『キャンドル・ナイト 50』

50回目のキャンドルナイトだ。

…自分でもよく続けて来たものだなあと思う。


風邪をひいて熱と身体の節々の痛みでダウン。
ひたすら眠っていたが、キャンドル・ナイトの写真だけはとりあえずアップしておこうと思って、
庭の紫陽花の鉢から、花びらを一つ…いや、これは萼なのだな、萼を一ひら頂戴して、
小さな器に活けた。
紫色に見えるが、実際の色は、もう少し青みが強い。



2015_0511_223343-CIMG4418.jpg



下に敷いているのは、繊細なレース模様のようなものが織りだされている白い厚手木綿の布だ。
梅雨寒の頃に羽織る一重のジャケットでも縫おうかと思って買ってあるが、いまだに
仕立てずにいる。
紫陽花は、花が終わったら地植えにしてやろうと思っている。

母の日にクレマチスの鉢植えを貰った。
大輪の八重咲きの花。 これも青紫色だ。
『キリ・テ・カナワ』と名付けられたクレマチス。
キリ・テ・カナワはニュージーランド出身の名ソプラノ。まさに名花である。


震災から4年と2か月…。
さまざまな複雑な想いや怒りはまだ消えぬ。
だが、だんだんそれを言葉にするのが難しくなっていく……。
今回のキャンドル・ナイトは、ひたすらキリ・テ・カナワのこの美しい歌声を聴いてもらおうか…







セルゲイ・ラフマニノフ『ヴォカリーズ』Op.34 No.14。
スティーブン・バーロウ指揮。ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団。1994年。ロンドン。











心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。









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『この頃のこと  其の一』


憂愁に閉ざされている春です。
無論多くは政治のことでですが。

でも、身辺にも少し変わったことがありました…

我が家は、築40年近い建売住宅です。
敷地が狭く、隣家とくっつきあって建っています。
(それでもここを買ったのは、北側にお庭の広いおうちがあって、借景が見込めたから。)
40年前ここに入居する時、そのくっつきあって建っている方のお隣との境の目隠しに
カイヅカイブキを数本植えてもらいました。
カイヅカイブキ。針葉樹の一種で、そう…、あのゴッホの絵によく出てくる糸杉に
ちょっと似ています。
40年を経てカイヅカイブキ達は高さ3メートル数十センチにまで成長し、見事な樹に
なりました。枝葉が大きく茂ってそれらがゴッホの糸杉さながら炎のようにうねって。
でも、肝心の目隠しにはならなかった…
杉の木のように枝葉が基本的に上の方に茂るからです…!
樹の性質を良く知った上で熟慮して庭木を選ばなかったのは私たちの罪です。
それでなくても日あたりの良くない庭。カイヅカイブキ達は上へ上へと伸びていきました。
カイヅカイブキは、日あたりの悪い側にはあまり枝葉が茂りません。上へ上へ…、
日の射してくる隣家の方角へ方角へ…と葉が茂っていく。
樹によっては剪定をすれば、横から新しい枝が出てきて樹形をこんもりと整えることが
できるものもある。でも、カイヅカイブキは杉の木と同じで、下枝を払って行けば
下の方から新しい枝分かれを期待することはもうできないのです。
ううん。カイヅカイブキでも、樹の性質を良く知って、もっと小さいうちからこまめに剪定をして
樹形を整えていれば、下の方にも葉が茂るようにできたはずなのです。
でも、放っておいた。
何回かそれでも庭師さんに入ってもらって、隣家の方へ飛び出た枝ははらってもらいました。

しかし、私たちはだんだん老いてきました……
夫は足が少し不自由になったので、庭仕事などができません。家の外周りへの
関心も持たなくなってしまいました…
私が非力ながら脚立に上って、大きく外にはみ出た梅の木の枝をのこぎりで切り、
それを小分けして川べりを行く人にさしあげたことは2年前の記事に書きましたね。^^
でも、大きくなったカイヅカイブキは私の力じゃもうどうしようもなくなってしまった。
前に業者さんに剪定してもらってから数年、枝はまた隣家の方へ大きくはみ出てきています。
常緑樹と言えど、杉の葉っぱに似た小さな枯れ落ち葉が始終隣家のガレージの
車の上にも降ります。南側にも3本あって、それもそちら側のおうちにはみ出ています。
手の届くものは私がちょこちょこ切ったりもしたけれどとても間に合わない…

気になって気になって仕方がなく、また庭師さんに入ってもらうことにしました。
…最初はいつものように剪定だけにするつもりだった…
でも、夫と話し合いました…。
私たちはこれからどんどん老いていく。自分たちで処理しきれないものは徐々に片づけて
行かないとね、と。
そして決断しました。カイヅカイブキを根元から切ってしまうことに…
そして、私が、『廃園好み』、というと聞こえはいいけれど要するに放任主義で、
生えてくるものは生やしておくとこれまでしていたものですから、八つ手や南天や棕櫚竹や
アオキ等が好きなところに好きなだけ伸びていた…それらも思いきって全部整理して
しまうことにしました。
裏の例の梅の木も、一昨年私が頑張って剪定したにもかかわらず、再び道路側に
大きく張り出しているのでそれも思いきって2本ある太い幹の一本は強剪定してもらうことにしました。

今度頼んだ庭師さんは、年は若いけれど、一級造園技能士の資格があるとかで、
樹についての知識も確かそうだった。
見積もりしてもらった他の業者さんは、梅の木の隣の槿の木を、私がムクゲだ、と
言っているのにもかかわらず、「こりゃムクゲじゃないでしょ」と鼻先で笑っていて、
私は『この人に頼んでだいじょぶかな~』と不安になったのでしたが、
今度の庭師さんは、樹を見るなり、私がムクゲと名を口にしなくても裸の木を見ただけで、
「あ~。このムクゲもこっちの南側の幹を残して活かしましょう。こっち側は思いきって
切りましょうね」などと、一目でこちらの希望を察して判断してくれて。
当日は彼が差配して職人さんがほかに二人来ました。一人はベテラン、一人はまだ若いひと。
その二人の仕事ぶりもまことにきびきびしていて無駄口一つ叩きません。
三人はみるみる庭を整理していきました……
カイヅカイブキを切り倒す電動のこの音がブイーンギュイーンとするたびに、部屋の中にいる
私は、カイヅカイブキ達にすまなくってかわいそうで、我が身が切られているように胸が
痛みました……
ごめんねごめんね、ってずうっと心の中で謝り続けていた…
40年も共に過ごしてきた子たちなのです…

カイヅカイブキや大きく育った南天などを切り倒すことで悲しくって仕方がない私の気持ちを
察してくれて、職人さんたちは、優しいのです。
「この木蓮は、この枝がこれから大きくなるように残して、電線に近づいてるのは
切りますからね」
「南天は、ここに小さいのがまた生えてきてるから」
「これで随分明るくなったので、今度はあまり大きくならない、姿の優しい樹や灌木を
植えるといいですね」とか、希望を持たせるような言い方をしてくれるのです。

切られたカイヅカイブキなどは、ゴミ収集車のようなものを持ってきているので、
そこにあっという間に片づけられ吸い込まれて行きます。玄関のドアを小さく開けて、
さようなら、ごめんねと何度も心で言って、涙を飲みこむ私。

9時から仕事を初めて、12時前には彼等は仕事を終えていました。
若い方の職人さんが、最後まできれいに細かいくずなども掃き掃除して行った。
今日はあと2軒ほど回るとかいうことで、彼等はお茶もお昼も断り、爽やかにあっという間に
引き上げていってしまいました。支払いさえあとでまた寄りますと言って、結局
集金に来たのは、あんまり向うからやって来ないのでこちらが心配になって催促して
ようやく5日くらい後になってからのことでした。しかもお値段も他の業者さん達より
ずっとずっと安かった…
なんともまあ、さっぱりあっさりした、気持ちのいい人々でした…

さて。がらんどうになってしまったような我が家の庭。
呆然とします…
それまでがあまりにも鬱蒼とし過ぎていたのだけれど…
風が起き、立ちつくしている私を巻いて、庭をさああっと吹き過ぎていきます…
カイヅカイブキ達は、日蔭も作って庭を小暗くしてはいたけれど、風よけという大きな役目も
していてくれたんだなあ、とあらためて思いました。これからは、この庭を、風はこうして
遮るものもなくまともに強く吹き抜けるんだろうな…と。
電線にかかりそうな大きな枝を剪定されて、だいぶさみしげな姿になった木蓮が、
その吹き抜ける風に大きく揺れています。

カイヅカイブキのあったところには、切り株だけが少し残っている…7本あったその樹の
切り株を、一つづつ撫でて回って、またごめんね、と言いました…
自分で決めたことではあるのだけれど、無暗に寂しいのです。
私たちには娘はいますが、娘たち夫婦は子供を持ちません。
娘たち夫婦が将来この家に住むかどうかさえわかりません。荷物の多い二人には狭すぎるから。
多分この家は、私たち夫婦が生きている間のものでしょう。
それならば、庭も含め、これから少しづつものを片づけていっておかねばならないと思ったのです。
娘たちが片付けやあと始末になるべく困らないように。

政治は大きく変わろうとしています…
私たち夫婦はちょうど、60年安保世代と70年全共闘世代に属しています。
私たちの世代の者たちが良かれと思って守って来たこと、これまで信じてきたことが、
ことごとく覆されようとしています…
心の中を吹き抜けていく寂寥感は、決して、庭木をきれいさっぱり整理しちゃったという
ことだけではない、ちょうどその日が強く風の吹き抜ける日だったせいばかりじゃない、
いわば、人生の寂寥感そのものとでも言っていいような気持に襲われて、私は玄関の
門の外から、庭を呆然と見ていました…


すると!
庭の奥。ちょうど木蓮の大きな切り株のあるあたりで、何か動くものがいたのです!

最初は鳩かな、と思いました。ヒヨかな、とも。
でも、ヒヨドリは、あんな風には地面をこそこそ動きません。
彼は、キイキイ怒りながら飛んでやってきて、また口汚く罵りながらさっと飛び過ぎて
行くタイプだから。
ムクドリかな。ムクドリなら、あんなふうに地べたをつつきまわります。
でも、ムクドリはちょっとおばかちゃんっぽいところがあって。ムクドリは群れるのです。
あんなふうに一羽っきりで、ひとの家の庭にやってきて虫を探したりあまりしない。
ムクドリは川原でいつもよく見るのでその動きは知っています。この鳥はムクと挙措が違います。
それに、ムクドリより、尻尾が長い気がします。嘴や足もあまり黄色くないし。
もうだいぶ日が傾いてすでにうす暗くなりかけた庭で、その鳥は、積もった枯れ落ち葉を
探っては、虫を探しているらしく見えました。
そのこそこそというか…気の弱げなそぶりは…ひょっとして…つぐみん?

つぐみんというのは、ツグミのことです。
まあ、詳しくはここでは語りませんが、知っている人は知っているという…
ある漫画に出てくる鳥のことで、私は、これまでツグミを見たことが一度もなかったので
ずうっと会いたい会いたいと思っていたのです。
私は薄暗がりの中で木の葉をつついては振り回しているその鳥を確かめようとしました。
ツグミは今まで来たことがありません。大きさは大体合っています。
でも、遠くからだとムクドリのようにも見える。ツグミらしい模様が見て取れないからです。
近づいて見たいけれど、門を開けて入れば鳥は驚いて逃げてしまうでしょう。

つぐみんならいいのにな。どんなにかいいのにな…。なんだか胸がきゅうんとしました。
私がこんなに寂しがっているときに…その時を選んだように姿を見せに来てくれる??

玄関に入らないわけにも行かず、鳥は逃げてしまいました。
でも、それから5日ほどの間、彼にもう一度会いたいために、私は庭の木蓮の
辺りに、パンくずやリンゴを出して置いてみることにしたのです。
結果は。
つぐみんではありませんでした。
でもツグミの仲間の『シロハラ』という鳥だと調べてわかりました。たぶん。^^
ツグミの仲間ということで、あのつぐみんの性格や行動とそっくりです。
地べたを飛ばずに歩いては、立ち止まって枯葉の間の虫などを探す…ぼおっと
何ごとか考えてでもいるかのように立ちつくしている…またうつむいて餌を探す…
物音などにびくびくする…。
相変わらず、ヒヨドリが縄張り意識を発揮して、すぐに邪魔しにやってきます。
シロハラは、でも、ツグミよりは気が少しだけ強いみたいで、ときどき反撃していました。

毎日朝が楽しみでした。
雨戸をあけてしばらく部屋の内から庭を見ていると、いつのまにかシロハラが来ています。
誰もいない庭で、うっとりしながら、リンゴをつついています…
パン屑をまいておけば、いつの間にかなくなっています。まあ、ドバト夫婦やヒヨドリも
食べに来ていたのだろうけれど。

…自然って、なんという思いがけない贈り物をしてくれるのでしょう!
あんなに立派に大きくなった、40年来の家族とも言うべきカイヅカイブキを切って、
いわば自然に対して深い罪を犯した私に、そうしてそれを悲しむ私に、
こんな優しい使者を送りこんで逆に慰めてくれるとは…
無論、人間の私の勝手な思いこみだということはわかっています。わかっているのですが、
それほど私は、このシロハラの思いがけない訪問にいわば救われたのです。

ずうっと餌をやり続けたいな…
どんなにかそう思いました。
けれども、カイヅカイブキを切ったのも、そもそもはお隣にこれまでずうっと迷惑をかけて
来ていたということがあったからです。枝が越境するだけでなく、カイヅカイブキは、存外に
一年中、細かい枯葉を落とします。それが両隣のガレージや物置の上に降る。
両隣の人々は優しく、これまで文句など一言も言われたことはありません。
でもそれだけに、すまないと思う気持ちはこちら側に強くありました…。
鳥に餌をやり続ければ、縄張り意識の強いヒヨドリは、一日中、近くの高いところに止まって
見張りをします。そして餌を出さないと当てつけのように糞をします。
ヒヨドリのそうした駄々っ子のような性格は、私は好きなのだけれど、その5日間でもう、
ヒヨドリはここを餌場と認識したらしい。
お隣に鳥の糞害の迷惑をかけるわけにいかない。餌やりはそもそも我が家のような
くっつきあった住宅地では無理です。
あのこはシロハラだっていうことをもう確かめる頃ができたのだから気がすみました。

シロハラの習性はよく知りません。ツグミと同じに、春が深まる頃、シベリアなどに
還るんだろうか?
調べてみると…ああ…やっぱり。春になると、中国東北部やロシア沿海地方に還っていって、
そこで繁殖するんだ…
そうなのか。そんな遠いところから旅して来てるんだなあ…そうして渡りのぎりぎり前に
こうやって我が家を訪れてくれたんだなあ……

勝手な思い込み、とは何度でもまた思うけれども、なぜ、このシロハラちゃんは、
私が悲しんでいるその日に限って、うちの庭を訪ねて来てくれたでしょうか…
いやわかっているのです。きっと彼はそれまでも来ていたのでしょう。あまりにも庭が
南天や八つ手やアオキやなんかで鬱蒼としていたので、こちらが気がつかなかっただけなのでしょう。
それともあるいは、カイヅカイブキなど樹を切ったので、枯葉の下で冬を越した虫たちが逃げだして
それが見つけやすくなっていたので訪ねて来たのかもしれないです。

それだけのことなのだけれど。そうなんだけれど、
私は実は、このシロハラに、何か手を合わせたいくらいの偶然の啓示を感じたのでした。
まだ、前を向いて生きることをあきらめちゃダメ。老い支度になんか早々と入ろうとしちゃダメ。
まだまだあなたの知らないささやかな喜びや出会いがこの世にはいっぱいある…
来年また来るから…来年、また…
そういうことを告げてくれたような気がしたのでした。

シロハラちゃん…


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プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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