『日本の役割』

アルジェリアの人質事件…。
なんとも痛ましい結末に、犠牲となられた方々のこと、そして残されたご家族のことを
思えば、ただもう黙って頭を垂れるしかない…。
こころからの、こころからのお悔やみを申し上げたい…。

わたしの胸中は非常に複雑である。
なかなかうまく書き表せないが、背反する想いがいくつも、胸の中で渦巻いている。
まずその一つは、日本人の技術者がこうして海外に出ていって、そこで
今回のような奇禍に遭遇してしまうことへの複雑な想いである。
とりわけ、反原発を訴える身としては、今回の事件が、海外の天然ガス開発事業者の
プラントで起こったことには、痛ましさと同時に、すまなさというような
複雑な想いを抱いてしまうのである。エネルギーを自国で賄えないということは、
現在の安定した暮らしがこうした人々の努力と犠牲の上に成り立っているということを
意味するのでもあるのだと…

安倍総理は、今回の人質事件に巻き込まれてしまった日揮及びその協力会社や
派遣技術者の皆さんのことを、『企業戦士』という言葉で表現していた。
1月22日の自民党役員会で、
『企業戦士として世界で戦っていた方々がああいう形で命を落とすことは、痛恨の極みだ』
『全ての責任はテロリストにある。世界の国々と連携してテロと戦っていく』と。

この言葉を今のこの時期に使う無神経さを指摘する人もいた。
これは事件の被害者を10人も出した悲しみのうちにある国の総理が言った言葉である。
それは英語など他の言葉に翻訳されて一瞬にして世界を駆け巡る。
『企業戦士』…。それを英語に直訳すれば、『corporate warrior』となるそうである。
warriorという英語に該当することばを、一国の首相が民間人のプラント技術者に対し使うこと…
それは、今もなお、そしてこれからもまた、今回の事件にめげず海外に出ていって
技術者として現地で働く人々に、誤ったイメージを付与してしまうのではないか、という指摘である。
例えばイスラム過激派などが、日本人技術者に対し、そういう印象を強く持つのではないか。
「そうだ。日本からのあれら技術者は、俺達の国に経済侵略を仕掛けている『兵士』だ!」と。
日本人の安全を守るべき総理が、そうした言葉を迂闊に使う軽率を諫めているのである…

だが、私は、総理のそのことば自体の上げ足とりをする気持ちはここではない。
私がこの記事を書きながら、相反する複雑な想いを抱いていると言ったのは、まさに
それと同じような印象を、私自身も、海外に出ていって働いている人々に対して
抱いていたからでもあるからだ…

『企業戦士』という言葉には、会社のために、家族のために…
自分のために、仲間のために…日本のために…雄々しく働く男、という、
一種の使命感、悲壮感を伴うイメージがある。
別に自衛隊を国軍化しようという悲願を抱く安倍総理でなくとも、私たちは日常的に、
「企業の『最前線』で働く男たち」とか、『就職戦線』とか、『今年のお中元戦線』
とか『マーケッティング戦略』などというもともとは戦争用語を無意識に使っていはしまいか。

『企業戦士』……

私は原子力発電というものに激しく反対している。
また、日本の大企業がさらに販路拡大することを求めて参加を願っているTPPにも
反対している。
そんな私の価値観から推測すれば、私は、科学文明のやみくもな崇拝者ではなく、
物質至上主義からは程遠く、経済発展…いわゆるグローバリズムなどというものには背を向けた、
内向きな人間と思われているだろうか…。

…まさにそうなのだが、しかし、そこに私の揺れ動く複雑な想いはある…

…私は、人間が新しい科学的発展を求めて、新しい技術を求めて、新しい産業を求めて
新天地を切り開いていく姿を、美しいと思わないわけではないのだ。
私自身は科学…、化学、物理学、地質学、◌◌工学、…そうしたものにまったく弱いけれど、
そうした分野で働く人々に、尊敬の念は持っている。
原発に反対はしているけれど、原子力工学の草創期、男たちが新しい学問に
大きな希望を抱いた気持ちがわからないわけではないのである。
未知な領域…神秘に包まれている科学の深い広い領域に分け入っていこうとする人間の探究心を
どうして否定できようか!
同じように、新しい市場を求めて、例えば日揮の人々のように海外に雄飛していく人々を
どうして否定できようか!

先の戦争に負けて、日本は瓦礫と焦土の中から雄々しく立ち上がった。
日本は経済の勢いは衰えたりと言えど、まだまだ全体としてはなんと言っても豊かな国である…
その豊かさを私たちにもたらしてくれたもの…それは、常に新しい発展を求めて
常によりよいものを求めて、こつこつと努力して来てくれた、数知れない多くの企業戦士たちの
お蔭ではなかっただろうか?
私は、ベトナム戦争にアメリカ軍が使用した枯葉剤を作ったモンサント社…、
今また遺伝子組み換え食品で世界の90%のシェアを持つ悪徳企業モンサント社と
そこと長期的協力関係を結んでいる住友化学、そこの米倉経団連会長などを
憎んでいるけれど、モンサントにしても、住友化学にしても、そこで日夜
新しい化学的発見と商品開発を目指して努力している研究者たちまでもを全否定して
しまうことはなかなか出来ない…

つまり、私の中には常に、科学の発展とそれに従事する人へのある種の尊敬と、
一方で、果てしれぬ科学の発展への飽くなき欲望が人類…いや地球にもたらすものへの怖れとが
常に同居しているのだ。
また同様に、未知な市場を求めて海外に雄飛していく企業人たちの勇気を立派だなあ、と
思う反面、アフリカ、アジア、南米等、未開発の大地のたくさん残る地域…
歴史も宗教も経済事情も大きく違う地域への、先進国の大企業の果てしれぬ欲望を
危ういものにも思う。
それは多くの人も同じではないだろうか。

今回のアルジェリアの天然ガスプラントで起きた悲劇。
これをどう捉えるか、ということで、日本人は混乱しているように見える。

テロリズムは悪である!
今回のような無差別殺人を、どんな理由があれ、許すことは絶対に出来ない!

しかし、この多くの犠牲者を出してしまった今回のイスラム過激派の蛮挙を、
ただ、仏英米など西側諸国、今実質的に世界を支配しているようにふるまっている
キリスト教圏の大国の価値判断だけで見ていいのだろうか?
日本は今、自らはアジアの民でありながら、これら欧米の大国と、こうした
油田開発などの大事業という経済活動を共に行っている。
そして、この12月の選挙で勝利した安倍氏率いる現政権は、近い将来、
軍事行動もこれら米英仏などのNATO軍にオーストラリアなどを加えたものと
共に出来るようにしようと、今、着々と準備を進めている…!

邦人が、アフリカの地で、テロに巻き込まれた!
だが、憲法第九条で戦争の放棄を謳った日本は、軍隊を持てない。
自衛隊は実質上の軍隊以外の何ものでもないが、それでも、憲法の縛りは大きく、
自衛隊は、同胞が海外でこうした人質などにとられても、それを武器を持って
助けに行くことは出来ない…「安全」とみなされる地域へでなければ、救援機を
飛ばすこともできない。

今度の事件の一報があってすぐ、石破幹事長は記者団の質問に応え、そうした自衛隊法の
見直しに言及した。
自民党は、今回の問題に対する検証委を作って、日本人が今後
海外でテロなどに巻き込まれないようにするための、そして不測の事態が
起きてしまった場合の、邦人の救出についてプロジェクトチームを作って
検討していくそうである。
その中には無論、危険地域でも自衛隊が邦人輸送できるようにする自衛隊法の改正案の検討も
含まれていくであろう。
公明党がそれには慎重なだけが救いだが、今回の事件をきっかけに、
自民党が前のめりに、自衛隊の海外での活動範囲を、現地での武器使用も含め
広げていくことには、強い違和感を感じる。

無論、今後もこのようなケースがまた起きる可能性はある。
それに対して、日本政府は邦人のためなにをするのか、それを考えていく必要は
あるだろう…
しかし、今回の悲劇を利用するるかのように、拙速に自衛隊法の改正などには
結び付けていって欲しくない。

アジア、アフリカのイスラムの人々に、以前は日本人はある種の好意を持って見られていたと思う。
それは、日本が憲法で不戦をはっきりと謳い、現実に自衛隊の海外派兵などには
極めて慎重で、武力によって他国に言うことをきかせようとするNATO軍などとは
一線を画していたからである。日本人技術者、ボランテイアなどのの優秀さ、真面目さも
その好感の印象を強めるのに無論大きな働きをしていたであろう。
それは実は、日本人が海外で経済活動やNGO、NPOなどの活動をする時に、
日本人を守る大きな力となっていたのではあるまいか。
…ところが2003年イラク戦争が勃発すると、小泉政権下の日本はイラクに自衛隊を派遣した…
今、日本は、海外からどう見られているか…
今回の事件でも、昨日のテレビ放送によると、『ターゲットは、英仏日』という命令が
犯行グループに上から来ていた、という。
はっきり日本人もテロのターゲットになっている…そう思った方がいいのでは。
日本人は、もう、アメリカの友軍、NATOの一員と見られているのであろう。

日揮など、海外で真面目にプラント建設などに尽くしてきた企業…
それは無論、利得をそこから得る活動であると同時に、現地からの要望を受け、
現地の発展に寄与してきたものでもあると思う。
しかし、アフリカ、中東の緊張がこうしてどんどん高まって行くとともに、
日本への現地の人々の感じ方も変わってきていることを、日本人はもっと自覚するべきであろう。

それでは、日本もアメリカやフランス、イギリスなどのように、強力な軍隊を
いつでも紛争地に派遣して、自国民の安全を守り、なにかあった際には武力で持って
相手を鎮圧し、同胞を救い出す…そう言ったやりかたに倣っていくのがいいのであろうか…

仏誌「パリマッチ」(電子版)は21日、アルジェリア人質事件で犯行声明を出した
国際テロ組織アルカイダ系の武装組織「イスラム聖戦士血盟団」のスポークスマンが、
「犯行は90%成功で、フランスなどマリに軍事介入した国は代償を支払うことになる」
との内容の声明を出したと報じた。
 同誌によると、声明を出したのは「血盟団」のベルモフタール司令官の側近。
アルジェリア軍による最終突入の前に同誌が協力者を通じ電話で連絡を取ったとしている。
声明では「800人の兵士が警備する戦略拠点にわずか40人で到達した」と指摘。
アルジェリアの事件は「始まりに過ぎない」としている。


襲撃側の声明だから、800人の警備というこの数字はそのままあてにはできない。
しかし、相当数の警備は付いていたという。
それにもかかわらずこの凶行は行われてしまった…

日本はこれから一体、こうやって海外で働く人々をどうやって守って行ったらいいのか…。
石破氏が言うように、自衛隊法を変え、場合によっては武器使用も許す、というような
ことが必要なのか…
自民党の首相側近の誰かが言ったと言われているが、海外の大使館などに、自衛官を
常駐させ警備強化したり、CIAのような情報組織の強化を図るべきなのか…。

はっきり言って私にはわからない。
アフリカ、中近東地域の政情不安は、もう、日本一国の一市民がどう考えるなどと
言えることではなくなってしまっているからである。
なにが正しくてなにが間違っているのか…あるいはそのまったく逆なのか…

そもそもアルジェリアの問題を語るとき、かつての宗主国フランスを抜きにして
語ることは出来ない。今回の犯行は、フランスのマリ侵攻への報復だと言われている。
しかし、この犯行計画自体は2ヶ月半も前から計画されていたとも伝え聞く。
フランスのマリ侵攻は、その後である…
フランスは自国の民が一人死んでいるが、今回のアルジェリア軍の拙速とも見える
テログループ(そこには捕虜も一緒にいた)への一斉攻撃は正しい判断だったと評価。
イギリス、アメリカもそのフランスと態度を一にしているようである…
これで、フランスはますます北アフリカ地域での軍事行動へ深く踏み込んでいくことになり、
対するイスラム過激派は、フランス、アメリカおよびその同盟国(日本も含む)への憎しみを
募らせていくであろう。ヨーロッパ本土へのテロ攻撃も激化するかもしれない。
イギリスのキャメロン首相は、『北アフリカでのテロとの戦いは今後、数十年続く』と
言明したそうである(26日朝日朝刊)。
英仏などでこうした政治のイスラム過激派との対決姿勢が強まっていけば、
ヨーロッパ本土の白人のイスラム系移民への差別や厭悪感はこれまた徐々に強まっていく…
そうすると、そこで暮らすイスラム系住民の反撥心や怨みもまた強くなっていく…
負の感情の連鎖の強化である……

私自身のアンビバレンツ…好悪相反する感情…のことを言ったが、
私たち日本人は、戦後、概して西欧的道徳、西欧的価値観、西欧的教養の中で
育ってき、暮らしてきたのではないだろうか。
私などは戦後のアメリカによる民主主義教育の中で育ってきた…。
アメリカの自由や豊かさ、またフランスやイギリスの深い伝統文化やその芸術作品には
大きな憧れを抱いて育ってきた。今でもその憧れの気持ちは失せていない…

だが、調査によって数値は違うが世界には68億の人口のうちの約23%にあたる約16億の
イスラム教徒がいるそうである(2009年時点)
また、その米非営利調査機関ピュー・リサーチ・センターの試算では、今後イスラムの比率は
増えていき、2030年までに世界人口の4人に一人26.4%まで増えるだろうとも言う。
(因みに、世界人口の32パーセントにあたる22億人がキリスト教を信じており、
15パーセントにあたる10億人がヒンドゥー教、7パーセントにあたる5億人が仏教を
信じていることが示された。その他に、世界人口の6パーセントにあたる4億人が土着宗教を信じている。)
一方で、無宗教という者は、世界人口の3分の1もいて、いかなる宗教にも関与せず
暮らしているという。

宗教と政治がイコールではないことは無論である。
だが私自身も無論含め、私たちはあまりにも、あらゆるものの考えかた行動様式で、
西欧的世界観に傾きすぎてはいないだろうか?
とりわけ、情報分野において、西欧のそれに頼りすぎてはいないだろうか?
アメリカやフランスや、イギリスや…それらが発する情報を正しいと鵜呑みにしては
いないだろうか?
アフリカの『狂犬』と呼ばれ、反政府暴動のさなかに正当に裁かれることもなく処刑された
あのカダフィー大佐は、西欧のメディアが流したように、本当にその死が歓迎されるべき
極悪人だったのだろうか?
一方では、彼の善政を懐かしみ、彼の死を悼むアフリカの民も大勢いるものを……
後ろで糸を引いていたのだろうと思われるフランス国民の中にも、彼の
不当な死を悼む者はいる……

この混沌とした世界にあって、何が正しいか悪いか、などの判断はほんとうに難しい。
私の感情も揺れ動くのである…。
だが、一つ。
憎しみによって問題が解決されることは少ない。
武器によって一時的に平和がもたらされたとしても、それは長続きのする平和であろうか。
武力で紛争を解決しようとすること…それはほんとうに効果があるのだろうか?
…今回だって、プラントは大勢の兵士によって護衛されていたはずである…

海外にいる自国の民を救うために軍隊を投入する…
一体何人投入すれば安全だという保証があるのか…
救援部隊がまた襲われたら、さらに多くの軍隊を投入するのか…
その虚しさを描いた映画がある。
一つは1998年公開の『プライベート・ライアン』(スティ―ブン・スピルバーグ監督)
舞台は第二次世界大戦中の1994年のノルマンディ―上陸作戦。(以下青字部分はWiki)
掩蔽壕の機関銃座から猛烈な銃撃を受けながらもオマハ・ビーチ上陸作戦を生き残った
米軍第5軍第2レンジャー大隊C中隊隊長のミラー大尉(トム・ハンクス)の下に、
米第7軍第101空挺師団第506パラシュート歩兵連隊第1大隊B中隊に所属する
ジェームス・ライアン2等兵(マット・デイモン)をノルマンディー戦線から探し出し
無事帰国させよ、という任務が下った。ライアン家の4人兄弟はジェームス以外の3人の兄弟が戦死し、
彼が唯一の生存者であった。息子たちの帰国を本国で待つ母親に息子全員の戦死の報せが届くのは
あまりに残酷だ。たった一人だけでも生かし、母親の下に息子を返してやりたいという
軍上層部の配慮だった…。


一人のいのちは無論大事である。…だがそのために8人の別の兵士が、危険な敵陣に
命を賭けて救出に行けと言われる…
この映画は、その非情なほどの戦闘シーンのリアルさで有名である。それゆえに、
武器フリーク、戦争フリークから高い評価を受けているとも聞く。
だが、私には、戦争というものの残酷さと虚しさだけがこころに残った。

もう一本。
2001年公開の『『ブラックホーク・ダウン』(りドリー・スコット監督)。
これは1993年に実際にソマリアでおこった壮烈な
「モガディシュの戦闘」(米軍を中心とする多国籍軍とゲリラとの市街戦)を描いている。

1993年、国際世論におされた米軍は民族紛争の続くソマリアへ派兵。
内戦を終結させようと、最大勢力ババルギディル族を率いて
和平に反対するアイディード将軍の副官2名を捕らえるため、約100名の特殊部隊を
首都モガディシュへ強襲させた。
当初、作戦は1時間足らずで終了するはずだったが、作戦の開始直後に、
アイディード将軍派の民兵の攻撃により、2機のヘリコプター、ブラックホークが
RPG-7によって撃墜されてしまう。
敵地の中心へ仲間たちの救出に向かう兵士らは、泥沼の市街戦に突入していく。


本作はソマリア内戦への超大国による介入とその失敗を描いたノンフィクション小説
『ブラックホーク・ダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』(マーク・ボウデン著。早川書房刊)
を映画化したものである。
私はまず、この無益なアメリカによる武力介入のノンフィクションの方を先に読んでいた。
超大国といわれる先進国が、アフリカの内戦に介入していく…
だが、最新鋭最強と言われたブラックホーク部隊も、シミュレーションで思い描く
戦闘と、女子供でさえ戦闘員になリ敵味方見極めのつかぬ混沌とした現地で
実際によく建物などの位置関係もわからぬまま戦わねばならない実戦は大きく違い、
地獄の泥沼のような戦いに引きずりこまれていく…
戦争というものはこういうものなのだ…その実態を知って非常なショックを受けたものである。
映画は多少の戦争美化というか、アメリカ軍の視点から描かれていて不満がないわけでは
なかったけれど、大国が他国の内戦に介入していくその論理と、戦闘の無益さ、悲惨さは、
十分に出せていたのではないかと思う。

映画版における最大の特徴は、その徹底した描写である。従来の戦争映画とは違い、
状況説明を最小限にとどめ、作品のほとんどを戦場という状況の直接描写に徹した点にある。
喧騒とした街に突如として降下するアメリカ兵、一般住民と民兵が入り混じった乱戦、
少数精鋭のアメリカと数で押す民兵、現場と司令部との齟齬など、
分かりやすい正規戦をモチーフとしたこれまでの戦争映画とは違い
現代の不正規戦における混乱が的確に描写されている。


この、Wikiの記述がよく表してくれているように思う。
出来たら原作のノンフィクションを読んで見てほしい。アフリカにおける大国の論理の
無茶苦茶さと、その大義と言われるものの虚しさ。
そもそもここにアメリカを中心とした国連軍が介入していくのは、
長年にわたるソマリア内戦で想像を絶する飢餓状態にあった子供たちを救うためなど、
もともとは人道支援目的である。だが、それ以前に、ソ連やアメリカが
ちょっかいを出していて、大量の武器が残されていたなど、やはりここにも
超大国の勝手な思惑が問題を複雑化したという経緯があった。
部族間の対立…内戦による絶望的な荒廃と飢餓。それを放ってはおけないというのはわかる。
しかし、一体どこまで内戦に大国は関与していいのか…
果たして関与することが、アフリカの民にとっていいことなのか…?
答えのない問いが胸を重くする……


さて。戦地や紛争地における同胞の安全確保と、ことが起こった時の救出方法…。
これはこれだけ、邦人も世界に数多く出ていって仕事をする現代、しかも、世界で
紛争地が増えていっている現代、避けては通れない問題であろう。
だが、安易に、自衛隊を送り込めばいいという問題ではないはずである。
憲法を変えて、日本もアメリカやその友軍と共に、世界の紛争地に自国の兵士を
送り込めばいいという問題では断じてないはずである。

ブログを拝見させていただいている『★いつか星降る夜に…』ブログのその日暮らしさんの、
『★今こそ非戦の誓いを!』という記事に
イラク戦争に派遣された自衛隊員の自殺率の高さのことが書かれている。
衆議院議員照屋寛徳氏の質問対する政府答弁書による数値。

平成十九年十月末現在で、テロ対策特措法又はイラク特措法に基づき派遣された隊員のうち
在職中に死亡した隊員は、陸上自衛隊が十四人、海上自衛隊が二十人、航空自衛隊が一人。
そのうち、死因が自殺の者は陸上自衛隊が七人、海上自衛隊が八人、航空自衛隊が一人、
病死の者は陸上自衛隊が一人、海上自衛隊が六人、航空自衛隊が零人、
死因が事故又は不明の者は陸上自衛隊が六人、海上自衛隊が六人、航空自衛隊が零人である。


また、イラクから帰還した自衛隊員がその後に自殺を遂げていることについては、
東京新聞が次のように明らかにしているが、それもその日暮らしさんの記事に載っている。

  ■東京新聞2012年9月27日朝刊■

イラク帰還隊員 25人自殺
二〇〇三年に米国主導で始まったイラク戦争に関連して、中東へ部隊派遣された自衛官のうち、
先月までに二十五人が帰国後に自殺していたことが防衛省への取材で分かった。
陸上自衛隊は十九人、航空自衛隊は六人に上る。
防衛省は「イラク派遣との因果関係は不明」としている。

 陸自は〇四~〇六年、イラク南部のサマワに合計五千五百人を派遣し、空自は〇四~〇八年、合計三千六百人をクウェートに派遣した。海上自衛隊は現地駐留せず、自殺者もいなかった。

 自衛隊全体の一一年度の自殺者は七十八人で、自殺率を示す十万人あたり換算で三四・二人。イラク特措法で派遣され、帰国後に自殺した隊員を十万人あたりに置き換えると陸自は三四五・五人で自衛隊全体の十倍、空自は一六六・七人で五倍になる。

 一般公務員の一・五倍とただでさえ自殺者が多い自衛隊にあっても極めて高率だ。防衛省の担当者は「帰国後、何年も経過した派遣隊員と一年ごとに調べる隊員の自殺者数を比べても意味がない」と反論。派遣隊員が自殺した時期は明らかになっていないが、陸自のイラク派遣期間中の三年間は毎年九十人以上が自殺しており、自衛隊全体の自殺者数を押し上げている。

 イラク派遣された陸自は宿営地で十三回、計二十二発のロケット弾攻撃を受け、うち四発が宿営地に落下した。車両で移動中、仕掛け爆弾による攻撃も受けた。

 空自は武装した米兵をバグダッドへ空輸する際、たびたび携帯ミサイルに狙われたことを示す警報が鳴り、着弾を避けるため、急旋回などの飛行を余儀なくされた。

 過酷な環境下で任務遂行したことになるが、前出の担当者は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)で自殺した例は確認できていない」としている。 (東京新聞編集委員・半田滋)


またこんなデータもお借りする。

■第二次世界大戦後、米国が戦争、爆撃をした国■
中国(1945-46、1950-53)
朝鮮(1950-53)
ガテマラ(1954、1967-69)
インドネシア(1958)
キューバ(1959-60)
ベルギー領コンゴ(1964)
ペルー(1965)
ラオス(1964-73)
ベトナム(1961-73)
カンボジア(1969-70)
グレナダ(1983)
リビア(1986)
エルサルバドル(1980年代)
ニカラグア(1980年代)
パナマ(1989)
イラク(1991-99)
ボスニア(1995)
スーダン(1998)
ユーゴスラビア(1999)
そして、現在、アフガニスタン

(アルンダーティ・ロイ『ピーナッツバターにまみれた野蛮』から)




…このようなデータを知ってなお、自衛隊の海外派兵の道を
私たちは選びたいだろうか?
アメリカなど共に、こうした無益な戦争にくわわりたいだろうか?

自国民は守らねばならない…
それは確かなことである…。
だが、日本には、第二の道…武力解決によらない道があるのではないだろうか?
それは、西欧諸国でもない、アフリカ、中南米、中近東でもない、アジアの一国…
世界の長い長い宗教戦争や紛争の連鎖の歴史からも一応離れた立場にいるこの私たちの国…
しかも優れて豊かな工業技術力や農業技術力も持つこの日本…
そして、大きな戦争の悲劇、瓦礫と焦土の中から必死で働いて立ち上がった国…
2度と戦争に加担しない、起こさないと憲法で高らかに謳った国…この日本。

その日本が世界で果たしうる役割は、アメリカなどにただ追随することのほかに
ありはしないだろうか…
世界で唯一原爆を2回も投下された国。戦争の悲惨さは十二分に知っているはずである。
そして福島第一原発事故も引き起こしてしまった国。私たちは科学の進歩の素晴らしさと同時に、
それが人間の飽くなき欲望の追求に使われ続けた時どういうことを引き起こすか知ったはずである。
その日本が世界で果たしうる大きな役割がありはしないだろうか…

それは、世界の紛争を、中立公平な立場で何とか武器によらずに平和的に解決する
その先頭に立つこと。自らそれを国の生き方として示していくこと。
そのことではないだろうかと私は思うのだ。
甘いかもしれないが、それがなによりの日本人に対する安全保障になると。


最後にこんな映像をご紹介。
こういう視点もあるということを知っていただくために。

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/54705

同志社大学大学院、グローバルスタディ研究科長・同教授。内藤正典氏への
岩上安身氏によるインタビュー。アルジェリア問題の本質。マイノリティと
グローバルスタンダードの問題など。

無料で見られるのは期間限定記事なので、2時間近くと長いですが、ぜひ、お早いうちに。



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Re: ウッドスタインさんへ

ウッドスタインさん。こんばんは。
ここ数日少し忙しかったものですから返事が遅れてしまって申し訳ありません。

それでは、また箇条書きの順に返事させていただきます。

1.このご質問は、正直言って少し困りました。なぜならば、アジア的なるものを
西洋・欧米的なるものと二項対立的に捉えているつもりは私には全然なかったからです。
世界には、アフリカもあれば中南米もあれば、一般的な地理的分類から言えばアジアの
中に入れられるだろうけれど、日本などとは宗教などを全く異にする中近東の
国々もあるからです。本文中にもそれらを並立して書いていると思います。
ただ確かに私は、
『私たち日本人は、戦後、概して西欧的道徳、西欧的価値観、西欧的教養の中で
育ってき、暮らしてきたのではないだろうか。
私などは戦後のアメリカによる民主主義教育の中で育ってきた…。』
と、西欧的なものへの複雑な思いのことを書いています。
『では、西欧的道徳、西欧的価値観、西欧的教養とはなんですか』と
また、ウッドスタインさんに問われれば、そう明確に答えられるかどうか
自信がありませんが、書いたからにはちゃんとお答えしなければなりませんね。
あまりにも膨大すぎますが…。

例えば『惑星』という概念を明確にしたタレスは紀元前585年の日食を予言し、
ピラミッドの高さを自分の影の長さを測ることで推測しています。また、
『半円の弧に対する円周角は直角である』というタレスの定理など、古代ギリシャの
記録に残る最古の自然哲学者と言われているそうです。このタレスなど、
私たちはどれほど数学や理科で知らずにその発見を当然のことのように学んできたか
しれません。
正確に言えば、ギリシャ文明は『西欧』と言うものとは区別されているようですが、
西欧文明というものが古代ギリシャに学び、ユダヤ・キリスト教を取り入れて行き、もともとあった
ゲルマン文化やケルト文化などと長い長い時間をかけて融合させて出来て行ったものだと
考えると、西欧文明という時、やはりギリシャの哲学も中に含めて考えていいと思います。
ピタゴラスおよびその学派にははあの有名な定理だけでなく、楽器の調弦法の基礎まで
私たちはお世話になっている。
もう、どれほど私たちが当たり前のことのように学校で学んできたことが、西欧のもの
であることが多いことか!哲学、倫理学、心理学、論理学、道徳哲学、数学また
体育や音楽という学科さえ、その基礎の多くは西欧の学問や思想に端を発しています。
むろん私たちが習ってきたことは西欧のものだけではない、『ゼロ』の概念は
インドで発見されたものですし、ピタゴラスの調弦法は同じころの中国にもあったと言います。
私たちは西欧だけでなくあらゆる文明の恩恵を受けているわけですが、西欧の
教養の中で、私たちが大きな一部、育ってきたことはどうしたって否定できないと思います。
学校で習う学問だけでなく、自由、民主主義、平等、人権、博愛などというその言葉も概念も
そうです。
私が『西欧的道徳、西欧的価値観、西欧的教養』と言ったものは、これらすべてを
指しています。私が小さい頃親しんだアンデルセンの童話やイギリスの児童文学…
もう多すぎて一口にはとても言いきれません…
しかしまた、西欧の覇権主義、今の新自由主義経済の根幹の思想なども
大きくもとをたどれば、その人間中心主義に辿りつくのかも
知れません。乱暴な言い方ですが、この地球上で人間を中心に考える…
地球上のその他のもの…動物や植物や、鉱物や、海や空や大地も…
それらは人間が時に利用し、所有し、開発していっていいものだ、という考え方…。
それは白人至上主義と結びついて、後の西欧諸国による帝国主義や植民地化政策…
大プランテーションでの自然破壊、現代の資源争奪戦や環境破壊にも大きく
繋がっていると思います。
むろん、他国に侵入してその富や資源を収奪するのは、なにも西洋人に限らないですけれど。
しかし、この記事のテーマであるアフリカの問題など見ていると、そこにどれほど
西欧諸国の勝手な思惑や欲が絡みに絡んで問題をややこしくしていることか…
フランス、イギリス、ドイツ、スペイン、ポルトガル、イタリア、ベルギー。
そしてさらにはアメリカ、ソ連がかかわって内戦をややこしくし、…そして現在では
日本や中国、韓国などもその経済開発に手を貸しているというか、…まあ、かかわっています。

そのことをただ言いたかっただけで、わたしの中で、『アジア的なもの』という発想は、
この記事に関してはまったくなかったのです。
『私たち日本人は、戦後、概して西欧的道徳、西欧的価値観、西欧的教養の中で
育ってき、暮らしてきたのではないだろうか。』
という、私が実際に使った言葉の、西欧的価値観などというものに対する説明。
これでさせていただいたことになるでしょうか。まだ、むろん言い尽くせているとは思えませんが。
あまりにも膨大で、とても私などに説明しつくせるものではありません。

2.科学の発展の必要性
『この議論というのはそれこそ伝統的なもので、最終的には哲学の領域の話かもしれません。』
そうですねえ…。これも私などが語れるような軽いテーマではありませんね。
有名なものでは、アインシュタインとタゴールのものなど…。
真剣に科学的真理を追求していけばいくほど、それは哲学的宗教的ともいえる
悩みを伴ってくるものかもしれません。原子力開発の問題などはまさにそれですよね。
『鬩ぎ合い』とおっしゃいましたが、まさに永遠の課題。
そう言った意味で、私は1990年代初めに大学設置基準の大綱化によって各大学が
カリキュラムを自由に決められるようになった。その結果、多くの大学で専門科目の
単位数が増加し、反対に教養科目の単位数は大幅に減少したのを嘆かわしいことに
思っていました。理系の大学でも哲学や宗教学、文学などの素養は必要、逆に文系の
学部でも科学的素養は必要だと思っていたからです。
その意味でこのところ、あちこちの大学で文理融合型の学部や、学際的な学問の視点が
重要視されるようになり、そういうところで学ぶ若者も出て来ていることは
いいことだなあと思っています。
ただ、中途半端に単にリベラルアーツ系大学と名乗るだけの大学や学びの姿勢では
何にもならないという危険性もあるとは思いますが。周到なカリキュラム編成と
高い学問への理想が大学・学生双方に問われると思います。
…そうやって、文理融合型の、学際的教養を身に付けた若者たちが、これから、
この長年の懸題の、科学と倫理などという難しい問題を、いつの日か
解決してくれればいいなあと願っています。いや、願わくは出来れば近い将来に…。

大学の話に触れたので、6の(7)の『ところで日本の技術は大丈夫なのか』という項目の
ポスドク問題にこちらで触れさせていただきたいと思います。
この問題にも無関心でいられません。実は亭主も、典型的なポスドク浪人だったからで…。
彼は文系の学部のポスドク。優秀な成績はとっていたのですが、大学に残って
一生学問を続けられるという間口は当時も狭く。結局私など家族のために学問の道は捨て、
まったく自らがしてきた学問とは別の道を生きることになりました。
そのことでは本当に彼には申し訳なく感謝するばかりです。そう言った意味で、
折角、博士課程まで行って学びながら、就職先もなく、自分の能力を生かせない若者が
亭主の頃とはまた比べ物にならないくらい増えて行っているらしい状況には
胸を痛めずにいられません。
亭主の頃とは遥かに今の方が大学の数も増え、企業も増えていると思うのですが、
大学院に行って学ぶ者の数もまた増え、今のように景気が悪くなると、就職の受け皿が
小さくなってしまっている…せっかくの人材が勿体ないことです。

そう言った意味で、確かにウッドスタインさんが指摘なさるように、私の
『経済大国でなくたっていいじゃありませんか』という発言は、軽はずみだったかもしれません。
経済がうまく回っていれば、大学にお金も回り、研究費が増え、また企業の卒業生受け入れ状況も
よくなるでしょうから…。
経済大国云々についてはまたあとで述べさせていただきますが、ただ一つ。
『ですが、だからと言って、この問題があるから、日本は経済大国であってはならない、
という理由にはならないと思います。』
と、ウッドスタインさんは私がそう発言したようにお書きになっていらっしゃいますが、
私、「経済大国で『あってはならない』」というような極端ないいかたは決してしていませんよ。^^

ああ、もうここでついでに言ってしまいますが、私は実は、『経済大国』というような
経済の規模うんぬんよりも、同じ経済規模でも、その仕組みが硬直化して、一部富裕層などに
富がますます集中し、末端の労働者にまで利益が回っていかないことの方を重大視しています。
今の日本はそういう状況。前にも書かせていただきましたが、大企業等の内部留保金は
調査の仕方によって額は違うと思いますが、労働総研研究員の木地孝之氏によると、
『企業の内部留保は総額461兆円(10年度)。大企業だけで266兆円に達し、
この10年間で100兆円近くも増加している』。
それなのに、労働者の賃金は概して据え置かれたまま。大企業では『追い出し部屋』などという
むごい実質上の首切りが行われているところがあると言います。
ちょうどこのほど、ローソンが社員の賃金を上げると言いだし歓迎されていますが、
昨日でしたかの調査では、見出しでしか見ていませんが、アベノミクスを受けて
社員の給料を上げることを考えてる企業は一割だとか。
しかもローソンが賃投げの対象としているのは、3300人の正社員だけです。
18万5000人の非正規雇用者は、昇給の対象ではない。そこにこそ支援が欲しいのにです。
経済大国、経済小国などという前に、この、お金が、もともとあるところにますます蓄積され
末端に届いていかない仕組みの方が問題だろうと思います。
私が、「経済大国でなくたっていいじゃありませんか」とあるかたへのコメントで
書いた心のうちには、今ある富を、今ある資源を十分に活かそうとしないで、
ただGDPが上向きになっていれば、皆が幸せになるというような、そう言った考えを
もう一度見直しませんか、という気持ちがあったことを、ここで申し述べておきたいと思います。
それは、わたしの言葉の一つだけをご覧いただくのでなく、私がこれまでずっと
書いてきたことを総合的に感じ取ってくだされば、決して私が
「日本は経済大国になんかなってはならない」などと極端なことを考えているのではないという
そのこころがわかっていただけるのではないかなあ、と思うのですが。

むろん、『今ある資源』と言ったときの気持ちの中には、ウッドスタインさんが6の(2)で述べて
くださっているような、地熱、海洋資源など日本にある多くの資源を生かす道を
選んで欲しいと願う気持ちが込められているということはいうまでもありません。

話をポスドク問題に戻しますが、これは日本だけの問題ではなく、アメリカでも
似たような状況のようですね。
かつては日本の理系の学部の研究施設の貧弱さがアメリカのそれと比較されて
よく語られていました。今はずいぶん企業と提携している大学も多いと思うけれど、
いつ頃の話しかなぁ、2,30年前でしょうか…もっと前だったかな…
日本の大学は『象牙の塔』的な意地とプライドがまだ色濃く残っており、
企業にお金をもらうということは、研究者の魂を一部売り渡すこと、などと考えて、
国から与えられる少ない研究費で資材も何も工夫してやりくりしているという、
…あの時の映像は確か東北大学かどこかだったと思いますが…雑然とした、
でもなんだか居心地のよさそうな研究室のテレビ映像を見た記憶があります。
それに比し、アメリカの大学では、大学と企業が共同で研究を進めることは普通。
十分な研究費がそこで得られるという…そんな番組でした。

ところが今、そのアメリカでさえ、修士号取得の浪人組が増えているという…
堤未果さんの本などでは、学部卒ではいい職業に就けないからと修士課程を終了したけれど、
結局就職できず低賃金の仕事に戻らざるを得なかった若者の例が出ています。
大学院に行って変わったのは、それでなくても苛酷な学資ローンが、2年分さらに
上積みされて借金が増えただけだと。昨年7月、アメリカ、コロラド州で起きた
銃乱射事件の犯人は、修士号取得者で神経科学の博士課程に籍を置いていたという…

まあ、これらは特殊な例であって、これだけでアメリカの高学歴ワーキングプア問題を
語ることはできないけれど、日本においてもアメリカにおいても、高学歴者が
いい就職先を保証されている時代ではないということは、概して言えるかと思います。

ここには無論個人の資質の問題も含め、簡単には語れない原因があるかと思いますが、
政治のまずさや社会的構造そのものという要因も大きくあると思います。
少子化が進むと大学生の数が減って文科省は予算をとれなくなる。それで大学を
とにかく無責任にどんどん認可して増やして全入時代などといわれる事態を引き起こした。
小泉首相の規制緩和政策で大学の数や学部が増えました。
大学院生の数も、91年、博士倍増計画なるものを打ち出し、ポスドクが必要以上に?
増えてしまった。ポスドク1万人計画(1996~2000年)などというものがあったそうですね。
今は2008年度時点で、18,000人のポスドクがいるという。
私がさらに腹が立ったのが国立大学の独立行政法人化でした。これは学問の府の死を
意味すると思っていた。
むろん、それまでのように、業績もない老教授などがいつまでもい座って
ただ国からの予算を無駄に使うというのはまずい。しかし、この独立行政法人化によって、
大学の先生たちは、自分の研究や生徒の指導をすることよりも、セールスに
時間とエネルギーを取られることになってしまいました。
とにかくいろんなプロジェクトを立ち上げて支援団体を探して来て取りつけて
経営実績を作らないことには来年度の予算が貰えない…。
派手な中身の学部学科は研究費をたくさん獲得できるかもしれないけれど、
理系でも地道な基礎研究や、文学、哲学、史学、美術などは厳しさを余儀なくされてしまった。
また、ウッドスタインさんに、『昔はよかった』的だと言われてしまうかもしれないけれど、
私は、学問にはこうした、今の、全てに効率と短期間での業績を求める風潮からは
一見無駄と思えるような学問の存在価値も、大いにあるのではないかと思う方です。
では、それまでのように、学者は象牙の塔に籠っていていいのか…。
逆に、企業や政治ともっと連携をとって業績をあげて行くべきなのか…
今回の福島第一原発事故で明らかになったように、産学官がドロドロに癒着した
ムラ構造になってしまうのは困りますし、この問題もほんとうに難しいです。

ただここでも言えるのは、お金のまわりかたがうまくいっていないということではないでしょうか。
日本のGDPに対する教育費の割合は先進国の中でも低い。2012年度も
OECD加盟国中最下位だったそうです。その埋め合わせをするように、私費負担は、
3位。教育費が家計を圧迫していることがわかります。
塾の経済規模は年間1兆円規模だとか。ここには親の経済力で子どもの受ける教育の
質と量が変わるという、潜在的貧困層の定着化という大きな問題が透けて見えてきます。

国が教育にお金をかけない。そして、教員や学生や家庭に負担を負わせる…
そしてその配分も、おそらく恐ろしいほどの無駄をしているのでしょう…
あの原発事故後に、しかもそれを推進してきた団体「日本原子力文化振興財団」に、
文科省が原子力副読本改訂事業を約3700万円ものお金をかけて委託したように。

まあ、この問題も書いているとキリがありません。このへんで。


3.「昔はよかったのに今は…」と思える件

ウッドスタインさ~~~ん!こちらにその気がないんですから、そんなふうに
おとりにならないでくださ~い!このアルジェリアの人質事件をはじめとして、
世界に山積する貧困や飢餓、内戦、国家間の戦争そして経済の格差などの厳しい現実の問題を見て、
いくら懐古趣味の私でも、「昔はよかった」と思えるはずがありません。
ということで、この項は簡単に。
むしろ、30年前は私と同じようにリベラルでいらしたとおっしゃるウッドスタインさんの
考えの変化のわけをお聞かせ願いたいです。私もそこにこそ学べることはある気がします。

『発信力の強化は必須です。日本という国のスタンスを広く正確に認識してもらうことで、
管理人さんの導き出した結論に多少なりとも近づくことは可能かもしれません。
ですが、安全保障とまではならないでしょうね。』

ウッドスタインさん。こうしてブログのコメント欄で議論させていただいていますが、
なんだか同じことを違う側面から見て違う言葉で言っているだけなんじゃないかなあと
思うことがしばしばです。^^
ほんとうにそう思います。日本はいろんなことに発信力が弱いと思います。
いくら日本人が、開発途上国で平和的に経済支援や生活改善のための支援をしても
それはそれを知る現地の一部周辺の人々への印象改善にはなっても、恒久的に近い
全土にわたる日本人渡航者や労働者への安全保障になどはなりえないだろうということも
悲しいことですが、たぶんそのとおりだろうと思います。
ウッドスタインさんがこの項の後半部分でおっしゃってらっしゃるのは、たぶんトルコのかたの
日本人に対する感じ方や、カダフィー大佐などの日本人への言及のことだろうと
思いますが、日本人のこれまでのスタンスと今。これからの課題、などに関しては、
また、書きたい記事もありますので、そこで述べさせていただきたいと思います。
5.についての考えもそこで述べられたらなと思っていますが、最近、記事をかく
気力が衰えて来ているのでいつになりますか…。

4.「厳しい現実」とその対応
ここは一番、ウッドスタインさんと私で、考え方が違うところかもしれませんね。
かつてリベラルでいらしたというウッドスタインさんがなぜ、軍備強化、の方向に
お変わりになったのか、残念です。
確かに今の日本はほんとうに厳しい現実の中にいます。福島の状況は少しも
好転していないし大震災の復興もまだ。それだけでも日本は大きすぎる悲しみを背負ってしまったのに、
対中国、対韓国、対北朝鮮の関係悪化。これも私はとても心配しています。
『厳しくない現実』なんてどうして思えるでしょう。
確かに中国の問題は、ウッドスタインさんがおっしゃる通りだと思います。
両国首脳間ではある程度の手打ちが出来るかもしれない。しかし、軍が暴走するということは
ありうる気がします。とり分け今は、習近平氏は国家のトップになったばかり。
まだ軍をがっちりと掌握できていないかもしれません。権力を固めるためにも、
今は日本のようなものを仮想敵として強調して強気の姿勢を示し、それによって
軍も人心も掌握しようとするのは、トップが代わった時によくおこなわれることだと思います。
これは安倍政権にとっても同じ。下の者はそうしたトップの雰囲気を敏感にくみ取りますから、
一部軍人が暴走するといったことはあり得ないことではないと思います。
まして、石原前都知事による尖閣買い取り発言以降、お互いの感情は悪化の一途をたどっている…
ほんとうにろくでもないことをしてくれたものだと思います。最悪です。
今は、双方にとって極めて不安定な時期。それは否めません。
しかし、その緊張を理由に軍備を強化し、中国や韓国、北朝鮮に対し、強硬姿勢を貫くかどうか、
という点では、私はやはり、ウッドスタインさんのお考えとは違うといわざるを得ません。
甘いと言われようとどうしようと、辛抱強い外交と民間交流の絆によってしか、
国家間の問題は解決できないと思います。
戦争によって何かが解決できるとは、どうしても思えません。
お互いの感情をむき出しにして悪意を強めあってそれが戦争への道に行くことの
どこにメリットがあるのか、どうしても理解できません。ウルトラセブン第26話
「超兵器R1号」の中のエピソードをお出しになりましたが、残念ながら
私は見ていませんのでそれについては語れませんが、
宇宙人であるという主人公が、軍拡さらに軍拡と互いにエスカレートしていくのを
「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ。」と言ったという。その言葉に
ほんとうに共感いたします。
日本は2011年データですが、既に世界第6位の軍事費を使っています。対GDP比は1%枠が
あるため低いけれど、海軍力においては世界第3位くらいのそれを有しているとか。
でも、中国は日本と比べ物にならないくらい戦闘機も戦車も多いです。戦闘機は日本対中国で
371:1693、主力戦車で806:7400です!戦闘艦こそ48:79で、そう差は
ありませんが、これらを中国と匹敵するくらいに増やせば、日本は安全になるのでしょうか?
それこそウルトラセブンの主人公が言ったように、日本が対抗して増やせば、さらに中国が
性能のいい戦闘機や戦車を増やし、空母をばんばん作り、核爆弾搭載のミサイルを
飛ばせるようにしようとする…どこまで行ってもきりがありません…

軍拡が世界に平和をもたらさないことは知っているはずなのに、どうして人間は
競い合い、戦争をするのでしょう…
私にはそれがどうしてもわかりません。ばかと言われてもわかりたくないです。

『管理人さんは、戦闘を避けるためならば、日本国政府は尖閣でも沖縄でも
中国に差し出せと思っているのでしょうか。』

このおっしゃりようはいくらなんでも、極端すぎませんか?(笑)
私は、甘いといわれようがどうしようが、外交によって国家間の問題は
解決するべきだとどうしても思います。逆に言えば、戦闘をして尖閣と沖縄が守れるでしょうか。
私は、国と国が戦争をしないようにするためには、外交、文化交流等を通じて
お互いを理解し合い尊重し合うという道しかないと思っています。
ほんの少し前、あのサッカーワールドカップ日韓共催のあたりを契機にして
日韓の交流が深まり、韓流ブームなどで日本と韓国が仲良くなりかけたときには
嬉しかったですけれどなあ…。単純すぎますか。
国内に関しても、アメリカのように武装社会で、家にライフルやその他の銃が
何丁もあるような家庭…。その家庭の子息が銃乱射事件を起こして子どもたちを主として
26人もの犠牲者を出す事件の犯罪者となってしまう…。
武器は、武装は、戦争は、人間を幸せにしないと思います。

国と国との関係も、人と人との関係も同じだと思うんです。
考えが合わないからと言って、お互いに汚いことばを使って罵り合い
喧嘩別れすることは簡単です。どちらかが上に立とうとして、最後の捨て台詞を言えば、
言った方はすっきりするかもしれない。でも、それはさびしすぎます。
言葉を尽くして話し合い、まあ合わないところは仕方ないけれど、誠実に
話し合いを尽くすことによって、相手の人格を認めあう…
考え方は違っても、相手を尊敬できる…それが理想だと思うんです。


6.日本が経済大国であるということ

長くなっています。この6.に関しましては、まとめて返事させてくださいね。
(1)(2)に関しまして、まったくウッドスタインさんのおっしゃる通りだと思います。
とりわけ、『でも、私は日本の本当の資源は、(1)でも挙げた人的資源と、それに伴う技術力だと思います。』
というところには、激しく拍手です。
(3)に関しましても、そうだなあと思います。
私は科学音痴ではありますが、NHKや、民放でも『ソロモン流』とか、先日教えていただいた
『未来世紀ジパング』とかいい番組がたまにありますが、そうした番組で、地道に研究を続ける
日本の科学者たちや町工場の練達の職人さんたちや、と言った話を見聞きするのが大好きです。
ほんとうに、それほど研究費も豊富でない中でも創意工夫をして素晴らしいものを考え出す、
創り出していく姿を見ていると、勇気をもらいます。
でも、おっしゃるように、それらの発見や技術革命も、経済的な支えがあってこそ、
とおっしゃるウッドスタインさんのご意見は、本当にそうだなあ、と思います。
例えばips細胞、例えばヒトゲノムの解析、例えばイネゲノムの、たとえば、世界の有用な植物の収集…
国家的プロジェクトとして国と企業をあげて豊富な研究費を供する国アメリカに、それでなくても
教育にかけてくれる費用の少ない国日本で、大学の研究者たちはどう立ち向かっていけるのか…
そうしたことは、本当に痛いほどわかりますよ。

さあ、そこで、「経済大国でなくたっていいじゃないですか」という、わたしのあるかたへの
コメントのことば。
もういちど、2.のところで書いた返事に戻りますが、私は決して「経済大国であってはならない」
などと極端なことは言っていません。
今の経済規模でも、お金のまわり方をもっとうまくやっていけば、日本は十分豊かな国と
言えるのではないかと思うだけです。
例えば文科省管轄の教育費で言えば、原子力副読本に3700万円もかけ、
『心のノート』やらという道徳教育用の小学生用小冊子の費用に7億円もかけるくらいなら、
それをもっと必要で有効な研究に回すことができるでしょう。

一例ですが、『地域発のイノベーション創出を強力に推進するため「知の拠点」である
国立大学等に、地域へ開放できる基盤的な設備の充実が必要』として、平成24年度
補正予算で文科省が出すお金は、56大学89件に対して130億円だそうです。
一件あたりにすれば、1億5000万円ほど。
また例えば、『新春の夢』としてウッドスタインさんに教えていただいた
あの『酸素吹石炭ガス化複合発電』。
たぶん9月17日付けの私の記事へのウッドスタインさんのコメントへの返事の中で、
私も触れている、『石炭ガス化燃料電池複合発電』と同じものだと思いますが、
その実証事業費補助金は、内閣府総合科学技術会議評価専門調査会の評価検討会の第一回資料では、
平成24年度分は13.7億円だそうです。
日本のエネルギー事情を改善するためにも極めて有望なこの事業に13.7憶円。
『心のノート』とやらいうわけのわからないものに7億円も…。

がれき処理や復興費の使い方を見てもわかるとおり、日本の縦割り行政の中で、
また各省庁の予算獲得競争の中で、どれほど無駄で馬鹿馬鹿しいことに貴重な税金が
使われているかわかりません。反捕鯨団体シー・シェパードへの対策費に貴重な貴重な
復興予算が、なんと23億円!!!

『ユニークな小国で充分』という表現は、実はもともと私自身のことばではありません。
でも、私はそれにまったく賛同したわけですから、私自身のことばと考えます。
私は、このユニーク、ということばの中に、ウッドスタインさんがおっしゃる、
優秀な技術力、人材の力ということもむろん含めています。それによって、開発途上国の
経済支援や生活環境の改善などの支援が、十分できるのではないかと考えています。
フランスや、イギリス、スペインなどなどがアフリカや南アメリカやアジアなどで
やってきた、そこの土地と資源と支配権を狙った政治、軍事介入とは違う、
日本の技術力やまじめさや、宗教観のおおらかさなど、それを生かした支援ができるのではないか…
それを『ユニーク』という言葉で言いたかったと思います。

経済は豊かであるに越したことはありません。地道で発展的な研究も研究費の
裏付けあってこそ、というのもわかります。しかし、日本はあらゆる場所で、
無駄が多すぎると思います。
九州電力はお金がないないと言って電気料金を上げ、社員の給与カットを目論みつつ、
一方で、顧問とやらの報酬まで電気料金に上積み。いくらだか発表していないから
わかりませんが、東京電力の場合は、事故時の顧問報酬は、月額90万円だったそうです。月額です!
九電の役員報酬は、年平均3200万円、関電は4100万円だそうです。
それでいて、末端の社員の給与はカットし、電気代を上げようとする…

ひとのお給金をどうのこうの言いたくないけれど、この伝で、どれほど日本のあちこちで
無駄なお金が豊かなひとのところに流れて行っていることか…。
経済大国そのものが悪いと言っているわけではありません。
しかし、経済大国云々という前に、そういう無駄を洗い直し、もっと末端までお金が回っていく
政治をしてもらいたいと思います。そうできれば、今の経済規模でも、日本は十分
豊かな国だと思います。日本のことだけではありません。先のコメントにも書きましたが、
世界では人口を十分に潤すほどの食料を毎年生産しているにも関わらず、数秒に一人
飢餓で死んで行く子供たちがいるという。つまり必要以上の食料を無駄に消費し捨てている
そして食料需給を意図的に操作することによって膨大な富を蓄財しているアメリカヤ日本の
ような大国の富裕層がいるということです。アメリカの平均的な暮らしを世界の人が
しようとすると、地球4個分なければ間に合わないという。
これ以上先進国がさらに経済規模を拡大し、後発の国々がそれと同じような経済規模に
なろうとする…一体どれほどの資源があれば、それが可能なのでしょう。
と言って、後発の国々に、芥川龍之介の『蜘蛛の糸』のカンダタのように、「お前らが
上ってくると、糸が切れてしまうじゃないか!」という権利など先進国にあるでしょうか。
先進国は、今の多消費型の生活をもう少し考え、今ある富をもっと末端に届くように
する…後発国は先進国の失敗に学んで、もっと地球環境に優しい発展のしかたを考える…、
先進国は技術でそれの手伝いをする…そういうふうにしていかなければ、本当に地球が
いくつあっても足りないということになると思います。


…途方もなくながい返事になりました…
最初の方で訊かれてもいないことに時間をかけ過ぎたため、少し最後の方は
駆け足になってしまいましたが、相当疲れました…読む方はもっと疲れますね。
でも、誠意をこめて書いたつもりです…

貴重なご意見。本当にありがとうございました。

No title

 それでは、管理人さんの御返事について思ったこと、そして御質問に対する私なりの回答を以下に示していくことにします。ただ、管理人さんは、御自身の考える「経済大国とはなんなのか」という私の問いかけにはきちんとした御回答をなさらなかったので、私はどう考えるかも併せて進めていきたいと思います。

1.前々回の私の質問に対する管理人さんの御回答が私の期待に程遠かった件
 これは前回の投稿でも述べましたが、私は管理人さんにアジア的なるもの、西洋・欧米的なるものが具体的にどのようなもので、それがどのような対立軸を構成しているかを明快に示して欲しかったのです。ただ、これは前々回の私の質問に対する管理人さんの御回答のなかで、必ずしも二項対立ではないとのことが記されていたので、またもや私の欲しかったものが得られなかったという意味です。

2.科学の発展の必要性
 この議論というのはそれこそ伝統的なもので、最終的には哲学の領域の話かもしれません。そういう高尚なことには無縁ですが、要するに自然科学というのは、自然法則を利用した技術的な集積ともいえるもので、しょせんは「自然(天然)」に過ぎないわけです。これをどのように利用するか、というよりもどのように制御するか、制御し切れないかというのは、すぐれて人間の側の問題ということになりますが、こんなことは、いまさら言うまでもないでしょう。科学技術ゆえの災禍を制御するのも科学技術ということになるわけですから、要は使いようです。
 人間の性(さが)として、真理の探究、技術の探究を行うのは止めようもありません。そこに欲望・必要性などのファクターが乗ずれば、その意欲、速度は増幅します。そして、それを制御するのも人間です。このような鬩ぎ合いは、おそらく永遠の課題でしょうね。

3.「昔はよかったのに今は…」と思える件
 直接的にそのように思えてしまったのは、
 「アジア、アフリカのイスラムの人々に、以前は日本人はある種の好意を持って見られていたと思う。」
から始まる数行ですかね。あと、これは個人的なことですが、管理人さんが最後に示した結論の、
「その日本が世界で果たしうる役割は、…(中略)…甘いかもしれないが、それがなによりの日本人に対する安全保障になると。」
というのが、30年くらい前の自分の若かりし頃に思っていたことと、ほぼ同じだったからというのもあります。今では、とてもそのような心持ちにはなれないので(ただ、今でも心の隅ではそれが理想的ではあるのだろうとは思っていますが)、この時点においてこのような結論を導き出すことに対しては、「昔はよかったのに今は…」と思えてしまうわけです。
 以前、似たような話は聞いたことがあります。例えば、ソビエト連邦に組み込まれていて今は独立した国からは、日本はかつてロシアと戦争して勝った国だ。また、反米を国是としている国からは、日本はアメリカと戦争して原爆まで落とされて負けた、なので日本は少なくとも親米の国ではないはずだ。このような認識があったこと、さらには日本人が有色人種であることや、様々な宗教に寛容であるだけではなく尊重もしていることなどもあり、日本人は中東やアフリカの人々からは親しみをもって見られていたとか。
 まあ、情報化が進めば、かつての受け止められ方とは違う認識を持たれることもありますし、また日本を悪意をもって落とし込めようとしている国々からの情報戦に巻き込まれているという側面もありますので、発信力の強化は必須です。日本という国のスタンスを広く正確に認識してもらうことで、管理人さんの導き出した結論に多少なりとも近づくことは可能かもしれません。ですが、安全保障とまではならないでしょうね。

4.「厳しい現実」とその対応
 これは、現代社会を生きていれば実感できることだと思います。私個人にしても、いつ突然、現在の職を失ってしまうのかも、という恐れはあります。10年、20年前には皆無だった恐れです。私個人のことはどうでもいい一例ですが、例えば、それこそ管理人さんの挙げられた「日本を取り巻く領土問題などに絡む隣国との関係の悪化などのこと」もそうでしょうね。まあ、ロシアや韓国とは武力をもって対峙するという可能性は、現時点ではほぼ零ですが、中国とは可能性が無きにしも非ず、というのは御存知だと思います。管理人さんの最も嫌う戦闘行為に日本国民が巻き込まれる可能性が、以前より高くなったわけです。これは「厳しくない現実」でしょうか。
 それにどう対応するか。当然、話し合いですよね。そして、両国首脳間ではある程度の手打ちも可能かと思われます。ですが、日本は自衛隊組織や警察組織がかなり統制がとれているのに対し、人民解放軍の軍紀は乱れているそうです。習近平が総書記の名前で全軍に出した最初の指令が勤務中の禁酒だったそうで、要するにこれは勤務中に飲酒している兵員の数がかなり多いということの表れであり、それを国家の最高権力者の名前で出さざるを得ないところまで来ているということです。あと、最近話題となったレーダー照射の問題も、どうしてこのようなことが起きたか、また軍のどの段階の判断でこのようなことが行われたかは不明ですが、これも一説には軍紀の乱れからくるものだという意見もあります。何を言いたいかというと、そんな連中が属している集団の中の勝手な判断で、偶発的に戦闘が起きてしまう可能性も否定できないということです。それに対して、どう対応するか。
 現在の日本の法律では、敵が攻撃してこない限り、当方からは手出しできないことになっている。そして、そのことを敵も当然知っている。だから、戦闘が起きた場合、最初に当方に被害が出る可能性が高いわけで、それを避けるために国内の法整備が必要である。さらには、現在の装備と人員の規模では、人海戦術で来た場合に対応し切れないことも想定できるので、結論的には防衛力の強化もしなければならない。
 前段は、右寄りの論客の代表的な意見ですし、こういうと反論もあるかもしれませんが、おそらくは国際的常識でもあると思います。国土保全は、自然権であるという観点によるものです。かつてリベラル派であった私としては忸怩たる思いもないわけではありませんが、基本的には賛成せざるを得ないでしょうね。したがって、「日本は軍備を強化すべきなのでしょうか?」という管理人さんの御質問に対しては、イエス、というのが回答ということになります。それに対して、管理人さんは、戦闘を避けるためならば、日本国政府は尖閣でも沖縄でも中国に差し出せと思っているのでしょうか。
 このイエスという回答ですが、お前は軍備拡張競争を助長することに賛成するのか、という論調に発展するのがよくあるパターンで、これについては私の世代の男子には割と共通の刷り込みがあります。おそらく管理人さんは御存じないと思いますが、ウルトラセブン第26話「超兵器R1号」の中のエピソード、一つの惑星を宇宙の藻屑とできるほどの破壊力を持つに至った地球防衛軍の武器を誇らしげに語るウルトラ警備隊の隊員に対し、実は宇宙人(ウルトラセブン)である主人公が、このような強力な武器を作っても侵略者はそれより強力な武器を作るだけである、と諭すが、隊員はそれならばそれよりさらに強力な武器を作るまでだ、と反論する、それに対し、主人公は「それは血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ。」と言う。数年前に亡くなられた市川森一氏の脚本です。幼少の頃、そんな洗礼を受けた奴でも、イエス、と言わざるを得ないのが現状である、と思っているわけです。では、軍備拡張競争についてはどうなのだ、と思われるでしょうが、それについては、あとで触れます。

5.その他のこと
 「治安の悪くなってしまった場所での経済活動…どうやって日本人の安全を守ればいいのか。」、「飢えで苦しむ子供たちをよそに部族間の争いを続ける人々…」、このような問題への対処の正しい答えということですが、「正しい」「正しくない」という断じ方ではなく、「何がより良い方策か?」、という観点になるのでしょう。これについても、意見がないわけではありませんが、これらは個々の細かい問題となり、一概に「こうだ!」とは言えないので、ここでは触れないことにします。

6.日本が経済大国であるということ
 管理人さんの論を読ませていただいて、途中のある部分は意見を一とできるところもあるとは思いましたが、そもそも論のスタートの時点での認識が違っているような気がするので、そこから述べていこうと思います。
(1) 日本は「小国」なのか
 国の力の尺度は様々ですが、基本的には国土の面積の大きさと人口の多寡だと思います。日本の面積は世界で62位、世界の総陸地との割合は約0.25%、人口は世界で10位、世界の総人口との割合は約1.8%。こう見ると、人口はともかく国土的には小国ということになります。さらに、国土の森林率は約67%、山地が約73%で、逆に平野は約14%ですから、生産活動に利用しやすい土地の割合はあまり高いとも言えません。国土が狭ければ、それだけ天然資源の産出する確率も低くなるわけで、事実、日本の国土から産出する鉱物資源量は低く、石油に至っては国内自給率が1%にも満たない。
 つまり、日本の資源とは人的資源ぐらいしかないのか! という話になってしまうのがこれまでの前提で、日本を小国と言い放つ人々の論拠となっています。
(2) 実は日本は「小国」ではない?
 この話は、特に最近、頻繁に語られるようになりました。すなわち、日本の排他的経済水域の領域面積は世界第6位であり、しかもエネルギー源としては海底油田やメタンハイドレート、鉱物資源も太平洋の深海にレアアースが存在する可能性が高い、というものです。もちろん、これらはすぐに採取できるものではありませんが、日本がその技術力と財力を傾ければ、実用化もそう遠くない将来に期待できるものであること、にもかかわらず、それをすぐには実行させない勢力が日本国内にある、という話も以前にしました。そういう意味で、日本は潜在的な資源大国であり、これは日本国内以上に海外が日本に対してそのような評価をしているとも聞きます。
 あと、資源という観点では、地熱資源、風力資源、水資源などにも恵まれているという見方もあります。これも感覚的に納得できる話ですよね。もっとも、水資源については多少懐疑的ですが。
 でも、私は日本の本当の資源は、(1)でも挙げた人的資源と、それに伴う技術力だと思います。
(3) 技術力の背景
 その技術ですが、もちろん一朝一夕にできるものでも備わるものでもありません。あるアイデアに基づき、そこに知識や経験などを注ぎ込み、何度も試行錯誤を繰り返し、研鑽と検討を重ねた結晶が技術である、という解釈を私はしています。まあ、様々な解釈があると思いますが。その技術、特に科学技術ですが、それを支える制度のひとつに特許制度があります。御存じとは思いますが、特許というのは優れた技術を一部に秘匿してしまうのではなく、開示させる代償として一定期間、国家によってその技術を独占使用する権利を保護するためにある登録制度です。技術が開示されることでその分野の技術発展は促されるわけですが、そのまま盗用される可能性もあるわけで、そうなると技術開発した者の立つ瀬はなくなってしまいます。その技術を確立するまでに費やした時間、労力、そして費用が無駄になってしまうわけですからね。そのために、その技術を登録することで保護し、無断でその技術を利用した者に対しては損害賠償の請求も可能としたわけです。特許のことは一例ですが、それだけ技術というものには、裏で支えるものがあるわけで、その大きな柱の一つが上でも挙げた費用、すなわち財力です。
 管理人さんは、原子力発電を否定し、その代替エネルギー開発技術があるのではないか、ということを滔々と述べておられましたが、代替エネルギーの技術の実現の背景にも財力は欠かせません。すなわち、技術大国であることは経済大国であることが前提であるわけです。「日本がユニークであればいい」というのが管理人さんの言で、そのユニークさをどのような分野で求めるかという問題もありますが、科学技術に求めるならば、技術開発の背景として経済力は不可欠、というのは理解できるのではないかと思います。
 他方、経済的水準が低ければどうなるか。要するに日本全体のグロスとしての収入が減るわけですから、雇用を初めとした負の連鎖は今以上でしょうね。そうなると、ユニークでありさえすればいい、なんて言っている余裕はなくなると思いますがね。または、管理人さんの思い描くユニークとは別のユニークな国になるやも。
(4) そもそも「経済大国」とは
 国の経済規模を測る尺度として用いられるのがGDP、その額によって国別ランキングを作成し、その上位が経済大国ということになるということですか。要するに、経済大国というのは相対的なもので、仮に日本が現在のGDPを維持し続けたとしても、他の新興国が勢いをもって日本のGDPの額を抜き去る、そんな国がいくつも現れたら、日本は経済大国ということにならなくなるのかもしれません。その可能性があるのは日本よりも国土面積・人口が大きい国というのが、オーソドックスな考え方なのでしょう。そうなると、可能性があるのがインドとブラジルですかね。他にロシア、インドネシア、ナイジェリア、パキスタン、バングラデシュなどがありますが、あまり現実的ではないですね。
 ですので、断定的なことは言えませんが、よほど国家運営を誤らない限り、とりあえず数十年のスパンでは、日本が経済大国の座を降りる可能性は低いと思われます。ただ、これにも前提があります。日本が災禍に巻き込まれないこと、または巻き込まれても被害が最小限であること、この場合の災禍というのは、それこそ東日本大震災のような大地震、そして中国と戦闘状態に入ることでしょうか。
(5) 「大国」であることと経済的格差
 管理人さんは経済大国であることの負の側面として、経済的格差を挙げられました。すなわち、富の偏在化ですね。確かに、アメリカは人口の1%がGDPの5割を占めていると言われていますし、中国では共産党の特権階級や富裕層の横暴は目に余ります。それぞれ事情は異なりますが、結果的には経済的格差が深刻な国になってしまいました。もっとも、中国内の格差の場合は、政治体制そのものが原因である側面が多分にあるので、あまり論評には値しないとも言えますが。
 要するに、煎じ詰めればグローバル化の問題、ということなのですが、これは難しい課題です。基本的には金儲けの技術の巧拙に由来する話ですからね。まあ、こういう問題を解決するために政治がある、と言ってしまえばそれまでですが、持てる者は現状を是認し続けるためにあらゆる手を打ってくるわけですから、それに打ち勝つべく有権者が意思表示する、というのが民主政治の王道なわけです。最終的な結論は常にここですね。
 この問題について、建設的な方策を私は持ち合わせていません。ですが、だからと言って、この問題があるから、日本は経済大国であってはならない、という理由にはならないと思います。
(7) ところで日本の技術は大丈夫なのか
 ポスドク問題というのを聞いたことがあるでしょうか。ざっくり言えば、博士課程まで進んでしまった院生の企業への就職が極めて困難である、という問題です。では、大学や研究所などへ行けるか、というと、そのパイは大きくありません。これは一例ですが、日本の技術者の待遇は、おそらく管理人さんが想像している以上にいいものではありません。他にもいろいろ問題があるのですが、これはいずれ機会があれば紹介します。

 気が付けば、かなりの文字数の投稿となってしまいました。文章力のなさゆえ、自分の言いたいことを的確に表現できたか自信はありません。ですので、どの程度管理人さんに私の思いが伝わったか、また管理人さんの問いかけに回答できたかもわかりません。ただ、特に最後の問題について一言でいえば、日本が経済大国であるべきかどうかなどは問題ではなく、経済大国であることを前提にしなければ日本の未来などない、ということだけは、強調しておきます。その前提をクリアし、維持したうえでなければ、技術や格差などの諸問題には取り組めない、ということでしょうか。

Re: ウッドスタインさんへ

Re: ウッドスタインさんへ
ウッドスタインさん。こんにちは。
昨夜、明け方近くに返事一度アップしたのですが、さっき読みなおしてみたら、
論旨も順番もめちゃめちゃ。少し手を入れさせていただきますね。

体調はもう大丈夫です。余計なことを書いてご心配をおかけしてしまいました。
優しいおことば。ありがとうございます。

あ。ほんとうに。
記事本文は、『安倍』になっているのに、ウッドスタインさんへの返事のところが
『安部』になっていましたね。ご指摘、ありがとうございます。
『安倍』に書き変えて、再度コメント投稿しなおしました。
ウッドスタインさんへの返事が、従って、順番が変になってしまいましたが、
どうかお許しくださいね。

さて。
いつもご期待に添えない返事しかできませんで、申しわけないです…

『日本の役割』というこの記事。
自分でも迷いつつ書きました。
治安の悪くなってしまった場所での経済活動…
資源の乏しい日本…海外のこうした石油プラントなどの建設に参加し、コネクションは欲しいところです…。
原発に反対している私…こうした問題に無関心でいられるものではありません。
胸を痛めつつ記事を書きました…

この世界で起きていることは、どの問題一つをとってもほんとうに難しいです。
その一つ一つに正しい答えなどあるのでしょうか…
私もいつも惑いつつ書いています。この記事などは、その迷いの出た最たるものです。

また原子力発電。このこと一つを取りあげて科学の発展を否定するのか…
私は科学おんちですが、そんなことは考えていません。
人間が、新しい発見を求めて未知の世界を探っていく…それはすばらしいことだと思います。
科学研究の成果は、人間に様々な贈り物をしてくれました…
これから、人類が生き抜いていくためにも、必要なものだろうと思います。

ただ…私の迷い。
科学の発展の必要性を認識しつつも、私にはそれにはどこかで一線を引くところというものは
あるだろうという気がしています。
この地球上に、将来500基それ以上もの原発を作っていっていいのか…。
また、経済が常に上向きであることはそりゃ望ましいことではあるだろうけれど、
それにもおのずと限界点はあるのではないか…そう私は思っています。
経済の発展にも、一定の、人間の倫理というものが伴わなければ、と私は思う方です。

科学を否定しているわけじゃないんです。
また、人間の経済活動…それを否定しているわけでもないんです。
しかし、現実の世界は格差や貧困、一方で飽くなき富の追及など、アンバランスが多すぎます。
この記事で、私は、その惑いをそのまま正直に書きました。
さぞかしウッドスタインさんには物足りなく思われたことでしょう…


今、先進国がしているような暮らし方を、これから後発国も望むとすると。
WWFジャパンの試算によると、今、人類は地球が毎年生み出せる量の1.5倍の資源を
毎年使っているそうです。
2030年には地球2個分の資源を使っているだろう、とも。

人類がもしアメリカ合衆国の平均的市民の暮らし方をしたいとすると、地球4個分の
資源が必要だそうです。
でもそのアメリカは今、富裕層と貧困層の格差拡大が進み、医療も教育も
ままならない貧困層が増えていっています。2012年の合衆国の最低賃金7.25米ドル。
日本円に換算すると、594円から630円。日本の同年の平均794円に比べても低いです。
(以上の資料Wikiなど)
単純には比べられないけれど、このような層がいる半面、アメリカの富裕層の暮らしは……
私は以前、アメリカのある高級住宅地に住む大金持ちの父親が、娘がハンバーガーを
食べたいと言い出した時、自家用のセスナの格納庫に行って、セスナを飛ばして
気軽に買いに行ってやるドキュメンタリー映像をテレビで見たことがあります。
一方で、飢えのために死んで行く子が、この地球上には今も数秒間に一人いるという。
つまり、この地球上の人類の暮らしには、恐ろしいほどの格差がある。
その問題を抱えたまま、ただ先進国の一部大企業、一部大資本家にさらなる富が
集中していく今の経済の仕組み…。
そこを見直さないで、日本のような経済大国の経済成長率をさらに上げようということが
ほんとうに必要なのか、ということを言いたかったのです。

日本は世界的に見ると経済の豊かな国に属するでしょう。2012年度はGDP4位。
でも、2012年度OECDの発表した幸福度指数は、36か国中21位だそうです。
2011年度は19位。2012年度トップはオーストラリア。
オーストラリアはGDPで言うと世界18位です。
日本は賃金もまあ高いし、教育、安全など、いいところはたくさんあるけれど、
働き過ぎで、主観的に生活に不満を感じている人が多いことがこの順位を下げている…
『生活満足度』という項目では、1位デンマーク、2位ノルウェイ、3位スイス。
アメリカは12位、日本は27位です。
経済大国イコール幸福な国、と言えるのでしょうか…


>  それでですが、誰か他の人のコメントに対する管理人さんの御返事の結末で述べているセリフ、日本は「身の丈に合った、極東のユニークな小国で充分」、「経済大国なんかじゃなくていいじゃないですか」というのだけは、どうしても、納得できません。というか、理解できません。
>  私はさらに管理人さんに説明を求めます。「身の丈に合った、極東のユニークな小国」とはどのような国ですか。なぜ、それで十分なのですか。また、管理人さんの言う「経済大国」とはなんですか。そして、経済大国でなくてもいいという合理的な理由は何ですか。
>  何度も言うようですが、私が現実主義者です。別に、具体的な数字を挙げろとは言いませんが、合理的に納得のできることを述べて頂ければ幸いです。


『身の丈に合った、極東のユニークな小国で充分』という言葉に私が賛成したのは。
そして「経済大国なんかじゃなくていいじゃないですか」と言ったのは、上に書いたような考えです。
日本はアジアの端っこにある島国で、国土はまあそう大きくなく、
資源にも乏しいと言われてきたことは一般的に言われていることだと思います。
日本人はしかしながら、その努力で、世界でGDP第二位とか3位とか言われる、
いわゆる通常の意味での経済大国になってきました(今は4位)。
しかし経済大国であることは、そのまま、国民の幸せを意味するものでしょうか。
国としての成熟度を意味するものでしょうか。
その調査結果をそのまま100%鵜呑みにすることは出来ないにしても、上のOECDの
順位は、ある程度日本の現状を示すものだろうと思います。
例えば、アメリカは、押しも押されぬ世界第一の経済大国だと思いますが、
国民が総じて幸せであると言えるでしょうか。
金持ちにはいい国でしょう。でも、下層にいる人々にはどうでしょう。
大国アメリカが経済経済と経済至上主義で来たことの弊害が、今、アメリカのみならず世界の
仕組みを狂わせてしまっているのではありませんか。
リーマンショックが世界に与えた影響は。
原発は経済性を追及してこんなにたくさん日本中に出来ましたが、今どうなっていますか。

無論、貧乏国になれというのではありません。
科学を否定するものでも、富の追及をまったく否定してしまうものでもありません。

私が言っているのは、日本には違う生き方があるだろうということです。
例えば、原発をさらにこの狭い地震国に作って、海外にまで輸出してそこにまた
どうしようもない核廃棄物の問題や原発そのものの危険を広げなくても、
ウッドスタインさんがたくさんご紹介くださったように、日本には有望な新エネルギーの
こころみや、効率のいい、地球を汚さぬ発電の技術などたくさんあるじゃないですか。
そういう科学的発展、開発なら大歓迎。効率のいい火力発電などは、日本だけでなく、
中国にだって役に立つでしょうし、小水力発電、地熱発電…日本の浄水技術その他の
優れた技術は、どれほど世界の開発途上国の役に立つか知れません。
また、国内において地方の活性化につながるか知れません。

日本の優れた科学技術。日本人の真面目さ。それを別な生かし方をして欲しい、と言っているだけです。
日本には豊かな自然とそこで育まれた豊かな文化があります。それをもっと生かしてほしい。
『ユニークな国』というのはそういう意味で言っています。
また、世界の紛争の解決法にしても、武力によるそれで、世界はよくなってきたでしょうか…
私は、理想論と言われてしまうかもしれないけれど、武力によっては根本的には解決しないと
考えています。
富は、どこまで追求すればいいのでしょうか…
アメリカのような大国が、先進国が、開発途上国からさらに富を奪うような仕組みが
いいのでしょうか…
経済大国でなければならないという理由が、私には逆にわかりません。
経済大国でなくても、国民が幸福だと感じられる国、
大都市に富も便利さも何もかもが集中しているように思える国でなく、
エネルギー面でも文化面でも地域がその特性を生かし、安心して心豊かに暮らせる国…
そして他国から搾取するようなことをしないで、むしろ技術や教育など文化面で
その貧困からの脱却や自立を助けていくことが出来る国…

そんな国になっていって欲しいと私は思います。


>ただ、誤解を恐れず率直に言わせてもらえば、何か「昔はよかったのに今は…」というのを強調し、厳しい現実に対応するのを拒んでいるようにも感じられました。

そんなふうに言っているように聞こえますか…
この記事の中で、私は昔を回顧しているようなことを書いていますかしら…
『厳しい現実に対応するのを拒んでいるようにも感じられました。』とお書きで
いらっしゃいますが、『厳しい現実』というのは具体的にどういうことですか?
例えば、今、日本を取り巻く領土問題などに絡む隣国との関係の悪化などのことを
おっしゃっていらっしゃるのでしょうか?
違っていたらごめんなさい。
もしそうなのでしたら、『厳しい現実に対応する』というのには、どうしたらいいのですか?
ウッドスタインさんのお考えを教えてください。
日本は軍備を強化すべきなのでしょうか…
私も正しい答えを本当に知りたいです。

経済の面で言えば、
今あるものをより有効に活用すること、いやさらに無駄をなくすこと、
それでいて今以上にあまねく国民が幸せを感じられるような新しい型の社会を作ること、
難しくてもそういう世界を作ろうと目指すこと…
それに『果敢に』挑んでいくことも、また、現実的にして勇気ある対応なのではないでしょうか。

人間は常に進んでいかなければ…
ウッドスタインさんがおっしゃりたいことはそういうことかなあ…


No title

 体調を崩されていたそうで、ぜひとも無理せずに御自愛下さい。

 さて最初に、ほんの少し日本史の語句のお勉強。予備校に通っていた頃、ある日本史の名物講師に「アベ4人衆」というのを教わりました。
・阿部正弘:ペリー来航時の徳川幕府の老中
・阿倍仲麻呂:遣唐使の高名な留学生
・安部磯雄:明治・大正・昭和の社会運動家
・安倍頼時:奥州安倍氏、前九年の役で戦死
 現総理大臣の名字がこの4つの中のどれに該当し、また管理人さんは私への返事のコメントの中でどのように表記していたかは、自ら御確認ください。もっとも、私以外の方に対する返事のコメント内では正確に表記されていますので、おわかりとは思いますが。

 今回管理人さんが採り上げた「日本の役割」ですが、私が論点ではないかと思って質問させていただいた「アジア」というテーマ、それも欧米の対照としての概念として掲げるというのは割とよくある論法であり、そういう類のものに限って、アジアなるもの、欧米なるものが、そもそも何であるかがはっきりしません。ですので、最初に管理人さんのこの投稿文を読んだときはそのパターンかと思い、そうであるならば、この際このはっきりしないものを掲げて論じている本人にどういう心持ちであるかを質そうと思いました。そして、管理人さんからの返事ですが、私のような者の思いつきの質問に誠実に回答してくださったことには感謝しますが、内容的には私の期待には程遠いものでしたね。まあ、そもそも私の誤った解釈が原因ですから、結果的には管理人さんには余計な手間を取らせた形になったわけで、本当に申し訳ありませんでした。

 ということで、この「日本の役割」、何回か読み返したのですが、他の常連の方々とは違って、私としてはとても同意のできる内容・結論ではありませんでした。それについて議論しようかとも思いましたが、とても文章のやり取りで論が建設的に進むとは思えませんし、そもそも管理人さんが結局何を言いたかったのかが、私の頭では明瞭にはわかりませんでしたので、議論は回避させてもらうこととします。ただ、誤解を恐れず率直に言わせてもらえば、何か「昔はよかったのに今は…」というのを強調し、厳しい現実に対応するのを拒んでいるようにも感じられました。もちろん、管理人さんはこんな私の暴言には、異論があるでしょうが。

 それでですが、誰か他の人のコメントに対する管理人さんの御返事の結末で述べているセリフ、日本は「身の丈に合った、極東のユニークな小国で充分」、「経済大国なんかじゃなくていいじゃないですか」というのだけは、どうしても、納得できません。というか、理解できません。
 私はさらに管理人さんに説明を求めます。「身の丈に合った、極東のユニークな小国」とはどのような国ですか。なぜ、それで十分なのですか。また、管理人さんの言う「経済大国」とはなんですか。そして、経済大国でなくてもいいという合理的な理由は何ですか。

 何度も言うようですが、私が現実主義者です。別に、具体的な数字を挙げろとは言いませんが、合理的に納得のできることを述べて頂ければ幸いです。

Re: hoshigariさまへ

こんばんは。
なんとすっきりと、また激しく、この問題を論じてくださってるのでしょう!
このhoshigariさまの文章をそのまま、記事として紹介させていただきたいです。
私が長々と書いてそれでも伝えきれなかったことを、こんなにわかってくださって
そして私よりも的確に表現してくださって。

>人質となった邦人が無事に生還できようが殺害されようが、政府の関心は救出や人命尊重よりも、この事件を国防力の強化や自衛隊の出動に結びつける、世論喚起に利用することだけだったのでしょう。

哀しいことですが、結果的にそういうふうに利用される怖れがありますね。
まあ、こうしたことに関連した動きの素早いこと!
今日の朝日新聞だけでも、2つもきな臭いニュースがありました。
一つは自民党の参院選公約「自衛官と文官の混合組織への改編」実現に向けて、
防衛省が週内に、組織改革に向けて議論開始とあります。
部隊運用や作戦で、文官と幹部自衛官にまたがっている権限を、幹部自衛官に一元化する狙いだそうです。
これは文民統制が効く状態から逸脱して、自衛隊の権限を強化するという怖い動きじゃありませんか。
安倍政権は、憲法改革案でも、現行憲法第5章第66条の
『内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。』という条項を、
『内閣総理大臣及び全ての国務大臣は、現役の軍人であってはならない。』というものに
変えようとしています。つまり今までは軍人は総理その他になれなかったのに、
改憲案では、退役しているなら総理にも大臣にもなれる、というように、
軍人が政治にかかわってくることを可能にする大幅な恐ろしい内容の改悪にしようとしています。

朝日のもう一つの記事は、自衛隊の次期主力戦闘機F35について、国内で製造した部品の輸出を
安倍内閣が認める方針だ、というものでした。
ちょうど、他の方への返事に書いたところですが、日本は武器輸出三原則で、原則として
武器の輸出を禁止してきました。民間用の機器のための部品が結果的に軍用に転用されるということは
あったとしても、一応表向きはそれを戒めていたのが、これで、堂々と戦闘機用の部品と知りつつ
製造輸出することになります。
…こうやって、この政権は、どんどん日本を戦争のしやすい国につくりかえようと急いでいます。

海外で仕事をする人々が今回のような事件にまた遭遇したら、自衛隊機を飛ばして助けに行く…
日本がNATO軍などと歩調を共にするように出来るようにする…あるいはその軍事行動を評価する…
そのような動きは、確実に海外の紛争地域に住む、働く、日本人の危険度を増しますでしょうね。
そのような冷厳な事実を考えず、情緒的なもので、国民の意識を徐々に徐々に
軍隊への抵抗感がない、いやむしろ頼もしい存在として歓迎する、…そう言った方向に
持って行こうとするようにしている気配が見えます。
朝日の2つの記事などは、実は後々になって、あの時がとても恐ろしいターニングポイント
であったのだ!と後悔するようなことにならなければいいが、と私は心配です。

>もう右や左の問題ではありますまい。そういう色眼鏡こそ無意味であり、事の本質を歪めてしまいます。

ああ!これもその通りですね。今、安倍総理を熱烈に支持しているネットの中の
一部の人々は、実は右翼でさえない。何らかの憂国の政治的信念からものを言っているのではない気が
します。ほんとうに国を憂うるならば、戦争ゲームのような感覚で政治を煽りたてるなどということは
出来ないだろうと私も思います。
逆に言えば、平和運動も、やりかたを大きく変えていかねばならない時期に来ているのでしょうね。

> いまや対テロ戦争の基本は「問答無用の犯人・人質皆殺し作戦」で、日本もこれに協力しているわけですが、武力に代わる解決方法は「無い」のではなく、無ければ是が非でも生みださなければなりません。

そうなのですよね…。日本も直接手は下してはいなくとも、資金を提供することで
間接的な協力はしているわけですね…
安倍政権はさらに、上にも書いたように、武器部品を堂々と製造輸出する道を
敷こうとしています。
武力が生み出すものは憎しみとさらなる戦線の拡大だけ。
…脱原発への道もそうですが、八方ふさがりだからと言って「できない」とあきらめてしまうのではなく、
「できる」ようにする道を辛抱強く探していくことが必要ですね!
これは、耳に痛く、また力強い一文をいただきました…!^^

> 日本人が今後も世界中に進出するならば、その国の権力と結託して、資源を収奪する侵略者ではないことを、まず証明すべきです。一部の利益のためではなく、国全体が豊かになるために貢献したいという謙虚な熱意を持って、現地との信頼関係を築くことが安全保障の要です。そのためには言語や宗教はもちろん現地の事情に精通し、「武装勢力」とも水面下で渉り合える人脈も必要だと思います。戦後の日本人には、それだけの覚悟と志がありました。平和を築くとは何かを身を持って示した汗ゆえに、信頼や尊敬を得ていました。

私も、日本人が海外の危険地域で働くには、いや、というより、安全地域で
あっても海外に出ていくには、このこころがけでいくしかないだろうと思っています。
在外公館の高級職員は、現地で優雅な生活。触れ合うのは向うのお偉方ばかり、
というのでは現地の住民の感情などわかりっこない。まして、石破さんが
言うように一人二人、日本のそうした重要施設に自衛官を貼り付けたところで、
命をかけているテロリストのいつかわからぬ襲撃などに対応できるわけがない。
体に火薬巻き付けて普通の民間人の恰好して近づいてくるかもしれないものを。
NGOペシャワール会アフガニスタン現地代表、医師の中村哲さんのように
国や宗教、思想など関係ない、現地の人々のために身を呈する活動をする人々の
存在こそが、相互の信頼と、ひいては安全を生んでいくものだろうと思います。

イラク人質事件(2004年)などにおける国内の日本人の反応は異様でしたね。
自己責任という言葉が飛び交った時は、本当にいやな気がしたものです。
彼らの無謀さの是非はともかくとして、その背景のイラク戦争の真因というものには
目をふさぐ。戦争放棄を憲法で謳っている日本が、工兵活動や後方支援にせよ、
アメリカなどと共に戦場に自衛隊を派遣している事実…
このイラク戦争時の2004年に起きた米軍によるファルージャ総攻撃。
非人道的兵器・白リン弾が使われ、一週間で民間人を含む約6000人が死亡、
約3000人が行方不明に。そのファルージャで先天性欠損症の子どもたちが
激増していると言います。
こうした実態の報道も、英米軍などに同行する従軍カメラマンや記者だけからだけの
報道、まして正式筋からの報告だけでは、真の姿は絶対に見えてきませんね。

> 私としては、「アジア」とは説明できるような価値観や理念ではなく、曖昧で猥雑ながら生き生きした人間たちのぶつかり合いのなかに、良くも悪しくも言葉を超えて渦巻くエネルギーであって、欧米との対立概念として考えるべきではないと思います。近代を主導したのが欧米だからといって、世界の貧困や紛争、環境破壊を引き起こしたのは西洋文明だと論じるのは、短絡以前に無知と嫉妬そのものですし、欧米への反感から、「アジア的」なるものが、民主主義や人権思想、個人の尊厳を否定する反動思想に利用されるべきでもありません。むしろシルクロードのような、東西の交流や融合、創造性として捉えるべきではないでしょうか?

hoshigariさま。よくぞ、微妙なところをこんなふうに整理して書いてくださいました!
私がうまく書ききれないでいたことを。
その通りだと思います。私はこの記事の中で、西欧的価値観の批判をしてはいますが、
そうして、現在の日本人は、小さい頃からそのような文脈の中で教育を受け、
どっぷりその中に浸ってはいますが、これをまた、全否定するのもおかしいと思います。
私がここで批判的に言っているのは、列強の植民地化政策(日本のアジア侵攻も含めて)
や内戦鎮圧、人道的、経済復興支援の名を借りた戦争と経済侵略のことであって、
また、グローバル化した経済の仕組みが、弱者からさらに奪うというような構造になっていること
そう言ったことであって、西欧的価値観のすべてを否定しているわけではありません…。
『自由』『平和』『民主主義』『人権』などの思想は、西も東も北も南もない、
すべての人類にとって大事な概念だと思います。
こうしたものが西欧から出て来たものだからと言って、欧米のやり口を憎むあまり、
これらの価値まで否定するのは愚かなこと。
世界のある地域の貧困や内乱、劣悪な衛生環境などは、先進国がすべてもたらしたもの
などではなく、例えばソマリアなどの例で見る通り、飢えた子どもたちを放っておいて、
部族間の争いに明け暮れる現地を見れば、ここに先進国の教育や支援物資や人権思想や、
いろんなものを持ち込んで、無知の闇から導きださなかれば…そう思ってしまう気持ちも
わかります。実際、それは必要なことかもしれない。
だが、そこで、その部族間の争いにつけ込んで、武器を売り込んだり、
圧倒的武力で鎮圧して傀儡政権を作り、現地の資源の利権を我がものにする、
などということは、人道的支援とは全く別のことですよね。
まして西欧が優れたもの、アジア・アフリカ的なものは劣等で教え導かなければ
ならないなどという傲岸がそこにあるとしたら、平和など実現できません…。

西欧とアジアの違いってなんだろうなあ…あるのかなあ、ないのかなあ…
ここ2日ほど考えています。
おっしゃるようにアジアは雑駁な民族・宗教・風習がときに混在しときに争う
エネルギーの集合体ですね。よく西欧とアジアの違いとして言われるような、
狩猟民族と農耕民族、一神教と汎神論的世界、などという分類も無理がある。
それらが混在しているのですものね。
ただ一つ…ここでhishigariさまが奇しくもおっしゃった
『シルクロードのような、東西の交流や融合、創造性として捉えるべきではないでしょうか?』
そこにアジアの特質というものがあるとすればあるかもしれません…
例外は無論いくつもあるにしても、昔アジアの人々は、激しい戦闘によらず、
シルクロードを通っての交易と文化の伝播、武力によらない『融合』で、新しい
価値を創造してきた面が大きいと思います。
今の人が同じように出来ないというわけを思いあたりません。
日本などは、それを率先して進めていくのにふさわしい力と知識を持っているように思います。
日本が世界で出来ることは、そう言った意味でどれほど大きいことでしょう!

強国が自国の論理を無理やり押しとおすというような不公平、一方的な経済的侵略ではなく、
まして武力介入して自分に都合のいいところだけ奪ってさっと手を引き、
後は内戦が激化しようが子供が飢えようが知らない、というような非情などではなく…。

中国の今苦しんでいる大気汚染。4,50年前、同じ工業化による大気汚染に
苦しんできた日本の経験と技術は大きな役に立つのでは…。
水の乏しい国での日本の浄水技術…どれほど役に立つでしょう…。
電気もない暗い村で、夜勉強も出来ない子供たち…。日本のコンパクトな太陽光発電装置は
どれほど役に立つでしょう…。(原発などでは決してなく!)

まず、日本が太平洋戦争中にしてきたことを直視することですね。
日本が生きていく道は、明るく未来に開いていると思います。
ほんと!
『身の丈に合った、極東のユニークな小国で充分』!^^

日本はすばらしくユニークな、魅力的な国になれる素質を持っていると思います。
経済大国なんかじゃなくていいじゃないですか、ねっ?
まして、軍事大国になどなりたくありません!

ありがとうございます。

Re: クウ―ママさんへ

クウ―ママさん。こんばんは~。
お返事遅くなってごめんなさいね。
ちょっと体調悪かったですが、もう大丈夫で~す。

『持てるものを慈しみ育て、有難く受ける・・それだけでいいのに・・』

ほんとですよね。
今、世界の人口の約8人に1人が、慢性的な栄養不足状態にあるそうです。
毎日数秒に一人の子供たちが飢餓で亡くなっている…
でも、世界の毎年の食糧生産は、実は全人口の2倍分の量があるのだとか。
…結局、私たちを含めた先進国の飽食や、投機目的の食料の買い占め、
また、先進国の人間が肉を食べるための家畜の餌として使われるなど、
食料の分配の不均衡が、飢えで死ぬ人を作り出してるんですね…。
前に、『肥満と飢餓』という本を読みましたが、ここには先進国が、いかに
開発途上国で悪辣なフード・ビジネスのための『開発』と称する搾取を
やってきたかの実例が、いくつもいくつも出ています。
無論アフリカでも…!

エネルギーの問題にしても、ここまで便利で贅沢である必要はないのになあ、と
思うことがたくさんたくさんありますよね。
静かにね、つつましく暮らしていければ、人間十分に幸せなのにな。
私もほんとに最近よくそう思います。

大槌町の方々の写真展。無事開催できそうでよかったですねえ! 
ぜひ見に行きたいと思います。
そうなんです。NANTEIさんもおこころにかけてくださったんですよ~。

クウ―ママさん。やさしい言葉をありがとう♪
もうだいじょぶです。またぼちぼち記事書いていきま~す!





アジアとの友好が一番

「不幸な」とか「痛ましい」では到底すまされない、日本国家のあり方と責任を根本から問うべき大事件であるにも関わらず、すでに原発事故同様、「何事もなかったように」忘れ去られてしまいました。マスコミの周到な隠蔽のせいで、事件の真相も被害者の姿も伝わらず、安倍政権が批判を受けることもありません。人質となった邦人が無事に生還できようが殺害されようが、政府の関心は救出や人命尊重よりも、この事件を国防力の強化や自衛隊の出動に結びつける、世論喚起に利用することだけだったのでしょう。・・・彼岸花さまの文章の一言一句までもが、どれほど深い悲しみと、闇を探るような絶望のなかで書かれたものであるか、伝わってまいります。もう右や左の問題ではありますまい。そういう色眼鏡こそ無意味であり、事の本質を歪めてしまいます。

火星のような赤い砂漠で、軍隊に守られながら開発が進められる天然ガスプラント。なぜ襲撃されたのか、武装勢力の背景にも複雑な事情があり、全体像は捉えにくいのですが、しかし彼岸花さまの問い掛けは、「そんな物騒な事件に日本人が巻き込まれないためには」ではなく、「このような不幸の連鎖を断つために、日本が果たすべき役割はなにか」を志向しておられます。こうした発想が、日本人はなぜできなくなったのか、できないばかりか嘲笑うようになったのか?

いまや対テロ戦争の基本は「問答無用の犯人・人質皆殺し作戦」で、日本もこれに協力しているわけですが、武力に代わる解決方法は「無い」のではなく、無ければ是が非でも生みださなければなりません。一般的にテロリストと呼ばれる組織は、野蛮で狂信的な暴力集団というイメージが強いですが、彼らも同じ人間であり、主義主張を持ち具体的な要求があるからこそ、そうした挙に出ている・・・これに対して「交渉はしない」などという、毅然とした最悪の道をよくも選んだものです(領土問題でも同じですが)。最も大切なのは人命であり、不可能を可能にするのに必要なのは、信頼される仲介者と粘り強い交渉しかないと思います。そして本当に危険な地域では、軍隊を置くよりも、一刻も早く全員が撤退すべきでしょう。海外では常に、犯罪に巻き込まれる可能性があることも心得るべきでしょう。

日本人が今後も世界中に進出するならば、その国の権力と結託して、資源を収奪する侵略者ではないことを、まず証明すべきです。一部の利益のためではなく、国全体が豊かになるために貢献したいという謙虚な熱意を持って、現地との信頼関係を築くことが安全保障の要です。そのためには言語や宗教はもちろん現地の事情に精通し、「武装勢力」とも水面下で渉り合える人脈も必要だと思います。戦後の日本人には、それだけの覚悟と志がありました。平和を築くとは何かを身を持って示した汗ゆえに、信頼や尊敬を得ていました。イラク人質事件(2004年)でも、人質が無事だったのは、日本国内にも自衛隊派遣反対の世論があることを伝え、特に女性のボランティア活動が、彼らはイラクの敵ではないことを証明したからです。イラクでの3名に対する評価は、日本国内での自己責任論とは全く違いました。しかしこれ以上、逆らう者は「悪」と決め付け、問答無用に殺戮する対テロ戦争に同調するなら、飛行機を乗っ取ってビルに突っ込まれる程度ではすまされない・・・これからは確実に日本も標的にされるであろう、9.11にもまさる事件が起こりかねないでしょう。

戦後の日本は対米従属で西側陣営に組み込まれ、政治経済にせよ、報道、文化や生活様式にせよ欧米中心を基準にしてきたけれど、世界にはそれだけでは見えない局面があり、解決できない問題が山積している・・・アジアの一員である日本はどうあるべきなのか?世界の災厄となった結果、人類の不幸を身に浴びて体験した国だからこそ、平和の仲介者としての貢献をしてゆくべきではないかという、彼岸花さまの訴えは重要ですし、私も同じ想いです。しかし日本もまた、アジアの近隣国から見た自分自身のブサイクな姿に苛立ち、必死で隠そうとしているんですね。

私としては、「アジア」とは説明できるような価値観や理念ではなく、曖昧で猥雑ながら生き生きした人間たちのぶつかり合いのなかに、良くも悪しくも言葉を超えて渦巻くエネルギーであって、欧米との対立概念として考えるべきではないと思います。近代を主導したのが欧米だからといって、世界の貧困や紛争、環境破壊を引き起こしたのは西洋文明だと論じるのは、短絡以前に無知と嫉妬そのものですし、欧米への反感から、「アジア的」なるものが、民主主義や人権思想、個人の尊厳を否定する反動思想に利用されるべきでもありません。むしろシルクロードのような、東西の交流や融合、創造性として捉えるべきではないでしょうか?

もし日本がアジアの一員ならば、なによりもまず近隣国との関係を修復できなければ、国際的な信頼は回復されないでしょう。平和、平和と唱えるだけで、原爆の被害は大声で訴えても、国民のレベルでは、アジアの国々と積極的な友好関係を築くことも、共生の未来像を描くこともしてこなかった・・・戦後の平和主義の最大の弱点と欺瞞を、いま全力で克服しなければなりません。その意味で、いま日本で最も「アジア的」な要素は、沖縄ではないかと思います。

これからはどんなに喚いても、中国が世界を動かす時代です。半島にも将来、強力な統一国家が生まれるでしょう。激変する国際情勢に対応できず、偏狭ナショナリズムに凝り固まる日本が、大暴れして滅びるのか、緩やかに傾いてゆくのか知りませんが、なお独自の個性を保って生き残りたいのなら、いまの極右政権を一掃し、改憲を阻止して、領土と歴史を良心と謝罪をもって乗り越え、全世界を日本の放射能汚染から守り、アメリカ従属の軛を断って、軍事同盟に代わる友好条約を結ぶこと・・・日本はもう大きな顔はせず、身の丈に合った、極東のユニークな小国で充分だと思います。

No title

こんばんは
持てるものを慈しみ育て、有難く受ける・・それだけでいいのに・・
近頃ほんとにそう思います。人間それで生きていけないものなのか・・素朴が過ぎるか ナ・・全然、現実的ではない思いでしょうか。 MATZ-TSさんの「日本の特徴に目をむければ・・・」沁みました。
体調がすぐれないのですね・・どうか、首周りと足元をガードして、ホッカイロでもなんでも暖かくして下さいね。しばらく休憩中でいて下さい。

写真展への、南亭さんのお心遣い、ありがとうございました。
コメントに書き忘れてきて、こちらでお礼を言わせて頂きます。
心にとめていただけて、嬉しかったです。
南亭さんの風邪も、早く良くなりますように・・

No title

 今回のこの話題に関してはまだ続きがあるということなので、それが出現するまでは静観しようとも思ったのですが、多少思うところもあり、この段階でとりあえず参加させてもらうこととします。管理人さんのコメントの中に私の名前が登場するなどのこともありましたしね。とはいっても、彼岸花節が全開のリベラル押しの主張にすべて対応するわけにもいきませんので、MATZ-TS氏の如く、私も一点についてこだわってみたいと思います。それは「アジア」という語。
 管理人さんの文章から2か所を抜粋します。

「日本は今、自らはアジアの民でありながら、これら欧米の大国と、こうした油田開発などの大事業という経済活動を共に行っている。」
「それは、西欧諸国でもない、アフリカ、中南米、中近東でもない、アジアの一国…」

 日本は欧米とか異なる価値観を元来持っており、その本分に立ち返って、自らの行動様式を考え直すべき、その依って立つ所のひとつはアジアである。管理人さんのお考えはこんなところでしょうか。明治時代前期に福沢諭吉はかの有名な「脱亜論」を唱え、欧米列強と肩を並べることを主張しました。まあ、当時の日本を取り巻く状況では当然の帰結だったのでしょう。この考えが戦前の帝国主義に結び付いたということで、批判的に捉える向きもありますが、何が正義か、というのは、時代や思想など様々な要素に影響されて判断されるものなので、一概にこうだと言い切れるものではないし、またそうすべきでもないと思われます。
 少し話が脇に逸れましたので元に戻しましてアジアですが、自分もアジアに棲んでいて、これがアジアのものの考え方という確固たるものが見出せません。もっとも、その本質は確固たるものではなく曖昧なものなのかもしれませんが。それでも、西欧・欧米との対立軸としてのアジアというのならば、その内容を説明できるのではないでしょうか。私はその説明を管理人さんに求めます。西欧・欧米の価値観を批判し、その反面教師としてアジア的価値観なるものを掲げているわけですから、説明できて当然ですよね。

 久々に、管理人さんへの質問です。もちろん、私の考えもなくはないですが、なかなか定まったものになり切れないので、管理人さんの考えを糸口にしたいという意味合いもありますので、よろしくお願いします。
 あと忘れないうちに。「愛川欣也」ではなく「愛川欽也」、「大平徹」ではなく「大平透」でした。

Re: NANTEIさんへ

NANTEIさん。こんばんは~。
あららっ。お風邪でいらっしゃいましたか!
それはいけませんね。実は私もこの数日、風邪だか何だかやけにだるいです。
私は症状が軽いのでインフルエンザなどではないと思いますが、
体も頭もぼわ~んとしています…
風邪は重くなるとほんとに体力を奪います。
どうかくれぐれもお大事になさってくださいね……。

まあ!そんな中で、お返事など書いてくださって、ご無理をおかけして
しまいましたね。申しわけないです~!
それでなくても元気な時にでも、読むのに骨が折れる文章ですのにね。
テーマも、私などがお使うには大きすぎ…。(汗!)

ギボンの「ローマ帝国衰亡史」。
まあ!お読みになられたのですか!

『歴史を俯瞰して見ること…』

それ。ほんとうに大事ですね。
私は日本史にも世界史にも弱く、なにかについて語るほどのものは
全然持ち合わせていないのですが、それでも、歴史を遡って俯瞰的に見る、
世界の現在も、俯瞰的に見る、ということは非常に大事だと思います。
今は、政治家も含め、おおよそ皆が、あまりにも近視眼的刹那的に
物事を見て捉えているような…

私も、原作と映画で『ブラックホークダウン』を見た頃から、少しアフリカの
歴史に興味を持って見るようになると、(それまでは遠いところのことと無関心だった!)
ほんとうに、アフリカの悲劇は根が深いことを思い知らされました。
今また、折角独立国になったアフリカ諸国に、内戦を理由にフランス、イギリスなどの列強が
政治的、軍事的に介入しているのを見、また一方で、
内戦に明け暮れたそれらの国で子供たちが飢えて死んでいく写真などを見ていると、
ほんとうに、人間って、どこまでもどこまで行っても賢くならない生き物なんじゃないかしら、と
考えてしまいます。

いや、少しずつだが、人間は賢くなっていっているという見方もできるかと思いますが、
人間が扱う道具やものが、昔とは比べ物にならないくらいその殺傷能力や、後世の
環境などにも与える悪影響の規模もスピードも大きいことを考えると、(経済の規模もそうですね)
全体として人間は過去から学ぶどころか、かえって愚かになっていっている、
状況はより厳しくなっていっていると思わずにいられない時があります。
今度の選挙での選び方などもそうですね…
絶望は深く、毎日、「どうしてこんなことに!?」と自問自答しています…

それでも、投げ出してしまうことはよくありませんね…
一人一人が考えて、まわりに伝えていくしかないのだろうと思います。

NANTEIさん。いつも重い話題ですみません。
どうか、コメントなどお気になさらないでくださいね。
まして体調の悪い時は、ご無理をなさらないでください。
私も頭が働かなくて、皆さんのところも読み逃げばかりしています!

そうそう。ただ一つ。
クウ―ママさんから、ご紹介いただいた大槌町のおばあちゃまたちの写真展、
(おばあちゃんと呼ぶには、皆さんお若すぎるような。^^)、
東京会場がこちらに決まったようです。http://cooplus.blog4.fc2.com/blog-entry-1570.html
目黒駅の近くの『Gallery やさしい予感』さん。
NANTEIさんにも、おこころにかけていただき、本当に嬉しかったです。
私がfacebookをやっていれば、もっと緊密に担当の方に連絡も出来たのでしょうが。
でも、おこころがとても嬉しく力強かったです!
ありがとうございました~~~~~~♪

お風邪、どうか、ひどくなさいませんように。お大事に~。


こんにちは。

ここ、一週間ばかり風邪をひいております。
にも関わらず寺院の高い楼閣に登り、さらに悪化させてしまいました。
馬鹿はなんとか、という言葉を信じた小生の不覚であります。
この頃のインフルエンザは見境なく襲うということを、肝に銘ずるべきでありました。

ということでこのような、ただでさえ手に負えない世界的、
あるいは人類史的な問題にどのようにコメントしてよいのやら、
知らぬ勘兵衛を決めこんでおりました。

ただ一つ、元気だったら書こうと思っていたのは、
以前人類の歴史は三歩進んで二歩下がると言いました、そのことでした。

今は特に三歩下がる時代といっていいのかもしれません。
その論拠はギボンが著した「ローマ帝国衰亡史」が教えてくれます。
この著書を読むと「ローマ帝国」の政治史は、
現在とまったく変わらないというより、現代がローマ帝国の時代に比べて、
少しも進歩していないということが判る筈です。
塩野七生氏が「ローマ人の物語」として全15巻の大作として刊行しているのも、
このギボンの「ローマ帝国衰亡史」が基になっていますが、
私はこの「衰亡史」から大切なことを教わった気がします。
歴史を俯瞰して見るということです。
俯瞰して見るととても辛いことですが、
人は何千年も同じ手法で政治を行ってきて、人種を差別し異教を排斥し。
そして常に最新の武器を開発し、兵を養い戦を仕掛け・・・

この先、人類は核抑止力という劇薬を捨てなければ、
疑心暗鬼のままの何千年を過すこと間違いないでしょう。
早く本当の平和を取り戻すには、
人間から闘争本能を取り去るしかないのです。
闘争心を抜き取る神の手を待つしかないと思うのです。

それでも、日々、声を上げなければならない。
それもまた、人間の義務なのでしょう。

辛い話をしてしまいました。

Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん。こんばんは~。

> 「人格の伴わぬものに技を伝授してはならぬ。」

ほんと、ほんとよね!
ついでに言えば、
「人格の伴わぬものに権力を付与しては絶対にならぬ。」とも言いたいですねっ?

まあ、このところの日本の歴代総理の質のひどいこと…!
政治のみならず、権力の座にいる者の質が低下してるんじゃないかしら?
いやまあ、それを見過ごしにする…そういうものを国のトップに選んでしまう
私たちそのものが、なにかを失ってしまったのかな…。
いや、最初からうつろだったのかな…。

優れたひとはたくさんいるんですよ~~。
でもそれが生かされない世の中の仕組みになっちゃってるのね。

…一から立て直しですね!
一人からやり直していくしかない。
教育かな、何より大事なのは。
向うはね。これから一大権力パワーを挙げて力を総動員して、
子供たちから刷り込みしていこうとしてくるでしょうね。
なんか、変な名前のノート?…『心のノート』でしたっけ…
早速そんなの配って愛国心教育して行こうとしているようだし。
大人に対しては、大金が使えるわけですから、また例の電通やマスメディアを
総動員して、憲法改正、原発再稼動をなし崩し的に容認してしまうよう
刷り込みと圧力をかけてくるでしょう。

私たちには何の武器があるのかな。
口コミによる地味だけれど確実な、正しいことの伝達しかない気がしますね。

その意味で、現代を読み解く哲学が、本当に求められますね~~~…
いや、現代を見るだけではだめですね。未来というものをしっかり見据えた
哲学、倫理学が必要だと思います。
そしてそれは、上から与えられるものではなく、私たち一人一人が
ぐうう~~っ、っと考えて見つけるものでなければならないもののような気がします。

やっちゃんさん。
ありがとう~~~♪


Re: あやみさんへ

あやみさん。こんばんは。
火薬庫が北アフリカの方へさらに拡大していきつつあるようですね。
それは、ヨーロッパ本土へのテロ増加、ということにもいずれなっていくように思います。
また同時にアフリカ諸国の内乱もますます激化。その内乱鎮圧を口実にして
またさらに西欧諸国の軍事介入が進む…
憎しみが憎しみを生む…悪循環ですね。

おっしゃるように、私自身も、もろに西欧近代主義の理想を植え付けられて育ってきました。
アメリカの人種差別、ベトナム戦争などには疑問を抱いていたけれど、
それでもアメリカはなんと言っても豊かさの象徴、憧れの国でした。
…もっとも私自身は、アメリカよりむしろヨーロッパの事物に憧れていましたが。
アメリカなど先進国のやり口を、たまには「あれ?おかしいぞ?」と思うことはあっても、
『自由』や『民主主義』というものには絶対の価値をおいてきたように思います。
まあ、ほんとに素朴に、西欧の価値観というものを信じて来たのです。

その幻想がガラガラと崩れたのが9.11でした。私には…。
「アメリカをこんなに憎んでいる人々がいる!」というのがショックでしたね~~~~…。
まあ、本当の事実関係はともかく、すくなくとも事故直後は、私も、
イスラム過激派の、アメリカに対する憎悪しか、見ていませんでしたから。
ベトナム戦争などのやり口を見てアメリカという国がどういう国かわかっていそうなものだったのに、
それでも、アメリカが代表する西欧の価値観というものが、この世界を形成しているのじゃない、
それとまったく別の考えかたをする人々がいる、ということを、
実感として知った最初だったと思います。

それは、単純にアメリカのことをかくも憎むひとがいるということを知ったから、という
単純なものではなく、自分自身の価値観…、戦後の民主主義教育で培われてきた世界観
というものを、根本的に覆されたことの衝撃だったと思います。

そして、3.11は、さらにこの世がどれほど醜い仕組みで出来あがっているか、
ということを突きつけてくることになりました……。

『知る』ということは苦しいことですね。
知らないということは、ある意味で幸せ…。
ときどき私は、単純で素朴であった、3.11前の自分を懐かしみたくなる時があります。

さらにさらに。今回の選挙はね。わたしの中にわずかに残っていた素朴さを。
それまでもを、完全に壊してくれちゃいましたよ……

人間って何なんだろう…何なんでしょうね…

この歪んだ世界。
明らかになにかが間違っています。
どうしたら、まともなものに出来るのかしら。
なにが正しくてなにを信じたらいいのかしら…。
世界はあまりにも複雑です。
一つ一つ考えていくしかないのでしょうね。

私、これは冗談でもなんでもなく、子育てを終わっていてほんとによかったと
思うことがありますよ。
今、子育て最中の方には申しわけないのですが。
今、自分が幼い子を抱えていたら、どう生きていけ、と教えられるだろう…
そう時々思うことがあります。
なにを食べさせるか、ということから日々、考えなければならない…
ほんとうにね、小さいひとたちにね、とんでもない世の中を手渡そうとしているのだなあ、と
末恐ろしくなります。
頑張ってね、何とか踏ん張って、少しでもまともなものを残していきたいですねえ。

あやみさん。ありがとうございます♪



No title

彼岸花さんこんにちわ
昔の中国だったか韓国だったかのことわざに
「人格の伴わぬものに技を伝授してはならぬ。」
みたいな意味のがあったかと、、、。
(ホジュンでウイテが言ってた。)
昔の人ってやっぱいいこと言いますねえ、、、。
今、憲法も原発も動かそう、推進しようとしてる人たちに
ウイテのセリフ聞かしてやりたいです。
「あんたらにそんな資格ないでしょ? 誰か責任とったの?」
と思います。なんとかに刃物。
全ては科学技術そのものでなく
それを扱う人間の方にある、とやっちゃんには思えます。

こんばんは

彼岸花さん、みなさん、こんばんは。時差があるので変ですが。

MATZ-TSさんのご意見に賛同します。
そして、西側の思考に傾きすぎているという彼岸花さんのご指摘にも無論賛同します。

「近代」はキリスト教徒たちによって意図的に作られた価値の世界です。

キリスト教は慈愛あふれる教えですが、そのキリストの教えをまるっきり理解できなかった蛮族たちが自分の都合で再解釈したものが今のキリスト教です。
歴史上、もっとも多くの「奴隷」を抱えていたのがカトリック教会です。たびたびおこった改革が過去の過ちを清算したかに見せていますが、時代ごとに教会の名のもとに行われた侵略の結果はまるで別問題のように容認されています。いえ、誰も糾弾しないのです。なぜなら、世界の大部分が「西洋」に染まってしまったからに違いありません。

日本は徹底した義務教育が布かれ、そこで子供たちが教え込まれたのは「すばらしき近代」です。そのじつは「すばらしき西欧近代主義」です。

右翼の皆様は戦後の歴史教科書を「自虐教育」と呼び批判しています。確かに西洋の都合に合わせて書かれた箇所が多く見られますが、批判派そこで止まり教育の根底に子供たちを利己主義化させる意図的な流れがあることがろくに指摘されていません。それは浅はかな右傾化を少なからず後押ししています。


西洋かぶれの自覚がない人でも西洋側からの見方をいつの間にかしてしまうのは思考回路がそう配線されてしまっているからです。もちろん素晴らしいものは東西を問わず世界中にあります。しかし奪い取ることで得た豊かさの上に成り立つものを賛美していたのでは、奪うものたちと同じ罪を犯すことになると思います。


子供たちを学校にやらないという選択肢はありません。読み書き算術だけ教わってあとは居眠りしてなさい、とでも言って聞かせましょうか、ね。


Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん。こんばんは。

MATZ-TSさんは、工学系の研究をなさってらっしゃるのですか。
私はそちらの方面は全然だめです!(と言って、他の方面が得意というわけでも
ないのですが。汗!)

おっしゃるように、科学技術というものはほんとうに諸刃の剣ですね。

『言い換えれば、科学技術の推進の上に、人間の倫理学、道徳心の発展があるべきと思うのです。』

私も、まったくそうだと思います。以前私は、『神の劫火②』http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-535.htmlという記事で、ハンス・ヨナスというドイツの哲学者の
『責任という原理 ――科学技術文明のための倫理学の試み』について書いたことがあります。
我々は、未来の世代に対しても責任を負うている、というのがその大きなテーマです。
従来の倫理学というものは、同時代に生きるものに対するものでした。
ところが科学技術が高度に発展すると、そこには、同時代、だけに限られたものでない
問題が数多く出てきます。原発問題はこれを象徴するような問題ですよね。
核の廃棄物を、私たちは、自分の代で処理しきれない。その厄介なものは
何百年何千年…と、後の世代に続くものに管理をゆだねなければなりません…。
ある時代のほんの一部の人間が、原発というものによって利益を得た…
その跡始末を後世代の者たちが、何万年と続けなければならない…
何の利益もそこからは生じないのに、です…

…そんな、何百年先の世代のことなんか、知ったことか!

そう思って原発を推進あるいは容認する人は、でも、未来に対する倫理だけでなく、
現世に共にこの地球上に生きる仲間に対しても、倫理観など、持たない人々なのでしょう。
恐ろしいことに、あらゆる問題で、この人間の身勝手さが噴出してきていますね。

『過剰なナショナリズム、個人レベルでも過剰な欲望』

ほんとうにそうですね。
ちょっと考えれば、なにが正しいかは分かる。
戦争は絶対に避けたいものだし、平和が大事だ。
極端な貧富の差はやはり問題で、皆が、健康で自由で、ある程度の豊かさを
享受しながら、仲良く生きていける社会がいい…

それなのに、その富を独占しようとする者たちがいます。
富のためならば、危険な原発もなお推進する…富のためならば、
他人の幸せを破壊しても平気な人々がいて、
富のためならば、武器を作って売る人間がいる…
そんなのおかしいよ!
そう思うけれど、声は届きません…

日本は、別の生き方が出来るはずです。
安倍政権の目指しているような日本なんかじゃない!
MATZ-TSさんのおっしゃるように

『 日本の特徴に目を向ければ、豊かな水、森林、地熱といった資源がある、それを生かした農業、林業、それらを育てることが、島国として本当に重要ではないでしょうか? 森林、水資源、棚田、それらには国土保全を、自然に行ってくれている大きな価値があります。それらを生かして、守って、次の世代に残す、日本の科学技術が寄与すべき最も重要な分野と思います。倫理観に基づき、自然を守り、生かした科学技術と経済の仕組み、それらが融合した国造りが、働き甲斐のある雇用と、真の豊かさを生み出し、ひいては国防にも繋がるのではないでしょうか。』

まさにそれですよね。
日本の優れた科学技術…それは、そう言った面にこそ生かしていって欲しいです。
うみそら居士さん、ウッドスタインさんが、紹介してくださる数々の代替エネルギーのための技術…
ほんとうに将来性のあるものがたくさんあります。
日本の国土の特性を活かしつつ、しかも環境に悪影響を及ぼすことの少ないエネルギー源。
それによって地域の活性化も進み、雇用も生まれる、その可能性のあるものが
たくさんある。
なぜ、それらに力を入れていこうとしないんでしょうね。

…それが少数の既得権益者が妨害しているためと分かっていながら、どうすることもできない
この現状…
ほんとうに毎日、腹膨るる想いです。

MATZ-TSさん。ありがとうございます♪





科学的発展を求めて、新しい技術を求めて、新しい産業を求めて新天地を切り開いていく姿を、美しいと思わないわけではないのだ。
> 私自身は科学…、化学、物理学、地質学、◌◌工学、…そうしたものにまったく弱いけれど、そうした分野で働く人々に、尊敬の念は持っている。。。。。。。。
> 未知な領域…神秘に包まれている科学の深い広い領域に分け入っていこうとする人間の探究心をどうして否定できようか!」
>
> そのお気持ちは、ありがたいし、昔から人間の好奇心、探究心、向上心、科学的能力が、ここまで世界を豊かに(もちろん、深刻な南北問題はありますが)してきたのは間違いありません。
>
> しかし、彼岸花さんは当然認識されていると思いますが、科学技術というのは、諸刃の剣です。実例は山ほどあるし、その最も大きな問題が、核エネルギーの使用、地球温暖化。 地球環境の有限性とその危機は、かなり前から認識されてきたのに、一向に対策が進まないのは、やはり、国レベルで考えれば、過剰なナショナリズム、個人レベルでも過剰な欲望。 産業革命の前は、特に日本では限られた国土の中で、何とか循環型社会を築いてきたのは、それしか生きる道がなかったからかも知れません。
>
>  現在、人間の力は、極めて強大です。力が強大になれば、それに伴って果たすべき義務も増えないといけません。
>  言い換えれば、科学技術の推進の上に、人間の倫理学、道徳心の発展があるべきと思うのです。単に国を愛しましょう、とか国旗を掲げましょうなどという形式的なものではなく、偏狭なナショナリズムでもありません。人間が行う行為が、神の作った地球の生きとしいけるものを守れるのか、負の側面はないか、という綿密なアセスメントを行う必要があります。ここが軽視されている(すくなくとも世界経済の仕組みでは)と思います。
>
>  日本の特徴に目を向ければ、豊かな水、森林、地熱といった資源がある、それを生かした農業、林業、それらを育てることが、島国として本当に重要ではないでしょうか? 森林、水資源、棚田、それらには国土保全を、自然に行ってくれている大きな価値があります。それらを生かして、守って、次の世代に残す、日本の科学技術が寄与すべき最も重要な分野と思います。倫理観に基づき、自然を守り、生かした科学技術と経済の仕組み、それらが融合した国造りが、働き甲斐のある雇用と、真の豊かさを生み出し、ひいては国防にも繋がるのではないでしょうか。
>
>  明日の生活に困る。。。切実な問題への対策は当然必要です。しかし、現代は、金を儲けたい、よい成果を出してよい地位につきたい、というような、手段と目的を混同しているような力に支配されている気がします。日本が他の国に対して経済的に勝てば日本人は幸福なのでしょうか?
>
>  まとまらず、中途半端でごめんなさい。各論について、もっと考えて深めないといけないのですが、今日はこの辺で。おやすみなさい。

No title

彼岸花さん、お久しぶり。いつも、超大作で、読み応えがあり(過ぎ)ます(笑)。そこで、今日は一点について、コメントさせてください。

 私は、工学系の研究者の端くれです。

「…私は、人間が新しい科学的発展を求めて、新しい技術を求めて、新しい産業を求めて新天地を切り開いていく姿を、美しいと思わないわけではないのだ。
私自身は科学…、化学、物理学、地質学、◌◌工学、…そうしたものにまったく弱いけれど、そうした分野で働く人々に、尊敬の念は持っている。。。。。。。。
未知な領域…神秘に包まれている科学の深い広い領域に分け入っていこうとする人間の探究心をどうして否定できようか!」

そのお気持ちは、ありがたいし、昔から人間の好奇心、探究心、向上心、科学的能力が、ここまで世界を豊かに(もちろん、深刻な南北問題はありますが)してきたのは間違いありません。

しかし、彼岸花さんは当然認識されていると思いますが、科学技術というのは、諸刃の剣です。実例は山ほどあるし、その最も大きな問題が、核エネルギーの使用、地球温暖化。 地球環境の有限性とその危機は、かなり前から認識されてきたのに、一向に対策が進まないのは、やはり、国レベルで考えれば、過剰なナショナリズム、個人レベルでも過剰な欲望。 産業革命の前は、特に日本では限られた国土の中で、何とか循環型社会を築いてきたのは、それしか生きる道がなかったからかも知れません。

 現在、人間の力は、極めて強大です。力が強大になれば、それに伴って果たすべき義務も増えないといけません。
 言い換えれば、科学技術の推進の上に、人間の倫理学、道徳心の発展があるべきと思うのです。単に国を愛しましょう、とか国旗を掲げましょうなどという形式的なものではなく、偏狭なナショナリズムでもありません。人間が行う行為が、神の作った地球の生きとしいけるものを守れるのか、負の側面はないか、という綿密なアセスメントを行う必要があります。ここが軽視されている(すくなくとも世界経済の仕組みでは)と思います。

 日本の特徴に目を向ければ、豊かな水、森林、地熱といった資源がある、それを生かした農業、林業、それらを育てることが、島国として本当に重要ではないでしょうか? 森林、水資源、棚田、それらには国土保全を、自然に行ってくれている大きな価値があります。それらを生かして、守って、次の世代に残す、日本の科学技術が寄与すべき最も重要な分野と思います。倫理観に基づき、自然を守り、生かした科学技術と経済の仕組み、それらが融合した国造りが、働き甲斐のある雇用と、真の豊かさを生み出し、ひいては国防にも繋がるのではないでしょうか。

 明日の生活に困る。。。切実な問題への対策は当然必要です。しかし、現代は、金を儲けたい、よい成果を出してよい地位につきたい、というような、手段と目的を混同しているような力に支配されている気がします。日本が他の国に対して経済的に勝てば日本人は幸福なのでしょうか?

 まとまらず、中途半端でごめんなさい。各論について、もっと考えて深めないといけないのですが、今日はこの辺で。おやすみなさい。

Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん。おはようございます♪
は~い。頑張って書きました!^^
最近、あまり書けないのよ。怒りが燻って頭がどよ~んと曇ってんの(笑)。
いったん書きだすと言葉は出てくるんですけれどね。書きだすまでが大変。
これは、『人間の狂気』という長い記事の一部になるはずだったんですけれど、
途中で力尽きちゃった!
また、ちょっと休んでから続き書きます。
やっちゃんさんの記事の紹介とかも書きたいと思うのたくさんあるんだけれど…。

ほんとにね。社会の木鐸たるジャーナリズムがこう偏向してたら、一体
なにを信じたらいいかわからない。自分で感覚を研ぎ澄ませて考えるしかないのよね。
外交問題は本当に難しいです。とりわけ、中東・アフリカ問題は情報も少ないし。
遠い極東の一国に住む一老婆のあたしなんかの知恵を超えてる!!(笑)
でもね、それでも、直感でおかしいなあ、と思うことはありますよね。
リビアのカダフィー大佐の死などもね、割りきれない想いはあります。
彼は独裁者で、そうとうひどいこともしてきたようだけれど、カダフィー後、
リビアはよくなっていくのだろうか…。
そもそもの元をたどれば、一番悪いのは欧米列強だということなんですが、
そちら側からの情報しか入ってこない…

ひとの国を心配している場合じゃない…。日本もお尻に火がついています。
この数カ月であっという間に、改憲論が勢いをつけていくこの怖さ…
国民は馬鹿じゃないわよ。改憲なんか出来るもんですか!とずっと思っていたけれど、
今の風向きを考えると、なんだかたやすく改憲を許してしまいそうな国民にも
思えてきてしまいます。そうでないことを願うけれど。
津川雅彦さんは、演技者としてすごい人だなと今まで思っていたけれど、
彼の考えかたを知ったら、最近なんだか厭になってしまいました。

ありがとう~。やっちゃんさんも無理しないでね~。^^

Re: 大門先生へ

先生、おはようございます。
寒いですねえ。私からも、寒中お見舞い申し上げます~~~~~♪

東京あたりの気温で寒い、なんて言ってると笑われるんだろうなあ。
氷点下になることはあまりないですしね。
ただ、我が家は、基本、暖房は電気炬燵だけですので、廊下とか
台所とか寒いんですぅ。
エアコンは各部屋に一応あるんですけれど、使いません。
今も、足は暖かいけれど、背中が寒い寒い!(笑)
早く春にならないかなあ…

先生、お風邪など召しませんように。
ありがとうございま~す♪

No title

彼岸花さん、素晴らしい記事ありがとうございます。
西側大国メディアの報道が一体どこまでが真実なのか
全くわからず信頼できず、
中東アフリカ諸国問題ってほんとにむずかしすぎて、、、
よくぞここまで書いて下さったと思います。
あやみさんの記事も本当に考えさせられますものね。
つい先日もテレビの人気討論番組で9条問題やってましたが、、、
完全に推進なんですけど何せ口達者で声の大きいコメンテーターたち、
影響力はすごく大きいんです。
津川雅彦氏など改憲して当たり前、ていうカンジでした。
そうでない国民も多いはず、と思いたいです。
彼岸花さん、しばしご休息を、、、。

No title

寒中お見舞い申し上げまするぅうううう

Re: スキップ宗林さんへ

スキップさん。こんばんは~。
ほんとうに脱原発運動も何もかも、行き詰まりですね。
私も、今、一種の茫然自失状態にあります……

これほど、願っていたこととはすべてが反対の方に行ってしまおうとは……
あきらめと悲しみと、沈潜した怒りと…。

でも、参院選ですんなり、自民党を勝たせてしまうわけにはいきません。
頑張らなきゃと思うのだけれど、政治の受け皿は、さらに小さくなってしまいました。
ほんとに情けないです。
石破さんは本気で、自衛隊法改正に取り組むつもりのようですね。
「自衛隊のことなんか、普通の人にはあまり関係ないわ」……
…ことは、それだけの問題ではないんですけれどね。

黙ってしまってはおしまいなので、まためげずに声を上げていきたいと思います。
スキップさん。ありがとうございま~す!


Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんにちは。
お願いの件。ありがとうございました。

この文についてはまだまだ書き足りない部分があり、本当はこれが
序章、といった感じだったのですが、いつも通り、あまりにも長くなりすぎる。
で、一旦切りました。
個々の問題について一文、ということがなかなかできない性分なので、
いつも総論的な文章になってしまいます(笑)。

チョムスキーさんの『9.11 アメリカに報復する資格はない!』は
我が家にもありまして、早速確かめてみました。
ありましたありました!^^
そうですか。そんな前からチョムスキーさんの本読んでいらしたのですね。
私はそれ以前にはその名を知りませんでした。
『9.11』、もう一度読み返してみたいと思います。

9.11は、私にとっても人生観を変えるほどの出来事でした。
その前にあった同様の衝撃を受けた事件がチェルノブイリです。
この2つは、戦後の教育の中で、西欧中心の世界観を植え付けられて
育ってきた私には、まさにガ~ン!と頭を殴られたような衝撃でした。
とりわけ9.11は、ものの見方を180度変えるくらいの衝撃でした。
今度の東日本大震災、そして福島の事故もそうです…。

ありがとうございます。
また、この続きを書きたいと思います。

No title

  今のままでよいわけがないのですが、何もできないでいます。そういなか、ますます、事態は自分が考える社会を壊し、危ないそれに引きずりこまれてゆくという感じです。気がついたら、ご近所や、卒業生の戦士ではなく、戦死に出くわす、そんな時が来ないか恐れているところです。脱原発に加え、どう憲法を守り平和を守るのか、厳しいところに追い込まれていますね。
 自分側を絶対善、相手を絶対悪と決め付け、相手をせん滅するまでたたくというやり方では、解決しないということですよね。しかし、そういう発想が世界の常識ですね。だから、9条が異常に見えるんですが、どちらが命の論理からしたら異常なのか、冷静に見極めることが求められますね。

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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