『都知事選に思うこと』

12月から依然としてやる気が起きない状態が続いていた。
書かなきゃならない問題が山積しているからなあと、パソコンに向かってはみても、
出口の見えない問題ばかり。鈍くなった頭で思考がまとめられない。
そのうち猛烈に眠くなってくるのである。
眠くなるというのが、体を通じての、私のこころの正直な反応だったのだろう。
『もう考えたくないよ。考えても仕方がないじゃない』という正直な拒否反応だったのだ。

それでも。
それでもなお、黙って眠さに身を委ねてはいられないこの国の現状だ。
書くことは本当に山積みになってしまった。なにから手をつけていいのか、茫然としてしまう。

が。とにかく、一番今、私にとって書きにくい都知事選のことに、正面から向かってみようか。
政権への直接の批判は怒りに任せていれば比較的書きやすい。しかし、今回の都知事選は、
いわば身内の批判になる…それが書く手を鈍らせ躊躇わせてしまうのである。
言わなくてもおわかりだと思うが、脱原発の勢力が、宇都宮さんと細川さんとに分断されて
しまったことが、私の躊躇いと深い嘆きの元である。これは、およそ日本全国の脱原発を願う人々の
共通の想いではないかと思う。

愛希穂さんのところで、京都大学原子炉実験所の小出先生がfacebookに寄せられたメッセージを
見せていただいた。今の私の複雑な心境を、まさにその通り表わしてくださっているので、
追記のところに全文を引用しておく。
おそらく、この困った状況に関し何ごとかコメントを求められ続けての発言のように思われる。
苦渋に満ちた論調である……。
小出先生と言えば、3.11の事故の起きる前からもう30年も一貫して原発に反対して来られ、
とりわけ3.11後は反原発・脱原発の運動のいわば象徴のような存在で今もずっといられる方だ。
その小出先生が、都知事選に脱原発候補が二人立ち、これまでずっと共に脱原発運動を戦ってきた
人々が、宇都宮陣営と、細川・小泉陣営とに二分されてしまったことを深く嘆いている……
それが、原発推進の現政府の推す候補を利することになってしまうからである。

私の嘆きも全くそこにある。

情の面でも、主義の面でも、私個人は、入れるのは宇都宮さんしかないと思っている。
しかし、自民が応援する候補を…いや、はっきり言って自民党を勝たせたくないという想いは、
これまでの自分の主義主張を一時捩じ伏せてでも通さねばならないのではないか、とささやく声も
私の中にあるのである。
安倍自民党政権は、衆参両院選挙の圧倒的勝利によって、絶対の力を手に入れてしまった。
国民の大多数が反対する特定秘密保護法も、原発推進も、集団的自衛権の行使問題も、
おそらくこれからやろうとする憲法改定も、想いのままであろう。
次の参院選まではあとほぼ2年半、衆院選まではあと3年。政権与党に失態がなければ
今の体制は続く。その間に現政権に出来ること…考えてみただけでそら恐ろしい。
そして、私の気持ちをさらに滅入らせるのは、その2年半~3年が過ぎたとしても、
自公現政権にとって代われるリベラル野党は、もうない!ということなのだ。
安倍さんの首がすげ変わっても、石破さんや、安倍さんという総理の醸し出す今のこの国の空気のもとで
着々と増殖して育っていっているであろう右翼的な政治家が代わりに立つのでは同じことである。

暗い見通しばかりの中で、反自公の立場を取る人々にとって一筋だけの光明は、
名護市長選挙で、米軍基地の辺野古移転反対を掲げた稲嶺さんが勝利したということだった。
これは単に一人の政治家が選挙に勝った、ということだけではない、大きな大きな意味を持った
名護市民…いや、沖縄全体の、日本の政治への重い重い疑問の投げかけであったと私は思っている。
沖縄をどうしたいのか、ということだけではなく、日本はどういう道をこれから歩いていきたいのか、
ということを問う、重大な選挙であったと思っているのだ。
同様の意味で、今度の都知事選も、原発をやめて日本が再生可能エネルギー立国という
新しい希望の道へ大きく舵を切り世界に向けて平和国家日本を再度アピールしていくのか、
それとも旧来と同じ『国は経済成長せねばならぬ』という規定路線のもとに
危険な原発をこれからも使い続け、そうして戦争のできる国になんとしてもなりたいのか、
という大きな大きな選択をかけた選挙であると私は思っている。
オリンピック(もう決定した以上やらねばなるまい)、福祉の充実、東京の大地震への備え、などという問題は、
実は誰が都知事になってもやらねばならない問題であって、ここに実は大きな争点はないと私は思う。

困ったことに、細川氏が脱原発のために、もう一度政治家として一肌脱ごうという立派な
決心をなさった。おそらく純粋にそう思われているのだろうと思う。
細川氏には、今度の都知事選に立候補して勝っても負けても個人的メリットはないのである。
勝てば老体に鞭打って都知事の重責を果たしていかねばならぬ。負ければ笑い者にされるだけである。
それよりは悠々自適のご隠居生活、高等な趣味人としての生活を続けた方がどれほど本人にはいいか。
それでもなお今一度立とうとしたということは、脱原発への相当強い想いがあるということだろう。
そして政見放送に言う通り、今の政府の強引なやりかたに危険を感じているからだろうと思う。

それを応援する小泉氏。このひとのことを私は、安倍さんの次くらいに警戒してきた……
しかし、その政治姿勢への私の個人的好き嫌いはともかく、今回の氏の発言をずっと見て来た限り、
原発は安全でクリーンで安いという従来の自分の考えの間違いを改められて、脱原発の必要性を
真面目に真剣に考えているのだろうと思う。…そう信じたい。
そこに、自民党の次期(次々期?)ホープとしての子息の進二郎氏のために、来たるべき時代への
布石をしておこうという親心があるにせよないにせよ、また私たちの知らない別の理由があるかないか
わからないが、機を見るに敏な小泉氏のこと、ひょっとした思いつきで一連の脱原発宣言を
してきはしなかっただろうと私は考えている。
そういう思い切りのよさ、見切りの早さ、計算早さがこの政治家の魅力でもある。

『3.11の悲劇を経験した今やらないでいつやるのだ!今出来ないならば、
日本は脱原発などこの先ずっと出来はしない!』
小泉氏のこの言は、私も全くその通りと思う。
日本は、この狭い国土に既にメルトダウンしてしまった福島第一の原子炉を含め、
54基もの原子炉を抱え、大きな地震もまたいつ起こるかわからないという状況にある。
今の原発の使用済み燃料の行き場もなく、福島第一を十年後、二十年後、廃炉解体出来たと仮にしても、
その超高レベル放射性廃棄物を持っていく場すらない中で、建設中のものを建設続行させさらに新たに
作るなど全く狂気の沙汰である。

また、別の記事で書きたいが、そもそも、原発がなければ日本の経済が立ちゆかないと、
原発を推進したい人々は決まり文句のように言うが、一体誰が、その正確なデータを示したのであろうか。
現に日本は大飯を除くほぼすべての原発が停止していてもなんとかやっていっているではないか。
確かに燃料費はかかっている。電気代も上がった。しかし、私たちがこれまで
『原発は不可欠』と言いくるめられて抵抗もせず払わされてきた原発維持のための電気代や
福島の事故のためにかかった、そしてこれからも笊に水を注ぐように払い続けることになるのであろう
福島第一の収束や除染や補償のための費用……それは政府も東電も、これまで原発の必要を
唱え続けてきた人々のだれも責任を取ってくれはしないのだ。
原発を使ってきたために私たちがこれまで負ってきた数々の電力会社各社の途方もない無駄遣い、
そしてこれから天文学的数字になるであろうという福島第一の収束、廃炉費用と周辺住民への補償、除染費用と、それからいずれは54基すべてを廃炉しなければならない時は必ず来るその廃炉費用の合計と、
それらの天文学的費用に対して、フル稼働していたときでも電力の30%を供給していたにすぎない原発を、火力発電等に置き換え化石燃料代が上がった分と、どちらがいったい金がかかるのか。
『原発はクリーンで安全で安い』という謳い文句がことごとく嘘であったのを見ればわかるとおり、
『原発がないと日本の経済は立ち行かない』というのも、同じ原発神話にすぎないと私は思う。

今日も安倍総理は衆院本会議で、
「海外からの化石燃料への依存度が高くなっている現実を考えると、『原発はもうやめる』と
いうわけにはいかない」と述べ、停止中の原子力発電所の再稼働に取り組む考えを強調した一方で、
「原発依存度は可能な限り低減する」と述べたという。
おや?つい最近、国のエネルギー基本計画原案では、原発を、
「安定供給、コスト低減、温暖化対策の観点から引き続き活用していく重要なベース電源(基礎的電力)と位置付けたばかりじゃなかったかしら?
都知事選で焦点として脱原発が問われそうなために、一時的にただトーンダウンして見せた、ただのポーズなだけなのでは?

私は、日本は原発をはっきりと捨て、新エネルギーの開発推進に国を上げて取り組み、
再生可能エネルギー先進国として生きて行くこと、それと同時に廃炉技術のエキスパート国として、
生きて行くことにこそ、大きな未来の可能性があると信じている。
それはさまざまの先進技術を生み、雇用を創出するだろう。
そうして世界に誇れる平和憲法を順守してこそ、他国からの信頼も、安全も得られると
なお信じている。

今度の都知事選は、名護の市長選が出した結論同様、そうしたこの国の将来の方向性を
国民が考えて行くための、一つの試金石であると思うのだ。
現政権のやろうとしていることは、まったくその逆である。
それなのに。
その肝心の脱原発候補者が2人立ち、これまで一緒に戦ってきた脱原発運動の人々が
二分されてしまっているとは。
宇都宮さんに入れろとも細川さんに入れろとも言えないが、一本化すれば、名護市長選に続いて、
おごり高ぶった現政権に大きなNO!を突きつけることが出来るかもしれないのにと、
本当にせつなく情けなく思う。

さて。もう少し正直に私の想いを語ろう。
私は、小泉氏の構造改革、規制緩和、弱者に自己責任を負わせる考えかた、靖国参拝が象徴する歴史観、
などという政治姿勢が大嫌いであった。今もそれは少しも変わらない。
こともあろうにその小泉氏が推す細川氏を、『脱原発』という一点だけで容認するのか?

迷うほどのことでもないではないか。宇都宮さんに決まっている…
そうは思えど、…そうはっきり言いきれない迷いが私の内にある…。

私は、この国の政治、とりわけ政党は、一度大きくシャッフルしなおすしかないのではないかと
最近思うようになっている。
2、3年前、野田民主党と自公が大連立することをあれほど嫌っていた私が政界再編を?

あの時は、今、安倍政権を批判するのと同じことで、自公と民主が大連立を組んで
一党独裁状態になることを危惧していたのだ。
『国家が一色に染まってしまうことほど危険なことはない』
これが私の政治観である。自民党であろうが共産主義であろうが、国が一色に染まって
一党が暴走することを私は常に恐れるのである。

残念なことに、民主党の不甲斐ない政権担当能力に国民が短気にNO!をつきつけた結果、
折角この日本に生まれた自民党に対抗し得る政権は瓦解してしまった。
民主党は、衆参両院選挙であれほど国民に厳しい答えをつきつけられても、まだ
自分たちがなんで失敗したのかわかっていないようである。特定秘密保護法などの
考えかた、戦い方を見てもわかる通り。
まあだ民主党の議員諸氏にはわかっていないようだ。あれほど衆参両院選挙で同志を失いながら!

要するに、自民党と同じことをしていてはダメだったのである!
自民党にはっきりNO!と言いうる政党を国民は求めていたのである!

ところが、民主党の中には、自民党に極めて近い右派の政治家たちが多くいて、
それらがいるために、民主党の路線は今もグラグラし続けである。
維新、みんななどは自民党と同じ。語るまでもない。

私は、ここまで壊れてしまった日本のリベラル勢力は、ここ2,3年ではもう盛り返せないだろうと
思っている。あと、10年…15年…もっと必要かもしれない。
私が今、これを語るとき、『リベラル』という言葉で漠然と表わしているものは、
旧来の社共が象徴していたような勢力に限るのでなく、もう少し緩やかな幅の広い政治観を指している。
残念だが、そうならざるを得ないと考えるようになった。
民主党でも極右勢力でなければいい…、自民党でもかつての宏池会が象徴していたような
自民党内リベラルならばいい…、公明党でもいい…、維新からだってみんなからだって、
原発に疑問を感じ、中国や朝鮮半島とむやみに敵対するのを疑問に思う政治家ならば
どの党からだっていい……

一度、日本の政界は、これまでの政党内の派閥の利害関係や情実などを度外視して、
純粋にその思想傾向と、日本をどういう国にしたいのかという考えかたによって
シャッフルしなおすことが必要になっているのではなかろうかと思うようになったのだ。
見よ、自民党内にも、安倍政権の原発依存のエネルギー政策に懸念を抱き
提言をした河野太郎氏のようなグループもいるではないか。生活にもリベラル的な人はいよう。
民主党にも、馬淵澄夫氏や落選したが脱原発の川内博史氏や、気骨あると私が買っている
元国家戦略担当大臣古川元久氏や、今回の特定秘密保護法案の審議で少し男を上げた
福山哲郎議員などのように活きのいい政治家はまだ多くいる。

原発をどうするか、という一点に都知事選を絞って考えることを危惧する人もいる。
しかし、今度の都知事選は、自公の独裁体制に大きな石を投じてそれを波だたせる
いい機会であることは確かなのだ。小泉氏は嫌いだが、自民党の内部に、原発への考えかたという
点を契機にして、安倍政権の強引な独裁的政治路線に疑問を感じる議員の奮起を促し、
再編を促すきっかけになるならそれはいいかもしれないと内心少し期待する私がいる……

私が願う政界再編は、維新やみんなが今している、全く似た者同士でありながら、自民にすり寄ったり
内部で分裂して結びあうところを無節操に探ったり、というようなそういうものではない。
原発に賛成か反対か。
沖縄にいつまで負荷を負わせ続けるのか。
近隣諸国といらぬ波風立ててその結果経済までおかしくするのか、それとも仲良くして共存と共栄の道を選ぶのか。
それらの基本姿勢によって、今の政治体制を一度根本から解体し、大きくダイナミックに組み直すことだ。
無論、今権力のある自民党にすり寄っていく者は多いであろう。維新もみんなも本質的に
今の安倍政権と変わりがないのに、野党としてあることが政治をわかりにくくしている。
似たような小党がさらに再分裂して、政治の争点の本質を国民の目にわかりにくくして
しまうのはもうやめないか。
くっつくものはくっついてしまえばよいのだ。
自民党内の良識派が減っていき、民主党も右派左派混在で二進も三進も行かない曖昧な政党に
このままなってしまうくらいなら、一度、それこそ原発にこれからも依存していくか否か、という
ワンイシューで、すべての国会議員をシャッフルして、例えリベラルと言われる人々のグループが
少なくなってしまおうと、一度原点に返って、10年ほどかけて新しい血を入れて、今の自民党が
象徴するような政治の対抗軸を作りなおしていくしかないのではなかろうか…
今度の都知事選は、その実験になりはしまいか…

…そんなことは無理だろう…
わかってはいるが、あまりの閉塞感と将来への危惧に、ふとそんな妄想を抱いてみるのである……
それほど絶望しているということなのだ…

昨日、時々ひそかにお邪魔することのある『志村建世のブログ』さんに、こんな記事をたまたま見つけた。
少し引用させていただく。
『政党政治の終焉を考えてみた』


『(隠居)…略…政党政治の終焉ってことを考えたんだよ。都知事選挙の候補者は、全員が無所属だよな、
これを国会議員に応用したら、どうなるかってことだ。
(熊)えっ、政党を全部やめちゃうんですか。
(隠)もちろん結社の自由は憲法で保障されてるから、政党の結成は禁止できないさ。
だけど、国会を会派別の勢力で運営するのを、やめてみるんだよ。全員を無所属にして
平等の権利を認めることにするんだ。党議拘束というのはなくなって、
首相の指名では単純な多数決で選ぶことにする。そこで選ばれた首相が、党派に関係なく
考え方の近い人物を選んで組閣をして、政府をつくる方式にするんだ。(後略)』

ほんの一部を引用させていただいた。落語の御隠居さんと熊さんの会話というかたちで
軽い読み物の形式で書かれてはいらっしゃるが、とても興味ある考えかたなので、
ぜひ全文を読んでみていただきたい。

今の政党人を無駄に縛っている党議拘束をやめて、同じ政党であっても、この法案には賛成、反対という
選択が自由にできるようにする……

およそこのような考えかたであろうか。
私のここで漠然と書いているのよりもっと過激な政党解体論である!!
日本の選挙制度と政党政治の悪弊は、この国をじくじくと腐らせていっているのではないかと
私も思っている。
ここのところ私はひそかにさらに過激なことも考えてみている。
政党の存在までは否定しないけれども、選挙区制度もやめてしまって、立候補者は全員無所属で
いわば全国区から立つ。国民は政党でなくその個々の政治姿勢で選ぶ。
今の選挙地盤の地元への利益誘導が基本的に出来ないようにする。(無論重大な地元の問題は
全国民の問題として取り上げて行くようにする)……
などなど他にも考えていることがある…。
ただの妄想と言えようが、それについてはまた別の記事で書いてみたいと思う。

とにかく日本の政党政治が行き詰まっていることは確かなのではないかと私も思う。
沖縄選出の自民党議員を党則で縛り、知事に巨額の振興費を約束して、米軍基地の辺野古移設容認を
言わせ、さらには名護市に500億というこれまた振興費をちらつかせて選挙戦で
自民党推薦候補を何が何でも勝たせようとした例や、原発立地自治体の金まみれの現状を見るまでもなく、
小さくは町村レベルから上は国会議員まで、政治が巨大な利権と情実で動かされ、
国民の意思は反映されにくい制度に堕してしまっている。
それはまた、一票を投じれば後はお任せ、自分の土地の議員に地元への利益誘導から子弟の就職といった
細かいことから何からなんでもお願いして、といった国民の政治への無関心と寄りかかりの
長い間の積み重ねの結果でもあろうかと思う。

今度の都知事選。
本当に、本当に残念ながら、脱原発票は真っ二つに割れるのであろう。
自民党推薦候補が勝つということは、それでなくとも絶対的多数派の勢いに乗って、国政を
自分の政治嗜好のおもむくままに動かし、平和国家を誓ったこの国の姿を根本から崩してしまおうとする
安倍政権を大喜びさせ胸を撫でおろさせることになってしまう。
原発政策は持続され、沖縄は日本に本当には帰ってこれず、日本は戦争のできる『普通の』国へ
まっしぐらである。
ネットで『第二次大戦後、戦争でどの国の人も殺さなかった国は日本を含め世界に6カ国しかない』
という文言が盛んに使われているが、その出典はどこから来ているかどこにも見つけられないかったので、
話半分に聞いておくことにしても、日本が積極的には世界の紛争地で自らの手を血で汚して
こなかった数少ない国の一つであることは事実であろう。

重ねて言うが、今度の都知事選は、オリンピックを出来るだけ省エネで成功させること、
直下型等の大地震に備えて都を整備すること、高齢者・乳児園児を含む幼い人々の福祉を
充分に行って、また若い人の働きばを確保することを含めた労働環境の整備などということは、
どの候補者もが一様に都知事になれば真剣に取り組まねばならない重大な共通事項である。
大きな判断を分けるべきものは、この国をどうしていきたいのか、という立候補者の哲学であろうと私は思っている。
都の政治は、国と直接関わりがない?
私はそうは思わない。

安倍政権にさらに『GO!』サインを送るのか、
それとも、都民は(国民は)あまりの強引な政治は許しませんよという意志をしっかりと示すのか。

まことに誠に残念ながら、小泉氏の応援する細川氏立候補は、脱原発勢力を二分してしまった。
しかし、一方で都民の関心を強力にかき立てたことも事実である。
細川・小泉共闘は、脱原発票を二分もするかもしれないが、その一方で、自民党にこれまでなんとなく
入れていた浮動票の一部も大きく食うのではあるまいか。見る限り、小泉人気はまだまだ健在である。

新聞等の書きぶりでは舛添氏が一歩リードという。
でも私はそれを素直にそのままは信じられないなあ…。
事前予想に影響されず、一人一人が真剣に自分の考えで候補者の中から選んでほしい。
こうした事前の予想は世論操作を目的としている者に加担しているかもしれないからである。

東京の浮動票の行方はいつも立候補者や政党にとっては怖い。予測できない動きをすることもある。
脱原発候補、というよりは、今の絶対的多数政党の政治に疑問符を投げかける候補を
とにかく選んでほしい。それが私の個人的願いである。

一人でも多くの浮動票を握る人々に都政ひいては国政への関心をかき立てることが出来、
投票率全体が飛躍的に伸びることを期待して、これを書いておく。
最終的にどなたに票を入れるかは、むろん都民個々人の意志である。
ただ、棄権だけはしないでほしい。
政治を政治家任せにしていてはいけない時代がいよいよ来ていると私は思う。
私たち人間は、現世の欲望だけのために生きていいものであろうか。
私たちは、未来の人類に対しても負うべき責任があるのではないだろうか。
小出先生がまさに、以下の追記に乗せたメッセージで訴えていられるとおり、
『遠い未来から見ても恥ずかしくない』選挙戦になってほしい、そういう選択をして欲しいと
こころから願っている……







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『これでほんとうにいいのか日本』

もう松の内はとっくに明けたというのに、いつまでも正月の料理の記事を
出しっぱなしにしているのは、本当は私らしくないことだ。
ずぼらなところもあるけれど、彼岸花、こうした季節の折り目は本来大事にしたいほうである。
七日には朝、七草粥を作って食べ、正月の飾り物を片づけて…。

早く次の記事を書かねばなあ…。
そうは思えど、気が重くて重くて、ブログに向かう気がなかなかしないのだった…。

この気の重さは、無論、昨年末の特定秘密保護法の成立が象徴するように、
国民のあれほどの反対の声が上がっていたにもかかわらず、それを押しきって自公政権が
その圧倒的多数の力を持って、こんな愚かしい法案をいとも容易にとおしてしまったこと、
そして、その手法がこれから繰り返し使われて、この国のかたちが変えられてしまうであろうことに対する
落胆から来ている。
そしてその後の首相の、年の暮れに人の隙を突くような靖国参拝。
その総理の行為を、国民の大半が『適切だった』と考えているということに対する落胆とからもきている。

おいおい。
ほんとうにそれでいいのですか!

戦後、私たちが「もう二度と戦争はいやだ!」という想いで守ってきた不戦の誓いが
平和憲法の根本精神が、一内閣の嗜好でいとも簡単に破られて、事実上反故にされようとしているのだ。

3.11で私たちは一体何を見て来たのだろうか?
あの大津波に呑まれていった人々や町は、東京オリンピックという華やかな祭りへの期待と
浮かれ騒ぎの陰に隠れて、忘れ去られてしまっていいのかい?
東京都の今年度分の予算に、オリンピックの準備金として100億円を計上するという。
都は既にオリンピック費用として4千億円を積み立てて用意しているというが、
それでなくとも人も経済も文化も、日本の富の集中している東京に、さらにこれで
人材とコンクリートなどの物資もお金もが集中することになる。
オリンピックを仮にしなかったからと言って、都の予算が被災地に回されるわけではないけれど、
なにかどう考えても腑に落ちない、やりきれない想いを抱いてしまう。
被災地の復興がまず第一だろう?
3.11直後の、東北で新しい地域社会、新しい希望ある人間社会建設の実験をするというほどの
意気込みは、一体どこに消えてしまったのだろう?

フクシマを私たちは忘れていいのだろうか?
一体どれほどの人が、東電という、たかが一企業のために被曝させられたのだろう?
一体どれほどの人が、住む場を奪われ、仕事を失い、そして中には家族の絆さえ失ってしまったのだろう?
仕事や日々の暮らしという人生の設計図を一体どれほどの人が奪われてしまったのだろう?
一体いくらの損害があったのだろう?これからも出続けるのだろう?
たかが一企業のしでかしたことのために?

私たちは、福島第一原発の溶け落ちた核燃料が、どこにあるのかさえ知らない。
しかし、その不気味なものは、この国の、福島というかつては花が咲き鳥が歌い
日本の豊かな食の宝庫でもあった土地の、どこかに確実に今もあり続けている!
第一原発にずらりと並んだ1000基もの例の貯水タンク。
始終汚染水漏れを起こして、海を汚しているが、それだけでなく、汚染水タンクそのものから
国が昨年8月に認可した廃炉の実施計画で決めた、原発敷地境界の線量「年1ミリ・シーベルト未満にする」
という基準のなんと8倍の、年8ミリ・シーベルトの水準を超えたX線が、一部の箇所で
この12月に観測されたという。
タンク内の汚染水から出る放射線は主にベータ線で、物を通り抜ける力が弱いが、
ベータ線がタンクの鉄に当たると、通り抜ける力の強いエックス線が発生し、遠方まで達するのだという。

さらに今日のニュースでは、東電は、海側の観測用井戸で9日に採取した地下水から
ストロンチウム90などのベータ線を出す放射性物質が1リットル当たり220万ベクレル
検出されたと発表。この井戸は2号機タービン建屋の海側、護岸から約40メートルの場所にある。
これまでの最高値である昨年12月に測定された同210万ベクレルよりさらに高い。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140111-00000057-jij-soci

昨年7月23日。東電は『港湾から約40メートル内陸側にある観測用井戸で』
22日に採取した地下水から、ストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質が
1リットル当たり15万ベクレル検出されたと発表している。
この井戸は『2号機タービン建屋よりは海側』にあるが、港湾近くに掘られた
観測用の中では最も内陸側にある。7月12日に初めて採取された時の値は同9万2000ベクレル。
7月18日に採取した地下水は、1リットル当たり12万ベクレルだった。測定するたびに濃度が上昇している。
---時事ドット・コム(2013/07/23)
http://www.imart.co.jp/houshasen-level-jyouhou-old25.8.13-R.html

同じ井戸かどうか私には断言できないが、場所の記述は同じに見える。
例え違うものだとしても、海から40メートルの一つの井戸が、昨年7月12日に初めて採取した時
1リットル当たり9万2000ベクレルであって、半年後のこの1月9日、やはり海から40メートルの
観測用井戸が、220万ベクレルだったというのである。

例のごとく東電は『原因はわからない』と発表し、報道する側も、ただその言葉を
『わからない』とまる写しに発表するだけである。
私は今日の『220万ベクレル。最悪更新』というニュースの数値を聞いて、
過去にはどのくらいの数値だったのだろうと素朴な疑問を持った。
それで、過去のネット情報をあちこち検索して、上記のサイトの数値を見つけたのだ。
私のようなほんとうに素人の主婦でも、ちょっと調べれば、このように過去の数値との比較ができる。
『原因はわからない』という東電の暢気な発表を鵜呑みにして、このくらいの比較数値も書かない
今の報道っていったい何をしてるんだろう。

このストロンチウムなどのベータ線を出す放射性物質の値。
上昇傾向が続いているのではないですか。『原因はわからない』などとのんきに言ってすまされる問題ですか!
なんで今、1リットル当たり220万ベクレルにもなっているんですか!
ちゃんと東電関係者以外の専門家を入れて調べてください!
福島第一原発の状況は、日々悪化しているんじゃないのですか?

そんな環境の中で、毎日作業員たちは働いているのだ。
福島の人々は、こんな不安定極まりない状況の中で、国や県によって無理矢理、
『3.11前』の生活に戻らされようとしているように思えてならない。

安倍さん。この福島をそのままに、トルコや東欧諸国への原発輸出をあなたは推し進めようとしている。
2006年。共産党吉井議員が、原発の全電源喪失の可能性とその危険性を質問書で質したとき、
あなたの内閣は『原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期している』
という答弁書を出して、この大事な問題を握りつぶしてしまった。
その責任には頬被りをして、さらに海外へ原発を売ろうというのですか。
何か起これば、また頬被りをして知らん顔を決め込むのですか。
あなたに過酷事故の責任が取れるのか!

私の抱く情けなさは、なにも安倍総理という個人一人に抱いているものではない。
もっともっと根が深い故に絶望しているのである。
昨年から、文学作品の力を借りて、日本という国が抱えている根本的なその根っこのところに
迫ろうとあがいて来た…

しかし、おそらく歴史にその悪名を残すことになるであろう今の内閣を、国民の大半が
ただ経済のことだけで容認してしまっているように見えるこの状況はあまりにも情けない。
がく~っときて語るのもいやになってしまっていたけれど、日本が日中戦争、太平洋戦争と
突き進んで行った時、たくさんいたはずの良識ある人々が、「もうだめだ!」と
黙り込んでしまったことを思い出すと、また、同じ愚を繰り返してはならないのだ、とも思う。

さて、彼岸花。
重い腰を上げて2014年の始動だ。
今年の私のテーマは、1記事1テーマに絞ることだ。
早速その禁を犯してしまったが。(苦笑)



今夜は34回目のキャンドルナイトだ……

雪の結晶のような風情のあるグラスに、いつもの小さな蝋燭を入れてみた。


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心ひとつに キャンドルナイト




南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。




『一年の初めに』

皆さま、新年おめでとうございます。
こころ静かな、あるいは賑やかな初春をお迎えでおいでのことと存じます。
昨年中は、ここのところ頓に堅苦しい記事ばかりになっていた拙ブログを
変わらずお訪ねくださいまして、本当にありがとうございました。
今年は、今少し、彼岸花本来の、もう少し艶っぽく湿り気のある記事も書いていきたいなと
思っていますが、さてどうなりますか。^^
どうぞ本年もよろしくお願い申し上げます。

さて。2014年の元旦は、ともに健啖家の娘夫婦を迎えるということで、大量の食べものを
準備することで始まりました。
数の子、伊達巻、昆布巻、ごまめ、などという旧来のおせちは、二人も私共もあまり食べません。
ですから、一昨年から、ホテルの洋風おせちというものを取り寄せることにしています。
でも、それだけでは心寂しいので、昔と同じように、わたしのおせちも一応用意しました。
と言っても手抜きのおせちです。以前はちゃんと三段重にいっぱい何やらかにやら作って
詰めていましたが、一昨年から、二段で済ませて。


2014_0101_111922-CIMG1490.jpg


ボロが出るので、へへっ!お取り寄せのおせちをメインに載せておきます。^^
『寿』の海老の入ったお重の下に、もう一段お重があります。
写真にもこたつのテーブルの上にも収まりきれないので重ねたまま。

右下のささやかな二つが私の手づくりおせち。
おや、お煮しめの大根や人参の面取りをちゃんとしてないな、とか、並べ方も雑だなあ、
隙間が空いてらい!とか、細かいところは見ないでくださいね。(笑)
お煮しめは、筍、蕗、牛蒡、焼き豆腐、大根、人参、そして暮れの使い残しの結びしらたき、です。
牛蒡のあく抜きと、蕗の下茹でだけはしておいたけれど、あとは大根、人参を
少量の油でさっといためて(コクを出すため)他の材料も加えていっしょくたに煮てしまいます。
乱暴な料理だけれど、味はいいんですよ。
いつもはここに干し椎茸、里芋なども加わっていますが、この正月迎えはとりわけ
暮れから段取りが悪く、紅白もほとんど見られないくらい夜まで細かい片付けなど
ばたばたしてたんで、お煮しめも手抜き手抜き。(笑)

右側のお重が画面から切れてます。
こんな感じ。

2014_0101_112120-CIMG1494.jpg

え~。ほうれん草を卵焼きで巻いた『若竹たまご』(これは昔、娘のお弁当の定番だった)
黒豆(出来あいのもの)、小肌、薔薇の花に見立てたスモークサーモンとイクラ、
ちくわ、洋風かまぼこ、紅白なます。
正直に言いまして、作ったものは、卵焼きと紅白なますだけという、これも超手抜き!
盛り付けだけ、庭の南天の葉っぱや実や、松葉を飾って、正月らしさを出しました。

冷たい料理ばかりなのでお雑煮のほかに、温かいものも少し、と思って、
こんがり焼いた白葱のバルサミコソース煮や、茄子と獅子唐の炒めものワインビネガ―風味など
熱い料理も作りました。
彼岸花。これでも一応主婦ですから、料理は毎日やってるんです。きわめて雑ですが(笑)。

元日からなどとそんなことかまわず作品制作の、娘たちの夕食のために、使っていない三段目の空のお重に
料理に箸をつける前に少し取り分けさせて持って帰らせるところが、まあ、母心、と言いますか。


2012_0101_112927-CIMG6246.jpg

こちらは一昨年の二段重。
くわいのから揚げや海老の鬼殻焼き、野菜のマリネなどが加わってるところが今年と違うかな。
明らかに、一昨年の方が少し手間をかけています。
今年は、なんと元日の朝、大慌てでお重を用意したので、手抜きが目立つ(笑)。
竹輪はお婿さんの実家から他のものと共に送っていただいたもの。若竹たまごと向きが違うことに
一枚写真撮ったあとで気付いて並べ替えました。
ありゃ、ローストビーフのたれの袋も切ってないや!(爆)


年賀状も31日に作って刷って、大急ぎで書けるだけ書いて、買いだしの途中で投函。


2013_0521_151219-CIMG0126.jpg


万事派手です。
実はこれ、昨年の娘たちの結婚式の披露のささやかな内輪の宴の時、
座席表や、引き出ものの袋に添えるカードとして作ったものの転用。
私が絵を描いたわけではなく、これ。古い羽織の裏地をコピーしたものです。

さて。
娘たちも早々に帰って行ったあとは、また夫婦二人の静かな時間です。
元日だけれど、夜は私はお婿さんの作品の手伝いの縫物をしていました…。


2014年。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

2014_0102_123743-CIMG1509.jpg


狭い庭の一隅に、いつの間にか生えて来た万両。
陽のわずかに当たるところを選んで生えて来た!(笑)

皆さまのご多幸を祈りつつ。







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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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