『アンパンマンを生んだ、過酷な戦争体験』 (転載)


『原発のない社会を目指して』ブログのうみそら居士さんのところから、再び記事を拝借。
アンパンマンの思想。子どもたちにもわかりやすいものだと思います。
シェアさせていただきます。


アンパンマン…なんてやさしいお顔してるんでしょう…


アンパンマン

アンパンマンを生んだ、過酷な戦争体験
フェイスブックで次のような投稿を見つけたので、ここに転載させていただきます。以下…


「アンパンマン」の生みの親、92歳でも現役のやなせたかし先生が、アンパンマンに込めた哲学がすごいのでまとめてみました。アンパンマンがみんなに愛される国民的アニメだというのもわかります。このアニメの意味を全世界の先進国が理解し、発展途上国の食料不足で苦しんでいる人たちと食べ物を分かち合う日がいつかくることを祈ります。その場の困ってる人に何をしてあげられるのかをどんなときでも考えてあげられる人が一人でも多くなるようにシェアお願いします。



【アンパンマンを生んだ、過酷な戦争体験】

行軍したり、泥だらけになってはい回ったりするのは、一晩寝ればなんとかなる。ところが、飢えはどうしても我慢できない

食べられないというのは、ものすごくきついですよ。飢えれば人肉だって食べようという気持ちになるんだから

仕方がないんで、その辺の野草を煮て食べたりしたんです。まずいのもあるんだけど、大体は酸っぱいんです

内地に残っていた銃後の国民のほうがよほどつらい目を見ている。たとえ、戦火に逢わなかったとしても飢えに苦しんでいる

正義のための戦いなんてどこにもないのだ。正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい

逆転しない正義とは献身と愛だ。それも決して大げさなことではなく、眼の前で餓死しそうな人がいるとすれば、その人に一片のパンを与えること

自分はまったく傷つかないままで、正義を行うことは非常に難しい

正しいことをする場合、必ず報いられるかというと、そんなことはなくて、逆に傷ついてしまうこともあるんです

ぼくらも非常に弱い。強い人間じゃない。でも、なにかのときには、やっぱりやってしまう。ヒーローというのは、そういうものだと思います

困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです

なんのために生まれて何をして生きるのかこれはアンパンマンのテーマソングであり、ぼくの人生のテーマソングである

生きていることが大切なんです。今日まで生きてこられたなら、少しくらいつらくても明日もまた生きられる。そうやっているうちに次が開けてくるのです。震災も永遠に続くことはありません

アンパンマンは“世界最弱”のヒーロー。ちょっと汚れたり、雨にぬれただけでも、ジャムおじさんに助けを求める。でも、いざというときには、自分の顔をちぎって食べてもらう。そして戦います。

それは私たちも同じ。みんな弱いけれど、そうせずにはいられないときもあるのです

アンパンマンのテーマソングは「なんのために生まれて、なんのために生きるのか」というのですが、実はぼくはずいぶん長い間、自分がなんのために生まれたのかよくわからなくて、闇夜の迷路をさまよっていました

もっと若い時に世に出たかった。ただし遅く出てきた人というのは、いきなりはダメにならない。

こんなことしてていいのかと思っていたことが、今みんな役に立ってる。無駄なことは一つもないですね

ぼくら夫婦には子供がなかった。妻は病床にアンパンマンのタオルを積みあげて、看護婦さんや見舞い客に配っていた。

アンパンマンがぼくらの子供だ

人生の楽しみの中で最高のものは、やはり人を喜ばせることでしょう




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『大きな力に対抗していくには』

『原発のない社会をめざして』ブログのうみそら居士さんのところでこんな記事を見た。
http://stopatomicenergy.blog59.fc2.com/blog-entry-1308.html

今回もまた、先の衆院選に続いて自民党を大勝ちさせてしまった野党、とりわけ
リベラル系野党についての、山田厚史氏の意見。
山田厚史氏は元朝日新聞編集委員でジャーナリスト。

私、一つ前の『戦いはこれから』という記事で、民主党のことを怒って、次は
とうとう一つにまとまれなかったリベラル系野党のことを書こうと思っていたのだが、
山田さんがここに、見事に、私なども伝えたかったことを書いてくださっているので、
うみそら居士さんのところから一部お借りする。全文はどうぞうみそら居士さんのところで
お読みください。
これは選挙前の発言。

【自民独走の参院選挙情勢 善人の不寛容が招いた野党分立】
DIAMOND ONLINE 山田厚史の「世界かわら版」2013年7月18日

増税で集めたカネが流用された復興予算、重要5品目を守れないTPP、原発は再稼働し海外にも売る……。
政策は「突っ込みどころ満載」の自民党が21日の参議院選挙で大勝しそうな情勢だ。
小粒の野党が互いを食い合う「弱者生き残り合戦」。自民独走を許す構造はそこにある。
なぜ、反自民リベラルを一本化する選挙協力ができないのか明らかにしたい。

■「変化」を感じさせる活動

リベラル勢力の弱点は次の3点にある。
①敗北の美学。「したたかに勝つ」より「正しく負ける」を選ぶ政党。
②いい人たちの不寛容。細部の違いにこだわる内ゲバ体質。
③連合依存。企業エゴに傾斜する大企業労組に制約される方針。

団塊世代の前後が担ってきた古い運動にありがちな欠陥ではないか。しみついた体質は、
新陳代謝でしか変わらないだろう。新しい感性、新鮮な発想ができる人材が入ってこない限り
運動は先細りになる。そんな思いで選挙を眺めていたら「これは変化だ」と感ずる動きを
ネットで見つけた。緑の党から全国区で出ている三宅洋平の活動である。

「マツリゴトを面白くするのは全員参加だ」と、若者に政治を語り合うことを呼びかけている。
「選挙フェス」と銘打ったイベントで全国を回り、1000人規模の集会を重ねるが、
全国区の当確ライン100万票は遥か彼方だ。選挙期間に触れ合える人数は知れている。
そこでイベントのネット配信だ。支持者がツイッターやフェイスブックに動画をアップし
コメントを書き、転々流通させる。

熱いメッセージやと腹の底に響く言葉が、ライブ画像に乗って拡散している。
「俺はとことん頑張っているから、もう応援はいらないよ。次はあなたの番だ。
何ができるか。友達や家族とじっくり話し合い、日本を少しでもいい方向に向けようよ」

ギターを抱えて仮説ステージから呼びかける三宅は「チャランケ政治」を訴える。
アイヌ語だ。アイヌの人たちは、もめごとがあると皆が納得するまで時間をかけて話し合った。
それが「チャランケ」。戦争をコミュニケーションで乗り越えてきた、というのだ。
「戦う」「倒す」ではなく「語り合う」「分かり合う」。それが政治の原点、と呼びかけている。

準備のないまま全国区に打って出るのは、常識的には無謀な試みだが、支持者はネットで増殖中。
面白いから覗いてみることをお勧めする。さあどこまで広がるか、ネット選挙の新たな可能性が試されている。

■「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害

三宅は緑の党から推薦を受けたが、党員ではない。東京地方区では無所属の山本太郎と連帯する。
東京にはみどりの風から丸子安子が立候補している。丸子と山本は政策面での違いはほとんどない。
民主党の大河原雅子も似た立場だ。戸惑うのは有権者である。票は散らばり、共倒れが心配されている。

緑の党とみどりの風は、ギリギリまで選挙協力を模索してきたが一本化できなかった。
組織の論理が優先された。これまでの歩みや政党の出自をめぐる思いが合体をためらわせた。
問題は、その話し合いに有権者がいないこと。日本の政治は、まず政党ありき。
有権者はあとから付いてくる存在と見られている。製造業もサービス業も「消費者目線」が叫ばれている。
なのに投票をお願いする政党が消費者目線でないのはなぜだろう。

実現不可能と思われる大衆迎合の公約を並べたりする政党が、世の中に大事な基本政策で
選挙協力をしない。人々の声をまとめ議席にして国会に積み上げていくのが政党の務めではないのか。
「届かなかったが、一生懸命やった」という敗北の美学に手応えを感ずる前に、
妥協を重ねても候補者を一本化するしたたかな手腕を期待したい。
冷徹な駆け引きは欠かせないが、より大事なのは他党との信頼関係だ。

ところが活動家にありがちな「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害になる。
外から見ればひと括りにされてもおかしくない集団の中で、「許せない相手」を作ってしまう。

■「異なる意見」へのいらだちと不寛容

最近耳にするのが「放射能の安全論争」。放射能は危険、原発は終わりにしたい、
ということでは一致しながら、許容量を認め「そこまでなら大丈夫」とするグループと
「危険だ、許し難い」とするグループが被災地でぶつかっている。
フクシマは汚染された。それは皆分かっている。「でもこの程度なら、踏みとどまって
何とかやっていける」と希望を託す人たちがいる一方で、「危険から目をそむけ人体実験をするのか」
と叫ぶ人たちもいる。除染をめぐる地域の活動、共同体再建への取り組みまで論争は及び、
人々は戸惑い、傷つく。

どちらの側も脱原発を掲げ、被災者支援を説き、労力の提供も惜しまない真面目な人たちだ。
本当の敵はそこではないだろう、と思うが、現場で対峙する「異なる意見」へのいらだちと不寛容。
「内ゲバ」はここから始まる。「利害損得」が行動の基準になる権力者は上手に妥協する。
「正しさ」で行動する人は、ちょっとの違いが許せない。政党が選挙協力できない根源は
このあたりにあるのではないか。

憲法改正でも似たような動きがある。国民投票の評価で意見が割れる。
原発など単一課題を国民投票にかけようという運動がある一方で、「国民投票法は憲法改正の一里塚」
と警戒する人たちもいる。どちらも「護憲派」である。
三宅の言うように「徹底した話し合い」が必要だろうが、近親憎悪は話し合いの土台を崩している。

歩み寄れない政党をつなぐ第三者が求められている。これまで一目置かれる「文化人」が
接着剤になってきた。大江健三郎や坂本龍一などの名前がよく出るが、
細分化する運動や政党を束ねるのは難しい時代になった。

■「正社員クラブ・連合」依存の弊害

(後略)



ほんとうにここに書かれている通りになってしまった…
とりわけ、
■「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害
■「異なる意見」へのいらだちと不寛容

というところの、

『本当の敵はそこではないだろう、と思うが、現場で対峙する「異なる意見」へのいらだちと不寛容。
「内ゲバ」はここから始まる。「利害損得」が行動の基準になる権力者は上手に妥協する。
「正しさ」で行動する人は、ちょっとの違いが許せない。』
 

などという指摘は、耳が痛い。
デモに参加していても、私などは、どの党にもどのグループにも属さないので、
あとで、デモの主催者等のやりかたが手ぬるいと批判する旧活動家らしき人物がいた、とか、
逆に、組合の幟旗は掲げないでほしいと、主催者側が言った、などという、小さな批判を聞くと、
ほんとうにせつなく悲しくなってしまう。
どうしておおらかに、大きくまとまっていけないのだろう、と。

今回も、山本太郎さん、三宅洋平さんなどは、随分脱原発・反原発を掲げる政党などを共闘させようと
ずいぶん努力したのだ。
今回は成功しなかったけれど、まだ望みは捨てまい。
彼らの運動で、ずいぶん多くの若者が、選挙というものに関心を持つように
なってくれたはずだ。
彼らが撒いてくれた種から出た芽を大きく育てよう。


…安倍政権は、改憲のための準備を着々とし始めた。
NHKの『クローズアップ現代』の参院選特集版を見てくださった方はご存じだと思うが、
選挙期間中も、自民党は(たぶん電通だと思うが)一流広告会社のバリバリの若手を(数名?)
ネット選挙対策チームに加えて、私たち国民がtwitter やfacebookや、ブログなどで
選挙に関してつぶやく言葉を集計分析。そしてその分析結果と対策を、各候補者に
端末を通じて刻々、伝えていく。
候補者は、その対策をすぐに演説の中に組み込んでいっていたというのである。
安倍政権は、悲願の9条放棄のため、もう、委員会をスタートさせる。
そこには、電通など、マーケティング、リサーチ、宣伝戦略の一流のプロたちが
またつくのであろう。
政党交付金の年間総額は約318億円。各党への配分額は、所属国会議員数や国政選挙の
得票率によって決まる。
2013年の政党交付金額を時事通信が試算したところ、改選議席から31増やして圧勝した自民党は、
3.5%増の150億6200万円。結党以来最低の17議席と惨敗した民主党は、8.9%減の
77億7300万円となる見通しだそうである。
大勝ちした政党は、潤沢な活動資金を得られるのである。

こうやって、着々と大金をかけて、自民党は、国民の改憲への恐怖心を懐柔していくのであろう。
徐々に徐々に、時間をかけて、改憲への国民の心のハードルを下げて行くであろう。
自民党はほんとうに戦い方が巧妙になった…。

自民党にNO!と言える対抗勢力の政党が無くなった今、私たちはいったいどうやって
自民党の暴走を止められるだろうか…。

小さな声でも、とにかく上げ続けて行くしかない。
ここをお読みくださる皆さんの中でも、こんな考えかたがあるよ、というのがあったら、教えてほしいです。

そうそう。この記事の山田厚史さんは、愛川欽也さんが『パックインニュース』という
ネットテレビ放送局を、力尽きて畳んでしまわれた後、その志を継ぐ仲間と一緒に、
『デモクラtv』という、ネット番組を立ち上げておいでだ。

『デモクラtv』
月々500円である。これはほんとうに良心的な番組。
一度ぜひじっくり聞いてほしい。そして支えて欲しい。

自分にできる小さなことから始めよう。

しほさんに教えていただいたが、一票の格差をなくすための運動。

『「一票の格差」参院全47選挙区で一斉提訴』






 



『戦いはこれから』

昨日の参院選の結果。

失意や落胆や小さな希望や、…いろんな感情が渦巻いているけれど、
まず、怒りまくろうか。

わたしがなんと言っても一番怒りたいのは民主党に対してである。

もし、安倍政権が、この勢いで改憲に突っ走って、これから3年の間に憲法改正の
国民投票まで持って行き、国民の大半がまた今回のように政治を他人事のように考えて
投票に行かず、9条放棄などの改憲がなされてしまったら。
歴史に残る大馬鹿政党として、わたし、お墓の下に入っても民主党を絶対に許さないからっ!

4年前の民主党政権成立。
国民はどれほど期待を持って迎えただろう。
これでようやく、長い長い自民党の一党支配から日本は脱して、政権担当能力のある二大政党が
切磋琢磨して日本の政治を変えていくことが出来る…
そう国民は喜んだのではなかったろうか。

左翼的色合いを残す政治家から、自民党よりも『右』の色彩の強い政治家までを
寄せ集めてできた民主党。いずれ彼らは分裂してしまう運命だったのかもしれない…。
しかし、しかしである。
国民が自民党に嫌気がさして、あれほどの支持で自分たちを選んだのは何をして欲しかったからか、
ということを考えれば、党の方向性は間違いようがなく決まっていたはずだ。

『自民党と同じことをしていてはダメ!』
そのひとことに尽きたはずじゃないか!

公共事業のバラマキをして大企業を潤わせるような金の使い方をせず被災地の復興を第一にする。
原発は(出来るだけ速やかに)ゼロにする。
消費税増税は社会保障の安心・健全化と一体でなければならない。
TPPには安易に参加しない。
憲法は絶対変えない。
近隣諸国とは仲良くしつつお互いの発展を助け合う。

ところが、民主党の若手には、前原氏、野田氏、長島氏、松原氏など極めて自民党的な、
いや、自民党よりも右派、と言われるような政治家がいた…

わたしははっきり言うが、民主党は、鳩山、菅の、リベラルの路線を追求していくべきだと
ずっと思っていた。
ところが、民主党の議員たちは、この二人の大物たちを、マスコミが笑い者にするままに
見捨てたのだ。
私は、沖縄の米軍基地を県外に、あるいは国外に、という鳩山氏の考えかたを
ちっともおかしいと思わない。尖閣問題は棚上げに、という彼の姿勢もちっともおかしいと
思わない。
また私は、原発事故の住民避難に関する対応のまずさなどは責められるべきとしても、
福島第一原発事故を経験した総理として、脱原発をあれほどはっきりと打ち出した菅総理を
今でもちっともおかしいと思わない。

ところが…民主党の議員たちは、自分たちの党代表を、マスコミ(その陰には当然自民党がいる)の
煽りたてるままに虚しく孤軍奮闘させたばかりか、むしろ自分たちもその引きずり降ろしに積極的に
加担した。小沢氏の件についても、ただ遠くから冷ややかに見ていたのではなかったろうか。

無論、無論、鳩山、菅、小沢という、民主党結党の立役者である大物政治家たちに
瑕疵や責任がなかったわけではない。お互いに3すくみ状態の非難合戦をやっていた……
それに嫌気のさした若手も多かっただろう。

しかし。そうした党代表たちの欠点はともかく、民主党という党の存在意義そのものを
よく考えるならば、(自民党やマスコミと一緒になって)自分たちの代表を引きずり下ろすような
仕打ちをすることがそもそも信じられない。
そうやって、次々に民主党を象徴するような政治家たちは表舞台から去っていき、
あの野田佳彦氏が総理になった!

私は今でも、野田佳彦氏を許せない!
自民党と全く同じ政治をした彼、民主党の存在意義をぶち壊した彼を許せない!
そして、小粒な政治家ばかり残された中で、いったい誰がリーダーシップをとっているのか
知らないが、先見性なく野田氏を再選した末にあれほど衆院選で惨敗し、
参院選でまあた惨敗してなお、リベラルの路線にくっきりと戻らない民主党は、もう

民主党のバカ!!!

としか言いようがない。

一体去年の衆院選から何人の議員を失ったんだ?
中には力ある議員もいたろうに。
あなたたちはそれでもまだ、まだ、民主党の役割がわからないのか!

東京選挙区で議席を失ってしまったことを、菅総理が大河原雅子氏を推したからだ、
それで民主党の票が割れたからだ、などと、菅元総理に責任をかぶせようとしているようだが、
まだわからないか!
そもそも、民主党がここまで凋落したのは、そんな細かい個々のやりかたがまずかったせいなどと
いうことではないのだ。
自民党と同じ色の政治をしたから、民意は離れて行ったのだ!
今回の選挙だって、『投票する党がない…』と、被災地で、あるいは経営の苦しい町工場で…
どれほど多くのひとが、投票用紙を手に茫然と佇んでいただろうか…。
その民衆の悲しみがわからず、元総理たちに党勢の失墜の責任をいまだになすりつけようとしているようじゃ
民主党は瓦解するしかないわね!

私はこれを、ほんの少し残っている愛で書いてるんだわよ。
もともと自分は民主党支持ではないけれど、この国の政治のために、民主党を
育てたかったのだ!かくも無残に崩壊して欲しくなかったのだ!
でも、もう駄目だな。
民主党は、はっきりその政治信条で別れてしまった方がいい。自民党と同じ政治をしたいものは
自民党に行きなさい。
そうしたら私は、残ったリベラルの政治家がたとえ3人でも4人でも、彼らを応援する。

私はまた、国民にも怒る!

長年続いた自民党の政治にほとほと嫌気がさして、民主党に政治を預けたのではなかったのか。
それならば、どうしてもう少し、辛抱強く民主党を応援してやらなかったのだ?
とりわけ、鳩山、小沢、菅の3人を、どうして、マスコミの口車に乗せられて
あのように冷ややかに、笑い者にして引きずり下ろしたのか!
今回の、『アベノミクス』『ねじれ解消』などという言葉の連呼によって
巧みに国民を自民党圧勝に導いたように、マスコミの誘導は、あの頃からかくもあからさまだったのに。
多くの犯罪と同じように、その陰で誰が一番得をするか、ということを考えれば、
かくも激しい小沢降ろし、かくも激しい菅バッシング、かくも醜い鳩山バッシングの
本質は見えてきたろうに。


ああ………

そうして、安倍政権は、盤石の態勢を築いてしまった……


私が一番恐れていたこと…
原発依存と改憲への道を、みんなで均してやったようなものだ…敷設してやったようなものだ…





とてもとてもがっかりしたけれど、希望の小さな火が見えなかったわけではない。
共産党に少し票が動いたこと。
山本太郎氏、三宅洋平氏のような若い力が出てきてくれたこと。
彼らを若い人から80歳のご老人までのボランテイアが支え、山本氏は当選、
また三宅氏も、比例区というシステムのゆえに当選こそしなかったが17万票という、
普通なら当選してもいいほどの票を集めたこと。

自民党安部総理や麻生大臣に象徴されるように、名門の政治家の家庭の
2代目、3代目の世襲議員が多くなっている今の政界。
彼らはおそらく自然の成り行きとして、体制の維持と自分たちの権益保持を目指すであろう。

3つのばん…、
親や祖父から譲り受けた選挙地盤と(名門の出という)看板、(潤沢な選挙資金という)鞄がなければ
政界になかなか打って出にくい…逆に言えば、それらがあれば、本人が多少問題があろうが
回りが寄ってたかって議員に祭り上げてくれる構造…。

そうしたものに山本氏らは無縁であった。まわりで支えたボランティア達も、
欲得抜きの、主に素人集団である。

それでも志さえあれば…今の日本を何とか変えようという…大企業や富者のためでなく
被災地の子どもたちを何とかしたい!という熱い思いさえあれば、素人だって
ああやって政治の真っただ中に入っていける!

その希望を彼らに私は見た。
出でよ。第二の山本太郎よ。
あの街からもこの町からも、若者よ出でよ!
あなたたちに、この愚かな政治を変えて行って欲しい!

私はもうあと数日で66歳だ。
もうあんまり体力がない。
でも、気力のあるうちに、私が思うことを、素人なりにここに書き連ねておこう。
若い人たちの援護射撃をここからしようじゃないか。(戦争用語は使いたくないが)

次の記事からは、私が最近ずっと読んでいる、日中・太平洋戦争前後の小説などについて
書いてみたい。
戦争がどんなものか。
平和がどんなに貴いものか。
書き残して伝えられたらと思う。


そうそう。最後に一つ。
山本太郎氏の今後の活動に対し、辛抱強くこれを支えて欲しい。
彼を貶めようとするマスコミのああでもないこうでもないという記事に惑わされず、
この真摯な若者を、温かく辛抱強く見守ってほしい。
彼はこれから、ほとんどが原発推進という圧倒的多数のプロ集団(一応ね)の中に
単身のりこんでいくのだから。



『豊かな美しい国って?』

『甲状腺被爆者 公表の五倍』
      7月19日 朝日新聞朝刊よりまとめ

   東京電力福島第一原発事故で、がんが増えるとされる100ミリシーベルト以上の
   甲状腺被曝をした作業員が、推計も含め2千人以上いたことが分かった。
   昨年12月の公表人数より10倍以上増えた。
   東電は昨年12月、一部の作業員の甲状腺被曝線量を初めて公表した。世界保健機関への
   報告では、実測値のある522人のデータで、100ミリシーベルト以上は178人。
   最高は1万1800ミリシーベルトとしていた。
   ところが、今年に入り、東電からデータを受けた国連科学委員会が、作業員の甲状腺
   被曝線量の信頼性を疑問視していることが判明。厚労省も、東電と関連企業に内部被曝線量の
   見直しを指示した。
   結果、100ミリシーベルトを超えた作業員は1973人とわかった。中には、線量見直しで
   甲状腺被曝が1千ミリ以上増えた人もいた。
   関係者によると、これでも甲状腺検査を受けた作業員は半数程度にとどまっているという。
   チェルノブイリ原発事故では50ミリシーベルト以上でがんが増えたとの報告もあるという。
   
   東電はまたしても真実を覆い隠すようないい加減な報告を。
   検査を受けない作業員が半数もいるということを作業員個人の自由意思ということで済ませて
   いいのか。作業員への安全教育は何次下請けもの末端では、きっとおろそかであるに
   違いない。原発の危険性と自分の体への影響をたとえ知っていても、被曝線量が多いと
   言われれば、原発作業員として働けなくなる!
   自分の健康より、働けなくなるということの方を恐れる作業員もいるはずだ。
   胸ポケットに入れた線量計を鉛の板で覆った作業員が以前いたように…

   安倍政権が進めようとしている原発稼働は、危険を承知で原発で働く労働者が
   何とかこれからもいるだろう、確保出来るだろうという前提のもとで
   わずかに、わずかになり立っている!
   原発を進めようとする利権集団の人々だけでなく、私たち電力使用者もそのことを忘れてはいまいか。
   このニュース記事を目にしたとき、胸を刺した悲しみ………
   私にはなぜかいつも、あのタイベックを着た原発労働の人々が、昔の兄を想わせてしまう…
   あの中に兄がいるような気がいつもするのだ。


『米の原発事故 138億円超請求』   
      7月19日朝日新聞夕刊より
 
   放射性物質が漏れ出す事故を起こして廃炉が決まったカリフォルニア州南部の
   サンオノフレ原発について、事故原因となった蒸気発生器を設計・製造した三菱重工業への
   損害賠償請求額が、契約の上限約138億円を上回る見通しとなった。
   サンオノフレ原発は昨年1月31日、3号機の蒸気発生器の配管から水が漏れ、
   微量の放射性物質も出て緊急停止した。2号機でも配管摩耗が見つかり、
   米原子力規制委員会はすべての稼働を禁止していた。

   安部首相が自らトップセールスしてトルコに4基売り込みしたのが、三菱重工と
   フランスアレバ社の共同事業体のものである。


『自衛隊運用、制服組に移管 来年度にも、文官部局は廃止』
      7月18日 朝日新聞 

   防衛省は自衛隊の運用について、文官(背広組)からなる内部部局の運用企画局を廃止し、
   幹部自衛官(制服組)からなる統合幕僚監部に一元化する方針を固めた。
   制服組の権限を強めるもので、来年度の実施を目指す。
   日本では先の戦争への反省から、戦後は文民の首相や防衛相が自衛隊を指揮する文民統制を敷いた。
   さらに背広組が、軍事中心の制服組とは違う立場から自衛隊を管理し、首相や防衛相を
   支えることで、文民統制をより強く働かせている。
   運用企画局は部隊の活動や訓練を担当する。制服組も同様の組織を持ち、双方が防衛相に
   提言できる仕組みになっていた。運用企画局は機能が統合幕僚監部に移管される形で廃止され、
   自衛隊の運用はすべて制服組の管轄となり、背広組の役割は大きく後退する。

   これ。小さいニュースだが怖いニュースである。文民統制のきかなくなる怖れのある国防軍…


『社員の発明、会社に特許権 知財戦略案に帰属先変更方針 』  
      6月7日 朝日新聞デジタル

   安倍内閣が7日に閣議決定する「知的財産政策に関する基本方針」が明らかになった。
   企業の研究者ら従業員が仕事で発明した「職務発明」について、現在は従業員側にある
   特許権の帰属を見直し、企業への移行を検討する方針を盛り込んだ。
   来年度中の特許法改正も視野に入れ、検討を進める。
   基本方針は、今後10年間の知財戦略の方向性を定めたもので、安倍政権の知的財産戦略本部
  (本部長=安倍晋三首相)がまとめた。7日の閣議決定を経て、14日にまとめる成長戦略にも
   反映させる方針だ。
   現行の特許法では、特許権は発明した従業員に帰属し、企業側に譲り渡せば、
  「相当の対価」を受け取ると規定している。基本方針では、従来の仕組みを抜本的に見直し、
   特許権を(1)企業に帰属(2)企業か従業員のどちらに帰属させるか契約で決めるとの2案を明記。
   後者の場合も、従業員の立場は弱く、特許権の企業保有に拍車がかかりそうだ。

   これは6月のニュースだが、政府はこれを閣議決定。
   経団連などの産業界が特許権を企業側に帰属させるよう強く要望。これを受けたものという。




…まあ…ほんとうにいろんなことが陰で行われているものだ…


『参院選をあすに控えて』

あの、断定的な物言いが新鮮で面白いからと、国民に熱狂的人気のあった小泉首相のとった、
構造改革、規制緩和、新自由主義の政策が、実はどれほど日本を壊してしまうか、
それが国民に身にしみてわかったのは数年後であった。
それは今もなお私たちを苦しめている。

経済政策で小泉氏の跡を継ぐ安倍政権(なにしろあの竹中平蔵氏が同じく後ろにいる!)。
しかしながら、安倍政権がこれから行おうとしている数々の政策は、小泉首相が行ったことの
もたらした不幸の比ではないだろう!と私は思っている…
おそらく、あと2年後…
日本国民は、先の12月の衆院選と今度の参院選における自分たちの選択を、
身にしみて後悔しているのではなかろうか…
そうならなければいいのだが…どんなにか、それを願うのだが…。

さて、でも、あと一日はまだある。
まだ、投票先を決めていないひとがここにおいでくださる方の周囲にもたくさん
いらっしゃるだろう。選挙に行かない、という人さえ。
そういう方々に、この選挙の重要性を説いてほしい。

使える票は、選挙区・比例区それぞれ一票づつしかない。
その貴重な一票を無駄にしないよう、よくよく考えて投票しよう。






さて。うみそら居士さんさんのところから、こういう若い声をご紹介する。
うみそら居士さんが書き起こしも一部してくださっているので、聞いている時間が
なかなか持てないとおっしゃる方は、そちらもご覧いただきたい。

山本太郎氏は、3.11後。ほんとうに福島のことに危機感を持って、
日本全国を駆け回って、原発をやめようという運動をしてくれている。
彼のことをなにかと引きずり降ろしたいメディアもあるようだが、私は彼を信じる。
3.11が起きる前、彼は芸能界においては順調に仕事をしていた方だと思う。
スポンサーとそのスポンサーの後ろについている政治と経済界とマスコミという巨大な影…
芸能界にあってそれらに逆らう発言をしていくことがどういうことか…

3.11後、数いる芸能人で、震災や原発事故について何も語らず、一切の社会的発言を
ピタッとしなかった大物芸能人がどれほどたくさんいたことだろう…!
いや、ほとんどそうだったと言ってもいいかもしれない。


三宅洋平氏。緑の党。このひとは私には新発見である。
このひとの話が非常にいい。
政治的には太郎氏と同じく全くの素人である。
しかし、プロと言われる政治家の質の、今はなんと劣化し、その言葉のうつろなことか!

三宅氏の最後の方の言葉が非常にいい。
演説はまだ無論下手。でも、決まり切った政治家用語でないのが逆に心を打つ。
ぜひ聞いてください。

…何かひさしぶりに、熱い魂を感じました。
何かひさしぶりにわくわくするような希望を、この胸にかきたてられました。

若い方。
希望を捨てないで。
この二人のように、素人が政治を目指し、この国を作っていくことって出来るのだ。
なにも、選挙で選ばれた人々が、高い遠い、庶民に手の届かないところで
見えない政治を行っていると思わない方がいい。
この二人のように、若い人が一緒になって政治をやっていくことだってできるのだ。
新しい政治をやっていくことが出来るのだ。

この人たちに投票してくれと言っているわけではない。山本太郎さんは東京選挙区だし。
他に入れたくて迷う党や人はたくさんいると思う…

ただ、二人の話はこの閉塞化した政治をこじ開ける一つのヒントになる。
清新な風である。


ご自分の入れたいと思う議員さんをネットでよく調べてください。
一つのことを見れば、大体その議員さんの姿勢はわかります。
しっかりした脱原発・反原発、反改憲、反TPPのひと、政党を選んでほしい。






『美しい国って? ②』

私がお訪ねする『★いつか星降る夜に…』ブログのその日暮らしさんが
ご紹介してくださっている短編小説がある。

フランク・パブロフ著 『茶色の朝』
    
短い話ですので、ぜひぜひ読んでください。
一つ前の記事のプラカードの女性の件と絡め、だんだん国民への締め付けが
始まったか?と不安に思わせるようなこの国の空気を想えば、複雑な深い思いを誘います…。


             ***

            『茶色の朝』
                       フランク・パブロフ

太陽に向けて足を伸ばしながら、シャルリーと私は何を話す風でもなく、
お互いが傍らで何を語っているのかにはさして注意も払わずに、頭の中に
ただ浮かんだ考えをやりとりしていた。
コーヒーをすすりながら、時間がただ過ぎるに任せているのは心地よいひとときだった。
シャルリーが彼の犬に(安楽死のための)注射をしなければならなかったという話を
聞いた時には驚いたものだが、ただそれだけだった。
耄碌した犬ころを見るのはいつも悲しいものだが、15歳を過ぎたとなっては
いつの日か彼は死ぬという考えは持っておかなければいけない。

―分かるだろう、あの犬が茶色だって押し通すには無理があったんだ。

―まあそうだが、ラブラドル犬が茶色であるべきだなんてあんまりな話だ。
 ということは、何か病気でも持っていたのかい?

―そういう問題じゃない。あいつは茶色の犬ではなかった。それだけさ。

―何てこった、猫が処分された時と同じだっていうのかい?

―ああ、同じだ。

猫の時は、私は当事者だった。先月、私は自分の猫を一匹手放さなければならなかった。
やつは白地に黒のぶちという悪い巡り合わせの(ふつうの)家猫だった。
猫の過剰繁殖が耐え難いというのは確かだったし、国家の科学者たちが言うところによれば、
茶色の種を保存するのが次善の策だということもまた確かだったのだ。
茶色だけだ。あらゆる選別テストが示すところによれば、茶色の猫がもっとも都市生活に適合し、
子供を産む数も少ないし、そして餌も大変少なくて済むというということだった。
個人的には猫は猫だとは思うが、問題は何らかの方法で解決すべきなのだから、
茶色ではない猫の排除を定める法令に従う他はない。
街の自警団が砒素入りの団子を無料で配布していた。砒素入り毒団子は餌に混ぜられ、
(去勢前の)雄猫たちは瞬く間に片付けられてしまった。
その時は私の胸が痛んだが、人というのはあっさりと早く忘れてしまうものだ。

犬の時はさすがに驚いた。何故かはよく分からないが、たぶんそれは猫よりも
ずっと大きいからか、あるいはよく言われるように、人間にとっての輩(ともがら)で
あったからだろう。いずれにしてもシャルリーは、私が猫を処分した時と同じくらい
自然な体でそれを話していた。そして彼は正しかったのだろう。
感傷的になり過ぎたところで何か大したことが起きるわけではないし、
犬についても、茶色いのが一番丈夫だというのも多分正しいのだろう。

お互い話すこともそれほどなくなったので、私たちは別れることにしたが、何か妙な印象があった。
あたかもそれは何か言い残したことがあるかのようだった。あまりいい気持ちがしなかった。

それからしばらく経って、今度は『街の日報』がもう発行されないということを
私がシャルリーに教える番だった。彼はびっくり仰天した。『街の日報』は
クリーム入りコーヒーを飲みながら、彼が毎朝開いている新聞だったのだ。

―彼らが潰れたって? ストライキか、倒産か?
―いや、いや、犬の一件の続きのためだ。

―茶色の?

―ああ、ずっとそうだったのさ。一日とおかずにあの新聞は国のこの政策を攻撃していたからね。
 挙げ句の果てには彼らは(国の)科学者たちの実験結果まで改めて疑いだしたんだ。
 読者達はどのように考えるべきか分からず、ある者達は自分の犬を隠すことさえ始めたんだ。

―そりゃ度が過ぎたようだな……
―おっしゃるとおり。新聞はついに発禁になってしまったというわけだ。
―なんてこった。三連馬券についてはどうしたらいいんだい?
―そりゃお前さん、『茶色新聞』でとっておきのネタを探すしかないな。
 もう新聞はそれしか残ってないんだから。競馬とスポーツについてはそこそこイケてるって話だ。
 他の新聞がみんな脇へ押しのけられてしまった以上、新聞が街には一つくらい
 残っていてしかるべきだろう。いっつもニュースなしで済ますというわけにはいかないし。

その日はシャルリーとコーヒーをもう一杯飲んだが、『茶色新聞』の読者になるというのは
なんだか嫌な気持ちだった。
にもかかわらず、私の周りのビストロの客達は前と変わらぬ暮らしを続けていた。
そんな風に心配する私がきっと間違っているのだろう。

新聞の後は図書館の本の番だった。これまたあまり明快な話とはいえない。
『街の日報』と財務上同一グループをなしていた数々の出版社が訴追を受け、
それらの出版社の本は図書館の書架への配架が禁止された。
それらの出版社が刊行を続けていた本をよく読めば分かることだが、
一冊に犬や猫といった単語が一つは出てくる。だがその単語に「茶色の」という言葉が
常にセットになっているわけではない。出版社はやはりそういうことは知っておくべきだったのだ。

―派手にやり過ぎちゃいけないよ。
シャルリーは言った。
―法の網の目をかいくぐったり、法律といたちごっこをすることを引き受けたって
 国民にとっては何にも得にはならないんだよ。あ、茶色のいたちね。

彼は周囲を見回して、万一誰かが私たちの会話を晒し者にすることがないように
茶色のいたち、と付け加えた。用心のために、私たちは文や語に「茶色の」と
付け加えるのが習慣になっていた。最初の頃はふざけて茶色のパスティスを注文して
いたものだが、結局のところ言葉遣いは変われば変わるものであって、
わけもなく仲間内で我々が「この糞ったれ」と付け加えるような感じで、
言葉や文章を「茶色」にすることをそんなに奇妙には感じなくなっていたのだった。
少なくとも、人々からよく見られていれば、私たちは静かに生きていられる。

そして私たちはついに三連馬券を的中させたのだ。ああ、たいした金額ではないけれども、
それにしたって私たちにとっては最初の当たり茶色三連馬券というわけだ。

そのおかげで新しい規則の煩わしさも受け入れられるようになった。

ある日、私はそれをよく覚えているのだが、チャンピオンズカップの決勝を
見に家に来ないかとシャルリーに言った。
彼が来たとき、私は爆笑してしまった。彼は新しい犬とやってきたのだ!
素晴らしいことにその犬はしっぽの先から鼻先まで茶色で、目まで栗色だったのだ。

―ほうら、ようやく見つけたこいつは前の犬より情感豊かで、指一本動かすか、
目をちらと動かすだけで私に従うんだ。黒いラブルドル犬くらいで悲劇ぶるんじゃなかったよ。

彼がそう言い終わらないうちに、その犬はソファの下にもぐり込んで、
頭がいかれたみたいにキャンキャンと吠えだした。
そいつは「たとえ茶色だからって、俺は主人にだって他の誰にだって従わないぞ!」
と何かを相手に言っているかのように大声で吠えていた。そしてシャルリーは
突如何かを理解したようだった。

―いやまさか、君もか?
―まさしくその通りだ。見ろよ。


そこでは、私の新しい猫が矢のように飛び上がってカーテンをよじ登って
箪笥の上に待避していた。私の(去勢前の)雄猫も、毛並みも瞳も茶色だった。
何て偶然の一致だ! 私達は大笑いした。

―そういうことだ。
私は彼に言った。
―いつも猫を飼っていたものだが、こいつもなかなかイケてる猫だろ?
―素晴らしい。
シャルリーは答えた。


それから私達はテレビを付けた。その間私達の茶色の犬と猫はお互いに
横目で様子をうかがっていた。どちらが勝ったのかはもう覚えていないが、
素晴らしいひとときを過ごせたと思う。安全だという感じがしたからだ。
それはあたかも、ただ単に街中の常識に従ってやってさえいれば、安心していられるし、
暮らしもすっきり行くというかの如くだった。茶色の安全というのも悪くはないもんだ。

勿論、アパートの正面の歩道ですれ違った小さい男の子の事を考えてはいた。
彼は足下に横たわる白いプードルの死体を前にして泣いていた。
だがいずれにしても、大人が言っていることをよく聞けば、犬が禁止になったわけではなく、
茶色の
犬を探せばいいだけだと分かるだろう。茶色の子犬だって見つかるわけだし、
私達のように、規則に従った暮らしをして安心できれば、昔のプードルのことなんか
さっさと忘れてしまうだろうに。

そして昨日、信じられないことに、すっかり平穏に暮らしていると安心している私が
、危うく街の自警団に引っ立てられそうになった。奴らは茶色の服を着ていて、
情け容赦のない奴らだった。幸い、奴らはこの地区に来たばかりで、全員の顔と名前を
覚えているわけではなかったので、私が誰だか分からなかったらしく、助かった。

私はシャルリーの所へ行った。日曜、シャルリーのところでブロットをやるつもりだったのだ
。ビールを1パック、それだけを手に持って。ビールをちびりちびりと飲みつつ、
2~3時間トランプをやるはずだったのだ。

ところがそこには、驚くべき光景が広がっていた。彼のアパートのドアは
粉々に吹っ飛ばされていて、自警団の人間が二人、踊り場に突っ立って野次馬の交通整理をしていた。
私は上の階に行くふりをして、エレベーターでもう一度下へと降りた。
下では、人々がひそひそ声で話していた。

―だけど彼の犬は本当に茶色だったろ、ウチらだって見たんだから間違いないじゃないか。

―ああ、だけれども、連中が言うには、彼が前に飼っていたのは、茶色ではなく
 黒の犬だったそうだ。黒い犬だったんだよ。

―前に?

―ああ、前に、だ。今では茶色以外のペットを飼っていたことも犯罪なんだよ。
 それを知るのは難しい事じゃない。隣近所に聞けば十分だろ?

私は足を早めた。汗が一筋シャツに伝った。以前に茶色以外のペットを
飼ったことがある事が犯罪なら、私は官憲の格好の餌食だろう。
今のアパートの人間はみんな私が白黒の猫を飼っていたことを知っている。
以前に!そんなことは、考えてすらいなかった!

今朝、茶色ラジオ局はそのニュースを伝えた。シャルリーは間違いなく
逮捕された500人のうちの一人だろう。最近茶色のペットを飼ったからといって、
飼い主の心が変わったわけではないというのだ。ラジオのニュースは続けて言った。「不
適切な犬あるいは猫の飼育は、それがいかなる時期のものであれ、犯罪です」。
アナウンサーはさらに、不適切な犬あるいは猫の飼育が、「国家侮辱罪である」
とすら付け加えた。そして私はその続きをしっかり書き留めた。
曰く、「不適切な犬あるいは猫を個人として飼育したことがなくとも、
親族、つまり父、兄弟、あるいは例えば従姉妹がそのような色の犬あるいは猫を
人生に渡って過去一度でも飼育したことがある場合には、その者は
重大な係争に巻き込まれる恐れがある」とのことだ。

……シャルリーがどこに連行されたか、私は知らない。だが、連中はやり過ぎだ。
それは狂気だ。そして私は茶色の猫を飼ってさえいればずっと静かに暮らしいてられると
思っていた。勿論、茶色の連中が過去の洗い出しをすれば、猫や犬を飼っていた人間は
しまいにはみんな捕まってしまうだろう。

私は夜中寝ることができなかった。
連中が動物に関する最初の法律を課してきたときに、私は「茶色」の話を
信用すべきではなかったのだ。いずれにせよ私の猫は私のものだったのだし、
シャルリーにしたってそれは同じだったのだから、「茶色」には否と言うべきだったのだ。

もっと抵抗すべきだったのだ。
だがどうやって? 連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば
日々の暮らしの悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて
手を拱いていたんじゃないのか?

誰かがドアを叩いている。明け方のこんな早い時間には今までなかったことだ。
日はまだ昇っていない。外はまだ茶色だ。
だけれど、そんなにドアを強く叩くのはやめてくれないか。
今行くから。


             ***



なぜ、茶色なのだろう?
…かつてナチス・ドイツに侵攻された歴史を持つ欧州の人々にとって、
初期のナチス党が制服に使っていた茶色はナチズム、あるいはファシズムの象徴であった。
この短い寓話が、全欧州で擡頭する極右運動への人々の危機感を覚醒させたのだ。

これと似た話に、私の好きなレイ・ブラッドベリの『華氏451度』がある。
華氏451度(摂氏233度)は、紙が燃えはじめる温度である。
本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様を描いた作品。
これは、フランソワ・トリュフォーによって映画化されている…



じりじりと…こんな社会が近づいて来ているのでありませんように……






『美しい国って? ①』

国のトップが代わると、それだけで、これほど国の雰囲気ががらっと変わっていくものだろうか。

「別に変わっていない。いつも通りの日常だ」…

ほんとうにそうですか?
国が変わる、それもある意図を持った集団が自分たちの思うように国を変えて行こうとする時…
確かに、普通の生活をしていれば、その変化は何も感じられないかもしれない。
しかし、じわじわと…じりじりと…確実に細かい、目に見えにくいところから国は変わっていく。
その変化に、はた!と気づいたとき…その変化が目に見えるようになった時は、もう遅い。
良からぬシステムは、がっちりともう組み上げられてしまっていて、小さな反対の声など
もう届かなくなってしまっているのだ。

こちらにおいでくださっている愛希穂さんのブログで、教えてもらった映像。
説明文も愛希穂さんのところから一部抜粋して引用させていただきます。
http://godlovesyou1225.blog.fc2.com/blog-entry-1708.html

「原発賛成?反対?」プラカードを持った市民は「犯罪者」なのか 〜




 参院選公示日である7月4日、福島駅前で行われた安倍総理の第一声となる演説会に、
「総理、質問です。原発廃炉に賛成?反対?」と書いた自作のプラカードを持って参加した、
40歳女性のプラカードが、自民党・亀岡偉民衆議院議員秘書・尾形と名乗る男性と、
3名の警察官と思われる男性によって没収された。

警察官らは、女性を取り囲み、「住所、氏名、電話番号」をしつこく聞き出した。
恐怖感を覚えた女性は泣き出し、プラカードを没収されたまま、その場を後にした。
警察官が、一般市民の住所、氏名、電話番号などの個人情報を聞き出すには、
警察官職務執行法の第2条に基づかなければならない。

警職法第2条は、
「警察官は、異常な挙動、その他、周囲の事情から合理的に判断して、何らかの犯罪を犯し、
もしくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者、またはすでに行われた犯罪について、
もしくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を、
停止させて質問することができる」と規定している。

市民の表現の自由を侵害し、さらには違法とも取れる警察の行為に対し、抗議の意志を示す
弁護士・有志らは9日、弁護士会館で記者会見を開いた。
代表の梓澤和幸弁護士は、「警察官が人の氏名などを聞くには法的要件がいる。
40歳の女性が一人で演説会に参加して、何が犯罪か。何の関連性もない」と、
警察官がプラカードを持った市民を犯罪者扱いしたと指摘した。

ヘイトスピーチを繰り返し、「ころせ」だのと掲げているポスターには何も言わず、
自民党の政策に疑義をはさむ言動はこのように取り締まりの対象にする。

こうやって、自民党に逆らう人たちを黙らせようとする。
こんなことが許されていいのか。


この事件の映像の、前後関係はわかりません。
女性は、A3サイズくらいだったというプラカードを、黙って掲げていただけなのか。
それとも、映像にはないけれど、何か叫んだりしていたのか…。
どういう位置に立っていたのか…。
それによって、彼女の行為は、選挙妨害と取られてしまうかもしれない。
公職選挙法の定めるところの選挙妨害に関する条項は、極めて曖昧である。
無論、ビラを破ったり、候補者や応援者に威力妨害などに及んだら即違反である。
でも、声を上げて候補者がしゃべるのに困るとか、交通の流れを妨げるとか、
微妙なところが拡大解釈されて、選挙妨害とされてしまう可能性はあるだろう。
私が、東京都の原発都民投票の実施を求める署名集めをしていたときにも、
いろいろなルールはあった。主に交通法規に関するものだが。

このケースも、私は法律には疎いのではっきりしたことは言えないけれど、
主催者側が「演説を邪魔された」と感じれば、拡大解釈で、『妨害』と取られうるかもしれない…。

しかし。
この女性はたった一人で小さな紙を一枚持って立っていただけらしい。
明らかに、この自民党の議員秘書という男性と私服警官らしき男たちの行動は、
やり過ぎではないだろうか。庶民の感覚から言って、「そんなことで??!!」と
思ってしまわないだろうか?
法律上は拡大解釈すればどうなのかそれはわからない。しかし、この映像で見る限り、
警官たちの行動には感覚的な違和感を感じてしまう。

私が恐れるのは、こういうことである。
おそらく、これは、男たちが勝手にやりすぎたのであろう。
総理が来るから、と警戒にピリピリしていたのだろう…。
総理がそうしろ、といったわけでは無論ない。
人間というものは、時の権力者の意を汲むものである。
上は政治の世界から、下は小さな企業に至るまで、トップの意向を汲んで勝手に
ちょこまか動く人間は必ずいるものである。
私たちはそのような場面を自分の周りでいやと言うほど見たことがあるのではないだろうか?

しかし、国民のために犯罪等を取り締まる立場の警察官などが、これをやりだしたらどうであろう?
どの政党が、と言わず、警官がその時の国のトップの意向を勝手に汲んで、反対の意見を
唱えるものを、こうした小さなことで取り締まりだしたら?

え。そんなことあまりないんじゃない?とお感じになるかな。
いやいや。
その小さなことの積み重ねが怖いのである。
ほんとうに怖いのは、そういうことがあると、『人々が委縮していくということ』である。
もう、この女性は、街頭に立つ勇気を奪われてしまったかもしれない…
この映像を見たひとは、このことについて語るのを怖いと思ってしまうかもしれない…
ブログでtwitterでアップして、我が身にひょっとして影響が及ばないかな、と
自粛してしまうかもしれない……。

怖いのはそれである。
人々が漠然とした恐怖心によって、真実から目を逸らしだしたとき…
何か変だな、と思っていても、とばっちりを恐れて黙り込み始めた時…

今、この国は、とてもいやな方向に向かって大きく動き始めている。
2日後の参院選が、後になって、「ああ!…、あの時もっと考えて投票していれば…!」
と後悔するようなことにならないよう、切に切に祈る。

ほんとうに、本当に、あなたは、自民党に、誰にも止められない巨大な権力を与え、
9条改憲も原発推進も、TPPも、秘密保全法も、皆通させていいのですか?

これが美しい国の姿ですか?



                

『豊かな国って? ③』

ある方からお借りした映像と、書き起こし。
2:00~4:00のところです。


【石破幹事長 憲法改正について語る】




「自衛隊が軍でない何よりの証拠は、軍法裁判所がないことである」という説があって、それはですね、今の自衛隊員の方々が「私はそんな命令は聞きたくないのであります」、「私は今日限りで自衛隊をやめるのであります」といわれたら、ああそうですかという話になるわけですよ。「私は、そのような命令にはとてもではないが従えないのであります」と言ったら、目一杯いって懲役7年なんですね。

で、これは気をつけてものを言わないといけないんだけど、人間ってやっぱり死にたくないし、怪我もしたくないし、だから「これは国家の独立を守るためだ。出動せよ」といわれた時に、行くと死ぬかもしれないし…と、行きたくないなと思う人がいないという保証はどこにもない。だから、その時にそれに従えと。それに従えなければ、その国における最高刑である。死刑がある国は死刑。無期懲役なら無期懲役。懲役300年なら300年。そんな目に遭うくらいなら出動命令に従おうという、「お前は人を信じないのか?」と言われるけど、やっぱり人間性の本質から目を背けてはいけないと思うんですね。

今の自衛官達は「服務の宣誓」というのをして、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負託にこたえることを誓います」という誓いをして自衛官になっているわけです。でも彼らのその誓いだけがよすがなんです。本当にそれでいいですか?というのは問われねばならない。で、軍事法廷というのは何なのかというと、全て軍の規律を維持するためのものです。



一方。
いつかご紹介しようと思っていた、日本兵の生き残りの方々の証言。






硫黄島の戦い
昭和20年2月19日 ~3月26日。太平洋戦争末期。
硫黄島での日本軍とアメリカ軍の激戦。
飲料水もない孤島に陸海空合わせて2万人もの兵士が送りこまれた。
兵士と言っても、その多くは急遽招集された、3,40代の年配者や、16,7歳の
少年兵だった。中には銃の撃ち方すら知らないものもいた。

日本軍に増援や救援の具体的な計画は当初よりなく、守備兵力20,933名のうち
96%の20,129名が戦死或いは戦闘中の行方不明となった。
一方、アメリカ軍も戦死6,821名・戦傷21,856名の計28、686名の損害を受けた。

とにかく映像を黙って見ていただこう。
『戦争はイヤだ―戦争証言1、2』もあるが、残酷な映像もあるのでとりあえず
この3、を見ていただこう。
でも出来るならば、ショックを受けてでも、同じ頁の1,2も見てほしい。


http://youtu.be/znYfjYF_4cs

http://youtu.be/_QHT9rrmFrc



これが戦争である……。


上の、石破幹事長の、滔々と述べる改憲論と、自衛隊員の死は当然と言わんばかりの発言の
なんと虚しく軽く聞こえることだろう……







『豊かな国って? ②』

今日、7月15日の朝日新聞には、考えさせられる記事がたくさん載っていた。
その一つ一つが、いくら語っても語り尽くせないほど重い大きな問題であるが、
参院選前の今、この国の『かたち』をざっと掴みなおすために、私が気になった記事の
断片を、ここで載せてみよう。青字部分以外はほぼ朝日新聞からの引用である。


              ***


『被災地は忘れ去られたようなもんだ。参院選にはなんも期待してねぇ』
(岩手県陸前高田市の仮設住宅に妻と暮らす90歳の男性のことば。)

『安倍政権は今年1月、民主党政権が決めた「11年度から5年間で19兆円」の
復興予算枠を25兆円に拡大。うち10.5兆円は復興増税でまかなう。
だが、11~12年度の復興予算約17兆円のうち少なくとも約2兆円が
被災地以外に流用された。全国の林道整備やご当地アイドルの活動費にあてる
といった使い道も批判を浴びた。』 


              ***

読者投稿欄『声』より
            福島県 S.Y(介護職 52歳)

『原発事故で、嫁いだ福島県楢葉町を追われ、会津の地で避難生活をして3年目。
原発により近い富岡町の実家の前には帰還困難区域のバリケードが張られ、家は
ネズミの巣と化した。田畑は一面草だらけだ。生まれ育ち、子どもを生み育てた
大切な土地の風景はすっかり変わり果てた。
両親は先の戦争で辛酸をなめた世代だ。80歳を過ぎて、なぜ安住の地を追われなければ
ならないのか。国は戦争で国民の命を傷つけ、経済のために原発を推進し、
その結果がこの福島の惨状である。政府は経済を立て直しているというが、
私たち避難生活者の基本的な人権を尊重しようともせず、上っ面な復興の言葉だけが
並べられている。
原発事故後の処理は先が見えない。福島第一原発4号機に残る核燃料棒が、いまだに
いつどうなるのかわからない恐怖。被曝を恐れながら働かざるをえない労働者たち。
除染が行き届かず、放射能が高い土地で否おうなく子育てをせざるをえない親たちの苦悩。
原発の再稼働に向けて動き出している今、福島の現実は、将来、日本全土で起こる
可能性があることだ。今回の参院選では熟慮を重ねて、重い一票を投じてくださることを
切に願う。』


『朝日歌壇』より
            福島市  美原凍子

そこかしこまっさらの土敷かれいて他人顔なる除染後の街


            ***

読者投稿欄『声』より
            福岡県 M.S (主婦 65歳)

生涯反核を訴え続けた兄の山口仙二が6日、82歳の生涯を終えました。
私が学校に上がる前でした。夜遅くまで、「車いすの原爆語り部」として知られた
故・渡辺千恵子さんの自宅で会合を開き、熱く語る兄の話を横で待ちながら聞いたのを
思い出します。後に結成される「長崎原爆乙女の会」に向けた会合だったのでしょう。
(中略)…入退院を繰り返し、見舞いに行くと「頑張ります」と力強く語っていた兄。
(中略)…あなたが生きている姿だけでも「反核」を訴える力があったのですね。
私も微力ながら、孫たちに平和の尊さを語り続けて行きます。
兄さん、大変な人生を目の当たりに見せていただきありがとうございました。
どうぞ安らかにお眠りください。


           ***

読者投稿欄『声』より
           神奈川県 K.S (元中学校教員 62歳)

横浜の市立中学校で副読本の回収が行われている。横浜の自然や歴史などをまとめた
副読本「わかるヨコハマ」は、…(中略)…「軍隊や警察、(中略)自警団などは
朝鮮人に対する迫害と虐殺を行い、また中国人をも殺傷した」という歴史学の定説に
従って書いた部分を問題視した一部の市議が議会で改訂と回収を要求し、前教育長が
受け入れたからだ。
(中略)…横浜市教委は回収本をどう処理するのだろうか。焼却なら文字通りの
「焚書」となる。


           ***

『文化の扉』「自立・連帯・考える契機」
           石田衣良 (作家)

『(カミュの作品について)ただ描かれる連帯は、(3.11後に)日本で起こった
愛国心の揺り戻しのようなものとは違う』



           ***


『限界にっぽん』第4部 続「追い出し部屋」②

『「いつまで、こんな作業を繰り返すのだろう」
蒸し暑い巨大倉庫の中で40歳の男性は、本やおもちゃを入れたカートを押しながら、
ぼんやりと考える。インターネット通販の世界大手、アマゾン・ドット・コム。
その物流拠点「市川フルフィルメントセンター(FC)」(千葉県市川市)で働き始めて
4ヶ月に入った。
日本通運の中間管理職だった。都内の支店から市川FCの中にある日通の「アマゾン首都圏事務所」
に配属された。仕事は、予想もしなかった「ピッキング」と呼ばれる作業だった。
(中略)…手に持ったバーコードを読みとる端末機の液晶画面に、その商品の棚の位置などを
示すアルファベットと数字のコードが送られてくる。その場所を見つけたら、端末機をあてる。
(中略)…「端末機の指示で動き、人と会話することもほとんどない。まるで、自分が
機械になったような気分にさえなる」』
『社内では「アマゾン異動者」と呼ばれ、それまで使っていた個人用のパソコンは取り上げられた。
一方で新たな職場には専用のロッカーも机もない。』
『運輸業界の過当競争が進む中で、日通は4月からの新中期経営計画で「国内事業の経営体質強化」
を掲げ、全国に約170ある一般支店の統廃合や首都圏営業所の合理化などを打ち出した。
「ペリカン便」で知られた宅配事業が不振のため他社に譲渡され、管理部門などに余剰人員が
生まれるなど、厳しいリストラの下地は他にもあった。』
『「便利さ」を売りに急成長するグローバル企業のすそ野で、会社人生が急変した
中間管理職がさまよう。(中略)…
不安にかられる中で、帰宅する電車の席に身を沈め、思い浮かべるのは家で待つ家族のことだ。
子どももまだ就学中。進学にもお金がかかる。残業がほとんどないため、月7万~10万円は
収入が減った。』


       去年、日本の非正規労働者が全労働者に占める割合は、過去最高の38.2%に
       上ったという。
       安倍政権の規制改革会議は、一定の勤務地や職務、労働時間で働く「限定正社員」
       雇用ルール作りを求める答申をまとめた。今秋から検討を始め、2014年度中に
       整備するよう求めている。事業所閉鎖や業務縮小などがあった場合、
       一般の正社員より解雇しやすくなる
見込みで、労働問題に取り組む弁護士らからは、
       「理不尽な解雇の横行につながる」と懸念する声が上がる。(東京新聞6月7日)



            ***


『公約を問う』「11 子育て支援」

『生まれてくる子どもの数が減り続け、人口減少時代に入った日本。各党は一様に子育て支援を
訴え、保育の受け皿充実を強調する。ただ、少子化は、働く環境の厳しさなどから結婚や出産を
ためらう若者が多いことも大きな要因だ。根本を見据えた打開策は少ない』
『女性の活躍を言うのなら、まず長時間労働を解消してほしい。男女ともに育児に参加出来る
環境を作らないと、女性の負担が増すばかりだ』


            ***


『私の視点』 『日本の教育』
            岡田昭人 (東京外国語大学教授)

『教育基本法には、すべての国民は人種、性別、経済的地位に限らず、等しく
その能力に応ずる教育を受ける機会が保障されると明記された。
しかし、近年の教育改革は学校教育に市場原理を導入した。(中略)…公立小・中学校に
通う子どもを持つ保護者の6割が教育格差を「当然だ」「やむを得ない」と考えているという。
(中略)…
このままでは、子どもの学習機会や将来の職業選択の際に「勝ち組」家庭がますます有利になる。
私たちは今こそ教育の機会均等の意義を真剣に見直すべきではないか。
すべての人々に公平な教育機会が保障されてこそ、公正で健全な競争が生みだされ、
協調性のある安定した社会の実現が期待される。そのためにも、副教材費や給食費などの
家庭負担の軽減、給付型奨学金制度の拡充、生涯を通じた「セカンドチャンス」の
保障など、思い切った制度改革を早急に進めるべきだ。』
   
         安倍政権は、この春から、祖父母が孫に教育資金として与える場合は、
         1500万円までを非課税にする制度
を始めた。大和総研チーフエコノミストの
         熊谷亮丸氏は言う。
        「実際、制度を活用する信託銀行への申込額は七百億円を超え、お金は動いて
         います。自分が本来行きたい大学を選んだり、塾や習い事産業が活性化する
         効果もあるでしょう。」
         一方、中央大文学部教授の山田昌弘氏は心配する。
        「そうなると格差問題も心配。こうした状況では救われるのは
         祖父母にお金がある人だけです
。そこでこういう制度を導入すると、
         ああ祖父母が出すんだから、公費で負担しなくていいやということになりかねず、
         格差が固定化していきます。」
 


             ***

『参院 自民で単独過半数 賛成36% 反対47%』
                             (連続世論調査結果)


             ***

         
         ・置き去られた被災地、見捨てられようとしている福島。
         ・広島、長崎…戦争の記憶は風化していく…
         ・関東大震災時、日中戦争時…日本人が朝鮮や中国の人々、アジアの人々に対して
          してきたことを、なかったことにしようとする歴史修正主義の動きの加速化。
         ・3.11後になぜか急速に頭をもたげてきた『愛国心』『皇国史観』など
          右傾化の動き。
         ・『追い出し部屋』などという言葉が象徴する、この国の雇用の不安定化。
          非正規労働者の増加。
         ・少子高齢化問題。
         ・格差の増大。親の経済力の格差が子の教育の機会の格差を生むという格差の連鎖。
         ・自民党の衆院選での圧勝。強烈な一党支配の序章……

         これらが、今の日本の国の『かたち』のほんの一部だ。
         苛酷な競争社会、格差社会を生むグローバル社会の論理が私たちを襲う。
         何もかも国にお任せ、将来の安定も会社にお任せ、という時代は残念ながら
         過ぎてしまった。強い政府にお任せしていればいい、というのではすまないのだ。
         私たちの将来、子どもたちの将来を選びとっていくのは私たち自身である。
         与党も野党もない。
         主権者は私たちなのだ!

         皆でこの国のことを必死で考えて行かねばならない時代が来ている。

    
         最後に載せた世論調査の数字に現れた、国民の良識を信じたい……。


『豊かな国って? ①』

参院選挙がいよいよ近づいている。
今度の参院選でも自民党が勝てば、あと3年は安倍政権は、自分たちの思うように
政治が出来るということになる。
そのことを、国民はほんとうにわかっているのだろうか?

これは、自民党でなくとも、一つの党が圧倒的多数でなにごともバンバン決めていけること…
これほど恐ろしいことは実はないのだ。
それは日中・太平洋戦争中の翼賛政治を思い出すまでもなく、政治が独走(時に暴走)するのを
止められる機能がないということほど怖いことはない。

新聞、テレビなどでも、『ねじれ解消』ということばを、国民に刷り込みでもしたいかのように
しょっちゅう言うが、まるでねじれが悪いことのよう。
わたしに言わせれば、ねじれを容認しない政治ほど怖いものはない。
同様な理由で、「『決められる政治』にするように、一院制にしてしまおう」などという
乱暴な意見にも大反対である。

一つの政策に、それは違うんじゃないか、という反対や対案があって衆参両院で
盛んな議論が行われて初めて、国民にもその問題の本質が見えて来る…
議員や政府もそこで少し立ち止まって再検討してみる。それが大事なのだ。
衆議院の多数派だけで、なんでもすんなり国家の重要議題を決めて行っていいというものではない。

わたしは民主党政権の時も、彼らが自民、公明と大連立を組みそうな話になった時、
ここで懸念を書いている。
議会の多数派が必ず民意を反映するとは限らない。また正しく国を導いていくとは
限らない。

今、自民党は、経済政策だけを前面に出し、原発のことも改憲のことも消費増税のことも
TPPのことも、国民の過半数が反対してるか懸念を抱いている問題は、
明確に言うことを封印して選挙戦を進めている。
投票日前に、そんな問題について語って人気を落とすようなことをあえてせずとも、
参院選に勝利してしまえば、あとはどんなことでも多数の論理で進められるとわかっているからである。

あと、もう一週間もなしに投票日である。

国民は、今現在のことだけを考えず、すくなくともあと3年間の間に起こりうることを
よく念頭において、投票をして欲しい。

あなたは、今の憲法をほんとうに捨てたいのですか?
中国や韓国との間に緊張を高め、防衛費を増やし軍備を増強して、戦争のできる
いわゆる『普通の国』にしたいのですか?
『国民主権』ではなく、天皇を元首に戴いて、『国家』というものが国民より
上に来るようなそんな国に再びしたいのですか?
原発をどんどん再稼働させ、再生可能エネルギーの発展の道を閉ざす、
原子力ムラのやりたい放題の国に再びしたいのですか?
日本の農業をさらに衰退させ、食の自給率と安全をひくめるTPP,
医療保険制度のような国民の生活の基本インフラを崩壊させてしまい、
国民よりも他国の大企業の利益と論理を優先するようなTPPに、
ずるずると参加させてしまうのですか?
大企業が潤えばそれでいいのですか?
言論や行動の自由が封じられていくような、そんな社会に、再びしたいのですか?
秘密保全法、マイナンバー制度など秋に動き出すものもあります。

各政党の公約、また公約という形では表に出てこない普段のその党および議員の
考えかたと行動を、もう一度よく検討して、
『選びたい党がない…』と嘆かず、少しでもましな党に入れてください。



…わたしの中では、上に書いたような問題は、個々に独立したものではなく、
みな、根底において繋がっています…



それは、自国民というだけでなく他の国の人々も含め、一人一人の人間の存在を
大切に思うか否か、という一点で繋がっているのです。

















『キャンドルナイト 28』

あの日から2年と4カ月。


2013_0711_232313-CIMG0295.jpg


今日も小さな蝋燭を灯す。


上が青、下半分が白い、こっくりとした磨りガラスのぐい飲みに入れてみた。
下敷きの白い紙に、海の色のような青が淡く映し出される。


キャンドルナイトの回を重ねるごとに、自分の中でことばが重くなっていく…



おそらく。幾千の言葉を並べるよりは、黙々と、失われたものたちを忘れない
ための、その死を無駄にしないための作業を積み重ねていくことが大事なのだろう。
そして、生きている人々を忘却しないことが。

 
              ***

『遥かなる明日へ~画家松井大門の七転八起き~』ブログの、松井大門先生の
日めくりとポストカードをネット上でも発売開始。

松井大門先生は、東日本大震災が起きて間もなく、れんげちゃんと共に被災地に入り、
津波で家や店舗や漁場などを失った方々を訪ね歩き、現地で何が求められているか
探って回った。
再起をかけた新規発売の海苔のパッケージに、自らの絵を使ってもらうなど
画家として出来る支援である…。

そして企画した大きな試みは、そうやって知り合った多くの人々が胸に抱く
今は流されてしまってもうないふるさとの懐かしい風景…
それを、現地の方々にお借りした写真をもとに水彩画で再現しようというものだった。

以来2年。こつこつと描き溜められた水彩画が実に97枚。
先生の故郷の岐阜や富山の各地で、展覧会を開催。
多くの人を集め、テレビなどでもその活動が報じられた。

先生の希望は、展覧会の場を広げて、これを日本全国の人々に見てもらうこと。
東日本大震災をそうやって、風化させないようにすること…。
そして、何よりも東北で展覧会を開催して被災地の方々に見ていただくこと。
写真をお借りした方々や、それらの今はもうない懐かしい風景を知る人々に
日めくりとポストカードを届けることである。


先生の渾身のシリーズをご覧ください。

『日めくり A』

『日めくり B』

『ポストカード B、C』

これらの売上金の一部は、東日本大震災の被災地の子供たちの支援に送らせてもらうそうです。
また、先生は、このシリーズを今後も発展させ継続していく、その活動のためにも
使わせていただくそうです。
ご協力お願い申し上げます。

詳しくは、
大門先生と、先生のよきアシスタントであり有能な秘書であり影のプロデューサーであり
応援団長でもあるれんげちゃんのブログへ。

『遥かなる明日へ~画家松井大門の七転八起き~』

『tetenGO』




                   ***




                         
心ひとつに キャンドルナイト




南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。




『こんな国にしていいのですか。自民党改憲草案再掲』

まず、総理から前線へ。

「広告」1982年6月号(デザイン:浅葉克己/コピー:糸井重里)
http://anirepo.exblog.jp/18967749/から再掲させていただく。




自民党安倍政権は、憲法を改定、いや、現行憲法にこめられた平和と自由と平等の願いを
真っ向から否定し去るような新憲法制定を胸に秘めたまま、
アベノミクスという経済効果の側面だけを表に出して、今度の参院選を乗り切ろうとしている。
国民のほんとうに聞きたいことは伏せたまま。
とにかく参院選で勝利すれば、あとは3年間、自分たちが思うまま、この国を
変えてしまえると高をくくっているようだ。

ほんとうに、みなさん。 本当に、それでいいのですか?
取り返しのつかない選択をしようとしているのですよ。

何度でも言う。何度でも再掲しよう。
自民党は、こんな憲法にしたがっているのだ。
お願いです!
この改憲案と今の平和憲法の違いをようくじっくり読み比べてください。
せめて。せめて、赤い字の部分、太字の部分だけでも読んで、しっかり頭に叩き込んで欲しい。
憲法は、私たち国民の権利や自由を守る最後の砦だ。
その砦が今、少数の者たちによって破壊されてしまおうとしている!
自民党は、現行憲法の『①『主権在民』 ②『戦争の放棄』③基本的人権の尊重』という
3大基本原理の解体
に加え、
『憲法は、政治権力の恣意的支配によって国民が脅かされたりすることのないように、
すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規として国家権力を制限するものである』
という大事な大事な立憲主義の理念をも、否定し去ろうとしている! 




               ***     

『自民党が公表している憲法改悪草案と現憲法の比較』
http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012.htm#1
このサイトからお借りした比較を元に私なりに気になるところをつけ加えた12月13日の私のブログ記事。
今回それにさらに加筆したものを再掲する。


1.現行憲法で『公共の福祉』とあるところが、『公益及び公の秩序』という言葉で書きかえられている。
 (第12条、13条、29条がそれに該当)
 『公の秩序に反するな』という、国や地方公共団体等、官による管理社会の到来を予感させる。

2.現行憲法で『日本国の象徴』である天皇の地位を、『日本国の元首』と位置付け。
  なぜ、敗戦後、日本は天皇の地位を『日本国の象徴』としてきたか。二度と、『天皇』の
  名のもとに戦争を遂行することなどないようにするためである。

3.第一章第三条として、新たに『国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。』
 『日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。』と明記。
  これにより、卒業式などの国旗掲揚、国歌演奏の際、起立・唱和しない者は
  憲法違反として罰せられるようになる恐れ。思想信条の自由を縛る条項ではないか。

4.現行憲法の第二章第九条『戦争の放棄』の誓いを後退させ、『自衛権の発動』『国防軍』を明記している。
  以下、軍事裁判に関する記述を含め、国防軍についての項目が列記されている。
  『その他の公務員』も軍事裁判にかけられるということである。
  自民党などがこの秋にも成立を目指す『秘密保全法』などと絡めて考えるとさらに恐ろしい。

 (現行憲法)第二章 戦争の放棄
    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、
         武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
       2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない
         国の交戦権は、これを認めない。
                          
 (改憲案) 第二章 安全保障
    第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての
         戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない
       2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
    第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官
        とする国防軍を保持する。
       2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認
        その他の統制に服する。
       3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、
        国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、
        又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
       4前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、
        法律で定める。
       5国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を
        犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。

        この場合においては被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
    第九条の三 国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、
        その資源を確保しなければならない。



5.現行憲法の『第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
  この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、
  現在及び将来の国民に与へられる。』の下線部分を意図的にか削除。


6.現行憲法第十三条『すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する
  国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』
  の『個人として』の部分が、ただ『人として』という書き方になっている。
  すなわち、国民一人一人の権利を尊重する、という概念をこれによって希薄化。
  そして。ここでも『公共の福祉に反しない限り』というやわらかな文言が、
 『公益及び公の秩序に反しない限り』という、国民を縛る文言に書き変えられている。

7.現行憲法第十八条 『何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、
  その意に反する苦役に服させられない。』の、『奴隷的拘束』の文言を削除。
  『奴隷的拘束=徴兵制』との批判を回避するための布石か。
  代わりに『何人も、その意に反すると否とにかかわらず、社会的又は経済的関係において
  身体を拘束されない。』という、あまり意味のわかりにくい条文になっているが、
  これはいいとして、それなら、かつてのいわゆる「従軍慰安婦」はこれに該当するんじゃないかしら。
  わざわざ『社会的または経済的関係において』と限定する但し書きをしてあるということは、
 『政治的関係』その他においては身体を拘束され得る、ということか。解釈次第では。

8.現行憲法第十九条『思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。』
  という、権力の介入をも阻む自由への高らかな強い決意は、『思想及び良心の自由は、
  『保障する。』  という弱い表現に後退。
  『保障する』という言葉には、国家の意志介入を感じさせる。
  すなわち、憲法というものは、国民の権利を守るために、国家の横暴を縛るためにあるという
  立憲主義の根本が、ここで失われてしまって、国家が上位に立っている!

  現行憲法の、思想及び良心の自由は『これを侵してはならない』という表現は、
  立憲主義の考えを具現しているが、自民党案は、全く逆で、国家が『保障してやるよ』と
  言っている。『国民主権』の基本理念に抵触する、重大な問題条文ではなかろうか。

9.現行憲法にはない、個人情報の不当取得の禁止等の項を新設。
  『第十九条の二 何人も、個人に関する情報を不当に取得し、保有し、又は利用してはならない。』
  この条項により、報道の、国家・地方公務員等への取材がさらに制限される恐れは出てこないだろうか。
  『秘密保全法』『マイナンバー制度』などと絡めて考えると、恐ろしい条項である。
  これを悪用すれば、自由な報道は死ぬ

10.現行憲法第二十一条 『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。』に
  第2項として、次の文言を追加。
  『前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、
   並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。』
 
  これは恐ろしい条項である。
  これを根拠に、デモ、集会などは、今とは比較にならないほど取り締まりが強化されることも
  考えられる。


11.現行憲法第二十四条(家族、婚姻等に関する基本原則) の項に次の文言を新設。
  『家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。』
  一見、美しい言葉だが、これは何も憲法で明記して縛らずともいい内容である。
  これを明記することにより、老人介護などが家族の諸々の事情も抜きに『家族内の自己責任』
  と解釈されかねない。国の公的支援の退行の言い訳にされかねない。


12. 第二十六条『教育に関する権利及び義務等』に、第三項を追加。
  3 『国は、教育が国の未来を切り拓ひらく上で欠くことのできないものであることに鑑み、
   教育環境の整備に努めなければならない
。』
   『教育環境の整備』とは、いわゆる教科書検定、なども当然含むのであろう。
   これにより、『従軍慰安婦』『南京事件』『沖縄自決問題』などの教科書の記述への
   国家統制
を憲法の拡大解釈で正々堂々と行うことが出来るようになる!


13.第二十八条『勤労者の団結権等』に、第二項を追加。
   『 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、
   前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる
。この場合においては、 
   公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。』
   公務員の私人としてのデモ参加やビラ配りの権利を、これで憲法によって明確に剥奪することになる!
   

14.現行憲法第二十九条『財産権は、これを侵してはならない。』という強い決意表明が『保障する』
  と表現に退行。第十九条にも通じる。


15.現行憲法第三十六条『公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。 』は、
  『禁止する』という弱い表現に後退。目立たない変更だが、十九条、二十九条にも通じる、
  現行憲法の、国民の権利を絶対に侵さないのだ!という高らかな決意宣言が、押し並べて後退している。
  『保障する』という表現は、逆に公による自由権等諸権利への介入の可能性をも予感させ、
  第一に『国民よりも憲法の方が上に位置するものであり、お上の方が偉いんだぞ!』という
  不遜を感じさせる表現である。
  『国民主権』の理想に反する言い回しではなかろうか。


16.現行憲法にはなかった第九章第九十八条第九十九条『緊急事態』を新設。
  福島第一原発事故は、実はさらにひどいことになっていて、東京圏まで避難しなければならない
  ような事態だって起こりえた。そういった場合の備えは必要かな、とは思うが、
  気になるのは第一項。
  『内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱
   地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、
   特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、
   緊急事態の宣言を発することができる。』
   国民による正当な大規模集会やゼネストなどもこの範疇にくくられて弾圧されることだって
   ありうる含みを持つ文言
である。

17.現行憲法第96条。憲法改正の国会における議決のハードルを、
  現行憲法の総議員の三分の二から過半数に緩和
  さらに、現行憲法では『特別の国民投票又は国会の定める選挙の際
  行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。』となっているところが、
  自民党案では『有効投票の過半数の賛成』と、ハードルがぐっと下がっている。
  これによって、憲法改正が今のものとは比べられないくらい容易になってしまう。
  

18.現行憲法第十章『最高法規』を削除。
  第十章 最高法規
   第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる
        自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、
        現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである



  実は、この条文こそが、現日本国憲法のもっとも素晴らしいところの一つであると私は思う。
  私たちが今普通に、当たり前と思って享受している教育の権利や、言論などの自由、
  男女同権、選挙権などは、私たちに生まれつき昔から賦与されてきたものではない。
  政府批判をすれば激しい弾圧…拘留、拷問(時には死に至る)を受ける時代があった。
  男女差、生まれや財産によって選挙権、被選挙権が無かったり、
  教育の機会が均等でなかったりした時代が、長く続いていたのである。
  数多くの、それこそ数多くの人々が、この差別・不当を解消しようと
  命をかけて戦ってきて、今の私たちの自由や数々の諸権利があるのである。
  現日本国憲法は、こうして得られた基本的人権を、高らかに誇らかにここで
  謳いあげている!そうして、二度と、なんびともこの憲法を冒し、国民の権利を
  剥奪することのないよう、この憲法を『最高法規』とここで宣言しているのである。


  この条項をバッサリと切り捨てた自民党の改憲案!

  そこに、どんな意図があるのだろうか! 
  みなさん。このことをよくよく覚えておいてください!

19.現行憲法にはない、次の条項を追加。
  第百二条 全て国民は、この憲法を尊重しなければならない。

  ここも極めて、極めて大事!
  現憲法はその前文で主権在民を謳っている。
  その主権者たる国民を守るために憲法はある。
  つまり、憲法を守るのは国家の方であって、それを守らせるのが国民!これが立憲主義の要諦である。

  自民党の改憲案では、逆に、『国民に憲法を守らせよう』という逆転が起きている。
  自民党案に繰り返し出てくる『公益及び公の秩序』という文言。
  これは何も自民党に限らない。『公の秩序』などという言葉をいたずらに頻用する者に、
  ろくなものはいない。


 憲法破棄を謳う維新、石原慎太郎氏…。
『改憲』『棄憲』を言いたてる人々の上げる理由は大抵以下のようである。
『今の日本国憲法は、敗戦国日本がアメリカから一方的に押し付けられた占領憲法。
独立国家なら、自分たちで憲法制定すべきである』
…この言葉はいかにももっともらしく聞こえる。

しかしどうだろうか。
そういう人々の改憲の目的が、上に挙げたような、ありとあらゆる条項で
国民個々の、自由に幸福に生きる権利よりも、国の秩序を優先することを暗に強いるような、
そうして何よりも、日本の軍国化を推進する、ひたすらそのために憲法を
改定しようとしているような人々によって謳われる改憲ならば、
そんなものはいらないのではなかろうか?


私なら、そんな改憲はまっぴら御免と叫びたい!!!


最後に。憲法の前文を、現行憲法と、自民党改憲案と両方載せておく。
よく読み比べて欲しい。
世界大戦の惨禍を経た後に、二度と戦争は起こさないという深い反省の上に立ち、
いずれの国も自国のことのみに専念してはならないと戒めて、
主権在民や、人間が平和のうちに生きる権利など、人類普遍の権利を守ることを、
世界に向かって高らかに宣言し、世界の恒久平和を誓った現行憲法の格調の高さに比べ、
天皇、国家、歴史、伝統、国土、郷土などという言葉が示すように、どちらかと言えば
伝統回帰的な、率直に言わせてもらえば、先の大日本帝国憲法を想わせるようなことばを
多用している自民党改憲案前文のなんと内向きで小さく縮こまって見えることだろう!
そして、なんだか文章が幼稚だなあ…
このたどたどしい稚拙な文が、『誇りと気概ある』国の、誇りある憲法の前文になるのか??

現行憲法前文が、諸外国の民を含め『国民』という言葉を10回も多用しているのに比べ、
自民党改憲案前文は、『国』『国土』とりわけ『国家』という言葉の多用が目立つ。
前者が、人間尊重の崇高な理想の上に立つものとすれば、後者の自民党案は、『国家』という
目に見えないものを、人間の上に据えているように思えてならない。
上に述べたような私の懸念を、この前文の違いがしょっぱなから表わしていると思う。


現憲法の格調の高さと、世界の恒久平和を願うその視点の広さと決意を
じっくり味わって欲しい。


現行憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて
自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることの
ないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を
深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、
われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、
専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に 除去しようと努めてゐる国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、
平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、
自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


自民党改憲案前文

日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、
国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、
今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、
世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、
和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、
教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。




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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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