『花の記憶』

次の記事に行く前に、ちょっと一息入れようかな。
もうずっといつでも出せるように用意しておいた記事。

こちらにいつもおいでくださる方はご存じでおいでだろうが、この春、我が家では、
狭い庭には大きくなりすぎてしまったカイヅカイブキ達を泣く泣く伐採してもらった。

しょんぼりしていた私を慰めるかのように、その日、訪ねて来てくれた、あの
ツグミの仲間のシロハラ…。
あれ以来庭のこと記事にしてなかったので、その後、彼岸花の住む陋屋の庭は
どうなったんだろうと思うかたもいらっしゃるでしょう…いないかな?

一年の、巡る花の季節もそろそろ終わる。あとは菊の季節が待っているだけ。
ここらで、今年咲いた花たちを記録に残しておいてやろうかな。


2015_0406_142223-CIMG4116.jpg


木蓮。これは昔からいる子。素晴らしい香りがすることを、昨年切り花に
して初めて知った。
高い梢の上の方で咲いているのばかりを見ていたころには、おとなしい地味な
花だとむしろ思っていたのだが、こうやってそばで見ると、なんと妖艶な花なんだ?
いつもカップ状に半ば閉じたまま一日でしおれる花、というイメージがあったのだが、
とんでもなかった…
花は2,3日は咲いていて、最後の方には大きく開いてなんと、さし渡し20センチ以上
にもなる。雄しべ雌しべの形状も、何やら生きものの生々しさがあって、地味どころか
とても豪華で本当に妖艶な花なのだった。
香りも、蠱惑的。




2015_0420_093055-CIMG4204.jpg



もともとうちには、どこからか種が飛んできて居ついたエイザンスミレが
咲くのだけれど、娘たちが自分らのアパートの窓辺に小さな山野草の菫たちを数種類
買っていて、花が終わったのでこちらに植えてくれと言って持ってきた。
それで、菫の一角を作ってやったのである。
真ん中は、矮性のライラック。娘たちが慣れぬ手つきで一所懸命植えていた
野草のすみれ達。ここに居ついてくれるかな。種を飛ばして、春、庭のあちこちに
咲いてくれるといいな。




2015_0423_135823-CIMG4277.jpg



牡丹。この子が我が家で一番昔からいる子かな。いや。木蓮の次だ。
やはり、薔薇とともに、豪華な花の双壁だな。
かぐわしい香りの花はたくさんあるけれど、やはりその上品さ高貴さ
においても、薔薇とこの牡丹が最高じゃないかと思う。



2015_0518_143324-CIMG4429.jpg


園芸種のホタルブクロ。野生の花は、私の父についての思い出の花だ。
来年は、野生種のを植えてみよう。



2015_0524_153009-CIMG4470.jpg


カラーとナルコユリ、シダなど。
この一角には半日陰でも育つものを植えてみた。
シダ類は、あちこちに勝手にいくらでも生えてくる。
でも、一種類でなく、ヒメシダ、イノモトソウ?、ブテリス?など、数種類生えていて
それらが結構美しいので、抜いてしまわず整理する程度にしている…



2015_0527_070815-CIMG4493.jpg


シモツケ。
これとよく似た花だが、シモツケソウは、草本。
このシモツケは、木である。この子ももう20年くらいは我が家にいる。
半日陰でも咲く花。
訪れているのは、コマルハナバチ?
このハナバチは、初夏のひところ、随分長く我が家の庭のあたりに
出没した。朝、5時半ごろ、玄関のドアを開けると、ぶ~んというかすかな
羽音をさせて、この子が、玄関先に咲くムラサキツユクサの花めがけてどこからか
飛んでくる。毎朝だ。
ムラサキツユクサの花の間を忙しく飛び回って、花粉を集める。
私が、花粉を取りに来る競争相手だとでも思っているのか、私が玄関に
出ると、あわてて飛んでくる様子なのがいつも可笑しかった。
そのくせ、私がそばにしゃがみ込んで、ずうっと見ていても気にはしないようだ。

この子は、昼間は、このシモツケと、そのムラサキツユクサの間を行き来して
うっとり花粉を食べていた。他の花が咲いていても目もくれない。
花と虫の関係はつくづく面白いなあと思って、この子の毎日を見ていた。
また来年もこの子に(きっと短い命なのだろうから…。この子の仲間に)
会えるといいな。



2015_0601_080404-CIMG4514.jpg


この薔薇は、ブルーバユーという種類。棘があまりなく葉が綺麗である。
薔薇はとにかく日あたりが必要だろうので、我が家の庭には向かないと
諦めている…のだが。
それでも2種類買ってみた。もう一種類は、香りがいいホワイトクリスマス。
松葉ボタンも父や母との思い出の花だ。これも、日当たりを好むだろうので
今まであきらめていたけれど、苗を買ってきて金木犀の根方に植えてみた。
夏の間、頑張って次々によく咲いてくれた。
写真を撮ったのはもう夕方だったので、松葉ボタンたちはもう花を閉じている。




2015_0601_080642-CIMG4521.jpg


アスチルべ。
この花も私が好きな花だ。



2015_0710_121454-CIMG4797.jpg


我が家の庭にも、夏が来た!
日あたりに乏しいので(家のどこでも、それぞれ朝か昼の2~3時間しか
日が当らない。)これまで、草花というものを育てることを諦めていた
私だったけれど、百合だけは、半日陰でも気にしないようで、毎年
咲いてくれたいた。
今年は、この濃いピンクのや、薄いピンクのや、カサブランカなど
15株くらい咲いたかな。花つきは他のおうちよりは悪いけれど、それでも
百合は大好きだから、来年はもう少し株をたくさんにしてみよう。



2015_0718_190949-CIMG4862.jpg


カサブランカ、だったと思うが、百合たちの中で、一番丈が高くて一番先に咲きそう
だった子が、もうあと少しで花が咲くかな、というころで、つぼみが茶色く枯れてしまった。
虫?病気?
この子も、はなびらに一個所、茶色いところが。


2015_0707_110520-CIMG4763.jpg



初めて我が家で咲いてくれたダリア。これは家の裏の、日あたりの
さらに悪い狭いところで咲いてくれた花。花の終わりがけに切り取って、
キャンドル・ナイトにも登場してもらった。



2015_0708_095816-CIMG4767.jpg


小さな赤いダリア。


2015_0718_191000-CIMG4863.jpg


ダリア三号。七月はこの花だけ。秋の今、また、つぼみの小さいのが
ついてる。ちゃんと咲けるといいな。




2015_0719_090753-CIMG4869.jpg


これが前に紹介したことのあるキリ・テ・カナワという名のクレマチス。
記事にしようと思った時には、花は終わりがけでしおれていたので、
歌姫キリ・テ・カナワの動画だけ紹介したのだった。
貰った時は、植木鉢の支柱いっぱいに枝が絡み合ってまきついていて
どうしようかと思ったけれど、地に下ろして枝を根気良くほぐして
小さめのオベリスクを立ててそこに誘引してやった。
二番花を二つ、咲かせれくれた。





2015_0810_173533-CIMG4917.jpg


白いクレオメ。
和名、酔蝶花。
この花も大好きで。これも父との夏の思い出の花だ。
酔蝶花とは、よく名付けたもので、この小さなろうそくみたいなつぼみから、
まるで本当の蝶がさなぎから出て触角を「んしょ!」と頑張って伸ばすように、
長い雄しべと雌しべが、たわみながらゆっくり出て来てやがてぴんと伸びる。



2015_0810_173517-CIMG4916.jpg



さて。夜顔だ。^^
これは、前は玄関の門扉に絡ませるようにして鉢で育てていたのだけれど、
庭に少しスペースが出来たので、奥の方のフェンスに絡ませるように
庭にじかに種をまいた。だが、そばにある木蓮の木が気にいったようで、
つるが上へ上へと延びて木蓮に絡みついて、今、『私の場所はここよ』
とでも言わんばかりに、3,4メートル上の方で咲いている。
場所が変わったせいか、今年は夜でなく、夕方4時過ぎから咲き始めて
夜中咲いているのに、肝心の花が見られないとは。

夜顔は、10月になってますます元気。
今日23日は、別のところで地面に這って咲いているのを見つけた。蕾がいっぱい。

そういえば、月下美人は、花のつぼみがいくつかついて楽しみにしていた
のだけれど、途中でつぼみがぽとりと取れてしまった…。
なにが悪かったのだろう……



…そうだ。今年の彼岸花もまだ載せてなかったなあ。



2015_0923_165505-CIMG5287.jpg



旅から帰って来た日の翌日。
まだ咲いてるかなあと、裏の川原に出てみた。
彼岸花…あたしの花ですものね。
ちゃんとやっぱり毎年撮ってやんなくちゃ。



2015_0929_230003-CIMG5315.jpg



この花も紹介しておかなくっちゃ。
これは二番咲きで9月末に咲いたダリア。
今は、整理してしまったけれど、我が家の夏の庭は、おしろい花に三分の一
ほどは占領されていた。その陰に、向こう向いてうなだれて咲いていたのを
見つけた。
中輪咲きで花の径は12センチほど。
傍に置いて愛でてやります。^^



2015_0930_081424-CIMG5319.jpg



そうそう。もうひとつ、我が家で初めて咲いた花がある。
ジンジャーリリー。
球根を植えて3、4カ月。葉と茎ばかりぐいぐい伸びる。私の背丈よりも高く伸びたが、
花はとうとう咲かないのかな、と思っていたら、9月になってつぼみをつけて、これは
9月30日に撮った写真。
この花の素晴らしいところは香りだ。とても高貴な芳香がある。



2015_1001_143645-CIMG5329.jpg



10月。
狭いながらも、庭にいろいろ花を植えて楽しませてもらったけれど、
いよいよ今年の花も終わりに近づくな。
今年植えた花たちが、我が庭に居ついてくれるといいけれど。
小さな粒の種を植えて、こんなの育つのかな、と思っていたが、クレオメ(酔蝶花)は、
案外日あたりにもうるさくない子のようで、一旦苗が落ち着くと、あとはぐいぐい
伸びて、庭の奥の方でかれこれ30本ほども育って、夏中花を咲かせて楽しませてくれた。
最後の方の花を切り花にして階下の部屋のテーブルに飾ってやる。
一緒に生けてあるのは、ホワイトクリスマスという薔薇。
この白いバラも、細い鉢植えのを買ってきて庭の奥に地植えした。
白いバラは雨に打たれると弱いと聞いていたけれど、ほんとすぐに花弁がいたむ。
でも、素晴らしい芳香を持つ薔薇なんだ。
まだ細いので、今年は、初夏と秋と合わせても4輪くらいしか
花はつけなかったけれど。
でも、この香りをかいでいるだけで、何の憂いも忘れるほどだ…



2015_1001_172545-CIMG5355.jpg



最後に登場するのは、植えたのではなく、自生してきたホトトギスの花と
秋海棠。秋海棠は、庭の裏の方から横手まで繁殖している強い植物だ。
これも、もう20年ほど前から勝手に生えて来て、我が家に居ついている…
志野焼の、小さな花器に活けてみた。





以下は、今日10月23日に咲いていた花たち。


2015_1023_085010-CIMG5448.jpg





2015_1023_085226-CIMG5452.jpg






2015_1023_085320-CIMG5454.jpg



きみはだ~れ?

…調べてみたら、『藪茗荷(ヤブミョウガ)』というのだった。
この子も自生してきた子。
何かな~と思いつつ、抜かないでおいたら、こんな美しい青い実がなった。

実と言えば、このそばにヒヨドリジョウゴも数本、生えている。
これも、勝手に生えて来たのだが、『ヒヨドリジョウゴだ!』と思って抜かないで置いた。
今は、『碧玉』というのにふさわしい、緑色の美しい実がなっているが、やがてそれが
深紅の玉に代わる。 楽しみだ。





ここで紹介できなかったけれど、他にもいろんな花が咲いていた…。
木の花は、梅。源平桃。紫陽花。木槿。梔子。金木犀。

草花では、一年中けなげに咲き続けてくれたゼラニウム。
ムラサキツユクサに、そうそう、どくだみ。^^
紫蘭、鷺草。娘がくれたレッドパラソル。ジキタリス。
それからこれも私が愛するタマスダレは、今も一つ二つと咲いている…。
おしろい花は、一昨年川べりの崖にこぼれ種から咲いていたものから種を頂戴して来て
植えてみたのだけれど、昨年は、ほんの少ししか花は咲かなかった。
ところが、その種をまた今年植えてみたら、まあ!その繁殖力の強いこと!
わさわさと茂って、あっという間に狭い庭の三分の一ほどをも占領することに
なってしまった。まあ、もともと好きで種を貰って来た花だからいいのだけれど。

政治のことだけでなく、老いの自覚から来る本然的悲しみや、
心配ごと…。
でも、狭いけれども庭に出て、ささやかに次々に咲きだす花たちを見ていると
どんなに心慰められたかわからない。

そう。菊はまだこれからだ…。
我が家らしく、ささやかな小菊たちが咲くだろう。

今日は、昼食をとっていると、窓の外を緩やかに飛んでいくものがいる…
『シジュウカラ?でも、飛び方が鳥じゃないな』と思って、立ち上がって見たら、
なんと隣の庭の朽ちた木に羽を広げていたのは、大きなアサギマダラなのだった!
ええっ!えっ?!!!
あまり驚いて、写真撮るの忘れた!
このあたりで、卵を生むつもりか? それともこれから南に渡りをする?
いずれにしても、我が家などを訪れてくれて、ありがとう!



4月から10月まで。
私の半年の花の季節のご報告。











スポンサーサイト

テーマ : 詩・和歌(短歌・俳句・川柳)など
ジャンル : 学問・文化・芸術

『流星群の夜 2015』

深夜零時 。
パソコンに向かってブログのコメントを書いていると、自室から出てきた夫が、
『あれ?こんばんは流星見に行かないの?』と、笑いながら訊ねる。
オリオン座流星群。
もちろん行きます。これから身支度して出るところです。^^

いつもはタイトスカートの生足だけど、温かい素材のジーンズを履いて、
上は、はや取り出しておいたダウンパーカーを羽織って、毛糸の帽子をかぶって、
熱いお茶を詰めた小さな魔法瓶持って、『A川くん』と名付けた折り畳み式の
ディレクターズ・チェアを小脇に抱えて、さあ、出かけます…

深夜零時の川べりでは、まだ、秋の虫の生き残りが、りーりーり…と、
近くの木立で心細げに鳴いている…
空には上弦の月。
さすがにこの時間では、犬を散歩させる人影もなく、夜の川べりはさみしい。
だが、上の土手の道には街灯が規則的に立って、まるで芝居の画き割のように
道を照らしていて、夜の川原といえども辺りはうっすら明るいのである。
だがまあ、仕方がない。月の光や街頭の灯りが目に入らぬよう、
犬が寝る前に、自分の寝床の上でぐるぐるまわりをして寝位置を決めるように、
チェアの置き場をいろいろ角度試して、最終的にここと決める。

…ああ……
夜と言えど、いろんな音が聞こえてくるものだな…
か細い虫の音。
下を流れる浅い川の水の、小さな滝つぼに落ちる音…
そして、幹線道路じゃ、今、道路のバリアフリー夜間工事の、アスファルト打ちの
転圧機の音が、ダダダダと、高台にある団地群の壁にこだまして返ってくる…。

ああ…見えないな。
小さな短いかけらさえ見えない…
でも、いいんだ。こうして夜外に出て、空を見上げるのは久しぶりだ。
今年も昨年も、一昨年も、…8月のペルセウス座流星群は雨や曇りで見られなかったから。
オリオン座や獅子座の流星群の日は、どうしていたんだっけ…
しょぼんとして、空を見上げる元気もなかったな。
あんなにいつも空を見上げる人間だったのにな。

あたしは、年々、老眼…じゃなくて、近眼の度が進んでいるようで、眼鏡をかけて
いても、あまり遠くが見えない。オリオン座はどこ?
そのうち、オリオン座までが見えなくなるのだろうか…眼鏡買い換えなくっちゃな。

ブログを始めた頃…あたしはもっと情感が艶やかだった…
それを変えてしまったのは、3.11だ。
自然の力のものすごさと、人間の愚かさに絶望してしまったんだ…
あの、次々飲みこま・・・・家々… 次々に崩壊していく原発建屋……
あの悲劇を経験して、それでなお、この社会と人間の性根が少しもよくならないって
一体、どゆこと?!

でも、楽しいことだってあった。
直近は、9月の旅だ。私はそこで、一人の老婦人…おばあさんと知り合いになった。
彼女は、山あいの部落に一人暮らし?
今夜の夕食は、彼女が送ってくれたじゃがいもを、彼女の教えてくれた料理法で
揚げ煮にした。甘い地味噌と少々の醤油を香り付けにからめて味付けする素朴な料理。
同じく送ってくれたモロッコインゲンを、やわらかく茹でて、アンチョビと炒め合わせた。
主菜は、さんまの塩焼き。カボスと大根おろし添え。
美味しかったなあ…料理の腕がいいんじゃない、おばあさんの作って送ってくれた
野菜と、そのこころが美味しかったんだ!
なんで、たった一回きりしかあったことないのに、こんなに懐かしい人なんだろう…

ああ…空は深いなあ……
晴れた夜空は、なんて優しいのだろう…
このままここで眠っちゃったら、気持ちいいだろな。
…寒くはない…。

ピ!ピ!と、二回、電子音が、少し離れたいずれかの家からしてきた…
携帯?と思ったけれど、そうか、あれはお風呂のお湯の温度を上げるか下げるか
した音だな、多分。
一家の主人が仕事から帰ってきていまお風呂に入ろうとしているのかな。
それとも主婦がしまい湯をしているか…
『しまい湯』などという言葉もそのうち死語になるのだろう…

上の道路を、空のタクシーが、ゆっくり通り過ぎていった…
私が、夜の川原にいるのに驚いて、ゆっくり確かめて、通り過ぎたのだろう…

そっか。かれこれ一時間…そろそろ引き上げる潮時かな。
夫が心配するだろう…



…結局、この夜は、眠れぬまま。
4時にもう一度完全装備して、再び川原に出た…
そして、一つだけ。いつもの、はっとするほどくっきりしたものではない、細い流星だったが、
北の明け方を待つ空から、南の方角へ消えていく流れ星を見た…




  

『これからどうする?』

腹の立つ問題がなんと多いのだろう!

あのようにして決められてしまった安保法制(『戦争法案』、と私は呼び続けるぞ!)。
周囲30キロの住民の反対の声を無視して再稼働に至ってしまった川内原発1、2号機。
沖縄県知事翁長氏は、地元民の反対の声を無視して辺野古基地建設を進める
政府の横暴に対し、辺野古沖の埋め立て承認取り消しの手段でもって対抗。国は
これに全面対決の姿勢を示している。
その実体が国民には良くわからぬまま一応各国合意、というところまで行ってしまったTPP。……

与党は、これらについてつつかれることを、臨時国会を開かない、という方針で
のりきろうとしているようだ。

もし開けば、先の安保法制議決方法の正当性を疑う声が再び噴き上がり、TPPの
さまざまな取り決めへの追及、また新閣僚の不祥事などへの追及が野党によって
激しく行われることは必至。
国民の怒りも再び燃え上がり、それは来年の参院選にも悪影響を及ぼすだろう。
臨時国会は、安倍首相の外遊の日程の調整がつかないということを理由にして、
開かないままに越したことはない。開いて何のメリットも与党にはない。
なにもかもうやむやにして、忘れっぽい国民が忘れてくれるのを待つのが最善。

そう与党は考えているのだろう。
野党も国民も、それでいいのか?
上に挙げたような事案は、本来それ一つでも、与党を厳しく追及し、退陣に追い込むに
足る重要な問題ばかりだ。
もしこのまま臨時国会が開かれず、年度内に通常国会しか開かれなかった
ということにこのままなれば、それは戦後初めてという異例な事態であるのだという。
安倍外遊と、上に挙げたような重要問題に関し臨時国会の場で国民に『丁寧に説明する』
こととは、どちらが大事なのか。要するに、追及を怖れて避けているのだと思われても
仕方あるまい。
野党6会派は、政府・与党に臨時国会の開会を要求することで一致。与党が
これに応じない場合は、衆参いずれかの議員の4分の1以上の要求で政府が臨時国会
召集を決定しなければならないとの憲法53条の規定に基づく要求を行う方針だという。

思えば、この政権は、集団的自衛権行使の閣議決定、法制局長官人事の慣例無視、
『日本国民』が納めた『厚生年金』と『国民年金』の保険料を管理運用する
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の人事を一新、政府の息のかかった
人物に入れ替えて、『日銀』と共に株価上昇を下支えし安倍政権を援護するように
するなど、ほんとうに何もかもやりたい放題である…。
与党が選挙で圧倒的多数を得れば、それはなんでも思うままにやっていいということなのか?

私たちは一度、選挙で、ある党を勝たせたら、それはその多数党が作る政権に
全権を委ねたことになり、それを何をしても止めることは出来ないのだろうか?
選挙っていったい何なのだろう。

思い返せば、2009年、私たち国民は、長年続いた自民党政権下で生じた
金権体質や官僚支配、派閥抗争や世襲議員の大量発生、などなどといった
もろもろのどうしようもない膿とか澱のような淀んだものを、自民党を政権から
外すことによって掃除したいという願いを持って、民主党政権を誕生させた。
だが、その民主党政権は、政権運営に不慣れな故に、官僚政治からの脱却を
謳いながら、結局は官僚の知識や経験にどうしても依らざるを得ず、その意気込みは
脆くも失敗してしまった。
また、民主党という政党そのものが、右から左までの主張を持つ議員の寄せ集め
であったところから、『自民党と違う政治をしてほしい』という国民の切なる願いを
真にくみ上げることが出来ず、野田政権下における原発再稼働や、鳩山政権の
沖縄の基地政策をめぐるドタバタ劇の結末が示すように、結局は民主党も自民と
同じことしかやらぬのかやれぬのか、という失望を多くの国民に与えてしまった……

考えてみれば、消費税増税も、TPP参加も、尖閣諸島の国有化から発する中国との
軋轢も、民主党政権下で始めたことである。
さらには、鳩山、菅、小沢という3人の大物中心政治家たちが、三つ巴になっての
脚の引っ張り合いと批判中傷と、果ては分裂劇に至るに及んでは…
そりゃ、国民の愛想も尽きようというものである。
その上、東日本大震災が、民主党政権下で起きてしまった!・・・・・・

国民の失望感は、民主党に期待していただけに大きかった!
民主党、とりわけ代表を務めた経験のある4人の政治家の罪は重いと言わなければ
なるまい。
国民の怒りは、2012年、衆院選での民主の大敗と自民党公明党の政権復帰、
という民主党にとっては大変厳しい選挙結果となって表れた。
安倍政権が復活。その後の動きは、(私は、語りたくもない)……

しかし。客観的に、少し考えてみよう。
私たち国民は、民主党政権にあまりにも厳しすぎたのではなかったろうか?
こんなことを言うと、私彼岸花が、民主党支持者なので、民主党弁護をいまさら
やっているのだと思われるかもしれないが、私自身は、投票先はいつも共産か、
かつてはあの社民であった。実は民主に入れたことは一度もない。
だから、私はこれを、純粋に、日本の政治への憂い、ということで書いている。

安倍政権がこの3年間にやって来たことを考えてみよう。
民主党のそれと比べて、どっちが悪辣であり、国民を裏切っているであろうか?
原発のことを考えてみよう。私は野田政権の再稼働決定とエネルギー政策を
厳しくここでも批判してきたけれど、少なくともまだ、野田政権は、民意を掬いあげる
ポーズくらいはした。エネルギー比率についての公聴会、意見聴取会も、各地で開き、
首都圏反原発連合の代表者と会うなどもして、30年代には原発ゼロを約束もした!
比べて自民党はどうか。もう、原発ゼロなどどころか、原発を基幹エネルギーと
位置づけ、長期的には原発依存度を、20~22%に『減らす』と言っているが、
それはただ、老朽化した原発は使えなくなるというその数字にすぎない。

消費税増税はどうであろうか?
民主党政権下で、自公と合意を見た消費税政策は、『社会保障との一体改革』
であったはずだ。だが、自民党は、その合意を今は忘れたかのように、『社会保障のため』
という当初の目的は脇に置いて、ひたすら大企業に便益を図ってやるための
国民への消費増税押しつけにエネルギーを注いでいる。
消費税の増税分は、大企業の減税で相殺されてしまうのだ!
消費税は1989年4月に、国民の大反対を押し切って導入された。2014年度までの
26年間で消費税による税収は282兆円。一方、この間に法人税収は255兆円も
減っている。国民に増税して、大企業には減税する。これが、自民党が長年やって来たことだ。



消費税増税と法人税減税

実はこのグラフは、前にも一度紹介したことがあります。
その記事を、次の記事として再掲してみようかなぁ。そこには私の問題意識が
ほぼ籠められていますから。


肝心の社会保障費は弱者への配分分を今よりさらに削り、国民に不便と我慢を
強いることばかり考えているのが今の安倍政権ではないか!
思い出してみよう。2010年。総理に就任したばかりの支持率の高い時に消費税増税
を言い出した菅政権は、国民の怒りを買って支持率低下。直後に行われた参院選で
国民は民主党に批判票を投じ、与党は過半数割れ。衆参両院のいわゆる『ねじれ』
を生みだして、以後、民主党政権はますます政権運営に苦慮せざるを得なくなっていった…
だが。記憶しておいでだろうが、民主党は、少なくとも増税と社会保障費は一体改革する、
即ち、消費税増税分は増え続ける社会保障費に充てる、と言っていたのだ。
自民党政権になってどうだろう。社会保障は5~8%への消費税増税によって充実してきたと
国民は実感できているだろうか?
むしろ逆に締め付けばかりが厳しくなっていっているのを感じていないだろうか?

同じ消費税増税を言い出した菅政権には厳しいお灸をすえて、消費税増税は社会保障の
充実と一体改革という民主党との約束などすっかり無視し大企業減税にこころを向けて
社会保障に背を向ける安倍政権には批判票を投じない(棄権という形もあって)。
敢えて言わせてもらうが、国民のバランス感覚は狂っていはしないか!
私はただ自民党憎さのゆえにこれを言っているのではない。
政治を良くしていきたいからこういうことも言ってみるのだ。
今朝の朝日新聞では、安倍内閣支持率は、5月以来の40%以上を回復。
はあ~~~……溜息である……
これだけ無茶苦茶をやっている政権の支持率が下がらない。一方自分たちが期待を
託した民主党の失敗には、時間も与えなかったばかりか袋叩きである。
民主党は無論批判されて当然のようなことをしてきた。だがしかし、安倍政権にこれだけ
猶予を与えて、なぜ、民主党にはかくも厳しくNO!を突きつけ続けているのか。

話を元に戻そう。
政府が目指す根本理念はどうであるか?
民主党菅政権の謳い文句は、『最少不幸社会の実現』、で、あった。
なんだかな~の謳い文句ではあったが、気持ちはわかる。不幸な人が少しでも
少なくなるようなそんな社会を作ろうというのである…。
一方。安倍政権の、2013年参院選の目玉政策は、『成長戦略』。その柱として、政権は、
『世界で一番企業が活動しやすい国』というスローガンを打ち上げた。
企業減税を通じて外国資本の呼び込みを図る一方、労働力の規制緩和を進めて、
企業活動をしやすくするということである。
ああ…!労働力の規制緩和!これがどれほど私たち庶民を苦しめていくことに
これからなっていくことだろう!
無論、公平のために言っておくが、安倍政権の公約はそればかりではなく、
女性の輝く社会とかいろいろ言ってはいたが、その本質は、大企業のための
政治、ということであろう。
大企業が潤えば、いつかそれのトリクルダウン(滴り)が社会の末端にまで及ぶ。
そういうことが言われていたけれど、私たち庶民はそれを実感できているだろうか?
安倍政権の手厚い大企業保護。それに応えるように、経団連は、昨年8月、
民主党政権下では止めていた政治献金を復活。安倍政権と大企業の蜜月は、
これから先もますます深く密接に続いていくのだろう…

TPPもそうだ。TPPに関しては、民主党もほぼ賛成の立場だが、少なくとも
安倍政権のように、12年の選挙向けポスターには『ウソつかない。TPP断固反対。ブレない』
などという農政族議員や自民支持基盤の一つである農協組合員などの
反対や反感を招かないそれだけのための公約を掲げておきながら、選挙が終われば
平然としてアメリカに農業も日本の保険などのインフラも売り渡すようなTPPを
推進するような大ウソはつかなかった。

沖縄辺野古基地の問題もそうだ。
沖縄の負担を少しでも減らそう…海外移転を目指そう、という鳩山氏のもくろみを、
これはもう、国民までが実現不可能な虚妄として、その変人ぶりを笑い者にした…!
国内の他の県に移転、という案も、沖縄に同情はするけれども、うちの県だけは
ごめん!という国民のエゴで成り立たず。
私は、なぜ、鳩山氏がかくも笑い者にされるのか全然意味がわからなかった。
原発ゼロを明確な政府の方針にし、浜岡原発を運転停止要請した菅元総理は、
『市民運動上がりの政治家』と、朝日新聞天声人語氏にまで揶揄された。
彼等の言い分は、まったく正しかったのではあるまいか?
後になって、鳩山氏の意図は、アメリカによってでさえなく、アメリカの意を汲む
日本の外務官僚の意図によって潰されたのだということが、外交文書によって
わかってきた……

民主党政権下で経産大臣を一時務めていた鉢呂吉雄氏は、福島の子供の
年間被ばくを1ミリシーベルト以下にするよう働きかけた人である。
なんと、暫定基準値は、彼がそうする前も辞任の後も20ミリシーベルトであったのだ。
彼はまた、総合資源エネルギー調査会が、彼の赴任前は15人のうち3人が原発反対派で
残りの12人が賛成派であったことに反対して、賛成派と批判派が半数ずつに
せめてなるように経産大臣としての意志を働かせるつもりでいた。
その矢先に『死の町』発言で、マスコミから葬り去られてしまった…!
福島の除染のゴミの中間処理場問題で『最後は金めでしょ』と言った自民党
石原元環境相に比べて、なんと彼は人間らしい人であったか!
その後も続く自民党議員たちの失言暴言の数々を思い出してほしい。
マスコミを恫喝まがいの発言をしたり、法的安定性は関係ないなど…
即辞任と、マスコミや国民に大騒ぎされてもいい議員がたくさんいたではないか。

なぜ、かくも、国民もマスコミも、民主にはあれだけ厳しかったのに、自公の
ひどい政策やウソには甘いのか。
私にはそれがどうしてもわからない。

私は、自民に代わって政権を担当し得る政党は絶対に必要だと思っている。
二大政党でなくとも良い。連立政権でもまあ仕方がない。
自民の一党支配をこのままに続けさせるのは、絶対に良くない。
いや。自民だけに限るまい。およそ一党支配が何十年も続くというのは
いいことではないのである。
ましてや、かつての自民党のように党内に長老政治家などや考えかたの
多少違う勢力などもいて、党内野党、というようなものが多少は政権の暴走に
ブレーキをかけるような、そんな自民党では今の自民党はない。
安倍氏と少し違う視点を持とうという若手の勉強会は潰され、もう誰も安倍氏に
NOと言えない、そんな自民党になり下がっている。
安倍政権の強みの一つは、人事権だ。日銀総裁人事、内閣法制局長官人事、
GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)人事…。そして内閣関連人事。
安保法制の決定のやりかたに疑問を呈した小泉進次郎氏は、安倍氏の一派とは
もともと少し距離を置く立場にあるが、今回の人事で、彼は党の農業分野の
政策議論のまとめ役となる農林部会長に任じられた。
誰も、今、やりたがらないポスト! それはTPPがほぼ妥結の方向に向かう
中にあって、日本の農業の未来に悲観する農業者、それらに支えられている農政族
議員から、一番激しく突き上げられるポストだからである。
自分につき従うものには甘い飴。批判的な者、将来党内で小うるさい存在になりそうな者は
冷遇または難しい、ポストを与える。



民主主義の対語は何か。権威主義である。
独立して自由・平等な国民が主権者であるのではなく、権威に服従する個人や
社会組織の姿勢、思想、体制をいう。
独裁的・専制的・全体主義的な性格を帯びる。



私たちは絶対的権力を握ってしまった政権の暴走を止めるために、これから
一体何が出来るのであろう?
時の一内閣が自分たちの恣に政治を行うという暴走をさせないようにするため、
ほんとうは二重三重の縛りがある。
一つは、国会である。国会議員が自分の属する党に党議拘束されることなく、
この国の立法権を預かっているのは自分たちだ、という自覚を持って、自分の
人間としての良識に従って仕事をしてくれるならば。
だが、実際には、衆院はその最大党から内閣総理大臣が通常出るので、
行政権を持つ内閣と一体化していることが常である。また、参議院も、いわゆる
『良識の府』の役割など今は果たしていない。『ねじれ』状態にあれば、まだ
政権の暴走を止められるが、今は、衆参両院で自公が圧倒的多数を占めているから。
このことは、強く言っておきたい。一院制など絶対にダメだ!
『決められる政治』の怖さを、国民はもっと知るべきだ。
一つは、党内野党、と言われる人々の存在である。かつての自民党には、政権が暴走しても、
それを諌める長老などが数多くいた。今、公明党は、そんな役割を全然果たしていない
どころか、『一応公明党の意向も聞いた』という、政権の批判のガス抜きとか弁明の
手段にしかなっていない。
一つは、内閣法制局長官、という内閣内の、法に厳密でうるさい存在である。
一つは、ジャーナリズムの批判の目と言論である。

今、内閣の暴走を止めるこれらの歯止めが一切効いていない!

しかし。代議制民主主義の国にあっては、いつの時代にあっても、どの政権に対しても、
一内閣の暴走を止める最大かつ最強の歯止めの力は、国民の一票が持つ。
悲しいことにしかし、民主党政権の失敗を見て、私たち国民は、選挙によって
国を変えようという希望を挫かれたしまった!
そのがっかり感は、単に政治上のことだけでなく、いわば、この社会のあらゆる変革
への疑いとなって、この国の民の、ものを信じるこころに傷をつけたのではあるまいか。
どうせ、世の中は変わらないものなんだ…という挫折感とあきらめを生んで。
そういった意味でも、『自民党と違う政治をして』という国民の願いを真に掬い上げる
ことが出来なかったばかりか、このような喪失感を蔓延させてしまった民主党の
罪は、政治上のことで考える以上に大きいと言えよう。

しかし。もう一度皆さんに問いたい。
ただ一度、民主党への政権移譲が失敗したからと言って、政治そのものに
絶望して、一票を投じるという行為の持つ力までを放棄するのか?
国会議員や内閣の成員の一番怖いものは何であろうか。
デモか。評論家の政党批判か?
それは、『票を失う』ことである。自分が『落選する』ことである。
そんな政治家しかいないのかと思うのは、情けないことだが。

『票を投じる』という、ほとんど唯一の、国民の政治への直接参加の権利を
放棄して、政治への関心を捨てて、いったい何が生まれるだろうか?現に生まれただろうか?
民主党が失敗しても、その失敗に懲りずに、それならば、民主党も含めた野党を
鍛え上げなおして行く、というのも国民の役割じゃなかろうか?
(その点で、私は、SEALDsを評価するのだ。SEALDsについては、若さゆえの数々の
失敗はこれからもあるかもしれないが、あの若者たちが野党の党首代表達の
尻を叩き上げる…、要するに政治は国民がやるんだぞ、という自覚…
それを見せてくれただけで、私は、彼らをこれからも見続け支えていこうと思っている。)
或いは、既成政党に期待しおんぶにだっこ、というのでなく、自分たちの中から
新しい政治家を育て上げていく、ということも絶対にこれからは必要だ。
一回の失敗に懲りて、政治への関与をあきらめる…
そんなひ弱な国民でいいのか。

私は、とりあえず、なんとしても来年の参院選で、自公、プラス維新の一部、
改革、元気、などが、過半数を取れないよう、落選運動をすることだと考えている。
期待をかけた民主党の、あのダメさにつくづくがっかりさせられて、選挙そのものに、
深い絶望を抱いてしまった人々の気持ちはよくわかる…
ほんとうによくわかる。私自身もどれほど絶望しているかしれないからだ。

しかし、考えてみよう。
自民から民主に政権を渡すという大転換を実現したのは、国民の一票であった。
2010年、消費税増税を言い出した菅政権に、参院選できつ~いお灸をすえたのも
国民の一票であった。
そして、2012年。安部自民党に再び政権を託したのも、また国民の一票であった。
国民の一票の力は、かくも大きく強いのである。
それはもう一度、いや、二度三度…出来ないわけがない。

2009年、民主党に期待した時のような、国民の希望を託す受け皿が今はない?
それが、私も悩みだ…………ずっと……

だが、手を拱いていても仕方がないと思うのだ。
野党6会派に働きかけを強めて、なんとしてでも、参院選で選挙協力させること。
立候補者を互いに調整し合って、一人でも多く反安倍の野党議員を増やし、反対に
自公などの議員を減らすこと。
だが、そうしても、野党が参院で過半数を取ることは大変だ。
2009年、国民の意志が大きく反自民!へと動いたときのような、勢いと流れが
必要だ。

どうしたら、その流れは作り出せるのであろうか?
私は、それは、『安倍政権、いやだよね』という想いを、しみじみと国民が共有することに
かかっていると思う…
そのためには、上に縷々書いてきたように、安倍政権になってから私たちが奪われて
きたものを、国民がしっかり知ることが大事だと思う。
私たちは戦争をする国になってしまった。これは、自国民が傷つくという問題だけじゃない
他国の子供たちなどまでを無差別に攻撃する国々の一員になるということだ!
言論はどんどん不自由になりつつある…忖度の空気が国中を覆う。
安倍政権唯一の売りである経済政策。だが現実の我々の生活は良くなってはいない。
経済は言ってみれば、株価が上がって、一部富裕層が潤っているだけである。
その株価上昇だって、国民の厚生年金や国民年金まで投資につぎこんで、市場操作に
一役かわせているのだ。
もっともっといっぱいあるでしょう!この政権のして来たことは。
私たちから奪おうとしているものは。
選挙に勝つための戦略を練らねば。
受け皿を私たちが用意させようじゃないですか。

選挙といっても、どうせまた負けるんでしょ…。
負けたら、またリベラルはくしゅ~んとしてしまうのでしょ。そして内部対立を深めて
分裂していくのが落ちでしょ。

そうなるかもしれない。だが、それで今からあきらめてどうなるのでしょう。
負けても負けても立ち上がる雑草のような強さがなければ…。

選挙やデモに行っても仕方がない。そのあきらめは、なにを生むのでしょうか。
どこにつながっていくのでしょうか…。
私たちがそこから脱したいと思った、自民党の一党支配にまた戻っていくの?
もっと悪くなった自民党に?




私は、選挙に行く、ということの他に、私たちが同時進行させていかなければならない
ことがあると思う。それは、明日の政治家、明日の選挙民を育てていくということだ。
…これは時間がかかる……。
とてもかかる……

でも、それを、次の選挙で勝つという短期の目標と共に、同時に考えていかねば。
友の一人が言ったように、本当の自覚ある独立した個々人を育てていくのでなければ、
人気不人気、その時々の風向きで選挙行動やバッシングをするような国民では、
仮に安倍政権を倒しても次に大きな風が吹けば、容易にそちらに靡く。
あの、悲惨な日中・太平洋戦争をこの国に、そしてアジアの国々にもたらした
日本の軍部の暴走は、『満州国』建設にしても、太平洋戦争突入にしても、国民の支持が
その背後にあってマスコミを大きく動かし、軍部と政府に決意を促した側面があったのだ。
国民は、軍部の単純に言うところの『被害者』であるだけでは決してなかった。
国民もまた、加害者の一員であったということを、私たちは直視しなければならない。

時間をかけてでも、政治的に成熟した個人を育てていくこと。

選挙に行くことも、デモに行くことも、思索を深めることも、ペンでもって戦うことも
ネットでもって発信することも、じっくり人を育てていくことも……
そのどれというのでなく、みんなやればいいじゃないかと思うのである。
自分にできることをそれぞれが自分の意志で、一つ、または複数同時に、自由に
しかしねばり強くやっていく。
理屈を振りかざすのではなく、ふわっとつながるのもいいし。
体を動かす実践活動で想いを広げていくのもいいし、要するになんだってありなのだ。


なお。選挙制度については、いずれ大きな改革が絶対必要だ。
一票の格差是正ももちろんだが、各党の得票総数と実際の獲得議席数との間に、
今のような差を生む方法はおかしい。
だが、その選挙制度改革を、当の国会議員や、その恣意が通る諮問機関にゆだねる
のでは、自分たちの保身のために思い切った改革が出来る筈がない。
公平かつ深い知見と思慮に富む第三者機関が改革案を作り、それをまた国民も
納得できるような議論の末に決めるということにしなければ。
どうして日本という国は、概して、そのような純粋に独立した諮問機関、調査委員会
とかいうものを作ることにおいて駄目なんだろう。いつも、その当該上位官庁などの
意を汲むお手盛り機関に陥りがちだ。
辺野古で国が進める工事を環境面から監視する専門家委員会の委員3人が、
就任決定後の約1年間に、移設事業を受注した業者から計1100万円の寄付金を
受け、他の1委員は受注業者の関連法人から報酬を受領していたことが、昨日
明らかにされたばかり。これも全くのお手盛り受注だったという。

要するに、この国の末端まで蔓延している自分本位と職業倫理の欠落、それを
許す、ことなかれ主義…。
それを国民一人ひとりがぎりぎりと直視しなければ、この国はいい意味で本当に
成熟した社会は作っていけないだろう。無論、この私自身も、だ。
(『成熟した』というのは言葉のあやですからね。大人がいいと言っているわけではない。)

そういうことに関連し、ずっと考え続けていることがある。…
それは、地方議会…町村レベルの議会議員を、ボランティア制にするということだ。
これはスウェーデンなど北欧の一部の国では、県議会レベルまでなどで実施できている。
無論、これには数多くの課題があろう。
まず、無報酬もしくは低報酬になったら、そんなもの引き受ける人がいるのかという
問題だ。仮にいたとして、それならば議員も食べては行かねばならないから生業を
他に持つ。ということは、議会は夜や休日に開催するなど、システム、環境作りが
とても大事な問題になる。
その他にも、決まった人しかなり手がない、ということはそこにやはり利権とか
腐敗の芽が出てくる危険性があるとか、問題点はいくらも出てこよう。
だが、実際にやっている自治体は、世界にたくさんあるのだ。

ここで、上の問題に関して議論する際に、根本的に基礎として考えておかねばならないことがある。
それは。
そのような国では、地方政治のアマチュアの精神を大切にしているということ。
『素人の政治』を当たり前と考える下地が社会にあるということだ。
『素人』がやっているからこそ、現場の声、市民の声が議会に届くという大きなメリットがある。
言わば、市井に生きる人々の生活実感が政治に反映されるのである。
そして。さまざまな職業に就いている一般市民がボランティアで行う仕事だから、
そもそも高額な報酬など求めないし、お金のためにすべき仕事ではないと
考えている一般市民が、議員になっているということだ。
そういう意識の違いがそもそもある。

そして。住民の意識の問題の他に、そういうボランティアを支えるための行政の機構、
例えば市民オンブズマンなど行政をチェックする仕組み、またそれを支える職員などの
仕組みがしっかりできているということ。
そういう点で、今の日本にこの制度をすぐに持ち込もうとしても、無理だろう。

『議員がボランティア制で、無報酬かつなんの個人的便益もないとなれば
一体誰がそんな面倒な役割引き受ける者があるか?』
まず、そう笑う人が多いだろう。
日本では、議員職を生業としている人が落選すると、即、無職、ということになって
人生設計が狂ってしまう。だから落選はどうしてもしたくない。また、議員職に絡む
役得は多いだろうし『名誉職』でもあるから、地位にしがみつこうとする人間も
出てくる。そして、その、非常に美味しい汁を吸える地位を自分の代で終わらせるのも
もったいない。子や孫に継がせよう、継ごう、という世襲議員が多くなるのもありがちだろう。

無論、日本にだって立派な議員さんたちはたくさんいる。
だが、いつまでたっても絶えない、議員たちの汚職や汚職すれすれの行為や疑惑。
(新閣僚にもまたしても!)
そういう仕事より地位や金の疑惑で話題になることが多いというような議員にまた投票する人々…

結局、成熟した政治の仕組みを作るためには、議員たちの良心の問題だけでなく、
国民自身に選ぶ目がなければならないということ。
このボランティア制度が実現できるようになるには、それのための、社会の意識の
下地が出来ているということが必要であろう。
無理無理……?

しかし、国民の意識がそこまで行かなければ、ほんとうに多くのひとのための
いい政治など出来はすまい? ボランティアじゃ誰もやるもんか、とばかにして
笑っているようでは。
よく政治家で、『あんな政治の素人に何が出来るか』などということを口にする人がいる…
それでは、その政治のプロたるあなたは、どんな素晴らしい活動を国民のためにしているのか?

前にも何度も書いたけれど、この国に、『市民運動』を特殊な人々のやる
特殊な活動と思うようなそんな人々が多い限り、この国の政治は良くなるまいと思う。
『市民運動』は、国民市民に与えられている正当な、政治活動の権利である。

市民一人ひとりが、政治は自分の生活に直結しているのだ、ということを自覚して、
それをしっかり見つめ、悪いことは悪いと言える目を持つこと。
政治をもっと身近なものにみんなでしていくこと。
そうやって、政治を普段から自分に引き付けて考える訓練の出来た人々が、
実際にボランティアで町や村の政治に関わっていき、そこで得た経験やノウハウを、
やがてより大きな国政の場で生かしていくという…そんな国になったらいいなぁと
夢見るのである。
今のところは、荒唐無稽な夢にすぎないところが悲しいが…。

もちろん、国家と言わず、どのような集まりにも、どんな組織にも、どんな方法にも、
矛盾や不合理や不正は生ずるだろう。
しかし、それを正す力を私たちは持っていたい。
それには。確かに。
上からの強制や『ねばならぬ』の押しつけだけではそういうものは育っていかないかも。
ひとりひとりが、自分の思考で、実践で、こつこつと、そういう精神を養い積み上げて
いくしかないのであろう。

『地方自治は民主主義の小学校』とも言う。
そういう政治的集まりだけでなく、自治会、町会、…そういったところから、
『あなた任せ』を止めて、楽しい地域社会を作っていこうよ!というのに
参加してみるのもいいかもしれない…

無論、孤独に、考え抜くというのも大事だろう…

要は、なにが方法として正しくなにが間違っていると選別化を進めていくのでなく、
誰が正しく誰は間違っている、というようなむなしい内部批判に陥るのではなく、
個々人が、自分の意志で出来ることはやるという、いわば下からの根気を要する積み上げと、
すでに出来上がっている仕組みを皆でチェックし改善していくことのいわば上からの
改革とを…同時に進めていくことが必要なのではあるまいか。
そして、その過程では(長い過程となりそうだ……)、異物、異論と思うものも
真っ向から否定するのではなく、話し合いを積み重ねて小さな一致点からでも
理解を深めるということが大事なのだろうなあ…と、自分の性格を反省しつつ
深く思うのである。

私は、とにかく(とにかく、という言葉を私はよく使うなあ!きっと生き急いでるんだな。笑)、
大きくまとまりたいのだ。

失敗を恐れずに。

























『キャンドル・ナイト 55』

もう、55回目のキャンドル・ナイトか……

今日はどういうセッテイングにしようかなぁ…
もう、いろんな花が咲き終わって、これから咲くのは、菊たちだけである。
ホトトギスも秋海棠も終わってしまったし…

でも、先ほど庭に出て見ると、自転車の陰にこんな子が咲いていた。
小さな小さな朝顔。こぼれ種から生えて来たものらしい。
花の直径2.5センチほど。かわいい……

夜まで待つとしぼんでしまうだろうので、夕方4時半、早めにキャンドル
灯してみた……



2015_1011_165511-CIMG5431.jpg



小さな朝顔も、小さなろうそくも、小さいもの同士で喜んでいるように見える。

花…いや、植物ってなんとたくましいのだろう。


昨日だったかな、私は朝方、NHKラジオで、こんな番組聴いた。
『花は咲けども~ある農村フォークグループの40年』

実はこれは、YBC山形放送局 が作り、2014年5月31日に山形放送で放送された
ラジオドキュメンタリーである。
そのドキュメンタリーが、2015年6月に発表された第41回放送文化基金賞の
ラジオ部門の最優秀賞に選ばれた。この賞は優れた放送番組に贈られるもの。
同作品は、同年のギャラクシー賞にも選ばれている。

その山形放送のドキュメンタリーをNHKが再放送したものを私は聴いたわけである。

その、ある農村フォークグループとは、山形で、もう40年も前に結成されたアマチュアの
『影法師』という名のグループ。山形県長井市を中心に、農業をしながら、
おじさん4人組が音楽活動をずうっと続けて来た。
『影法師』とはどんなグループだろうか。影法師のホームページを覗くと、こんな紹介を
自らしている。

田舎に身をおき、仕事を持って、そこで感ずる矛盾や怒りを歌の原動力として、演奏を続けている
日本で唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』です。」

彼等が活動を始めた1973年というと、あのかぐや姫の大ヒット『神田川』が出た年である。
日本のフォークソングと言うと、『神田川』を典型としてすぐに『抒情的』歌詞が思い浮かぶが、
彼等は唯一無二の『叙事詩派フォークソンググループ』、と名乗るところが、何やら可笑しい。

彼等は、どんな歌を作り、歌うグループであるか…
それは彼等のヒット曲の一つ『白河以北一山百文』という歌の題名に、すでに
その志向、その主張が伺えようというものだ。

『白河以北一山百文』という言葉を皆さんご存じでいらっしゃるだろうか。
『白河』は福島県。東北本線で言うと栃木県宇都宮市と福島県福島市の間、
郡山よりは宇都宮寄り、ほぼ福島県の真ん中南端という辺りに位置する。
かつて奥州三関の一つ白河の関が置かれ、みちのくの玄関口として知られるところだ。
その白河より北は、一山が百文、ってどういうこと?

この言葉は、
「白河の関所より北の土地は、一山で百文にしかならない荒れ地ばかり」という意味。
戊辰戦争の折、新政府軍を率いる薩長土肥側が東北地方を侮蔑揶揄して用いた
表現である。白河が福島の端にあるということは、要するに白河を含む福島県から
北は、そんな値打もない地方だ、ということになる。

そんな侮蔑的表現をされてきた東北地方…
ああ……これを書きながら、私はまた、朝河貫一の父、正澄のことを想う。
二本松藩藩士。戊辰戦争の折、この白河、棚倉、郡山、安子ヶ島、二本松の深堀
と転戦した後、十六~十七歳の少年、隠居老人、戦い方を知らない役人などと
共に二本松で西軍に応戦するが、力及ばず城は落城。
明治政府となった日本。正澄は勉強して小学校教員となり、後の、日本人初のイエール大学
教授、朝河貫一を育てた人である。

私がこれまで書いてきた記事のあれこれが、この歌のタイトル一つに、ぎゅうっと
詰まっている気がした。
福島第一原発事故が無論そう。六ヶ所村がそう。満蒙開拓団がそう。
従軍慰安婦を典型とする貧しい農村地帯の少女たちの問題がそう、TPPも
原発労働者など出稼ぎ問題の労働関係諸問題も、…
沖縄問題だってそう…
これまで取り上げてきたテーマの殆どが、この歌の中に凝縮されている…。


東北人が『白河以北一山百文』というこの言葉を口にする時、そこには、ずうっと
中央から離れているというそれだけのことで、冷遇され続けてきた東北の人々の、
中央に対する反骨の想いを重ねているのだという…。

『河北新報』という、宮城県仙台市青葉区に本社を置く新聞社がある。
『河北』の名は、この「白一山百文」に由る。
明治維新以来、賊軍として軽視されてきた東北の歴史とともに、屈辱を忘れまい
とする 東北人の反骨の意思が込められているのだという。
東日本大震災以降、私はこの新聞社の記事を注目して見てきた…。
また、岩手県出身の日本の第19代内閣総理大臣、原敬は、雅号を「一山」と名乗ったが、
この『一山』もまた、『白河以北一山百文』の語から取ったもの。


さあ。影法師による『白河以北一山百文』という歌を聴いてください。





全編、批判の意味も込めて、山形県長井弁で歌われている。
一部歌詞を紹介しよう。

ゴミだて原発だて おめだのもんだも
そっちで何とが すんながスジだべ
ゴミにまみっちぇ 生きてみんだ
原発背負って 暮らしてみんだ


このように、山形の地に根ざして生きていきながら、中央と東北とのことごとくの
差別や不公平などを、このようにユーモラスに皮肉って歌っていた影法師であるが、
2011年3月。東日本大震災を経験する。

また彼ら自身の紹介文を引用しよう。
『3.11による原発事故が起き、私たちは首都圏と地方の関係、特に原発を
テーマに歌いながらこのような悲惨な状況を迎えてしまった事への無力感、
脱力感に襲われておりました。そして、忌まわしい事故から3年近くが過ぎ、
解決の糸口すら見いだせていないのに、世の中の流れは原発事故を忘れて
しまったような雰囲気が様々な手法で醸し出されています。
このような現状に私たちは「花は咲けども」という歌を作り歌い始めました。
原発事故によって故郷を追われた人たちの心、首都圏と地方の関係をテーマ
にしたこの歌を聞いた方々から共感の声を多数いただきました。』


あっさりと書いてある。
だが、ラジオドキュメンタリーは、もう少し深く彼等の内面の葛藤に迫る。
『白河以北一山百文』という歌の歌詞に見る通り、原発事故前から、原発が
抱える差別構造の矛盾を、歌い続けていた彼らであるが、あの2011年3月11日以降、
歌が歌えなくなってしまったのだという…新しい歌の歌詞も書けなくなってしまったという…

ああ……わかるなあ……
私もそうだった…。
言葉というものが出てこなかった…。音楽さえも、歌詞のあるものがいやで
聴きたくなかった……
多くの人が同じ想いに打ちのめされていたのではなかったろうか…

2年くらいしてから、と言っていたかな…
彼等は福島県飯館村と浪江町を歩いてみた。
そして、原発で被災した町や村というものは、なんとも言えないむなしい
想いの残るものだと実感する。

3.11があって後、テレビでは連日、被災地の人々を励ますための歌、
『花は咲く』が流されていた…
あの歌はメロデイも綺麗だし、被災地の人々をなんとか励まそうと作られた歌。
その歌を認めながらも、彼等は何か違和感を感じたという。とりわけその
アニメヴァージョンの映像に。
アニメで美しい花が咲いているところで、子供たちが遊んでいる図。
「これは本当のことではない!」と、彼等は思う。

福島の現実を、映した歌は作れないものか…

この、誰一人いない町や村に花は咲き誇っているけれども、そこで遊ぶ子供たちなど
居はしない。誰一人、いないのである!

そこまでラジオを聞いたとき、私は、もしかして彼等は、富岡町『夜ノ森』の桜を
ひょっとして見たのではないか、とふと思った。
『 キャンドル・ナイト 49』の記事でご紹介したことのある、この見事な桜を。
誰一人見てくれる人もない桜を。







続けて聴くと、やはりそうだった…福島第一原発周辺の土地の花という花が
見る人もなく春になると咲くのだけれど、あの夜ノ森の桜が彼等のこころを
とりわけ強く打ったのだ。

だが…。彼等は悩む。山形の自分たちが…即ち、外部の人間である自分たちに、
あの福島の現状を歌う歌を作り歌う資格などあるのか!と。
けれども、山形県長井市にも、福島から逃れて来ている人々がいた。
彼等はその人々に自分たちの深い疑問を訊ねてみた。
その中の一人の女性は、『聴きたい!』と言ってくれた。また、福島の海辺近くの
街で漁師をしていた男性は、歌を聞いた後、『ぜひこれを福島で歌ってくれ!』と
言った。
福島の人々に話を聞き、その実情を知れば知るほど、『もう福島の人々はなにも
語れる状況にないのだ』ということを彼等は知って行く。
避難する人と子供を連れて避難したくてもさまざまな事情から避難できない人々…
賠償金を町の境界線一つの差で受けられる人受けられない人…
その額の多い人少ない人…
そうした生々しい現実が複雑に絡み合ってごちゃごちゃに縺れて…
福島の人々自身は、何かを語れる状態ではもうなくなっている現実を彼等は知る。

『それなら、外部の人間である自分たちが、例え僭越と知りつつではあっても、
代わりに歌うしかないじゃないか!』、と、彼等は思うに至る…

そうして…。
福島の想いを忘れないでくれ。東京の電気を作るため、自分たちは少しも
使いもしない電気を作るために福島第一原発を引き受け、その事故により
故郷の大地を穢されてしまった福島の怒りと悲しみを、東京の人々はどう考えるのか!
と訴える彼等の歌は、地味な動きながら、今少しずつ全国に広がろうとしている…


聴いてください。.『花は咲けども』。










心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。





















『現日本国憲法を過去のものにしないために』



2015_1002_172840-CIMG5389.jpg


なんというショッキングな写真でしょう…

じつはこれは、芸術作品です。



2015_1005_103801-CIMG5423.jpg



2015_1002_172642-CIMG5382.jpg


10月2日。
銀座での展覧会に行ってきました。






2015_1002_172741-CIMG5386.jpg


シャツやジーンズのような服がコラージュされているのですが、ご覧の通り
そのシャツやジーンズは銃弾に貫かれ、そこからは本当の人の体からのように
血のような赤い絵の具が流れ出ています……

絵具を叩きつけたような画面からは、『ワタシハニンゲンダ』という叫びが。





2015_1002_172756-CIMG5387.jpg



十河さんの作品は、言葉が重要なモチーフになっています。
それも、ただの言葉ではない。

     『売国奴』・・・ 
           『非国民』・・・・・・




ああ!…
私たちの国では、かつてこのような忌わしい言葉が、日常的に、人々の口から
囁かれていたのです…


しかし。
私たちは、敗戦という痛い想いをして、もう二度と戦争などしない、
もう二度と他国を侵略したりしない、
もう二度と、『バイコクド』、『ヒコクミン』、などという忌わしい言葉を、同胞に対して
使うような時代にしない…
そう、誓ったのではなかったのでしょうか!?



2015_1002_172811-CIMG5388.jpg




これが、…この展覧会タイトル。

『かつて 美しい 憲法が あった』…

私たちは、この悲しい言葉を、いつか、ひそひそと、囁くことになってしまうのでしょうか!
そうして、『ヒコクミン』 『バイコクド』 などという言葉と視線が、ひょっとして自分に
向けられてはいないか、と恐れて、そっと四囲を見廻してみたりすることになるのでしょうか…




2015_1002_181950-CIMG5390.jpg


銀座から、日比谷公園は歩いてもすぐです。
この日は私は、展覧会のあと、日比谷野音での集会に行きました。





2015_1002_193816-CIMG5415.jpg



8月30日や、9月18,19日前後に、反安保法制を叫んで日本各地で集まった
あの大勢の人々は、今はここにいません。
一部は今日もここにこうやって来ているけれど、その多くは、自分の生活に戻った…
…私もそうです。
でも、ここには今いなくとも、現政権に怒りを溜めた人々は、それぞれの場所で
それぞれに今も変わらぬ想いでいると思います。
反安保法制だけの問題ではない。原発問題、沖縄問題、被災地復興、TPPと農業問題、
派遣法と労働問題、秘密保護法とマイナンバー制度…オリンピック、リニア新幹線…
すべての問題が、ここに集約されている!
すべての問題の根は同じだ!
そのことに人々は気付いたのです。
国民の怒りは鎮静化したように見えるかもしれないけれど、そんなことはない。
人々は胸にその怒りのマグマを溜めている。





2015_1002_195337-CIMG5417.jpg



私は。私もまた。
今の憲法を、本当に『美しい』憲法だと思っています。
自民党の改憲案と比べてみたとき、その美しさ、崇高さは際立ってよくわかるはずです。
世界に誇っていい憲法だと思う。
私たちは、この憲法までもを、この政権の元で、血にまみれさせるのでしょうか…

そして、ひそひそと、あたりをはばかりながら、
『曾て 美しい 憲法が この国にあった時代も あったのだ…』と
悲しくつぶやくのでしょうか………



『秋の日』



2015_0929_120326-CIMG5291.jpg



友からこんな真っ赤なかわいいこたちが届いた。
ありがとう~~~~~~~♪

なんと、これ、樹齢90歳の樹に実った紅玉たち。
秋田の飴も入っています。



2015_0929_120852-CIMG5301.jpg




絵葉書が添えてあるの。
こんな感じで生っているのかなあ。 
ああ…行きたいなあ…行って、その林檎の木の下にしゃがんでいたい…

ふふ。お孫ちゃんが一所懸命シール貼ってくれたのね。



2015_0929_120551-CIMG5294.jpg



大きなお皿に盛ってみたけれど、山盛りいっぱいだ。
早速一つ洗って、かぷり!と食べてみます。
ああ…!ああ…、美味しいなあ…これが秋の味だ。
あたしは、昨今の甘いだけのかすっとしたリンゴはそう好きじゃない。
昔ながらのこの酸味のある果汁の多い紅玉が好き。

ああ…この香り…!
新鮮な林檎の香りだいすき。


そうか…もう、9月が終わるんだなあ…
いつもあたしは、9月の今ごろの季節が好きなんだ。
夕暮れ。長袖の木綿のシャツをふわりと羽織る頃…
金木犀のほのかに香る頃…

一年中で一番感覚の鋭敏になる頃のはずなのに、今年はなんだか
ぼんやり過ごしてしまっている…
林檎の清冽な香りが、季節感を取り戻してくれたよ


友のやさしさに感謝です!





プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2015/10 | 11
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード