「静子叔母と正之叔父 ① 』  忘れがたきひと 其の五

毎年、今頃の季節になると思いだす懐かしい人がいる。

それは、母の妹、私にとっては叔母に当たる静子と、
そのつれあいである正之叔父のことである。

母は私が育った高原の村からまた更に山奥に入った村の出身である。
母は5人姉弟の次女。その母親が体が弱かったため、弟妹のお守りから
掃除洗濯炊事に至るまで、母と長女がまだ小学生の頃から二人で
手分けをしてやっていた。
だから小学校に行くのも交代。
明治末年に生まれた人。時代が時代だったとは言いながら、母は自分が半分しか
尋常小学校に通えていないことをよく残念がっていた。

その母がほとんど自分の子のように可愛がって育てたのが、末っ子の静子である。
静子叔母は美人ではなかった。美人ではなかったが、ひょうきんで明るい性格が
その口元あたりに表れていた。
正之叔父は警察官。私が知っていたころは警部補だったが、どのくらいの階級まで
行ったか知らない。渋みのある、立派な顔をした人だった。
その頃二人はいくつくらいだったろう。40代半ばくらいだったのかな。

叔父と叔母は、生涯愛し合いながら仲良く暮らした。
それは二人が又従兄妹の関係にあり、山奥の村で小さいころから殆ど兄妹のように
仲良く育ち、お互いの気心が、早くから知れていた、ということがあったかもしれない。
小さい頃から、二人は将来結婚するものと、おひなさまのように並べて周囲の者が
扱っていたのかもしれない。

二人の間には子供ができなかった。
仲のいい二人にとっては、それは大きな悲しみであったろう。
しかし、子供がいなかったからこそ、二人がお互いを頼み、生涯仲良く
過ごしたのだろう、ともいえるのである。

それは私が高校一年生から二年になる春、ちょうど今頃のことだった。
その一年前、高校入学とともに前のアパートを去って、私は母と、
前のブログで書いたことのある『沈丁花の家』を借りて、ある海辺の町に住み始めていた。
しかし、二人の生活を支えてくれるはずだった、兄からの送金は途絶えがち。
学費はただだったとは言うものの、母と私はまったく生活の糧に困ってしまった。

そこで二人はどうしたか。
アパートの少ない家財道具は一切売り払い、私は高校の寮に入れてもらうことにした。
学費だけでなく寮費も私は無料だったからである。
母は、風来坊の次女がその頃出産して助けが必要だったため、次女のいる
東京に働きに出た。兄は、瀬戸内海周辺の各地を転々として、肉体労働をして、
時々、思いついたように私にお金を送ってくる。
つまり、それでなくても、バラバラだった家族の、母と私の絆さえその頃は切れて
しまっていたのである。

『ハリーポッター』シリーズをお読みの方はご存知であろうが、
学校の寮は、春夏冬の休みになると、ほとんどの者が帰省して、
がらんと寂しくなってしまう。
ところが私にはもう帰る家さえない。
同室の者も帰省して、私は一人、寮で春休みを過ごすことを覚悟した。

そんなときである。
寮母さんが、電話がかかっている、と呼びにきた。
それは、離れて暮らす兄からの電話だった。
春休みの間、一緒に静子叔母たちの家に泊まりに行こう、というのである。
二人は私の寮のある海辺の街から、汽車で一時間半ほどの街に住んでいた。
私は寮から。兄は山口あたりから。叔母の家のある街の駅で落ち合う。

子供のいない叔父叔母は、私たちを大歓迎してくれた。
二人の住む家は、あれは警察官舎だったのかな。
真新しい平屋建ての家で、綺麗でこじんまりとした、居心地のとてもいい家だった。
間取りは3間ほど。静子叔母は美人ではなかったが、頭のいい、センスのいい人で、
自分の家を当時考えられる最もおしゃれな部類のインテリアで飾っていた。
ふかふかした皮張りの応接セット。洒落たシェードのついたフロアスタンド。
大胆な模様のカーテン。ガラス戸のついた本棚の中には、全集本や雑誌。
飾り棚の中にはコーヒーの洒落たカップやグラス類。棚の上には
当時のそうした応接間の定番ともいえる、ケース入りのフランス人形が。

帰る家さえない私には、その家は、まるで天国のようにも思えた。
叔母は気さくな人柄。叔父は物静かでやさしい人。
二人は精いっぱい私たち兄妹をもてなしてくれる。

最初の夜が明けて、朝、目を覚ました時は、瞬間どこにいるのかわからなかった。
が、ダイニングキッチンから、みそ汁のだしをとる香りが漂ってき、
同じ部屋で寝ている兄の背中が見えた時、ああ、叔母夫婦の家に来ていたんだ!と、
不思議な喜びが徐々に心に広がっていった。

私が起きたと見ると、叔母は笑ながら台所から出てきて、みそ汁の具にする
ニラを、庭で摘んできなさいという。
叔母の庭下駄を引っかけて、ささやかな、でも明るい庭に出ると、
縁側に沿った土間のヘリに、二ラが一列に生えている。
まあ、その朝の、豆腐とニラのみそ汁のなんと美味しかったことだろう!
あれが、生涯で一番おいしかったみそ汁だったのではないか、とさえ思える。
上手にとれただしに、香り高い白みそ。絹ごし豆腐を小さめの賽の目に切って、
今摘んできたばかりのニラを細かく刻んで、ぱっと散らして…。


[②に続く]


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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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