『U先生のこと』①

たまには原発以外のことも書きましょう。
本来、私のブログはこういうブログだったのです……



   『U先生のこと』


私が数年前まで塾の教師をしていたということは何回か書いたことがある。
私なりにその時その時は、生徒の一人一人を大事に思っていたけれど、
いつも書くように、私はデラシネ的気質がとても強い。
つまり、故郷喪失者で、根無し草なのである。一匹狼とも自分で名乗る(笑)。
人とのつながりを最初からあきらめているようなところがある。

その時その時は、決して人懐っこくないわけではないけれど、ある終焉点を
迎えたと思ったら、自分から何かを追いかけることはほとんどしない。
だから、20年任されていた塾をやめたいと思った時、生徒とも、かつての同僚とも
言わば、そこで縁を切った。
縁を切った、という強い言い方は正確でないかな。敢えて縁をつなごうとしない、といった方がいい。
今もおつきあいが続いている先生は一人だけである。
辛抱強く向こうから声をかけて心配してくださる優しいかただ。
生徒から年賀状がくるが(ありがとう)こちらから連絡はしない。すると、数年もすると年賀状は来なくなる。
寂しい生き方だと言われればそうかもしれないが、…もう慣れてしまった。

そんな中で、まだ連絡を取り合っている子が一人いる。
R子と言って、私が教えた中で、一番出来る子であった。
成績はオール5に一つだけ足りないというだけ。
とにかく一を聞いて二十くらい知る、という感じで、めちゃくちゃ頭がよかった。
それほどがむしゃらに勉強しなくても、まあ~~!!!とにかく優秀なのである。
ところがそのR子。事情があって高校中退し、家を飛び出てしまった。
中学で卒業したあとは塾にも当然連絡なし。
しかし、数年後、ふと私の家に連絡があり、これから大学検定受けて、大学に行きたいという。
そして、難なく検定をとり、そしてある大学の通信教育を受けることになった。

今は地方都市に住むその彼女が、時々私にメールしてくる。
英語の課題で、彼女の聡さをもってしてもわからないところを訊ねてくるのである。
通信教育と言えど、大学の英語の課題である。これが難しいのだ…!
…文法的な構造がわからないわけではない。内容が難しいのである。
精神医学のテーマとか、歴史上の人物のエピソードとか、知識がないと理解できないような
文ばかり。毎回、質問がくるたびに、辞書とWikiのお世話になって、必死で
私なりの解釈をして、彼女にまたメールを送り返す。
時には丸一晩かかることもあって、もともとたいして英語力のない私は、
とても疲れるけれど、実は大変楽しい!^^

…前置きが長くなった。
その彼女とのやり取りの中で、ふっと或る先生のことを思い出したのである。
彼女がスクーリングの時に会った先生が、全身から漂わせている気配が
よかった、というようなことを書いてきたとき…。
ふっと、何十年も昔の、ある先生のことを。

それは、U先生と言って、私の大学の時の先生である。
と言っても、私の行っていた女子大の専任ではなく、東大の英文科の先生でいらした。
非常勤の講師として、私の大学にお手伝いで来ていらしたのではあるまいか。
私は、彼の英米文学講義?の講座をとっていた。

ところが、今、『?』と書いたことが示すように、彼の授業に出た記憶が
ほとんどないのである。或る一回の内容しか覚えていない。
それは、こんな内容だった。

小説や詩などを読む。その小説などを解釈する時に、いくつか方法がある。
一つは、その作家について知ることである。その文を書いた人がどういう時代に生まれて
どういう生い立ちをして、どういう生き方をしたか…
それを知った上で、作品の解釈を深めていくやり方。
もう一つは、作品自体を純粋に味わうというやり方。作品は一度作家の手を
離れてしまえば、独立した者として、それはそこにある。
作者が不幸な生い立ちをしたとか、女にだらしなかったとか、そんなことは関係ない。
純粋にテキストとして読みこんでいく方法。

…その頃、大学4年。24歳であった私は、なあるほどなあ!といたく感心した。
自分自身は作家の生い立ちなどを知って、それに入れこんでしまう方であった。
そうでない、まったく作品を作家や時代から切り離して、作品自体として
鑑賞する、という方法があり、それが、私が先生の授業に参加していたその頃の
その時代における主流である、なんてこと、知りも考えもしなかった!!

そのとき何をテキストに使っていたか、題名などは思い出せない。
なんでも、『静かな池の面に石を投げる。すると波紋が広がっていく…』
…そんなふうな内容を含む短い一文だったように思う。
先生はそのテキストを使って、今言ったような、作品を独立した作品自体として
鑑賞する眼、というものを、鮮やかに分析しながら講義していった……

私が覚えているU先生の講義はこれ一回きりである!
だがその鮮やかな分析ぶりは非常に強い印象を私に残し、私は、『ああ!学問の世界というものは
こういうものか!』と深く深く感じ入ったのである。

しかし、私が感動したのは、その講義の内容だけでは実はなかった。
U先生が、また素晴らしくすてきな先生だったのである。
中肉中背(だったかな?)。年の頃は当時、40代前半かそのくらいだっただろうか。
(今あらためて調べ直してみたら、1971年のその時、42歳でいらしたようだ)

『白皙』ということばがあるが、こういう人のことを言うのだろうなあ、という感じの
風貌をしていらした。
色白の、大理石を思わせる肌。そして豊かな黒髪をほんのほんの少し長めに伸ばしていらしたが、
その黒い前髪が講義中、うつむくと、その肌理の細かい広い白い額にはらりとかかり…。
整った気品のある顔立ち。豊かな深い声。板書などする動作も優雅でいらした。
なにか全身から、学問の香り、というものを漂わせていらした。

…人は恐ろしいものである。
その優れたひととなり、というものは、黙ってそこに立っていても、どことはなく
洩れ伝わってくるものである。
例えば、作家の大江健三郎さん。
私はおそばに行ったことはないのだけれど、一度講演会に行ったことがある。
その時、広い講演会場に、舞台の袖からではなく、観客席の非常口のあたりから
大江さんが出ていらして、拍手に迎えられながら演壇へ一段一段上がっていかれた。
…その時の、大江さんの全身から発する、含羞と悲しみの気配というものを
私は今でも忘れることが出来ないでいる。

U先生からは、若き気鋭の英文学者としての、学問の香りというものが、
まるで、そこはかとなく漂う深い花の香りのように、教室の後ろの方にまで
伝わってくるかのようだった。

そう。その頃も今も私はなにも知らなくて、U先生がどんな経歴のひとなのか
知らないでいたが、実は彼は、
『仏蘭西文学の渋澤龍彦、独逸文学の種村季弘、英文学のU』と、当時
並び称されるような、少壮気鋭の英文学者でいらしたのである。
…ここまでお読みになった方の中には、ああ!あのひとか!とおわかりになった
かたもおいでかもしれない。

ところが私は、当時そんなことを知らなかった。それでも、この先生はただ者では
いらっしゃらないな、と言うことは直感で感じとっていた。

…しかし、そんな先生の授業を受ける機会があったにもかかわらず、
そうして、一度受けたその水の波紋がどうやらこうやら、という授業が、
感動的に素晴らしく思えたのにもかかわらず、先生の授業の記憶が、それっきりしかないのである。
たぶん、その頃既に私は、女子大というものに嫌気がさしていた。
私は高校を出てから、働いていたので、2年遅れで大学に入った。
同級生たちは2歳年下。そして先生たちは、付属の高校からまっすぐに来たという人も
多く、女の先生ばかりで、なにか、お嬢さん大学という感じで、生ぬるかったのである。
しかも私はすでに学生結婚したので、授業が終わるとまっすぐ家に帰って
主婦としての仕事をする…。
…その私生活と学校生活とのギャップが、私を苦しめ、私は大学3年の後半くらいから
英文科の授業をつまらなく感じ始めていた。
関係ない心理学とか、教育心理とか、宗教学とか、史学とか、そんな授業に出てばかりいた。
英文科の授業は出席のうるさそうなものだけ仕方なく顔を出しているという、ふまじめ学生だった。
だから、U先生の授業を、私は最初から、これもあまりつまらないのだろうと決めつけて、
ろくに出ずにいてしまっていたのではなかったろうか。
一回受けてあれほどの感銘を受けたものを、3回4回受けて覚えていないはずがないからである。
それとも、先生の側に事情があって、あまりうちの大学にお見えにならなかったか…。

とにかく、私のU先生の記憶は、したがって、その一回きりの授業から、
いきなり、大学4年の学年末試験に飛ぶ。
先生はおそらく、出席をうるさく取る方ではなかった。そして試験の内容も、
その年にした授業についての筆記試験などではなく、レポートを出すだけでよかった。
レポートのテーマは、


「倉橋由美子の『夢の浮橋』におけるセルフ・アイデンテティについて述べよ」

というものだった。




この記事②に続く


  

  
スポンサーサイト

『署名集めを終えて』

『原発の是非を問う都民投票』の署名集め。
3月24日土曜日午後6時。無事終了しました。


署名集めの最終日


1月23日から2カ月。
署名集めはある市民グループのそれに加わわらせていただきました。
毎日署名集めをやるわけではなく、原則、土日と、あとウィークデイにも、出来るときはやる
という緩やかさで、私は都合、15回くらい出ました。


1月2月…。
署名用紙を束ねたカルトンを持つ手がかじかみ、寒さに鼻水や涙が自然に出てきます。
背中と腰に、貼るタイプのカイロをしのばせて寒さ対策。

駅頭で。昼下がりのスーパーマーケットの前で。…道行く人々に声をかけます。
…こういう行為を恥ずかしい!と思うかたもいらっしゃるようですが、
私は、割合気にならない方です。
どんどん、道行くひとの前に歩み寄って声をかけていきます。
顔を白く固くして無言で通り過ぎていくひとのなんと多かったことでしょう!
ちょっとくらい眼をこちらに向けてくれるくらいしたっていいのになあ、と思うことしばしば。
手を振って拒否するひとは、やさしいほうです。
汚いもの、悪いものでも見たように、はっと顔を固くこわばらせて、自分の顔が
見えないよう、手で顔を隠しながら、足を速めるひとが、たくさんたくさんいました…!
そ~んなに忌み嫌わなくてもなあ!と、逆に可笑しくなるほどで、なんだか自分が
バイ菌か疫病にでもなったかのよう。
少し前に私は、『第五の敗北』という記事のシリーズを途中まで書いて
まだちゃんと最後まで考えを述べていませんが、そこで書こうと思っていたことを、
署名集めのこうした反応を見ながら、ずっとまた考えていました。
この、わけもない『激しい拒否』と、こうした運動をするものへの厭悪の気持ち…
それは、歴史をずうっと遡って、共産主義者に対するレッドパージや、
70年代の学生運動の傷ましい終焉と幕引き、ソ連邦の崩壊、北朝鮮による拉致事件などと
根底のところで繋がっていると思います。
この署名集めをしているグループは、そうした政治団体と関係なく、いろんなひとが
集まってやっているのですが、それでも、それを見る人々の視線には、
上に挙げたような歴史上の記憶への嫌悪感情があるのではないか、と。

…この問題は、『第五の敗北』というものの続きとして、いつかしっかり調べて
書いてみたいと思います。

そんな視線を感じても、全然恥ずかしくはありませんでした。
しかし。…ただ…寂しさはある…。
道の傍に立って、いろいろいろいろ考えました……。
実にいろいろ考えました!
多くの人々が通り過ぎていきました……。

まず感じたことの一つめ。
これは私だけの感覚かな、と最初は半信半疑だったけれど、やはり、相対的に
若いひとの関心は薄かった気がどうしてもします。
とりわけ驚いたのは、若いお母さんたちの無関心ぶりでした…。
偏見は持つまい、と思って観察していたけれど、最後までその印象は変えられなかった。

無論、深刻な関心を持って、真剣に勉強会など開いている若いお母さんたちも一方では
大勢いらっしゃると聞いています。そういうグループがたくさんできている。
…しかし、街頭では、そういう若いお母さんにはあまり会えなかった…
若いお父さんにも、です。
…いまだにこのことは理解できないでいます。


次に感じたことは、背広姿のサラリーマンはまず、署名してくれない、ということです。
おそらく、休日、私服の時ならしてくれるひとも、企業という衣服を身につけて
いるときには、公人の顔になっていて、脱原発、などとは決して言わない…
あれだけひどい原発事故が起きてもなお、『経済のためには原発はいる』と考える
ひとが、政治や経済界や学界やマスコミや、…この国の言わば中枢にいる人々に
多くいます。その現実を、『背広』というものを着た働き盛りの男達の姿に
生々しく見る気がいたしました。
それを責めているのではないのです。彼らはそれで私たち妻子を養っているのです!
どうして、彼らの一見無関心を責めることが出来るでしょうか!
現実に企業というもののなかで日々仕事をしているから、エネルギー問題
に関して理想論は言っていられない、というのもわかる気はします。
…しかし。そうした企業内論理が、故なき原発安全神話を生みだしてきたことも
考えれば、せわしなげに道行く背広姿の群れを見て、複雑な想いになる私でした。
福島で、今…。
子の安全のために避難したいという妻を、仕事があるからそんなこと出来っこないと
責める夫…。あるいは妻子だけ避難させ、自分は残って二重生活に耐える男たち…

60代70代の紳士たち。つまり、おそらく昔学生運動なさった世代の男の方は、
概して関心が高く、[あんなものあっちゃいけないだろ~」などと言いながら
署名してくれるひとが多かった。なにかと語りたい人々のようです。
また逆に、「俺は原発賛成だ!」と言って、議論や文句を吹っ掛けてくる人も、
なぜか決まって、この世代の人でした(笑)。

さて。一番署名をしてくれた人々というと……
私が集めたところから感じた限りでは、初老の、いや、もっと上だな、70過ぎの
おばあさんたちでした!おじいさんもしてくれたけれど、圧倒的におばあさんが多かった。
60半ばの私が、おばあさん、おじいさん、という言葉を使うのは失礼だけれど。

彼女たちは非常に意志がはっきりしていました。
「原発はいやだね、原発なんかいらないよ!」と言って…
なぜこの世代の女の人たちは、厭原発の意識が強いのでしょう…

はっきりした理由はわかりません。
でも一つ。今は年をとって、足が不自由になったりしているけれど、実はこの世代の
女性たちは、戦争の悲惨を子供のころに経験し、そして戦後、『働く女性』の
象徴のような、そしてまた、ダンスホールに行ったり、ビールを飲んだり、
お洒落をしたり…女性が社会に出て、自分たちを解きはなった第1期生のような
人々だったのではないか、…ということに思い至りました。
幼い目にとってではあっても、戦争と戦争直後を実体験していること…
これは大きい気がします。
『国家』というものが、ときにどういうことを為すか、ということを経験として知っている!
彼女たちは概してよく原発のことも知っていました。
テレビで見る範疇に収まっているかもしれないけれど、よく情報を知っているようでした。

そして…そして。
わけもなにも訊かずに、ただ向こうから近づいてきて、もくもくと署名しようとする
75過ぎかなと思うような老女たちがいました。
彼女等は、「この署名なに?」などとも訊かない。もう最初から書く気で近づいてきます。

…彼女等は寂しいのです…。
ひとがいれば、吸い寄せられるように、ひとの温もりを求めて近づいてくる!
すぐペンを執ろうとするので、いったん押しとどめて説明しなければなりません。
これはこういう署名ですよ、ということを。



…実に多くのひとが私の前を通り過ぎていきました…
私は、この、署名集めをしていた間、なぜか自分の感情や、肉体性は消して
街頭に立っていた気がします。
ただ『眼』だけの観察者になって、ただ『声と手』だけの署名集めの受任者になって、
行き交う人々を観ていた気がします。

『日本はまだまだ豊かなんだなあ…』
駅頭で署名集めしている時、『眼』だけになった私の、それが正直な実感でした。
『日本は』というよりは、『東京は』と言った方がいいでしょうか。
人々はダウンパーカーなどの温かそうな格好をしていました。
そしてアパレルメーカーや家電店などで買い物をした大きな袋などを手に手に持っています。
そしてなぜか知らないけれど、皆せわしげでした。
ゆっくり歩いているひとが少ない。みなどこからか足早にやってきて、
足早に流れていきます…
請願に必要な数は有権者の2%…実際の感覚でも、そうやって忙しげに流れて
行く人々の中で、立ち止まって署名してくれるのは、50人に1人、と
いうことを痛感しました。いや、駅前では60人に一人かな。

これだけの豊かな格好、これだけの買い物の量!!!
これから皆で会食!などというふうに見える楽しげな若者たちのグループ!!!

この豊かさの中では、そりゃ原発などどうでもいいだろう・・・
そう思ってしまいました。
この懐の温かさ、この充足の中では、被災地のひとのことはあまり頭に浮かぶまい…
そう思ってしまいました。
彼らは、いや、その中には私自身も含まれるのですが、この現代の豊かさ便利さを
享受している人々です!この豊かで便利な生活を失いたくはないだろう…

綺麗でお洒落な、一流のそれとすぐ分かる衣服を身にまとっている人ほど無関心でした。
髪のてっぺんから靴まで、なんとすてきな!と思うひとが、顔を固くして
通り過ぎて行きました。
東京は豊かさに慣れきっている…今更ながらそう思わされました。
そして、この豊かさを罪悪感なく味わい続けるために、想像力を封印しているのではないか、と。
この繁栄、この豊かさが、ずっと続くと思っているのだろうか。
この便利、この快適が、遠くの、今回被災した福島の人々の犠牲の上に立つものとは
思わないのだろうか、と。
今も、収束作業に従事している人々がいる、とは。

一方で、地元スーパーマーケットの前などで署名集めをしているときには、
もう少し、人とふれあった実感がありました。
さっきも言ったように、老婦人たちがやたらに多く、そして署名をしてくれます。
一人暮らし、というかたも結構います。なぜそんなことがわかるか、というと、
私のような署名集めの受任者になって、ご家族やご友人で署名してくださる方に
一人でも二人でも署名とっていただけないか、とお願いすると、
「あたし、一人暮らしだからね~。近所に親しいひともあまりいないし」
…そんなことをおっしゃるのでわかるのです。

ここでほんとに痛いほど実感したのは、ああ、日本は本当に老齢化社会になったんだなあ!
ということです。
昨年春の、あの忘れようとして忘れられない大地震と津波の日。
あの時、避難所に集まった人々の中に、なんと老齢の方が多かったことでしょう!
あの悲劇でその実際が明らかになる前に、日本の地方の町などでは
これだけ老齢化と過疎化が進行していたのだなあ…とショックでしたが、
署名集めしていても、それを街ゆく人の姿に思いました。
東京と言っても、私の住む街は、地方都市と実態に置いて変わりがありません。
老人人口の比率が急速に増し、シャッター商店街が増え。
地域のお祭りなどでも子供会の子供みこしなどがなりたたなくなるほど子供の数が減り、
一人暮らし、老人二人暮らしの世帯があたり前のようになっている。
そして、そうした老齢の人々は概して寂しい…だから署名活動にも寄ってきてくれるのです。

…このことは、あの、津波の時の避難所生活に、ご老人の姿が非常に
多く思えたのと相まって、この国の今、そして将来の姿に深く想いを致さずには
いられませんでした。
日本は老齢化しているのです。この日常の街の姿…
国や経済界は、原発事故後の今も、まだ『右肩上がり』の経済発展の
幻想を抱いて突き進もうとして出来ないでいるように思えます。
…もう、右肩上がりの、行け行けどんどんの国づくり、という幻想は捨てるべきなのでは
ないでしょうか。経済が発展すれば、自然と個人も幸せになる、という幻想を。
それよりも、人ひとりひとりを直接見据えた、静かで穏やかな国づくり、というものに
根本から発想を変えていかねばならないのでは。

このたくさんの老人を少なくなった若年人口で支えていかねばならない…
今までのように、原子力発電所も含め箱ものをジャンジャン作って、交付金をそこに
垂れ流し、…というやり方でいいわけがありません。
被災地の復興計画にしたって、あの避難所の、そしてこの私の住む街の、老人の多さを
直視すれば、そして、シャッター商店街の多さを直視すれば、
今までどおりに、中央政府から上意下達方式で交付金をばらまき、大きな箱モノを作り、
道路や新幹線を延ばし…といった土建国家体質で個々人が幸せになっていくとは考えられません。
あの避難所の、この私の町のご老人達が、再び雄々しく立ち上がって、
新しいものに取り組む元気があるとお考えですか?
東北大地震、福島第一原発事故が起きる前から、本当は日本の発展はある限界に
来ていたのではないでしょうか。

若い国と、成熟した国ではお金の使い方が違うだろうと思うのです。
お金の使い方をもっと考えて行かねばなりません。
…そう。日本は、成熟した豊かな国になる方法を考えていかねば。
荒々しい、建設!建設!の国家ではもう、ないのでは。

…またこのことについては、あらためて考えを述べてみたいと思います。
とりあえず、署名集めから感じた印象、を続けます。


それでは若者はどうなのか。
…残念ながら、立ち止まって話を聴いてくれる若者が極端に少なかったので、
彼らの今の想いはあまり知ることができませんでした。
或る意味、それが一番知りたかったのですが。

ただ、公平を期すると、署名集めに街頭に立っている者が、私のような初老の女
がほとんどだったということもあったのではないかと思います。
おそらく、渋谷、新宿などの街頭では、若者たちが署名集めに多く参加していて
くれたので、若いひとがたくさん署名してくれただろう…
…それが証拠に、署名期間が終わる2日前には、あの、山本太郎さんが
私の街に応援に駆けつけてくれました。駅前の交差点際の広場でマイクを
ずうっと握って、道行く人に原発のことをみんなで考えようと話しかけてくれた。
すると、いつも私たちだけなら、ほとんど立ち止まってくれない若いひとたちが
やはり物珍しさに立ち止まって人だかりができ、署名集めの応援部隊もたくさん来て
いつもの3倍の300筆以上があっという間に集まりました!

『若いひと』『団塊世代』…と、私などは、世代間の差を決めつけがちだけれど、
山本太郎さんも若いひとです。…そうして若い方がたくさん集まって署名してくれました。
このブログなどネットの世界では、積極的に発言なさる方がたくさんいらっしゃいます。
現実に、この都民投票を牽引しているのは、20代30代の若い方たちです。
…してみると、世代間の差、などという私の印象は一方的と言えるでしょう。
もっと若い方たちと署名を通じて話がしたかったなあ、とは思いますが。

私が、通り過ぎる若者たちを見て、期間中ずうっと感じていたのは、
ある種の『傷ましさ』でした。
彼らの若い体。それを、私たち先の世代の者の価値観によって穢してしまった!という
申しわけなさです。
原発事故の放射性物質は、彼らの若い体にも取り込まれているだろう…
それなのに、この若い彼らは、これから増え続けていく老人社会を少ない数で
支えていかねばならないのです!
彼らのうちのある部分の人が、原発事故などから目をそむけ、或る意味、
現実逃避しているように思えても、私などにはそれを非難する権利もないのだと、
思わないわけにいきませんでした。

一方では、熱心にこうした署名集めやデモ、そして被災地のボランティアに積極的に
携わり、なにかを変えて行こうとしてくれている若者もたくさんいます。
それが、大きな力になって、この国を動かして行けるといいなあ。

・・・運動のやり方が問題なのだろうと思います。
従来の署名活動やデモは、若い人々を呼び込む努力をしていなかったのではないかしら…。
そう思わざるを得ません。
無論、一匹狼を自負しながら、市民団体の方々とご一緒させていただいていた私、
えらそうなことは言えません。わずか2カ月間でなく、これを2年3年…10年20年
続けることがどれほど大変なことか!ずうっと筋を通して運動してきた方には
頭が下がる思いがします。

しかしながら、今のままでは脱原発運動にもいずれ限界がくる…
大きな戦略が必要な気がします。言葉は不適当ですが。
だって、前の記事の、あの環境省が朝日新聞に載せた瓦礫の全面広告、ご覧になったでしょう。
原発導入のそもそもの時期から、推進する者たちは、その豊富な資金と権力を背景に、
あのように大金を使って情報を駆使し、原発の安全クリーン、経済性を
国民にインプリントしてきたのです。
原発をやめさせるにも、それに負けないくらいの効果的な宣伝が必要でしょう。
無論そんな大金は使えない。でも、知恵を使えば。
原発止めたい、という人々の知恵とアイディアを結集すれば、もっともっと効果的な
運動盛り上げは可能なんじゃなかろうか。
知恵者はたくさんたくさんいるはずです。

…言うばかりで案を一つも出さないのでは無責任ですね。
一つこんなこと考えてみました。どなたかのコメントに一度書いたことがあります。

今年、また大きなデモを企画するとき。
今まで脱原発反原発の立場を明確にしてきた各界の有名人(言葉は嫌いですが)の人々に、
全員その日に集結するよう呼びかけるのです。
今までもいくつか大規模なデモがありましたが、大江健三郎さんなど
各回に集まってくれるのは、その都度せいぜい多くて10人くらいでしょう。
それを100人、200人、…1000人規模で集結してもらうのです。
愛川欽也さん、赤川二郎さん、赤瀬川源平さん、雨宮処凛さん、池澤夏樹さん、飯田哲也さん、
池内了さん、池田香代子さん、井出孫六さん、石川文洋さん、
石坂啓さん、石牟礼道子さん、今森光彦さん、上野千鶴子さん、…
大江健三郎さん、落合恵子さん、加藤登紀子さん、金子勝さん、鎌田實さん、
鎌仲ひとみさん、香山リカさん、柄谷 行人さん、姜 尚中さん、菅元首相、…
小出裕章さん、河野太郎さん、坂本龍一さん、佐高信さん、澤地久枝さん、
瀬戸内寂聴さん、孫正義さん、田中優さん、…中沢新一さん、広川隆一さん、
広瀬隆さん、宮台真司さん、、……
とても最後まで書ききれません。抜かしてしまった方、ごめんなさい。
とにかく原発止めたいという論客、文化人一斉に声かけするのです。
そのそれぞれがその集まりと脱原発反原発の想いについて一斉に国内外に
考えを発信、宣伝する。
ミュージシャンたちにも参加してもらって盛り上げる。
小泉元首相も小沢一郎氏も橋下徹氏も脱原発、って言ったな!是非参加してもらいましょう!
超党派の脱原発議員さんたちにも参加してもらいましょう。

そして、マスコミ各社すべてに宣言する。反原発本の宣伝する代わりに
協賛金出してもらう。ネット等を通じて世界にも発信する。
世界からも来てもらう。
今まで立場を明確にしていなかったけれど、こころの中では反原発、などという
潜在的共感者も掘り起こします。
無論、一般市民にも、ポスター、ネット、…あらゆる手段で呼びかけます。
福島の方々にも無論来ていただきます。

小さな集まりだとマスコミが扱わないで無視することが多い。
でも、これだけの人々が一堂に会し抗議の声を上げたら、世論も世界の注意も喚起できるでしょう。
政治家や、官僚、経済界のボスなどもさすがに青ざめるだろう…


…今は運動がばらばらです。
署名集めをして感じた大事なことが一つ。
それは、こうした運動で、小さな違いを気にするな、ということです。
今年はもうすぐ日本の全原発が停まる。
推進派は必死だと思います。あらゆる手を駆使して、再稼働に向けて画策するでしょう。
それは、…巨大な権力をまだ握っています。
その前で、脱原発、反原発、厭原発気分…そんな呼び名がなんだというのでしょう。
反原発の人(私はそうです)にとっては、段階的に原発を止めるという『脱原発』など、
原発維持派も同然だ!という批判をする。
その違いはとても大きいです。しかし、今年は内部分裂なんかしてちゃだめ!
今年は日本のエネルギーの将来を決定的に左右する大事な年です。
だから、今年だけは、運動は一つにならなければ!!!
『原発をこの国からなくしたい!』…その想いで一つにまとまらなければ!

…署名集めをしていて、奇妙に思ったこと。
私は、自分の住む市の受任者(主に市民運動のグループ)たちと集めていました。
一方、他の地域から手伝いに来てくれる人々がいました。その方たちは
この署名集めの中心グループで、市や区の違いを越えて署名を集められる。
この2者は、署名用紙も違うのです。
私は一匹狼なので、構わず、どちらにも参加していた。用紙の違いが何なの?と思った。
…ところが、2者の間には、微妙な遠慮があるのに気づきました。
まあ、はっきり言えないけれど、微妙な空気の差が。

同じ都民投票の署名集めでさえ、なにか感じるこの空気差。
まして、別の脱原発運動となると、またその差は大きいのでしょう。
例えば、ですが、私は途中から気づいて、都民投票の署名用紙と同時に、
大江健三郎さんなどの『さようなら原発1000万人署名』の方も
集め始めました。でもなんだか遠慮しながら。
だって今は、『都民投票』の旗頭のもとで署名運動しているのですから、
他の署名集めたりするのは趣旨に反するかなあ、と。
…でも、なんなの?
私の中では、原発止めたい、という想いはどちらも同じ。
だから、途中気がついてから、両方集めることにしました。
ただし、署名をしていただくかたには、趣旨の違いをちゃんと説明してからです。

この、分断は、実は私自身の中にもあります。
原発の是非を問う都民投票、国民投票が、憲法9条をとりわけ変えたい人々の
国民投票実施に悪用されるのではないか、…その懸念から生まれる迷い。

ネットなどで、各反原発、脱原発運動の人たちが、ごく一部かもしれないけれど
お互いの差を指摘しあって、批判しているのなどを時折見ると、
私は自分の中にある迷いも含め、悲しくなってしまいます。
垣根などあってはならない。今は大きく緩やかに、でもしっかりと
共に進まなけれなならないのになあ、と。
こういう運動に慣れている人々、手段を知っている人々に、えてしてこういう
小さな違いを気にするひとが多いのではないかしら。
私の危惧や遠慮もそうですが、それは実は明確な対立でさえない。
…何となく、の空気なのです。


ああ!
この、『何となく、の空気』!
それがどれほど、日本のあちこちで、日本人の心を縛っていることでしょう!!!


大きな問題の場合、非常時の場合には、空気を読んでいる暇などありません。
大きなところで緩やかに連帯すべきです。
軽やかに共闘すべきです。

…そういった意味で、俳優の山本太郎氏。
彼はどこのグループが主催する集まり、などということは気にせず、どこにでも
出向いているようです。軽やかに、明るく垣根を越えていく…
それは彼が、素人だからでしょう。
いい意味で、いわゆる既製の『運動』の『形』にとらわれていないからではないでしょうか。

これから原発廃止まで持って行くには、大きな大きな連帯が必要です。
(『連帯』とか『共闘』という言葉も、なかなか、そう言えば、古いなあ…)
小さな違いは気にしないでいかないと。
アマチュアと、方法論を知っている者が、いい意味でお互いの力を引き出し合わなければ。
例えば、折角勇気を振り絞って、署名集めに参加してみた若いお母さんがいたとします。
そこには、こうした運動に慣れていて、てきぱき声をかけたくさん署名を集めて、
新しく来た人を何となく『仕切る』、というか、何となくプレッシャーをかける人が
いるかもしれない。そうすると、その若いお母さんは、私、あんなふうには
上手に声かけられないわ、と思って二度と来なくなるかもしれない。
…そんな残念なことはありません。

厳しいことを言えば、こうした運動は、個々人が自立していなければ、
本当の力になりえない気がします。
自分で考え、自分の意志で、自分の頭で参加するということ。
そうして、こういう運動には、上も下もあってはならないと思います。
そうでないと、「あの人がいばっていろいろ指図するからいやだ」、とか、
そんな小さなことで分断していく…
みんながそれぞれの良さを発揮して、力を出し合って行けばいいのです。

そのことは、こうしたブログの世界にだってあり、
私がこうして反原発の記事を書くこと、デモに行ったり署名集めをしたり、
ということが、『原発いやだな』という想いはあっても、実際運動にまで
踏みきれないひとや、動きたくても動けないかたのプレッシャーになっているのではないか、と
私は常に案じています。
もしそんなかたがいらっしゃいましたら、それは私の本意ではありませんからね。
私が望んでいるのは、こういうふうに私は考えますがどうですか、という、
ひとりごとのようなものであって、それをたたき台にして、ここを読んでくださる方が
ご自分でいろいろ考えてくださるといいなあ、と思っているのみです。

奇しくも、今日の朝日新聞『論壇時評』に、『八百万の神』という私の文の中で、
前にも一度記事を使わせていただいたことのある高橋源一郎さんが、
『東北からの息吹 壊れた世界 自ら切りひらく』という文を載せておられ、
そこでこんなことを書いていらっしゃいました。

『エンパワーメントという耳慣れない言葉がある。それは、国や公の組織ではなく、
個人や、ある特定の目的のために自発的に生まれた集団が、公平で公正な世界を
実現させようとして、さまざまな力を発揮していくことだ。
もっと簡単にいうなら、「お上」に任せちゃいられない、自分たちの社会は
自分で作るさ、と言って、外へ飛び出してゆくことだ。
(中略)
原理に固執する社会運動の側からは、そもそも「お上」と共動すること自体が
妥協的だと批判されることも多かった湯浅(湯浅誠:エンパワーメントの典型、
反貧困運動に関わりながら、内閣府参与として菅内閣に参画)は、こう語っている。

---いま、信頼感と共感は社会化されず、不信感ばかりが急速に社会化されている。
そんな局面で、社会運動はどうすればいいのか。敵を探して叩くバッシング競争から
遠く離れ、許容量を広くとり理解と共感を広げ、相手に反応して自分を
変化させ続けていくしかない
。』
 

そう。
『原発』の一語を耳で捉えても、無表情に通り過ぎていく人々を見送りながら、
私はしみじみと思いました。         
原発を止めるよう、この日本を動かすには一筋縄ではいかない。
この、現状に満足し現状を変えたくないと思う人々を動かし変えていくには、
硬直した運動のあり方ではだめだ。
場合によっては、当の東電に勤める人々、デモを取り締まる警察官、
原発推進を強く言う人々…そこにまで深く踏み入って、本当にこの国の
エネルギーをどうしていくのか、懐の深い論議をじっくりしていかねばならないのだろうと。


          ・
          ・
          ・

まあ、そんなこんなのいろんなことを、街に立ちながら思っていたのでありました。
わたしにとっては、とてもいい経験になりました。
私が一緒に署名集めさせていただいた方がたは、皆さんとても優しかったです。
一匹狼、はぐれ犬のようにいきなりぽっと入っていった私を、『・・子さん』『・・子さん』
とすぐに下の名前で呼んでくれ、署名道具一式もすぐに貸してくださり、
いつも情報をわけてくださいました。
あらためてここで感謝いたします。















『3.11から』 ③ [瓦礫処理 其の二]

被災地以外の自治体による瓦礫の受け入れに反対する第二の理由。

それは、他地域の放射能汚染や住民の健康被害といった、起こりうるかもしれない重大な問題を
無視してまで、なぜ、国が瓦礫を他の県や市町村にまで急いでばらまこうとしているのか、
その理由が判然としない、
そこに何らかに利権なり、政治的思惑が隠れているのではないか、という匂いがするからです。

もう、新聞などでも報道されているかと思いますが、今回の大震災によって
出た瓦礫は、およそ2300万トンだそうです。阪神淡路大震災が2000万トンだったから、
それより少し多い量です。
今、盛んに瓦礫瓦礫と言って、日本の他の地の住民が岩手・宮城の瓦礫を
受け入れなければ、岩手や宮城は復興が進まない、という言い方がされているようです。
今、『いい方がされている』と書きましたが、いったい誰によって?
まずは政府。それからマスコミ、そして経済界?
なにか、被災地の瓦礫を受け入れたくないという他の地域の住人は、エゴの塊でもあるかのような
言い方が何となく、何となく、誰かによって広められています。

私は、まだ、原発の是非を問う都民投票のための署名集めに街頭に立っていますが、
一昨日のこと。一人の老婦人が、ペンを取って署名しようとしながら、
「これ、まさか、東京都の瓦礫受け入れに反対って言う署名集めじゃないですよね。
それだったら、あたし、書きませんから」と私に言いました。
私は一瞬、意味がわかりませんでしたが、「ああ、このご婦人は、被災地の瓦礫を
他県で受け入れることは、人道的な見地から当然のことと考え、
それで、もし
この署名が、瓦礫の受け入れ反対!という趣旨のものだったら、署名しません!」
とおっしゃってるのだな、とわかりました。
私は、瓦礫の受け入れに反対しています。ですが、その問題を、街頭でそのこころやさしき
ご婦人と議論しても仕方がないな、と思いました。都民投票の趣旨だけをお話して、
署名していただきました。
そして少し悲しくなりました。

彼女は善意の人です。人道的な見地から、瓦礫受け入れを拒む人々に怒りを
感じていらっしゃるようでした。
彼女は正しいのです。人道的立場からすればそうなのです。
しかし、放射性物質を含むかもしれない瓦礫を各自治体が受け入れて、そこで
子供たちの住む環境にも放射能汚染が広がるかもしれない、ということはどうなのでしょう。
あるいは、
「もう仕方がない。起きちゃったことだもの。国民みんなで低量被曝も引き受けましょう」
と、本当に優しいあきらめをしていらっしゃるかのでしょうか。
それが私には悲しかったのです。そして瓦礫を受け入れない立場を取る自分を恥じたのです…

しかしこれは、果たして賢明なのでしょうか?
もう少し実際的に考えてみる必要はないでしょうか?

聞けば、政府が被災地以外の各自治体に受け入れを希望している瓦礫は、
約400万トンだそうです。
400万トンと言うと、瓦礫総量のわずかに約20%です。
CS放送、朝日ニュースターの『月刊国際観察』という番組でフリージャーナリストの
上杉隆氏と岩上安身氏が怒っていましたが、
この比率を逆にして、80%を被災地以外で分け合おう。そうして放射性物質を
受け入れる覚悟の上で一気に瓦礫を片付けてしまおうというのならまだわかる。
しかし、現地には80%を残したまま、わずか20%のものをわざわざ、日本中に
ばらまいて、日本中をうすく放射能汚染させる必要がどこにあるんだ!というのです。

これは私も本当に不可解に思うことです。

今回の瓦礫を被災地から移送して処理する費用は岩手県のものは1トン当たり6万3千円、
宮城県のものは5万円だそうです。阪神淡路大震災の時の瓦礫の処理費用は2万2千円。
なんと阪神淡路の際の3倍近い費用を見積もっています。

↓元記事 武田邦彦公式サイト より
http://takedanet.com/2012/02/post_740a.html

そこに、巨大な利権がからんでいるのではないか、というのが上杉氏、岩上氏、
武田邦彦氏など、瓦礫受け入れに疑問を持つ人々の考えです。
私が見たその番組の文字おこしをしてくださってるブログがあったので、お借りしましょう。
トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/hananeko111/20120315/p1

(司会の葉千栄)真相を知りたい。一見、美しい話じゃないですか。

(岩上)実は、この広域処理というものを決めた過程、そしてどこでどんな人たちが責任をもって話し合って、この広域処理を決めたか、ぜんぜん開示されない。何度質問が出ても、絶対に言わないです。

(葉千栄)被災地域の皆さんは、政府がもし金をくれるなら、自分が処理してもいいんです。だけどあえてそのお金を全国各地方自治体に配って、遠いところへ運ぶ。これはなぜなんです。

(上杉隆)瓦礫処理と除染は単純に利権なんです。公共事業を含めて。要するに1箇所でやったら福島県しか儲からないじゃないですか。だから、ゼネコンを含めて儲けたいんです。

(岩上)1兆7千億円という馬鹿みたいな予算がついてるわけですよ。これが物凄く無駄遣いだというのは、自治体に払われる瓦礫の処理費用が阪神大震災の時の3倍以上です。これは被災地に落とすべき金なんですよ。被災地の復興のためにつぎ込み、そこでの雇用を発生させることが大事なのに、それが広域処理と言って他の自治体に持って行ってしまう。-------------------------------------------------------

(岩上)もうひとつ瓦礫についてわからないことは、瓦礫のうち、全国で処理するのはたった2割で、8割は地元で処理。象徴的に「分担しましたよ」程度なんです。8割を全国でというなら、スピーディに処理するということで意味があるでしょうけど。意味がわからない。何のためか。
 実は、これは、反発する人たちが出てくることまで計算済みだろうと思います。3.11以降脱原発の意見を持つようになった人はたくさんいるわけですが、脱原発派の人たちの中で、瓦礫については迷ってる人たちがすごく多い。瓦礫の受け入れに賛成、反対の人に分かれてしまっている。受け入れないと言う人はエゴイストだと責められているわけです。それによって脱原発運動というものが、非常に弱体化していってるんです。
 そういうことを見ると、実は、わずかな瓦礫の処理をめぐって、とても効果的に、脱原発運動を弱体化させていってるんじゃないか、という見方もあるわけです


この最後のアンダーラインのところ。
上に書いたように、署名集めで、瓦礫処理に関して同じ厭原発の人でも
いろいろな考えがあるのだということを、実際経験した私には、この個所が、妙に胸に響きます。

それでは実際、岩手、宮城などの現地の首長は、この問題をどう感じているのでしょうか。
これについても、その発言を纏めてくれているサイトを見つけました。
公平を期するため、瓦礫を他でも受け入れてほしい、自分たちでやれる、両方の発言を見てください。

http://togetter.com/li/269402

これらをおよそまとめれば、自分たちのところで処理するのは仕方ないと思っているが
やはり少しでも量は減らしたい。他の自治体に少しでも処理してもらえば助かる、と
思っている現地の自治体の首長が多そうです。…そうだろうなあ…当然そうだろう。

しかし、一方でこういう首長もいます。
岩手・岩泉町の伊達町長の言。
「無理して早く片づけなくてはいけないんだろうか。
10年20年かけて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。
もともと使っていない土地がいっぱいあり、処理されなくても困らない。」
地域によって土地の事情、焼却場の問題など事情は違うと思いますが、
実際、報道写真などを見ても、瓦礫がまだ手をつけられずにそのまま、とうところよりは、
土地の人や多くのボランテイアの方々などの努力によって、瓦礫は
仮置き場という形でまとめられているところが多そうです。
3月10日のNHKニュースによれば、3月8日の時点で、宮城県で71%、
岩手県で87%、福島県で64%、3県合わせると全体の74%が
仮置き場に運ばれている。
…これを、まだその程度、と見るのか、もうそんなに片付けられているのか、と見るのか。
確かに、このうち、被災地の自治体の中で最も多くのがれきが発生した石巻市では、
仮置き場に運ばれたのは市内で出たがれきの47%にとどまっているうえ、
運び入れるスペースが足りなくなるという深刻な事態になっているそうです。
しかし、同じ被災地でも、先の岩泉町長のいうように、仮置き場に余裕のあるところも
あるはずです。そうした特に深刻なところの瓦礫を、遠く九州や沖縄にまで
費用をかけて運び、しかも、この日本でわずかに今回の事故で放射能汚染が
進んでいない土地にまで、汚染の危険を広げる理由がどこにあるのでしょう。

そのくらい仮置き場への移動が進んでいるのなら、高台への街づくりなどを
もう並行して充分出来るはずです。

それが出来ないのは、政府の復興方針がぐずぐずしていること、費用をすっきり
渡して現地の自治体が復興の動きを加速することが出来るよう、復興プランを
明確にすればいいだけの話。縦割り行政の弊害や、お役所仕事的書類や会議の
無駄をなくして動かせばいいだけの話であって、これまでそうしてこなかった
自分たちの怠慢を、『東北被災地復興が進まないのは瓦礫があるから。
それを他県の頑迷な反対派が受け入れようとしないから!』というふうに、
問題すり替えして、責任転嫁しようとしているのではないでしょうか。



全瓦礫のわずか20%を全国にばらまいて汚染の痛み分けをする費用は
1兆7000億円出そうです。そこには、当然利権が生じ、大手ゼネコン、
産廃業者(そこにはやくざ組織もからんで)が群がる。そうして受け入れた
公共団体にも当然お金が流入し、そこは善意に溢れた自治体ということになるのでしょう。
ただし、受け入れた瓦礫はいくばくかの放射能汚染をしているものかもしれない。
もし、焼却によって放射性物質が近隣にばらまかれ、農産品の汚染が生じれば、
またそこの地域は風評被害に泣くことになり、子供たちの健康や、水汚染の
心配をしなければならなくなるかもしれません。
一方、住民の健康と、土地の汚染を恐れて、瓦礫を受け入れない自治体は、
『絆』を理解しない、冷たい自治体として、肩身の狭い想いをしなければ
ならなくなるでしょうか。

…ああ!ここでも、またしても分断が!!!

被災地以外の多くの自治体の首長は、瓦礫受け入れに消極的です。
それはやはり、自分のところの住民の放射能への不安感から、反対運動がおこり
紛糾するのを考慮するから。
しかし、住民自身は、アンケートを取ってみると、意外や、受け入れも仕方なし、と
考えているという記事を何処かで最近読見ました。(その出典がどうしても見つからない。)
本当ですか?
国民のムードとしてはやはりいやだ、という方もまだ多いと思います。
それが一挙に、首長たちの考えも受け入れに傾き始めたかな、と、私が
憂慮し始めたのは、静岡県島田市の市長が瓦礫受け入れを正式に表明した3月16日
の時点です。なんでも、東京都以来の正式受け入れ表明だとか。
そこから、政府やマスコミが眼に見えて活発に動き出したような印象を受けるのは私だけ?
細野大臣は、瓦礫受け入れ要請のための全国行脚をするといいます。
NHKも、島田市の受け入れ受諾をなにか喜ばしきニュースとして伝えていました…

こんな広告を全国紙でご覧になられた方も多いでしょう。

2012_0319_132913-CIMG6777.jpg


3月6日、朝日新聞。見開き全面広告です。
正確な情報かどうかわかりませんが、全国紙の見開き広告は、一回4千数百万円だそうです。
いったい、何誌に政府はこの広告を出したのか知りませんが、数億円?の費用?

さて。この巨額の金額も大手の広告会社と新聞社に流れるのでしょう。
うまいなと思います。おそらく超一流の広告会社に委託しているのでしょう。
『2012.2.24 宮城県石巻市』とまん中にドーンと日付を入れ、
『復興を進めるために、
 乗り越えなければならない「壁」がある』という、心打つコピー。

『乗り越えなければならない「壁」』というのは、瓦礫受け入れを頑強に
反対する他県の市民、ということででもあるでしょうか…。
人間の情と、恥の概念に訴える、うまい広告だと思います。
私なども、これを見せられれば、「ああ、自分は情のない人間なのかな。
関東などの近県が汚染されただけでなく、西日本にも汚染を広げる危険が
あっても、東北の悲しみはみんなで平等に分け合うべきなのかな、と
心が揺れ動いてしまいます……。

ああ。しかし。この広告!
原発をなにがなんでも推進しようとしていた時代の、原子力安全キャンペーンの
大衆の情と理性とに訴える広告の手法と、なんと酷似していることでしょう!
しかもそれを権力側、大企業側に立つものが、大金を惜しまず注ぎ込んで
こうやって大新聞も載せ、テレビでも繰り返し『広域処理しなければ、東北の復興はない!』
という刷り込みを垂れ流す。かつて『原発は安全でクリーン!』と宣伝したように。


問題の島田市であるが、受け入れを表明した桜井市長は、市長になる前は、
産廃業者・桜井資源株式会社の社長だったそうです。この会社の今の社長は息子。

民主主義の世の中。産廃業者が市長になって何の悪いことはありません。
普段なら私は、産廃業者はどういった人で…というような差別的認識は嫌いです。
しかし、島田市は岩手県山田町、大槌町から年間6000トンを3年間受け入れるそうです。
1トン当たり63000円…。3年で11億円ですか。島田市一市で。
…大きな利権が絡んだ瓦礫受け入れを、この市長が率先して行った、ということには、
そうして息子が産廃業者を今も営んでいるということには、
単純に考えて、私でも何か引っかかるものがこころに残るのです。

さて。この他の自治体による瓦礫受け入れには、書いてきたように
一兆7000億円ものお金が投入され、しかもそれは瓦礫の20%にしか
過ぎない。それでも、その巨額のお金に大きな利権の絡む問題となるであろうし、
なにか、すでに今から不透明なものを感じらてしまいます。
石原都知事や島田市長などは、瓦礫を燃やしても、出て来るセシウムは
基準より低く問題ないと言っているようですが、それがただ一回の焼却ではなく、
何年も続けて処理した場合の、付近住民への健康被害は、本当は誰にも
わからないのではないでしょうか。
一方、心情的側面から考えれば、私だって反対なんかしたくないです。


『阪神・淡路大震災以前から、産業廃棄物も一般廃棄物も「持ち出さない・持ち込ませない」の
域内処理を自治体に行政指導してきた政府は何故、豹変したのでしょう?』という
田中康夫さんの疑問(日刊ゲンダイ2012/3/7)
に私も賛成です。
広域処理のために、宣伝費も含め何兆何千億円とかかる大金をつぎ込む。
まだ日本で汚染が進んでいない遠く九州や沖縄などにまで放射性瓦礫物を含むかもしれない
瓦礫をばらまくのでなく、そのお金と労力を被災地自身に確実に注ぎ込む方法はないのでしょうか。
海外では、『日本は、急いで避難させなければならない子供たちや妊婦など
人を動かさずに瓦礫などのモノを無駄に動かしている』という指摘もあるというのに。

さらにこんなサイトも見つけました。
http://mercury7.biz/archives/14050

細野豪志・原発相兼環境相が中心となり進めている震災瓦礫の広域処理について、岩手県の関係者の多くが、
「誰ががれきを処理してるのか分からない」
「全く地元の雇用に結びついていない」
との強い不満を持っていると草間剛・横浜市会議員が報告した。
草間市議は、岩手県を視察し、2週間近くに渡り、県内の議員や首長、職員・市民らと意見交換を重ねてきたという。
宮古のような漁業の街で津波を受けた地域では、今街にあるのはガレキくらいで、雇用が全くない状況であるが、そのガレキさえも、
地元の人たちの訳のわからないまま誰かが処理(例えば東京に持って行くなど)していて
仕事が全くない地元の雇用に実感として何1つ結びついていないそうです。
草間市議によると、1次補正の3800億円を使い、石巻では、鹿島などの東京のJV(共同企業体)が県から2000億円(国費)の受注を受けているのだという。

東京電力の子会社が受注
11月3日に第一弾として岩手のガレキが東京に到着したが、処理事業分から発生する可燃性廃棄物の焼却は、今回はすべて東京臨海リサイクルパワー株式会社が請け負うことになっている。

その東京臨海リサイクルパワーという会社は東京電力のグループ会社で、現在の社長は東京電力OBだという。
EX-SKF-JP
ガレキの広域処理は、厳しい雇用情勢の地元の仕事を奪っているばかりか、東電の利権になっているようだ。

放射能汚染の有無にかかわらず、遠隔への瓦礫移動は非合理的。現地に最新鋭の発電もできるごみ処理工場を!
草間市議は、放射能汚染の有無にかかわらず、遠隔への瓦礫移動はすべきではなく、最先端の技術を持っている横浜市が「発電もできるごみ処理工場」を現地に建てて、地元に雇用を創出し、お金を落とす仕組みにすべきと提案し、その方向で議論を進めたいと意欲を示している。

発電もできるごみ処理工場を、
最先端の技術を持っている横浜市が建てて、
現地の人たちがごみ処理場建設から灰の埋立まで携われば、
漁業が復活するまで時間は稼げるし
横浜にとっても、本当の意味の被災地支援になるはずです。
しかも処理のお金(国費)は東京の業者でなくほとんどが地元に落ちますし、
寒い現地にとっては、発電力のあるごみ処理場は、未来を考えてもまたとない資産になるはずです。
スウェーデンなどでは、ごみ処理場の熱を使った地域暖房が既に文化となっています。
しかも鹿島の受注額の4分の1の500億円で処理工場は建ちます。
同じお金を使うなら、もっと有効に使わなければいけません。
http://housyasen.hamazo.tv/e3052433.html


瓦礫の今。海外メディアの報道写真。
http://www.dailymail.co.uk/news/article-2099811/Eleven-months-tsunami-earthquake-ravaged-Japan-new-pictures-incredible-progress-multi-billion-pound-clear-up.html

瓦礫の問題は、確かにとても難しいです。
常識的に、道義的、心情的に考えれば、全国民でいたみを分かち合った方がいいのでしょう。
しかし、日本全国を、薄くあまねく放射能汚染させてしまうかもしれない心配があり、
そして、瓦礫の受け入れに絡む、利権の問題など、非常に不明朗な疑問があるものを、
なぜこうも急に国、経済界を上げて、『広域瓦礫処理なくして、震災津波被災地の
復興なし!』というプロパガンダを、大金使ってするのか…

聞けば、政府は昨春の時点ですでに、瓦礫の広域処理の方針を決めていたといいます。
それならばいっそう、ここにきて急に、広域瓦礫処理に反対する者は、エゴイスト
というような宣伝を、マスコミを使って大々的にやるのは変ではないですか。
自分等の無為無策のつけを、善意の国民に負わせようとしているとしか思えないのです。

これまで原発を推進してきたのと同じ手法、安全対策に対する不安を
抑え込んできたのと同じ手法、そして今また、原発の再稼働を画策しているのと
同じ手法で決められたり進められたりしてはならないと思います。

つまり、それによって利権やなにがしかの利益を得る者たちが密室でこそこそ
大事なことを決めてしまい、膨大な資金の力によって大キャンペーンを張る、
しかもそれは、国民の理性よりも情に訴えるような巧妙なキャッチコピーを使ってやる。
そうして、国に取り込まれたものと反対する者の対立をいたずらに煽り、
反対する者の声を押し込めようとする…
その間、肝心の被災者や、被災地、原発の安全性そのものなどが置き去りにされてしまう、
という悪構造です。


さて。反対ばかりしていても仕方がない。
次には少し、希望の記事を書きましょう。





『3.11から』 ② [瓦礫処理 其の一]

さて。前の記事で、東北大震災の瓦礫を広域処理しようとする
一大勢力についての懸念を書きました。

もし、福島第一原発事故による瓦礫の放射能汚染ということがなかったならば、
神淡路大震災の時のように瓦礫の受け入れはもっとスムーズに行ったでしょう。
私自身は、正直に言えば、東京都が瓦礫の受け入れを表明したことは仕方のないことだと
思っています。
東京都民はエネルギーの大消費地です。美味しいところだけを享受して、
そのつけは他の地域に請け負わせるというのは間違っています。
だから、瓦礫くらい、引き受けなければ、という気持ちがあります。
極端に言えば、東京都民は原発の恩恵を受けたいなら、東京に原発を誘致すればいいとさえ
思っています。

しかし、それでもなお、こうして記事で、瓦礫の広域処理に反対するのには
理由があります。

一つは、たとえ微量ではあっても放射能を持つかもしれない瓦礫を、
広範囲にばらまき、そこで埋め立てまたは焼却して、国土と人体への放射能汚染を
これ以上広げてはいけないと思うから。
二つ目は、瓦礫を全国にばらまくその理由が、利権と結び付いているのではないか、という
恐れがあるからです。他にもっといい方法があるのではないか。
三つ目は、『3.11から』①で書いたように、
福島原発の事故で汚染されたかもしれない瓦礫を、日本の国民が受け入れを受容したら、
それを、『原発そのものの受容』というように拡大解釈して、原発推進に利用しかねない
勢力が、この国には、政官財、マスコミ、学界、法曹界…にどうしようもないほど
多く広がっているからです。
そうして、それによって、国民自身のこころの内に、『ああ、もう仕方ない!
原発のゴミを受容して、それと共にこの日本は生きていくしかない!
政府や自治体がそうしたいというんなら、もうしかたがない!』
というあきらめと思考停止と、健康に生きる権利の放棄と、強い者に対する依存が
芽生え、それが常態化してしまうのではないか、と恐れるからです。
実は、私が一番恐れているのは、この三番目のことです。



私が被災地以外の自治体による瓦礫受け入れに疑問を抱くわけ。
少し詳しく書いてみたいと思います。
まず、第一番目の理由について。

微量放射線の人体への影響が、まだ世界的に言って、定見というものが確立していない中、
もし今後、日本のあちこちで、野菜やその他の製品の汚染、また人体などの(微量でも)
被曝が確認され出したら、今は、東北関東の数県の範囲にとどまっているように思える
汚染の風評は、日本全国へのそれとなり、日本の製品すべてに対する風評被害を
生むかも知れないことも考えておかねばならないと思います。

それより何より私は、放射性物質を含んだプルームと言われるものによって
おそらくなにがしかの放射能汚染されてしまったに違いない東京という土地に住んで、
私が、3・11以降に味わった悲しみを全国に広げたくないのです。

考えても見てください。
福島に比べれば、被害の程度は東京はささやかです。
それでも、人間というものがこれまで価値としてきたよろこびの多くを、
原発事故は奪ってしまいました。
美しい野菜がお店に並んでいる…それを無邪気に選び、家族のために調理して
食卓に供する…その喜びに影が射しました。
牛乳は子供の成長に欠かせない大事な栄養食品だと思われてきた。
その牛乳を疑って飲ませなければならなくなってしまいました。
まして乳児の粉ミルクや、母乳の汚染は!
水。日本のおいしい水。世界にも珍しい、清涼で豊かな貴重な水資源! 
その水も汚染されてしまっているかもしれない、とちらっと疑う。
現に3月、東京金町浄水場で乳児向けの暫定飲用基準を超える210ベクレル/kgの
放射性ヨウ素が検出されました。(3月23日毎日新聞)
その後は、放射線量が下がって、今は、都民も調理に飲料に入浴にと
迷わず水道の水を使っていると思うけれど、『水が汚染された!』と思った
あの時の悲しみを、いまだに私は忘れることができません。

庭いじりの喜び。家庭菜園の喜び。…これにも暗い影が射しました。
自分の家の庭を菜園を手入れしながら、ひょっとしてこの隅の方の
枯葉の吹き溜まりも放射線量が高いかもなあと思いながら、それまでだったら
堆肥替わりにしていたかもしれない落ち葉をかき集めて捨てる。
ごみとして捨てて焼却場に持って行けば、またそこから濃縮された放射能ゴミが出る。
気持ちのいい草原で子供たちを転げまわらせる喜び、砂場で嬉々として遊ばせる喜び、
川や海やプールに子供たちを連れていく喜び…
樹木のおい茂る公園を、落ち葉の散り敷いた道を、青草の茂る河原を散歩する喜び…

…そうしたささやかなひとびとの喜びの多くに、原発事故は影を落としました。
無論、福島では、影を落としたどころではない。ひとが住めない土地に一部は
なってしまった!
何も奪われていない、この東京でさえ、この悲しみを背負う。
地元福島の方がたの恐れと悲しみはどれほどでしょう!
その悲しみを、なにか美談のような気にさせられて、
そうしなければいけない、という圧力に負けて、
全国にばらまきたいですか!



生きとし生きる者にとっておよそなくてはならない水。水の問題を例にとってみましょう。

こちらにご訪問いただき、私が短歌や俳句の真似ごとをするきっかけを作ってくださった
『南亭雑記』ブログのNANTEIさん。http://nantei1943.blog129.fc2.com/

そのNANTEIさんが、瓦礫による水の汚染問題に取り組んでいらっしゃいます。
こんなことをご存じでしょうか。
千葉県に小櫃川(おびつがわ) 湊川(みなとがわ)という川が流れています。
それらの川の、なんと水源地近くに産廃処分場があるというのです。
そこに県内各地から大量の汚染汚泥が搬入されている。
県内各地から一キログラム当たり最大5500ベクレルの放射性セシウムを
含んだ汚泥が大量に搬入されているというのです。

君津市の大福山(だいふくざん) 新井総合(株)
富津市の大塚山(おおつかやま) 太平興産(株)
富津市 一般廃棄物処分場 富津市     の3か所。

これらの川から取水したものは、
袖ケ浦市 君津市 木更津市 富津市 市原市 35万人の人が飲む水道水になり、
中・下流域では主に水田の農業用水として、米作りに使われ、
地層に入った地下水は久留里などで上総掘り(かずさぼり)となり湧き出ていますが
こちらも農業用水は無論飲水 地酒にも使われているそうです。
千葉県が東京と同様に、東日本大震災で出た瓦礫を受け入れることになれば、
この35万人が利用する飲料水、農業用水等の水源に、放射性物質を含む
瓦礫が搬入され、あるいは焼却されることによって濃度が凝縮された汚染灰が
さらに埋め立てられることになるかもしれません。
しかもこれらの産廃場の埋め立て施設には、セシウム除去の配慮など
なったくなされていないというのです。

http://takumiuna.makusta.jp/e146570.html

…これを、ひとごとと言えるでしょうか。
日本全国にこれから受け入れられる、震災瓦礫。それらはいったいどこに運ばれて
どう処分されるでしょう。
千葉のケースのように、県民のいのちの水を供給する川の水源近くに
埋め立てられないという保証があるでしょうか。無責任な業者が、そういった
川の上流、美しい、ひとの来ない場所に、産業廃棄物を捨てる、といった
ことはよくあることです。
あなたの住む地域でこういうことが起こることもありうるのです。

世界にも稀な、日本の素晴らしい水。
貴重な水資源はすでに、世界では争奪戦が始まっています。
日本人は、あまりにも昔から、豊かで美しい水に慣らされてしまっているため、
水資源のことになにか鈍感です。
3月11日。福島第一原発で電源喪失、と聞いたとき、私はこれからもしかしたら
起こるかもしれないパニックと、そして命のもとである水の汚染を恐れました。
翌日にはもう、スーパーなどのペットボトルの水の買占めが始まっていました。

…いやなものです。
…そんな想いを、まだ汚染されていない地域の人にまで広めようというのでしょうか。

去年、政府は、東北関東各県の汚泥を、200 ベクレル/kg以下であれば、
乾燥汚泥や汚泥発酵肥料等の原料として使用できるとしました。
なんと愚かな! まだ汚れていない西日本の各地にまで、肥料としてばらまき、
汚染を広げ、そうして、食の安全や、農の喜び、庭仕事の楽しみまで
全国規模で奪ってしまうようなことを許すなんて。

そうやって、日本全国、もう放射線で汚されていないところはない!、
というふうに政策的に、戦略的に持って行って、
国民の、原子力の危険性に対する感受性を鈍磨させてしまい、
抵抗力をなくしてしまおうとでもいうのでしょうか!


       この記事、[瓦礫処理 其の二]に続く。



野菜たち美しき
     大震災と原発事故が起きる2カ月ほど前に撮った写真です。
      この美しいトマトたちの写真を見るたびに、私の胸には冷たい水のように悲しみが
      底に溜まっていく気がします…。
      この写真の商品は、汚染とまったく関係ありません









『3.11から』 ①

        2012_0311_172251-CIMG6694.jpg



…短歌の形式はとってみましたが、こんなものを短歌と呼べるでしょうか。

…しかし、昨年、2011年の3月11日の私は、まさにこういう気持ちでした。
おそらく、日本中のひとが、このような、
言葉にならない声を、声にならない言葉を、
ぐっと呑み込んでいらしたのではないでしょうか……。

東北大震災とそれに続く福島第一原発事故。
犠牲者の方々のご冥福を祈るとともに、大きな心の傷を負いながら
被災地で今なお、思うようにならぬ厳しい生活を続けていらっしゃる方々に
お見舞いを心から申し上げます。


一年という歳月。人々は、とりわけ為政者は、この災害と事故をどう受け止め、どう
対処してきたでしょうか。
今年3月11日には、国主催の追悼会が催され、野田総理も哀悼の意を述べました。
岩手、宮城、福島を初め全国各地で、それぞれに震災一年の追悼式典や集会が
催されました。報道もそのだいぶ前から、盛んに検証番組、記事などが見られました。

しかし、今、妙に目立つ言葉は、『瓦礫処理』と『除染』という言葉。
わたしは、この2つの言葉に、なぜかいやな、ある意図を感じてしまいます。

3月11日が過ぎたとたんに、テレビの関連番組はがたっと減りました。
私は、一周忌の追悼式典が済んだことで、政府や東電やマスコミなどが、
或る種の『みそぎ』をもう済ませた!というような気分になるのではないかと
危ぶんでいます。そして、そう言っては悪いが、あまり関心のない、国民のある一部分の人々も。
これでなにか、責任を果たしたような、荷が軽くなったような気分になって、
政府や電力会社が、原発再稼働に向けてあからさまに動き始めるのではないか。

『いやなものは、豊かに流れる川や四方を取り囲む広大な海に流してしまえば、
文字通り水に流してしまえば見えなくなってくれる、消えてくれる』と思いがちな、
日本人の習性。
また、『なにか悪いことがあっても、禊という宗教行事を済ませてしまえば、
清浄に戻れる』と良くも悪くも信じてきた、この国の心性。

…これほどの大震災、これほどの大事故があったのです!
その原因を徹底的に追及し、それをもたらしてきた者たちや組織、根本構造の
責任を厳しく問う、そうして、自らの生のありようも深く問う、という大事なことを、
しなければならないはずです。
それなのに、ひょっとして。
上に書いたような心性を持つ日本人は、為政者を初めとして、その厳しいことに向き合うのを
スルーしてしまうのではなかろうか?という恐れを私は抱いています。

この一カ月ほど。震災の日が近づくにつれ、私は言葉を失っていきました。
ちょうど、一年前、大津波が東北太平洋岸を呑んだあの日から、
しばらく言葉を失っていたのとまったく同じように。
…なにかが私を縛っていました。
今はこれを言ってはいけない。これを口にすべきでない。私には資格がない…
そんな自縄自縛。

それを象徴しているのが、『瓦礫処理』と『除染』ということでした。
ああ、それから、『福島の農産物の流通』もそうです。
これらを、私たち日本人はどう考えていけばいいのか。
瓦礫処理が進まねば、岩手、宮城など、原発事故と直接関係ない地域まで
復興が進まない。と、そう盛んに言われています。
『除染』は、効果がないんじゃないか…チェルノブイリの経験者はそういいます。
私もそう思うのです。
でも、政府は、そこに福島復興の鍵はあるとばかりに、金をつぎ込もうとしている。
確かになあ…ふるさとに帰りたくていらっしゃるだろうなあ…外のものはとやかく言えないか?
検査体制と流通の倫理が今一つ信じられない中で、『福島の農産物』は
流通すべきなのか…。
どの問題も、被災地以外の地域に住む日本人の、倫理観や、同胞への理解と絆のこころ、
といったものを、鋭く私たちに突きつけてきます。

NIMBY症候群という言葉があります。
ニンビー症候群と読む。NIMBYとは、Not In My Back Yard。
(自分の裏庭にはあってほしくない)の略です。

「施設の必要性は認識するが、自らの居住地域には建設してほしくない」とする住民たちや、
その態度を指す言葉。日本語ではこれらの施設について「忌避施設」「迷惑施設」
「嫌悪施設」などと呼称されているそうです。(Wikipediaによる)

今、この心性が私を初め、日本に広がっています。
福島の人々を、岩手、宮城の人々を助けたい。でも、放射能汚染のあるものだけは、
うちの近くに持ってくるのはやめて!売らないで! 

私は、昨年、『絆』とか『一つになろう、ニッポン!』とかテレビなどが盛んに繰り返す言葉の
そこはかとない嘘臭さを、肌に痛いほど感じつつ、被災地のことを思えば、
そんなことはとても口に出せませんでした。
誤解がないように言っておきますが、民衆の自発的な美しい感情から出てくるこうした言葉。
それらを否定しているのではありません!
そうではなく、それが巧妙に政治に利用されること、プロパガンダに使われる
危険を感じていたから、いやだなあ、と思ったのです。

今また、『瓦礫を受け入れないなんて、絆、絆と言っていたのは嘘だったのか!』とか、
『福島の米や野菜や果物を買ってあげなければ、福島は復興できない』とか言った
無言の圧力をどこからかひしひしと感じます。
また、除染に関しても、大きな疑問を感じつつ、ふるさとに帰りたい!という人々の
気持ちを思えば、除染は無駄なんじゃ…?という言葉を呑みこんでしまいます。

そうして、自分は被災地から遠く安全な場所にいて、従来通りの便利な生活をしている。
被災地の方々から見れば、所詮局外者。その気持ちに本当により添えるものだろうか。
私もまた、NIMBY症候群にかかった、醜い、自分勝手な人間なのではなかろうか…
そう自分を責めてしまいます。
そうすると、口が重くなって、何も言えなくなってしまうのです。


…しかし。しかし、私の胸の中で、『いや!違う!そうじゃない!本質は
そこじゃない!』と叫ぶ声がある。

政府や経済界が、やけに急いで進めようとしている他県での瓦礫処理が象徴しているもの…

そこに私は、原発をやみくもに推進してきた、そうしてこれでもまだこの先
原発稼働を進めようとしている、この国の政治家や経済界の意図を感じてしまうのです。
そこに巨大な利権がからんでいるから、ということのほかにも、なにかいやな意図を。

私たちが、自分を恥じたりして、自分の良心で自分を縛りつけて黙って
口を噤んでいる間に、それを悪用して、
『国民の善意』、という美しいものを悪用して、
なにかをなそうとしている者たちがいることを忘れてはいけないのではないでしょうか。

前に私は、『不幸の均霑プロパガンダ』というものについて書きました。
原発事故で汚染されたものを、みんなで分け合う。不幸はみんなで分かち持つ。
それは一見、美談のように聞こえ、私たち一人一人の良心に訴え責めてくる。

それが、悪用されないのなら、いいのです。
京都大学原子炉実験所の小出先生。もう何十年と原発の危険性を訴え続けることに
その生涯をかけ、ついに!とうとう!恐れていた事故が起きてしまったことを
誰よりも深く深く悲しんでいらっしゃる小出先生。
その彼は、悲しみを知るゆえに、『年を取ったものが福島の野菜を食べましょう』
と敢えて言います。
その彼の気持ちと同じように、この大震災の不幸を皆で分かち持とうという気持ちは
誰の中にもあるのではないでしょうか。

しかし、…そうやって、皆が汚染されているかもしれないものを引き受けていく…
その過程で、日本全体に言わば、負の感情…
もうしかたがないよ。皆でこれを受け入れるしかないじゃないか。
諦めよう。文句は言うまい。黙って耐えよう。
難しいことは考えないようにして、お上の言う通りにしよう…

そういう、思考停止、あきらめと他力依存、一種の責任放棄が国民の心情に起きること
…それを私は恐れるのです。
そのあきらめに、これまで原発を推進してきた者たち、高い防潮堤を作りさえすればいいという
この国の土建国家体質。その両方に群がり、利権の甘い汁をむさぼってきた者たちは
つけ込みます。

国民が瓦礫を受け入れたということが、権力者にとって一種の『みそぎ』になってしまう!!!
このままじゃいけない! 日本人は、『おとなしい羊』になってしまってはいけない


私は、今、ほとんど悲鳴を上げたいくらいです。
つらくても、面倒くさくても、気持ちが暗くなっても、見つめるべきことから
眼をそらしちゃいけない。

日本をどういう国にしたいのか。 …夢のある国にしたい。

それならば、もういい加減、国任せから卒業しなければ。
至る所、あらゆるケースに、自分で考えないで、自分で責任をとらないで、
『誰かがやってくれるだろう。いやなものも誰かが片付けて見えなくしてくれるだろう…』
という思考停止と責任放棄が見られます。
そういう私たち自身の性癖を変えない限り、私たち日本人は、また同じ過ちを
犯してしまわないでしょうか。
なにか、大きなもの、強いものに任せていればそれですむ。
その大きなもの、強いものが、どういうことをしでかしたでしょうか!
それを今、目のあたりに見ながら、子供たちをそういう中で育てていいのでしょうか!
大人が考えない、責任を全うしない社会に夢など生まれるでしょうか!


『3・11から』
このシリーズをいよいよ書く気力が出てきました。
3月11日からの時系列に沿って、あるいは時々は逸脱しながら、私が思う、
この国への希望と警告を書いていってみたいと思います。



『ふるさと東北』


皆さま。
このブログでもご紹介させていただいた、画家の松井大門先生。
『遥かなる明日へ ~画家松井大門の七転八起き~』


先生は昨年、キャンドルナイトのバナーなどでこちらでもおなじみの元気娘、れんげちゃんと共に、
東北の被災地を回られました。
れんげちゃんの旅の報告はここ↓から始まります。

http://milkveth.blog103.fc2.com/blog-entry-1002.html


地震と津波で失われてしまった、美しい故郷の地。
旅をなさりながら、現地の人々のお話を聞き、スケッチをし、写真を撮り、
人々が失ってしまったふるさとの風景を、絵にして残せないか、という
試みをなさっていらっしゃいました。

このほど、その先生の作品が、次のような本に掲載されることに
なりました。



2012_0313_233208-CIMG6725.jpg


日貿出版社。119ページ、A4。2,625円。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4817039035.html



一部をご紹介していいかしら。
後は、是非是非、本でご覧くださいませ。


2012_0313_233544-CIMG6727.jpg


先生の温かいお人柄が滲み出ているような、柔らかい絵です。
本の売上の一部は、東日本大地震の被災地へ、義援金として送られます。
先生の他にも29名の方々が、美しい東北の風景を描いてらっしゃいます。
是非、みなさま、ご覧くださいね。








『忘れない』


2011年。3月11日。





2012_0311_230307-CIMG6711.jpg








葉っぱさん、れんげちゃんのバナー。
2人の企画に参加させていただくようになって、12回目。
大震災と原発事故から一年。とりわけ重い一日の夜です…



心ひとつに キャンドルナイト



こちらは、NANTEIさんが、こころをこめてお作りになったバナー。
お借りします。

バナー南亭





『紅子、さようなら』


2012_0308_143152-CIMG6671_convert_20120308145331.jpg


みなさん。去年のクリスマスの日に買って、
1月、2月と生き続けてきたカーネーション。
私は、愛情と、同じ生きものとしての尊敬を籠めて、
彼女に『紅子』という名前をつけました。

紅子は、私の横の、ベンチチェストの上にいて、
私がパソコンに向かうのをいつも見つめていました。
12月24日から、実に75日、小さな白と金色のカップの中で
生き続けました。
『花のかんばせ』という言葉がありますが、紅子、ほんとにずうっと、
その容色が衰えませんでした。
不思議な子でした。

でもさすがの紅子も、日一日と温かくなるにつれ、その容色に
疲れが見えてきました。

そろそろお別れの時が来たようです。
ううん。紅子はわたしの傍には居続けます。
紅子を捨てるなんて出来っこありません。わたしの傍でうとうと眠らせて
おこうと思います。

でも、みなさんとはぎりぎりこれでお別れ。
紅子がまだ綺麗なうちに、最後のお別れを言わせておこうと思います。



みなさん。ありがとう。
みなさん。さようなら。
いつかどこかの花屋さんで、わたしによく似た子を見かけたら、
『紅子や』って、呼びかけてみてくださいね。
「は~い!」ってお返事したら、それは紅子の生まれ変わりのこです。 




『雛祭り』

おんなのこのお節句。3月3日です。

雛祭り恒例の(私が勝手にそう決めているだけ)、あずさのお目覚め。
あずさというのは、小さな古い蝋燭人形です。身長5センチ。
娘が3歳くらいの時の、ひな祭りケーキの飾りものだった。
娘が捨てちゃダメ!と言って、今でも大事に取ってあるのです。
一年に一度、娘のところから連れてきて、箱の中から出してやります。

あずさについては、下の『続く』をご覧くださいね。




あずちゃん、あずちゃん!起きなさい。



2012_0303_085215-CIMG6643.jpg


はあい。

2012_0303_085406-CIMG6646.jpg


もう春?
そうよ。もう一年経ったのよ。小箱のベッドから出て、お顔洗ってらっしゃい。

2012_0303_085443-CIMG6648.jpg

はあい。

2012_0303_090046-CIMG6650.jpg


はっ!このひとだれ?
あたし、紅子よ。どうぞよろしくね。
べにこさん……あたし、あずさ。どうぞよろちく。

2012_0303_090542-CIMG6654.jpg

はっ!これ何?
喉が渇いてお腹もすいたでしょ。開けてご覧なさい。
めちゃんが、あずさとママにって買ってくれたのよ。


2012_0303_090643-CIMG6655.jpg

ひなあられだ!わ~!おっき~い!
一人で食べちれるかな。



さあ、みんな揃ったわ。
まだまだたくさんあるから、みんなで食べましょうね。


2012_0303_092341-CIMG6665.jpg

はっ!お茶、こぼしちった!
だいじょうぶよ。また淹れてあげるから。

2012_0303_092415-CIMG6666.jpg



あずちゃん、ひなあられもっと持ってきてね。
はあい!

2012_0303_090341-CIMG6653.jpg




あずさは今年、遅く起こしちゃったので、お雛祭りが過ぎても
まだ少しここで遊んで行きます。




2年前の雛祭り
   ↓

続きを読む

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
02 | 2012/03 | 04
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード