『クリスマス・イブに』

メリー・クリスマス。みなさん。

なにかと気の滅入るような政情ではあるけれど、しょんぼりしていても仕方がない。
また年が明けたら、元気にやり直すのだと思っていましょう…

いつものように、音楽の贈り物、してみましょうね。
今回はこんな曲を。


CIMG9402.jpg

これは1972年、キングレコードから出た、子供のためのクリスマス曲集です。
発売から3年目くらいに、幼い娘のために買ってやりました。
その頃は団地に住んでいました。
クリスマスケーキを作って、鉢植えの樅の木に飾り付けをして…
チキンの丸焼きを買って、子供も飲めるシャンペン風の飲料も買って…
一所懸命な若い母でした…

このレコード。今はプレイヤーが家にないので、聴くことが出来ません。
でも、とっても大切なレコードなので大事に取ってあります。
いずれ、レコードやカセットテープの音源をCDに変えられる機器を買って
クリスマスの晩に聴きたいと思います。

なぜ大事かって、子供の思い出が籠っているからでも無論あるけれど、
ここに収められたクリスマスソングの、演奏がとにかくめっぽういいのです。
収められている曲は、『ジングルベル』『きよしこの夜』『もろ人こぞりて』などの
定番の曲のほか、『トロイカ』『マルセリ―ノの歌』『ゆめのそり』など
少しだけ選曲の変わったものも入っている。
歌っているのは、ひばり児童合唱団やボニ―・ジャックスなど。

その中でも、特に私と娘がいまでも大好きなのが、この『雪とこども』です。
歌は、『東京少年合唱隊』と書いてある。
素晴らしいです。
なんと綺麗な歌声か、と思う。
『綺麗』と、今書いたけれど、ウイーン少年合唱団などの歌声とまたちょっと違った
美しさだと思います。
ウイーン少年合唱団のそれが、教会の中で歌われる天使の声だとしたら、
この東京少年合唱隊の歌は、日本の…そうだなあ…。
雪に覆われた藁屋根の家に、なおもしんしんと降りかかる粉雪のような歌声だ。
夏で言うならば、夕暮れ時、遠くの木立から聞こえてくるひぐらしの鳴き声のような
いのちの清玲さに満ちた声だ。

レコードはプレイヤーが無いので聴けないし、CDにはなっていないようです。
何とか、あの歌声を皆さんにお届けしたいと、探していたら、それらしいものがありました!
『東京少年少女合唱団』とある。
わたしのレコードの『東京少年合唱隊』と違うのかな。
調べてみたら、東京少年合唱隊は、1951年(私が4歳の時だ!)に創立。
1964年に少女合唱隊と合併して、東京少年少女合唱隊、となったとあります。

さて。同じ演奏だろうか…
伴奏などの楽器のアレンジが多少違うような気はするけれど、子供たちの歌声は、
確かに、私の大好きだった、あの歌声です!

なにがいいか…
それは、その発声の美しさです。
本当に音楽の基礎が出来ている歌声なのです。
喉先だけで出す、しめつけられたような歌声ではない。
お腹の底から胸郭、そして喉を緩やかに通って、鼻から頭の天辺に抜ける声です。
本当にこの頃の子供たちの合唱隊。指導者が基礎をしっかり教えていたんだなあと思います。
そして。

歌詞の一音一音の発声が、ものすごく正確で丁寧でやさしいのです!
例えば、『で』『ご』などの濁音の美しさ。
『れ』『て』『に』など、乱暴に歌うと、汚く聞こえがちな音の発声の丁寧なことったら!

昭和30年代(1955年~)くらいの日本の映画を見ると、女優さん達の声が
本当に綺麗です。この頃は、大人も子供も、今と発声法が違っていた気がする…
もともと鼻濁音で発音する音でなくても、どこかしら
やわらかく鼻にかかった声…いまはそういう話し方のできる人が本当に少ないです。
どんな話し方か?…そうですねえ。いま存命の方では、若尾文子さんの声を聞いて
いただけると、およそお分かりいただけるかと思います。





こんなカード作ってみました。
クリスマスキャンドル立てる代わりに、小さなガラスの樅の木を
24日の冬の日差しの中に置いてみました…


2012クリスマス①


願わくは、すべての子供たちが夢多い子供時代を持つことが出来ますように。


それでは。『雪とこども』お聴きください。





あれ?再生出来ない?
それでは…

http://www.youtube.com/watch?v=mKmlvN-FdLo&feature=share&list=FL26qktQOBjM7rYHgWbBCAJw


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『右傾化をほんとうに望む?』 其の三

さて。
前の記事で、二大政党制について、豊永郁子さんの新聞記事について触れ、
『自民党から民主党に政権交代したのは無駄ではなかった。見限るのは早過ぎる。
まだまだ幸せになる努力が足りない。二大政党制をあきらめずに育てる努力をしろ』
というようなことを書いた。

誤解のないように言っておくが、私は、二大政党制を手放しで勧めているわけではない。
二大政党制の弊害も、それはそれであるのである。
…例えば2010年の参院選後のように、民主党と自民党のような二つの大きな政党が
衆議院と参議院でその多数派をそれぞれに形成する、いわゆるねじれ現象がひどくなれば、
与党が上げた法案がことごとく成立しない、『決められない政治』になってしまう。
今のアメリカもそうである。

しかし、2009年の衆院選の前のように、自民党がわずかの例外期間を除き、
何十年も一党支配を続ける、というような状態は、政治の停滞と腐敗を生む。
そこから脱却したかったから、日本の民は2009年の選挙で民主党政権を
成立させたのだあったはずだ。
だが、鳩山総理の実効性のない普天間移設発言や選挙資金問題、小沢問題、
菅総理の外国人からの献金問題、また参院選直前の消費税増税案などで、
折角誕生したばかりの民主党に、私たち国民は2010年の参院選でお灸をすえた…。
いわゆる『ねじれ』が生じ、そこから何もかもが空転する『決められない民主党』が
始まってしまった…

…私は、2010年の参院選の結果を本当に悔やむ…。
生まれたばかりのよちよち歩きの民主党。その政権運営の稚拙さにつらく当たるばかりではなく、
民主党が目指そうとしていた、官僚支配からの脱却や、『コンクリートから人へ』という
きわめてまっとうな政策を、私たちは後ろから世論として大きく支えていく必要が
あったのではなかったろうか?
せっかく自民党に代わりうる政権として私たちが選んで成立させた民主党政権。
それをもう少し辛抱して、一人前の政権にする努力を、私たち国民もすべきではなかったか・・・・
私が前の記事で言いたかったのは、そのことである。

私は本来支持政党は別にある。
しかし、日本という国のために民主党という政党をもう少し育てなければ…
その想いだけで、民主党を辛抱強く見つめてみるつもりでこれまで来た…
とにかく、なんでもいいから、自民党にNO!を突きつけられる政党が欲しかったのである。
だが、野田政権に代わってからの民主党はひどすぎた…!
何度も書くが、野田氏の一番の罪は、民主党を、自民党となんら変わらない色の政党にしてしまった
ことである!

ああ、だがしかし……!
民主党が駄目だからと言って、元の自民党に政権を戻す!…これが私にはわからない、
どうしてもわからない国民の選挙行動である。
後に出された細かいデータによれば、自民党が得票数を大きく伸ばしたわけではないことが
わかった。自民党の大勝ということではなく、民主党の勝手な一人負けであった、ということも。
得票数というこの真の民意と、実際の議席獲得数の乖離は、小選挙区制の大きな大きな問題点である。
…それはなんとかしなければならない。
それはわかっているのだが、それでもやはり、自民や維新に投票した人が多くいたことは事実である。
あの、極右的色彩の濃い安倍自民党や石原・橋下の維新に投票するという国民のこころが、
私にはどうしてもわからない…
けれども、私たちはその事実をしっかり直視しなければならないのではないだろうか。


自民党でも民主党でも維新でもない、それらと全く考えかたを異にする第4極とも言える政党…
脱原発を真に望み、消費税増税の安易な導入に慎重で、TPP参加の危険と利点を
真剣に考える政党…憲法を安易に変えて日本人を戦争に導くことなど決してしない政党…

理想通りの政党はないかもしれないけれど、少なくともそれに近い政党を選ぼうというふうに
どうして民意が動いていかなかったのか。そのことをしっかりと考えなければ。
聞けば、今回の選挙で自民党政権に戻ったことを、朝日新聞などの調査では、なんとやはり
60%近くの人が歓迎しているという!
この日本には、安倍自民党や維新にすがりつきたい層の人々が確実に増えていっているのだ!

この人々は、安倍政権と維新が結びつき、そこにさらに民主党の前原氏や野田氏のような
自民党より右派的な政治家が加わって、大きな大きな、巨大な極右的政治集団が
この国を導いていくことの恐ろしさを考えてみなかったのだろうか?!

結局こうした投票行動をした国民は、原発推進や改憲の恐ろしさを真に考えてみることなく、
TPPの怖さを知ることもなく、今日一日の安定を求めて、腐敗臭ときな臭い臭いのする
自民党という古巣を、結果的に選んでしまったということになる…
きな臭くても、腐敗臭がしても、嗅ぎなれた匂いの中に首をひっこめていれば、結局
何となく居心地がいいのであろう。


ああ!……私も油断していた!私は甘かった!
この8月まで、私の敵は、瓦礫拡散が被災地復興のためになるという偽善と嘘のキャンペーンを
大金かけて行い、脱原発の国民の希望をぬらりくらりとかわし続け、沖縄からも目をそむけ、
逆に国民がためらう消費税増税やTPP参加や原子力規制委員会人事や大飯再稼動を強行しようとする
野田政権であった…
そんな中で、『護憲』の意志への認識順位は、私の中では低かった…。
なんと言っても、これまでに何度も何度も『改憲』を謳う人々の声の高まりはあっても、
日本国民自身の中に、『平和憲法はいいじゃないか。それをなんで急いで変える必要がある?』
と考えている人が圧倒的に多く、改憲の声はその都度不燃焼で火が消えてきたと考えていたからである。
だから、自民党や、民主党の一部議員に野田氏や前原氏のような集団的自衛権行使論者がいても、
それが憲法改正にまで進む、などということは当分あり得ない、いや、日本では現憲法が
なんだかんだ言っても守られ続けていく、と何となく信じていたのである。
維新の橋下氏のような極右的政治家がいても、それは地方自治体の枠にとどまり
その声が国政に及ぶとは、今考えれば愚かなことに思っていなかったのである。

ところが!
9月に、前回自ら政権を放棄した安倍氏が(あぁ、よかった!とそのときは小躍りしたものだ!)
なんと自民党総裁に立候補してしかも、総裁になってしまった!
その自民党総裁選で、福島原発サティアン発言や、
自ら幹事長として支えるべき谷垣氏に後足で砂をかけるようにして総裁選に自ら立候補したことによって
総裁としての品格や資質を問われ、石原伸晃氏が惨敗した。
自分の総領息子が総理になれなかったことにとち狂ったとしか私には思えないのだが、
老醜石原慎太郎氏が、いきなり知事職を放り投げ自ら国政に戻ることを宣言。
また、石原都知事として尖額を都が購入するとのあの発言に端を発し、民主党野田政権が
実際に購入におよんで、中国との関係は一気に悪化。
竹島問題も同時に重大化して、『国防』ということがいつのまにか『脱原発』や『被災地復興』
よりも重要な政治課題として、マスメディアなどでも大きく扱われることになってしまった……!!!

9月からのほぼ3ヶ月の、この間の日本の空気の変わり方と言ったら!!!
まったく信じれられないほど一気に、国のムードが右傾化してしまった…
それはまったく、あれよあれよと云う間のことであった……

愚かな野田政権の決断により、そのままのムードの中で日本は総選挙に突入。
結果は、ご存じのとおり、安倍総裁の自民党を中心とし、維新、それから
選挙でなぜか生き残ってしまった民主党極右派を含む巨大な右翼政治家集団の大勝利である!

この映像を見て欲しい。
これを気持ち悪いと思わないか。
日本人はなぜか、極左に過敏であるのに比し、極右に鈍感である気がする…。

安倍のまわりで、日の丸の旗を打ち振る群衆の映像。
日の丸にこうして過剰なほどの興奮を覚える勢力がこの国にはいて、
それらが今、安倍政権の成立で小躍りしている。その怖さ。

http://www.youtube.com/watch?v=otK8HburNPc&feature=share&list=FL26qktQOBjM7rYHgWbBCAJw


誰が誰をどういうふうに応援しようと自由であるべきである。
しかしながら、この日の丸の旗を打ち振り、麻生、安倍の両氏の名前を連呼する
この集団の映像は、かつて挙国一致で戦争に突き進んだ時代のことを想起させて、
私には非常に気持ちが悪い…
司会を務め絶叫する丸川珠代議員の姿は、なんだか戦中の国防婦人会を彷彿とさせる…

これらを特殊な集団、と呼んでいいのだろうか…
これらの人々を、ただ声高に叫ぶから目立つだけの、本当は少数派の特殊な人々、
と、あまり問題視せずにいていいのだろうか…

大多数の国民は、中道・穏健を好み、声を上げはしないが常識的に行動するから、
こう言った特殊な勢力の台頭は、さほど気にしなくていい…そういえるのだろうか…
もの言わぬ大多数の民=サイレントマジョリティは賢いから大丈夫だ!と?

私はそこにこそ大きな大きな不安を抱いている…
そう。大多数の国民は、平和時は確かに、右翼もそれから逆の過激な反原発運動や学生運動も
含め、『極端』を嫌う。穏やかな発展、穏やかな改革を望むものであろう。
だが、ひとたび大恐慌やリーマンショックのような急激な経済破綻、長く続く不況、
その他の精神的肉体的恐怖を誘う事件などにさらされ続けると、
その穏やかな大衆が、大きな声で国粋主義と急激な政治体制の変換を煽る者の声に
いともやすやすと付き従ってしまうことを、私たちは歴史上の数々の出来事で
見聞きしてきたのではなかったろうか!?

ドイツにおけるナチスの台頭しかり。日本の軍部の台頭しかり。
9.11後のアメリカのヒステリックな排外主義しかり…。

石原、安倍、橋下…ヒットラー…民衆を煽る者には、なにか共通の特徴がある気がする…
敢えて言うならば、『コンプレックスの裏返しの、「強者であること」への憧れ』とでもいうようなもの……
石原氏が討論番組などでしゃべるのを見ていていつも気づくことが一つある。
それは腕組み。
彼は頻繁に腕組みをする。マイクなどを握って両手が自由でない時にも
マイクを握った方の腕に片手を添えるのも、腕組みをしたい心理の現れである。

http://www.youtube.com/watch?v=xujUfA3k_5I&feature=share&list=FL26qktQOBjM7rYHgWbBCAJw

早送りにしてざっと見て欲しい。橋下氏が一回も腕組みしないのと対照的である。

デズモンド・モリスというイギリスの動物学者がいる。『裸のサル』など、
動物行動学、人間行動学に関する啓蒙的名著を多数著している。
その彼の本で『マン・ウオッチング――人間の行動学』という有名な一冊が我が家にある。
320ページほどもある分厚い重い本の中には、人間のしぐさの象徴する意味など、
多くの写真が収められている。今は絶版になっているかな…。ああ、文庫本が出ているようだ…

そこに、この腕組みをしてしまう時の人間の心理、ということが書かれていた。
人と話をしていて、自分を相手の言葉の攻撃から防御しようとするとき、
ひとは腕組みをする…と。
こわもてに見える石原氏だが、彼には実は、内面の非常なコンプレックス、または
ひとに弱みを見せまいとする過剰な防衛本能があるのではあるまいか。
因みに、実は私自身も人前で話している時、案外よく自分が腕組みをしているのに自分で気づき、
はっとして手を下ろすことがある!(苦笑)。
安倍氏の舌がもつれるような早口のしゃべりも、内面の動揺を隠す心理の現れである。
英語の発音に自身のない人が、ともすれば早口で誤魔化そうとする心理も同じ。これも実は私も。

閑話休題。

一体なぜ、多くの国民が、このような見かけ倒しの強者(に見える人物)に付き従いたいと
思うのであろうか?
彼らがこの国を守ってくれるとでも?
みなさんはご存じだと思う。小さな犬ほど大きな犬にもよその人にも吠えかかる。
ただし、それは(アメリカという)飼い主という後ろ盾がいるときのみである。
と言っても、小さいから馬鹿、というわけではない。体が小さくても賢い犬は、むやみに他人に
吠えかかったりしないものである。仲良くご挨拶して遊ぶことの楽しさをちゃんと知っている!
人間も、本当に器の大きな政治家なら、むやみに隣国にきゃんきゃん吠えかかるような
愚かなことはしない。共存共栄の道を知恵と胆力と忍耐力で探って行くはずである。

声高に軍備増強や徴兵制や核武装などを叫ぶ者…
それらはあなたを守ってくれるのであろうか?

福島第一原発事故の際、本来一番中心になって情報を集め、政府を助けて
事故対策をすべきだった原子力安全・保安院や原子力安全委員会…それらの専門家集団の
無能さと無責任…国民はテレビの前でつぶさにそれを見ていたはずである。
爆発事故が起きた福島第1原発に常駐していた保安院の職員7人は、地震発生後
約1週間、現場から約60キロ離れた山向こうの福島県庁に避難していた…。

今、しきりに中国や韓国や、北朝鮮の危険を説いて、軍備強化を図り、
国防軍や徴兵制、果ては核武装まで語る人々…これらが実は、保安院の専門家と
称する集団と同じに、いざとなった時に無責任で無能で、自分たちが先に避難するような
人間でないという保証がどこにあるだろう?
憲法を改定して日本を戦争のできる国にしようとしている人々やその賛同者などは、
自らは安全なところにいて、無責任に日本の若者を戦場に送りだし二百数十万とも
言われる軍人・軍属・準軍属の死者を出し、アジア諸国に多大の迷惑をかけた、
あの、太平洋戦争中の大本営参謀本部…
それらの人々よりも責任感が強く賢明であるとでも言うのだろうか?
同じ過ちはしないと言えるのだろうか?

瀬島龍三 という人物がいた。
瀬島 龍三(1911 - 2007)。大日本帝国陸軍の軍人、日本の実業家。
大本営作戦参謀。陸軍中佐。戦後は伊藤忠商事会長。
1941年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦以降、陸軍の主要な軍事作戦を
作戦参謀として指導した。主なものは南方作戦におけるマレー作戦(E作戦)・フィリピン作戦(M作戦)
ガダルカナル撤収作戦、ニューギニア作戦、インパール作戦、台湾沖航空戦、捷一号作戦、
菊水作戦、決号作戦、対ソ防衛戦など。
しかし彼はなぜか戦後を生き抜き、伊藤忠商事の会長にまで上り詰めている。
中曽根政権(1982年~1987年)のブレーンとして、第二次臨時行政調査会委員などを務め、
政治の世界でも活躍。勲一等瑞宝章受賞。死後従三位に叙せられた。

彼が個人的に立派な人かどうか、私は知らない。けれどもこの経歴を見て、
なにか違和感は感じないだろうか。彼が主任として後方の安全なところにいて立てた作戦の数々によって
直接彼の責任ではないにせよ数十万~二百万の兵士たちが死んでいったのである。
その60%は実は、後方からの糧食の支援が無かったための餓死であったという…
彼の口から、自分が関与して立てた作戦の元、この多くの兵士が死んで行ったことについて
語られることはなかったようである…。

安倍自民党総裁、石原慎太郎氏など、この国を軍国化しようとしている人々は、
一体何を考えているのだろう?
これらに票を投じた人々は、いったい何を考えているのだろう?
彼らには、不幸への想像力というものが欠如または欠落しているのではなかろうか?
軍国化はマッチョを好む者の個人的嗜好などによって行われていいものなのだろうか?
戦争を、何度もリセットできるゲームなどと同じ感覚でとらえていいものだろうか?

戦争というものを彼らはどう考えているのだろう?
理由の如何を問わず、戦争というものは、生身の人間の殺し合いである!
日本は現憲法で高らかに不戦を謳った!
それを敢えて変えて、日本を戦争のできる国にしようと画策する人々…
福島第一原発の収束も程遠いのに、原発推進を虎視眈々と画策する人々…

そんな極端なことを考えている人は、少数だ、というだろうか?
だが、少数派でありながら、声の大きいものが一瞬で、それまでの議論も約束事も
反故にしてしまう怖さを私たちは知っている。
それに似たことは、クラスの話し合いなどでもある。
皆で決めたことを、声の大きいものが一瞬にして覆す。その怖さ。
いじめ問題も同じだ。ごく少数の人間がクラスを恐怖支配してしまうことも多くある…。
しかし、それを許すのは、声の大きいものについ任せてしまいたくなる、
自分で考えることが面倒で、声の大きい者のいうことに任せていればいいや、
と思ってしまう、構成員の大多数の責任である。
思考放棄と沈黙…これが世界においては大きな不幸をもたらす。
時にはそれは、ホロコーストのような恐ろしいことまで。
人間のうちには狂気が潜んでいる。
それは何もそれを率先して行なう者のことばかりを指さない。
おかしい、変だ、悪いと知りつつ、面倒だからとそれを見過ごしにする声なき民…
それも一つの罪である。

自分たちのしたことを直視してきたドイツ。
かたや、アジア侵略の反省もきちんと行わぬまま、
また、この度の右翼的勢力の圧勝を直視しないまま、日常をまた始めてしまう日本人…。


安倍、石原、野田、前原、橋下のような極右的政治家にこの国を任せていいのか?
それで平気でいていいのか?

今度の選挙で、この国には大きく行って3つの勢力があることが分かった。
原発の脅威をこれ以上日本に広げたくない、被災地復興と脱原発を第一に掲げ、
この国に戦争など絶対に持ち込みたくない、また海外での戦争にも加担したくないという
人々。…これは今回わかったが、ネットでの広がりが大きかったように思えたけれど
まだまだ少数派である…
それから、原発を推進し、憲法を変えてこの国を軍事国家にし、TPPにも
参加して、ますますこの国のアメリカへの隷属を強めていきたい人々…
そして、このどちらにも与しない、大多数の、考えを決めかねている人々
あるいは無関心な人々…
この第三の層の人々に、どう訴えかけていくかが大きなこれからの課題だ…。


とにもかくにも、選挙は今回は、この国の今後のかじ取り役をこれで決してしまった。

…だが、あきらめまい。
次の参院選で、右翼的なものを再び勝たせては、この国は本当に大変なことになる!
来夏…再び私たちの民度が問われる選挙がある…。




「まず、総理から前線へ。」
「広告」1982年6月号(デザイン:浅葉克己/コピー:糸井重里)
※今、ネット上でシェアされまくっているポスターだそうである。
http://anirepo.exblog.jp/18967749/
からいただいた。

まず、総理から前線へ。

『右傾化をほんとうに望む?』 其の二

さて。
今度の選挙は本当にいろいろなことを考えさせられた。
今も、言葉にして説明できない複雑な想いが胸を去来する。
それを順序立てて整理して書きたいのだが、あまりに難しい。
思いつくところから書いて行こう。

まず。民主党に対する複雑な想いについて書いておこうか。
私は、野田佳彦、前原誠司という松下政経塾育ちの二人の政治家が大嫌いであった。
とりわけ、野田氏に対しては、この1年3カ月ほどでしてきたことの罪の重さを思えば、
到底許せない!と今も思う。
何が許せないか、と言って何よりいちばん許せないのは、彼がおのれのその、
たいして思想的深さもない、単なる右派的な好みを強く打ち出して、
民主党を自民党と同じ色合いにしてしまったことである。
鳩山氏、菅氏にはそれぞれ大きな欠点はあったかもしれないが、すくなくとも
2009年の衆議院選で、国民が自分たちを大勝させてくれたその理由を認識していたと思う。
国民は、自民党と違う政治を民主党に求めていたのである!

官僚主導の政治。天下り先を次々と作ってそこに国民の血税をどぶどぶ垂れ流す政治。
公共投資という名のもとに、大手ゼネコンなど一部の大企業だけが潤う巨大箱モノや
道路、新幹線などにカネをつぎ込む政治。
大企業や大金持ちの税金負担は軽減し、逆に貧者からは奪い取って貧富の差が拡大する一方の政治。
二代目三代目の世襲政治家たちが親や祖父の地盤とかばんをそのまま受け継ぎ、
楽に選挙に勝って、そういった者以外の政治的背景を持たない者は立候補しても当選しにくい仕組み…。
そして、あの、3月11日以降は、原発という巨大な利権に群がる利権集団の存在…。

そうしたものを改めて欲しい、自民党とは違う国民目線の政治をして欲しい!、というのが
おおかたの国民が民主党に託した切なる願いではなかったろうか!
ところが、野田佳彦という民主党の政治家は、そのことごとくの期待を裏切り、
自民党と経済界のドンにすり寄って、民主党を自民党となんら変わりのない、
いわば存在価値のあまりくっきりと見えてこない凡庸な政党にしてしまったのである!
そして彼はこともあろうに、自党の仲間をみすみす離党もしくは落選させて、
国民がわずか3年前に託した308もの議席を、なんとわずか57議席にまで激減させ、
民主党をほとんど維新の54と変わらない中小政党にまで転落させてしまった!
野田さん。あなたの罪は、単に自党の議員に対する責任なだけではないのだよ。
あなたは、国民の預けた、託した希望をここまで無残に打ち砕いたのである!
その罪は、あなたがいくら後悔しても到底負いきれないほど実は重い!

まあ、野田氏一人を責めても酷かもしれない。結局、民主党の議員たちは、
そんな彼を再選することで、国民の、『自民党と違う政治を!』という悲願のともしびを
無残に消してしまったのである!
何をいまさら、落選して慌てることがあろうか!結果はもう、1年前から見えていたはずじゃないか。

だが…そう私が民主党を責めるその気持ちの裏には、もうちょっと頑張ってほしかった…
もうしばらく猶予を与えて、この政党を自民党に対抗し得るしっかりした政党に
育ててみたかった…、という悔いが強くあるからなのである。
こう無残に負けてしまった後でも、まだ、その残念な想いは強くある…

何度も書くけれど、私たちは、民主党にあまりに急速な効果を求めすぎはしなかったろうか!
鳩山元総理の普天間移設発言だって、あれは本来、沖縄以外の国民が沖縄の人々と一緒になって
政治を後押しして、アメリカとの関係を真剣に考えるいい機会だったのではなかろうか?
菅政権だって、脱原発をいうただ一人の政治家を、マスメディアのバッシング報道にのっかって
その性格的欠点をあげつらって、足を引っ張り引きずり下ろすことばかり、私たちはやってきはしなかったか?

私たちが政治改革を託した期待の政権…。生まれたばかりの政権だった。
それを私たちは、それがよちよち歩きのうちにもう、「ああ、何も決められない!」と
突き離してしまったのではなかったろうか……

民主党の中には、なかなか骨のある政治家もいたのである。
それらを私たちは、ただ民主党であるというだけで選挙演説でも罵詈を浴びせかけ、
老獪妍獪の仙石氏などといっしょくたにして表舞台から引きずり下ろしてしまった…!
川内博史氏などはいい仕事をしていたのに!である。

思い返せば、まだ石原氏などが政局をかきまわす前のこの10月19日の朝日新聞に、
政治学者の豊永郁子さんという方が『二大政党制をあきらめない』という、いい記事を
書いていらした。
骨子はこうである。
『政権交代、二大政党制のうまくゆかぬこと…政治との付き合いに倦んだ私たちを
豊永郁子さんは叱咤激励する。(自民党から民主党に)政権交代したのは無駄ではなかった。
見限るのは早過ぎる。まだまだ幸せになる努力が足りない」』

ああ。彼女は指摘していた!二大政党制をあきらめずに育てる努力をしろ、と!

いい記事だなあ、と思いつつ、私はこれを紹介する時機を失してしまった…
他にも、いい記事、いい本がたくさんあった…
なぜ、私は政治がこんなことになるまで、事態がこんな絶望的な状況になるまで、
いい意見だなと思うことを紹介するほんの少々の手間を惜しんだのだろう!
疲れたなどと言っている場合じゃなかったのだ!
倦んでいる場合などではなかったのだ!

私たちには、こうなる前に出来た筈のことがどれほどたくさんあっただろうか!
私自身、あまりに野田総理を憎むあまり、民主党に早々と見切りをつけてしまった。
その私を含め、私たちは、叩くべきところ、守るべきところのピントが少し狂ってはいなかっただろうか?
3年前、私たちが希望を託した民主党は、もっと大事に皆で育てる価値があったのでは
なかったろうか。悪いことは悪いよ、と教え、
いい政党に、立派な政党に育て上げる手間を、私たちは惜しみすぎたのではなかったろうか…

そのことが悔やまれるのである…。


3年前、私たちが希望を託した民主党は、今回厳しい批判を受けて、このような体たらく。
しかし。さあ、とにかく…また、再スタートである。

民主党は次の代表に誰を選ぶであろうか。前原氏なら野田氏と全然変わらない!
民主党よ!あなたたちの党としての存在意義は、自民党と異なる目線の政党というところにある。
その原点をもう一度思い出してほしい。
もし今回また、自民党と似た考えかたの党首を戴く道を選んだら、民主党という党は
その存在意義を失い、国民はさらに厳しい視線を注ぐだけになり、やがて、党は
再解体して、自民党に吸収されるか、ただ埋没してしまうであろう…

民主党よ。リベラルの道を行け。
それしかあなたたちが再び浮き上がる道はない!



この記事、『其の三』に続く。


『右傾化をほんとうに望む?』 其の一

さて。泣けど喚けど、第46回衆議院議員総選挙の結果はかくの如く出てしまった。
なにも語りたくないほどがっくり来ていたけれど、半ば怖れ半ば予測していたことでもある。
気を取り直して書くことにしますかね…。

『半ば怖れ、半ば予測していた』と今、書いたけれど、一体いつからこの事態は予測されていたろうか…

私自身の正直な実感では、3.11後の割合早い時期から、ある意味で今日の右翼の台頭を
予感していたような気がする。
3.11後。主に東京で、大きな脱原発・反原発の集会が行われるようになった…
何万人という規模の人々が各地から集まり、原発をなくそうという声は、
東京の街だけでなく全国各地に飛び火し、またネット上でも大きな盛り上がりを見せた。
私は、明治公園、代々木公園などの広い会場に、たくさんの人々や、さまざまな反原発の
スローガンを記した色とりどりの幟旗がひしめくのを見て、40年も前の学生運動の
盛んだった時代を思い出し、深い感慨を覚えたものだ。
これらの幟旗や立て看板は、私にとって60年代、70年代の左翼的な運動の象徴で
あったからである。
だがその一方で、『今、この動きを見ながら臍を噛み、今はだんまりを決め込まざるを得ないでいる
人々が大勢いるのだろうなぁ…』という不安を感じてもいた。
原発推進の人々や原発に関係なくこうした左翼的な運動の高まりに嫌悪感を
抱く人々がこの日本という国には大勢いることを考えたからである。
この国には、ヨーロッパなど諸外国以上に…おそらくアメリカのそれと同じほど、
左翼的なもの、共産主義的なものを嫌悪する人間は多い。
それがなぜかは知らないが…。
いつか、それらの人々は、大反撃の機会をうかがっているに違いない…と。

ある意味で、菅総理に対する異常なほどのバッシングは、彼が市民運動を象徴している総理大臣でも
あったからではなかろうかと、私は早くから思っていた。
何度、櫻井よし子氏などによって『市民運動上がりの総理大臣』という蔑視的表現を
耳に目にしてきたことだろう。
『市民運動』というものは、政治や行政に直接参加する機会の少ない国民にとっての正当な権利である!
それをなぜか蔑視する傾向のあるこの日本という不思議な国……

安倍晋三氏の祖父であり、安倍氏が敬愛してやまぬ岸信介元総理大臣。
東大生樺美智子が、学生たちと警官隊との衝突の際に死亡した、あの60年安保闘争…
大きく盛り上がった安保改定反対の学生市民の動きを封ずるため、警官隊だけでは足りずに
右翼集団ややくざ組織までが動員された苛烈な市民運動弾圧の時代の、時の総理大臣である…。

『菅総理が注水をとめた』という未確認の情報の出どころは、次期総理となる安倍晋三その人である!
これは後に重大な誤解であったことが明らかにされている。
でもそれはどれほど菅総理をおとしめる効果があったことか!

2006年、共産党吉井英勝議員が、福島のように多くの号機が
近接して海辺に立つ原発は、津波で電源喪失したら、次々に冷却不能になって
大変な事故になる。至急津波対策を講じて欲しいと、国会でも質問し、質問状を
提出したにもかかわらず、日本の原発は、十分に安全対策が講じてあると言って、
その重大な質問を握りつぶし、なにも手を打たずに今回の事故を結果的に招いたのは、
その時の総理大臣、安倍晋三氏、その人である!!!
安倍氏に関するこのことだけをいかにも意味あるように取り上げるのはどうかとも思うのだが、
そう自己批判しつつ、なにか、象徴的な出来事群ではある…
選挙運動の最後の日。安倍氏の演説会場で打ち振られた日本国旗…

私は、これまで、陰謀論、というような言い方はなるべくしないで来た…
時代というものは、その時々の国民のムードというものが作りだすもの。
政治も、マスメディアの論調も、実は庶民の隠された意を汲んでいるにすぎない…
そう考える節があったのである…だが、私はあまりにもお人よしすぎたようだ…

あまりにも一方的な報道が多すぎた…
私たち一般の人間の知らないところで、どれほど一体、原発を推し進めたいとする巨大な
勢力にわたる人々が、じっと自分たちに吹き付ける嵐が通り過ぎるのを隠忍して待ち、
再び、鎌首をもたげる機会を窺っていたことであろうか!
隠忍しつつ、裏でどれほど巨額の工作資金を動かし、世論操作をしていたことであろうか。

原発のことだけではない。
菅総理がバッシングで引きずり降ろされて野田政権が成立した時、
当然これから脱原発の道の険しくなることは予感された。
それと同時に、やがて来る巨大な右派政権の時代も、そのとき既に予測出来た…。
野田佳彦氏は、自民党以上の右派だからである。
野田氏が自公と組んで消費税増税を決めようとしたとき、私はいつの日か、
自公、民主党の右派などが大連立を組んで、この国に少数野党の声、少数派の国民の声が
届かない日が来ることを恐れていた…。



だが…わずか一年…半年後…これほどひどいことになろうとは…!!!
ここまでひどいことになろうとは…!!!

さまざまな人がさまざまに敗因を語る…
曰く。野田暗愚総理が、自己愛・自己陶酔解散をやってしまったために、選挙運動の
準備期間が短すぎて、党の主張を国民に周知出来なかった…
曰く。自公・維新をいわれなく喧伝するマスコミの露骨な誘導に、弱小政党は負けた…
曰く。小選挙区制そのものが弱小政党に不利なように出来ていて、民意を掬いあげられない
結果が出てしまった…
曰く。投票率が低過ぎた…

それらは皆、ある意味、今回の結果を生んだ要因になっているのであろう…
だが。
惨敗は惨敗。
そのことは直視しなければならないと私は思う。
国民は、これを選んだのである…!
与党が、自公に近い考えかたを持つ維新、みんな、それから民主の一部を含めると、
じつにおそらく、総数80%くらいにはなるであろう政治を選択してしまったのである!

私は恐れていた。
いつか、ひとは、原発のことを考えるのがいやになる…
あの、福島第一の無残に鉄骨が歪み、コンクリートが崩壊した、そして今も
目に見えぬ放射性物質を放散し続けているあの映像を見るのが嫌だ!と思う日が来る…
そして、東京の街を脱原発を叫んで練り歩く人々を、ある意味疎ましく思う人は
逆に増えてくる…。

私も無論含め、人間は弱いものである。
最初の頃、あの、大津波…あの、形容も思考も拒むあの恐ろしい現実をテレビなどで目にして、
被災地の人々に対して、わあああっと盛り上がった『絆』の感情…
それもいつか、忘れたい、目を逸らしたいと思う日が来るだろう…
いや、気持ちはあっても、自然それらのやさしい共感の感情は、
いずれ自分たち自身の日常の中に埋没していくだろう…と。

今回、福島の人々が、あの福一の地元の人々が、こともあろうに自民党を選んだ…!
じつに5区の内4区までが自民党を。しかも、原発立地自治体を含む
第5区自体が、もともとはあの事故を引き起こしたと言っていい自民党を選ぶ…!

そのことに、福島以外の地に住む私などは驚く…!
だが、これも、予測されることではあったのである。
私は事故後のごく早くから、原発周辺の人々に、ある意味でのストックホルム症候群のような
心理が起きるのではないかと恐れていた。
立てこもり事件の人質になった人々が、長い立てこもりの間に、本来憎むべき犯人に
むしろ共感を覚えていく…と言った心理である。
さすがに、事故を起こした東電に対し共感を覚えるといった住民はいなかったと思うが、
無責任に外部から、避難しろだの除染は無理だのと煽りたてる人々に対し、
それが自分たちを救おうとする立場の人々であるにもかかわらず、むしろ拒否したくなるような感情…
なにも役に立たない同情なら、いっそ、事故の原因を作った政党であろうと、
迅速に動いてくれそうな(かどうかは本当はわからないのだが)自民党の方がまだましかも、と思う心理。

もう、疲れてしまっているのだ!
福島の人々…地震津波の被災地の人々は…
そして被災者に想いはありつつも、自らの生活の足元が、長く続く景気低迷で
ぼろぼろになりかけている被災地以外の人々も…
皆が疲れて思考停止に陥ってしまっている……!

決められない、動かない政治に、ほとほと国民が愛想を尽かしている状態の中での
急な衆議院選だった…!


この記事、『其の二』に続く。

『脱原発の想いを一票に』

2012年12月15日。
東京日比谷公園で、さようなら原発世界大集会があった。
1:30から野音で集会。2:30からこちらは首都圏反原発連合が担当してデモ。
15,16日と、東京・郡山を結んで行われる、脱原発世界会議の一環である。

世界会議脱原発
http://npfree.jp/download/NFN_pamphlet_1-4.pdf


私は風邪が完全に抜けてはいないので行こうかどうしようか迷っていたのだけれど、
この一年の脱原発の想いのけじめ。少し出が遅くなったが行くことにした。
選挙一日前。少しでも脱原発の声を街にアピールしておきたいと思った。

今日の東京は曇りから雨の予想。
家を出るときにはまだ降っていなかったけれど、電車の中にいるころは
街を行く人々が傘を差し始めているのが見えた。

日比谷に着いたのは2:30近く。
残念ながら遅すぎて、野音での集会には間に合わなかった。
デモ隊が既に出発。
今日は、未来の嘉田党首もデモに参加するという噂だったが。


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日比谷公園をスタート。
野音での集会に出られなかったので、全体にどのくらいの人が集まっているのか
感じがつかめない。
列から離れて先頭集団のところまで歩いて追いかけてみることにした。
例のごとく、警官隊によって列は分断されている…
いくつもの集団を追い越して歩いていく…
今日も警官隊の動員がすごい…!

2012_1215_151600-CIMG9320.jpg


ここが先頭集団。
この前に、誘導の警察車がいる。
車の上にはハンドマイクを握った警官たちが立っていて、しきりに、
『こちらは丸の内警察署です。』と、大きな声でデモ隊に、これが交通妨害になっているとの
警告を発していた。
そして後続の警官群に『デモ隊を縮圧せよ!縮圧せよ!』と言っていたのかな。
デモ隊が長くならないよう縮めろというような命令を盛んに出していたのだが、
それが、なんだか、少しでも不穏な動きをする者はただちに取り押さえよ!と言っているような
威圧感があって怖いのである。
この、首都圏反原発連合主催のデモは、徹底して整然とデモすることを旨としている。
だから、警官にこうやって威嚇されても、列を乱して挑発的な言動をする者は
押し並べていない。ただ「再稼働反対!」とシュプレヒコールして、太鼓隊が
ドドン・ドン・ド・ドン!と応じる。それだけである。

しかし、警官の先導車の威嚇めいた呼びかけと対峙するかのような太鼓の音は、
いやが上にも、ここが最前線である!、という緊張感を生む。
一色即発の緊張が常に漂っているのである。
誰か一人が列から突出する動きをしたり、警官隊に罵声を浴びせでもしたら、
いつ警官隊がわあっと押し寄せてきて、大変な揉み合いになるかも知れない…
そんな雰囲気のなかに先頭集団はドドン・ドン・ド・ドン!とやっていく…

東京のこのデモは、いつも統率されて整然とした、おとなしいデモである。
しかし、大阪の関電前のデモ、瓦礫広域処理反対のデモは、すでに警官隊と
デモ隊の対立感情が強くなっているようだ。
…いずれ、政権が代わったら、東京のデモも、こう静かなデモでいられるのだろうか…

私はいつも列の後ろの方でのんびりと歩いてばかりで、この雰囲気を知らなかった。
今回初めていちばん前まで行って見てみて、先頭に来る人々は、勇気がなくては
デモ出来ないものだなあ、とあらためて思った。


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デモ隊は雨の中を進んでいく…



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ひたすら歩く…
…それにしても、この寒い雨の中、よくまあ、多くの人が集まるものである。
この日の参加者は、主催者発表で5千人。


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この日は、東京商工会議所、イイノカンファレンスセンターなどで、
さまざまな脱原発の講演や催しが行われていた。
私は、日比谷野外音楽堂のトークに。
岩上安身さん、後藤政志さん、藤波心ちゃんなどがトーク。


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フライング・ダッチマンのライブ。



さて。いよいよ衆議院選の日がきてしまった。
日本の言論活動の氷河期にこれから入って行くのではあるまいか…
…さまざまな複雑な想いに胸が重い。

だが、一票の重みを信じて、皆、投票には必ず行って欲しい。

私はこの日、この本を行き帰りの電車の中でずっと読んでいた…


堤未果

堤未果『政府は必ず嘘をつく アメリカの「失われた10年」が私たちに警告すること』
        角川SSC新書 [新書]


これは、この春に出た本であるけれど、今の日本の状況が、アメリカの9.11後と
酷似して後追いしていることを予言して恐ろしい。
悲しいのは、この悲観的な書でさえ、今の、急激な右傾化した日本の状況は
予測していないことである…
わずか十か月前…この本の出た今年2月の頃の日本が、なんとうらやましいことであろう!!!


右翼的な政権などに絶対にしてはならない。
原発推進など、絶対にさせてはならない。
被災地復興を失念して軍国化にひた走る者たちなど、政界に送り込んではならない!!!


『流星群の夜』

選挙の行方、この国の行く末を案じる日々ではあるけれど、
流星群の夜には、やはり表に出てみずにはいられない…

今宵は、ふたご座流星群が最も多くみられるという夜。
実は、昨夜、いっこ、観ておいた!^^

夜十時半。
風邪をぶり返したくないので、重装備で外に出た。
ふだん私は家でもタイトスカートなのだが、今日はその上に、先日買ったばかりの
ダブルフリース生地のロング巻きスカートを重ねてはいた。
上はタートルネックのセーターにカーディガン。その上にフードつきのパーカーを着て
さらにその上にダウンパーカーを!
手袋も忘れない。
あまり近所の人には会いたくない格好である(笑)

今日はさすがに河原には出ない。
我が家の前は、近所数軒の車回しの共有地になっているのだが、そこから
オリオン座はいつもよく見あげられるのである。
ふたご座流星群の放射点は、大体オリオン座を見上げていれば……


ああ!…

…今宵の流星群は、いつ来るとも知れぬ、つれなく気まぐれな神のようではなく。

なんと、外に出て15分ほどの間に、いつも3つ流れ星を見たいと願うその3つが
見られたのである。
まるで、
『風邪をひいているのだね。早く3つ見せてあげるから、早く暖かいおうちにお戻り』
とでも言ってくれているように…

ああ!

流星ってなんていいのだろう!
まるで、まるで、…神に懐胎させられたようだ!

いつも同じセリフだけれど、そうとしか言いようがないのだ。

この身になにか宿したような、深い生の喜び…
宇宙と我とつながっている、というような、不思議な安堵…
いずれこの身にも来る死さえも束の間怖くないと思うほどの、永遠への回帰…




温かいお風呂に入って、あんかで布団が温まるのを待っている間に
これを書いている。傍らには、紅いわいん…

こうしている間にも、外では壮大な天空のショーが行われているのだろう…。
夢でまた流星に会おう。
2012年12月14日。今宵、ここに彼岸花というおんな、確かに存在せり…。
星と情を通じけり…。














『こんな憲法にしていいのですか?!』

自民党や維新の石原氏は、盛んに憲法改正や憲法破棄を叫んでいる。
それでは、自民党がいう憲法草案とは一体どういうものなのだろう?
それを知らなければ、批判も賛成もできない。

こんな親切なサイトを見つけた。
自民党が公表している憲法改正草案を、現憲法とわかりやすく対比させてくれている。

http://c3plamo.slyip.com/blog/archives/2012/12/post_2519.html

このサイトを見ていただくのが一番なのだが、それでは丸投げ。
この方の比較を元に、私なりに、気になるところを書き出してみたい。

1.現行憲法で『公共の福祉』とあるところのほとんどが、『公益及び公の秩序』という言葉で書きかえられている。
 『公の秩序に反するな』という、国や地方公共団体等、官による管理社会の到来を予感させる。

2.現行憲法で『日本国の象徴』である天皇の地位を、『日本国の元首』と位置付け。
  なぜ、敗戦後、日本は天皇の地位を『日本国の象徴』としてきたか。二度と、『天皇』の
  名のもとに戦争を遂行することなどないようにするためである。

3.現行憲法の第二章第九条『戦争の放棄』の誓いを後退させ、『自衛権の発動』『国防軍』を明記している。
  以下、軍事裁判に関する記述を含め、国防軍についての項目が列記されている。

   第二章 戦争の放棄
    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
         武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する
       2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない
         国の交戦権は、これを認めない。
                          
   第二章 安全保障
    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての
         戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない
       2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない
    第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官
        とする国防軍を保持する
       2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認
        その他の統制に服する。
       3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、
        国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、
        又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
       4前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、
        法律で定める。
       5国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を
        犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。
        この場合においては被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
    第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、
        その資源を確保しなければならない。




  引用させていただいたサイトの方の言葉を借りよう。
  『この条文で戦闘、戦争をさせないという明確な歯止めが現行憲法から消滅することになる。
   国際的に協調して行われる活動」と称して、米軍下請けの戦闘が海外で可能な根拠となる。』
   実際の根拠法は「海外派兵を恒久的に自衛隊の本来任務とする国際平和協力法案」が
   すでに準備されている』

4.現行憲法の『第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
  この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、
  現在及び将来の国民に与へられる。』の下線部分を意図的にか削除。


5.現行憲法第十三条『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利につい  ては、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』の
  『個人として』の部分が、ただ『人として』という書き方になっている。
  すなわち、国民一人一人の権利を尊重する、という概念をこれによって希薄化。


6.現行憲法第十八条 『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、
  その意に反する苦役に服させられない。』の、『奴隷的拘束』の文言を削除。
  『奴隷的拘束=徴兵制』との批判を回避するための布石か。

7.現行憲法第十九条『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。』
  という、権力の介入をも阻む自由への高らかな強い決意は、『思想及び良心の自由は、保障する。』
  という弱い表現に後退。『保障する』という言葉には、国家の意志介入を感じさせる。

8.現行憲法にはない、個人情報の不当取得の禁止等の項を新設。
  『第十九条の二 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。』
  この条項により、報道の、国家・地方公務員等への取材がさらに制限される恐れは出てこないだろうか。
  これを悪用すれば、自由な報道は死ぬ

9.現行憲法第二十一条 『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。』に
  第2項として、次の文言を追加。
  『前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
   並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。』

  これは恐ろしい条項である。
  これを根拠に、デモ、集会などは、今とは比較にならないほど取り締まりが強化されることも
  考えられる。


10.現行憲法第二十四条(家族、婚姻等に関する基本原則) の項に次の文言を新設。
  『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。』
  一見、美しい言葉だが、これは何も憲法で明記して縛らずともいい内容である。
  これを明記することにより、老人介護などが家族の諸々の事情も抜きに『家族内の自己責任』
  と解釈されかねない。国の公的支援の退行の言い訳にされかねない。


11.現行憲法第二十九条『財産権は、これを侵してはならない。』という強い決意表明が『保障する
  と表現に退行。第十九条にも通じる。


12.現行憲法第三十六条『公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 』は、
  『禁止する』という弱い表現に後退。目立たない変更だが、十九条、二十九条にも通じる、
  現行憲法の、国民の権利を絶対に侵さないのだ!という高らかな決意宣言が、押し並べて後退している。
  『保障する』という表現は、逆に公による自由権等諸権利への介入の可能性をも予感させ、
  第一に『国民よりも憲法の方が上に位置するものであり、お上の方が偉いんだぞ!』という
  不遜を感じさせる表現である。
  『国民主権』の理想に反する言い回しではなかろうか。


12.現行憲法にはなかった第九章第九十八条第九十九条『緊急事態』を新設。
  福島第一原発事故は、実はさらにひどいことになっていて、東京圏まで避難しなければならない
  ような事態だって起こりえた。そういった場合の備えは必要かな、とは思うが、
  気になるのは第一項。
  『内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱
   地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、
   特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、
   緊急事態の宣言を発することができる。』
  国民による正当な大規模集会やゼネストなどもこの範疇にくくられて弾圧されることだって
  ありうる含みを持つ文言である。


13.憲法改正の国会における議決のハードルを、現行憲法の総議員の三分の二から過半数に緩和
  さらに、現行憲法では『特別の国民投票又は国会の定める選挙の際
  行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。』となっているところが、
  自民党案では『有効投票の過半数の賛成』と、ハードルがぐっと下がっている。
  これによって、憲法改正が今のものとは比べられないくらい容易になってしまう。
  

14.現行憲法第十章『最高法規』を削除。
  第十章 最高法規
   第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる
        自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、
        現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである



  実は、この条文こそが、現日本国憲法のもっとも素晴らしいところの一つである。
  私たちが今普通に、当たり前と思って享受している教育の権利や、言論などの自由、
  男女同権、選挙権などは、私たちに生まれつき昔から賦与されてきたものではない。
  政府批判をすれば激しい弾圧…拘留、拷問(時には死に至る)を受ける時代があった。
  男女差、生まれや財産によって選挙権、被選挙権が無かったり、
  教育の機会が均等でなかったりした時代が、長く続いていたのである。
  数多くの、それこそ数多くの人々が、この差別・不当を解消しようと
  命をかけて戦ってきて、今の私たちの自由や数々の諸権利があるのである。
  現日本国憲法は、こうして得られた基本的人権を、高らかに誇らかにここで
  謳いあげている!そうして、二度と、なんびともこの憲法を冒し、国民の権利を
  剥奪することのないよう、この憲法を『最高法規』とここで宣言しているのである。


  この条項をバッサリと切り捨てた自民党の改憲案!
  そこに、どんな意図があるのだろうか! 
  みなさん。このことをよくよく覚えておいてください!

15.現行憲法にはない、次の条項を追加。
  第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

  ここも極めて、極めて大事!
  現憲法はその前文で主権在民を謳っている。
  その主権者たる国民を守るために憲法はある。
  つまり、憲法を守るのは国家の方であって、それを守らせるのが国民!これが立憲主義の要諦である。
  自民党の改憲案では、逆に、『国民に憲法を守らせよう』という逆転が起きている
  自民党案に繰り返し出てくる『公益及び公の秩序』という文言。
  これは何も自民党に限らない。『公の秩序』などという言葉をいたずらに頻用する者に、ろくなものが
  いるだろうか?



さて。自民党の盛んに謳う『改憲』という者の中味がこれで大体わかったのではなかろうか。
憲法破棄を謳う維新、石原慎太郎氏…。
『改憲』を言いたてる人々の上げる理由は大抵以下のようである。
『今の日本国憲法は、敗戦国日本がアメリカから一方的に押し付けられた占領憲法。
独立国家なら、自分たちで憲法制定すべきである』
…この言葉はいかにももっともらしく聞こえる。
しかしどうだろうか。そういう人々の改憲の目的が、上に挙げたような、ありとあらゆる条項で
国民個々の自由に幸福に生きる権利よりも、国の秩序を優先することを暗に強いるような、
そうして何よりも、日本の軍国化を推進する、ひたすらそのために憲法を
改定しようとしているような人々によって謳われる改憲ならば、
そんなものはいらないのではなかろうか?
私なら、そんな改定はまっぴら御免と叫びたい。

『どこの政党が『改憲』と声を大にして言ったって、改憲は容易なことじゃない。
まず全国会議員の3分の2の賛成によって議決されることが必要だ。
さらには国民投票などで、国民の過半数の賛成が必要だ。
それは、かなり高いハードルだ』

そうおっしゃる方がおいでだろうか…
いえいえ。
この選挙の趨勢を思ってください。
この国は、わずかここ2カ月ほどの間に、一気に右傾化を政治家も民も強めてしまった!
今度の選挙で、おそらく改憲派は絶対多数をとる。
参議院選でねじれがまた生まれるだろうから、そう簡単に改憲派など思うように出来ない?
いえいえ。
次の参院選でも、おそらく改憲派は『改憲』という点で結集する。
安倍総裁は、参院選後、本格的に改憲に取り組むという…

長い長い間、自民党が一党支配しているとは言いながら、この国には
国民の間に、『自民党はいいけど、改憲はしなくていいよ』という抑制が、
なぜかしらずうっと働いていたように思える。
なんと言っても、『平和憲法』は大事だ、ということがわかっていたのである。
戦争はもうこりごり。アメリカから押しつけられたものであろうがなんであろうが、
いいものはいい。やっぱり平和憲法がいいよ…そういう暗黙の了解が……

ところが今、急速にその認識が薄れつつある。
下手をすると、この国の民までが、この、珠玉のような、世界に誇れる平和憲法を
捨てようなどとしはすまいか…
私はそのことを、本当に恐れている。
政治家を安易に選ぶということは、そういうことなのである…

つい先日12月9日朝。関西電力大飯稼働再開や、大阪市の瓦礫広域処理受け入れに反対する住民たちの
中で、理論的中心人物のようになって、『モジモジ先生』の愛称で親しまれていた、
阪南大学准教授、下地真樹氏が自宅で逮捕された。

10月17日午後2時40分ごろから約1時間半にわたり、JR大阪駅(大阪市北区)で
「がれき反対」とシュプレヒコールを上げながら練り歩いたり、ビラを配布したりして
駅側の業務を妨害した』ということだそうである。
逮捕容疑は「鉄道営業法違反」「威力業務妨害」「不退去」。

警察の言い分も聞いてみないと公平ではないだろう。
しかし、これが逮捕されるほどのことであろうか?
デモや集会をするのは、国民に与えられた権利である。
ふだん一般の私たちは、数年に一回の選挙でしか政治参加できない。
デモや集会や請願行動などは、私たちがわずかに自分たちの想いを発することのできる
大事な行動である。
大阪府、大阪市のデモ隊に対する警備は『過剰』ではなかったろうか?

デモで逮捕されたりするのは、特殊な人々なのであろうか?
いえいえ。
国家というものは、気をつけていないと、いとも容易に変貌する…
私たちの安易な選択がそれを招くのである。あるいは、おかしいな、と思っても
なにもしないでいることが結果的にそれを容認することになるのである。

国のトップ、自治体のトップが代わると、恐ろしいほどその国なり自治体は
警官隊の警備のありようまで変わってくるものである。
菅氏のころ…野田氏に代わってから…そして安倍氏や石原、橋下氏が大声を
上げ始めてからの、この国のムードの一挙に変化したことを思い返してみるといい…。

自由にネットもできない、デモも集会も出来ない、そんな行き詰るような国にしたいか。
下手をすると、あなた自身が、あなたの大事な人が徴兵される、そんな国にしたいのだろうか。

こんな歌を聞いてほしい。
これはチリのフォルクローレの歌い手、ヴィクトール・ハラの歌である。
『平和に生きる権利』


1973年9月11日(!)、チリで起きた軍事クーデター。
南アメリカで初めて自由選挙によって合法的に選出された社会主義政権を、
軍部が武力で覆した事件として有名である。Wikiの記述を借りよう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%BF%E3%83%BC

『東西冷戦の最中の1970年、サルバドール・アジェンデ博士を指導者とする
社会主義政党の統一戦線である人民連合は自由選挙により政権を獲得し、
アジェンデは大統領に就任した。
しかし、アジェンデ政権の行う社会主義的な政策に富裕層や軍部、さらに
ドミノ理論による南アメリカの左傾化を警戒するアメリカ合衆国は反発し、
アメリカ政府に支援された反政府勢力による暗殺事件などが頻発した。
そして、遂には1973年にアウグスト・ピノチェト将軍らの軍部が軍事クーデターを起こした。
首都のサンティアゴは瞬く間に制圧され、僅かな兵と共にモネダ宮殿に篭城した
アジェンデは最後のラジオ演説を行った後、銃撃の末に自殺した。

『政権を握った軍部はすさまじい「左翼狩り」を行い、労働組合員を始めとして
多くの市民が虐殺され、その中には人気のあったフォルクローレの歌い手ビクトル・ハラもいた。
ハラが殺されたサッカースタジアムには、他にも多くの左翼系市民が拘留され、
そこで射殺されなかったものは投獄、あるいは非公然に強制収容所に送られた。
前年にノーベル文学賞を受賞した詩人パブロ・ネルーダ(チリ共産党員であった)
はガンで病床にあったが、9月24日に病状が悪化して病院に向かったところ、
途中の検問で救急車から引きずり出されて取り調べを受けて危篤状態に陥り、
そのまま病院到着直後に亡くなった。』

左翼でなければ、社会主義者や共産主義者でなければ、軍部に虐殺なんてされないから関係ない?
いえいえ。あなたは加害者の側に立ちたいですか?
公平にいえば、逆に共産主義政権だってカンボジアのポルポト政権やその他、
数多くの国家による思想統制、思想弾圧、虐殺の例は数ある。
自由主義を標榜するアメリカが、他の国に対してしていることを思おう。
枯葉剤や劣化ウラン弾などを他国に対して使う…あれが正義の戦争だったろうか?


国家の悪意、というものは至る所に、あらゆる形で存在する。
それは実は一握りの権力者たちが動かしているものである。そしてそれに盲従する者たちが…

私は日本に再び思想統制や、戦争などを引き寄せたくない。
自分の国だけではない、他国に対しても、二度と侵略戦争など起こしてほしくない。
不毛の戦に、若者を送りだしたくない。

国民は、選挙の時だけでなく、常日頃から、政治家のしていることはちゃんと見ていなければ。
それはあっという間に、あなたの自由をも奪いに来る。

その日暮らしさんのところで、『ランメルの法則』という言葉を知った。
『ある国民が持つ自由が僅かなほど、彼らの統治者が彼らを殺害する可能性が増す』というものだそうだ。

そんな大げさな!日本は安全で平和で自由だ。
その日本にちょっかいを出してくるやつらがいる。
北朝鮮や中国や韓国の挑発を甘んじて受けろというのか?

…それでも。もし日本も核武装して、どんどんお互いに軍備を拡張して
公海上での緊張を高め、それで一体どんないいことがあるというのか。
また、外に向かって働くと思われている軍というものは、容易にその武器を
国民自身に向けるものでもあるのだ。


そうした不穏なものは、それが気配であるうちに、それが萌芽の内に、
いらない!と意志表示しておきたい……



震災一ヶ月後の高円寺での脱原発の集会で『不屈の民』を演奏するジンタらムータ。
クラリネットの大熊ワタル氏の傍に、小熊英二氏もいるなあ…




不屈の民(¡El pueblo unido, jamás será vencido!、団結した人民は決して敗れない!)
とはチリのヌエバ・カンシオンの曲の中で、最も国際的に良く知られた歌である。


『ほんとにそんな選択でいいのですか』

東日本大震災から、1年9カ月が経った…

今、日本は衆院選挙の真っただ中。
現憲法下としては史上最多とも言われる立候補者が、
今、師走の街を村を、支持を求めて走り回っている…
…その中で、忘れ去られてしまったかのように見える被災地の人々…

あの…!あの悲劇の後の総選挙。
被災地復興と原発問題が、一番の争点になるのが当たり前、と私などは思っていた。
だが。いつのまにか、争点は、国防問題と改憲、経済問題に大きく傾斜。
世論調査などのほとんどは、どこの党が勝つか、ほぼ一致した予測を立てている…
こう、どこもここも同じような言いっぷりを示されると、政治のことなどよくわからぬ国民は、
「ああ、やっぱりなあ!」と勝ち馬に乗りたくなったり、
また逆に投票する前から負けムードになってしまうではないか!

…腹を立てては見るけれど、『そうか、アンケートに答えた国民はそういう意見なのか!
国民は本当にそれほど愚かな選択をするのだろうか…』と
私自身もやりきれなさ、虚しさに、脱力感と無気力に陥ってしまっている…

しかし、しかし!なにか、なにかおかしくないか?!!!
絶対に今のこの世間の流れはおかしい!!!

12月5日の中日新聞が、この間の私の気分をまさに言い表してくれているので
引用したい。下線部、赤の強調文字は、私が加えたもの。

『こんなに怖い選挙はない』
                      社会部長 島田佳幸

 気になることがある。衆院選を前に過日、小紙が行った世論調査の結果だ。
例えば、優勢が伝えられる自民党についてみてみよう。
 比例で自民党に入れるとした人の三割弱が、「憲法九条」の改訂には反対だと答え、
実に半数近くが、将来的な「原発ゼロ」を求めているのである。
 言うまでもないが、自民党は九条を変える、と宣言している。そして、原発は維持していく立場だ。
 無論、この二つの課題に対する回答者の賛否と投票先の主張がずれている例はほかの党でもみられる。
  こうした〝矛盾〃、考えられる理由は二つだ。
一つは、九条や原発以外にその党を選ぶ決め手の公約があるという可能性。
そして、もうひとつは、その党の主張をよく咀嚼せず、「何となく」投票先に決めているというパターンだ。
前者ならまだしも、後者はあまりに危険である。
 二度と戦争をしてはいけない、というのは無論、戦争に少しでも近づくことが
ないようにせよ、というのが、先の大戦で途方もない犠牲を払って、日本が得た教訓だ。
戦後の日本はその教訓の上に築かれている。
その礎である九条を変えるというのは、とてつもなく重大な判断である。
 さらに、あの原発事故は夥しい(おぴただ)しい数の人から故郷を奪い、
大事な国土の一部を放射能で汚して、事実上、二度と人の住めない土地にした。
(あとで閉められない扉は開けてはならない)。
そんなペルシャの諺(ことわざ)をあらためて苦々しく想起する。
 大震災後初の衆院選が始まった。ここで問われるものとは、だから、
私たちが失敗や悲劇から学べる国民なのかどうか、である。
 「何となく」は禁物だ。
この国の行く末、子どもらが生きていく国のありようを決める投票-。
そう考えれば、こんなに怖い選挙はない。


                *


『あとで閉められない扉は開けてはならない』。

ああ!なんと賢くも真実をついた怖いことわざであろうか!
私たち日本人は、すでに、この地震の多い狭い国土に、54基もの原発を見境なしに
作るという、『あとで閉められない扉』を開けてしまった!
その反省もろくに行わないまま、また、日本国民は、
憲法をいじって、自衛隊の国軍化、徴兵制や核武装までもに踏み込むような考え方の
政党を選んでしまうのであろうか…!!!
これは何も自民党に限らない…
国というものがひとたび軍国主義的色合いを帯びてしまうと、
なかなか、国民の意志などでは容易に方向転換など出来ないものであるその怖さに、
今、日本人は鈍感になっていはしないであろうか。

『あとで閉められない扉』…
71年前の12月8日は、日本が真珠湾に奇襲攻撃を仕掛けて
太平洋戦争に突入した日である。閉まらない扉は、アメリカによる広島・長崎への
原爆投下という悲劇によって無理やり閉じられた……
私たち日本人は、日中戦争・太平洋戦争の悲劇をも、もう忘れてしまったのか??!!

東日本大震災、そして福島第一原発事故からの復興よりも、改憲や軍備強化の方が焦眉の問題…
そんな馬鹿な争点の選挙があっていいのだろうか?
これが!これが、大真面目で今、日本で行われていることなのだ!





いつもの、キャンドルナイトだけれど、
東日本大震災の被災地のことも忘れたかのような、原発事故などなかったかのような、
そうして沖縄の追い詰められた怒りなどまるで気にならぬとでもいうような、
この愚かしい政治状況への怒りを籠め、
今夜は何の装飾もしない。ただ一本だけ、抗議の意味で蝋燭を立てる。




2012_1212_021510-CIMG9303.jpg




                         
心ひとつに キャンドルナイト




南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。


『こんなこ』


2012_1204_154010-CIMG9001.jpg


ちょっと硬い記事は一休み。

彼岸花に、人形作りの趣味があるって、ご存じでしたか?
4年前、仕事をやめてから、一時こんなことして遊んでいました。
ぬいぐるみ人形です。ボディは、目の詰んだジャージで作ります。
しっかり綿が詰めてあるから、抱くとふんわり柔らかいけれど、しっとり重いです。
身長はどの子も50センチちょっと。



2012_1204_154411-CIMG9006.jpg


後ろ姿。


2012_1204_162834-CIMG9015.jpg


冬服に着替えさせました。
セーターは、娘のいらなくなったセーターを切って縫いました。
ほんとに、体に合わせて編んだセーターみたいでしょ。

私の人形作りは、結構年季がはいっています。
いちばん最初に作ったのは、小学校4年生のとき。
雑誌などで時折目にする中原淳一の人形にほんとに憧れました。

あの、人形の体のサイズに合った編み目の細かいセーターはどうやって作るのだろう…
小さな写真切り抜きなど見ながら不思議でなりませんでした。
材料もない中、小学生の身でよくやっていたよなあ、と今にして思います。
無論、稚拙でしたでしょうけれどね。


2012_1204_153824-CIMG8997.jpg


この子は眼のつくり方がちょっと違います。




2008_1130_142451-CIMG0045.jpg


長い髪をアップにしてみました。
絽の着物を着ています。


2008_1130_145720-CIMG0069.jpg


この子はちょっと小さい。
身長48センチくらいかな。
ショートヘアで、70年代っぽい柄のワンピースを着ている。
他の子よりもちょっと大人っぽい感じです。



うちには、大きいおねえさんと、ろうそく人形のあずさと、
あと、こんなこたちが10人ほどいます。

みんなあたしのこどもたち。
















『この選挙は日本を暗黒の時代に導くのか』 ②

東日本大震災が起きてからとりわけ、胸の底にわだかまって重いしこりに
なっているものがある。 

それは、真実が見えない、聞こえてこないもどかしさである。
そして、『これが正しいのだろう』ということは多くの者が漠然と感じている。
それなのにその正しい行為が行われないのはなぜなんだろう!という重い重い疑問である。

その例はいくつもいくつもある。
あの、3月11日の大地震大津波悲劇。そしてそれに続く福島第一原発事故。
日本中が悲しみにくれたはずである。
…それなのに、日本は、あの東日本大震災の直後から、一番必要なことを国を上げて
やっただろうか?
まず政治。あの非常時に、菅総理が注水を停めたの(事実でないと判明)東電で
どなり散らしたの、そんなことばかりをマスコミも野党もしつこく追及。
でも、本当に必要だったのは、民主党も自民党も共産党も社民党もその他の政党も
政党など関係ない、政治家が総動員で、知恵を集め力を合わせて、被災地の救護活動と
原発周辺の人々の避難にあたるということだったのではなかったろうか?
それなのに、実際は、今書いたごとく、対応に右往左往する政府の足を引っ張るバッシングと、
政府、マスコミ、学者を含め官民上げて『ただちに健康被害はない』の安全キャンペーンに
異常なほどの力を入れてきただけである。

民主党がいったい被災地の人々に、どんな有効な対策をしたのか?
自民党は、菅政権の対応を笑いものにし、高みの見物で批判する以外の一体何をしていただろうか!
実際、与野党問わず、政治家の誰が一体現地に身を投じて、現場の声を素早く救い上げ
それを政治に即時反映させて即動くという仕組みを作ることに奔走してくれただろう?

瓦礫拡散の問題にしたってそうである。
大金を広告会社につぎ込んでの瓦礫拡散一大キャンペーン。
放射能汚染されているかもしれない瓦礫を全国に拡散させて、薄く広くこの国を
汚染させて、しかもそこで儲けるのは、大手ゼネコンや瓦礫受け入れ自治体の産廃業者など。
本来ならば、被災地自体の業者に出来るだけ仕事を供託し、地元にお金を落とすということが
大事なのではなかろうか。

もう、書きあげればきりがないほど、この1年9カ月、政治に絶望し、
公正な報道を行わないジャーナリズムに憤り、
デモをしても、署名集めをしても国民の声が政府に届いて行かないもどかしさに
どれほど歯噛みしてきたことだろう…!

とりわけ、不思議でならないのが、いつのまにか政治の争点が原発から逸れて行き、
消費税増税、TPP、金融緩和策などの経済の話や、憲法改正論や国防軍などの
軍事問題に関心が集まるようになってしまったことである。
そしてそれが公平な報道されるのならばいいのだが、
マスコミの論調がどうも、明らかに偏っていて、国民の関心をそちらの方へ
もって行こう持っていこうとするような感じがすることである。
さらに不思議なのは、世論調査、とやら言うもののはじき出してくる数字が、
どうやら、自衛軍とか核武装とか徴兵制などと言う政党を望む声が大きいと
いうような結果であることである。

本当に、本当に国民は、そんなことを望んでいるのか?
一体、真剣に国の未来を考えて、そんなアンケート結果を出したのか?

私が最ももどかしく思うのは、そうした国の危機とも言える状況に、
原発推進などを望まない、むやみにTPP参加など望まない、そして日本の若者を
アメリカと共に海外派兵させて戦争させる、などと言うことを拒否したい、そうした
人々の願いをがっしりと大きな手ですくい上げてくれる政党がこの国にないことであった。

この国に 原発を忌む人々の 政治の受け皿 無きを悲しむ


ああ!この歌を、何度私はこのブログにアップしてきたことだろう!


いや。ないというわけではないのである。
だがそれは、あまりにも勢力として小さく、しかも、それぞれが『党』の形にこだわって
四分五裂している。
原発問題一つをとったって、原発をやめたいと思う勢力が立ち向かわねばならない相手は
どれほど巨大なことか!
それらはまず、政治権力の座にあり、膨大な宣伝費用を有し、マスコミや学界というものまで
自分たちの内に取り込み、しかも、経済界の要というような地位まで有する
巨大な勢力である。
それに立ち向かうものが、それでなくとも小さな力を、さらに分裂させて戦って
勝ち目があるわけがない!
私のもどかしさはそこにあった。
『脱原発勢力の結集を』『リベラルの結集を』…どれほど情けないせつない想いで
これらの記事を書いてきたことだったろう!

…ところがここにきて急に、『未来』という党が出現した。
私は、11月23日の記事で、こんなことを書いた。

『あきらめない!という強い意志を持って、国民が投票に行くこと。
そして、国民の強い意志が動くとき、マスコミの誘導などは、わずか一週間しかなくても
覆せる!……それは私もありえると思っている。
民衆が何かを変えようと雪崩打って動く力は、民衆が思う以上に恐ろしく強いものだ。』


わずか一週間しかなくても情勢は変えられる…
嘉田さんが卒原発の党を立ち上げるといい出したのが、そのわずか3,4日後である。

ああ!嬉しい!…これで政治の受け皿が出来たかな!……そう思いつつ、
私には、その知らせを聞いてなお迷いがあった。
これで、これまで反原発・脱原発の運動を地道にやってきた社共の票が食われる!と
思ったからである…
私は、福島原発後の政界にあってただ一人、『脱原発』を早々と唱えた菅前総理を
ずっと応援していた。菅内閣の直後の対応のまずさを悲しみつつも、その一点で
彼を応援してきた…。
民主党の身内にあって、菅総理の引きずり降ろしを先頭に立ってやっていたのが小沢氏である…。

これで、菅前総理の脱原発へのロードマップ作り…これも焦点がぼけてきてしまう。
大江健三郎さんなどのグループは『脱原発基本法』制定を目指し、そこに
菅さんも顔出ししてはいる。
だが、大江さんらのグループは一体誰をどこを応援するのであろう…
まだ議員はいないが『緑の党』も出来た。
紛らわしいが『みどりの風』も脱原発である。
新党大地や新党日本も脱原発である…

だが、ああ!
なんとごちゃごちゃしていて、小さな勢力なのだろう!
民主党内には菅さん初めかなりの数の脱原発議員がいるはずだが、それらは党議党則を
撥ね返してまで、脱原発一本化に走る気持ちはないようだ…

これらがすべて、一つにまとまったなら、どれほど多くの国民が、喜んで
脱原発を堂々と声あわせて叫んで行くことが出来るだろう!

だが…これらが、まとまることはないようだった…。
私が黙り込んでいたのはそのせいである。
この国の重大な危機に際して、まだ、党がどうのこうの言っているのか!!!
なんという情けなさであろうか……
一つを応援すれば、他を捨てることになる…
他を応援すれば、また別の他を捨てることになる…
一つをそれでも選ばねばならない選挙民もまた、ある意味で雁字搦めになってしまっている…

私の複雑な想いがお分かりいただけようか!
腹立たしさと情けなさと…
もどかしさと焦燥と……

そこへ、山本太郎さんが一人立った。
彼は3.11後、ずうっと、どのグループの主催だから、などということを気にせず、
どの脱原発・反原発団体の主催のデモにも会合にも、また、抗議集会へも労をいとわず
参加していた。
党派にこだわらない、主宰グループの違いなど気にしない、というなら、
彼ほど脱原発へのその強い自由な姿勢を貫き通した運動家はいなかったのではあるまいか。
そうして、私を含め、今は党がどうのこうの言わないで、脱原発勢力が結集して!
と心に叫んでいた一般民衆ほど、そのことを願ったもの達はいなかったのではあるまいか…

…私が、山本太郎さんを選挙前の記事の最後に取り上げる思いはこれである。
彼の立候補の会見に溢れる心情を、ようくよく聞いてほしい。
そこに込められたもどかしさを。やむにやまれぬ想いを。



さて。
あと数十分で日付が変わる。
いよいよ衆院選のスタートである。
まとまらないながら、それでもそれぞれが出来ることをする…それしかないだろう。
一人一人が強い意志を持って行動することが、間接的ではあるけれど大きな力になる。
民衆の想いが集まれば、二週間足らずでも大きなことがきっとできる。

脱原発勢力よ。結集せよ。
リベラルよ。立ちあがれ。力を結集せよ。
この国のこころある多くの国民よ。立ち上がれ。
力合わせて日本を守ろう。
一票の重みを、国民の意志の力を、既得権益に群がる者たちに見せてやろう!

原発問題、改憲・領土問題、沖縄問題、TPP・消費税増税…
私はこれらは根っこのところで繋がっていると思っている。
その根っことは何か。
どの問題も、突き詰めて考えて行けば、

『国民の健康と命を守ろうと真剣に考えているかどうか』という一点に集約されてくるからである。



















『山本太郎氏立つ!』

日本の将来を左右するこの重大な衆院議員選挙。
それに直面しながら、ここ数日、私が黙り込んでいるのを不思議に
思われていらっしゃる方も多いだろう。
いろいろ複雑な思いが錯綜して、記事が先に進まないでいた。

だが、3.11直後から、芸能界という自分の生活基盤となる場を捨てても
脱原発運動に一途に取り組んできた山本太郎氏が、ここで立候補を表明。
彼の立候補表明会見の様子を紹介する。

ここには私が言いきれないでいることのすべてが詰まっているように思う!
後で記事は追加するが、とりあえず、この会見を皆さんにひとりでも多く
見て欲しいので、一足先にアップする。
慣れない政治家としての初の記者会見。
無論演説や討論に練達した政治家の弁舌と比べうべくもない。
しかしここには真実がある。
一人の日本人の、身を捨てた直言がある。

ぜひ、最後まで、真剣に聞いてほしい。







『脱サラ亭主のデコボコ独立開業記』の、やっちゃんさんに教えて戴いた画像だが、
画像の貼り付け方がわからない。同じものがYou Tubeでもアップされているので、
そちらをお借りする。
やっちゃんさんの怒りの記事も是非読んでください!


『この選挙は日本を暗黒の時代に導くのか』 ①

明日、4日は、いよいよ衆議院選の公示日である。
この選挙は、本当に、日本の将来を暗黒の将来にしてしまうのか、
それとも、新しい希望の日本に生まれ代わりを遂げるのか、その分岐点となる
大事な大事な選挙になると思う。

一つは、原発をどうするか、という問題である。
一つは、この国を、徴兵制などのある軍事国家にしてしまっていいのか、という問題である。

こんな大きな争点を抱える選挙なのに、マスコミが取り上げるのは
消費増税など経済の問題ばかり。
そして、安倍自民党の成立、石原・橋下維新の成立で、マスコミはこれまた
この両方を追いかけるばかり。
なにか原発の問題を選挙の争点から外そうとする力でも意図的にどこかから
働いているのかと疑いたくなるほど、9月からのここ3か月の間に
日本の空気はがらりと変わってしまった。        
右翼的な力が一挙にこの国を動かし始めたという感じである。

こんな、こんなことがあっていいものだろうか!!!

思い返してみよう。
1年9か月前のあの日を。
あの、大津波の映像を見つめながら、日本中が大きな衝撃を受けた日のことを。
そしてそれに続いて福島第一原発の各号機の冷却装置が働かなくなり、
また日本中が、放射能という見えない雲のようなものの影に怯えた日のことを。

福島第一の1~4号機は、まだその無残な姿をさらしたまま、人間は中に入って
その状態を確かめることすらできない。4号機は、臨時的に補強された鉄骨とコンクリートで
かろうじて燃料プールを支えているけれど、もし、また地震及び何らかの原因で
その燃料プールが倒壊したら、東京を含む東日本は人の住めないところに
なってしまう程の大事態になってしまう、そんな危険性を抱えたままである。
日本の半分が駄目になってしまうかもしれないようなものが、まだ、あそこにあるんですよ!
東日本の人間が、一斉に避難しなければならなくなるような事態が起きたら、
西日本だって安泰でいられるはずはない。日本に阿鼻叫喚の地獄が出現するかもしれない。

それなのに、もう福島はすんでしまったことのように、再稼働や、原発新設にさえ
言及する政治家が、この国で政権をとろうとしている…

東日本大震災の被災地の人々の暮らしはほとんど改善されていない。
家族を失い、生きる場を失い職を失い、明日という日の見えぬ暮らしをしている人々を
そのままに、明日の日本の経済を語る鈍感な政治家たち…

そして、これだけでも信じられないほどの悲しみを日本人は負ってしまったのに、
そこへ持ってきて、さらに、この国の根幹をなす憲法をいじって、日本を
軍事大国の道へ導こうとする政治家が跋扈しはじめた…!
自衛隊を国軍にし、日本に徴兵制を敷こうなどという人が、この国の次期総理に
なるかもしれないのですよ!!!

こんなことが!こんなことがあっていいものだろうか?!!!
この動きは、なんとしても阻止しなければ!!!

マスコミはなぜかあからさまに、こういう一派を持ちあげ賛美しているように見える。
選挙の焦点を、安倍氏、石原氏、橋下氏に合わせるその露骨さ!
安倍自民党、橋下・石原維新、野田民主党…
これらが組んだ日本の政治の怖さを実感できますか?
私は考えただけで身ぶるいしてきそうである。

脱原発などは無論、夢の夢。もんじゅなどの研究は再開、次々に原発は再稼動、
建設中のものも含め、下手をすると新設だって認めれらかねない!

数で圧倒的優位を占めた彼らは、憲法に手をつけるだろう!
日本はあの悲惨な戦争の記憶からようやく逃れて、平和な国を作ろうとしてきたのでは
なかったのか?
息子や夫や恋人が戦地に駆り出されていく…頭上から焼夷弾が降り注ぐ…
そんな戦争の日々にまた戻りたいのか?
そのような志向を持った政治家にこの国を任せたいのか!?

おかしい!
絶対に今のこの日本の動きはおかしい!
自民党が駄目だったから、民主党を勝たせた…
でも、その民主党が駄目だったからと言って、また自民党に戻るのか?
しかも、今の自民党はかつての自民党とは違う…
ただ目新しいから、元気そうだから、というそれだけの理由で、偏執狂的に
軍国化に思想傾斜している政治家に、この国を託すのか?

どう考えたっておかしい!




今度の選挙は、国民の自由と尊厳をかけた戦いである。
国民の質が本当に問われる選挙である。
日本人の、日本という国の存在そのものの本質を問う選挙だ。


公示まであと1日しかないけれど、考えることを次に述べて行きたい…





プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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