『8月の終わりに想うこと ①』

今年の8月はなにかこころ寂しくいつのまにか静かに過ぎて行った…
そんな8月だったような気がする。
7月の初め頃、妙に息苦しいような、そう…胸郭が狭くなって大きく息がしづらいような
そんな違和感を胸に覚えて、背中の一部も痛く、とりわけ夜、横になると、
ほんとうに息がしづらい。それが気になって寝返りばかり打って眠れないままに
朝を迎えてしまうという日が続いた。10年ほど前、狭心症、と診断された時と似ている。
都内の大きな病院に仕方なくかかったけれど、検査の結果が出るのに1カ月、2か月と待たされる。
病名もわからずしたがって治療というものもなく、中途半端な気持ちのまま夏は過ぎた。

昨夏の私は、火野葦平や石川達三など、日中戦争のことを書いた作家の作品を
読んで、それについてブログに記事を書いていた。
なぜ、そんな古い戦記文学などをいまさら掘りくり返したりしていたか、と言えば、
戦後68年(昨年の時点で)、急速にあの戦争の記憶がこの日本から消えて行こうとしていることに
危機感を覚えたからである。
戦争を我が身で直接痛みとして経験した人々は老いて、残念なことに証言台から去っていきつつある…
私のように戦後生まれではあるが終戦後の日本の空気を子供心にうっすら感じて記憶し、
父母や近しい人々から戦争中の話を聞いた世代の者さえ、今、こうして老いつつある。
2006年、戦後生まれとしては最初の宰相として、安倍晋三氏が就任。
以降、戦後生まれの宰相が、鳩山、菅、野田、そして再び安倍、と続いて今に至っている。
若い人々の中には、驚くことに、日本がアメリカと戦争をしたことさえ知らない者がいると聞く。
そんなことでは、仮に政治が自分たちになにを押しつけようとしていてもそれに鈍感で
あり続けてしまうだろう。

以前の記事にも引用させてもらったけれど、
「鉄の暴風」と呼ばれた沖縄戦で、 ひめゆり学徒たちを戦場に引率し、 戦後は琉球大教授になった
仲宗根政善さんは 一九七〇年の日記にこんな一文を残していたそうだ。

「憲法から血のいろがあせた時、国民は再び戦争に向かうだろう」

日中戦争、太平洋戦争ではどれほど多くの血が流されたことだったろう…。
だが、その痛みを直接知るものは、先ほども書いたように、急速に少なくなっていきつつある…
悲しいことだが、『血の記憶』は急速に薄れて行きつつあるのだ。
…そうして、陸軍伍長として戦争を自ら経験した作家火野葦平が、その実録に近い作品『土と兵隊』の中で、
『脳漿を地にすりつけるような戦だ』と表現し、また
『なんと戦争とは汚いものだの』と述懐したように、戦争は戦友の血のりの中をはいずりまわり、
すぐそばに敵兵の死体の浮かぶクリークの水を呑み飯盒炊爨の米をとぐ、といったような
生の肉体の傷つけ合い、生命の奪い合いだ。
戦争が、そのような生身の体の血しぶきを地に飛ばす悲惨なものではなく、
リセットすれば再び兵士が立ち上がって元気に動き出すような、そんなゲーム感覚でしか
戦争のことを考えられない者たちは逆に増えて行っているのではないか。
あまりにも肉体の痛みを知らない、その想像力さえ乏しい政治家が増えて行っているのではないか。

戦争の記憶を語り継がねば…

そう焦ったけれど、さて、どうやったら、直接戦争を知らない私が、さらに若い人々に
戦争の実態を伝えることができるのか。
「こんなことがあったらしいよ」とただ間接的に伝えようとするだけでは、戦争の歴史という
予備知識を持たない…その空気をまるで想像もできない世代の人々の心にはなかなか届きづらいだろう…

考えた末に私が選んだ方法は、いっそ文学の力を借りてみようか、ということだった。
それも、英雄物語や涙を誘う美談としてではなく、戦場の真実、銃後の人々の生活の真実に
極力近い、いわば後世の人々のためのドキュメントとしての価値のありそうな戦争文学を。
それも、戦後の言論の自由が得られた時代になって書かれたものでなく、出来れば戦中にこそ
書かれたものを……

火野葦平、石川達三…と書いて、続いて、大岡昇平、堀田善衛、…
黒島傳治…、と、自らも勉強しながら書いて行こうと考えていた……。

だが、安倍政権によって秘密保護法があっさりと成立してしまい、続く都知事選での
リベラルの惨敗とその分裂ぶりへの失望は、自分の望まぬ方向に突き進む政治への反発力というか
声をあげて行くための体力というか、…政治に異を唱えて行く言葉そのものを発する気力を
なにか私のこころから奪ってしまった……。
だが、そうやって黙りこんでいる間に、どんなにこの日本ではいろいろなことが進んでしまっただろう!!!
安倍政権は武器輸出三原則を事実上撤廃、日本を堂々と武器輸出できる国にしてしまった。
さらに7月1日には、多くの国民の声を無視して『自衛隊の集団的自衛権行使容認』を閣議決定。
戦後69年。日本国憲法が施行されてから67年。
これまで、主に政権を担当してきた自民党が何度改憲を試みようとしたか知れないが、
骨身に沁みて戦争の悲惨を経験してきた人々は、「もう戦争など二度といやだ!」と、
不戦を誓った日本国憲法をなんだかだいって守り抜いてきた。
…その日本国憲法の『戦争の放棄』を謳った第9条を、安倍政権は、実質上骨抜きに
してしまいつつあるのである。
そればかりか、一内閣がいわば内輪の閣議決定によってこのような大事な改変を実行して
しまおうとすることは、憲法に謳う国民主権や、三権分立、立憲主義への重大な冒涜である。

それは、ただ憲法を骨抜きにしたという形の上のことに留まらず、
国民の、『秩序への信頼』とか『公正さの存在を信じていられる心』とかいう…
いわば『何かを信じていられる心』という大事なものそのものを破壊したのだということに
安倍さんたちは気がついているのだろうか・・・

一国の政治というものがこのように『なんでもあり』の勝手ができるものならば、
「国民だって、すべての秩序や信頼や信義や公正さを無視して『なんでもあり』なんじゃない?」
と考える者だって出てきておかしくない、その悪しき先例を、せっせと国民の代表たる
政治家が作っているのだというおそろしいことに……。

私たち国民は、先の衆院選と参院選で自民党を大勝させてしまうという自らの選択によって、
このように安倍自民党政権に、なんでも自由に出来る武器を与えてしまったのである。
よく国の政治は、大きく右にぶれても、必ずいつかその揺り戻しがあり、また振り子は
左に揺れて、それを繰り返してバランスをとっていくものだ…、そんなふうに言われることがある。
確かに戦後の日本は、ほぼ自民党の一党支配の方へ傾きつつも、野党がまだしっかりしていて、
その上、当の自民党内にもリベラルというような政治家や、バランスをとっていくのに長けた
老獪な政治家などもいたりして、仮に一部の人々がスパイ防止法などという危険なものを
持ち出して来ても、それはまずいだろうと引きとめる作用を働かせていた。

今はどうか。
ご存じのように、もう安倍政権を止める力を持った者は誰もいない……
野党とは名ばかり、安倍自民党よりさらに右傾化した野党などもあって、今回の
集団的自衛権の行使のための数々の法案が来春一括して国会審議にかけられても、
おそらくそこでの議論は踏み込んだものにはならず、あっさりと両院を通過してしまうだろう。
…そうすれば、いよいよこの国は、戦後70年にして、憲法で謳う『戦争の放棄』を
有名無実のものにして、戦争のできる国へ、と大きな大きな一歩を踏み出すだろう。
最後の防波堤は、私たち国民自身の『2度と戦争はしないさせない』『平和憲法を守ってみせる』
という強い想いがあるかどうかにかかっているのだが、どうもそれがこころもとない。

「憲法から血のいろがあせた時、国民は再び戦争に向かうだろう」 という
仲宗根政善さんの言葉通りに、
①私たちは、この憲法がどれほど多くの国内外の戦争犠牲者の血と苦しみの果てに
 得られたものか、ということを、
②この憲法の精神を守っていくためには、憲法そのものの中に、
 『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持 しなければならない
 又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。』
 と、すでに先を見越して第12条によって賢くも忠告されている通り、国民が強く自覚して
 これを守ろうとしていかないと、それはたやすく奪われ得るものだということを、
③そうしてそれが、ひとたび奪われてしまったならば、それを取り戻すにはまたどれほどの
 闘いが再び必要で、ときにはまた血を流さねばならないかもしれないことを、
ぼんやりしていて忘れがちである。
或いは、生まれた時から一応の国内の平和と人間としての諸権利が当たり前のように
そこにあったために、そもそもそういうことについて考えてみたことさえない。
それは、例に引くことさえが非礼で鈍感なことだが、今、ウクライナの混乱を思ってみよ。
ガザの悲劇を思ってみよ。

ずっと前、アフガニスタンのどこかの都市の美しかったころの白黒写真を見たことがあった。
どこで見たのだったか昔のことで覚えていないが、『1979年、ソ連侵攻前のアフガニスタンの街』
と、私自身の中では認識していたので、その頃のものだったろうと思う。
ヨーロッパのどこか大都市の街並の一角か、と思うような石畳の美しい街には
涼しげな街路樹が葉の影を落とし、ショーウィンドウのある豊かそうな店が並んで、
そこを人々が平和に行き交っている……そんな感じの写真だった。

…あの写真をもう一度見たい!そう思って折に触れ探しているけれど、あれはなにかの
本の中の1ページにでもあったのか、まだ巡り会えていない。
しかし、こんな写真をネット上で見つけた。

1960年代のアフガニスタンの写真。
http://newclassic.jp/17176

その中に1枚に注目してみる。

40年前のカブール

これはカブール(カーブル)の公園らしい。
その同じ場所の現在の姿はこれだ。

カブール現在の

http://manamana217.blog119.fc2.com/blog-entry-15.html
上記サイトより写真はお借りした。

現在のカブールの状況について田中龍作ジャーナルから。
http://tanakaryusaku.jp/2008/01/000429

アフガニスタンは、Wikipediaなどちょっと読んだくらいではとても覚えられないほど、
複雑な入り組んだ歴史を持った国である。
上の写真を見ただけで、単純にソ連侵攻が悪かった、いや、アメリカの軍事介入のせいだ、
そうじゃないアフガニスタン人の愚かな内戦のせいだ、彼ら自身が悪いのだ…などと
単純に割り切ることなどとてもできない。
この2枚の対比写真の前者だって、西欧の息のかかった作為のある写真かもしれないから、
これを単純に『アフガニスタンが幸せだった時代』などと決めつけるわけにはいかない。
この美しい公園を一歩出れば、こんな欧化された光景ではなく、アフガン人の昔ながらの
暮らしの姿があったのだろう。私たちは欧米人の目と常識で持って世界のものごとを
見がちなので、なにをもって『幸せな時代』などと呼ぶか、ということには意識して
抑制的でなければならないだろう。

…だが、それにしても、度重なる海外の強国からの武力介入やうち続く内乱によって
瓦礫の街と化してしまった現在のカブール(カーブル)の姿は、あまりにも痛々しい。

…この破壊しつくされた街を見て、
「そら見ろ。やはり、他からの武力介入にそなえて、自衛のための武装を強化することや、
集団的自衛権は絶対に行使できるように国内の法律を整えておくことは不可欠だろ。
日本がこういうありさまになっていいのか?」
と勢いづく人々がいるかもしれない。

しかし、ガザの悲劇にしても、このカブールにしても、人間は戦争や内乱などの武力行使によって
幸せになるということなど一体あるのだろうか?
対立は憎しみを生み、一旦武器を取って傷つけあいや殺し合いをしてしまったら、
さらに憎しみは増幅されて、戦闘は泥沼化していくのを、私たちは今、ウクライナの地で
シリアでガザで…偏った報道であるかも知れないにしても、とにかくリアルタイムで見ているではないか?
戦争も内乱も、どちらが勝つにしてもいきつくところまで行ってみないと終わりはしない。
ガザの停戦合意も、あれは合意、ではなく、イスラエルが圧倒的武力の差によって、ガザの街を
徹底的に破壊し、目的を達したから終わりそうになっているだけのことだ。
その間に一体どれほどの子供たちなどの命が失われたことか……

                    *

安倍氏は2015年秋の総裁選で再選されて、長期に政権を担当することに意欲満々で、
このまま行けばそうなってしまうだろう。
さすれば、いよいよ改憲だ!
私たちは、憲法9条だけでなく、今の日本国憲法の国民主権や立憲主義の考え方を
根本から崩してしまい、武器輸出などで積極的に世界の戦争に加担しようとしているこの政権に
立ち向かい、憲法を守りきることが果たしてできるのだろうか?

私も再び声を上げていこう……





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『キャンドル・ナイト 41』

ああ!…もう、一カ月過ぎたのか…
と言っても、長い長い一月だったようでもある。
体調のあまりよくない一カ月で、パソコンにも向かわず。


今月のしつらえは、実は先月使おうと思っていたもの。
嵐の夜に折れてしまった、百合の花に急きょ差し替えたため。

この小さな器。なんでしょう……


2014_0811_222202-CIMG3005.jpg


これ。『香合』というもの。
茶道で、茶の席を設けるとき、香木や練り香を、入れておくもの。
お茶を点てるには、はじめににお湯をわかさなければならない。
そのために炭点前(すみでまえ)ということをするのだが、そのときにお香をたく。
省略してお香を焚かない場合も、お香を香合に入れて飾っておくのだという。

この香合と、お香には、きちんとしたきまりがあって5月から10月までの『風炉』の季節には
白檀や沈香などの香木を漆塗りのものや木や竹などでできた香合に入れる。
11月から4月までの『炉』の季節には、練り香をやきものの香合に入れるのだそうだ。

なに。私は茶道にも全く疎いので、そんなこと全然自分じゃ知らない。
ただ、『香合』というもののかたちや素材の面白さに魅かれる。
これは『青柿』をかたどったもの、と買ったところでは記されていたけれどどう見たって『青い桃』だな。
これは緑釉の焼きものだから、、寒い季節に使うのだな…
それにしては、季節感が合わないような…

なんでこれが気に入ったかというと、小さい頃から、春、夏、青い実がなっていると
心魅かれる性質だからで。
からたちの丸い実は青い宝石のようだし、青い梅、まだ硬い青い桃、青柿…皆好きだ。
夏の嵐の後などに、直径3センチほどくらいしかない青い柿の実が
道端に転がっているのを見つけたりすると、いつでもふと身を屈めて拾ってしまいたくなるのだ。
柿などは無論その実を食するのも好きだけれど、目立たぬ淡い黄緑色の花も、その実が少しずつ
ふくらんで行く過程も、漆の細工のように美しい葉の紅葉も、皆好きなのだ。
おそらくそれは、私が農家の生まれで、小さい頃、生家にも大きな柿の木があり、
また、父母が農作業の間、幼い私は、昔のこととて玩具などない時代、そんな青い柿の実や
ほおずきや、そこらの草花を遊び相手に育ってきたからであろうと思う。

香合と言っても、私がお小遣いで買えるのは高価なものじゃない。
元箱つきで銘のある江戸期のものなどは、それこそン十万円とかするものもあるけれど、
そんなものとても手が出ないし、高いからといって自分の目に適うというものでもない。
私の欲しいものははっきり決まっているので、『鳥をかたどったもの』『木の実草の実をかたどったもの』。
それも、デザインが私の目に適っていなければだめ。値段は関係ないのだ。

茶の湯の世界は奥深く、したがって香合の世界もなかなかに興趣が深い。
遊び心豊かな江戸の頃には、香合の相撲番付のようなものも出されていたそうだ。
曰く。西一段目大関『染付 辻堂』。前頭一枚目『青磁 桃』。……などと。

興味のおありの方は、http://members.ctknet.ne.jp/verdure/katamonokougou/



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明るいところで見ると、今回のしつらえはこんな感じだ。
一緒に写っているのは『てまり草』という花。
変わった花でしょう。カーネーションの仲間だという。
これもまた私が道端に転がっていると必ず拾いたくなるほど心魅かれる青栗に似ているな。
そっと触れるとなんともいえない感触だ。

実は、これは、私の誕生日に娘が買ってくれた花束の一部。


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こんな豪華な花束だった……
大きな赤い百合や大きなうすむらさきの菊…この写真ではよくわからないけれど、
7,8種類の花や葉ものが、娘の目で選ばれている…
奥の方に見えるまだ開いていない百合は、なんと、珍しくも3弁の白百合だ!
普通、百合は6枚の花びらだけれど。

しかし、実は百合の花びらは本来3枚で、外側の3枚は、萼が変化したものだそうだ。
内側の3枚を内花被片といい、外側の3枚を外花被片といい、この構造は、百合など
単子葉植物の特徴なのだという…
この珍しい3弁に見える百合は、その原型を強調した品種ででもあろうか。
へえっ!と思って、名を調べてみたが、見つけられなかった……


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百合も菊もとうに枯れてしまったけれど、この『てまり草』はまだ綺麗なので、こうして切りつめて
ガラスのコップに挿してある…




                   ***

世の中のことに目を向ければ、理不尽への怒りに、胸の内に黒い雲のようなものが渦巻く。
怒りは体の調子に直結するのだということを実感として知る…
東日本大震災。
今も仮設住宅や、自分の家には帰れても汚染の実態さえさだかでない家に
息をひそめるようにして暮らす人々のこころの奥底に沈潜する怒りや不安はいかばかりか…

広島・長崎の原爆の日に、安倍首相の読み上げた慰霊の文章のいい加減さ。
読み上げる方も方だが、昨年の使い回しでいいさ、と年度などを変えて、
殆どコピペと言われても仕方のないようなものを首相に提供した事務方は、
いったいどんな感覚の持ち主なのだろう!
一方、田上長崎市長の読みあげた文章は、多くの人々が真剣に練りに練って書きあげたものだという。
核のなき世界を願う気持ちと戦争なき世界を願う気持ちは同質同根のものである。
ならば、原爆の慰霊祭に集団的自衛権容認のことに触れた長崎市長の挨拶は、
むしろ自然の立派な訴えかけであって、自民党の土屋正忠衆院議員(東京18区)が自身のブログで
「平和を維持するための政治的選択について語りたいなら、長崎市長を辞職して国政に出ることだ」
などと揶揄したことの方が、どれほど恥ずべきことかしれない。
国会議員にならなければ、集団的自衛権を語っちゃいけないのか!
土屋氏は、国会議員であることを特権身分と浅ましい感違いしているのではなかろうか。
国会議員は長崎市長より上の権威、などと思っているのじゃなかろうか。
国民より上の特権階級なのだと感違いしているのじゃなかろうか。
自分が国民から立憲の場に送られた、国民の代表だ、という謙虚な自覚が欠落したひとなのではないだろうか。
私たちは、こういう人物を政治の場に送りこんではいけない…
このごろの政治の劣化は、本当に目を塞ぎたくなるほど。……

それでもひとは生きていかねばならない。
私のような者のひっそりとした暮らしにも、ささやかな歓びや楽しみはある…。
いろいろ紹介したいことは、この一カ月の間にもあったのだが、パソコンは相変わらず
ワード機能が絶不調。ここまで書き、写真を挿入するのに、昨夜から今までかかってしまった。

彼岸花。
またひとつ、年を重ねた……(今日が誕生日なのではありません)




                  ***


                       
心ひとつに キャンドルナイト




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プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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