『青き蜜柑のその味は』 「愛しき(かなしき)もの」 その二

青き蜜柑のその味は



『清冽』、である。
その一言に尽きる。
季節が2月3月と進むに連れてぶかぶかになってしまって、
皮と実の間に空気が入ってしまったようなそれとは違って、
この時期のこの青い蜜柑は、皮も実もぱんぱんに張り詰めている。
一つ掌にとって、皮に爪を立てれば、部屋中と言わず、家中に
清冽な青い香りがぱああっと広がっていく。

二階にいても、階下で誰かが蜜柑に爪を立てれば、
それと知れるほどに鮮烈な香りである。

私はこの香りが大好き。
年に一度、長くても半月ほどの間しか、こういう香りの蜜柑には出会えない。
その香りと、爪をたてた時の硬さと、張り詰めた感じは、
檸檬と似ているが、檸檬の香りとはまたどこか違うように思う。

狂ってしまった高村智恵子は、病室で、檸檬にカリリと白い歯をたてた。
立ち昇る檸檬の香気。
梶井基次郎は、京都三条通 丸善の積み上げた美術書の上に、
爆弾のように、檸檬をその主人公に置かせている。

檸檬には確かに、人の狂気をそそるようなところがある。
硬質で、日本の他の果物にない色で、しかもあの楕円形の両端を
つまんだような形態。
何か、こちらに挑みかけてくるようなつよさを持っている。
だから、カリリと歯をたてたくなるのである。
香りも青い蜜柑よりは、さらに甘みを排して、どこか「厳しい」、という感じさえする強さ。
檸檬には成熟を拒否しているようなところがある。

かたやこの、青い蜜柑はどうだろう。
人間に例えるなら、16、7歳くらいの少年少女、というところだろうか。
おしっこ臭いイメージの、まるで子供、という時期は過ぎている。
しかしまだ、世間に全く汚れていない。
親や教師の偽善はすぐ見抜く。
鋭い、容赦のない目をしている。
そんなイメージかな。

若い膚はぱんぱんに張り詰めている。
そうして、少し爪を立てれば、そこから、青年のかすかなかすかな腋臭の匂いにも似た、
青臭いにおいが立ち昇る。
それはどこか悲しみさえ帯びた、清冽な香りである。

しかし、蜜柑が青い蜜柑である時期は本当に短い。
あっという間に皮は黄色みを帯びていき、甘さが増すとともに、
その素晴らしい香気は失せてしまう。

この写真を撮ったのは、9月29日である。
それから10日ほどしか経っていないが、もう店頭に並んでいるみかんは
この香りを失ってしまっている。
もっと黄色く色づいて、甘みを増してはいるが、香りもまだなくはないが、
「清冽」という感じは既になくなっている。
まして、正月ごろ、一番蜜柑の需要が大きくなるころの、熟した蜜柑には
香りがまったく失せてしまっている。
3月。まだ蜜柑は店先に並んではいるが、妙にアルコール臭のようなものを
発する、蜜柑とは別物になってしまっている。

それにしても。
蜜柑はどうしてこうもまずくなってしまったのだろう。
昔は樹の上で十分に黄色く熟してから出荷されていたからだろうか。
正月ごろ食べる蜜柑にも、まだ鮮烈な香りがあり、そうして、実は水気を
たっぷり含んで、小房の皮は薄くはちきれんばかり。
小房の皮ごと食べて何の違和感もなく、甘味は濃厚だった。
今の蜜柑。香気はすぐに失せる。甘味も酸味もどこかぱあっと
抜けていて物足りない。
しかも、小房の皮がやたらに厚くて堅い。
そうして、正月ごろには早、蜜柑の香りではないような、アルコール臭のようなものが
し始め、皮は実から浮いて、ぶかぶかになってしまう。

ああ、青き蜜柑よ。
束の間の若さよ。

今の蜜柑と同じように、今の人間は、
まだ熟しもしないうちに枝から無理やり切り取られ、
ぎゅうぎゅう箱詰めにされて巨大な倉庫のようなところに集められ、
そこで出荷を待つうちに、色も香りも味わいも半ば失って、
まるで美味しくない蜜柑のように、薄味で硬くなっていっていはしまいか。

私はそういう蜜柑になることに抵抗する。
老いが来るのは仕方がない。
が、せめて。
心だけでも、『清冽さ』を保って生きていくことは出来ないものだろうか。
虚偽を他人にも己にも許さぬ勁い(強い)こころ。
不正を憎むこころ。
大人になっても柔軟さを失わぬこころ。

そうして、全き成熟を願うこころ。
だって、味の濃い、香り高い蜜柑になりたいじゃありませんか。


私はこの、青い蜜柑を愛する。
その、可能性を秘めた、若き心を愛する。
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ジャンル : 学問・文化・芸術

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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