・ドゥミ監督。カトリーヌ・ドヌーヴ主演。
主題曲が大ヒットしたが、今日は、オリジナルサントラ盤でなく、この人の歌で。




久しぶりに聴いたが、うまい人だなあとしみじみ思う。



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『お休みなさい』



土曜日の夜。
今日は夜更かししていらっしゃる方も多いかしら。
早く眠ってしまって、夜中に目を覚ます方もいらっしゃるかもしれません。
寝醒めの夜の水を、一杯汲んで。
グラスを持ったまままたベッドに戻る・・・。
静かな夜です。

そんなあなたに夜の音楽のおくりものを。
今晩は晴れていれば、満月の夜だったのでしょうか。








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『三人のお嬢さんへ』

『黒い霧 政治というもの』という記事を書きました。
シチリア独立運動の闘士でもあった、山賊サルバトーレ・ジュリアーノの
映画を見たことから始まって、沖縄問題、我が国の防衛問題にまで話を広げた
固い記事だったのですが、お若いお嬢さん三人が、真摯に反応してきて
くださいました。

コメントへのお礼のつもりで、もう一度この問題を取り上げてみたいと思います。
参議院選挙がいよいよ告知されましたが、鳩山さん退陣と共に、国民の関心は
あっという間に沖縄から離れ、消費税増税ということの方に移っていっているように思います。
なんと、風向きが変わるのが速い国民なんでしょう。
というよりは、現政権の消費税の問題については真剣に語るけれども、沖縄問題は
スルーしたいという意図が見え見えで、そこをマスコミもあまりつつかないからでしょうか。
沖縄の人が怒るのも無理はありません。

私は、沖縄問題を語るには、日本の防衛をどうするか、という議論なしでは、
根本的な解決策はないと思う者です。
先日の記事と同じことを言っても仕方がないので、結論から先に言わせていただきます。
私は、日本は今の憲法の精神を遵守して、平和国家に徹するべきだと考えています。

そんなの理想論で現実的ではないよ、と自分でもちらっと思います。
でも、それしか私にはどうしても考えようがないのです。
北朝鮮の問題。中国とのこれから…。
本当に、アメリカの核の傘から自ら出て、丸腰になって大丈夫なのか。
自国の軍備さえ必要なしと、徹底して非戦を貫こうとしても、勝手に
どこかの国が攻撃してきたらどうする?
アメリカから離れることによって、貿易、国交問題が危うくならないか?
…心配はたくさんあります。

でも、逆から考えてみましょう。
アメリカに守ってもらっていて、それでは本当に安全なのか?
日本も軍備して、核まで配備したとして、それで本当に安全なのか?

私には、一番の安全は、日本が世界のお手本になるような、平和主義を貫く国に
なることが、一番の安全なのではないかと思われてなりません。
よその国が攻撃したりするのをためらうほどの、世界のお手本となる国。
小さな国ですが、中南米のコスタリカはその道を歩いていっています。

コスタリカは、憲法で軍隊を持たないことを謳い、軍事費を教育費に充てる。
周囲の国で紛争が起きると、仲裁役を買って出る。アメリカのアフガニスタン侵攻に
大統領が賛成の意思表示をすると、大学生が、大統領の憲法違反を訴え、
裁判所がこれを認めました。それで、コスタリカはアフガニスタン侵攻に賛成した条項を
撤回してもらっています。つまり、非戦を貫こうとしたのです。
本当に、小さな国ながら頑張っています。
アリアス大統領という人はノーベル平和賞を貰っています。
詳しくは、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%AB

日本がこういうことが出来ないとは私は思えないのです。
非戦を貫きながら、世界のリーダーとなる国づくりをすることはできる筈と思っています。

依里さんは、私の記事をトラックバックしてくださって、そこで、
日本、ハワイ、グアムの各国で米軍基地問題を考えている人々の、沖縄問題に関するインタヴューを
載せてくれています。私の英語力は拙く、完全にわかったとは言い切れませんが、
依里さんの記事の助けを借りれば、ハワイ、グアムにおける米軍基地の問題は、
沖縄と同じかあるいはさらに複雑な大きな問題であることが読みとれました。

私も、グアムなどはアメリカの一部なんだから、沖縄の基地はグアムとかハワイに
分散してお引き取り願いたい。日本に米軍基地はおきたくない、と単純に思っていました。
しかしそれは厄介事を、右から左に移しただけ。自分のところで厭なことを、
グアムの人々などに押しつけようとしていただけ、ということを再認識させられました。
グアムなどはひどい。大国の思惑によって勝手に次々に占領されることの連続です。
スペイン、アメリカ、日本、アメリカ。
アメリカの準州となった今も、基地などの問題に関しては自分たちの意見を米議会で
述べる権利さえない。ただ一方的におしつけられるだけです。

いったい大国というのはなんなのでしょう。
よその国に勝手に『援助』という美名のもと軍事、政治両面から介入していく。
そこで陣取り合戦をする。しまいには一つの国、ひとつの国民を真っ二つに分断してしまう。
歴史上、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、そして何よりアメリカ、旧ソ連
そして忘れてならないのは、日本も。
これらの国々はいったいこれまで世界でどれほどの紛争を巻き起こして来たことでしょう。
常に、何らかの謳い文句はあります。『民族の独立を促すため』とか、
『ならず者国家を罰するため』とか、いろいろいろいろ、美しい謳い文句や、かっこいい
作戦名が。でも実はその実態は、そこの土地に自分たちの軍や民間人を送り込んで
そこで何らかの既得権を得ようとしているだけのように思われます。
別の大きな目的は、自国の軍需産業をもうけさせるため。政治家が自らの選挙に勝つため。

私は最近、古い映画を見ています。中には1930年代くらいの民族独立運動や、
それからぐあーっと第二次世界大戦へ突入していく時代の映画を。
たとえば『Behold A Pale Horse』(『青ざめた馬を見よ』日本での公開名は『日曜日には鼠を殺せ』)
これは1936年に始まったスペイン内乱で戦ったゲリラのその後のことを描いた映画です。
その始まりのシーン。
ここに、少年たちが、銃の扱い方を訓練させられているシーンが出てきます。
本当にまだ子供。
スペイン内乱は、共和国軍と、イタリア・ドイツのファシズム国家を後ろ盾にした反乱軍との
戦いです。ここで、多くのスペイン人が、真っ二つに分かれて戦った。
同じ街の人間でありながら、同じ家族でありながら共和国軍と反乱軍に別れて戦い
憎しみを募らせていく。どちらにもくみしていないのに疑われて殺されるものも多くいた。
ピカソの『ゲルニカ』は、この内戦の悲惨を厳しく非難した絵です。
乙山さんからのトラックバックとして私が以前ブログでアップしたパブロ・カザルスの
『カタロニア讃歌』も、この悲しみを歌ったものです。
このスペイン内乱のときは、イギリス、フランス、アメリカは、
ドイツ・イタリアのファシズム政権が反乱軍を応援するのを横目に見ながら『静観する』という形で
逆にスペインの民衆の苦しみを広げました。

いったいこれらの大国のすることして、してきたことはなんだったのでしょう。
朝鮮半島の現在の問題の複雑さ。それにアメリカ、旧ソ連、中国がどうかかわっていたでしょう。

アメリカ。……いったいアメリカってなんなのでしょう。
勿論素晴らしいところはたくさんある国です。
でも、日本はいい加減、アメリカに守ってもらう、という幻想を少し捨てて、
日本が世界の中でお手本となるような平和国家になるという、第三の道を
考えてみてもいい時期に来ているのではないでしょうか。

私の行っているのは綺麗事かなあ。青臭い議論でしょうか。
でも、私は世界の行く末がとってもとっても心配なのです。
私はいずれそう長くはこの世にいない。それでも、です。
若い人が生きてゆくこの日本が、この地球がほんとに心配です。
前のブログで、私は私なりに一所懸命、国の未来を案じて原発のこと、政治のこと、
いろいろ書いてきました。
でも、自分の感覚がもうとても古臭く、時代に即してない気がしてきて、
話しても声は届かないな、そう思って話すのをやめてしまいました。
このブログでは、自分の感情の内面ばかりを見つめています。

でも時々はっと目が醒めて(笑)これでいいのか?と思う。
今回も一本の映画から、『黒い霧』の記事になりました。
私は、子供のような青年を戦場に送りこむようなことはいやなのです。
ひとり言のように記事にしたら、お嬢さんたちが反応してきてくれた。
一人一人がしっかりした意識を持ったお嬢さんたちです。
彼岸花、ちょっと、いや、すごく安心しました。
お礼の代わりに、これ、書いておきます。ありがとう。




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『優しいうた』


最近の東京は、梅雨時と言うのに、夕焼けの綺麗な日が妙に多いのです。
今日も、西の空は、素晴らしい夕焼けでした。
哀しくなるほど美しい夕焼け。
うっとりしながら買い物から帰る途中、見上げた東方向の空には、
朧にかすんだ月が…

今日は十三夜?

そんな夜。やはりやさしい音楽が聴きたいです。
こんな曲をお送りしましょう。

ティノ・ロッシ。1907~83年。イタリア、コルシカ島生まれ。
1930年代に一世を風靡したシャンソン歌手。
シャンソンは、その内容や歌い方によっていろいろな種類に分けられていますが、
その中でも、甘い恋の歌をシャンソン・ド・シャルムと言い、それを歌う
男性歌手をシャントゥール・ド・シャルム(chanteur de charme)と呼ぶのだそうです。
その呼称を最初に与えられたのが、このティノ・ロッシでした。

恋の浮き名も多く流した美男歌手でした。
古い映画ですが、フランス映画の名作『望郷』でジャン・ギャバンと共演し、
一時彼と恋仲になっていた女優ミレイユ・バランは後にこのティノ・ロッシと
恋に落ち、パリで同棲生活をおくりましたが、ティノ・ロッシの恋の多さには
悩まされたらしいです。

まるで、女性の声かな?と一瞬思うほどの、やわらかな声。
その声は『月光に濡れそぼち愛する人に抱かれているよう』と表現されたことが
ある、というのが頷けるような、甘い声です。

今日は、ちょうどそんな、やさしげな朧の月。
疲れた体とこころにそんな曲を。『夜のヴァイオリン』。
出だしの音がちょっときついので、ボリューム下げてお聴きくださいね。




もう一曲。こちらの方がはるかに有名な曲ですが、
残念ながら、他のは音源がひどかったりして、この、映像無しのになってしまいました。
タイトルも、今の季節にふさわしく『小雨降る径』。


http://www.youtube.com/watch?v=dkHQ-HRWIEo



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『いよよ梅雨らしく』


東京はこの時間、まだ雨は降ってはいないものの、空は雲が垂れこめて
今にも降り出しそうである。
姉などが住む九州はこのところ毎年のように何百ミリという集中豪雨のことで
ニュースになることが多い。
逆にまた、四国などでは、渇水のニュースが多く、
そんなことは望んでも仕方ないのだけれど、雨がバランス良く
降ってくれないものかしら、と毎年願ってしまう。

私も午後はちょっとおでかけ。雨が激しくならないといいな。

それでは、今もうすでに雨の中の方、これから雨に備える方を想って、
こんな曲お届けします。






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『あのこのそのご』



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なんの写真でしょう。パソコンを紹介したい?
花瓶にはさみしげに何かの葉っぱがあるだけだし・・・。

この草は、むらさきつゆくさである。


実はこのむらさきつゆくさは、もう一ヶ月半も前、5月5日、
端午の節句のときに、花菖蒲と一緒に飾ったもの。
花菖蒲は買ったけれど、むらさきつゆくさとアケビの蔓は庭から切り取ってきた。
まだこの時には花が開いていなかった。


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端午の節句も過ぎて、花菖蒲とアケビの蔓は捨てたが、むらさきつゆくさは
まだ蕾がいくつもついていたので、そのまま、このガラスの花瓶に残しておいた。

むらさきつゆくさは、生命力の強い植物なのだろうか。
たった一本のむらさきつゆくさだが、次から次に花が咲くので、
捨てるに捨てられず、上の方の花房も下の方のも花のつぼみが皆開いてしまって、
いよいよこれでこの草も捨てなきゃな、ということになっても、
一か月ほどの間のそれまでの習慣で、なんとなく私の部屋の窓辺に置いたまま、
あまり深く水を差して茎が腐れない程度を保ちながら、
ときどき水を足してやっていた。

すると、その間にこんなに根が!

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この状態が、6月の初めころだったかな。
うちには、むらさきつゆくさが玄関先に大きな株になって生えている。
だから、これ以上増やさなくてもいいので、根の出たこの一枝を
そのまま処分してしまってもよかった。
けれども、必死で生きようとするその植物の意志のようなものにうたれて、
私はそれを素焼きの鉢に植え替えてやったのである。

そうして、他の植物に水をやるとき一緒に水を差すだけで、
そのまま、あまりその鉢のことは気に留めずにもいた。



・・・そうしたら、この6月16日朝。
このむらさきつゆくさが花を開かせているのを見つけたのである!
ああ!なんということ!

鉢ごと私の部屋に持って上がって写真を撮ってみた。
葉っぱも、花瓶の頃よりこころなしピンとしてきたみたい。


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アップにしてみよう。

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こんなに美しい花が!


私はこの時も、なぜか胸の内がじ~んとするのを感じた。

植物を世話し慣れている人なら、こんなことは当たり前なのかもしれない。
切り花でも、大切に世話してやれば、こうやって切り口から根をだす。
葉っぱのかけらからさえ、芽を新たに出す植物もある。

それは知っている。それはわかっているのだが、ああ、しかし!

この植物の生命力というもの。その時の私に
どれほど驚きと感動とそして勇気を与えてくれたことであろう!


それが6月16日のこと。
私はこのこに名前をつけた。
名前は『ツユちゃん』(笑)。

ツユちゃんは、この梅雨空のもと、今日も元気で、一輪、花を開いています。


今朝も、日本列島が雨雲に覆われた今日の気分を一掃するような
こんな曲を、お送りしてみましょうか。
映画、『明日に向かって撃て』の挿入曲です。


http://www.youtube.com/watch?v=yAoznLKG8XE





『C'est la vie』


2日前に書いた記事。
書き直ししようと一度ひっこめたが、『はやぶさ』の記憶が薄れないうちに
再度アップしておこう。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

6月17日。深夜2時。今晩も私はなんとなく起きています。
皆さんはもうとっくにお休みになられているでしょうね。でも、もしかして、
まだベッドで横になってものを思ってらっしゃるかもしれないかたのために、
こんな曲をお送りしましょう。音楽を聴きながら、私の独り言をお聞きくださいね。






夕暮れ。忘れていたものを買い足しに外に出た。

玄関を出て、ふと空を見上げると、高い空を2機の飛行機が行くのが見えた。
空は今日も晴れて、まだ昼間の青みが残っていた。
1機は低い空を機体を銀色に輝かせながら飛んでいる。
もう1機は、それよりはるかに高い上空を、ほとんど小さな光の玉のようになって、
しかしあとにくっきりとした航跡を一筋残しながら、飛んでいた。
低く飛んでいる方の機は、飛行機雲を残していない。ただ、私の耳に届いてくる
かすかな飛行音はおそらくこの機から聞こえてくるものだろう。

2つの飛行機は、ほぼ平行線を描いて、東から西の方へ向って、
薄桃色に染まりかけた空を、静かに飛んでいた。
私のそのとき見上げていた空は、家と家との屋根に2方を区切られて
決して広々と開けたものではなく、その限られた空間を、
2つの機が、ほとんど無言で同じ方向に飛んでいくのが、なぜかとても
せつない感じを私に起こさせた。

平行線の先は徐々に狭まって、やがては2機が交錯しそうであるが、
飛んでいる高度が全く違うので、勿論ぶつかるということはないのである。
2機はそのねじれの位置を続けたまま見た目にはどんどん近付いて行く。
ふと、その交錯しそうな先を見やると、なんと淡い茜の空に、薄い夕月がかかっている!
三日月は少し過ぎているが、細い淡い月が、2機を待つように西の空に高く出ていたのである!



私はわけもなく感動して、ふと涙がこぼれそうになった。

数日前、日本の、小惑星『イトカワ』の探査機『はやぶさ』が、
7年あまりの任務を終えて、往復60億キロもの旅の後、地球に帰還するが、
大気圏に突入する際に、美しい光芒を残して燃え尽きた。
我が子のように大切に胸に抱えてきたカプセルに、はやぶさはそこで別れを告げ、
自らの命を全うしたのである。
その花火のように美しい映像をテレビのニュースで見た時も、
彼(彼女?)が、最後に地上に送ってきた地球の写真を見た時も、
私は涙が自然に湧いてくるのを止められなかった。

なんで、飛行機や、探査機などという命のないものに、人はこのようにふと
涙を流すほど感情移入してしまうのであろう。
勿論、飛行機には大勢の人が乗っており、それを真剣に操縦していく人がいる。
一時故障で連絡の取れなくなったはやぶさを、信じ続けて、その発する電波を
ついにキャッチし、なんとか今回の帰還までこぎつけた日本の技術者たち。
そういった、『ヒト』というものの凄さにも勿論感動したのである。
しかし、私がその時とこの時浮かべた涙は、そういった人間そのものに対する
共感の感情というよりは、2機の交錯しそうな飛行機や月や、
探査機や、その胸から飛び出してひとり地球に帰還したカプセル…
そういった無機物を、いのちあるもののように見立てての感情移入であったように思う。

なぜこのように、人は、いのちのない無機物に、こころを遙かな遠くまでいざなわれ、
そこに、ときに人間に対すると同じようなせつない共感の想いや、悲しみの念を
生じさせられるのであろうか…。
ただ、その時々の、自分自身の想いを、そこに反映させているだけなのであろうか…。


私はそんなことを思いながら、自転車を押して、いつもの川べりの道に出た。
月はそのままの位置に淡くかかっていて、2つの飛行機は、低い方は
月の左側をまだ飛んでいるのが見えた。しかし高く飛んでいた方は、月の右側を、
あとに一筋の雲だけを残して、高く高く遠ざかって、私にはもうその姿は
見えなくなっていた。
あの時すぐに家にとってかえし、カメラを持ってくれば、先ほどの美しい光景が
永遠に残せるかもしれなかった。でも、なぜかその時私はためらった。
私ひとりの胸の内に鮮やかに残しておけばそれでいい気がしたのである。

忙しい夕暮れ時。人々は仕事じまいや夕食の支度などであわただしく、
おそらく、そう多くの人が、さっきの光景を見ていたわけではあるまい。
ひょっとすると、あれを見ていたのは私だけだったかもしれない…。

ああ、この人生の一瞬!

なんて鮮やかなんだろう!




買い物はすぐに済み、再び川べりの道を戻ってきたとき、
私はカメラを取りに家に入って、さっきよりは茜の色を濃くした夕空を
写してみた。やはり今日という日の記録をとどめておきたかったのである。
月は、ほとんど変わらずさっきのままいたが、当然2機の姿はそこにはなく、
高いところを飛んでいた一機が残した飛行機雲のかけらが、わずかに僅かに
うすい雲となって、月のそばから離れがたくいるように見えた……

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C'est la vie……

人生とはそんなもの…
そう。たまらなく愛しく、美しいものです。



読み終える頃ちょうど音楽も終わったでしょうか。アルフレッド・ハウゼ。
私にとって懐かしいひと。
指揮をしているその手の動きの美しさをもう一度良ければご覧ください。
一見厳しい貌に、なんという柔らかな優雅な手の動きでしょうか。
大写しになるヴァイオリンを弾く青年の、弦を抑える白い左手の動きの美しさ!
彼は弓を持つ手首の動きも他の人に増してとてもやわらかです。
きっといい音が出ているに違いありません。
バンドネオンを弾く人々はどういう人なのでしょうか。

一人一人の楽団員の想いとその人生。
それらが奏でだして、今ここに残っているこの美しい曲…。
それらも皆、束の間の輝きに満ちて、その鮮やかさが私を泣かせるのです。





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『キスで封をして』 


毎日音楽をお届していますが、今夜、私はとてもやさしい気持ち。
だから、こんな昔の、やさしい歌をお送りしてみます。
邦題は『涙のくちづけ』。


なんの事情があってかわからないけれど、夏の間会えない恋人に、
「毎日手紙を書くよ。僕のやさしいキスで封をするよ。」
と歌いかけています。「9月になったら会おうね」とも。

また私の下手な訳を入れておきますが、歌詞はあまり気になさらないでください。
ただこの柔らかい歌声を聴いていただきたいと思います。





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『朝の歌』 



梅雨中ではありますが、
皆さん、気持ちのいいお目醒めを迎えになられたでしょうか。
今朝は、あなたがそんな、朝に新しく生まれ変わったような気分で
いらっしゃることを願って、
この曲をお送りします。





歌は大体こんな意味です。
下手くそな訳ですが。


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『音楽の贈り物』 ①

朝の器楽曲をお贈りしましょう。


東京もいよいよ梅雨入り。
朝から雨です。これからしばらく続く梅雨空。

そんなとき。
あなたのおこころが晴れますように祈りながら
私の好きなタンゴの名曲を。

本当は、私の聴き慣れたアルフレッド・ハウゼ楽団の演奏ので
お届したかったのですが、画像がどうも…。
今日は、青空の画像でお送りしたかったので、マントバーニ・オーケストラので
お聴きください。











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『朝の歌』 ③


静かな日曜日の午前。
皆さん、ゆっくりなさっていらっしゃるでしょうか。

明日から、お出かけになるあなたに、この曲をお届します。







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『朝の歌』 ② 




今日も東京は青空。

でも、来週あたりから梅雨入りするらしい。
今日の空も、晴れてはいるが、薄くもやがかかった感じ。

長い日本列島。
すでに梅雨入りしているところもある。
カラリと晴れた夏の到来を夢見て、今日も青空の曲をお届しましょう。

歌詞は、夢を抱いてこの地にやっては来たものの…
という、ちょっとさびしい歌詞ですが、曲の明るさをお楽しみください。










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『美しきもの 三題』



     『美しきもの 其の一』

鳥や犬、うさぎなど、生きもののやさしい目。
彼らは生きることに何の疑いも迷いもなく、ひたすらただ生きている。
今日を嘆くこともなく、明日を思い煩うこともない…。
そんな生きものの瞳を見ていると、私はいつも、
その美しさに、はた!と、強くこころを撲られたような気がすることがある。

http://lalala0o0o0o2.blog47.fc2.com/blog-entry-220.html#trackback-top

先日もご紹介したことのある、ららさんの写真。
このうさぎのやさしい仕草とその目が忘れられなかった。
この一瞬を切り取った写真の鮮やかさ!
なんて可愛らしいのだろう…。
いつか自分の部屋にも連れてきたかったので、これで夢がかなった。
ららさん、ここに引用することをお許しいただきありがとうございます。

このうさぎの優しい目と仕草!こんな美しいものがこの世にあるとは!
この無心の美!
疑うことを知らぬ生きものの、無心の美しさである。
自分の、焦燥や悔恨や嬌慢などに汚れたこころが本当に恥ずかしくなる。


     『美しきもの 其の二』
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私の散歩道。
いつもこの道をいろいろもの想いしながら、自転車や徒歩で通る。
図書館や買い物で少し遠くまで行くとき通る道。
なんだか、高原の道のようでしょう。
だ~れも通っていない。今日は私だけの道だ。

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夕暮れが近づいている…
私がいる道と並行して下の方に続いているサイクリングロードにも、
今日はあまり人気がない。
帰りは道が緩やかな上り勾配になっていることもあるが、私は大抵、この道を
自転車を走らせるのではなく、ゆっくり押して歩いて通ることが多い。
西日に照らされたあたりの風景や、空そのものが刻々と美しい変化していくさまを見ながら
ゆっくり帰るのが好きなのである。


川沿いの道を家の近くまで来た時、だいぶ離れた先の路上に、3歳くらいの男の子が飛び出して来た。

道路、と言っても車はたまにしか通らないのだが、それでも、急に下の住宅の方から
坂をかけ上って道に飛び出してくれば、自転車だって通っているし危ない。
男の子は泣いていた。

「パパぁ~!」と言って泣いている。
どうやら、パパは彼に怒って彼を置き去りにしたまま、この道路のすぐ下を並行して走っている
サイクリングロードの方に、先に下りていってしまったらしい。
男の子は、そのパパを追いかけて、道の反対側の住宅のある側の坂を駆け上って来たのである。

「パパぁ~~~~!」

また男の子は、高い細い声で叫んだ。そうして道の真ん中に立ちつくしてしまった。
上の写真のような、淡い西日のさす草むらの道に、その姿がぽつんと。
私の自転車はだんだん彼の方へ近づいて行く。
子供を放り出したまま、パパが先にサイクリングロードの方に下りていってしまったのでは、
子供はあせってそのあとを追いかける。
転ぶくらいならまだいいが、たまたま来た車にぶつかりでもしたら!
パパはいったい何をしているんだろう。

3歳くらいの小さな子供の声は、甲高くて細い。
「パパぁ~!」と呼ぶその声は、この写真に見るような夕暮れの静かな川原の、
反対側の岸辺の家々の壁に反響して、思いのほか、高く大きく、遠くまで響いた。
少し暮れゆく空にまで高く上って…

ああ、こんな声で呼ばれて、パパは悲しくならないのだろうか。
こんな声を聞いて、胸をわしづかみにされないのだろうか。
こんな切ない声はないぞ。
こんな美しい声はないぞ。
この子が中学生くらいになってしまってごらん。
こんな声で、パパをせつなく慕って呼びかけちゃくれないぞ。
もう二度と、あなたの子供は、こんな美しい声であなたを求めてはくれないかもしれないぞ…。


どうしたのかと、少しはらはらしながら、いよいよ私がその子に近づいたとき、
下のサイクリングロードから通じる草に覆われた坂を上って、
祖母らしき人の姿が現れて、子供のそばに行った。
丈が延びた青草や、緑濃い葉が茂った桜並木などの陰になって、
下の道は私からは見えなかったのである。
二人はそろそろと、下のサイクリングロードに通じる坂を下りていった。

ああ、お祖母さんが一緒だったのか!ならば安心だ。
しかし、「パパぁ~!」と呼ばれたその人は、一体どこにいるのであろう。

家へと続く坂を下りながらも、何かその男の子の叫び声は私の耳に残ってしばらく離れなかった。
なんでなのだろう、と思う。
ただ、「パパ!」と読んだだけじゃないか…。

でも、何かが特別に美しかった。
その高い声かな。「パパぁ~!」という、音程だったのかな。
いやいや、単に声だけではない、何かが私の心に深く突き刺さったのだ。
そうして、美しい印象を残したのだ。

川端康成の『雪国』の、冒頭に近いところでこんなシーンがある。
主人公島村の乗った列車が信号所で止まったとき、ひとりの娘が、島村の前の窓を落とし、
「駅長さあん、駅長さあん。」と遠くへ叫ぶ。
その娘が葉子なのであるが、島村にはその声がとてつもなく美しいものとして心に残る。

「澄み上がって悲しいほど美しい声だった。 どこかから木魂が返ってきそうであった。」

そう、その声は表現されている。
「パパぁ~!」と呼んだ、その男の子の声が、ちょうどまさにそんな感じであった。
夕暮れの川辺に、遠くまで響いた、悲しげないのちの声。

そうだ!あれは、『いのちの声』だったんだな、きっと。
小さな子供が、父親を求めて叫ぶ声…。そこには文句なしの父親への信頼と憧憬と、
置き去りにされた悲しみとがこもっていたのだ。
だから、あんなに滅法、美しく聞こえてきたのだろう。


いきものの、無心のひとみ。
こどもの、親を恋う叫び…
どちらも、ああ、なんて美しいのだろう!


美しいもの二題、でした。
それでは今夜は、あまりにも有名な曲ではありますが、やはり私が「美しい叫び声だな」
と思った曲を、お届けします。これを、『美しきもの 其の三』としましょう。
いや、この映画のラストシーンのように、胸をはげしくわしづかみにする
芸術作品そのものを、『美しきもの 其の三』と言っておきましょうか…。

http://www.youtube.com/watch?v=L_v_Mfe9IxM



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『朝の歌』



今朝は珍しく早起き。

雲ひとつない快晴だ。

さて、私もシャキンとして、気持ちを集中させよう。
いつもは、夜、曲をお送りしていますが、今日は
朝、お送りしましょう。

梅雨が明けたらやがて来るさわやかな夏を想って、
こんな曲、いかがでしょうか。











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『どくだみ荘日乗』



どくだみ荘にどくだみの白い花が咲いた。


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どくだみ荘を都の片隅に開いてから、…8か月。
まだ一年たたないんだな。
随分いろいろなことがあって、長かった気がするけれども。


どくだみの葉や茎の香りはみなさんご存知でいらっしゃるかな。
それはもう、青臭い、人によってはウッ!と顔をそむけるかもしれない香りである。
普通、日本人のイメージでは、どくだみは、夏が来る前の庭の隅などにひっそり生えていて
手折ったり踏みつけたりすると臭い香りが辺り一面に漂い、手についた臭いも
こすったくらいでは抜けないので、これを嫌う人の方が多いのではないだろうか。
カメムシや、へクソカズラの臭いが嫌われるのと同じように。

でも、この香りを好む人もいる。私もこの青臭いにおいが好きである。
梅雨入り前のこの季節もいいし。
だから、自分のブログのタイトルにもしたくらいだ。
どくだみはフランスでは高級香料として、香水にも使われているんですよ、
と教えてくださった方がいらした。

と、ある本で、『どくだみの香りはアルデヒド』という記述に巡り合った。
アルデヒドC-12は、シャネルの5番にも使われているという。
そこで早速、シャネルNo.5を試しに嗅いでみたが、ピンとこない。
他の香料もたくさん入っているので、どくだみの香りをそこから嗅ぎ分けられない。
どくだみの香料は高級で、特に揮発性が強いというから、素人の私などが
嗅ぎ分けられるものでもないのだろう。
香料としてのどくだみが他の香料と調合されて製品化されて出てきたものと、
庭でどくだみそのものを踏みつけたり手折ったりしたときに立ち昇る、あの独特な清冽な香気。
それが違っていて当たり前だ。

どくだみそのものの香りのイメージを持つ香水をいつか見つけたい、とは思うが、
おそらくそれは『幻の香水』として、見つからぬままになるのだろうな。


どくだみの白い花。
葉っぱや茎の香りはご存知の方はいらしても、花そのものの香りはあまり知らない方が
多いのではないだろうか。今、街の路地のあちこちにこの花がみられるでしょう。
興味をもたれた方は、一輪手折ってみてください。
葉っぱとはまた違った、ひそやかでつつましい香りがする。
花びらに見えるのは苞。黄色いおしべに見えるところが花。
苞は、こういった少し肉質の白い花によくあるような、香気がする。
そこに、かすかな花粉の香りが加わる。
花粉の香りってご存知?これもいちど嗅いだら覚えてしまえる香りである。
秋になって黄色い小菊で、おしべのたくさん集まって盛り上がった種類のがあったら
嗅いでみてくださいね。淡い幼い日の記憶を想いおこさせるような香り。


白い花と言えば、我が家の周囲を満たしているのは、どくだみの香りではなく、
庭のフェンスに這わせてあるテイカカズラの香りである。
どくだみは触れられれば強く香るが、なにもしなければつつましくそこにいるだけ(笑)。

これがテイカカズラ。我が家の庭に合うのか、随分広がって大きくなった。
これはもう素晴らしい香りである。白い花特有の、気品のある甘い香り。
朝起きて窓を開け放つと、その香りが家の中になだれ込んでくる。
外出をして家の近くまで戻ってくると、あたり一帯いにいい香り。
我が家の裏庭から漂ってくるのである。

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どくだみ荘・・・。

これを書いているたった今、ウグイスがどこかで鳴いている。
昨夜もホトトギスは鳴いていた。

静かに、時だけが流れていく・・・


私はあることを始めることにする。一日に決めた時間を取って勉強する。
何をするかは内緒。少し形になってきたらお話しします。
いくつになっても夢は持たなくっちゃね。
こころを干からびさせてはいけないわね。


どくだみ荘を開いて一周年、というころまでには少し形にしていたいな。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

『黒い霧 政治というもの』 ②

貧困と無知の泥沼の中にいる若者に、政治という魔物が武器を与え、
「戦え」とささやくことがある、というところまで書いた。

豊かで平和な今の日本。そんなことは古くなってしまった映画のように、過去のこと。関係ないよ。

しかし、本当に関係ないのだろうか。こういうことはどうだろう。
豊かな国の象徴とも言うべき国アメリカ。

アメリカではベトナム戦争終結後の1973年から、徴兵制度というものは廃止されている。
ただし、選抜徴兵登録制度(Selective Service System)というものがあり、
2009年現在に至るまで名簿の作成が国防総省において継続されている。
米国に在住している市民権及び永住権を持つ男性は18歳になった時点で
郵便局において登録の義務が課せられている。
男性市民は登録しないと罰金刑の対象になる他、政府からの奨学金が受給できない等の
各種の不利益が科される。 (以上Wikipedea)

これは男性に対する性差別ではないか、という議論も少しはあったらしいが、合法、という
結論が出されている。
まあ、いざというときは、この名簿が、すぐに徴兵の基本資料となるのであろう。

徴兵をやめてどうしているか、というと、今は、州兵と志願兵で賄っている。
問題はこの志願兵である。豊かで平和な時代に、自ら軍隊に入りたがる人は、
あまり多くはないだろう。国を守ろうとする強い使命感に燃えた人か(これは少ないかな)、
単に武器弾薬が好きとかいう人もいるだろうが、多くはは生活の道として、という人。
それが実際は一番多いのではないのだろうか。
つまり他に職があれば兵士になどならなかった、という人。

兵隊が足りない。そうするとどうするか。
アメリカでは、軍隊のリクルート要員が、全国の高校生の名簿を徹底的に調べ上げて、
貧困家庭で、でも優秀で本人は進学したがっているような若者を青田買いする。
高卒後、軍隊に入って訓練を受けて、アフガニスタンなりイラクなり世界中の
激しい戦闘が行われているところに行って戦って、無事帰ってきたら、
大学に行かせてやるよ、と、甘い言葉をささやくのである。
勿論彼らが戦地から無事帰ってくるという保証はどこにもない。

軍務の義務は、法の平等のもと、すべての国民に等しく課するべきではないのか。
志願兵制度だと、貧しい家庭の若者が多く戦場に駆り出されるという、不平等
生みだしているのではないか。
そういって、兵役の見直しを真剣に議論しようという人もいるらしいが、
あくまで少数派。

さてこのアメリカの事情。どうご覧になるだろうか。
私は戦争に絶対反対なので、勿論軍隊を持つことにも反対。
したがって、徴兵制にも志願兵制にも反対である。

今回、日本は鳩山政権の終焉によって、政治が大きく揺れている。
ご存じのように、鳩山さんがやめざるを得なくなった要因の大きなものに、沖縄の基地問題がある。
沖縄の外に基地を、と言っておきながら、迷走した揚句、やはり沖縄に、ということに
戻ってしまった。
しかし、私は考えるのだが、誰がいったい他の考え方を示せたというのだろう。
沖縄の人は長い間、アメリカ軍に基地を提供するということを引きうけてきた。

気の毒だよ~。もうそろそろ沖縄の人を解放してあげたらいいんじゃない。
でも、うちの県に持ってこられるのは反対。
騒音問題、米兵による不祥事、何より、いざ戦時となったときには、真っ先にそこから
アメリカの軍艦や飛行機が飛びだす。攻撃されるのもおそらく真っ先。
そんな恐ろしいもの、うちの地域には絶対持ってこないでほしい。

これが国民の本音ではないだろうか。正直言って、私もそう出ないとは言い切れない 。
いわゆるNIMBY症候群というやつである。Not IN My Backyard
それは必要な施設かもしれない、だけどうちの裏庭にだけはごめんだよ、というやつ。

原子力発電所や核再処理工場や処分場に関する考え方もまったくこれと同じである。
地球温暖化を防ぐには、もう原子力に頼るしかないでしょう。でも、うちの近くには
絶対作らないで。
事故があったら困るから、うちから遠く離れたところがいい。そう、沖縄とか六ケ所とか。

・・・・そういう考えかた。

沖縄問題は、その根本にある、日本の防衛をどうするのか、といったことを
考えなければ、結局いつまでも、沖縄の人々に過剰負担をかけ続けることになる。
ーこのまま日本は、アメリカの核の傘の下にいて守ってもらい、その代わりに基地や
お金を提供する。このままでいるのなら、沖縄問題はどうするのか。
ーアメリカに依存するのはやめて、自国の安全は自国で守ることを基本的に考えていく。
そうなると、自国の軍隊が必要になってくる。自衛隊を軍隊に格上げ(!)する?
その前にそうすると、憲法をいじらなければならない。平和憲法の見直しである。
ーそれとも、憲法九条の精神を守り抜いて、不戦に徹し、自衛隊も軍隊もいらない、
日本は徹底した平和主義のお手本の国となる。それが何よりの防衛となると信じる?

…そういったいくつかの考え方が、中途半端に議論されては、そのどれにも自信が持てなくて
結局沖縄問題は先送り先送りされ続けてきているのだ。

ここらで本当は、与野党などということを超えた、国民を巻き込んでの議論が
必要なのだろうとは誰しも思う。何年かかけるくらいのつもりで、徹底的に議論を重ねる。
そうして、国民投票でもなんでもして、日本の防衛をどうするか決める。・・・・・

だが、ああ!
それをするには国民にまだためらいがあるのだ。
今、沖縄問題を真剣に討議すれば、アメリカとの関係を意志決定しなければならなくなる。
アメリカに依存し続けるのか、それとも憲法を改正して、日本も軍隊を持ち、
自国を自力で防衛する方向に行くのか。
そのどちらを選ぶのか。
どちらにも自信がないのである。
楽なのは、このままアメリカに依存し続けていくこと。沖縄にお願いし続けていくこと。
その方が考えなくていいし、考えるのは面倒だから。
・・・そうやって何十年もが過ぎてきた。

本当は皆、本格的な防衛論議をやって、日本が武装化する、自国に軍隊を持つ、
ということに決まってしまうを恐れているのではないだろうか。
軍隊を持てば、韓国のように、一定期間若者は必ず軍役をしなければならない、という風に
ならないだろうか。その時、戦争が起こったら?
憲法はこのままでいいよ。平和憲法いいじゃない。
自衛隊の立場?今のまま曖昧でいいんじゃない。海外派遣も武器は携行させないでさ。

そうやって国民が、なんとなくブレーキをかけている。
それが、政府が憲法改正に踏みきり、自衛隊を軍隊に格上げして、核の装備を
日本にも行い、海外にも武器を持たせて派兵する、などということになるのに、
いい意味でのブレーキをかけている。
その一方で、自分たちは安全なところにいて、危ないこと、いやなことは一部の人に
押し付けている、という構造が、沖縄問題だけでなく、原発問題にも他の問題にも
できあがっていることにもなっているのだ。

こうやって書いている私にも、こうすればいい、といういい替案などない。
私は護憲の考え方を持っている。だから、日米安保条約は破棄してもらいたい。
そうすれば、米軍基地をどこに持っていくか、などという心配はなくなる。
だが、そう思いきってしてみた時、アメリカとの関係はどう変わっていくのか。
戦争放棄、日本は武器を一切持たない。それを言うだけで国の安全は守れるのか。
私にも全く自信がないのだ。

誰にも、将来が見えていない。将来こうあるべき、という強い理念とそれに対する信念を持ちえない。
私などがその最たるもので、これは自嘲的に語っているのである。



私が一番恐れるのは、これによって国民の間、とりわけ若者の間に広がる
『しらけ』ムード、あきらめ、思考停止、である。
鳩山民主党政権に期待があまりにも大きかったあまり、がっかり感も強いのだろうが、
昨年せっかく生まれた、政権担当能力のある政党が少なくとも2つはあって、
(願わくは3つはあって)それらが、国民の投票行動という意思決定を経て、
切磋琢磨しながら国の政治を行っていく、という、民主主義の根本構造。
それは本当に去年生まれたばかり。
その芽を、短気な失望で摘んでしまってはいけないと思う。
辛抱強く立派な政治家、立派な国会、立派な政府を育て上げていくしかない。
投票行動と、そして、国民の声をもっと中央に通す手段を考えて。

いい政治を行ってもらうには、国民自身が成熟していなければならない。
マスコミの報道する数字にいちいち踊らされないことだ。
マスコミは視聴率や部数を稼ぐために、面白おかしく煽り立てる。
私たちはそれらをいちいち鵜呑みにしないようにしなければ。
マスコミを育てていくのも、私たち自身の成熟に負うところが多い。
何かもにお笑い芸人が登場する今のテレビ番組。そんなことに慣れてしまっては…。
小沢問題も鳩山献金問題も、真実はまだ霧の中。
その裏になにがあるのか、これは二人だけの問題なのか。
国民が目を光らせていなければならないことはたくさんある。
思考停止してあきらめてしまってはいけないのである。

先の記事でシチリアの山賊サルバトーレ・ジュリアーノのことを書いた。
その時、彼のことを『貧困と無知の泥沼』にいると表現した。
この『無知』という言葉。これは決して学齢うんぬんを言っているのではない。
彼を馬鹿にして言っているのではない。
500人もの荒くれた若者を束ねていく能力。これは並大抵の能力ではなく、
彼にはそういう優れた能力とカリスマ性があったということなのだから。

私がサルバトーレ・ジュリアーノの映画を見て感じた、『ひとはもっと良く生きられないのか!」という残念な想いや寂寥感は、シシリーという島の風景や、彼と彼の周囲の人々の無残な死から
感じるものだけではない。

大きな歴史の中で、個々の人間は、彼と同じに本当に一瞬先も見えずに生きていっている。
先のことを自信を持って「こうすれば絶対大丈夫!」などと言い切れる者などいない。
それは偉そうに見える政治家だって、軍の指導者だって、知識人だってみな同じである。
そういう意味では、皆、サルバトーレと同じように『無知』なのである。

皆が手さぐりしながら生きてきた、これからも生きていこうとしている。
それがいつか大きな歴史の流れになっていく。
個人の力、個人の意見など、その大きな流れの中では微々たるもの。
個人の感情などで、歴史が動かせるものではない。
恋愛一つだって、自分の感情だけでは、相手のこころを動かせないのだ。

そういった意味で、私はサルバトーレの物語を、まったくの他人事とは思えないのである。
いつかまた、今は一見平和で豊かな日本だって、不幸な時代を迎えるときがくるかもしれない。
その時に、一番の不幸を背負わされるのは、やはりきっと若者たちであろう。
太平洋戦争末期の昭和20年の日本人男性の平均寿命は24歳(女性38歳)。
「武器をとって戦ってこい」と言われて、若者たちが戦場に散っていった。

私は、貧困と無知の中にいる若者に、「銃をとってあいつらを殺せ!」などと
政府が言う時代には絶対に来てほしくないのである。
北朝鮮のような暗黒の国になってほしくない。
今日もきっと、沖縄の基地からは、まだ少年のような顔をしたアメリカ兵たちが、
戦地に向かって、この青い空と海の中に出立していっていることだろう。
そうしてそれを迎え撃つ側では、小学校にもろくに行けないで、
銃を持ち人を狙うことだけを教えられた少年兵たちが、
黒々とした瞳をふざけて銃の照準器にあてがい、ふっとそれを逸らせて
仲間と笑いあったりしているかもしれない。


願わくは、私たち一人一人が『自分の判断力と意志』を持つことによって、
その流れをいい方に変えることができますように。
たとえば、シシリー島の人々が、マフィアの根絶に力を結集してきたように。

そうして、私は、民衆というものがときに『無知』と言えるほど愚かな方向に
突き進むものでもあるのを悲しむと同時に、民衆の底力というものも信じたい気が一方である。
民衆はときにとても賢い。そうして何よりたくましい。

何もかもサルバトーレにかこつけるようですが、まあ、これはもともと彼の映画の記事なので(笑)。

民衆のたくましさ。シシリーにはこんな歌もあります。
You Tubeでイタリア民謡を聴き漁っていて、偶然こんなの見つけました。
山賊で百人以上の人を殺戮している彼に、独立戦争の英雄としての、義賊としての
愛着と思慕を抱く、民衆のたくましい、ある意味おおらかなこころ。
不思議である。

http://www.youtube.com/watch?v=c3vWKOQq91s






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『黒い霧   政治というもの』 ①

一昨日の記事で、『シシリーの黒い霧』というDVDをご紹介した。
これは実際に起こった事件をドキュメンタリータッチで描いた映画。

先の大戦が終了して間もない、1950年、シシリー島の小さな村の家と家の間の
中庭に、ひとりの若者の射殺死体が発見される。
若者の名はサルバトーレ・ジュリアーノ。

http://en.wikipedia.org/wiki/Salvatore_Giuliano

彼は『シシリーのロビン・フッド』と俗に呼ばれることもあるシシリー島の山賊団の首領だった。
なぜそう呼ばれたか、というと、彼が地主などの金持ち階級や警察を襲撃して金品を強奪し、
貧しい者たちに分け与えた、とされるからである。
『とされる』と書いたのは、その義賊云々が、彼がハンサムな青年であったこと、そのカリスマ性や
悲劇性から、マスコミによってつくりだされた虚像であるかもしれないということで。

シチリアは紀元前の時代から、多くの民族に入れ替わり立ち替わり支配され続けてきた。
ギリシャ、ローマ、アラブ人、ノルマン人、フランス、スペイン、そしてイタリア。
1861年、イタリアに統一された後も、島民の暮らしは極端に貧しく、
1920年代はファシスト政権によってさらに抑圧される。
長い間、異民族に蹂躙され続けてきたシチリアの住民たちは、
政府とか政治、自治というものが信じられない。
その隙間に入りこんで、影の政府とでもいうべき勢力を作っていったのが、マフィアである。

サルバトーレ・ジュリアーノもやはり貧しい出自で殆ど教育らしい教育も受けていない。
おりしも時代は第二次世界大戦の真っ最中。
連合軍はシチリアを利用する。ムッソリーニのイタリアを攻めるための拠点として、
枢軸国軍との激しい戦いの末に シチリアを手に入れる。
この勝利にはファシスト政権に反感を持つシチリア・マフィアがアメリカ軍と内応して、
同軍を支援したことも貢献している。

20歳のサルバトーレは、シチリアに上陸してきた連合軍の物資を闇取引して儲けようとする。
が、ある日憲兵隊に見つかり、物資は取り上げられ、 彼自身も憲兵の厳しい取り調べを受ける。
それを恨んだ彼は、山賊団を組織し、徹底的に憲兵隊などと戦うようになる。
地主や警察などから金品を強奪し、貧しいものに配る。地元住民の間に彼に共感し、
彼をあがめるものも多く出てくる。一時は500人を超える大きな山賊団になっていた。
彼を守ろうとする団のメンバーや家族の結束は固い。
しかし彼をつかまえようとする憲兵隊、警察の追及は厳しい。
そこでマフィアと取引して身を守ってもらおうとするのである。
マフィアはシチリアに多くいた山賊団を一掃しようとしていた。
サルバトーレは他の山賊の情報をマフィアに売る。また、一方で警察とも一部通じている。

大方の山賊が一掃されていなくなると、マフィアはもうサルバトーレは必要ない。
サルバトーレは今度はマフィアも敵に回すことになる。
そこら辺は、マフィアと官憲、警察、山賊団…外国の思惑…いろいろなものが
入り乱れて、彼の思想的なスタンスも、彼を襲おうとする者の背後関係も
まったく混沌としてくる。
結局彼は、28歳の年に、従兄弟で自分の片腕でもあったピショッタという男に売られ、
彼に撃たれて死ぬのであるが、その背後で糸を引いていたのが、いったい誰なのか、
長い裁判の後にも不明のままに終わってしまった。
彼を売ったピショッタ自身も、刑務所で毒殺されて死ぬ。
マフィアで仲介役だった人物も後に射殺される・・・。

この大変に入り組んだサルバトーレの射殺事件の背景を、映画は白黒の美しい映像で
追いかける。(ベルリン映画祭で監督賞のほかに黒白撮影賞、音楽賞を受賞している)
あまりドラマ性などなく、主人公のサルバトーレも最初と最後のシーンの死体としてと、
隠れ家に尋ねてきた裏切り者ピショッタと話す声だけ(!)としてしか登場しない。

ひとりの若者の破滅的ともいえる生き方とその死。
歴史のはざまに生まれて、翻弄されて、無残に死んでいった若者の物語、
そうして彼が無慈悲に殺していった者たちの物語が、
ずしんと心に残った。

特に私がせつなく思ったのは、彼の無知からくる政治的な節操のなさである。
いろんな組織に利用され、自分でもなんとかそういうものを利用して貧困から這い上がろうとし、
また自分の安全を守ろうとして、結局はどの組織か個人からかはわからぬまま、
無残に闇に葬られていくのである。

彼は戦争中は、ファシスト政権のイタリアから独立して、シチリアに自治を
取り戻そうとする、独立義勇軍の闘士であった。映画の最初のシーンで出てくるが、
ここでも政治家は彼のような荒くれの若者たちを利用している。
『独立義勇軍』という名称は、いざ事が失敗したとき、政治家たちが自分たちの
身に追及の手がこないよう、無法な若者が勝手にたちあがって組織した集団だ、と
位置づけるのである。
シチリアの自治は認められた。でも、サルバトーレは窃盗の罪などがあるので
恩赦は受けられないで、官憲に追われ続ける。 

シチリア独立運動。闇物資の取引、そしてマフィアとの連携と山賊団への裏切り。
警察との裏取引・・・。
サルバトーレの生き方は、先の見えない、何か一貫性のない生き方である。
私が特に理解できなかったのは、彼らの組織が引き起こした、メーデーの大殺戮事件。
彼らは1947年に、無防備の社会主義者2000人が開いていた集会場所に向かって発砲し、
11人を射殺し、27人を負傷させ、その後も、各地の社会党や共産党の支部を襲撃する。
なぜ?私にはこのことが一番わからない。
社会主義者と、独立義勇軍、貧困から生まれた義賊的な山賊団組織。
そうして貧しさの中からいつしか生まれたマフィアという巨大な組織…
そのマフィアを必要悪として見て見ぬふりをして長年暮らしてきた住民たち…
根で抱える心情は同じなのではないのか?
権力に抗い貧しさから脱却するために戦う…なぜ、それが、一方が一方を虐殺する?

そこで後ろで糸を引いていたのは誰なのか。社会主義者を憎め!
仲間を裏切れ!と、後ろで無知な若者にささやいたのは誰だったのか?どんな組織だったのか?
これに似たような若者の悲劇がどれほどこれまで、そして今も世界には繰り返し
行われてきたことだろう。

貧困と無知。それはつい暴力という手段と結びつきがちである。

そうして、こうした貧困と無知の泥沼にいる若者に武器を与えて、「戦え」と
囁く『政治』という大きな大きな魔物がこの世には存在する。


単なる古い映画の話。
一本500円で偶然手に入れた、過去のお話。

日本は平和で豊かな国だから、今の日本には関係ない。
本当にそうなのでしょうか…。





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プロフィール

彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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