『菅総理辞任』

今日、平成23年8月26日、第94代内閣総理大臣、菅直人が
退陣を表明した。民主党はただちに次の首班選びに入る。

私彼岸花、9月までブログ休むと言っていたけれど、ずうっと菅さんを応援してきたのに、
ここで黙っているわけにもいくまいと、パソコンに向かっている。

菅退陣。…残念である…
これで、次期民主党総裁に、前原氏がなろうが、海江田氏がなろうが、
あるいは他の人がなろうが、脱原発は、おしまいだな、と私は思っている。
馬淵さんが僅かに脱・原発依存を言っているようだが、彼が首班に指名されることはあるまい。
菅さんがいよいよ退陣するとなると途端に、各地の原発は再稼働に向けて
蠢きだすであろう。
菅退陣まで、息をひそめるようにして、嵐が吹きすぎるのを待っていた
東京電力の人々は、これで万々歳というわけだ。
経産省の人々は、海江田氏が次期首相になったら、大喜びだろうなあ…。
小沢一郎氏が、海江田応援についた、ということが本当なら、
その可能性は大である。日本はこれから原発推進まっしぐらだ。

…いったいこんな馬鹿なことがまかり通っていいのであろうか?
東京電力の罪はこのままうやむやにされてしまうのではなかろうか。
経産省の罪は、誰も真剣に問うことのないまま、また、原子力ムラは
経産省の庇護のもと、同じことを続けていくのであろうか。

考えてもみよう。たとえば、ある食品会社が、安全基準に背いて、偽装をしたとする。
そうしたら、マスコミも関係所轄機関も、厳しくその罪を追及しないだろうか。
食品だけではない、たとえばマンションの安全基準偽装だって、ことが発覚したら、
厳しい咎めを受け、それは裁判に持ち込まれて、被害者は救済されるはずである。

ところが…『福島県』という、一つの県をめちゃくちゃにしてしまったこの原発事故。
福島第一原発周辺のひとは、家も仕事も失い、それだけではない、家族という形態さえ
分解されてしまった人々もいる、人が生きていくのにお金の価値では測れない、
『思い出』や『人々との絆』という大切なものを失ってしまった人々も数え切れないほど
生まれてしまったのである。
そればかりではない、放射能汚染は福島県を越えて、東北近県、関東各県にまで
広がりを見せ、とんでもない広範の土地と空気と水の安全をこれからも
脅かそうとしている。そうしてそれは、これから何年何十年と続く。
『ただちに健康被害はない』と繰りかえし言われるけれど、そういう言葉が
いかにあてにならないか、3月11日以来、わたしたちはいやというほど経験してきたはずである。

それなのに、それなのに、東電は何の罪にも問われないのか?
国から手厚く保護してもらい、営業を続けて、おそらく発送電の分離などもうされることなく、
これからも、独占企業で居続けるであろう。
今日も、今も、第一原発で収束作業にあたっている作業員は、多くが下請け会社の社員。
命や健康と引き換えにするほどの報酬と待遇は得ていないのに、事故を起こしたその時の
社長は5億とも6億ともいう退職金を平気で受け取って円満退職。
経産省のトップ3人だってそうである…。

かくも激しく吹き荒れた菅下ろしの風…!
あの異常さを、国民の大多数はおかしいと思わなかったのか?
テレビなどマスメディアの煽りにまんまと乗せられて、菅さんを引きずり下ろして!

今誰が一番喜んでいるであろう。
それは無論、これまで原子力発電によってうまい汁を吸ってきた人々である。
東京電力、それと切っても切れないほど癒着してしまった、経産省の推進派、
政治家、経済界、労働組合、学者、マスコミ関係、……
この春の事故以来、我々が、その癒着構造を知り、その罪を暴き、糾弾してきた
その相手が、今、大喜びしているのである。

菅総理を下すことによって、国民の脱原発の願いは、水をぶっかけられた。
脱原発を願った70パーセントともそれ以上とも言われる国民は、
言わば『負けた』のである。苦い言葉だが、言わねばなるまい。

私は、今度のことの大きな大きな罪は、マスコミにあると思っている。
私は、最近、東電よりもむしろ、あと先のことも考えず、菅下ろしを
面白おかしく煽ったマスコミの愚かしさを憎んでいるくらいである。

菅総理。
死者行方不明者2万人以上とも言われる東日本大震災、そうしてその地震によって
引き起こされた福島第一原子力発電所の、レベル7、という恐ろしい規模の事故。
それに在任中に出会ってしまった日本の総理大臣。
彼についてはいろいろな評価がこれからなされるであろう。
しかし私は、彼の降板を、なんとも悔やむ。
残念でならない。
彼のすべてを言いと思ったわけではないが、彼が象徴していたものの死を悔やむ。
彼は菅直人、という一人の政治家であるばかりでなく、『菅直人』という
ある政治的良心に近いものを、象徴していたと、私はずうっと思ってきた。
それが…打ち倒されてしまったのである。
私がずうっと悲しむのは、そこなのだ。

次回以降で、彼の功罪に対する、わたしなりの考えを述べてみたい。
この記事は、怒りのあまり激越だけれど、次は少し冷静に分析してみたい。

……





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『残暑お見舞い』

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残暑お見舞い申し上げます。



一昨年。我が茅屋の、門扉にからませて育てた夜顔の花。

こんな、真珠光沢のある白い香り高い花が好き。

皆さま。思うところあって、

少しブログおやすみします。

世の中のこと自分のこと…少し考え事をしたい。

赤い、真っ赤な彼岸花の咲く頃。

戻ってこれるといいなあと考えていますが

もっと早く戻ってくるかもしれません…



(訪問は今まで通り、させてくださいね)


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『流星群の夜』 其の二

8月13日夜。
今宵もペルセウス座流星群を見ようとて、10時頃と12時過ぎの2回、
夜の川原に敷きものを広げ、寝転がって空を見ていた…。

しかし東京は薄い雲がやがてうろこ雲となって広がり、明日が満月の月が明るく
いつもの星たちさえ見えない。
都合2時間ほどいて、蚊に2箇所喰われたが、ついに流星は見ることが出来なかった。
月が「僕ではだめなの?」とでもいうように、そんな私をずうっと見ていた…。

昨日、あんなにはっきりと美しい流れ星を見たことで、この夏の流星との逢瀬は
よかった、ということにしよう……。



      
   待ちぬれど 恋しきひとは 来ぬとみて

     月と添い寝の 流星の夜



        [むなしく待ちし流星群の夜に]





   

『流星群の夜』

8月12日。
今宵は、ペルセウス座流星群がいちばんよく見られるという日。

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午後9時半。一度外に出てみた。
家の近くの路上の、街灯の光の当たらない暗がりの中で北北東近辺の空を見上げる。
この時間帯は、まだ近隣の人々も起きている。
去年、この界隈では、なにごとにつけ頼りにされていた、ある男性が亡くなった。
お年は82くらいでいらしたと聞いたかな。
お風呂の湯船の中で脳卒中を起こし、家族に気がつかれた時には
危篤状態であったという。元気なころは、本当に頼りになる、
立派な、落ちついた紳士でいらした。
根無し草の習性が抜けず、地域の人間関係などに疎いわたしは、
その人のことをどこかの学校の校長か教頭という感じかな、と思っていたが、
消防士でいらしたという。
一寸の気の緩みもない、それでいて周りに細やかな気配りの出来る、立派な方だった。
それが、晩年、ふとしたはずみで車で事故を起こされた。本人も大けが。
同乗していた奥さんはその時のショックで、それ以来口がきけなくなってしまった…!
その話を洩れ聞いたとき、わたしもかなり衝撃を受けた。

ああ!人生って、なんという悪戯をするのであろうか!
あんな立派な一家が!
息子さんも父のあとをついで消防士に。父君に似て沈着な人柄。
この界隈ではなにかあるとこの一家に相談を持ちかけていたものだ。
奥さんも、気丈な感じの、しかしやさしい人で、婦人会の中心的存在であった。
…その二人が、車の事故で、そんなことになるなんて…!
ことばを無くしてしまった奥さんを、ご主人はいたわりいたわり過ごしていたらしい。
わたしも葬儀の手伝いに行ったが、斎場で、言葉も出せずただ目を真っ赤にして
しきりにハンカチを使っていた奥さんの姿が痛々しかった。
慰めの言葉を受けても、ただ涙が新たに吹き上げてくるだけで、やはり言葉は出ず…。
人間の悲しみというもの。…時にこのような悪さをするのである。

しかし、ご主人が亡くなられてからは、息子さんがまた、地域の中心的存在になりつつある。

暗がりに佇んでいると、その家の二階に灯火がふと点り、若い奥さんの
姿がシルエットで見えた。無論向こうはわたしが表の暗がりに立っていることなど知らない。

ああ…!
人生の味わいの深さよ……!



…静かである。
と!ホトトギスが、上空を鳴いて渡った!
ああ、なんとぴったりの登場であろうか?!

それから10分ほど待って、
見えた。一筋の流星が!
そんなに大きくはなかったけれど、北北東の上空に。

その時は首が痛くなってきたので30分ほどで切り上げ、
11時過ぎ、再び外へ。
今度は敷きものを持ち、服装もパンツに履き替えて。
裏の川原の、草地に敷きものを広げて寝転がった。
今宵は十三夜の月が明るい。
星を観察するには不都合である。だから桜の並木が月を遮ってくれるような場所を選ぶ。
雲もうっすらかかっている。
ああ、今宵は絶好の流星群の夜というわけにはいかなそうだな…

夜8時半頃には、昼間のように鳴いていた油蝉も、さすがにこの時間には
眠りについたか、時折、何かに驚いて、ジジッ!と声を上げるのみ。
ただ、もの音と言えば、その蝉の寝ぼけ声と、川の流れが堰でたてるざあざあという音のみ。
ああ…静かだ…

と!
! 強い、大きな流れ星が一筋!
ああ!………


なにかことばに出せない感動。
しかし、その淡さ儚さ…!

去年私は、流れ星を、来るとも来ないともわからぬ気まぐれな恋人を待っている気持ちのようだ、
とブログに書いた。
本当にそんな感じなんだよなあ。流星というものは。

一晩待ったって、来てくれるかどうかは、なんの約束もないのである。
…だが、それはいきなりやってくる。
まるで気まぐれな若き神のように。


この晩は、12時過ぎまで、一時間、草原に寝転がっていたけれど、
見えたのは、この2筋の流れ星だけであった。
でもいいんだ、わたし。
あんなにきれいな、大きなくっきりした流れ星、みることが出来たんだもの。
ちゃんと願い事もできたもの。

…時折ひとは通った。大抵が、夜のジョギングをする人々である。
上の道を車が数台。
草原に寝転がっているわたし。人にはどう見えたのだろう…
でももういいの。何の制約もない。何の気遣いもいらない。
わたしはしたいことをするの♪

ただ…屈強そうなドーベルマンを2匹連れた40代くらいの男性が、
わたしが足音を聞きつけて身を起こしたのに驚き、
犬の手綱を強く引っ張って、草原の脇を通っていった。
20分ほどのち、その人がまた戻ってきた。
わたしが身を起こすと、「大丈夫ですか?」と、声をかけてきた。
声音が優しいひとである。
わたしは暗がりの中で破顔一笑。

「ペルセウス座流星群です。流れ星を観測している。」
そういうと、その人もぱっと笑って、「ああ、そうですか!」と言う。
空を見上げながらさらに2言3言会話を交わす間、獰猛そうなドーベルマン2匹はおとなしい。
「犬を置いたら、わたしも見てみますよ!」
そのひとは明るくそう言って、犬に引きずられながら、川原の暗闇に消えた…。

また、人目はばかることなく寝転がる。
ああ、なんという自由!
頭上はるかな暗がりに広がる宇宙とわたしと…。
宇宙の長い長い、広い広い、時間空間のスケールからすれば、
なんとちっぽけなこのわたし。
…でも。
ここに、この夜の草原に、変人のように一人寝転がっている、このわたし、という存在。
それは誰にも冒されない、わたし、である。
今、こうやって、認識しているわたしという人間。
その命がどんなに果敢なかろうと、わたしというものがかつてここにいた、ということ。
それは確かな事実なのだ……!



…それから約30分。寝転がって待ったけれど、流れ星はその後、
わたしを訪れてはくれなかった。
風が涼しく、草原はひんやりとして肌寒いほど。

今夜の流星との逢引はこれでおしまいにするとしよう……
敷き物をたたんで立ちあがった。




         『流星群の夜』

  今宵私は、流れ星に凌辱されました。

  今宵私は、流れ星に懐胎させられました…。










『あれから5カ月』

8月11日。
今日で、大震災から数えて5カ月です。
今夜も、葉っぱさん、れんげちゃん企画のキャンドルナイト。



心ひとつに キャンドルナイト
 


大地震、大津波の被災地の復旧は、少しは進んでいるのでしょうか。
例年よりも暑い夏。
冷房もなく、断熱効果の乏しい避難所や仮設住宅での暮らし。
それでなくとも苛酷な経験をなさった方々の、こころにも体にも
大きな負荷をかけているでしょう…

福島の人々の暮らしは、さらに宙に浮いたまま。
逃げることもならず、逃げても将来に確信は持てない。

いったい、汚染はどこまで広がっていくのか…
そうして、どれほど被曝してしまったのか…
それは将来にどのような影を落とすのか…。

何もかもがもわっとした黒い霧の中にいるよう…


それでも、希望を捨てるわけにはいきません。
しっかり、この国の行く末を見つめていかなければと思います。

二度とこのような悲しみを繰り返さないために。


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『廃園』好み

           広島の原爆記念日の日に。


               ***



『廃園』が好きである。

住む人もなく荒れ果てた庭。
あるいは、人が住んではいるのだが、その手が届かず、荒れるに任せた庭…。

昔はこうした庭が、結構あちこちにみられた気がする。
『昔』というのは、…そう、戦後40年くらいまで、1980年代後半くらいまでかな。
そう…いわゆる『バブルの時代』が始まる前のことである。

例えば…私が子供のころ。
貧富の差というものは激しく、我が家のような貧しい家族は、いわゆる長屋式に
庭などない、平屋建ての、小さな羽目板張りの建物が、いくつも軒を低く
並べている…そんな数多くある家の一つに住んでいた。
家と家の間には、どくだみの茂るような、じめじめして日当たりの悪い路地があり、
そこにとびとびにおいてある敷き石は、たいてい苔で緑色になっている…。
そこからはいつも、小便の匂いのような、風呂の排水のような、垢臭い生暖かい
匂いが立ち昇っている…

戦争に負けて、GHQによって、日本の大地主は農地改革で土地を奪われた。
三井、三菱、住友などの旧大財閥は解体を余儀なくされた。

しかし、それでも、それらをくぐりぬけたお金持ち、というものは、わたしが少女時代を
過ごした地方の街などにもまだ残っていたものである。

彼らの家の敷地はめっぽう広かった。
そうして、大抵は大谷石などで高い堅牢な塀が廻らしてあり、外からは中の様子を
窺うことさえできなかった。
そこの住人はいったいどういう人であったろう。
たとえば、何代も続く大きな造り酒屋であったり、また、何を研究しているかわからない
何とか研究所というものの会長さんであったり、噂は耳にするけれども、
その姿を目にすることは、近隣の住民にはまず機会がないのであった。
奥さまも子供たちも…その姿を近隣のおかみたちの好奇の目に曝すことはなかった。

しかしながら、戦前とでは、家の勢いというものが違ってしまっていた。
かつては華やかな社交の場であったかも知れないお屋敷の建物も、
今は訪れる人も少なくなり、たくさんいた園丁たちも一人解雇され、二人
辞めていきして、今は広大な庭の手入れをするものは誰もいない。

花壇は雑草に覆われ、木々には蔦やその他の蔓が幾重にも巻き付き、
それらは、高い塀を乗り越えて、次に巻き付くべき相手を隣家の長屋の
狭い庭先にまで伸ばして探している……。

門扉は時折、車体の大きな車の出入りで開かれることもなくはないけれど、
大抵は閉じられたまま。そこから覗いてみる庭は、荒れ果てて、夏草が
生い茂り、道もオヒシバなどの雑草に覆い尽くされ始めて狭くなっている…

奥にあるはずの立派な母屋の建物も、何年も放り置かれて剪定のされない木々や
思うさまに伸びきった薔薇の大きな茂みや、丈高い夏草に埋もれて、
僅かに遠く、その2階の窓の一部が見えるだけであったりする…。

わたしが4歳から小学校2年生の途中までを過ごした地方都市の温泉街にも、
そのような家はあった。
どんな人が住んでいたのか知らない。
ただそこには、私と同い年くらいの幼い少年がいて、彼は性病弱で
背中が曲がり、学校へも来られないでその家でひっそり暮らしているのだ、という
噂があった。
噂が本当であったかどうかは誰も知らない。


バブルで日本中が土地ブームに湧きかえったとき、街中にあったそうした
ひっそりとした広大な御屋敷の多くが細分化されて売りに出されたのではあるまいか。
最近では、我が家の周辺には、もうそうした家は探しても見つからない。
ただ、都心に行くと、まだ立派な御屋敷街の中に、ほんのときたま
そういう家がなくはないかもしれないが。
ただ、都心の有名な御屋敷街の邸宅の持ち主は、言わば戦後の新興勢力の
人々が多いのではなかろうか。
彼らはまだ、暮らしに勢いがあり、庭は整然と管理されている。
しかしながら、戦前などの財閥の豪壮な屋敷に比べ、土地は細分されてしまった。
以前取り上げた本田靖春氏。彼の著作の一つに、戦後、焼跡の東京に咲いた徒花、
花形敬というヤクザのことを書いた『疵』という本があるが、
戦後の闇の世界でも、そのずば抜けた喧嘩の強さで名を売り、あっという間に
人生を駆け抜けた花形敬というヤクザの生家は、東京世田谷区の一角にあって、
敷地を一周するのに半時間かかったという。花形の祖父のつれあいは、
生家から現在の京王線下高井戸駅まで、直線にして約1.5キロの間、
他人の土地を踏まずに行けた、という。

わたしが住む辺りには、『これぞ廃園』というような庭はどこを探してもない。
それでも、バブルの前の頃までは、旧国鉄宿舎の一角などがあり、
そうした財閥の御屋敷の廃園とは規模がまるで違えども、住む人がいなくなって、
草花だけが夏の日差しの中で、旺盛に繁茂している、風情ある一角などがあったものだ。

人が住む小さな平屋の板葺の家々には、思い思いの夏の花々が乱れ咲き…
丈の高い向日葵、ダリア、カンナ、グラジオラス、クレオメ、…
丈の低いものは、百日草、千日紅、鳳仙花、一重咲きの松葉牡丹、…
蔭を僅かに作っているのは、百日紅、夾竹桃、石榴などの夏の花を咲かせる木々。
そうそう、白粉花も大きな株になっている。
朝顔、胡瓜、かぼちゃ、茄子、豌豆などの畑の一角もあったりして…

廃園というのではないけれど、そう呼ぶにはあまりにもささやかであったけれど、
なぜかいじらしい人のこころがあふれ出ている、庶民の庭…

でも、最近はここらではそういうものさえ、あまり見かけられなくなってしまったなあ…。
みな。豊かになって、それなりの敷地にそれぞれに手をかけて庭木や草花を配している。
でも、なにかきちんとまとまって、わたしの好きな荒れた風情などどこにもなく…
件の趣きある国鉄宿舎の一角も、とうの昔に取り壊され、今は普通の民家や
工場、事務所などになってしまって、もとあったその一角を探し出すのさえ叶わない。

そうそう。そう近くはないが、自転車で少し足を延ばした先に、
一軒だけ、荒れた庭がある。
敷地は、まあ…広い。
さまざまな種類の樹木が庭を縁取り、中を見えづらくしている。
おそらく当時としてはさきがけ的であったのではないかと思われる
キーウィの大きな棚があったり、わたしの名も知らない木々や植物が
とにかく鬱蒼と家を取り巻いている。
石塀は崩れ落ち、住む人がいるのか、いないのか…

建物にカメラは向けられないので、崩れた塀際の草花の写真をそっと撮らせて
貰っていると、向かいの家の老婦人が出てこられた。
悪いことをしているのを見つかった子供のように、どぎまぎしてしまう。

空家ではないそうだ。
植物の好きな奥さんがいて、いろいろ楽しんで植えていたけれど、唯今は
体があまり動けなくなって、庭の手入れも出来ないでおいでなのだとか。
悪いことをした…
『風情のあるいいお庭で、思わずカメラを向けてしまいました。
よろしくお伝えください。』と伝言して老婦人に別れを告げる。
半年後くらいに次にそこを通ったら、またその老婦人に偶然お会いして、
わたしの顔を覚えていてくださって、冬の庭木の話など30分ほど立ち話(笑)。
件の荒れ庭の主婦にも、わたしの言葉を伝えてくれ、喜んでいられた、と
教えてくれた。「また、お立ち寄りください]と優しいことば。

これがその時、おずおずカメラを向けて撮った植物の写真。

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これはなんだろう。塔のように伸びた植物に、緋色の小さな花を咲かす丸葉縷紅草(るこうそう)が
巻きついている。その隣には水引草。
写真には写っていないけれど、ここには黄色い金水引の花もあったし、ホトトギスも
群れを作って咲いていた。庭の草木の合間にあちこち咲いた、白い百合の花。
なんという種類だろう。小ぶりで地味な白い百合。

この家の主婦は、どんな老女であるだろうか…。

この庭はさほど大きくはないけれど、わたしが子供のころに見た大きな荒れ果てた御屋敷。
その中にひっそりと住んでいるのいふさわしいような老夫人を、
ちょうどその日の帰りに駅前で見た。

無論知らぬひとである。年の頃は、もう70代後半くらいか…
このお歳の方にしては、珍しいほどの長身である。背筋もピンと伸びて。
しかも、この鮮やかな、きれいな青のドレス!!!
そうしてつばの広い夏の帽子。
……ここらで見るには不似合いなほど、なにか昔の奥さま然とした後姿である。

人というものは、残念だけれど、その生い立ちや現在の暮らしの良し悪しは
一目見て出てしまうものである。
ときたま、本当にときたまだけれど、
「ああ、このひとは、一代や二代でできた顔ではないな!」というような
顔立ち、姿の佇まいの人を街やテレビなどで見かけることがある…

どんな顔?
そうですねえ……。今の女優さんにはなかなかいないな…
ああ、そうそう。鈴木京香などの顔立ちは、わたしがそう思う顔かな。

この老夫人の、この時代に合わないファッション!このお年にしてこの鮮やかさ!
この鍔広の帽子!しかも、恐れることなく堂々と着ている!

この感覚は、海外、それも昔の欧州で得られたものではあるまいか。
この女性は、海外暮らしが長かったのではあるまいか…。
決して、水商売の派手さとは違う。なにか女王然としたプライドに満ちた後姿である。

お顔が見てみたくなった。
自転車のスピードを少し上げて、少し離れた距離から追い越した。
じろじろと見る勇気はなく、通りすがりにちらりとその横顔を見ただけ…

……驚くほど厳しいお顔をしていらした。
おみ足が悪いようで、杖を使っている。
歩くたびに痛むのか、それとも、思うままにならぬわが身の不甲斐なさと、
人々から浴びる好奇の視線を、嘲笑と受け取っての怒りの顔か…

そう…あの、白洲正子さんがもっともっと険悪な鋭い顔つきをなさったような、
厳しい厳しい顔であった・・・。


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ああ!胸に沁み込む人生の悲哀!

わたしの理想とするような、荒れ果てて住む人もない廃園を見た時のような、
こころに思ってみた時のような、
何とも言えない惻隠の情と、ある種の懐かしさの感情……

人の運命の。生々流転の哀れさ不思議さ、慕わしさ…。
それは、自分の人生も振り返って考えてのことであるが…。



福島第一原発事故…
放射性物質に汚染されてしまって、住人が全員たちのかざるを得なくなった町。
それらの町の家々の庭にも、夏の太陽はぎらぎらと照りつけているだろう。
夏の激しい雨も降り注いでいるだろう。
蝉は朝から鳴きたてていることであろう。

人っ子ひとりいなくなった町…
草木だけが旺盛に茂り、わがもの顔に伸びていっていることだろう。
ハルジオン、ブタクサ、タケ二グサ、クズ、ヒルガオ…
そんな繁殖力の強い植物たちが、かつては人の手によって整えられていた庭にも
侵入しているだろう。
イシミカワや、へクソカズラ、サルトリイバラ、蔦のような、蔓性の植物は、
地震と津波でできた家々の隙間から、恥知らずにも、
家の中にまで侵入しようとしているかもしれない…。
ささやかな庶民の幸せが詰まっていた庭。
そこは今、旺盛な夏の植物たちが、したい限りのことをして支配しているのであろう!


『秘密の花園』は、わたしの大好きな児童文学の一つだった。
誰からも訪れられることもなく荒れ果てた庭。
(『秘密の花園』では実はちゃんと庭番のベン爺さんがいるのですが)

だが、ああ!
原発事故なんかで、見捨てざるを得なくなった庭などは見たくない!
おそらく、…それらのうちのある部分は、二度と人の住めない家となってしまうことだろう。
建物も庭も、自然の滅びに任せていくしかないのか…
そこにもいつか、廃園の美は発見されるであろうか…。

栄枯盛衰は世の習いである。
ひとに落魄があり、家に没落のときが来る…それは仕方ない。
日本人はそうした、人の世の儚さに美を見いだしてきたと思う。

だが。原爆や、原発事故によって、人の暮らしが突然奪われる…
そこに美の入る余地などない!
アウシュビッツの広大な跡地にも、草木は生い茂る。
チェルノブイリ事故の周辺、人の立ち入れない区域にも。

そんなものが繰り返されるのは、私は見たくない…。
それを滅びの美などとはわたしは呼ばない。

胸に湧き起こる、無常の想いと、そして理不尽への新たな怒り……









『福島みずほ×宮台真司対談』

前の記事の、『みんなのエネルギー・環境会議』。

たくさんのゲストの中で、印象的だったのが、社会学者宮台真司氏の話。
宮台氏の話をもっと聞きたいと思ったが、そんな映像があるのでご紹介。
社民党党首、福島みずほ氏との対談。テーマは『原発社会からの離脱を図る』。

宮台節がさく裂!
非常に面白い。
日本人の戦中戦後のそれに繋がる、日本人の精神構造の弱点を厳しく語っている。
キーワードは『誰かに依存するのはやめ、自分の頭で考えろ』ということ。

わたしは常々、『空気を読む』、という言葉がどうも嫌いである。
嫌いながら、やはり『仕方なく』、ここはこれを言ってはいけないかなあと
ことばを飲んでしまうこともある自分もいやである。

『今は我慢しよう。被災地の人々のことを思えば、今は言いたいことは抑えよう』
『本当の状況を話すと、東京あたりの住人にまでパニックが起きて大変なことになるかも』

3.11のあと、どれほど日本をこの空気が支配していたことだろう。
おそらくは、政府の中枢にいる人々も、
マスコミに働く人々も、
こう思って、本当は何よりも批判されるべき東電、経産省への追及の
矛を一時収めていたのではなかろうか。
…そうしている間に、汚染はどんどん広がっていってしまった…!!!


深い悲しみをこめてこの動画を見た。
悲しみつつも、あまりの痛快さに笑いも湧く。
歯に衣着せぬ宮台節が、こころに痛い。
福島みずほ氏の素顔を見るのも面白い。

ニコニコ生放送は、右側に一般視聴者の呟きがリアルタイムで読めるのがまた
面白い。
この無責任な呟き。中にはお馬鹿な、と思える呟きもある。しかしそれを誰かが
すかさず正す。ここで呟く人々のバランス感覚が絶妙なのに、ある意味感動する。
対談が終わった後の拍手…いつまでも8888888が続く。
(パチパチパチと拍手しているんですね。前の『みんなのエネルギー~』の動画で、
意外と菅さんが去るときにもこの888888が多かったことに驚く)

番組が終わっても、なお去りがたいように呟く人々…。
こういうものを見ると、こういう対談がなぜ、地上波で、
さらに一般の多くの人々に見てもらえるように出来ないかなあ、
地上波テレビが人々の心から離れていってしまい、ネットに情報を求める人が多くなっているのも
これを見るとよくわかる。

ただ、これは、地上波テレビや新聞を唯一の情報源とする、老人世帯などさらに多くの、
それらこそ世論を形成する多くの人々には届かない。
民放などでは原発の、いや大地震そのものへの報道も極端に減って、
あの大災害などなかったように、3.11以前のお馬鹿番組を
垂れ流し続けている…



7月25日の配信。
ご覧になった方もおいでかと思うが、まだの方はぜひご覧ください。


http://live.nicovideo.jp/watch/lv57490831




『みんなのエネルギー・環境会議』

7月31日。
長野県茅野市で『みんなのエネルギー・環境会議』が開かれた。

日本のエネルギーの今後について、さまざまな立場や考え方の人々が
オープンに語り、議論し、対話する場をつくることをめざす。

発起人:飯田哲也、枝廣淳子、岡田武史、橘川武郎
小林武史、澤昭裕、澤田哲生、吉岡達也、吉岡斉(50音順、敬称略)

なんと午前11時から午後7時まで、
第一部【原子力】
第二部【再生可能エネルギー】
第三部【体制・政策決定】
第四部【ライフスタイル】
総括と今後へ向けて

延々8時間に及ぶ討論会。
出席者も、上記の発起人の他に、宮台真司さんや今井一さん、金子勝さん、保坂展人さんなど
多士済々。13人のパネリストがずらりと壇上に並び、
原発のこと、自然エネルルギーシフトのこと、政治のこと、
わたしたちの暮らし方、意識の変革、などについて語り合った。
会場に訪れた一般の人も、休憩時間に、となりの人などと
語りあい、その結果を紙に書いて提出。
その意見も反映されるという、参加型のパネルディスカッション。

第二部では、東京から、菅総理、田坂参与、福山副官房長官も参加。
菅総理は、生き生き楽しそうに、自然エネルギーについて語っていた。

…この人を、皆して引きずり下ろすかなあ…
他に誰がいるというのだろう。

第一回会議の今日は、結論を出す、というのではなく、多くのパネリストの
意見をとりあえず持ち寄る、という感じ。
それでも、後半部、日本という国の問題点や、原発を止めるための市民運動のあり方など
興味深いトークも多く、長丁場、最後の一時間ほどを除いて、ずうっと
見てしまった。

何しろ8時間の討論。一度には見れないと思いますが、
大変面白いので、よろしければご覧ください。

こういう番組を、地上波のテレビがやってくれたら、地デジにした意味も
あるというものだが。
お笑い番組などを垂れ流し、真実に迫る報道をしようとしない
普通のテレビ局というものの醜悪さが、くっきり見えてくるような気が
ますます強まった。

宮台真司さん、いい。

原発がコスト的、リスク的、環境的その他で非合理的だとわかっていても
やめることのできない日本の精神的構造を厳しく指摘する。
日本に民主主義は根付いていない、と。
民主主義の基本は『引き受けて、考える』ことである。
しかし日本国民は政治に『お任せ』をする。そうしてうまくいかないとただ文句を言う。
任される政治の側は、近代的な『知識を参照する、あるいは知識を尊重する』コミュニケーション
ではなく、『空気に支配されるコミュニケーション』を取ろうとする。
これは日米戦争の開戦の状況も同じで似ている、と。

アメリカの圧倒的な戦力を分析し、戦争をしても敵わない、と冷静に分析する者も
いなくはなかった。しかし軍部は、もう開戦の動きは止められない、と言って
戦争に踏み切る。そうして敗戦後、『今更やめられないと思った』
『当時の空気に抗えなかった』と言う。…

本当に。原発推進をめぐる日本の精神構造は、本当に、太平洋戦争の時の
日本の精神構造に似ている。
宮台さんが言い続けていること。

太平洋戦争の反省もしないまま、しっかりと自分たちのしてきたことを
見据えることをしないままの日本。
『お任せ』と『思考停止』と言う日本の考えかたのありようを
根本的に変えなければならない、と。


http://www.ustream.tv/recorded/16344224

USTREAM出だしのところの映像と音声が乱れていますが、あとで落ち着くようです。


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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
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