『線香花火に寄す』

線香花火。
二種類あって、よく見る、こうぞ紙をこよりにして火薬を包んだものが、長手牡丹。
紙こよりのではなく藁すぼに火薬を塗ったものをすぼ手牡丹という。

私はこの線香花火が、昔から大好きだった。
点火してぼおっとひとしきり燃えあがった後、直径5ミリくらいの
赤い火の玉が出来る。この状態を花火師さんたちは『牡丹』と呼ぶそうだ。

最初に勢いよく弾けるように火花が散って、カヤツリグサのように見えるのが『松葉』。

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ぱちぱちと勢いよく弾けていたのがやがて下火になって、すうっとした枝垂れ
になるのが『柳』。

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やがてその柳も、ほんとにか細い短いものになっていって
今にも消えそうになる、その消えがての状態を『散り菊』と、呼ぶのだそうだ。

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そんな呼び方は知らずとも、私たちはずっと昔から、この線香花火の
燃えるにつれて刻々と姿を変えていくのを楽しんできた。

今日私が燃やしたのは、私が子供のころから親しんできた、藁すぼの線香花火。

この線香花火の材料は黒色火薬(硝石と硫黄と炭)。この炭が本来のものは
赤松の根っこを燃やして集めた油煙の煤。これはあの墨と同じ作り方。
この赤松も枝を燃やしたのではだめなのだそうで、何十年かたった根っこでなければならない。
日本ではこの松の根っこが入手しにくくなったため、現在日本でこの本物の
すぼ手花火を作っているのは、福岡県八女市にあるお店、一か所だけなのだそうだ。


…この夏も終わる。

…美しく年を重ねていかなければ。
暗くなった部屋で、なお夕暮れの残光をしずかに蓄えた障子のように、
消えがての炎がなお人を魅了する線香花火のように、
最後まで美しくいなければ。


…ああ!髪や衣服に黒色火薬の匂いが残っている!
なんと悩ましい晩夏の香り!


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                              ・・・余情の美






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『夏にさようなら』


ああ、もう、夏が終わってしまいますね。
今日が8月最後の日曜日。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

夏の終わり、というものは、どうしていつもこう寂しいのでしょうか。
それは年齢に関係なくそうなような気がします。
夏の終わりを感じないのは、未就学の小さな子供くらいなものかな(笑)。
彼らにとっては毎日が夏休みです。
光と喜びに満ちている。
少なくとも幼稚園に通い出せば、夏休みの終わりの寂しさはもう知るように思います。

夏はよく人生の青春期に例えられるけれども、わたしのような、
青春期をとっくの昔に過ぎさせてしまった者にも夏の終わりは寂しい。
ああ、そうだ。
夏というのは、人生の青春期と言うと同時に、祝祭の季節なんですね。
祝祭、というよりは。『祭り』の季節、と言った方がいいかな。
これは、祭りの終わる寂しさなんだな。

なにもいいことがなくても、夏は祭り。

こんな曲を、夏の最後の日曜日にお届けしましょう。
残りの夏を精一杯お楽しみくださいね。
そうして、夏が終わっても、あなたの祝祭の日々は続くことを
お祈りしていましょう。

人がこの世に生を受けたこと。それ自体が祝福。・・・
無宗教な私ですが、この頃そう思います。

父がある夏の日、わたしの誕生を祝って、役場でわたしの名を戸籍に
書き加えてくれたように…。





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『父蘇る』


ある必要があって、戸籍謄本を取り寄せた。

久しぶりに自分の戸籍についての記載を見た。
驚いたことが一つ。
父の名前の漢字を間違って覚えていた!(笑)
そういえば、たしかにこっちの漢字だったよなあ、と思い出した。
いつから間違って記憶してしまっていただろう。
30年前?40年前?
・・・それほどの間、父の名を書く必要がもうなかった、ということだ。

しんみりしたことが一つ。
私は夏の生まれである。
戸籍謄本には勿論、私の生年月日が書いてある。
父と母の名も書いてある。
便宜のために、私は本籍地を九州の高原の村から、東京に移してしまったが、
私の生地、つまり本来の戸籍の住所もここには書いてある。
戸籍謄本などというものは、そうした事実の羅歴だけで、
そこには何の感情の入る隙間もないものと思っていた。
…これまでは。

しんみりしたというのは、
私の生年月日の他に、そこには、私の親が、私の生まれたことを
役場に届け出た日の日付もくっきりと書いてあったからである。

父は、私が生まれた日の5日後の8月某日に、役場に私の出生と
名前の届け出をしていることが、今回わかった。
これまでも何回か、戸籍謄本を見てはいるけれど、細かいところは
見てこなかった。生まれた日とは別に、届け出の日まで書いてあるとは
思っていなかった。

父は小柄な人で、ちょっとがにまただった。
でも、そのがにまたなところが、山歩きや川を渡っていい釣り場を探すには
適しているように思え、ひょいひょいと身軽に高原の道を案内して歩く父を
小5の私は頼もしく思ったものだ。

たった一行。昭和・・年。8月某日に出生の届け出。届出人は父。
それが記してあるだけである。
でも…。

ああ!その日。父があの独特の歩き方をして、田舎の道を役場まで行ってくれたんだなあ。
高原の大気は都会よりは涼しいとはいうものの、空気が澄んでいるその分日差しは
ひりひりと肌を刺す。ちょうど今日のこの午前の空のような感じではなかったかなあ。
そんな日差しの中、父は私が生まれたことを届け出に行ったのだ。

どうかなあ。私が生まれたことを喜んでくれたかなあ。
可愛いと思ってくれたかなあ。
きっと思ったな。

…今から60年以上前の8月某日。某所の某役場。
父は確実にそこにいて、生まれてきた子のために書類を書いてくれたのだ。
私は父のことをよく書くけれど、父との実際の思い出は、実は僅かしかない。
生まれてから小学校2年の一学期まで。でも、この期間は自分が幼かったので
記憶は不鮮明である。
あとは小学5年の思い出の夏の一週間と、その他にはすべて足しても
20日足らずくらいの思い出しかない。
つまり、私の父との思い出は、小5の夏の一週間がすべて、と言ってもいいくらいだ。
その私の数少ない父の思い出に、新しい姿が一つつけ加わった。


戸籍謄本という一枚の紙切れ。
でもそこに、かつてこの世に確実にあって、私のために夏の日差しの中を歩いて、
村役場の戸をくぐり、生まれたおんなのこの名を記した父の姿が、そこに
くっきりと見えたのである。

…若き日の父の姿がワンシーンだけ、鮮やかによみがえった瞬間…。

2009_0802_183740-CIMG0587_convert_20100828120026.jpg      
       八重咲きオオハンゴンソウ。別名花笠菊。
       小5の夏、長姉の家の庭の池の傍に、この花が鮮やかに咲いていた。
       反魂草とは、魂を蘇らせる草、という意味。
        花に罪はないものを、そんなおどろおどろしい名をつけられて…。
       ただ大きな葉っぱが下を向いて垂れる。それが幽霊の手のようだ、
       というそんな馬鹿な理由で。
       でも、その名の故に、また私はこの花を愛す。
       

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『今宵の月』



流星群の夜以来、夜空をあまり見上げていなかった。

きょう夕方、久しぶりに遅く買い物に出て、東の空に月が出ているのを見た。
帰って月齢を調べてみたら、今晩は月齢が12日。明晩が十三夜か・・・。
私には願い事があるのだが・・・。


深夜。ひとり玄関先まで出て、月の写真を撮る。




美しい月だった。
あなたは、この月をご覧になっただろうか。





http://www.youtube.com/watch?v=l0rQTazhiG0


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『お料理ーっ!』 其の一




いちじくのコンポート、作ってみました。
コンポ―ト、なんて洒落て言ってみたけれど、要するに、シロップ漬けです。
赤ワインがほんの少し。
とっても美味しくできました。

どうぞ召し上がれ。
冷たくて、香り高くて、とても美味しいですから・・・。



丸い、ころんとしたいちじくの中には、
わたしの祈りがこもっているの。





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http://www.youtube.com/watch?v=GHx8mVd0trg


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『こんな本を買った』 其の一

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こんな本買いました。
以前、ある方が勧めていらした本。
評論家、川本三郎さんの本。2000年初版発行。
川本三郎さんは、私が好きな文筆家。
『大正幻影』『都市の感受性』『感覚の変容』『東京残影』
など、いわゆる都市ものは昔、よく読んでいた。

昭和30年代。
それは日本の映画産業がもっとも盛んだった頃。
本によれば、現在(2000年)日本では僅か2000館強になってしまった映画館が、
昭和33年当時は7000館以上あったという。
国民一人当たり平均して年に12回映画を見ていたという時代。
それは現在の約8倍であるという。
それほど当時の人々にとって、映画は大事な娯楽であったということか。

ハリウッドでは綺羅星のごとく、スケールの大きい、そして美しい男優や女優たちが
いて、次々に素晴らしい映画が作られ世界に送り出されていた。
そんな時代に少年期を過ごした川本三郎さんの、映画華やかなりし時代への
回想記である。

次々に懐かしい映画スターの名前が出てくる。
そうして、名作の数々の名が。
スペンサー・トレイシー、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン、
バート・ランカスター、ロック・ハドソン、ジェームス・ディーン、
ジョン・ウェイン、ジェームズ・スチュアート、グレゴリー・ペック、
クラーク・ゲーブル、ゲイリー・クーパー、ジャック・レモン・・・
エリザベス・テイラー、オードリー・ヘップバーン、・・・
どちらかというと、男優の名の方が多く出てきますね。

ああ、懐かしい!

と言っても、昭和三十年代、というと、私が小学校から高校にかけて。
その頃母が、人さまの浴衣を一日一枚超スピードで縫いあげて、それで500円くらい
貰っていたように思うから、150円も出して映画に行くことなど出来なかった。
だから私がこういう映画スターや名作の数々を知っているのは、
殆ど『スクリーン』などの雑誌による知識であった。
後は大人になってから、再上映を見たり、テレビで放映されるのを見たもの。
・・・それでも、巻末の映画のタイトル一覧を見ると、結構見ている。
俳優の名前もほとんど知っているし、顔もすぐに浮かぶ。

私が好きだった映画・・・
『アラバマ物語』『十二人の怒れる男』『スミス都へ行く』『オズの魔法使い』
『市民ケーン』『ジェニーの肖像』『わが谷は緑なりき』・・・
ああ、どれを挙げていいかわからない!他にもいっぱい!
見てなくて見たいものもいっぱい!

これからしばらく、この本が寝る前のお楽しみ。


今日は黄金期のアメリカ映画に敬意を表して、こんな有名な曲を。
お若い皆さんも、当時の西部劇の雰囲気をちらとでも、味わいになれるかもしれません。



『High Noon』(邦題『真昼の決闘』)
1952年(昭和27年)。アメリカ。
監督 フレッド・ジンネマン
製作 スタンリー・クレイマー
脚本 カール・フォアマン
出演者 ゲイリー・クーパー、グレース・ケリー
音楽 ディミトリー・ティオムキン

脚本のカール・フォアマンは、アメリカの『赤狩り』に
巻き込まれる。『赤狩り』というのは、全米を吹き荒れた共産党排斥運動。
『フォアマンは、ワシントンの非米活動委員会に召喚されたが言論の自由を保障する憲法を盾に
証言を拒否した・・・フォアマンはハリウッドでの仕事が出来なくなり、イギリスに渡った。』
製作のスタンリー・クレイマーや監督フレッド・ジンネマン、主演のゲイリー・クーパー
などは、脚本カール・フォアマンの名を映画のクレジットに残すことで、
彼を間接的に支援。ジョン・ウェインなどが痛烈に非難したのと対照的である。
この映画に多くのページを割いている川本さんの『言論の自由』『思想信条の自由』
というものに対する姿勢もわかろうというもの。
極めて低予算の中。僅か28日で作られた、西部劇の名作中の名作。
昭和27年の作だが、そういった諸々のことに敬意を表して、ここで取り上げたい。

前にエリザベス・テイラーと並び評された美女中の美女として、
グレース・ケリーの似顔絵を描いたことがあるが、この頃新人だった彼女がクーパーの妻役で出ている。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-134.html


ああ、いい本だな。
一つ一つの映画が、語ってもその魅力が汲みつくせぬほどの名画ぞろいの上、
川本三郎さんの映画に対する熱い想いが溢れていて、一篇一篇を
香り高い珈琲か何かのように、ゆっくり味わいながら楽しみたい気分。
勿論未見のもので手に入るものは見たいし、観たものももう一度見直してみたい。

一篇一篇の文章、一作一作の映画に対して、オマージュ記事を書きたいくらいだ。

そう。これからだんだん夜が長くなる。
蝉の声もいつしかパタリとやんだ。昨日あたりまでは鳴いていた気がするが。
夏の終わりはいつでもこころ寂しい。秋の初めはなぜか人恋しい。
その人恋しい季節を、どう過ごそうかと思っていたが、この本を味わいつくす
ことで、長くなっていく夜を過ごすことにしてみようかな・・・。


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『マイナーコード好み』

私は音楽にはむしろ疎い方で、知らないアーティスト、聴いたこともない曲が
どれほど多いかわかりません。
皆さんに紹介していただいてそこから知らなかった世界へ入っていったり、
手探り足探りで音楽の深い森にひとり分け入ったりして、今、しきりにお勉強中(笑)。
その過程で出会ったすてきな曲や、僅かに知る昔の懐かしい曲などから選んで
お送りしています。

そこで、皆さま、何かお気づきになりませんか?
・・・、私、マイナーコードの曲が好きなんです。

でも、今、マイナーコードの曲が好き、と言ったけれど、
じゃあ、マイナーコードの曲の定義は?と聞き返されると、説明できません。
ただ「え~っと、悲しげな曲です・・・」としか、答えられない(笑)。

で、マイナーコードって正確にはどういう曲なのだろう、と、Wikiで以前検索してみました。
そしたら難しくって(笑)。
MSN相談箱に寄せられた質問に対する答えを見ると・・・ 


メジャーコード=長三和音
マイナーコード=短三和音

三和音とは、ドレミファソラシドレミファソ・・・・と続く音の中の、「スキップ」した三つの音で構成された和音です。例えば、ドミソ、レファラ、ミソシ、 、、、 と続きます。この中に、もしシャープが付いていても、フラットが付いていても、やはり、三和音となります。
(中略)

長三和音(メジャーコード)は、第一音と第三音の間に、四つの半音が存在し、第三音と第五音の間には三つの半音が存在します。大抵、明るい感じに聞こえます。

短三和音(マイナーコード)は、第一音と第三音の間に、三つの半音が存在し、第三音と第五音の間には四つの半音が存在します。大抵、暗い感じに聞こえます。


・・・はあ、そうですか・・・(ため息)

基本的な例を挙げれば:

C(ド・ミ・ソ)   Cm(ド・ミ♭・ソ)
D(レ・ファ♯・ラ) Dm(レ・ファ・ラ)
E(ミ・ソ♯・シ)  Em(ミ・ソ・シ)
F(ファ・ラ・ド)  Fm(ファ・ラ♭・ド)
G(ソ・シ・レ)   Gm(ソ・シ♭・レ)
A(ラ・ド♯・ミ)  Am(ラ・ド・ミ)
B(シ・レ♯・ファ♯)Bm(シ・レ・ファ♯)


ふう~、これならなんとなくわかるかも。
要するに、CmとかDmとか、そういった短三和音を多く使った曲は、寂しげに聞こえるんだな。

前回お送りした小林旭の『さすらい』。
これなどはメロディーを書くと、レミファラシ♭シ♭ラ、レドレシ♭ラソラ、となっていて、
Dm(レ・ファ・ラ)Gm(ソ・シ♭・レ)などのコードを使っているのがわかります。 

日本人にはこのマイナーコード好きが特に多いそうで、私もその一人。
ではなぜ、マイナーコードが好きになって、それはいつからか、と言われると
それもはっきりわからないのです。おそらく小さい頃聴かされていた歌謡曲や童謡の影響かな、
というくらいしか理由が思いつきません。

とにかく悲しげな歌が好きでした。
『どんぐりころころ』『むすんでひらいて』『チューリップ』『汽車ポッポ』・・・
そんな明るい感じの童謡を、全部自分で短調に変えて歌っていました。
ごく小さい頃からです。
自然に、長調の歌を短調にアレンジすることが出来ました。

たとえば『どんぐりころころ』は長調で歌えば、ソミミファミレド ソミミレ ですが、
これを短調にすると、ソミ♭ミ♭ファミ♭レド ソミ♭ミ♭レ となります。
C(ド・ミ・ソ)がCm(ド・ミ♭・ソ)に変わるんですね。
それだけで悲しげなどんぐりになる。
チューリップも汽車も寂しげになる(笑)。 

まず一番を長調で歌って、引き続き二番の歌詞で短調に転調して歌うのが好きでした(笑)。

最近の特に日本の歌をきかなくなったのは、長調の明るい曲が多いから。
でも、長調の曲でも、メロディが極めて美しかったり(モーツアルトのように)、
歌手の生き様や思想が歌の迫力になって表れているようなものなら好きです。

逆にいえば、仮に短調の曲調であっても、とってつけたような平凡なメロディはだめです。
計算して作った悲しげなメロディやパターン化したものは好きになれません。
それから、歌手が下手なのもだめ。
歌唱力のない歌い手が、一見悲しげに聞こえるけれど平凡な曲を、自己陶酔しながら
歌っていたりすると、もう~聴く気になれません。

ということは、長調短調にかかわりなく、メロディラインが美しいこと、
それが私が曲を好きになる必須条件かな。
ロックであろうがジャズであろうがなんであろうが、メロディの鮮烈な
曲なら何でも好き、ということでしょうか。
優れて美しい曲は、メロディの動きがとても自然な流れで覚えやすいんですが、
決して平凡ではありません。斬新で印象が鮮烈です。
一見美しげでも、平凡な曲は皆似通っていて、何度聞いても覚えない。

一つ、いい例をあげましょう。
わたしの音楽経歴の一つの中核でもあるビートルズのこの曲を。



これなどは、コードからすると、長調の曲ですよね。ビートルズの曲はほとんど長調。
では私が好きでないか、というとその逆。大好きです。
なんという鮮烈な始まり方をするのでしょう!
それにこのハーモニー!このジョンの青い声!
長調短調にかかわらず、鮮烈な曲は一度聴いたら忘れがたいというひとつの好例だと思います。
歌詞だって極めてシンプル。でも、鮮やか。

でも、それがわかった上でなお・・・
私はどちらかというとやはり、マィナーコード好み。
そういえば、私の生き方自体もマイナーコード好みかもしれません。
そういうものがあるとすれば。
人生に光と影があるとすれば、私は光を全身に浴びて立つ、というタイプの人間ではなく、
影の中にそっと佇むタイプの人間かな。
でも、それだけに、光に憧れはするのです(笑)。

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『小林 旭』


最近いつも音楽をご紹介していますが、とりとめがないでしょう?
クラシックがあったり、ラテンミュージックがあったり、ポップスがあったり。
はい。今、勉強中で、いろんなのを聴いているのです(笑)。

今日、さらに、私の意外な?いや、ぴったりなのかな、新側面をご紹介しましょう。

わたし、実は、こてこての演歌、好きなのです。
今の演歌は全く聴きません。みな同じに聞こえるから。情景が見えてこないから。
わたしが好きなのは、昔の演歌です。
『昔の歌謡曲』といった方が正確かな。

皆さんご存じないでしょうけれど、藤山一郎とか、デイック・ミネとか、淡谷のり子とか。
ほら、ご存じない、ですよね(笑)。
子供の頃、ラジオから流れてくる歌謡曲はわたしの血や肉の一部になって、私の感性を
育てています。

その中で、今日は一人、ご紹介します。
小林旭。『あきら』と読みます。
石原裕次郎はご存知でいらっしゃいますよね。あの裕次郎さんと、日活映画の看板を
背負って立つ、それはビッグなスターでした。ギターを抱えた渡り鳥シリーズが
有名でした。美空ひばりさんは彼の元奥さんでした。

この小林旭さん。歌がとってもうまかった。
上手、というより、なにしろ、味がありました。
勿論、今の時代には合わないでしょう。でも、昭和30年代。日本が戦後から
復興しつつある時代だった。とは言いながら、まだ、貧しいものは貧しく、
若者は大学を出ても職がなく、地方の農村部は農業だけで食べていけないため、
中学を卒業すると、子供たちが東京などに『集団就職』したりしていた時代です。
街にはやくざさんの組織などが深くはびこっていました。
小林旭さん演ずる旅の風来坊は、その地で悪辣の限りを尽くしている悪いやくざの
親分と一人戦って、街に平和を取り戻し、またさすらいの旅に一人出て行きます。

といっても、映画スターとしての彼の顔や姿が好きだったというより、
わたしは、このひとを歌手として好きでした。
あと、正統派お坊ちゃんの裕次郎さんに対して、このひとは大部屋俳優からのたたき上げ。
そういったところを心ひそかに応援していた気がします。
『北帰行』『さすらい』『黒い傷跡のブルース』『惜別の歌』など、
小中学生のわたしは、旅にさすらう男の孤独を歌った歌が好きだった(笑)。

特に、『北帰行』は、これは名曲です。
もともとは、作詞作曲:宇田博。旧制旅順高校に在学していた宇田が作った望郷の歌。
旅順高校の愛唱歌となり、後に日本全国に広まっていった名曲です。
これをこの小林旭が昭和36年に歌ってさらに広めました。

でも、今日、お送りするのは、わたしが彼の曲の中でもう一つ好きな、『さすらい』。
わたしには、次姉と同じように、実は風来坊の血が流れているようです。
それは、娘にも伝わっています。

わたしが小林旭が好きなのを示すのが、これ。
いつの間にか、買ってありました。まだ見てなかったんだな。
買っただけで安心して、まだ見てなかったのね。
そんな古い映画が、まだ家にはいくつもあります。
森繁久弥の『地の果てに生きるもの』のVHSとか。これは北海道羅臼の
さびしいさびしい海辺の、ニシン小屋の番人として生きた男の生涯を描いたもの。
昭和35年。小6の時見て、あまりにもの寂しさにショックを受けて、忘れられない映画。
人の一生はなんて寂しいのだろう!というわたしの基本トーンがこのとき植えつけられた(笑)。


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『さすらい』は、彼の主演作『南海の狼火』のテーマ曲になっています。


http://www.youtube.com/watch?v=gbzl00Jw8Zc

小林旭さん。もっと評価されていい人なんじゃないかな。
『春来る鬼』という映画のメガホンを取っています。
わたしはこの映画がよかったという記憶があるのですが、映画界からは
わりと冷たい扱いだったかな。
裕次郎裕次郎と、石原裕次郎さんは日向に咲く向日葵のような晴れやかなスターとして
愛されましたが、わたしは、その陰で、少しよたった感じの雰囲気も持つ(笑)
このひとの方にずっと親近感を持っていました。

晴れやかな、翳のないヒーローより、ダークなヒーロー。
それも私の基本トーンです。

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『夏の句から』

うう。暑い暑い・・・!

言いたくないけれど暑いです。
東京の一部では昨日37度まで気温が上がったそうですから。
我が家の方も、35度くらいあったんじゃないかなあ。
立秋は?秋の気配はどこ?という感じです。

私は冷房苦手なんだけれども、さすがに今はつけています。
今日は涼しい部屋で、でもなにか何をしても集中できないので、
ぼんやり、角川春樹編の『合本現代俳句歳時記』を拾い読みしていました。
夏の季語を拾って、俳句を読んで、涼しくなろうという魂胆です。
そういう消夏法があってもいいんじゃないでしょうか。

いくつか、私がいいなあ、面白いなあと思った句をご紹介しましょうね。

片蔭といふもののなし基地の街   沢木欣一

   この句の季語は『片蔭』という言葉です。
   私は今回、初めてこの言葉を知りました。なるほどなあ、と思います。
   夏の強い日差し。家々の軒や壁、また建物自体の影が、道路にくっきりと
   出来ます。光と影のコントラスト。日陰に入ると僅かなそれであってもすうっと
   涼しいのです。
   ところが基地の街はだだっ広い。建物から建物への距離がとんでもなく遠い。
   基地の街は片蔭が少ないのです。基地の街は住人にやさしくないのです。

湯上りの子をうらがへし天瓜粉   中村秋晴

   これもわかるわかる!という感じではありませんか?
   つけてやる親の立場としてか、つけてもらった方の記憶かは問わず。
   暑かった夏の日の夕暮れ。外から汗まみれになって幼い子供が帰ってきます。
   お風呂に入らせられる。ポッポとまだ赤らんだ小さな子供の体。
   母親は、ちょうど夕餉の支度で忙しい時間帯でもある。
   手早く汗を拭いてやり、乾いてきた体に、天瓜粉を手早くはたきつけてやります。
   首の下。胸、そして脇の下。おでこにもちょん!と。
   子供の体をくるりと回します。そうして今度は、小さな背中にぽんぽんと
   白い粉を一掃き二掃き、はたきつけてやります。
   子供は手荒く扱われて嬉しく、脇の下や首にはたいてもらうとくすぐったがって
   身をよじります。
   (あっ、天花粉って黄烏瓜からとってたんだ!だから本当は天瓜粉って書くのか!)
   そうしてさっぱりして、少し色白の顔になった子供は、やがて夕餉の膳に向かい、
   夕食が終ると、庭先で花火などをして遊ぶのです。


枝豆や三寸飛んで口に入る   正岡子規

   これは説明は必要ないでしょう。
   枝豆を食べていてこういう経験おありでしょう。
   ぷっ!と飛んで出るんですよね。
   結核性のカリエスで身動きさえできないほどの苦しみに苦しみぬいた
   正岡子規の句。若い頃の句でしょうか。病中の句でしょうか。
   病の床にあってさえ、ユーモアの目を忘れなかったひと。

採る茄子の手籠にきゆアとなきにけり   飯田蛇笏

   これも、茄子を触ったことのある人なら実感する句でしょう。
   もいだ経験はなくとも。洗うときにも茄子は確かに「きゆア!」と鳴きます。
   なんと巧みなオノマトペ(擬音)でしょうか。


   さて、色っぽい句を一つ。

手にふれし汗の乳房は冷たかり   野見山朱鳥

   これも説明は不要でしょう。
   汗に濡れた女の乳房。・・・でも、なぜかそれは夏でも男の手に
   ひやりと冷たく、しっとりと持ち重りがするのです・・・。
   うう。なんと悩ましいのでしょう。幸せな、おとことおんな。


虹二重 神も恋愛したまへり    津田清子

   これはまた素晴らしく壮大な、そうして斬新な感覚の句だと思いました。
   今はなかなか虹も見かけることが少なくなってしまいましたが、
   ごく稀に、僥倖のようにして虹と巡り合うことがある。
   しかもそれはただの虹ではなく、二重にかかった虹。
   まだ背景の空は暗い。あの辺りでは今雨です。
   その暗い雲を背景に、色鮮やかにかかった二重の虹!
   そういう稀な虹にしょっちゅう出会う人というものがあるようです。
   作者はその珍しい虹を見て、「神様が恋愛していらっしゃるから
   こんな綺麗な虹を空におかけになったんだわ!」と感じたのです。
   神だって恋愛すれば、こうやってその恋を自ら祝いたくなるのでしょう。
   この作者の感覚の靭さとしなやかさ。
   今日の6句の中のいちばん、に、私は挙げたいと思います。


いかがでしたでしょうか。
少し、消夏お出来になりましたでしょうか?



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『音楽の贈り物』 ⑩



八月も半ばとなりました。

真夏日の続いた夏も、台風が来たり、
お盆休みに入られた方もいらっしゃって、ちょっと一息というところでしょうか。

でも、夏バテ気味という方もいらっしゃるかな。
私も冷たくしたお番茶ばかり飲んでいます。

どこか涼しいところに行きたいと思っても、そこにたどり着くのも大変です。
気分だけでも、ご一緒に、こんな涼しそうな木陰にいらっしゃるのはいかが。

きっとすうっと汗が引くことでしょう。
頭上では、風が梢を揺らして葉擦れの音がする。
汗がひいたら、敷き物を出して、寝転がってみましょうか。
そうして黙って、空ゆく雲を見つめていましょうか。

http://www.youtube.com/watch?v=sumVd0odLo0


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ジャンル : 学問・文化・芸術

『音楽の贈り物』 ⑨


静かな夏の夜。

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。
私は、静かにハワイアンでも聴きたい気分。
普段はハワイアンなどあまり聴かないのですがどうしてでしょう。
ハワイに行ったこともないですしね。

なにかひたすらやさしい音楽が欲しい気分で、
それでふっと聴きたくなったのです。
こんな曲、お送りしてみましょうね。
疲れた心にも体にも、やさしくしみてくるような曲です。

もしあなたが眠れない夜をお過ごしならば、
甘いカクテル、というわけにはいかないかもしれないけれど、
なにか甘い冷たい飲み物でもお作りになって、
窓辺に椅子を寄せて、ゆったりと夏の夜の風でも味わいながら
静かにお聴きになられてくださいね。






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『ペルセウス座流星群』


12日深夜1時50分。
実はついさっきまで、一人で外に出て夜空を眺めていた。
流星群を見るために。

今年のぺルセウス座流星群の極大日は実は明日の夜らしい。
しかし台風4号が近づいていて、東京地方も明日の天気予報では
雨か曇り。星は見えないに違いない。
だから、今夜のうちに一つだけでも見たいと思った。

12時。外に出た。
11時前後に2回外に出てみたときは晴れていたのに、1時間ほどの間に、
雲が広がってしまっていた。最初は筋雲程度のものであったが、
あっという間に、空一面に。待ってみたが、流れ星は見えない。
「ああ、今晩はもうだめかな。」
そう思ったが、全く雲におおわれつくされているわけではなく、
雲の隙間から、星は見えている。雲も薄い。
あきらめずにもう少し見ていよう。

家に取ってかえして、敷物を携えてまた外に出た。
いつもは、家から1分しかかからない、川原の道路に佇んで星空を眺める。
じいっと佇んで上を見ているのは、あまり続けられないものである。
10分ほど見ては、首をほぐしたり肩をつかんだりして休憩。また見上げる。
間隔を置いてぽつぽつと立つ街灯が案外に明るくて邪魔になる。
だから今日は、いつもの道ではなく、下を並行して通るサイクリングロードに
下りて、先日草刈りが行われたばかりの河川敷に敷物を広げた。
深夜のひとりピクニックだ。

勿論こんな夜更け。サイクリングロードを通る人はいない。
ほんの時折、上の道路と向こう岸の道路を深夜タクシーなどがすうっと通り過ぎるだけ。

10時半ごろ、寝ぼけたように、ジジ!と時折鳴いていた蝉は、さすがにもう
眠ったらしかった。その代わりに、秋の虫が、もう遠くで鳴き交わし始めていた。
ああ。もうすぐ秋・・・。
雲は夜でもちゃんとその形がすべてはっきり見える。
先ほどより、多少雲が切れて空が見えるようになってきていた。
目印になるのは、カシオペア座である。頭上、大体東北の方向。
『W』の形をしたくっきりとした星座。
そこから少し南に目を移したあたりの、ちょうど頭の真上だ(一時頃の空です)。

静かだった・・・。
星空に身を委ねている・・・。
なにか不思議な気分だった。
たったひとりで夜、外にいるなんて、極めてさみしいことなのだけれど、
とても危険なことなのかもしれないけれど、何か、とても自由だった。
「ああ。こんなに自由!」と、声に出して言いたいと思うほど。
胸の内にある様々なよしなしごとも、夜の空を見上げていると、
すべてすうっと吸い取られて雲散霧消しでもしたかのよう。

そうして・・・見えたのだ!
流れ星が!
しかも、極めてくっきりと長い尾を引いた、鮮やかな流れ星が2つ!
感覚的にいえば、20センチと30センチ、というくらいの長さで、
それらは、30分ほどの間をおいて、私の上を流れて行った・・・。
それは何度見ても感動する、この上なく美しいものである。


・・・勿論、願い事をしたことは言うまでもありません。
でもそれは、私だけが知る、私だけの願い。
流れ星と夜空以外、誰も知らないのです・・・。









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『満州の丘にて  さすらいのギター』



もうすぐまた、ペルセウス座流星群が見られる時期になる。
今年は今月11日~14日頃だそうだ。

去年は、やはり同じ時期くらいに3日間くらい、流れ星を求めて、
深夜一人、外で夜空を見上げていたなあ。
あのときも心に願い事があったんだったっけが。


私は流星群が大好き。
待っていても果たして見られるかどうかわからないのに、その
あてにならないものをひたすら待つ時間…。
それはなかなかにせつないものである。
待っても待っても、訪れる気配はない。
「もう帰ろうかな・・・。」
そう思ってはみるのだが、一つ見るまでは。
またそう思い返して、暗い川原に立ちつくす。

だ~れも通らない。
ほんの時折、向こう岸の道路を車が行くくらい。
ポツンポツンと立っている街灯の明かりを避けるようにして、待つ。

それは突然やってくる。
夜空をスーッと一筋、星が流れていくのを見ることができた時の感動!
なにか胸がドキドキするほど嬉しい。
慌てて願い事を胸の中で呟く。
3回言うなんて無理!だから、3個流れ星を見るまで待つ。

夜空を見上げていると、さまざまな想いが洗われていくような気がしてくる。
猜疑心や焦燥や、高慢や嫉妬や、自己嫌悪、などと言った諸々の悪い感情。
そういったものが、すうっと消え失せて、この宇宙に自分ひとりいるような、
心細いのだけれど、不思議に幸せでもある、一種の諦念…、
何かそういった寂しさに心が満たされていく。
寂しさに満たされる、というと変なようだが、実際そうなのだ。

ここに私という人間が、今、ひとりで、夜の星空を仰いでいる。
このときのこの思念というものは、私しか知らない私だけのもの・・・
それをしっかりとこの記憶に焼きつけておこう・・・
そんな静かな決意のようなものが、心に満ちてくるのである。


今日はこんな曲をお送りしましょう。

『Mandshurian Beat』 
Mandshurian というのは、『満州の』という意味。
『Mandshurian Beat』は、1963年。ザ・サウンズというフィンランドのグループが
日本に紹介し、以降、ここでアップしたThe Mustangsやベンチャーズ、スプートニクス、
また、小山ルミの歌などで、1960~70年代初めに、多くの人に聴かれた曲である。

実はこの曲。日本では『さすらいのギター』などというロマンチックなタイトルが
つけられ、甘美なグループサウンズの名曲として親しまれたけれど、
実は、ロシアの歌。原題は『満州の丘』。

日露戦争で、ロシアは日本に負けて、多くの戦死者を出した。
特に1905年の奉天の戦いではことのほか激しい戦闘で、ロシア側は33万の兵士のうち
89000人を失い、日本側は27万人中71000人を失ったという。
満州の丘は、それらのロシアの戦死者たちが眠るところ。
往きて帰らぬ戦士たちに、いつか仇を討ってやる、と切々と歌いかけた歌なのだそうだ。

まずその、ロシアの歌の方からお聴きください。

http://www.youtube.com/watch?v=fWDgs34wilk


『満州』・・・その語を聞いただけで、何か深い寂しさを感じます。
それから、太平洋戦争まで、ずっと暗い歴史の舞台となったところ。
でも、そこでその時代に青春を生きねばならなかった人々も多くいるのです。
そして、そこで儚くなってしまった人も。

さて、日本で流行った『さすらいのギター』の方は。
こちらはひたすら、浪漫チックで甘美です。
キレのいいリズムに、美しいメロディが乗せられています。

この曲には実は私はとても想い入れがあります。
聴いていると、さまざまなことを思い出して、胸がいっぱいになってしまう曲です。
私が懐かしむのは、実は他の演奏によるものですが、
流星にちなんで、こちらの映像にしてみました。

http://www.youtube.com/watch?v=K9gJuXeQasA


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『インコの恋 』


先日、体調をちょっと崩し、元気もありませんでした。
いつもの川原のお散歩もしなかった。
川べりの道を行くと遠回りになるので、その気力もなく、幹線道路の方を
通って買い物などに行っていました。

帰り道の途中。一軒のペットショップがあります。
でも、そこが扱っているのは、今大ブームと言っていい小型犬や猫などではなく、
小鳥や熱帯魚やカブトムシなどです。
ひところは、この小鳥や熱帯魚を飼うのはとても盛んだったけれど、
犬や猫を飼える人の方が少ないくらいだったけれど、今はもうすっかり様変わり。
店は閑散としています。つくづく時流を読まない店主のようです(笑)。

なんとなくその時さびしかった私。
店先に大きなケージに入れられて出されている、白い大きなオウムをかまうことにしました。
だれもまわりにいなかったから。
普通私はあまりそういうことはしない人間なのですが、今日はなぜか。
でも、指を出したりはしません。かみつかれますからね。

チビちゃん、という名前が書いてありました。
ケージに身をかがめて「チビちゃん!』と呼んでみました。
彼はつつつつ!と枝を伝ってこちらにやってきました。
「こんにちは」と言ってもなにも言わない。
「何かお話しして」と頼んでも、勿論なにも言わない。
そして、私に向かって、とさか部分をふわあっと広げ、羽も思いきり
膨らませてきました。
まあ、おナマね。喧嘩売る気?(笑)

私は、ケージのそばを離れました。

...たったそれだけの話です(笑)。

あ。そうそう。タイトルは『インコの恋』でしたね。
その話をするのだった。

10年ほど前。娘は世田谷区は下北沢という、若者などの人気スポットの
近くに住んでいました。
そこに一軒の古本屋さんがありました。
3,40代くらいのもの静かそうな店主が店番をしています。
奥の上がり框のある一畳くらいのスペースに座机を置いて、レジスターを置いて、
空いたところで、本の手入れなどを静かにしている。

娘と私がふと見ると、店主の横の、その机の上に、一羽のコザクラインコがいます。
ケージに入れてなくても、おとなしくしていて、店主のそばを離れない。
しきりに何かをしています。
見ると、インコ君は、一冊の文庫本を開いて、それを声に出して読んでいたのです。

…まさか!(笑)

すみません。ちょっと皆さんをからかってみました。
彼は、文庫本のページを器用に嘴で切り取って、長さ15センチ、幅1.5センチくらいの
細いテープのようなものを一本一本作っていました。

インコにそんなことができるかって?
出来てたんです、驚いたことに!

足でしっかり本を抑え、嘴をパンチのように紙に入れていって、紙を器用に切り取る。
そうして、切り取ったテープのようなものをどうするか、というと、
頭をぐっと回して、自分の尾羽の中にそれらを挿しこむのです。
十分綺麗な色の尾羽なのに、その間に、何本も何本もテープを挿しこむ。

私たちは驚いてしまって、じいっとそこでインコを観察していました。
店主と2言3言は言葉を交わしたでしょうか。
あとは店主は、静かに本の手入れを続け、私たち母子は立ち尽くして
インコを見ていた。

そのうちに、尾羽は、テープでいっぱいになります。7,8本もあったでしょうか。
すると、店主は、静かに手を伸ばして、それらのテープをインコから
抜き取ってやるのです。そうしてそれを自分の作業台の隅にそっと置く。
見ると、そこにはどうでも6,70本のテープがすでに貯まっています(笑)。
インコは、抜き取られても騒ぐわけでもなく、またせっせと文庫本を
切り取り始めます。
その繰り返し。
どうやら、インコと店主は日がな一日、それを続けているらしい。
インコちゃんの文庫本は、そうだなあ、200ページくらいはありそうな厚みの
本でしたが、、もう3分の2くらいは切り取られて、薄くなっていました。

インコのこの行動。なんとご覧になりますか。
動物行動学の専門家の方なら、「ああ、それはこういう意味」とすぐに
おわかりになるのでしょうが、私はこれを、『インコの恋』と捉えました。

このインコくんは、今、恋をしているのです。誰に対してかって?
勿論、もの静かでやさしげな、自分の主人に対して、です。

自然界の鳥も、恋の季節になると、自分を恋人に対して強く立派に見せようとして、
派手なディスプレーをします。羽を想い切り広げ、胸をふくらませ、
とさかをたて、歌を歌い、踊ってさえ見せる。
自分を飾り立て、相手によく思ってもらおうとします。
インコくんは、店主に恋をして、それで一所懸命、自分を飾り立てているのでは
なかったでしょうか。
カラスの仲間が、繁殖期にこんなふうな行動をしませんでしたっけ?

だから、折角たくさん切り取って尾羽に飾ったテープを、店主に静かに抜き取られても
文句一つ言わないのでは?
だって、それは恋するあなたへの贈り物でもあるんですもの。
ぼくのまごころなんですもの。

えっ?どちらが男役でどちらが彼女役か、って?
自然界では、そうした婚姻のためのディスプレーをするのは雄です。
だから、インコくんが彼。彼は店主を自分の美しい恋人(笑)、と
思ってるんじゃないかなあ。
 
…これは飽くまで動物行動学の知識もない私の勝手な憶測です。
インコのこの行動を欲求不満の表れ、などという見方をする人もいるかもしれない。
巣作りの材料にする、というのも考えられる。それだったら尾羽には挿さないな。
やはりこれは、恋人へのラブコール。私にはそうとしか思えません。

あの古書店店主の、もの静かな佇まい。
その横で、自分専用の文庫本と居場所を貰って、せっせと紙を切り続ける
そして自分を飾り続けるインコ君のあの満ち足りた姿。

あれを恋人同士と言わずして誰をそう呼べるでしょうか!
…ちょっと大袈裟かな(笑)。

それにしてもそれは、どこか大変静謐な幸せに満ちた、稀にみる
印象的なひとときと空間だったのでありました・・・・・・。


今日の音楽も、鳥関係で。古い曲ですみません。

http://www.youtube.com/watch?v=Vd6Pj12RC7A



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『わたしの好きな映画』 ①



この季節になると、いつも見たくなる映画があります。

『太陽は一人ぼっち』
1962年、伊・仏映画。
ミケランジェロ・アントニオー二監督。
主演はアラン・ドロン、モニカ・ヴィッティ。

ストーリーらしいストーリー展開はありません。
戦後が少し落ち着いて、日本でもイタリアでも、新しいマンション群が
にょきにょき建ち始めた頃。株の取り引きによって大儲けしようとする人…
大暴落によって一度に全財産をなくしてしまう人…
後の、人々の魂の彷徨、不毛の愛の時代を予感させるような、気怠さに満ちた
映画です。


主演の二人が、とにかく綺麗です。
ご覧いただければわかりますが、ラヴシーンのまあ、美しいこと!
繋げようとしてほどけていく二人の手の表現とか。
眼がめちゃくちゃ綺麗です。ニュアンスに富んだ美しい眼の動き。

何よりも私がこの映画が好きなのは、その主題曲の故です。
お聴きください。
若い方でも、いい曲だなあ、とお思いになるでしょう…。

原題の、『L'eclipse』は、日蝕、月蝕、などの、『蝕』という意味だそうです。




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『音楽の贈り物』 ⑧



しばらくぶりに音楽の贈り物をしてみましょう。

シシリー島や『ゴッド・ファーザー』から入って、あれこれ聴いているうちに
こんな楽しいビデオにぶつかりました。

街の辻音楽士が『ゴッド・ファーザ-』のテーマを弾いています。
細かい場所はどこかわかりません。イタリア、シシリ―とだけ。
どこかのワインセラーでのサービスでしょうか。
素晴らしく美しい演奏です。

こんな美しい演奏を聴かないで、電話でしゃべり続けている男の人もいる(笑)。
私だったらもううっとりして、アンコールアンコールしちゃうけどな。
それにしても、なぜ電話している人を写すのでしょう。旅の仲間かな。




これもシシリー島への観光客が撮った映像のようです。
この歌も美しい。
あれ?同じ場所のようですね。ということは、両方ともタオルミナの街。
ああ、こんなのんびりとして、人生を享楽できるような土地に行って、
街角のカフェに陣取って、道行く楽しげな人々をうっとり眺めたり、
街の音楽士の奏でる素朴な演奏を聴いたりしたいものです。





もう一曲お送りしましょう。
イタリア語がわからないので、正確なところはわかりませんが、
男たちが遊んでいる?争っている?シーン。
プロモーションビデオなのか、ストーリーがあるらしいが、なんだか
よくわかりません。
歌はシシリーの古い歌をグアテマラでアレンジしたもののようです。
この映像に出てくる男たちが歌っているのかな。
なんだかよくわかりません。

でも、楽しそう。

なんだか気が抜けてしまいます。





暑い夏の午後、地中海やカリブの風が少しお届けできたでしょうか。

それにしても、ここで飲まれているお酒はなんなのでしょう。
気になります。

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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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