『親子の風景』

昨日、あ、もう一昨日になるな。
久しぶりに遠出。

連休の土曜日ということもあって、電車の中ではとりわけいつもより多くの
親子連れ、それも幼児を連れた若い親たちを何組も見た。

可愛い子がたくさんいたな。
お年寄りに席を譲った母子。
白いショールカラーのブラウスにグレーの上等のジャンパースカートを着て、
綺麗に編み込みした髪に、白いリボンを2つつけた、ちょっと古風な感じの
5歳くらいのおんなのこだった。時代が50年くらい遡ったような、深窓の嬢ちゃんという感じ。

3歳くらいの男の子。黒目がちの瞳がとにかく印象的な子だった。
色が白く、まつ毛の長い目は本当に円ら。
口をきっと引き結んでいるところが、とっても賢そうで、
どこか見たことのあるような、懐かしい感じのする男の子だった。

若い父親が大きな荷物と上の子の手を引き、母親がベビーカーの下の子と
哺乳瓶、おむつなどの荷物を持った、これから旅行かなというような、
見るからに大変そうなカップルも何組もいた。
今日見た子供は皆、電車の中で騒いだりぐずったりということは
していなくて、おとなしく親に手をひかれていた。



私の住んでいるのは東京でも外れの街。
混んでいた車内も段々にすいてきて、電車は身軽になったかのように、
夕日に向かってひたすら走り続けていく。

ある静かな駅に着いて、電車のドアが開き、一組の親子がホームで待っているのが見えた。
お母さんは30代初めかな。
これもやはり3歳くらいの男の子を連れ、6か月くらいの赤ん坊を乗せたベビーカーを引っ張っている。
乗り込もうとして足をかけた途端に、上の男の子が、ああん、という声を一声あげた。
その瞬間、その子と私の目が合った。

「ああ、本格的に泣きだすな!」
そう思った。
案の定、3歳くらいの男の子は、電車のドアが閉まり、動き出すと同時に、
若いお母さんの足にしがみつき、小さな手でお母さんの足をぶちながら、
大声で泣き始めた。
眼の縁に涙がぐっと湧き上がり、それがころころ流れ落ちるのが見えた。

なぜ私が「ああ、本格的にこれは泣くな」と思ったか。
それは私と目が合ったからである。
子供がぐずりだす瞬間。大抵わかる。
少し前にもバス停で同じようなことがあったな。
やはり3歳くらいの男の子が、バスのステップに足をかけた。自分で一所懸命に。
後ろの列は長かった。
若いお母さんはひょいっと子供を後ろから抱えあげてバスに乗せた。
「ああ。これは泣くぞ」私は思った。
案の定、その途端に男の子は、大声をあげて泣き始めた。
彼は『自分で』バスに乗り込みたかったのである。

電車のその男の子は、乗り込む前何があったか、すでに何かに怒っていた。
でも、もし、そこで、電車の中に乗ってこちらを見ていた私と、
たまたま目が合わなかったら、彼は泣きだしてはいなかったかもしれない。
ぐずっても、大泣きはしなかったかもしれない。

もう少し彼らの様子を見ましょう。

男の子はお母さんにむしゃぶりつきながら泣いている。
大泣きしながら、その間も、私の方をちらっ、ちらっと見る。
若いお母さんは偉かった。すっとその場でしゃがみこむと、男の子の目線になった。
そしてやさしく「どうして泣くの。電車の中で泣いちゃだめよ」と言い聞かせた。
すると男の子は、その時は私の方を見るのも忘れて、

「だって、お母さんがぼくのことずうっと怒ってばっかりいるからだよう!」
と、また新たな涙を噴きあがらせながら、叫ぶような声で訴えた。

「だけどね、電車がもう出発しそうになってたでしょ。急いで乗り込まないと、
ドアに挟まれたりしちゃ大変でしょう。怒ったわけじゃないのよ」
お母さんは、男の子の口に何か、小さなお菓子のようなものをふと含ませて、
諄々と男の子を急がせたわけを説いて聞かせる。

偉いなあ。私は若い彼女のやり方を感心しながら見つめていた。
こういう時、母親は絶対立ったまま上から覆いかぶさるようにして言って聞かせては
だめなのである。屈んで、子供の目線と同じになって、子供の目を見ながら
やさしくわかりやすくわけを説いてやらなくては。彼女はそれをしていた。

どうやら男の子は、電車に乗る前、お母さんに急ぎなさい、と言われたのが、
お気に召さなかったらしい。
でも、たぶん、彼の怒りはそれだけのことではなかったのだと思う。
6か月くらいの赤ん坊をベビーカーに乗せて、3歳の子を連れての外出。
これは母親にとっては大変なことである。
おそらく、電車に乗るずっと前も、お母さんは気が張っていて、上の男の子の
感情にまで気を回す余裕がなかったであろう。

上の男の子はおそらくその日だけではない、下の子が生まれた時からずっと、
お兄ちゃんになったのだから、ということで何かと我慢をさせられてきただろう。
かつて親の愛が一身に自分の上に注がれていた日を想い、悲しみを抱えてきたのであろう。
電車に乗って外出をしたその日は特に、賢いお母さんであっても、上の子に
我慢を強いていたかもしれない。
その悲しみが、電車に乗ろうとして急ぎなさい、と言われた。
その一事で、怒りとなって一気に噴きあげて来たのであろう。

しかし、もし。もし、乗り込んだ瞬間に、よそのおばさんである私と目が合っていなかったら、
彼は、少しぐずるくらいで、大泣きはしなかったのではなかろうか。

小さな子供を、私たち大人は、半人前、四分の一人前の人間と考えがちである。
小さいからその感情の発達も四分の一人前であろう、と。
しかしこれは大間違いである。
3歳くらいの子供でも、大人と同じくらいの意地やプライドを持っているものである。

彼は自分が親に怒られたところを、私が見ていたと誤解したのではなかろうか。
本当は、電車がホームに滑り込む前、ドアが開く前だから、私は彼が怒られるところなど
目撃してはいない。ただ、ドアが開いた瞬間の彼のぐずり声を一声聞いただけ。
しかし彼は、よそのおばさんに、自分の怒られているところを見られた、と考えた。

その時一挙に、彼の子供なりのプライドが崩れ、これまでずっと溜めこんでいた悲しみが
どっと噴き出したのではなかろうか。
彼は大きくしゃくりあげて泣きながら、私の方を何度もちらっ、ちらっと盗み見た。
それは、悪いがあまりにも可愛らしくて吹き出しそうになるほど。
私は彼と目を合わせないように、うつむいたり目をあらぬ方にやったりしていた。
その小さな男の子のいじらしさに心揺さぶられながら。
男の子に微笑みかけることはできた。
しかし、仮にそうしていたら、彼はますます泣いたのではなかろうか。
よそのおばさんが、自分のことを笑った!と。不安にもなりながら。
もうこれは、タイミングの問題なのである。
子供というのは、タイミングが悪いと、泣きだすことが多い。それを私は経験で知っている。
今回、私と目があったタイミングが悪すぎた。

あまり男の子が私の方を見るので、お母さんまで、なんだろう、と私の方を見た。
でもこれは、彼と私の間の出来事。お母さんは事情を察することはできない。

お母さんが口の中に放り込んだお菓子の効果と、目を見ながら語って聞かせる
やさしい言葉の効果で、男の子は聞き分けよくすぐに泣きやんだ。
そうして、お母さんと普通の会話を始めた。

まつ毛の長い、ほっぺたの丸い、男の子らしい顔をした子だった。
彼らが乗っていたのはわずかに一駅区間。
次の駅のホームに電車が滑り込んでいくと、お母さんは男の子を促して
私の座っている側のドアの方に近づいてきた。
私は、男の子に最後ににっこりして、軽く手を振ってやろうかな、
そう思って、待ち構えていた。
が、男の子は、こちらをもう見なかった。
お母さんはベビーカーを両手で引く。自分の手を引いてはくれられないことを知っている。
だから、少し電車とホームの間に空きがあっても、
自分は一人で頑張って気をつけて降りなければならない。
そっちの方にもう彼の意識は行っていたからである。
助けが要りそうなら、つと立って手伝おう、そう思って様子を見ていたが、
どうやらその必要ななさそうだった。

「さよなら」
私は心の中で、どこか雄々しいその小さな男の子と、やさしげで賢そうな
そのお母さんとに別れを告げた。

時刻は夕暮れ時。
西に向かって走ってきた電車。
その車両は駅のホームの端のほう、もう屋根が切れたところに停まっていた。
西日がホームを照らしていた。
人気のないホームに降り立つ母子。
私のすぐ傍らを通り抜けていく男の子の顔。
そのきりりとした顔の、丸いほほに、くっきりと、さっきの涙の跡が一筋
乾いて残っているのが、春の日の、やわらかい夕日に光って見てとれた。



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テーマ : 思うこと
ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: 鍵コメさんへ

いろいろな人がいますよ~。
遊び心も通じない、というか、ね。
喧嘩のための議論、とかね。

でもね、そういう時、変わらず応援してくれる人がいる。
ときには勇気の声をあげ、ときにはそっと見守っていてくださる…。
それだけで世の中信じていけますよね。
私も、前のこと思い出して、ここに来てくださる皆さんに
あらためて感謝しなおしたい気分になりました。
お一人一人の言葉や、無言の励ましなどを想うと、
ほろりとしてきてしまいます。

勿論鍵コメさん、あなたもです。
いろんな人とお知り合いになれてほんとにブログやってよかったなあ。
これからもよろしくね♪


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Re: ららさんへ

「だって、お母さんがぼくのことずうっと怒ってばっかりいるからだよう!」

この、悲鳴にも似た、切実な訴えの声は、耳に残って忘れられません。
必死に我慢してきたことが、そこで爆発しちゃったんですね。
でも、私と目があってなかったら、こんなに大泣きはしなかったかもしれない。
転んだ幼児が、「おお、痛いの?」と声をかけられた途端に泣きだすのと
似てますね(笑)。ちょっと違うかな。

でも、この母さんは立派でしたよ。子供の気分をすぐに変えるすべを知ってました。
自分も屈みこんで、目線を子供と同じにする。子供のお口に、ちょっとしたお菓子を
放り込む。すると子供はそちらに気を取られ、泣くことをちょっと忘れるんですね。
泣きながら、ビスケットのようなものはしゃぶれませんからね(笑)。
とりあえず、もぐもぐが先(笑)。
そうして子供が落ち着いてきたら、静かに言い聞かせてやる…。

ほんとね~。
子供のように、大きな声で、全身から悲しみを噴きださせて泣けたら
どんなにいいでしょう。
大人になると、もうそれはできないのね。

でも、たまにはそれもいいかも。
喫煙所というものがあるように、さめざめと涙を流せる場所、というのが
あればいいですね。ここがそういう場にならないかな。

No title

そうですよね、
小さい子の意地、プライド、その裏返しの恥ずかしいという気持ち
ほんとうに大きいと思います。
しかも外の世界から自分を守るずるさを知らないから心の傷になって悲しみがこみ上げてくる・・・その気持ちを自分でも上手く表現できないし、理解できないし・・・

それでも大きな声で泣けるのはいいな~と思ってしまいます。
小さいこのように泣くことはもう絶対出来ないですから・・・

親子の情景・・・眼に見えるようです

Re: ginaso さんへ

その男の子が可愛くってですねー。
涙がばばあっと噴きだしてくるところとか、見てたんですよ。
「だって、お母さんが僕のことずっと怒ってばっかりいるからだよう!」
という訴えかけの切実さや、その声の可愛さ。

そうしてその間も、私のことを気にして、何度もこちらを
ちらっちらっと見る。
こういう時、つくづく、自分が気軽な性格で、お母さんに「大変やね~」
と声をかけられるようだったらいいのに、と思ってしまいます。

とっても共感してても、相手にはその共感は伝わらない。
そのまま行き過ぎてしまうこういう場面って、人生にはとっても多いですね。
それもまた、人生の味わいかなとも思いますが。
コメントありがとうございました。
お気軽にまた、遊びにおいでくださいね。

Re: そらまめさんへ

だいぶバリアフリー化が進んだとは言うものの、まだまだ、体の不自由な方や
子連れには、電車の乗り降り、移動は大変です。
それでなくても、荷物の多い時や、疲れているときなどは、東京の混雑は
大変。お目当ての地下鉄に乗るまでの移動距離の長さ。
乗降客数に反比例してホームにベンチが少なくなり、
ちょっと休みたくても休めないなど、東京はやさしくないなあ、と思うことはしばしばです。

お父さんが一緒にいてさえ、子供2人を連れての旅は大変そうでした。
まして母親一人だと…・どうしても上の子にしっかりしてもらわざるを得ません。
その分、上の子は、日常、我慢我慢をしていると思います。

まあ、子供はたくましいから、それも自分のエネルギーにやがて
変えていくのでしょうけれど。

No title

こんにちは。

日常の何気ない出来事を、細やかに 豊かに表現されていて感動しました。

「さよなら」
この言葉に、彼岸花さんの やわらかな表情が重なって見えるような気がしました。



No title

以前、東京に住んでいたことがあるのですが
普段なら便利な東京交通事情、田舎では食料品を一度に大量に買って
車で運べるのですが・・コレが慣れなくて大変でした。(汗)
大きな荷物を抱えて電車に乗るのが恥ずかしかったり・・・。

特に、階段の上り下りが多い電車だと子連れやベビーカーなどは一人で
子育てしているママさんにとっては困りモノですよね。
従姉妹が遊びに来た時、女2人で段差の多い駅で重いベビーカーを運ぶの
は本当に大変で大変で・・・・都会の方、ご苦労様です。(汗)
ガンバレお兄ちゃんお姉ちゃん達。

Re: neronekoさんへ

ああ。初めて怒りをぶつけた日、ということで、鮮やかに覚えていらっしゃるんですね。
そうなんですよ。今まで自分ひとりに注がれていた親の愛が、別の存在の上に移る…
それは小さな子供にとって、非常な悲しみであろうと思います。
親は全然そんな意識はなくとも、眼を注ぐ絶対的な時間がどうしても、
赤ん坊の方に多く取られますものね。
上の子にとっては、人生で知る初めての悲しみ、と言ってもいいかもしれませんね。
その怒りをソファにぶつける…今となっては笑い話かもしれないけれど、
本人である幼き日のneroneko さんにとっては、理不尽とも何とも言えない
悲しみであったのでしょうね。

子供はよく覚えているものですね。
私自身はぼおっとした子でしたから、自分の子供時代の感情はよく覚えていないのですが、
娘からは、「あのときママがこう言った」「ああした」と、今でも
何十年も前のことで文句を言われます(笑)。

大人が思うよりずっと、子供はわけがわかっているのです。

No title

初めて怒りを表現した日の事ことを思い出しました。
僕にも3つ違いの妹がいます。
3歳半くらいのことだと思うのですが、妹が生まれてから自分だけを見てくれなくなった両親と妹への怒りを、ソファーにぶつけて殴っていました。
そこへ、丁度外出していた母が帰ってきて、しばらく僕を見ていました。
少しショックだったのでしょう。
母は後日、友人に相談していました。
3歳児には分からないと思ったのでしょうか、僕の聞こえるところで話していました。
母の友人はおおらかな人で「そういうこともあるわよう」と言ってくれたのを覚えています。
もちろん、母に向かって言ったのですが、怒りを感じてしまった事を普通じゃないかもしれないと怯えていた僕にとって、すごく救いになりました。

その子が兄弟姉妹の何番目かで性格を分析するという占いみたいなものがありますが、これもユングのタイプ論同様、話の種には面白いと思います。
3人姉弟の真ん中である同居人からは、「これだからなあ。いいよね長男は」とことあるごとにからかわれますが(笑)

Re: 朗さんへ

本当に、『子供は半人前の大人なんかじゃない!』と思わされますよね。
大人と同じくらいの鋭さ、いや、もしかしたらそれ以上の感受性でもって、
いろんなことを見聞きし、経験していっている。

大人は自分もかつては子供だったのに、そういうことを忘れてしまいがちですね。
えてして、子供を半人前、四分の一人前の存在と見てしまう。
そうして、自分の意のままにできるもの、と考えてしまったり。
子供は立派な一個の人格だ、と私は思っています。

お子様たち。そんなになられるんですね。
この記事に書いた子供たちとほぼ同じ年齢ですね。
お母さまは一番大変な時かな。
でも、一番かわいい時でもありますね。
上のお嬢さんのおしゃまな賢い様子がなんとなく想像されて
微笑ましいです。めろめろな朗さんのお顔も(笑)。

『子供は、幼児期の一番かわいい時に、その可愛さでもって、
もう一生分の親孝行をすでにしているのだ』
というようなことを書いた方がどなたかいらっしゃいましたが、
私も本当にそうだと思います。

こどもは

恐ろしくよく観察していると思います。
うちも4歳と1歳の二人が。
特に上の娘はもう一端の大人のような言葉を話します。

いろいろなことに理由をつけながら頑張っている。
そんな様を見ていると本当にすごいなぁと感動させられます。


プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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