『兵士に慰安婦は必要なのか』

橋下大阪市長が米軍司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』と言ったことが
大きな議論を巻き起こしている。
ベアテ・シロタ・ゴードンさんの記事の途中であるが、彼女の想いにも関係ないことではないので、
この問題について書いておきたい。
ベアテさんは憲法第24条などの草案を書いた女性である。24条は、婚姻について、家庭生活について
男女の平等を明記した条文であるが、
『両性の合意』『夫婦(男女)が同等の権利を有する』
『個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して』
などということは、なにも婚姻に限らずとも、男女が知りあって交際する…
いや、およそ、人間と人間の関係全般について守るべきことがらなのではなかろうか。
ベアテさんは、多感な少女期を日本で暮らし、日本女性の置かれた地位なども
純粋な少女の目でつぶさに見て来ていた…また単に日本の問題に限らず、
当時のアメリカでさえ、女性が外で働くことへの根強い偏見などがあったのも
経験している…
それゆえにこそ、女性の地位についてアメリカの憲法にさえない『男女平等』の条項を、
新たに作る日本国憲法に、理想として入れておきたかったのである。

ところが、今回の橋下氏の発言は、そのベアテさんなどとの想いと全く相反するものである。



 日本維新の会の橋下徹共同代表の13日の発言要旨は次のとおり。

『当時は日本だけじゃなくいろんな軍で慰安婦制度を活用していた。
あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、
精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら
慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる。
 ただ、日本国が、韓国とかいろんなところの宣伝の効果があって、レイプ国家だと
見られてしまっている。ここが一番問題。証拠が出てくれば認めなきゃいけないが、
今のところ2007年の(第1次安倍内閣の)閣議決定ではそういう証拠がないとなっている。
そこはしっかり言っていかなきゃいけない。
『慰安婦制度じゃなくても、風俗業っていうものは必要だと思う。
だから沖縄の海兵隊・普天間に行ったとき、司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と言った。
司令官は凍り付いたように苦笑いになって「米軍ではオフリミッツ(出入り禁止)だ」と。
(ぼくは)「そんな建前みたいなことを言うからおかしくなるんですよ。
法律の範囲内で認められている中で、いわゆるそういう性的なエネルギーを
合法的に解消できる場所は日本にあるわけだから、もっと真正面からそういう所を
活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをきちんとコントロールできない」と言った。
(司令官からは)「行くなと通達を出しているし、これ以上この話はやめよう」と打ち切られた。
 兵士なんていうのは、命を落とすかも分からない極限の状況まで追い込まれるような任務のわけで、
どっかで発散するとか、そういうことはしっかり考えないといけない。
建前論ばかりでは人間社会は回らない。
 歴史をひもといたら、いろんな戦争で、勝った側が負けた側をレイプするだのなんだのっていうのは、
山ほどある。そういうのを抑えていくためには、一定の慰安婦みたいな制度が必要だったのも
厳然たる事実だ。そんな中で、なぜ日本が世界から非難されているのかを、
日本国民は知っておかないといけない。


なんとまあ……
この発言について批判したいことは山ほどあるが、これを読んでいただいただけで、
十分だろう…これが、大阪という大都市の市長であり、日本の政党の共同代表を
務める人の発言だろうか…
この橋下発言が出る前に、実は私には、従軍慰安婦問題などについて書きかけたまま、
下書きに入れておいた文がある。
それを仕上げてみようと思う。

                *
4月10日。眠れなかったので、朝、布団の中でゆっくりラジオを聴いていた。
NHKは衆院の予算委員会の中継をやっていて、今日は教育問題について自民党の西川京子という
女性議員が教科書の自虐史観を何とかするように、というような趣旨の質問をしていた…
『南京大虐殺はなかった。従軍慰安婦もこれは軍による強制などではなかった。
いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話である。
なぜ異例に日本軍だけがここまで貶められて言われなければいけないのか。
それなのに今、私立の女子中学の受験問題などにこの自虐的な歴史観に立った問題などが
出題されている。
小学生の子供たちが受験のために、そのような偏った歴史観に立つ知識を
柔らかい頭に詰め込み、若いお母さんたちまでがそれを一緒に学んでいる現実を、
文科大臣、どう思われますか?』
というような趣旨の質問であった。

戦場に兵士が行く時には従軍慰安婦がついて行くのは他の国でも当たり前…というような発言を
女性議員がしたのには驚いた。
同じ女性でありながら、そこには慰安婦と俗に呼ばれるようになった女性たちの境遇への
想像力というか、想いがない…
こういう人は、きっと、
「男の性欲の捌け口はどこかに設けた方がいい。昔の『赤線』などという職業慰安婦は、
それなりに存在の意味があった。なぜならば、彼女らが男の性の捌け口になって
くれたことによって良家の子女が強姦されたりするようなことが多少たりとも
少なくてすんだからである。従軍慰安婦も、兵士たちの鬱屈した性欲の捌け口に彼女らが
なってくれることによって、兵士たちが進軍先の現地人の女を強姦したりすることを
抑制する効果があった。日本軍の兵士たちが、現地人の女を犯したりすることなく
どこでも整然と軍規を守って見事であった(そんなことはないのだが)のは、
これら従軍慰安婦がいたからだ。
また、貧しい家庭の子女で食い詰めた女たちにとって、従軍慰安婦になることは
生きていくための糧ともなっていて、兵士、女双方にとって、従軍慰安婦というものは
いわばギブアンドテイクの必要悪なのである…」

…まあ、こういう思考回路の人なのであろうなあ…
わが身も女でありながら、そこには生活のために男たちに身を任せる女の悲しみが
わかっていない…
良家の子女は清浄な存在であるから男の性の捌け口となって蹂躙されるのを断固守ってやるべきであるが、
慰安婦や売春婦になるような貧しい身を持ち崩した女は、自らが敢えてそれを選んだのであって
そこには同情の余地はない。
…そんな考え方の人なんだろうなあ…

安倍政権の基本スタンスは、韓国の従軍慰安婦は、軍によって強制的に連行されたのではない。
金のために自ら応募して慰安婦になったのだ、というものであろう。

軍が強制連行したのか、女たちが自ら求めてなったのか…

だが、本当はこの議論自体が、私などに言わせれば、根本的に本質からずれている。
まず、根本の根本に、『戦争はいいことなのか?』という問いがあるべきであろう。
戦争というそのものが、人間を非人間的極限状況に置くものであること。
その根源的問いを素通りして、女たちの自由意思であったかどうかなどという表面的なことで
争って何になるだろう?
私はいかなることがあっても、戦争は人間を不幸にするだけの悪であると思っている。
日本が朝鮮半島や中国、東南アジアの諸国に進軍して行ったのは誰も否定できない事実であろう。
あれをいかなる理由があろうと、正義のための戦争であった、などと言えるであろうか?
日本は他国の領地を侵害して行ったのである…
侵略などなかった、という人々は、それではあの日本兵たちは中国やビルマなどで
一体何をしていたというのだろう。

第二に、軍というものに、兵士の性欲の捌け口となる女たちが随行していく従軍慰安婦という仕組み。
そのこと自体の悪をなぜ日本人は問わないのであろうか?
これが軍の直接の関与で作られたものであろうが、その意を受けた民間の売春業者が
請け負って勝手に作ったものであろうが関係ない。公然と軍隊のために女たちを性の道具にしたのである。
『従軍慰安婦』などという、女を男の性の捌け口としか考えない非人道的組織を
公然と作った日本人のこころ…それが根本的に問われる問題なのではなかろうか。

その慰安婦たちが日本人であろうが韓国人であったろうがインドネシア人であったろうが
実は関係ない。金のためであろうがなんであろうが実は根本は同じ問題。
『女は男の性の捌け口にしていい』という、今も日本人の心の中に変わらずにある
女性蔑視の考え方こそが問題なのではなかろうか。
(今回の橋下発言を思い起こしてみよう)

と言うと、それでは西洋人など外国人は女を性の道具と考える文化はないのか、と
問われるかもしれない。
…それはどこの国にもある。
ヨーロッパにだってアメリカにだって街娼というものはいるし、娼館もあった。
婦女暴行…ひどいことには幼女強姦などさえ、国籍人種を問わずにどこにもある…
例えば、ドイツのナチス。ユダヤ人捕虜の女をドイツ人将校等が性の奴隷にした、などという話…
しかし、日本ほど公然と、軍隊には性欲処理専門の女がつき従っていくことが当たり前と
思われて、それが組織的に大々的に行われた国が他にあっただろうか!

軍隊というものは基本的に男ばかりの閉じられた世界である。命の危険にも常に曝されている…
ストレスから性的なものに捌け口を求めたくなる…
放っておけば、現地人の女を襲ったりするかもしれない。そうすると軍紀が乱れて
現地人の反日感情を煽り、現地の日本化がやりにくくなる…
現地の女から性病を貰って、日本人兵士が兵士として使いものにならなくなるのも困る。
だから、女を、それ専門の女をあてがっておけば、こうした問題が一挙に解決できる…
(橋下発言そのまま!)

こういう考え方自体を、私は非常に不潔なものに思う。
ここには男の論理しかない…

性そのものはおよそ生きとし生けるものの本能である。
愛する人と結ばれる喜びはこの世の至上の喜びではなかろうか。
…しかし、一方の性の側からの強制(強姦)、また強姦とは言えなくとも従軍慰安婦のような
制度的、社会的な半強制は、醜悪以外の何ものでもない。
それは『男』という強者が『女』という弱者の人格を無視しほしいままにいたぶり
自分の性欲を満たすだけの、非情な行いでしかない。

それを良しとするような文化が、この日本という国に今も根強くあること……
女は男に可愛がられてなんぼのものだ…女もそれを望んでいる…
「『女がいやよやめて!』という時は、いいわもっと続けて、ということなんだよ」と
したり顔で話す男……
なんという身勝手な、醜悪な思いこみであろう。
従軍慰安婦問題が軍の強制であったかなかったか…そんな議論を聴きながら私がいつも抱く
割り切れないやりきれない思いはそこである。

この強者の身勝手な思いこみ…それは従軍慰安婦問題に限らず、日本人の
アジアの諸地域の人々への謂われなき優越感や蔑視、沖縄問題、原発立地問題…
どこかすべてのところで根底において通じているものがあるような気がするのである。
強いものには媚びへつらい、自分より下と見た者にはそのプライドや人権のことに
想像力を働かせない…


勝新太郎主演の『兵隊やくざ』(1965年~)という一般的に言うところの面白い映画シリーズがあった。
勝新演じるやくざ上がりの二等兵。腕っぷしも強く軍隊組織でうまく生き抜く知恵も
たっぷり持っている…なによりの彼の特徴は、上官など屁とも思わぬその強烈な
反逆心と独立心である。反抗してぶちのめされても懲戒房に入れられても彼は負けない…
『権力への反抗』ということでは、私などにもすかっとするところのある映画だったのだが、
この映画によく従軍慰安所が出てくる。
軍と共に戦地を移動する、この映画の中では私設の慰安婦置き屋のようなもの。
そこで働く女たちは、内地で食い詰めた女たちである。
話し方も身ごなしも崩れてしまってただ生きるために大陸まで流れ流れてきた女たち…
勝新もやはりそこへ性の処理に行く。
でも彼は根本的に優しいから、女たちに慕われる。

しかし、しかし、である…
「ただの映画だよ」とは思いつつ、私は、バラック建ての、カーテン一枚で仕切ったような
仮設の小屋に主人公を含めた兵隊たちが入っていって、やがて兵隊ズボンの前の釦をとめつつ
ニヤニヤしながら出てくる…そして入れ替わりに外で待っていた別の兵士がまた
カーテンの陰に入っていく…
そんな場面を見ると、実際に戦地にこうして送られていった女たちの哀れさを
思わずにはいられなかった。
こういう非情の仕組みを作った男たちが考えるように、女たちはもともとそういったことが
好きな淫乱な女だったのだろうか。よく韓国人従軍慰安婦がそうした、と貶めて語られるように
自ら金のためと割り切って、自ら慰安婦として志願し、男たちに体を預けるその代わりに
金を受け取って、普通の女では得られないような大金を溜めていったりしたのだろうか…

好きでもない男に身を曝す…
中には、耐えられないほど不潔な者も、女を殴るのが趣味の男もいただろう…
それらが入れ替わり立ち替わり、自分の体を道具にしていくのである…
まるで公衆便所の便器ででもあるかのように……

性病を移され死んで行く者…劣悪な衛生・生活環境の中で結核などで死ぬ者…
軍の割合上層の者が置き屋の主人と蔓んで、おそらくうまい汁も融通もきかせてもらっていたのであろうな、
と思わせるシーンなども出て来る…

その男社会の根本的非情を考えずに、軍が強制したか自由意志だったか、
それで女たちが金を儲けたかどうかなど議論していることがそもそもおかしいと私は思ってしまう。
同胞の日本人女性に対してさえ、同じようなことをして平気だった心性が、
他国の、まして被占領地の女性に対してだけ清廉潔白であった、などという綺麗ごとが
信じられるだろうか!

白馬事件、というのをご存じでいらっしゃるだろうか。
詳しくはWikiを見てほしいが、一部抜粋する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%A6%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6

日本軍占領中のインドネシアで日本軍人によりオランダ人女性に対して行われた監禁・強姦事件のこと。
「白馬」の由来は、白人を白いウマに擬(なぞら)えていた事から。
(…このたとえ自体が、なんと、なんと醜悪な感覚なのであろう!)

1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を
民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した容疑で、
戦後、国際軍事裁判において(将官や兵站責任者の佐官などの高級将校を含む)
当該軍人・軍属(請負業者)たちに有罪が宣告されている。
日本軍による白人への性犯罪事件という点でも珍しい事件であるが、同時に、
国際裁判で裁かれた日本軍人によるアジア諸国での監禁・強姦事件である。


Wikiの記事の最後の方には参考文献・資料の欄に、これに関与した軍人たちの名前と
国際裁判での量刑が列記してある。多くの軍人が関わっていたことが分かる。
日本人の軍人がオランダ人捕虜女性に対してしたことを、朝鮮半島、中国では一切しなかった、
とでもいうのだろうか…これは一部の軍人が勝手にしたことであって特殊な例。
韓国人に対してのみは、なぜか軍の関与などは一切なかった、とそんなことが言いきれるのだろうか!

こういう心性が、とりわけ日本の男にあるということ…
そういう、一種の悪しき文化があるということ…
それを直視せずに、韓国従軍慰安婦問題を語ることは出来ないのではなかろうか、と私は思う。

また、こんな例もある。

アメリカ進駐軍のための慰安所。
(吉川春子「従軍慰安婦・新資料による国会論戦」あゆみ出版 1997年)
http://www006.upp.so-net.ne.jp/nez/ian/panpan.htm
これも一部抜粋。下線部は彼岸花による。


 どの国の軍隊にも慰安婦がいたわけではなく、日本軍ほど大々的な性的慰安所を持った例は
他にありません。しかし「軍隊には慰安婦が必要」は日本軍にしみわたった常識でした。
そこで終戦のわずか3日後にもう日本政府は、進駐してくるアメリカ軍のための慰安所を作ることを
考えています。

一般婦女を米兵の強姦から守るため」としていますが、…(中略)

 8月18日付けで「外国軍駐屯地における慰安施設に関する内務省警保局長通牒」が出ており、
各都道府県の警察に対して米兵慰安所の急設を指示しています。朝鮮半島での慰安婦強制連行には
慰安婦の証言に警察官がよく出て来ますが、やはり政府から見ても警察が慰安所の担当であったようです。

 慰安所の設置の仕方は、警察が指導して業者にやらせる方式で、各地に「特殊慰安施設協会(RAA)」
が設立されました。
東京銀座街頭に「新日本女性に告ぐ」と募集広告をだしたのも、
もちろん警察のバックアップがあってのことです。
広島などの例をみると、当時の金で県費36万円を追加計上し、「資金は立て替える、女は警察が募集する」
と業者に持ちかけています。県警保安課は設営第一、設営第二、接遇第一、接遇第二と
係をわけてまで慰安所開設に専念したほどです。

 このようにして、かなり大々的な慰安所設置が行われ、この結果、戦後の混乱の中で
食料の確保にも事欠く家庭の女性たちを売春へと走らせることともなりました。
日本政府のサービスに応じて、アメリカ兵にも慰安所は大人気ではありましたが、
連合軍司令部は12月15日に慰安所への立ち入り禁止令を出しました。ついで、翌1月21日には
公娼制度全体の廃止を指令しています(SCAPIN642)。3カ月で慰安所は閉鎖されたわけですが、
この間に「政府の努力」で増加し、1万人に達した慰安婦たちは、路頭に迷い、
非公認の街娼となって行きました。


この「特殊慰安施設協会(RAA)」のことは、私が愛読する滝田ゆう(故人、無頼派の漫画家)
の戦後を描いた漫画にも出てくる。
主人公のキヨシ少年(たぶん滝田自身)にはちょっときれいな姉さんがいる。
戦争が終わった1945年。
大倉の別荘…即ち大倉財閥の別邸は、東京向島、隅田川畔にあったが、戦火にも無傷のまま
占領軍の将官用高級宴会場としてその贅を誇っていた…
戦後、キヨシ少年の姉は、ここの勝手方に勤めていたのだが、あるとき雨の中をずぶぬれで
裸足で帰ってくる…
何がいったいあったんだ!と心配して問う家族に
「やめてっ!!あたし逃げてきたのよう!!」
「あそこはパンパン宿よ。高級宴会場なんかじゃないわっ!!」
「人身御供よ…」
そう語って姉さんは涙を流す…
次のコマに、『従業婦募集 高給 素人さん歓迎 委細面談 RAA協会事務局』
と書かれたポスターが電柱に貼られているのが出てくる。
そして同じコマには
「R・A・A…それは特殊慰安施設協会の略称である」という吹き出しの説明が…。

キヨシ少年の家は、東京市向島区寺島町(現東京都墨田区東向島)の旧私娼街、
かの有名な『玉の井』にあった。家はそこでスタンドバーを営んでいて、姉さんも
そこで商売の手伝いをして店に出ていた。
いわば、素人さんではないのであるが、それでもRAAで身を売りはしない…
おそらく男と女の色街に育っただけに、彼女は身の守りかたも逆に知っていたのかもしれない。

でもこの電柱など至る所に貼られた『従業婦募集 高給、素人さん歓迎』と書かれたポスターを見て、
空襲で焼け野原になった東京…食べるものにも住むところにも事欠く女たちが
どれほどたくさん、この謳い文句に騙されて仕事を求めて行ったことだろう…

詳しくは『特殊慰安施設協会』を。
正確にはRAAはRecreation and Amusement Association の略である。
実際日本各地に出来たこの施設では、ジャズの演奏やダンスなど娯楽的要素も強かったのであろう。

占領軍がこの種の「サービス」を提供するよう命じたという説があり、1945年8月22日付で
発令された内務省警保局「連合軍進駐経緯ニ関スル件」という文書の最後の項目には
「聯合軍進駐ニ伴ヒ宿舎輸送設備(自動車、トラック等)慰安所等斡旋ヲ要求シ居リ」と記されているという。
連合軍が進駐するに際し、宿舎・輸送設備、慰安所等の斡旋を日本側に要求してきた、というのだが、
『慰安所』と訳されたこの要求の文言は、日本人が言う『慰安婦』の発想と同じものではなく、
アメリカ側の意志は、ひょっとして本当に単なる『リクリエーション施設』という意味のもの
でしかなかったのではあるまいか。
しかし、実際には終戦わずか3日後の8月18日に警視庁は花柳界の団体と打ち合わせを終え、
内務省は同日に各地方へ「外国駐屯軍慰安設備に関する整備要項」を行政通達。
あまりにも手回しがよすぎはしないだろうか?
私はこのRAAの設立に関し、『米兵相手の娼婦施設を用意して置け』などという命令を
アメリカ軍がしたとはどうも思えないのだ。
戦勝国の機嫌を取るために、自ら進んで自国の女たちを人身御供にさしだした
日本の、姑息な男たちの顔を思ってしまう。
彼らは、戦地に女たちを連れていく、という下卑た自分たち自身の発想から、このような
組織を進んで作ったのではなかったろうか……
(橋下氏の発言をもう一度読んでほしい)
身を売る女などは虫けら以下とでもいうように弱い者には不遜で無神経でありながら、
戦勝国のアメリカ…強者には進んでその意を汲みとろうとする…


『特殊慰安施設協会の資本金は1億円で、その内の5500万円は大蔵省の保証により
管業銀行が融資。のちの総理大臣池田勇人は資金の調達に関して特に大きく尽力した。
建設に必要な資材や営業に必要な生活什器、衣服、布団、約1200万個のコンドームは
東京都と警視庁が現物提供した。』


とWikiにはある。
いわば、国家をあげて、戦勝国アメリカの兵に、日本の男は同胞の女たちを
性の道具に平気で差しだしたのである。
(ああ!橋下氏の米軍司令官への申し出の発想と、なんと似ていることだろう!)


本当に下働きの人は別にして、性的サービスに応じた女たちは、一日30人から50人もの
客をとっていたとも資料には書いてある…
30人から50人…!
おそらく軍に附いて行って大陸や朝鮮半島に流れて行った、あるいはそこで徴用された女たちも
そのような苛酷な、非人道的仕事をしていたのであろう……
これを、『そういう女たちはもともと、好き者なんだよ』と、ニタニタ笑いながら
ただ個人の資質の問題として片づけるのだろうか…!

そもそも、『一般婦女を米兵の強姦から守るため』『兵士が現地の一般婦女を強姦して
軍紀が乱れたり現地の反感をかったりすることのないように』などというが、
『一般婦女』とはそもそも何なのであろう…
体を金のためにひさぐ女たちであれば、国家が関与してまで兵隊に差しだすような仕組みに
利用していいのか!
「おまえたちはどうせもうすでに穢れているのだから、自分で好きでそういう境涯に身を落したのだから、
普通の貞淑な奥さんや未婚の穢れを知らぬ女性たちのために体を提供してくれ…
どうせ50人やるも200人やるもおまえたちには関係ないだろう」
…そんなことを頼む権利が男たちにあるのか。…商売女ならさらに穢していいのか?


               
従軍慰安婦も、RAAも …もう、70年近い過去のことである…

しかし、戦後かれこれ70年。
私たち日本人は変わったであろうか?

韓国人の従軍慰安婦…強制連行であったか自らの意志であったか…そのこと自体よりも
日本人の中にあるこの女性蔑視と、弱者に対する想像力に欠けた無神経…
それは今も少しも変わっていないのではなかろうか。

私が不思議なのは、同じ同性でありながら、この自民党女性議員のように、
『従軍慰安婦などというものは存在しない。いわば単なる売春行為である、
それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話だ。
自虐的な歴史観によってこれから女子中学校を受ける小学生にそんな知識を植え付けるな』
などと国会の場で得々と述べる女性議員がいることだ。
その彼女の質問に対し、下村文部科学大臣は、『自虐史的歴史観は何も日本だけでなく
戦勝国イギリスでもそういうことがあった。自分の国の悪いところだけ述べたてて
子供に教え込むのではなく、自国の素晴らしいところを教えて、子供たちに自分の国に対して
自信と誇りを持った歴史教育をきちっと教えなければならない』などと答弁していた。

そりゃそうだ。いいことはどんどん教えた方がいい。
でも、大人自らが現実を直視して、悪いこと間違っていたことも率直に認め、
二度とそういう間違いをしないよう子供たちに教えること…
それなくして、どうして子供たちに正しいことを説くことが出来ようか?
それの何が自虐的なのであろうか?
下村文科大臣は、この西川京子議員らの質問を受けて、『近隣諸国条項の見直し』
をしたいと答弁した……

韓国人の従軍慰安婦問題。それは韓国女性だけの問題ではないのだと思う。
かつて日本人は、同胞の女性も平気で、兵士たちの性の捌け口として差し出したのである。
韓国人、日本人、…オランダの女性捕虜も。

女は男にかしづくものである…弱いものは強者の言うことをきいていればいい…

恐ろしいことに、女性自身のうちにも、これを良しとするところがまだある…
同じ女性でありながら、女がよしんばそれが金のため生活のためにではあっても、
我が身を一日30人から50人もの男の性の道具として差し出すということの非常さ
非情さ、悲しみに心を致そうとしてみない者がいるのだ。
今朝の自民党女性議員などそういう人なのではなかろうか…

                  
                   *


さて。上の*印から*印のところまでは、言ったように、4月の10日頃
書いたものである。
長くなってまとめきれないままに放置してあった…
だが。今回の橋下発言を聞いて、日本人の男たちの中に、まだこういう心性を
持った者が根深くいることを思い知らされる気がした。
橋下氏の発想は、戦時、兵士には性の処理のため春をひさぐ女たちが絶対に必要だと
考え、戦争に負けると今度は逆にその同じ発想で、戦勝国アメリカの兵士のために
国をあげて、人身御供の女たちを提供した…
その卑屈な身勝手な男たちの発想となんら変わるところがない。

私は、男女が真にお互いの性差を理解し尊敬しあうそんな社会を理想に思う。
強いものが弱いものに、忍従を押しつける、そんな関係はまっぴらだ。
従軍慰安婦の問題は、『本当に日本軍が関与して韓国女性を拉致して従軍慰安婦にさせたのか』、
『春をひさぐ女たち個人の自由意思だったのか軍の強制か』という、個々人の意志の問題にされて
議論されがちだけれど、
そこには戦争そのものの悪や、女たちをそういう境遇に追い込んだ男社会の構造の、
根本悪に切り込んだ議論はなされない。
そもそも男たちをそうした極限下の戦場に送り出す戦争というものの異常を…
その根本の不条理を…そうした議論の際にあまり人が語らないのはおかしいとは思わないか。

何か上っ面のところで議論がなされて、かゆいところに手が届かぬまま、
根本の問題のところには議論が届かぬまま、時間切れ、エネルギー切れ、
あるいは政治的意図を持って、なにか問題のすり替えが行われた状態のまま、
誰かが一方的に大事なことを決定して行ってしまう…
これは沖縄問題も、原発問題も、TPPも、改憲問題も、実は同じである…

韓国の女性も日本女性も同じなのである。
この社会の多くは、男の論理で進められていくことがまだまだ多い。
ベアテさんが涙を流しながら成文化しようとした、数々の女性を守るための条項…
24条はあっても、まだ、この現代の世に、橋下氏のような女性蔑視の言を
平気で公言する人物がいる…

話は違うが、AKBのメンバーで、自由恋愛のご法度を破ったからと言って、
自ら丸坊主になった少女がいたが、私はそれを非常に気持ち悪いものに思う。
なぜ、女自身が自らの身を縛るか!
なぜ、かの自民党議員のように、女自身が、女の痛みをわかろうとしないか。

女たちよ。少女たちよ。
男を愛し、男に愛されるということはそういうことではないよ。
女が真に自立しなければ、本当の素晴らしい男女の関係は育たない…
女は男の性の道具になど決してなってはいけないよ。
男の意を自ら迎え、それに隷属し、性の道具になることに、本当の愛の喜びなどあるだろうか…
本当の男は、そんなことを女に要求したりしない…

国と民の関係、国と国の関係も同じことなのではないだろうか…
国も民も、自ら深く考え、真に独立した存在でなければ、そこに歪は生ずる…
立場の弱い者が強い者の意を迎え、それに隷属する…
(自分たちの同胞の女の体さえ差し出し、金のためには土地も売り…)
一方で、自分が勝手に自分より下と見た者に対しては、その尊厳を傷つけても
何の痛みも感じない…

そこに本当の、『美しい国』など作れるだろうか。
国家間の自立した関係など成り立つだろうか。










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Re: ウッドスタインさんへ ③

第三のお訊ねに関しては、上記のことも関係してきます。
国防婦人会への私の批判に関して。そのダブルスタンダード、ということに関して。

『兵士の夫人である女性には貞操を守ることを啓蒙(または強要)するにもかかわらず、
出征した兵士にはそれを求めずに慰安婦を相手にすることを許容するということですよね。』
と、ウッドスタインさんは私の言葉足らずの部分を推測してくださいました。

確かに私は、国防婦人会のような当時の組織の婦人たちが、そのような意識を
もっていたことも、ダブルスタンダードと思います。
ですが、私の怒りの向けられているのは、そのことよりむしろ、そうした婦人の組織に、
銃後の女の貞操を守れ! 乙女の純潔を守れ!という標語の陰で、
兵士たちの相手をして、一日に何人、何十人もの男に体を貸し、そのために
体も精神も壊してしまう慰安婦、という女たちのことには意識が向いていない、そのことに
対してです。
当時の慣行に従って、売○婦は、自ら進んで、商売としてその道を選んだのだ、
だから、彼女たちのことは考えなくていい、とでもいうような、その考え方をも
指して言ったのです。

国防婦人会は、そもそものはじめは。ウッドスタインさんがおっしゃるように、
愛国婦人会と言って、お金持ちの上流夫人が言わば、慈善事業のようなものとして
戦前に始めたものだったと言います。ところが軍の指導で別の大日本国防婦人会なるものが、
言わば庶民の組織として出来上がりました。両者は対立していましたが、
それらはやがて戦況が悪化するにつれ一本化され、大日本婦人会という、大政翼賛会の下部組織として、
戦争遂行に一役も二役も買っています…

彼女たちはいろんな活動をしています。その中には、出征兵士の妻たちや家族を支えるという
美しい仕事もありました。しかし、それはまた、おっしゃるように、出征兵士の妻が
不貞をしないように見守る相互監視組織でもありました。

売○婦たちも一応この組織の中に組み込まれていたと聞きます。
ただ、おそらくそれは、最下層の存在として…まっとうな女性の圏外にいる存在として
低く見られていただろうと思います。
彼女らにも親や兄弟がいて、中には不本意ながら貧しさのために苦界に身を落とした
女性たちもいただろう…
戦地の兵士たちがその抑圧されたせい欲をどこかで吐き出さねばならない…その便器のようなものとしての
慰安婦たちのこころへの想像力は、彼女らへの共感と寛容は、
銃後の妻の貞節を説き、婦徳を涵養することを謳う、国防婦人会の多くの女性たちには
稀薄だったのではなかろうか…
そう、思います。
ダブルスタンダード、という言葉を使ったのは、以上のような気持ちからです。

私は日本中の婦女子が、何らかの形でこういった組織に組み込まれて行った…
その戦争というものの悪を指弾しているのであって、この婦人たち個々のことを
責める資格は自分にはないだろうと思っています。
だから私は、軍人・兵士の妻だけに怒りの矛先を向けている(ウッドスタインさんが推測なさるように)
のなどでは決してありません。おそらく平時は私のようにリベラルな考え方を標榜していた女性たちでさえ、
日本中の女性たちが、やはり何らかの形で戦争に加担したのです。
ですから私は、国防婦人会の特定の個人を批判しているわけでは決してありません…
国がそういう方向に大きな嵐のようにうねって進んでいけば、そこで個々人の
良識など意図も容易に押しつぶされ、そういう状況下におかれれば、自分だって
人間の尊厳、人間の良心を貫き通せるか自信がありません…

しかし、自分の中にも、そういう弱さはあるだろうからこそ、二度と戦争には
巻き込まれたくない、加担したくない、との想いが強いです。

ウッドスタインさん。さすがに私も疲れました……
少し頭を冷やして、また議論しましょう…
出来るだけ客観的に物事を見るようにしたいと思います。
そういう意味では、批判的なご意見も私には、自分の考え方を反省し、間違ったところは
訂正していくいい機会を与えていただいていると思っています。

お互いに、不必要な皮肉はやめませんか?
自分はこう思うが、あなたはどうお考えですか?…そのスタンスで行きませんか?
私も負けん気は強いですから、皮肉を言われればついカッとします。
そして、不必要な言葉も使ってしまいます。本質的議論には不毛な、言い訳めいたことも
書いてしまいます。
お互いに、相手の論をよく聞いて、それについての意見だけを述べる…
その純粋な議論のやり取りだけの方が、おそらくこのコメント欄をはらはらしながら
読んでくださっている方々にも、論点の違いがよく伝わっていくだろうと思います。

私も、不必要な挑発的表現をおそらく多々、これまでウッドスタインさんに使ってきただろうと
思います。私もそのことを深くお詫びせねばならないと思います…。

従軍慰安婦問題も、南京問題も、ほんとうに難しいです。
また、日本が置かれてしまった国際的立場も、ますます紛糾の度合いを強めていっています。
大きな度量で(笑)違う考え方も謙虚につきあわせて、ご一緒に考えていけたら幸いです。

いつも辛抱強くおつきあいくださりありがとうございます。






Re: ウッドスタインさんへ ②

次に、『女性が売○行為を行うことやそれに付随する負の側面に対して、殆ど怨念にも近い云々…』
というウッドスタインさんのお言葉に、私が誤解がある、と申し上げたのは、
『女性が売○行為を行うこと』としかお書きにならず、『男性が買○をすること』という文言が
言葉の上か意識の上か…すっぽりと抜け落ちていたからです。
私は、女性が売○をすることがいいことなどとは当然思っていません。でもそれ以上に、
男性が女を買うという…そのことに強い怒りを抱いています。
そうしてそれに絡む男たちともろもろの悪、…女衒や密輸業者、ピンはね、虐待、強かん、
薬物中毒…そうした考えられうる悪そのものを怒っています。
そうした私の気持ちからすれば、ウッドスタインさんほどの知的なかたが、なぜここで
『女性が売○行為を行うこと』という、片側の側面からしかおっしゃらなかったのか、という点に
疑問を申し上げました。
無論、ウッドスタインさんは、そのようなかたではないとは思っていますが…。

Re:ウッドスタインさんへ ①

ウッドスタインさん。こんにちは。
従軍慰安婦の問題は、このブログ上だけでなく、本当にこんがらがってしまいましたね。
西川議員の発言について。私も、いい加減打ち切りたいと思います。
また、いつか、彼女の考え方について触れるときが来るかもしれませんが。

お訊ねの件だけについて書きます。
西川議員を初め、自民党など、「軍によって組織的に強制連行された韓国人慰安婦は
いなかった」と主張する人々も、「軍と共に行動した(日本人、韓国人を含む)慰安婦たちがいた」
ことはいくらなんでもさすがに認めているのだろうと私も思います。
そしてその上で、「それは日本だけでなく、他の国にも、いつの時代にもあった」と言っているのだろうと。

しかし私には、この実態を単なる売春行為と言いきって、業者と女たちが勝手について来て
やったのだ、という個人の問題にしてしまうその感覚がそもそもわかりません。
日本軍が、慰安所の必要を言ってそれを立案計画し、業者を選定し営業許可を与える。
軍の傭船などで兵士や物資と共に女たちを移送する便宜を図る。(船員の証言があります)
現地では業者と女たちの書類を軍が確認し、慰安所建設には兵士たちが携わる。
軍医が月に一度ほど梅毒感染の有無など女たちの体を定期的に検査する…。
そして慰安所の見まわりや警護まで行う…。

これらを軍の組織的関与と言わないでなんというのでしょう。日本軍には、そして日本には
この問題に関し、はっきりと責任があると私は思います。これは女たちが韓国人であろうが
日本人であろうが関係ない。

西川議員は、教科書の記述は中立公正であれ、と言っているのでしょう?
それならば、「従軍慰安婦の問題は、立場の違いを越えてもっとしっかりと
検証しましょう」ということだけ言えばいいことではないですか?
それを結局「従軍慰安婦というものはなかったんですね」と、やはり言ってしまう。
これは、彼女が批判する勢力と同じように、結局ひとつの立場の押しつけ、ではないでしょうか。

昨年、「原発をゼロにすると2030年には電気代が2倍になる」という見出しが一人歩きをし、
実は「原発を動かしても2030年には電気代が1.7~1.8倍になる、という試算が
同時に出ていた部分は人々の念頭には上らず記憶に残らないことになってしまいました。
『電気代が2倍』という言葉が繰り返されることによってそれだけが独り歩きしていったのです。

「従軍慰安婦というものはなかったんですね」という言葉を繰り返すことによって、
同じようにこの問題が、人々の心に、たいしたことではなかったかのようにインプリント
されて、慰安婦個々人の職業選択の問題に矮小化されていってしまう…
そういう仕事に就いた女性たちの自己責任と、当時の慣行、という問題に単純化されて行ってしまう…
議員の言いかたには、そういう恐れがあるのではないか、ということが私は言いたかったのです。
これは、公平に言うならば、逆に、「軍の強制連行があった」と言い続けることもまた、
同様の効果があると思います。
私はこの問題は、今、もう一度、全てのこだわりを捨てて、洗いざらい見直していくしか
ないのかもしれないと、調べていて思いました。
急がねば、直接の証人と言える人々はみないなくなってしまいます。
その時に立脚するのは、戦時の常識、当時は売春が合法であった、などという観点からではなく、
今、これからの問題として議論していく必要があると思います。
あとの問題にもかかわってきますが、これは人権の問題です。
この問題を議論しているのは現代の人々です。そして、未来にもかかわる問題です。

売春や慰安婦、従軍慰安婦…その問題を当時の慣行や常識という狭いところで語ってしまうと、
また人間は、同じような過ちを犯してしまうのではないでしょうか。
橋下氏の今回の発言は、現代においてなお、『兵士に慰安婦(それを何と呼ぼうと)が必要』という
戦時の感覚から一歩も出ていないというふうに私には思えてなりません…

Re:しほさんへ

しほさん。こんばんは。
一度書いたコメント、うっかり全部消しちゃいました(涙)。
メモ帳とかに書いて、コピペするようにしたらいいのにね。
そう思いつつ、性懲りもなく何回も同じことやっちゃう(笑)。
『風ぞく」という一語が行けないのかなあ。送信できなくてコピーとか
してやり直そうとしてる時に誤って消しちゃいました!
『ぞく』ってひらがなで書けば大丈夫かなぁ…

橋下市長は、一体どうしちゃったんでしょうね。
沖縄駐留米軍司令官に、もっと風ぞく産業を利用するように、などという
恥ずかしいだけでなく沖縄の感情を逆なでにする提案をした穴埋めに、とでも考えたでしょうか。
でも、本当に沖縄のことを想うなら、オスプレイそのものの受け入れに反対、と言って
欲しいですね。
私、以前『不幸の均霑プロパガンダ』という記事を書いたことがあるのですが、
一部の人が負っている不幸を、広く薄くばらまいて、皆で分担することによって、
問題の本質を見えなくしてしまう…そんなやりかた…。
瓦礫受け入れ騒ぎなどがそれですね…
『福島の野菜を食べよう』キャンペーンなどもそうです…。
なぜ、福島の野菜が放射能汚染されてしまったか、
同じ悲劇を繰り返さないためにはどうすればいいのか、
困窮する福島の農家や酪農家、漁業の人々…その方たちを本当に支えるには
どうすればいいのか。
福島の子供たちに汚染された食品などを食べさせないようにするには、今すぐ
何をしたらいいか…
その本質的に重要な緊急の手立ては置いたまま、ただ野菜を食べろのキャンペーン。
そうやって、全国を薄く広く汚染させれば、福島の被害が見えにくくなると同時に、
人々の『善意』を踏み絵のように利用することによって、人々が反目しあうようにし、
人々を分断していく…
そして、本当に戦うべき相手を見えなくさせてしまうのです。

『偏った米軍基地の負担軽減を目論むならオスプレイを飛ばさないで!と言えばいいことだと思います。』
しほさんのおっしゃる通りですよね!

…今日は蒸し暑かったですね。
じめじめした梅雨もいやだけれど、空梅雨になって水不足、というのも困ります…
うちの近くの川は、すっかり干上がっています…
極端な気候も、ほんとに心配ですね。

しほさんも、熱射病などにお気をおつけくださいね。
いつもありがとうございます♪

No title

 御指摘のとおり、いつまでも西川議員の肩を持つのは本意ではないですが、いくら管理人さんが力説されても譲れないことはあります。ですが、これ以上引きずるのも不毛です。ですので、ここでは私の最後の主張を申し上げ、それに対して管理人さんがどう言おうとも、それ以上私は反論しないこととします。

 まず、私がなぜ「曲解」と思ってしまったのか。前回の投稿で語ったつもりだったのですが、何か違ったとらえ方をされたようなので、もう一度少し言い方を変えて申し上げてみたいと思います。
 以前にも言いましたが、私は西川議員の主義・主張についてよく知りません(知りたくもないですが)。ただ、自民党の割と右寄りの考え方の範ちゅうに入る議員であることは間違いないようです。管理人さんの話ですと、河野談話の撤廃に賛成しているようですしね。それはともかくとして、自民党や平成維新の会の右寄りの議員であっても、戦時中に出征した兵士の相手を慰安婦がしたことや、軍が性病の蔓延を防ぐ措置を取ったことなどを否定はしていません。つまり、慰安婦の活動に軍が「関与」したことまでは認めています。彼らが主張しているのは、いわゆる制度として慰安婦を募ったり、強制的に集めたりすることについて、軍が関与した証拠がない、ということです。すなわち、「強制性の否定」というやつです。これに対し、かつて慰安婦だった(と名乗る)女性の存在やその証言こそ動かぬ証拠である、と主張する勢力、さらにはそれらの女性の証言には歴史的事実と符合しない点が多くて到底納得できない、と主張する勢力もあります。
 少し、話が脇に逸れました。西川議員の主張も前段で述べた自民党の同僚議員の考え方から大きく踏み越えることはないでしょう。すなわち、「そういう組織はなかった」というのは、「軍が制度として構成した、慰安婦が複数存在した集団組織」がなかった、というのだろうと、私は解釈しました。
 それに対し、管理人さんは、あたかも西川議員が自らの発言を通じて、戦時中に日本の兵士を相手にした慰安婦そのものが存在しなかったかのように伝わるように、策を弄している、と解釈したのでしょうか。もし、そうならば、管理人さんが問題視したもう一つの発言である
『いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話です。』
の内容と符合しません。この発言の中の「どこの軍隊でも」というのには、当然日本の軍隊も含まれるわけであり、日本の兵士を相手にした慰安婦そのものが存在しなかったかのように伝えようとする意図的レトリック、とは矛盾すると私には思われます。
 もっとも、これは「見解の相違」というのが結論なのでしょう。これ以上、論争しても水掛け論になりますので、冒頭で述べたとおり、この件についてはこれ以上、私は何も申し上げません。

 次に、今回の御返事文②の中の「大きな大きな誤解」についてですが、正直言って、私が何をどのように誤解したのかが明確には説明されていなかったので、コメントしづらいのですが、何とか想像してみます。まず、その後の文章で
『『女性が売春行為を行うこと』に 怒っているわけでは決してありません。』
としておられた、ということは、そのまま素直に読むと、管理人さんは売春行為そのものは必ずしも否定的ではない、とも受け取れます。でも、もちろんそうではないですよね。要するに、どのような事情があろうと、結果的に売春行為をせざるを得ない状況を作り出した勢力に対して憤りを持っているということですよね。そうであるならば、私は特に誤解はしていないと思いますけれどもね。
 あと「殆ど怨念にも近い形で糾弾する様」という表現を私が使用したことに対し、無礼である、という御指摘、まあ、そう思われてしまったのであるならば、私には返す言葉はありません。その点は謝罪します。

 ですが、最後に一点、これだけはどうしても看過できないということがあったので、申し上げます。今回の御返事文②の中で、
『私が女性に対し怒るとすれば、 銃後の婦人の貞操のことを説きながら、戦地で男たちが慰安婦の体を利用することを しかたのないことと容認する…、そういうダブルスタンダードに鈍感であったかつての 国防婦人会のような存在のことです。』
という部分がありました。私は、直感的にこの内容には違和感が湧きあがったのですが、とりあえずは「国防婦人会」なるものがどのような性質の団体であったのかをネット検索してみました。要するに、軍部の指導で組織されたこと、幹部に地位の高い軍人の夫人が就いたことが、この団体の性質を端的に表しているのでしょう。そのことを前提にして、「銃後の婦人の貞操のことを説きながら、戦地で男たちが慰安婦の体を利用することを しかたのないことと容認する」という態度をとるように、この会の会員である兵士の夫人たちに啓蒙(または強要)する、というのは、あっても不思議ではない、と思います。出征した兵士が自分の妻がもしかしたらと浮気しているのではないか、という疑念を持つような状況は士気に関わるだろうし、また、特に若い兵士はその欲望をどこかに発散したいという欲求は当然のことであり、それを抑圧することもまた士気に関わるだろう、というように言われては、残された夫人たちは自分の本心はともかくとして、そのような啓蒙(または強要)を受け入れざるを得ないでしょう。ですので、夫人たちは批判の対象にはなり得ませんし、またこの組織の幹部の地位の高い軍人の夫人にしても本心はどうあれ、その立場上、この啓蒙(または強要)をせざるを得なかったでしょうから、批判の対象とはしにくいですね。したがって、もしこのような啓蒙(または強要)を不当と看做して批判するのであるならば、その矛先はそのような指導をした軍部であり、さらに管理人さん風に言えば、そのような状況を作った戦争そのものということになるかもしれません。そうなると、この場合、女性というのは批判の対象とはならないわけです。いったい、管理人さんの怒りの矛先の女性とはどのような女性なのでしょうか。
 また、「ダブルスタンダードに鈍感」というのがありました。「ダブルスタンダード」というのは、兵士の夫人である女性には貞操を守ることを啓蒙(または強要)するにもかかわらず、出征した兵士にはそれを求めずに慰安婦を相手にすることを許容するということですよね。確かに男性と女性の間にそのような差を認めるのは、公平の観念からも矛盾することです。でも、この矛盾というのは、その立場に置かれた夫人ならば誰もが意識するものではないでしょうか。それを口に出すことができないだけで。ですので、幹部である地位の高い軍人の夫人も含めた女性に対して、「ダブルスタンダードに鈍感」だから、怒りの矛先となる、というのも納得しづらいですね。もし、「ダブルスタンダードに鈍感」と批判するならば、前の場合と同様に軍部、さらに細かく言えばこのような指導を推進した軍幹部の軍人、がその矛先となるのではないでしょうか。
 ということで、いずれにしても、国防婦人会という括りがあったとしても、少なくとも軍人・兵士の夫人に怒りの矛先を向けるのは筋違いだと、私は考えます。
 もっとも、以上のことはネット検索で調べた数行の国防婦人会の記述をもとにして、いわば表層的な知識と思い込みに近い想像で、上記のような考えに至ったに過ぎないシロモノです。当然、管理人さんのことですからこの辺の事情には精通し、私の粗末で陳腐な想像など呆気なく破壊できるような論拠をもって、この考えなど一蹴できるはずです。そのことに期待しつつ、私は管理人さんにこの辺の事情の説明を求めます。私も、誤りがあれば是正したいですから。

 ということで、図らずしもかなりの分量となってしまいました。本当ならば、この先に例の橋下市長の発言について言及するはずでしたが、あれから更なる発言がなされるなどして、いささか状況が変わってきました。そういう事情もありますし、さすがにこの話題に関わることにも疲れました。まあ、ほかにも言いたいことは沢山あるのですが、本投稿の冒頭での約束もありますので、ここで打ち止めにすることにします。
 最後に、今回の一連の投稿内での私の発言は、はっきりいって管理人さんをある程度挑発するものでもあり、それにより、管理人さんは何度も気分を害されたことと思います。その点は心より陳謝します。ですが、「これに懲りて今後は管理人さんの気分を害するような投稿は致しません。」ということは言いません。今後も管理人さんを挑発するような内容の投稿をするかもしれません。私は管理人さんがそれを受け入れることのできる度量の持ち主と信じていますから。

まぁ、まぁ…

彼岸花さん、こんばんは。
橋下大阪市長の従軍慰安◯の発言に始まり、「八尾市に米軍のオスプレイを飛ばす」の降って湧いてきた話にビックリ仰天です。
偏った米軍基地の負担軽減を目論むならオスプレイを飛ばさないで!と言えばいいことだと思います。
大阪市長の発言に安倍首相が飛びつくのも変だなとおもいます。
大きな都市と言えども地方自治、市長の発案ですしね。
直感は大事ですね。

梅雨入りすれども雨降らず、、、。まあいいですよね…
少しは降って欲しい気持ちもありますが、まだ6月に入ったばかりですしね。
こんな時期は気を付けないと。体調崩されませんように。

Re: ウッドスタインさんへ ①

ウッドスタインさん、こんにちは。
どうか、お返事のスピードはお気になさらないでください。
これだけ微妙な内容についての長いコメント、頻繁にかわすのはお互いに大変です。
とりわけお仕事をなさっておいでの方が、ウイークデーの夜、このような内容の
文を集中してお書きになるのはお疲れになるだろうと思います。
お時間がおありの時にゆっくりいつでもどうぞ。

さて。内容についてですが、西川議員のことでいつまでもこうやって
コメントが続くのもお互いに意図するところではないのではないでしょうか。
ウッドスタインさんも、行きがかり上、図らずも彼女の弁護をなさるのも
本意ではないでしょうし、私も、先に進みたいと思います。


ただ、私個人は、下線を引いた2か所のような議員の発言については、軽く
見過ごすことは出来なかった、とだけ言っておきたいと思います。

「『従軍慰安婦』という言葉がそもそも戦争中は使われていなかったのだから
従軍慰安婦、というものも存在しなかった」という言い方は、『原発ジプシー』という言葉が
使われだす前は、流れものの原発労働者もいなかった、というのと同じだ。
以前はそう言う言葉がなかったのだから、そういう存在もなかったのだ、という言い方は、
それこそあまりにも乱暴ではないでしょうか?」と私は書きました。
それに対しウッドスタインさんは
私のその言い方を、『思いこみ』『曲解』だとお書きになっています。
しかし実際に、産経ニュースなども、
『 古くからの産経読者はご存じの通り、戦時中に「従軍看護婦」「従軍記者」は確かに存在していたが、当時「従軍慰安婦」なるものは存在していなかった。これは戦後の造語なのだ。』という書き方をしています。
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130601/plc13060107020004-n1.htm

『従軍慰安婦』という言葉が、戦後マスコミによって造語されたものだからと言って、
慰安婦の存在そのものがなかったわけではないでしょう。
それなのに「『従軍慰安婦』というものはなかった」と、その存在そのものが
なかったと聞こえるように言いきってしまう…
…こういう使い方をする者が世にあるということの実例だと思います。
ネットにはこういう考えをそのまま受け売りにしたサイトがいくらでも氾濫しています。
私が言いたかったのは、こういう表現の乱暴さ、あるいは意図的なレトリックのことです。


私の基本的なスタンスは、
この問題を『従軍慰安婦』という用語の問題に矮小化して考えるのではなく、
そうやってこの問題から目を逸らそう、逸らさせようとする態度ではなく、
そういう女性たちの存在があったということ、そのことそのものを直視して問題にしたい、
と思っているということなのです。
そういった私の感覚からすれば、西川議員の
『いわば、この「いわゆる従軍慰安婦」という言葉自体、これがまあ朝日新聞その他の
マスメディアが作ったいわば戦後の造語でありまして、そういう組織はなかったんですね』
といういい方は、いかにも軽く、また誤解を生みかねない表現だと思います。
というよりは、確信的におっしゃっているように聞こえます。
この5月28日「河野談話」の撤廃を求める緊急国民集会が開かれた、という産経ニュース
の同じ記事の中には、西川議員も駆けつけた、ということが書いてあります。
彼女の政治姿勢が見えるように思います。
(いいとか悪いとか言っているわけではありません。)

(下に続く)↓

Re: ウッドスタインさんへ②

『女性が売春行為を行うことやそれに付随する負の側面に対して、殆ど怨念にも近い感覚で糾弾する様を目の当たりにするにつけ、もしかしたら私が前段部までに作成した文章が、まったくの徒労であったのかもしれないと感じていたりもします』

そうウッドスタインさんはお書きになりました。
私も、こうやって書いていて、非常な徒労感と一抹の悲しみを感じます…
私の文をお読みになってどうお感じになるかはその方の勝手でしかたがありません。
私の不徳の致すところだと思いますが、
『ほとんど怨念にも近い形で糾弾する様』という表現は、ブログに訪問してコメントをお書きになる方の
態度としては多少失礼かと存じます。^^

また、大きな大きな誤解もあります。
女性が売春行為を行うことやそれに付随する負の側面に対して、殆ど怨念にも近い云々…』
と、ウッドスタインさんはお書きになっていますが、私は『女性が売春行為を行うこと』に
怒っているわけでは決してありません。
私は慰安婦問題に関しては、明確に女性の側に立っています。彼女たちが、
拉致の証拠のあるなしの如何にかかわらず、そういう境涯に身を置くことになったこと…
そのことを責めることがどうして出来ましょうか。
私が怒りをぶつけているとすれば、それは、戦争を利用し売買春を生業として、
おんなたちをもののように扱う男たち、そして、兵士には慰安婦が不可欠、と考える
軍や橋下氏などの一部の男社会の論理に関してであって、そういう境涯にある女性たちに対してでは
決してない、ということをはっきりと申し上げておきたいと思います。
また、私が女性に対し怒るとすれば、
銃後の婦人の貞操のことを説きながら、戦地で男たちが慰安婦の体を利用することを
しかたのないことと容認する…、そういうダブルスタンダードに鈍感であったかつての
国防婦人会のような存在のことです。
その感覚と、『いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話です。』
と軽く言いきる議員の感覚が、なんと似ていることか!
私にはそう感じられたのです。
ここには、議員言うところの『単なる売春行為』をしていた、させられていた女たちの
側に立った目線があまり感じられないように私には思えてなりません…。

同じ言葉でも、人によって聞こえ方が違う…受け止められ方が違う…
それは仕方のないことです。

そういった意味で、ウッドスタインさんの西川議員発言に対するお感じ方…
それは尊重させていただきたいと思います。
ですから同様に、私の発言も、このひとはこういう感じ方なんだ…と思っていただけると
ありがたいです。

丁寧なご意見、ありがとうございました…

No title

 昼休みに投稿したものに対し、その日の夕方には長大な内容の御返事をして下さり、恐縮しています。それに対しては私も早く返答すべきなのでしょうが、この歳になると平日の夜にPCの前に長時間座り続けるだけの体力・気力が継続しづらくなってきました。なるべく早期に返答できるように努力しますが、今回のように日数を重ねる場合もありますので、その辺りは御容赦を。あと、本当は橋下市長の発言に関することについても言及すべきことはあるのですが、なかなかそこまで辿り着きません。というのも、管理人さんの御返事内の発言には、単に物の考え方の相違ということだけでは片づけられないものもあったわけで、今回はその点について私なりの解釈を示しておきたいと思います。

 別に私は西川京子議員の支援者でも自民党の支持者でもないですし、議員の発言を弁護する義理もないわけで、図らずしもそのような立場になったのは因果としか言いようがないのですが、仕方がないですか。
 管理人さんが西川議員の発言内で気になり、アンダーラインを施して部分は、
『そういう組織はなかったんですね。』
『いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話です。』
の、2か所でした。まずひとつめの発言は、要するに、当時の軍が直接的に慰安婦を募っておらず、したがってそのための組織、または集まった慰安婦の集団を組織化したことはなかった、また、実際に複数の慰安婦を束ねる組織が存在したことはおそらく西川議員も認めるところでしょうが、その組織を「従軍慰安婦」とはその当時は呼んでいなかった、ということを言いたかったのではないでしょうか。南京大虐殺の場合と同様に、議員の歴史認識が述べられたものです。これは、飽くまで議員本人の見解であり、これをもって管理人さんの返答文②の後半部に示されたような解釈をすることに関しては、私は懐疑的であり、あえて言わせてもらえれば、管理人さんの曲解だと思います。とはいえ、字面だけ追えば、管理人さんのように思い込みの激しい人ならば、返答文②の後半部に示されたような解釈をしてしまうのも無理はないのかな、という気もします。
 それよりも問題なのはふたつめの発言ですね。まず後半の「いつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話」というのは、どんな歴史学者であろうとジャーナリストであろうと遍く戦争の実情を把握することは不可能であるわけで、そういう意味では断定的な物言いをしてしまっているこの文言は不正確です。ただ、実態はどうなのか、というと、私がこれまで見聞きしてきた報道や資料の記事、そして評論家や実際に戦場に赴いて取材活動を行った経験のあるジャーナリストの話などを総合すると、残念ながら西川議員の発言内容に近い実態はあるようです。と言っても、私にとっては二次、三次、もしかしたら四次情報に基づいての推論ですから確信はあるのか、と言われたら、「ある」とは言い切れないですが。
 ということで、管理人さんの最も琴線に触れただろうと思われるのが、「単なる売春行為」という表現ということになるのでしょうね。確かに、現代の価値観において現代の女性が、このような発言に触れて何も思わない、ということはないのでしょう。売春行為自体とんでもない話なのに、それに「単なる」という修飾語をつけて、より重みのないものにされることには、それなりの憤りがあるものと想像できます。ただ、以下のような解釈は成り立ちます。すなわち、西川議員の発言の中にもありましたが、売春禁止法が施行されるまでは売春は合法だったわけで、そういう意味では「売春婦」という職業は正当な存在であり、したがって「単なる売春行為」というのは「単なる職業行為」であったということになるわけです。繰り返しますが、売春の是非というものを度外視して、理屈だけ考えれば、このような結論になります。現在もそうですが、この当時も日本は法治国家でしたから、社会通念上、または倫理的に問題があったとしても、当時の法制度下という括りの中では、「単なる売春行為」という言い方には、一定の合理性があったと考えられます。ですので、この一連の理屈を踏まえたという前提に立てば、この西川議員の言い方もあり得ると、私は考えます。
 御気持ちはわかりますよ。戦争は嫌だ、売春は嫌だ、買春なんてとんでもない、等々。これは、おそらく西川議員だろうが、右寄りの論客、例えば桜井よしこ氏、金美鈴氏だろうが、思いは同じだと思います。ただ、予算委員会の質疑で政府の姿勢を質す際の文言は、本人の主張をより明確にするために、それを修飾する説明的部分において、このようにやや極端な表現を採ることもあり得ると思われ、そういう意味では、議員の発言は言葉足らずによる説明不足であったとも言えるでしょうね。

 以上、管理人さんの気になった2か所の発言内容について、私なりの解釈をしてみました。もっとも、これは飽くまで私個人の見解であって、おそらく管理人さんには受け入れ難いものでしょうね。返答文③及び⑤に示されたように、女性が売春行為を行うことやそれに付随する負の側面に対して、殆ど怨念にも近い感覚で糾弾する様を目の当たりにするにつけ、もしかしたら私が前段部までに作成した文章が、まったくの徒労であったのかもしれないと感じていたりもします。まあ、別に受け入れてくれとは言いませんが、他の解釈もあり得るということだけは、了解しておいてください。
 「反自虐史観」の話が残りましたが、これは国の政策に関わる話なので、別の機会を見つけて、触れてみたいと思います。

Re: ウッドスタインさんへ⑤

さらに。

『歴史的事実として確定していないもの、大きく意見の分かれているものに関しては、その一方の考え方のみに基づいての推論による一つの結論を、あたかも事実であると断定するかのように入学試験の問題に出し、正誤をつけて採点し、合否を決める要素とするのは公平ではないし、誤った知識を受験勉強する児童に植え付ける可能性がある、という主張は、まあ妥当だろうと思います。』
とおっしゃるウッドスタインさんのおことば。私も賛成だと先ほど申し上げました。
その点は彼女の言うことはその通りだと思います。
しかし、真っ向からの反論で申しわけありませんが、その彼女自身の、

『で、その実はその問題に関して、学校現場で教えている教科書、あるいは入試の状態、そういうのがこの戦後ずっと日本の教育界、あるいは歴史学界を覆っていた自虐史観、反日思想、これが色濃く出ている、まだまだ出ている今の状況、これに大変憂慮を持っております。』
という発言自体、そして安倍内閣の方針というものが、これまた、
反自虐史観という一方的な価値観歴史観で論が進められてはいませんか?
先月28日。教科書会社の教科書検定の見直しを検討している自民党の部会が、
教科書出版会社の社長らから編集方針などを聴いた。教科書の記述内容をめぐり、
南京事件や慰安婦問題などの質疑が続いた。党側は「出版社に圧力をかける考えはない」と
説明しているそうですが、これを政権担当政党よる圧力とは考えられませんか?
私は、時の政権が、教育に妙に口出しをすることを、常に胡散臭いものと
捉えています。それは右も左もありません。
教科書の記述に公正を求めるならば、自らもまた、歴史の事実に謙虚であり
真に中立公正であってほしいと、私は強く思います。

南京事件、韓国人従軍慰安婦の軍による強制があったかなかったか、
という問題などに関しましては、私はまだ軽々に語る資格がありません。
率直に申しまして、原発問題などに比べれば、関心が薄かったというのが
正直なところで、読んだ資料もまだ足りないです。
直感で何かを感じてはいますが、それではここに書けない。
ですから、私自身も、こういった問題には、まだまだ勉強して、自分なりに公正に
いずれ考えを組み立てたいと思います。

私が真に憎むのは、そして言いたかったのは、『従軍慰安婦』という言葉の
定義などの事ではなく、また、その言い方などではなく、そういったものに該当する
仕組みを作りだした戦争というもの、そのものです。
男が女を虐げているかどうか、そんなことも論点の一番に来ることではありません。
戦争は異常です。
戦場というところ…そこへ男たちを送り出すこと…
戦闘行為による命の恐怖と飢餓や疫病、現地の人々の襲撃、軍内部の苛烈な規律…
そうした極限状況に人間を兵士として送り出すことの異常を念頭に置いて書いています。
それは言葉を絶するものでしょう…
男たちのつらさ…兵士たちの精神状況…それを私がわからないとお思いでしょうか。

でも、そこで、それを慰めるために女が必要…
私には、その論理はどうしてもわかりません。
さらにその先の、おんなたちを商売人の売○婦と呼ぶか、慰安婦と呼ぶか、などという問題は
さらに私には本質的でない議論のように思えます。

この問題を私は、戦争を二度として欲しくない、そういうところへ男も女も
日本人も韓国人も送り出したくない…そういう想いで書いています。

風ゾクなどの男女間の微妙な問題は、また別の問題として書くか…同じ記事の中に書いて行くか…
まだちょっと書いてみなければわかりません。
そこが私の困ったところですが、これでもいつも、計算しつつ、全体を見渡しつつ
書いてはいるつもりです…

ご意見ありがとうございます。
勉強は半ば。いろんなお考えの方のご意見、謙虚に伺いたいと思います。
またいろいろ読んで、自分の意見を時に訂正したりしつつ構築したりしていきたいと思います。
でも、選挙が近いので、急がねば…


映画や音楽のことは、ウッドスタインさんに比すればまったく無知に等しいですが、
植物のことは、…私の方がほんのちょっとだけ詳しいでしょうか?

Re: ウッドスタインさんへ④

私は、西川議員の普段の活動については正直言ってそう詳しくは知りません。
Wikiによれば、『政策』の欄に、
『 反ジェンダー的な思想を持ち、男女共同参画の取り組みを批判している。
選択的夫婦別姓制度導入に反対する。』とあります。
Wikiの記述がすべてではないし、おそらく立派な方なのだろうと思います。
でも、予算委員会での代表質問というものは、いわば公式も公式、その議員さんの
公式見解が出るものですよね、普通。
そして普段の価値観も出るものだろうと思います。

ただ後半部の私の、『良家の子女は清浄な存在であるから男の性の捌け口となって蹂躙されるのを断固守ってやるべきであるが、慰安婦や売春婦になるような貧しい身を持ち崩した女は、自らが敢えてそれを選んだのであってそこには同情の余地はない。…そんな考え方の人なんだろうなあ…』
という部分に関しましては、明らかにただの推測と決めつけであるというウッドスタインさんの
ご指摘はもっともと考えます。ここで西川氏に言い過ぎをお詫びしておきたいと思います。

このWikiの『反ジェンダー』云々という記述のもとになった彼女の発言も調べてみましたが、
「ああ…なるほど。やはりそういう考えの人か」と思います。
しかし、話がどんどん膨らんでいくので、ここではふれないでおきます。

Re: ウッドスタインさんへ③

『戦場に兵士が行く時には従軍慰安婦がついて行くのは他の国でも当たり前…
というような発言を女性議員がした』と私が書いたことについて。

ウッドスタインさんは『少なくとも動画内ではそのような発言はありませんでしたし、
またそのような考えをこの議員が抱いているとは私には思えませんでした。』と
お書きになっておいでですが、
2番目の下線部のところで彼女は、『いわば単なる売春行為である、
それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話です
。』とはっきり言っています。
私はこの言葉に非常に引っかかって、この批判文の中に彼女のことを書きました。
そこが、私が、『戦場に兵士が行く時には従軍慰安婦がついて行くのは他の国でも当たり前…
というような発言を女性議員がした』と書いた所以です。

というと、売春行為と従軍慰安婦のしていたことは違う、という話にまたなりそうですが、
実質においてその両者のどこが違うのでしょう?

『単なる売春行為』と彼女はあっさり言いきっていますが、また、いつの時代の戦争にも
どこの軍隊でもある話だと言いますが、この感覚が私には同じ女性として理解できません。
いつでもどこでもある話なら、それは容認されるものなのですか?
また、極端とウッドスタインさんに言われるかもしれませんが、それでは、例えば幼女強姦なども
いつでもどこの国でもある話だと言いきって、それで済ませることが出来るのでしょうか?

『単なる売春行為』と彼女は言いますが、仮に戦争中のそれを、随意の業者とおんなたちと
兵士たちによる『売春、買春』という『単なる』商売であったとして話すとしても、
そうした商売に昔から多くありがちな人身売買的な要素や嘘の勧誘や、ピンはねなどの搾取や
劣悪な労働(私は個人的にはそれを『労働』と呼びたくありませんが)環境など
そうしたことに知らぬ顔して、『単なる売春』と言いきる感覚が、私には同性として
理解できませんでした。
よく、『自分が好きでなったのだから』という言い方がされますが、
原発労働者もそうですが、その一言で片づけていい問題でしょうか。
東電は数万円も払っているのに、作業員には8000円くらいしか渡らぬ搾取の構造…
それは何も原発作業員の事だけでなく、中国などから研修生の名目で日本に来た
労働者が中間搾取されている実態などもテレビで見たことがあります。
こういった問題を全て、『そう言う人は好きでなったんだから、そういう仕事に
好きでついたのだから』という自己責任論で押し切ってしまっていいのでしょうか。
また、全ての売春婦が好きでなったのだなどとは到底言えないと思います。
『単なる売春行為』という言葉に、私はこの問題の深い社会的背景に無頓着な、という、
そんな感じを受けたのです。また戦争に女がついて行くのはどこの国でもある話、
という感覚にも、非常な違和感を感じました。

Re: ウッドスタインさんへ②

そこで西川議員は、このように言っています。
ある教科書記述を指して、ですが、

『この右上の日本史の教科書、これは、ある出版社が出しているところで、大体50%ぐらいのシェアを持っております。
この中で、ちょっと説明、ひとつのところ読んでみますが、「戦地に設置された慰安施設には朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められ、いわゆる従軍慰安婦」とあります。いわば、この「いわゆる従軍慰安婦」という言葉自体、これがまあ朝日新聞その他のマスメディアが作ったいわば戦後の造語でありまして、そういう組織は無かったんですね。
当時のいわば、また女性の私が申し上げるのも大変心痛む話でありますが、貧しさゆえのいわば売春、それは、この日本が統治している時代の朝鮮においても、このキーセン学校と、ここの左右下にもありますが、学校、そういうまあ、いわば、風習というか、そういう制度は公にあったわけですね。で、日本でも昭和34年でしょうか、売春防止法、これの前までは公に当然認められていたという職業としてあったわけで、そういう中でのこの軍隊と一緒にそういう施設がついていったという中での、まあいわば売春の話が、これがまあいわばメディアのひとつの造語の中で、軍が関与して略奪してつれてきて連行して、性奴隷にしたというような大変ひどい話になっているのが、今の従軍慰安婦のアメリカでの韓国の色んなロビー活動の問題なんですが、そういう中で、まだきちんとこれは検証して、いわば単なる売春行為である、それはいつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話です。なぜ異例に日本軍だけがここまで貶められて言われなければいけないのか。』

下線部は私が今回引いたものですが、彼女の発言の全体のトーンもさることながら、
私にはとりわけこの2つの箇所が気になりました。
ウッドスタインさんがおっしゃる通り、また西川議員その人も言っておられる通り、
『歴史的事実として確定していないもの、大きく意見の分かれているものに関しては、
その一方の考え方のみに基づいての推論による一つの結論を、あたかも事実であると
断定するかのように入学試験の問題に出し、正誤をつけて採点し、合否を決める
要素とするのは公平ではないし、誤った知識を受験勉強する児童に植え付ける可能性がある』
という主張は、私も実はその通りであると思っています。
ですから、大きく評価が分かれる南京事件、韓国人の従軍慰安婦の問題に関しては、
自分でももっと調べてみないことには、自分なりの考え方はまだ書けないと
思っているところです。私の心の中では大きく片方に傾いているのは事実ですが、
そういう自分の勉強不足のこともありますので、これまで記事としてはっきり
断定してきたことはないつもりです。
しかし、しかしですよ。そうおっしゃる当の西川議員が、最初の下線部のところで、
『そういう組織はないんですね』と言っていませんか。
そういう組織、とはどういう組織を指して言っているのでしょう。
教科書にある記述の『戦地に設置された慰安施設には朝鮮・中国・フィリピンなどから女性が集められ』
という慰安施設そのもの、そう言ったものを経営する人々や女性の集団そのものを
指して言っているのならば、それはそれこそ言い過ぎだと思いますし、
もし仮に「『従軍慰安婦』という言葉が、戦後言われ始めたものであって、
そう言う言葉は戦中にはなかったのだから、そう言う組織自体もなかった」
と言っていらっしゃるのならば、極めておかしな話ではないでしょうか。
『原発ジプシー』という言葉は、フリーライター堀江邦夫が1979年に発表した
ノンフィクションで初めて使った言葉ですが、それでは、それ以前には『原発ジプシー』
という言葉がそもそもなかったんだから、堀江が自ら原発に作業員として潜入して
書いた、労賃をピンはねされたり、被曝管理もずさんな中働いていた流れの
原発作業員たちの存在も、堀江の造語以前にはなかった、と言っているのと
同じではないでしょうか?
以前はそう言う言葉がなかったのだから、そういう存在もなかったのだ、という言い方は、
それこそあまりにも乱暴ではないでしょうか?

Re: ウッドスタインさんへ ①

ウッドスタインさん。こんにちは。
早速のコメント、ありがとうございます。

憲法改正が次の選挙の論点になりそうもない、という点は、むしろ
私などには不安要素です。経済などうまく行っているように見えるものを
表に出して、とりあえず選挙に勝ち、その後は好きなようにやる、というのでは
もう手が出せなくなってしまいますものね。

さて。
西川京子議員の予算委員会での発言に対する私の書きようですが、
これは確かに言いすぎ、ということは反省しなければなりません。
まあ、自分でも極論かな、というふうに感じつつ書いてしまいました。
いくら素人の個人ブログとはいえ、書き放題、言いたい放題というのは
よくないことだと私も思います。
ただ、根拠なしに想像だけで私も書いたわけではありません。
その朝、彼女の質問をラジオで聴いたとき受けた感じを、私も確かめたいと、
あとでネットで探して映像を見つけました。たぶんウッドスタインさんが
ご覧になった映像と同じものかもしれませんね。さらに、耳で聞いただけでは
聞きもらしもあるかもしれないと、国会速報を書き起こししてくれている
サイトがあるんですね。そこを何回か見つつ確かめつつ書いています。
該当するものはこれです。
http://kokkai-sokuhou.iza.ne.jp/blog/entry/3049885/

No title

 この後も書き継がれるということなので、基本的にはそれを見守っていこうと思いますが、そもそも管理人さんが採り上げようとした憲法改正については、どうも来月の参議院選挙での争点にはなりそうにないようです。と言っても、油断はできないというところですか。それで、兎にも角にも管理人さんから、この件について意見を述べてもいい、というお許しが出たようなので、いっぺんには無理ですが、折を見て少しずつ投稿していきたいと思います。

 私はこの項を読んで、まず行ったことは、4月10日の衆議院予算委員会の西川京子議員の質疑応答の内容がどのようなものかを確認することで、幸い、ネット上に動画がアップされていました。質疑の内容ですが、冒頭部のいわゆるアベノミクスをヨイショする件はお決まりのこととして、議員の主張の本旨である自虐史観に基づいた歴史認識に関することを試験問題として出題するのはいかがなものか、という意見はそれなりに説得力がありました。自虐史観云々については左右で意見の相違があるでしょうが、歴史的事実として確定していないもの、大きく意見の分かれているものに関しては、その一方の考え方のみに基づいての推論による一つの結論を、あたかも事実であると断定するかのように入学試験の問題に出し、正誤をつけて採点し、合否を決める要素とするのは公平ではないし、誤った知識を受験勉強する児童に植え付ける可能性がある、という主張は、まあ妥当だろうと思います。
 そして、この質疑での議員の発言から管理人さんは、
『戦場に兵士が行く時には従軍慰安婦がついて行くのは他の国でも当たり前…というような発言を女性議員がした』
としていましたが、少なくとも動画内ではそのような発言はありませんでしたし、またそのような考えをこの議員が抱いているとは私には思えませんでした。もちろん、私は西川議員の普段の発言であるとか政治活動については全く把握しておらず、逆に管理人さんは十分に把握しているかもしれないので、断定的なことは言えないのですがね。
 また、管理人さんは、本文ではそのあとに、
『同じ女性でありながら、そこには慰安婦と俗に呼ばれるようになった女性たちの境遇への想像力というか、想いがない…
(中略)
良家の子女は清浄な存在であるから男の性の捌け口となって蹂躙されるのを断固守ってやるべきであるが、慰安婦や売春婦になるような貧しい身を持ち崩した女は、自らが敢えてそれを選んだのであってそこには同情の余地はない。…そんな考え方の人なんだろうなあ…』
と、しています。
 「どくだみ荘日乗」は管理人さんの個人的ブログですから、どのような意見や思い込みを表明されても、他者が苦情を言える筋合いのものではないということは以前にも申し上げましたが、ここまで読んだだけで、私はかなりいたたまれない心境になりました。この、物の言い様、取り方によっては西川議員に対する強烈な偏見・侮辱とも解釈され得るわけですし、そこまでではないとしても、このような決めつけをしてしまうのは、よほどの根拠がない限り、するべきではない、というよりも、私ならば、できませんね。とにかく、あそこまで管理人さんは言い切っておられるのですから、この質疑以外に根拠となるようなものがあるのならば、ぜひ提示していただきたいと思うのですが、どうでしょうか。

 この西川京子議員の件の後も、本文では管理人さんによる力説は続きます。ここでは、洋の東西を問わず、いかに男性という生き物が女性を蔑んできたか、さらに発展して、強者による弱者への扱いの惨さなどが言及されていました。この間のことについても言いたいことはありますが、それは後の機会に譲るとして、もう一つ気になったことを付け加えておきます。

 前々回の私の投稿に対する管理人さんの御返事のコメントの中に、私が「自他共に対し言語に厳密で」あるというのがありました。そのような自信はないのですが、その態で言わせて頂ければ、単に「従軍慰安婦」と言ってしまう、あるいは記してしまうことは、気になりますね。前出の西川議員の質疑中の言によれば、
『「従軍慰安婦」という用語自体は、朝日新聞その他のマスメディアによる戦後に作られた造語であり、そのような組織はなかった。』
ということでした。組織の存在自体は議論の余地があるにしても、「従軍慰安婦」という言葉が戦後の造語であるのはほぼ明らかなので、私としては安直に使うことには抵抗があり、もし、どうしても使いたいならば「いわゆる従軍慰安婦(問題)」、若しくは単に「慰安婦」とするべきなのが、公平な立場だろうと思います。もっとも、吉田清治氏らが1980年代に著書や講演等で示した内容を信じるに値するものであるという立場を管理人さんがとられるならば、単に「従軍慰安婦」と言ってしまうことを、咎め立てすることはできません。ただ、管理人さんは、前々回の私の投稿に対する御返事のコメントの中で、
『この従軍慰安婦の問題を、まだ人に語るほど 自分には資料の裏付けなどがないと感じて』
と、ありましたので、一応申し上げておきました。後は、御自分の判断で。

 とりあえず、今回はここまでにしておきます。もうお気づきだとは思いますが、私はこの問題には割と関心はあります。ただ、その関心は必ずしも、いわゆる「強制性」を論点とした話ではありません。そのあたりも、機会があれば、今後詳らかにしていくつもりです。

 草花の話題にはついていけません。特に花を愛でる能力が、決定的に欠けているようです。どくだみ、と聞くと、天ぷらとお茶しか連想できません。できれば、そのような有効利用の仕方も提示してくれると、参考になります。

Re: ウッドスタインさんへ②

そこのところをうまく書ききれていないのだろうと思います。

まだこの記事は半ば。
確かに、
『そもそもなぜ慰安婦などというものが存在した(あるいは存在している)のか、
それを仮に根絶したいのならば、どのような措置が取られるべきだったのか
(あるいは取られるべきなのか)等々、私には問うてみたいことがあります。』
と、ウッドスタインさんがお書きになられたように、売○のことを突き詰めていくと、
いつからそれははじまったのか、そしてそれは人類にとって、いや男という性にとって
不可欠なものなのか、という、人類の歴史にまでさかのぼらねばならない
問題になっていってしまいます。
そのあたりは、私にも微妙なものがあります……
雲をつかむような議論になってしまい、どんどん焦点がぼけていくでしょう…
でも、次の記事では、その辺のことに関し、私なりの想いを何とか書いてみるつもりでいました…

ウッドスタインさんが、この記事の中味に関し、もっと書いていいかとおききになったことに対して
明確な返事を差し上げないのは、この記事がまだ終わっていないからということがありました。
記事を書きあげてから、それに対し反論なりなんなりしていただきたいという思いはあります。
途中の段階では、こう言っては失礼ですが、文の評価などにかまっていられない、というのが
正直な想いです。
でも、筆は遅く、ベアテさんのことも、その前に書いていた憲法のことも中断したまま…
その間にまた、私事に関することや、花の記事などはいりますと、記事が全部終わるのを
待ってもいられないですかね。…申しわけないです。

私のなかでは今回の記事と、ベアテさんの記事、そして改憲問題は一つに繋がっています。
それをうまくつないでいくのに、時間がかかり苦労しています。
全部書き終えて、というのは無理かもしれません。
ですから、ウッドスタインさん、どうぞ、その都度、ご批評戴いて結構です。
むしろ、ウッドスタインさんにお考えをお伺いしてみたい気がします。
男の方の、これらの問題に関するお考えを伺ってみたい。

『一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う』ですか…
確かにそれは言えますね。私もそれは感じています。
とりわけ、今のようにネットを誰もが使うようになると、まあ私などもそのうちの一人でしょうが
不確かな情報がいたずらに飛び交って、それがコピーにコピーを
重ねられるうちに、いつの間にか確かなこと、のようにされていってしまうことは問題です。
お互いがそのようなことを虚しく続け、不毛の議論が延々と続いて、結局何も生み出さない…
むしろその間に相対する者の間に憎悪だけが生まれ、事態の収拾が難しくなっていく。
それはあります。

でも、一方の人々が言うように、韓国人従軍慰○婦のことはなかったことにして、
議論はそれで打ち切り!ということにしていいのだとは私にはどうしても思えません。
それらのことに関しては、またウッドスタインさんのご意見等も伺いつつ、
また、書いて行きたいと思っています。
お互いに曖昧な書き方をしていても仕方がありません。
自分はこう考える、ということをどうぞ自由にお書きください。
猛然と、それこそ柳眉をさかだてて反論するかもしれませんけれども。(苦笑)

すみませんが、また原文のままでは『不正投稿』にされてしまいます。
伏字や、2回に分けて読みにくいことこのうえなしでしょうがお許し願います。
んと!書きにくいなァ…








Re: ウッドスタインさんへ①

ウッドスタインさん。こんばんは。

まずは祝いのお言葉を戴きましたこと、御礼申し上げます。
そうですね。あとは二人が思うように生きて行ってくれればいいと思っています。
私の役目はもう終わりました。^^
あとは自分の身の始末をつける準備をどうするか、かな?(笑)

さて。
まず『兵士に慰安婦は必要なのか』というタイトルの件ですが、これに対する反応は
実は私にとって意外でした。
私自身は、別に読んでいただく方に『必要ですか?それとも不必要ですか?』と
問いかけているつもりはなく、一種の反語表現として使ったまで。
私自身の内では『そんなものいらない』という結論は当然のこととして書きすすめて
行っていたつもりだったからです。
ウッドスタインさんのコメント読みまして、「ああ、そうか!この書き方では
私が質問を投げかけた、というふうにしか取れないのかな」と、曖昧なタイトルにした事を
反省させられました。
あらためて言わせていただきます。
『兵士には慰安婦が必要だ』という考えかたを私はどうしても容認できません。
それよりも、その根本に、そのような極限状態に男たちを送り込む、戦争そのものの悪を
私はこの文でなにより言いたかったのです。

確かにこの文は、論点がぼけて散漫になってしまっているかもしれませんね。
戦争そのものの悪を言うことと、そもそも男性が欲望を処理するのに売○や
風ぞくのようなものが不可欠なのかという問題と、両方を追いかけたために、
おっしゃるように多少強引な、大変に出来の悪い文章になってしまっていたかもしれません…
でも、私のなかでは、これらはいずれ一つにつながっていく問題なんですけれどね。

No title

 まずは御息女様の御結婚、おめでとうございます。確か、画家をなさっていたはずですね。これから自らどのような人生の図を描くのか、管理人さんも興味は尽きないのでしょう。円満な御家庭を築けることを!陳腐なセリフで、申し訳ありません。

 さて、前回は少し挑発的な表現をしました。それに対する管理人さんの反応は、7割方くらい予想どおりでした。そのことについては、後段で述べます。また、いろいろ言いたいことはあるのですが、まだ管理人さんから、私がこれ以上論を進めてもいいかどうか、という問いかけに対し、その意思表示がなされていないので、今回も具体的な内容には踏み込まないでおきます。

 まず「興奮状態」のことについて。
 管理人さんがそうではない、というならばそうなのでしょう。飽くまで私の勝手な想像ですから。ただ、そう思いたくなるような文章であったと私には受け取れました。確かこの項のタイトルは『兵士に慰安婦は必要なのか』ですよね。文章の内容の多くを、戦場での慰安婦が、過去(もしかしたら現在も)、いかに酷い境遇であったか(あるか)、で費やされていましたが、結局、結論は何なのでしょうか。必要なのか否か、ということですよね。こう言うと、結論は自ずから明らかだろう、という声が聞こえてきそうですが。
 少し脇道にそれますが、そもそもなぜ慰安婦などというものが存在した(あるいは存在している)のか、それを仮に根絶したいのならば、どのような措置が取られるべきだったのか(あるいは取られるべきなのか)等々、私には問うてみたいことがあります。もっとも、そのような問いを管理人さんにぶつけても、「ダメなものはダメ」という回答しか得られないのでしょうか。
 話をもとに戻します。もちろん、ここは個人の意見表明の場ですから、御自分の思い込みを一方的に吐き出すことに他人は何の苦情も差し挟む余地はないのですが、そういう場であれば、少なくとも私はそこを魅力的とは思わず、訪れる価値がないと思ってしまうでしょうね。そもそも、私がここに頻繁に訪れるようになったのは、私とはさまざまな面で考え方に違いがあるにもかかわらず、それを誠実に受け止めることのできる、管理人さんの寛容さと許容力のなせる業だったわけで、その業というのは管理人さんの作成する文章に依拠しているわけです。そういう目で見た今回の文章というのは、これまでに見た管理人さんの文章とは何となく異質なものに私には見えました。何か、強固な拒絶力が行使されているような。これは冷静さを失っているのではないか、と、私には思われたのです。

 次に、管理人さんの御主張の趣旨で『最も力説されていたのが、日本の男性は女性を蔑んでいる、ということでしょうか』ということを私は言い、それに対して管理人さんが反論されたことについて。
 まあ、反論されるのは当然のこと、と予想していました。そもそも、このサイトに訪問させていただいて7,8カ月くらいになり、その間何度も文章のやり取りをしたわけですから、管理人さんが単純にこのようなお考えの持ち主でないのは先刻承知です。ですが、なぜこのようなことを私が申し上げたか、それは「興奮状態」であるとか、「最低・最悪」という表現を使うことになったことにつながります。これについて詳細に述べる機会をまだ管理人さんからいただいていないのでここでは申し上げませんが、管理人さんが、私がこのような見方をしたことについて、ある種の悲しみをもって残念に思った、というのは、実のところ、私も共有しています。

 この慰安婦の問題ですが、管理人さんや、私の前後に投稿している思いっきり左向きの人が俎上としている論点など、実はたいしたことではないと思っています。そう言うと、またまたおなじみのセリフですが、まだ見ぬ管理人さんの髪の毛が逆立ち、加えて顔が茹蛸のように赤くなる、ではなくて、柳眉を逆立てる姿が想像できるのですが、さすがにこの言い方は語弊がありますか。言い方を変えれば、問題の捉え方が普遍的かつ根本的な観点になってしまっているということでしょうか。要するに、そんな議論をしていて悦に入っている暇は、少なくとも政治の場ではもはや存在しない、と思うわけです。日本人同士で(あるいは正体不明の韓国人を交えて)クソ真面目に言い合っているうちに「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という諺を地で行くような既成事実の積み重ねが行われていることの方が、よほど問題であると考えています。
 かなり、抽象的な表現で何を言っているのかわかりにくいですよね。文章を作成している本人がそう思うのですからどうしようもないのですが、ではこのように言い換えてみますか。どちらかの主張が正しくて、どちらかが嘘をついているというレベルを超えて、今やこの問題は国家間の政治に利用するための道具の一つとなっています。日本を貶めようとする国にとってのカードであり、既得権益化しようという意図の下で、この問題が喧伝されている、という側面があるのが、この問題がより複雑化している要因の一つであり、日本にとっては、はっきりいってどうしようもない事態となっているようです。

 ということで、今回も具体的なことを述べるに至らない内容となりました。そういえば、あれから橋下市長が外国人記者クラブで会見を開くなどしましたね。何か、ダライ・ラマ14世の会見以来の、多数の記者が集まるほどの関心があったということだったそうです。私はその会見の中身よりも、それ程の数の記者が集まってしまったことに危惧を抱いているのですが、そんな話も機会があれば行いたいと思っています。

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。ありがとうございます。
そちらに伺ってお礼言わせていただきますね~。

Re: 星狩人さまへ②

この問題を語るとき、それを、強制か強制でないかなどという個々人の意志の問題や
金銭授受の問題などに矮小化して語ることのなんと多いことでしょうか。
また、私はこの問題を単に男女間の差別や性差の問題にして語るつもりもありませんでした。
またさらに、日韓だけの問題でもないと思っています。
これは人間そのものの尊厳にかかわる、それを問う問題です。

『○○婦問題は、日韓や左右や男女の対立では決してない。私たちにいま問われているのは、真実か、真実の否定か。人権か、人権の蹂躙か。平和か、平和の破壊か・・・・・「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う(「日本国憲法」前文より)」と誓った日本国民として、ひとりの人間として、世界と人類史の前に、どちらを選ぶのかということではないでしょうか?』

私が、ここでまだ言いきれていないことを、よくぞまとめてくださいました!
私が伝えたいのもそのことです。
私が、橋下氏の発言をきっかけに、自民党西川京子議員の発言で書きかけ始めていた記事を
仕上げようという気になったのは、それが、○○婦や風ぞくの問題だけではなく、
ベアテさん…憲法改悪…戦争…人間とは何なんだろう…そこにすべて
つながっていく、大きな大きな問題だと感じたからです。

記事はまだ半ば…
短期にまとめ切れるのかどうか自信がありません。原発問題やTPP,
そして憲法問題などと同様、何回もに分けて関連する事項に関して、思いを訴えていくことに
なると思います。政治の問題としてだけでなく、文化論や個々人の哲学の問題にまで
踏み込んでいかなければならなくなるのでしょう…

教えていただいた資料、しっかり読みこませていただきたいと思います。
いろいろこれからも教えてくださいね。
ありがとうございます!

(やはり、また、原文のままではアップできませんでした。
星狩人さまのコメントの引用部分まで伏字にしてしまってすみません…
書きにくいったらないですね…『男性』などと書いてもそのうちアップできなくなるのかなあ…)



Re: 星狩人さまへ①

星狩人さま、こんにちは。
金福童(キム・ボクトン、87歳)さん、吉元玉(キル・ウォノク、84歳)さんの証言集会、
おいでになられたのですね。
私もぜひお話を伺ってみたかったと残念に思います。
いずれユーチューブなどでアップされたら、ぜひ聞きたいと思います。

返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。
私事で前後の10日間ほど忙しくしており、なかなかパソコンの前に落ち着いて
座ることができませんでした。
さあ、いろいろ片付いたのでお返事を、と思うと、前の方へのコメント返信が、
どうしても原文のままではできない。
私がこの問題を語るために使う語が、どうしてもFC2コードに引っかかるらしく、
何回かに分けて短くして投稿しようが、ひらがなだらけにしようが受け付けてくれません…
星狩人さま、よく原文のままで通過しておいでになりましたね!(苦笑)
どういう基準ではじかれるのか、さっぱりわけがわかりませんが、書きにくいこと
この上もありません…
これはどうかなあ……

『そこにおられたのは、恨み傷つき、泣き喚いて訴える「元○○婦の可哀想なハルモニ」でありません。歴史の先頭に立って世界中の人々に希望を与える、勇気ある人権活動家でした。この方々の経験と人格と言葉の前に、橋下暴言くらいで激昂してしまった自分の卑小さが、まことに恥ずかしい。』

この、星狩人さまの、お二人の姿を目の前にしての想い、私も、前の方へのコメント返信を
書きながら、強く思っていました。
橋下氏の発言は、戦線も戦中も戦後も…70年近く経った今でもまだ!日本の社会のある一部に
根深く残る考えかたを、象徴しているものだと思います。それへの怒りはあるけれども、
私自身の怒りなど、そんなことはこの問題の前には小さなことだ、と。
そして、星狩人さまが前にもおっしゃっていたように、この問題を、演歌調の
悲しい『物語』になどして語ってはならないのだと。
そんなことを超越して、これらの女性方は、人間の普遍的問題に立ち向かっている…

『おふたりが強く望まれることは、あの当時の女性たちを○奴隷にした元凶である、「戦争を二度と起こさないこと」、そして「ふたたび女性の人権が蹂躙されないこと」です。』

私がこの記事で言いたかったこともそのことです。

Re: ウッドスタインさんへ②

ウッドスタインさん。こんにちは。
お返事が途中で途切れてしまってすみません。
実は、このあと、②が続けて書いてあったのですが、用事でちょっとパソコンから
離れている間に、画面がいつのまにかFC2のログイン画面に変わってしまっていて、
返信画面に戻ろうとして操作しているうちに全部消えてしまいました!(涙)

気を取り直し、思い出しだし書いてアップしようとしたら、今度は、
不正投稿です、の表示が出て、長すぎるのかな、といくつかに分けて投稿しても、
コードに触れる語があるのかな、と平仮名にしたり伏字にしたり、いろいろ
やってみても、昨日から何度やっても投稿できません。
まだ、きっとFC2コードに抵触する語があるのだろうと思うのですが、
私にとって記事の意味上大事なキーワードがことごとく平がなや伏字になり、
ぼやかした表現にしてしまうのでは見苦しくもあり、迫力ないことおびただしい…

申しわけありませんが、続きは、次の記事や、他の方へのコメントの中で
書かせていただきたいと思います。この問題では、FC2さんと全く相性が
悪いようです。
記事そのものはアップできるのにどうしてなのでしょう…
大変申し訳ありません。お許しください。

Re: ウッドスタインさんへ①

ウッドスタインさん。こんにちは。
返事が大変遅くなってしまってすみません。ちょっと私事で忙しくしていまして
パソコンから離れていました。
さて。それではお返事させていただきます。

> まず全体的な印象なのですが、私がこれまで読ませていただいた管理人さんの文章の中では最低・最悪の部類に入る内容でした。

そうですか。なんだかウッドスタインさんは大変に採点に厳しい教師のようですね(笑)。
あまりいいお点はいただけませんか。そうでしょうねえ…予想はしていましたが。
いいえ、いえ。柳眉を逆立てて怒ったりしませんよ。ご意見を頂けるのはありがたいですし。

いただいた採点コメントと多少順序が違ってきてしまいますが、最後の方で
『おそらく興奮状態でこの文章を作成してしまったのではないか、そのように想像されます。』と
お書きくださったこと。まず、この点に関しましてお返事させていただきます。
いくつかの誤解というか、「あれ~?ウッドスタインさんは、そういうふうに
私の文をお読みとりになったのかな…」と思うところがあります。

まず、『おそらく興奮状態でこの文章を作成してしまったのではないか』という点に関してですが、
そんなことはなかった、と申し上げておきます。
この文を、私は非常な悲しみをこめて書きました。
私がこの文を、単に橋下氏などの発言に怒りまくって、興奮状態の中で勢いに駆られて書いた、
というふうにしか、皆さんに思われないような書き方をしているように見えるのでしたら、
それは私の力量不足ということになるのかもしれません…
橋下氏の発言は、この記事を今アップしておこう、と思うきっかけには確かになりましたが、
この文を私は単なる橋下氏個人へのバッシングのようなものとして書いたのではありません。
記事の中に書いていますが、私はこの記事の大部分を一カ月ほど前に、
ある女性議員の予算委での質問を聞いたことから書き始めました。
この問題は、原発問題と同じように、もうずっと頭のなかでは漠然と考え続けてきたことです。
私がこれまで読んだ本や、見たテレビ番組や映画や、どこで聞いたか
その正確な情報源や日時などは定かではないけれど、65年間生きている間に見聞きした多くのこと…
それらを日々自分の頭の中で咀嚼し消化する過程を通じて、自分の骨肉としてきた
考え方、印象と言えます。
ですから橋下氏の発言も、そして女性議員の発言ですら、記事を書こうと思った
一つのきっかけにすぎません。決して橋下氏個人や安倍氏を一時的に攻撃するための
文ではないのです。
記事中にも書いていますが、私はこの従軍慰安婦の問題を、まだ人に語るほど
自分には資料の裏付けなどがないと感じていました。ですから、自民党女性議員の発言を
聞いて記事を書き始めてはいましたが、そこから少しづつ調べては記事につけ加え
つけ加えしていたところだったのです。その作業はこれからも続けたいと思っています。
ですから、決して一時の興奮にかられてこの記事を書いたわけではなく、
男女の平等について日本の憲法に明記しようと努力してくれたベアテさんとの関連も多いので、
そういう一連の流れの中で書いています。ベアテさんのことも、12月頃から書いては直し
つけ加えたり削ったりしているものです。

しかし、こういう風に私が興奮していたか否か、などということは実は私にはどうでもいいことです。
私が、ある種の悲しみを持って、ウッドスタインさんのコメントを読んだその一番
気になるところは、
>御主張の趣旨はこれまでもさんざん述べられてきた、橋下市長、安倍首相とそれに連なる現政権の政策に対す
>る批判、戦争は悪であること、そして最も力説されていたのが、日本の男性は女性を蔑んでいる、ということ
>でしょうか』
というところでした。
『戦争は悪である』と言うところはまさに私が最も訴えたいところで、そこを
おくみとりいただけたのは嬉しいです。気になるのは、
『最も力説されていたのが、日本の男性は女性を蔑んでいる、ということでしょうか』
という箇所です。ウッドスタインさんのような自他共に対し言語に厳密でいらっしゃる方が、
そのようにしか私の真意をお取り下さらなかったのか…!
そのことを残念に思いました。
ということは、ひょっとして他の方にも私の文章は、そのような皮相的なところでの伝わる力しか
持っていないのだろうか……そう思って悲しく思いました。

私が『日本の男性は女性を蔑んでいる』というような極端な考えかたを持っている…
そんな単純なものの見方をしていると思われるような書き方しかできていなかったのか…

橋下氏の発言をきっかけに、日本の男性の中に今も残る女性蔑視の考えかたを
確かに批判はしましたが、決してそれを日本の男性全てに当てはまる、などというような
一般化はしていないと思うのですが?
もし、文章力つたなく、そのような伝わり方しかしなかったのなら、私は日本の男性全てに
それこそ謝らなければなりません…

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証言集会

日本を訪れ、沖縄をはじめ、西日本各地で証言活動を行なっておられる、元「従軍慰安婦」だった韓国人女性、金福童(キム・ボクトン、87歳)さん、吉元玉(キル・ウォノク、84歳)さん2名による証言集会が、地元で開催され、先日、出席してきました。ちょうど橋下発言の直後でもあり、平日の午後でしたが、定員をはるかに超えて立ち見も出るほど、多くの関心を集めたようです。

開会前に外が騒然としたので、出てみたら、例の在特会右翼が来て、おふたりの名前を呼び棄てにしながら、凄まじいヘイトをぶっておりました。ご高齢でご健康もすぐれない中を日本に来られ、行く先々で「金欲しさの嘘つき売春婦」と罵る者たちに妨害されながら、辛い体験を繰り返し証言なさることは、想像を絶するほど困難の多い、命懸けの行動であろうと思われました。そこまでしておふたりが願うものは、もちろんカネではありません。

おふたりはきちんと正装され、正面に用意された席に、聴衆と向き合う形で座られ、お一人が10分ほどですが、しっかりとお立ちになり、マイクを握って、数少ない生き証人として、短いながらも要点を捉えた貴重な証言と、未来への希望とを、堂々と語られました。まだ10代だったおふたりの、あの小さな身体に、日本兵によるどれだけの暴行と凌辱が加えられ、いまはまたその心にまで、度重なる侮辱が加えられることか。

・・・・・しかし、このときの会場の様子と受けた印象は、私の筆力ではとうていお伝えできないほど、厳粛なものでした。あのベアテさんにお会いしたときにも匹敵するほどの、歴史の真実に立ち会った瞬間だったからです。そこにおられたのは、恨み傷つき、泣き喚いて訴える「元慰安婦の可哀想なハルモニ」でありません。歴史の先頭に立って世界中の人々に希望を与える、勇気ある人権活動家でした。この方々の経験と人格と言葉の前に、橋下暴言くらいで激昂してしまった自分の卑小さが、まことに恥ずかしい。

おふたりが強く望まれることは、あの当時の女性たちを性奴隷にした元凶である、「戦争を二度と起こさないこと」、そして「ふたたび女性の人権が蹂躙されないこと」です。これが、心ある日本国民の願いであることは、言うまでもありません。「従軍慰安婦問題」で日本政府が進んで事実を認め、正式に謝罪と賠償を行い、その歴史を教育することで、失われるものは何もありません。かえって日本社会の右傾化や、歴史修正主義を懸念している、国際社会からの信頼も回復されるでしょう。ぜひともこれを成し遂げるために、微力ながら協力させていただきたいと決意を新たにしました。

慰安婦問題は、日韓や左右や男女の対立では決してない。私たちにいま問われているのは、真実か、真実の否定か。人権か、人権の蹂躙か。平和か、平和の破壊か・・・・・「われらは平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う(「日本国憲法」前文より)」と誓った日本国民として、ひとりの人間として、世界と人類史の前に、どちらを選ぶのかということではないでしょうか?

No title

 「兵士に慰安婦は必要なのか」の2回に亘るシリーズを読みました。細かい話は機会があれば後述するとして、まず全体的な印象なのですが、私がこれまで読ませていただいた管理人さんの文章の中では最低・最悪の部類に入る内容でした。こういうと、まだ見ぬ管理人さんの髪の毛が逆立ち、加えて顔が茹蛸のように赤くなる、ではなくて、柳眉を逆立てる姿が、フォトスナップから想像できるのですが、まあ、そこはぐっとこらえてもらいましょうか。

 なぜ、私がこのような感想を持ったのか、が、とりあえずの関心でしょうか。文章の外観は、これまでにもあった管理人さんの力作の一つという感じです。また、御主張の趣旨はこれまでもさんざん述べられてきた、橋下市長、安倍首相とそれに連なる現政権の政策に対する批判、戦争は悪であること、そして最も力説されていたのが、日本の男性は女性を蔑んでいる、ということでしょうか。その結論については考え方の相違、ということなので、特に申し上げることはありません。何度も言うように、ここは管理人さんの土俵ですから。
 ただ、その結論に導く過程が、あまりにも乱暴に過ぎます。はっきり言えば、短絡的ですね。要するに、最初に結論ありきで、いかにしてその主張である結論に導こうか、というのが、今回の「兵士に慰安婦は必要なのか」の1回目の文章を構成する際の手法となっているわけで、その手法自体はよくあるもので、別に文句のつけようはないのですが、その理由付けが杜撰です。冷静さがない。おそらく興奮状態でこの文章を作成してしまったのではないか、そのように想像されます。

 ということで、今回の投稿はここまでにしておきます。当然、管理人さんには反論も多々あると思いますが、とりあえずは私がこの先も論を進めることを管理人さんが許容するか否かの意思表示の確認を取りたいと思います。

Re: 星狩人さまへ

星狩人さま。
いえいえ、どうかお気になさらないでくださいね。ぜんぜん失礼だなんて
そんなことないですよ。^^
私ね、大雑把には掴んでいるつもりですが、まだそれに関する書物や記録など
読んでいないし、まだ全然勉強が足りないんです。
ですからね、星狩人さまにいろいろ教えていただきたいのです。
具体的な事実を知らないと、ちゃんと伝えることができませんものね。
資料、ありがとうございます。
今のちょっと忙しい時期過ぎたら、じっくり読ませていただきたいと思います。^^

>どの問題もそうですが、「いかに伝えるか」ということ。

これは、本当に難しいですね。

>この視点をミスすると、右派の論理に引きずり込まれて、感情的で、不毛な言い争いになってしまう。
資料に基づく客観的な事実の積み重ねと検証が重要なのに、イデオロギーの争いに
陥ってしまうのです。だから先ず、絶対にぶれない視点が必要。

このことはいつも私も思います。
議論していると、いつの間にか論点がずれていってしまうことが往々にしてありますね。
それは相手の方のせいばかりではなく、こちらの立脚点がぐらぐらしていると
いつのまにか本質を見失ってしまう…そのためにもしっかりして検証が必要、というのは
ほんとに私もそうだなあと思います。
また、単に自分の考えを述べる際にも、どういう方法で、というのはよく考えます。
事実の羅列じゃ息苦しいだろうし、と言って情緒に流れてもいけない。
で、私がとった方法は、ことの発端から書き起こす、という方法なんです。
一連の大きな流れを読むひとに掴んでほしいと思って…
いろいろなことは、単独でぽつんと起こるのではなく、さまざまな状況や人が
からみあって、複雑な絡んだ蔓の様になって現れて来る…
その蔓を少しでも解きほぐしてお見せしたいなあと考えるのです。
だから、私の文はいつも長くなって、多少の物語性を帯びるかナ。

でもね、この問題もそうですが、あまりにも大きすぎて、いつも解きほぐしている途中で
自分が道がわからなくなってしまうことがあります。気がついたら、自分も
蔓にからめとられてる…!^^
…そうするとシリーズ記事の途中でずうっと立ちすくんじゃうことに…
『第五の敗北』というシリーズなどは、一年以上かかってようやく結びらしきものに
辿りつきました。強引に、でしたけど。

私ね、こういう問題を突き詰めて考えていると、よく、ああ、自分にも信仰があったら!
と思うことがあります…信じるということは、なまやさしいことではこれまたないのでしょうが、
時々ね、風がびゅう―びゅうー吹く曠野に一人で立っているような気持になって、
寂しいことがあります。

さて。続きはまた書かせてくださいね。
ほんとにこの問題は、ちょっとやそっとで要約出来るようなものではないと思います。
いかに語ればいいのか…そうお悩みになるお気持ち、よくわかります。
あの事実、この証言…この記述…どれをどう語ればいいのか…
そういうとき、私はついいつも、情に流れてしまいます…!^^

また、お話させてくださいね。
あ。私に関しては、お気づかいなどなさいませんよう。
心と心で直に語り合える人同士は、本質にずばりと入っていけるので、
遠慮や気づかいはいらないな~、いつもそう考えているんですよ。
ここにおいでくださる方は、皆さん、そうだと私勝手に思ってるの。^^
さて。これからもう一仕事……

星狩人さま。ありがとうございます♪






私、めった残ったりしませんから

彼岸花さま(5)

お忙しい中、たびたびお返事をいただき、申し訳ございません。

>一般的な意味で言えば、従軍慰○婦問題については、その本質は理解しているつもりです。河野談話などの歴史的経緯もざっとですが知っています。星狩人さまが前回お書き下さったように、この問題を、『戦争の悲劇』というような情緒的なくくりかたで捉えては、その本質が見えない、ということも、 『軍による強制連行があったか女性たちの自由意思か』などという、 ずっとこの問題から目を逸らさせようとする勢力の言うような単純な括りかたで、 この問題を捉えてなるものか!という想いも星狩人さまと同じです。

>この問題を単なる賠償問題、などと考えているわけでは、絶対にありませんからね!問題を矮小化しようとする勢力の考えを皮肉をこめて書いたまでで。(苦笑)

はい。私も勿論、彼岸花さまが、このようなスタンスで問題追及なさっておられること。だからこそダイレクトにではなく、多少視点をずらせて、言葉を選ばれながらの語りかけによって、問題の本質をより深く伝えようとなさっておられるご努力、ご苦心、すべてひしひしと感じておりました。ただ、彼岸花さまの「勉強中」という言葉に早とちりしてしまい、余計なことを申し上げてしまい、お詫びいたします。

私としては、この問題に多大のご関心をお持ちで、勉強していらっしゃる方に、一方的に、あんな大量のコメントをお送りしてしまい、私としては論考の補強になればとのつもりだったのですが、なんだか上から目線で説教でもしているかのように失礼ではなかったかと、身体中から冷汗の出る思いだったのです。もしかすると彼岸花さまの想いを、傷つけてしまったかもしれません。決して「ああ、きっとこの問題を、あまりご存知ないんだな」という意味で、書いたのではないのですが、読み直してみると、そんな風に受け取れますよね。もっと言葉を尽くすべきでした。大変申し訳ございません。

私もいずれ「従軍慰*安婦問題」を取り上げるつもりなのですが(・・・と言いつつ、ベアテさんの記事もまだですが)、その場合、彼岸花さまと同様の悩みがあります。それは「いかに伝えるか」ということ。これは、考えますよね。それぞれに表現方法がありますが、私としてはまず、事実を知ってほしいという願いがあります。

大きな誤解として、いまや慰安*婦問題=日韓問題のような観があり、「強制連行」をめぐって両者に論争や対立があるかのような、マスコミの作った図式があるけれど、それは違うのだ、国内の右派による歴史修正主義が問題なのだということ、これをまず第一に伝えたい。この視点をミスすると、右派の論理に引きずり込まれて、感情的で、不毛な言い争いになってしまう。資料に基づく客観的な事実の積み重ねと検証が重要なのに、イデオロギーの争いに陥ってしまうのです。だから先ず、絶対にぶれない視点が必要だと、(4)では、そのことをお伝えしたかったのです。

>それは悪を憎む心です。よく、『絶対の正義、絶対の悪などない』という人がいる…。 でも、私はそんなことあるか!と思います。絶対の悪、というものは絶対ある… 戦争は、どんな理由があろうと悪です。強い者持てる者が、待たざる者から さらに搾取する…それも悪です。国家が国民の自由などの諸権利を奪う…これも悪です。他者の生きる権利を脅かすもの…それも悪です。従軍慰○婦問題もそうですが、私は、一直線に問題の本質に辿り着きたい… いつもそう思っています。

この強いお気持と信念が毎回、どの記事にもみなぎり、ひしひしと伝わってくるからこそ、彼岸花さまのブログは、多くの読者のみなさんにとって貴重なのです。多少意見が異なることがあっても、おおいに共感しながら、読ませていただいております。私も、 時代や国や民族、文化に関わりなく、いかなる状況下においても、いかなる情状酌量をもってしても、擁護しえない「絶対の悪」は存在すると思います。

私にとってのそれは、神の創造した人間の自由と尊厳を否定、破壊する諸々のこと。では「自らの意志で奴隷になるならOKか」という議論が必ず出てくるのですが、そういう抜け穴を這いずってまで、是が非でも「人間の隷属」を肯定しようとする悪の意思こそ、許されざるものです。性*暴力さえ「合意」にもってゆけば、犯罪には問われません。尊ぶべき「自由」を逆手に取って、合意や自己決定の名において、暴力・虐待・奴*隷化を正当化したり、自らの意思で奴*隷になることなど、「自由」への冒瀆、神への反逆、絶対悪以外なにものでもないでしょう。

そして「慰安*婦問題」も、その根底に「正義の実現」を求める気持がなければ、いえ、無いからこそ、ただの資料いじり、解釈論争、左右対立、教科書や外交問題・・・などにきりもなく発展してしまい・・・収拾がつかない状態なのだと思います。それは「慰*安婦問題」に理解を示す、いわゆるリベラルや韓国さえも同じで、実際韓国では、「慰*安婦問題」など日本を攻撃するための、歴史カードに過ぎません。

>ただね、議論をするには、直感だけでは足りません。相手を言い負かす、というためにではなく、わかってもらうためには、やはりデータや数字や、しっかりした資料が必要です。 私が、『勉強がまだ足りない』と書いたのは、そういう意味でです。従軍慰○婦の方のお話を実際に聞く。兵士たちの証言を実際に聞く…正確に書いたものを見つける…そういう作業が必要です。 そういう有無を言わさぬ資料を突きつけないと、『従軍慰○婦などというものは存在しなかった。それは後世の人間が、特に朝日の報道からねつ造したものだ』などという人々と議論できません。そういう意味で、自分の知識はまだまだ浅いし勉強が足りない、と思ったんです。

ネット検索では、「慰安*婦否定論者」側のものも非常に多く出回っていますが、彼岸花さまの感性なら容易に判別できると思われます。ただ私としては、若い人たちがこの問題を知ろうとするとき、ネット上で出会った右派の論理を、まっさきに学んでしまうことを、大変危惧しております。最も参照できるのは、次のようなものだと思います。

http://vawwrac.org/?page_id=26 「女性*国**際戦**犯*法廷」
http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/ 「戦*争と女性への暴*力 日本ネットワーク」
http://space.geocities.jp/japanwarres/ 「日本の戦争**責*任資料センター」

またまた長い文章になってしまいました。

彼岸花さま。私のコメント等へのご返信は、いつでも構いませんので、決してお急ぎにはなられないようにお願いします。内容的に、とうてい簡単に話ができるような問題ではないからです。私も、どんな風にまとめようかと、悩んでいます。
橋下発言、思った通り早速、男性週刊誌が擁護論を張ってきましたね。しかもあの小林よしのりを前面に立たせるなど、卑怯で姑息もいいところです。橋下よりも安倍、西村より橋下のほうが、「まとも」に見えてくるような日本。もはや何事もなかったかのような日常が流れてゆきます。その空気のなかで、花にさえも、星にさえも罪を問われている・・・そうではないでしょうか?

Re: 星狩人さまへ(4の②)


私が物事を考えていく時、私は、半ば直感的に、本質に迫りたいと思っています。
本質は見えるものです…
従軍慰○婦という存在…
人間の性根というものがどういうものか、それを考えれば、軍隊というものの実態や
彼女らが置かれた悲惨な生活は見えてきます。
小さな情報の積み重ねが、その真実の姿を見せてくれます。
一日に30人から50人の男を相手にするということ…
それがどういうことか、『従軍慰○婦は後世の造語』などという自民党の女性議員などに
我がこととして考えてみてほしい。
そのこと一つを聞いただけで、慰○婦ということの本質はわかります。
女が金のためにだけ、そんな行為が出来るものか…
そこには、女衒と言われる暴力的な男たちが後ろにいるでしょう…
彼らが女性たちにするであろうこと…それはちょっと想像してみればわかります。
星狩人さまが書いてくださった、今もある風景…ラブホテルである朝、一人の
若い女性がころされている…そこに至るまでにどんな精神的肉体的暴力行為があったか…
ちっとも本質は変わっていません…
置屋と蔓んで美味しい想いをしていた将校等もいたでしょう…
彼女たちの環境がいいはずがありません…劣悪な衛生環境にあったでしょう…

駐留米軍を迎えるにあたり、わずか終戦3日後に『特殊慰安施設協会
をアメリカ軍のために用意した日本の男たち…。
『そのための資本金は1億円。その内の5500万円は大蔵省の保証により
管業銀行が融資。のちの総理大臣池田勇人は資金の調達に関して特に大きく尽力した。
建設に必要な資材や営業に必要な生活什器、衣服、布団、約1200万個のコンドームは
東京都と警視庁が現物提供した。』
などという記述を読めば、こういう考えかたをする男たちが、戦時下、
兵士のために慰○婦制度などというものを、どういう考えかたで作ったか、
女をどういうふうに考えていたか、という本質は見えてきます。
橋下氏の考えかたもこれらと全く同じです。

原発問題も、改憲も、TPPも、…誰がその陰で笑っているのか
誰がその陰で泣いているのか…そこを見れば本質は見えてきます。

ただね、議論をするには、直感だけでは足りません。
相手を言い負かす、というためにではなく、わかってもらうためには
やはりデータや数字や、しっかりした資料が必要です。
私が、『勉強がまだ足りない』と書いたのは、そういう意味でです。
従軍慰○婦の方のお話を実際に聞く。兵士たちの証言を実際に聞く…
正確に書いたものを見つける…そういう作業が必要です。
そういう有無を言わさぬ資料を突きつけないと、
『従軍慰○婦などというものは存在しなかった。それは後世の人間が、
特に朝日の報道からねつ造したものだ』などという人々と議論できません。
そういう意味で、自分の知識はまだまだ浅いし勉強が足りない、と思ったんです。

だから、星狩人さんと出会えたことは、とっても嬉しいです。
どうか、今度韓国の方とお会いになるということ…そのお話も聞かせてくださいね。

 



Re: 星狩人さまへ(4の①)

星狩人さま。こんばんは。
ちょっと私事で慌ただしくしており、先回頂いたコメント(2)(3)にも
まだお答え出来なくて申しわけなく思っています。
この問題は、さらっとお答えできるような問題ではなく、私もじっくり腰をすえて
お答えもさせていただきたいと思っているのです。

>従軍慰○婦の問題は、まだ私自身勉強不足で、まだずばりと書けない。

この一文についてですが、曖昧な書き方してごめんなさいね。
勉強不足、と私が書いたのは、それは、例えば、星狩人さまのように、この問題を
追及するために韓国語まで習得なさり、現実に元慰○婦でおいでになられた方の
お話まで直接お聴きになっていらっしゃる…そういう方に比べれば、まだまだ知識不足、
という意味で申し上げました。^^
一般的な意味で言えば、従軍慰○婦問題については、その本質は理解しているつもりです。
河野談話などの歴史的経緯もざっとですが知っています。
星狩人さまが前回お書き下さったように、この問題を、『戦争の悲劇』というような
情緒的なくくりかたで捉えては、その本質が見えない、ということも、
『軍による強制連行があったか女性たちの自由意思か』などという、
ずっとこの問題から目を逸らさせようとする勢力の言うような単純な括りかたで、
この問題を捉えてなるものか!という想いも星狩人さまと同じです。

愛希穂さんへのコメントに、
『いつも、この問題について議論されているのを聞くたびに、
韓国の女性たちが、軍によって強制的に慰○婦にさせられたのか、
それとも自分たちの意志でお金のために 慰○婦になったのか、ということが争点になる。
賠償問題とかに絡む国家間の大きな問題になるからだろうけれど・・・・・ 』

と書いたのは、私自身がこの問題を単なる賠償問題、などと考えているわけでは
絶対にありませんからね!問題を矮小化しようとする勢力の考えを皮肉をこめて書いたまでで。(苦笑)

基本的な想いは、星狩人さまがここに、そして先回お書きくださったことに
全く同じです。
なんと説明したらいいのかしら…
私の原発問題に対する考えかたや、TPP,憲法問題、そして従軍慰○婦問題等
…さまざまな問題に対する考えかた…その底に流れるものは、一貫しています。
それはずっと私のブログを読んで下されば何となく伝わるのでは、と思っているのですが、
なかなかうまく伝えきれていないかもしれません…。

それは悪を憎む心です。
よく、『絶対の正義、絶対の悪などない』という人がいる…。
でも、私はそんなことあるか!と思います。
絶対の悪、というものは絶対ある…
戦争は、どんな理由があろうと悪です。強い者持てる者が、待たざる者から
さらに搾取する…それも悪です。国家が国民の自由などの諸権利を奪う…
これも悪です。他者の生きる権利を脅かすもの…それも悪です。
従軍慰○婦問題もそうですが、私は、一直線に問題の本質に辿り着きたい…
いつもそう思っています。
強制連行があったのなかったの、軍が関与したのしなかったの、…
女性たちがそれでお金を得たのえなかったの…書類があったのなかったの…
そんなことを安倍氏や橋下氏のような人々は議論の的にして、ことの本質をぼやかそうと
するけれど、星狩人さまがおっしゃるように、これは、そんな表面的な問題じゃないですよね。
現実に日本の軍隊は韓国女性のみならず、日本の女性も、そして『白馬事件』という例を
私が記事にかきましたように、オランダ女性に対しても、権力と武力をもって
せい交渉を強制したのです。そういう組織を作ったこと自体が、
女は男のせい欲を満たす道具だ、という考え方自体が、もう、罪です。
これは組織的な、男性による女性の人権蹂躙です。国の相違も時代の相違も
関係ない。
橋下氏の言い草のように、『みんながやってることだからいいんだ』などということは
絶対にありません。
みんながやっていてもいなくても、悪いことは悪いのです!
同様に、戦時下だから許される、などというものではありません!
回りの状況や事情によって悪の基準が変わるのではない。
それは個人の、意志の問題だと思います。
倫理観の問題だと思います。
世の男性が皆そうだというわけではない。戦闘下の限界に近い境遇の中でも
女をいたぶるというそんなことをしない人は絶対にしなかったのです。

彼岸花さま(4)

彼岸花さま

長々しいコメントを、丁寧にお読みいだき、感謝いたします。

>従軍慰○婦の問題は、まだ私自身勉強不足で、まだずばりと書けない。

まず、私からお詫びしなければならないのですが・・・・・私は、おそらく彼岸花さまは「従軍慰安婦」の問題について、おおかたの事柄はご承知なのだろうと思って、その上で、いろいろと書かせていただいたのですが、非常に勝手な思い込みをしていましたこと、大変申し訳ございませんでした。

そうですね・・・・・彼岸花さまも、いま勉強しておられるところですので、私のほうからこれ以上の解説は控えさせていただきますが、この問題を理解する上で、ぜひ知っておくべき要点を2点、僭越ながら申し上げさせていただきます。

まず、「従軍*慰安*婦問題」とはなにか?という本質ですが、これは「女性への暴力」という人権侵害であり、犯罪であり、なかんずく「戦時性*暴力」として扱われるべき問題です。これを直視せず、「戦争の悲劇の一部」と一般化したり、特殊な「性の問題」に閉じ込めて語るなど、「女性の人権」を無視する傾向が、日本では強いのですが、本質からかなり(おそらく意図的に)逸れていると言わざるを得ません。

つぎに、愛希穂さまへのコメントからの引用なのですが、
>いつも、この問題について議論されているのを聞くたびに、韓国の女性たちが、軍によって強制的に慰安婦にさせられたのか、それとも自分たちの意志でお金のために 慰安婦になったのか、ということが争点になる。 賠償問題とかに絡む国家間の大きな問題になるからだろうけれど・・・・・

「強制」の問題に関しては、私のコメント(2)でも述べさせていただきましたが、慰安婦問題で問われる「強制」とは「強制連行」よりも、慰安所での「強制(による)性交(=性暴力)」です。なお右派が常に繰り返すのは、「軍や官憲による強制連行はなかった(業者が連れ歩いていただけだ)」という言い逃れですが、これは日本政府の公式な立場ではありません。日本政府は、軍の関与の証拠となる公文書などの資料を調査し、元慰安婦からもヒアリングを行い、およそ次のように認めています(「河野談話」93年)。

1.慰安所の設置・管理・慰安婦の移送については、日本軍が「直接あるいは間接にこれに関与」した。
2.慰安婦の「募集」は、「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた場合が数多くあり」、「官憲などが直接、これに加担したこともあっ」た。
3.慰安所における生活は、「強制的な状況の下での痛ましいもの」であった。
4.朝鮮半島出身の慰安婦の「募集」・移送・管理なども、「甘言、弾圧による等、
総じて本人たちの意思に反して」おこなわれた。
5.従軍慰安婦問題は、「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた問題」であった。
6.元慰安婦の方々には、「心からお詫びと反省の気持を申し上げる」。
(吉見義明『従軍慰安婦』岩波新書より)

現在、あたかも「強制連行」の有無を巡って、日韓で論争があるかのような印象が一般にあるのですが、これは明らかに報道に問題があります。「強制連行はなかった」というのは、安倍氏ら右派の論理にすぎず、正確には、「(日本版の)歴史修正主義」であると考えるべきものです(南京虐殺を「数の問題」に矮小化して、否定するのも同じです)。

韓国側がこれに対して毎回、非常に強硬な態度を見せるのは、「賠償問題」よりも、国家間の信義の問題だからです。一度は認め、公式に謝罪した歴史問題を、日本に台頭した右派が、「河野談話を破棄」を公言するなど、ふたたび公然と否認しているからなのです。これでは話にもなりません。

米国でも議会が、この問題をたびたび取り上げて日本を非難し、橋下発言は一日で世界を巡る。ところが当の日本人だけが、下品な男の不始末だと思うくらいで、事の本質がまるで理解できていない。原発報道のみならず、慰安婦報道にも問題が多く、日本人から真実を隠し、鎖国に閉じ込めた罪は重いですね。

なお、私は今週23日、現在来日中の元韓国人慰安婦だった女性2名の方の、お話を聴きにゆきます。
これについても、いつか纏められたらと思います。

Re: 3人目の鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。
お名前書いてなくても誰だかわかるわ。
だって、私のこと、「あなた」って呼ぶのあなただけなんですもの。^^
でもそれでなくても、あなたの文章は私にはすぐわかるわ。

そうなの。私が怒っている時は、私が悲しい時。
この悲しさが消えることはもうないような気がします…
ってことは、ずうっと私は怒り続けていくってことかな…

私がもう少し若かったら、この世の中のことをもう少し辛抱強く見て行こうと
思うのかもしれない…。
私にはあまり時間がない!…そう思うと、短気になっちゃうのよね。
今すぐ世の中のおかしいとこ変えたい、変わって欲しい、って、
しんぼー効かなくなっちゃうの。
今のうちに伝えておかなくっちゃ!って、性急になっちゃう。
何度も、ばたんと寝転がって、もういいや! やめよう! そう思う。
でもまた思いなおして、むくむくと起きあがってパソコンに向かう。
一体、何頑張ってんでしょうね!(笑)

…『悲しい時は、お仕事や家事を一心に丁寧にする』って、きっといいことね。
禅のお坊さんのようにね。
一心不乱にものづくりをする職人さんが、概していい顔してるのは、だからなんだろうなあ…

You Tube映像見ました。ありがとう。
こういう日本人技術者の話を見聞きすると、日本っていい国だなあ!って
私もいつも思います。プロジェクトXなんか大好きだったし。
でも、目を転じて、この国のトップに立つ人々を見ていると、また腹が立つの。
どうして、こんな有能な国民のいる国を、もっといい方向へ引っ張っていけないのか、と。

そうね。もっとこの国の民の力を信じなくちゃね…。
日本はだいじょぶかな。
今夜はやけにいろいろなことが悲しいです。

でも、あなたのお声が聞けて嬉しかった!
元気にしてる?^^


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Re: お二人目の鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。

橋下発言は、あっという間に世界を駆け巡りましたね。
ディキャッチ。聞かせていただきました。
『アメリカにとっては、戦争は今の問題なんだ』という指摘、
『戦場で戦うストレスなどというものは、「女を抱く」などという
演歌のような生易しいことで解消されるものなんかじゃない』という指摘は
これは本当だな、と思いましたね。
戦争というものは、慰安婦のように女にそのひずみを負わせるだけではなく、
無論男たち(兵士たち)に限界を超える苦しみを背負わせる。
ときに、人間を人間でなくしてしまうほどの異常なものです。
戦争の悲惨については、また別に書きたいと思って、いま資料など集めています…

橋下氏などはそう言った戦争の実態を知らない平和ボケだ
という形容を番組ではしていましたが、私に言わせれば、そんな甘い言葉では
橋下氏や安倍氏などという人々の嗜好は表わせませんね。
彼らは超国家主義者です。
本当にどうしようもない怖い人々です。
一体この国をどこに引っ張って行こうとしているのか!
まだまだ書かなきゃならないことがたくさんあります。

鍵コメさん。ありがとうございます。



この番組はいいですね。

Re: hoshigariさま(1-2)

でもね、日本ほど○ 関係の悪文化が発展したというか、公然とまかり通っている国は
ないような気がします。一応先進国と言われる国でですよ。
雑誌『世界』6月号の、巻頭グラビアページには、山梨県I温泉で働く
フィリピン女性たちや昔芸者だったという客ひきの老女性などの写真が載っていました。
I温泉…いわでもがなの街です。
『接待』『歓待』という言葉に当然のごとく『○の接待』というものが組み込まれている
と勘違いしているこの国の男文化。
なぜそのようなことをおかしいと思わないのか、それが不思議です。
宴会がある、というと、「カワイイ女のコ、いる?」と訊ねるような心性…
韓国旅行、というと『キー○ンパーティ』と即思ってしまう心性…
(現代のふう俗には詳しくないので、私の出す例は多少古いかもしれないですが。)
日本の男性社会の、『接待』に対する感覚は、昔からちっとも変っていないのかもしれませんね。
海外からのお客様を接待するのに、当然のごとく女を侍らせるコースを汲みこんで、
ビジネスの話だけでさっさと切り上げようとする外国の客人を怒らせてしまった
という笑い話にもならないような恥ずかしい話も聞きます。
橋下氏の米軍司令官への破廉恥な申し出も、まさにこの感覚がその身にしみついて
いるからではないでしょうか。
司令官に苦虫をかみしめたような顔をされてもまだ、その感覚のおかしさに気がつかないで、
アメリカ人は偽善的だ、などと言っているのですから。

世の中の男が皆、そのような下卑たよく望を持っているのじゃないと私は思います。
それは、橋下氏を擁護する者たちが言うような、「男にはみなそういうよく望があるんだ。
自分たちだけ慰○婦や風ぞく遊びのようなものは必要ない、などというアメリカ人は
キリスト教的偽善者だ」などという、文化や宗教の問題に還元される問題ではないと思います。
それは、個々人の品性の問題です。

情けないことに、そういう品性のない人間がなぜか今、上に立っている…
日本維新の会の西村真悟衆院議員。17日、国会内で開かれた同党の代議士会で
「○春婦はまだ日本にうようよいる。韓国人。大阪の繁華街で『お前韓国人、慰○婦』と
言ってやったらよろしい。戦いましょう」などと発言したという。
なんと恥ずかしい人間なのでしょう!
こんな人を衆議院議員に選んだ選挙民も、今度の選挙で同じようなことをしないでほしいですねえ…

hoshigariさまは、そうですか…
従軍慰○婦の問題を、そんなに前から勉強しておいでになられたのですね。
そのために韓国語を勉強し、元慰○婦の方にもお話を聞かれたという…
私ね、原発が一番きっかけなのです。それでもせいぜい4年くらい前からかな。
それまで、世の中のこと、真剣に調べたりしてなかった…
でも、原発のこと深く知っていくにつれて、これは全ての問題に一本の糸で繋がっているんだなあ、
ということが分かってきたのです。
ぞおっとするほど闇は深いです…
社会の仕組みの闇、というのも無論深いけれど、それ以前に、人間性、というものの
愚かしさ…それに絶望します。
自分の中にも無論その愚かしさはあるのです。

従軍慰○婦の問題は、まだ私自身勉強不足で、まだずばりと書けない。
hoshigariさま、ぜひいろいろ教えてくださいね。
従軍慰○婦の問題も、原発労働者の問題も、沖縄問題も水俣も、・・・ 
憲法改悪も、TPPも…それぞれの表に現れた事象は違って見えるけれど、
その底に流れる根本の問題は、同じ筋書きを持っているように思います。
自分のブログで、それをつかんでいきたいと思っています。

あまりにも深い多くの内容を含んでいるコメントですので、
順番が狂うかもしれませんが、私も何回かに分けてこたえさせてくださいね。
何べんやっても、不正投稿とされてしまう。
どこもかしこも○や「かな」表記にしてみましたが、これで大丈夫かな…

Re: hoshigariさま(1)

hoshigariさま。こんばんは。
はい。怒髪天ですとも!
一語一句を取り上げて反論しようと思ったけれど、むしろそのままの彼の言葉を
読んでいただいた方が、そのおかしさ異常さが伝わるのではと思いました。

従軍慰○婦の問題は、いつか書こうと思って、資料が足りないために
ずうっと書ききれずにいて、でもこつこつ資料を探しては書きくわえていたものです。
4月初め頃体調がすぐれず眠れない日があって、たまたま寝たままラジオを聞いていたら、
西川京子議員の質問に出くわしました。私にはこれも怒髪天でしたよ。
言葉はいかにも、同じ女性として大変心痛む話である、貧しさゆえの売○だ、
などと同情するようなことを表面上言っていましたが、その同じ口で、
従軍慰○婦などというものは戦後の造語であって、そんな組織などはなかった、
などと言っています。そして、そういうことは風習というか、公の制度であって、
いわば単なる売○春行為である、いつの時代の戦争でも、どこの軍隊でもある話。
なぜ異例に日本軍だけがここまで貶められて言われなければいけないのか、
と語っていました。
橋下氏の発想と全く同じですよね。
私ね。男性だけでなく、同性の女性の間にも、この西川議員のような考えの
人がいることに驚くのですよ。
でも、これは、今に始まったことではないと思います。

その日のうちに従軍慰○婦についての記事を一度は書いたのですが、
資料の読み込みが足りないと思って、下書きの中においたまま、少しずつ書き足したり
していたのです。
でも、今回の橋下発言はあまりにも破○恥。たまらなくなって、まとまらないままに
記事アップしました。
日本の文化、というか日本人の一つの心性になってしまっているかのような、
一部男性のえげつなさ。品性の下劣さ。
それについては書いても書いても書ききれません…。
hoshigariさまがお書き下さった、
『しかし美しい日本の伝統文化は、「女性の人権・人格の否定」の上に胡坐をかいてこそ、
成り立つものです』というところね。私も激しく同意します。

『女を人ではなく、牛馬のごとく売り買いし、男の○処理に使役するのは、大昔から不変の社会システム』

…ほんとにね。
これは日本に限ったことではないと思います。そう言った意味では橋下氏の
『日本人だけじゃない』という言は、それはそうなのでしょう。
『日本人だけじゃない、どこの国でもあることだ』
…でも、だからと言って、橋下氏のあの発言が正当化されるわけではないですよね。
みんながやってることなら、それは正しいのか!

悲しいことに、確かに日本だけでなく世界のあちこちで今日も、男性の欲望を
ただ処理するだけのために、少女がゴウカンされたりころされたりしているかもしれません。
街角で男を拾おうと立っている女たちが今この時間もどこかにいるのだろう…

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Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。
お久しぶりです。^^
…本当に、12月の選挙結果には、私も唖然として、その後しばらく
ものを語る力も失くすほど虚しさに沈みこんでいました。
他の方への訪問回数も減り、コメントも残さず読み逃げ…
本もテレビも見たくない…なにもしたくない…というくらい落ち込んでいました。

橋下氏の発言は、米国からも批判が来るほど大問題になって、慌てていろいろ
言い訳をしているようですが、いくら言い繕っても、これは品性の問題だと
思います。根本的に、彼には女性蔑視の、抜きがたい偏見があるのだと思います。
家庭ではいい主人であり、いい父であると言いたいかもしれないけれど、
ひとりの独立した人格である他の女性を、それがフーゾク業に自ら入った入らない如何にかかわらず、
日本に駐留する米軍に、もっと利用してくれ、などと要請する、その心理が
根本から異常です。
その根本からの歪みのおかしさに気づいていないところがまずおかしい。
女を一つの商品のようにしか考えていない。
そういう仕事をする女性たちをまるで人格など持たない、男のための道具としか見ていない。
そして逆に男の性は、一つの『権利』のように語る、というところが非常にいびつです。

そうしてさらに、これが橋下氏という特殊な個人の性向というわけではなく、
おそらく悲しいことに、この日本という国の男性諸氏の幾分かの割合の人々に
橋下氏の言を本音のところで認めるというか、同感だと思う人があるのだろうということ…
(日本ほどフーゾク産業の公然とあっけらかんとまかり通り、巷に女性のごうかんシーンなどの
漫画のあふれている国はないのではないでしょうか。)
さらにさらに寂しいのは、女性たちの心の中にさえ、そうした職業に就く女性たちを
自分たちの仲間と思わないで、「そういうひとたちは特殊な女性なのだから、
そういう人が男の性の処理の相手をしてくれてるのはありがたいわ」と思う
心性があることです。
私が記事で書いた自民党女性議員などは、そういう心性の人ではないでしょうか。

日本人はここまで劣化したのか…私もそう嘆いています。
でもね、いまさらに劣化したのではなく、戦時中から、ちっとも変わっていないのだ、
という気もします。
鍵コメさんがおっしゃるように、橋下氏のような、本性をむき出しに
何でも言う人を喝采でむかえる人々が多いのも、本当に嘆かわしいですね。
私もついつい悲観的になってしまいますが、選挙が近い。
今度の選挙は、日本の形を変えてしまうほどの重要な争点を多く含んだ選挙です。
黙っていられないとまた書き始めました!

鍵コメさん。ご訪問ありがとうございます♪

彼岸花さま(3)

④なお橋下のみならず、現代では昔のように生活苦からミウリするような女性はおらず、フーゾクで働くのも自分の意思からなので問題はない、という正当化論が根強いのですが、認識不足もはななだしい。まず現代でも、女性が性*産業を選ぶのは、貧困や生活不安、金銭トラブル、不幸な家庭環境が最大の背景です。フーゾクは残酷にも、こうした最も弱い立場の女性たちを、真っ先に吸収します。それだけではない、日本の性*産業では、主に東南アジアから人身売買されてきた女性たちが数多く、不法組織の監視と劣悪な労働条件の中で、性的搾取を受けているのです。

自由売春には、強制売春以上に深刻な人権侵害が伴います。生活苦から性フーゾクを選ぼうと、単純な興味や金銭欲しさから無防備に飛び込もうと、ここで働く女性たちは自分の意思で選んだこと、仕事内容に契約合意があったこと等を理由に、現場で半ごろしの拷*問を受けても、死亡しない限りは一切を「自己責任」にされてしまいます。その虐*待の模様は高画質の映像でネット配信され、世間からは莫迦女の自業自得と嘲られ、身も心もボロボロになろうと、人権侵害の申し立てもできず、病院にも行けず、法的救済も不可能で、自分を責め続け、自暴自棄になりながら、永遠に救われないのです。(原発労働者の境遇も似通ったものです)

強制売春による性*奴*隷はNGだが、自由売春による性*奴*隷ならOK。これが現代の基準です。男性の娯楽や表現の自由は、事実上、女性の生命や生存権に優先しています。性どれいの売買は、国際的な犯罪組織につながり、巨大な経済を動かす産業です。ホテルで女が死んでいたという記事が、新聞の隅に載ったりしますが、そのシに到るまでの屈辱的な暴行の映像は、いまもどこかで視聴されているでしょう。私たち女の命など、ムシケラほどの価値もなく、女をいたぶる読み物は好まれて、駅の売店からも無くならない。性*売*買の容認とは、自由意志によって救いのないアリ地獄に陥ってゆく性*奴*隷たちを、合法的に生産する道を開くことに他ならず、あの手この手で巧妙に、現代の苦界に女性たちを追い込む手段はいくらでもあるのです。

人類社会に、女性の身体と性が男性の娯楽のために、金銭と引き換えに売買、供給される労働や産業、社会システムがあること自体、そこに殴打や脅迫、監禁などの暴力や強制があろうとなかろうと、当人の合意があろうとなかろうと、両性の平等と女性の尊厳に背く人権侵害であると考えます。私は性*売*買を正当化する強力な理論である、「セッくすワーク」という言葉や労働を認めませんし、売**春という言葉も使いません。性は金銭的に取引の対象ではない。「売***春は人類最古の職業」と言葉が持て囃されますが、これは人類が商業をはじめた時、最初に売り買いされた商品のひとつが、性の玩弄物として使役する女性(の身体)だったという、「厳然たる事実」を意味するだけです。

何度送信しても「不正投稿」にされてしまったため、かなり文字を変え、3度に分けて投稿しました。
大変に読みにくい文章になってしまい、申し訳ござません。

彼岸花さま(2)

②慰安婦問題では、必ず「(軍や官憲による)強制*連行」の有無が問題にされるので、日本ではこれが本題だと思い込まれていますが、慰安婦制度が戦争犯罪とされるのは、まったく別の理由にあります。原発問題を電力問題にすり替えて、被曝と放射能汚染から目を逸らさせるのと同様の、意図的な論点すり替えですね。右派の主張は、「(軍や官憲による)強制連行は?」という問いを勝手に立てて、これに「証拠はなかった」と否定を繰り返すだけの、独り相撲に過ぎません。日本人ならこれで騙せるのですが、世界には通用しない。自分の意思で慰安婦に応募した女性があったとしても、「慰安所」などという、性どれい制度があること自体が、許されざる人権侵害だからです。

慰安婦問題で問われる強制性とは、強制「連行」ではなく、強制「性*交」(=性*暴*力)です。軍と業者から厳重に見張られ、監禁された慰安所で、彼女たちは連日、自分を襲ってくる何十人もの日本兵の性の強要を拒否できず、集団*レ*イ*プに曝された。銃剣で殴られ、軍刀で斬りつけられ、抵抗すれば見せしめに殺され、日本兵から心中を迫れられもしたり、殺害や病死、自殺、遺棄などによって命を落とした慰安婦は少なくなかった。「従軍」とは言っても従軍記者や従軍看護婦とはまったく違う、自由のない身柄で、軍の必需品として調達され、日本兵のゴウカンと性*病を防ぐための「衛生的*便*所」として使用されました。その異様で、身の毛のよだつ有り様には、日本兵でさえ恐れて、近づけなかったとも証言されています。

慰安婦の徴集には、朝鮮半島の場合、貧しい家の少女が、いい仕事がある、軍隊で看護婦や炊事をするなどと、騙されて連れて行かれたり、前借金で親に売られたり、誘拐されて働かされたケースが多かったようです。戦地であるフィリピンやインドネシアでは、暴*力的*連*行も確認されています。いずれも「女どもを奪って来い」などの、公式な命令文書が残されているわけではない(あるはずがありません)。それをいいことに、女性たちの証言は全部でたらめで、金ほしさの嘘つきだと罵倒するのが、日本の右派や歴史修正主義者です。勇気ある被害者の証言こそ、尊重されるべきです。「強制連行」という、言葉の罠に絡まるべきではありません。

③フーゾクの問題に関していえば、私は、あらゆる形態の性フーゾク、性*売*買、AV、小説、写真や漫画などの視覚メディアに至るまでの悪質な性*表*現を、ワイセツ性が問題ではなく、女性への暴力を推奨し、女性*虐*待を娯*楽として提供するヤクザ産業として、絶対に許しません。こんなものが普通に存在するからこそ、性ハン罪が防止できるのではなく、逆に誘発されるのです。文明社会の人間のセイヨクは、動物の生殖本能とはまったく別物であり、これが人格的愛情に結びつけばいいのですが、要りもしない過剰な刺激と、誤った性ジョウホウによって、不自然な衝動が誘発され、これに苦しむ男性は多い。セイ犯罪とはセイヨクの発散ではなく、女性を屈服させる力の誇示と、蹂躙の快感が主な動機です。

泥棒や飲酒運転、詐欺やいじめが、この世から無くならないことくらい「誰にでも分かる」。しかし「いじめ根絶」「飲酒運転NO」という努力や運動や防犯対策を、「絶対に無理」「偽善だ」と嘲笑う人間はいません。ところがセイ犯罪にだけは、「あたり構わずフンニョウで汚されたくなければ、公衆ベンジョを作れ」という発想が堂々とまかり通る日本社会は、女性にとっては本物の地獄です。ではセイ処理の問題をどうするのかという問いも、傲慢きわまりない。居直り強盗が押し入った家で、「最初からオレが欲しがっている品物を差し出さないから、こういう被害に遭うんだ」と説教するに等しい脅しです。人間の性を、処理や発散や解消として語ること自体、根本から間違っているのです。

彼岸花さま(1)

かなり抑制して書かれておられますよね。率直な批判よりも、論点を多少ずらした表現によって、かえって核心の部分が、染み入るように伝わってきます。内心では、怒髪天であったことと思われますが・・・私も同じ気持です。以下、かなり長くなり、生々しい表現をさせていただくことになるのですが・・・

橋下の鈍重なホンネ発言、とくに「慰安婦必要論」は、翌日すぐに、アジア、欧米のみならず、中東から南アフリカまで、ほぼ全世界で報道されました。これが何を意味するか、男女の性を、排泄と便所の関係で語るような当の本人には、まるで理解できないでしょうし、99.999・・・%の日本人も、単なる文化の違いだと思うだけでしょう。国内にも批判はありますが、苦々しい答弁で「臭いものにフタ」をして逃げるか、「公式の席に素っ裸で登場」するに等しい非常識を指摘する程度で、ホンネでは共感しながら、軽はずみな発言を惜しんでいるだけです。ネットにも橋下擁護論が溢れていますし、居酒屋でも「そうだ、よく言ってくれた」と盛り上がり、一般メディアも中立を装いながら応援、日本の言論がまたまた外圧に曝されているとでも言いたげな、愚かしい論調だらけではありませんか。

しかし、それはむしろ当然のことでしょう。橋下発言の本質は、一言でいえば「女性の人権・人格の否定」に尽きます。しかし美しい日本の伝統文化は、「女性の人権・人格の否定」の上に胡坐をかいてこそ、成り立つものです。日本に女性蔑視文化があればこそ、「国際感覚がなかった」との言い訳でも充分となる。女を人ではなく、牛馬のごとく売り買いし、男の性*処*理に使役するのは、大昔から不変の社会システムで、誰も疑問には思いません。「乱暴にではなく優しく扱ってやれ」というお情けや憐みがあればいいほうでした(橋下はこの感覚)。女であるというだけで、いつ強かんされ、ころされるか分からない暴力社会は、昔も今も変わりません。強かんの被害者は、生後数ヶ月の女児から、90代の女性まで確認されていますし、胎児の段階ですら、性別が女だと分かれば、闇にほうむられますからね。私も含めて一生の間に、何らかの暴力や性*被*害に遭ったことのない女性は、実はいないのです。

そんな古来からの文化や意識が、新憲法の条文や、戦後の貧弱なデモクラシーで克服できるわけがない。ご存知とは思いますが、戦後一貫して保守勢力は、新憲法で規定された両性の平等や女性の権利について、「日本の美風を壊す」と、あらん限りの憎悪を燃やし、あらゆる言論で攻撃を繰り返し、法改正を画策し、どうあっても女を押さえつけてやろうと、全力を挙げてきましたよね。その執念が、あと一歩で実を結ぼうとしています。

なお私は、歴史教科書問題が勃発する90年代半ばから、従軍*慰*安*婦問題に関わっており、それを機に韓国語を学び、韓国では元慰安婦の方々にもお会いしてきました。しかし政治の右傾化と軌を一にして、言論は右派メディアに押されつづけ、慰安婦に関する記述は教科書から削除され、いまや「反日」「自虐」とさえ言えば、どんな真実でも踏み潰される有り様。若者や子供たちまでが、嬉々として実践しています。報道や教育の問題よりも、日本人の意識が、どれほど抜き難い女性べっ視に汚染されているかを、ヘドが出るほど体験しましたが、ここを避けては通れません。

慰安婦問題と、性*風俗の問題性について、何点か述べさせてください。

①「従軍慰*安婦」という言葉は、その実態をとても表しておらず、正式には「戦時*性*奴*隷」とされています。橋下発言の報道でも、英語圏ではwartime s*ex s*laveと表記されていました。これが国際的な認識であることは、知っておくべきです。「慰安婦」といえば、歌や小説やドラマでは、身売りされ、戦場を連れまわされ、故郷を想いながら、見知らぬ兵たちに身をまかせる、悲しくも憐れを誘う娼婦のイメージがありますが、実態はそんなナマクラなものではない。暴力は日常的、妊娠した慰安婦が堕胎のために、自分の膣に手を突っ込んで、胎児をえぐり出す・・・そんな境遇は、生き地獄という言葉さえ色あせてしまう。

もちろん戦時だけでなく、平時にも性*奴*隷の需要はあります。性*売買やAV製作の現場では、しななければ何をしても構わないとばかり、女性たちが殺人にも等しい虐*待と拷*問にさらされながら、屈辱的な「サービス」をさせられ、大金を産む産業として、男たちの娯楽に供されています。日本は、人身売買の横行する国として、国連から何度も注意を受けています。不法組織によって売買され、主に風俗で働かされる東南アジアの女性達が、今日もたった今、どれほど惨たらしい扱いを受けながら、それを楽しむ者がいることか。(アメリカ国務省の「人身取引年次報告書」によれば、昨年まで11年連続で、「人身取引根絶の最低基準を満たさない国」。カンボジア、南アフリカと同レベル、先進国では最低)

慰安婦問題を、「戦争が悪い」「兵隊さんたちも可愛そう」「人間はみな悲しい」といった論調で、極限状況下に発生した異常な現象、人間性の赤裸々な真実、歴史の暗部に切り縮めたり、あるいは戦争責任や賠償問題に矮小化して論じてみても、本質的な解決に至らないことは明らかです。現在の性ハンザイや性フーゾク、暴*力的性表*現、セクハラやチ漢、DVなどの問題とも繋がる、女性への人権侵害としての位置づけを徹底すべきであり、だからこそ教科書でも取り上げて、この視点から子供たちに教えるべきだと考えます。「戦争が悪い」では済みません。

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Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん、こんばんは。^^
愛希穂さんとうみそら居士さんが、橋下氏の発言のこと書いてくださったので、
私も、関連して、従軍慰安婦の記事仕上げてみようという気力が湧きました。
長くてまとまらないままに、思ったことそのまま出してみました。
いつも、この問題について議論されているのを聞くたびに、韓国の女性たちが
軍によって強制的に慰安婦にさせられたのか、それとも自分たちの意志でお金のために
慰安婦になったのか、ということが争点になる。
賠償問題とかに絡む国家間の大きな問題になるからだろうけれど、じゃあ、韓国の女性に限らず、
自分から進んでそういう道を選んだ女性なら放っておいていいのか、という疑問が
常に私にはあります。
愛希穂さんのおっしゃるように、『戦争』ということがまず前提としてある。
戦時下だから何でもあり、という前提が。
次に、兵隊にはセイヨクを処理するための女たちが必ず必要だ、という大前提がなぜかある。
橋下氏など、もろそういう言いかたですよね。
本当にそうなのか? 世の男たちはみなそういうふうなのか?
そしてさらに、自分で身を売る職業を選んだ女ならば、何をされても仕方がない、
一般女性に累が及ばないよう、彼女らに盾になってもらおう。
どうせ穢れているのだから…という暗黙の了解みたいなものがある。
それって、ものすごく変ですよね。
今、橋下氏があのような発言をいきなりすると、蜂の巣をつついたように
従軍慰安婦の存在を否定する自民党議員までが批判する。
今の世では、あの発言がすごく異常に感じられます…
とてもまともな感覚した人と思えない。
でも、橋下氏の言のような考えは、戦時中、男も女も当たり前のように思っていた…
商売女を兵士のセイヨクの捌け口にしておけば、一般女性は守られると。

それってね、原発作業員に対する感覚とどこか似ている気がするんですよ。
原発が危険な作業場であることは、誰もが知っている。
普段は管理されて安全かもしれないけれどいったん不測の事故が起きたらね。
でも、私たち一般人は、原発作業員になる人に、どこか偏見を持って
いないだろうか。
「…どうせ、彼らは自ら志願してそういう危険な現場に入った連中じゃないか!
いいんだよ。ああいう人々にやらせておけば。それで彼らは金もらってるんだから」と。
福一のような大事故が起きてさえ、私たちは、『原発作業員』という特殊な人たちに
危険な作業を任せて、平気で遠く離れた場所で安穏に暮らしています。
後になって、今、今もなお、福一で収束作業をしてくれている人々に、なんらかの
健康の害などが起きたとしたら。
彼らが「原発のために病気や故障が起きた」と補償を求めに来たら、
「あなたたち、最初から原発は危険な現場だと知っていて、自ら志願したんでしょ。
それでお給金も貰ってたんでしょ。じゃあ、自己責任じゃないですか。
国や電力会社は責任持つ義務なんてないですよ。」
…なんだかそんなことになりそうな気がします……

どんどん話がふくらんでいくけれど。でも、いろんなことの本質を見ていくと、
なにか共通の…そう…日本人独特のある徳性の欠如の問題…そこへ収斂していくような
気がしてなりません。

愛希穂さん。いつも真剣に取り組んでくださって、本当にありがとうございます。
不正投稿と出て来るので、ある語をカタカナにしてみました…


No title

こんにちは。

橋下の思考にはただあきれるばかりですね。彼に子どもがあること、弁護士であることがとても信じられません。どのようにしたら、このような人権感覚のないヒトが育つのかと思います。

「男性の精神的なはけ口に女性が必要」という考えがあまりにも愚かすぎます。そういうレベルでしか物事を考えられない。

いえいえ、それ以前の問題で、彼岸花さんも書かれているように、そういう状況に人を追い込む、悪でしかない戦争を、ではどうにか起こさないようにしよう、それに向かって如何なる努力をするかと考えるべきなのに、「戦争」をもう当然のことと認めているその態度。でもその態度こそが、憲法改悪を叫ぶ原因なのでしょうが。

罪が深く重く日本にはびこっているのですね。罪を罪と思わないその傲慢、不遜。


>そこに本当の、『美しい国』など作れるだろうか。

 アベが口にする「美しい国」。でも美しいか美しくないかを判断するのは、それを口にする者ではないんですよね。他者が判断することなんですよね。今の日本を「美しい」と思う諸外国はまずないですよね。

プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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