『五月のある日』

ちょっと留守にしていました。
実はこのほど、娘の結婚式がありました。
ほんとに内輪だけで祝うささやかな式でしたが、それなりに母の私もこのところずっと忙しく。
いただいたコメントへの返事や皆さまのところの訪問など、失礼をしてしまって
申しわけありませんでした。
記事も途中のまま。
でもまた、書いていきたいと思います。

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『兵士に慰安婦は必要なのか ②』

従軍慰安婦と橋下発言に関して、こんな見方もあるということ、
いくつか情報を載せておく。

一つは、ここを訪れてくださる方から教えていただいたTBS『デイキャッチ』の
放送。mp3で聴ける方は聞いてみてくださいね。

http://podcast.tbsradio.jp/dc/files/clip20130517.mp3


もう一つは、これは『布ぅ楽雑記』のクウ―ママさんが紹介していらした
アメリカからの見方。

『「橋下発言」はアメリカからどう見えるか』
冷泉彰彦
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2013/05/post-558.php
以下青文字部分、引用。

 所用でニュージャージー州外に行っていたのですが、その間にこの問題がどんどん拡大していたのには驚きました。現在の事態は、この欄で過去に申し上げた「管理売春は現代の基準では性奴隷」という指摘、また「国境を越えたコミュニケーションでは理念型の発信しか通用しない」というコメントが生かされなかった点、何とも残念に思います。以下は、とりあえず、現時点で気づいたことを箇条書きにしておこうと思います。

(1)アメリカなど欧米諸国はキリスト教国だから性的なタブーの強い「偽善的な国」だという主張があります。もしかしたら問題の奥の背景にはそうした宗教やカルチャーもあるのかもしれません。ですが、アメリカがいい例ですが、買春行為に対して社会が厳しい目で見ているのは宗教や文化のためではないと思います。核家族のイデオロギーが確立する中で、買春行為というのは、妻と子への裏切りであり、社会の最小単位である核家族を破壊し、自分以外の家族のメンバーの幸福を奪う行為だからです。

(2)同時に買春行為というのは、売春をする側の女性の尊厳を金銭を背景とした暴力で踏みにじる行為だとも言えます。勿論、価値観の多様化の中で自身の意志でそうしたビジネスに関与する女性も存在するわけで、そうした人々への不必要な蔑視はなくなっていますし、こうした問題に厳しいアメリカでも州や都市によっては規制の緩い場所もあります。ですが、本人の意志に反して行われた場合は、社会的には厳しい指弾を受けるのが通常です。

(3)この点に関しては、日本のいわゆる「風俗産業」に関しては、芸能活動や通常の接客業と偽って採用した女性に、借金を背負わせたりする中で売春行為を事実上強制するということが根絶できていないようです。このうち、対象が外国人の女性となるケースに関しては、例えば米国の国務省が「事実上の人身売買行為」として監視対象に入れています。

(4)日本人の場合は国内問題であり、米国国務省は特に言及していませんが、今回の「発言」のような要人の「不規則発言」が続くようですと、国連の機関などが調査に乗り出す可能性はあると思います。改めて確認したいのですが、「自己破産を妨害して風俗営業に女性を送り込む」というような行為が、仮に現在でも横行しているのなら、それは現代の国際的な常識であれば人身売買であり、そうした行為や産業の存在は許されるものではありません。

(5)この問題の報道ですが、アメリカに関して言えば、橋下市長の個人的な問題という文脈で語られるだけだはありません。むしろ「安倍政権には超国家主義者(ウルトラナショナリスト)的な懸念がある」ということがあり、その延長で「アジア諸国との関係が悪化している」という問題と絡めて解説されることが主です。その場合には、この「橋下発言」と「高市早苗自民党政調会長の村山談話否定コメント」が同列視された上で、日本の保守派の「ホンネ」だとされ、全体としては安倍政権への疑念という形に集約されています。

(6)ところでこの「超国家主義者(ウルトラナショナリスト)」という表現ですが、安倍首相は「誤解であり、説明して誤解を解きたい」と言明しているようですが、この認識自体に誤解があります。国際社会での定義ということで言えば、「超国家主義者」というのは「自国中心主義が過度になり、周辺諸国との摩擦を煽っている」ような人物だけでありません。第二次大戦を引き起こした「ナチス・ドイツ」がまずあり、その信奉者である現在の「ネオナチ」だけでなく、戦前の日独伊三国同盟と、この同盟を背景に行われた戦争の正当化をする人間はやはり「超国家主義者」になるのです。

(7)それは、日独伊三カ国を「旧敵国」として蔑視しているからではありません。第二次大戦を「最後の世界大戦」として位置づけ、その再発を防止するために国際連合を組織しているのが「戦後体制」である以上、日独伊三国同盟による戦争遂行の肯定というのは、現在の国際社会の安全保障の大前提を否定することになるからです。

 尚、イタリアに関しては映画『コレリ大尉のマンドリン』(ジョン・マッデン監督、2001年)が描写しているように、ムッソリーニ政権を自ら倒すことで連合軍に単独降伏し、反対に対独戦に加わっています。従って、現在に連なる「国のかたち」としては自他共に「旧敵国」という扱いにはなっていません。

(8)いずれにしても、今回の一連の経緯により、売買春に関する価値観という問題と、第二次大戦の評価という問題で、日本という国のイメージは大きく傷ついています。今回の「飯島訪朝」問題もこれに絡む可能性があり、これからの日本の外交は選挙を控えて難しい局面に向かう可能性があります。


上の二つとも、アメリカから見た今度の橋下発言についてである。
アメリカの見方が全て、というわけでは決してないが、ここには、日本国内での
橋下発言に関する議論の偏りとまた違った視点があると思う。
風俗業、慰安婦問題は、簡単に語れる問題ではない。
日本社会の根本的問題を象徴している問題であると思う。
この2つの意見に関し、私の考えも述べたいが、とりあえず先ず、ご紹介しておこう。

『兵士に慰安婦は必要なのか』

橋下大阪市長が米軍司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』と言ったことが
大きな議論を巻き起こしている。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんの記事の途中であるが、彼女の想いにも関係ないことではないので、
この問題について書いておきたい。
ベアテさんは憲法第24条などの草案を書いた女性である。24条は、婚姻について、家庭生活について
男女の平等を明記した条文であるが、
『両性の合意』『夫婦(男女)が同等の権利を有する』
『個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して』
などということは、なにも婚姻に限らずとも、男女が知りあって交際する…
いや、およそ、人間と人間の関係全般について守るべきことがらなのではなかろうか。
ベアテさんは、多感な少女期を日本で暮らし、日本女性の置かれた地位なども
純粋な少女の目でつぶさに見て来ていた…また単に日本の問題に限らず、
当時のアメリカでさえ、女性が外で働くことへの根強い偏見などがあったのも
経験している…
それゆえにこそ、女性の地位についてアメリカの憲法にさえない『男女平等』の条項を、
新たに作る日本国憲法に、理想として入れておきたかったのである。

ところが、今回の橋下氏の発言は、そのベアテさんなどとの想いと全く相反するものである。



 日本維新の会の橋下徹共同代表の13日の発言要旨は次のとおり。

『当時は日本だけじゃなくいろんな軍で慰安婦制度を活用していた。
あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、
精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら
慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる。
 ただ、日本国が、韓国とかいろんなところの宣伝の効果があって、レイプ国家だと
見られてしまっている。ここが一番問題。証拠が出てくれば認めなきゃいけないが、
今のところ2007年の(第1次安倍内閣の)閣議決定ではそういう証拠がないとなっている。
そこはしっかり言っていかなきゃいけない。
『慰安婦制度じゃなくても、風俗業っていうものは必要だと思う。
だから沖縄の海兵隊・普天間に行ったとき、司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と言った。
司令官は凍り付いたように苦笑いになって「米軍ではオフリミッツ(出入り禁止)だ」と。
(ぼくは)「そんな建前みたいなことを言うからおかしくなるんですよ。
法律の範囲内で認められている中で、いわゆるそういう性的なエネルギーを
合法的に解消できる場所は日本にあるわけだから、もっと真正面からそういう所を
活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをきちんとコントロールできない」と言った。
(司令官からは)「行くなと通達を出しているし、これ以上この話はやめよう」と打ち切られた。
 兵士なんていうのは、命を落とすかも分からない極限の状況まで追い込まれるような任務のわけで、
どっかで発散するとか、そういうことはしっかり考えないといけない。
建前論ばかりでは人間社会は回らない。
 歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、
山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったのも
厳然たる事実だ。そんな中で、なぜ日本が世界から非難されているのかを、
日本国民は知っておかないといけない。


なんとまあ……
この発言について批判したいことは山ほどあるが、これを読んでいただいただけで、
十分だろう…これが、大阪という大都市の市長であり、日本の政党の共同代表を
務める人の発言だろうか…
この橋下発言が出る前に、実は私には、従軍慰安婦問題などについて書きかけたまま、
下書きに入れておいた文がある。
それを仕上げてみようと思う。

                *
4月10日。眠れなかったので、朝、布団の中でゆっくりラジオを聴いていた。
NHKは衆院の予算委員会の中継をやっていて、今日は教育問題について自民党の西川京子という
女性議員が教科書の自虐史観を何とかするように、というような趣旨の質問をしていた…
『南京大虐殺はなかった。従軍慰安婦もこれは軍による強制などではなかった。
いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話である。
なぜ異例に日本軍だけがここまで貶められて言われなければいけないのか。
それなのに今、私立の女子中学の受験問題などにこの自虐的な歴史観に立った問題などが
出題されている。
小学生の子供たちが受験のために、そのような偏った歴史観に立つ知識を
柔らかい頭に詰め込み、若いお母さんたちまでがそれを一緒に学んでいる現実を、
文科大臣、どう思われますか?』
というような趣旨の質問であった。

戦場に兵士が行く時には従軍慰安婦がついて行くのは他の国でも当たり前…というような発言を
女性議員がしたのには驚いた。
同じ女性でありながら、そこには慰安婦と俗に呼ばれるようになった女性たちの境遇への
想像力というか、想いがない…
こういう人は、きっと、
「男の性欲の捌け口はどこかに設けた方がいい。昔の『赤線』などという職業慰安婦は、
それなりに存在の意味があった。なぜならば、彼女らが男の性の捌け口になって
くれたことによって良家の子女が強姦されたりするようなことが多少たりとも
少なくてすんだからである。従軍慰安婦も、兵士たちの鬱屈した性欲の捌け口に彼女らが
なってくれることによって、兵士たちが進軍先の現地人の女を強姦したりすることを
抑制する効果があった。日本軍の兵士たちが、現地人の女を犯したりすることなく
どこでも整然と軍規を守って見事であった(そんなことはないのだが)のは、
これら従軍慰安婦がいたからだ。
また、貧しい家庭の子女で食い詰めた女たちにとって、従軍慰安婦になることは
生きていくための糧ともなっていて、兵士、女双方にとって、従軍慰安婦というものは
いわばギブアンドテイクの必要悪なのである…」

…まあ、こういう思考回路の人なのであろうなあ…
わが身も女でありながら、そこには生活のために男たちに身を任せる女の悲しみが
わかっていない…
良家の子女は清浄な存在であるから男の性の捌け口となって蹂躙されるのを断固守ってやるべきであるが、
慰安婦や売春婦になるような貧しい身を持ち崩した女は、自らが敢えてそれを選んだのであって
そこには同情の余地はない。
…そんな考え方の人なんだろうなあ…

安倍政権の基本スタンスは、韓国の従軍慰安婦は、軍によって強制的に連行されたのではない。
金のために自ら応募して慰安婦になったのだ、というものであろう。

軍が強制連行したのか、女たちが自ら求めてなったのか…

だが、本当はこの議論自体が、私などに言わせれば、根本的に本質からずれている。
まず、根本の根本に、『戦争はいいことなのか?』という問いがあるべきであろう。
戦争というそのものが、人間を非人間的極限状況に置くものであること。
その根源的問いを素通りして、女たちの自由意思であったかどうかなどという表面的なことで
争って何になるだろう?
私はいかなることがあっても、戦争は人間を不幸にするだけの悪であると思っている。
日本が朝鮮半島や中国、東南アジアの諸国に進軍して行ったのは誰も否定できない事実であろう。
あれをいかなる理由があろうと、正義のための戦争であった、などと言えるであろうか?
日本は他国の領地を侵害して行ったのである…
侵略などなかった、という人々は、それではあの日本兵たちは中国やビルマなどで
一体何をしていたというのだろう。

第二に、軍というものに、兵士の性欲の捌け口となる女たちが随行していく従軍慰安婦という仕組み。
そのこと自体の悪をなぜ日本人は問わないのであろうか?
これが軍の直接の関与で作られたものであろうが、その意を受けた民間の売春業者が
請け負って勝手に作ったものであろうが関係ない。公然と軍隊のために女たちを性の道具にしたのである。
『従軍慰安婦』などという、女を男の性の捌け口としか考えない非人道的組織を
公然と作った日本人のこころ…それが根本的に問われる問題なのではなかろうか。

その慰安婦たちが日本人であろうが韓国人であったろうがインドネシア人であったろうが
実は関係ない。金のためであろうがなんであろうが実は根本は同じ問題。
『女は男の性の捌け口にしていい』という、今も日本人の心の中に変わらずにある
女性蔑視の考え方こそが問題なのではなかろうか。
(今回の橋下発言を思い起こしてみよう)

と言うと、それでは西洋人など外国人は女を性の道具と考える文化はないのか、と
問われるかもしれない。
…それはどこの国にもある。
ヨーロッパにだってアメリカにだって街娼というものはいるし、娼館もあった。
婦女暴行…ひどいことには幼女強姦などさえ、国籍人種を問わずにどこにもある…
例えば、ドイツのナチス。ユダヤ人捕虜の女をドイツ人将校等が性の奴隷にした、などという話…
しかし、日本ほど公然と、軍隊には性欲処理専門の女がつき従っていくことが当たり前と
思われて、それが組織的に大々的に行われた国が他にあっただろうか!

軍隊というものは基本的に男ばかりの閉じられた世界である。命の危険にも常に曝されている…
ストレスから性的なものに捌け口を求めたくなる…
放っておけば、現地人の女を襲ったりするかもしれない。そうすると軍紀が乱れて
現地人の反日感情を煽り、現地の日本化がやりにくくなる…
現地の女から性病を貰って、日本人兵士が兵士として使いものにならなくなるのも困る。
だから、女を、それ専門の女をあてがっておけば、こうした問題が一挙に解決できる…
(橋下発言そのまま!)

こういう考え方自体を、私は非常に不潔なものに思う。
ここには男の論理しかない…

性そのものはおよそ生きとし生けるものの本能である。
愛する人と結ばれる喜びはこの世の至上の喜びではなかろうか。
…しかし、一方の性の側からの強制(強姦)、また強姦とは言えなくとも従軍慰安婦のような
制度的、社会的な半強制は、醜悪以外の何ものでもない。
それは『男』という強者が『女』という弱者の人格を無視しほしいままにいたぶり
自分の性欲を満たすだけの、非情な行いでしかない。

それを良しとするような文化が、この日本という国に今も根強くあること……
女は男に可愛がられてなんぼのものだ…女もそれを望んでいる…
「『女がいやよやめて!』という時は、いいわもっと続けて、ということなんだよ」と
したり顔で話す男……
なんという身勝手な、醜悪な思いこみであろう。
従軍慰安婦問題が軍の強制であったかなかったか…そんな議論を聴きながら私がいつも抱く
割り切れないやりきれない思いはそこである。

この強者の身勝手な思いこみ…それは従軍慰安婦問題に限らず、日本人の
アジアの諸地域の人々への謂われなき優越感や蔑視、沖縄問題、原発立地問題…
どこかすべてのところで根底において通じているものがあるような気がするのである。
強いものには媚びへつらい、自分より下と見た者にはそのプライドや人権のことに
想像力を働かせない…


勝新太郎主演の『兵隊やくざ』(1965年~)という一般的に言うところの面白い映画シリーズがあった。
勝新演じるやくざ上がりの二等兵。腕っぷしも強く軍隊組織でうまく生き抜く知恵も
たっぷり持っている…なによりの彼の特徴は、上官など屁とも思わぬその強烈な
反逆心と独立心である。反抗してぶちのめされても懲戒房に入れられても彼は負けない…
『権力への反抗』ということでは、私などにもすかっとするところのある映画だったのだが、
この映画によく従軍慰安所が出てくる。
軍と共に戦地を移動する、この映画の中では私設の慰安婦置き屋のようなもの。
そこで働く女たちは、内地で食い詰めた女たちである。
話し方も身ごなしも崩れてしまってただ生きるために大陸まで流れ流れてきた女たち…
勝新もやはりそこへ性の処理に行く。
でも彼は根本的に優しいから、女たちに慕われる。

しかし、しかし、である…
「ただの映画だよ」とは思いつつ、私は、バラック建ての、カーテン一枚で仕切ったような
仮設の小屋に主人公を含めた兵隊たちが入っていって、やがて兵隊ズボンの前の釦をとめつつ
ニヤニヤしながら出てくる…そして入れ替わりに外で待っていた別の兵士がまた
カーテンの陰に入っていく…
そんな場面を見ると、実際に戦地にこうして送られていった女たちの哀れさを
思わずにはいられなかった。
こういう非情の仕組みを作った男たちが考えるように、女たちはもともとそういったことが
好きな淫乱な女だったのだろうか。よく韓国人従軍慰安婦がそうした、と貶めて語られるように
自ら金のためと割り切って、自ら慰安婦として志願し、男たちに体を預けるその代わりに
金を受け取って、普通の女では得られないような大金を溜めていったりしたのだろうか…

好きでもない男に身を曝す…
中には、耐えられないほど不潔な者も、女を殴るのが趣味の男もいただろう…
それらが入れ替わり立ち替わり、自分の体を道具にしていくのである…
まるで公衆便所の便器ででもあるかのように……

性病を移され死んで行く者…劣悪な衛生・生活環境の中で結核などで死ぬ者…
軍の割合上層の者が置き屋の主人と蔓んで、おそらくうまい汁も融通もきかせてもらっていたのであろうな、
と思わせるシーンなども出て来る…

その男社会の根本的非情を考えずに、軍が強制したか自由意志だったか、
それで女たちが金を儲けたかどうかなど議論していることがそもそもおかしいと私は思ってしまう。
同胞の日本人女性に対してさえ、同じようなことをして平気だった心性が、
他国の、まして被占領地の女性に対してだけ清廉潔白であった、などという綺麗ごとが
信じられるだろうか!

白馬事件、というのをご存じでいらっしゃるだろうか。
詳しくはWikiを見てほしいが、一部抜粋する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%A6%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6

日本軍占領中のインドネシアで日本軍人によりオランダ人女性に対して行われた監禁・強姦事件のこと。
「白馬」の由来は、白人を白いウマに擬(なぞら)えていた事から。
(…このたとえ自体が、なんと、なんと醜悪な感覚なのであろう!)

1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を
民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した容疑で、
戦後、国際軍事裁判において(将官や兵站責任者の佐官などの高級将校を含む)
当該軍人・軍属(請負業者)たちに有罪が宣告されている。
日本軍による白人への性犯罪事件という点でも珍しい事件であるが、同時に、
国際裁判で裁かれた日本軍人によるアジア諸国での監禁・強姦事件である。


Wikiの記事の最後の方には参考文献・資料の欄に、これに関与した軍人たちの名前と
国際裁判での量刑が列記してある。多くの軍人が関わっていたことが分かる。
日本人の軍人がオランダ人捕虜女性に対してしたことを、朝鮮半島、中国では一切しなかった、
とでもいうのだろうか…これは一部の軍人が勝手にしたことであって特殊な例。
韓国人に対してのみは、なぜか軍の関与などは一切なかった、とそんなことが言いきれるのだろうか!

こういう心性が、とりわけ日本の男にあるということ…
そういう、一種の悪しき文化があるということ…
それを直視せずに、韓国従軍慰安婦問題を語ることは出来ないのではなかろうか、と私は思う。

また、こんな例もある。

アメリカ進駐軍のための慰安所。
(吉川春子「従軍慰安婦・新資料による国会論戦」あゆみ出版 1997年)
http://www006.upp.so-net.ne.jp/nez/ian/panpan.htm
これも一部抜粋。下線部は彼岸花による。


 どの国の軍隊にも慰安婦がいたわけではなく、日本軍ほど大々的な性的慰安所を持った例は
他にありません。しかし「軍隊には慰安婦が必要」は日本軍にしみわたった常識でした。
そこで終戦のわずか3日後にもう日本政府は、進駐してくるアメリカ軍のための慰安所を作ることを
考えています。

一般婦女を米兵の強姦から守るため」としていますが、…(中略)

 8月18日付けで「外国軍駐屯地における慰安施設に関する内務省警保局長通牒」が出ており、
各都道府県の警察に対して米兵慰安所の急設を指示しています。朝鮮半島での慰安婦強制連行には
慰安婦の証言に警察官がよく出て来ますが、やはり政府から見ても警察が慰安所の担当であったようです。

 慰安所の設置の仕方は、警察が指導して業者にやらせる方式で、各地に「特殊慰安施設協会(RAA)」
が設立されました。
東京銀座街頭に「新日本女性に告ぐ」と募集広告をだしたのも、
もちろん警察のバックアップがあってのことです。
広島などの例をみると、当時の金で県費36万円を追加計上し、「資金は立て替える、女は警察が募集する」
と業者に持ちかけています。県警保安課は設営第一、設営第二、接遇第一、接遇第二と
係をわけてまで慰安所開設に専念したほどです。

 このようにして、かなり大々的な慰安所設置が行われ、この結果、戦後の混乱の中で
食料の確保にも事欠く家庭の女性たちを売春へと走らせることともなりました。
日本政府のサービスに応じて、アメリカ兵にも慰安所は大人気ではありましたが、
連合軍司令部は12月15日に慰安所への立ち入り禁止令を出しました。ついで、翌1月21日には
公娼制度全体の廃止を指令しています(SCAPIN642)。3カ月で慰安所は閉鎖されたわけですが、
この間に「政府の努力」で増加し、1万人に達した慰安婦たちは、路頭に迷い、
非公認の街娼となって行きました。


この「特殊慰安施設協会(RAA)」のことは、私が愛読する滝田ゆう(故人、無頼派の漫画家)
の戦後を描いた漫画にも出てくる。
主人公のキヨシ少年(たぶん滝田自身)にはちょっときれいな姉さんがいる。
戦争が終わった1945年。
大倉の別荘…即ち大倉財閥の別邸は、東京向島、隅田川畔にあったが、戦火にも無傷のまま
占領軍の将官用高級宴会場としてその贅を誇っていた…
戦後、キヨシ少年の姉は、ここの勝手方に勤めていたのだが、あるとき雨の中をずぶぬれで
裸足で帰ってくる…
何がいったいあったんだ!と心配して問う家族に
「やめてっ!!あたし逃げてきたのよう!!」
「あそこはパンパン宿よ。高級宴会場なんかじゃないわっ!!」
「人身御供よ…」
そう語って姉さんは涙を流す…
次のコマに、『従業婦募集 高給 素人さん歓迎 委細面談 RAA協会事務局』
と書かれたポスターが電柱に貼られているのが出てくる。
そして同じコマには
「R・A・A…それは特殊慰安施設協会の略称である」という吹き出しの説明が…。

キヨシ少年の家は、東京市向島区寺島町(現東京都墨田区東向島)の旧私娼街、
かの有名な『玉の井』にあった。家はそこでスタンドバーを営んでいて、姉さんも
そこで商売の手伝いをして店に出ていた。
いわば、素人さんではないのであるが、それでもRAAで身を売りはしない…
おそらく男と女の色街に育っただけに、彼女は身の守りかたも逆に知っていたのかもしれない。

でもこの電柱など至る所に貼られた『従業婦募集 高給、素人さん歓迎』と書かれたポスターを見て、
空襲で焼け野原になった東京…食べるものにも住むところにも事欠く女たちが
どれほどたくさん、この謳い文句に騙されて仕事を求めて行ったことだろう…

詳しくは『特殊慰安施設協会』を。
正確にはRAAはRecreation and Amusement Association の略である。
実際日本各地に出来たこの施設では、ジャズの演奏やダンスなど娯楽的要素も強かったのであろう。

占領軍がこの種の「サービス」を提供するよう命じたという説があり、1945年8月22日付で
発令された内務省警保局「連合軍進駐経緯ニ関スル件」という文書の最後の項目には
「聯合軍進駐ニ伴ヒ宿舎輸送設備(自動車、トラック等)慰安所等斡旋ヲ要求シ居リ」と記されているという。
連合軍が進駐するに際し、宿舎・輸送設備、慰安所等の斡旋を日本側に要求してきた、というのだが、
『慰安所』と訳されたこの要求の文言は、日本人が言う『慰安婦』の発想と同じものではなく、
アメリカ側の意志は、ひょっとして本当に単なる『リクリエーション施設』という意味のもの
でしかなかったのではあるまいか。
しかし、実際には終戦わずか3日後の8月18日に警視庁は花柳界の団体と打ち合わせを終え、
内務省は同日に各地方へ「外国駐屯軍慰安設備に関する整備要項」を行政通達。
あまりにも手回しがよすぎはしないだろうか?
私はこのRAAの設立に関し、『米兵相手の娼婦施設を用意して置け』などという命令を
アメリカ軍がしたとはどうも思えないのだ。
戦勝国の機嫌を取るために、自ら進んで自国の女たちを人身御供にさしだした
日本の、姑息な男たちの顔を思ってしまう。
彼らは、戦地に女たちを連れていく、という下卑た自分たち自身の発想から、このような
組織を進んで作ったのではなかったろうか……
(橋下氏の発言をもう一度読んでほしい)
身を売る女などは虫けら以下とでもいうように弱い者には不遜で無神経でありながら、
戦勝国のアメリカ…強者には進んでその意を汲みとろうとする…


『特殊慰安施設協会の資本金は1億円で、その内の5500万円は大蔵省の保証により
管業銀行が融資。のちの総理大臣池田勇人は資金の調達に関して特に大きく尽力した。
建設に必要な資材や営業に必要な生活什器、衣服、布団、約1200万個のコンドームは
東京都と警視庁が現物提供した。』


とWikiにはある。
いわば、国家をあげて、戦勝国アメリカの兵に、日本の男は同胞の女たちを
性の道具に平気で差しだしたのである。
(ああ!橋下氏の米軍司令官への申し出の発想と、なんと似ていることだろう!)


本当に下働きの人は別にして、性的サービスに応じた女たちは、一日30人から50人もの
客をとっていたとも資料には書いてある…
30人から50人…!
おそらく軍に附いて行って大陸や朝鮮半島に流れて行った、あるいはそこで徴用された女たちも
そのような苛酷な、非人道的仕事をしていたのであろう……
これを、『そういう女たちはもともと、好き者なんだよ』と、ニタニタ笑いながら
ただ個人の資質の問題として片づけるのだろうか…!

そもそも、『一般婦女を米兵の強姦から守るため』『兵士が現地の一般婦女を強姦して
軍紀が乱れたり現地の反感をかったりすることのないように』などというが、
『一般婦女』とはそもそも何なのであろう…
体を金のためにひさぐ女たちであれば、国家が関与してまで兵隊に差しだすような仕組みに
利用していいのか!
「おまえたちはどうせもうすでに穢れているのだから、自分で好きでそういう境涯に身を落したのだから、
普通の貞淑な奥さんや未婚の穢れを知らぬ女性たちのために体を提供してくれ…
どうせ50人やるも200人やるもおまえたちには関係ないだろう」
…そんなことを頼む権利が男たちにあるのか。…商売女ならさらに穢していいのか?


               
従軍慰安婦も、RAAも …もう、70年近い過去のことである…

しかし、戦後かれこれ70年。
私たち日本人は変わったであろうか?

韓国人の従軍慰安婦…強制連行であったか自らの意志であったか…そのこと自体よりも
日本人の中にあるこの女性蔑視と、弱者に対する想像力に欠けた無神経…
それは今も少しも変わっていないのではなかろうか。

私が不思議なのは、同じ同性でありながら、この自民党女性議員のように、
『従軍慰安婦などというものは存在しない。いわば単なる売春行為である、
それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話だ。
自虐的な歴史観によってこれから女子中学校を受ける小学生にそんな知識を植え付けるな』
などと国会の場で得々と述べる女性議員がいることだ。
その彼女の質問に対し、下村文部科学大臣は、『自虐史的歴史観は何も日本だけでなく
戦勝国イギリスでもそういうことがあった。自分の国の悪いところだけ述べたてて
子供に教え込むのではなく、自国の素晴らしいところを教えて、子供たちに自分の国に対して
自信と誇りを持った歴史教育をきちっと教えなければならない』などと答弁していた。

そりゃそうだ。いいことはどんどん教えた方がいい。
でも、大人自らが現実を直視して、悪いこと間違っていたことも率直に認め、
二度とそういう間違いをしないよう子供たちに教えること…
それなくして、どうして子供たちに正しいことを説くことが出来ようか?
それの何が自虐的なのであろうか?
下村文科大臣は、この西川京子議員らの質問を受けて、『近隣諸国条項の見直し』
をしたいと答弁した……

韓国人の従軍慰安婦問題。それは韓国女性だけの問題ではないのだと思う。
かつて日本人は、同胞の女性も平気で、兵士たちの性の捌け口として差し出したのである。
韓国人、日本人、…オランダの女性捕虜も。

女は男にかしづくものである…弱いものは強者の言うことをきいていればいい…

恐ろしいことに、女性自身のうちにも、これを良しとするところがまだある…
同じ女性でありながら、女がよしんばそれが金のため生活のためにではあっても、
我が身を一日30人から50人もの男の性の道具として差し出すということの非常さ
非情さ、悲しみに心を致そうとしてみない者がいるのだ。
今朝の自民党女性議員などそういう人なのではなかろうか…

                  
                   *


さて。上の*印から*印のところまでは、言ったように、4月の10日頃
書いたものである。
長くなってまとめきれないままに放置してあった…
だが。今回の橋下発言を聞いて、日本人の男たちの中に、まだこういう心性を
持った者が根深くいることを思い知らされる気がした。
橋下氏の発想は、戦時、兵士には性の処理のため春をひさぐ女たちが絶対に必要だと
考え、戦争に負けると今度は逆にその同じ発想で、戦勝国アメリカの兵士のために
国をあげて、人身御供の女たちを提供した…
その卑屈な身勝手な男たちの発想となんら変わるところがない。

私は、男女が真にお互いの性差を理解し尊敬しあうそんな社会を理想に思う。
強いものが弱いものに、忍従を押しつける、そんな関係はまっぴらだ。
従軍慰安婦の問題は、『本当に日本軍が関与して韓国女性を拉致して従軍慰安婦にさせたのか』、
『春をひさぐ女たち個人の自由意思だったのか軍の強制か』という、個々人の意志の問題にされて
議論されがちだけれど、
そこには戦争そのものの悪や、女たちをそういう境遇に追い込んだ男社会の構造の、
根本悪に切り込んだ議論はなされない。
そもそも男たちをそうした極限下の戦場に送り出す戦争というものの異常を…
その根本の不条理を…そうした議論の際にあまり人が語らないのはおかしいとは思わないか。

何か上っ面のところで議論がなされて、かゆいところに手が届かぬまま、
根本の問題のところには議論が届かぬまま、時間切れ、エネルギー切れ、
あるいは政治的意図を持って、なにか問題のすり替えが行われた状態のまま、
誰かが一方的に大事なことを決定して行ってしまう…
これは沖縄問題も、原発問題も、TPPも、改憲問題も、実は同じである…

韓国の女性も日本女性も同じなのである。
この社会の多くは、男の論理で進められていくことがまだまだ多い。
ベアテさんが涙を流しながら成文化しようとした、数々の女性を守るための条項…
24条はあっても、まだ、この現代の世に、橋下氏のような女性蔑視の言を
平気で公言する人物がいる…

話は違うが、AKBのメンバーで、自由恋愛のご法度を破ったからと言って、
自ら丸坊主になった少女がいたが、私はそれを非常に気持ち悪いものに思う。
なぜ、女自身が自らの身を縛るか!
なぜ、かの自民党議員のように、女自身が、女の痛みをわかろうとしないか。

女たちよ。少女たちよ。
男を愛し、男に愛されるということはそういうことではないよ。
女が真に自立しなければ、本当の素晴らしい男女の関係は育たない…
女は男の性の道具になど決してなってはいけないよ。
男の意を自ら迎え、それに隷属し、性の道具になることに、本当の愛の喜びなどあるだろうか…
本当の男は、そんなことを女に要求したりしない…

国と民の関係、国と国の関係も同じことなのではないだろうか…
国も民も、自ら深く考え、真に独立した存在でなければ、そこに歪は生ずる…
立場の弱い者が強い者の意を迎え、それに隷属する…
(自分たちの同胞の女の体さえ差し出し、金のためには土地も売り…)
一方で、自分が勝手に自分より下と見た者に対しては、その尊厳を傷つけても
何の痛みも感じない…

そこに本当の、『美しい国』など作れるだろうか。
国家間の自立した関係など成り立つだろうか。










『キャンドルナイト 26』


キャンドルナイト 26



                         
心ひとつに キャンドルナイト




南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。




『平和憲法を守れ 其の二 日本国憲法の成立① 』

この本をご存じでいらっしゃるだろうか。

2013_0502_164019-CIMG0117.jpg

美しいひとである。
ベアテ・シロタ・ゴードンさん。
戦後、民政局の一員としてGHQの指令を受け、日本国憲法第24条などを
執筆したひとである。

1923年。オーストリア、ウイーン生まれ。ウクライナ系ユダヤ人(ロシア統治時代)の父母を持ち、
著名ピアニストだった父、レオ・シロタと母と共に、1929年に来日。
幼少期から少女期の10年を日本で過ごす。日米開戦前に、米国に渡り米国籍を取得。
22歳で再来日。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)民政局に所属し、
GHQ憲法草案制定会議のメンバーとして日本国憲法の起草で人権条項作成に関与した。
戦後はニューヨークに居を構え、ジャパン・ソサエティ、アジア・ソサエティの
プロデューサー・ディレクターとして世界の民俗芸能を米国に紹介するなど、
日米、アジアの文化交流事業に活躍。一貫してフェミニストであった…
2012年12月30日。ニューヨークにて死去。89歳だった。

この本は、弱冠22歳だった彼女が、いかなる事情で、日本国憲法の執筆に携わることになったか…
そこに至るまでに、日本とどういう関係があったのか、また戦後をどう生きたか、を記した自伝である。

日本国憲法第24条(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した。
また、14条(法の下の平等)の第一項も彼女の書いた原案が反映されている。

日本国憲法第24条
1.婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、
  相互の協力により、維持されなければならない。
2. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関する
    その他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して
    制定されなければならない。

第14条第一項
1.すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、
  政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。


上記以外にも、彼女の原案は、
第25条『すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
    国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に
     努めなければならない。
第27条第3項『児童は、これを酷使してはならない。』
というところなどにも生かされている…

どの条項も、私たちが今日、どれほどその条文の存在によって、いろいろな差別や
生活の困難から守られているか測り知れない、大事な条文ではなかろうか。
これらのことを頭に置いて、この先の記事を読んでいっていただけると嬉しい…。




            *


「憲法を改正しよう」の声が急速に高まっている。
憲法第9条の戦争の放棄(すなわち平和主義)と基本的人権の尊重、国民主権(主権在民)は、
日本国憲法の3大原則とも言われる大事な大事な条項である。
安倍首相は4月27日、産経新聞のインタビューに応え「私はもちろん、
前文、9条を変えていくべきだと思う」とはっきり言っている。

なぜ憲法を変えねばならないのか、という彼らの理由が私などには今一つ判然としない。
安倍首相のインタビューの中での言葉。
「憲法を戦後、新しい時代を切り開くために自分たちでつくったというのは幻想だ。
昭和21年に連合国軍総司令部(GHQ)の憲法も国際法も全く素人の人たちが、
たった8日間でつくり上げた代物だ」

本当に、現行憲法は全くの押しつけ憲法だったのか…
一体どのようにして現憲法は作られ、日本の憲法として公布施行されたのか、
GHQ民政局で自ら憲法のいつくかの条項を書いたベアテさんの証言をこの本から拾おう。

そもそも弱冠22歳の、安倍首相の言うように法律の専門家でもない全くの素人である
一女性が、なぜ、被占領国日本の憲法を書くことに参画することになったのか。

ベアテの父シロタ氏は、キエフ生まれのユダヤ人。のちに活躍の場を求めてウイーンに出る。
リストの再来とも言われた著名なピアニストであった。
1923年、ベアテが生まれた頃、ドイツではヒトラーが、失業者に溢れた街の広場で
「(第一次大戦の)敗戦後のインフレーションを起こしたのはユダヤ人だ!」と、
聴衆の怒りを煽っていた。
1929年、その頃ウイーンだけでなくヨーロッパ各地も不況で演奏会どころでは
なくなりつつあった。一家は半年だけの予定で、日本への演奏旅行に旅立つ。
しかし、半年後、ヨーロッパの不況はさらに進み、1930年にはナチスがドイツの総選挙で
第二党に躍り出る…。一家は帰国を延ばすことにする…
1933年、ヒットラーが首相に就任。
1939年。ベアテは両親を日本に残し、一人アメリカに留学する。
1941年。日米開戦。
大学卒業後のベアテは、タイム誌のリサーチャーなどをしながら、敵国同士の
日本とアメリカで別れ別れになってしまった両親に再び会える日を待つ。
1945年。終戦。ベアテは日本にいる両親の消息を探すため、ワシントンに赴き、
折しも募集されていた日本駐留の連合軍総司令部GHQの民間人要員として採用される。
その生まれと育った環境から、彼女は、ロシア語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、
英語、そして5歳から15歳まで多感な少女期を過ごした日本の言葉にも同様に
堪能だった。

以下、ベアテの思い出の本書よりの引用は、青文字で記載。

彼女が配属されたのは、民政局の中の政党課。
彼女は、日本の民主政治の根本となる政党の調査と、民政局が全力をあげて推進していた公職追放の
調査なども分担していた。

1946年2月4日朝。民政局の25人に、局長ホイットニー准将から会議室に集まるよう指令がかかる。
そこで、ベアテらは、それからの一週間、日本国憲法のための草案を書く作業をすることを
ホイットニーから告げられる。
「諸君は、さる2月1日の毎日新聞がスクープした日本政府の憲法草案について、知っていることと思う。
その内容は、明治憲法とほとんど変わることがない。総司令部としてとても受け入れることは
できないものである」


改憲をかまびすしく言いたてる人々は、『日本国憲法はアメリカから押しつけられた。
だから、自分たちの手で書きなおすのだ』と、それを改憲の理由の決まり文句のように言う。
しかし、GHQは、決して最初から、日本国憲法を自分たちアメリカ人で作ろうとは
考えていなかった、ということをここで記憶していてほしい。
この毎日新聞のスクープについては、後にまた詳しく述べる。

           *    

ベアテたちが、憲法草案を急ぎ書くことを命令された1946年2月4日に半年ほど
先立つ1945年8月30日。マッカーサーはフィリピン、マニラから厚木に降り立つ。
機内でマッカーサーは、日本民主化の構想を練っていた。彼が配下に書きとらせたメモによると、

『日本の婦人の立場は、極めて低いことは、諸君も知っている通りだ。婦人に参政権を
与えることは、日本人に民主主義とはこんなことだと示すのに最良のテーマだ。
そして、
速やかに行われなければいけないのは、政治犯の釈放、秘密警察の廃止、労働組合の奨励、
農民の解放、教育の自由化、自由かつ責任ある新聞の育成
だ……』


9月2日、戦艦ミズーリ号上で日本の降伏調印式が行われる。
マッカーサーは、演説をするが、その演説草稿は、マッカーサーの懐刀とも呼ばれ、
のちに民政局局長となるホイットニー准将、ベアテたちに憲法草案作成を告げる
ホイットニーの作文したものであった…。


(この記事、続く)





『ありがとう』

もうあと数人で、ブログ訪問者3万人になります。
たくさんの皆さまに支えられてここまで来ました…
いつも硬い長たらしい文章を読んでくださり本当にありがとうございます。

この5月は、私にとり、いろいろな意味で良くも悪くも大きな転換点になりそうです。
これからもずっと書いていきたいと思うけれど……

恒例の?(笑)彼岸花の若い頃の写真…
また限定で今夜、しばらくの間、公開いたします。
彼岸花、21、2歳頃の写真です。この頃はボブスタイルにしていました…
元の写真は、すっかり退色してしまったカラ―写真です。
もうこのときから40数年……

個人的には幸せな人生であったように思いますが、日本がこのように
放射能で汚染されるなどとは思っていませんでした…







『平和憲法を守れ 其の一 』

今日は憲法記念日。現行憲法が施行されて66年目にあたる。
安倍自民党は、この夏の参院選に、憲法96条の改定を争点にすることを
はっきりと打ち出してきた。
タカ派の顔は参院選までは隠すのだろうと思ってきたが、なんとまあ!円安と株価上昇が
進んで、自らの打ちだした経済政策が一見仮の成功(仮、だと私は思っている)を収めているように見え、
国民もそれを歓迎し安倍人気が高いことに自信を得たか、このところの安倍総理は
自らのタカ派的性格…復古主義的右翼的性格を隠そうともしなくなっている。自民党内にも
野党にもそれを強く諌める力のある者もいないようだ…

4月27日、千葉市の幕張メッセで、インターネットの動画配信サービス「ニコニコ動画」の
運営会社が大規模なイベントを開催。
来る夏の参議院選挙でインターネットを使った選挙運動が解禁されることから、
自民党、民主党、日本維新の会、共産党がブースを出展し、安倍首相も出席した。
そこまではいいのだが、自衛隊・在日米軍のブースを参観した際、自衛隊関係者から
「戦車がありますが乗ってみますか?」と提案された安倍首相は、迷彩服を着て
陸上自衛隊の最新型10式戦車の上でポーズをとった。

abesensha.png

首相は自衛隊の最高指揮官ではあるが、迷彩服を着て戦車に乗り、高々と手を振る
その姿には、私などは非常な違和感を感じる。

4月28日には、沖縄県民の感情を無視して、『主権回復の日』を祝う式典を
なんと、天皇皇后にまで出席を仰いで実施。式が終了した時、壇の下にいる参加者から
『天皇陛下万歳!』の声が起こった。これは参加者が勝手に行ったハプニングであり、
主催者である政府は困惑している、というが、なんと、この画像では、安倍首相もそれに応じて
手を挙げ万歳三唱しているように見える。
政府の公式映像では。なぜかこの『天皇陛下』の部分の音が聞こえなくなっているらしい。
機器の不具合のせいと言うが、まあ、なんと見え透いた言い訳を。

(安倍首相が万歳している映像を含むこのYou Tubeの元の画像はなぜか削除されて
しまっていました。)



上の2つの件。自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣が、迷彩服を着てなぜ悪い。
天皇誕生日や新年の一般参賀では、国民の自発的な『天皇陛下万歳』の三唱しているではないか、
という擁護論もある。
しかし、現憲法第66条第2項には「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」
とはっきりと規定されている。これは日中戦争・太平洋戦争中のわが国で、軍人が
内閣総理大臣であったこと。軍部の暴走が悲劇を拡大した反省から、軍部が政治に介入することを
厳しく戒める条項である。
戦後歴代一人も、迷彩服や軍服を着て自衛隊の観閲式に出た総理がいなかったかどうかは
わからないけれど、知る限り、自衛隊の観閲式には内閣総理大臣は、軍服ではなく
モーニング(?)を着て出席しているようである。これなども、憲法のこの条項を
尊重し、総理は軍人と一線を画するという、規定というよりは慣習なのではあるまいか。
安倍総理の、いくら私的な会合の場であったにしても、戦車に迷彩服を着て乗って
手を振る姿というのは、なにも中韓などの人でなくとも違和感を感じずにはいられない。

また、『主権回復の日』での『天皇陛下万歳三唱』に、いくら会場からのハプニングとはいえ、
総理など壇上にいたものまでが思わず唱和してしまう感覚も私にはわからない。
『主権回復の日』は、日本がアメリカの占領下から解放され主権を取り戻した、ということを
祝うのが目的であったろうと思うが、『主権』とは一体なんであろう。
現行憲法で『主権』と言えば、『在民』。主権は国民にある。
この式典の是非はともかく、『主権回復の日』に天皇陛下万歳を唱え、それに唱和する
感覚に私は同じく違和感を感じる…。

天皇皇后両陛下は、この式典に出るよう宮内庁を通じて頼まれた時、嬉しくていらしただろうか?
『(日本国民への)主権回復』を祝う式典で天皇陛下万歳と叫ばれて、嬉しくていらしただろうか?
先の天皇ともども、あれほど沖縄の人々の感情に配慮され遠慮されて来られた方々でいられるものを…。
私は、誰がなんと言おうと、この式典は、『安倍政権による天皇皇后の政治的利用』であると
思う。

次の記事で、私は、GHQによる日本国憲法の起草の際、人権条項に、
とりわけ第24条、家庭生活における個人の尊厳と両性の本質的平等を定めた条文の執筆をした、
あのベアテ・シロタ・ゴードンさんについて書こうとしている。
美智子皇后は、この同じ4月28日、ベアテ・シロタ・ゴードンさんの追悼式が
米ニューヨークであったとき、
『戦後社会における日本女性の権利のためにゴードンさんが果たした役割を重視しており、
その功績が日本で長年にわたって記憶されると信じている」との内容のメッセージを
宮内庁を通じわざわざ寄せられている。
そんな心を持っていられる皇后が、まるで戦前の日本に回帰したいかのような色合いを
ますます露骨に出して来ている安倍政権の、沖縄の背負ってきた歴史や感情を無視した式典での
万歳三唱を、果たして喜ばれただろうか…そのお胸の内はどうだったのだろう…


経済が(一時的に)回復する傾向に見える…
そのことだけで、安倍政権は今、多くの世論調査で支持率が高い。
今、安倍政権だけでなく野党の維新、みんな、そして民主党のおそらく大部分の議員も、
憲法改正のための手続きを定めた第96条を変えようとしている勢力である。
しかし、なぜ、今、福島第一原発の無残な姿はそのままに、被災地の復興も進まぬ中、
国の基本制度まで壊される恐れのあるTPP参加問題や日本の農林業問題、消費税問題、
国民の層が老齢化へとまっしぐらに進んでいき、労働力と社会保障の問題が切実な問題となっている今、
そのように一刻を争う重要問題が山積みのこの日本で、なぜそれほど慌てて
96条改正が必要なのか、それほどしゃかりきになってこの条項をいじろうとするのか、
その真の目的は憲法改定論者によって語られることはない。
せいぜい、『GHQによって押しつけられた憲法で、われわれ日本人のものでない』という
くらいのことである。
『現代の諸問題に、現行憲法では対応しきれなくなっている』という言い訳もよく聞くが、
それではいったい、具体的にどういうことが?
何の問題が現行憲法で対応しきれないのか?
よく出される例は『環境権』『プライバシー権』などのことだ。そう言うのかもしれないが、
改憲の必要をかまびすしく言いたてる人々の本音は、そんなことではないだろう。
要するに、ターゲットは『戦争の放棄』を掲げた憲法9条であろう。
環境権やプライバシー権、一票の格差問題などは、9条をいじりたくてたまらない人々のための
隠れ蓑。牙を隠す仮面、言い訳のようなものにすぎないのではなかろうか。
その中でも、現総理の安倍晋三氏は、異様なほど、この改憲に意欲を燃やし続けている
政治家である。

2007年5月14日。
「美しい国」「戦後レジームの転換」を掲げ「任期中の改憲」を公言し、それを急いだ
安倍内閣と与党は、『日本国憲法の改正手続に関する法律』(国民投票法)を、参議院で強行採決。
これは、憲法96条そのものには、国民投票をどのように行うかの規定がそれまでなかったのを
別だてで成文化したものである。
5月18日、それは公布された。
まともに審議が尽くされないまま、ひたすら改憲を急ぐために強行された同法は、
国民投票についての根本的問題の議論は先送りにされたままである。
例えば、最低投票率の問題。
国民に憲法改正への関心が低かった場合(政治改革に絶望してあきらめムードになってしまった場合も含め)
例えば、50~60%の投票率しかなかったとしたら、その有効投票数の過半数で改正が成り立つのなら、
実に有権者のわずかに25~30%以上…有権者の3~4人に1人の賛成で、大事な大事な憲法が
改正されてしまうことになる!

安倍晋三氏は、また、第一次安倍内閣の2007年に、『防衛庁の防衛省への格上げ』にも
成功している。

国の根幹の思想を創るのは教育である。
国が教育に密接に、しかも権力を駆使して関与してくるときどんな国民が育てられていくか…
それは戦前、戦中の日本の軍国教育を反省すればわかることだし、
北朝鮮の国家による教育統制…あれを素晴らしいという人はそういまい。
幼い少年少女たちが、いっせいに最高指導者を誉めたたえる歌や踊りをするあの姿…
国というものが、教育に妙に関与の手を強めて来る時…その目的はろくなものではないことは
日本の歴史だけを見ずとも他にも多くの恐ろしい例はある。
そう言った意味で、教育基本法は、この日本において、日本国憲法と同じくらい
大事なものであると私は思っている。

ところが安倍氏は、第一次安倍内閣の2006年、この教育基本法をも書き変えてしまった!
現行憲法とほぼ連動していた旧教育基本法と、第一次安倍内閣が全面的に書き換えた
新教育基本法は、一見するとさほどの違いはないように思える。
だがそこには、「公共の精神」の遵守や「伝統の継承」といった徳目が新たに
前文に盛り込まれている。
安倍政権の新教育法はまた、「愛国心」など約二十の徳目を並べて、それを教育目標に掲げている。
悪いものばかりでは無論ないが、
『我が国と郷土を愛すること』。…それは上からの強制で国民が身につけるべきことだろうか?
素晴らしい国であれば…、いや、たとえ愚かな国であっても、ひとは自分の故郷を愛する…
戦時下、愚かな国策と理性で知りつつ、特攻で死んで行った若者たちのように…
愚かな国策による原発事故と理性で知りつつ、福島の人々がなお、生まれ育った父祖の地を愛するように…
しかし、その自然の人間の情が、国や県の『福島から避難民をあまり流出させたくない』
という思惑に利用されて、『家族や郷土への愛や地域の絆を大事に』という美しい言葉で、
人々が逃げるに逃げられなくされたとしたら、それはおかしなことではないか?
愛国心や郷土愛や、家族愛などというものは、国家によって強制されるものだろうか?
それは個々人の心におのずと湧いてくる感情であろう…
愛国心の強制は、憲法で保障された「内心(思想・良心)の自由」に反するものではなかろうか?

…このように、わずか1年足らずの第一次安倍内閣において、かくも大きな国家制度の改悪…
まるで戦前の体制がいいとでもいうような後ろ向きの変更がいくつも行われていること
そのことを私たちは忘れて、ただ株価が上がった、高額商品の売れ行きがいいと言って、
自分たちの足元に届きもしない再びのバブル経済の幻を夢見て、
明らかに全てが憲法9条の改悪に向かっているこの安倍自民党を、またしても選挙で選ぶのであろうか…!!

この夏の選挙でまた安倍政権を選べば、向こう3年間に選挙の機会はない。
わずか一年足らずでこれだけの、戦争が出来る国への憲法改悪の準備を
着々と進めてきた安倍晋三氏。
誰が嫌いと言って、このひとの5年前の降板ほど、私が心から喜んだことはなかった…

彼の執念…
それは一つは、敬愛する祖父、岸信介氏の名誉を完全に回復すること。
(『主権回復の日』記念式典のおこなわれた4月28日。1952年4月28日のその日は、
A級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に入れられていたのが不起訴となったのちも公職追放になっていた岸氏が、
サンフランシスコ講和条約の発効と共に、公職追放解除になった、喜ばしい、記念すべき日であった。)
そしてもう一つ。畏愛する祖父に認められるような政治家としての業績を残し、
発達心理学でいうところの『親または心理的に親と等価な対象に対して、
依存し、愛着し、一体化したいという感情・欲求。即ち、依存欲求・愛着欲求・同一化の
渾然一体となった本能的情動』によって、祖父と一体化したい、という願望なのでは
なかろうか、と私は時々思うことがある。

私が黙り込んでいるのは、あまりに12月の国民の選択にがっかりしてしまった故であるが…
おそらく、日本の政治史において『昭和の妖怪』と言う異名で呼ばれた祖父、岸信介氏の
力と知恵を、安倍氏はあの一見柔らかそうな容貌の下にひそかに受け継いでいるのではないか…
今度の政権は悪く長続きするぞ…
その間に一体どれほど日本を変えてしまうかわからないぞ…
そう心から恐れるからである。

聞けば、前回の政権投げだしで自信をなくして消極的になっていた安倍氏を、
昨夏、励ましそそのかして総裁選に立候補させたのは、現官房長官 菅 義偉氏だそうである。
…全く余計なことを…!


だが。黙っていては、このまま日本は改憲に向かって突っ走っていってしまいそうだ。
安倍政権を大勝ちさせてはならない!
日本国憲法を、戦争が出来るようなものに変えさせてはならない!
おそらく、96条改定は、国会議員の賛成派多数で、『発議』まで突き進むだろう…
後は国民が判断を任されることになる…
最悪3年もしないで、9条の改定の国民投票にまで行くのではないか、という心配な
声もある…
一人一人が、政治を自分のこととして真剣に考えねばならない、本当に危うい時期が来ている…



(このシリーズ、続く)
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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