『待ってな!』



夕方5時半少し過ぎ。遅い買い物を終えて、いつもの川原の道を歩いていた。
5時半と言っても、もう、とっぷり日は暮れて、辺りは暗い。

今日は、木枯らしを想わせるような、だいぶ冷たい風が吹いて、
道端の枯れかけたコスモスや桜の葉を揺らしていた。
ああ。もう秋というより、気配はなんだか初冬の感じである。


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今年は気持ちのいい天気の日が本当に少なかったなあ。
夏は史上まれに見る暑さの夏。
9月になっても暑く、ようやく気候の美しい10月になったと思ったら、
曇りや雨のはっきりしない天気が続いている。
あああ。秋もいつの間にか終わり。なんだかさびしいよう・・・

そんなことを考えながら、とぼとぼと自転車を引いて歩く。
前方には街灯がぽつんと立って、青白い光でその周辺だけを照らしている。
桜の木がだいぶ紅葉してきたのが、それでもその光で見てとれた。
冷たい風にざわざわと葉むらが揺れている。

と。川沿いの家から、二人の少年が出てきた。
ひとりはその家の子。一人は友人らしく、自転車にまたがると、
あっという間に去っていった。
二人は小学5年生くらいか。

「じゃあな。」去っていく方の少年が振り返って言った。
「じゃあね。」残った方の少年も言う。
「待ってな~。今、持ってきてやるから!」自転車から大きな声で言った。

同じ年だと思うが、去っていく少年の方は体格がいいのか、少し声が低くなりかけている。
対して、残された少年の方は、まだ甲高い、少年の細い声である。
その、兄らしい声が「待ってな。」という。
「今、持ってきてやるから。」という。

「ああ、いいなあ。」
私はなんとなくそう思った。
「待ってな。」って、いい言葉じゃないか。
「今、持ってきてやるから。」これも、なんと優しい口ぶりで言われたことか!
…いいなあ。なにを持ってきてくれるというのだろう。


「う~ん。」幼い声が叫び返した。
「黒曜石だよ~。間違わないでね~。」
「わかった~!」遠くから返事が。

黒曜石!
ああ、こんな夕暮れの、こんな場面になんとふさわしい物質ではないか。

黒曜石…。少年たちの瞳のように黒々と濡れて輝く石……。






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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

『ありがとう 』


みなさん。うっかりして私、この2日ほど、コメント欄引っ込めてしまっていましたね。
深い意味はありません。いつもどおり、実に他愛のないうっかりミスです。
あれ~?彼岸花さん、どうしたんだろう、と、心配して来てくださった方も。
ごめんなさい。でもありがとう~。

さっき気づいて慌てて元に戻しました。

実はコメント欄に関しては、ご報告したいことがありました。
今まで、私のコメントのページ、字がすごく小さくありませんでしたか?
このブログのテンプレート、気に入ってるんだけど、どうもコメントの文字が小さい。
ずうっと、それが気になっていました。
読みに来てくださる方も読みづらいだろうなあ、と。
しかも私がまた、長い返事を書く人間ですし(笑)。

そしたら、あるお嬢さんが、一挙にその問題を解決してくれました。
フォントの大きさを変える方法教えてくださったのです!

皆さん、見に来てみて!(笑)あ。強制しちゃいけませんね。
コメントもレスもすごく見やすくなりましたから。
文字の色も薄くてずっと気になってたけど、濃く出来ました。
一年以上も気にかけていたことが一挙に解決したのです!
ありがとう~。そしてこれまでのご不自由ごめんなさい。

私が困っていたり、元気がなかったりすると、
すぐに何かを察してフットワークも軽く応援に来てくださる方がいらっしゃる。
あるいは、黙って察してくださったり。

皆さん、いつもありがとうございます。
ほんとに、みなさんにいつも支えられています。

お礼にこんな映像お送りします。
ユーリ・ノルシュテイン。ロシアの偉大なアニメーション作家の作品です。
少し暗くて見づらいので、この映像だけ、画面を明るくしてご覧くださいね。

みなさん。おやすみなさい。












テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

『満月の夜に 』


今日は満月である。
昼のうちは晴れていたが、夕方になって東京辺りの空は薄雲がかかってきてしまった。
遅い買い物に出た時も、月は雲の向こうに滲んだ姿を見せていた。

それでも、9時。外に出てみると、こんな月が。
雲ひとつなく澄んだ夜空に月だけ明るいというのは無論美しいけれど、
今夜は、むらくもが月のまわりを彩っていて、それもまた面白く風情がある。

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あなたはこの月をご覧になっていらっしゃるだろうか?

月を題材にしたオペラ曲にしようか、ベートーベンの月光ソナタにしようか、
とも思ったが、どちらも、今日の雲に彩られた月には似合わない。
ムードたっぷりのこんな曲にしよう。
サキソフォンは、イタリアのアルトサックスの名手。ファウスト・パぺッティ。
映画『鞄を持った女』(1961年)でもテーマを吹いている。

甘いアルトサックスの響きをお楽しみください。

http://www.youtube.com/watch?v=QqCcIH-IxHc





テーマ : 思うこと
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『一叢の草』

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私の好きな草叢がある。

もう、30年近くも、この草むらは川べりのこの道にある。

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ジャノヒゲという植物の茂みである。
昔からここを通るたび、「ああ!あなたのお髪(おぐし)のよう!」と私は思ってしまう。
両手を差し入れて、くしゃくしゃとかき乱したくなってしまう。
『あなた』は、架空の青年であったり、想像の恋人であったりする。

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人が来たりて去り

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人がまた来たりて 去っていく。
誰もこんな草叢に目をとめない。


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雲が湧き、雲もまた流れて
誰もいなくなった。

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しかしジャノヒゲの草叢には友がいる。
風草という名の友。
二人並んで、風を受け、風を孕み、静かに風が通り過ぎていくに任せる。


さて、と。
私もこんなT字路の坂下で不審な旅人のように立ち止まっていないで

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金色味を帯びてきた光の中を帰ろうか。
白い雲が束の間、金色の光をさえぎって通り過ぎていく。
道端のチカラシバもすっかり秋の色。

ねえ、ちょっと。
あたしたち。ロード・ムービーの風景みたいじゃなくって?
そう、青い空や白い雲、2基の街灯やその影、傾いて駐車してあるワゴン車などが
うなづきあいながら自惚れる。







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ジャンル : 学問・文化・芸術

『赤い実幼稚園』

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今日はみなさん、空が晴れてきたから、体育のお時間はかくれんぼしましょう~!
わ~い!
じゃんけんじゃのじでじょい!
あ、あっちゃんがオニね。

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みんなどこに隠れちゃったのかな。…ここ誰かいそう。

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あっ!やっぱり3人見つけ~!

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きっとここにも誰かがいるわ。
あ!きっちゃん、見つけ~!

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あっ、せんせも見つけ!
凄~い、せんせ、どうやってそんな高いとこに登れたの?



あと二人ね。
先生も一緒に探すわ。

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あ。赤い実…じゃなかった。亀さんのお背中ね。
でも、きっとこの中にいそうな気がするわ。

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やっぱりこの中だったわね。めっちゃん、見つけ。
あとは、ようちゃんだけね。
ようちゃん、どこに隠れちゃったんだろう…
かくれんぼ終わるのに、ひとり帰ってこないわね。



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遠くまで来すぎちゃったかな。
なんだか道がわからなくなっちゃった…

はっ!小鳥さん、あたしのこと、食べちゃう?

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ふふふ。そんなことしないよ。
背中にお乗り。幼稚園まで連れてったげるから。
は~い!

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みんな揃ってよかったよかった。ガラスの小鳥さん、ありがとう~。
さあ、みなさん。お教室に帰りますよ。
は~い。





関連記事
  『赤い実 ①』(去年の10月20日の記事です。去年も赤い実で遊んでいます。)


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テーマ : 雑記
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『コスモスの咲く岸辺』

私は写真が下手です。
ピントが多少ぼけてても気にしない(笑)。カメラにお任せです。
そんな私が、写真のページをご披露するのは面映ゆいのだけれど、
今の季節は、今、載せないと、また来年になってしまうので、
下手を承知で載せます。

私がいつも散歩する川原の土手に咲いたコスモス。

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昨日10月11日は、東京は素晴らしい秋空でした。
もう、桜の葉が僅かに色づいています。今年はむしろ遅いのでしょう。

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「おや、雲さん。どこまでお出かけ?」
「・・・。ナイショ。」

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「行ってらっしゃ~い!早く帰ってきてね。」
「は~い!」

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雲さんが行ったあとは、ひたすらコスモスが風に揺れるばかり。



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コスモス。またコスモス。

いちめんのコスモス・・・

有名な詩を真似しちゃいけません(笑)。


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夕暮れの色が感じられるようになって、空の色は少し薄く。
さっきの雲さんが、少し太って帰って来た?



テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

『再びR子、M子へ』

一年前のちょうど今頃、私は塾での元生徒、R子とM子について書いた。
小学校高学年から中三まで教えた子たちだが、二人とも本当に優秀で精神的にも大人であった。
二人の個性はそれぞれに異なって、卒業後選んだ道も求めるものも違っていた。
昨年の記事は、その二人と実に9年ぶりに再会した時のことを書いたものである。
二人とも、一歳、二歳の子供の母にそれぞれなっていた。

少女が母になる…その痛いような感覚を、同じ道をたどってきた女として書き記した。


その二人に、実は今年も私は会っている。
それは先月9月初旬のことだった。

その日私は、ある悲しみの中にいた。
それでも、生徒二人ともう一人、その日集まる場所を提供してくれる元同僚の
女の先生と約束が出来ている。
私の感情のゆえに、集まりをキャンセルするわけにはいかない。

重いこころを抱えて、まだ残暑きびしい日差しの中を私は出掛けた。
この待ち合わせの場所は、私が働いていたころ、時折訪れた町。
私にはその後も懐かしい思い出の町である。

二人の子供たちは、ちょうど一年経ってもうすぐ二歳と三歳になろうとしていた。
去年まだ寝かされているだけだった赤ん坊は、活発に動き回る女の子になって、
テレビの子供番組を見て踊る子になっていたし、
去年まだ一切言葉を口にしなくて、若い母親と私を密かに心配させていた男の子は、
今年はもう、爆発的にしゃべれるようになって、母親となんだか大人っぽい
そして優しげな会話を交わすようになっていた。

ああ、子供の成長はなんて速いのだろう…!

それと同時に、若い母親二人の方にも変化は起きていた。二人は27歳。
そもそも、今回集まることになったのは、R子がその夫の仕事の都合で福岡県に
引っ越すことになったからである。そのお別れ、ということがあった。
R子は、オール5に一つだけ足りないという、すべてにわたって才気煥発でいきいきした、
私が教えた中でも飛びきりの優秀な生徒だった。
それが、若気の至りから高校を入ってすぐ退学し、その後大きな大きな
ある悲しみを背負うことになってしまう。家も自ら出て塾の私たちとも連絡を絶ってしまった。
結婚して母となった今、彼女は自分が学校に行かずに失ったものの大きさを自ら痛感し、
大検の資格を取った。そうして、この秋から通信制の大学の生徒になる。
子育てをしながらこれから4年間。優秀な彼女なら難しい勉強もきっとやり抜くであろう。

もうひとりのM子も、極めて優秀な生徒だったが、彼女の特筆すべきことは
その感受性の豊かなこと。
彼女は素晴らしいアルト~メゾソプラノの声の持ち主である。
彼女は今、演劇の研究生として、勉強を続けている。

ああ、しかしながら。
家庭をもって、主婦としての務めを立派に手抜きなくやりながら、
まだまだ手がかかり、何より母親として傍にずっと寄り添っていたい幼児がいて、
二人とも実家の親たちは遠くにいて助けてもらうわけにいかず、
しかも、自分自身の、ひとりの人間としての夢も叶えていこうとしている…
その大変さは、これは本人たちにしか実感できないだろう。
R子は、三歳の男の子を保育所に入れたりせず、自分のそばに置いて
どっしり構えて大学の勉強もやっていこうとしている。
だから、まあ安心なようなのだが、声楽をやっているM子の方は、やはり思うように動けない
焦りが大きいようで、会っている間中も、時折考え込んでいた。

そんな二人を前にして、
元教師の私は、ああ!…自分自身の悲しみを見つめていた!

2歳と3歳の女の子と男の子は、会っている3時間ほどの間に口こそきかねど
こころに相通じるものが生まれたか、別れ際、それぞれがちょっと愚図った。
こんな小さな子たちにも、別れの寂しさはちゃんとわかるのである。

M子は、バンを鮮やかに運転して帰って行ったが、九州にもうすぐ旅立つR子 は、
三歳の男の子の手をひいて、駅までの10分ほどの道のりを私と一緒に歩いた。
時間は6時を回って、暮れるのが早くなった空は、もうだいぶ薄暗くなっていた。

彼女が高校を中退してから、その後に負った、大きな大きな悲しみ。
それはひとりの少女が負うには大きすぎる悲しみ。
それを私たち教師はどうしてやることもできなかった。

そのことを彼女に謝りたい気もあったが、夕暮れの道。とぽとぽと歩く
男の子の手をひいて、ゆったりと母らしい威厳をその長身の細い体に秘めて、
その時私の隣を歩くひとりの女性。
その彼女に、もう、余計な言葉はいらない気もした。
彼女もただ、黙ってそうやって、私の横を歩くだけでよかったのだろう。

Tという駅は明るく照明に照らされていた。
私は電車に乗る。彼女は実家に寄る。
「もういいから行きなさい。」
切符を買う私を待つ彼女に、私は言った。
「は~い。」
そう素直に明るく返事はしたが、R子は行こうとしなかった。
男の子の上に屈みこんで「・・先生と、バイバイだよ~。」そう教え込んでいる。

私が改札を抜けても、R子は人の流れの邪魔にならぬよう、改札口から
少し離れたところに立って見送っている。
私をよく見せられるように男の子は抱き上げていた。
小さな腕を掴んでバイバイをさせる。男の子と彼女と二つの顔がこちらを見ている。
私は手のひらで、「もう行きなさい。」と合図した。
彼女はかすかに笑って、幼い少女がいやいやをするときのように首を振ったように見えた。


広いロビーを私が歩いて行く間、R子はずっとこちらを見ていた。
私がホームに降りる階段を下りはじめても、姿がいよいよ見えなくなるまでずっと…。

ああ、余情の美…!

それでなくても悲しみに満ちた私のこころは、この言葉を何度も胸の内に繰り返した。
…大きな感情の波がたぷたぷ喉元まで押し上がってくるような気がした…。




少女たちよ。鮮やかに、悔いのないように生き抜け…それがかつて少女だった私からの願い。


先日アップしたばかりだけれど、この記事には、この歌しかないので、もう一度この歌を。



http://www.youtube.com/watch?v=Nf1YhS42C5Q


昨年のM子とR子の記事をお読みになりたくていらっしゃる方は、こちらを。
井上陽水の歌を聞きながらどうぞ。

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『VITAS』

VITAS・・・ 

そう言って、果たしてどのくらいの人が知っているのだろう。
今頃知ったのはひょっとして私だけ?

1981年、ラトビア生まれ。ロシアで活躍する歌手、作曲家、作詞家、ファッションデザイナー。
1981年生まれというと、現在29歳くらいか。
彼がロシアで、たぐいまれなソプラニスタ(男声の最高音域をもつ者)として、初めて人々の耳目を
驚かせたのは、19歳のときである。

日本でも、2006年頃からいくつかのテレビ番組で取り上げられたようだが、
音楽界の事情に疎い私。果たして彼が今、日本でどのくらいの知名度があるのか
とんとわからない。
皆さんはご存知でいらっしゃるだろうか。もうすっごく有名なのだろうか。
それとも、テレビをたまたま見たことのある人にかすかに印象に残る程度なのかしら。

私は彼を、実は、You Tubeで、アメリカ以外のヒット曲などを求めて聴いているときに
たまたま出会った。アメリカのものは、多少遅れても、そのヒット事情などが
伝わってくるけれど、今、イタリアではドイツでは?…となると、殆ど私などにはわからない。
先日ご紹介した、ウクライナの若き砂絵師の女性。彼女の映像にもそうやって出会った。

まずは、聴いていただきましょう。
彼の歌声は、一説には『5オクターブ半の音域』と言われているそう。
出来たらイヤホンで聞いてみてください。その声の細部まで聴きとれますから。




これは日本で彼が初めて紹介された時の映像。
いちばんその音域の広さなどの彼の特徴が出ているので取り上げてみた。
私はこれを初めて見たとき、正直言ってかなり感動した。

彼は、なんだか言ってみれば、そう、『際もの』っぽい。
この流し眼。この歌い方。この全体から漂う妖しい雰囲気。
ネット上などでは実はすでに彼を知る人は多くいて、その眼付などのことが
面白おかしく取り上げられているようだ。

これは芸術なのか、それともなんだか『俗っぽいもの』なのか。
一歩間違えば、際ものとして音楽界の歴史に残らないかもしれない。
でも、一部のコアなファンには強烈な引力をもつであろう。
彼は自分で作詞作曲もする。また舞台衣装などは自分でデザインする。
その趣味は、う~ん、という感じがなくもないけれど。
まあ、服作りの趣味のことは、あまり人のことは言えないけれど(笑)。

う~ん、魅かれるなあ。
一度聴き、一度見たら、忘れられなくなりそうな歌唱である。

もう一曲聴いていただきましょうか。
私は実はこの曲で、さらに彼を高く評価するようになりました。




鶴が相手を求めて悲しげに張りあげる声…
それを、恋の歌にしている。作曲はVITASである。 
変わった歌である。しかしその鮮烈さ。これはやはりもう芸術と言うしかない。
その悲しげな叫び、さまざまなニュアンスある表現を駆使した歌唱…

なぜ、私はこれに魅かれるのだろう…

彼の顔や姿。別にそれには魅かれない。
やはり何よりその歌の実力。
そう…、それから彼がラトビアの人だからかな。
あの旧ソ連の国から、こういうものが出るか!という驚きと、「やっぱりな」という
妙な納得。

私はロシア民族、まあ旧ソ連時代もそうだが、の芸術性の高さには常に一目置いてきた。
ヴァイオリン、ピアノなどの名だたる演奏家を輩出し、レ二ングラード、ボリショイバレエ団、
赤軍合唱団など、音楽、舞台芸術、また絵画、映画などでも、世界に大きな影響と
喜びを与える芸術を生んだ国である。
それから、ロシアの文豪たち。
トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフ、ツルゲーネフ…
ロシア文学を語り出したら、きりがない。

政治上の好みは置いておいて、私はいつもロシア、ウクライナ、グルジア、ラトビア、ベラルーシ・・・
旧ソ連圏の国々の人々の、この芸術に対する志向の高さはなんなのだろうと、
昔から不思議でならなかった。
おそらくそれは、寒い厳しい大地そのものが生みだした感性なのではないかと思っている。

例えば、ロシア、ウクライナなどの、アイススケート、とりわけアイスダンスにおいての
芸術性の高さ。シンクロナイズドスイミングでの同じく芸術性、などを見れば、
彼らに何か独特の、崇高な美の感覚があるのがわかるのではないだろうか。

VITAS。
私はこの人に、その流れを感じたのである。
「この音楽は、他の国からは生まれないよな~!」という、独特の個性。

あと、私が妙に感動したのは、先日の砂絵師の映像でもそうだったが、観客の態度である。
なんというのかな。全身全霊で聴きいっている、見入っている、という感じ。
VITASの歌に微笑んだり、涙を拭ったりしているその姿。
バックのオーケストラの女性たちの顔の表情も見てほしい。

私はそれにも、「ちょっとまいったな」と思ってしまった。
旧ソ連圏の国々の人々は、寒い、おおむね苛酷な大地に生きている。
そうした人々が芸術という喜びに求めるものは、自然が美しくおおむね穏やかで
海に囲まれた小さな国日本、楽しみが他にもたくさんある日本の人々の、
求めるものと多少違っていて当然なのかもしれない。
どちらがいいとかいう問題ではもちろんなく、いろいろな楽しみ方があっていいと思うが。


ロシアやウクライナなどの人々が、芸術や娯楽に対し求めるもの…
それは、おそらくきわめて切実で、ある意味一種の飢えにも似た渇迎。
そんな真剣さが観客の顔にはあった。それが私には美しく見えたのである。

VITASがその一見、「ケレン」にも見える外見の奥底に抱えるもの、
その背に背負う重層的な文化…
『一つの大地の生みだす芸術の奥の深さ』…

歌の背後に見えるそうした諸々のものにも私は感動したのだったかもしれない。
それはラテンの音楽やイディッシュの音楽を聴いたときには、またそこに違った風景を見、
その歌の背後に見え隠れするものに感動するのと同じことである。












テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

『お出かけ』


今日は久しぶりに都心にお出かけ。

行き帰りの電車の中では『新唐詩選』を読んでいました。
これについてはまた、書きましょう。

行ったのはここ。新宿です。
展覧会に。
展覧会はとてもすてきでした。明るい色彩と生命感に溢れていた。
なんだか優しい気持ちになれました。


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ビルの背が高すぎて、どう画面を切り取ったらいいのかわからない。
しかも、目立たぬよう、こっそり撮ったので(笑)。



今日の私。
上から撮ったので、足が太く見えますが、実際はやせぎすです。
スカートとおそろいのジャケットはお手製。
今日は、暖かかったので、ジャケットは脱いで、白いシャツ姿。
腕まくりをして、ベルトをきゅっと締めていました。


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新宿と言えば、昨日、出版社の理論社が民亊再生法の適用の申請をしました。
負債額22億円だそうです。
理論社は、かつて、灰谷健次郎の『兎の眼』など、社会的問題を真正面から
取り上げた良質の児童書を世に送り続けてきた出版社でした。
1947年。小宮山量平によって創始。47年と言えば、私と同い年です。
63年間、頑張ってきたんだなあ。
最近はどんな本を?と思って、調べてみると、…だいぶ柔らかい感じになって
いるように見えたのは、時代の流れかな。う~ん。

本自体を読む子が少なくなった今、しかも、硬質の作品を取り上げることの多かった
出版社。経営が危うくなるのは時間の問題だったかもしれません。
路線変更を多少はしても、もうどうしようもなくなっていたのかな。

なんで、この記事で理論社のことを唐突に言い出したか、というと、
理論社が新宿にあるということもあるけれど、はるかな昔むかし、私が、
この同じ新宿の、駅ビル『ルミネ』の高層階の喫茶店で、理論社の編集の方と
数回会っていただいたたことがあったから。

実は前のブログの最後の記事『思い出の夏』。
私が小学校高学年くらいの子を念頭に置いて書いてみた小説の、抜粋のようなものでした。
勿論そのままではなく、ブログの方は実際の、父と私の思い出。
小説の方は、私以外の他の人の目には見えない幼い少女との交流、という、
ちょっとファンタジーな要素を取り入れて書いてあるフィクションでした。
(父の死のことは書いていません)
理論社の人が、興味を示してくれ、新宿のその喫茶店で会って、
少しの手直しをすれば出版、と言われました。
もう少しファンタジーの要素を強くしろという指示でした。
だが私はその書きなおしに失敗してしまいました。
もう少し粘ればよかったのかもしれないけれど、すぐにあきらめてしまったのです。

結局、私の『まぼろしの夏』は、幻の本に終わってしまいました。
記事で使った、イラストなども、私がもし本が出ることになったら、と思って
戯れに描いておいたものです。
昔々の私の、夢見のお話。お恥ずかしい限りです。

…そうかあ。理論社はどうなるのかなあ。
あの時親切にも会ってくださった男性の編集者の方は、今どうしていらっしゃるでしょうか。
民亊再生法、ということは、会社は存続できる?それとも出来ない?
…大したご縁でもないけれど、一度はほんの少し関わりをもった方と出版社。
その行く末が気になります。

さて。今月末には、娘のかかわる展覧会も2つ。
…私も少しこうやってひとりで街を歩く機会が増えます。
若い方のファッションなどを見て、「そうかあ、こんな組み合わせかたも
あるかあ。みんなお洒落が上手だなあ。」などと思いながら、
綺麗な街を歩くのは楽しいです。

それでも。
そこはかとない憂愁に捉えられるのは。きっと秋という季節のせいなのでしょう。
それとも。
行き帰り、杜甫の詩などを少し読みかじって、生々流転の想いを深くしたせいでしょうか。









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『音楽の贈り物』 14

ちょっと茶目っ気を出して、ブログ来訪の方5000人達成と初めてから一年目の
サプライズ企画をしたら、皆さまから本当に温かいお言葉をいただき、
彼岸花、大感激しています。
皆さま、本当にありがとうございます。そしていつもありがとうございます。

もう一度あらためてお礼。と言ってもいつものように音楽をお送りすることくらいしか
できません。

秋になったら、みなさんに聴いていただこうと思って、ずうっと温めていた
曲があります。それをお贈りしたいと思います。


イヴ・モンタン。フランスを代表するシャンソン歌手、そして大映画スターでした。

彼を見いだし、そして育てたのは、かの偉大な、伝説の名シャンソン歌手エデイット・ピアフ。
彼女は、モンタンのマルセイユ訛りを矯正してやり、シャンソンを一から教え込みました。
二人は愛人の関係でもありました。
歌は後に彼の持ち歌としてシャンソンの名曲となった『枯葉』。



http://www.youtube.com/watch?v=JWfsp8kwJto
(貼り付け画面でご覧になれない方はこちらでどうぞ)

映画のワンシーンで彼は歌っています。すでに目茶苦茶上手い!
彼がここで着ているあっさりとした茶色のシャツとズボン。
これも彼が自分の舞台衣装としてマルセイユの若者風の派手なジャケットと帽子姿で
現われたとき、ピアフがやめさせたのだそうです。それで彼はこんなあっさりした
シャツとズボン姿を選び、以降これが彼のトレードマークとなりました。

モンタンは後に、これもフランスを代表する演技派の大女優シモーヌ・シニョレと
結婚します。しかしモンタンは、マリリン・モンローとハリウッドで共演したのをきっかけに
愛人関係になってしまいます。それを知ったシモーヌ・シニョレはくるしみぬいて、
ついに自殺未遂まで起こします。
シニョレとはずっと連れ添いますが、彼女が亡くなったときのモンタンの悲しみは
とても激しかったそうです。
モンタン自身が1991年に70歳で亡くなったときは、フランス全体が
悲しみに包まれたといいます。

ああ、ここに見る男と女の関係!
彼らはそれぞれに偉大な歌手であり俳優です。
しかし、ひとりの男として女として、激しくそして優しく愛しぬきます。

男が女を育て、女が男を育てる…

大人の愛が匂い立つよう。
それがまた、彼の歌を演技を、深い味のあるものに熟させていったのでしょう。

イヴ・モンタン。男の色香が匂い立つようです。
若き日のモンタンと同じ、『枯葉』を聴いていただきましょう。
どちらもそれぞれの味わいがあって私は好きですが、まあ、大人のモンタンの
何とも言えない魅力。お楽しみください。
男の色香、と今、言ったばかりだけれど、人間の達する深み、というものが、
この舞台の彼の語り、歌、そして姿全体から滲み出ている気がします。




http://www.youtube.com/watch?v=kLlBOmDpn1s

『枯葉』の歌詞がまた切ないのです。
失ってしまった恋をせつなく想う歌。
歌の意味を知って聴けば、また更に味わい深いことでしょう。

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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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