『トイレのないマンション問題再考』



この美しい薩摩の海が
やっちゃんさん。写真お借りします。


原子力発電所をよく『トイレなきマンション』と表現することがある。
要するに、発電によって出てくる低レベル~高レベル放射性廃棄物の処分場も
処分法もないまま、さらに発電を続けて核のゴミを増やし続けている現状を
揶揄して言う言葉である。

この問題は、実は原子力発電に限らない。核兵器製造も同じである。
ウランの採掘から始まって、ウランを精製し、イエローケーキに加工する。
ペレットにして燃料棒にしそれを核反応させて発電する、あるいは核兵器にする…
そのあらゆる過程で、核のゴミは大量に出続ける。
日本でもウランを採掘したことがあるのをご存じでいらっしゃるだろう。
岡山県と鳥取県にまたがる人形峠にその跡がある。このウラン採掘から出て来た
大量のウラン残土をどうしたのか。

1998年と、資料としては古いが、下の2つのサイトを写真だけでもご覧いただきたい。

http://uranzando.jpn.org/uranzando/shimin/20110908.htm

http://homepage3.nifty.com/chernobyl/ningyotoge.html

『ウラン残土の一部を撤去して覆土・成形した岡山県側の中津河地区(5万1100立方メートル)
と鳥取県側の方面地区(1万6000立方メートル)のウラン残土堆積場を除けば、
人形峠周辺の計45万立方メートル(ドラム缶225万本分)のウラン残土の大半は立ち入り禁止柵と
土砂止めえん提を設けただけで、そのまま野ざらしで放置されているのが現状。
つまり、なんら抜本的対策も環境復旧事業もなされていないのです。』
これで取り出したウランはわずか70トン、標準的な原子力発電所の半年分の
燃料にも満たない量だという。


核兵器や原子力発電の元になるウラン採掘。その時点ですでにこのような無責任な
核のゴミの放置が、日本だけでなく世界中のウラン採掘現場で行われている。
世界中の原子力関連施設において、フロントエンドと言われる燃料製造・発電所建設・運転などの
過程から、バックエンドと呼ばれる廃炉費用や放射性廃棄物の処理、核燃料サイクルにかかわる事業
の、ありとあらゆる段階で、低レベルから高レベルの放射性廃棄物が出てくるのである。

原子力発電をすれば、使用済み核燃料が出る。それはご存じのように、各原発施設内の
使用済み核燃料プールで一定期間冷却され続けたのち、崩壊熱があまり出なくなった時点で
燃料棒の金属のさやから中身を出し、化学的にウランとプルトニウムを分離する。
残りの核分裂生成物と超ウラン元素は廃液の中に含まれるのだが、
この廃液を高温で溶かしたガラスに混ぜ込んで、キャニスターと呼ばれる金属容器に流し込み、
冷やし固め、ガラス固化体にするのである。
ガラス固化体は、とんでもない高レベルの放射性廃棄物である。
原爆の約30発分の死の灰を含み、製造直後では、その表面で14000シーベルト/時。
換算すると、2秒で約7.8シーベルト。そのそばに2秒間いると、
100%の人が死亡する被曝線量に達するという。

ガラス固化体にしても、原子核の崩壊は続き、崩壊熱が出るため、冷却(空冷)しつつ
30~50年間、保管することになっている。半減期が数万年以上の核種も含んでいる。
30年冷却後には500シーベルト/時になるものの、
JCOの臨界事故で亡くなった大内さんが浴びた量でも16~20シーベルトであった
事を考えて欲しい。

出力100万kwの原子力発電所を1年間運転した場合、約30本のガラス固化体に相当する
使用済み燃料が発生する。
それが日本では出力に差はあるものの、54基もがこれまで稼働していたわけである。
年間ざっと約1000本のガラス固化体が生みだされる計算。
放射性廃棄物の最終処分場一個所あたり、4~7万本も運ばれて埋められる予定だという。

フィンランドの処分場オンカロの話を聞き、『10万年後の安全』という映像を
ご覧になられた方もおいでだろう。
未見の方は、是非、一度見て欲しい。

『10万年後の安全』①

『10万年後の安全』②

これ、⑧まであります。全部載せると煩雑ですので、You Tubeで続きはご覧くださいね。

さて。かくも、核のゴミというものは、その処理に困るものであって、
世界でこの問題を完全に解決した国というのは、まだないと言っていいのだ。
フィンランドのオンカロにしたって、10万年後まで、どうやって人類はこれを
管理していけるのか?

日本も世界の事情も同じで、危険な核のゴミをどこへ持っていくか、ということは
考えないまま、とにかく原子力発電所を作り続け、核兵器を作り続けて来たのだ。

考えても見てごらん。自分の家にトイレが無かったら。
トイレのないマンションに住んでいるとしたら。
それで平気で、ご飯をばくばく喰らい続けているのと同じじゃないか。

上に引用した、ウラン残土の山の写真…

福島第一発電所から出てくる、使用した防護服などの詰まったビニール袋の山…
http://matome.naver.jp/odai/2131875621846460201
これは去年の10月の記事。そこの時点ですでに述べ48万人分というから、それからさらにこの山は
大きくなっていることだろう。これは低レベル放射性廃棄物であって、一般ごみのようには処分できない。
Jヴィレッジにこうやって曝されたまま… 

『除染』と言いつつ、実は『移染』でしかない、原発周辺の地域の除染作業から
出てくる大量の土砂、落ち葉など。一説には東京ドーム23個分の汚染土が
出るというのだが。
『郡山市のずさんな放射能汚染土砂処分の実態、

政府の方針では、除染によって生じた汚染土砂は、福島県内に仮置きし、
福島のどこかに中間貯蔵施設を作ってそこで30年保管したのち、福島県以外の自治体に
最終処分場を見つけて移管するという…

さて。ここに来て、その福島から出た汚染土砂の最終処分場として、
鹿児島県南大隅町が候補に挙がっているという情報が、『脱サラ亭主のデコボコ独立開業記』
ブログのやっちゃんさんから寄せられた。
鹿児島出身の男性に嫁ぎ、鹿児島の歴史を風土を人をこよなく愛する女性の
驚愕と怒りと慟哭の記事。是非お読みください。

『今こそ怒れ!鹿児島よ薩摩隼人よ日本人よ豊穣なる南大隅の海を守れ』

福島から出た汚染土を、なぜはるばる鹿児島まで?
…まだ水面下での交渉の段階らしいが、こうしたことは、表に出てきて
皆が知るようになった時は、すでに話のあらかたが決まってしまっていて、
引き返すことが出来なくなっている…そして後戻りしにくいということが
また体のいい言い訳となって、あとは加速的に決定に邁進して行く…
これが、原発の立地でも、六ヶ所村の買収でも、また、戦争に突っ走っていった際も…
不幸な決定の、常套的経過であるように思う。

福島の汚染土壌をいったん受け入れてしまえば、この美しい海を見はるかす、
南大隅の地は、やがて、高レベル放射性廃棄物の最終処分場に転化させられて
しまうかもしれない。もう、汚染土を大量に受け入れてしまったという
住民側のあきらめと、官が見せびらかす大金の力は、とりたてて産業のない
この南の果ての地を、第二の六ヶ所村にしてしまう危険性が大きいからである…。

…いつも、こうした問題は、地元住民にはあとから情報が知らされる。
結局土地が欲しい者にとっては、土地の所有者を説得することが第一。
ところが原発とか処分場とかにするほどの広大な土地を持っている
地元の人というのは、概してその土地の大地主とかで名士、しかも村長、町長とか
議員とかであることが多いだろう。漁村なら網元であるとか。
それも、無論、自民党系の。
そこさえ動かせば、土地を持たない者や持っていても零細農家や漁民などが
いくらあとで知って反対運動起こしても、地元名士に一喝されれば、
大抵の者はすごすごと引き下がってしまう。そこの町や村で暮らしていきにくくなって
しまうからである。
広大な土地を売却したり貸与したりして、『持てるもの』がさらに大金を手にする…。
借家やアパート暮らしの住人などは、そう言った危険なものが出来るに際し
一顧だにされることはなく、利益も享受することなく、いったん大事故が
起きてしまえば、真っ先に害を被る!
お金もちはさっさと子供たちを海外にだってどこにだって避難させられるけれど、
経済的弱者は、逃げることも出来ない!
それで、被曝だけは平等に、いや、平等にじゃない、逃げられないんだから
より多く被曝して行くのである!
国家的規模の不幸というのは、いつだって弱者を真っ先に襲い、しかも
その原因となったそもそもの発端は、有り余るほどの資産を持った、いわゆる『持てる者』が、
さらに欲を出したから、という理由であることが多いのではないだろうか。

どうしてこぶしを振り上げて立ちがらないの!闘わないの!と思うけれど、
小さな村の、狭い町の、がんじがらめの人間関係の中で、
仕事がなかった自分に生活の道を今、与えてくれているのが原発や、
処分場であるとすると、どうしてそれにこぶしを振りかざせるであろうか……

だから、大事なのは、そんな構図になる前に、そんな場所にしてしまわないことなのである!
話がいったん動き出したものは、規制委員会人事にしても、大飯原発再稼働にしても
もう止めようとしてもほとんど止められない。戦争もそう…
小さな芽の内に摘み取っておかなくちゃいけない。
あれよあれよという間に、お金が有力者を動かし、立地は決まっていってしまう……
おおい町町長、議会などは、福島の惨状を見ていてさえ、『安全』よりも『町の経済』を
選んだ!

トイレなきマンション、というテーマに戻るが、これらの実態は、いわば、
自分の家には、汲み取り式のトイレを設けず、自分たちの垂れ流した糞尿を
目に見えない、臭いも届かないほど離れたところにあるよその家の庭に
何年分も何十年分もぶちまけて行くのと同じ非道の行為ではあるまいか。
(一瞬にして汚物が流れて消えてしまう、水洗トイレを例えに使っているのではないんです!)

日本に限らず、世界の多くの原発施設や核兵器施設が、人口密集地から
なるべく離れた、人口の少ない、広大な僻地に作られてきているのも、
いったん事故が起きた時の避難誘導の困難さや、後々賠償問題が当然ながら起きたとき、
天文学数値になる賠償金のことを考えてのことである。
…そうやって、そういう考えかたで、とりたてて産業のない、美しい過疎地の
農村や漁村が、これまで、火力発電所や、巨大石油コンビナートや、
そして核施設にされてきたのである……

東京に住み、恩恵だけを享受している私の思考は、いつもここでストップしてしまう…。
自分に、このことについて述べる資格があるのか!と思ってしまうのである…。

しかしながら。
やはり考え続けねばなるまい。逃げてはなるまい。
原子力発電に限らず、どの産業であっても、製造、建設というフロントエンドから
出てくる廃棄物の処理や、施設老朽化に伴う解体作業とその処分などのバックエンドは、
本来一つの流れの中で処理していくべきものだと思う。
ものを作るときには必ず、その処分のことも考えて臨まねばならない。
…ところが情けないことに、日本の高度成長期、日本の大企業も国も、
巨大建造物をバンバン景気よく作っていきはしたが、それが40年、50年後、
老朽化して解体しなければならなくなった時のことや、またその営業中から出る
大量の廃棄物のことは念頭に置いてこなかった!

昨日、佐藤雄平福島県知事がドイツのハム・ウエントロップ原子力発電所の
廃炉作業の視察に訪れたというニュースがあった。
勇気を持って脱原発に踏み切ったドイツ。16の原発が廃炉に向けて動き出しているという。

福島第一原発の事故起こした4基はさすがに廃炉が決定されたが、5,6号機、さらに
第二原発については、存続に未練のある東電。県の地元民も、原発関連で生活をしてきた
者の中には存続を望む人々もいるという。
佐藤知事は、ドイツを視察して、なにを想って帰ってくるだろう…
このひとがあの過酷事故を受けて、なにを考え行動しているか、私にはよく見えない。
県民の健康と安心な生活よりも、県として人口を減らさないことが第一義。
国や東電からは多額のお金を引き出そうとする一方で、県民に与える物心両面の
安心の補償は抑えようとする姿勢しか、私には、ごく最初の段階から見えないのだが。

除染は遅々として進まない。住民はいたずらに、『戻れる』という希望を抱かされ、
今日もまた、放射性物質を出し続ける原発事故現場の周辺に住み続けている。
除染に使う巨額のお金は、地元には回らず、大手ゼネコンに吸い取られていく中、
住民は、除染作業に駆り出され、いたずらに被曝を重ねる。
狭くて不便で外界から閉じられた仮設住宅では、お年寄りが孤独死をする。
家族の事情や経済的理由から、逃げるに逃げられない若い母親は、子供に
『許して!』と心で謝りながら、今日も歯を食いしばる。

…父祖の地から離れたくないお年寄りの気持ちはわかる。
わかるけれども、事故は起きてしまった…
福島第一原発周辺は、もう人の住めるところではなくなったのだ、ということを、
政府ははっきり言うべきである。そして、住民が新しい土地で新生活を
始める一大計画を国の政策として打ち出すべきである。
無駄な除染に使う巨額のお金を、住民の新たな土地での新生活に向けるべきである。
そして。
福島の方には、本当に、本当に申し訳ないが、第一、第二原発の敷地は、事故からすでに出た、
そしてこれからさらに出てくる放射性廃棄物の中間貯蔵所、そして、最終処分場として
使っていくしかないのではないだろうか。

よく、反原発に人に向けられる問いかけ、というか非難の中に、
「じゃあ、あなたは、電気を一切使わないんだね!」とか、
「じゃあ、あなたは、地球が温暖化しても平気なんだね!」という、
おかしな論理の詰問がある。そして、それらと同様、ときに向けられる批判に
こういうものがある…

『反原発のひとは、無責任に、ただ原発を止めろ止めろと言う。
じゃあ、高レベル放射性廃棄物などの核のゴミの最終処分場はいったいどうするんだ?と
訊ねると、答えはない!反原発反原発と声高に言うなら、最終処分をどうするか、という
問題への答えと、原発に代わるエネルギーのしっかりした代替案を示せよ!!!』

私が一番かっかと腹の立つのはこう言った言論に対してである。
あなたが!原発を推進あるいは容認してきたあなたがそれを言いますか!といいたい。
これほどおかしな責任転嫁、議論のすり替えがあろうか?

反原発を叫んできた人々は、最終処分場というものがどこにも出来ないという、
その核という物のどうしようもない危険性を察知して来たからこそ、
原子力の劫火を鎮火する知恵もない人間が、核をもてあそぶことに反対をしてきたのである。
『トイレのないマンションを作るな!』
『自分たちの出す糞尿を、どこか見えも臭いもしない余所の土地にぶちまけるような
非道をすることになる原子力利用をやめて!』
と言ってきたのである。
『原発に代わるエネルギーの開発を、カネとマスコミと権力のすべてを使って
全力で阻止妨害してきたあなたたちが、代替案を出せ、などというのですか!!!』と
怒りに身を打ち震わすのである。

しかしながら。
この国で。この日本で、チェルノブイリに匹敵する過酷な原発事故は、こうして
起きてしまった。
これからまた、この日本のどこかで、あのような過酷事故が起きないという保証は
誰にも出来ない。野田首相にも、保安院にも、電力会社にも、御用学者や御用マスコミにも。
資料の出どころがはっきりしないので、伝聞、ということを一応ことわって書いておくが、
近年世界で起きているマグニチュード6.0以上の地震の20%が日本で起きているという。
国土の比率は世界のそれに対し0.25%にすぎないのにである。

その地震がとんでもなく多い国に、54基もの原子炉を抱えている私たちの国…
今後この国が、2030年にどのような比率で原発に拠る発電を選択しているか、
これを2012年の今、ここでこうやってブログに記事を書いている私は
おそらく見届けることは出来ないだろう…

それでも言っておく。
もう事故は残念ながら起きてしまった。
福島の収束と、放射性廃棄物最終処分の問題は、原発推進、反対、傍観…立場の
違いに関係なく、もう、日本人が等しく負ってしまった、重い重い現実である。
お互いの責任を揶揄しあっていてもなにも生まれない。
国民を上げて、日本はどうこれから生きて行くのか、を考え、
福島をどうするのか、54基もある原子炉をどうするのか、
最終処分の問題をどうするのか、
再生エネルギー研究と実用化拡大にどう急ぎ向き合って行くのか、
皆で真剣に考えて行くしかない。

昨日の朝日新聞第3面の見出し。
『原発ゼロ 課題の山』
サブタイトルはこうだった。『電気料金に影響・温暖化対策は・廃炉の人材難』

…ああ!またこれだ!

国民がパブリックコメントや討論型世論調査などで、原発ゼロを選んでも、
折角、原発のない社会にしたい!という機運が高まって来ても、
朝日のような大新聞が、バランスをとろうとしているのか意図的なのか、
ただ責任回避なのか、こうやって冷たい水を浴びせかける!
一歩進みかけては、こうやって誰かが水を差す!
小出裕章さんがいつも言うように、
『じゃあ電気はどうするんだとすぐにみなさんは言うけれども、それは
後から考えなければいけないことで、原子力を止めなければいけないこととは
関係ないと言っているんです。原発はいますぐ止めなければならないのです!』

この覚悟が、国にも、電力会社にも経済界にも、新聞テレビなど大マスコミにも、
学者や評論家と称する人々にもない。
誰もが責任をとりたくなくて、思いきってやってやろう、一歩まず進めてみようと
いい出す覚悟が出来ない。
半歩恐る恐る足を踏み出してみては、慌てて引っ込める、ということの繰り返しである。
あれほど、国の政策を批判し、脱原発を掲げていた橋下大阪市長は、
『電気が足りなくなったら、大阪市長としての責任をとれるのか!』という
電力会社と一体となった国の恫喝の前に、そそくさと大飯再稼動を容認。
彼も威勢だけはいいが、へタレである。

どうして、ドイツが勇気を持って踏み出したことを、過酷事故当事国の日本に出来ない?
国民の多くは腹をくくっているではないか!
国民の多くが、停電になっても我慢する、何とか電力供給のきつい夏場も
日本人の美質である我慢と工風でしのいでみせる、と答えていたそうではないか!
(そうして実際この夏をしのいだじゃないか!)
原発をやめて電気代が上がっても我慢する、と答えているではないか!
東北被災地のためなら、福島のためなら税金をいくら投入してもいい、と思っているではないか!
消費税だって、増税は仕方ない、と腹をくくって見せたではないか!

私は、この国の民の力を信じている。
踏み出せないのは、踏み出さないのは。この国のトップにいる人々である。
野田首相のやり口のような無責任な口約束と蛮勇をふるえ、と言っているのではない、
日本の、世界の、30年後、50年後を見据えて、この国はどうあるべきか、
人類はどう生きていくべきかの哲学を持ち、
そのための勇気を持って一歩を踏み出せ、と言っているのである。

その場しのぎの政策、今をしか見ない近視眼的政策、一部の富裕層にしか
目を向けない、自分たちの保身と生き残りしか考えない政治家はいらない。

これ以上、トイレなきマンションを世界は作ってはならない。
もう、作ってしまった、起きてしまったこれらの問題の解決は、みんなが知恵を
出しあい、解決していかなければ仕方ない。
他の地域の問題は、自分たちの問題である。
他国の問題は、自国の問題である。
地球の大気は、地球の海は、一つにつながっているのだ。
大船渡のボートが宮崎に流れ着く…
東日本大震災のがれきが続々とアメリカ西海岸に流れ着く…
六ヶ所の海が汚染されれば、福島の海が汚染されれば、鹿児島南大隅の海が汚染されれば、
それは潮流に乗って、日本中の漁場をいつか汚染して行く…
世界の海を汚染して行く…

こんな悪循環を早く断ち切ろう!

私は訴えたい。日本だけでなく、世界でこれから原子力発電所や関連施設を
作る場合には、その敷地内に低~高レベル放射性廃棄物の処理施設及び最終処分場を
併設することを義務づけるべきである、と。

それでもなお、原発施設を誘致したい、という町であるならば、しかたあるまい…

原発が生み出すエネルギー、お金…そうしたプラスの面だけを考えて、
そこから出て来た人類が扱うすべを知らぬ核のゴミは、遠くモンゴルに
捨てさせてもらおうとしたり、あるいはかつてやっていたように、海に不法投棄したり、
(日本で、まだそんなことを大真面目で言っている某党の議員がいましたよ!)
あるいはまた、宇宙に打ち上げて捨てればいい!などという狂気のような意見まで。
もし途中で事故を起こしたらどうするのだ!!

時々私は、水洗トイレ、というものが、こうした『汚いものは見えないところへ」
という思考を生んだのではなかろうか、と半ば真剣に考えることがある…
いや。水洗トイレの考えは古代からあったわけだからいい方を変えよう。
その普及が、人間の、おのれの体の始末をおのれでつけるという当たり前のことに対する感覚を
鈍磨させて行ったのではなかろうか、と。
人間は、いや、およそ生きとし生けるものは、ものを食べなければやっていけない。
そして食べれば、排泄ということが必ず付きまとう。
現代の人間は、この自分の体から出るものに鈍感になりすぎたのではあるまいか。
赤ん坊を世話していれば、その愛らしい子は当たり前のように排泄をする。
老いた親の介護をしていれば、その下の始末と日夜向き合わねばならない。
可愛い犬や猫を飼えば、人間さまが、動物たちの糞尿の後始末をしなければならない。
でも、それが当然なのだ。
生きて行く、ということは、そういうことなんじゃないだろうか?

人間が、生物としてのおのれの限界を忘れたところに、あらゆる不幸は
発生するのではなかろうか……。












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『原子力と人事 ①』

だいぶ、記事をさぼってしまった。
私が願う方向とは反対に反対に、と行ってしまっているこの国の政治。
時に気力が失せてしまうことがある。

さて、黙ってスル―させてしまってはならない喫緊の問題が、
『原子力規制委員会人事』である。昨日、田中俊一氏を初代委員長とする
人事案は閣議で了承されて、あとは衆参両院の審議を待つばかりとなった。
審議といっても、原発推進というところで一致している現政権下の民主党と
原発をこの国に導入し54基も作り続けて現在の二進も三進もいかない
原子力依存体質を作りあげて来た自民党、そして節操もなにもない公明党が
賛成するのは、目に見えているから、へたをすると、来週中にも
このひどい人事案が決定されてしまう。
自民党は、この29日に野田首相の問責決議案を提出するという。
規制委員会人事案は、その前に可決されてしまうのか……

この原子力規制委員会委員長は、いったん任命されてしまったら5年間は 、
総理大臣がたとえ脱原発の総理に変わったとしても罷免出来ない絶対の権限を
持ってしまう。そのような権力を持つ者は、今回田中氏たちが選ばれたような
密室で何をどういう根拠でいかなる過程を経て選ばれたかわからないようないい加減な
決め方ではなく、公開された中、数人の候補の中から公正に候補者が選ばれるべきでは
なかったのか。

国会が紛糾などして採決が出来なかったりした場合には、
『原子力規制委人事をめぐる例外規定』という同委員会設置法付則によって、
首相が単独で『任命権』を発動し、任命してしまうことができる
のだという!!!

野田総理は、もしすんなり人事案が通らなかったら、これをやるな、きっと……。
そのために轟々たる非難が官邸に浴びせられ、民主党人気がさらに落ちて、
自党の議員が次々落選しても、彼は痛くも何とも感じないひとだろう。
彼にとっては、さまざまな法案を通したという自分の実績が残せればそれでいいのだ。
消費税問題でごっそり自党の議員が減っても、何の責任もとらない。
国民が自分を嫌っていても、なんとも感じない。
また、へタレの民主党に残った議員たちは、その責任を追及する覇気もない。

唯一託したい希望は、民主党内にもいる、脱原発議員たちと、社民共産、『国民の生活が第一』
などの少数野党。それから、選挙で『原発推進議員』というレッテルを貼られて
落選することを恐れて、態度が揺れている議員たちが、脱原発に踏み切ることである。
その意味で、今こそ、国民が、どんな形でもいい、原発推進議員には
次の選挙で票を入れないぞ、という強い意志を声に出してゆさぶりをかけて行くことが必要である。
へタレであるがゆえに、選挙民が『原発を選挙の争点にするぞ!』という強い意志を示せば、
脱原発、人事案撤回にまわるかもしれない。
なに、へタレでもなんでもいい、今は数が大事。たとえ一票でも多ければ、人事案は
通されてしまう。それを阻止することが大事だ。

自分の選挙区の議員に電話、FAXなどで、人事案撤回するようゆさぶりをかけよう。
脱原発の意志を明確にしない議員には、次の選挙で投票しない、という強い意志を
国民が示すことが大事だ。
この人事案の大切さを知らないひとに、優しい言葉で説明しよう。
今、原発はもういやだ、という意志を持つ一人一人が、自分の周囲のひとを
一人でも二人でも、説得して行くことが大事だ。
デモも、もし、おいでになれるかたは、一度恥ずかしがらずに参加してみてください。
今まで知らなかった世界を味わえるはずです。
…なんというのでしょうか…
そう。『自分を取り戻す』感覚、とでも言いましょうか。
自分の足でこの世にしっかと立って歩いている感覚。
自分の声で、自分の想いを表に出すという開放感。
そして、『一人ではない…世界と未来とつながっている…』という、不思議な連帯感。
そして、自分も何かに参画している、という自信も生まれます。

夏の間、少し体力温存していた彼岸花。
さて、また闘争開始だ!

前置きが長くなってしまったので、今回書きたかった記事は、
次の記事で書きます! (ありゃ。これが前置きかい!笑)



『終戦記念日とオリンピック 』

8月15日。
今日は67回目の終戦記念日だった 。

17日間にわたるロンドンオリンピックも終わり、
消費税増税をめぐる国会のどたばたも、気持ち的には不燃焼のまま一件落着して、
世の中は、夏の暑さの中、一種の虚脱状態。
1945年の8月15日。日本が戦争に負けた日も、夏らしく晴れた日だったという。
その日、日本中を襲った虚脱感と一種の解放感…
私もまだ生まれていなくて知っているわけもないのだが、8月15日と言うと、
なぜか、その日の空虚感が日本人としてのDNAの中に組み込まれていて、
まるでその日を生きていたような気分になる……
オリンピックが終わったということもあって、今年はとりわけそんな感じを受ける。
今日は私も、太平洋戦争で散った多くの命を想い、黙祷を捧げた……

さて。
第30回目のオリンピック競技会ロンドン大会。いかがでしたか。
無論たくさんのアスリートたちの活躍、素晴らしいのだけれど、
私にとって毎回のオリンピックでいつも心に残るのは、開会式閉会式の模様に
顕著に表れる、その時の開催国の想いというか、その国の歴史と文化の色と
いうようなものである。
今回のロンドンオリンピックには、衰えたりと言えどイギリスという国の
やはり文化と歴史の重層性のすごさ、というか厚みを感じたなあ……!
ロンドンの美しい歴史的建造物群や、緑の豊かさ、テームズ川の流れ…
テレビの前でロンドン歴史散歩をしているような気分を味わえた。

そして何より深く印象づけられたのが、イギリスが世界に送り出した文化の、
その圧倒的な量と質の高さである。
産業革命の頃から、今日まで。イギリス文化が世界に与えた影響のどれほど大きかったことか!
音楽一つとっても、ビートルズ、ローリングストーンズ、デヴィッド・ボウイ、
エリック・クラプトン、ザ・フー、レッド・ツェッペリン、クイーン、
セックス・ピストルズ、オアシス、ピンク・フロイド、……
なんというビッグネームばかりだろう!
そして、また例えば、児童文学の分野でも、イギリスが世界の子供たちにくれた贈り物は
なんと大きかったことだろう!
開会式の中で使われただけでも、ピーターパン、メアリー・ポピンズ、チキチキバンバン、
不思議の国のアリス、そしてあのハリー・ポッターシリーズの作者、J.K.ローリング 
さんはなんと、ピーターパンの朗読生出演……
文学で言えば、『テンペスト』から一節が引用されたシェークスピア、ディケンズ、…
…まあ、今回使われなくても、イギリスが世界に誇れる詩や戯曲、小説など文学上の傑作は
数知れず。

大英帝国がその世界における覇権を失い、斜陽の国と言われて久しいけれど、
こうやってその文化の厚みと、世界に与えた影響、多くの喜びを見てくると、
この国はやはり、今でもすごいなあ!と舌を巻いてしまう…

映画もすごい!
ジェームズ・ボンドシリーズは世界を長きにわたって魅了しているが、6代目ジェームズ・ボンドの
ダニエル・クレイグが、なんと!バッキンガム宮殿にエリザベス女王を迎えに行き、
オリンピック会場までエスコートするという、びっくりするような演出!
なんと女王様が、オリンピックの開会式のショーに自ら出演なさるとは!!!
日本の皇室では考えられないことだ。いいとか悪いとかの問題ではないけれども…
女王陛下の愛犬までが名演技!
そういえば、このウェルシュ・コ―ギ―というのもイギリス、ウェールズ地方が原産だからなあ。

そのイギリスの生んだ数々の映画の中で、名作の誉れたかいものの一つに
開会式のショーで使われた『炎のランナー』がある。
ベルリン・フィルの主席指揮者をしているサイモン・ラトルが
ロンドン・シンフォニー・オーケストラを指揮して、映画『炎のランナー』の主題曲を
演奏するのだが、そこにちゃっかり、あの『Mr.ビーン』のローワン・アトキンソンが
紛れ込んでいるという趣向! 

さて。今日書きたいのは、この『炎のランナー』という映画のエピソードである。
『炎のランナー』は、1981年のイギリス映画。アカデミー賞の作品賞のほか、
脚本、作曲、衣裳デザイン賞を受賞している。
これは1924年のパリ・オリンピックに出た二人のイギリス人ランナー(実在の人物)を
主人公にした青春群像を描いた名作である。
一人は、ユダヤの血を引くケンブリッジ大学学生ハロルド。彼は、自分の民族の血のゆえに
受ける潜在的差別を、走ることによって跳ね返し、自分が英国の民である
証をオリンピックで勝つことによって示したいと思っている。
今ひとりはスコットランドから来た青年エリック。中国生まれのキリスト教青年伝道師。
父が中国で伝道していた関係でそこで生まれた。
この二人のランナーを中心にして、恋や友情、スポーツ精神、そして人種差別などの
問題も絡めた人間ドラマが描かれていく。

エリックは、100メートル走に出る予定だったのだが、その予選の日は運悪く日曜日。
敬虔な宣教師であるエリックは、安息日に走ることはできない。
王太子やサザーランド公など要人からも、イギリスの代表として国の名誉のために
走れと言われ、苦境に立たされる……

まあ、映画をこれからご覧になりたいと思われる方のために、これ以上のストーリーは
話さないでおくが、映画の後日談ならいいだろう。
ユダヤ人のハロルドは後に、弁護士、キャスター、スポーツ組織指導者となって、
イギリスのアマチュアスポーツ界に貢献し1978年に亡くなっている。
一方のエリック・リデルは、生まれ故郷の中国に渡り宣教師となり、
日本軍の捕虜収容所に抑留されたまま1945年に43歳の若さで脳腫瘍で亡くなったそうだ。

日本軍の捕虜収容所、と言えば、今回、開会式で日本選手団が、行進後、
各国選手団が行進が終わるまで待っている会場中央部でなく、なぜかそのまま
通路から外に誘導されてしまい、聖火の点火も見ることが出来なかったのを
ご存じでいらっしゃるだろうか。
日本人が会場の外に誘導されていなくなってしまったのに気づいた日本人の観客から
『なぜ、なぜ?』というつぶやきがネット上で瞬く間に広がり、
日本人選手団が身につけていた、東北大震災瓦礫の木片で作った応援バッジが、
放射能を帯びているのでは、とイギリスのオリンピック委員会が恐れたからだ、とか、
いや、日本人が太平洋戦争の時、イギリス人捕虜などに対し、人道的でない
ひどい扱いをしたことを、今でも在命中のイギリス人軍属やその家族は
許していないからだ、などと、いろんなうわさが飛び交った!
私は、そのバッジの件については、子どもたちを利用して、隅っこに
『みんなの力でがれき処理』と書いた応援バッジを選手に渡すなどという、
政府の無センスと、子供やオリンピックを瓦礫拡散の宣伝に利用する姑息を憎むが、でも、
日本人選手団の誤誘導(現地オリンピック委員会が誤誘導を謝罪している)と、
バッジは関係ないだろうと思っている。

世界のスポーツの祭典で、そんな戦争中の恨みを晴らすなどという、
ネットで飛び交う噂のような馬鹿馬鹿しいことも、同様にあるわけはないのだが、
そのこととは別にして、旧日本軍に対して、イギリス、オーストラリアなど
連合軍側の元捕虜たちが、捕虜収容所でのひどい待遇について、いまだに許していない
者がいる、ということは否定しがたい事実であろう。ずっと以前だがNHKの番組で
見たことがある。

英国軍兵士に対する旧日本軍による虐待の事実がすぐわかる資料というのが
見つけられなかったが、下のような日本人学究による研究の一部を見てみれば、
現在、『日本軍による南京大虐殺はなかった』とか、
『沖縄で軍属の人間による集団自決の強要はあり得ない』とか、
『日本人は捕虜に対し丁重であって、虐待の事実はない、ゴボウを調理して出した物を
木の根っこを食べさせられた!と誤解しているだけだ』、
などという、戦争賛美者の言が、いかに、歴史の事実を歪曲しそこから目をそむけようと
しているか、ということがわかるだろう。
とりわけ、中国大陸における日本軍の残虐は、目をそむけたくなる!

http://www.geocities.jp/torikai007/1945/pow.html

これを、捏造だというか、それを信じるかどうかは、それを見る者の良心と想像力の
問題であろうと私は思う。
日本人兵士だけを責めているつもりはない。
戦争というものはなべて、人間をこういう生きものにしてしまうのだ!ということを、
私たちは知っておかねばならないと思うのである。
それは日本人、ドイツ人、アメリカ人、アラブ人…民族に関係ないのである。
アメリカの兵士が爆風でボロボロの雑巾のようになったベトナム人の死体を
ぶら下げて笑っている有名な写真をご覧になった方も多いだろう。

戦争は人間の人格を変えてしまう。あるいは、人間の中にこのような獣性は
もともとあって、戦争がそれを引き出してしまうのか…
どちらにしても、私たちは、人間というものの、そうした怖い側面に
目をつむるのではなく、直視しなければならないと思う。


話をエリック・リデルに戻そう。
実は私も、映画はずっと前に見ていたけれど、主人公の一人、1924年
パリ・オリンピックの400メートル金メダルのエリック・リデルが
日本軍の捕虜収容所で亡くなったとは、このオリンピックまで知らなかった。
知人から聞いて驚いたのである。
それで自分でも調べて見ていたら、こんなさらなる後日談を教えてくださるブログに出会った。

もともとはずっと前の東京新聞の記事だそうである。さすが東京新聞!というか…。
ブログを一部引用させていただく。

映画『炎のランナー』の主人公のモデルとなった1924年の
パリ五輪400メートル走で優勝し金メダルを獲得した英国人エリック・リデルさんは、
国民的英雄だったが、その後宣教師として中国へ。太平洋戦争開戦で日本軍の
民間収容所に入れられ1945年2月に病死した。

そのリデルさんと同じ収容所に入れられた宣教師の子供として中国に生まれ育った
スティーブン・メティカフさんは終戦までの四年間を一緒に過ごした。
当時、メティカフさんにとっては日本は憎しみの対象である『敵国』。
しかし、信仰深いリデルさんから聖書について学び、その意識が変えられていったという。

聖書の『汝(なんじ)の敵を愛せよ』という言葉をめぐって論争。
メティカフさんが『日本の憲兵を愛するなんてできるのか。この言葉は単に理想だ』
と問いかけてみたが、戦争に駆り立てられる日本人のために、熱心に祈りをささげる
リデルさんの姿に次第に自らも祈るように変わった。
収容所で死亡したリデルさんから贈られた運動靴をはき、その棺をかついだメティカフさんは
『生きてここを出られたら、日本のために宣教師として働こう』と決意。

終戦後、日本を憎む周囲の反対を振り切って来日し、1990年まで日本で伝道活動を続けた。
メティカフさんは出版する本を通じて
『日本は豊かになり、国際的な視点も持つようになったが、あの戦争について
あまりにも教えてこなかった。リデルさんの遺志を伝え、断絶を埋めたい』
と日本の若者に語りかけんとしている。

このようなストリーに日本人が接することは少ない。
日本人の心にこのような寛容さがあるのであろうか?と私は時たま思うことがある。
日本人の論理構造や精神構造の中には、リデルさんやメティカフが心の中に持つ
『幅の広さ』や『奥の深さ』が感じらず、極めて限られた幅しか持っていないのではないか?
と時たま感じているのは私だけであろうか?私はクリスチャンでは無いが、
時たま西洋人と接し、日本人とは違う何らかの『幅』を感ずることがある。


このブログの方のURLを、記事を書いている間に消去してしまった!
ご本人にはコメント欄へ、記事引用させてほしいというお断りをしてはあるのだが、
ここで、お礼を述べさせていただきたい。

スティーブン・メティカフさんの言葉。
『日本は豊かになり、国際的な視点も持つようになったが、あの戦争について
あまりにも教えてこなかった。
リデルさんの遺志を伝え、断絶を埋めたい』
に、私は日本人として、深く恥じ入り、頭を下げたい心持である。
また、ブログの方の最後の疑問にも、深く共感する。

日本人は戦後、太平洋戦争について真実を直視し、後世にそれを負の教訓として
ちゃんと伝えてきたであろうか。
例えば、731部隊。中国大陸で日本軍が行ってきた人体実験。
しかし、その詳細は明らかにされることなく歴史の闇の中に埋もれようとしている。
731部隊の情報をすべてアメリカ軍に提供することと引き換えに、731部隊の
責任者たち、…その真実が明らかにされれば、A級戦犯として裁かれること
間違いなしの責任者たちが免責された、というのはWikipedeaなどにも書いてある。
731部隊の生き残りたちは、戦後そうやって、アメリカ軍と取引することによって
誰ひとり戦時の責任を訴追されることなく、日本の衛生学行政や学界などで
中枢の役についていくのである。
この731部隊の生き残りは、あの薬害エイズを引き起こしたミドリ十字設立にも
関わっている。
歴史上の汚点を直視しない人々によって、新たな別の悲劇が引き起こされたということだ。

アメリカとの圧倒的な戦力の差という現実を見ず、ただ小奇麗な精神論だけで戦争に勝つと
兵士を国民を鼓舞し、結局自国の兵士も国民も、そしてアジアの人々をも
死と不幸に陥れた日本の軍部上層部と時の政府。
それから、それを許しむしろお先棒を担いで、戦争に駆り立てたジャーナリズム、
さらに言えば、日本が戦争に突入して行くのを、止められなかった国民自身。
その構造は、『原発は安価でクリーンで安全なエネルギー』という小奇麗な嘘で、
結局、福島第一原発事故を引き起こしてしまった電力会社、政府、
経済界、マスコミ、学界、そしてそれを見過ごしにしてきた国民の構図と
なんと似ていることであろう。
ここでも、自分たちに都合の悪い情報は隠ぺいするか、敢えて見ないようにする、という体質や、
いやなことを直視したくない、お上の言うことにただ従う、という心性が、
悲劇を生みだす、という教訓が少しも生かされていない。

エリック・リデルや、スティ―ブン・メティカフ両師のように、自分たちを捕虜として
いた敵国日本のためにさえ祈ろうとするこころ。
大飯原発再稼動に。遠くヨーロッパやアメリカで抗議行動をしてくれるそのこころ。

一方で、南京大虐殺を、『そんなに殺していない。数週間という短期間で一説には20万
から数万とも言われる人間を殺せるはずがない』と、人数の問題に帰してしまおうとしたり、
はては『南京虐殺はなかった』と言い張る人が、政治家や知識人の間にさえいる日本。
ああ!…『福島の事故では一人も直接放射能で死んだ人はいない』とか、
『プルトニウムは飲んでも大丈夫』『100ミリシーベルト以下は大丈夫』という
いい方と、なんと似ているのであろうか!

イギリス人だからとか、日本人だから、ということとは関係ない、
こうした、現実の危機を過小評価し、必要な時に必要な手を打とうとしない怠慢と傲慢、
想像力の欠如、そして他人に痛みに対する鈍感さを私は憎むのである!


太平洋戦争終結67年目のこの日や、広島、長崎の原爆記念日を、
日本人が原爆にやられた日、日本人が戦争に負けた日、と記憶してはならないと思う。
私たち自身の中にも潜む、この獣性。それを戦争などによって引き出したり
しないようにするために。
戦争というものは。気がついたら、そこに来ている!
そうなったらもうなかなかのことでは止められない。そうなる前に、その恐ろしい萌芽に
気づいて、芽を摘み取ることである。
それは原発事故も、食糧危機も、金融大崩壊も、社会の制度崩壊も、皆同じである…。

ロンドンオリンピックの開会式を見ていてもう一つ感じたこと。
子どもたちがたくさん、ベッドにいる演出を皆さん覚えておいでだろう。
あそこで、イギリスでもっとも有名なこども病院として、GOSH(グレート・オーモンド・
ストリート・ホスピタルの頭文字)が紹介される。1852年(!!!)にロンドンで設立された
イギリスでもっとも古い子ども病院。
ここは難病の子供達を専門的に治療するイギリスで一番有名な高度治療を行う小児科病院。
国民保険で難病の子供達を救う最後の砦である。 
ピーター・パンの作者ジェームズ・バリからピーター・パンの著作権料を1929年以来、
寄付されていることで運営されていることで知られている。そうか!それであの演出か!

また、次にNHS(ナショナル ・ヘルス・サービス)も紹介される。
これはイギリスが世界に誇る医療制度の頭文字。第二次世界大戦直後の1948年、
誰でも安心して等しく医療が受けられるよう作られた制度だという。
利用者の健康リスクや経済的な支払い能力にかかわらず利用が可能であり、
完全に無料で、しかも、6か月以上合法的にイギリスに滞在することが可能なビザを
取得している外国籍の学生などまでもが利用することができる。
そしてあの時踊っていた看護婦さんやお医者さんなどの役は、現役の看護婦さんなどが
務めていたとも。

もし、日本の東京でオリンピックを開催するとして、2002年に大蔵病院と統合され、
今は、国立成育医療センターとなっている旧国立小児病院や、
国民健康保険制度を、こんなふうに、世界に向けて誇らしく紹介するだろうか?
私は、イギリスがすべて日本に勝る、とは決して言っていない。
しかし、こども病院GOSHにしても、NHSにしても、
なんと素晴らしいシステムであり、またそれをオリンピックで、
世界に先駆けた産業革命や、シェークスピアやディケンズやビートルズなどの芸術などと
並べて、『自国の誇るもの』として世界に紹介するイギリスという国! 

日本でも1961年に、国民すべてが公的医療保険に加入する国民皆保険体制が整えられている。
日本が世界に誇れる素晴らしい制度である!
アメリカなどはこれがないために、盲腸の手術で一家が破産するほどの高額の医療費を
無保険者は払わなければならなかったりする。これを何とか日本のように皆保険に
持って行きたいという理想を掲げたヒラリー・クリントンは、共和党支持者、製薬会社、
医学界、保険会社、高額所得者などの激しい抵抗に会って実現できずにいる。

日本人は、自らの今手にしているしあわせに鈍感である。
その幸せは、先人達が血のにじむ努力や時には迫害を受けつつ獲得してきた権利である。
今回のオリンピックで初めて、参加国すべてが男女参加にこぎつけたのだ、ということを
御記憶なさった方も多いだろう。びっくりしませんか?!
女はオリンピックに出られない、という国が前の大会まであったのだ。
日本じゃ当たり前に女もスポーツできるし、選挙権もある。
でも、その我が国だって、婦人が、国でも地方でも参政権を得たのは、戦争後の1946年のことである。
それまでには、幸徳秋水や青鞜の平塚らいてうや奥むめお、また菅直人が青年の頃
市民運動家としてそのもとでスタートを切った、あの市川房枝などが、
砂を噛むような悔しさの中、血を吐くような訴えを続けてようやく獲得した女性の権利なのである。

婦人参政権も、言論の自由も(幸徳秋水は戦争に反対し、足尾鉱毒事件で田中正造が
明治天皇に直訴した時、その原稿の下書きを書いてくれと言われて多くのものが
尻ごみする中、ただ一人引き受けて原稿下書きを作成してやった。大逆罪の罪を
着せられ死刑)、国民皆保険も、日本で当たり前、と思われていることが、
今回のリンピック参加国の多くで、まだまだ実現不能な遠い悲願であることを、
私たちは知っておかねばならないのではないだろうか?
その貴重な、私たちの宝を、ぼんやりして失ってしまってはならない!

平和は脆い。
『戦争が 廊下の奥に 立ってゐた』
と言う渡辺白泉の句のように、
戦争はいつのまにか私たちの傍まで来て立つ。
これは第二次世界大戦が始まった昭和14年の句。時勢に敏感な俳人の
感覚が、近づいてくる戦争の足音と自らの応召を予感したか。(大岡信)
この渡辺白泉も、昭和15年、治安維持法違反で監獄へ入れられている。

日本が世界に誇れる国民皆保険制度。それも今、危機に瀕しているのをご存じか。
『きっと誰かに愛されている』ブログの愛希穂さんの記事をまた参照させていただく。
『社会保障制度改革推進法案』なるものが、オリンピックと政局のどさくさに紛れて
今にも国会に提出されようとしているのだ。
詳しくは愛希穂さんの記事を読んでほしい。

①健康保険の適用範囲の縮小。有効性や安全性が認められても費用の高い医療技術や薬は健康保険を適用しない。

②免責制度の導入。たとえば、1回の医療費が5000円以下は健康保険を適用しないなど。

③高齢者の医療では、本人や家族が望んでも、健康保険を使った終末期の延命治療を一切行わない。

④健康保険が適用される薬はジェネリックで、同じ有効成分の先発薬を使う場合は差額が自己負担になり、選択肢が狭められる。

私もこれをtwitterから、ダイアモンド社の記事に入って知り、今、非常な危惧を感じている。
前に、TPPのことでも、日本のこの大切に守って世界に誇りたい国民皆保険制度が
冒されそうだ、という記事を書いたことがあるが、こんな法案が通り、TPPに
加入してしまったら、日本もアメリカのような国になってしまう。
いったん、その制度が崩れてしまったら、クリントンのような実力者がいくら
動いても、容易に構築できないのが、社会保障制度である。

…イギリスは『斜陽の帝国』と言われ、世界のリーダーの地位ははるか以前に
アメリカに譲った。内部に大きな問題も抱えている。
まず第一はアイルランドとの、長い長い戦争と憎しみの歴史である。
貴族を中心としたエリートと、労働者階級の、越え難い身分差もある。
経済だって問題山積み。

…決してオリンピックで謳いあげているような理想の国ではない。
それでも。それでも、である!
こうやって世界に向けて宣伝して支援金を集めたいという目的があるにせよ、
国立こども病院や、皆保険制度をオリンピックで誇り高く歌いあげて、
どんなに経済が苦しくともそれを守ろうとする強い意志を持つ国と、
「経済、経済!」と、経済や金のためなら、国民の健康と安全など二の次、
三の次にしかねない国、折角の皆保険制度を粗末にして崩壊させてしまいかねない国と、
どっちをあなたは誇りたいか!!??選びたいか??!!

さあ…また長くなってしまった…
でも、こんなことを、ぼんやり開会式の画面を眠くなった目で見ながら
考えていた彼岸花であった。

国民は、自らの手で政治を動かす知恵と力を持たねば、それはいとも簡単に
あなた方の権利を奪う。
自分たちの健康と安全としあわせは、自らの手で守っていかねば、それを巧妙な
言葉で奪うものが待ち構えている。
原発、TPP,治安維持法に似て言論統制、思想統制につながる秘密保全法やACTA条約、
戦争につながる集団自衛権の拡大解釈や改憲問題、そしてこの社会保障制度改革推進法案……
今の政治は油断すると、私たちが歴史で折角、折角、そこから必死で逃れて来たものへ
再び逆行させようとしているようにしか見えない。

わたしより若い世代に、このことをしっかり伝えておきたい、そう願いつつ、
67回目の終戦記念の日に書き記しておく。

最後に、ローワン・アトキンソンのパロディではなく、映画『炎のランナー』でもなく、
本当の、エリック・リデルとハロルド・エイブラハムスのパリ・オリンピックの走りを
見つけたのでご紹介しておこう。
胸のゼッケン419がハロルド・エイブラハムス。ゼッケン451がエリック・リデル。




オリンピックはすばらしい。毎回、身体も心も鍛え抜かれたアスリートたちが見せてくれる
感動のドラマ。今回もなんとたくさんの感動を与えてくれたことだろう!
人間は、スポーツで、芸術で、そしてエリック・リデルやハロルド・エイブラハムスのように
その崇高な精神で、生きる喜びと勇気を示すことが出来る生きものである。
しかしまた、戦争や原発事故、思想統制による同胞迫害、環境破壊など、恐ろしいことを
引き起こす動物でもある。そのことを自覚していよう……


                *

憲法改悪して、自衛隊を武装させて海外派遣したくてたまらない、
『地下式原子力発電所政策推進議員連盟』の推進者で、核武装論者の安倍晋三氏に
橋下氏の大阪維新の会が、この15日、合流を要請した…







『流星群の夜 2012』

オリンピックが最終日を迎える夜。
日本では、ペルセウス座流星群がピークを迎える。

太平洋岸は天気が大きく崩れるという予報で、「ああ、今年のペルセウス座流星群は
見られないのかな」と思っていた…
ところが、12日の東京は快晴。この調子なら夜、流星群が見られそうだ!…

夜、9時半。
例年の如く、一人川原に出てみた。
去年は、川原の草原に、マットを敷いて、ごろりと横になった。
え?女ひとりで夜の河原にいるなんて危なくないかって?
…ええ。危ないんだろうけれど。
まあ。もう、60半ばの老女だし(見かけはそうではありませんぞ!笑)。
川原は我が家から、歩いて2分とかからない。
私がいつも流星群を見るサイクリングロード脇の草原のすぐ横には、
普段から自治会などで頼りにしているお宅が、まだあかあかと電気を灯している。

さて、言い訳はともかく、とにかく流星群を見たい! …その一心。

私、流星群観察用の椅子まで買った!!!
と言っても、家から河原まで運ぶのに軽量なことが第一。
近くのDIY店に行ってみたら、欲しかったデッキチェアはなかったけれど、
ディレクターズチェアがあった。

去年、川原に寝転がって見て、それが星空を広く観察するには一番いいのだけれど、
なにぶんにも、やはり、夜の犬の散歩やジョギングなどで通り過ぎる人を
ぎょっとさせてしまうのが困る。
川原に人が深夜横たわっていれば誰しも驚くだろう。へたをすると死体かと
思われるかもしれないし、よくて女の酔っ払いか行き倒れ。
現に去年は、ドーベルマン2匹を連れて散歩中の男性に
「大丈夫ですか???!!!」と、声をかけられてしまった。

買ってきたディレクターズチェアは、キャンピングなどアウトドアで使う仕様だろうか。
軽いパイプ構造の布張り。これなら私ひとりで楽々河原まで運べる。
背もたれはリクライニングタイプではないので、寝るほどは広角で空が見られないかな
と思ったけれど、背もたれが長く、頭支えまでついているので、なかなか座りごこちがよく、
思いのほか、広く空を見ることが出来る。

川原に据えるとこんな感じ。


2012_0812_225543-CIMG7810.jpg


こんな暗いところに一人で?
…実際は、街灯がかなり明るく、星空観察には邪魔なほど。
さて。蚊よけのスプレーもしたし、飲み物は椅子にポケットまで親切についているので、
そこに入れて、容易は万端……



時折、すぐ横のサイクリングロードを、ジョギングのひとが通る。
上の細い道路を車も結構繁く通る。
それ以外は、本当に静か。
それでも、生きものの気配がそこここでする。
下の川の流れの方からは、蛙の鳴き声がずうっと途切れなく聞こえてくる。
この川には、綺麗な声でなくスズガエルもいるはずなのだが、今宵は
ヒキ蛙?の声。
後ろの八重桜の木立の中では、時折アブラゼミがジジッ!とねぼけた声をたてる。

雨が少ない川は、水音がしないが、時たま、鯉か、蛙か、ちゃぽん!という
かすかな水のはねる音が聞こえてくる。
私の近くでは鳴いていないけれど、川の向こう岸からは、もうコオロギの鳴き声が
届いてくる。

…もう夜はすっかり秋の気配だなあ…

蚊よけのためだったのだけれど、長袖のシャツを着て来たのは正解だった。
夜の河原は、もう少し肌寒いくらいである……

上空は風が強いらしく、昼間見れば可愛い真っ白な綿雲であろうと思われる
いろいろな形の雲が、南から北の方角へ向けてどんどん流れていく…
あれはなんという星だろう…頭の真上近くに明るく輝く星が二つ。
その星たちは目に見えるほどの速さでは無論動いていないのだけれど、
雲が流れていくので、じっとしているはずの星たちが、まるで、北から南へ
ぐいぐいと流れていくように見える…


2012_0812_215012-CIMG7805.jpg



!!と!
一筋、鮮やかな流星が、北から西の空にかけて、つう~~~っと流れた!
ああ!!!

その5分ほどあとに、また一つ!

…それから、しばらく…待っていたけれど、星は流れない…

でも不思議。ちっとも退屈なんてしない。
椅子は極めて座りごこちよく、体のきついところもないし。
ただ、夜空を見上げて、ひたすら、次に星が流れてくれるのを待っている…

去年、地べたに横になっていた時は、夜の大空に吸い込まれてしまいそうで、
否応なしに自分の卑小さを感じ、怖くてぞうっとするほど寂しいのだけれど、
なぜか、あの空はいずれ自分が還って行くところ…という、なにか
大きなものへの帰属感があった。
だが、今年は、ディレクターズチェアに足組みをして座っているので、
なんだか夜空を自分が演出している気分?・・・・というのは大袈裟だが、
去年のような、『生存の深奥の悲しみ』というような気分は薄れ、
やわらかい布張りの椅子のフレキシブルさは、なにか、幼い頃、父親の胡坐の中に
すっぽり嵌まって、囲炉裏ばたにでもいたときのような安心感。
でも、いつでもそこからすっと立ち上がって行けるという自立感もある。

……人間、自分の意志で、自分の骨格で、体を起こして座っている、というのと、
去年のように、大地にただ無防備に体を横たえている、ということの間には、
これほどの精神的自立感の違いがあるんだなあ、ということなどに驚く。
我が身を横たえる、ということは、自分のやわらかい腹も、心臓がある胸も、
ものを見聞きし声を出す、そして息をする鼻腔や口も、すべて無防備に曝す、ということである。
『あなたに命をゆだねます!』、ということである。
動物が、争いの相手に敵わない!と思った時、腹をさらすように……

『あなたに命をゆだねます!』という時の『あなた』とは、夜の河原で流星を見るために
寝転がっている時は、まあ…大自然、宇宙、という、いわば神のようなもののことである。
その大きさ、その悠久さの前に自分の卑小さを感じて、わが身を任せる…
流星を見ることに、一種の、神による凌辱、そして懐胎を感じると、去年そんな歌を書いたけれど、
そう。おんながおとこに身をゆだねるときと、夜の河原で寝転がって、流星を浴びる感覚とは
似ているのだ。

少女の頃。たまに風邪などひいて学校を休んでいることがある。
兄がものを取りに、私が昼間から寝ている部屋に入ってくることがあった。
兄妹なんだけれど、その感覚はなにかひどく恥かしかったなあ…
「おう!おまえ、どうしたんか!」
…そうやって声をかけられれば、いつもの兄と妹なんだけれど。

夜、まっとうに寝る時間が来て、布団にもぐりこんで心も体もふくふくとして天井を
見上げている時はなにも感じないのに、まっとうな睡眠以外のことで、
身を横たえる時に感じるあの一種の罪悪感、羞恥のこころは、女だけが抱く感情だろうか?

………

まあ、そんなとりとめもないことどもをぼんやりと思いながら、夜空を見上げていると、
流星が一つ。…………また、一つ。

つつ~っと明るい光が夜空を流れていくのを見ると、そのたびに小さく声を上げてしまう。
顔は自然に微笑んでいる。

ああ!天の恵みだ!
虹や流星は。ちっぽけな人間に天が下しおかれる生の喜び。束の間のこの世の生の確認ですよ…。

カシオペヤが頭上できらめいている……
遠くを行く電車の音が、昼間と違って寂しげに聞こえるのはなぜなんだろう……


この夜見た流星は全部で9つ。
長くくっきりしたのが7つと、短いのが2つ。


一度、家に戻って木綿の長袖シャツの上にさらに薄手のシャツを羽織って来たりして、
都合、計二時間ほどもいて、深夜、家に引き上げるとき、東の低い空をふと見ると、
川原では家々にそれまで隠れて見えなかったのだが、二十四夜の細くなった月を挟むようにして、
あれは金星と水星?木星?、2つの大きな明るい星と月が一直線上に並んでいた……

今夜ももし晴れていたら、また川原にお気に入りになった椅子を持ち出そうか。
今夜明け方東京では2時40分過ぎに、月が金星を隠す金星食も見られるはずだ。

でも、流星を見てそのまま、明け方まで起きてオリンピック閉会式を見ていた私。
今夜はそんなに起きていられそうもないな。


今後、ご愛用になりそうなディレクターズチェアには、名前を付けた。
その名前ですか? 『浅川さん』(爆)私の愛する川の名前そのまんまです!

流星に願い事?その願い事は。それは秘密。



去年の『流星群の夜』

    ↓

http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-615.html

『キャンドルナイト ⑰』

8月11日。
東日本大震災。福島第一原発事故から17カ月です…。
復興は進んでいるのでしょうか…。

被災地の様子を伝える報道は、本当に少なくなりました。
原発は、福島の教訓など無視して、大飯原発が再稼働されてしまいました。

とってもとっても悲しいことだけれど、
日本は、あの悲劇を経験して、本当は、いい国に生まれ変わらなくちゃいけなかった。
だってそうでしょう。
それでなければ、犠牲になった方になんと言えるでしょう?
日本は、強く雄々しく立ち上がらなくちゃいけなかった。

でも、政治は、逆に悪いほうへ悪いほうへと進んでいっているような気がしてなりません。

そんな!そんな馬鹿なことがあっていいのだろうか!……

私はときに絶句して立ち止まってしまいます。



今晩も、静かに、小さなろうそく立ててみました。


ろうそくのまわりに散らばせてあるのは、いろいろな色の石やガラスです。
娘が中学生くらいの時、なんでか知らないけれど、自分のお小遣いで買ったもの。
家を出るとき、他の数々のこども時代の思い出の品といっしょに置いていった。
もう20年以上も、押し入れの、クッキーの缶の中で眠っていました。

夏ですし。
キャンドルナイトも少し涼しげな感じにしてみましょうか。
掌で遊ばせると、ひんやりと冷たい石やガラスたち。


遠い海を想いましょう…。

海が、悲しいものになってしまった日本。
空が、大地が、せつないものになってしまった日本。

残された私たちが、『よく』生きないで一体どうするのでしょう!
悲劇の前よりうんとうんと賢くならないで一体どうするのでしょう!




2012_0811_205923-CIMG7799.jpg





葉っぱさん、れんげちゃんのバナー。
今月もお借りしますね♪

                         
心ひとつに キャンドルナイト



こちらは、NANTEIさんが、こころをこめてお作りになったバナー。
お借りします。


南亭さんバナー②



『最悪の政権』

オリンピックに国民が気を奪われ、マスメディアの報道もオリンピック一色の中、
消費税増税法案の成否をめぐり、ここ数日、与野党間で激しい政治の駆け引きが行われていた。
社共、『国民の生活が第一』など自公を除く野党は、7日夕、衆院に内閣不信任決議案、
参院に首相問責決議案を提出した。
自民党も、野田総理からこの国会会期内の解散の確約を得られなければ、
消費税増税法案の三党合意を破棄し、内閣不信任案、首相問責決議案を
提出する構えと、つい昨日の朝まで言われていた。

私は政局の激しい攻防を見ながら、選挙を今すれば大敗するに決まっている民主党の
議員たちが、野田総理を突き上げて解散の確約をしないよう迫って、
野田氏が解散の確約を保留し、それに自公が怒って、民自公の三党合意なる
いかがわしいものがぶっこわれてくれないものか、とひそかに願っていた。

ところが、ところが、である。民主党は夕方両院議員総会を開きはしたものの、
野田首相の責任を激しく追及して紛糾するどころか、この難問を抱えた時期の
両院総会としてはしごくあっさりしたもので、和気藹藹と終了。
野田氏は、谷垣自民党総裁と短い党首会談を行って、昨夜、自公は消費税増税法案(正確には
『社会保障と税の一体改革法案』)成立に協力し、内閣不信任案や、首相問責決議案も
提出しないことにどうやら決まってしまったようである。

やれやれ!がっかりである……。まあ、そうなるだろうとは思っていたが。
離党しないで民主党内に残る消費税増税反対の議員や、TPP問題、原発再稼働問題などで、
首相の手法に異を唱える議員たちがもう少し騒ぎ、また自民党でも、小泉進次郎氏など
三党合意に反対する声が強まって、紛糾してくれるといいが、と思っていた
私の希望は甘かった!
しかし、揃いも揃ってみんなへタレばかりだ!

自公が野田総理を後ろで支えるのならば、この10日にも、社会保障と税の一体改革法案は
参議院を通過する見込みである。

最悪!である。

まあ、消費税を上げなければ、日本の財政は破綻寸前。他にめぼしい財源の見込みもないとあっては、
消費税増税もやむなし…それはおおかたの国民の納得するところなのではなかろうか。
私も仕方ないだろうなあ、とは思っている。国がよくなるなら、どうしても必要なら、
そしてそのやり方が適正ならば、消費税が10%、15%になっても我慢しよう。

しかし。本来、社会保障と税の一体改革、と謳ってきたこの法案は、いつのまにか
社会保障の部分の議論がするりと抜けおちておざなりな先送りとなり、これが通れば
自公は早速、昔のようにいりもしない道路などを作る公共事業に、はや、その
消費税増税で浮いたお金をつぎ込む要求をしてきているらしい。
ここを読んでほしい。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-28/2012072801_01_1.html

 日本共産党の山下芳生議員は27日の参院社会保障・税特別委員会で、民自公を追及。
民自公3党は消費税増税法案の付則18条に、「成長戦略並びに事前防災及び
減災等に資する分野に資金を重点的に配分する」と付け加えている。
これによって消費税増税で入ってくる13・5兆円を、防災に名を借りた『公共事業』に
重点配分するということだ」とただしたのである。
そしてなんと法案提案者の野田毅議員(自民)は、大筋でそれを認めているのである。

自民党は10年間で200兆円を公共投資するという「国土強靭(きょうじん)化基本法案」を提案。
民主党も整備新幹線をはじめ、東京外環道、八ツ場(やんば)ダムなど大型公共事業を
次つぎと復活させようと目論んでいる。
「社会保障以外に回さない」といいながら、消費税増税の目的が『社会保障の充実』と『財政再建』から
『公共事業』へ、法案が成立する前からすでに変わってしまいそうなのである
!!!

また、収入の少ない国民の負担を少なくするため、食品など生活必需品には
増税しないか軽減するという軽減税率については、品目別に税率を変えるなど
そんな難しいややこしいことは出来ない、と野田政権は最初から決めつけて、
(海外では当たり前のようにやっているのにもかかわらず)かろうじて、
平成26年に8%に消費税率を上げる時に再考、という曖昧な法案のまま
これを通してしまおうとしている。
本来は、増税するなら応能負担の原則で富裕層と大企業に負担を求めるべきなのに、
野田政権と自公のやろうとしている増税は、それに逆行する、弱い者いじめの増税である。

だから、私は、今回の野田と自公の増税案には断固反対である!
一体何のための増税なのであろうか。
社会の高年齢化が否応なしに進む。しかし国民が安心して老後を迎え、また若い世代が
負いきれないほどの負担を負ってしまうことを少しでも回避し、安心して国民が
暮らせるようにする、それが第一目的の増税ではなかったのだろうか?!!!

今回の三党合意で、野田氏の悲願、『命を懸けてやる』とまで言い切った
増税を、曲がりなりにも通してやり、しかも崖っぷちに追い詰められていた野田総理に、
首相問責決議案と、内閣不信任案を提出しないでやっていたことで、どれほど自公は
野田氏に恩義を売りつけたことか!

これからどうしても、解散→選挙へと流れはつき進まざるを得ないだろう。
おそらく密約したのだろうから。
民主党がかろうじて勝っても、自民党が、昨日「政権与党に戻ったみたいだ!」と
浮かれていたように、選挙に勝って政権を取り戻したにしても、この恩義のやり取りは
しばらく消えないだろう。

見ていてご覧。
今回の崖っぷちから、自公の協力によって這いあがったことにより、
それでなくとも身の程知らずの猪突野田政権は、故なき自信を再び回復して、
これから自公と組んで、今国会中に、とんでもないことを次々に決めていこうと
するような気が私はしているのだ。

大事な大事な消費税増税関連が紛糾して、こりゃ大変それどころではないと、
一時は先送りすると表明していた、エネルギー戦略。10日に参院で消費税増税法案が
可決成立すれば、野田総理は再び、これを何とか形にして決めてしまおうと
しゃかりきになりそうな気がする。
9月に先送り、などと言わず、予定通り、10日過ぎには、あの原子力規制委員会人事も
一気に決めてしまおうとする
のではなかろうか。
そうすると、あの、原子力ムラの中枢にいる田中俊一氏を委員長とし、他にも
2人が原子力ムラの住人で、脱原発派の委員が一人もいない原子力規制委員会が、
9月にはこれも動き出してしまう!

そうなれば、今停止中の各原発の再稼働も、もんじゅの開発促進も、なんでも
原子力ムラの思いのままになるであろう!

この2つだけでも、本当は国民を上げて十分な討議を重ねなければならない大きな大きな
問題であるが、実はこの他にも、怖い法案や議案が、成立、促進を待っているのである。

消費税の改革とも関連があるが、一つはマイナンバー制。
民主党は生活必需品への軽減税率導入はややこしすぎて実行不可能と最初から言って、
その代わりに、『簡素な給付措置』(要するに低所得者にお金を給付する)や、
所得に応じて減税と現金支給を組み合わせた『給付付き税額控除』を計画している。
そのために国民全員に共通番号マイナンバーを割り振って行くことが必要だとしていて、
これはもう、他の法案との優先順位の問題があってまだ提出されていないだけで、
消費増税法案と共に、一挙に決めてしまわれるかもしれないものである。
これがなぜ問題か、というと、これによって国民の情報管理が容易になるからで。
これは国会に提出されさえすれば、民自公の賛成多数で可決されるであろうもの。

さらに。今国会に、今すぐにでも提出されようとしているのに、『秘密保全法』と
ACTA条約がある。
まず、『秘密保全法』だが、これは尖閣沖漁船衝突事件を機に、政府が制定しようと
画策しているもの。国家の重要な機密が、インターネットなどで広く流されて
しまったりすると、一国の防衛、安全にかかわる。だから、国や行政機関の情報を
漏らすものを罰しようというのである。
ちょっと聞いただけではしごく当然のことのように思える。
だが、内実はこうだ。

『秘密保全法』は、
「国の安全(防衛)」「外交」「公共の安全及び秩序の維持」の3分野を対象に、
「国の存立にとって重要なもの」を「特別秘密」に指定できるようにするものである。
第1の大きな問題点は、指定するのが当の行政機関、つまり文書を作った役所だということだ。
特別秘密の範囲は法律の別表であらかじめ列挙するそうだが、いつものことながら、
官僚の文法でわざと曖昧な表現にしておけば、どうにでも拡大解釈できるようにして
おくことも可能だ。
例えば、原子力発電に関して、新聞記者がある行政機関に取材をかけて、
情報を聴きだしたとする。そうすると、その話した公務員が厳しく罰せられるどころか
情報くださいよ、と声をかけた新聞記者も罪に問われることになる。
しかも、例えば原子力関連のその役所が、これは特別秘密だ、とある情報を指定したとする。
特別秘密を扱う人に対しては、日ごろの行いや取り巻く環境を調査し、
漏えいするリスクを評価する制度が導入されるという。公務員だけでなく、
業務委託を受けた民間の職員も対象になる。調査事項には、海外への渡航歴や
通院歴、アルコールの影響なんて項目も挙げているし、配偶者についても調査する
ことに触れていて、プライバシーを侵害しかねない。

つまり、そういう情報を扱うものを的確か不適格か、の厳しい選別を行って行くと
言うことである。
罰則も重い。故意に特別秘密を洩らした場合、最高で懲役10年。現在、自衛隊法の
防衛秘密漏えいが最高で懲役5年、国家公務員法の守秘義務違反が同じく懲役1年に
なっているのに比べて、厳しく罰せられる。
特別秘密の内容をもとに内部告発をした暁には、逮捕されて長期間の獄中生活である。

国家の秘密を漏らしたら当然じゃないか、と思いますか?
こんなものが、公務員だけじゃない。それに出入りする業者にも、家族にも、
取材する側にも、しかも、解釈次第で、ありとあらゆる項目にわたって拡大解釈されて
適用されるかもしれない。
原発の取材など出来なくなってしまう。瓦礫の問題も、食品の放射能汚染の実態も、
役所がこれを特別秘密として指定しさえすれば、それは機密となり、漏えいは罰の
対象となる。

もう、自由な報道などは出来なくなる。公務員が委縮し、報道関係者が
委縮して、真実が伝わらなくなった社会…こんな恐ろしい、こんなおぞましいものが
あるだろうか?…そんな社会を、この野田内閣は、そして自公も、それに賛成し、
作っていこうとしているのだ!
しかもそれはいつ提出されてもいい準備がもうできていて、
出されれば通ってしまうという。

日弁連のこの記事を詳しくは見てほしい。少し小さくしてみてね。
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/booklet/data/himitsu_hozen_qa.pdf


さて。さらに!である。ACTA条約について。
これは『模倣品・海賊版拡散防止条約』のことである。
例えば、音楽CDや映画DVDなどのコピーを違法に取ったら厳しく罰せられる国際条約。
これは、著作権や、知的財産権を守るという意味で、すごくいいことなのではないか?
実は私もこれについてはうっかりしていて、『きっと誰かに愛されている』ブログの愛希穂さんの
ところで教えていただくまで知らなかった。
政府自身のやり口も非常に唐突だったのである。

7月26日。突然、同参議院外交防衛委員会で玄葉外務大臣による
ごく簡単なACTAの趣旨説明が30秒程度行われた。30秒!!
そして初の審議入りである7月31日にはもう、反対意見も出されぬまま、
全会一致でこのACTA条約批准は可決されてしまった、というのである。
8月3日には参議院本会議で、賛成217、反対わずか9票で可決された。
今回反対したのは、『国民の生活が第一』と『みどりの風』などの9名だけ。
日ごろ与党の大抵の法案に反対する共産党や社民党も賛成したということである!

つまり、ACTAというものが、あまり理解されていないうちに、野田政権の
いつものやり口で、オリンピック期間中のどさくさにろくな説明もないままに
上程され、一気に可決されてしまったということだろう。あとは衆議院に回せば、
これは通ってしまう。

それでは、そんなACTAのどこが問題か、ということであるが、知的著作物の
違法コピーなどを禁止する、というのだから、秘密保全法と同じように、
一見しごく当然の、いい法のように思える。
ところがこれは、その奥に、表現の自由への抑圧になりかねない、というのが
重大な問題点なのである。
例えば一例を上げるとすれば、You Tubeなどは、この条約に大きく違反することになろう。
引用なども難しくなる。私が先日、デモの記事の中に、反原発を歌う『human ERROR』
というフライング・ダッチマンの曲を引用したが、あれが違法となる。
そんなのいいじゃない。人の楽曲を勝手に使う方がおかしいんだし。
…確かにそうだ。著作権の保護は大事なことである。
しかし問題は、そうしたものを通じて、ネットなど情報世界の規制が強化されるということである。
例えば、以前の記事で、私は『プロメテウスの火のような一神教の神の劫火=原発
でなく、日本古来の八百万の神のような、多様な自然エネルギーの国を作ろう』という
趣旨の記事を書き、朝日新聞の高橋源一郎さんの記事を引用した。
あれも、まずいということになろう。

ネット空間では、誰しもプロバイダを通してネットを楽しんでいると思うが、
ACTA条約が実行されることになると、プロバイダは、自分のところを通過して行く
すべての情報に、この違法コピーがないかどうかのチェックを迫られることになる。
あなたも私も、メールやブログ記事をチェックされる。
問題は、『知的所有権の保護』という、一見まともな目的の遂行を通して、世界の人々の
表現の自由、言論の自由、プライバシーなどが冒されかねない
、ということなのである。
私がこの記事でいくつか行うような引用も、違法コピーだと判断されたとしたら、
私は中身の薄っぺらな、また聞きのまた聞きの、と言った反原発の記事しか
書けなくなってしまうだろう。
私程度の者なら、世界に何の影響を与えることもないが、これが言論界を引っ張っていくような人の
手足を奪って行くとしたらどうであろうか。

秘密保全法にしても、このACTA条約にしても、私が警戒するのは、
国家機密の保全とか、知的財産の保護、とか表向きの立派な理由そのものに
なにも反対しているのではなく、その法や条約の拡大解釈による取り締まりや、
表現側の自己規制によって、言論の自由、報道の自由、表現の自由、などが、
気づかぬうちに委縮していってしまうことである……!


そもそも、このACTA条約は、2005年グレンイーグルズ・サミットで
小泉首相が提唱したものが元になっているという。ありゃ!またあのひとか!
アメリカのいわゆる「コンテント・マフィア」(まあ、この言い方はどうかとも思うが)
——アメリカレコード協会[RIAA]やアメリカ映画協会[MPAA]などは盛んにロビー活動を展開。

昨年10月に日本、米国、カナダ、韓国、シンガポール、豪州、ニュージーランド、
モロッコの8カ国が署名している。
玄葉外相がひそかに署名してしまっているのだ!
EUがこれに続いた。しかし、プライバシーや言論の自由といった基本的権利が
制限されることへの懸念から、EU市民の間でACTAに反対する抗議運動が広がり、
欧州議会には、実に280万人(!)が署名した批准否決の請願書が提出された。
この7月4日。EU州議会は本会議で、ACTAの批准案について採決を行い、
批准案は賛成39票、反対478票、棄権165票で否決された!!!
国が署名していても、議会で批准されなければ、条約は無効。
欧州は、言論の自由、表現の自由を守ったのである

ここに、欧州、特にドイツでの、ACTA反対のデモの映像がある。



ウイーンでのデモ。
http://youtu.be/YsvhUSfddjM

こんなにたくさんの応酬の都市で。

https://maps.google.de/maps/ms?msid=207675571771832641687.0004bc7b352a3608fca1a&msa=0&ie=UTF8&t=m&ll=51.727028,10.898438&spn=16.364407,26.367188&z=4&source=embed

ネットユーザーの若者たちだけではない。お年寄りもいる…
日本の警察、機動隊に厳しく道路制限を受けるおとなしいデモに比べ、
これはまたなんと自由なデモであろうか!道幅いっぱいに広がって、
思い思いの紛争をして。

日本では、政府が、そしてマスコミがほとんど報道しなかったせいもあって、
反ACTAの運動は始まったばかり。首相官邸前道路向かい国会記者会館前で
集会を行っているが、まだまだ認知度は低い。
 

どちらのデモがいいか、ということを言いたいのではない。私は紫陽花革命のような
静かな怒りのデモも好きだ。

…しかし、ちょっと考えてみよう。
言論の自由、表現の自由を守ろうということで、これだけ多くの人が
デモをする欧州。日本の大飯原発再稼働の時でさえ、欧州の人々はそれぞれの地で
反対のデモをしてくれた!

日本では、ACTAについて、マスコミはろくに報道さえしない。
あのひどい、苛酷な原発事故を起こしてさえ、自分たちの大スポンサーである
電力会社や、原子力関連企業の不興を買うことを恐れて、報道自粛をしていた、
いやそれどころか、積極的に、菅バッシングなど脱原発の足を引っ張ることさえ
してきた、日本のマスメディア。

そこで真実を探り続け、私たちにさまざまな不正を暴きだして見せてくれたのは、
記者クラブに属さないフリーのジャーナリストたちではなかったか?
このACTAのことだってそうである。どの大メディアが、昨年、玄葉外相がひそかに
署名した時、この問題を大々的に取り上げただろうか?
いまだにACTAのことを追及しているのは、ネット世界のジャーナリストや
twitter、ブログなどのネットユーザーたちだけである。
ACTA条約や秘密保全法は、なによりもこうした言論空間の自由を奪い、ひいては、人間の
知る権利を制限して、為政者の言うことに唯々諾々と従う都合のいい人間を
大量に生みだしていくことにつながりそうだ。

私も含め、言論の自由、表現の自由を守る、ということで、日本でこれほどの
デモが果たして湧きおこるであろうか?
福島の事故が起きて初めて、日本にも今回のような市民運動がようやく
広がりを見せ始めたばかりである!

この記事のテーマに戻るが、この、野田政権という政権は、私が歴代政権の中で
悪い、と思っていた小泉政権、構造改革や新自由主義、自己責任、などという
甘い語句で、この国の基礎構造を無茶苦茶にし、貧富の差の拡大を生みだした
あの小泉政権より、もっともっと性質の悪い政権である。

彼は、明日、自分が命を懸けると言っていた消費税増税法案を通したら、
それに気を良くして、以上のような、大事な大事な、国民皆で真剣に考えるべき法案を
TPPも含め、これから一気に通そうとしますよ。
原子力規制委員会人事、その一点だけでも、どれほど見直しと再熟考が
欲しいか知れないのに。

この政権は、先ごろ、モンサント社から新たに要望のあった、遺伝子組み換え食品の
承認申請許可もしていますよ。これも愛希穂さんからの情報。
すでに日本では、たくさんの遺伝子組み換え食品が許可されているのですが。

私がここで言いたいこと。
政治をお国任せ、役人まかせ、人任せにしていてはいけない。
国の将来を決定する、それも、悪い方向に導いていこうとする法案ほど、
いつのまにか、こっそりと決められがちである。
自分たちの健康は、安全は、自由は…人間としての権利は、
自分たちで守るんだ!という意識がない限り、私たち日本人はこれからも、
力も政治哲学も理想も、見識もない、ただ保身だけは上手な政治家たちと
大会社の論理、そしてアメリカの意向に振り回され続け、その後始末と
経済的、精神的苦痛の負担だけを負わされ続けることになるであろう。


日本人よ。もっと賢くなっておくれ。物事の裏をちゃんと見る目を
養っておくれ。

立派な政治をする立派な政治家を作るのは、国民なのです!






『7・29 国会大包囲 報告』

急ぎの署名を要する記事を優先したりして、7月29日の国会大包囲キャンドルデモの
ご報告、すっかり遅くなってしまいました。
タイミング失してなんだか気が抜けてしまったけれど、写真だけでもアップしてみましょう。



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日比谷公園に集結した人々が次次とデモにスタート。
でも、警察の規制があるため、なかなか実際は動けません。ずうっと待機です。
これが5:12ですから、私などは2時間くらい待っていたことになります。

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これがにっくき東電です!




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経産省原子力・安全保安院。3階がそうなのだそうです。
いつもデモに参加する時は、体力がないので、シュプレヒコールは若い方に
お任せして黙々と歩く彼岸花ですが、この2つの前では、怒りがおさまらず、
大きな声で『原発いらない!』と叫んじゃいました。


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これが経産省の本丸です!


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経産省前の片隅には、よくニュースなどにも出ますが、福島からの女性たちと支援者の皆さんが
テントを組んで、もうずうっと座り込みの抗議をしていらっしゃいます。
私も加わりたい。そっと入口の前に立つと、上品な初老のご婦人が座っておいででした。
頭を下げて会釈を交わします。
ここでは、デモ隊と国会包囲の人々のために、お茶を用意していてくださいました。


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国会の正面に来ました。


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日本の『緑の党』がこの日発足!!!


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議事堂前の広い道路は警官隊や機動隊で厳しく立ち入りが規制されている。
続々と詰めかけるデモ参加者は、両橋の歩道にしか入れません。
この日、主催者発表では、3時半からの集会デモと7時からの国会包囲とで
述べ20万人。ということは、ここに10万人くらいのひとがいたはずですが、
国会周辺の道路の歩道上に詰め込まれて身動きできない、移動も困難という
超すし詰め状態の中では、全体の様子がちっともわかりませんでした。

とにかく人人人人人人…………

広い道路の向こう側に並ぶ人々と、まなざしだけの連帯感…


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夕暮れが迫り、人々がそれぞれに持ち寄ったキャンドルを灯し始めました。
これは、議事堂正面の道路から外れた横の方の舗道です。


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早く国会前に着いた人はこうやって場所を確保出来ましたが、私はうろうろ。
空いているように見えますが、樹の下の植え込みの中に入ると、おまわりさんがやって来て
そこにはいちゃいけないって言うの。


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また、正面の道路に戻ってみましたが、もう身動きできない!
デモの間に持っていってたお水2本は飲み尽くし、お水と空気を求めて
人がきに揉まれながらあっぷあっぷしていました。
何がどこで行われているのかちっともわからない。
ひたすら暑かったです。
持っていっていた豆電球式の提灯は、こんな人垣の中では使えなさそうなので、
私はペンライトを振っていました。



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すこし向うの方で「おお~~~っ!」というようなどよめきが聞こえたかと思うと、
ついに、正面道路に人が溢れだし始めました。


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この後の正面道路のもの凄い人の映像は、もう皆さん、ご覧になったのではないかと思います。
あれで全部というわけでは全然ありません。あれは我慢できなくて溢れ出たひとびとだけの映像。
私のように、歩道で立ったままあっぷあっぷしていた人や、歩道の子供たちと一緒にファミリーゾーンに
座っていたお母さんたちやが、一杯いたけれど、樹木の陰で見えなかっただけです。
私は、3時から8時まで5時間の長丁場ではさすがにちょっと体力がもたないと思ったので、
7時40分。国会デモを後にしました……



『この日に見つけたささやかな出来事 』

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日比谷公園でデモ出発を待っている時、前の女性の帽子にふと来て留まった
セセりチョウ。


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別の女性の帽子にふと来て留まった、シャボン玉。^^


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そして、デモの途中の歩道に停めてあった、2台の警察の白い自転車。
すぐ先で交通整理をしていらしたおまわりさんたちの自転車でしょうか。
遠慮がちに、2台が並んで、停めてありました。
どんな人でしょうか…

原発などというもののために、デモする側と規制する側とに分かれていますが
同じ人間同士です。憎み合いたくない。
私はささやかに反原発運動をしてはいますが、推進派のひとをだって、
個々に憎んでいるわけではありません。
ただ、原発はいらない!
そう思うの。


東京でささやかに始まった、この紫陽花革命は、日本の各地に飛び火して、
ついに、野田佳彦首相はこのデモの主催者、首都圏反原発連合の代表者と
来週にも会うことになりました!
おそらく彼は『理解を求める』というようなお決まり文句しか言わないでしょう。

それでも。人々が声を上げれば、なにかが動く!
この大きな、原発いらない!の声は、推進しようとする勢力のブレーキになります。

どこに自分がいて、誰が何をしているのか見えずに、ペンライトをささやかに
振っていただけの私ですが、これからも、抵抗のひとつぶの砂でありたいと思いました。







『日弁連動く! 原子力規制委員会人事に関して』

おお~!!!
日弁連が動きました!
法律の専門家が、『原子力規制委員会』の人事案に関し、委員候補の二人が
委員としての欠格要件に該当する、として、人事案の見直しを求めました!
以下に転載します。


『原子力規制委員会委員の人事案の見直しを求める会長声明』

原子力規制委員会委員の人事案の見直しを求める会長声明政府は、本年7月26日、国会に原子力規制委員会の委員長及び委員の人事案を提示した。しかし、この人事案には、原子力規制委員会設置法(以下「設置法」という。)及び内閣官房原子力安全規制組織等改革準備室名義の本年7月3日付け「原子力規制委員会委員長及び委員の要件について」(以下「7月3日要件」という。)が定めた原子力規制委員会委員長及び委員の欠格要件に明らかに該当する者が含まれていることが明らかとなった。

7月5日に示された国会事故調の報告書において、新たな規制組織の独立性について「①政府内の推進組織からの独立性、②事業者からの独立性、③政治からの独立性を実現し、監督機能を強化するための指揮命令系統、責任権限及びその業務プロセスを確立する」ものとし、その委員の選定に当たっては、「第三者機関に1次選定として、相当数の候補者の選定を行わせた上で、その中から国会同意人事として国会が最終決定するといった透明なプロセスを設定する」とされていた。

当連合会も、7月19日付け会長声明において、法の定める欠格要件と7月3日要件に従うだけでなく、委員長・委員が国会の同意人事となっている趣旨を踏まえ、「候補者の原子力安全に関する過去の主要な言動を国会事務局において収集し、国会に提出した上で、候補者を国会に招致し、その資質と識見に関して時間をかけて質疑を行い、そのプロセスを公開し、さらに、その候補者に対する国民の意見を聴取するべきである。」との意見を述べたところである。

設置法第7条第7項第3号は、規制委員会の委員長及び委員について、「原子力に係る製錬、加工、貯蔵、再処理若しくは廃棄の事業を行う者、原子炉を設置する者、外国原子力船を本邦の水域に立ち入らせる者若しくは核原料物質若しくは核燃料物質の使用を行う者又はこれらの者が法人であるときはその役員(いかなる名称によるかを問わず、これと同等以上の職権又は支配力を有する者を含む。)若しくはこれらの者の使用人その他の従業者」を欠格事由として定めている。さらに、政府は、7月3日要件において、委員長及び委員について、上記法律上の欠格要件に加えて、「 ①就任前直近3年間に、原子力事業者等及びその団体の役員、従業者等であった者、②就任前直近3年間に、同一の原子力事業者等から、個人として、一定額以上の報酬等を受領していた者」を不適格とした。ここにいう「原子力事業者」とは、原子炉等規制法第58条第1項において「製錬事業者、加工事業者、原子炉設置者、外国原子力船運航者、使用済燃料貯蔵事業者、再処理事業者、廃棄事業者及び使用者(中略以下「原子力事業者等」という。)(略)」と定められている。

政府が提案している委員候補の更田豊志氏は、現在、独立行政法人日本原子力研究開発機構の副部門長である。同機構は、高速増殖炉もんじゅを設置し、東海再処理工場を保有する原子力事業者であり、設置法第7条第7項第3号の定める再処理事業者と原子炉設置者に該当することが明らかである。更田氏は、現在においても同機構の従業員であって、上記の欠格要件に該当する。

また、委員候補の中村佳代子氏は、公益社団法人日本アイソトープ協会のプロジェクトチーム主査である。同協会は、研究系・医療系の放射性廃棄物の集荷・貯蔵・処理を行っており、「原子力に係る貯蔵・廃棄」の事業を行う者であり、現在は文部科学省の管轄下にあるものの、設置法の施行後は原子力規制委員会による規制・監督に服することになるのであって、設置法第7条第7項第3号の定める原子力事業者等に該当する。中村氏は、現在においても同協会の従業員であって、上記の欠格要件に該当する。

政府は委員選任と同時に辞職予定であるから法の定める欠格事由に該当しないと説明しているようであるが、辞職さえすれば欠格要件に該当しないのであれば、欠格要件を定めた理由がなく、このような解釈は法の趣旨に反する。

また、政府は、7月3日要件については、独立行政法人日本原子力研究開発機構・公益社団法人日本アイソトープ協会は営利企業ではないため、「原子力事業者等」に該当しないと説明している。しかし、原子力規制委員会とその規制対象となる原子力事業者との間の利益相反を防止するとの欠格要件の趣旨は、非営利団体にも等しく妥当する。政府の解釈は、欠格要件を定めた法と7月3日要件の趣旨を理解せず、「原子力事業者等」を不当に狭く解するものである。

このように、設置法と7月3日要件に定められた政府方針に反するような者が委員候補とされたことは遺憾であり、このような事態となった原因は現在政府が進めている委員の選定のプロセスが不透明であることに求められる。当連合会は、選任のプロセス自体をやり直すためにも、政府に対し、法違反の2名だけでなく、人事案全体を撤回し、委員候補を再提案するよう強く求める。


2012年(平成24年)8月3日

日本弁護士連合会
会長 山岸 憲司

http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2012/120803_3.html

あと数日が勝負。もっともっと声を上げていきたい。

国際環境NGO FoE Japanの、署名集めの期限が延びて、8月6日までになりました。
さらに署名に協力願える方は、どうかよろしくお願い申し上げます。

https://fs222.formasp.jp/k282/form2/






『原子力規制委員会人事に異議あり!』

先の記事で、あともう数日の内にも原子力規制委員会の5人の委員が
決められてしまいそうだ、ということで、その候補に承服できない理由など
書かせていただきました。
また反対の署名集めをしているサイトをご紹介させていただきました。

…そうしましたら、なんと!記事を書いた31日にブログ訪問くださった方が、81人、
1日にお訪ねくださった方が驚きの149人!
びっくりしてしまいました。普段私のブログは30人から多くて60人の方が
おいでくださる部屋です。
2日間で2百数10人!その多くの方が、『原子力規制委員会の人事案に抗議!』の
署名をしてくださったろうと思っています。
これはおそらく、ここを普段訪れてくださっている皆さんが、『これは大変だ!何とかしなければ!』
という同じ想いを抱いてくださり、拡散してくださったからだろうと思います。

私の記事を転載し、あるいは紹介してくださった皆さまに、こころから感謝いたします。

また、署名してくださった皆様にこころからありがとうございますと申し上げます。

中には、署名などするのは初めて、という方もおいでになったようです。
実は私もかつてそうでした。
私は『恥』の気持ちの非常に強い人間です。表に立つのを好みません。
その私が、デモに参加し、署名活動に街頭に立つ、などということをするようになったのは、
福島の事故を見てなお、原発を推進しようという政府および原子力ムラというものに
激しい怒りを感じたからです。
やむにやまれぬ思いで、こうやって自分の本当は性に合わないことをやり続けています。
本当に思いがけない多くの方の応援と御賛同。どんなに嬉しかったか知れません。
みなさま。本当にありがとうございます。



さて。昨日、原子力規制委員会委員長候補の田中俊一氏が、衆議院議院運営委員会で
所信聴取を受けたことはご存じでいらっしゃると思います。
いいことを言っているように聞こえました。でも、口ではなんとでも言えます。
野田総理だって、口では脱原発を言っていました。
しかし大飯再稼働の強引な、世論を無視した手法などは、まったくその口で言うこととは
裏腹の原発推進の意志しか見えません。

田中俊一氏の、規制委員会委員長を引き受けるに際しての所信は以下の通りです。

田中俊一氏所信聴取文字起こし

お読みいただけばわかりますが、所信自体は立派なものです。このような大役を
引き受けるに際し、「私は原発を推進します」などという馬鹿はいるはずがない。
誰でも立派なことを言うと思います。
しかしこの一見立派に思える所信にもちゃんと抜け穴は用意してあります。
『40年を超えた原発は厳格にチェックし要件を満たさなければ運転させないという
姿勢で臨むべきです』というところです。
それでは要件を満たせば、50年でも60年でも運転していい、ということです。
さて。この大事な『要件を満たすかどうかの認定があてにならない』から、
今、多くの国民が不安に思っているのではありませんか?
活断層の上にあるかもしれない原発。直接活断層の上になくても破砕帯という軟弱な
地盤であれば近くの活断層の地震の影響をもろに受ける。
大飯原発には事故時の司令塔となって社員や作業員を守る免震重要棟さえない。
福島のような事故が起きた時の避難誘導マニュアルや、そもそも避難路となる道路の確保が
十分でない原発さえある。玄海原発のように老朽化して圧力容器そのものの
内部腐食で強度が危ぶまれるものもある。
それでも、この国は、保安院や原子力委員会や原子力安全委員会は原発を
動かしてきたんだったんじゃありませんか?
原子力規制委員会の下で実際に動く原子力規制庁は、人材確保の困難から、
現在の原子力安全・保安院などの人間が、ほとんどそのまま横滑りするのです。

委員長人事。問題は、その方の、人間としての立ち位置だと私は思うのです。
あるひとりのひとが抱いている根本思想というものは、隠していても、言葉の端々、
行動の片鱗に出てくるものだと思います。
その人が、生きる上で何を信念として身を律しているか、そのことが大事なのだと思う。

この方の事故後の行動や言動をいろいろな発言などから判断すると、この方の
主な関心は、福島第一原発事故の事故としての重大性をどうも過小評価して、
住民を除染もままならぬ地に戻そう戻そうとしているスタンスにしか、私には
見えないのです。本当に住民のことを思うなら、むしろ除染が済むまで(それが可能として)
住民を安全な地に避難させることの方が大事なのではないですか?
つまり、人間の健康や命を本当に第一に考えている人ではない。経済の合理性優先のひとです。
そのような基本スタンスの人が、原発の規制に厳しい態度を今後はたして
取っていけるものでしょうか。取っていくものでしょうか。

委員会人事はこの衆参両院議院運営委員会の聴取を経て、今月上旬には(6日とも8日とも)
両院の審議にかけられ、おそらく民主の大多数と自公の賛成によって可決されて
しまうでしょう。本当にここ数日が山場です。
今、さまざまな方が、この人事の見直しを求めて声を上げ、動いてくれています。
菅前総理、福島瑞穂さんを初め超党派の国会議員たち、言論界その他の文化人のかたがたも声を上げています。

そのなかで、これを是非、お聞きください。
>『原子力規制委員会人事案に異議あり!』緊急記者会見

多くの方が、本当に危機感を持って、この人事に反対する理由を語っています。
福島からの方の声など、どの意見も本当に切実でこころをうちます。
どうか、お時間がゆっくりおありの時、お一人お一人の話をじっくりお聞きになって
みられてください。…時間の余裕はあまりないのですが…。

その中で、とりわけ私が、ああ、これだこれだ!と思ったのが、広瀬隆さんのお話です。
この長い記者会見の発言を、なんと文字起こししてくださっている方が実はいらっしゃいます。
それをご紹介しましょう。

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-category-10.html

広瀬隆さんの意見は極端なところもありますが、私がこれだこれだ!と思うことの
重要部分はここのところです。そのまま引用すると長くなるので私がまとめています。

『国会の事故調査委員会には、原子力技術者である田中三彦さんと、かねてから
原発震災を警告してこられた石橋克彦先生が入っていらっしゃいましたが、
政府の事故調には、専門家はひとりもいません。
この技術論ができる人がたった一人もいないという事を、まず知っておいてほしいと思います。
…こういう原子力におきまして、知識がしっかりとなければいけないというのがまず、
たとえばアメリカ(の原子力規制委員会など)で言えば常識なことです。
…田中さんも、石橋先生もわたくしも、ずーーっと、苛立ってきたのはですね、
要するに技術論が今年に入ってからほとんどないんです。
社会論・文化論ばっかりですね。
一番だいじなことは、まず第一に原子力の機械工学的なメカニックな事に長け
事故回避ができる人間でなければ、こんな規制委員会なんていうものは成り立たないんですね。
それが無能な人間であったために、保安院屋、安全委員会であったためにですね、
福島の事故が起こったんです。』

田中俊一氏が個人的にやさしいいい人であるかどうか私は知りません。
ヒットラーの側近たちだって個人的にはいい家庭人で教養人だったかもしれない。
大事なのは、先ほども書いたように、『その人が人間として拠って立つ大きな思想』です。
そして、それと共に大事なのが、今後の日本の原子力政策に決定的に影響力を持つ、
そしていったん福島のような過酷事故が起きた時に、即時に正しい科学的かつ人道的判断を
下せる人物かどうか、ということなのです。

不幸なことに、福島の事故が起こったとき、『菅前総理がバッテリー車の手配のことまで
細かいことに口出しをし、事故対応に混乱を極める東電本社や事故現場に自ら乗り込んで
収束作業の妨げをした!』、という反省から、今度の原子力規制委員会には、
苛酷事故が起きたとき、原則一国の首相さえ口出しできないような絶対の権限が
与えてある。事故の対応は、この委員会と当事者の電力会社が行うことに
なっているのです。

『官邸の現場への余計な介入が事故収束を遅らせ、事故の大きさを拡大した』
私はこのことの見方自体が間違っていると思っています。
これについては、また詳しく書きたいと思います。
とにかく、中に尊敬すべき人物がたくさん入っていた国会事故調報告までが、
なぜか、菅さんの介入を必要以上にしつこく追及していました。
肝心なのは、菅内閣以前の長い自民党政権下で、どのような癒着が生まれ、
また、このような危急の際、本当に実力を発揮すべき保安院や原子力委員会、
原子力安全委員会、(今回東電からアドヴァイザーとして派遣されていた石黒フェローなども含め)
それら責任機関がどれほど無能で役に立たなかったか、そういうことに至った長年の
原子力行政の不備の追及こそが、原因解明に大事だったのではありませんか。
あまりにも今回、それらの機関が無能で役に立たなかったから、痺れを切らした総理が
現場に乗りこまざるを得なかったのです。

原子力安全委員会の斑目春樹氏は、今回、菅さんに間違ったアドヴァイスをしただけで、
そういっては悪いが糞の役にも立ちませんでした。彼がいったい何をしましたか?
保安院の院長寺坂信昭氏は、自らが後に『私は文系なので、官邸内の対応は理系の次長に任せた』
とわびている通り、経済学部出身で、経歴を見ても原子炉に対する知識などこれっぽッちもない。
彼のような人物を、原子力の安全を守り規制する組織の長に据えたのは一体だれだったのでしょうか。
彼が保安院次長になったのは2005年小泉内閣の時、そして原子力安全・保安院院長になったのは、
2009年7月麻生内閣の時です。自民党に涼しい顔など今、していて欲しくない!!!!!
また、民主党がだめだから、しようがない、また自民党に返るか、などとも国民に考えてほしくない。

内閣府原子力委員会はどうだっでしょうか。委員長近藤駿介。
内閣府の審議会の一つです。それならば、あの事故の際、一番総理に密着して
その状況にあった的確なアドヴァイスをするべき組織ではなかったか。
ところが、事故直後、この組織はまったく何をしていたのかわかりません。
それなのに、その後、蔭ではこの組織が、実は電力会社や独立行政法人からの出向者が
事務局として居たこともあって、原子力政策に不利になるような議案は
議題から外したりしてきたことが分かっています。
原子力委員会の傘下にある新大綱策定会議は、表で審議されている会議の陰で、
その議案は、原子力推進の立場のメンバーによって事前に審議がかけられていたことが、
毎日新聞のスクープで発覚したのはごく最近のことです。
一番大事な事故直後にはまったく息をひそめていて役に立たず、ほとぼりが冷めるとこんなことを
画策する組織。
省庁再編前のこの原子力委員会の初代委員長は、アメリカの意を汲んで日本に原発導入した
あの元讀賣新聞社主、正力松太郎氏です。

原子力委員会のひどさは、このブログが書き尽くしてくれています。ぜひご一読ください。
http://blog.livedoor.jp/hardthink/tag/%E8%BF%91%E8%97%A4%E4%BF%8A%E4%BB%8B

近藤駿介委員長は、2004年に委員長に就任。小泉政権の時です。
原子炉工学の専門家。深い知識があったはずです。それなのに、どうして適切な
アドヴァイスが首相に出来なかったのか。そのいきさつはここにあります。

『近藤駿介、小佐古敏荘ら助言チーム』

これを読むと、原子力安全委員会の斑目氏、保安院の寺坂氏らがまったく役に立たないことに
業を煮やした菅総理が、小佐古氏らに頭を下げて、アドヴァイスを求めたことがわかる。
しかし、なぜか、助言チームのアドヴァイスは官邸で実現されていきませんでした。
それがどうしてなのかわかりません。菅総理は自らアドヴァイスを求めたのになぜそれを
実行していかなかったのか。保安院が間に立ちはだかっていたのか……
小佐古氏は泣いて助言チームから下り、近藤駿介氏はあきれ果てたか、以降、
菅総理を厳しく批判する側に回ります。調査に対しても、責任回避の投げやりな答弁。
http://youtu.be/dd-IYW_jC0k
ここに大きな不幸があります。
頼りにすべき保安院や安全委員会が役に立たない。専門家を信じられなくなった菅総理が
独自に動き出す。一人かっかする総理を誰もいさめられず、総理に上げていくべき
大事な情報もどこかで滞ったり、あるいは、勝手に自己判断で自粛したのではないか…

菅総理の大きな罪があるとすれば、その、トップとしての統括能力の不足だったでしょう。
しかし、考えてみてください。そんなことを言っている場合ですか!?
総理の不興を買い自分の首をかけてでも、あの悲惨な事故の情報を収集し早期に必要な手を打って、
住民の安全確保をするために総力挙げて総理を支えるのが、側近や、関係閣僚や、
官僚や、あるいは外部の助っ人たちや、とにかくそのとき官邸にいた人々の
役割では無かったでしょうか?
手順とか、メンツとか、好き嫌いとか、そんなことで総理の足を引っ張ったり、
足を引っ張りはしないまでも口を噤んで傍観している場合ではなかったのではないですか?
マスコミなどもまた、総理の言動を面白おかしく笑い者にしている暇があったら、
過去の政権が許した癒着構造や、官邸が危急時に機能しないその根本原因となった
無能人事を洗い出し追及すべきでは無かったですか?



さて。こうやって書いてくると、今さらに、原発が事故で制御不能になる!と言った
重大事に、いかに、原子力安全のためのこうした公な組織に有能な人材が
欠かせないかということを、ほとんど悲鳴のように痛感させられます。
そういった意味で、文科省も含め縦割り行政の欠点が、事故の対応を遅らせてしまい、
指揮者たる総理大臣に即時有効なアドヴァイスもできなかった保安院や原子力安全委員会、
原子力委員会は一度解体して、独立性の強い公正、透明度のつよい新組織を作ろう、というのは
大正解です。
しかし。しかし、その人事が、再びあまり役に立たない、しかも原発推進の人で
あったら、何の意味もありません。むしろ今までより悪くなってしまいかねません。

この規制委員会を規制するものがなにもないからです!!!
強大な権限を持った者が、権力をいいことに暴走を始めても、総理にさえ止められない。

田中氏がそうなるだろうというのではありません。他の委員候補も含め、
もし、福島事故のような日本の半分を滅ぼしてしまいかねなかった大事故が
不幸にして再び起こったら、彼らにどれほどの力量があるのかは未知数です。
また、そうなってしまう前に、どんな事態が出来してもいいような、十分かつ
周到な原子力政策を彼らがとっていくのかどうか、ということも未知数です。
願わくは、私のこの心配が杞憂であって、田中氏がすごい見識ある、有能な人で
あってくれたら!と思います。

上に紹介した記者会見映像のなかで、民主党の若手議員さん?が細野さんに
今回の田中氏を選定した理由を聞いてみたら、どうも確固とした実績とか合理的な
理由からではなく、田中氏が事故後一番多く福島に足を運びシャベルを持って動いた人だったから、
とか、反省してたから、というような情緒的な理由でしかないらしいのです。

広瀬隆さんの言葉に戻りましょう。
『要するに技術論が今年に入ってからほとんどないんです。社会論・文化論ばっかりですね。
一番だいじなことは、まず第一に原子力の機械工学的なメカニックな事に長け
事故回避ができる人間でなければ』

この人事は、日本の将来を決定してしまうほどの重要な人事です。
それを、そんな情緒的な、基準とも言えない理由で決め、
国民に対し、その選考の説明もできないような曖昧な決め方で一体いいものでしょうか?!
これは、国会事故調報告書で勧めているように、公正な第三者委員会に選考を
依頼し、候補者を何人か選定してじっくりその人物を比較検討し、
国民にもその選考課程を公開するくらいの透明度が最初から必要なのではないでしょうか。
こんなに急いで、まるでオリンピックのどさくさを狙いすましたような時期に
十分な検討もないまま、決めていい問題でしょうか?

確かに、政府も困った結果の人選なのでしょう。
日本にだって、原子力関連の仕事をしてきた有能な学者、実務経験者はたくさんいるはずです。
でも、その大半以上が、いや、おそらくほとんどが、原子力ムラの住人であって、
清廉潔白な人物を見つけるのは困難を極めたのでしょう。

せめて、人事案をいったん凍結してほしい。そうして広く人材を探して、再度
選考しなおしてほしい。
超党派の議員さんを初め、民主党党内でも、荒井聰氏,川内博史氏らの
環境部門会議と原発事故収束対策プロジェクトチーム(PT)の合同会議でも
異論が出されたようです。
とにかく、ひとりでも多くの声を集めて、もう一度このような拙速な人事案は
再考するよう政府に要求して行きたいものです。

ああ。高木仁三郎さんが生きておいでだったら!と思います…。





お知らせ。
国際環境NGO FoE Japanの、署名集めの期限が延びて、8月6日までになりました。
さらに署名に協力願える方は、どうかよろしくお願い申し上げます。

https://fs222.formasp.jp/k282/form2/


8月1日現在までの20,429筆を中間提出したそうです。^^
みなさまにしていただいたご署名もこの中に入っているでしょうか。
8月6日締め切り分に入るのでしょうか。
重ねてこころからお礼申し上げます。














プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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