『我、拗ね者として』 其の一

原発のことを考えている間に、こんな本を読んだ。先日ちょっとだけご紹介。
『我、拗ね者として生涯を閉ず』(2005年。講談社)
以下の私の文のほとんどは、私の個人的部分にかかわるものを除き、この本に
書かれていることを私なりに要約したものです。

2011_0412_171353-CIMG4295_convert_20110422173121.jpg

著者の本田靖春氏は1933年、朝鮮京城生まれ。
戦中外地で育ち、引揚者として日本に帰った子供時代の経験が、ものの見方など
後の性格形成に影響。
早稲田大学政治経済学部新聞学科卒業後、讀賣新聞社入社。社会部に配属される。

さて、なぜ私が原発の記事を書きつつ、途中でこの人の本を取り上げたか。
テレビなどの一連の原発報道を見るにつけ、今、ジャーナリストというものが
鋭い嗅覚というようなものを失くしてしまい、世の中の不正などにどんどん
切り込んでいって体を張って取材するという、ジャーナリスト本来の
誇りを失っていっているのではないか、そんな感じをずっと受け続けたからである。

どのテレビを見ても、同じような内容の報道ばかり。
痒いところに一向手が届かない、生ぬるい情報ばかり。

…そんな疑問を抱いていたときに、去年の秋に買ってずっとそのままにしていた
この本を手に取った。

本田靖春。どんな人だったのだろう…。

皆さんは、献血をしたことがおありだろうか。あるいは怪我や病気などで
輸血を受けたことがおありだろうか。
今は、そのような必要があると、日本赤十字血液センターから医療機関を
通じて、必要な血液を輸血してもらうことが出来る。
それを、普通のこととお思いになってはいらっしゃらないだろうか。

しかし、実は、1960年代初めごろまでは、輸血用の血液は献血によるものではなく、
売血によるものがほとんどだったのである。
『売血』と言っても、ぴんと来ない方がほとんどであろう。
文字通り、お金が必要な人が、血液銀行に自分の血を売りに行くのである。
そうすると、200ccの血液一本に対し当時のお金で400円貰えた。
昭和37年(1962年)当時の大卒の初任給が17,815円。
2010年が197,400円だから、物価がおよそ11倍になったと考えて、
今のお金にすると200ccの血液一本売って4,400円くらい、というところか。

どういう人が血液を売っていたかというと、例えば東京の山谷、大阪の釜が崎などの
ドヤ街の、簡易宿泊所に寝泊まりしているような日雇い労務者たち。
買うのは民間の売血業者、例えば、日本製薬や日本ブラッドバンク(のちのミドリ十字)。
朝7時頃、そういった街に、日本製薬葛飾工場のバスが迎えにくる。
他の日雇いの労務者とは違い働くことがいやな者や、金に窮した者たちが
そのバスに詰め込まれて、血を売りに行くのである。

原則は一人の人間から一か月に一回しか血を買ってはいけなかったのにもかかわらず、
実際は、一月に20本、極端なものでは50本も血を売る者がいて、
買う方も、それを知りつつ目こぼしをして、血液を集めていた。

すると、どういうことが起こったかというと、それでなくても栄養状態の悪い彼ら。
貧血でバタバタ倒れる。集められた血液は当然薄い。比重が少ないのである。
輸血される側に必要な血液の要件を満たしていないばかりではなく、当時
こうした社会の底辺の人々の間で用いられていた覚醒剤の注射、それにより
輸血を受けたものが血清肝炎ウイルスに感染するという大きな問題を引き起こしていた。
いまでいうところのC型肝炎である。
それにもかかわらず、時の厚生省は、輸血血液がほぼ100%売血によるという事態に
何ら手を打とうとしなかった。

読売新聞社社会部にいた29歳の本田靖春は、1962年(昭和37年)、社の知人から
その子息である早稲田の学生を紹介される。その青年は日本赤十字学生奉仕団のメンバーで、
そのような日本の血液制度に疑問を抱いていた。そうして、日赤献血学生連盟を発足させる。
しかし、学生たちの力だけではどうしようもない。そこで新聞記者を誰か知らないか、
ということで、本田のところに話がくるのである。

本田は、すぐに問題の重要さを認識する。そしてすぐに行動を開始する。
彼は山谷のドヤ街に自ら新聞記者という身分を隠して潜入する。
売血の労務者の列に並び、自分も何回も血を売るのである。そうして、売血者に
話を聞き、売血の現場を自らの目で確かめる。
同時に社で彼は『黄色い血』撲滅キャンペーンという、戦いの火ぶたを切って落とす。
なぜ、『黄色い血』と売血が呼ばれていたかというと、血清肝炎にかかった売血者が
黄疸症状の黄色い膚をしていたことや、血が薄くなって黄色い色に見えたことなどから。

戦う相手は大きい。
まず、直の相手は、日本製薬と、日本ブラッドバンク(のちのミドリ十字)などの
民間買血業者。売血者の手配には、それらの業者に雇われたヤクザ組織も深く絡んでいる。
何しろ昭和37年当時、輸血は100%、この危険な売血によって賄われていたのである。
そんな国は先進国の中で日本だけであった。
それから、全国の医師、病院。実は、これら血液銀行からは病院、医局、開業医等に
リベートが支払われていた。その他さまざまな形で、接待供応がなされて、
買血業者と医師たちは強い繋がりが出来てしまっていた。
そうして、本来血清肝炎の蔓延などを防ぎ、医師と業者の癒着を取り締まるべき厚生省。
これも、実は、血液産業の人々と会合の後酒宴に赴いたり、業者の方を
向いていて、国民の健康には背を向けていた。

ああ!この構図!
原子力発電をめぐる構図と似ていないだろうか!

さて、もう少し詳しく語っておきたいことがある。
この、買血(売血)に輸血の100%もを頼るという日本の制度がいつどこで始まったか。
わが国最初の輸血は大正時代まで遡る。しかし、飛躍的に発展したのは
朝鮮戦争(1950~1953年)の時である。
当時日本は戦争に負けて、アメリカのGHQの管理下に置かれていた。
負傷した国連兵士のために送る乾燥血漿を大量に確保するため、
GHQは日本の厚生省に血液銀行の設立を命令する。
その血液銀行協会の中にいまの日赤もあった。日赤(当時は東京血液銀行)は
その中で唯一、献血によって血を集めていたが、他の血液バンクは買血に拠っていた。

さて、それらの買血業者の中で最大手であったのが、日本製薬であった。
日本製薬は、国行昌頼という人物がその中心的存在であったが、実は彼は、
日本軍が中国において人体実験を行った、その旧731部隊の生き残りという
人物であった。731部隊については、以下を参照されたし。
戦争中に満州で、ペスト、コレラなどの生物兵器や毒ガスなどの化学兵器を
ひそかに研究し、中国人で人体実験をしていたという噂のある、悪名高き部隊である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/731%E9%83%A8%E9%9A%8A
また、日本ブラッドバンク(のちのミドリ十字)の中心人物、内藤良一も731部隊の
残党である。
しかしながら、731部隊は戦後、GHQにデータをすべて渡すことで、戦争責任を
免れている…。なんということだろう!


(其の二、に続く。この下にあります。↓ 続けてお読みください。)

スポンサーサイト

『我、拗ね者として』 其の二

さて、本田氏と、日赤献血学生連盟の戦いは、このような相手との戦いであった。
本田氏は、讀賣新聞社会面において、『黄色い血追放キャンペーン』を
本腰を入れてやり始める。
しかし最初のうち、読者の反応はほとんどなかった。
売血の実態をいくら訴えても、それは普通の庶民にはあまり関係のない
山谷などの労務者の世界のことと捉えられたからである。

なにしろ、売血に拠る輸血は100%を占め、厚生省もそれを改めようとする
気などなく、厚生省、買血産業、そして医師、病院の癒着は動かしようもなく
強かったのである。
また、一般庶民にとっては、わざわざ、ただで献血に行くなどと
いうことは考えにも上らなかった。当時は献血車などというものは、日本に一台しかなく、
今のように、気軽に献血することなど出来なかった。電車賃をかけてわざわざ
赴かねばならなかったのである。
また、自分が輸血してもらう必要が生じたとしても、売血による血液は血液銀行にたくさんある。
一方、献血に拠る血液を輸血してもらおうとすれば、家族友人知人のつてなどをたどって、
血液型の同じ人を手配し、その人たちにわざわざ来てもらうしかない。
ボランティアなどという概念の根付いていなかった当時、庶民が献血の訴えに
真剣に耳を貸すはずもなかったのである。
その庶民の意識も加え、本田たちが戦おうとしている敵は強大であった。


昭和39年(1964年)。本田は再度キャンペーンを張る。
今度は、『売血に頼ると血清肝炎にかかる率が20%にもなる。
それは悪くすれば、肝硬変、肝癌にも進みかねないものなのだ』と、
一般人の身にも起こりうることという視点を強く打ちだした論調で進めた。
そうやって、自分のところの新聞で、がんがん、売血に拠る輸血の危険を
訴える一方、彼は、厚生省、大蔵省にも個人で斬り込みに行く。
厚生省の言い分はこうだった。
『わが国では、売血(買血)によってほとんどの輸血を行っている以上、
献血制度を普及させて献血による血液にすべて切り替えろ、などと言われても、
全国の外科手術がストップして大変なことになる。
厚生省としてそんな危ないことは絶対にできない。また、欧米のような
宗教的基盤が無い日本では、人の善意に頼って献血してもらうことを
あてにしたって駄目だ、献血は日本にはなじまない』

しかし本田氏はあきらめない。学生たちを動かし、早稲田の大隈講堂の前で
学生たちが列をなして献血している写真を大々的に新聞に乗せる。
実はこれは学生の中にいた知恵者が、体育会系クラブの長に呼びかけ集めた
サクラに近い学生たちであった(笑)。彼らは実際に献血。
彼は記事でキャンペーンを張ると同時に日本全国を回って、普及活動に努める。
大蔵省に乗り込んでいって、主計局次長にかけあって、献血の普及と
献血の組織化のための予算を組むよう要求する。
『厚生省に対して自分は72本もの記事を書いてきた。今度は大蔵省が
献血制度普及を邪魔する敵だという記事を72本新聞に書きますよ。」
と言巧みに、言いたてるのである。
彼の熱意は、お役人根性で前例がないと新奇なことを始めたがらない厚生省を
ついに動かし、予算を獲得するのである。


学生、自衛隊員、警察官、消防署員などというところから、徐々に献血者は増えていく。

ところが、ここで、問題が起こる。
買血業者と癒着して、リベートを取ることに慣れきった医者、医局長、看護婦長など
医療現場の人間が、買血業者である血液銀行に気を遣って、献血による血を受け取らないで
拒否する、などという愚かな事態が頻発したのである。
本田氏は、厚生省の局長に直接会い、全国の国公立病院長あてに、そのような拒否を
しないよう通達を出すよう求める。そうして、通達が出たことををニュースとして
出すとき、一文を書き添える。『それでも献血による血を拒否した病院は、
読売新聞が調査して、新聞に違反リストを公表する』、と。

こうやって彼は昭和39年の5月から2ヶ月半の間に、讀賣社会面に、厚生省と
商業血液銀行を告発する記事を実に72本も載せるのである。
学生たちによる献血運動も全国に広がりを見せていき、昭和41年。本格的に運動を始めてから
僅か2年半で献血による輸血血液はほぼ50%にも達するのである。

時代の流れを見てとった、日本ブラッドバンク(ミドリ十字)は、採血部門から撤退の申し出をしてくる。
本田氏らの勝利である!
彼はキャンペーンをそこで締めくくる。足掛け5年にわたるキャンペーンであった。


彼らの意志はしっかりと受け継がれ、昭和44年。保存血液の買血(売血)は
完全に消滅する。
こんにち、わたしたちが安心して輸血を受けられるのには、実はこの本田靖春という、
一人の新聞記者の戦いと、学生たちの若い力があったおかげなのである。

ところが、これには残念な後日談がある。
実は日本ブラッドバンクは、抜け道を用意していた。731部隊の生き残りである
内藤氏は、したたかであった。採血部門から完全に撤退する代わりに、日赤で
集めた献血が使われずに古くなったら譲り受ける事を条件にしていた。
彼らはミドリ十字と社名を変えて、血漿分画製剤(要するに血液を成分ごとに分ける)
を本格的にやり始める。日赤にはまだその技術が少なく、ミドリ十字が戦争中の
技術も生かして大々的に、事業を始める。国内の廃血だけでは足りなくなる。
そこで彼らはアメリカから、血漿の輸入を始めた。
アメリカの製薬会社はまだ、売血に依存していた。

1985年、ミドリ十字の手を経た輸入血液製剤を投与された血友病患者が
エイズにかかって複数、死亡していることが新聞に報じられた…。

その後のことは、みなさんも記憶に新しいことであろう。
帝京大学医学部の安部英氏(彼も731部隊に関与していた)、厚生官僚、
ミドリ十字の代表取締役などが逮捕された。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%AE%B3%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%82%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

現在もミドリ十字は社名を変えて生き残っている…。



ああ!なんと!
ここに見る構図は、全く今の福島第一原発事故の構図と瓜二つではあるまいか!
どちらも、日中戦争中の戦犯とも言える人々が、その成り立ちにかかわっている。
日本の原発導入には、元読売新聞社主、正力松太郎氏(彼もA級戦犯だった)が
大きくかかわっている。(これについては4/8付の私のブログでご紹介した
『『原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略』
http://video.google.com/videoplay?docid=-584388328765617134&hl=ja#
を、ぜひぜひご覧ください。歴史の闇の部分というものは、なぜか構図が似ている。)

そのどちらも立役者の日本人の後ろには、アメリカのGHQやCIAが
大きな権限と力を持って秘かにかかわっていた。
厚生省、文部省、通産省(当時)などの官僚と、当該の一企業と、
経済界、学界、マスコミなどが利権に群がって複雑に絡み合っている、その癒着構造。
そうして、国民自身の、自分が直接痛みや恐怖を感じない時に取る無関心なこころの有りよう…。

売血による輸血は危険だ、原発は危険だ、とわかっていても、一度大きく流れ出したものは
もう止められない、長いものには巻かれるしかないというあきらめと
その一方で、美味しい利権に群がる人間の欲望…

戦後、水俣病などいろいろな大きな公害訴訟などがあった。
それらの構造の、なんと似通っていることか!

わたしが原発問題に傍から見ればおかしいほど入れ込んでいるのは、原発問題に
こうした社会問題の原型を見る気がするからである。

そうして…。
何かこうした大問題が起きると、大企業や国や官僚はうまく責任から逃げようとするばかり。
一番大きく痛手を被るのは、常に社会的弱者であるからである。
…実は、わたしの兄も、かつては売血者であった。
昭和30年代初め頃。日本はまだ貧しかった。
兄は、京都の大学に入ったが、その頃父母が別居。
京都での生活が続けられなくなり、20歳そこそこの兄は妹二人と母親を
養う立場となった。大学を出ていても仕事のなかった時代である。
彼は実にいろいろな仕事を転々とした。工事現場や、港湾労働者…
しかしそれでも仕事にあぶれることがある。
家では小学生の妹、つまりこの彼岸花がお腹をすかせて待っている。
そこで彼は血液銀行に行くのである。要するに血を売りに行くのである。
この本にあるように、誤魔化して、2本も血を取ったりする。
そうして僅かなお金を持ち帰って来るのである。

兄が血を売ってきたことは、もちろん母も兄も小さい私に言ったりしない。
しかし子供というものは敏いものである。わたしは誰に習ったわけではないけれど、
売血の仕組みというものはうすうす知ってた。
そうして,わたしの大好きな優しい兄が青ざめているのを悲しく思った。

…わたしが原発に異常なほど拘るのは、原発ジプシーなどと称されている
原発のわたりの下請け作業者。
今、この瞬間も、福島第一原発で、危険な収束作業にあたっている彼ら。
彼らの姿に若き日の兄の姿を重ねてしまうからではなかろうか。
兄も、あちこちの港の荷受け作業や危険な土木建築現場などを渡り歩いていたから。
小柄ではあったががっちりした体つき。
色の白い、ひげのそり後も清潔な、眉が濃く切れ長の目の涼しい、綺麗な兄だった。

兄ですか…。全く文系の人間であった兄はそうやって工事現場などを渡り歩く間に
空調設備や危険物取り扱いの資格を取り、会社を興しました。
今は、息子に会社は任せ、悠々自適の生活。
原発の収束方法などについて、兄とわたしは電話で熱く語り合っています(笑)。


本田靖春氏は、新聞記者としてそのような大きな仕事をなし終え、その後も
活躍していたが、社主、正力松太郎氏が、新聞を私物化するのに嫌気がさし、
讀賣新聞を退社。ノンフィクションライターとなって、いくつもの問題作を
世に問うた。しかしこころは最後の最後まで、新聞記者であった。

若い頃売血などという捨て身の取材をしたためか、肝炎を患い肝癌になる。
大腸癌。糖尿病により右足切断、さらに左足も切断。右目失明、右手も壊疽。
それでも、その手にペンをくくりつけ、この本のための原稿を書き続けた。
『我、拗ね者として生涯を閉ず』…。これを書きあげるまでは死なないぞ、と。
しかし、最後の記事だけを書き残して、2004年、71年の壮絶な人生を閉じる。
生涯、自分の持ち家などというものを持たず、すがすがしい無欲の
生き方を貫いた人であった。


ここに、すざまじいまでの新聞記者魂、ジャーナリストとしての誇りを見、
みなさん、どうお感じになられたでしょうか。
彼を見れば、大きな山も、動かせる!とお思いになりませんか。
彼一人の力ではないにしても、彼は大きな大きな壁を打ち破りました。
彼は腹が据わっていたな、と思います。
喧嘩のしかたを知っていたな、と思います。

今、日本人が、打ちひしがれて出口を見つけられないような閉塞感に捉えられている時代…
このような生き方をした人がいた、ということをご紹介してみたくなりました。
ジャーナリズムには大きな力がある。
そうしてわたしたち一人一人が大きな潜在力を持っているのです。
その気になりさえすれば…。
彼のように、『生きる』ということに腹をしっかと据えて…。



『熊取6人組のこと』

こんな映像、ご紹介します。
これは、hasutamaさんの ところで、こういうものがあるということを
ご紹介いただき、ぜひ皆さんにも見ていただきたいと思ったので、ここに
掲載します。4つに分かれていますが通しで見ても50分ほどの番組ですので、
是非見て欲しいです。

『なぜ警告を続けるのか ~京大異端児』

http://www.youtube.com/watch?v=-pqrpabtm4s

http://www.youtube.com/watch?v=a4c2Dca-Brg&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=e0AFOOyglC4&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=kjvmsnVqAPg&feature=related



京都大学原子炉実験所。
大阪府熊取町。大阪のベッドタウンの中に埋もれるようにたっている
原子炉の研究所。
そこには今約80人くらいの研究者がいる。
その中に、かつて『熊取6人組』と呼ばれる研究者のグループがあった。

と言っても、原子力を積極的に推進する立場に立って研究しているのではない。
むしろ、原子力発電の安全性に疑問を持ち、それを止めるために、日夜
原子炉の研究をしている学者たちのグループである。

原子力推進を自民党政権の頃から国策として進めてきた日本にあって、
京都大学という、国の運営する大学で、原発の危険性を訴え続け、
それをやめるために研究をしているグループというのは、原子力研究の学会にあっては
全くの異端児である。
しかしながら、原発に疑問を持って研究するこれらの学者の存在を許している京都大学は
まだいい方である。いや、珍しいと言っていい。

今回の福島第一原発の事故がテレビなどで報道される過程で、
テレビに出て政府や東電の言う通り、『ただちに健康に影響はありません。』
と言い続けている学者の人々。それらの多くが東京大学大学院工学研究系の
学者であるのを、奇異な感じにご覧になった方も多いと思う。
4/23付け、週刊現代の記事に出ていた。詳しくお知りになりたい方は、お読みください。
これは、一週刊誌のバイアスのかかった文ではなく、秘密でもなんでもない、
知る人は知っていることであると思うから。

まあ、簡単に言うと、東京大学を頂点にして、国公立、また私学の一部の
原子力研究の学者たちには、電力会社から多額の資金援助がなされている。
その見返りと言ってはなんだが、学者たちは電力会社の意を汲んで、
原子力発電を安全だと言いがちになってきたのである。
また、そこから出た人々はやがて国の原子力関連委員などになって、
官僚と共に、原子力政策を推進していく。
要するに、電力会社とその関連会社、国、そして学者が一体となって
原子力発電を推進してきたのである。いわゆる『原子力ムラ』である。

そんな官民一体の原子力ムラにあって、脱原発のための研究を続ける6人の学者たち。
当然、周囲からの風当たりは強く、学会にあっては冷飯を食わざるを得ない。
一人は故人となり、3人は定年退職して、今、実験所に残るのは、小出裕章氏
(4/5の私のブログで、ご紹介した『あえて最悪のシナリオとその対処法を考える』
http://www.videonews.com/on-demand/511520/001784.phpで登場していられる。)
それから今中哲二氏の二人だけ。
二人は61,60歳という年齢で、いまだに京都大学にあっては助教(昔でいう助手。
不安定で大変な仕事だけはおしつけられる身分である。
他の4人も助教、よくて助教授の身分だった。

そのように、学会にあっては明らかに不遇の身分でありながら、6人は
自分たちの学者としての良心に従って、原子炉を閉じるための研究と、
原発の危険性を訴え続けるという活動を、粘り強く、しかし細々と
続けてきた人々である。

しかし、とにかくこの映像を見ればお感じになると思うが、彼らの言動の
なんとすがすがしいことか。
世の栄達を望まず、自分たちの良心と使命感で地道な研究をしてきた人間の
すがすがしさ。

その彼らを揶揄し、彼らの言動が偏見に凝り固まっていると笑う『原子力ムラ』
の人びと、マスコミなどもいる。
いったいどちらの言い分が正しいのだろう。
あるいはどちらもバイアスがかかっているのであろうか…。

しかし、私はどちらを信じたいか。勿論この6人組の方である。
私は、この6人の話を聞いたとき、作家の村上春樹さんが
イスラエルの文学賞を受けることを決意し、そこで行った受賞スピーチ。
それを思い出すのである。以下に転載してみる。
なお、訳文は47NEWSさんからお借りしました。

途中略

「高くて、固い壁があり、それにぶつかって壊れる卵があるとしたら、私は常に卵側に立つ」
ということです。

 そうなんです。その壁がいくら正しく、卵が正しくないとしても、私は卵サイドに立ちます。
他の誰かが、何が正しく、正しくないかを決めることになるでしょう。
おそらく時や歴史というものが。しかし、もしどのような理由であれ、
壁側に立って作品を書く小説家がいたら、その作品にいかなる価値を見い出せるのでしょうか?

 この暗喩が何を意味するのでしょうか?いくつかの場合、それはあまりに単純で明白です。
爆弾、戦車、ロケット弾、白リン弾は高い壁です。これらによって押しつぶされ、
焼かれ、銃撃を受ける非武装の市民たちが卵です。これがこの暗喩の一つの解釈です。

 しかし、それだけではありません。もっと深い意味があります。
こう考えてください。私たちは皆、多かれ少なかれ、卵なのです。
私たちはそれぞれ、壊れやすい殻の中に入った個性的でかけがえのない心を持っているのです。
わたしもそうですし、皆さんもそうなのです。
そして、私たちは皆、程度の差こそあれ、高く、堅固な壁に直面しています。
その壁の名前は「システム」です。「システム」は私たちを守る存在と思われていますが、
時に自己増殖し、私たちを殺し、さらに私たちに他者を冷酷かつ効果的、組織的に
殺させ始めるのです。

 私が小説を書く目的はただ一つです。個々の精神が持つ威厳さを表出し、
それに光を当てることです。小説を書く目的は、「システム」の網の目に
私たちの魂がからめ捕られ、傷つけられることを防ぐために、
「システム」に対する警戒警報を鳴らし、注意を向けさせることです。
私は、生死を扱った物語、愛の物語、人を泣かせ、怖がらせ、笑わせる物語などの
小説を書くことで、個々の精神の個性を明確にすることが小説家の仕事であると
心から信じています。というわけで、私たちは日々、本当に真剣に作り話を紡ぎ上げていくのです。



この、村上春樹氏の作家としての良心の表明。
それはそのまま、清貧に甘んじながら、学者としての自分の良心に
従い続けてきたこの6人衆に通じる気持ちなのではないだろうか?
そうして、この場合の巨大な『システム』とは、官民あげて1950年代から行われてきた
原子力行政、そこで生まれる巨大な利権をむさぼり続けてきた電力会社、官僚、
政治家、マスコミ、その他の企業のことを指すのではないだろうか?

彼らのしてきたことはある点で国のためであり、正しかったのかもしれない。
しかしながら、そこに利権が生じ、それをむさぼる人々が現われて、
そのために、原子力発電の安全管理が二の次になっていたとしたら、…

彼らがどんなに立派なことを言おうと、私はやはり自分はいつも『卵』の立場に
立っていたいと思うし、清廉なこころに突き動かされて、原子力発電の
危険性を訴え続けた来た、この6人の『卵』の側の人々のいうことの方を
信じたい、尊重したいと思うのである。



この番組は、2008年。毎日放送。ディレクター津村睦夫氏、プロデューサー米阪研二氏。
6人の研究者たちと、この番組の制作スタッフにも、感謝と称賛の拍手を送りたい。
こんにち、福島第一原発で斯くも悲惨な事故が起きたから、雑誌やネットなども
彼らのことをクローズアップする。
しかし、官民あげて『原発はクリーンで安全なエネルギー』『大事故など想定する必要なし』
と長く言い続けていた時代に、あえて流れに逆らっても良心に従って研究を続け、
またそれを報道した志と心意気を、私は尊いものに思うから。





『今日の新聞から…原発についてのアンケート』

今日、4月18日付朝日新聞の記事に、原発がいると思うかどうか
についての、アンケート調査の結果が載っていた。

『原子力発電は今後どうしたらよいか』という設問に対し
以下のような結果が出た。( )内は2007年度調査。

①『増やすほうがよい』    5% (13%)
②『現状程度にとどめる』  51% (53%)
③『減らすほうがよい』    30% (21%)
④『やめるべきだ』      11% (7%) 

単純に言えば、原発を容認する人     56%(63%)
       原発を止めていきたいひと   41% (28%)

ということになろうか。2007年度に比べれば、容認する人の比率は
随分減ったとは言えるだろうが、『減らしたい』と思う人々と
数字が逆転するところまではいっていない。

こんなものかなあ……。
この大事故の後で、しかもその収束のめどさえ実はたっていない現状を
見ていてさえこの数字である。がっくりである。

さすがに今、『原発は安全でクリーンなエネルギーです』という、電力会社と
政府の一大キャンペーンの謳い文句をそのまま信じるひとは少なくなっただろうが、
『原発が無いと困りますよ』という刷り込みは、言わば呪文のように、
国民のこころに深く根付いてしまっているのだろうか。

アンケートの、『現状程度にとどめる』という文言の選択肢。
しかし、これは2007年度であったらともかく、こうなってしまった今、
選択肢として成り立つのであろうか?

今、日本にある54基の稼働中の原子炉。
今回の事故で、おそらく福島第一原発の6基は、廃炉に追い込まれるであろう。
黙っていても、54基から48基に減るのだ。
しかも、他の今稼働中の原子炉も、30年を経過したものは20基に達する。
今、原子力発電所を新設する、ということは、しばらくの間、国民感情から言って
非常に難しいであろう。
とすれば、『現状程度にとどめる』ということは、自然、今ある原発を
これからも使い続けていく、ということになるだろう。
つまり、30年以上経過し老朽化した原子炉を、さらにこれから、
壊れそうなところを直し直し、35年め、40年目…と、事故に怯えながら
使い続けていくことを選択した、ということとほぼ同じことである。
老朽化した配管を取り換えるのだって、どれほどのコストと危険が
伴うことであろう。そこらの水道管を取り換えるのとはわけが違う。
相手は極めて高い放射能をもつ巨大なプラントである。

『現状にとどめる』…ほんとにその選択でいいのかなあ…。
勿論、あれこれの選択肢を考え抜いた後にこれを選んだ方も多いだろう。
しかし、『変化』がただ面倒くさい、考えることが面倒くさい、ということで
これを選んだひとも中にはいるのではなかろうか。
また、原発はいやだけれど、すぐには全部止められないでしょう、
原発以外の他になにがあるのかまだ見えてこないから。
…そう思ってこれを選択したひとも中には混じっているかもしれない。
もしそんなふうに選ばれたこの結果の数字を見て、電力会社などが、
「よし!まだこんなに原発がいるという人間がいる!強気で推進だ!」
などと思うと困るなあ…。

でも、厳しいことを言うようだが、そうやって、長いものには巻かれろ、式に、
考えることを先送りしてきた結果が今回の事故につながっているように私は思うのである。
今、ここで、皆で真剣にこの国のエネルギーについて、あらゆる有望な可能性を
考える、ということをしなければ、またいつ、今度のような大変な事故が
起きるかわからない。

…実は、反原発を『故郷の廃家』ブログであれほど訴え続けてきた私自身が、
こころの奥では、これほどの事故が自分の住むこの日本で、
しかも、私の生きている間に起ろうとは考えていなかったのである。
いつか、地震や人為的なミスで原発事故は起きるかもしれない。
でも、それはすぐに収束できる程度のものであろう、と思っていた。

大地震や、あの恐ろしい大津波にしてもそうである。
こんな悲劇。誰も予測していなかった…。
私を含め、人間の想像力とは貧弱なものである。

それだけに。それだけに、私は願うのである。
『原発推進vs原発ストップ』
…もう、そういうところは超えて、今すぐ、私たちは次のエネルギー方策を
考えなければならないのでは。
今回わかったように、一度暴走し出したら人間の手などでは容易に止めることのできない、
そうして、その被害は単にその時限りのものではなく数年、数十年という単位で、
炉心付近の住人の重大な被害のみならず、日本という国そのものの生活基盤、
そして精神的基盤を冒してしまう恐れのある、この原子力発電というもの…。
それを、急にとはいかなくとも、できるだけ速やかに他の有望な自然エネルギーに
切り替えていくこと。そうして、何よりも、私たちの生活でさほど必要のない
電気は、使わないようにして、エネルギー消費自体を根本から
考え直すことが必要ではないだろうか。

『原発が無いと困るよ』

…その言葉を簡単に口にするのを、一度やめてみませんか。
ほんとに困るの?
…そう問いかけ直してみませんか。

こんな映像ご覧ください。
京都大学原子炉実験室、小出裕章氏が、『原発が無いと困る』という
謳い文句の、数字的な欺瞞を語っていられる。

この映像を見ていると、事故後に行われた例の奇妙な『計画停電』
なるものの実体が見えてくるでしょう。
原発が無いと困る困る、と言いながら、先日の東電発表の数字を見ても、
福島第一第二の計10基がなくとも、休止中の火力発電所の再使用などや、
自家発電しているところからの電力買い取りなどで、ピーク時の電力
6000万kWのうち、5200万kWは確保できそうというのです。
足りない800万kWを、企業や家庭で節電すればいい。
小出氏は具体的にグラフで発電量のからくりを示しています。

http://youtu.be/PLJVLul6Wz0
 
『原発が無いと困る』、というのを、一度疑ってみるのもいいのではないでしょうか。
そもそも、永遠の、夢のエネルギーのように思われている原子力の元になるウランだって、
石炭や石油と同じ、枯渇エネルギーだ、ということをあまりひとは考えていない。
今、採掘が可能だと考えられているウランの埋蔵量は100年分です。
石油42年。石炭133年、天然ガス60年。これは、当の電気事業連合会が
出している数字だから、反原発派のバイアスがかかった数値ではありません。
いずれ原子力も使えなくなるときは必ず来るのです。

しかも、これほどの危険と隣り合わせ。今回の事故でわかるように、
原発というものは、その完全に安全に廃炉するにところに至るまで、
あらゆる過程で、大量の放射性廃棄物を生みだしていくもので、
人間が何十年も冷却したり、管理監視し続けなければならないものです。
実はその安全な捨て先もまだ人間は完全には考え出していない。
何もかもがいつか枯渇してしまうエネルギーなのならば、
太陽光、風力、波力、地熱…そうした自然エネルギーに、いずれは人間は
頼らざるを得なくなります。
長期的には、原発に変わる、こうしたエネルギーを見つけていかねばならない。

原発でなければならない、という刷り込みから一度離れて、
これまで原発を推進してきたのと同じくらいの努力を傾注して、太陽光など新エネルギーの
改良・普及に努めれば、この世界はなんとかエネルギー問題を克服することが
できる。
…そう、私は願い、また信じています。

…その頃私はこの世にはもういないでしょう。
娘は38歳。子供は多分作らない。
私の血をひくものは、娘の後は…いません。
ぞうっとするほど寂しいことです。

それでも私は願う。
この地球をこれ以上汚してはいけない。
今生きている人類の欲望のために、この地球をむさぼりつくせるだけ
むさぼって、後世のひとに、不毛の大地だけを残すようなことをしては
ならないと思います。
気球温暖化防止のことは勿論すごく大事で、これは原発をやめるのと
同じくらい大切だと認識しています。

しかしながら、『原子力発電=二酸化炭素削減の唯一の道』
       『原発を無くすこと=地球温暖化』

という、原発推進派のこれまで耳にタコが出来るほど聞かされてきた言説は、
疑ってみましょう。
第3、第4の、より良い道は必ずあると思う。
広島・長崎と世界で唯一原爆を経験し、今また、世界に類を見ない
6基もの原子炉が接近して建てられているところでの重大原子炉事故という
ものを今、経験しつつある私たち日本人。

いやなものは見たくない、現状通りでいいじゃん…という
思考停止状態に近い認識だけでいいのでしょうか。

これまで、原発がどこか遠くの、自分に累が及ばない場所にある、と思っていたから
無関心でいられただけではないでしょうか。
何か起これば、原発立地を許した方が悪い、
危険極まりない収束作業は、誰か奇特な人がやってくれるだろう…
そう、人ごとのように思ってきた。

今でもひとはそう思いがちです。
現実を直視することは、私を含め、おおむね、ひとにとって愉快なことではない。
いやなことは先延ばしにし、今は考えたくない。
今がよければいい…。
そう考えがちです。

…でも、それでいいのでしょうか。
今、この時間にも、福島で収束作業にあたってらっしゃる方々がいる…。
彼らにすべてを預けて、それでいいのだろうか。
これから暑い夏になっていきます。それでなくても強い放射線に怯えながら、
防護服を着て作業するのは大変なことなのに、これからだんだん暑くなっていく。
その苛酷さを考えてみただろうか。しかも、これからの作業は、
今日も工程表が出された通り、だんだん炉に近づいて作業することになる。
それを、東電の社員、下請けの人びと、関連会社の人びと、
自衛隊、消防、警察…、彼らに負わせて、安穏としていていいのだろうか。
実際、これから真夏の猛暑の中で、あのビニールのような防護服を着て、
作業など出来るのでしょうか。
顔の見えない彼ら。だけれども実際には子供も家で待っているかもしれない、
恋人がいるかもしれない、老いた母が気をもんでいるかもしれない…
そういう彼らにすべて託して、私たちは電気の明々と灯るところに暮らし続け、
冷房はガンガン効かせて、寒いからと言ってジャケットを羽織って、
また、原発は現状維持、という同じ選択をする。それでいいのでしょうか?

今朝の朝日新聞、天声人語にありました。この夏の電力不足にいかに
向かうかについて。

『どのみち温暖化の問題で、野放図な消費には赤ランプがついていたのだ。
眉間にシワより、目尻にシワで対処するほうが、創意も工夫も湧くだろう。
禍を転じて曙光となす知恵と意志が、私たちにはあるはずだ。』

この夏をどう乗り切るか、ということだけではない。
人間がこの地球上でどう生きていくべきか、そのこと自体が問われている。

道はきっとあると思う。
ただ、それについて考えないように教育されてきただけだったのでは?
勇気を持って変えていこうとすれば、動かないと思われていた山も
いつか動かせるのでは?

…わたしも、人間の叡智を信じたいと思います。
次の次の回くらいに、原発とは直接関係ないけれど、動かぬと思われていた山を
突き崩した人の話を書きたいと思います。




『原発の風景』

先日ご紹介した、ビデオニューズ・ドットコム
(http://www.videonews.com/)
に、こんな動画が紹介されている。

これはビデオ・ジャーナリスト神保哲生さんが、福島第一、第二原発の
近くまで車で行って、そこから伝える、現地の様子である。
説明はいらないように思う。
美しい風景である。
つい、ひと月ほど前までそこで営まれていた、人々の平穏な暮らし…。
今は、人っ子一人いない。
置き去りにされた犬たちや牛の姿。

…そうして、かすかに薔薇色を帯びた空の下。
今日も日夜、危険な収束作業に従事している人々がいる。


私たちが自ら選んできた道が、ここに辿り着く…。
どうやったら私たちは、この道の先に、子供たちに渡したい未来を見つけられるだろうか…。
恐怖に煽られ見たくないものから目を逸らすのではなく、
現実を見据えることから、明日の道は始まる…。
そう、私は思うのだが。

http://www.videonews.com/charged/special-report/031040/001810.php
犬たちの写真の下の『300k』と書いた小さなボタンをクリックしてくださいね。

なお、このニュース専門のインターネット放送局が配信するもの、
またここがやろうとしている、スポンサーなどの圧力を受けない、
『広告に依存しない独立系の民間放送局』、という趣旨が
いいな、とお思いになられましたら、よろしければ会員登録、視聴を。
月525円です。
宣伝、私が勝手にやってます。



『ジャーナリズムの死?』

いつから日本のジャーナリズムは、力を無くしたのだろう…。

東日本大震災。
この歴史上も例を見ない大きな悲劇を前にして、ジャーナリストの
果たすべき役割は大きいはずなのだが、テレビを見ても、新聞を見ても、
同じような報道ばかりで、こちらが知りたい、と思うような情報が
一向に伝わってこない。そのもどかしさ!

もし、そう批判したら、マス・メディアの人々は、『それは政府の対応が
ぐずぐずしていて、なにが起こっているのか一向に明確に発表して
くれないからだ』、と言い訳するかもしれない。
しかし、そこに食い込んでいくのが、探っていくのが本来のメディアの
使命ではないのか。

でも、どのテレビを見ても新聞を見ても、同じような記事ばかり。
その局、その新聞独自の切り口の取材があってもよかったはずなのでは。
また、どうせ、取材するなら、もう少し突っ込んだ深い取材が欲しい。
政府や東電の発表することを、そのまま記事にするのでは、ジャーナリストとしての
役割は半分しか果たしていないことにならないだろうか。
テレビを見ても、新聞を見ても、真実がなにかぼやかされているような
印象ばかり受ける。

だからこのところ私は、週刊誌や雑誌をよく買って読んでいる。
緊急増刊のAERA,サンデー毎日、週刊ポスト。週刊現代。文藝春秋…。
私はこういうものをあまり買ったことが無かったのだが、これらがなかなか興味深いのである。
『腑に落ちる』記事が多いのである。
テレビをいくら見ても、もわ~っと曖昧だったことが、ここには
ちゃんと記事になって出ていたりする。

こういう雑誌やネット上の情報を、鵜呑みにしてはいけないということは
勿論よくわかっている。
時にそれらは、雑誌を売らんかな主義の扇動的な記事であったり
短絡的な記事であったりすることもある、ということ。それは頭に入れておかねばならない。
しかしそれらを知っていた上で、そこにかかかっているバイアスを取り外して
読んでみても、これが勉強になるのである。その方がかえって物事が鮮明に見えてくるのである。

いわゆる大新聞やテレビ。それらがあたりさわりのないよう
柔らかなフィルターをかけて報道することと、こういう雑誌が扇情的に報道すること…。
それらをひき比べて読み、いろいろなことを総合して考えると、
「これはこういうことが真実のところではないかな]ということが見えてくるものである。
大新聞やテレビだけを見ていては、判然としないものが。


私は、新聞記者がいかにも新聞記者であった頃を懐かしむ。
権力に敢然と挑戦し、その矛盾点を深くえぐり出す力をもっていた時代。
市井の人々の生活に深く入り込んで社会の深層問題をあぶり出す力をもっていた時代を。
戦後のある時期。確かにそういう時代が存在したのである。

私は今、そうやって大震災・原発関連の雑誌などを読む一方で、
夜寝る前は、こんな本を読んでいる。

2011_0412_171353-CIMG4295_convert_20110413011619.jpg

本田靖春。
讀賣新聞の辣腕記者として、『黄色い血』キャンペーンを大々的に張った。
私は正力松太郎というひと、渡邉恒雄というひとが感覚的にきらいであるが、
ほら。讀賣にこんなすごいひとがかつていたのである。
日中戦争時の731部隊の生き残りたちが作った日本ブラッドバンクが
ほぼ独占していた売血による輸血血液の事業を、やめさせたひと。
こんにちの原子力産業と政治、官僚、経済界、マスコミの癒着構造と
同じように、利権関係や慣行がどうにもならないほど絡みついていた
問題に鋭く切り込み、時に厚生省や大蔵省に殴り込みをかけて、
今日の献血制度を作りあげたジャーナリスト。

彼のようなジャーナリスト魂は、まだ死んでいないと信じたいのだがどうだろう…。
ジャーナリスト諸子よ。
日本というこの国が大きな悲しみと重大な危機に面している今だからこそ、
政治が頼りにならないこんな時だからこそ、
ジャーナリスト魂を発揮して、いい仕事をして欲しい。
この国の復興を阻む膿を嗅ぎ出し旧悪をあぶり出す、鋭い舌鋒をふるい、
そのペンで真実に鋭く切り込んでいって欲しい。


本田靖春氏については、近いうちにご紹介したいと思う。






『灯火に願いを込めて』


4月11日 9時からキャンドルナイト





心ひとつに キャンドルナイト





葉っぱさん,れんげさん企画による『計画節電』。


私も今日4月11日。夜9:00から11:00まで2時間、
自室の灯りと炬燵を消し、キャンドルに灯をともしました。
ろうそくの明かりは、風もないのに、ときどきゆらゆらと
急に揺れます。
まるで、いのちのほむらが揺れてでもいるかのように。

揺れる炎に、失われた多くの命を想いました。
そうして、今、被災地や避難先で、見えない明日のことを
思っていらっしゃるであろう方々。
せめて気持ちだけでも寄り添えないかと心から思いながら
炎をずうっと見つめ続けていました。

息の長い支援が必要ですね。


2011_0411_210210-CIMG4248_convert_20110411232613.jpg


『音楽の贈り物』


怒りの記事ばかりになっています。
それでもおいでくださりお読みいただいている皆さまに感謝。
でも、いい加減読むのに疲れた、という方もたくさんおいでになるのでは(笑)。

お詫びに、音楽の贈り物いたしましょう。
前にも一度ご紹介したことがあると思いますが、今の私の想いに
合うものですから。
この日本が負ってしまった、この想像を絶する大災害と、
原発事故がもたらした喪失の2重の悲しみと怒りに。

でも、みなさん。
彼岸花、半端な気持ちで、今のシリーズの記事は書いておりません。
大袈裟かもしれないけれど、言わば、私のこれまでの全存在をかけて、
これで疲れきって散ってもいい、くらいの気持ちで書いています。
どうか、気が重くてもお読みくださいね。
その後の判断は、みなさんお一人お一人の胸の内に。

それでは音楽、お送りします。





J.S.バッハ作曲『マタイ受難曲』第39番。アリア『Erbarme Dich(「憐れみ給え、わが神よ」)』
ロイ・グッドマン指揮ブランデンブルグ・コンソート。カウンターテナー:マイケル・チャンス。

『原発はいかにして日本に持ち込まれたか』

こんな番組があります。とりわけ若い方には見ていただきたいです。

『原発導入のシナリオ ~冷戦下の対日原子力戦略』
◆「毒をもって毒を制する」 第5福竜丸事件で反核・反米の世論が高揚する中、日米が協力し民間から行った世論形成の全貌を明らかにする。(現代史スクープドキュメント 1994年放送)



これは、日本に原子力発電が持ち込まれるまでのいきさつと道程、
そうして今日の、電力会社、政治、経済界、マスコミの癒着構造が
どうやって生まれたか、ということを描いたNHKの番組です。  
淡々と、しかし生々しくその過程が、追及されています。
NHKと言えば、なにかとバッシングされる対象になってしまいましたが、
このように、力の入った報道番組を作る力ももっています。
NHK論はまた、いずれ。

これを見れば、どのようにして、『原子力はいいものだ』という
刷り込みが、国民に国を挙げてなされたか、がわかるようになると思います。
そこには、アメリカとソ連が深く絡んでいます。
アメリカと旧ソ連の冷戦構造と核競争。
その間に立たされていた日本…。

ああ!今、こんなにも私たちに温かい援助の手を差し伸べてくれている
良き友人、アメリカ!
どれほど、その強い手が今、ありがたいことか!
今度ほど、アメリカという国が好きになったことはありません。
だって。頼りになるんですもの。
しかし、これから日本の対米依存はこれまでにない規模と心情で進んでいくのだろうなあ…。

そう言う自己撞着は感じながらも、やはり、これは知っておいて
いただきたいことだと思いました。
政治、というものが、どういうふうに国民を引っ張っていくか、ということを
若い方にはとりわけ知っていてもらいたい。

これをご覧になれば、なぜ、今、どのテレビ局を見ても、どの番組を見ても、
なにか、原発の真実が見えてこない歯がゆさ。
その根っこがどこから生まれたか、少しおわかりいただけるのではないかと思います。
これは特定のテレビ局のことを言っていますが、その後、
『原子力発電=クリーンエネルギー』というキャンペーンがずっとずっと、
辛抱強く全マスコミを通じて行われてきたことは、皆さんもご存じでしょう。
電力会社、政治家(ほとんど自民党政権下。しかし今の民社党も)、経済界、マスコミ。
それらは分かちがたく絡み合って、今日まで原発を推進してきたのです。

『原子力の平和利用』。
…なんという夢と輝きに満ちたキャッチフレーズだったでしょう。
しかし、これを見ればわかるとおり、それは、アメリカ、ソ連が核兵器を
開発していく過程で生まれるプルトニウムや残りのウランをなんとか
副次的に利用し、核開発の隠れ蓑に使われてきたのだ、ということがわかるでしょう。

原子力発電のイメージは、こうやって意図的に作られたものです。
当時、原子力を推進した人は、原発がどのような負の要素をもつものか、
ほんとに知らなかっただろうと思います。
当の正力氏が、「原発はバイ菌を殺してくれるからいい」、と語っているように、
その程度の認識しかなかった。まして一般国民に置いておや。
もし事故が起きたら、とか、使用済みの危険な核のゴミはどこにも捨て場が無いとか、
そんなことは誰も想像さえしていなかった。

しかしながら、時を経ていくと、最初にだれがどう動いたか、などということは
歴史の闇の中に埋もれてしまいます。
そうして、その責任の所在も曖昧になってしまう。
今、私たちが選んでいるこの道…
それが、20年後、30年後、50年後…の人々に、一体どういうつけを回してしまうのか、
私たちはその責任を問われることはない。
かつて、このように原発導入に積極的にかかわっていっていた人々が、
今はもうほとんど鬼籍に入り、その責を問われることが無いように…。

なお、ここで、日本の原発導入に大きな影響を及ぼした、正力松太郎というひと。
私に近いほどの年齢の方ならご存知でいらっしゃいましょう。
でも、若い方はご存じないに違いない。興味のある方はこれをお読みください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%8A%9B%E6%9D%BE%E5%A4%AA%E9%83%8E

原子力発電というものは、ただ科学の分野で安全かいなか、と語られるだけの
ものではない気がします。
そこにからんでいる、日本人の思想史、経済界のからくり、労働問題…
さまざまな要因が複雑に絡み合った問題です。
その一端でも、若い方々に知っておいてほしい。

共産主義、というものを、激しく憎悪する人々がいたのです。
特に、旧軍部で権力を握っていた人の中には、そういうひとも多かった。
アメリカでは、かつて『赤狩り』という粛清の嵐が吹き荒れ、
思想的、文化的、社会的に共産主義者を抹殺しようとする動きが長く続きました。
ここにその一端を見ることが出来ます。
と言って、日本がソ連側に立てばよかった、というわけでもない。
今、北朝鮮が恐らく陰で思想的に抹殺している人がどれほどいることでしょう。
…人間というものは怖いものです。

この映像を見るとき、私は人間の憎悪の深さというものに戦慄してしまう。
原子力発電には、こうした歴史の暗部がその初期段階にありました。
推進する者と反対する者…その間にも、越え難い溝や、時に憎悪がある。
私自身も、それに捉えられているのかな…。

ああ。しかし。
判断は個々の皆さんがすること。これからのエネルギーのことを考えると
ただ善悪、好悪ばかりも言ってられない気もします。


人間には想像力というものがある。
1年後…50年後の厄災を想像できるのもまた、人間です。
私たちの子や、孫や、そのあとの世代の人々、
そうして、なべてこの地球にある生き物のためにも、現在を生きる我々の
欲望だけでこの地球を汚してしまわないよう、その想像力を使いたいものです。

それには、私たちの生き方自体を考えていく必要があるように思います。





4月11日 9時からキャンドルナイト




れんげちゃんのところで、皆さんがこういうことやっていた。
葉っぱさん企画ですって。
http://koubouneko.blog87.fc2.com/blog-entry-898.html

若い方々が、こういうふうに積極的に動いてくださるの見て感激。
そうね。一方的に電気消されて、ぶつぶつ怒ってるんじゃなく、
被災地の方のことを考えながら、私も積極的にこのとき電気を消して、
キャンドルの明かりの中で、明日を静かに想ってみようと思います。


『スポンサーつきの マスコミが語れないこと』

こんな番組がありますので、よければご覧ください。
videonews.comというところが配信している番組。

http://www.videonews.com/on-demand/511520/001784.php

ただし、4時間の長~い番組です。
一度にご覧にならず、分けてご覧くださいね。
大きく言って4部から構成されています。
①考えられる最悪のシナリオ     (0:00~45:50) 
②放射線が人体に与える影響について (45:50~1:11:15)
③空気、食べ物などの汚染について  (1:11:15~1:50:00)
④原発に依存しない道        (1:50:00~       )
  
これは、え~と、ネットだけに配信されているものかな。
私も、最近その存在を知って、受信の登録したばかり。(会員登録500円)。
私がこのひとの言うことは好きだなと思う、宮台真司さんも登場。

みなさん。一連の福島原発の報道をご覧になって、司会者も、ゲストとして
呼ばれている科学者や、専門家という人々も、なんとなく歯切れが悪く、
ただ政府の発表通りに、「ただちに健康に影響しない」というきまり文句
ばかりで番組が終わるのを、腹立たしくお思いになりませんでしたか。

どこまで情報を開示するか、という判断は確かに、半端でなく難しいことだと思います。
でも、最悪の事態を想定して、心構えだけはしておきたい、というのも
国民の正直な気持ちでもある。そんな事態が避けられたら、あとで笑えばいいのですから。

なぜ、マスコミが、本当に起こりうるかもしれない最悪のシナリオを言えないか、というと、
パニックを起こさせない、ということのほかに、電力業界というものが、マスコミに
ものすごい力をもっているからだ、とうことは、皆さんご存じの通り。
電力業界と、政治(長い間自民党政権下で)、経済界、マスコミは、
その利害関係が分かちがたく絡み合っているからです。

このネットの番組は、そうしたスポンサーの縛りを一切受けていません。
だから、言いたい放題言っています。ときには少しおふざけに思えるほど。

しかしながら、番組が進むにつれ、司会者の神保哲生さんも青木理さんも、宮台真司さんも、
顔つきが暗くなっていきます。
最悪のシナリオ…。それはどこか一機で原子炉圧力容器が吹っ飛ぶような
大きな水蒸気爆発が起こり、放射性物質が、広範囲に飛び散ること。
そうなると、他の機にも近寄れなくなりますから、他の機の冷却も出来なくなる。
1~-6号機すべてが制御できなくなる…

わたしが地震のあと、福島原発で何か起こったという第一報を聞いたとき、
最初に恐れたのが、そのことでした。
それはもう、あの、地震と津波、その光景と共に、悪い夢、としか
思えないくらいだった。

そんなことが起こったら、福島を中心にして、日本は分断されてしまう!
大地震と大津波でうち震える人々と、東京の官邸は分断されてしまう!
救援の手も、何もかもが、もう陸路を通じては届かなくなってしまう!
悲鳴をあげたいくらい、そのことを恐れました。

この番組は、地上波のテレビがあまりにも、綺麗事を言っているのに業を煮やしたスタッフが、
『最悪の事態とはなんなのか』ということを想定して作ろうとしてみた番組です。

みるところ、今の実際の状況は、こんな最悪の状況を通り過ぎたように思えます。
(その代わり、海の汚染の問題が深刻に。)
米仏など海外からの強力なノウハウを持つ支援隊も到着して、知恵を貸してくれる。
もう、東電内部が秘密主義で行こうとしてもできません。
透明性が生まれる!…そのことが、私の気持ちを明るくしているのかも。
陰で一体、何が起こって、なにが行われているかわかったもんじゃない…という
不透明性が、不安を増大させていた、という面が確かにあります。

それでは、なぜ、いまではもう状況が変わってしまったのに、
いまさらここでアップするか、というと、私は後半部も聴いてもらいたいのです。
そこでは、原発に頼らずとも、日本人は生きていける、というシナリオもまた
示されています。

私はこれを聴いて、日本の将来に希望を持ちました。

勿論、このネットの番組の中で、後半語られる、『原発が無くても、日本人は
今の生活レベルをそう下げずとも、将来もやっていける』という見通しも、
計算通り行くかどうか、それは私にもしかとはわかりません。
甘い見通しかもしれない。

しかし、経済的コストから言って、原発は、割に合わない、しかも大変な危険と
隣り合わせのものだ、ということは、今回の事故で、いやというほど身にしみたですよね。
これから福島原発と同じように老朽化した機をどうするか。
もう、しばらくは、原発の新規建設は地元民が許さないでしょう。
私たちは、別の道を探り、急いで築かねばなりません。
コストパフォーマンスや投資リスクから言っても、今でもそうだが、これから原発は、
投資するメリットはあまりなくなる、したがって徐々に撤退さざるを得なくなるはず
という、経済的な面からの観点の話は妙に説得力があります。
世の中は、経済で動いていますから。
日本のように、一電力会社がその地域の電気事業を独占する、という特殊事情が、
甘い企業体質を生んだ。
政府、マスコミ、企業一丸となって、これまで、
『原発はクリーンで、しかもコストが安い』という
キャンペーンをずっとはり続け、私たちに刷り込みをしてきたのではないでしょうか?
その他の可能性というものを、私たちは考えないように誘導されてきたのでは?

原発が無くても日本はやっていけるかもしれない、という、具体的な話は、
私には大変明るい希望でした。

長くて、ご覧になるのは疲れますけど、どうか。
電力会社の軛から自由になると、こうも明るく生きられるのか、という
気持ちにさせられます。
そうか。そういう選択肢もほんとうはあったのか!という気持ちに。

勿論、未来を選ぶのは、一人一人の皆さんのお考えです。
若い方がこれからどういう世界に生きていくことを自ら選びとるのか…。

この話の中には、地震・津波の被災地の再建にも、大きなヒントになることが
含まれているような気がします。

私は、この悲劇を悲劇のままにしないためにも、東北・北海道は、一つの
独立文化圏をこれから創るんだ!、というくらいの、大きな新しい構想の
社会を作っていって欲しいと思っています。
仙台あたりを首都のような存在にして、東京を中心にした文化圏とは
また趣を異にした、安全で味わい豊かな一大文化圏を。
日本に、いや、世界に類を見ないような、新しい発想の夢の街を。
新しいものと昔ながらのものを融合させた、温かいコミュ二ティ作り。
新しい漁業の街。工業の街。新しい農業・商業や流通の試み。
そうして、発想も豊かな、学園都市・芸術の街づくり…。
その時に、エネルギーのことも、まったく新しい発想で考えてみて欲しいのです。
再生可能エネルギーのモデル地区として、世界が注目するような…。


あ。それから。
今、世界の叡智が福島に集められている。電力会社の技術者も頑張っているでしょう。
世界に誇れる、勇敢な原発の作業員たち、自衛隊、消防、警察の人々がいる。
アメリカをはじめとする支援部隊もいてくれる。
とんでもない長期戦にはなるけれど、きっとなんとか解決する。…そう信じ願っています。


PART Ⅱ(22:15~)と書いてあるところの50kとか300kという小さなボタンを
クリックしてくださると、映像が始まります。
4時間番組ですから、ご覚悟を(笑)。
ただ、今は省エネが必要なとき。
今描く悪いシナリオ、健康被害のことなど、もうご存知の方は、
1時間55分めくらいから、見ていただくと、私が皆さんに見て欲しい、
これからの展望が語られています。 

ただ…。1時間56分24秒くらいのところで、宮台さんが危惧している。
『これまで、原発を可能にしてきた社会が、原発災害にどう対処できるのか。』
また、2時間42分30秒くらいから、2時間46分くらいまでのところで
述べている言葉、『原発を可能にした社会というものを、われわれはこれから
検証していく必要がある』などという部分のところは全部、深い憂慮と示唆に満ちています。

つまり、これまでいくら情報操作され続けて、原発の実体を知らなかったとはいえ、
今、これほどの快適さに慣れた私たち日本人に、原発以外の道を真剣に
探ろうという意識が本当にあるかどうか。…
また、電力事業を始め、日本人は、あらゆるところで、中央集権的な構造に
慣らされてしまっている。それを批判できるような市民層が、育っていない。
それが、太平洋戦争の軍部暴走も止められず、また電気事業の独占も
止められない精神構造を作ってしまっている。
そこの根本的な見直しをしないと、日本は変われないのではないか。…
そのことを、宮台さんは危惧しているように思われます。

日本国民一人一人がこれからほんとうに真剣に考えていって欲しい部分です。









『大地震・大津波罹災と原発事故』

3月11日の、あの悲劇から3週間が過ぎて月も変わった。

徐々に救援物資が被災地に届くようになり、少しづつ、ほんの少しづつ、
再建に向かって人やものが動くようになってきただろうか。
…それでも、復興への実働はほんとにまだ端緒についたばかり。

被災地の方々を想う時、原発の方に注意を向けるのは、なんとなくこころやましく
私は思ってしまっていた。
それに、これを書いている今もなお、原発の現場で危険な収束作業にあたっている
人々がいる…。それを想えば、今はまだ、批判するのはやめよう…
そう、二重の意味で、自己規制をかけていたところがある。

しかし。

『自粛』という名の『縛り』は今もう、している時期ではないのではないだろうか。
ひとは声を上げた方がいい。
元気な応援歌を贈るのもいいし、静かな悲しみの歌を詠ずるのもいいし、
私のように怒るのも、今、必要なのではないだろうか。

私は、これまでずっと我慢していたけれど、やはり、この国の原発行政について
黙っていられない。これほどまでの不安と恐怖を国民に与え、
被災地の救助を結果的に遅らせてしまうことにもなり、
そうして、これからこの国の人々の生活を狂わせることになり、
その心に傷を負わせて、長く禍根を残すであろう、今度の事故が、やはり許せない。

なぜ私が、かほどまでに、原発に強い反応をするのか。
不思議に思われる方もいらっしゃるのではなかろうか。

このブログの前のブログ『故郷の廃家』で、そこのところは詳しく書いているが、
(私のリンクからはいれます)
今、あらためて自己を分析するとき、『原発行政というもの』…そこに私が
『権力』というものの横暴と、弱いものがますます搾取される、という構造の
典型を見るからではないかと思うのだ。
原発労働者の問題、立地県への金のバラマキ、…。
今、高い放射能をもつ瓦礫だらけの原発で、終息作業にあたっている人々…。
私は深く深く、その勇気と粘り強さに感謝し、頭を垂れずにはいられない。

ここ数日、東電の施設に落書きをしたり、脅しの電話をかけたり、という
愚かな行為が続いているようだが、そういう行為によって、
正当に、今回の事故を分析し批判することがますますやりにくくなることを
私は恐れる。それらは『反原発』の運動とは別物である。
『原発』『東電』というだけで、すべてを色眼鏡で見ること、
それはやめねばなるまいと思う。

ことの本質は、東電の一人一人の人間の上にあるのではなく、
この事故が引き起こされるにいたった歴史の中にある。
その歴史を国民がよく知った上で、色眼鏡など自由な発想の邪魔になるものは外し、
これからのエネルギーの問題を皆でしっかり考えていく必要があると思う。
震災津波の問題と、原発の問題は、対処は分けて考えねばならないが、
どちらに比重を置くか、などという多寡の問題ではない。
後先の問題でもない。
だから私も自制を解いて、ずっと考えていたことを、ここで声にしてみようと思う。
そこにはまた、大地震と大津波の爪跡から、必死で立ちあがろうとしている
何十万という人々…その方がたの今後生きていく場を建設するうえでも、
考えていきたい、大きな問題や再建のヒントが隠れているように思うから。

沈丁花、彼岸花。63歳。
私の世代は『団塊の世代』と呼ばれるとともに、かつて『全共闘世代』とも
呼ばれていました。議論好きな、『熱い』世代でした。
しかし、世の中を変えよう、という運動はいつか先鋭化し、過激の矛先が
内に向かうようになって、ついに『浅間山荘事件』という、残酷な
粛清殺人を犯す一団までを生むに至り、ついに、『学生運動』という
若者が本来持つ純粋な政治批判のエネルギーまでが、壊滅することになってしまいました。
以降、政治や社会にどんな考えるべき問題が起こっても、学生運動、というものは
湧きおこらない、そんな国に、この日本はなってしまいました。

私自身は、当時、直接、運動にはかかわってはいませんでした。
しかし、私の内には、いまだに熱い血がある。
もういい加減、丸くなって、世の中のことは若い人々に任せたらいいじゃないか。
…そうも思って、ちょっと黙っていて見たのだけれど、
私の中の、熱いこころが、やはり黙っていないのです。

怒らなければならないときには、怒るべきでしょ、と思ってしまう。

次の記事から、私の皆さんにお伝えしたいこと、ぽつぽつ書いていきたいと思います。
言わば、私から、若い皆さんへの遺言のようなものです。
どうぞ、半分腰が引けても、読んでみられてくださいね(笑)。



『アンビバレンツな感情』

3月11日。
なんという悲劇が、この日本を襲ったのだろう…。
いまだに、すべてが嘘のように思えてならない。

胸の底に、し~んと溜まって、消すに消せない悲しみと、
髪の毛が逆立つような、憤怒と…。

この悲しみは、おそらく一生私の胸から去るまい。
そうして、怒りの方は、体の調子が少し悪い間に少し収まって(笑)、
今は事態の進行を静観する気持ちになりつつある。

でも、激しい性格の私。
政治とそして当の電力会社の処し方次第で、また怒りが激しく
燃えあがるかもしれない。

実は、皆さんに見ていただきたい映像が二つあった。
でも、体調を崩して、記事もまとめられないでいるうちに、
現況と、それらの映像の持つ意味が、少しピントがずれてきてしまった。
いずれご紹介したいとは思いますが、
今、少しまとめ切れません。

感情が引き裂かれています。

怒りと、しんとしてしまうほどの悲しみと。
書け!と命じるこころと、今は書くな!というこころと。
許せ!と命じるこころと、許してなるものか!と思うこころと。
愛したい、と思うこころと、過去を忘れたのか!となじるこころと。

地震と大津波の被災地の方を想うこころと、福島原発の成り行きを気にするこころも
引き裂かれている。
ああ!原発のことがなければ、今頃、日本はこころを一つに集中させて、
被災地の方々の救援にまっすぐ突き進んでいたろうに…!
そう思うと、また腹が立ってくる。

日本は大きく変わるかな?と期待するこころと、いや、また同じ道を
選ぶだろう、と危惧するこころと。

一つだけはっきりしていることがある。

それは、私たちは、大きな大きな、転換点に立たされてしまったのだ、ということ。
日本がどういう生き方をこれから選ぶにせよ、あることを学んだのは確実。
それは、『明日は不確実』ということである。
良くも悪くもなりうる、ということである。

日本だけではないな。世界が今、大きな転換点に立っている。
この、日本で起きた大地震・大津波、そうして福島原発の大事故は、
世界の人のものの見方を変えるほどの影響を及ぼすだろう。
単に、原子力発電を選ぶか選ばないか、という問題だけではなく。

あの、日本が!という驚きは、世界に大きな衝撃を与えたのではなかろうか。
あの、緻密な、優秀な、科学力・工業力を有する日本であのような事故が!

そうして、日本人という民族の佇まいの見事さが世界に感動を与え、
その一方で、わけのわからない優柔不断さが、また世界をいらつかせてもいるだろう。

そうして、日米関係は、これを機に、大きく大きく変わるであろう。
…それが、世界の力関係に、どういう影響をまた与えていくだろう…。

それは末恐ろしいほどの変化である。

東日本の再建は、どういう方向でこれから進められていくのだろう…。

わからないことばかりである。
元に戻れるのかな、と危ぶむ気持ちと、戻らないで新しい道をと望む気持ち。
日本の先行きを危惧する気持ちと、信じる気持ち。
いや、信じたいという気持。

もう一つはっきりしていること。
私たちはこの大きな転換点に立ち、どんな夢も力を合わせれば実現できるのだということ。
その大きな歴史の変化を身をもって味わい、積極的に加わり、
また見守っていくことが出来るのだ、ということ。

昨日までの平穏な幸せの時は過ぎた…。
明日が、昨日今日と同じように穏やかにやってくるだろうと
信じていられた時代は過ぎた…。
でも、これからはドラマティックで、ドラスティック(徹底的な)変化の時代。
そこには、不安も数限りなくあるけれど、また、大きな夢も抱きうる。
世阿弥の『風姿花伝』に、『男時、女時』という言葉がある。
これまでは、日本は大きく言って『女時』だったのかもしれない。
いわゆる『待ち』のとき。何をやってもうまくいかないけれど、穏やかで平和ではある。
でもこれから、日本は好むと好まざるとにかかわらず、『男時』に入っていくのではないか。
いわゆる『攻め』のときである。大きく世の中が変わっていく。

日本人は、本当はもう少し、『女時』の安寧に浸っていたかったのかもしれない。
でも、今度のことで、否応なしに『変化』の時代に放り出されてしまった。

日本はこれから正念場である。
日本人は、この国をどう作り変えていくのかな。
それを、しっかと目を見開いて見つめていこう。

若い人たちは、とりわけしっかり見ていてほしい。
あなたたちが次の世界を選択していけるのだから。

それまでは、彼岸花さんも、元気にしていて、しゃっきりしていなくちゃな。


もっといい世界にしたいものです。





プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2011/04 | 05
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード