『第五の敗北、そして…』 

私は今年の2月。こんな短歌をブログに載せた。

この国に 原発を忌むひとびとの
  政治の受け皿 無きを悲しむ


原発はもういらない、この国から原発をなくしたい…
そう願う国民はいまだに減ってはいないはずである。
ところが、その国民の願いをがっしりと受け止めてくれる、民意の受け皿としての
政党が、日本にはない!…そういう嘆きをストレートに歌の形にしてみたものだ。
この想いは、今も少しも変わらない。
いや、この歌を書いた2月より、さらに、私の国政に対する絶望は深まっているとさえ
言えるほどだ。
日々日本の政治状況は悪化している…そんなことが信じられますか?
あの、多くのひとの命を奪った東日本大震災、そして世界を憂わせた福島第一原発事故…
あのような悲劇があって後は、人々が『生きる』ということに謙虚になるのが普通でしょう。
失ったものの大きさの前に、人々が、『よりよく生きよう』と誓うのが普通でしょう。
それが、かえってどんどん悪くなっていっている…そんなことが信じられますか?

野田総理には、脱原発の意志などない。
彼の関心は、自分の在任中に、これまでの歴代政権が出来なかった消費税増税を
やって、総理の業績としてその点で名を残すこと…その一点にしかなかったように見える。
その他のことでは、彼はほんとうにぬるぬると掴みどころがないままに国会を
ただ空転させ、党への国民の期待と信頼をさらに裏切り続けたうえ、今、与党の座を
失おうとしていっている…

それでは、それに代わろうかという政党が、ましなものか、と言えば、それはさらに
ひどいのである。
まずは、安倍総裁の自民党。
彼は2006年から2007年までの短い政権担当の間に、日本国憲法第9条を
変えるための布石として、改憲のための国民投票法案を通している。
さらには、防衛庁を防衛省に格上げさせることも決定した。
教育基本法もいじって、『教育の目標』に『国を愛すること』というものを盛り込んだ。
しかしながら、彼は2007年9月突然健康上の理由で総理の座を下りてしまう。
今度、安倍氏が総理大臣にかえり咲いたら、彼はおそらく、懸案の改憲、それも
軍備強化と自衛隊の海外での戦闘行為を抑止して彼にとって邪魔なあの憲法第9条を
変えようとすることに本格的に取り組むのであろう。
無論、彼の率いる自民党は、そのほとんどが、原発推進派である!
安倍氏は2006年、共産党の吉井英勝議員が、福島第一原発の、津波による全電源喪失の
危険性を訴えたとき、それを握りつぶした、時の政権の総理、当の本人である。

石原新党、橋下維新、これも、その根本において、安倍右翼政権と
非常に似たところが多い。
これらがいずれ、安倍政権と、それからさらに、野田氏、前原氏に代表されるような
民主党右派グループと結びついて大連立が成立してしまったら、と考えるとそら恐ろしくなる。
これらに異を唱える少数者の声は、もう絶対に届かなくなってしまうであろう。
原発は推進され、対外的にはアメリカ追随、対中対朝鮮半島には強硬派の
軍事色の非常に強い国家となっていってしまうであろう!
そうして、対国内的には、国家による思想統制色が強く打ちだされてくるのだろう…
どちらに転んでも、日本はとんでもないことになってしまう。

反対勢力がものを言えない、あるいは力を失ってしまった国ほど恐ろしいものはない。
長年の自民党による一党支配は、日本に数々の悪弊を生みだし、そこから膿を
出し始めた。それなのに、かつて自民党と対等に近く政策論を闘わせた社共という
野党らしい野党はもうないも同然。
何とか、自民党による政治を一度止めたい、自民党に代わりうる政党が欲しい!
その、国民の悲鳴に近い熱望を背負って、2009年、民主党政権は誕生したはずであった……

その、国民の期待を担って出発したはずの民主党政権がだめだとわかったとき。
まして、脱原発の願いを民自公のいずれもが叶えてくれない、復興も進まないと
わかったとき、かつて革新政党として自民党を厳しく追及していた社民、共産党の2党に
人が戻っていくか…そう思うのだが、ところがそうはならないようである。
社民党の福島瑞穂党首や、共産党の志位委員長、新聞『赤旗』などは、震災後、
ほんとうに頑張っている…。それにもかかわらず、それが党勢回復と結びついていかない…
そうして、国民が期待をかけるのは、いや、マスコミなどがいかにもそうであるかのように
盛んに煽っているのは、橋下、石原氏など、右がかった政治家たちの政党ばかりである。

いったいなぜそうなるのであろうか?
日本はどこへ行こうとしているのか?
…それを考えるのに、大変大雑把ではあるけれど、少し日本の政治史を振り返ってみたい…


世界の政治の大きな潮流として、アメリカを中心とした自由主義・資本主義体制の国と、
旧ソ連を中心とした社会主義・共産主義圏があったことはみなさんご承知の通り。
この2大勢力が世界で激しい覇権争いを続けていたことも記憶にまだ残っていらっしゃるだろう。

ところが、ソヴィエト連邦の崩壊、また東西ドイツの統一などによって、
世界の共産・社会主義勢力は急速に力を失っていってしまう。
この冷戦構造は多くの弊害を世界にもたらしていたので、ソ連邦が崩壊した時、
世界の多くのものは快哉を叫んだのではなかったろうか。
朝鮮戦争、キューバ戦争、ベトナム戦争…多くの兵士、人民が戦争で死んでいった…
冷戦構造は世界に緊張を生みだし、核を初めとする兵器の開発競争など、
多くの悪を生みだした…
旧ソ連の崩壊は、そういった冷戦構造の終結を意味し、世界はそれを歓迎したのである。


しかし、 共産主義、社会主義というものは、本当に100%悪いものなのであろうか?
逆に、資本主義、自由主義というものは、本当に100%いいものなのであろうか?
…アメリカのような資本主義・自由主義の国がいいのか、それとも
旧ソ連のような共産主義の国がいいのか…
どちらが決定的に正しくて、どちらが決定的に悪いということはないと私は思うのだ。
自由を取るか平等を取るか、などという極端な問題で争っていても意味はなく、
人間が法のもとに自由で平等で、戦争などなく、皆が健康に豊かに暮らしていける社会がいいことは
わかりきっている。
辿る過程は違うにしても、人間が理想とする社会、というものはほんとうは共通なのではあるまいか、
そういつも思っている…。
そうして同時に、どの体制であっても、言論の自由を封じたり人の命を軽視したり侵したり、
富が少数の者に寡占されて、弱者がさらに苦しめられるような世界は悪いのだ、と思っている…。


なぜ、共産主義だけがかくも憎まれるのであろうか?
共産主義が悪もので、それを排斥するものは絶対の正義なのだろうか?

『1950年2月にアメリカ合衆国上院で、
共和党議員のジョセフ・レイモンド・マッカーシーが、現在では「205人の
共産主義者が国務省職員として勤務している」と告発したと伝えられる演説を契機に、
アメリカ陸軍やマスコミ関係者、学者、ハリウッド映画界などをも巻き込んで
大規模な「赤狩り」に発展した事件があった。マッカーシズムという。
1949年に中国共産党が国共内戦に勝利し中華人民共和国を成立させたこと、
ソビエト連邦が原爆実験に成功し、アメリカの核独占が破れたことなどから、
反共主義者の「共産主義」への脅威感が拡大されたことにその原因はあったと言われる。
やがて、マッカーシーやその支援者の、偽の「共産主義者リスト」の提出など、
様々な偽証や事実の歪曲や、自白や協力者の告発、密告の強要までを取り入れた
強引な手法が次第に大きな反感を買うことになり、マッカーシズムは終焉を
迎えることになる』
ほんとうにひどい、歴史に残る思想弾圧であった。
これが、「自由」を標榜するアメリカで起きたことなのである…
が、しかし、『事件が収まった後も冷戦は継続し、「赤」への不信感は
アメリカ社会の底辺に根強く残され、保守意識の基盤を形成した

(上記『 』内、Wikipedeaより抜粋引用)

世界には共産守護者への根強い憎悪感情が今も残っている。
確かに、旧ソ連の恐怖支配や、北朝鮮の伝え聞く悲惨な現状。カンボジアの
ポルポト政権による大虐殺。ルーマニアのチャウシェスク政権の圧政など、
共産主義国家の悪はいくつもの例がある。
それらを見て、共産主義は悪!と思う人間が多いこともうなずけるのである。
私もこれらをおぞましいと本当に思う。
(断っておくが、日本の今の共産党は、武力闘争を否定。ソ連や中国共産党と
一線を画している!)
しかし、それでは一方、それを批判する自由主義国家のアメリカはどうかというと、
朝鮮戦争、ベトナム戦争、アフガン戦争、イラク戦争を初め、多くの世界の内紛に
ちょっかいを出し、戦争を拡大しそれによって自国の軍需産業を潤し、紛争地での
利権を得る一方で、それらの国々でのみならず、自国の兵士たちにも
多くの犠牲者を出している…
また、新自由主義と呼ばれる経済の仕組みは、富の一極集中や貧富の格差の拡大
などを生みだしてるのは、周知の通り。アメリカ発のリーマン・ショックは、
世界の経済をがたがたにしてしまった…。
折しも、今日この時間に、アメリカでは次期大統領を選ぶための投票が行われている…
オバマ現大統領を激しく追い上げている共和党のロムニー候補は、その政治理念において、
あの、ネオリベラリズム(新自由主義)のブッシュ前大統領の、強権外交と、富裕層優遇の
政治方針と非常に似ている…
アメリカは、また、嫌われ者ブッシュの時代に戻りたいのだろうか?

残念なことに、人間は法の下に平等であるべきであるという、
その根本思想においては非常に正しいものを持っている共産主義は、
それらの悪い国家の例ですっかり穢されたイメージのものになってしまった。

ソ連崩壊…悪い国家がこれで消える…
世界はそう言って喜んだ!
だが、私は、大きなため息と共に、この歴史的出来事を眺めていた。
「ああ、これで、世界の価値観は、アメリカが象徴する資本主義・自由主義ひといろに
なってしまう!」と嘆いたのである。
実際、それ以降、世界の政治はアメリカを中心に回るようになって行ってしまった。
その後のアメリカの専横ぶりは目に余るものがある…

かつて。社民党の前身である日本社会党は、万年野党の座に甘んじてはいたものの、
自民党と対等にやりあって、自民党が暴走するのをある意味、防いでいた時代があった。
政治の世界だけではない。
日本の論壇には、左翼的な思想家というものが一つの漠然としたグループとしてあって、
それらが盛んに論陣を張ってこの国の思想界をリードしていた時代があった。
新聞、雑誌も、それらの論評を積極的に載せて、政治が一方に傾くことを
牽制していてくれたように思う。
学生たちはさらに過激であった。
こういう左翼的な思想家の本を読み、政治を盛んに語って、原水爆実験反対、
安保反対、アメリカのベトナム戦争介入反対、と声を上げ続けていた。
学生たちがもの言わぬ今の時代からすると、なんだか夢の中の出来事のようである…

…ところが、いつからか…この左翼的な勢力というものが力を失っていってしまう…
自民党に異を唱えることのできるものがいなくなってしまったのである…
いや、いなくなったわけではないが、数の上で縮小してしまい、その力を
失ってしまったのである。
日本にかろうじてあった保革2党体制の構造…はっきり言えば、
革新勢力のかなめであった社会党が凋落してしまったのである。
私はもともとそう政治的な人間ではなかったけれど、その革新政党の凋落を
ずうっと悲しい目で見てきた。その敗北の歴史を。

『第五の敗北』…
私が勝手に言っていることばではあるが、それでは第一から第五までを
どんなものと私がおよそ考えているか、本筋に入りたい。

第一の敗北。それは、そもそも共産主義、社会主義というものが、潜在的に、
この現世において富と権力を掌握している権力者たちから憎まれる必然を抱えていたことである。
アメリカにおけるマッカーシズム。日本の治安維持法による共産主義者、自由主義者、
宗教家などに対する苛烈な弾圧などがそれである。文学者の小林多喜二、徳永直、
哲学者の三木清ら多くの人々が捉えられ拷問を受け、獄中死したりそれがもとで病死したりしている。

今、アメリカで戦われている大統領選。オバマは共産主義者ではないけれど、
貧しい人々のために国民皆保険制度をなんとか実現しようとこれまで訴えて来た。
それに対し、ロムニーを支持する層である概して富裕層に属する人々は、激しくこれに
反対する。貧しいものは努力が足りない。そういう人々のために、なぜ私たちの税金を
使わねばならないのか!と。
富と権力を現在所有している者たちは、それを奪われて世界が経済的に平準化することを
恐れる。そして自分たちの富や権力を奪いに来るのではないかと思われる仮想敵を恐れ憎む…

『オバマ、ロムニー両陣営とも巨額の選挙資金が動いているが、とりわけロムニー陣営には
例えば、個人資産7200億円といわれるテキサスの実業家ハロルド・シモンズ氏とその夫人が約20億円、
個人資産1兆7000億と推定されるカジノ王は医師の妻と合わせて43億円、
共和党の支持団体に寄付したそうである。
シモンズ氏はテキサス州で放射性廃棄物の処理場を運営。民間会社が放射性廃棄物の
処理場を運営できるよう、過去にもペリー・テキサス州知事やブッシュ前大統領にも
献金していたという。
「自由な商取引をなくそうとしているオバマ大統領は、最も危険な米国人だ」
シモンズ氏は語っているという。』
 (『 』内、11月6日朝日新聞朝刊より抜粋引用)

つまり、富と権力を握る者にとっては、平等を謳うものは大きな脅威であり、
あらゆる手段を講じて押しつぶしておくべきものなのだ。
彼らは、その権力と富の力を使って、平等主義者を貶め封じ込めようとする…
それが、人間の平等を訴える共産主義などが本質的に抱える、その敗北の第一の要因である…
そう私は思うのである。

第二の敗北。ここからは日本のことについてになる。
そうやって戦前戦中戦後と、『主義者』たちは権力から圧迫を受けてきたが、
『平等』を謳う彼らは貧しい労働者の味方であって、学生たちや知識人たちの共感を得ていた。
日本の思想界は、無論右派の論客もたくさんいたけれど、終戦後から長い間、
左翼的な思想を持つ者が、いわゆる『知識人』として論壇の一つの流れをなしていたと思う。
多くのすぐれた知識人たちがいて、日本の良心を形成していたと思う。
また、ジャーナリズムも、そういう左翼的傾向を持つ新聞、雑誌などが健在で、
ベトナム戦争、沖縄問題などを元気に論じていた。
ところが、それらを決定的に打ちのめしたものがあった…。
その一つが、あの、1972年に起きたあさま山荘事件であろう。
ベトナム戦争やアメリカ追随の外交、官憲による大学の自治の侵犯などに反対する学生たちが、
大きな反戦と反政府の動きを引き起こしたまではよかった。
機動隊に追われて逃げまどい、また東大安田講堂にたてこもって、権力に抵抗する
学生たちの姿は、判官贔屓の気質を持つ日本の民にはまだ、ある種の同情を持って
見られていたと思う。
ところがその運動がだんだん先鋭化して、内部抗争やセクト間の激しい憎悪となり、
ついに、学生運動の仲間を殺害して埋めるという戦慄を催すあさま山荘事件が
起きた時、日本の学生運動は死んだ…
そして、直接事件にかかわりがないにもかかわらず、同じ系統ということで、
社会党、共産党に対する、『怖い』イメージが定着してしまう。
さらに。1980年代になって北朝鮮による拉致事件がだんだん明らかになってくると、
共産主義は怖い、というイメージは拡大する。
北朝鮮寄りの外交姿勢を撮り続け、この拉致を認めようとしてこなかった社会党は、
これでおおきく人気を失う。
カンボジア、ポルポト政権による大虐殺なども、恐怖を増幅する。
つまり、共産主義社会を恐れる一部の人々の反共プロパガンダをまるで現実に
証明してしまったかのように、これらの事件によって、『共産党・社会党は怖い!』という
決定的なインプリントが、国民になされてしまったのでなかったろうか。
武力によってなどではなく、議会において革命を図ろうとする日本の革新政権にとって、
また、日本の2大政党制にとっても、これらの出来事は大変に不幸なことであった…

第三の敗北。
それは、1991年のソ連崩壊である。
これによって、決定的に、左翼思想を持つものたちの、敗北は決まったようなものだ。
共産主義国家、というのは、実は人類の大きな大きな実験であった…。
人類が経験したことのない、壮大な、政治、社会構造の根底からの変革の実験であった。
国家のもとで人間は平等である、ということを実践しようとした壮大な実験であった。
それが、ソ連、という国において実験失敗したことによって、ああ、共産主義というものは
ああいうものでしかないんだ!ということが世界に知れてしまったのである。
結果的に、アメリカを象徴とする自由主義・資本主義陣営の言っていることの方が
正しかった、ということになり、以降、左翼的思想の持ち主たちは、その思想的背景を
決定的に失ってしまう………

第四の敗北原因。
それは、日本において、革新の中心であった社会党、共産党が、
民衆の共感を得られるような、地道な日常活動をしてこなかったことである。
自民党がなぜかくも長い政権独占を出来たのか。
自民党は、一貫して、町や村にその地盤を作るための日常的努力をしてきた。
もともと日本には古くから『ムラ』社会というものが制度的にあって、戦争中には
それが挙国一致体制で戦争に突き進むための土台となり基礎単位となっていた。
自民党はこの仕組みをうまく政治活動に取り込む。
地元の有力者に会い協力体制を作って行き、また住民の細かい要望も聞き届けて
それを解決していくという、きめ細かい日常活動を行ってきた。
村や町の盆踊りにも顔を出す、道路ががたがたで困るという、小さな要望も掬いあげる…
いわば、村レベル、町レベルの小さなことから、国民の中に入っていく努力をしていたと思う。
いわゆる地域への利益誘導によって、日本の隅々にまで自民党は支援体勢を広げて行ったのである。
…そうやって自民党が長年かけて築いてきた、地元の地盤。それが一方で
癒着を生みもして来たのでもあるが……。
原発を地域に受け入れさせるにも、その他大勢の住民の意志なんて実は関係ない。
元からの地域の大地主や産廃業者や土建業などの、地元実力者を取り込んでさえいれば、
原発導入でもなんでも、物事はスムーズに進んできたというところがある…。

ところが一方の、反対勢力たる社会党はどうだったろうか…
社会党の基盤は労働者である。それはいい。弱い労働者の側に立ち、その
権利を守ってやる…それはいい。
ところがだんだん社会党は労働組合に票を依存するようになる。
そして国民そっちのけで政権内部の主流争いに明け暮れた…。
共産党はどうか?
共産党は、日常活動をこまめにやるところは自民党と似ていた。
だが、これもだんだん、組織が大きくなるにつれ、党員やシンパ以外の人々の
理解を得る活動に後ろ向きになる。
私は一時『赤旗』を取っていた。いい新聞である。だがいつも、「これを
内部の人間だけにとってもらってても、この声は全然外には広がっていかないよなあ…」
と思っていたものである。共産党は、その長い迫害の歴史から、これもやはり
かたくなに内に閉じこもっていた…党員だけがお互いに理解していればいい、というような
内向きな広報活動しかしてこなかったのではあるまいか?
私は、ずうっと昔からの社共シンパではあるが、それでも、町レベルでそれらの議員たちが
どんな活動をしているとか、どこの祭りに顔を出したとか、ほとんど聞いたことがない!

このように、社民、共産党が選挙で敗北を重ね、今日のように縮小してしまった原因は、
その内部自身にもあった、ということが言えるだろう。
あろうことかさらに社民党は、村山富市党首の時に、自民党と連立政権を組んでしまう!
あれで、社民党を決定的に見放したシンパは多かったのではなかったろうか。
私なども、「ああ、これで社民党はお終いだ!」とがっかりしたものである。
こともあろうに、自民党と組むとは!…

第五の敗北。
さて、今の日本の政治。
細川内閣、羽田内閣の時にほんの一時、自民党が政権を失ったものの、
ずうっと自民党は議員数で圧倒的優位を保って、国の政治を独占してきた。
長く権力の座が続けば、腐敗も生ずる。
2009年の総選挙で、自民党が民主党に大敗して野に下ったのは、
国民が自民党の政治にほとほと嫌気がさした結果ではなかったのか!
いまだに記憶に新しい、あの総選挙。日本に、長らく一党支配に近い
自民党政権が続いた。それを変えたい!というのが国民の切なる願望であり、
あの選挙結果はその表れであった。
自民党と対等に、国会で渡り合える政党。自民党に代わり政権を担当しうる政党…
それを国民は熱望したのではなかったか!

ところが翌2010年の参議院議員選挙で、消費税増税を菅総理が口にしたことが
直接のきっかけとなって、国民は民主党にそっぽを向き、自民党が圧勝して、
いわゆる『衆参のねじれ』が出来てしまった。
審議が進まない…大事なことが決まっていかない…
とりわけ、大震災以後は、そのねじれが、政治の空白を生みだしてしまい、
復興そっちのけで、政治の権力闘争に明け暮れる与野党の姿に、ほんとうに
国民はあきれ果ててしまった。

私は、この、2010年の参議院選で国民が短兵急に、政権をとったばかりの民主党に
普天間基地問題や選挙資金問題や、消費税増税案などで厳しいお灸をすえたこと、
参院選の惨敗で国会運営の『ねじれ』状態が生じ、それでなくても慣れない政権運営に
おたおたしている民主党から、力の半分を奪ってしまったことが、第5の敗北の始まり
だったのではないかと実は思っている。
考えても見よう。消費税を上げねば国の経営が成り立たなくなるほど、放漫な
国の財政を続けて来たのはいったいどこの政党だったのか!
沖縄問題をかくも長年放置して、沖縄だけに負担を強いて来たその直接の責任は
どこの政党にあったのか!
民主党政権はその自民党の悪政の尻拭いからスタートしなければならなかったのである。
ブッシュ政権が8年続いた後のアメリカを立て直すのに、オバマ政権の4年は短か過ぎる。
自民党のやりたい放題の跡始末をするのに汲々としていた民主党政権に、
たった1年でお灸をすえるのは、あまりにも、国民は短兵急でなかったろうか?
生まれたばかりの政権に対し、国民もあまりにも過剰に期待を寄せすぎ、そして
その果実をあまりにも早く求めすぎたのではなかったろうか?
そういった意味で、私はあの2010年の参院選の、国民の選択を悔いるのである。

さらに。
2011年3月11日。あの、悲劇が起きた…。
東日本大震災、そして福島第一原発事故への民主党菅政権の対応がよかったとは、
私も到底言えない。
SPEEDIの情報が生かされず、いたずらに付近住民を被曝させてしまったことなどが
その最たるものであろう。原発事故対応に関して、福島の人々の健康を第一に守る
という大義をおろそかにしてしまったことは、政権として大きな大きな罪であったと思う。
…しかしながら、あの時、国の中心になって事態の収拾に奔走する菅総理を、
後ろから横から支えようとしたものがいただろうか?
自民党は些細な手続き上の難点をあげつらって、菅総理の協力要請を断った!
自民党が被災地のためにいったい何をしただろう?
当時自民党幹事長の石原氏は、ごく早い時期にSPEEDIのことを知っていながら、
政権が求めてこないからと知らん顔を決め込んでいたことを、『TVタックル』という
番組でぺろっと漏らしてしまったのを、私ははっきり聞いている。
菅総理本人が注水を中断させた、という未確認の情報を流し、マスコミで
菅総理が叩かれることになった騒ぎの大元は安倍晋三氏である!
これは後に明らかな誤解であったことが判明してきたにもかかわらず、菅総理の
悪いイメージはこれによってある意味定着していってしまう。
マスコミは菅総理の欠点を面白おかしくあげつらって、その足を引っ張るようなことばかり
していたではないか!
曰く、東電でどなり散らした、視察に行って現場の作業を遅らせた、そのとき防護服を着ていなかった…
東電の罪が責められるべき時に、そうして原発をそもそも導入し、長年推進し続けて来た
自民党の罪も問われるべき時に、何より、国を上げて被災地の救済を第一義に
議論すべき時に、菅総理の行動ばかりが国会やマスコミで取り上げられ
糾弾で国会が空転することの異常さ!

菅総理を自民党が叩いたのは無論、仲間の民主党でさえ、背後から銃で撃つような真似を
したのではなかったか。
そうして、マスコミを上げての菅バッシングに国民も乗っかって、菅総理を引きずり下ろして
しまった…
私はこれを、2010年参院選の国民の判断と共に、国民が冒した、国民が
その結果喫した『第五の敗北』と、心の中で思っているのだ……。

私が3.11後、菅総理を異常に応援するように傍目からは見えていたろうか?
…随分、菅総理擁護の記事を書いてきた…
なぜ、そんなにも、菅総理を応援していたか…。

それは、彼が、一番ましに思えたからである…
思い返してみよう。3.11直後、総理大臣としてその対応に
数々の彼が負うべき重い罪はあったにしても、彼以外の現存する政治家のいったい誰が、
2011年5月時点に脱原発の方針を明確にうち出していただろうか?!!!
菅総理は愚かな政治家であったかもしれないが、あの東日本大震災と福島第一の事故の
恐ろしさを、この国で一番、震えあがるほどに実感した人の一人であったのではなかろうか?
菅総理をもっと評価すべきだと私が思うのは、そこで彼が目覚めたことである!
彼は国民と直接語ろうとした。ネット上で対話集会を開き、また諏訪でも直接国民の声を
聞こうと出かけた…
自民党、身内の民主党、経済界、マスコミ、論壇…菅下ろしの激しい逆風の嵐の中で、
何とか原発を止めようとして、国民の声をその背に受けたいと粘り続けた…
だが、誰も彼の援護射撃をしなかったのである。
朝日の天声人語子を初めとして、これまでリベラルと思われていた言論人までもが、
彼を笑い者にして、とうとう国民全体で菅総理を引きずり下ろしたのでは
なかったろうか!
無論、菅総理に悪いところがなかったとは言わない。
彼の脱原発発言は、身内からの反発のあまりの強さに時に妥協を強いられ、
結果的に彼がぐらついているように見えてしまったことは、私が今も非常に残念に思うことである。

消費税増税発言の時もそうである。結果的に今では国民は『増税は仕方ないよなあ…」と
認めているではないか。あの時おたおたせずに、こうこうこうだから、消費税をあげます。
その代わり社会保障はこのように充実させます、と国民に腹を割って訴えればよかったのである。

どこの国の国民も、国民というものはえてして強い政治家を求めるものである。
悲しいことに、その政策の中身についてあまり吟味することなく…!
菅総理はその点で、腹のくくり方が弱かった。総理を辞めた後のように、
彼がもっと自分の意志をはっきり貫いていてくれたら……

さて。菅総理がそうして、無理やり総理の座から引きずり降ろされたあと。
総理の座についたのは、野田佳彦氏であった。
彼のとってきた政治姿勢は、もうみなさん、いやというほどご覧になったであろうから、
ここではあえて書かない。
私は、もし国民が、他の政治家よりはましと思って菅総理を背後から強烈に応援し、
彼があのまま総理の座を続けていられたら!とどれほど悔いたことであろう!
野田氏が総理になったことによって、この国の脱原発は、20年いや、それ以上の
遅れをとってしまったのではないかと私は、悲しく思っている……
菅総理が国家戦略として、いついつまでに原発ゼロにする、と閣議決定するところまで
せめてやることが出来ていれば、仮にこの次、自民党などが政権をとっても、
それは拘束力となって、この国を脱原発に向けて動かし続けたであろう…

ほんとうに、あの異常な菅バッシングは、いったい何だったのであろうと
私は今も考える…
前にも何度も書いているが、その後いろいろな形で明らかになってきた、
電力関連業界、政界、官僚、経済界、学界、マスコミ、文化人…
いわゆる原子力ムラというどうしようもなく広く根深くはびこって来てしまった原発利権の闇…
あの菅バッシングは、それらがこぞって、自分たちの利益をつぶそうとする総理大臣なんてとんでもない!と
巧妙、周到かつ広汎な、菅つぶしキャンペーンをマスコミが中心になって行い、国民がそれに
うかうかと引っかかった結果なのではないかと私は考えているのである…

そうして、さらにその裏には、社会主義・共産主義をわけもなく忌み嫌う人々の
菅嫌い、『市民運動家上がりの総理なんて!』という偏見が、大きく動いていたのでは
ないかと、また、考えている。
櫻井よし子氏初め、何度この、『市民運動あがり』という蔑視的発言を
菅総理に関し耳にしたことであろう…

市民運動の何が悪いのであろうか!
それは、窃盗や痴漢などの犯罪を犯すのと同列の破廉恥な罪なのであろうか?
市民運動は、今でこそ、明治公園、代々木公園、国会議事堂前・官邸前、
関西電力前、大飯原発前などでのデモや集会によって、
国民が政治に物申すことのできる数少ない手段の一つ、国民の有する権利なのだと、
少しずつ分かってもらえるようになって来ていると思うけれど、
わずか1年前、菅下ろしが激しく吹き荒れていた頃は、まだ、『市民運動家=変な人』という
暗黙の図式が、国民の頭にもありはしなかっただろうか?

30年も反原発を訴え続けて来た小出裕章氏、高木仁三郎氏、広瀬隆氏、
六ヶ所村の菊川慶子さん…それら多くの反原発の学者、市民運動家たちは
これまでどれほど、その色眼鏡に悲しい想いをしてこられたことであろう…!

なぜ、政治への意志表明の数少ない手段の中の一手段として国民の正当な権利である
市民運動というものが、それまでかくも偏見を持って見られてきたのか…

私はそれを、『原発はいいもの…安全で安価でクリーン』という陰の一大情報操作と同じ質の、
いや、それよりももっと歴史的には長い、社会主義・共産主義嫌いの権力家たちによる
巧妙な誘導が密かに行われてきた結果ではないかと思っているのだが。

考えてみてみよう。
これを読んでいる人のどなたも、おじいさんか曾おじいさんか、あるいは
老先生か、近所のおばさんか…年配の誰かから『アカ』『主義者』などという
蔑視の言葉を一度くらいは聞いたことがあるであろう。
しかも、ソ連崩壊や、ポルポト政権やチャウシェスクや北朝鮮の拉致事件や…そういったことの
起こるはるか以前に、である。
彼らは一体、その『アカ』と言われる人々に直接会ったことがあったのであろうか?
そうして、なにか恐怖を覚えるほどの被害をこうむったことがあったのであろうか?

おそらくそのほとんどはそういう経験はないにもかかわらず、誰かが『あいつはアカだ!』
というのを聞いて、『アカは悪い』『運動家はこの世の悪だ』というインプリントを
されてしまっていたのではなかっただろうか…
それは、『原発はクリーンで安全で安い』ということを私たちが信じ込まされ、
それに反対する人々を『市民運動家』などという言葉で一種特別な目で見るようになった過程と
実は酷似している。
私は、自分の母が大好きであった…心のまっすぐな、貧しくともプライドを失わぬ女であった。
しかし、その母が昔々、私がまだ小学生などの頃、特定のひとに対し蔑視的表現を
口にしているのを時々聞いたことがある…
子供心に、私はそれを非常にいやなことだと思っていた。
母がいったい、どのような害を被ったことがあったであろう。…おそらくなかったはずである。
ただ彼女は、誰かがそういうのを聞いて育った来たのであろう…
そして、それを私がまた聞いていた…

このようにして、庶民の間に、理由ない偏見や蔑視は受け継がれていく…
ただし、そこにはもともと、そういう噂を作りあげた歴史や、社会構造が
あったはずである。それらは、いつか、あるとき、誰かによって(おそらくは時の
権力者によって)捏造されたのである

私たちはこれまで、そのような巧妙かつ周到な世論操作や偏見形成が、歴代政府や
経済界その他の権力者たちによって行われてきて、自分も知らず知らずのうちに
それをいつしか信じるようになっていた、などと考えてみたこともなかったのではないだろうか?

でも。3.11後の数々のマスコミ報道やネットでの情報などによって、
『原発はいいものだ』、という刷り込みが、権力者によってどれほど巧妙かつ広く深く、
信じられないほど巨額のお金とエネルギーを使って行われてきたか、ということを
私たちはすでに知ってしまった!
マスコミ自身がそのお先棒を担いで、一大刷り込みキャンペーンは継続され
見事に成功してきたのである。
庶民の間に根深く広くはびこる『アカ』嫌い、『市民運動家』への蔑視も、
一部はそうやって同じ手法で形成されてきたのではなかろうかと考えてみたことが
おありだろうか?
それゆえに、原発への恐怖を感じていながら、『脱原発』をただ一人叫ぶ総理大臣を、
無理矢理、皆して引きずり下ろしてしまう、などという逆説的なおかしなことが起きてしまったのでは
なかったろうか?!
いわば、原発に巣食らう原子力ムラの人々の願う通りに結果、なってしまったのである!
私たちはそのことを深く考えてみる必要がありはしないだろうか。

私たちはしかし、この1年で随分賢くなったはずである!
どれほど私たちは多くのことをこの一年で知ったであろうか!
私たちは巧妙に仕組まれた情報操作の網の中に取り込まれているのだということ…
それを望んで、それに途方もない大金をつぎ込む人々があるということを…
(これについては、また別に書きたい。)

さて。国民が冒してしまった選択の過ちを責めるようなことばかり書いてしまったが、
それでは、自民党に代わりうる政党を、という国民の切望を受けて誕生した
民主党政権に過ちはなかったのか。
…無論山ほどある。
その中でも、私が決定的に民主党はだめだなあ!とがっかりしたことを
いくつか書いてみる。

その第一は、国民が自分たちに何を求めているかを、民主党が徐々に見失ってしまったことだ。
国民の願いとは何か。それは、『自民党と同じ政治をして欲しくない』ということであったのではないか?
官僚と癒着した、官僚が後ろで糸引く政治。大規模公共土木事業優先の、土建国家体質。
天下り団体をどんどん増やしてそこにどぶどぶ税金をつぎ込む構造。
国民の生活よりも自分が選挙に勝つことが大事、そのために政争に明け暮れる議員たち…
アメリカにべっとりと追随して行くだけの自主性のない外交姿勢。そして原発推進…

しかし。民主党は、その根本の国民の願いをいとも簡単に忘れ、自民党と
まったく同じ政治をやり始めてしまった!
あろうことか、自民公明とつるんで、しかも、そっちの政策を採用して行く始末。
今度の大事な大事な消費税増税分も、本来の目的の社会保障費と直接関係ない
省庁の事業へのばらまきがまた出来るような条項が、自公の押しつけによって
入ってしまっている!
社会保障と税の一体改革の付則18条(消費税率の引き上げに当たっての措置)。
『成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、
我が国経済の成長等に向けた施策を検討する』という個所がそうである。
このままだと、また、増税分の消費税が社会保障費ではなく、
防災の名の下に復興税の流用以上のデタラメに使われるのは目に見えている。
この『シロアリ』条項を元の民主党案にくいこませたのは自民、公明の両党である!

民主党はもともと、いろんな政党からの寄り集まりで出来た政党である。
右もいれば、左に近い色合いの議員もいる。
しかしながら、党としてまとまって、しかも政権を担当するまでになった以上、
自民党と同じ政治をしていったい何になるというのだ!
自民党と違う政治をして欲しいからこそ、国民は彼らに票を投じたのだ、という
根本のところをすっかり忘れてはいないか?
原発に関してなどはその最たるものである。
自らが行ったこの夏の、国民の声を聞く試みで、じつに80~90%の人が
原発ゼロを願った。まあ、この数字は割り引いて考えた方がいいにしても、
国民の原発いらないという想いははっきりしている。
それなのに、民主党は、国民の声よりも、一部の地元民、アメリカ、経済界の脅しに
屈してしまった!
これでは、民主党が人気を急速に失っていっても不思議はないというものだ!!!

このように、ダメダメばかりの民主党だが、それでも、この体勢を立て直すチャンスが
2回ほどはあったと私は思っている。
一つは、小沢氏の離党の際である。
小沢氏は、民主党に不満があるというなら、、民主党に残って内部から変えて行くという
選択肢もあったのではなかったろうか?
民主党を離脱した小沢氏に、今、光があてられることは少ない。
脱原発を言ってドイツの視察に行ったりしているけれど、それがマスコミに
大きく取り上げられることは少なかった。
この9月の、民主党の総裁選の時に、小沢氏がまだ離脱などしないで民主党に
残っていて、野田氏の対立候補として立候補していたら、民主党総裁選はもっと
マスコミの話題を呼び、いやが上にも国民の興味を引いて、民主党が変わるかもしれないという
期待が生まれていたのではなかろうか。
小沢氏は勝っていたのではあるまいか。
そして、もう一度民主党に賭けてみようと思う国民は案外多かったのではあるまいか。

しかし、残念ながら、小沢氏は、野党に自ら下った。
意図的にかどうか、ジャーナリズムはほんとうに彼の活動や党に光を当てない。
今現実に第三党であるのは『国民の生活が第一』であるのにも関わらず、
第3極はまるで、石原新党と橋下、それしかない、というような報道ばかりである。
小沢氏は果たして、次の選挙でどれほど戦えるであろうか。
私は、彼が、『城を明け渡してしまったリア王』のようにならねばいいが、と
日本に政治のために恐れるのである。……リア王のような、悲しいさすらいの王に……。

さて。もう一回、民主党が浮上するチャンスだったのでは、と私が思うのは、
やはり9月の党首選の時のことである。
自民党が候補者がたくさん出て総裁選が話題になる。野田総理のなし崩し的就任では
話題性に欠けると見て、一時、細野氏が立候補するよう、まわりが盛り上げた時期があった。
ところが、細野氏がおだてられてその気になったところでいきなり梯子が外される。
藤井裕久最高顧問は6日夕、細野氏と国会内で会談し、「君の一生のことだから心しろ」
と諭したという。
私は、細野氏が首相の器だとは思わない。彼は弱すぎる。
だが、伸びしろはまだたくさんあるのではないかと思っている。
自民党に飽き飽きしている国民、そして野田政権にあきれ果てている国民は、
若くて見場もいい細野氏がもし立候補していれば彼に期待して彼は党首選に勝ち、
民主党人気は一気に上がっていたのではなかっただろうか。
すくなくとも、支持率17~19%というここまでひどいところまでは落ちぶれていなかった気がする…
細野氏の梯子を外した人間は、いったい、野田総理でどのように勝算を描いていたのだろう?
野田総理で選挙に勝てるとでも思っていたのか?

私は、民主党政権が誕生してから、菅下ろしを経て、この9月、野田佳彦氏のような
ひどい総理を再選するまでの一連の国民および政治の選択を、『第五の敗北』と心の中で呼んでいる…。


民主党がまた政権を手にできるような党としてあり続けるためには、民主党の取るべき方針は
一つしかないのじゃないだろうか。
…それは、リベラル…まあ、極端な左派でなくともいいから、せめて中道左派~中道の道を
はっきりと取ることしかないではないか。 
安倍総裁の自民党、石原新党、橋下維新…これらは皆、大きく言って右翼的色彩の濃い
政党である。
それらと同じことをして民主党に生き残る道はあるまい。
そんなことは素人の私だって考えて来た…
私は昨年、菅総理の民主党に、メールを何回かしたことがある。
民主党は自民党との違いを明確にせよ。自民党と同じ路線をとっていては、
やがて大連立で自民党に吸収されてしまう…
脱原発という方針を明確に取ってくれ!!!
それは一国民としての私の、悲鳴のような訴えであった。

しかし、民主党は愚かにも、自民党となんら変わらない
政治姿勢をとり続けて来た…そしてこの体たらくである。

遅ればせながら、10月27日、民主党安住幹事長代行は、こんな発言をしている。
『穏健な保守から中道リベラルの結集が民主党の軸』と。
11月に入ってからも、岡田副総理、細野政調会長、安住幹事長代行などが民主党は
中道の道を行くと、しきりに言っている。
今頃気づいたのか!あまりにも遅すぎる、っていうのっ!!!
それでも、まだ、気づいただけいい。それに対し、右派の色彩の濃い野田総理は、
『中道』という言葉さえ嫌い、『中庸』という言葉を敢えて使っているようである。
『中庸』…なんですか、そりゃ!
民主党よ。野田佳彦氏を総理に戴いていては、党はお終いだ…

さて。この記事を書いている間にも、海の向こうのアメリカでは、
オバマ氏が大統領選で勝利した。…ふう~……一応よかった!

日本はこれから、どういう選択をしていくのであろう…
折角そこから逃れ出た自民党政権にまた回帰していくのか…
しかも、今の自民党は、かつての自民党より悪くなっている。
かつては、自民党の中にも保守リベラルと言えるような懐の深い政治家がいて、
自民党が暴走するのを抑えていた…
今の自民党には、もう、そうした人物はいない。
民主・自民の二大政党にあきれ果てた有権者たちは、右翼的とわかっている
石原、橋下氏などを、ただ目新しくて強そうだ、というだけの理由で
選ぶのであろうか…
最悪の場合、いずれ自民党と民主の極右派までが、石原・橋下と組んで一大勢力となって、
政治をほしいままにし、ゆるぎない強権国家、軍事色の強い国家をこの日本に誕生させてしまうかもしれない…
そうなってしまったら、もう脱原発など、国民の声は通らない……

そうしたら。そのとき、日本人は、『第六の敗北』を喫することになるであろう。
私はそれを、心から今、恐れている。

『第五の敗北』…それは、誰の、誰に対する敗北か?

私が応援してきた社民・共産など左派政権の、自民党に対する敗北か?
いやいや、そんな単純なもんじゃない。
私が思う『敗北』とは、
『政権を担当しうる2大政党が欲しいと願う国民』の『官僚と癒着した政党の一党支配の構造』への敗北、
である!
『「国民主権」の、まっとうな国作りを願う人々』の、『権力と金にたかる既得権益集団』への敗北、
である!!!


これがどんなに悲しいことか、国民は今、一度しっかり考えてみる必要がある!
東日本大震災の被災者が今どういう暮らしをしているか!
それなのに、復興に使うためのお金が、まるで関係ない捕鯨反対のグループへの対策費や、
法務省に至っては、囚人たちにブルドーザーの運転を学ばせるためのブルドーザー購入!
(囚人が出所したら、被災地支援に行きたがっている、なんてのは後のつけ足しの言い訳である!)
信じられないことには、原発立地自治体で、反原発の過激な運動家が
出没するので、その監視用のための警察車を新規購入、なんて言うのまであった!
本来被災地の人々を安全な温かい場所に移してあげる、職や食の安心を保証する、
そういうことのために使われるべきお金を、各省庁が寄ってたかって関係ないことに
むしり取っていってしまっていた!
国民無視のこんな政治を許してしまうこの悲しさ口惜しさ!
原発がどれほど理不尽で非情で、また経済的にもすべての面においてろくでもないものか…
それがわかっていながら、既得権益集団に政治も行政も経済も言論も、雁字搦めにからめとられて
やめさせることが出来ないこの悲しさを!

そして。
私はさらに、国民は、第五のこの敗北を喫しただけではなく、今、『第六の敗北』
に向かってひた走りに走っているのではなかろうか…そう思ってうちひしがれている…

『第六の敗北』…それは、国を軍事国家に徐々にしていき、国民を思想統制するような
国家の出来(しゅったい)である…
日本が、そんな国になってしまうことである…
今、ひしひしと、そういう勢力が発言行動を強めていることを私はこころからこころから恐れる…

今度の選挙は、日本の将来を、本当に冗談でなく決定的に方向付けてしまう
大事な大事な選挙になるであろう。
折角、2009年に国民が生んだ、新しい日本の政治への期待の芽。
それをここで摘み取ってしまってはいけない!

政治家は国民が育てていくものなのだ。
今日本に情けない政治家しかいないとしたら、それは国民が政治に対し
無関心で怠惰で人任せであった結果である。
厳しいいやなことを言うようだが、

一国の政治は、その国の民度をそのまま表す…

私はそう思っている……

 





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Re: hoshigaribitoさんへ

hoshigaribitoさま、こんばんは♪
コメントありがとうございます。
hoshigaribitoさんのところへお邪魔するのですが、コメント欄も、拍手も
ない、極めてストイックなブログでいらっしゃるので(^^、
こうやってここでお話させていただくことが出来ますと嬉しいです。
いつも素晴らしい考察と、ぴりりとひき締まった文章だなあ、って思っているんですよ。

>下からファシズム

ああ、ほんとですね。戦時中の世論形成ですが、実は軍部がジャーナリズムや
国民の戦意発揚を指導して行った、という側面だけではない、むしろ、
ジャーナリズムや国民自身が好戦論を煽って、軍部がそれに応えた、という側面も
あったと思っています。日本国民は決して、開戦に関して一方的な被害者、と
言えるものではない、と。
今度の尖閣問題の発端にしたって、石原都知事が、尖閣を都が購入したい、などと
この4月に言い始めたとき、寄付金を募ったら、なんと半年くらいの間に15億円近くのお金が
東京都に集まった。
同じく都がオリンピック開催のための寄付金を募ったら、いくら集まったって
言ってたかなあ。募集開始から1週間で、34人から寄付があり、合計金額が
2万円ちょっとしかない、と。(8月3日付け。日本経済新聞より)
同じ半年くらいでこちらにはどのくらい集まったのか、その後のことは知らないけれど、
単純に6か月に換算したら、60万くらいしか集まらないということになる…

石原都知事が言いだしっぺということはあるのだけれど、それに賛同する日本国民が
尖閣に関しては、そんな大金が集まるほどたくさんいて、熱意もあるということですよね。
私自身は、東京でオリンピックなんてやることないと思っているほうだけれど、
それにしても、世界のスポーツの祭典であるオリンピックにはそんなに関心が低い
同じ国民が、尖閣購入にはそんなに多額の金を寄付する、というのが、なんと怖いことなのか
と思うんですよ。
こういうのを見ていると、hoshigaribitoさまと同じで、私も、この国の国民は

>『日本人はある意味では、
> 「政治に対し、無関心で怠惰で人任せ」であるよりも、積極的なんですね・・・
> その結果、とんでもない過ちを犯してしまう。』

と思ってしまいますね…
ファッショ的なものに、熱狂的になりやすい気質を持っているのだろうか!
と、ついそら恐ろしくなってしまうんですよ。
今回の尖閣問題の火をつけたのは石原氏(無責任な老醜政治家!)ですが、
その後国民はそれを鎮静化することを望むどころか、油を注ぐような言論が
多く見られました。好戦的な気分は、国民が煽って政府がそれに応える、というケースも
なくはないのだと、この問題に関して思いましたね…

> 橋下よりも、周りの聴衆(=善良な市民)のほうが、そら怖ろしくなりました。
> 息子か孫の晴れ姿でもあるかのように、目を輝かせ、声援を送るおばちゃん、  
> 一言一言に、そうだそうだと頷きながら、拍手するおじいさん・・・
> 橋下は、1時間弱の演説のなかで、「弱者切捨て」を宣言しただけです。
> それにまるで気づいていない。いちばんの標的は自分達だということに・・・
>
> 自分たちの首を絞めるファシストに、すすんで期待し、支持を送ることで、
> 時代を逆戻りさせてしまう国民の、度し難い残酷さ、無責任さ。 

これ。残念ながら、そうなっていっていますね。
今日も、テレビのニュースショーのようなのを見ていたら、石原、みんな、
橋下などの連携を、女性のタレントが、歓迎するようなコメントを述べていました。
きっと彼女は、石原氏や橋本氏が、どういう政治をするだろうというその中身については
ほとんど考えていないのだろうと思います。平和憲法を捨てて、国民を徴兵制などに
駆り立てていくかもしれない人々の、そのしでかしそうなことの中味は。
彼女が望んで見ているのは、彼らの政治の手法だけなんですね。
つまり『決められる政治』とか、『官僚をぶっ潰す』とか。
決められればいいのか!何でもかんでもサッサと決められれば、それがいい政治なのか!
中味がどうでも、たとえそれが将来あなたの子供を戦場に送るようになる危険を
秘めたものであろうと、決められる政治ならそれでいいのか!と問いたいですね。
…こうして、有名なタレントさんなどが『決められる政治』などと一言言うと、
それを見ているお年寄りの一部などは、「ああ、そうだ、もの言いがはっきりしていて、
なんでもバシバシ決めてくれる人がいい!」と思ってしまって、危険な中味を
持った政治家に投票してしまうわけです。……

> 年内に行なわれるであろう選挙・・・暗いの時代への幕開けになると思います。
> いまの情勢だと、最悪の結果は避けることができないでしょう。
> 絶望せず、これからの厳しい時代を、耐え抜く覚悟が必要だと思います。

はい。そうですね。
だから私も、少しでも声をあげたいと思っています。
9月は、「ああ、もう日本はだめだ!脱原発も、沖縄も、日本の本当の意味での
アメリカからの自立もこれでまた20年くらい逆戻りだ!!!」とがっくりして、
ほんとにブログ書く元気もありませんでした…

でも選挙が近いとなると、じっと悲しんで眺めてばかりもいられない。
とにかく、右翼的な安倍自民党と、石原、橋下だけはやめてくれ!と声を
上げて行くつもりです。日本がいったいどこに引っ張っていかれるか恐ろしいです。
まずは、都知事に宇都宮健児さんを当選させたいなあ。
護憲と脱原発を望むひとよ、宇都宮さんを!と訴えたいです。
次の記事で、書こうと思っています。^^

ありがとうございます♪

ファシストを育てる日本人

彼岸花さま。失礼いたします。

戦後日本の凋落の過程は、
彼岸花さまが整理してくださった通りではないでしょうか?

>政治家は国民が育てていくものなのだ。
>今日本に情けない政治家しかいないとしたら、それは国民が政治に対し
  無関心で怠惰で人任せであった結果である。
>一国の政治は、その国の民度をそのまま表す…

その通りだと思います。
そして残念ながら、日本人は、民衆の代表者としての政治家ではなく、
衆愚の偶像である、ファシストを育てる才こそ豊かなことに、慄然とする思いです。
戦中の天皇制軍国主義も、ナチスもうらやむ、下からファシズムでしたよね。
いま、あの敗戦と原発震災を経てもなお、歴史の責務を悟らない国民によって、
まったく無責任に、同じことが行なわれようとしています(第六の敗北)。

先日、橋下市長の街頭演説を聴きに行ったのですが、
間近に見る彼の、やる気満々の態度、熱意ある訴えにも関わらず、その内実は
人をたっぷり篭絡する、空疎な言葉のパレード・・・ああ、日本人の政治家は、
どこまでも、大衆の無知と俗情と無責任だけが、よほど頼みなんだなあと・・・
橋下よりも、周りの聴衆(=善良な市民)のほうが、そら怖ろしくなりました。
息子か孫の晴れ姿でもあるかのように、目を輝かせ、声援を送るおばちゃん、  
一言一言に、そうだそうだと頷きながら、拍手するおじいさん・・・
橋下は、1時間弱の演説のなかで、「弱者切捨て」を宣言しただけです。
それにまるで気づいていない。いちばんの標的は自分達だということに・・・

自分たちの首を絞めるファシストに、すすんで期待し、支持を送ることで、
時代を逆戻りさせてしまう国民の、度し難い残酷さ、無責任さ。 
なぜこんなことになるのか・・・日本人はある意味では、
「政治に対し、無関心で怠惰で人任せ」であるよりも、積極的なんですね・・・
その結果、とんでもない過ちを犯してしまう。

そのあたりの問題点は、また考察してみたいのですが、とりあえずは、
年内に行なわれるであろう選挙・・・暗いの時代への幕開けになると思います。
いまの情勢だと、最悪の結果は避けることができないでしょう。
絶望せず、これからの厳しい時代を、耐え抜く覚悟が必要だと思います。

Re: その日暮らしさんへ

その日暮らしさん。こんにちは。
ありがとうございます♪
一所懸命書いてみました~。
まだ言い足りないところ、考察の浅いところ、抜けているところ、言い過ぎなところ…
たくさん問題点は残したままですが、とりあえずこれを書いてしまわないと
先に進めない気がしたものですから……

>矛盾が露呈し、もはや限界にある資本主義の終焉の後には、どのような世界が待っているのでしょう。
>「権力は腐敗する」という定義に従えば、もうどのような政治体制になろうと諦めることになるでしょう。
>そうだとすれば、僕たちは「権力」を無化するように不断の努力をしなければならないように
>思います。そこでは、僕たち民衆の意志と力量が問われることになるのだと思います。
>思い返せば、沖縄が米軍に占拠されていること、また原発を押しつけられたうえに
>それを爆発させてしまったこと、そうしたこの「国」に現象しているあらゆる局面は、
>たとえ無意識のうちにだとしても、突き詰めて考えると僕たち民衆が全体で
>つくり出した現実であるはずです。

>その意味では、国民主権を前提とするかぎりにおいて、政治家の質が低いのは
>国民の質(民度)が低いからに他ならない、と言えるでしょうね。
>質的には、全てのことが我々民衆の意志と力量に委ねられているのだと思っています。

ああ。まったくおっしゃる通りだと私も思っています。
前のMATZ-TSさんへの返事にも書きましたが、もう今から10年ほども前のこと。
テレビで、尾崎行雄の娘、相馬雪香さんのことをやっていました。
立憲政治の父と言われたひとの娘。
この日本で、いまだに議会政治というものが本当の意味で熟していないことについて、
語る番組でした。
彼女は言いました。
『あなたは誰も見ていない交差点でも信号を守りますか?…このこと自体はささやかな
どうでもいいようなことかもしれない。でも、このような心性を国民一人一人が
持って自分を律すること。そのような国民でいなければ、本当の意味での議会政治と
言うものは、この国に定着しません…』

質の悪い政治家…それを選んだのは国民ですね。
どうしてそういう人を選んでしまうのか…。そこには一つは『情実』、ということがあります。
「あの先生にはいろいろお世話になったから、一票入れなきゃ」という考えかた。
道路のデコボコ直しから、子供の就職、果ては原発誘導して地元に巨額の金と仕事を…
そういった小さなことから巨大な利権まで、日本に限りませんが、政治家と選挙民は
利益関係で結ばれている。
自分たちの利益が他の大多数の人々にとって不利益になろうと、自分たちさえよければ
構わない、そういう考えかたが政治を腐らせていきます。
日本にはこれが、国の隅々にまではびこってしまって、『貰えるものは貰わなきゃ損』
というあさましい風潮が、この国の根深いところにあり続けています。
それから、国民の『思考停止』ということです。
めんどくさいことは考えたくない、したくない。いやなものは見たくない、聞きたくない。
知らなければ、聞かなければなかったことにしてしまえる、という、
なにかルーズなところがこの国民にはあるような気がしています。暢気さ、と言っても
いいかもしれないですが…
それは、日本の風土や、長い間の支配体制や、いろいろなところから来ている
心性だと思いますが、よく言えばおとなしく従順、でも、悪く言えば、人任せの
依存体質です…こんなに操作しやすい国民はないのではないかしら。
代議制であるにしても、政治は自分たちがしていくのだ、関わっていくのだ!という
意識がないから、選挙で投票したら後は政治家にお任せ。
そんなだから、選ばれた方の政治家だって、いい加減になってしまいます。
選挙で通りさえすりゃ、あとは官僚がちゃっちゃとやってくれるんですもの。
国ぢゅうにこの『お任せ体質』『無責任体質』がはびこっている…
SPEEDIの結果が実は3月12日から16日までの間にも、福島県に
届いていたにもかかわらず、職員がメールを削除していた、などというのが
これですね。佐藤知事は『ついつい見逃していた』などと語っていたようですが、
その職員がなぜ、そんな大事なものを削除したのか。独断でやったのか、
誰かの指示でやったのか…
このデータが生かされていれば、住民は放射線量の高いほうへわざわざ逃げないで
すんだと思います。http://portirland.blogspot.jp/2012/05/blog-post_203.html
また、SPEEDI情報は、保安院にまでは届いていた。が、菅総理など上には
上がっていなかったらしい。誰がいったい、どこで堰きとめていたのか…

第三は、『情報操作』ですね。日本人はとりわけこれに乗りやすい国民であるような
気がします。面倒くさいことは考えたくない、やりたい人にひとにお任せしておけばいい、
という第二の点から来ているとも思いますが、強い声、大きな声になびきやすい…
ジャーナリズムがある特定の意図を持ってキャンペーンをやったら、
いとも簡単にそれに乗せられてしまう心性が本当に心配です。
この情報操作、という件に関しては、またいつかきちんと書いてみたいと思っています。

無論国民みんながそうだというのではありません。でも、こういう心性のひとが
非常に多い気がします。まあ、それはなにも、日本人に限ったことではないのでしょうが。
そこを少しずつ変えていかないと、この国はいつまでも、政治家任せ、官僚任せのまま…

…でも、希望は捨てていません。
おとなしくて今は黙っているけれど、この国にこころある人も多いはず。
それらが声を上げて一斉に立ち上がれば…そう思っています。

その日暮らしさん。しっかりこの日本の行く末を見守っていきたいですね。
ありがとうございます♪




Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん。お返事遅くなってすみません。
昨日は、国会議事堂前のデモに行って、さすがに少し疲れました。
雨の中、「再稼働反対!」と叫びながら、いろいろ考えていました。
とりわけ強く思ったのは、野田政権はひどい、こんなの早く後退させてしまいたい、と
いうことです。しかし、野田政権を倒した後に来るのは、さらにひどい政治です。
これだけは何とかして食い止めなければ。
安倍自民党、橋下、石原がくっついた大右翼政権が出来てしまったら、
脱原発という国民の願いも努力も水泡に帰し、日本は右傾化の道を
まっしぐらに進んでしまいます。

3.11後の日本のあるべき姿がこれなのでしょうか!
考えていると、吐き気がしてきそうです。
今こそ国民がしっかりして、そんな政治もいやだ!と言わねばならないときです。
ところが、マスコミはこぞって、なにか国民が安倍自民党や橋下=石原新党に
期待しているような書きぶり、言いっぷり。
ネット上でも、そうした連携を期待しているような声がかしましいけれど、
ほんとに国民はそんなものの連立を求めているのか?…私は信じられません…。

リベラル、というか、良識派は概しておとなしい…
橋本、安倍、石原のように図々しくありません。
でも、今、立ち上がらなければ、取り返しのつかないことになりそうな気がします。
『国民が政治家を育てるのだ…』
この言葉をかつてある女性が静かに、しかし毅然と語っていました。
立憲政治の父と呼ばれたあの尾崎行雄の娘である相馬雪香さんの言葉でした。
日本人は、礼節、勤勉、親切、真面目…そうした点では数多くの美質を
持っていると思いますが、政治というものを自分に引き寄せて考える…
自分の国は自分でよくしていくのだ、それには、政治を為政者にお任せしないで、
自分たちが変えて行くのだ…実際国民にはその力があるのだ!
その信念が欠如しているような気がしてなりません。
本当に、MATS-TSさんがおっしゃるように、大人がもう少ししっかりここは頑張って、
子供たちによりよい世界を渡せるようにしていくしかありませんね。
絶望して座りこんでしまったらおしまいですね。

私も、雨の中で考えたこと…それをまた記事にしてみたいと思います。
また、読んでくださいましね。
ありがとうございます♪

彼岸花さんへ

彼岸花さんこんばんは!
 いいですねぇ、全体に亘って興味が尽きません。最初に思い浮かべたことを少し。
 矛盾が露呈し、もはや限界にある資本主義の終焉の後には、どのような世界が待っているのでしょう。これまで、世界のどこにもまともな「社会主義」国が実現されなかったのは何故でしょう。資本主義と社会主義の比較と、それぞれに共通して存在する「権力」の問題については今もずっと関心を抱いています。
 「権力は腐敗する」という定義に従えば、もうどのような政治体制になろうと諦めることになるでしょう。そうだとすれば、僕たちは「権力」を無化するように不断の努力をしなければならないように思います。そこでは、僕たち民衆の意志と力量が問われることになるのだと思います。
 思い返せば、沖縄が米軍に占拠されていること、また原発を押しつけられたうえにそれを爆発させてしまったこと、そうしたこの「国」に現象しているあらゆる局面は、たとえ無意識のうちにだとしても、突き詰めて考えると僕たち民衆が全体でつくり出した現実であるはずです。
 その意味では、国民主権を前提とするかぎりにおいて、政治家の質が低いのは国民の質(民度)が低いからに他ならない、と言えるでしょうね。本質的には、全てのことが我々民衆の意志と力量に委ねられているのだと思っています。

脱原発の正念場

MATZ-TSです.. またまたお久しぶりです.
 彼岸花さんの深い嘆きにどのようなコメントをしてよいのか,ずいぶん考えました.早ければ今年,遅くとも来年夏には,新しい政権が生まれるでしょう.どのような政権になるか,結果は既に見えているような気もしますが....

 今,民度が問われています.この国に(大きくいえば,人類に)核エネルギーがこの国に,また地球に何をもたらすか,それを判断する国民の力が問われています.貴女が批判されている野田政権の打ち出したエネルギー戦略については,朝日のWebronzaで,こんな批評がありました.http://bit.ly/RtQvVh  
 選挙対策,中途半端,矛盾だらけ...それだけ力が足りないのですね.国内外の圧力のなかで踏み切れないのです.ここで,国民の意思が強ければ,方向は強くなります.しかし彼らを踏み倒して,安易に原子力ムラに力を再度与えてしまえば,日本は,福島の悲惨な事故を経験しても,なお間違った方向に進み続ける可能性が高いでしょう.
 国民が,政治家を育てるのだと思います.私はまだあきらめてはいませんよ.(楽観的かな?(笑)) 私はあと何年生きられるかわかりませんが,何とか,子供たちに引き継いでもらえる道筋をつけて,少なくとも最大限の努力をして死にたいものだと思っています.

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。
子供たちの生きて行く世界を少しでもいいものにしたいと願わない親は
いないと思うのですが、なぜ、そのような願いを平気で踏みにじるようなことを
大人たちが、それも為政者が平気でするのかわかりませんね。
人間はすばらしいもの、よりよく生きていけるはず、と思いつつも、
3.11以後のこの日本のありさまを見ていると、私たちは何をこれまで
築いてきたんだろう…と、茫然としてしまいます。

鍵コメさん。おつらいときですね……
件のこと…大切に扱わせていただきます。
元気をお出しになられてくださいね。

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Re: 相子さまへ

相子さま。こんばんは。
相子さま。『老人は考えなくても良いと』なんて、とんでもないことだと
思いますよ。^^
人間の若さは、年齢ではなく、精神のありようだと思います。
石原氏や経団連米倉氏のように、年老いてなお、権力にしがみつこうとする
ひとは老醜をさらす。
でも、例えば町場の職人さんのように、一筋の道を栄耀を求めず貫いてきた
人などは、本当に美しいいい顔をしています。
若くても硬直した考えの持ち主もいます。

私もね、時々自分はいったい何をしてるのかなあ!と思うことがあります。
もう、こういうふうにきいたふうな口をきくのなどやめて、おとなしく
心静かに、日々の暮らしを大切に残りの人生生きていきたいなあ、と
思うこともあるんですよ。
かなりのエネルギーも使いますし……。^^

でも、新聞など読んでいると、毎日毎日、それこそこちらの願うこととは
反対のことが決定進行して行くニュースばかりが目に入ってくる。
もんじゅのこととか……誰と誰が会談したとか…
そうするとやはり先のことが心配になって…。自分自身の先行きのことではなく、
この世界がね、これ以上悪くならないよう願ってしまいます。
相子さまがご覧になっていらしたこの日本…戦争に負けて、その廃墟の中から
雄々しく立ち上がって、みんな一所懸命働いて、国も個人もそこそこ豊かになって…
日本独特の立派なシステムや文化など優れたものをたくさんたくさん生んできました…
ところが…今は、それらがずたずた…
私たちが営々と築いてきた社会は、こんなところに行きつくためだったの!!!???
あの、福島第一の今も無残な姿や、まるで復興の進まぬ津波被害地の光景・・・
それらをそっちのけに自分たちの生き残りのことだけ考えて右往左往する
国会議員たちを見ていると、ほんとにそんな絶望の声をあげたくなってしまいます。

相子さま。私も同じです。
毎日毎日、どうしたらいいのかなあ…って悲しく考えています。

どうして社会党など、かつては自民党にもの言えていた人々が
この日本から消えてしまったのでしょうね…
いや、消えたわけではないのでしょうが、黙り込んでしまっている…
もう一度、声をあげたいですね。
党派なんか関係ない。
原発いやだ!こんな滅茶苦茶な政治いやだ!という声を、一人一人が
上げて行けば、まだ何とかなると思うんです。

相子さま。頑張りましょ。^^
心強い応援と、有難いお言葉戴いて、また少し元気が出ました♪
ありがとうございま~す♪

No title

彼岸花さん 良くここまで書いて下さいました。
第五の敗北から今や第六へと向かわんとする状況は仰る通りだと思います。
NANTEIさんのお言葉にもありましたが、社会党の姿勢が悔やまれます。
私が思って来たこと、知って来たこと、見て来たこと。多くのことを具体的に表現して下さっているようで、嬉しく受け止めております。
老人は考えなくても良いと履き捨てられるかもとは思いますが、毎日、毎日どうすれば良いのか考えて過ごしております。

Re: NANTEIさんへ

NANTEIさん。こんばんは~♪
ようやく何とか、まとめましたよ~~~。^^
大きなテーマですので、詳しく書いて行こうとするとどこまでも膨らんでいって、
それでなくとも脱線名人の私は、あちらでもこちらでも脱線してばかり(笑)。
それに、どこまで遡ればいいか、実はきりがないんですよね~。
共産主義者嫌いなどということになりますと、マルクスの頃まで遡るのか…
自民党がうま~く政治に取り込んでいった『ムラ社会』の構造などといい始めると、
それこそいったいいつまで遡ればいいの?ってことになってしまいます。
そうなるともう私の力ではとてもとても書ききれません…。

抜けてるところや書きたりないところばかりであっちを直しこっちを削り、また付け足しで
いつまでたっても仕上がらない。
でも、いよいよ政局が煮詰まってきて、そうそうのんびり記事書いていられなくなって
しまいました。今度の選挙は本当にこの国の将来を決めてしまう…!
だから、とりあえず、粗いけれどまとめちゃいました。
書きたりないことは、個別の記事にして付けたしていこうと思います。

社会党の凋落はひどいですねえ…福島瑞穂さんなど、とっても頭のいい、
魅力的な政治家なんですけれどねえ…弁護士さんだけあって、ほんとに理論明快ですし、
可愛いところもあって。
私、今、1970年代くらいに、東京郊外、西武線沿線などで、新しい公団住宅群という
場所で展開された自治会運動と実践教育~一種のコミューンのようなものの形成を
扱った、『滝山団地1974』という本を読んでいます。
これは、ちょっと旧ソ連的な集団教育を描いて、とても息苦しいんですが、
でも、1970年代前半、東京西郊で、いかに革新政党が強かったか、という
生の時代の息遣いが感じられて、興味深いんです。
ああ、そうだったよなあ…かつて本当に革新系が大躍進した時代が何回か
あるにはあったんだなあ!と。
今の社共のあり様と比べて、本当に想いは複雑です。
それほど悪いことしたわけでもないのにね……

日本共産党は、本当にプロパガンダ下手ですよね!^^
『赤旗』なんか、ようく取材努力してますよ~。3.11後、『東京新聞』と『赤旗』は
本当に頼りになります!
でも、読むのは党員と一部のシンパだけ…
志位さんなども親しみやすそうな顔してますけどね(笑)
結局、自民党がやって来たような、こまめな顔つなぎ、そして地元への利益誘導…
こういう手法を社民党も共産党も今少し学ぶ必要もあったのでしょうか。
金と何も結びつかずとも、面倒見の良さという評判とかね。
労働貴族になってしまって、党本部というお城にたてこもってしまっては
どんないいことを言っていても、庶民には広く伝わっていきませんね。

千葉駅前に。そうですか!(笑)本当、不思議なところですねえ。
進歩的なインテリも多く住んでいると思うのですが、なぜあのような人を知事に選ぶか…
それを言えば、石原都知事も同じですが(笑)。

不思議なもので、人間というものは、その知恵をうまく使えない生き物なんじゃないかと
最近思うことがよくあります。
なぜ、いい方に向かって行かないのか。同じ過ちを繰り返すのか…
知恵あるものの言葉が届かない仕組みになってしまっているのかな…

そのあたりのもどかしさをもっとこの文でも書き表したかったのですが、力不足で…。

『歴史を知るということとは、文字が出来てからの歴史を俯瞰することから始まると言われています。
現代の混沌も、実は何千年の歴史を大きく掴むことによって見えてくるものがあると信じています。
なぜなら、人類の歴史はそれこそ「三歩進んで二歩下がる」ですから・・・』

おお!それは面白そうですねえ。
ぜひまたお聞かせください。

そうそう。港の風景…いや~、よかったですよ~~~♪
ぐっすり眠れました!^^
出船入船… ああいう光景を見てたまらなく懐かしいと思うのは、
わたしのような山家育ちのものにも、やはり海に囲まれた日本の
民族のDNAが組み込まれているからでしょうか…。
ありがとうございます♪



Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん、こんばんは!^^

は~い。もうがんばって書きましたよ~~~……ふう~!(笑)
これね、もう13カ月も仕上げないままで来てしまった記事なんです。
去年の10月頃から書こうとしていた。
途中まで書いては脱線し、また書いては脱線し(爆)。
書いているとどんどん書きたいことが膨らんでくるので、結局まとめきれずにいるうちに、
国の状況の方が激しく変化していってしまい…
この一つ前の関連記事は、6月17日にアップしたんだけれど、そのとき私は、
民主党と自民党が大連立を組むことを心配していました。消費税増税、社会保障の方は
骨抜きにしてしまうことで民自公は合意。なにか妙に野田総理がすり寄っていた。
原子力規制委員会のことも心配していました。
今になってみれば、その時の心配などまだ軽いものだったような…
規制委員会は国会同意を得ないまま、もう今じゃ動きだしちゃってるし、
政局は、橋下維新が中央政界にいよいよ出てくるわ、おまけに、老醜石原が今頃
国政にしゃしゃり出戻りしてくるわ、最悪なのは、自民党がまだ話せばわかる谷垣さんから、
極右、安倍氏に変わっちゃったこと!
嘘のように、状況がどんどんどんどんややこしくしかも悪化して行っています。
6月といえばわずか5か月前。その5ヶ月の間に、大飯は動き出すし、政治はこんなふうに
なっちゃうし、ほんとに信じられないくらい日本という国が悪くなっていっている。
野田総理の罪は本人が思っている以上に重いです!
民主主義のルールというものをここまで無視し、正当な手続きを無視した政治家、
国民の希望をそいだ政治家は最近でもいないと思います。
…ところがね~~、彼を最悪だと思ってたら、まだもっと悪いのが出てくるんだから!……
今じゃ、野田総理さえ、いいひとに見えてくる!(苦笑)
右派でも、すくなくとも『改憲』とはまだ遠慮してか言ってないからなあ。
民主党には、原発反対、TPP反対の議員たちもまだいるしね~。

やっちゃんさんやうみそら居士さん、愛希穂さん、yokoさんにお任せして、
9月からしばらくは、口もききたくないほど絶望して黙り込んでたけど、
そろそろまた立ち上がらなくっちゃな、って思って。^^
よいしょ!っと!へへへ。^^

枝野さんの本ね。私も一応読んだけれど、記事にするのはもちょっと後に。
ただ、彼は先を見据えた政治家だなとはやはり確認しました。
現実的、っていうのかな。シビアというのかな。甘いことは考えてない感じがする。
それが、即時原発撤退!と言わせたい者にはもどかしく物足りない感じを
起こさせるのね。
でもまあ、彼は随分ましな方だと思います。いずれ大物になると思う。
彼は選挙で落としたくないですよ、私。
『まし』という選択肢しかないのが悲しいわね!

かっちゃんさん。^^
いいないいわね、やっちゃんさん!十分甘えられましたか~?^^

こんばんは。

第五の敗北とはそのことだろうと、思っていました。
その敗北は私たちの責任であるとともに、社会党の責任でもあります。
自民党との野合は実に痛かった!選択肢をゼロにしたのですから。
その次は共産党の責任も挙げられます。
私は思うのです。共産党はプロパガンダが下手な党だなって。
いかにマスコミが大企業寄り、政権寄りの左翼排斥を繰り返してきたとしても。

実はこの千葉は浜幸で知られているように、伝統的な保守王国であるとともに、
一方で、最強の労組といわれている千葉動労の本拠地であり、また先日もお話しした成田闘争を長年闘ってきた猛者が未だに目をいからせているという特殊な地域です。
駅前といってもいい場所に共産党支部の建物が堂々と建っていることからも、その特異性がおわかりになるかと思います。

でも、その千葉で何が育ちどのような良き変革をもたらしたでしょうか。
県民は「青春おばけ」と呼ばれる、とても汚れた顔になってしまった人を知事に選び、放射能廃棄物の受け入れでは強弁を繰り返した若き市長を選んでしまったのです。

すみません、言っておきながら「メモ帳」を使ってなくて(^_^;)。
ちょっと怖くなりました(笑

歴史を知るということとは、文字が出来てからの歴史を俯瞰することから始まると言われています。
現代の混沌も、実は何千年の歴史を大きく掴むことによって見えてくるものがあると信じています。
なぜなら、人類の歴史はそれこそ「三歩進んで二歩下がる」ですから・・・

そのことをこれ以上書くのは、彼岸花さんのひとつの集大成でもあると思われる渾身の記事「第五の敗北」にはそぐなわないような気がしますので、なにかの機会にブログで軽ーくおしゃべりしようかと思っています。

すみません、いつもぬるい話しで・・・。

Re: yokoblueplanet さんへ

こんばんは~♪
コメントありがとうございます。
厳しいことばかり書いちゃったけれど、やむにやまれぬ気もちです。
今、財政危機で瀕死状態のギリシャは、年金が現役時代と同じくらいもらえて
しかも55歳から貰えるとか、政権交代があるたびに公務員の雇用を増やしてきたこととか
脱税や税務署職員の汚職が蔓延しており徴税能力が低いとか、公務員が公共部門の
労働人口の4分の一もいるとか、公務員天国。
その放漫財政を国民が許してきたんですね。それじゃあ、国の財政が悪化するのも
当たり前!
結局、国民自身がそういう財政危機を招いちゃったということもあるんですね。
ひとの国のことは言えません。
日本はどうしてこんなに官僚天国にしてしまったのでしょう。結局、議員は
自分たちの選挙のことばかり。実務は官僚が何もかも掌握して動かしてるんですね。
そういう議員を許してきたのは国民です…
『一人一人が生き方を変えないと…』
小出さんは本当に、その言葉をせつない、やりきれない想いでおっしゃってるのでしょうねえ…
宮台真司さんなども口を酸っぱくして言い続けています。
『お任せ政治ではだめなんだ!』と。
私たちは、この社会の裏でどういうことが一体行われているのか、ということに
もっと鋭敏でなければならないと思います。
やっちゃんさんが紹介してくれた電通の話など、思い当たることばかり。
思えば、私もそうですが、3.11前は皆純朴でしたねえ…!
なあにも知らずに暢気に笑っていたんだなあ、と思ってしまいます。
『知っていく』ことは、ときに重く苦しいことですね。
知らないでいた方が楽。
だから、現実を見ない、聞かない、思っても口に出さない…
でも、皆がそうしているうちに自体はいつしかとんでもないことに
突き進んでしまっていて、もう後戻りも取り返しもつかない、ということに
なってしまいます。
私はそれを本当に恐れます。

『戦争が 廊下の奥に 立っていた』

この渡辺白泉の句のようなぞうっとするような状況に、二度と日本を
置きたくないですね!

ありがとうございま~す!^^

No title

ああ、、、悲鳴にも似たこの記事は
それを論理的に表現し得ない私たちの
おぼろに考えてることを彼岸花さんが明確に表して下さった、、、。
そんな気さえします。 
ほんとにありがとうございます。
これだけの記事を書かれてさぞお疲れなのでは?  と思います。
実は先日枝野大臣の本を読んでみて、、、
今後の事に関しては何か所も 
「うん、そう言われりゃそれもそうだよね、、、。」
と共感する箇所がいくつかあったんです。
(ただ、過去の事に関してはあそこに書かれてることが
真実だったとは思えない箇所が多い。そこもやっぱり問題、、、。)
何度か読みにこさせて下さいね。
彼岸花さん、どうぞゆっくりお休み下さい。
(かっちゃんお陰様で今日夕方無事大阪に着きました~軽自動車で、、、(笑)。 )

民度が低い?!

こんばんは。
仰る通りですね、選挙権は一人一人の国民に平等にあるわけですから、それを有効に使えないと云うのは有権者の問題になりますね。
小出さんが云う所の一人一人が生き方を考えないと、世界は変わりません。
今諦めたら、見るのも怖い世界が出現してしまいます。
とにかく一人一人が動き出さないと、ですね!
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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