『ロシア機墜落に想う』


『25日早朝、ロシア南部ソチからシリアに向かっていたロシア軍所属のTu154型旅客機が、
黒海に墜落した。ロシア国防省によると、乗客84人と乗員8人の計92人に生存者はいない
模様だ。乗客の多くはロシア軍所属の楽団「アレクサンドロフ・アンサンブル」のメンバーで、
報道関係者9人も搭乗していた。(12.25 朝日新聞デジタル)


『アレクサンドロフ・アンサンブル』と言っても、ピンとこない方が多いだろうか。
それでは『赤軍合唱団』と言えばどうだろうか。
そう言っても、ご存知でない方は多いだろうなあ…

だが、私には、ある意味で、自分の青春時代を象徴するもののひとつである…。
『赤軍合唱団』だけではないけれど、ロシア~旧ソ連の芸術というものは、確かに私の感性の
ある部分を育てるのに確実に影響を与えてきたと言えると思っている…。

その『赤軍合唱団』…いや、正確にいえば、『アレクサンドロフ・アンサンブル』イコール
『赤軍合唱団』ではない。
『赤軍合唱団』と俗に呼ばれているのは、旧赤軍・旧ソビエト連邦軍・現ロシア連邦軍・
ロシア内務省国内軍といった、ロシアの軍隊・準軍事組織等に属する合唱団の総称・通称
であるからである。
『アレクサンドロフ・アンサンブル』は数ある『赤軍合唱団』のうちの一つだ、と言って
おけばいいだろう…

墜落機の乗客84人の多くは、その合唱団の団員であって、生存者はいない模様という…
ああ!なんと…!







勇ましい曲調のも多いけれど、たとえば、4:20からとか10:00や19:23、27:00くらいからの、
哀愁を帯びたメロデイのをぜひお聞きください。
合唱団の後ろに流れている映像は、ロシアの苦難の歴史の一こまでもある…
単純に一つの国を、憎んだり嫌悪したりはできないのだということだけここでは伝えたいと
思います…。


私は、ちょうど今、プーチンの訪日の記事を書いていて、いろいろな感情から、記事を
仕上げることが難しくなって、途中で筆を止めていたところであった。
いろいろな複雑な感情とは何か…
詳しくは、また、記事をちゃんと仕上げて、その中で説明しよう。

…だが。とにかく、私は、『アレクサンドロフ・アンサンブル』を含むいわゆる『赤軍合唱団』の
歌がとても好きだった…。軍の合唱団…という事実はともかく、世界の男声合唱団の中でも
とりわけうまいよなあ、といつも思っていた。
そもそも私は、ロシアの民謡が好きなのだった。
とりわけ、ロシアの大地から生まれてきたような哀調を帯びたメロディの歌たちが。
私が今でも、『短調』の歌以外には心ひかれないのは、幼いころから、『トロイカ』『黒い瞳』
『カチューシャ』などのロシア民謡に親しんで育ってきたからだとさえ言えるくらいだ。
そしてまた、トルストイの『復活』などのロシア文学、チャイコフスキーなどの音楽、また、
レーピン、シ―シキンなどのロシアの写実主義の絵画などが、私はどれほど好きだった
ことか…。



①イヴァン・シ―シキン

イヴァン・シーシキン 『冬』 (1890年)




それは、プーチンの政治が好きだとか嫌いだとか、安倍総理との会談がどうだとかいう
ようなことの一切を超えて、私自身のすでにいわば血肉となった好みなのである。

なんと悲しい…
彼らの乗った飛行機が、シリアに向かっていたということも、私にとっては二重三重の意味で
悲しい。
ご存知のように、プーチンのロシアは、アサド政権を支援して、反政府軍の拠点である
アレッポの街を無差別猛爆撃。かつて美しかったアレッポの街は灰燼に帰し、当然だが
そこに住んでいた人々は反政府軍、民間人の区別なく爆撃を受けて赤ん坊幼児を含む
多くの人が命を失い住む場を失ったからである。
つい先日、アサド政権とプーチンは、アレッポの制圧を宣言。反政府軍とその家族などを
含む人々は、アレッポからの撤退に合意したと、高らかに勝利宣言したばかりだ。
これで、ほぼ4年間続いた、シリアの内戦は、形の上では終息に向かう見込みが出てきたと
いうのだが……
ご存知のように、シリアのアサド政府をロシアやイランが支持し、反政府軍をアメリカや
トルコなどが支援するというその戦いの様相に加えて、ISなど過激集団や、さらには
クルド人の戦闘員たちもこの内乱に関係していてシリアの内乱を複雑にしている。
それらが入り混じって戦い、外部から見ていると、もう何が何やら、何が正しくて
何が悪いのかそんなことが判然としない複雑な状況になってしまっているのだ。
そんな中、確実に罪もない人々の命が失われていっている……

プーチンの日本訪問には、単に北方四島返還の問題だけでなく、このシリアの問題や、
トランプのことや、いろいろな問題が絡んでいて、私は、頭を抱えていたのである。
…それは、単に今現在の日本、ロシア、シリア、アメリカ、トルコ、…などという国々の
ことだけではなく、それぞれの国がそれぞれに抱きしめている、『痛いほどの』歴史、と
いうことの重さに突き当たったからである。
それを単純に、たとえば日本という一つの国の立場から見て、どちらが正しいとか
どちらが間違っていたとかとはとても言えないのだ、という…ごく単純なことに突き当たった
のである。いわば、それぞれの国の民そのものの顔が見えてくるような気がし、私の皮相的な
善悪観では、とても記事は書けないと考えてしまったからである。

それを私は、今回、プーチンというひとの顔、その表情、仕草…を見ていて感じたのである…
これまで彼のことは、ニュースの断片などで一瞬見たことはあっても、その表情の微妙な
部分、人間の仕草が表すその人の性格、その時の心情の動き、などということを、じっくり
観察する機会はなかった。

…彼は、人の目をめったに見ない…
概していつも伏し目がちである……それはなにを意味するのか…
ロシアの人々はプーチンのことを『大好き!』だという…
どうして、この人物を、そんなにいいと思うのか…
この猜疑心の塊のように見える人物を…

だが。ずっと彼の顔を見ていて、今回ほんの少しだが、プーチンの一見冷たく見える容貌の
底に時折よぎる悲しみの気配のようなものを、私は見たような気がした。

それは。ロシアの歴史を革命の頃までずうっとさかのぼって考えないとわからないことなのかも
しれないと、この頃改めて思う。ロシアの歴史、ロシアの大地。そしてロシアの人々…




イヴァン・シ―シキン②

イヴァン・シーシキン 『陽を浴びる松』 (1886年)



ああ!この松林の風景は、ソ連に抑留された日本人捕虜たちが見ていた光景でも
あるかもしれないなあ…


私は今、ちょうど、2015年のノーベル文学賞受賞者であるベラルーシの女性作家
スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチの、『戦争は女の顔をしていない』を読んでいた
ところである。これは、今はベラルーシだけれど、かつては旧ソ連の一部であった
かの地の作家が、第二次世界大戦中、ドイツとの戦いのために出征したロシアの
女性兵士たちに聞き書きをした、重い重い作品である。
彼女は言う。
『ロシアほど、戦争について日常的に語る国民はいない』と。

なぜ、ロシアはシリア内戦にかくも介入したのか。
それにはいろいろまた語ればきりがない要因がいくつもある。
だが私は、ロシアはシリアの港が欲しかったからだということが、今、改めて痛いように
わかったような気がしているのである。
ロシアはシリア西部、地中海に面したタルトゥース港に本格的かつ恒久的な常設海軍基地を建設
拡大しようとしている。タルトゥースはずっと以前から、ロシアの軍艦の地中海での任務中の補給
基地としても使用されてきてはいたが…そこをミサイル防衛基地として拡大したいという意図を
持っているのである。

広大な極北の大地を抱えるロシアにとって、暖かい南や西の海に開ける港がどれほど大事に思えるか。
それは、戦略的な意味だけでなく、もう、ロシアの民の体質となってしみついているものでは
ないだろうか…。
そのことは、ロシアの哀切きわまりない短調の歌を聴き、シ-シキンなどの描いたロシアの
森林の絵や、かつての帝国時代の貧しい農民たちの暮らしぶりの絵…そんなものを知って
いれば、痛いほどに分かるような気がするのである。
だがそれは。無論。別の国の人々たとえばクリミアをめぐってウクライナ、たとえばシリア、の人々に
とって見れば、傍迷惑極まりない話である。容認などできることでは全くないのは無論だ。

今回墜落したロシアの飛行機u154は、モスクワ郊外の軍用飛行場からシリア西部ラタキア
近郊のロシア空軍基地に向かっており、ソチには給油のために立ち寄った。
 『アレクサンドロフ・アンサンブル』は、今回はシリアのロシア軍基地で新年コンサートを
行う予定だったという。一部メディアは、シリア政権軍が制圧を宣言したばかりの北部アレッポで
記念演奏会を行う予定があったと伝えているという。

ああ!………
なんということ!……
私が感じる悲しみは、無論合唱団の人々を含む遭難者に向けられたものではあるけれど、
その前に、ロシアやアサド政権軍からアレッポのひとびとが受けた攻撃のこと…
アメリカを含む反政府軍支持の国々からの爆撃 ―(もう何が正しいのか!!)なども含む……
それらすべてによる死者たちや避難者たちにに向けられるものでもある。


こんな美しい歌声を持った人々が消えた…
彼らは何のために命を落としたのだろう。
美しい街が消えて、瓦礫だけが残された…
そこに住んでいた人々はいったい何のために命を落とし、追われる身となってしまったのだろうか。

これらすべての人々をわたしは、今日、悼むのです…。














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『真田丸~アントラーズ』


プーチンの記事書いてる途中なんだけれど、ちょっと道草しようかな。
12月18日。今晩は、テレビで感動したもの二つ。
たまには、テレビの話題などもいいでしょう。

一つは、サッカークラブ世界一決定戦で、実質名目ともに世界一の強豪レアル・マドリード
に対し、なんと2-2で互角に戦い、延長戦になって2得点を決められて、最終的には2-4で
負けたけれど、よく戦ったとしか言いようがない、鹿島アントラーズ。

もう一つは、今日で最終回を迎えたNHK大河ドラマ『真田丸』。
真田信繁(幸村)の最期のシーンや、重要登場人物の最後の動きなど、消化不良感が
残ったと思った方も多かったかもしれないけれど、私は、今年の『真田丸』良かったなあ…
脚本の三谷幸喜も、『新選組!』以来好きだし。

と言っても、私は例年、大河ドラマのよき視聴者であるわけではなく、1年間ほぼまともに
観たのは、今年の『真田丸』と、一昨年の『八重の桜』、そして2004年(あれからもう
12年も経ったのかぁ!)の『新選組!』くらいのものだ。
それらだって毎回観ていたわけでもない。
ちゃんと毎年観ていれば、いい作品は他にもたくさんあったのだろうが、そもそも我が家は
かなりあとまでテレビは持たない主義だったので、大河ドラマ初期の名作群は、観ようにも
見れなかったのである。
割とまともに見始めたのは、昭和62年の『独眼竜政宗』あたりからかなあ…
そのほかの大河ドラマは、それぞれ、たまたまテレビがついたときやっていたら観る、
という程度にしか観たことがない。
大体私は、テレビはあまり見ないほうだし、特に決まった時間に決まった番組を
きちんと見るということができない人間である。だから、朝の連続テレビ小説もほぼ
観たことがない。

たまたま見続けた大河の三作品には、しかし、共通のところがあるなあ。
…それは、皆、滅びゆく者たちのドラマだったというところだ。
私は、そういうのが好きなんだな。きっと。
『新選組!』などはとても好きだった。『八重の桜』も、前半部会津が舞台の時は、
欠かさず観ていたように思う。

私がドラマを見るとき、筋立てそのものより、主役脇役…の俳優さんの演技に
引き込まれて、個人的に、その役を演じているときのその人、に惚れこんでいる
ことが多いように思う。NHK大河や、朝の連続ドラマは、私は観たことがなくても、
その配役の妙・・・とりわけ、脇役陣の起用が評判になったことが多かったように思う。
『黄金の日々』の石川五右衛門役の根津甚八には、視聴者から助命嘆願が
多く寄せられたと聞く。朝の連続ドラマ『あさが来た』では、五代さまロスが起きたとか。
(残念ながら私は五代さまにもあまちゃんにも会っていない。><)
今回も、真田信幸役の大泉洋とかその側妻こう役の長野里美とか、秀吉を演じた
小日向文世(この人もうまい役者だ!)とか、評判になった人はたくさんいた。

私は、今回の『真田丸』では、なんと言っても真田信繁役の堺雅人が良かったなあ…
堺雅人。この俳優は、本当に演技がうまい。
私がこの俳優に初めて注目したのは、『新選組!』での、副長(のちに総長)山南敬助役を
観た時からだった。小野派一刀流の免許皆伝、柔術の名手とも言われた新選組副長でありながら
鈴木砂羽演じる遊女明里との切ない恋をも演じきって、『この役者さん誰だろう!』と思ったものだ。
明里を演じた鈴木砂羽も、『この人うまいなあ…』と思っていたが、その後やはり名女優の
道を歩んでいらっしゃるように思う。
堺氏はその後、同じ大河の『篤姫』では、徳川第十三代将軍家定を演じた。
『疾ありて政をきくことあたはず』と記録にも残されているという、病弱で一説には麻痺
があったとも言われている家定を、この大河ドラマでは、『ウツケのふりをしていただけだ』
という別の解釈(決して暗愚ではなかった、そういう記録も実際あるという)で描いていて、
その複雑な役どころを、堺雅人はこれまた見事に演じていて、私は感心したものである。
残念ながら、民放の大ヒット現代劇『半沢直樹』は、一回も観たことがないが、この
堺雅人という俳優。大義と恋の間で板挟みになる武士の役から、うつけを演じる将軍
という複雑な演技から、コミカル?でシリアス?(見てないからわからない)な現代劇、
そして今回の『真田丸』の若き青年信繁が歴史に名将と謳われる策士と成長していき、
悲劇の武将として散るまで、を、それぞれ見事に演じ分けて、ほんとうに上手い人だと
思ってしまう。
この『真田丸』の信繁役は、堺雅人が演ずると聞いたときは、新選組!の時から好きな
役者さんではあったけれど、どちらかというととても優しい顔立ちなので、武将役はどうかなあ、
と思っていたのだが、どっこい、若き日の少々頼りない信繁が苦難を経て成長して行くにつれ、
堺氏の顔が素晴らしく老成して行って、最後あたりの大阪冬、夏の陣の頃には、ほんとうに
引き締まった意志の強い、苦味ある戦国武将の顔になって行っていて、その度量も滋味も
激しさもある美しい顔に、毎回観惚れたものである。

『真田丸』には、『新選組!』土方歳三役で、これまたとてもファンになった山本耕史が、
石田三成役を演じていて、この苦悩する石田三成像も、冷たいばかりという従来の解釈と
違っていて、なかなかに素敵なのであった。頭が切れるが故に、冷たい印象を周囲に
与えるが、その底に秀吉への篤い忠義の心や、情にも脆い一面も隠し持つ
石田三成という複雑な人間像を、これまた山本耕史は、役になりきって演じていたように思う。
この人の土方歳三役は、私は後にも先にもこの人しかない!と思うほどのはまり役、
であったが、石田三成役もまた、三成役はこの人で決まり!と思うほどに演じきっていて、
役者さんというものは本当にすごいものだなあと感心してしまう。
このほかにも、記憶に残る役どころの人物たちはたくさんいた。ごく早い時期に消える
役どころではあったが、武田勝頼役の平岳大の、堕ちのびて行く時の演技の悲しみは
絶品で、さすが私が大好きだった名優平幹二朗の血をひく役者と、嬉しくなったものだ。
この人も、日本の演劇、映画界を支える名優の一人にこれからなって行くんじゃないかなあ。
豊臣秀次を演じた新納慎也はいい人物造形をしていたし、北条家家臣板部岡江雪斎を
演じていた山西惇。矢沢三十郎頼幸役の迫田孝也の信繁を想うせつなさ。堀田作兵衛を
演じた藤本隆宏なども個人的にいい配役だなあと思って観ていた。
藤本隆宏はなんと元水泳オリンピック選手…そのころから好きではあったんだが。
女優陣では、信繁に最後まで尽くす『きり』役の、長澤まさみが私は好きだった。
子供のころからずうっと信繁が好きなのに、気が強く口うるさい女と思われがちで
信繁とは口喧嘩ばかり。しかし、信繁を想う秘めた心は他の女たちのだれにも負けない。
それなのに、自分の恋心はぐっと胸の内に秘め、信繁と信繁を取り巻く女たちに仕える
役回りでしかいられない、せつない女の役をこれまた、上手に演じ切ったなあ。
第49回、最後の一回前の回の、信繁ときりのシーンには泣かされた…ですよ。
今日の最終回、単騎、徳川陣に切り込む信繁に、遠くから別れを告げるシーンも。

他にも印象的な役どころがたくさんあって、一人一人の役者の名演技について
語れないのが残念だ。
私はそもそもは、『ファン意識』というものを小さいころからあまり持ったことのない人間だ。
特定の誰か有名人をすごく好きになってその写真を集めたり作品を欠かさず観たり、
などということはほとんどしたことがない。
そもそも『他人は他人、自分は自分』という意識が強いので、他人に何かを仮託することが
嫌いなのである。
でも、『役者の演技』は別。これは文学や絵画や音楽などと同じ芸術だから、巧い演技や
演出を見ると本当にうれしくなってしまう。

音楽といえば、『真田丸』のテーマ曲もよかったなあ…。
作曲服部孝之。『新選組!』もこの人だった。
祖父服部良一、父服部克久も数々の名曲を残している。
大河ドラマは、そのテーマ曲でも冨田勲、武満徹、エンニオ・モリコーネ、芥川也寸志、
林光、池辺晋一郎など作曲家も多士済々。印象的な曲がいっぱいあったんだった…。




下野竜也指揮NHK交響楽団、ヴァイオリン・ソロ三浦文彰。期待の若手だ。



うわあん! これ聴いていると、『真田丸ロス』起しちゃいそう!(涙)




『キャンドル・ナイト 69』



69回目のキャンドル・ナイトだ。


100円均一ショップでみつけて買っておいた、モミの木型のライトをみっつ。
白い画用紙を雪に見立てて、いつものように小さな亀山ローソク灯してみた…




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雪山の感じがちょっとだけ出ているでしょう…


このモミの木型のライト。雪山の白い感じを出すために、今はスイッチ入れてないけれど、
スイッチを入れれば、赤や蛍光青や、緑や紫色に輝いて点滅する。
昔。戦後でまだものがなかった昭和30年代のころ。
少女だった私が、もしこれを手にしていたら、どんなに飛びあがって喜んだかなあ!
今だって嬉しくて、じっと見つめてしまうんだもの…

よく出来ているなあ……これが百円だからなあ…
…中国製だ…。
中国の誰かが、これを組み立てたんだ…
彼女or彼は、これを一つ作って、いったいいくら貰えるんだろう…
安すぎるものを買うとき…そんなことをいつもよく考える。
労働の対価として不公平に安すぎる、そんなものを買う罪…





                 ***


福島第一原発事故の事故処理費用は、2013年に出した概算の2倍に膨れ上がって
21兆5000億円になるという…
それだって、溶け落ちた放射能デブリの取り出しが、果たしてこれから先できるのかどうか
さえ分からない状況で、廃炉費がこれからいったいどこまで膨らんでいくのか誰にも
わからない中で出した試算にすぎない。
最終的に、福島の人々も事故の影響の記憶が遠のくほど、何とか生活再建ができました。
除染も、人がどうにか住めるくらいにまではできました。
廃炉も溶け落ちた燃料をなんとか取り出し、それを危険のないところに一応片付ける
ことができました。(人が近づくことさえできぬ放射能デブリの取り出し。そんなこと
いつになったらできるのか。)
…そうなるまでに、21兆円のお金ではとてもとてもすみはすまい。

21兆円…
最近、ニュースになる金額がいつもいつもあまりに大きすぎて、私たち国民はその金額の
大きさに鈍感になっていはしないか。
日本人が40数年間こつこつ働いて得る生涯賃金がおよそ2.1億円とすると、
21兆円というのは、10万人が一生涯働いてようやく稼ぎ出せる金額だ。

それが、東電という一企業の失敗で消えるのだぞ。

原発というものがいったん事故を起こすとどれほど大変なものか、もう一度ちっと考えてほしい。
今、日本は、その原発がほとんど動いていなくても、やっていっているではないか。

しかもその21兆円の一部は、国民が負担することになっている。

私は、東京に住んで、福島第一で生み出す電気を使ってきていた者だ。
だから、福島第一の事故処理にかかる費用を電気料金(送電料)として負担するのに、
なんの抵抗もない。
政府の偉い人間たちが、偉そうに『国民にも応分負担させる』、というのには
甚だしく抵抗を感じるが、福島の人々にすまないと思うから、いくらでも払おう。

だけれども、事故後も動かしている、またこれから動かそうとしている原発のためには
びた一文だって払いたくない。


                  *

日本とインド両政府は今年11月11日、日本企業からインドへの原子力発電所関連機材の
輸出を可能にする原子力協定に署名した。これはニュースにも取り上げられた。
福島第一原発事故を起こした日本が、日本政府が、原発を輸出する??!!
違和感どころか、およそ考えられない不実だ!
今も避難生活を余儀なくされ、あるいは放射線の影響におびえながらそれでも
福島を離れずに暮らす人々がいるのに、よくまあ、そんなことできるし言えるものだ。

さらに。11月12日付朝日新聞朝刊の、このことを報じた記事の最後に、ほんの数行。

日本など多くの国は原発事故の責任を電力会社が負うが、インドではメーカーにも
賠償を求められる仕組み。
「賠償制度が変わらなければ、リスクを冒してまで進出するのは
難しい」(日本メーカー幹部)との見方もある』

とあった。この数行に気がついた人はどれくらいいただろう。












心ひとつに キャンドルナイト






南亭さんバナー②


葉っぱさん、れんげちゃん。NANTEIさん。
今月もバナーお借りします。
 








『TPP日本が可決  NAFTAとTPP』


12月9日。14:30.たった今、TPPとその関連法案が可決された。
参院本会議での投票の様子をネット中継で見ながらこれを書いていたが。 なんと愚かな!!!

ご承知のように、TPPはトランプ次期大統領が撤退を選挙公約で表明。トランプ氏が考えを変え、
アメリカ議会でも承認されない限り、発効しない。それは、12カ国の合計の60.4%のGDPを
占めているアメリカの参加なしでは、 ルール上からTPPは発効できないのである。
ベトナムはすでに見送りを表明。なのに、なぜこの問題のきわめて多いTPPを、日本が 強行採決
までして批准しなければならないのか。

奇しくも昨日は、日本がアメリカとの戦争に踏み切って真珠湾を爆撃してから75年目であった。
なぜ、勝算の見込みなどない対米戦、ひいては対世界戦に日本は突き進んだのか。
その前に、なぜ日本は、アジア侵略に突き進んでいったのか。
一度動き始めた流れを止められない。やめた方がいいという意見も多くある中で、 誰もが
責任を持ってそれを言い出せない、結局責任の所在も明確でないままにずるずると 期限が来て
決定的に動き出してもう止められなくなってしまうという、日本の宿痾のような 無責任体質が
またしても発揮されようとしている。
それは、福島第一の廃炉や住民の生活 再建もままならず核燃料廃棄物も行き先もないまま
原発を再稼働する体質や、豊洲新市場の 盛り土問題、膨らむオリンピック予算など、あらゆる
ところに見られる杜撰と同じ構図だ。

そもそもTPPの本質が、余すところなく国民の前で語られたということがあっただろうか?

国会での議論も、また大手新聞、テレビなどの論調も、そもそもの最初からTPPが この国の経済を
活性化させる、という視点中心で語られてきたように感じる。
そのマイナス面、怖さも含む全貌については、知る者は国会議員の中でさえごく一部 だったのではないか。

日本語の正文もない公式文書を批准する?

そもそもTPPの公式文書は、英、仏、スペイン語で書かれたものだけであって、日本語の 正文は存在しない。
それは、日本がTPP交渉にあとから参加したという理由が大きいのだが、 それでも同じくあとから
参加したカナダは、英仏両語を話す国民に配慮して、フランス語の 正文も作ることを要求し、
フランス語の文章ができたといういきさつがある。
12カ国中のGDPに占める日本のそれの割合は、17,7%。アメリカに次ぐ規模であり、
日本が参加しなければTPP発効はやはり難しい。その大きな存在である日本の国語の正文がない。
日本政府とその交渉官は、正文を作る要求さえしてこなかったのか!

英文で正文が2000ページ、付属書も含めると5000ぺーじにもわたるという 公式文書の、
日本語要約(『TPP協定全章概要』が97ペ-ジ。そのほかに別添え 添付書などが110ページほどある。)
は、2015年10月12カ国の大筋合意が 得られたその後の11月になっては出ているが、
合意後にようやく概要の翻訳が 出されるって、いったいどういうこと!!??
それでどうやって国会議員たちはそれまで議論をしてこれたの?

ちなみに、私、その97ページの概要を、投資関連など気になるところだけ拾い読みしてみたが、
外交文書・法律文書に慣れたものでないと、到底細部まで読みこなせない。
英語原文とそのごく大雑把な日本語概要を精細に読み比べた専門家の言で、そんな
概要のしかも翻訳ミスなども存在する大変に粗い文書で大事な対外交渉を進めるのは
大変に危険だ、ということがどこかに書いてあったが、素人でもそう思う。

日本国憲法に見てわかる通り、法律の条文というものは、たった一行といえども
解釈を さまざまに許すものである。
今日つい先ほどTPP賛成の票を投じた日本の国会議員の、 一体何人が、その微妙な
内容を多く含む5000ページもの英文を、隅々まで読みこんだと 胸を張れるだろう!
彼らは自分たちがよく知りもしない協定を批准したそのことに、後々どうやって責任をとるのか!

そもそもTPPの交渉過程は、原則非公開で、各国からはこの協定に関わる3名の
関係者しか閲覧することはできない。また交渉過程の詳細も、締結後4年経たないと 公表されない。
ところが。 米政府は2015年3月。米通商代表部のフロマン代表とルー財務長官が 出席した
民主党の集会で、フロマン代表は、新たな措置によって議員らはTPPの 各章の要旨に加え、
全文を閲覧できるようになると説明しているのである!
アメリカは、ちゃんと、国会議員も見れるようにしたのに、日本はその要求もしていない。
ちなみに、アメリカがEUと結ぼうとしてたTTIPも、EU側はとりわけISDS条項の透明性を求める
要求をしているが、日本政府の国会の議論における野党議員からの この点についての
質問への答弁は、いつも「心配に及ばない」の一言である。
いったい、日本の国会議員たちは、TPPのことをどれほど理解しつくして議論を 進め、
きょう可決成立させるに至ったのであろうか?
アメリカやEUの議会がそれぞれに要求した程度のことを、彼らは国会議員として
要求してきたのであったろうか?

TPPの本質。それは、圧倒的な不公平と不透明さである。
それは、一部巨大無国籍企業のための『自由』貿易協定であると言っていい。



『自由』貿易協定。それは植民地政策と同じ不公正なシステムを含む。

前回の記事で、私は、ラジ・パテル著『肥満と飢餓』という本を紹介した。
この本は、世界の食料生産とその流通、供給システム、いわゆるアグリビジネスに潜む
不公平と不公正の構造をえぐりだし、それが10億人の飢餓と10億人の肥満や、恐ろしいほどの
環境破壊へ繋がって行くという非人道的側面を鋭く指摘した本だ。
『10億人の肥満』といっても、それは『肥満=豊かさ』ということを意味しているのではない。
アメリカのような先進国の子供たちに見る肥満傾向。偏った栄養とカロリーの食しか選べない、
貧しさゆえの肥満、を意味している… 400ページ以上もある本書のすべては語れないが、
松岡正剛氏の『千夜千冊』にこの本が 紹介されているので、概略を知りたい方はこちらをどうぞ。
http://1000ya.isis.ne.jp/1610.html

『肥満と飢餓』の中に、今回トランプ次期米大統領が離脱を示唆しているNAFTAやTPPにも
関連してくる象徴的な図があるので、紹介する。 下の図の左側の黒い砂時計のような図がそれである。
流通のボトルネック構造だ。『ボトルネック』とは、瓶の首。 まさに、口のせまい瓶を二つ、
口のところで上下に重ね合わせた形をしている。 このボトルネック図自体は、『肥満と飢餓』にも
載っているのだが、取り込みできないので 下記のサイトからお借りした。
このサイトの記事もどうぞよければお読みください。
http://blog.midori.info/2012/02/blog-post_26.html 大豆資料のボトルネック 砂時計のようなこの図は、ブラジルの農家が作った飼料用大豆が、肉牛・乳牛、豚肉などの酪農・畜産農家で購入
使用され、それが加工などされてスーパーなどの店舗に並び、 最後にヨーロッパの消費者の
口に入るまでの諸過程での関連業者数を簡単に図式化したものだ。
一番上の大きな三角部が、ブラジルの飼料用大豆農民だ。 真ん中の四角部分が『畜産・酪農家』や
『加工・包装業者』などだ。 一番下のまた大きな三角部がヨーロッパの食肉・その加工品などを
買う、要するに『消費者』だ。 この三つの部分に携わる人口や業者が多いのは素直に判るだろう。
だが、途中でこの三つをつなぐ極端に狭くなっている部分がある。いわゆる『瓶の首』部分だ。
ここが、飼料用大豆を大量に集めて粉砕し飼料として加工したり、それの流通システムを掌ったりの
いわゆるアグリビジネスの巨大企業で、 ここを示すカーギル、ADMなどの5社。この5社が
市場の60%を占有している状況、 とりわけ、カーギル、ADM、ブンゲの3社では、市場の80%を
占有しているのである!


図の右の方は、ブラジルの農家が、借金をして元モンサントなど巨大無国籍企業から、 遺伝子
組み換えの種子、化学肥料、農薬などを買い入れ、一部富農は利益を売る場合もあるが
零細農家では、飼料用大豆の生産過多→価格暴落→紗金返済と生活のための更なる 作付増加→
更なる価格暴落→借金の増大のため土地を手放し低賃金労働者となる… という構図
を表したものだ。
同じ上のサイトからこの図もお借りする。


消費者と農家


これはアメリカの農家と消費者の実情を折れ線グラフにしたものだ。
消費者が食料を買うために費やす費用(実線)は下がることはなく現状維持か、長期的に見れば
上がり続けているのに、農家が得る金額(点線)は変動が大きく、しかも明らかに年々下がり 続けている。
これらの図はたまたま、ブラジルの飼料用大豆とヨーロッパの消費者、またアメリカの農家と消費者を
扱ったものだが、この構図は、何もブラジルやアメリカに限らない、また飼料用大豆に限らない。
世界中でこの、生産者は多く消費者も多いのに、中間にその流通を支配する少数の 巨大アグリ
ビジネス企業が存在するために、消費増大があってもそれが生産者の懐に 入って行かない、
要するにごく一部の大企業による中間搾取が行われているというこの ボトルネック構造は見られるし、
それが大きな問題となっているのである。

たとえば、みなさんも、エチオピアのコーヒー農民とスターバックス社のこうした関係を 耳に
なさったことがおありだろう。 http://blogs.yahoo.co.jp/pen_tsuyoshi/34478374.html
エチオピアはアフリカ最大のコーヒー生産国である。輸出収入の67%をコーヒーが占め、
1500万人の生活を支えているという。けれどもその価格は、安く、農家の暮らしは楽になるには 程遠い。
その原因は大きく言えば、WTO体制と食糧のグローバリズム化だ。
そこでは自由市場・ 市場原理が優先されるため、コーヒーの最低価格保持政策が破綻してしまって、
農家は 作れども作れども、作るほどコーヒー豆の価格が暴落し、生活と土地や種子肥料
などの購入の 借金返済のため、さらに栽培を増やすという悪循環が、上記ブラジルの
飼料用大豆と同じ 構造で起きているのだ。
さらにコーヒーの国際価格は、ニューヨークの先物市場で決まるため、ここにも
原油や穀物や金 同様の「投機マネー」が流れ込み、実際の需要とは無関係に価格が
決まるため、価格変動が 激しい。

つまりエチオピアの零細農家とは全く関係のないところで世界の巨大産業また金融資本家たちの
あくなき欲望と市場操作が働き、農家が働いても働いてもなぜか報われない、巨大な利益は
中間に存在するごく少数のアグリビジネス関連の巨大企業や投資家に集まって行くという
不公正な構造がここでもまかり通っているのである。

コートジボワールなど西アフリカ諸国などのチョコレートの原材料カカオ豆栽培農園における
過酷な児童労働や人身売買の問題をお聞きになられた方も多いだろう。


トランプとメキシコとNAFTAそしてTPP

今回トランプ次期米大統領は、NAFTAでアメリカが損をしていると言った。
NAFTAで、アメリカの大工場がより安い生産条件を求めてメキシコに移転。さらにはメキシコから
大量の移民が 押し寄せて、さらでも減少傾向にあるアメリカ人労働者の職を奪う。
また彼らは安い賃金で 働くため、アメリカ人労働者の賃金も連動して下がって行く…
こうしたアメリカ人中低層の労働者たちの積りに積もった不満を、トランプは『NAFTAからの 離脱。
TPPからの撤退』という公約で掬い上げたのである。

一方、悪者扱いされているメキシコでも深刻な農民の被害がNAFTAによって生じている。
確かに、アメリカとの国境付近の住民たちは貿易で潤ったかもしれない。NAFTAがメキシコの
経済の押し上げをしたことは、あらゆる数値にも出ている。また、大規模農場経営のできる富農は
確かに富を増したが、しかし、NAFTAの恩恵は、国境線から遠い地域などメキシコ全土には
なかなか届かなかった。交通網整備など受け入れ側のインフラ整備もままならぬからである。

そもそもメキシコは、1910年代のメキシコ革命によって農地が農民に分配され
共有化(エヒード)が進められていた。また石油資源等の国有化も行われていた。

国営食糧公社がトウモロコシ、小麦などを保証価格で買い入れる価格支持制度を
行っていたが、1994年のNAFTA施行後、食糧公社は解体され価格支持制度は廃止された。
NAFTAによってトウモロコシの関税は2008年には撤廃。企業の農地所有も認められた。
その結果、米国からの農産物輸入が急増して小農の貧困化が進み、さらには中国、
ASEANからの工業品輸入増大がメキシコの地場産業に大きな打撃を与えた。
世界の農業は今 第1回メキシコ】NAFTAで疲弊進む-トランプ発言の背後にあるもの-

このように、NAFTA締結後、メキシコでは商品経済が農村部にも浸透。一方で、
革命後農民に分配され共有化されていた農地への企業参入など政府のメキシコ農業の
さまざまな保護策は撤廃されたり弱体化していき、小規模農家の生活は苦しくなる。
それら小規模農家は農地を企業的農業に貸して米国に出稼ぎに行く動きが盛んになり、
それが米国に1000万人(?)いるとされる不法移民の大きな要因となっている
というのである。

メキシコの穀物流通も、カーギル等の米国穀物メジャーが支配する状況になったのである。
ここでもまた、一部富農は潤うが、もともと経済力のない小規模農家や貧農には
自由主義貿易協定のもたらす富のトリクルダウンは起こらず、
貧富の差の拡大とその固定化が生じた
ということになった。
NAFTAで巨大な富を得たのは、やはり巨大無国籍企業である。


TPPは本質的には、巨大企業を利すると いう点で、NAFTAと同じである。
その中でもとりわけ私が心配しているのは、ISDS条項、 ラチェット条項など、金融・
投資関係の、いわゆる非関税障壁に関するルールである。
長くなるので、詳しくは次回にする。




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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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