『新たなスタート 』

          

           
みなさん。
彼岸花。なぜそんなに原発の事故で怒ってるんだろう、
そうお思いになりませんでしたか?

福島原発にさほど近いわけでもない。
東京の、私の住むあたりからは250キロほどもあります。
それなのになぜ、そうもむきになる?
近くに住む人々のために怒っているのか?

…みなさん。
私の母性が怒らせるのです。

自分の命が惜しいから怒ってるわけではない。

子供を生む。子供を育てる。子供が育って行く…。
無事に大きくなる…。

それまでにどれほどの想いを母は託すことでしょう。

ところが、突然、その子の命を脅かすようなものが現われたのです。
それは全く理不尽な形で、その子の将来を奪いに来る…

それに対し、怒らずにいられるでしょうか?

ひとはこの世に、たった一回しか生きられません。
この広い広い宇宙に、奇跡のように生まれた美しい星、地球。

そうして、その気が遠くなるほどの時の流れの中に、ほんの束の間、
輝かしいひとつぶの雫のように、
奇跡のように生まれ出でた、我が子のいのち。

その健康と安全が、ほんとうに馬鹿馬鹿しいほど愚かしい者たちのせいで、
なぜか理不尽に奪われようとしているのです。

なぜ、たかが一企業のために、かくも多くの人が安全を脅かされているのでしょう?
そうして、これから先も、日本人は、とりわけ福島の人々は、
どれほどの負債を負って生きていかねばならないでしょうか…。
住む家を失い、これまでに築いてきた人間関係や仕事や…そういった土地との
絆を失い。
妻と子が遠くへ避難して、家族というものを失ってしまった父もいます。
原発事故のために!家族が崩壊してしまった!
農家は手塩にかけた野菜がすべて廃棄の対象になり、
畜産家は手塩にかけた牛を見殺しにせねばならない。
土地は汚染されて、そこにはもう住めなくなったり、あるいは住めても
風評被害はそこでの生活をなり立たせなくする。

…こんな理不尽がありますか?

こんなことになるために、私は子供を生み、育ててきたんじゃない。
こんなことになるために、酪農家や畜産家は子牛を育ててきたんじゃない。
農家は、土を作り種をまき、肥料をやり、草を抜き、ほうれん草を育ててきたんじゃない。

それらが、なんというお粗末さ、なんという杜撰さ、なんという想像力の欠如、
なんという傲慢さ、なんという誤魔化し…!
そんなお粗末な一企業によって、国策によって、突然うばわれてしまう…。

怒らずにいられますか?
馬鹿馬鹿しくて笑っちゃうくらいでした。

私はお前たちに奪われるためにこの子を育ててきたんじゃない!

そう言いたくなるでしょう?

でも私は、自分の子のために怒っているのでさえない。
私は、すべての母と子のために、そしていのちのために怒っています。

これだけの被害を20年、30年…100年、10000万年という
長い間、人類にもたらした福島第一原子力発電事故。
それでもなおまだ、「原発はいる」と考える人が多くいるとは!
それも、この国を動かす、政治、経済界、官僚、マスコミ、学者…、
国の中枢、世論に影響を与え国を動かす中枢にいる人々に信じられないほど多くいて、
なおそれらが虎視眈々と、再稼働の日を待っているとは!

どんなに怒っても、今の日本には政治の受け皿がありません。
与党も野党もダメ…
世論を形成する役目のマスコミは、なお愚かです。
なにが怖いのか、何かに気を使って情報を意図的に操作し、愚昧な番組だけを
垂れ流している。

国を変えていくのはわたしたちしかありません。
庶民の力を、『原発のない国作り』の実現のため、結集しなければ。
少しでも声を上げていかなくては。

ええい!わたし、尻まくっちゃうからね!
たかが電気のために、
経済効果などというもののために、
これ以上放射能汚染をこの国に広げてなるもんですか!
『おとなしい羊』『都合のいい羊』になど、なってたまるもんですか!
怒りの矛を収めてなるもんですか!





実は、この記事の前の方の部分は、3月20日頃に書いたものです。
この頃はまだ、原発事故のことをあまり言いたてるのは、地震大津波の
悲劇の中にいる福島以外の被災地の方々の感情を逆なでにする…
そんなおかしな気遣いが、日本の中に行きわたっていました。
わたしはそれをおかしなことと思いながら、その空気にやはりあえて逆らえませんでした。

躊躇っているうちに3月21日には、15日に続いてまた多くの放射性物質が
日本の国土にばらまかれました。
これらの日、外に出ていて、被曝した人々も多かったに違いない。
牛の飼料の藁なども、外においてあっただろう……
ああ!原発事故の汚染は、わたしが恐れていたように、単に原発周辺の県だけでなく、
地震被災地、さらには、望みを託すべき西日本各地にまで
じわじわと広がっていきつつあります。
今は、牛だけを騒いでいるけれど、牛がセシウムに汚染されているということは、
外においてあった藁が汚染されたということは、当然他の野菜も、
土も、水も、海も…そしてわたしたちの体も、
放射性物質を外部から内部から浴びてしまったということです。
そうして、これから汚染は、ますます広がっていくだろう…
いや、すでに広がっていることが、これからどんどん判明してくるだろう…
わたしは悲しいです。
わたしは腹が煮えくりかえるほど怒っています。

ああ!この美しい日本の自然が!
可愛い、幼い子供たちが!
日本の未来が!


猛烈に怒っているひとを、もう一人ご紹介します。

7月27日。衆議院厚生労働委員会。
そこに参考人をして呼ばれた、東京大学先端科学技術研究センター教授で
東京大学アイソトープ総合センター長である児玉龍彦氏の話。
専門用語が多く難しくてわからないところは多いけれど、彼の学者としての
良心からくる、真っ当な猛烈な怒りをご覧ください。

その後に行われた質疑応答での、国会議員?たちのどよ~んとした質問。
その対比をご覧ください。
それでもまだ、この人を呼んで話させた、ということにわずかな救いを感じる。
これを見れば、やはり菅政権の対応の遅さは責められずにすむわけはなかろう。
しかしながら…その後を狙っている次期総理候補…
それらがことごとく原発推進の人びとであること。

それらが経済界のドン、米倉氏などや、マスコミのドン渡辺氏などに象徴される
経済界、マスコミ、官僚、学界の、原発推進族と共に、菅総理を追い落とし、
再び自分たちの仲間が政権を担う日を、虎視眈々と待ち続けていること…

それを思うと、私は絶望してしまうのです。

ああ、だがまだ。絶望しているわけにはいかない。
国会を動かさねば。
マスコミを動かさねば。

わたしはまだ、老けこむわけにはいかないのです。

http://www.youtube.com/watch?v=DcDs4woeplI&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=LunV27H3oW8&feature=related


わたしは昨日、年を一つ重ねました。
それから、ブログ訪問してくださった方が、延べ1万人になりました。
延べ5000人の時に続き、恒例の?わたしの若い頃の写真公開。
(今は引っ込めてあります。)
いろいろな意味で、わたしには変わり時かな、と言う気がしています。
これからはまた、自分の勉強も再開しましょう。
再スタートの気持ちも新たに!





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『O書店にて』  皆さまへ感謝をこめて

皆さま、本の記事にコメントや、またご厚意をいただきまして
本当にありがとうございました。

嬉しいお言葉の数々と、それらのお気持ち。決して忘れません。

しかしながら、ストイックを旨とする彼岸花。
いつまでも曝しておくのも気恥かしく。^^

記事は閉じさせていただきました。
でも、わたしのところには、皆さまの温かいお言葉とともに、
大事にいつまでもしまっておきます。

鮮やかな印象だけを残して消えゆく…。
この、儚さこそが、母子の目指すところかもしれません…。^^

ご高覧、こころから感謝いたします。






『またまた訂正』

先日。クロアゲハのことをカラスアゲハと間違っていて、
お気がつかれた方に教えていただきましたが、
コメント欄で、またまた間違いを。

うちの近くに、『お歯黒トンボ』がいる、と書きましたが、
これは『羽黒トンボ』の字をあてるのが正しいのですね。

今日昼間、外を歩いていて、ふっと、漢字のことが気になり、
家に帰って調べてみたら、『羽黒』。
考えてみたらそうですよね。なんでトンボに歯が?!(笑)

思いこみは怖いです。
子供の頃から、昔既婚婦人が歯に塗っていたという『お歯黒』…
その色に翅の色が似ているからかな、と思いこんでいた。
ただ、翅が黒いから、『羽黒』だったんですね。^^


お詫びして訂正させていただきます。

ご訪問いただいた方のコメント欄でもこう書いているかもしれません。



『夏祭り』

今日も、我が家の近くの公園で、別の自治会の主催の夏祭りを
やっているのを見かけました。

昨今では、それぞれの町会が、地域内の公園や神社や、ちょっとした空き地で、
それぞれに夏祭りを行うもののようです。
昨日と今日と、2か所別なところで、昼間から、勇ましい太鼓や笛の音が
聞こえてきました。

先週。我が町会も夏祭りをやったばかり。小さなお稲荷さんのある幼稚園の敷地を借りて
土日の2日間行われました。
実は私。今年が町会理事の当番。お祭りの手伝いに行かねばなりませんでした。

ところがわたし、そういうことが大の苦手。
出来るものなら、かかわりたくない(笑)。
でも、同じ町に住まわせてもらっている限り、わがままも言えません。
前日から、ピンク、黄色、水色、白などの薄紙のお花を作ったり、
ヨーヨー用の風船に水を少し入れて膨らませて、200個くらいも作ったかなあ。

みなさん、ヨーヨー、お作りになったことありますか。
私、初めて作りました(笑)。小さなゴム風船。それに、大きな注射器のようなもので
水を少し入れます。それから空気を入れて膨らませて、口を、吊ゴムで2巻き3巻き。
小さな器具があって、そこにV字型のクリップをセットし、そのV字に
風船の口をゴムごと挿しこんで止めるんですよ。
勿論ゴムの反対側は子供の指を入れられるように輪に結んでおきます。

自分で言うのも変だけど、結構器用な彼岸花。すぐに手早く出来るようになりましたよ。
下手くそな町会のおじさまは、水をいつも入れ損ねて、ズボンの膝や足をびしょびしょに
してらっしゃいました(笑)。この人水鉄砲するの下手だったろうな(笑)。

それだけではありません。ヨーヨーを釣る、釣り道具もつくるんです。
まず25センチ長さくらいの薄紙でこよりを撚ります。
ああ、こより!!!
こよりなんて撚ったの、実に実に50数年ぶりです!
で、そのこよりに、ヨーヨーのゴム紐の輪っかをひっかける釣り針代わりの金具を
セットしてさらに撚るんです。これが結構また手間がかかる。
夜祭りには必ず、四角や丸のプールに水がはってあって、そこに色とりどりのこのヨーヨーが
浮かべてあるのを見かけます。子供はお金を払って釣り糸代わりのこよりを買い、
ヨーヨーのゴムにひっかけて釣り上げるんですね。
でも、こよりは甘く撚ってあるので、水に濡れると間もなく弱くなって、
すぐにちぎれて切れてしまいます。一個も釣れない子もいる。
でも帰りに一個は持たせてもらえるんですね。あれです、あれ。

そうかあ、全国のお祭りを渡り歩く香具師さんたちは、店の準備にこんな作業を
細々としているのかあ…と思いましたね。なぜかしんみり。
フーテンの姉をもっていた私は、フーテンの寅さんの映画など見ると、その生き方などが
人ごとではいられなかったから。

夕方になり、子供たちが集まってきます。
町会の低予算でやるので、夜店はこのヨーヨー釣りと、金魚すくいの2つだけ。
お金はいりません。回覧版で回したお祭りのお知らせの券を切り取って持ってくればいい。
でも、それをもってない子にもやらせてあげます。

金魚すくいの店番も結構忙しい。『ポイ』を渡したり、最後に小さなビニール袋に
金魚を一匹入れて、釣れなかった子に持たせてやったり。

私は、ヨーヨーの店番。
でも、町会理事の人手はたくさんいるので、交代で番をして、あとは
テントの後ろの方で手持無沙汰に女同士のおしゃべりなどをして時間をつぶします。
実はわたし、これが一番の苦手!(笑)。
まあ、それでもね、大人ですから(笑)ほどほどにおつきあいをして、
盆踊りが始まって、子供のお客さんが少なくなってきた頃は、
不良の私、テントの後ろの方の、木の蔭に折り畳み椅子を引っぱって行って
足を組んで、菅ビール、じゃない!缶ビール飲んで、お祭りを観察してました(笑)。

しょぼいお祭りです。本当にそう言っちゃ悪いが、我が町会は、町の規模が小さいからか、
それともそういう伝統なのか、他の町会の祭りと比べても、際立って『しょぼい』のです。

場所もあまり広くないし、昼でも明るい感じがなんとなくせず、飾り付けもしょぼい。
町は老人世帯が多くなって、あと数年で、子供みこしを担ぐ子も足りなくなるでしょう。
よその団地などからわざわざ遊びに来るお祭り好きの子などがかろうじて、
にぎやかさ演出を手助けしてくれているくらいのもの。

…それでも。幼児を連れた、おなかの大きい若い母親などが見に来ています。
小学校の4,5年くらいの男の子たちはお稲荷さんの社などを
ぐるぐる追いかけっこして走りまわる。
太鼓連のようなものがこの町会にはあって、少女から成人男性まで、そろいの
はっぴ姿に短股引の勇ましい姿で、昼間から演奏。その家族であろう少女たちなどが
早くから浴衣を着て、境内を歩き回っています。

子供たち。こんなとこで楽しいのかなあ…

そんないけないことを思いながら、足組んでビール飲んでるあたし(笑)。
というと、さっきから何本も相当飲んでいるようですが、実は一本の缶ビールが
なかなか減らなくて、もて余している(笑)。

胸の内に、し~んとした悲しみがひたひたと溜まっていくのを感じる。
なんとも言えない寂しさのようなもの…。
生きる悲しみ、とでも言いましょうか…。

今、ここに、小さなお祭りの手伝いをしに来て、少し暗いこの陰で
こうして祭りを見ているあたし、というものの確かさも、
いつかは不在となってしまいます。

この町会の祭りのしょぼさ。
それでも、準備には、やって見て初めてわかることだけれど、そこそこ経費と
そして手間がかかります。今年当番を引き受けたばかりの、若い町会長さんと
その奥さんの気苦労は大変だろう…
これでも、それなりの来客がいて、その接待をしなければならない。
全体に気を配ってなければならない。彼は飛びまわっています。いい人です。
奥さんは、自分が町会長の妻という重責をうまくこなせてないんじゃないかと悩んで、
さっき、女の理事さんたちから慰められていました。無論私も励ましを一言。

テントの中の向こうの方の一角が急にざわめいて、なにごとかとみると、
どうやら、この地域から出ている市会議員さんが顔出しに来てくれたらしい。
彼はまだ、弱冠30歳くらいの若造です(おや!酔っぱらって口が悪くなっている彼岸花!)
ピヨピヨ議員さん。それでもね、市議会議員ともなると、丁重にもてなされます。
お酒も一応供される。代わりに勿論ご祝儀も包んでくるのだろう…。
若い、初々しい議員さんは、居心地悪そうに、戸惑ったような、気弱そうな顔して、
少しの間、老人たちに愛想を振りまいて、それからテントを出て、
踊っている人々にもテントの中の理事さんたちにも手を振り振り、闇の中に
一人で(!)消えていきました。
そのちょっとさびしげな姿を最後まで見守っていたのは、木陰にいた私くらいのもので、
町会理事の古狸のおじさまたちは、もう、興味を失っているよう。

彼はこれから別の町会のお祭りに顔出しするのかな。
議員さんも大変なんだなあ…。土日の夜だって言うのにさ。こんな地味なお祭りにも
すかさず顔出しして、顔をつないでおかねばならない。
…それにしても、旧革新系の議員さんは来ないわね。ここにはいないのかな。
こういう時こそ、こまめに顔出しして、親しまれるようにしなくちゃいけないのにさ。
社共が衰退したのも、自分たちの身内だけで閉じこもって満足して、
こういう日常の顔見せ活動を疎かにしてるからよね。
その点、自公の議員さんたちは、地域に密着しようとして偉いよ。嫌いだけど。……

小さな女の子が、お母さんの手を離れて、とっとと駆けだした。
というより、つんのめりながら駈けていく。
あっ!あっ、あ~!転んじゃった!
大きな木の根っこが浮き出ている。それに足を引っ掛けて転んだ。
2歳にまだならないかな。ほんとに小さいな。素直な髪で可愛いな。
なんだか娘の小さい頃に似ている…
…泣かない。偉い。自分で起きた。
お腹のおっきいお母さんの動きはゆっくりしている。

…不意にまた、胸の内に、冷たい水のような悲しみが湧いてくる…。

この小さなおんなのこと若い母の生きていくこれからの世界。
もう、空気も水も土も食べ物も汚れてしまった…。

このお稲荷さんの、この敷地の隅っこだって放射線量が高いかもしれないのである。
彼女はこのこにどんな野菜を食べさせているろうか…。
このこの今、転んだ手や膝についた土。…それはもうかつての土じゃない。

日本は、なんということをしでかしてしまったのだろう…
こんな。こんなことがあっていいものだろうか…。


ああ。盆踊りのささやかな人の輪。
太鼓や笛の人だけが元気で目立つな。
それでも踊り好きな人はたのしいのだろう。町の理事も高齢化して、
昔はちゃんと組んでいた踊りの櫓も、今は柱を一本立てるだけになってしまった。

ああ、Kさんという、民生委員の女性も楽しそうに踊っている。
私と同い年くらいかな。少し若いかな。紺地の浴衣をきりっと着て、
下駄をはいた素足が白くて綺麗だ。
まだまだ色っぽいですよ。あの足は。

彼女は声がいいのだ。
今年、最初の町会の総会のとき、私は前の方の席に座っていた。
質疑応答が最後の方にあって、民生委員としての発言を彼女が後ろの方でした。
前の方にいる私は、その声と、話し方にこころを惹かれた。
これはただものの声ではないな、と。
人間の声や話し方には、その人の知性も性格も全てが出るものだ。
彼女の声は、生粋の東京人の話し方に似た、少し鼻にかかった
きびきび歯切れがいいのだけれども、どこかに甘やかさのある、美しい女の声だった。

誰だろう…どんなひとが話しているのだろう…そうは思ったが、前の方にいる私。
振り返って見ると、皆の視線に合ってしまう。

あとで、その声の主がわかった。以前理事が回ってきたとき、2,3回
話したことがある女性だった。Kさんというらしい。
彼女がしっかりした根性のすわった女性であることは、その数回でわかっていた。
ああ!彼女だったか。なるほどなあ…

え?どんな声か、ですって?
…こんな声です。以前のブログ記事でご紹介したことがある。
青森県六ケ所村で、今も反原発運動を続けていらっしゃる、菊川さんという女性。
彼女の声とその話し方に、Kさんのそれらは似ていた…。
Kさんの声の方が、もっと甘やかさがあるかな。

http://youtu.be/wmRhxRJk4G8
菊川さんは1:40くらいから登場します。

これは、知性の声である。抑制されて美しい。
よく聴いてみてください。濁音が美しいのである。『で』が鼻にかかっている。
『ざ』がざらざらしていない。たとえば『か』という破裂音がけたたましくないのである。
『ね』がねっとりしていないのである。

とてもいい子だなあ、と感動したが、最後に出てくる若いお嬢さんの発声と
比べて見て欲しい。
…なんだか年期が違う。
これは、悲しみを知る人の声である…。


…まだ缶ビールが一本、空けられません(笑)。
なんだかやけに苦いビールである。
ふ~ぅ…なんとか飲みきりました。

さて、また真面目に子供たちのお相手するかな。
あ!もう少しここにいよう。
今、ヨーヨー釣りの子供たちのお相手は、名前は知らないけれど、
70歳くらいの痩せて少しくたびれた感じの男の人がやっている。
私はこの人を、ヨーヨーの業者さんかと最初思った。
そのくらい、ヨーヨーの膨らませ方がうまい。ゴムの結び方がうまい。
彼はどうやら、この町会のお祭りの、ヨーヨーと金魚すくいの2つに、
生き甲斐を感じているようである。それくらい、目が、手が、入れ込んでいる。

ああ……
この人は、人生においては、成功者とは言えまい。
だけれども、この誠意。彼が、他の理事の女の人がヨーヨーの番をしていて
後ろからそれを見ている時の悲しそうな顔!
彼女たちが割合無造作にポトポト下に落とす、こよりや小さな金具を、
自分の番が来た時、砂の中からあとで拾って片付ける時のその手の真剣さと丁寧さと優しさ!
子供への目のやさしさ。
これも、なんと、美しいじゃないか!
…彼の楽しみを今は奪うまい…



なんだか、このちっぽけな、しょぼい町会のお祭り。
だけど泣けてきちゃうよ…。

ひとはかくも真剣に、それぞれの場で必死で生きている。
いじらしいものです。
それなのになあ…。
糞馬鹿政治家と糞馬鹿東電!

きれいな空気を返せ!きれいな土を、水を、この人たちに返せ!
私に返せ!

…いけない。すきっ腹に飲んだ、たった一本の缶ビール。
私、酔っちゃったかな…





  








『訂正』


みなさん。訂正してお詫びすることがあります。

2つ前の、カラスアゲハの記事ですが、あれ、カラスアゲハではなく、
『クロアゲハ』だそうです。
お教えくださった方がいらして、彼女の本当の名前がわかりました。^^
カラスアゲハは、彼女よりやや小振りで、翅に緑色の金属的な
輝きをもつのが特徴だそうです。
ああ、そう言えば、この子には、そういうところがどうもないようです。


常日頃から、一応、言葉でもなんでも、正確を期することをモットーにしている彼岸花。
教えていただかなければ、間違ったままを曝すことになっていたと思います。
こういう訂正は本当に嬉しいです。
お教え下さった方、本当にありがとうございました。

確かに確かに、彼女は悠々と優美に飛んでいました。^^
もう少し活発という、カラスアゲハさんとは、飛び方も違うんですね。

我が家のこの子は、『クロアゲハ』さんですよ~。
どうぞよろしく~。




『市民運動家な政治家』

菅総理が7月13日、『脱・原発依存』を記者会見で明言した。
「おお~ッ!」と思った。
しかし、当日のマスコミは、この重大発言に対し、なぜか無反応。
一国の総理が、世界に向けて『原発のない国を目指す』と、はっきり
脱原発ととれる声明を出したのである。
もっと大々的に取り扱われてもよかったはずではないか。

一夜明けて14日。
昨日の、意図的かどうかわからないが冷淡さも、今日は反対に、菅批判が
猛烈になるだろうと思っていたが、案の定、経済界からは猛反発。
自公などの野党からも、そして与党民主党からも批判の声が轟々と上がった。
枝野官房長官は、記者会見で、昨日の総理の会見の、『原発に依存しない国に』
という発言は、「政府としての見解ではなく、総理の個人的な思いを述べたもの」、と、
自分の党の総理大臣の発言を真っ向から訂正、打ち消し。
総理と官房長官と、どっちがこの国では権限があるの?
しかも情けないことに、当の総理自身が、枝野発言を追認して、
国会の答弁で、「あれは私の個人的思い」と認めてしまう始末。
よほど抵抗しがたいプレッシャーが、与党内部から突きつけられたに違いない。
いったいどこまで経産省などの官僚の力は強いのだろう!

まあ、それから今日までの政治の動き、マスコミの報道を黙って見ていると、
この国はもう、完全に思想統制、報道管制に入ったのではないか、とそら恐ろしくさえなってきた。
とりわけ、マスメディアの報道はひどい。

もう、だれも菅さんを総理大臣として認めていないような論調。
テレビの出演者が、「菅総理」という言葉を言うと、お互いに顔を見合わせて苦笑する…。
まるで、『恥さらし』、とでもいうかのように。


私は今また、猛烈に腹が立っている。
とりわけ、マスメディアに対して、猛烈に怒っている。

菅総理の、いや、菅政権の、これまでの被災地に対する対応は、これはもう
弁護のしようもないほどまずい。地震津波被害の被災地の復興も、
福島の人々への対応も、今度の肉牛のセシウム汚染でわかった、食の汚染の
全国への広がりを食い止めなかったことなども、すべて、やはり現在の総理である
菅さんが負うべき責めであろう。

しかし、それは認めてもなお、菅さんに対する与党民主党、マスメディアの嘲弄は
度を越しているように思えてならないのである。
彼は確かに、手続き、手順が滅茶苦茶である。しかしながら、浜岡原発の停止要請にしても、
仮に彼が誰か官房長官なり経産大臣なり誰なりに相談していたとしたら、停止は
出来ていなかったであろう。
正当な手順を踏んで、などと今でも言っていて、結局一歩も進まず、
それどころか今頃は再稼働していたかもしれない。浜岡停止によって、他の原発
立地自治体も考えるようになった。結局あれは大きな成果だったのである。

総理大臣が一存で何もかも決めていくのは、民主政治のルールにのっとらない
まずいことではある。
しかし、それでは、ルールにのっとって議論をしていれば、菅さんが国内外に対して
出したアピールほどのことを、他の政治家がやっていたかどうか、と言うと、
大変にあやしいものだったのではなかろうか。

何よりも私が腹にすえかねたのは、マスメディアがことの本質を見ず、
上っ面な報道を重ねていることである。まるで、何もかも菅さん一人が悪いとでも言うよう。
暑さの中、冷房を停めて、お年寄りなどが熱中症で倒れ、死者がついに出てしまったのも
菅総理が原発を止めているせいなの?(産経新聞)

原発を稼働させないと、日本の経済が立ち行かなくなる、という論調は
今でもマスコミの主流だけれど、そもそも問題は、原発を稼働させない、という
菅さんの場当たり的なその手法にあるのではなく、原発そのものが、一旦大事故を起こしてしまえば、
こういうふうに、日本の経済ばかりか、日本人の生活そのものを根本的に揺るがすものなのだという
基本のことを、マスコミは失念しているか、敢えて見ないようにしているのではなかろうか。
なぜ、見ないか。それはやはり、この国の根本的問題構造。マスコミと電力会社、経済界が
癒着しているからだ。

確かに、『セシウム汚染された福島産の牛肉が首都圏にも出回っている!』と
マスコミは騒ぎたてるのはたてる。
しかし、そこどまりである。せいぜい踏みこんで、菅批判はするかもしれない。
菅さんが辞めないで居座っているから、政府が機能せず、検査も十分に行われないのだ、と。
しかし、この問題の根本は、そもそも、原子力発電所というものが、いったん大事故を起こしたら、
周辺の土地も空気も汚染され、そこで農業も、畜産業も、漁業も成り立たなくなる
恐れの大きいものだ、ということにある。
この恐れが現実になってしまった!それももっとも悲惨な形で!しかもそれはまだ
収束のめどさえ立たず、なお、日本を汚染し続けている!
マスコミはその現実から国民の目をそむけさせるかのように、
原発を止めようとしているほんとに笑ってしまうほど数少ない政治家の一人を
笑いものにして、無理やり総理の座から引きずり降ろそうとしているのである。
牛肉の汚染を騒ぎ立てるなら、攻撃すべきは、原発をなお推進しようとする者なのでは
なかろうか。
菅さんが辞めたあとのことが、私は本当に心配である。
今の脱原発の機運は一気に縮小させられ、汚染された大地と、空気と、人々の静かな
絶望が残るだけになるのではないかと。

菅総理の後は、こういうことになると予感させること…

政府は19日午前の閣僚懇談会で、原子力発電を含むエネルギー政策について、
エネルギー基本計画見直しなど中・長期的な政策は海江田経済産業相に加え、
玄葉国家戦略相を政府内の調整担当にあてることを決めた。
短期的な当面の電力不足対策については、海江田氏が引き続き担当することも申し合わせた。
首相が13日に「脱原発」方針を閣僚間の調整なしに表明し、
エネルギー政策を巡る閣内の意見の不一致が表面化したことを踏まえ、
役割分担を明確にしたものだ。首相の同日の表明に不満を示していた中野国家公安委員長は
19日、閣議後の記者会見で「これから総合的、計画的に議論が行われると期待している」
と述べた。
(2011年7月19日11時42分 読売新聞)


あの、経産省言いなりの海江田氏が、エネルギー基本計画を中心になってやる?
…それではもう、民主党ははっきりと、原発再稼働、原発容認に舵を切ったと同然である。
この閣僚懇談会に、菅総理の意向は汲まれているのか?いそうもない…。


いったい、菅さんは、かくも嘲笑の対象となるようなことをしたであろうか?
朝日新聞の天声人語は、私はどんなことがあろうと、リベラルの立場から、
これまで比較的穏健で理の通った主張をしてきたと思っていた。
ところが、その天声人語子でさえ、こうである。

『首相の四面楚歌は、哀れをこえて滑稽の域である。
嫌われ者から、怖いものなしの道化へと。…略…道化にしか吐けない正論もある』

良識を象徴していたような天声人語子までが…!

私には、今回の菅下ろしが異常なものに思えて仕方がないのである。
なにか、尋常でない、菅さんへの先入観というか、感情が政界、マスコミには
ありはしないか。
…私はそれは、菅さんの政治家としての出自にあると思っている。
彼が市民運動家であって、そこから総理の座にまでついた人間であること…。

この彼の出自に関するもやもやした偏見を、象徴しているようなのが、
次の櫻井よし子氏の発言である。

 菅氏は自分は「原発に詳しい」と思い込んで、この大災害の最中、
原発について勉強しているようですが、呆れてしまいます。
国の先頭に立つリーダーとして大きな視点で国づくり、復興への道筋を考えれば、
もっとやるべきことがあるはずです。
 にもかかわらず菅氏がそうしないのは、結局、彼は市民運動家であり、
大きな枠組みで物事を見ることができない、つまり「国家観」がないからです

※SAPIO2011年5月25日号


この発言。呆れてしまいませんか。
『市民運動』というものは、国民に与えられた正当な権利である。
原発を自分たちの街に作りたくない。子供たちを被曝から守りたい。
あるいは、(原発から離れた問題でも)、水俣の奇病の原因を追及したい!…

こうした運動をする市民グループを、『大きな枠組みでものを考えられない、
国家観のない人々』、というのであろうか!
私はむしろ逆だと思っている。こういう人たちは、鋭敏な大きな視点から
ものを考え、見ているからこそ、既存の政治に飽きたらず、市民運動を
おこすのである。
…それに対し、このような偏見を持っている人がいるとは。

櫻井よし子氏はほんのその一例であって、菅さんに対するコメントをネットや
新聞、週刊誌で拾っていっていると、どれほど、このもの言いに、あちこちで
ぶつかったことか!

『菅さんは市民運動家だから…云々。』というセリフ。

市民運動のどこが悪い!?
市民運動から出たひとが、総理大臣になることは、そんなにまずいことなのか?
菅さんが被災地復興のためにまだしていないこと、逆にしたことを批判するのならわかる。
しかし、菅さんの性格とか、政治の手順とか、人事とかそういったものにのみ、
興味と議論と批判が集中し、一国の総理としての公式見解や理想などは、
もう死に体の総理だから、聴く必要もない、という態度、これはおかしくはないだろうか。
総理は総理である。
なぜ、菅総理がこれほどまでの嘲笑の対象になるのか、私にはちっとも理解できない。
それも、ここに来て始まったことではなく、3月11日、大地震が起きてからずうっと、
菅総理のドタバタぶりが、なぜか歪な悪意を持って報道され続けてきたような気がするのである。

そうしてそれの根っこに、『菅さんは市民運動家だから…』という偏見がもし
働いているのなら、これはとても恐ろしいことである。
なぜならば、それは、にわかに、思想統制といった色彩を帯びてくる考え方だからである。
菅さんが、市民運動家で、政治に素人的な感覚を持ち込み、官僚というものに
そもそも信を置いていない。
その菅さんに対するしっぺ返しが、もし、官僚の『非協力』というかたちになって
現われ、菅総理に、この重大事に必要な情報や全面的協力が上げられておらず、
それによって、さまざまな面で対応の遅れが出たのだとしたら、それは国民に対する
重大な裏切りではなかろうか。
…なにか、菅さんに対する個人的な好悪の感情が、ずうっと与野党、官僚、マスコミ、経済界、…
それらを動かしているような、そんな感じを、私はそもそもの最初からずうっと抱き、
それを危惧し続けてきた。ここで何回も書いた通り…。

なにか、いびつなものがある。
なにかが、歪んでねじれている。
まっすぐに復興復旧に向けて国を挙げて突き進んでいかなければならないはずのところが、
菅総理個人への攻撃、菅総理個人の資質への批判に堕してしまっているそのおかしさ…。
その陰で、この問題の本質である『危険極まりない原子力発電というもの』…
それをなにがなんでも動かそうという動きは、着々と水面下で進められているのだ。

この動きには、わたしたちは本当に気をつけていなければならないと私は思う。
現に、経産省資源エネルギー庁が、原発に関するマスコミ報道をチェックし続けていたことが
このほど、赤旗紙の報道でわかった。

 政府が新聞やインターネットを監視し、原子力発電に関する言論を収集していた。
経済産業省の外局である資源エネルギー庁が「不適切・不正確な情報への対応」を口実に
メディアを監視していた。
この事業は、原子力施設立地推進調整事業のうちの「即応型情報提供事業」。
資源エネルギー庁の調達情報によると、2008年度は社会経済生産性本部が2394万円、
09年度は科学技術振興財団が1312万円、10年度は財団法人エネルギー総合工学研究所が
976万円で受注。
事業の目的は「新聞、雑誌などの不適切・不正確な情報への対応を行う」こと。
エネルギー総合工学研究所の担当者によると、記事を収集する対象は、
「朝日」や「読売」など全国紙や「日刊工業」など専門紙、福井や青森、福島など原発立地県の
地方紙など約30紙。間違った記事があった場合、資源エネルギー庁に報告し、
訂正情報も作成していた。
エネルギー庁作成の仕様書には、国の原子力政策や、通常の原子力発電所で
プルトニウムとウランを混ぜた燃料を利用するプルサーマル計画などに対する
「動向や傾向等を専門的知見を活用して分析する」ともある。
その内容について、同研究所の担当者は「インターネットで原発推進に反対する学者や
技術者のブログを中心に、どのようなデータや議論が掲載されているのか見ていた」と述べる。
資源エネルギー庁の担当者は「原子力は誤解されていることが多い。
効果的な情報提供をするための事業だ」と述べているが、まさに税金を使った
メディア・国民監視だ。
10年度に同事業を受注した財団法人エネルギー総合工学研究所は、
理事長が東京電力元副社長の白土良一氏で、副理事長は元通商産業省環境立地局長の並木徹氏。
理事には、木村滋電気事業連合会副会長(東京電力取締役)や阪口正敏中部電力副社長など
電力業界幹部や、市川祐三日本鉄鋼連盟専務理事(元経済産業省大臣官房審議官)
松井英生石油連盟専務理事(元経済産業省商務流通審議官)といった名前が並ぶ。



また、自民党には報道チェック部隊というものが出来た。
(読売新聞 7月17日9時23分配信)

 自民党は、報道機関の論調を調べ、内容に問題があれば対抗措置を講じる
「メディアチェック」の担当議員を新設した。
 菅内閣の支持率が著しく低迷しているのにもかかわらず、自民党の支持率が
思うように伸びない原因の一つに報道機関の自民批判の影響があると見ているためだが、
“八つ当たり”気味の対応には党内から疑問の声も出ている。
担当するのは、中谷元情報調査局長、新藤義孝報道局長、菅原一秀副幹事長の3人。
主にテレビ報道を点検し、事実誤認や公平性を欠く内容があれば、局側に抗議したり、
放送倫理・番組向上機構(BPO)などの第三者機関に申し立てたりする方針だ。



原発をなにがなんでも推進したい人々…
いったい、なぜ?
放射能汚染は、福島、関東を越えて、土に、肥料に、食料に…と
全国に広がりつつある。こんなものをどうして必要だと思えるの?

原発をなにがなんでも推進するために、このように報道が監視され、
一般の学者や市民のネットでの発言までがチェックされ、
市民運動が軽んじられる、というどころか抑圧去れる国家になったら、それこそ大変である。
私たちは、報道の表面を見るのでなく、その陰で行われていることにしっかり目を
向けていなければならないのではないだろうか。

twitterなどを一度覗いてみてください。
そこには、大手マスコミの書かない、この国の姿が、一般の市民によってある意味、炙り出されている。

最後に。
私は、私の考え方が、私という人間の、個人的な歪なものの見方からきているのだろうか?
と常に問うている。それは常に自分でチェックしていかねばならない。
それを止めたら、私が批判しているものたちと同じになってしまうからだ。

だから、こういう記事を書くにしても、戸惑い戸惑い書いている。
これは、偏見や、思想的バイアスがかかっていはしないだろうか?と。

これは実は心細い作業でもある。自分のバイアスは自分ではなかなか気づきにくいし、
それをチェックする指標というものは、実はこの世のどこにもないからである。
誰もがなんでもが、実はそれぞれのバイアスを抱いているからである。

まあ、それでも、ときには、『ああ、私、大筋で間違っていないかも!』と
思えることもある。
私がたまたま小さな神々の記事で引用したこともある、作家高橋源一郎さんのツィート。

『自民党のあいさわ一郎という議員がこんなツイートをしていた。
「(菅首相は)市民運動家に戻られています」。
なぜ、野党ばかりでなく、与党からも、閣内からも、あるいはメディアからも、
執拗に「菅おろし」が行われているのか。
そのいちばん大きな理由は、ここにあるとぼくは思っている。』




『夏の庭』

一昨日のこと。
階下の居間で新聞を読んでいると。

掃き出し窓の外を何かが動いた気配がする。
顔を上げて見ると、大きなカラスアゲハが飛んできて、窓の外で
舞っているのだった。
どうやら、産卵場所を探しているらしい?

彼女は、我が家の、さほど大きくない梔子の木にふわりと停まった。

この梔子。去年の秋も、誰かがみちみちもりもりと葉っぱを食べてくれて、
ほとんど丸裸にされてしまった。葉っぱが全くなくなって枯れねばいいがと心配していたが、
強いもので、春にはまた葉を増やし、小さめではあったけれど、素晴らしい香りの花も
ちゃんと咲かせてくれた。さすがにもう花は終わりかけているが。

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私がカメラを取りに二階に行き、戻ってきて写真を撮ってもじいっとしていて
逃げない。こんなとき、「お母さん?」と、ふと母か父の魂が…などと思ってしまう。
二人とも、暑い季節に亡くなったから。

網戸越しなので、くっきりと撮れない。
そうっと音をなるべく立てないように網戸を開けて、近くから撮ろうとしたが、
やはり、さすがに逃げられてしまった。ああ、ただのアゲハだったのね…


外はかあっと暑いけれど、真夏の太陽を浴びたい気もして、買いものに出る。
昨日。百合が開いた。去年、5、6本咲いていた百合。今年は一本だけに
なってしまった。
来年は、『どくだみ荘』でなく『百合荘』というくらい、たくさんお仲間、植えてあげるからね。
隣家との境に咲いているので、うまく百合の顔が撮れない。


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奥にちらりと見える鮮やかな色は、モントブレッチア。姫桧扇水仙。
私は子供の頃からこの花が大好きなんだけれど、この名前、もっといいのなかったのかな。
理屈っぽ過ぎる…
奥に写っているのは私の自転車。
これを『引いて』毎日川原を買い物に出る。


手入れもしない我が家の庭は、ごくごく狭く、日当たりも悪いので、
草花はろくに育たないのだけれど、勝手に生えてくる南天やヤツデや、アオキ、棕櫚竹などは
なぜか必要以上に勢いよく、それでなくても狭い庭を占領しつつある。
その他にこれは私が植えた、木蓮と裏の梅と、今白い大きな花を咲かせている木槿(ムクゲ)。
玄関脇には源平桃の木と鉢植えの牡丹。そうそう、金木犀もある。
家の縁どりはカイヅカイブキ。
そしてなぜか花の咲かない藤や、アケビ、テイカカズラなどの蔓植物。
足元には、はい!ブログタイトルにもなっている『どくだみ』と、それから
これはなぜかすごく勢いよく増え続けているムラサキツユクサの大きな茂み。
これもすごい勢いで大きな茂みになった、むらさきいろの花を咲かすセージ。
そうそう。今年初めて花を咲かせた、『あじこ』と私が名付けた紫陽花と、
石楠花もあるな。裏の方には、秋海棠の群生もある。
暮れにどっさり刈り取って、大きな花瓶にそれだけがさっと挿して正月花の一つにしても、
翌年また増えて赤い実を楽しませてくれる千両の茂みもある…

…なんだか私の理想通りの『廃園』っぽくなって行きつつある。
『廃園』については、またいつか書こう。


おとといの空は、風が強かったせいか、雲一つなく見事に晴れ上がっていた。


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ああ!青い空だな、素晴らしいな!

ふと胸に忍び込む、生の悲しみ…。



こんな細道に入り込んでみる。


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ああ、こういう道の感じ、好きだ。
これが舗装されてなくて、砂利道ならもっといいが。

グラジオラスと立ち葵の花咲くよその庭があって。
コスモスの株ももう大きくなっていて。
道のこちらはY字路で、道の向こうはT字路で。

私は、白いシャツに白いギャザースカートを履いた少女で。
自転車をゆっくりと引いている。すると、T字路の蔭から、
やはり白いシャツ姿に麦藁帽子をかぶった、少年のあなたがふと現われて、
私たちは何も言わず、伏し目がちにすれ違うのだ……

二人の間を縫うように、さっきのカラスアゲハが、重たげにひらひらと飛んで、
うっそうとした木立の陰に消えていくとなおいいな……



夏の庭。










『計画停電』

7月11日。
あの日から4カ月…。

今晩も葉っぱさん、れんげちゃん企画の計画節電ナイトです。


心ひとつに キャンドルナイト
 


被災地の方々の暮らしがなかなか好転せず、また、福島の方々の苦しみは
ますます深刻になって行くことを案じる。どうしてこんなに動きが遅いのだろう。
その一方で、原発稼働などはどうしてああも、急ぐのだろう…!
なんだか、バランスが悪すぎ。

本質はなにか。

『国民の健康と生命を守る』…それしかないじゃないか…!


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『再び菅総理のこと』

菅総理。腹を据えませんか。
ここまで来たら、『脱原発』をはっきり打ち出すしかないじゃないですか。


海江田経産相が、佐賀の玄海原発に行って、『玄海原発の安全が確認された。
政府が保証するので、稼働して欲しい。』と言った。
玄海町長も稼働を容認した。
ところが、その直後、菅総理がストレステストのことを持ち出して来て、
玄海原発稼働は、御破算になってしまった。
海江田氏の面目丸つぶれ。
佐賀県も、玄海町長も、他の原発立地県も、政府の方針がこうもぶれているのでは
どうにもならない、と、嘆息する。
野党だけでなく、与党の議員も、菅さんの『梯子外し』に怒り、マスメディアも
菅さんを、部下を平気で裏切る極悪人扱い。

…確かにねえ。菅さんのやり口は、部下には嫌われるだろうなあ。

しかし。しかしである。
そんなことが、国の政治にとって重要?
菅さんが『いいひと』でなければ、国は動かないのか?
総理の性格が悪いと、皆でそれを引きずり下ろすのか?
政策の中身の検討は二の次で?国民の希望も考慮に入れず?

国民は今、何を求めているか。
アンケートの結果を見ても、原発に『No!』という人の方が3分の2。
それなのに、社共は除き、与党にも野党にも、原発から何れ脱却、という方針を
明確に打ち出しそうな政治家は、菅さんと河野太郎氏しかいない。

福島の悲劇のあとで、こんなことあり、なのだろうか!!!???
それが私には信じられないのである。

国民のアンケートの結果の比率をそのまま、政治の世界に持ち込めば、
民主党、自民党。みんなの党、…その他を含め、一応、菅さんの次の
総理候補として、一度でも名前が挙がったことのある人、またこれからでも
その可能性のありそうな人を挙げて見たとき、3分の2は、『脱原発』の
傾向のある政治家がいていいはずである。

ところがどうだろう!
菅さん以外には、河野太郎氏しかいない!
菅さんが「次に引き渡したい]と言った若手の次世代の政治家達…
しかし、どの人もどの人も、原発推進族または消極的な容認派である!

ああ。ここに、この国の抱えてきた闇が、如実に表れている!
いったい、どれほど、原子力発電は、電力9社は、政治の世界にも、
マスメディアの世界にも、その勢力の根を深く下ろしているのだろう!
原発推進族の多さといったら!

国民の間では、3.11以降、世界観がすっかり変わってしまったと思うほどに、
原子力発電に対する、そして電力業界に対する不信と疑問の気持ちは強いと思う。
しかし、政治の世界はそうではないのだな。
政治家というものは、国民感情とは別な尺度でもってうごめいているものなのだな。

今が一番大事なときなのだ。
折角2年前の選挙で自民党から政権を奪い、ようやくこの国にも政権を担える政党が
もう一つできたか!と、国民に期待を抱かせた民主党。一党が政治を長くになうと、
さまざまなところで弊害が生ずる。自民党が導入して推進してきた原子力発電。
そんな危険でお金のかかるものに対するチェック機能もなにも働かなくなったことも
一党支配の一つの悪い果実である。
国民が民主党にもとめたのは、自民党と同じことをせよ、ということではなかったはずである。
今は、原子力発電をこの先、日本がどうしていくか、
この国のエネルギー政策をどうしていくか、という大きな問題の転換点である。
と、同時に、二大政党制が消えていくか存続できるか、という意味でも転換点になっている。
何よりも、一日も早い復旧復興対策を待っている被災地の人々の生活。これは待ったなし!

それを認識できずに、野党自民党公明党などと一緒になって、菅下ろしにばかり
夢中になっている民主党の議員は愚かだとしか言いようがんない。
次の選挙の争点は『原発』になるだろう。いち早く、『脱原発』を打ち出した党が
勝利するであろう。
民主党の他の議員は、今、たとえば選挙をしたとして、勝てると思っているのだろうか?
『自分のところの党首である、菅下ろし』しかしてこなかった政党が、勝てると?
政治家としてのセンスが悪過ぎである!

自民党の一部は、すでに世の中の風向きを読んで、『自然エネルギーがどうだのこうだの』
『脱原発』がどうだのこうだの、言い始めている。
民主党は党首下ろしに画策している間に、みすみすそれに遅れを取るのか?
自民党も民主党もどうしようもないな。


…それにしても、マスメディアの菅嫌い。これはいったいどうしたことだろう?

一人の政治家を、それも自国の総理を、ここまで貶めていいものだろうか?
何も破廉恥罪をやったというわけではない。
この国のマスメディアは、菅さんだけでなく、これまでも総理大臣を笑いものにして、
その些細な欠点を面白おかしく書きたて、結果、退陣に追い込んできた。
その政治的言動を、検証することもほとんどなく…。
麻生元総理。私も好きではなかったが、例の『みぞうゆう』発言。
それを面白可笑しく煽りたてて笑いものにするマスコミを、私は苦々しく思っていた。
それでは、それを笑う記者たちのいったい誰が、絶対に漢字の読み間違いをしないと
自信を持って言えただろう?
逆に、小泉元総理は、本当に万事そつがなく、演説はうまく人のこころを
掌握することには誠に巧みであった。記者のぶら下がり会見なども積極的にやって、
国民にわかりやすい言葉で語りかけ、今でも小泉再登場を願う国民は多いのでは
なかろうか。
しかし。しかしである。彼がやった構造改革。これは、日本のいいところも
ズタズタにしてしまったのである。貧富の差は拡大し、日本の屋台骨を
実はしっかり支えていた中小企業を駄目にしてしまった。
学問の世界を、セールスの場にしてしまった!

一国の総理というものは、人気なんかなくたっていいのである。
やることが正しいならば。

一連の菅下ろし。これには、やはり、原発推進をまだ考えている魑魅魍魎達の
意志が働いているなと私は早くから思っていた。
おそらく、3.11の直後から……。

『原発安全神話』は、原子力ムラが長年かかって築いてきた嘘の神話である。
同様に、『菅下ろし』の異常なしつこさにも、私はまた、なにか策謀の匂いを
感じ取ってしまうのである。
そもそもの初めから、菅総理に仕事はさせない、という暗黙の了解が、
官邸、というか、それを実質的に動かす官僚にはあったのではないか。
なぜならば、菅さんは官僚嫌いで、官僚を排する政治をやりたがっていたから。
事故当初、菅さんのところには、ろくな情報が上がっていなかったのではないか。
官僚を排した菅さんが、寄せ集めで作ったシンクタンクらしきもの。
それらが力をもっているはずもなく、菅総理が見事に失敗していくのを、
官僚たちは冷ややかに見ていたのではなかろうか。
そうして、マスメディアもその視点を同じくしていた。
なんとなれば、これまでの経過でわかってきたとおり、マスメディアも
原子力ムラの一翼を担ってきていたからである。
それを、事故が起こってからの菅政権のドタバタぶりを報道する、メディアの視線の冷たさ、
意地悪さに感じる。



要するに、官僚も、他の与野党の政治家も、マスメディアも、『菅嫌い』にのみ
意識はあって、被災地の国民の窮状をどうにかしよう、という意識は乏しかった気がするのである。
本当に国民を想うなら、好き嫌いなど超越して、とりあえず菅政権に協力し、
一丸となって救済に動いていなければ。しかしそうはならず、
菅総理を貶め、彼を引きずり下ろすこと、…それしか彼らはやってこなかったではないか。

無論、菅さんに問題がなかったわけではない。大有りである。
周りの協力がどうであろうと、今は彼が総理大臣なのだから、
一番の権力を持った人間なのだから、強力な意志をもって、被災地の救援に全力を尽くし、
福島原発周辺の人々の安全確保をなにがなんでもやらねばならなかった。
スピーディなどの情報は速やかに開示し、国民に正しい現状を即時知らせていくべきだった。
それをしなかったために、どれほど多くの人が、無駄に被曝をしたことであろう。
今もまだ、生活がめざましくは改善していない被災地の人々…。

これは明らかに菅政権の責任である。
しかし、何もかもを、菅総理一人の性格の悪さに帰してしまうような、
今の与野党の政治家の菅総理の追及の仕方、マスコミの菅バッシングは、絶対におかしい。
菅総理一人が悪い、この現状の悲惨さが菅総理一人の責任だというのなら、
逆に問いたい。
じゃあ、あなたたちはどんないいことをしてきたのか?!
彼の足を引っ張ることしかしてこなかったのではないか?!

もう一度言う。
この日本で、あまたいる次の総裁候補と目される政治家の中で、
原発を減らし、あるいは即時撤廃しようとする意志のある政治家が、
河野太郎氏一人だけ、という状況は絶対におかしい。
福島原発の事故の前ならともかく、あれだけの事故の後で、何一つ状況が
改善されていないこんな中で、原発は悪だ、これはやめないと!と思い、
それを自分の信条として明確に打ち出す次期総理候補とも目されうる政治家が、
河野氏しかいないなんて、絶対変でしょう?

政治家だけでなく、マスメディア、経済界こぞって、菅総理一人が悪い、という
論調はおかしいだろう…。

これが、長年にわたる政官経済界、学界、マスコミの癒着の構造のものすごさを
如実に表していると、私は思うのである。
そのおかしさゆえに、私は、菅さん、もっと上手にやりなさいよ、と
情なくは思いつつ、菅総理をいまだに応援しているのである。

政治は怖い。……国民の希望など、脱原発の願いなど、『原発推進の政府』が出来れば、
一夜にして、かき消されますよ。
そこのところを、国民もマスコミも、わかっているのかなあ…。

原子力ムラ…これは手ごわいぞ。
脱原発ムード。…そんなものは、政権が変わって、『原発容認』を新政権が
はっきり打ち出したら、あっという間にひっくり返されてしまうのではないか。
現に、玄海原発。それの稼働を海江田氏が容認するのを、他の原発を抱える
電力会社は、待ち構えていたではないか。
あそこが突破されていたら、他の原発は、うちも、うちも、と雪崩打って
再稼働に向けて走り出していたのではなかろうか。

海江田さんの心情などこの際悪いが気にしていられない。
ストレステストの話を唐突に持ち出して、原発再稼働をとりあえず止めた、
菅さん、あなたの『突飛さ』『思いつき』は、正解である!
もう!もう!ぶれないでくださいよ!
大体が、今回の焦点となっている、海江田さんの梯子外しだって、あなたがぶれないで、
海江田さんに『玄海原発再稼働は当面なし』と言いさえしていれば起こらなかったことである。  


マスメディア…これはいったい何なのだろう。
世の中のムードを作って行くもの…。
それが、これほどまでに見識がなくていいものだろうか…。

何代もの一国の総理を、いつも、かくもつまらない蔑み笑いの対象にしてしまう。
政治は人気取り番組ではない。お笑い番組でもない。
なにも菅さんを応援しろと言っているのではないのである。
少なくとも、政府のいうこと、野党のいうこと。電力会社のいうこと、官僚の画策…、
それらを鵜呑みにするのでなく、自分たちの調査で真実に切り込む力、
自分たちの頭でものを考える力をしめしてほしい。
物事のうわべをつかまえて面白おかしく煽るだけの報道…。それはもうやめてほしい。

ジャーナリズムがこの国では生きていないこと…
この国の腐敗構造は、ジャーナリズムの責任も重いと思う。

なぜ、ジャーナリズムが、電力会社に対し、もの言えないか。
それに楯突く菅さんのような人間を、すざまじくバッシングするか…。

ある方のところで見せていただいたビデオ。
ジャーナリズムの裏側を熟知した人の証言がある。
どれほど電力会社がジャーナリズムを飼い慣らしてきたか…
これを見れば、菅下ろしの激しさの異様さが、妙に納得できようというものである…

長いです。ゆっくりお時間があるときに、少しづつご覧ください。

http://www.ustream.tv/recorded/14559917

http://www.ustream.tv/recorded/14561970

『岩手県葛巻町』

さしたる産業もない、やませが吹く村は、米作にも向かなかった。
たびかさなる冷害や地震被害。
国の指導に従って、一生懸命荒れ地を開墾し米を作っていると、国の方針として
減反政策が言い渡される。それでは、と、国が薦める『ビート』を作り始めると、
製糖会社がつぶれてだめになる。
酪農が軌道に乗り始めたと思ったら、そこに突然一大石油備蓄基地構想が湧きあがり、
国と県の方針で、土地の買い占めが始まる。
お金をもらって、農業を捨て、村を去る者たち・・・・
ところが、オイルショックでその計画も頓挫。
そこに降って湧いたのが、ここを、ウラン濃縮工場や、低レベル放射性廃棄物の保管場、
核燃料再生工場など、核燃料サイクルの拠点にしようとする計画であった。

青森県六ケ所村…

出稼ぎするしかない貧しい村に、巨額のお金が下りてくる…!
昨日アップしたビデオで、村の豊かさの一例をご覧いただけただろう。
…私は六ヶ所村の人々を批難しているのではない。ただ、残念でせつない。

その対極になるような町のことを、テレビでやっていた。
岩手県葛巻町。
風力発電、太陽光発電、林業から生まれた間伐材や樹皮などを加工したペレット、
牧畜業からでてくる牛の糞からメタンガスを取りだす…
自然エネルギーの展示場とも言われるようになり、全国から見学者が
ひきもきらずに訪れる町。

まあ、映像をご覧ください。
6代にわたる町長たちの話にはちょっと感動します。
昭和30年代から、この小さな町の町長たちは、皆先見性をもって
エネルギーの問題を考え、実践してきた。
なんと賢い町長たち!!!

選挙広報の板や曲がったガードレールなどを再利用した牛舎。
六ヶ所村の、巨額の交付金で建てた、搾乳は無論、牛のブラッシングまで
オートメ化された清潔な牛舎とは大違いに、質素である。
でも、ここで育てられている牛達は幸せだな…。まあ、私の勝手な思い込みだけれど。
でも、やはり、たぶんそうだ。だって、ここには飼い主と牛との触れ合いがより多いもの。
牛は賢いですからね。

思い起こすのは、福島の強制的避難区域の牛たち。繋がれたまま飢えて死んで、
放されたものも、水を飲むためか側溝に落ちたままそこから上がれずに死んで…。
原発事故で命を奪われ、健康を脅かされるものは、人間だけではない。
家畜も、犬や猫も、農産物や、一見何ごともないように茂る草木だって。

岩手県葛巻町。
ここは自然エネルギーを選択した町である。
無論、問題はたくさんある。風力発電で余剰電気をたくさん作り出しても、
電力会社が買い取りをしてくれなければ、何もならない。
故障もあるだろうし、バイオマスも、いずれのエネルギーも小規模である。
でも、町レベル市レベルでも、最初はいいじゃないか。

日本人は優秀である。技術的なことはきっと解決していく。
日本に足りないのは、勇気である。
自然エネルギーへのシフトの大きな障害になっている、電力会社の独占。
これをやめさせることだ。送電・発電を分離すること。自然エネルギーによる発電の、
全量固定価格買い取りを実現させること。

そうして、思いきって踏み出すことだ。

六ヶ所村と葛巻町と…。





『六ヶ所村の現在』

だいぶ前の記事で、本田靖春さんのことを取り上げた。
青森県六ヶ所村。明治時代、村が成立したころから始まって、
飢饉や天災と闘いながら、なお貧しく、ついには村を捨てて
満州開拓団に加わらざるをえなかった村の貧困の歴史。
そして、日本を豊かにしていった高度成長期にも取り残された村が
巨大石油コンビナートの候補地となり、賛成反対で村を二分する争いの後、
賛成派が勝ち、村が農業を、そして土地を捨てるまでの過程が描かれていた。

私はさらに、村が核燃料サイクルの基地という、危険極まりないものを
受け入れて行った過程をそこにつけ加えて、『貧しさの構図』という記事を書いた。

http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-509.html



…私はわからないのである。

なぜ、なぜ、福島第一原発で、これほど大きな悲惨な事故が起きたにも関わらず、
この国はまだ、原発を捨てようとしないのか、ということが。

菅総理のこともだいぶ書いてきた。
ここ数日は、もう菅総理に関するニュースさえ、少なくなってしまった。
本来は自分達の党の総裁を支えるべき閣僚までがそっぽを向いてしまい、
菅総理を訪れる人さえ疎ら、というのだから、この国の政治は、どうかしている。
そもそも、菅さんと自民党の河野一郎さんしか、主だった議員の中で
脱原発の色、自然エネルギーへのエネルギーシフトを打ち出す人間がいない、
というのが、私にはまったく理解できないのである。驚きなのである。
これほどの原発事故が起きたのに、である。

経済界にも、マスコミにも、地方の議員にも、まだ原発推進の人々は
一向に減っていかず、虎視眈々と原発再開、原発建設を狙っている。

彼らはいったい、何を守ろうとしているのか!
お金、地位、名誉、お金、お金、地位、お金……!
それは、子供たちの健康に代えてまで、この国の土や、空気や、水や、
あらゆるものを取り返しのつかないほど放射能に汚染させてしまってまで、
なお守らなければならないものなのだろうか。

言ってみれば、原発を推進しようとするものたちは、単に『一企業』に過ぎない。
『一町村』に過ぎない。もっと極端に言えば、『一町長』『一町民』
『一社』『一団体』『一学者』『一ジャーナリスト』に過ぎない。
そうして彼らが守ろうとしているのは、小出裕章氏の言葉を借りれば、
「たかが電気ですよ…」

無論電気は大事。それでも、私たちが事故前までそうしてきたように、
昼夜となくふんだんに灯りをつけ、夏冬逆転したかのようにふんだんに冷暖房を効かせ、
何もかもを電気に頼る、…そんな必要があったろうか!
いきなり昭和2,30年代に戻れとそんな極端なことを言ってるのじゃない、少し生活をひきしめる、
それだけですむことのために!
『たかが電気のために』!
私たちはこの国を取り返しのつかないものにしてしまったのである。

田中優さんがいうように、3.11の前と後では、もう、この国は同じでは
全くなくなってしまったのである。
子どもが外で遊ぶこともできない、水を飲ませるにも、学校の教師と争わねばならない。
プールにも海にももう安心して行けない。体育大会だって開催していいものか
どうかわからない。
買い物のたびに産地を疑り、食事のたびに、汚染のことを考える。
夫婦の間さえ、子どもを疎開させたい若い母と、そんなことが出来る筈がないと動かない
若い父の関係が冷え冷えとしたものになってしまう…家庭崩壊にさえ至ることもあるという。

そんなことの、そんなことの全てを知ってなお、まだ『原発はいる』と言うか!!!!

ああ、私にはわからないのである。
人間が生きていくということ…どこかで金を得なければならない。
それはどうしようもないことだろう。お金は必要なものであろう…。
しかし、しかし、それが、『原発』という選択肢でよかったのか?
ほかに、もっといい知恵があったのではないか?
たとえば、大分県における一村一品運動のように…?

こんな映像がある。民放で放送されたものだから、ご覧になられた方も多いだろう。
もうすでに古い情報である。
それでも、もう一度、ここにとりあげてみたい。
本田さんが書き、私がその後の核燃料サイクル基地になるまでを辿ってみた
青森県六ケ所村が、3.11後、どう変わったのか、変わらないのか…。

これは単に、六ヶ所村だけではない。再稼働に向けて着々と動いている
佐賀県玄海原発。再稼働したくてたまらない愛媛県伊方原発…
日本の多くの原発立地県が抱える問題である。

菅総理がハブカレル中、政府はじわりじわりと、原発推進に向けて布石を打ちつつある。
いったい誰がこの国を動かしているのだろう…?

なんと不気味な、なんと理不尽な、なんと醜悪なものがこの国を支配しようとしているのだろう…!

それを阻止できるのは、二度と福島の悲劇を繰り返さないよう阻止できるのは、
わたしたち国民、一人一人なのだ。 

そういった意味で、もう一度このビデオを見て欲しい。

このビデオの中ではないが、『貧しさの構図』の最後に登場した、六ヶ所村の
菊川さんという女性。その方がどこかで言っていた。
なんと、3.11があってから、むしろ前より以上に、反原発の声が細って行くと。

ここでも、長年漁業を守りたいと戦ってきた老人が,同じようなことを語っている。
長い長い間、原子力関連施設建設に反対してきたひとの、悲痛な声が
胸にしみる。



…いったい何と説明すればいいの?このありさまを?

どうしたら、わからない人たちの頭を切り替えてもらうことが出来るのだろう?
どうしたら、ひとの悲しみというものに、想いを致すようになってくれるのだろう?

http://www.youtube.com/watch?v=0ObbLdC0Kjg




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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
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