『沈丁花』 

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沈丁花。
私が以前のブログでハンドルネームに使っていた花の名。

沈丁花は、短歌や俳句にどう歌われているのかな。
角川版の歳時記と検索上の歳時記などで沈丁花を詠み込んだ俳句を探してみた。
たくさん句はあったが、なぜか寂しげな句が目立った。
沈丁花には恋の句が多い。

いまどきの、建物も庭も明るい家では、そういうイメージも薄れたが、
昔、沈丁花が生えている場所といえば、大体決まっていた。
裏庭の、ご不浄のそばのじめじめした薄暗がり。細い路地の突き当たりの家・・・。
どうも、あまり燦々と日差しの降り注ぐ明るい場所に生えている、という感じがしない。
これが決定的に、沈丁花を日陰の花、夕闇の花、人知れず咲く花、というイメージに
結びつけてしまうのだろう。

そんなところから、俳句のイメージも固定されてくるのだろうか。
恋の苦しみ、耐える恋、を詠んだ句に秀句が多く、明るい題材と沈丁花を
結びつけた句は、どれもどこかぱっとしない気が私見ではする。

中で私が好きだったり、なるほど!と思う句をあげてみよう。
句の後ろは作者名。句誌名。上梓時の順。

沈丁の雨に重たく匂ふなり   高垣和恵 雨月 200305
沈丁の匂ふくらがりばかりかな   石原八束


確かに沈丁花は、からりと晴れた真昼よりも、雲が重たくたれ込めた日や
夜の庭などで、より強く香りを発するようだ。
姿より、その香りで、その存在に気づかれる花。

沈丁花近づきて香を遠ざけて   稲畑汀子 ホトトギス 200003

上の句など、ああ、わかるわかる!と思われるかたは多いのでは。
沈丁花、遠くからは、『!』、と思うほどによく香るのだが、いざ顔を近づけて見ても、
意外に香ってくれない。それをズバリと表現している句。

日陰にもの想う花、という其のイメージから多くの恋の句が。

暗がりに涙を溜めて沈丁花   あさなが捷 空 200508
人恋の匂ひ放てり沈丁花  田淵宏子
沈丁や胸に泡立つ過去一つ   小山徳夫 遠嶺 200806
満杯の胸が破れる沈丁花   河野志保 海程 199907
深追いの恋はすまじき沈丁花   芳村うつぎ


人を密かに想わざるを得ない女の、重いせつない胸の内を詠んだ句が数多くある。
そういえば沈丁花の花びら。ぽってりと厚みがあって冷たく、
どこか熟れた女の体を思わせるようなところもある。
そうして、なんといってもあの香り!
空中高くふわっと軽やかに香ってくる香りではなく、
闇に重く流れてくる一種官能的な香りである。

そうしたところから、じっと恋を耐え忍ぶ女、恋に苦しみ悩むせつない女心のイメージを
人は沈丁花に対して抱くのであろうか。

暗がりに涙を溜めて沈丁花
の句などは、まるで、花の姿をした女が実際にそこにいるような気さえする。

沈丁の闇に止まりし男下駄  荒井千佐代 空 200307

偶然だが、この句は、涙を溜めた沈丁花に応える句ででもあるかのような。
待ちびとが、ついに来てくれた、というふうに想像してみる。
それとも、この男下駄は、通りすがりの人のものであって、
ただ沈丁花の香にふと足をとめただけ、とも解釈できる。むしろそちらかな。
いずれにしても、男が、沈丁花の香のする家の前で立ち止まる、
という状況は、何やら艶めいて、これも色っぽい。


そうして、やがて。

時が過ぎ、恋も過ぎゆき……
下にあげた句などは、恋の苦しみなど様々な想いをもう通り過ぎて、
達観の歌になっている。

幸せも寂しさもあり沈丁花  岡 輝好

この句の持つ、ひっそりとした寂しさの感覚好き。


春の今頃ののんびりした気分を詠んだものも少し挙げておこう。

沈丁に呼ばれてひらく障子かな   延川五十昭 六花 200205
梅咲いて沈丁咲いて足るくらし   園多佳女 雨月 200305

この2句は、恋も嫉妬も焦燥も、仕事、家庭そのほかの苦悩ももう自分で消化しきって、
穏やかな老後の、静かな境地に入った人の句のようだ。


さて。読んだ範囲の多くの句の中で、最後に一句挙げるとすれば、これかな。

花終へしときは知られず沈丁花  稲畑汀子 ホトトギス 200404



沈丁花を詠んだ数多くの句から、女の恋と時の流れゆくせつなさを詠んだ句を、
時系列で追って遊んでみました。
さて、みなさんは、どの句がお好きでいらっしゃるでしょうか。

蛇足ではありましょうが、恋の句の沈丁花と、ブログ上の沈丁花は、同一人物ではないので、
誤解なさいませんよう(笑)。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re:ノートさんへ

> 早速「沈丁花探検隊」出動しました!

「沈丁花探検隊」…いいですね(笑)。隊員、目下一名(笑)。
それでは私も加わらせてください。

もう、沈丁花の季節もそろそろ終わりですね。
その前に、かすかでも匂いを嗅いでいただけてよかったです。
もう、桜も咲き始めているし、レンギョウ、ユキヤナギ、コブシ、
桃、・・・次々に花々が咲き始めて、沈丁花が咲き終わるのは誰にも
気づかれずにいてしまいます。それが最後の句。

私自身はまったく俳句や歌は詠めないのですが、人の作品を
読むのは好きで、勝手にわが身に引きつけて鑑賞しています。
どちらも、素晴らしい日本の文化ですよね。
作れたらもっといいのでしょうが、どうも私、文章を絞り込むのは
至って苦手でして…(笑)。

ありがとうございます。

追伸

早速「沈丁花探検隊」出動しました!

団地地区をうろついたら予想どおりありました。
もう終わりかけで香りの無いものばかりでしたが、1株だけ香りを感じることができました。

うまく言葉で表現できませんが、おかげでいくつかの句がイメージできるようになりました。

たった十七文字しかないのに必ず季節を織り込む俳句の意味がほんの少しわかったような気がします。

Re: ノートさんへ

私も、読むのは読みますが、俳句や短歌、自分では全く作れませんし、
基本的な素養さえありません。
ただ自分の好き嫌いでものを言っているだけです(笑)。

作る人の思惑とかならずしも一致する必要もなく、読む者が自分の経験と
感性に合わせて好きな句を好き、と言っていいのかなあ、と思っています。

沈丁花。今ならまだまだ見られますから、ぜひその香りを堪能くださいね。
花そのものよりも、本当にその香りで、その存在に気づく、
といったことの多い花です。

コメントありがとうございます。
また、ヒヨドリが、桜の花を落とす春がやってきますね。
とりのなん子さんのように、私もあれを見ると、ヒヨにv-359
となってしまいますが(笑)。

沈丁花をさがして

俳句というと、「~や」とか「~かな」とかまったく日常的に使わない言葉が出てくるので違和感がありました。
でも現代の口語の俳句はすっと体に入ってきます。

しかしそこはたった17音で完結している文学。
一語一語理解していないとまったく意味がわからなくなります。

恥ずかしながら沈丁花というはなをきっちりとイメージすることができません。
きっと近所にも植えられているはずですから、探して観察しています。

ちなみに手元の辞書で調べてみると、現代中国語では「瑞香」。
俳句を読んでみるとこの文字も納得できますが、やはり「沈丁花」のほうがふさわしいような気がします。

Re: morinof さんへ


こんばんは。
私も、よくそういうふうにしてしまうことがあります。
それも大事な文や、長く頑張って書いたものに限って。
緊張するんでしょうか。

消えた文たち、どこへ行ってしまったんだろう、と思うこと
がありますね。

どうぞ、お気になさらないでください。

あ。

 せっかく戴いた拍手コメント、お返事を書こうとしたら消えてしまいました。
内容はしっかり記憶出来ましたが、やっぱり悲しい。「削除」この文字をこんなに
恨めしく思ったのは初めて。

Re: neroneko さんへ

沈丁花の香り。
ガラムマサラのようにスパイシー。そういうふうに考えてみたことありませんでした。
そう言われればそうか、なるほどなあ、と思います。
また、他の花に先駆けて咲ききってしまおうとするところ、赤い蕾から可愛い
白い花、そう言ったところを子供っぽくて面白い、とお感じになるneroneko さんの
感性。それも愉快だなあ、と思いました。
私などは、花一つ見るにしても、沈丁花はこれこれ…、という固定観念で
どうしても見てしまいますが、若い世代でいらっしゃるneroneko さんなどは、
従来の固定観念から解き放たれ、自由に花一つでもご覧になるんだなあ、
と、妙に感動しました。詩人の感覚、ということでもあると思います。

自分がハンドルネームにしていた花。どうも暗いイメージが私の中で
付きまとっていたのですが、『子供っぽくて可愛い花』、という新たな
イメージが付与されたこと。なんだかとても嬉しくて楽しい気がします。
これからそうとしか思えなくなるかもしれませんね(笑)。

確かに、可愛い花ですよね。毬のように丸く群がり咲いて。

『暗がりに涙を溜めて沈丁花』
その句が実はこの記事のテーマを代表する句、と思っていたのです。
わかってくださって嬉しいです。

Re: 鍵コメさんへ

情報ありがとう~。
本当に親切。感激してしまいます。
ゆっくりできるといいんだけど、あわただしい旅になりそう。
タイピエン食べてみますね~。

もう行く前からなんだか懐かしい街になりそう。
ありがとう。

No title

沈丁花は、スパイシーな香りだと感じています。
ガラムマサラを思い出します。
甘くないので、しばらく嗅いでいたいという香りではないし、その辺が、句の不遇さにも表れているんでしょうか。

今まで、気に留めていなかったんですが、この記事を読んで、花びらが厚いということを隣家に咲いている沈丁花で確かめました。
まだ、他の花が咲ききらないうちに咲いてしまおうとするのも、真っ赤なつぼみからかわいらしい白い花が咲くのも、花は控えめなのに香りは主張するのも、なんだか子供っぽくて面白いと感じています。

「暗がりに涙を溜めて沈丁花」が好きです。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: asoboさんへ

asoboさん、コメントありがとうございます。

沈丁花に対しては,皆さんの感じ方は同じなのか、
『春愁』の句、とでもいうようなものが多かったです。
春はそれでなくても、もの想う季節。
沈丁花の香りは、その想いをさらに強めます。

あの香りをかぐだけで、本当、きゅ~んとしますよね。

花の香りはどれも素晴らしい。
匂い桜、薔薇、ユリ、金木犀、・・・・
でも、『とき』。特に『失ってしまった時』を想わせる香り、といえば、
沈丁花が一番ではないでしょうか。

その独特のせつなさの印象が、人を魅きつけるのだろうと思います。

みなさん、わずか17文字の中に、こんな深い想いをこめられている。
いつも長く書かないと想いを届けられない私。
今回これを書きながら、みんなうまいなあとほとほと感心していましたが、
私の性分で、なかなか、簡潔にできません(笑)。

沈丁花の咲くこの季節の、しっとりした雰囲気が、
この記事で伝えられているといいのですけれど。

ありがとうございました。

きゅ~ん。

胸がきゅんといたくなるせつない句が多いですね。
いろいろな意味で、とてもべんきょうになりました。
ありがとう。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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