『豊かな国って? ①』

参院選挙がいよいよ近づいている。
今度の参院選でも自民党が勝てば、あと3年は安倍政権は、自分たちの思うように
政治が出来るということになる。
そのことを、国民はほんとうにわかっているのだろうか?

これは、自民党でなくとも、一つの党が圧倒的多数でなにごともバンバン決めていけること…
これほど恐ろしいことは実はないのだ。
それは日中・太平洋戦争中の翼賛政治を思い出すまでもなく、政治が独走(時に暴走)するのを
止められる機能がないということほど怖いことはない。

新聞、テレビなどでも、『ねじれ解消』ということばを、国民に刷り込みでもしたいかのように
しょっちゅう言うが、まるでねじれが悪いことのよう。
わたしに言わせれば、ねじれを容認しない政治ほど怖いものはない。
同様な理由で、「『決められる政治』にするように、一院制にしてしまおう」などという
乱暴な意見にも大反対である。

一つの政策に、それは違うんじゃないか、という反対や対案があって衆参両院で
盛んな議論が行われて初めて、国民にもその問題の本質が見えて来る…
議員や政府もそこで少し立ち止まって再検討してみる。それが大事なのだ。
衆議院の多数派だけで、なんでもすんなり国家の重要議題を決めて行っていいというものではない。

わたしは民主党政権の時も、彼らが自民、公明と大連立を組みそうな話になった時、
ここで懸念を書いている。
議会の多数派が必ず民意を反映するとは限らない。また正しく国を導いていくとは
限らない。

今、自民党は、経済政策だけを前面に出し、原発のことも改憲のことも消費増税のことも
TPPのことも、国民の過半数が反対してるか懸念を抱いている問題は、
明確に言うことを封印して選挙戦を進めている。
投票日前に、そんな問題について語って人気を落とすようなことをあえてせずとも、
参院選に勝利してしまえば、あとはどんなことでも多数の論理で進められるとわかっているからである。

あと、もう一週間もなしに投票日である。

国民は、今現在のことだけを考えず、すくなくともあと3年間の間に起こりうることを
よく念頭において、投票をして欲しい。

あなたは、今の憲法をほんとうに捨てたいのですか?
中国や韓国との間に緊張を高め、防衛費を増やし軍備を増強して、戦争のできる
いわゆる『普通の国』にしたいのですか?
『国民主権』ではなく、天皇を元首に戴いて、『国家』というものが国民より
上に来るようなそんな国に再びしたいのですか?
原発をどんどん再稼働させ、再生可能エネルギーの発展の道を閉ざす、
原子力ムラのやりたい放題の国に再びしたいのですか?
日本の農業をさらに衰退させ、食の自給率と安全をひくめるTPP,
医療保険制度のような国民の生活の基本インフラを崩壊させてしまい、
国民よりも他国の大企業の利益と論理を優先するようなTPPに、
ずるずると参加させてしまうのですか?
大企業が潤えばそれでいいのですか?
言論や行動の自由が封じられていくような、そんな社会に、再びしたいのですか?
秘密保全法、マイナンバー制度など秋に動き出すものもあります。

各政党の公約、また公約という形では表に出てこない普段のその党および議員の
考えかたと行動を、もう一度よく検討して、
『選びたい党がない…』と嘆かず、少しでもましな党に入れてください。



…わたしの中では、上に書いたような問題は、個々に独立したものではなく、
みな、根底において繋がっています…



それは、自国民というだけでなく他の国の人々も含め、一人一人の人間の存在を
大切に思うか否か、という一点で繋がっているのです。

















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Re: ウッドスタインさんへ ④

4.補遺その1

ここについては、全体として気になった部分だけについてお返事させていただきます。

『頑迷固陋という感じ』ですか。(笑)
それでいいですよ。
私は、自分の信じることに関しては、頑迷固陋のままでいたいと思います。
社会党の土井たか子委員長の決めゼリフ「ダメなものはダメ!」と比べられましたが、
まさにそれを貫こうと、私は思っています。

男がその力で持って女を蹂躙する…そのような行為や制度は、いつの時代であっても、
どんな理由をつけようとも、私は、絶対に容認できません。
日本だから、韓国だから、というのは関係ないです。インドでも世界のどこでも。
『核兵器』をどこの国が使用しようが、どんな理由があろうが、『ダメなものはダメ!』。
そういうのと私の中では同じです。

『全体的をとおして、あまり日本や日本人がお好きではない、という印象を受けました。
まあ、博愛主義者であるのは間違いないようですが、日本関連には厳しい態度を御取りなのでしょう。
これは前回も触れましたが、どうも管理人さんの戦争関連の文章を読むにつけ、
自分の先祖や先輩を「これでもか!」という感じで蔑まれているような感覚になります。
あたかも、支那人や朝鮮人が、日本人を憎しみをもって蔑んでいるかのように。
もっとも、ここまでくれば、私の独りよがりなのでしょうが。』

さて。このことに関しては、猛烈に反論します。
悪い行いを悪いと言って何をはばかることがあるでしょう。
ウッドスタインさん。好き嫌いの問題などではないのですよ。
例えば、日本軍兵士が、百人斬り、などというのの真偽は別にして、進軍中に
捕虜をずうっと連れて行くのは足手まといでもあるし、第一食糧がそれでなくても乏しいのに、
その分まで確保するのは無理だからと、3人…10人…とあるときは首をはね、
あるときは銃さつした、ということは、多くの元兵士の証言にもあり、従軍記に残されて
いますので、これをそんなことは、一切なかった、とはいくら何でもおっしゃらないでしょう。
その証言例はいくらでも挙げることが出来ますよ。

私は、この行為を『悪い』と言ってはばかりません。これが、日本兵であっても、
仮に中国兵であっても、朝鮮人であっても、私は悪い、といいますよ。
婦女暴・行もそうです。
これらを、『戦争中だったんだから仕方ないんだ』というふうには、私はどうしても
考えられないです。
人間が、こういうことを戦場でしなくて済むように、そのためには日本だけでなく
世界のどこであっても、こういう悲劇が起こらないように、それを願ってこうやって
書いています。

これを綺麗事というならどうぞ言ってください。なんと言われようと気にしません。
そもそも、人の評価を気にするくらいなら、ブログでこういう問題について
エネルギー使って書きはしません。

ただ、私が、『自分の先祖や先輩を「これでもか!」という感じで蔑んでいる』とは
一体どこでどうしてそうお考えになるのですか。
私は、兵士のために泣きますよ。特攻の映像や、兵士が黙々と中国大陸を行軍する
映像など見ると、今でもいつだって泣けてきます。
彼らが靖国に祀られているゆえに私が彼らを憎むとでも?
失礼ですが、ウッドスタインさん、あなたは日中・太平洋戦争中のことについてどれほど
ご存じでいらっしゃるのですか?
「きけわだつみのこえ」はお読みになりましたか? 戦没画学生の絵をご覧になりましたか?
インパールで、サイパンで…糧食の補給も途絶え、草の根や皮靴、自分の傷口に湧いたウジ虫まで
食べ、動けなくなった仲間が自分で手榴弾で自決するのを見、マラリアに苦しんで…
そうした戦争を経験した実際の生き残りの兵士たちの生々しい証言がありますが、
ご覧になったことがありますか?
私自身も戦後の生まれで、自分の戦争体験を直接語ることはできません。
それでも戦後の空気は生々しく見て知っています。
街には戦争で手足をなくした傷痍軍人が、街角に立っていました。
中にはほんとうの傷痍軍人でなくニセ者もいたでしょう。後に聞けば、
そうした傷痍軍人には、在日の韓国人、朝鮮人、台湾人などのかたもいたのだとか。
彼等は、日本の植民地化によって戦争中までは、皇民として悪平等に徴兵されたりしながら、
戦争が終わると、今度は一方的に「外国人」とされた上、日本国籍がないという理由で
すべての戦後補償から排除されました。
子供の頃は無論そんなこと知りませんでした。子供の心には韓国人も台湾人も日本人も
本物の傷痍軍人もニセ者も関係なかった。ただ、義足で、松葉杖で、あるいは
いざり車に乗って…黙然と街角にいる彼等の寂しげな佇まいが心に残りました。
そういう人がいた…そういう人がいることが当たり前の時代でした。
ラジオでは、戦地で内地で生き別れになった家族や友人の消息を求めて、
『尋ね人の時間』というのが、毎日流れていました。
昭和21年から37年まで。実に16年間も。

『 昭和20年春、○○部隊に所属のxxさんの消息をご存じの方は日本放送協会の
「尋ね人」の係へご連絡下さい』
『シベリア抑留中に○○収容所で一緒だった○山○夫と名乗った方をご存じの方は
日本放送協会の「尋ね人」の係へご連絡下さい』
『ラバウル航空隊に昭和19年3月まで居たと伝え聞く○○さん、xx県の△△さんがお捜しです』
……

こういったアナウンサーの読み上げが延々と続きました。

少し大きな立派な建物の壁は、空襲で標的にならないよう、黒く塗られていました。

私はそういうものを見聴きしながら幼い少女の日々を過ごしました。
子ども心ながらに、戦争っていやだなあと思っていました。
戦争が終わって兵士たちが続々と復員船に乗って帰ってくる。でも自分の息子は帰ってこない。
毎日毎日、舞鶴の港に通って、息子の帰りを待ち続ける母。
それは『岸壁の母』という歌にもなって、少女の私は、それをラジオで聴くたびに、
胸が締め付けられるような気がして涙ぐみました。今でもその母親のこころを想うと泣けてきます。

私が憎むのはね、こうした兵士たちじゃないですよ。無謀な侵略戦争に踏み込んでいって、
それこそウッドスタインさんが、私のことを指しておっしゃった『自分は安全なところにいて』
兵たちを中国の奥地にロシアに、あるいはインパールに、サイパンにと送りこみ、
ろくな後方支援もないまま、みすみす大ぜいの兵をあるいは飢え死にさせ、あるいは、
肉弾攻撃させた、そういう高級軍人や、政治家を憎んでいるのです。
そうして、日本軍兵士だけじゃない、無論戦場となったそれらの国々の兵士のためにも
民間人犠牲者の方々のためにも、理不尽な戦争を続けたそうした上層部の人々を
告発しているのです。

自分の同じ国の兵たちの悲劇は、こうしていろんな形で目に耳に入って来た…
でも、私も、中国の、朝鮮半島の…そうした地域の人々の戦争中の悲惨は、
あまり知りません…。だからいま、こうして勉強しています。

日本だけじゃない、二度とこういう悲しい想いを人類がしなくていいよう、
日本の片隅からではありますが、こうやってブログ書いています。
日本人に対してだけじゃない、シリアの人々にもエジプトの人々にも胸を痛めています。
日本人について私が多く書くのは、私が日本人だからであり、もし私がインド人であったなら、
インドの歴史とその抱える問題について書いていたでしょう…
私の、理不尽への怒りは、なにも日本の先人たちに対してだけではないですよ。

そんな私をなぜあなたは、日本人を嫌いで蔑んでる、などと形容なさるのですか。
『あたかも、支那人や朝鮮人が、日本人を憎しみをもって蔑んでいるかのように。』などと。

どうしてウッドスタインさんは、そういう思考回路なんですか?
あなたの中国の方や朝鮮半島の方々への、凝り固まった憎しみと蔑みは、いったいどこから
来てるのかなあ。それが不思議ですよ。
実際にそういう方々と日々接していらっしゃるのですか?

『リベラルというのは常に真実を追求し、正義を貫くものだ』
そうお思いになっていらしたというウッドスタインさん。
お名前の由来も、私には、とてもすてきだなあと思えたものですよ。

それがどうして、この問題に関してだけはこういういい方をなさるかなあ。
これがなければ、あなたともっと、映画のこと…本のこと、音楽のこと…
色々楽しくお話しして色々教えていただくこともできたでしょうに。

さて。長々と書きましたが、ウッドスタインさん。これに対するお返事はいりません。
きりがないですので。
何か所か、質問形で問いかけている箇所もあるかと思いますが、それは私の単なる慨嘆であり、
特にお返事を希望しているわけではありません。

もし、さらに新しくお書きになりたいことがおありなら別ですが、どうか、
新しいお仕事に取り組まれるという、そちらの方にどうか力をお注ぎください。

理解し合えないままのこんな幕切れで残念ですが、ウッドスタインさん。
前回の返事にも書かせていただきましたが、ほんとにたくさんのことを教えていただいたと
思っています。『いたた!急所を突かれたな』と思うこともしばしばありましたよ。
ウッドスタインさんが折に触れ書いてくださった文章作法のようなことの数々。
ほんとうに学ばねば、これからも心していかねば、と思っています。

私が書いた失礼な言葉の数々、どうかお許しください。
本音を言えば、これでも、ずいぶん、言葉を選び選び抑制して書いたつもりです。(笑)

一年間のご訪問、ありがとうございました。
お仕事のご成功と、ご健康、お祈り申し上げます。

願わくは。
リベラルに戻ってください!! ^^




Re: ウッドスタインさんへ③


(3)その他

梶山季之氏『族譜』は、確かに、事実誤認、ということがあるようですね。
創氏改名については、私自身がそもそも同じような事実誤認をしていました。
まず、創氏は必ずしも、日本風の名前でなくともよかったこと。現に1940年2月から
8月までの期間を区切って行われた『設定創氏』の期間を過ぎた者は、『法定創氏』
と言って、元の『姓』が『氏』に切り替わったといいますから、結果的に
男子は見かけ上は名前が変わらなかったので、『金』姓などがその後もちゃんと
残っていた。
また、『族譜』は、創氏改名をしたからと言って、白紙状態になるわけではなく、
戸籍も旧来の朝鮮の姓名と、新しく創氏した氏名が共に書かれた。
ですから、梶山氏の作品の薛鎮永という旧家の戸主が、『族譜』を失うことを
嘆いて自さつするという設定自体にそもそも無理がある…こういう批判ですね。

これに関しては、私の誤りを素直に認めたいと思います。

ただ。
私が、ここで『族譜』を例として取り上げた真意はこうです。

創氏改名は、単に自分の父祖から続く姓名を、日本による朝鮮の人々の皇民化政策とやらで、
新しい氏名に変えさせられた、というだけのことではないです。
そこには、朝鮮の民の家制度…儒教思想にのっとった家族観、言わば民族の歴史そのもの
の大事なものを解体して、日本のルールを押し付けた、という問題がありました。
これは、日本語教育の強制と同様、その国の文化伝統そのものを、土足で踏み込んできた外国の人間が
勝手に壊して行くようなものです。

その根本の理不尽を見てほしいと思います。
これが逆の立場だったらどうでしょう?

それから、『文学作品の内容を鵜呑みにするのはいかがなものか』というご指摘は
私もその通りだと思います。
フィクションはフィクション。
そこには当然作者の創作部分や誇張、拡大解釈などがある。
私も、まさか、文学作品に書かれていることをそのまま鵜呑みにしたりはしません。

しかしながら、優れた文学作品には、学術書などの記載や公文書だけではなかなか見えてこない
その時その当時の人のこころや、時代の空気というものが描かれています。
それは大事な、時代の一証言になりうると私は考えています。
無論、細部に誤りがあれば、それを全面的に信じることは出来なくなりますが。

Re: ウッドスタインさんへ②

3続々・中韓のこと
(1)考え方の果てしない溝
『人をころしちゃいけない』
『人のものを盗んじゃいけない』
『人を(女性を)暴力あるいは恐怖で支配し犯してはいけない』
『人の自由を奪っちゃいけない』
『隣人のものをむさぼってはならない』

モーゼの十戒とかアッラーの教えとか宗教と関係ないと書いておいたはずです。
私はこれらを人間の犯してはならない禁忌だと考えているだけです。

『申し訳ないですが、管理人さんのこの点に関する御主張は、単なるきれいごと、
ネトウヨの連中からすれば「お花畑理論」というやつですかね。持てる人が自分だけは安全領域に居て、
持つことができなかった奴に偉そうにして垂れる、毒にも薬にもならない説教のようにも見えます。
生きるか死ぬかの状況にいる者に、のんびりとこの五項目を言って聞かせるのが、
管理人さんの一興なのでしょうか。』

そういういい方をどうして最後になさるかなあ。
私が、単に『一興』などのために、これだけ時間とエネルギーをかけて記事を書き、
また、ウッドスタインさんのコメントにもまたエネルギーを費やして真剣に答えていると
お考えですか?
私はいつでも真剣ですよ。単に楽しみのためにこんなことを書き続けてはいないです。
単に言葉遊びをここでしているつもりは全くありません。

『持てる人が自分だけは安全領域に居て、持つことができなかった奴に偉そうにして垂れる、
毒にも薬にもならない説教のようにも見えます。』

とお書きになっていらっしゃいますが、ウッドスタインさんは一体、どういう状況を思い浮かべて
私が持たざる人々に綺麗事の説教を垂れてる、とおっしゃるのでしょうか。
『生きるか死ぬかという状況』とおっしゃるのは戦場のことですか?

それなら、戦争中に日本の軍の上層部がやったことがまさにそれですよ。
階級も名誉もある、いわゆる持てる立場の政治家や高級軍人たちが自分たちは安全な後方にいて、
持たざる階級の兵卒たちに、ろくな装備も持たない特攻機で敵戦艦に体当たりせよと
計画し命令する。もう食べ物さえない飢えた兵たちに、大和魂を鼓吹して
ただやみくもに突撃せよと命令する。

『中国人捕虜は足手まといになるからころせ』『食糧などは現地調達せよ』
(つまり中国や朝鮮やフィリピンなどの民の主食や野菜や水牛や豚や鳥を現地で盗め)
という非情な暗黙裡の命令。兵士たちが女たちをごうかんしても黙認。
それこそ、当時は『持てる』立場にいた日本人の高級軍人の、『持たざる』立場の
兵や現地の人々への理不尽きわまる暴挙ではないですか?

私は、そういうことを告発しているのです。世界のどこででもこういう事が
起きないようにと。

これは間違っていますか?
お訊きしますが、ウッドスタインさんは小さい子供たちに、
『ときによっては人をころしてもいい』
『ときによっては人のものを盗んでもいい』
『ときによっては女性をごうかんしてもいい』
『ときによっては何も罪ない人の自由を奪ってもいい』
『ときによっては隣人のものをむさぼってもいい』
と、胸を張って教えられるのですか?

こうしたことは、その時々の時代状況によって、ときに許されることなのですか?

ウッドスタインさんはこうおっしゃいます。
『自分が、あるいは自分たちが生き残るために、他に対して危害を加えるというのは、
動物の本能に立ち返れば十分にあり得ることです。仮に、上記の規範に自分たちだけは
納得したとしても、納得できない連中が他に存在すれば、そんなバランスはすぐに崩れる。
そんなことの繰り返しで、少しずつ倫理や規範などを積み上げて体系化し、共通認識として
広げてきたのが人類の歴史であり、そしてある程度ではありますが、その叡智によって
築き上げられたものの上にいるのが、現在の我々なのではないでしょうか。
その時代時代において、その時代までに築かれた価値観に基づいての行動を、大した思慮もなく、
脊髄反射の如く、安直に批判するその姿勢自体が、私の常識外です。』

私は、過去の人々を裁こうなどとしているわけでは決してありません。
戦争というものは悲惨なものだから、人間が人間をころすなどと言う状況に皆を陥れたくないから、
こうやっていろいろ書いているんじゃありませんか。
そうなってしまう前にそれを食い止められるよう、先回りをして心配しているだけです。
そのために過去をしっかりと見つめようとしているだけです。

上にあげたような規範を、『そんな規範は時によって場合によって
守らなくていいのだ』『その時代時代において、その時代までに築かれた価値観に基づいて
行動したっていいんだ』というふうに言いきっていいのでしょうか?
当時は欧米も同じことをやっていた。だから日本の侵攻も許される。世界の常識がそうだったのだ、
という具合に。
それでは一体人間は何を信じて生きて行けばいいのでしょうか!
時代時代で、求められる価値は確かに違う。
ただそれに合わせて行けばいいのですか。

私は、上にあげたようなことは、常に変わらぬ人間の規範だと思います。
時や状況によって勝手に解釈されたり脇に追いやられていいものなんかじゃない。
『きれいごと』などと言う、それこそ甘ったるい言葉遊びなんかじゃない、
人類が何があっても守っていかなければならない厳しい規範だと思います。
どんな状況下にあっても、人間はこのことを忘れてはいけない。
きれいごとと言われようがどうしようが、人間には、常に高く掲げておかねばならない
普遍の理想(…一筋の希望、と言ってもいいです)というものがあると私は信じています。

ウッドスタインさんご自身が、
『少しずつ倫理や規範などを積み上げて体系化し、共通認識として広げてきたのが人類の歴史であり、
そしてある程度ではありますが、その叡智によって築き上げられたものの上にいるのが、
現在の我々なのではないでしょうか。』
と、素晴らしいことばをお書きになっていらっしゃるじゃありませんか。
ここでウッドスタインさんがいう、『倫理』『叡智』と言うのが、まさに『人を殺しては
ならない』などの、人間の人間としての規範なのではないですか?
それが常に心に高く掲げられているからこそ、人間は、はた!と正気に返れるのでは
ないですか。
この原則を崩してしまっていい、となれば、人間はまさに、生きるためならば何をしてもいいという
単なる獣になってしまいます。



(2)「日韓併合が侵略だったのか」について

『日本人に「侵略者」というレッテルを貼りたくて、貼りたくて、たまらない管理人さん』

またまた~っ!^^
そういういい方こそレッテル貼りじゃないですか?
ウッドスタインさんこそ、私にレッテルを貼りたくて貼りたくてたまらないのでは。


私は、日中戦争・太平洋戦争時における日本軍の朝鮮半島、中国、南方諸国への
進攻は、『侵略』であったと思います。

ウッドスタインさんが引用なさった孫子の教え、これでなにをおっしゃりたいのか
よくわかりませんが、
私は、ほんの一例として、高宗が大臣会議を招集して、日本とそういう条約を結ぶかどうか
ということを諮ったときに、日本の憲兵隊が監視する中で行われたというようなことを
異常だと言っているのです。
一国と一国が条約を結ぶ時に、こういう状況下で審議が行われることが、そもそも
対等と言えるのでしょうか。
何よりも、日本が朝鮮半島で、中国で、アジア諸国で、してきた行為の総体を
見てください。それらを侵略と言わないで、いったいなんというのですか。
慈善事業だったとでも?
進攻する先々で、現地人の農作物やその他の財産を接収し、家を焼き払い、ときに
女を蹂躙し、捕虜にした者は、皆とは言わずともその場でころす。
戦争だから当たり前、とでも?

私は、日本軍だけを貶めて語っているのでは決してありません。

このことに関しては、もう前の返事で書いていますので、重複は避けます。

Re: ウッドスタインさんへ①

ウッドスタインさん、こんにちは。
ちょっと急ぎのコメントがあり、順序が逆になって申しわけありません。
最初にコメントいただいてから、ちょうど一年程ですね。ありがとうございました。
それではまた、番号順にお応えさせていただきます。

> 1.常連さんについてのこと


趣味のことなどだけを書くブログはともかく、こうやって政治的なことを
書いていれば、当然、違う考えのかたがおいでになって、疑問をお書きになるということは
あることだろうと覚悟しているということは何度も申し上げましたね。
ウッドスタインさんは、このコメント欄が、お互いに考えの近い者同士が
「そうだよね!そうだよね?」と確かめあっているような雰囲気が
我慢ならないとお考えになられたのかもしれませんね。
ブログの主と考え方が近い人々が集まるのはごくありがちなことではないでしょうか。

でも、ここにだっていろんな考えの方が実はいらしているのだろうと
私自身は思っています。
ただ、「ああ、これは自分の考えとは違うなあ」とたとえお思いになっても、
黙ってらっしゃるだけではなかろうかと思います。
また、共感していても、自分が議論に加わることによって、その方のブログが炎上に
近い状態になることを避けるために、もう喉元まで言葉が出かかっていても
我慢して様子を見ている、という方だっていらっしゃると思います。


『コメントの作法として管理人さんの考えを聞きたい』とおっしゃるので書きますが、
ブログのコメント欄世界にも、よく知りませんが、なんとなくの約束事と言うものは
あるようですね。ブログ始めたばかりの頃、「横レスすみません」とか書いてあって、
何のことだろうと思っていましたが、要するに、他のブログ訪問者と管理人の
話に割り込まない、ということだとか。そのほか、「二度レスごめんなさい」とか
「長文レス失礼しました」とかあったので、はあ…そういうルールがあるのかなあ、と。

でも、私はこれまで、ぜんぜんそういうの、構わずに来ましたけどね(笑)。
同じ記事に二度三度のコメントいただこうが、それが長かろうが一向に気にしない。
自分もまた、ちょくちょく他の方のところで、それ、やってきたように思います。
ただおのずと限度はあるとは思っていましたが。


ところで、誰かが何かをおっしゃって、それに私が賛成することがいけませんか?
相手がどなたであっても、賛成ならば賛成、納得できないならば納得できないと、
そのかたとわたしの間で話をしています。それを横からお聞きになっておいでになって、
「あの人物のあの発言は気にくわなかった」とおっしゃられても困ります。
無論、ブログ主などの気にくわない発言はあるでしょう。
しかし、普通は、「ああ、考え方が違うな」と思って黙って去るだけなんじゃないですか。
ましてコメント欄では、みなさんいわば対面で私に向かって話をしていらっしゃいます。
私もそのかたに対面のつもりで返事をしています。
ウッドスタインさんは、
「ブログは公開しているものだから、たとえコメント欄であっても、皆に見られていると
思ってその内容に責任をもつべきだ」と言うふうなことを以前おっしゃいましたね。

私は、本記事ならば、それは認めます。
でも、コメント欄は、いわば私的なやり取りの要素が強いです。
コメント入れてくれる人と管理人が、真剣に向き合って、一対一で話している。
その時に、他の誰かのことを念頭に置いて話さなければならないとしたら…
それは非常に苦痛なものになってしまいますよ。
コメントの楽しみが減ってしまうと言ってもいいかもしれません。
ブログの世界で、『横レス』をなんとなくブロガーが避けるというのも、
そうしたことが暗黙の了解事項としてあっての一つの知恵かもしれないと私はこの頃感じています。

私は、ウッドスタインさんのためにこのブログを開いているわけではありません。
同じく他のどなたかのために開いているわけでもありません。
だから、どなたにも同じように誠実に接してきたつもりです。

逆に、ウッドスタインさんとわたしの議論に、一言、口を挟みたいと内心お思いになったかたも
実はたくさんおいでになったと思います。
でも、ウッドスタインさんと私のあいだの話だから、と気持ちを抑えて静観していて
くださったのだろうと私は思います。
私は前回の返事で、子どもの頃から、喧嘩に他の人まで持ち出すのをきらいだったと
書きましたね。今でもその傾向は変わりません。
ウッドスタインさんと私との間の議論。それに他の人を巻き込む必要はないと思っています。
だから、ウッドスタインさんにも、そうして欲しかったというのが正直な思いです。

歴史認識についてはまたあとのところで。


2.水の話は難しい?
これについては、ここではこのくらいで。
大きな問題ですが、またいずれ記事にでもしたら、遠くからお読みください…。
ウッドスタインさんが環境計量士(濃度関係)の資格をお持ちでおいでと言うこと。
現在のお仕事とは関係なくておいでとのことですが、それで水質検査、などと言うことに
詳しくておいでだし、水問題にも関心をお持ちになられたのですね。
原子力に関しては、いやでも応でも長く向き合っていかなければならなくなる、というのは
私も同じ考えです。こうなってしまった以上、しかたありません。

『こういうところは、歴史認識などで今なお日本に対し、牙を剥き続けている
朝鮮人のメンタリティ並みの執拗さを示すべきなのでしょう。
千年は恨みを忘れないという、そのくらいの執拗さを。』

ウッドスタインさん、どうして最後がこうなるかなあ!
ウッドスタインさんは、朝鮮半島の方に何か個人的な恨みでもおありにあるのですか?
日本が、否応なしに原発事故の後始末と向き合っていかなければならなくなった…
そのことと、朝鮮半島の人々と一体何の関係があるのですか?
しかも、朝鮮の方をひとくくりにして蔑む言い方。
こういう書き方。折角の知性もぶち壊しの感じがしますよ。^^

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No title

 今月はまだ1日ありますが、とりあえず今回をもって、貴ブログへの最後の投稿とします。ただ、管理人さんの御返答の内容次第、あるいは管理人さんから御質問を受けた場合などに回答する必要もあるでしょうから、それらについては補遺ということで、9月になっても引き続き投稿させて頂く予定です。
 ということで、今回の投稿ですが、まず前回の管理人さんからの御返答文に関して回答などを行い、後半は貴ブログについてこの1年の中で思ったことなどについて触れていきたいと思います。

1.常連さんについてのこと
 最後ですから、このことにも触れておきましょう。もちろん、貴ブログの全てのコメント欄を読んでいないので断言はできませんが、私以外の方と管理人さんと議論になったり、論争になったりした場合を見出すことはできませんでした。つまり、仮に管理人さんと私が対立した場合に、おそらく私の側につく方は皆無で、全ての方が管理人さん側につくのだろうなあ、と思えてしまうわけです。そんなことは別にどうでもいいのですが、私から見れば、管理人さんの提起した事項に関しては、皆様はほぼ同調しておられ、私のように異論を差し挟む奴など、例外的な存在ですよね。ですから、貴ブログのことを管理人さんが丹精込めて造営した花園に見えてしまうわけであり、もしかしたらそもそも論争など馴染まないのかもしれません。そんな花園を猪の如く踏み荒らし、もしかしたらその花園に魅せられて訪れている来客にまで危害を及ぼすのには、その花園を管理する者として耐えられないのでしょう。
 以前にも申し上げましたが、私は過去にあるブログでコメント欄を荒らしたということで出入り禁止となった身ですから、その辺りのことも管理人さんの危惧を助長したのでしょう。私もさすがにそのことに対する反省はありますから、それなりに気を付けていましたが、それでもある人のコメントにはたびたび自分の琴線が刺激を受けました。誰のコメントであるかは、管理人さんはすでにお気付きと思います。そして、その人の、ある時のコメントに関しては、割と自分の感情を制御することができるはずの私ですら、久し振りに文章を読んで頭に血が上るのが感じられるほど怒り、そして興奮しました。柳眉を逆立てるなんて、生易しいものではありません。そして、さらに火に油を注いだのが、そのコメントに殆ど異を唱えることもなく、割と短絡的に同調した(と、私には思えてしまった)管理人さんの御返答のコメントの内容でした。今にして思えば、それ以来、貴ブログに対する態度が微妙に変化したかもしれません。管理人さんだけを相手にしているのではなく、管理人さんと常連さんの連合体と対峙しているのだという意識を持つように至ったようです。と、ここまで読んでもらって管理人さんは、自分のことなのにウッドスタインは何を曖昧な表現を用いているのだ、と思われているのでしょう。でも、自分の意識なんて常に自分で把握できるものではありません。少なくとも、私自身に関しては。
 話を元に戻しまして、そのある人のある時のコメントについては、そのある人に対して直接異論を唱えるわけにはいかないので、間接的に管理人さんに異を唱えるという形で、質問したり、反論してみせたりしました。ただ、私の投稿コメントの内容を読めば、実際には誰に対して物申しているかは簡単にわかるわけで、もしかしたら御本人から何らかの反応があるのでは、と、密かに期待もしていたのですが、見事に無反応。正直言って、がっかりしました。もっとも、その人にしてみれば、私など歯牙にもかけず、関心の対象外ということなのでしょう。とにかく、私の物言いの矛先が当事者ではなく、管理人さんに向かったというのは、管理人さんにとってはいい迷惑なのは間違いないことです。ただ、ブログの運営者というのはそこまで責任を負うべき、というのは言い過ぎなのでしょうか。それとも、こういう場合は何か言いたくても、異を唱える側の方が抑制すべきなのでしょうか。もし、コメントの作法として管理人さんに何かお考えがあれば、教えて欲しいと思います。
 まあ、そんなこともあって、何か「常連さん」という像を勝手に膨らまして、自分自身で余計な意識をするようになったようで、この辺が、まだ私の人間の出来ていないところなのでしょう。

2.水の話は難しい?
 この話をもっと膨らませたかったという管理人さんの感想ですが、実はこの話題、興味は大いに持っていますが、例えば、原発や代替エネルギーの話のように、いろいろ語りたいことがあるか、というと、それほど意欲が湧きません。理由については、以前にも少し触れましたが、技術的側面で興味の湧くようなことがそれほど多くはない、少しキザな言い方をすれば、自分の知的好奇心を刺激することが多くない、ということでしょうか。前回の投稿で、管理人さんが具体例を御所望ということで「地下水化を守る~TPPで失う100億トンの水」という話をしましたが、こういう話はわかりやすい反面、紹介しても面白くはありません。単なる統計値の積み上げに過ぎないわけですから。
 以前、水のことに興味を持つきっかけとして映画のことを挙げました。ただ、それは飽くまで興味を持つきっかけであり、本格的に知識を得ようと思ったのは別のきっかけがあります。自分の正体をある程度明かすことになるのでこれまで言いませんでしたが、実は私は環境計量士(濃度関係)という資格を持っています(もっとも、この資格を活かした仕事をしたことはまだありませんが)。どのような資格であるか興味がおありならば、それはそちらで調べて頂くとして、守備範囲としては大気汚染、土壌汚染、そして水質汚濁というところでしょうか。資格取得直後にどのような仕事があるかを調べたことがあるのですが、圧倒的に水質検査が多く、それならば日本の水の現状はどうなっているのだろうと思い、様々な本を読むようになりました。最初の頃は知らないことも多くて面白く、また日本の技術がいかに水質を改善することに寄与してきたかも実例をもって知ることができて有意義だったのですが、翻ってその技術が有機的かつ効率的に活用されているかというと必ずしもそうではないことも知らされました。もちろん、原因は沢山あるのですが、官民が協力して事に当たることができなかったのが第一に挙げられます。最近でこそ、安倍首相がトップセールスとして日本の技術を諸外国に売り込むことを本格化し始め、例えば原発と並んで日本の上下水道の技術もリストアップされていますが、はっきり言って遅きに失していることは数年前からわかっていました。素人の私がわかるわけですから、専門家がわからないわけがない、要するに政治の側に技術力と経済を結び付けられる発想の出来る人材がいない、言い換えれば企業経営のような発想ができないということが改めて実感させられた、というのがこの水の話でもありました。
 話は少し変わります。福島の原発事故が深刻であることが言うまでもなく、それゆえに脱原発を掲げるのは当然のことであると私も思いますが、では日本、だけではなく汎世界的な原発の現状がどうなっているのか、技術面はどうなのか、などについて、よく理解しないままに脱原発と騒ぐことにはどうにも与しにくい。はっきりいって、私が一線を画しているのは御存知のことと思います。核廃棄物の処理問題が解決しないことや、原発事故が起きたことをもって、所詮人間は原子力を扱う能力はなかったと断じるのもいいのですが、すでにどっぷりとつかってしまった以上はこれからも付き合わざるを得ないわけで、原子力に目を背けることはできません。ですので、原発関連のことでも頭から拒絶するのではなく、出来る限り正しく情報を把握することを願います。例えば、数日前のニュースで「福島第一原発事故からの2年間で、30兆ベクレルの放射性物質が海に流出」というのがありました。これだけだと、何か浜通りの沖合が死の海になってしまったかのような印象を受けるかもしれませんが、実際にはどうなのか。あるいは、地元の漁協は放射性物質であるトリチウムを含む水を海へ放出することに対し強硬に反対していますが、果たしてそれが妥当なのか、なども、冷静な目を持って考え、判断できるようになればいい、と願っています。原子力関連の話はこれまでもしてきました。これは別に管理人さんやうみそら居士氏だけに限らず、自分の周囲の人にも問われることがあったので回答してきており、こういうとまた上から目線と言われるかもしれませんが、そういう人たちの多くは極端に悲観的であったり、逆に楽観的であったりすることが多く、当惑することもあります。その根底には、あまりにも原子力のことを知らなさ過ぎるというのもあるのですが。
 はっきりいって、これは日本にとって持病のようなものとなってしまいました。慢性疾患というところですかね。ですので、これ以上症状が悪化しないようにすることが、まずは肝要です。そして、長い付き合いをしているうちに、症状が緩和したり、有効な薬が開発される可能性もある半面、別の疾患が発症する可能性もあります。でも、その認識と覚悟が日本人にあるのか、少なくとも日本の政治家にあるのか、仮にあったとしても維持し続けられるのか。こういうところは、歴史認識などで今なお日本に対し、牙を剥き続けている朝鮮人のメンタリティ並みの執拗さを示すべきなのでしょう。千年は恨みを忘れないという、そのくらいの執拗さを。

3.続々・中韓のこと
(1) 考え方の果てしない溝
『人を殺しちゃいけない』
『人のものを盗んじゃいけない』
『人を(女性を)暴力あるいは恐怖で支配し犯してはいけない』
『人の自由を奪っちゃいけない』
『隣人のものをむさぼってはならない』
 これはモーゼの十戒の一部ですかね。この規範を遵守できたならば、有史以来の諍いの数は実際よりだいぶ減っていたのでしょうね。でも現実はどうだったのでしょうか。申し訳ないですが、管理人さんのこの点に関する御主張は、単なるきれいごと、ネトウヨの連中からすれば「お花畑理論」というやつですかね。持てる人が自分だけは安全領域に居て、持つことができなかった奴に偉そうにして垂れる、毒にも薬にもならない説教のようにも見えます。生きるか死ぬかの状況にいる者に、のんびりとこの五項目を言って聞かせるのが、管理人さんの一興なのでしょうか。
 所詮は人間のすることですから、自分が、あるいは自分たちが生き残るために、他に対して危害を加えるというのは、動物の本能に立ち返れば十分にあり得ることです。仮に、上記の規範に自分たちだけは納得したとしても、納得できない連中が他に存在すれば、そんなバランスはすぐに崩れる。そんなことの繰り返しで、少しずつ倫理や規範などを積み上げて体系化し、共通認識として広げてきたのが人類の歴史であり、そしてある程度ではありますが、その叡智によって築き上げられたものの上にいるのが、現在の我々なのではないでしょうか。その時代時代において、その時代までに築かれた価値観に基づいての行動を、大した思慮もなく、脊髄反射の如く、安直に批判するその姿勢自体が、私の常識外です。
 管理人さんの考えを突き詰めれば、おそらく日本の歴史上の有名人物のかなりの部分が糾弾の対象ということになるのでしょう。例えば、源頼朝も織田信長も。それはそれで、面白いですけれどね。
(2) 「日韓併合が侵略だったのか」について
 いろいろ理屈を集めて、日本人に「侵略者」というレッテルを貼りたくて、貼りたくて、たまらない管理人さんにとって、私の掲げた理屈はどうにも不愉快極まりなかったようです。要するに、私の言い分は屁理屈であると言いたいのでしょう。それはそれで構わないです。ただ気になったのは、1905年の保護条約締結の際に日本が韓国側に圧力をかけたそうですが、それは武力を背景にしていたから、事実上の武力行使であると言わんばかりの理屈です。以前には孟子の言葉を出しましたので、今回は孫子の言葉を出しましょうか。これは原文を読んだわけではないので多少正確さに欠けますが、こんな意味のことがあります。「他国との折衝においては、智によって勝つのが第一、威によって勝つのが第二、そして武によって勝つのが第三である」と。知略を弄して勝つのは、実際にはなかなか困難ですから、次善の策として用いられるのは威し(脅し)ということになるのでしょうね。これは孫子の時代や戦前などだけの話ではなく、現在の国際社会の現実でもあるのは、説明不要でしょう。武力を背景にして、自国の武力、すなわち軍事力を誇示したからと言って、それが武力行使と同等である、というのはあまりにも短絡的だと思われます。武力を背景としない脅しというのもありますし、そもそも武力というのは行使しないに越したことはありませんから。
(3) その他
 管理人さんは、日本がいかに朝鮮半島で蛮行の限りを尽くしたかを私に示すべく、時系列等で様々な歴史的事項を列挙されました。そして、その当時の韓国人の待遇や、メンタリティを推し量るものの論拠として、文学作品を挙げておられました。具体名が上がっていたのが梶山季之著『族譜』、このようなタイトルの映画があったことは知っていましたが、内容については知る由もなし、さっそくネット検索してみましたが、この小説の内容自体に疑義があるという記事が散見されました。まあ、私には何が正しいのかわからないので、これ以上は何も申し上げられませんが、個人的意見として文学作品の内容を鵜呑みにするのはいかがなものか、と思っています。もちろん一般論ですが。結局は、軽重はあるにしても読者を引き付けるために、内容の誇張や事実と違うことを記述することもあるのが、文学作品であり小説というフィクションなわけですから。

4.補遺その1
(1) きっかけと関心の継続
 今にして思えば、貴ブログに訪れるきっかけとなったのは、うみそら居士氏のブログのリンク先だったことでした。いくつか見たリンク先のブログの中で、なんだか訳知りのことを堂々と文章にしていたブログがあったから、ということですかね。うみそら居士氏のブログについては、代替エネルギー情報の提供ということに絞って投稿することにしたので、それ以外のことについては貴ブログへ投稿、ということになってしまいました。そういう意味では、管理人さんにとっては迷惑な話だったでしょう。
 現在、私はアラウンド・フィフティなのですが、これまでどういうわけか、団塊の世代の人と交流する機会に恵まれませんでした。それより上の世代とか、少し下の世代の人とは割と交流があったのですが。貴ブログに訪れてからしばらく経過して、管理人さんが団塊の世代の人であることがわかってからは、管理人さんを団塊の世代の右代表と勝手に位置付けて、世代特有のものの考え方を模索してみようと思いました。自分にとっては親の世代でも兄弟の世代ではなく、よく知らなかったわけですので。管理人さんをとおして多少なりとも理解できたかどうかは不明ですが、そういう意味では、私にとっては有意義だったと思います。
(2) 漠とした印象
 主張そのものは、政党でいうと社民党や共産党の政策に沿っているというか、ほぼそのものですね。それはそれで筋が通っていると思いますが、何か取り付く島が殆どない、という印象ですかね。もう少し強調すれば頑迷固陋という感じですが、さすがに言い過ぎなのでしょう。かつて、社会党の土井たか子委員長の決めゼリフで「ダメなものはダメ!」というのがありましたが、それを彷彿とさせます。こんなことをいうと、管理人さんは「自分は聴く耳はあるし、考え方に柔軟性もある」と反論しそうですが、これは飽くまで印象です。
 これも管理人さんから「そうではない」と反論されそうですが、全体的をとおして、あまり日本や日本人がお好きではない、という印象を受けました。まあ、博愛主義者であるのは間違いないようですが、日本関連には厳しい態度を御取りなのでしょう。これは前回も触れましたが、どうも管理人さんの戦争関連の文章を読むにつけ、自分の先祖や先輩を「これでもか!」という感じで蔑まれているような感覚になります。あたかも、支那人や朝鮮人が、日本人を憎しみをもって蔑んでいるかのように。もっとも、ここまでくれば、私の独りよがりなのでしょうが。
 ここまででかなり御立腹であることは想像できます。ただ、自身ではその気がないとしても、実際に自分の考えを文章にして表現した場合、自分の意図しないことを読み手が受け止めて、場合によっては書き手がそれは誤解であると思ってしまうような捉え方をされることはあります。そのことは、私自身、管理人さんから私の投稿文に関して、ずいぶん指摘を受けました。まあ、そんなものだと思います。
(3) 福島第一原発の汚染地下水漏れ問題
 気がかりですよね。原子力規制委員会がレベル3に今回のことの深刻度を引き上げたことがニュースとして取り上げられていますが、そんなことを決める暇があったら、対策を何とか考え出せ、と言いたくなる気分です。相変わらず、当事者意識の殆どない組織であると、実感させられます。
 現象としては、平たく言うと地下水が山から海へ流れ出る途中に福島第一原発の敷地があり、そこを通ると汚染されてしまうということです。ですから単純にいうと、その敷地に地下水が流れ込まないようにすれば、少なくともこの問題のある程度の部分がこれ以上重篤にならずに済むことになります。ただ、こうなると、これは原発の問題という以前に土木の問題ということになります。自然の水の流れを変えてしまおうということですから。でも、そんな技術・ノウハウ、というよりも、そもそもそのような発想を東電が持っているはずがありませんし、仮に実施してもその費用は莫大で、これまで以上の負担能力が東電にあるとも思えません。
 もうお気づきだとは思いますが、これは国や地方公共団体が主体となって事に当たらない限り、解決の道はないと思います。そうなると、東電は破綻処理せざるを得ませんが、株主や東電に融資している銀行などの債権者は反対でしょうし、国が事に当たるとなるとその費用は国が負担することになりますから財務省が反対する、これが解決への道の大きな障害となっています。
 あと、汚染水の海への流失に関することがとりあえず収まったならば、水を循環させて原子炉を冷却させるシステムを構築しなければならず、そこで登場するのが東芝社製新型浄化装置「アルプス」ということになります。この装置については、うみそら居士氏のブログに詳細にコメントしましたのでここでは説明を割愛しますが、なかなか稼働し切れていないようです。私個人としては、アルプスに加えて他の浄化法も試行すべきと考えています。喫緊の課題は放射性セシウムと放射性ストロンチウムですから、これらを選択的に吸着する鉱物の利用も考えるべきと思うのですが。
 原発関連では、おそらくこのことがさしあたっての懸念材料と思われるので、少し触れてみました。
(4) リベラルの血
 この言葉については依然触れたので、ここでは繰り返しません。私が鈴木宗男氏の事件をきっかけにリベラルであることに疑問を持ったということを以前に申しあげました。今から10年以上前ですが、鈴木氏がまだ自民党に在籍の頃、彼は政治的にもマスコミ的にも大バッシングを受けました。共産党の佐々木議員からは「宗男ハウス」に代表される北方領土問題を利権化したのではないかという追及を受けたり、社民党の辻本議員からは「疑惑の総合商社」呼ばわりされました。そして、後になって、佐々木議員の追及のタネは鈴木氏を疎ましく思う外務官僚からの悪意あるリークをもとにしたものと判明したり、辻本議員もあのような言葉を浴びせた自分の不明を鈴木氏に詫びることなどのこともありました。政治的にはそのような感じでしたが、ではマスコミ的にはどうなのか。あれほど鈴木氏を批判した新聞各紙は、最終的に鈴木氏が「やまりん事件」などで有罪が確定したこともあり、自分たちが発した誤報を改めることをしなかったこと、鈴木氏の本質が憂国の士であり、正義漢であることなどを伝えなかったことなどにより、私のマスコミに対する信頼はなくなりました。特にリベラルを標榜する朝日、毎日、東京各紙には失望しました。自分の中には「リベラルというのは常に真実を追求し、正義を貫くものだ」という考えがありましたので、結構衝撃的でしたね。だからと言って、保守、右翼に転向したわけでもありません。辿り着いたのが、現実主義です。そして、自分本来に立ち返れば、科学的思考の重視ですね。
 管理人さんは、私がリベラルの血を捨てていない、と看做しましたが、まあ正解でもありますし、そうでないとも言えます。前段で述べた「リベラルというのは常に真実を追求し、正義を貫くものだ」ということでいえば正解でしょうし、世間一般でいうところの対立軸としてのリベラルであればそうではない、ということですかね。あえて言えば、「尽信書則不如無書(尽く書を信ずれば則ち書なきに如かず)」ということです。少し文脈としておかしいですが、その辺りはこれまでに説明したとおりです。

 ということで、今回の投稿はこれまでです。個人的には、自分の趣味に関する知識をもっとひけらかす機会があればよかったとも思ったのですが、そこは他人の土俵ということです。1年が長いか短いかはわかりませんが、いろいろ勉強させてもらいました。お世話になりました。

Re: ウッドスタインさんへ ③

ウッドスタインさんにはウッドスタインさんのお考えがまたおありでしょう。
ただ私はこう思う、ということです。
また、ウッドスタインさんは、こうお書きになられました。

『当時の日本が、韓国を中国の属国ではなく一の独立国ととらえ、かつ日本国民と同等
(場合によってはそれ以上)の扱いをもって遇することを明文化したものであると、思われました。
そして、その後1945年8月までの統治がどのような状況であったかはわかりませんが、
この期間の植民地支配が朝鮮民族にとっていかに過酷であったか、その惨状を伝えたものに
出会ったことはありません。』

これはおそらく、『韓国が日本に併合されてからは、見違えるほど国の衛生状態は改良され、
鉄道、道路、公共建築物、教育、福祉など、日本軍の管理下に置いて目覚ましくと整備されて、
今日の韓国の発展の基礎づくりをしてやったのは日本だ』という主張から来ているのですね?

私も、その点は認めます。日本が江戸時代から急速に文明開化を遂げ、瞬く間に欧米列強に
伍していくようになったその思想と手法で、韓国の公衆衛生や、識字率向上、
インフラ整備などには随分貢献したかもしれません。
しかし、国の幸福というものは、それだけで測れるものでしょうか?

『まあ、管理人さんの解釈だと、この時代の朝鮮半島に比べれば、現在のチベットや
ウイグル、内モンゴルは天国だと言いたいのでしょうね。』

ウッドスタインさん。このおっしゃりようも、あなたのような理知的なひとの言い草と思えない。
日本に併合された当時の朝鮮半島と、今のチベット、ウイグル、内モンゴルと比べて
何か意味がありますか。「見てごらん、これらの国は、今も文明開化されていない。
それは国民自身の意志に任せておいて、他国が文化を教えてやらなかったからだ。
韓国の発展と比べて大違いだ」とおっしゃりたいのでしょうか。
しかし、その国の幸福度など、国家財政の豊かさや物資の豊かさ、文化の度合い…
そんなものだけで測れるのですか?無論、それは大事な要因ではあります。
でも、それだけじゃないでしょう。日本は豊かな国ですが、決して幸福度の高い
国の上位に位置しません。日本の地球幸福度指数ランキングは、2009年版で、
なんと95位です。中国よりも韓国よりも下です。まあ、私はこういうランキングも
別に信用していませんが。


日本国敗戦の1945年までに、日本がどのような統治をしたか。
良いこともしたし、悪いこともしたでしょう。でも、日本の韓国や中国、アジア諸国への
戦争中の加害責任を認めようとしない人々は概して、この、侵攻され占領された側からの視点で
出来ごとを見ません。

1911年。総督府は朝鮮教育令を公布。『教育は特に力を徳性の涵養と国語の普及とに致し
以て帝国臣民たるの資質と品性とを具えしめむことを要す』として、朝鮮の人々に
日本語教育を強い、天皇の臣民たらしめんと教育していくと謳います。
国語というのは、その国の民の文化そのものです。それが他国によってその国の言葉に
すべてではないにしても変えられる…
1925年、治安維持法。1935年。総督府、各学校へ神社参拝を強要。
1938年。朝鮮語での授業をここで実質的に禁止。(1941年。全面禁止)
      国家総動員法。
1939年。朝鮮人労働者を集団募集。(強制連行始まる)
1940年。日本、朝鮮に創氏改名を実施。
1944年。日本、朝鮮に国民徴用令。

なんだ、そういうことなら、国内でもやっているじゃないか、と思われるかもしれませんが、
同じ徴用されるにしても、その待遇は、日本人と違っていたのは、私が読んだ日本人の書いた
文学作品などにも出てきます。
また、日本がしたことの善政の例として単に『鉄道、道路、港湾などインフラ整備をしてやった』といいます。
しかし、その道路工事などに徴用された者たちは、長期にわたって
身体拘束されたので、自分の家の農作業が出来ず生活困窮に追い込まれた、という証言などもあります。
併合に先立つ1907年。総督府の命により韓国政府は保安法を施行。これにより、
結社の解散、集会や民衆運動の制限・禁止。同じく1907年、新聞紙法により、
朝鮮人経営者の新聞をほぼ発行禁止、1909年、出版法により、検閲を強化。
1915年、布教規則により、宗教は、神道・仏教・キリスト教に限定。
1911年、森林令により、農民の樹木の伐採を禁止。貧しい農民は、燃料に困窮。

断髪令は、日本でもやったじゃないかと言われそうですが、儒教では髷や元結に
精神が宿るという考え。日本における断髪令とは意味の重大さが違う。土葬禁止と共に、
これは随分、民衆の、日本に対する怨嗟の感情を生んだでしょう。
憲兵警察も民衆に随分過酷でした。反日組織に対する情報収集・弾圧活動だけでなく、
民籍事務、山林監視、土木監督、納税奨励、墓地取り締まり、衛生業務など
民衆の生活全般に関わり、しかも警察署長、憲兵隊長は、1910年の『犯罪即決例』
によって、微罪については即決で刑罰を決める権利という裁判権さえ持っていた。
貧しくて乞食をすることも許されなかった。(1912年の『警察犯処罰規則』によって)

朝鮮名を日本名に変えよという命令なども、それを強要する側にとってはなんでもないことかも
しれない。しかし、先祖代々の名字を捨てよと言われることは、言われる側にとっては、
自分の朝鮮民族としての存在理由を奪われるに等しいと考える人も中にはいました。
それについては、梶山季之『族譜』(1952年『広島文学』5月号初出)がよく
その悲しみを伝えている。集英社刊「戦争文学 『帝国日本と朝鮮・樺太』」に収録されています。
一人の朝鮮の地方の旧家の当主の、命をかけた創氏改名への抵抗を描いています。

韓国を併合…私はそれを侵略、植民地化だと思いますが、国を失うものの苦悩や
悲しみは、その人々の目線に立って、同地平に立ってみなければわからないと思います。
こういうふうな視点を持とうとすると、それは『反日』だと言ったり、
『自虐的史観』だと言ったり決めつけるのは本当におかしいと思うのです。
ここには、自分が逆の立場だったら、という発想がありません。

ウッドスタインさんは私に、『じゃあ、竹島と尖閣は渡してもいいと考えているのですね』とか
『「侵略」というならば、現状の日本は中国や韓国・北朝鮮に侵略されまくっていますが、
そのことへの憂いは、管理人さんはないのでしょうか。それとも、管理人さんには、
米国はダメだけれど、中・韓・北には侵略されたい願望があるのかしら?』とお書きになりました。

ウッドスタインさん。この問いかけはあまりにも軽いですよ。知的なあなたの言葉とも思えません。
そんなことを私が思うわけないじゃないですか。
私は侵略を、映画やゲームのような、見終えたら…ゲーム機を閉じれば…ああ、おしまい!と
背伸びできるような、架空の侵略や戦争のような軽いものに考えていません。
中・韓・北から侵略される事を恐れる人々は、どうして、日中戦争・太平洋戦争中に
日本軍の実際の侵攻をうけた中国人や朝鮮人その他アジアの人々の恐怖や悲しみや苦痛に想いを致して
みないのでしょうか…。

以前、こうお書きになりましたね。
『武力の行使がなければ、侵略の要件を満たすことはできず、したがって、
このことをもって、日韓併合を侵略とみなすことはできない、との結論に至りました』

条約を締結する場で、日本軍が武器をちらつかせて脅かしていなければ、それは
『武力の行使がなかった』と単純に言えるのでしょうか。
長い文になりましたが、そもそも1875年、江華島事件の折から、圧倒的な
武器や兵士の規律鍛錬の差がありました。江華島砲台も、日本軍は破壊しつくしています。
圧倒的な武器弾薬、兵力の差をちらつかせながら、日本は日本軍を常駐させ、
徐々に徐々に、朝鮮の王宮の人々の戦う気力を奪っていったのではないでしょうか。

まあ、でも、これは形にならないひとのこころのことですので、私はそう思う、と言うに
とどめておきます。
1910年の日韓併合の条約締結の時はどうか知りませんが、それに先立つ1905年
締結の保護条約では、これにより朝鮮は外交権を失い実質的に日本の植民地になった。
この締結の際は、高宗が大臣会議を招集して、日本とそういう条約を結ぶかどうかと
いうことを諮った。そのときには、日本の憲兵隊が監視する中で行われたというのですよ。
これは『武器の使用』とは言えずとも、十分な威嚇行為ではないですか?
西四辻公尭『韓末外交秘史』によれば、伊藤博文はこの時、条約反対派のハン・ソンギュル
を、「余り駄々を捏る様だったら殺ってしまへ」と部下に命じた、とあります。
冗談で言ったのかもしれません、それはわかりませんが、高宗は妻の閔妃が日本軍関与の
元殺害されたのを知っている。高宗や大臣たちが日本軍へ抱く恐怖は、この締結された条約の
条文だけからは見えてきません…

私は、日本軍の中国・朝鮮半島での行いは、侵略であった、と思います。
中国について書くのが手薄になってしまいましたが、中国に関しては、私は、
1840年、イギリスと中国のアヘン戦争の頃まで遡って考えないと、日本が
したことの意味もほんとうには見えてこないと思っています。
イギリスの罪はほんとうに重いです。日中戦争のことはまた、記事で書いていきたいと思います。


6.最後に


ウッドスタインさん。このコメントもそうですが、先のコメントも、大変率直に
お書きくださって、感謝いたします。

『議論には様々な形態があり、意見のぶつけ合いというのもその一つ、その場合は、
ある種闘争の側面も生じます。要するに、論争というヤツです。ただ、自分の歴史観、歴史認識を
他人にぶつけても、相手が翻意することはまずありえません。そんな結果の分かっている論争に
なぜ踏み込んでしまったのか、多分踏み込んでみたかったのでしょう。
合理的な理由もないままに。理屈を超えたところで、自分の先祖であり、先輩である日本人を
蔑む論調に何か我慢できなかった、というのが、正直なところでしょうか。
では、そのような独りよがりの思いを御自分の大切なブログにぶつけるのはどのような了見か、
という疑問が呈されそうですが、これは現段階において最も身近だったから、としかいえません。』

などと。
ほんとですねえ。こうした議論は、お互いに譲れない最後のところ、というものがあり、
それをぶつけ合ってみても、溝が広がるばかりで、お互いの理解にいたることは少ないです。
ウッドスタインさんは、これからお仕事がお忙しくなられ、わたしのような者のところで
時間とエネルギーを無駄にお使いになっていられることはできなくなっておしまいになるという…
率直に言って、その方がいいと思います!(爆)
随分不毛な議論もしたように思います。
でもね。もうすぐウッドスタインさんが去っておしまいになるからいうわけではありませんが、
無駄では決してなかったと私は思っています。
随分たくさんの情報、知識をいただきました。そして、ウッドスタインさんの言わば、文章作法、
と言うのでしょうか。言葉を慎重に正確に選ぶ。確認のとれていない情報はいくら調べても
聴いても無駄、また、批判だけしていても仕方がない、批判するならその対策法も
同時に出せ、というような、文章を書く際の心得のようなものは、私も本当に同感いたしますし、
教えられることは多かったです。
ほんとにたくさんのことを学ばせていただきましたよ。

『自分の先祖であり、先輩である日本人を蔑む論調に何か我慢できなかった、というのが、
正直なところでしょうか。』

この、正直なお気持ちもわかりますよ。私のわかったふうなきいたふうな口のきき方も
おそらく生意気に見えたでしょう…

でもね。私が過去に書いてきた記事、もうかなりお読みくださったと思うのですが、
私の心情に、先人を蔑むようなところがどこにありましたか?
私はこの国のことをほんとうに心配しているのです。私のブログの基本は『憂い』です。

私ね。古い人間なんですよ。いや、たんに年齢のことでなく、若いころから、
「自分って、昔のものが好きだなあ、わたしって古臭い人間なのかなあ」と思ってきました。
実は、軍歌に籠められた情調など、とても好きなのです!あのメロディや勇ましさもね。
実は、私は、男と女の愛欲渦巻く廓の世界や赤線地帯などの物語は決して嫌いではないのです。
いや、むしろ、わたしの育ちは大体お察しだと思いますが、貧しさゆえに男や女が
転落していくやくざの世界や、遊郭などを描いた作品にはむしろシンパシーを感じる。
ここで書くものは、おりこうさんの優等生的発言が多く、ウッドスタインさんは
私のそう言った乙に優等生的な論調にもがまんできなくておいでだったのではないでしょうか。
でも、私の実態は、そういう優等生的な生き方を嫌いな方です。
「人間、そう、しゃくし定規に行くもんか!」といつも思ってる。

だからね、売春宿なども、否定など出来ないんです。男と女の微妙な関係もね。

でも、システムとしての人身売買や、戦争遂行を許すのとそういう心情はまったく別です!
私は、先祖であり、先輩である日本人を蔑む気持ちなんかないです。
ただ、二度と戦争に日本が巻き込まれ、また他を巻き込むようなことはしてほしくない。
それには、過去の行跡を直視することから始めるしかないと思っているのです。

たぶん、ウッドスタインさんと私は、同じことをちょっと違った言い方で言っていたことも
たくさんあったような気がします。
私が『突っかかる』性格であるがゆえに、ウッドスタんさんもそれに応じ、
互いの感情が行き違ってしまったこともたくさんあった気がします。
そのことは、本当にこころからお詫びいたします。

私ね。ウッドスタインさんは、前はリベラルであった、とおっしゃったでしょう。
ウッドスタインさんがお好みになるもの…名前の由来とか…お伺いしましたよね。
そう言ったものをちらっちらっと垣間見るにつけ、ウッドスタインさんは、
やはりリベラルの血を絶対に捨ててらっしゃらないと信じてるんです!(笑)
まあ、『リベラル』なんて言葉を使うと、その定義はなんですか、と問われそうですが。
『リベラルの血』などと言うと、なんじゃその曖昧な言い方は!と言われそうですが、
私、女性にありがちなことで、大変に情念でもの言う典型的人間ですから(爆)。

火野葦平の記事の中で、「人間の本質は変わらないのではないか」と言うようなことを
書きましたが、かつてリベラルであったというウッドスタインさんの本質は、
やはりリベラルなんじゃなかろうかなあ…とひそかに思っています。(笑)
そういう表現が適当でないなら…そうですね…『話せばわかる人』と。

それが、このように、多大なエネルギーをいつも使いつつも、
『はあ~…また長いコメント書く事になるのかぁ」とため息つきつつも、
ウッドスタインさんのコメントに出来るだけ誠実に逃げずに答えてきた理由です。

いつも誠実にウッドスタインさんは対してくださったと思っています。
新しいお仕事。大成功をお祈りしています。

Re:ウッドスタインさんへ ②

4.続・中韓のこと、その1

さて。ここからが意見の分かれるところですね。

『管理人さんは自虐史観至上主義の方ですので、日本の戦前の行為はすべて悪であり、
日本の軍事行為はすべて侵略行為でなければ気が済まないのでしょう』

またまた!ウッドスタインさん。どうしてこういう極端な論法になるのかなあ!
ウッドスタインさんは、非常に知的なかただと思っていますが、その知性あるかたが
おっしゃることと思えない。
『AでなければB』とか『Aはこうだ!』というお考えがいつもどうして出てくるのですか?
私が中国や朝鮮半島、その他のアジアの国々への日本軍の行為を侵略行為だ
と言うと、どうしてそれがイコール『日本の戦前の行為はすべて悪』と
私が言っていることになるのでしょうか?

『日本の軍事行為はすべて侵略行為でなければ「気が済まない」のでしょう』

ウッドスタインさん、私は、「気が済む」とか「気が済まない」とかでこれらの問題を
語ってはいないつもりです。議論のための議論、勝ち負けのための議論、
人に認められたいからの議論、自己満足のための議論をしているつもりはないです。
『自虐史観至上主義の方』と定義なさってそこから何が生まれますか?

私は、日本軍の侵略行為だけを指してよくないと言っているのではありません。
イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、ベルギー、オランダ、ドイツ、
アメリカ、ロシア、…そしてそういう行為をすれば、中国だって韓国だって北朝鮮だって
インドだってイスラエルだってどこだって悪いといいますよ。
私が、たまたま日本軍や日本政府そして強いて言えば日本人の、アジアへの侵略行為を
批判するからと言って、どうしてそれが『自虐的』となるのか私にはちっともわかりません。
私はどこの国であっても、武力をもって他国に侵攻し、そこを植民地化したり
属国化したりするのはいけないと思っています。

私が、ナチスドイツのしたことを悪い、と言ったら、自虐史観になるのですか?
私が、イギリスやフランスがかつてアメリカ・インディアンの土地だったアメリカを
武力で奪っていったのを悪い、といえば、それも自虐史観になるのでしょうか。

話を戻しましょう。

『「侵略は善ではない」という価値観がある程度普遍的になったのは
20世紀後半の新しいことであり、少なくとも19世紀や20世紀初頭までは、
そのような価値観がなかったとは言いませんが、多数派ではなかったのは確かでしょう。
ですので、現在の価値観をもって過去の行為を反省することはあっても、
管理人さんのように完全に否定する気には私はなれません。』

ここのところが、おそらく根本的に、ウッドスタインさんと私との分かれ道ではないかと
思いました。

『現在の価値観を持って、過去の出来事を裁けるか』
という、根本問題に行きあたりますね。

従軍慰/安婦問題でも、ここのところの考え方が違っていたように思います。
推測しますに、ウッドスタインさんは、例えば19世紀の出来事をこんにちの常識や
法に照らして裁くのはおかしい、という立場にお立ちなのではないかと思います。
例えば、かつてイギリスが東インド会社を作り、インドを手はじめとして、
世界各地に自国領を増やして行きました。スペイン、ポルトガル、オランダなど
西欧諸国が同様に世界に植民地を求めて出て行きます。
他の国を植民地化するのはいいことだったのか。現在の法に照らしてそれは許されるのか。
その当時は、「植民地化や侵略は悪いという意識はなかったしまして法などなかった。
どこの国もやっていたことである。当時はそれが常識だった」
「過去を今の法律や倫理観で裁くことは出来ない」

でもね。私はそういう立場に立ちません。
『いつの時代であっても悪いことは悪い』という考えかたなんです。
すごく単純なこと。

『人を殺しちゃいけない』
『人のものを盗んじゃいけない』
『人を(女性を)暴力あるいは恐怖で支配し犯してはいけない』
『人の自由を奪っちゃいけない』
『隣人のものをむさぼってはならない』

他にももっとあったと思うけれどとにかくただ、これらの原則に立っていつも考えています。
と言っても特定の宗教との関係はない。ただこれらは人間が人間として生きる
原則だと思うんです。
だから、『その当時はそれが常識だった』とか、『我々だけじゃない、みなやっていたことだ』
というのは、私には行為の正当性の理由にならないんです。
有史以来、人間の歴史は侵略の歴史だった、と言われても、それだから、侵略を許していいと
言うふうには考えられない。
『戦場に慰/安婦がついていくのはどこの国もやっていること。当時も今もそれは暗黙の了解だ』
と言われても、それだから慰/安婦の制度がいいというふうには私には考えられない。
みんながやっているから許される、というふうには考えられないのです。
これは小さい頃、「うちのお父さんも言ってたよ」「・・ちゃんもそう言ってたよ」という
ケンカの仕方をする子が嫌いだった心理と通底するものがあります。

『人を戦場でころす』『他人の物を欲しがる(他国の資源や利便を欲しがる)』『女を強・姦する』…
こういった、人間としての基本的な倫理に反するもの(と私は思います)が、その時代その時代、
また、その時の世界的風潮や慣習によって、ときに許容されることとされ、時に間違ったことと
して扱われるというのはおかしいと思ってしまいます。
いつだってそんなこたぁ悪いに決まってる!と思ってしまいます。

日韓併合、ということについてですが、ウッドスタインさんは、
『日韓併合だけはそこに至るまでの歴史的事象をみて、どうしても「侵略」には見えませんでした。
あと「韓国併合ニ関スル条約」の条項もいくつか読みましたが、いわゆる不平等条約とは
読み取れませんでした』というお考えなのですね。
人にはいろんな考え方があり、自分の考えを押し付けるのはいけないでしょう。
ウッドスタインさんのお考えはお考えとして傾聴したいと思います。
私の考えはこうです。

『第一条 韓国皇帝陛下ハ韓国全部ニ関スル一切ノ統治権ヲ完全且永久ニ日本国皇帝陛下ニ譲与ス』
私にはそもそもここからしてわかりません。
これが心から出た皇帝の意志なのか。
そもそも一国の王なり皇帝なりが、他国に国を譲与するという…。
それにはたいへんな葛藤があっただろうと思います。
当時の朝鮮半島は(中国もそうですが)、イギリス、フランス、ドイツ、そしてロシア、…と
開国を迫る西欧列強の強い圧力の中、江戸期の日本と同じように鎖国状態を
かろうじて保っていました。日本はたびたび開国するよう使者を出しますね。
でも、韓国は応じない。明治政府内で高まる征韓論。
ロシア公使榎本武揚は、1875年1月、寺島外務卿に宛ててこんなことを書いています。
(『日本外交文書』第8巻)
『もし魯より先んじられ,万一魯にて朝鮮国の我対馬嶋に対せる一地に歩頭を占る時は、
我防海の大目的を失ふべし』
『我より朝鮮を訓導し、我と交誼を篤ふせしめ、努めて我威徳を朝鮮国内に感響せしむる』
『朝鮮もし愚頑にして我と交誼の験なき時は、事に託して対馬嶋の向岸に我一歩頭を歩むる』
ことが必要だ、と。
これが幕末頃に起きた征韓論からほぼ始まって、韓国併合に至るまでの、
およその日本人の朝鮮に対する考え方を代表しているかと思います。

まずロシアが南下して朝鮮半島を抑え、日本をも侵略するのではないかという怖れ。
それを防ぐには朝鮮半島をロシアより先に我が国の支配下においておくことだ。
朝鮮はまだ愚かで頑迷な非文明的な国だから、日本がこれを導いて、日本の威徳を
教えてやらねばならない。もし朝鮮がわからずやなことを言って我々と手を結ばないなら、
何かきっかけを利用して、対馬の対岸にあたる朝鮮の地域に日本は人員を繰り出すべきだ、
と言っているのですね。
『一歩頭を歩むる』というのが、軍事介入する、とはまあ、読まないでおきましょう。
そういう意味を含んでいたかもしれませんが。
『事に託して』という箇所には随分含みがありますね。
このことばが予言したかのように、同じ1875年の9月、日本の軍艦雲揚号が
朝鮮の首都ソウルの表玄関に位置する江華島近海に侵入、江華島砲台の砲撃を受け、
こちらも江華島砲台を砲撃して破壊するといういわゆる江華島事件が起きています。
この事件をきっかけにして、北海道開拓長官・黒田清隆が
特命全権弁理大臣として朝鮮に赴き、翌1876年、日韓修好条約を結んでいます。
これは私も読んでみましたが、あからさまな不平等条約には思えない。
でも、これによって、日本はしっかりと朝鮮の地に、一歩を画したんじゃないですかね。
黒田清隆は、戊辰戦争の生き残り、榎本武揚の才を敵ながら惜しんで、その赦免に尽力し、
北海道開拓の片腕として榎本をとりたてた人物です。

先の榎本の、寺島外務卿に宛てた文書、『事に託して対馬嶋の向岸に我一歩頭を歩むる』
というのが、偶然かどうかは無論分りませんが、まさにぴたりと実現しました。

これが日韓併合のスタート地点だったんじゃないかと私は思います。
この榎本の手紙にある、朝鮮を未文明化の、立ち遅れた劣等国と見る視点。
これは明治政府のみならず、日本の一般民衆、そして欧米列強のあいだにも共通した
視点だったと思われます。それは清朝末期の中国に対する考え方も同じこと。
多くの西欧の強国が、中国での利権を得ようと画策していた。
ロシアと日本も同じです。日本にとっては、朝鮮半島を手中にすることは、
北のロシアの脅威から日本を防衛することと、中国への足掛かりとして
戦略的にとても重要だったわけですよね。
…そうして、朝鮮半島では、東学農民戦争(甲申農民戦争)などの民衆蜂起、
1894年日本軍による朝鮮王宮の占拠をきっかけにして日清戦争が始まり、
日本が勝利。三国干渉によって日本は下関条約を反故にされますが、ここで、
韓国を中国の冊封体制から切り離し、独立国とすることに成功する。
つまり日本が介入しやすくなったわけです。
その後も、日本軍も関与した王宮占領と閔妃暗殺事件があったり、日露戦争を経て
1905年、第二次日韓協約に基づいて翌年韓国総督府が開設された。初代統監は伊藤博文。
外交権をここで事実上剥奪。その後もずっと韓国民から恐れられることになった
憲兵警察制度も発足。
そして1910年ついに日韓併合条約に至ります。朝鮮総督府を設置。国号は朝鮮になります。

『韓国併合ニ関スル条約』に戻りますが、一読したところでは確かに不平等なところは
ないように見える。しかし、一つの国が他の国に併合を許すに至るまでの葛藤や
せめぎ合い、圧倒的力の差による威嚇やあきらめ、などはここからは見えてきません。
何もないのに、にこにこして自分の国を他国に差し出す王や皇帝などというものがいるでしょうか。
後に韓国は、この条約に高宗皇帝の署名がない、あるのは、条約締結に携わった
寺内正毅統監と李完用首相のだけ、ということでこの条約を無効とする訴えを
出していますが、国際社会では相手にされなかった。
独立した国家と国家間の条約なら国家元首の署名・承認(印)が必要で批准も必要だが、
当時の韓国は『自分で生きていけない国』であったから、周辺の国が国際的秩序の観点から
その国を取り込むということは当時よくあったことで、日韓併合条約は国際法上は
不法なものではなかった、というのです。

しかし、この国際社会の見解と言うものですが、この条約を合法とする人々の根拠と言うのが、
17世紀頃からヨーロッパで作られ発展した韓国併合当時の万国公法(国際法)なのです。
つまり、自分たちは散々海外の国々を植民地化してきたイギリスやフランスやなどの
作った法。彼らにとって、つまり占領国にとって都合のいい法律でしょう。
ここには、国や土地をを奪われる者たちの視点は入っていません。

私は、こういった点からも、判断するときには、自分の基準で判断します。
法律は、その時々の国家や、国際関係において、強者の側の都合のいいように
作られることがあるからです。
国連の大事な決議も、超大国の意向が全体の会議をリードする。
小さな弱い国々の意志は往々にして届きません。
と私が言ったからと言って、「じゃあ、彼岸花さんは、およそすべての法律などというものは
国際法も含め、無視していいとおっしゃるんですね」などとまた極端なことは
おっしゃらないでくださいよ。(笑)
そんなことを言っているのではありません。法律はちゃんと守ります。
ただ、強者の作ったものは往々にして強者の都合のいいものになりうる、ということを
言いたいのです。TPPや、安倍政権の政治もそうならなければいいのですが。

『人をころしてはならない』
『人のものを盗んじゃいけない』
『人を(女性を)暴力あるいは恐怖で支配し犯してはいけない』
『人の自由を奪っちゃいけない』
『隣人のものをむさぼってはならない』

などという、私自身の規範に照らして、私には、日韓併合は、上の5つのことを
全部日本軍が朝鮮の民に対してやったとしか思えないから、日本軍および日本国の
朝鮮半島、中国などでの戦時の行いを、私は悪い、と言っているのです。
これは、ナチスの侵攻を私が悪い、というときの判断と同じです。
自分の国だけをおとしめて考えて言っているのではない。

これは誰になんと言われようと、考えが変わることはないだろうと思います。

Re: ウッドスタインさんへ ①

ウッドスタインさん。こんにちは。
お見舞いの言葉をおかけくださり、ありがとうございました。
ウッドスタインさんも、新しいお仕事開始など大変にお忙しくておいでのご様子、
どうか、お若いとは言えど、お体お大事になさってくださいね。
大変に率直なお気持ちを書いてくださったコメント。小さな胸の痛みと申し訳なさを感じながら
読ませていただきました。

> 1.続々・投稿の作法
> (1) ブログ経営
私も率直に書かせていただきますが、正直申しまして、ウッドスタインさんは
ご趣味も含め色々なことに関し、ご自分のお考えを明確におもちのかただと思っています。
常々、そのウッドスタインさんが、なぜ、私のような者のブログの
狭いコメント欄で持論を展開なさるのか、それがわかりませんでした。
「ウッドスタインさんはここで何をなさりたい?」という私の先般の問いかけも、
いわば、ほとんど悲鳴に近いような私の正直な気持ちでした。
ご自分の趣味、また思想は、ご自分のブログまたはホームページ、
facebookなどをお持ちになり、そこで堂々と広く世界に向けて、ご自分のお考えを
自由に披瀝なさった方がいいのになあ、という思いがありました。
私という一個人をここの狭いコメント欄での議論で撃破(そんなお考えはなかったかもしれませんが。笑)
なさっても仕方がないだろう、ご自分のお考えは、私が拙いながらここで一所懸命
勉強しつつやっているように、基本的にご自分の土俵で正々堂々となさればいいのに、
という思いが正直言ってありました。代替エネルギーなど科学的なことに関しての知識など
ここで披瀝なさるだけははもったいないと思っていました。

と申したからと言って、私が自分のコメント欄での意見の交換を拒否しているわけでは
毛頭ありません。いつもウッドスタインさんがおっしゃるように、こうやってネット空間で
自分の考えを公開するからには、違う考えをお持ちのかたとの議論に発展する可能性は
当然ある。だからそれは覚悟で一応やっているつもりです。
以前にもお話しましたが、私は国家間の問題も戦争によって解決するのではなく、
飽くまで辛抱強い外交努力によって話し合いを重ねて解決していくべきだという考えです。
その私が、たかが自分のコメント欄であっても、意見の違いや感情の齟齬を最初から避けて
逃げるわけにはいかないと基本的には考えています。
ウッドスタインさんとは、歴史認識の問題で大きな考え方の相違がありそうです。
それでも、最初から拒否するのではなく、誠意を持って逃げずにこれまで応対させて
いただいて来たつもりです。またウッドスタインさんも、いつも丁寧な長文を
返して来てくださいました。ときにだいぶ上から目線なのが気にかかりましたが!(笑)

今、(笑)と書きましたが、私はウッドスタインさんに対し怒っているのではありません。
ウッドスタインさん一流の独特の物言い、と言いますか、ユーモアのセンスとお考えの
言い方にはもうだいぶ慣れています。
たぶん、たぶん、ウッドスタインさんを目の前にして、同じことの数々を言われたならば、
私はいつも爆笑していたかも知れません。
同じ文言でも、その方のいたずらっぽい眼つきや仕草などが加われば、180度違った
感じで受け取られることは大いにあると思います。
ウッドスタインさんは、ご自分がユーモアのつもりでお書きになったことに対し、なぜか
私が激怒するのを度々ご覧になり、???と首をかしげられることがあったのではないかと思います。
1の(4)「皮肉とユーモア」と関連してきますのでここでお話させていただきますが、
そういった意味で、書いた文章と言うものは難しい。相手に自分が意図せぬきつい印象を
与えてしまうことはよくあることだと思います。
たぶん、私もいつも過敏に反応しすぎていたのでしょう。ウッドスタインさんのユーモア感覚が
独特だと知りつつ、何度もその表現の端々に激怒しましたからね。^^
ウッドスタインさんの、失礼ながら多少押しつけがましいもののおっしゃりよう。
また私のピリピリと神経をとがらせた闘争的性格は、私達のほんとうは目指したかった
理知的な議論の邪魔をしていたかもしれませんね。
その意味で、私も自分の猛々しさをウッドスタインさんに謝らなければなりません…。


(2)揶揄?

前の文とも続き、また(4)[皮肉とユーモア]にも関連しますが、ウッドスタインさんの
独特のおっしゃりよう。また自分の怒りっぽさもわかっていたので、私は、
『やんわりとした皮肉とか遠回しな揶揄とか、そういったものも無駄なのでやめませんか。』
と提案してみました。
『物事の本質は細部に宿る』とおっしゃるウッドスタインさんの姿勢はとてもよく
わかりますし大事なことだと私も思います。だから、前々回?の返事でも、出来るだけ
曖昧さを避けるよう気をつけたいと思います、と自分でも申し上げました。
しかし、ですよ。
議論の本質的部分での曖昧さ排除をいうなら、私もよくわかります。けれども
あまり瑣末な、議論の本質とかかわりないようなところで、相手の言葉の意味を
あげつらっても仕方がないと私は思うのです。
どうも、ウッドスタインさんと私のコメントの往復は、そんな部分にエネルギーを割きすぎた
と思いになりませんか?
今回のコメントの返事も前回のもそうですが、細かいことを気にする内容についてだけで
既に長大な文になりつつあり、肝心の日中・日韓関係や水問題のところになかなか辿りつけない。
いつもそうなります。だから、『やんわりとした皮肉とか遠回しな揶揄とか、
そういったものも無駄なのでやめませんか。』と申し上げました。
ウッドスタインさんはたぶん、前々回のコメントで、私が珍しくしおらしく(笑)素直であったのに、
前回のコメントで、いきなり怒りまくっているので、何なんだ?!とお思いになられたのでは?

正直に申し上げますが、私はこの細かいことでのやり取りにイライラしてきたのです。
いつまでたっても先に進まない不毛さに。
とりわけ私が困ったなあと思ったのは、この『揶揄』に関した部分のところでした。
『なぜ、ウッドスタインさんは、私のところに訪れてくださる他の方々のことを
持ちださねばならないんだ?』ということに対してです。
今回もまた、ウッドスタインさんは、
『おそらく常連さんならばそのようなことはなく、当意即妙に対応できるのでしょう。
そのように、私より卓越した能力をお持ちの方々をどうして私が揶揄することができるのでしょうか。』
と、お書きになりました。
まあ、これは、わたしの質問に答えてですから、仕方なく持ち出されたにしても。
でも、これは褒め殺しのような、ちょっと嫌みな言い方ですよ(笑)。
ウッドスタインさんと私の議論の場に、他の常連さんのことを持ち出す必要がありますか?
いつ、誰のこととはっきりとはここで申しませんが、明らかに特定のかたを持ち出して、
私ぐるみで論評なさったことが以前ありました。
私が困るというのはそういうことでした。

変な表現ですが、私は喧嘩は『サシ(差し向かい。1対1)でしたい』。(笑)
小さい頃から、喧嘩する時、「あの人もこういってたよ」「うちのお父さんもそう言ってたよ」
という子に 猛烈に腹が立ちました。
「あんたとあたしのあいだの喧嘩でしょ。なんで他の人の意見をここで持ち出すことあんの!」
と、こころの中でいつも思ってた。
同様に、「お前の母さん、でべそ!」といういい方も大嫌いでした。
「あんたとあたしのあいだの喧嘩に、なんで互いのお母さん引き出すことがあんの!」と。
…まあ、これは余談ですが。
なんでウッドスタインさんは他の常連さんのことを持ちだされるかなあ。
他のかたが私に言ってくださることは、そのかたと私との間のこと。
…そう思って、ちょっとかっとしました。

さて。
ようやく本題です。ここまで来るのに、どっと疲れてしまいましたよ~~…(笑)


2.水の話は難しい

ここ以下のところに、本当はもっとエネルギーを使ってお話ししたかったです。
『要は、日本はエネルギー源に乏しく、その反面、水自体は豊富であるというある種の思い込みがあり』
というお言葉には全く賛成です。
さまざまなエネルギー源のことは、ウッドスタインさんは、わたしのところでも
うみそら居士さんのところでも随分紹介してくださいましたね。
私も、一般にそう信じ込まれているようには日本が資源に乏しい国とは思っていません。
地熱という有望な資源もありますし、何より日本は海に囲まれていて、海からはこれから
様々な資源が得られるだろうと思っています。日本にはそれを有効活用する技術力と
優秀な人材、という何よりの資源もあります…
一方、『日本は水資源が豊かだ』ということに関しては、このコメント欄でも、また
記事自体でも何度か書いている通り、とても危機感を持っています。
『煎じ詰めれば、あらゆる問題に共通しているともいえますが、厳しい現実が
やがて来ることが予測されていても、実際に目の前に来ないと行動に移せない、
という先送りの心理が、この分野には色濃く残っているような気がします』という
ご意見にまったく同感いたします。これは原発の問題が一番切実だったのですが、
ついに、津波による全電源喪失など安全対策を先送り先送りした結果、
福島の事故は起きてしまいました。それでもなお使用済み核燃料の問題も
先送りしたまま、電力会社と政府は原発を動かそうとしています。

大事な問題への意識・関心の低さ、先送りの心理…それはなんとかしないとですね。
そういった意味もあって、私はここで原発のこと、TPPのこと、改憲のこと…
いろんな問題への関心を通りすがりのかた一人にでも多く見ていただき、持っていただきたいと
願って書いていっているつもりです。
知識が足りず、その具体的解決策を提示できていないというのは、ウッドスタインさんご指摘の
通りですが、問題提起して、通りすがりのかたに「ふうん…」と思っていただくだけでも
意味があるのではないかと思ってこうしてやっているのです。

しかし、日本の水は、もうどんどん海外に運ばれているようですね。
なにも、中国人だけがその脅威ということではないです。日本人で、『水が金になる!』と
気づいた事業家も、儲けのためなら、露骨な商売をするかもしれない。
(今、どれほどのペットボトルの水が日本から輸出されているか数字が書いてある
サイトを見つけて取ってあったんだけどURLがわからなくなっちゃった…)

ウッドスタインさん。ウッドスタインさんにとってはもう情報として古いと思われる技術でも、
知らないひとは多いかもしれない。また、それがとても有効なのにまだ活用されていなければ、
それはまだ新しい技術といえるのではないでしょうか。
情報として古くても、どんどん繰り返し発信していく意味はあると思います。
新奇さを狙うサイトならともかく、この国の、この世界の、抱えている問題を
本当になんとかしたいと思うなら、情報としての新旧は関係ないと思います。

そういった意味で、『吸水性と保水性に優れた樹脂を用いて乾燥地でも植物を栽培できる話』
などはちっとも古くないです。これは確か、私がよく話に出す宮脇昭先生だったかなあ…
砂漠地帯に植樹していくのに保水性のある特殊な素材を使っていらしたような。
普通に水をまいてもあっという間に砂漠じゃ吸収されてしまいますものね。
クラゲチップの話も面白いですよ。あのクラゲの体は水分が90%以上。抜群の保水性を持つ。
そのクラゲを乾燥させてチップ状にし、植林など緑化に使うというのですが。
http://www.ifsa.jp/index.php?21-70
まあ、クラゲも取り過ぎると生態系のバランスが崩れてしまうのかもしれませんので
実用化はどうなんだろうとちょっと思いますが、ヒントはいたるところにあるというわけですよね。
日本海などで、漁師の敵のように邪魔者にされている困りもののクラゲが緑化に役立ってくれる
などという、思いがけぬ資源も海洋国日本にはあるわけで。^^

日本人技術者の発想力と技術は、きっとこうした分野でも大きな力を発揮でき、
それが国内外の様々な分野で貢献することになると信じていたい気がします。

3.地下水化を守る~TPPで失う100億トンの水
(1)日本の減反政策は「減水政策」
(2) TPP参加で「失う水」

これは私も、ほんとうに案じています。2年前の2011年10月23日の記事で
既にちょっとですが、このことについての危惧を述べています。
このときは、水問題についてはいつか書こうと思っていたのでさらっとしか書いていませんが
TPPに関係なく減反政策→水田の放置または住宅化→地下水の喪失ということについては、
以前からかなり案じていました。

(3) TPP参加で「輸入する水」
(4) 対策は?
バーチャルウォーターの問題も、一般にはピンとこない人が多いと思いますが、
これも具体的数値にして示すとほんとうにその切実さがよくわかる。
ウッドスタインさんが、こういうふうに具体的数値を示してくださったことは大変にありがたいです!
私は今、改憲問題、戦争反対で手いっぱい。水の記事がなかなか書けませんが、橋本淳司さんの本も
ちゃんと読んだあと、必ず書きたいと思っています。

No title

 前回の投稿からしばらくたちました。その間に、管理人さんの側にもいろいろあったようですが、大事には至らなかったようで何よりでした。約2週間以上が経過しましたが、そのうちの前半はお盆前の仕事の追い込み、後半は親族等への義理を果たすことに忙殺され、返事がここまで延びてしまいました。さて、前回の管理人さんからの御返事では、いきなり本質的な問いかけがありました。本来ならば、それから回答すべきかもしれませんが、その中で最も重要と思われるものについては最後に回答することとして、まずは、それ以外のことについて徐々に触れていきます。

1.続々・投稿の作法
 いくつかの指摘がありましたが、いい機会ですのでブログというものについて少し述べ、その後、それ以外のことについて順に回答していきます。
(1) ブログ経営
 私は、管理人さんや貴ブログの常連さんの多くの方のようにブログを経営している、ということをしていません。理由の一つは、わかりやすい話ですが仕事その他のことが忙しくて、とてもその余裕がないこと、そして最大の理由は面倒だからです。といっても、いずれは開設しようと思っていますが、その場合もまず間違いなく政治的なことには関わることなく、好きな映画や映画音楽のことを、自分の所有しているサントラ盤CDの解説を中心にしていくものになると思います。要するに、政治に関わることを話題にすると、ちょうど今、管理人さんはウッドスタインという厄介者に絡まれて辟易としていますが、それと似たようなことに巻き込まれる可能性があるわけで、それが煩わしいからです。映画音楽のことならば、多少の難題を吹っ掛けられても、好きで30年以上も趣味として没頭してきたことですから、専門家レベルのことでも何とか対処できるだろうと思えるのに対し、政治やそれに関連する歴史の話は、正直言って対応し切れる自信はありません。管理人さんは、私が御自身のことを馬鹿にしているのでは、という疑念を示されていますが、私が臆病にも避けようとしていることを、勇気をもっておやりになっているわけで、そういう方を馬鹿に出来るほど、私はお調子者ではありません。
(2) 揶揄?
 私が管理人さんのみならず、貴ブログの常連さんの方々までも揶揄するような態度を示した、というのがありました。前回の私の投稿文を読み返して、そのことに触れたのは、冒頭の部分のみ。私が「曖昧さの許容」としたところですが、別に揶揄しているのではない、それよりも、管理人さんの言う「再生可能エネルギーの発展」という言葉に込められた意味を、的確に把握することができなかったわけで、おそらく常連さんならばそのようなことはなく、当意即妙に対応できるのでしょう。そのように、私より卓越した能力をお持ちの方々をどうして私が揶揄することができるのでしょうか。
(3) 希望と要求
 『管理人さんの方でも極力曖昧さを排除するように心掛けることを希望します。』という私の投稿文の文言に対し、『他人が経営するブログという、いわば他人の家で、ご自分の流儀を こういうふうに要求なさるのはいかがなものでしょうか。』という御言葉を、管理人さんは返されました。また、言葉の問題ということになりますが、私は「希望します」と申し上げたわけで、「要求します」と申し上げたのではありません。言わずもがなですが、「要求」ということになれば、相手に対しある程度の強制性を欲するということになるのでしょうが、「希望」というのであれば、その強制性はなくて飽くまで任意である、と私は解釈します。
 すなわち、曖昧さがあってはいいのではないか、という管理人さんの主張に対し、それでも多少はなくすように頑張って欲しいという私の「希望」を拒否されたわけですが、それについては、私は「そうですか」というしかありません。何度も言いますが、もともと単なる「希望」に過ぎないわけですから。
 『自分のブログで、一言一句も曖昧な表現が出来ない…その苦痛をお考えになってみられましたか?』、申し訳ないですが、この苦痛とやらは私には理解できません。言葉を紡ぎ出すという産みの苦しみというのならば、何となく理解できますが。この辺は私の想像力の欠如なのでしょう。どんなに完璧を期したものでも曖昧さを排除できるものではない、それは世の道理であり、悪例として顕著なのが、役人が作成する文書に見られる、いわゆる霞が関文学というやつでしょう。もっとも、これは自分たちに有利なような解釈ができるような文章を意図的に作成しているものですけれど。そんなこともあるので、「物事の本質は細部に宿る」という心持ちは重要だと私は考えています。
(4) 皮肉とユーモア
 『やんわりとした皮肉とか遠回しな揶揄とか、そういったものも無駄なのでやめませんか。』とのことですが、こういう一連の表現はユーモアとなるか、皮肉となるか紙一重なのかな、とも思います。ただ、これは受け取る方の捉え方の問題ですので、不快だと思われたのならば、私は「申し訳ありませんでした」と謝るだけです。

2.水の話は難しい
 私が「難しい」を連発したことに対し、拍子抜けした、というのは、そのとおりだと思います。途中の説明を省いて結論を述べた結果がこれですから、文章を作成している立場でも忸怩たる思いはあります。それで、管理人さんが御所望であったのが「水に関する科学的技術に関する話」ということなのですが、例えば、吸水性と保水性に優れた樹脂を用いて乾燥地でも植物を栽培できる話とか、これを応用した技術により収穫力が秀でたイスラエルに特有の農法の話とかなど、今さら紹介しても私からすれば陳腐化していますし、ではもっと技術の話らしく水質の改善の具体的方法、例えばこれはうみそら居士氏のブログで紹介したのですが、現在福島第一原発で深刻化している放射性物質による汚染水の処理法の話というのも、「日本の水を守る」ということでは、単なる側面の一つにしか過ぎません。
 結局、現状を分析して問題点をあぶり出し、その対応策・解決策を模索しても、そこに技術が主役となって出る幕は多くはない、というよりも主要課題とはなり得ないという結論になってしまっていると私は考えます。では、いったいこの背景は何かというと、要は、日本はエネルギー源に乏しく、その反面、水自体は豊富であるというある種の思い込みがあり、そして、この「思い込み」により、エネルギー源の供給には切実感があるのに対し、ダムなどの水がめの貯水率が低くならない限り、水が「不足する」ということへの切迫感に乏しい、というのが日本人に植え付けられている認識だろう、ということです。もっとも、この認識はいずれも覆されつつある、という話は以前に紹介しましたが。
 煎じ詰めれば、あらゆる問題に共通しているともいえますが、厳しい現実がやがて来ることが予測されていても、実際に目の前に来ないと行動に移せない、という先送りの心理が、この分野には色濃く残っているような気がします。ということで、その進行しつつある具体例を、次項で上げることにします。

3.地下水化を守る~TPPで失う100億トンの水
 これは『日本の地下水が危ない』にも一部記載されている話ですから、ここで紹介しても重複するだけで、どうかな、とも思ったのですが、まあいいでしょう。なお、前回の投稿で「地下水化から」と記していましたが、「地下水化を」の誤りでしたので、これは訂正させていただきます。
(1) 日本の減反政策は「減水政策」
 1ヘクタールの水田は、平均的に1日当たり200トンの水が地下に浸み込み、地下水となるといいます。水田に水を張っている期間を年100日とみると、年間2万トンの地下水を涵養することになります。また、減反政策によって、1969年から2011年へかけて水田面積は約160万ヘクタール減少し、その結果年間320億トンの水資源を失ったと試算できます。
(2) TPP参加で「失う水」
 減反政策が進行したとはいえ、日本の水田面積は約233万ヘクタールであり、ほぼ青森県と岩手県の2県分の面積に匹敵します。しかし、大豆などの畑作物へ転作している面積が70万ヘクタール(ほぼ高知県に相当)あり、実質的な水稲栽培面積は約163万ヘクタール(ほぼ宮城県と山形県に相当)であります。そのうち、主食用は153万ヘクタールであり、約800万トンのコメを生産しています。
 一方、3月15日に公表された政府のTPP参加による影響の試算によれば、米は32%の生産減少とともに270万トンの輸入と見積もられており、これは、約50万ヘクタールの田んぼで水稲の栽培をやめることを意味します。
 1ヘクタールで2万トンということは、50万ヘクタールの地下水涵養水量は100億トンに達し、この100億トンの水が地下に吸い込まれることなく、川に流れこむことになります。この水量は、日本最大の貯水量約5億トンの奥只見ダムの20個分、あるいは首都圏最大の小河内ダムの54個分に相当、それほどに田んぼの貯水力は大きいわけです。こうした水田の持つ貯水力を利用し、大雨の際に一時的に水を貯め、時間をかけてゆっくり排水し、流域の農地や市街地の洪水被害を軽減しようという「田んぼダム」の取り組みも始まっていることは御存知のことと思います。
 この失われる地下水涵養水量は、日本で1年間に利用される地下水にほぼ匹敵する量でもあります。言い換えれば、100億トンの地下水供給が減るということは、1年分の地下水を余分にくみ上げることにもなります。こうした減少による環境影響は、どのようなものになるのか。はたして全く影響がないのか。それとも、高度経済成長期に頻発した、過剰な地下水のくみ上げによる地盤沈下のような状況をもたらすのか。
 ここで仮に工業用水の価格(1トン約30円)で換算してみると、環境影響によるマイナス分を除いても、この100億トンの地下水の価格は3000億円に相当することになります。
 この2,3年、外国資本による水源地の買収が話題になり、大慌てで「水源地を守れ」と、いろいろな施策が講じられているわけですが、その一方で、TPP参加は、みすみす100億トンの水を失おうとしているともいえるわけです。
(3) TPP参加で「輸入する水」
 さらに、コメを輸入することは、水を輸入することでもあるわけです。コメの生産に伴う仮想水(バーチャル・ウォーター。この場合は、1キロのコメを生産するのに必要な水の量)は、3.7トンと見積もられています。新たに輸入するとされる270万トンのコメの生産には、約100億トンの水が必要で、奇しくもTPPで減産を予想される田んぼの地下水涵養水量と同じとなり、この大量の仮想水も、コメという形で輸入することになります。しかもこの仮想水は、新たに輸入する仮想水の一部にすぎません。
 世界的な水の争奪戦が始まっている中で、TPP参加のもたらす負の影響の大きさは、こうしたところにも表れています。すなわち、TPP参加は水をめぐる問題でもあるわけです。
(4) 対策は?
 「日本の水は一泊二日」という言い方がされています。すなわち、陸地に降り注いだ雨は翌日には海に流れ出ている、ということです。これをできる限り連泊させて、有効利用できるか、というのが対策となるわけですが、以前にも申し上げたとおり、このことの重要性を日本国民の殆どが認識していないことが最大の問題点の一つであります。すなわち、十分な認識の下でこの問題を共有できれば、貯水の意識が高まり、そのための技術推進、施策が充実し、引いては連泊させられる水の量は増えるわけです。

4.続・中韓のこと、その1
 まず、正直に現在の心情を言わせてもらうと、過去の行為を「侵略かどうか」と論じることにどれだけの意味があるのか、というのがあります。わかりますよ。管理人さんは自虐史観至上主義の方ですので、日本の戦前の行為はすべて悪であり、日本の軍事行為はすべて侵略行為でなければ気が済まないのでしょう。私は歴史学者ではないので、管理人さんの言う一次資料を入手することなど不可能ですし、万が一、手にしたとしてもそれを読みこなせるような能力はありません。ただ、日韓併合だけはそこに至るまでの歴史的事象をみて、どうしても「侵略」には見えませんでした。あと「韓国併合ニ関スル条約」の条項もいくつか読みましたが、いわゆる不平等条約とは読み取れませんでした。もしかしたら、管理人さんには読み取れるのかもしれませんが。
 少し話が脇にそれましたので元に戻します。そもそも有史以来、人間の歴史は侵略の歴史と言い換えてもいいくらい、その行為を繰り返してきました。侵略行為の是非が論じられ、その結果、抑制的であるべきという共通認識が曲がりなりにも国家間で醸造されたのは、長く見積もっても、100年には満たないのではないでしょうか。2度にわたる大戦で国力が大幅に疲弊することへの反省から生まれた共通認識が、他国への侵略というものを否定する、というものになったのでしょう。それが証拠に、戦後、アジア・アフリカを中心に独立国家が数多く誕生しました。すなわち、「侵略は善ではない」という価値観がある程度普遍的になったのは20世紀後半の新しいことであり、少なくとも19世紀や20世紀初頭までは、そのような価値観がなかったとは言いませんが、多数派ではなかったのは確かでしょう。ですので、現在の価値観をもって過去の行為を反省することはあっても、管理人さんのように完全に否定する気には私はなれません。
 戦前、日本が中国を侵略したかどうか。私は自分自身の認識では侵略したとは考えていません。支那事変は、昭和12(1937)年7月7日に盧溝橋で、丸腰状態で演習しているところを狙撃されたことから始まりました。その後7月29日の通州事件では極めて残虐な行為で日本人民間人200人余が殺されることなどを経て泥沼化していくわけですが、これらはそもそも日本が中国に兵を置いたのが悪いのだろう、と言われそうです。ただ、この派兵は北京議定書に基づくもので、日本を含めて8~11か国が行っており、盧溝橋に兵を置いたことの是非はあるにしても、そもそも侵略して国土を割譲しようという意図があったわけではありませんでした。そして、その後の戦闘行為も、中国により挑発を受け、それに対応する形で引き起こされ、泥沼に引きずり込まれました。と、ここまでは私見ですので、管理人さんは猛烈に反論するのでしょう。
 一応、このようには考えてはいますが、前回の投稿で掲げた「侵略の定義に関する決議(国連総会決議3314)」に照らしてみると、盧溝橋に兵を置いたことをどうなのか、さらには本当に先に手を出したのは中国側だったのか、など評価の分かれることもあるので、「あるいは中国に対してはそのような言い方もできるかもしれない」ということになってしまいました。

5.続・中韓のこと、その2
 前項でも少し触れましたが、「韓国併合ニ関スル条約」の条項のいくつかからは、いわゆる不平等条約と解釈できる内容は読み取れませんでした。ただ、なぜそう考えたかということを申し上げても、冗長になるだけなのでこの場では省略しますが、とにかく私には、当時の日本が、韓国を中国の属国ではなく一の独立国ととらえ、かつ日本国民と同等(場合によってはそれ以上)の扱いをもって遇することを明文化したものであると、思われました。そして、その後1945年8月までの統治がどのような状況であったかはわかりませんが、この期間の植民地支配が朝鮮民族にとっていかに過酷であったか、その惨状を伝えたものに出会ったことはありません。その逆の内容のものはありますが。もちろん、日本は中韓とは180度反対で、言論の自由が認められている国ではありますが、仮に併合時代の植民地支配が過酷であったことが事実だとして、その内容を伝えるものが日本の出版界に出せるだろうか、というと、考え込んでしまうものもありますから、何とも言えませんが。ただ、この時代に半島内のインフラが整備され、人口が増加し、識字率(もちろんハングル文字の)も上昇したなどのことは、ほぼ間違いのない事実のようですから、それをどのように解釈するかでしょう。まあ、管理人さんの解釈だと、この時代の朝鮮半島に比べれば、現在のチベットやウイグル、内モンゴルは天国だと言いたいのでしょうね。
 あと、東学党の乱を挙げて、これは日本の朝鮮半島に対する侵略行為ではないのか、という御指摘がありました。確かにこれ自体は侵略行為なのでしょう。ただ、この事件やその後挙げられた乙未事変も含めて、これらが日韓併合の直接の原因だったのかというと、どうなのでしょうか。

6.最後に
(1) 質問への回答
 まだ、管理人さんからの御質問の中で回答していないものがありました。『ウッドスタインさんが、私のこのブログに何をお求めなのか、』、『ウッドスタインさんはここで何をなさりたい?』という問いかけに対してです。改めてこのように問われると回答に窮してしまう、というのが自分でも意外だったわけで、少し考えてみました。結論から言えば、議論をするため、ということになりますが、自分でも少し目的を見失っている気もします。ということで、このことについて触れてみたいと思います。
 よく管理人さんは、私が自分の意見をあまり述べない、という指摘をなさいました。「意見」というのは、私に言わせれば「思い込み、こだわり」のことであり、ここには頑迷さが同居しがちです。頑迷さは先入観につながり、そうなると物事を客観的に捉えることの妨げになる、というような話は以前にもしました。例えば、原発関連の話や代替エネルギーの話、そしてこの場で語ることはありませんでしたが、私の本業で専門分野である生化学・生命工学の話でしたら、比較的客観的な物言いができる自信はあります。それは事実に基づいた物言いができるからです。他方、歴史の話はそうはいきません。いわゆる歴史認識というのが差異となって、いくら自説が正しいと思ってもそれが相手に受け入れられることはない、そんなある種不毛なやり取りがなされます。管理人さんも私も、戦後の教育を取り仕切った日教組の作り上げた、いわゆる自虐史観を刷り込まれるような形で歴史教育を受けましたし、また先進的といわれたマスコミの論調も同様なものでしたので、それが正しいと信じ込んでしまったというのは理解できます。ただ、そのような刷り込みのある人に、それ以外の意見を申し上げてもなかなか受け入れられるものではありません。
 話が脇にそれました。議論には様々な形態があり、意見のぶつけ合いというのもその一つ、その場合は、ある種闘争の側面も生じます。要するに、論争というヤツです。ただ、自分の歴史観、歴史認識を他人にぶつけても、相手が翻意することはまずありえません。そんな結果の分かっている論争になぜ踏み込んでしまったのか、多分踏み込んでみたかったのでしょう。合理的な理由もないままに。理屈を超えたところで、自分の先祖であり、先輩である日本人を蔑む論調に何か我慢できなかった、というのが、正直なところでしょうか。では、そのような独りよがりの思いを御自分の大切なブログにぶつけるのはどのような了見か、という疑問が呈されそうですが、これは現段階において最も身近だったから、としかいえません。
 ということで、何にしても管理人さんに御迷惑をかけたことには変わりないようですので、この場を借りて謝罪します。ただ、それだけでは管理人さんの怒りは収まらないのかもしれません。
(2) 最後に
 貴ブログに最初に訪れてからそろそろ1年くらいですが、今月いっぱいで投稿するのは終了することとしました。別に何の断りもなくフェードアウトしてもよかったのかもしれませんが、さすがに一言挨拶するのが礼儀なのでしょう。さすがに私も貴ブログでの居心地が悪くなってきましたし、何よりも管理人さんが営々と築いてきた巨大なお花畑を踏み荒らしている感覚に囚われるようになってきましたしね。ただ、最大の理由というのは、これまでのような長文の投稿が物理的にできなくなるから、ということです。実は、来月から現在の仕事とは別の副業を本格始動させることとなり、そうなると本業以外の時間の殆どをそれにつぎ込まざるを得なくなり、このような投稿文を作成する余裕はなくなるわけです。まあ、趣味の話であるとか、原発、代替エネルギー、自分の専門の話ならば、無理すればできるかもしれませんが、ここのところ続いている政治・歴史絡みの話は、私も投稿文を作成するだけで多くの時間と労力を要している事情もあり、これ以上継続できないと判断しました。ということで、今回が最後とはならないでしょうが、もう残りは多くはありません。ちゃんとした挨拶は、自らこれが最後の投稿と思われたときにさせて頂きます。失礼致しました。

Re: ウッドスタインさんへ

ウッドスタインさん。こんばんは。
私の質問にお答えくださりありがとうございます。
丁寧にお答えくださったことに感謝いたします。
ただまた少しはっきり申さねばならないことがあります。お気を悪くなさらないで
お聞きください。

私には、ウッドスタインさんが、私のこのブログに何をお求めなのか、
それがよくわかりません…
以前ウッドスタインさんが私におっしゃったように、ブログというものは、
個人の日記のようなものでありながらも、ネットを通じて公開することを覚悟でやっているわけですから、
その中味に対しブログ管理者は全責任を負うわけで、他からのどのような批判にも
耐えなければならないものなのだろうと私も思います。
まして、素人ではありましても、政治的な記事をかくわけですから。

それは覚悟の上でやっておりますが、それにしても、ウッドスタインさんはここで
何をなさりたい?
純粋に議論をなさりたいのですか?
それとも、このブログを訪問してくださる他の方々も含め私のブログを揶揄なさりたい?
私自身が書いたことに関してのご批判は受けて立ちますが、時々あなた様が、ここにおいでになる
他の方々への揶揄というか、私とのコメントのやり取りなどを軽んじた言い方をなさることに
対しては、私はブログ管理者として、やはり一言ご注意申し上げたいと思います。
なぜ、『曖昧さの許容』のところでお書きになったような言い方をなさるのですか?
私の書き方が曖昧で不正確だ、とお思いになるのなら、私に対してだけそのことを
おっしゃればすむ話じゃないですか?
なぜ、他の常連の方々のことなどひきあいに出さなければならないのでしょう?
他の方までが、コメントを書くときにも常にウッドスタインさんの皮肉な目を
意識しなければならなくなるでしょう?
これでは他の方は、ここに来づらくなっておしまいになります。発言もしづらくなってしまいます。

それは正直言いまして、私にとっても同じです。

『私は仕事柄のこともあり、特に文書を作成する段においては、一語一語に神経を使います。「物事の本質は細部に宿る」という心持ちでなければ成立しない仕事をしているわけで、その癖がこの投稿の場に反映されているということなのでしょう。もっとも、自分の感覚からすれば、この場で使用している語句の意味付けは、普段作成している文書よりはよほどユルイ、とも思っているわけですが。ということで、管理人さんのご希望もありますから、私もそれに沿うように努力はしますが、管理人さんの方でも極力曖昧さを排除するように心掛けることを希望します。前提条件として曖昧さが少なければ、私の方も提案・提言をしやすい環境が整うわけですから。』

ウッドスタインさんのお仕事の場での態度は立派だと思います。それでなければ仕事というものは
本来ならないものだろうと思います。
しかしながら、他人が経営するブログという、いわば他人の家で、ご自分の流儀を
こういうふうに要求なさるのはいかがなものでしょうか。
私も、言葉に関してはこだわりがあり、ウッドスタインさんが正確さをお求めになる
お気持ちはわからないではありません。いや、よくわかります。
だが、このおっしゃりようは多少行きすぎです。
たぶんウッドスタインさん流の不器用さのせいだろうと、笑って読みはしましたが、
多少、いや、かなり気が重いです。
なんだか、私はもう、このブログをウッドスタインさんのために開設しているような、
そんな気分にさせられてしまいましたよ。
自分のブログで、一言一句も曖昧な表現が出来ない…その苦痛をお考えになってみられましたか?
何を書いても、政治に関係のないただの風景のことを書いてもあなた様の目を常に意識する…
まるで、厳しい教官のために作文を書いているような重苦しい気分です。
しかも、ウッドスタインさんが、私の文のどこに曖昧さをお感じになるか、は、
ひとえにウッドスタインさんの感覚によっていて私には予想がつかないわけですから。
自分の文がそうだとはとても言えませんが、一般論としてどのように正確を期した文章であっても、
曖昧さは往々にして生ずるものなのじゃないでしょうか。
それは憲法の条文や外交文書のような、曖昧さを排さなければならない文章であっても、
結果的にいくつもの解釈が出来るという問題が出来するのを見てもわかります。
読む側の希望というものや逆に厭悪が加われば、同じ文章でも全く違った解釈になります。

つまり、まったく曖昧さのない文章などを、ブログという、個人的な発表の場で、
本人が期するのならともかく、他人が要求するというのは多少失礼か、と思います。

それから、やんわりとした皮肉とか遠回しな揶揄とか、そういったものも無駄なのでやめませんか。
2の(2)のところの、
『この辺に話は、まさに管理人さんが「我が意を得たり!」と思うこと請け合いですが、そんな話はどうだっていいですか。』
『これも管理人さんが好きそうな話で』
とか、こういう表現が必要ですか?
私は自分の記事を書くときは少なくとも一所懸命です。日本の水資源のことも、
それとTPPなどともつながる日本の森林保護と整備や日本の稲作の危機などということも、
素人ながら、一所懸命考えて書いています。こんなおばさんの素人が、こんな狭い
ブログなどで何か言っても何になる!とは思いますが、誰かが目を止めてくれて、
それが少しずつでも、問題提起になって広がって行ってくれればいいなと思って書いています。
『好きそうな話』などと言われるような、ただ議論することを面白がって楽しみで書いている
つもりはないです。

「ウッドスタインさんは、私を馬鹿にするために、ここにおいでになって、それなのに
双方でこうして議論のための議論をして多大な無駄なエネルギーを使っているのか?」
…そう虚しさを感じてしまいます。
相手に対する多少の、『敬愛の念のない』議論は不毛です。
それは国家間においても同じではないでしょうか。


1の(2)の、オーランチオキトリウムやボツリオコッカスなどのお話は、具体的で
科学の最先端の世界の実情などをほとんど知らない私には大変ためになります。
私はこういうお話をお伺いしたいです。

2.水の話、は、まず私が、『日本の地下水が危ない』をちゃんと読んでからのほうが良さそうですね。
今日、図書館で、橋本淳司さんの他の本はあったので、広い読みしてみましたが、本が届くのを
待っていることにします。
ただ…水問題に長いこと興味をお持ちだとおっしゃっていらしたので、ウッドスタインさんから
水に関するいろんな科学的技術のお話をもう少し伺えるかと思っていました。
例えば、『地下水化から守る』という件などに関しましても、専門外だから、政治の問題だから、
とおっしゃるのでなく、こういう知恵、技術がありますよ、というような具体的お話を
伺いたかった気がします。個人的お考えでもかまわなかったんですが、
どれも「難しい」「難しい」と言われてしまいますと、正直、多少拍子抜けではありました。

3.再生可能エネルギーに未来はあるか。
科学の発展は予想外の早さを時に呈するものだ、という例に、携帯の進化を持ちだすのは、
確かにそういい例ではなかったですね。他にいい例を思いつきませんでした。
おっしゃる通り、小型軽量化、というより、
固定電話から移動式になった、という変化のほうが画期的だと私も思いつつ書いていました。

4.中韓のこと
これは確かに、だいぶ拍子抜けでした。少し『はぐらかされた』感じは正直いってあります。
どんな資料からウッドスタインさんが
『あの日韓併合を侵略とみなすことほど、愚かしいことはありません』とまで強く
おっしゃるのか、その資料たちを私も読んでみたかったので。
Wikiの、『侵略行為』の定義に関する国連決議だけをここでその論拠としてお出しになるのでは
ちょっと拍子抜けです。
何か、強力な一次資料をご存じでおいでなのかと思いました…
この国連決議の解釈も、これは多様な解釈が出来そうですしね。しかも、この日本語訳が
非常にわかりにくく、これは英語などの原文にあたってみないとそのニュアンスが
十分にわからないところもありますね。

しかし、中韓と日本の歴史に関しては、正直言いまして私もまだ勉強不足です。
今回紹介くださったものも含め、私ももう少し、本を読みこんでみたいと思います。

『管理人さんが鬼の首でも取ったように『ウッドスタインさんも、対中国に関しては、日本が侵略した、ということをお認めになるのですね。』と念を押したのは、いかがなものかな、とも思いますが、要するにこういう形でも、私から言質を取りたかったのでしょうか。』

ここのところは、確かに私が意地の悪いいい方をしてしまいましたね。(笑)
いや、笑ってごまかしちゃいけない。
こういうやりかたはいけません。これこそ議論に無駄な皮肉、ですね。
お詫びを申し上げます。

ただ、念を押させていただいたのは、ウッドスタインさんのお考えが今一つ
私にはわからないところがあったからです。以前、南京事件などの資料を教えていただきましたね。
その中味からおして察するに、ウッドスタインさんは、日本軍の中国での行為を、
侵略、とはお取りになってらっしゃらない立場におたちなのだろう、とは思いました。
しかし、前回のコメントでも少し文句を申し上げましたが、ウッドスタインさんは
私に対する質問形のコメントが多く、ご自分の考えははっきりおっしゃらない。
ですから、この『日本軍の中国への侵略』という問題に関しましても、どういうお考えを
どこまで強く思っていらっしゃるのか、その立脚点となさるところが今一つ今までわかりませんでした。
『侵略ではない』とお考えなのならば、私もそこから話をしなければなりません。
これは議論のスタート地点が遠く長くなりそうです。
『侵略でないという証拠がない』というだけの消極的『侵略』容認ならば、また話はそこから始まりますし。
やはりどう考えても侵略と認めざるを得ない、というのでしたら、話はぐっと速くなりますし。
それとも、本当にどの立場にも与せず客観的に遠くから見ていらっしゃるのかな、ということだって
可能性としてありますし、それを一度お確かめしたかったということです。
それによって議論のスタート地点が変わってきませんか。
(3) 日韓併合について、その2のところで、
 『あと、管理人さんは、ネット検索で抽出した論点の記事を羅列していました。そもそも、私が以前、管理人さんに読むように勧めたサイトに記載してあった記事も含まれていましたから、この内容はいずれも目にしたことがあります。なぜ、このような列挙を管理人さんがなさったのか、その意図はわかりかねますが』
とお書きになった件についても同じです。
ウッドスタインさんが、どこまでこれらの論点のうちのことを信じておいでなのか、
あるいは疑問に思っておいでなのか、
さらにあるいは、ネット空間でコピペが繰り返されている二次的三次的なもの以上の
直接の詳しい資料を他にもご存じでおいでで、それをまだおっしゃってないのか、
そこらへんのところが確かめたかったということです。

『韓国ですが、近代以降、1910年8月29日以前に日本が韓国に対して武力行使をした、という歴史的事実を見つけることができませんでした。武力の行使がなければ、侵略の要件を満たすことはできず、したがって、このことをもって、日韓併合を侵略とみなすことはできない、との結論に至りました。』

というところですが、本当に、1910年8月29日以前に日本が韓国に対して武力行使をした、
という歴史的事実はないのですか?
例えば、1894年頃からの甲牛農民戦争(日本では東学党の乱)などはどうですか?
これは、侵入してきた日本軍に対して、半島の半分以上の地域で数十万の民衆の参加を得て、
東学農民軍が蜂起した戦いです。竹槍とせいぜい火縄銃という武器の農民軍に対し、
訓練された日本軍はライフル銃でもってこれを殲滅。
これにあたったのは、日本の後備19大隊。大小27件の戦闘が行われ、動員された日本軍は
総計約4000名。東学農民軍の死者は三万人を超えるそうです。
日清戦争、とは言いながら、朝鮮半島でこれだけの被害者を出している。

「東学農民戦争と日本ーもう一つの日清戦争」という本に詳しい。
これは、歴史家の中塚明・奈良女子大学名誉教授、井上勝生・北海道大学名誉教授
朴孟洙・円光大学校教授(南)らが新史料に基づき、書き下ろしたものだそうです。
私は既にこれを注文しましたのでじっくり読んでみたいと思っています。
井上勝生教授の書いたものとしては、手元に、『「韓国併合」100年を問う』という
岩波書店から出た分厚い資料集があり、その中に、この井上勝生氏が、東学農民軍殲滅への
日本政府・大本営の関与を示す資料を挙げておられます。

1894年の日本軍による景福宮占領、続いて1895年の乙未事変(いつびじへん)
俗に言う閔妃虐殺事件はどうでしょうか?
これは直接手を下したのが日本人であったかどうかは情報が錯綜していて私もよくわかりませんが、
裏で日本公使三浦梧楼、軍事顧問岡本柳之助らが関わり、日本軍守備隊が関与していたことは
確かなようです。これを朝鮮王朝内の単なる覇権争いとみなして、日本軍はその場にいただけ、と
言う論もあるようですが、私の感覚からすれば、なぜ武装した日本軍が他国の王宮にいるのか、
それだけでこれをおかしいと思ってしまいます。

…これらの歴史に関しては、私も今、もっと調べています。
と言っても、朝鮮半島、中国、その他のアジアの諸地域に、日本軍が進軍していったことを
『侵略』と考える私の考え方が変わることはないでしょう。

それは他人の家に武器を持った人間が上がり込む、ということを本能的に忌避する感情です。

日本軍だから、中国だから、ロシアだからイギリスだから。
…そんなの関係ないです。およそすべての植民地化、他国への侵攻を、私は憎みます。

Re: 鍵コメ1,2,3,4さんへ

鍵コメさん。いつもありがとうございます。
紹介いただいた本は早速買うことにしました。^^

お訊ねの件に関しましては、メールでお返事させていただきました。
お気持ち、嬉しく思います。
なんだか不思議ですね~~~。^^

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No title

 まずは、御旅行に行かれたそうでお疲れ様でした。その土産話なのかどうかはわかりませんが、車窓から見えた景色についての言及がありました。それについても思うことはありますが、それに触れる余裕は、今回はありません。別の機会があればお話しします。
 ということで、今回は管理人さんから私への質問がいくつかありましたので、回答していくことにします。また、それらに付随して思うところもありますので、併せて言及していこうと思います。

1.続・投稿の作法
(1) 曖昧さの許容
 私は勘が鈍いのか、理解力・創造力に乏しいのか、どうも曖昧な表現を、その表現元の筆者の立場となって解釈する能力に欠けているようです。貴ブログの常連さんたちはその辺の能力に溢れている人ばかりのようなので、その中に私のように能力のない者が参加すること自体、そもそも間違っているのでは、と、管理人さんの「再生エネルギーの発展」についての説明文を見返して、痛切に感じました。要するに、管理人さんの紡ぎ出す言葉の数々を適切に解釈できる能力が、貴ブログへ投稿できる重要な要件というわけで、そうなると、今後の私の貴ブログへの投稿活動も慎重に考えなければならない、ということになります。
(2) 科学技術振興費の配分
 『この研究費のバランス、というところに、政治の意志が介入しないなどということが ありうるでしょうか?』ということですが、正直いって、この分野には政治の意思(「意志」ではないと思います)、というか、政治家の意思は殆ど介入・反映されていません。こういっては何ですが、現在の科学技術のことに関心を持ち、その分野にある程度精通している政治家など、与野党問わず、ほぼ皆無と言っていいでしょう(田中康夫、川内博史両氏はその例外とも言っていい議員でしたが、現在は落選中)。要するに、予算配分は役人の裁量であり、そこにあるのは前例主義です。あるいは、そのような前例が出来上がるのに政治力が働いた、という側面はあるでしょうが、そんなことは現在の殆どの政治家諸氏の知ったことではありません。
 あと、オーランチオキトリウムやボツリオコッカスなどの油産生藻の研究・開発に割り振られる額が低いとの御指摘がありました。注目の技術であり、実現すれば日本にとって経済的に、もしかしたら政治的にも起死回生となり得るものですから、もっと多額でもいいのではないか、と私も思います。ただ、現状はどうなのでしょうか。
 まず、ボツリオコッカスはIHIが中心の企業体が榎本藻の研究・開発を行っていますが、これはすでに榎本藻の性能を最大限に発揮できる培養法の開発にも成功しており、あとは油様物質産生のコストを以下に下げるかを検討する段階まで来ています。ここで少し復習の意味も込めて解説しておきます。一般に藻類というのは光合成によって増殖します。榎本藻もそれに該当し、当然のことですが二酸化炭素も吸収しますので、いわゆる地球温暖化の抑制にも寄与するのでは、との思惑もあります。あと、これはあまり語られていませんが、雑菌等の他の生物が混在する環境でも培養が可能となる堅牢性を有しており、従って開放系での生産が可能となれば、設備コストも抑えられるとの利点もあります。
 他方、オーランチオキトリウムですが、ここにきて雑菌に弱い、という弱点が問題になってきました。あと、これもおさらいですが、オーランチオキトリウムは光合成を行えず、栄養分は外部から吸収という性質です。つまり、雑菌等の混入が起こる開放系の培養は効率が悪いので、密閉系での培養を行う必要がある、しかも与える栄養分からも雑菌は取り除く必要がある、ということになります。こうなると、実証実験を行うまでの条件設定を数多くする必要があるわけで、まだ榎本藻のように大々的な実証実験ができる段階には至っていなかったわけです。
 ここで話を戻しますが、そういう意味でも、まだこの分野に多額の研究費を投入するのは時期尚早のような気がします。何と言っても、予算というのは単年度ですからね。仮に多額の予算をつけても、それを消化し切れなければ翌年以降は維持できない、というのは、よく御存じのことと思います。ですので、渡邉教授におかれては、御自分たちの研究成果を、説得力を持って多額の予算を請求できるような段階まで進展させることが上策、と考えます。実証実験段階になったら、そのための設備も建設しなければならないでしょうから、その時が来るまで力をためておいてもらいたいと思います。
(3) 原発・エネルギーの問題と水の問題の言及の相違点
 興味本位とはいえ、両方の問題に長きにわたって関心を持ち、それなりに知識や情報を得た実感として申し上げると、原発やそれに付随するエネルギーの話は、割と問題点、論点、そして具体策などを列挙して説明するのがそれほど困難ではないのに対し、水の問題は波及・派生する問題点・論点が多すぎ、それを整理するのも極めて困難で、私に言わせれば、その整理ができるだけで、この分野の専門家になれるのではないかと思うほどです。私はこの道の専門家になる気もありませんし、その能力もないと思っていますので、自分として自信のないことを他人に伝える不誠実を避けるべく、このことについて深く言及することはしませんでした。ただ、管理人さんからの要請もありますので、予め、この件について申し上げることは、他のことほど自信を持って言えることではない、という前提をつけて、次項以降で語っていきたいと思います。
(4) その他
 前回の私の投稿に対する御返事文の中で、私に対する御不満を割と率直に述べられていました。私としても、はっきり言ってもらった方がわかりやすいので、その点はよかったと思います。管理人さんからも間接的に御指摘がありましたとおり、私は仕事柄のこともあり、特に文書を作成する段においては、一語一語に神経を使います。「物事の本質は細部に宿る」という心持ちでなければ成立しない仕事をしているわけで、その癖がこの投稿の場に反映されているということなのでしょう。もっとも、自分の感覚からすれば、この場で使用している語句の意味付けは、普段作成している文書よりはよほどユルイ、とも思っているわけですが。ということで、管理人さんのご希望もありますから、私もそれに沿うように努力はしますが、管理人さんの方でも極力曖昧さを排除するように心掛けることを希望します。前提条件として曖昧さが少なければ、私の方も提案・提言をしやすい環境が整うわけですから。

2.水の話
 『ウッドスタインさんご自身は、水を守るためのどういう対応策を具体的にお考えなのか教えてください。』という問いかけがありました。まず、最初に蒸し返すような話になりますが、「水を守る」とはどういうことですかね。水の何を守るのかが不明です。ただ、そういっても、「そんなことはお前の方で適切に判断して説明せよ」、あるいは「網羅的に説明せよ」という罵声が飛んできそうです。ということで、考えあぐねた結果、いくつかの項目について、いきなり結論とそれにまつわる話をして、それに対して、何か質問等があれば、それは次回以降の投稿内で回答する、という形式を取りたいと思います。本当は、管理人さんが『日本の地下水が危ない』をお読みになった後の方がよかったのですが、そうもいきませんか。
(1) 水源地を守る
 まず、いわゆる中国資本が日本の水源地の土地を買い漁り、挙句の果てに日本から水を奪い取るのではないか、という話に関しては、世間でいうほどの危機はないと思います。むしろ、土地の所有権が日本国籍ではない人の手に多数渡ることの危機感の方があります。とはいえ、あまり気持ちのいい話ではないですから、何らかの対策をすべきなのでしょうが、すでに御存じのとおり、現在の日本の法体系ではどうすることもできません。それでは、土地取引に関する法令を変えればいいのではないか、それが出来ればいいのですが、これも結論から言ってしまうと、水源地のことだけを考えての法改正は簡単ではないです。それに、簡単に「水源地」といいますが、日本国土の背骨の部分は、ほぼ山地であり森林であり、それらを水源地とみなすこととできるほどで、特定の部分をスポット的に水源地として規制するのも困難でしょうね。この点に関しては、この数年考え続けているのですが、一つの策としては、ある程度の規模以上の施設については、地下水の汲み上げ状況に関して、抜き打ちで査察できるような制度設計をすることを提唱したいと思います。もちろん前提として、地下水の汲み上げ量にある程度の制限をつけるということをした上ですが。
 いずれ知ることになるエピソードですが、一つ紹介しておきましょう。東日本大震災後、日本全国で掘られた井戸の数はおよそ2万本、特に工場や病院などの大型施設の地下水の汲み上げが顕著となりました。そもそも日本の水道料金体系は大雑把にいうと使用すればするほど割高になるのですが、井戸を掘って汲み上げた地下水を利用することで、病院などが地方自治体の水道局に支払う水道料金が半額程度になるケースもあり、この話が流布すると、さらに井戸を掘る企業や病院が増える、ということになりました。このように大量の水を使用する施設のために掘られる井戸の深さは100メートル程度、ここまで深いと良質の水が得られ、しかもそれを浄化して使用できるシステムをセットにして提供できる企業が業績を上げています。このような傾向が続いたことも一因となり、水道局の売り上げは減少し、例えば東京都の水道局では、震災の翌月以降の11か月間の売り上げが、前年同月期と比べて2.6%減、金額にして98億4千万円も減少しました。もちろん、原因は地下水の汲み上げだけではなく、飲料水を水道水からペットボトルの水に切り替える人が多くなったというのもあります。特に東京では金町浄水場で測定した水中の放射性セシウム濃度が基準値以上だったということもありましたし。
 少し話が脇に逸れましたが、結論としては、地下水の汲み上げを野放図にできないような仕組みを構築するのが上策だと思います。では、その仕組みとは具体的にどのようなものか、ということについては、もはや私の守備範囲ではありません。
(2) 地下水化から守る
 この見出しだけで、何を言いたいのかわかると思います。貯水池の充実化です。といっても、結論から言ってしまうと、これももはや今の日本では現実的ではありません。さらに状況が悪化する例として、日本がTPPに参加して、コメの完全自給が果たせず、輸入米が入ってくることで耕作放棄地が増えた場合、どのくらい保水能力が失われて、従来の貯水がどのくらい地下水に代わり、最終的にどのくらいの額の損失となるか、ということが『日本の地下水が危ない』には記載してあります。この辺に話は、まさに管理人さんが「我が意を得たり!」と思うこと請け合いですが、そんな話はどうだっていいですか。そうなると、対策としては日本の農業の維持・発展、特に稲作、ということになってしまうのですが、ではそのためにはどうしたらいいのか、というのも、もはや別の問題です。
(3) 保水能力を守る
 これも管理人さんが好きそうな話で、要するに間伐を促進することで森林を整備し、そこから得られた間伐材も有効利用しようという話です。問題はその担い手ですね。以前、田中康夫氏が長野県知事だったころ、公共事業が減少して仕事、引いては収入が減ってしまった地元土建屋に対し、県内の森林整備をさせようという政策を実施しました。その政策の行方がどうなったかは、田中氏が知事に再選されなかったこともあり、わかりませんが、この取り組みは面白いと思いました。要するに、森林整備を公共事業とすることですか。本音としては、間伐などして森林整備をする人材を公務員にして、場合によってはレンジャーも兼ねる、という方向に持っていければいいのですが、結論から言うと、これも現実的ではなく、より現実的なものとして、公共事業化はあり得ると考えています。しかし、これも難しいでしょう。
 ということで、いくつか項目を挙げて考えてみましたが、この水の問題の解決策は、技術的な問題というよりも、政治的な問題というのが殆どで、そうなると分野は違うとはいえ技術者である私の浅知恵など出る幕はありません。このことが、私がこの問題についてあまり語ることなく、むしろ他からの意見を求めた理由の一つでもあります。こういう問題こそ、年の功、というヤツもあるかもしれませんし。今回はこれ以外にもまだ回答しなければならないことがありますので、水の問題はこのくらいにします。何かあれば、もう少し具体的に質問してください。

3.再生可能エネルギーに未来はあるか
 対比する例示として、原子力発電と携帯電話を挙げられていましたが、私に言わせれば両者とも不適格です。まず、原子力発電はその周辺の技術は確かに進歩しましたが、根幹となる核分裂による発電、という原理自体に進歩はありません。ですので、少なくとも軽水炉型の原子力発電に関しては、未来はなかったということになります。他方、携帯電話に関しては技術的なことはよくわかりませんが、少なくとも管理人さんの話のレベルですと、要は小型軽量化したというのが進化の肝心なポイントという主張ですね。もちろん、小型化・多機能にはそれなりの技術革新はあったのでしょうが、携帯電話において最も画期的だったのは、それまでの有線での通話から、無線での通話が可能になったことだろうと思われます。つまり、進化のポイントを挙げられるのならば、固定から移動へ、ということであり、管理人さんの言葉を借りれば、自動車電話の導入こそが具体例として挙げられるべきだろうと思います。もっとも、後者に関しては、管理人さんがそのように思い込んでしまったわけですから、強く異論を唱えるわけにはいきませんが。
 さて、再生可能エネルギーですが、これも何度も話したことでその蒸し返しとなりますが、もう一度念を押すべく、簡単に解説を加えておきます。エネルギー供給で重要な点は沢山ありますが、重視すべきはその安定性と継続性です。特に後者の継続性は、現代社会にとって不可欠なものであり、例えば、電力供給が止まると命に係わる場合もあります。そのような観点から発電するためのエネルギー供給源として最も優れているのは原子力、次いで地熱、そして供給源を燃やし続けることでその役割を果たせるという意味で、火力ということになります。それに対し、現在の再生可能エネルギーは、そのエネルギー源の継続的供給において問題があることは理解できるでしょう。お天気任せ、風任せなわけですから。ですので、今後エネルギーを受け取る側の機器が進歩してエネルギー変換効率が上がることが予想されても、単体では継続的供給には限界があり、したがって充・蓄電池の技術的進歩が不可欠となります。そういう意味で、注目しているのが前回紹介したマグネシウム電池なのですが、一般的になるまでにはまだ時間がかかりそうです。ということで、繰り返しますが、再生可能エネルギーの未来は、よほどのブレークスルーがない限り、充・蓄電池の技術的進歩次第ということでしょう。

4.中韓のこと
(1) 侵略かどうか
 4月23日の参議院予算委員会での答弁で、安倍首相は「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」と述べたのですが、この報道に対するラジオ番組での宮台真司氏のコメントは、「侵略の定義はすでに国連でなされている。安倍首相のこの発言内容は間違っている」という旨のものでした。もちろん、宮台氏のことですから、言外に安倍首相の物知らず加減を皮肉っているわけですが。その安倍首相の答弁はともかくとして、宮台氏のコメントが気になり、ネット検索して調べてみると、「侵略の定義に関する決議(国連総会決議3314)」なるものがありました。ウィキペディアでの記載がありましたので、それを引用すると、

第1条(侵略の定義)
 侵略とは、国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、この定義に述べられているものをいう。
第2条(武力の最初の使用)
 国家による国際連合憲章に違反する武力の最初の使用は、侵略行為の一応の証拠を構成する。ただし、安全保障理事会は、国際連合憲章に従い、侵略行為が行われたとの決定が他の関連状況(当該行為又はその結果が十分な重大性を有するものではないという事実を含む。)に照らして正当に評価されないとの結論を下すことができる。
第3条(侵略行為)
 次に掲げる行為は、いずれも宣戦布告の有無に関わりなく、二条の規定に従うことを条件として、侵略行為とされる。
(a) 一国の軍隊による他国の領域に対する侵入若しくは、攻撃、一時的なものであってもかかる侵入若しくは攻撃の結果もたらせられる軍事占領、又は武力の行使による他国の全部若しくは一部の併合
(b) 一国の軍隊による他国の領域に対する砲爆撃、又は国に一国による他国の領域に対する兵器の使用
(c) 一国の軍隊による他国の港又は沿岸の封鎖
(d) 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍若しくは空軍又は船隊若しくは航空隊に関する攻撃(e) 受入国との合意にもとづきその国の領域内にある軍隊の当該合意において定められている条件に反する使用、又は、当該合意の終了後のかかる領域内における当該軍隊の駐留の継続
(f) 他国の使用に供した領域を、当該他国が第三国に対する侵略行為を行うために使用することを許容する国家の行為
(g) 上記の諸行為に相当する重大性を有する武力行為を他国に対して実行する武装した集団、団体、不正規兵又は傭兵の国家による若しくは国家のための派遣、又はかかる行為に対する国家の実質的関与

 これは飽くまで現代での定義ですから、20世紀前半の国際的常識とは異なる側面があるかもしれませんが、とりあえずこれに基づいて考えてみると、結局、「侵略」というのは、他国へ武力により侵入し、その後は武力を背景とした領有を行うこと、と解釈できるようです。これに当てはめてみると、中国に関しては実際に武力も行使していますし、領有も行っているので、とりあえず要件は満たしているかのようにみえます。ただ、そもそも中国に軍隊が投入されたきっかけが、「武力による侵入」だったのか、その辺りの経緯は、正直言って私の勉強不足もあり、判然としないので、「あるいは中国に対してはそのような言い方もできるかもしれない」という、歯切れの悪い言い方をしました。それに対して、管理人さんが鬼の首でも取ったように『ウッドスタインさんも、対中国に関しては、日本が侵略した、ということをお認めになるのですね。』と念を押したのは、いかがなものかな、とも思いますが、要するにこういう形でも、私から言質を取りたかったのでしょうか。他方、韓国ですが、近代以降、1910年8月29日以前に日本が韓国に対して武力行使をした、という歴史的事実を見つけることができませんでした。武力の行使がなければ、侵略の要件を満たすことはできず、したがって、このことをもって、日韓併合を侵略とみなすことはできない、との結論に至りました。
(2) 日韓併合について、その1
 前項で、管理人さんからの
『いったいどういう理由で、『あの日韓併合を侵略とみなすことほど、愚かしいことはありません』とおっしゃるのか、お訊ねしてみたいです。どんな資料をご覧になって、あるいはどういうお話をおききになって、そういうふうに お考えになられるに至ったのでしょうか。』
という問いかけに私なりの解釈で回答しました。「私なり」とは言いましたが、兎にも角にも国連決議を拠り所としたものですから、それなりの客観性はあるのではないか、と考えています。それに対し、安倍首相と同様に、管理人さんには管理人さんなりの侵略の解釈がおありであり、その解釈に則れば、日韓併合を「日本の韓国に対する侵略である」ということになるのでしょう。というよりも、侵略でなければならないのでしょう。『単純に、どんな理由があろうと、一国が他の国を『併合』(という言葉を仮に使うにしても) することに、どんな正当性も感じられない』わけですからね。
 あと、日韓併合は『朝鮮半島の人々が自ら望んで、日本に併合して貰うよう頼んだ、ということでしょうか?』という問いかけもありましたが、これについてはよくわかりません。物の本には、一進会という政治結社勢力が賛成していた、という記述もありますが、これが当時の韓国の世論を代表していたかはわかりません。というか、そもそも当時の韓国に世論というものがあったかどうかもわかりかねますが。
 仮に併合に反対する世論があったとしても、国の最終的な在り方を決めるのはその国の元首ですから、李完用首相による条約締結の決断の背景に、韓国に対する日本の武力行使がない以上は、繰り返しますが、侵略ではないと考えます。
(3) 日韓併合について、その2
 あと、管理人さんは、ネット検索で抽出した論点の記事を羅列していました。そもそも、私が以前、管理人さんに読むように勧めたサイトに記載してあった記事も含まれていましたから、この内容はいずれも目にしたことがあります。なぜ、このような列挙を管理人さんがなさったのか、その意図はわかりかねますが、もしその辺りの事情を詳しくお知りになりたいというのであるならば、次のような著書があります。

『親日派のための弁明』金 完燮(キム・ワンソプ)(扶桑社文庫)

(4) 侵略の現状
 『中国や韓国の、日本への侵略とは、尖閣列島や、竹島のことですか?』との、問いかけについては、そのとおりです、という回答になります。まあ、管理人さんが、尖閣列島や竹島が日本の領土ではなく、それぞれ中国、韓国の領土である、という見解であるならば、この回答には納得できないのでしょうが、万が一そうでないならば、納得できると思いますよ。実際に、竹島は不法占拠されていますし、尖閣列島近海での中国船の領海侵犯は多発していますしね。


 ということで、今回の投稿はこのあたりにしておきます。正直言って、文章作成には骨が折れました。かといって、自分の言いたかったことがそれなりに言えたか、というと、当然のことながら満足のいくものではありませんでした。あと、管理人さんにおかれましては、「私の疑問には満足に回答していない」という御不満もあるかもしれませんが、その点はまた質問の形を変えて問いかけて下さい。あと、これは想像ですが、おそらく管理人さんは、最後の「侵略」に関する項での私の回答には「何だかはぐらかされた」とお感じになったかもしれませんが、どうでしょうか。そのことも含めて、次回以降のこととしましょう。

Re: 8月3日の二度めの鍵コメさんへ

鍵コメさん。
ありがとうございます!
これは非常に助かります!
2つ目のは、お気に入りに保存したつもりだったのですが、見当たらなくなり、
昨日、一所懸命探していたところでした。

『(知った以上は)良心をだますことはできなかった』という前者の先生の言葉。
まさにそれだ!と思いました。損得ではない。良心の問題…それだと思います。

ありがとうございます!^^



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Re: ウッドスタインさんへ

ウッドスタインさん。こんにちは。
返事が遅くなってしまい、申しわけありません。

まず。映画の話。
『チャイナシンドローム』は私も見ましたが、確かに映画そのものとしては、う~ん…と
思うようなところはありましたね。
でも、私は、チェルノブイリ事故のあった後で見たものですから、その怖さが
ひしひしと伝わってきました。スリーマイル島の事故の直前に公開、というのですから、
その先見性ということだけでも評価したいと思います。
『ブルー・ゴールド-狙われた水の真実』は知りませんでした。
Dialy Motion pictureで無料で見られることがわかりましたので、後で見てみようと
思います。これはぜひ皆さんに見ていただきたいですね。教えてくださってありがとうございます。
『愛と宿命の泉』は、途中を小刻みに見ていますが、全部を見直したいと思っていました。

> 1.投稿の作法について
>  さて、管理人さんは、問題提起だけではなくその先の具体的な対抗策を示してほしい、という要望を出す私の姿勢を批判なさいました。そして、そのような要求をするのであるならば、まずお前の方からその策を示せとも述べられ、さらにはお前が具体策を示したのは代替エネルギーのことくらいで、その他のことについては回答していない、要するに言外に「ウッドスタインは卑怯者だ」と述べられたわけです。言われた以上は私も応えざるを得ず、その具体的な中身は後段に示しますが、その前にひとこと言わせてもらうと、私は管理人さんから質問されたことや、意見を求められたことには、全部とは言いませんが、それなりに誠実に回答したつもりです。

ウッドスタインさん。悲しい言い方をなさらないでください。
私、ウッドスタインさんを卑怯者などと言っていますか?
私が申し上げたのは、議論に後も先もないだろうということだけです。
原発・エネルギー問題に関しまして、とりわけ新エネルギーに関しまして
ウッドスタインさんは本当にたくさんの情報を教えてくださいました。本当に誠実に
対してくださったと思っています。そのことは前のコメントでもお礼申し上げているつもりです。
映画や音楽のことなども、私があまり詳しくないために、会話が続かないのが申しわけないですが、
本当にいろいろ教えていただいています。

ただ、…曖昧な言い方をしていても仕方がないのではっきり申しましょう…。
日本軍が朝鮮半島・中国・その他のアジア各地でした戦争に関するいわゆる歴史認識の
問題や、日本の防衛に関する問題では、残念ながら、ウッドスタインさんと私の間では
大きな考え方の相違がありそうで、その問題に近づきますと、途端にぎくしゃくしてしまいますね。
これらの問題に関してはとりわけ、ウッドスタインさんは私を質問攻めになさいます。
ブログを自分の責任でやっている以上、どのような批判にも耐えなければならないと覚悟していますし、
どの方からの質問に対しても『逃げる』つもりはありません。
ウッドスタインさんは、今回のコメントの中でも、従軍慰安婦問題に関して私が
『議論打ち切りを提案した』、また中国・韓国問題に関して『はぐらかした』という表現を
なさっていますが、従軍慰安婦に関しては、あまりよく知らなかったので議論に至る前に
もう少し勉強したい、と申し上げただけで、議論を打ち切るなどと申し上げていません。
ただ、正直に申し上げますが、おそらくこれらの問題に関しては、真っ向から意見が
対立することが予測されるので、議論に至る前に既に大きな疲労感を感じます。
この長さのコメントをこれから延々と続けて行くのか……そう思うと、それだけで疲れます。
しかも、ウッドスタインさんの、なにごとにも正確を期す、曖昧さを一切排除したいという
科学的な態度の故でしょうか、それはとても大事な、立派なことだと思いますが、
言葉の端々をお捉えになり、大きなところになかなか進んでいかないコメントのやり取りのありようには
正直言いまして、大変に疲れます。
例えば、今回のコメントのやり取りで言いますと、3の(2)のところです。
順番がちょっと違ってきてしまいますが、関連してここからお応えさせていただきます。
私が、「再生可能エネルギーの発展」という表現を使ったというところに、ウッドスタインさんは
曖昧さをお感じになり、どういう意味だと、ご質問なさいました。
でも、これって、議論に不可欠のことですか?
「再生可能エネルギーの発展」という言葉を私が使った心の内には、当然、その技術研究
の更なる進化ということも、コスト面での改善ということも、それらによる普及性の向上、ということも
含まれています。
また、単にそれは企業側の努力による技術発展ということだけではなく、それと共に、無論、
政治の側の態度のことも含まれていました。
『要するに管理人さんが述べていた「発展」というのは「普及」ということだったわけで』と
ウッドスタインさんが簡単に言い切っておしまいになるような単純な意味で書いたわけではありません。

確かに、政治がどのような志向であろうとも、学問の分野や企業での科学技術の発展というものは、
政治の意向などには関係なく独自に進展発展していくものであろうということは私も
そう思っています。今回教えて下さったマグネシウム発電・充電などもそのいい一例でしょう。
これまでウッドスタインさんがたくさん教えて下さった新エネルギーの開発状況なども
その好例だと思います。
子どもが成長するのを止められないように、科学を追及したい、より効率性や
技術革新を求めたい、ということと同様、科学に限らず学問の各分野においても、
その真実を追及したい、さらに深化させたいと願う人間の向上願望、成長願望は、
いわば本能的欲求であろうと私も思います。政治とは関係ないとも言えます。

しかしながら、一方、政治がその研究や実用化、普及をさらに促進の手助けをしたり
逆に阻害するという一面もあるということもまたあると思います。
例えば、文科省には産学官連携の『地域科学技術振興』という働きがあって、
『革新的イノベーション創出プログラム』や『大学発新産業創出拠点プロジェクト』
などという名で、大学や企業での研究を文科省が支援しています。
文科省の平成24年度の科学技術振興費は一般会計分だけで1兆3千億円近い。
この中には例の『もんじゅ』を含む高速増殖炉サイクル研究のための2300億円も
含まれています。また例えば、仙台市におけるオーランチオキトリウムとボトリオコッカスの
石油生産藻の研究は、仙台市と筑波大、 東北大の共同研究が始まっていますが、
これは国の補助事業に採択され、12~16 年度の5年間、 年約1億8000万円の補助金
が出るそうです。

この研究費のバランス、というところに、政治の意志が介入しないなどということが
ありうるでしょうか?
原子力発電は、いわば国策としてこの何十年進められてきました。それに投入した
文科省や経産省からの資金は膨大なもの、それはもうあらためて言うまでもありません。
藻類バイオマス発電などは、ウッドスタインさんも注目の技術でしたね。
もし、時の政府が、原発推進でなく、将来の自然エネルギー、再生可能エネルギーの方向に
志向する政府であったとしたら、このもんじゅと藻類バイオマス発電に振り分けられる研究費や
側面からの支援も、ずいぶん比率が違っていたのではないでしょうか?

ここで私が比べているのは、国が積極的にこれまで核燃サイクルの要としてきたもんじゅという
壮大なプロジェクトと、失礼な言葉ながら地方の1都市と大学の研究というものを比べて
その金額の多寡がどうのというような単純な比較をしているわけではありません。
国が、科学振興にお金を出す時に、その重要度を判断する際に、ときの政府の
いわば哲学が、反映されないわけはない、ということを言いたいのです。

単に、『普及』か『発展』か、という語彙の表面的な意味で話をしたわけではありません!  

そこのところは、私の今までの全体の論調からいたしまして、およそ御推察いただきますれば、
私の本意はお汲みとりくだされたのではなかったでしょうか。
上の方でウッドスタインさんに対し、
『言葉の端々をお捉えになり、大きなところになかなか進んでいかないコメントのやり取りのありようには
正直言いまして、大変に疲れます。』
と書かせていただいたのはこういうことです。
ウッドスタインさんほどの知性の方。そこの私の真意とするところをお読み取れになれないような
方ではないと思っています。

また、ソクラテスの問答法などまで持ち出し、どうも、ウッドスタインさんからの
一方的な質問に終始することが多いのに対し、多少の不公平感を申し上げましたのも、
同じような理由からです。

ウッドスタインさんは、
『ただ、問題提起の発信者であるならば、問答法・対話術という論述テクニックに不満があるとしても、それに耐えうるだけの理論武装する、というのは発信者の責務だと考えますが、それは言い過ぎなのでしょうか。』

と、お書きになりました。アンダーラインさせていただきました。
私が、発信者の責務を逃れているとお考えでいらっしゃいますか?
失礼ながら、ウッドスタインさんのご質問に、私がいつもどれほどのエネルギーを使い、
出来るだけ逃げずに誠実にお答えしようとしているかは、もうご存じのことと思います。
今回も旅から帰ったその晩から書き始めて、既にいろいろ調べたりも含め、5,6時間は
既にここまでに費やしています。おそらく、コメントの全内容について書き終わるには、
パソコンに向かいっぱなしでも丸1日かかるでしょう。
それで済めばいいのですが…。
それはウッドスタインさんご自身も、お仕事のお忙しい身でおありになりながら、
私にコメントをくださる時には、おそらく数時間をおかけになるでしょう、その大変さというもの、
よくご存じでおいでだろうと思うのです。

「ああ、もう、めんどくさい! もう、こんなことやめたい!」と放りだすのは簡単です。
ブログへの訪問者に対し、これは問題だなと思えば、その方のアクセスを拒否し、
コメントを受け付けないようにすればすむだけのことです。
あるいは、極端な場合、自分自身が自分のブログを一切閉鎖してしまうことだって考えられます。
世の中には、コメント欄の炎上や、その他の事情で、そうやってブログの世界から
消えて行ってしまう方も多いと聞きます。

でも、ウッドスタインさんに限らず、どんな方にもそれは私はしたくないと思うから、
こうして、どなたにも精一杯、一所懸命考え考え、お返事差し上げています。
そう見えないかもしれませんが、お一人お一人の方にその時々出来る限りの誠意をこめて
お返事差し上げているつもりです。
これは、3の(1)にも関連してきますが、私は基本的に、国家間の懸念事項は
辛抱強い外交努力によって解決するしかないと思っています。
お互いの国の事情を鑑み、お互いの国を尊敬し誠意をこめて話し合う。それしかないと。
そういう私が、たとえこのささやかなブログという小さな場であっても、お互いの感情を
むき出しにぶつけ合い、失礼な言葉をぶつけあって、終いにはお互いにいや~なしこりと
悪感情を持って喧嘩別れになる、というような道を選んでいいでしょうか……

徹底的に話し合ってみようといつも基本的には思っています。それはどなたに対しても、です。

ただ、…絶対的に疲れはします。それはおわかりいただけますでしょう。
ですから、出来るだけ、『議論のこれは本質にかかわることだから、絶対にゆるがせには
出来ない語句だ』と思うもの以外は、私の普段の言葉や考え方から斟酌くださり
多少エネルギーをお互いに省きましょう、また、質問と答の順序も、ブログ経営者と
訪問者だというあと先のことなどにはこだわらず、『自分はこう思うが』、ということを
先にお書きくださることが時にはあってもいいのでは?ということを、エネルギーと時間節約のために
お願いしたまでのことです。
議論のための議論をしている時間と体力は、正直に言って私にはないのです。
出来るだけ、核心部分に時間を使えるようにしませんか?ということを、提案申し上げました。

さて。ようやく本題です。
1の(1)(2)については、今述べたとおりですので、もういいでしょうか?
私は、『問題提起する』ということだけでも意味があると考えています。
ただ、そこに自分なりの解決法や考え方は、出来るだけ入れていく方がより誠実ですね。
それはこれから心がけて行きたいと思います。

2の(1)(2)について。
これはもっと突っ込んだ知識をウッドスタインさんからお伺いしたかったです。
随分前から、この水問題に関しては関心をお持ちになり、お調べにもなっておいでとのこと。
7月17日にいただいたウッドスタインさんのコメントに、

『外資の参入をできる限り避けるようにする、とのことでしたが、私が問いたかったのは、避けるためにはどのような方策が考えられるか、ということで、それについての御回答がまったくありませんでした。以下は飽くまで印象です。この手の管理人さんによる、政府や政権政党などの政策・施策に対する批判はこれまで貴ブログにおいて様々な分野で散々読ませてもらいましたが、ではその批判の矛先の向こう側でどう対処すればいいのか、という具体的な代案を見た、ということが殆どなかったような気がします。あるいは、私の錯覚なのかもしれませんがね。前回の投稿でも申し上げましたが、問題提起はわかったからその対抗策をより具体的な形で示してほしい、というのが管理人さんに対する希望なわけで、果たしてそれに応えてくれる気はあるのでしょうか。』
とありました。
私は、それに対し、外資による水資源を含む土地の買収問題の規制の難しさをもう一度言い、
でも、ウッドスタインさんのおっしゃるように対応策もなく難しい難しいと言っていても
仕方がないので、具体的対応策のその一例として、イギリスにおけるナショナル・トラスト運動のような
水源地の民間人有志による買い取り運動、一例として静岡県柿田川湧水群のそれ、などを
挙げてお話しました。
また、ただ、県や村などが条例を出して、水源地の土地の海外資本(直接間接を含め)による
買占めを制限しようとしても、それに法的な拘束力がなくては何にもならない。
アメリカのエクソン・フロリオ修正条項の例などを出して、
国家安全保障上懸念のある国内のものへの海外投資による買収を審査する委員会を
政権内に持つ、究極的には大統領権限で案件を拒否できる、などという話もしてみました。
これは他のことにも無制限に適応されると怖い条項ですが、そのくらいの国の自覚がないと
これからの時代、水資源は守れないのではないか、という危機感は持っています。

水資源を海外資本から守ることの難しさは、こんなことだけではとても足りません。
水というのは、地下で広い範囲に渡って繋がっているわけですから、なにも、水資源が
目に見えるところの土地でなくとも、その下流の土地を買って、そこで大規模な
農業経営などを行ったり、まあ海外に水を運ぶのは大変ですが、飲料水産業を起こして、
途中で大量に日本の水を海外の企業が汲みとっていくということだって考えられる。
また、そんなことは考えたくありませんが、水源に毒を撒くテロ、などということも
考えられますしね。でも、これは何も、土地を買い取らなくたって出来る。

私には今のところ、決定的な対応策というのはあまり思いつきませんが、
『そもそも、この水に関することでの最大の問題点は、国民全体の危機意識がまだまだ希薄だというに尽きます。これまでは当たり前のように存在した、という前提のものが、実は脆くも崩壊する可能性がある、その一例がこの水の問題の本質であり、この水の問題を緒にして、これまでの日本の在り方を見直す、という視点に立つのが、実はこの問題の最大の論点です。』
とウッドスタインさんもお書き下さったように、まずこうやって小さなブログではありますが、
問題提起して、広く皆さんに知っていただくということもありかな、と思っています。

水問題で検索すると、中国人による日本の水資源の買い取りの話ばかりずらずらと
出てきます。そういった記事は大抵は西欧のウオーターバロンと言われる巨大水産業のことなど
には面白いほど全く触れず、また、これから海外資本による水産業の民営化とTPPの恐ろしさ、
などについても触れず、ひたすら、中国人の悪口を書いているものが多いです。
私は、国内に水資源の乏しい中国の日本への進出も無論心配していますが、この水問題の
怖さはそうした偏狭なナショナリズムの見地からだけ考えてはいけないと思っています。

次の森林問題や、日本の農業政策、TPP、そしてテロも含め、あらゆる観点から早急に
対応策を考えていくべき問題だと思っています。
『ブルー・ゴールド-狙われた水の真実』というドキュメンタリー映画、そして、
『日本の地下水が危ない』 (幻冬舎新書)橋本 淳司著、もまだ読んでいないですが、とても
良さそうですね。いずれみなさんにもご紹介したいと思います。

ウッドスタインさんご自身は、水を守るためのどういう対応策を具体的にお考えなのか教えてください。
ご存じのいろいろな方法お聞かせ願えると勉強になります。
今のところ、具体策というのはまだ、あなた様からはお聞かせいただいていないですよ。^^


2の(3)治水・保水と農林業

この問題に関しても、私が何回かのコメントへの返事で書いた以上のことは、ウッドスタインさんから
まだお聞かせ願っていない気がいたします。
この問題は、水問題や、農業問題、漁業問題、そして老齢化問題と直結しています。
福島の周辺では、さらにこれに森林や湖沼、池、川、そして海への放射能汚染の問題まで
加わってしまいました。
とてもとてもだいじな大きな問題だと思います。どちらが先に何を言うか、などということではなく、
ここでもっと議論を深めていければ、と思います。

今回、東京から、中国・四国地方まで新幹線の沿線沿いの風景を眺めてきましたが、
風倒木の光景も新幹線沿線沿いからだけでも見てとれました。あと気になるのは竹林の増殖です。
これも、林業の守り手が老齢化して、しかも商売にならないのでは後継ぎがいない、という
根本的問題に絡んできます。昔は竹の増殖も、人手でちゃんと管理していました。
今は、あちこちの小さな小山は、竹林が従来の樹木の植生を脅かしています。
竹は始末に悪い…
前にも話した宮脇昭先生のように、日本の林をスギやヒノキの人口樹林ではなく、
灌木や下草、苔などで保水性の高い、そして多くの動植物を生かせる本来のその地の植性に
戻そうという取り組みなども、もっと国を上げて取り組んでいいと思います。
こちらにおいでになる方から、九州の本来の植性である豊かな照葉樹林…、それを乱開発から守った
村を挙げての取り組みで、逆に地域活性化したところの話も聞いています。
その地の本来の森の姿というものは、決してその力を馬鹿にしたものではないと私は思います。
降り注ぐ雨や雪を、洪水を起こさず保水してくれる、本来の植物の力は偉大です!
この問題は、ダムの是非や、エネルギー自給の問題、地域活性化など、他の問題とも
絡んでいます。
要は、早急に、日本の森林の地権者を正確に把握していく取り組みと同時に、
林業や農業で若者が将来に希望を抱ける…そういう国としての『放置・無策』からの
大きな方向転換が必要ですね。この国に、足りないのは、人間もこの地球という自然に生きる
一生物だ、という謙虚な観点に立った、将来への見取り図、哲学ではないかと私は思っています。

2の(4) 原発は止めて再生可能エネルギー?

今、出来ていないから将来もできないだろうという言い方をする人が多いのが気になります。
原子力発電だって、1950年代には、これほどの大きな力を発電に発揮するとは
思われていませんでした。(その問題点もまた同様認識されていなかった。)
ずうっと以前のコメントの返事にも書きましたが、車にようやくとりつけられた移動電話。
それが、重い重い持ち運び式電話になり、今の進化した多機能の電話になると、誰が想像したでしょう。
1980年代半ば頃、車載型ではないポータブルタイプを、日本では、NTTが
「ショルダーホン」という名で発売。肩にかけて持ち運ぶもので、重量はなんと3Kgもありました。
携帯電話と称したものは1987年にNTTから発売。重量は750g。
35年ほどの間の進化と、驚くほどの普及です。

2の(5) 日本製紙の木質バイオマス発電

そうですか。あまり感心しませんか。でもこういうものもあっていいと、私は思います。
大きな電力を必要とするところはしかたがないから、ガスや石炭など利用するしかないかも
知れませんが、地域地域で、その土地の特性に合った、小電力の発電は考えて行っていいと
思います。フィードインタリフのことは私ももう少し勉強してみようと思います。


3.私からの質問に対する御回答二題
(1) 中国・韓国との関係について

さて。これが一番、意見の別れるところでしょう。

『あるいは中国に対してはそのような言い方もできるかもしれませんが』
とおっしゃるということは、ウッドスタインさんも、対中国に関しては、日本が侵略した、
ということをお認めになるのですね。
一方、対朝鮮半島については、
『少なくとも朝鮮半島・韓国に対して、日本は、近現代においては、侵略はしない、というところから始まりますかね。あの日韓併合を侵略とみなすことほど、愚かしいことはありません。』
というお考えなのですね。つまり、あれは朝鮮半島の人々が自ら望んで、日本に併合して
貰うよう頼んだ、ということでしょうか?
私は、単純に、どんな理由があろうと、一国が他の国を『併合』(という言葉を仮に使うにしても)
することに、どんな正当性も感じられない人間です。
ウッドスタインさんは、最初の頃のコメントで、以前は『リベラル』でいらしたと
お書きになっていらっしゃいましたね。(それが考えを変えたのは、鈴木宗男議員のことが
あったからだ、とおっしゃっていましたが、今はその件についてはテーマと直接関係なさそう
なのでお訊きしません。)そのお方が、いったいどういう理由で、
『あの日韓併合を侵略とみなすことほど、愚かしいことはありません』とおっしゃるのか、
お訊ねしてみたいです。
どんな資料をご覧になって、あるいはどういうお話をおききになって、そういうふうに
お考えになられるに至ったのでしょうか。
ネットで検索すれば、出てくる話はほとんど同じ情報ソースばかりのようです。
曰く。かつて朝鮮半島は経済的にも貧しく社会の仕組みもめちゃくちゃで、非衛生極まりない
暮らしをしていた(非衛生という件に関しては情報の元はあのイザベラ・バードの探訪記が多いようです)。
そしてまた、中国やロシアが、朝鮮の領有を画策していた。日本の方がそれらよりはずっとましだったので、
朝鮮の方から進んで日本に併合してくれと頼んできた。
日本は、善政を敷いて、それまでひどい国であった朝鮮の教育、衛生、設備…いろんなものを
めざましく改善してやった。
そして、日本による併合の、法的正当性は、スコットランド人法学者が保証した、…
などというところでしょうか。
大雑把にいうと、こういう論点の記事が多かったです。

ウッドスタインさんは、どういう資料と資料をもとに、日本は朝鮮半島には侵略していない、
とお考えになられるに至られたのか、その資料をお教え願いたいです。
上にざっとまとめて引用した以上に、確固とした事実を示す資料がありますか?
それを読めば、私の考えも多少変わるかもしれません…

また、『現状の日本は中国や韓国・北朝鮮に侵略されまくっていますが』と
お書きになっていらっしゃいますが、それは、具体的にどういうことを示していますか?
北朝鮮はわかります。拉致事件がありますからね。
中国や韓国の、日本への侵略とは、尖閣列島や、竹島のことですか?
それとも、別の、何か、侵略の事実があるのでしょうか?
怖いので、お教え願いたいです。

『現状の日本は中国や韓国・北朝鮮に侵略されまくっていますが、そのことへの憂いは、管理人さんはないのでしょうか。それとも、管理人さんには、米国はダメだけれど、中・韓・北には侵略されたい願望があるのかしら? 』

今、怖いと申しましたが、正直言ってそれはそういうことがあるのなら本当に怖いですよ。
私は、日本が絶対に正しいとか、あるいは逆に、中国や韓国・北朝鮮が絶対に正しいとかは、
すこしも考えていません。どこの国であろうが、悪いことは悪いのだ、と考える人間です。
どんな理由があろうと、『拉致』や『侵略』などに正当性があるわけがない。
尖閣列島や竹島の問題に関しては、日本が刺激したとか、中国側が刺激したとか、
そのどちらかに私は傾きません。中国にも韓国にもいたずらにこの問題を
刺激してほしくないと思っています。無論日本側からも、です。
これらの領有権に関しては、本当に長い間、それこそ多くの学者たちや政治家や、
さまざまな人々が、自分の国の領有権を主張して、古い資料を探し出してきたり、
それをもとに論じてきました。
今日も、日本側で何か、見つけたようですね。
…でも、1ヶ月後には、中国や韓国の側から、もっと古い資料が出されるかもしれません。
さらにその2年後には、日本がまた何か見つけるかも……。
ウッドスタインさんは、これら、長年にわたる双方の主張に決定的に決着をつけるような、
そんな資料をご存じでいらっしゃいますか?
それは、もう2度と覆され得ないような、確固とした資料でしょうか?

私だって、侵略されたくなどないですよ。
どうしてそう、極端な言い方をなさるかなあ… i-241
『米国はダメだけれど、中・韓・北には侵略されたい』願望なんてあるはずないじゃないですか。

それは私でなくとも、誰だってそう考えると思います。
かつて、日本軍に侵略された中国の人々だって(ウッドスタインさんがお認めになった
中国の方だけにしておきます)、そんなの恐ろしくて嫌だったに決まっています。

この問題に関しては、またおいおい論じて行くことになるのでしょう…
一致点が見つかるといいのですが…

3の(2)に関しましては、既に上の方で答えさせていただきましたので、割愛させていただきます。

今回も資料、ありがとうございます。
また、誠実なお答え、ありがとうございます。
さすがに少々疲れました。
最後の方が尻切れトンボになってしまったようで申しわけありません…


Re: ウッドスタインさんへ

ウッドスタインさん。こんばんは。
また長い返事を書くべきところながら、明日早朝、出かけます。
4,5にちして帰ってきましてから、返事させていただきます。
申しわけありません~。

No title

 参議院議員選挙から一週間が経過しました。結果についてはいろいろ主張なさりたいこともおありでしょうし、すでに別の稿で吼えておられるようですが、ここは淡々と前回の続きを進行させてもらいます。もっとも、出し遅れた証文のような感もありますけれどね。ということで、いろいろな項目で返事を差し上げなければなりませんが、ややこしい話をいきなりするのも気が進みませんので、まずは、私が原発・水の問題に関心を持つきっかけになったのがいずれも映画絡み、ということからでも始めますか。
 原発の問題は、映画本編の中身ならば『チャイナシンドローム』ということになるのかもしれませんが、映画の出来もあってそれほどリアリティを感じられなかったというのが正直なところで、本当に意識をするきっかけとなったのは、広瀬隆氏の『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』を読んだこと、というよりも、正確にはこの本を2時間にわたって特集したラジオ番組を聞いたことで、そのことがこの著書を購入する動機となったわけです。詳しい内容はすでに御存知でしょうからここでは記載しませんが、我々の世代にとっては、やはりスティーブ・マックイーンの若すぎる死がショックだったというのがありました。水の問題については、最近では『ブルー・ゴールド-狙われた水の真実』という映画もありましたが、ストーリーテラーの映画で意識させられたのは『愛と宿命の泉』ですかね。問題の扱い自体は素朴で古典的ですが、水の有無が、多くの人々の人生や運命を変えてしまうものでもあることを静かに知らされた作品でした。

1.投稿の作法について
 さて、管理人さんは、問題提起だけではなくその先の具体的な対抗策を示してほしい、という要望を出す私の姿勢を批判なさいました。そして、そのような要求をするのであるならば、まずお前の方からその策を示せとも述べられ、さらにはお前が具体策を示したのは代替エネルギーのことくらいで、その他のことについては回答していない、要するに言外に「ウッドスタインは卑怯者だ」と述べられたわけです。言われた以上は私も応えざるを得ず、その具体的な中身は後段に示しますが、その前にひとこと言わせてもらうと、私は管理人さんから質問されたことや、意見を求められたことには、全部とは言いませんが、それなりに誠実に回答したつもりです。もしかしたら、その内容にも御不満があるのかもしれませんが、自分の意図を相手に如何に伝えるか、あるいは自分の知力以上のことを回答することはできないなどは、結局のところ能力不足、そこが私自身の限界であると申し上げておきます。
(1) 問題提起するだけではいけないのか
 私は別にかまわないと思います。世の中の多くの論調が言いっ放しの構造ですから、それに倣うという意味でも問題はないと思いますし、また管理人さんの御主張の如く、問題提起することでその問題点を知らしめ、意識を喚起する効果もありますしね。ですから、私の要求に応えるか否かは管理人さんの裁量であるわけで、私の関知するところではありません。
 また、提起された問題に対する具体的解決法を、まず私の方から示すべきではないのかということですが、少しズルい言い方をさせてもらえば、見解の相違というヤツです。少し言い方を変えれば、ブログ運営者という発信者と、そこにコメント投稿する受け手・読者という立場の違いということでしょうか。受け手からすれば、発信の内容に疑念や不足があれば、それを質したいというのは当然のことであると私は考えるのですが、そのことを管理人さんは御不満ということなのでしょうか。そうお考えならば、それはそれで仕方ありませんね。仮に、具体的解決法を示そうとしても、そもそもの問題提起の発信内容に疑念・不足がある状態では、私としても自分としてある程度納得のいく策を提案することはできない、ということです。
 あと、「議論」という語が出ましたが、多少なりとも議論できたのは、いわゆる従軍慰安婦のことに関してくらいですかね。ただ、これに関しても、少なくとも私は一定の達成感のある議論ができたとは思っていません。打ち切りを提案されましたしね。
(2) ソクラテスの弁明?
 表題の著書は、薄い本だから読んでみれば、という教師の甘言に引っかかって、中学生の時にひととおり目を通したのですが、所詮理解できるはずもなし、それ以来御無沙汰です。ただ、この「無知の知」については、その後知る機会を得ました。管理人さんから紹介のあった問答法・対話術という名称は知りませんでしたが、この論述テクニックは大学や大学院のゼミなどで教授などの教官が学生を鍛えるのによく用いられていました。現在の大学の状況は知りませんが、私も学生の頃はこの洗礼を浴びました。別にそのテクニックを管理人さんに適用した意識はないのですが、管理人さんがそのように感じたのであるならば、それは私の本意ではありません。
 ただ、問題提起の発信者であるならば、問答法・対話術という論述テクニックに不満があるとしても、それに耐えうるだけの理論武装する、というのは発信者の責務だと考えますが、それは言い過ぎなのでしょうか。

2.水の問題について
 今回のような御返答をしてくれると、私としても俄然やる気が出てくるのですが、なにせ例の如く長大な内容なので、個々のことについて網羅的に触れることはできません。ですので、気になったところについてコメントすることにします。
(1) 水源地のこと
 もちろん水源地たる土地が、例えば中国などの外資に買収されて、そこから直接的に水を収奪されるのも問題ではありますが、本当に怖いのはその水源地が物理的に破壊されて水が供給されなくなること、その水源地が汚染されてしまうことなどです。公有地であり、私有地であり、その保全を以下にすべきかを、制度設計の前提とすることが重要でしょう。
(2) 法規制すればいいのか
 要するに水源地を守るためにどうすればいいのか、というのですぐに思いつくのが、法律による水源地の取引の規制です。もちろん、それは正解であり、実施もすべきでしょうが、ではその法規制にどれほどの強制力を持たせるべきなのか、すでに成立してしまった取引はどう取り扱うべきなのか、などのことも枝葉末節と思えてしまうほど、個別の論点の多い話です。ですので、仮に法体系を組み立てるならば、大枠を法律で規定し、個別の案件は地方公共団体単位での条例で定める、ということになるわけですが、実現までの道のりはかなり険しいと言わざるを得ません。
 そもそも、この水に関することでの最大の問題点は、国民全体の危機意識がまだまだ希薄だというに尽きます。これまでは当たり前のように存在した、という前提のものが、実は脆くも崩壊する可能性がある、その一例がこの水の問題の本質であり、この水の問題を緒にして、これまでの日本の在り方を見直す、という視点に立つのが、実はこの問題の最大の論点です。
(3) 治水・保水と農林業
 この話はかなり以前からある議論です。もう20年以上も前ですが、台風の直撃を受けて倒れ、流域の川に流れ込んだ杉の木が「風倒木」と呼ばれ、これは戦後の植林事業の負の遺産である、という説明を受けたときは、結構ショックを受けました。そのときから現在に至るまで、同じような議論がされ続けているというのは、改善が困難なのか、そもそも改善する気がないのか、まあ両方なのでしょうが、それ以前の問題として、この件に関してそもそも関心がない、さらに言えば、知らされる機会が少ないということがあります。
 よく、針葉樹は根の張り方が深く狭いので樹生している土壌の保水能力が高くない、それに対し広葉樹は根の張り方が浅く広いので樹生している土壌の保水能力が高い、だからもっと針葉樹の代わりに広葉樹を植えるべきだ、という声があります。確かにそうかもしれません。ただ、それを実行したからと言って、保水の問題が解決するのか、かといってこのまま手をこまねいているわけにもいかない、要するに総論では保水能力の差のことが言えたとしても、個別の山林の実態がどうなっているのかの把握が十分なのか、など問題は他にもあります。
 この件に関しては、大枠では管理人さんの意見に異論はないですが、2つほど言いたいことがありますので、それは次項と次々項で述べます。
(4) 原発は止めて再生可能エネルギー?
 この話は何度もしたので蒸し返しになりますが、念のためもう一度します。再生可能エネルギーへの転換なんて簡単に言いますが、現在の技術水準では高騰している天然ガスよりも割高ですし、そもそも日本の総エネルギー消費量をまかなえるだけの能力もないことは、何度も述べました。省エネ技術の更なる進化、送電網の充実などのインフラの整備などと並行してメタンハイドレートや油産生藻の技術を発展させること、そして喫緊の課題として火力発電のインフラの強化(それも石炭を利用する形での)が存在し、それを解決することが重要というのも述べました。要するに、再生可能エネルギーに過大な期待はまだできない、ということです。
(5) 日本製紙の木質バイオマス発電
 結論から言うと、あまり賛成はできません。もちろん、間伐材を有効利用することに何の異論もありませんが、FITを利用するというのがどうしても引っかかります。そもそもこのFIT自体が時期尚早の制度であり、特に結果として更なる不公平を助長するものだ、ということは以前に述べました。もっと言わせてもらうと、この制度があることで再生可能エネルギーやバイオマスなどのいわゆる自然エネルギーの開発の進展にブレーキがかかる可能性があります。すなわち、FITという制度化で採算が取れたことで一定の達成感があり、それ以上のコストカットをしなくなる、という可能性です。正直な感想を言わせてもらうと、これをやるのだったら、いつか紹介した「イモを利用した火力発電」の方がより現実味があるような気がします。

3.私からの質問に対する御回答二題
(1) 中国・韓国との関係について
 なんだか、私の質問に答えたのか、はぐらかしたのか、訳の分からない御回答でしたが、要するに日本から譲歩せよ、それはかつて日本が中韓を侵略したからだ、という御主張ですね。これは、私は真っ向から反対します。いずれ議論する機会もあるでしょうから、その時はそれこそ徹底的に反論させていただきます。まず、あるいは中国に対してはそのような言い方もできるかもしれませんが、少なくとも朝鮮半島・韓国に対して、日本は、近現代においては、侵略はしない、というところから始まりますかね。あの日韓併合を侵略とみなすことほど、愚かしいことはありません。共通の歴史教科書? 中韓がまず科学的な解析によって導き出される歴史的事実を受け入れることを拒否している現状では、夢物語ですね。それに「侵略」というならば、現状の日本は中国や韓国・北朝鮮に侵略されまくっていますが、そのことへの憂いは、管理人さんはないのでしょうか。それとも、管理人さんには、米国はダメだけれど、中・韓・北には侵略されたい願望があるのかしら?
(2) 原発再稼働と再生可能エネルギーの発展との関係
 飽くまで、私は「再稼働」と言っているので、過去の経緯を例示されてもそれは無意味だ、ということを申し上げたうえで、「再生可能エネルギーの発展」というよく意味の分からない表現について吟味してみます。
 管理人さんが北電の例示として挙げたのは、ソフトバンクが北海道安平町の2カ所と八雲町の計3カ所で計画していた大規模太陽光発電所(メガソーラー)について建設計画の見直しを決めたことだと思います。これに関しては、先週のラジオ番組で山田五郎氏が明快な解説をされていますので、それを参考にしてください。

http://podcast.tbsradio.jp/dc/files/yamada20130725.mp3

 要するに管理人さんが述べていた「発展」というのは「普及」ということだったわけで、それならば、管理人さんの主張する側面もあると思います。ただし、その場合の主語は、自民党・安倍政権というよりも、山田氏の主張するとおり、電力10社だと私は思います。もっとも、現政権と、電力10社や日本原電、経産官僚が結びついている、というように見なすならば、管理人さんの言い方になるのでしょうが。
 原発再稼働が再生可能エネルギーの発展の道を閉ざす、という言い方に反論したのは、要するに技術の発展と、再稼働という極めて政治的な動きとは関連するものか、という疑問です。例えば、昨日(27日)、久米宏氏のラジオ番組に東工大の矢部孝教授が出演して、御自身の研究成果であるマグネシウムを利用した発電・充電について語っておられました。矢部教授の研究については、うみそら居士氏のブログにも紹介したので御存知でしょうから、詳細は割愛しますが、おそらく数年以内に日本の大手自動車メーカー(多分、トヨタ)が参入するだろう、との推測もあります。要するに、技術発展は止めようがないのです。仮に日本のメーカーや大学の研究室に政治的な圧力を加えたとしても、その成果を海外に持ち出されては元も子もないわけですしね。

 ということで、長くなりましたが今回の投稿はここまでです。あれから一週間ですから、管理人さんも多少は冷静さを取り戻していると思いますので、その冷静な心持ちで今回の投稿文を読んでいただければ幸いです。あと、本の紹介を、ということでしたので、もしかしたら矢部教授の研究について御存じないなら、下記の本をお薦めします。

『マグネシウム文明論』矢部孝・山路達也 PHP新書

Re: 00:54の鍵コメさんへ

鍵コメさん。こんばんは。^^

ありがとう~~!

だいじょぶだよ~~~~~♪ ^^

根気強いのだけが取り柄。^^

いよいよ近づきましたね~。
私もね、結局そこに入れると思います。可愛そうな社民党!しくしく…
去年の冷たい雨の中の国会前デモの時、うす暗がりにひっそりと佇んでいた
社民党の分派の男の人たちのことが忘れられませ~ん!
皆、それなりに一所懸命やってきたんだろうのになあ…
どうして分裂していくのかなあ……

元気だして投票行こうっと!^^

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

Re: 鍵コメ?さんへ

鍵コメ?さん。はじめまして。
お声をおかけくださり、大変嬉しいです。
拙ブログをいつもご覧いただいてくださってるとのこと、ほんとうにありがとうございます。

このコメント、もしかして、鍵コメになさるおつもりでいらしたのでは?
後半部の書き方から察しますに、そうなのかな、と思いまして、一度
とりあえず隠させていただきますね。

と言っても、私の側から鍵コメにするというその方法がわかりません…
私の記事書くところにコピー、ペーストして保存させていただきたいと思います。

いただいたコメントは、しっかり読ませていただきました。
お気持ち。嬉しく頂戴いたしました。^^
応援コメント、ほんとうにほんとうにありがとうございます!
頑張ろう、という力が湧いてきます!^^

            *

参院選。いよいよ近づいてきてしまいましたね。
先の衆院選で安倍政権が誕生した時、参院選までには何とか、この流れを食い止めたいと
思っていましたが、それが出来ぬまま、そして、野党の共闘も得られぬまま、
参院選に突入してしまうことになりました。
それでもあきらめないで、声をあげて行くことですよね。
憲法改悪については、最終的には、国民投票で決まる。そこに至るまでに
自民党の憲法草案が、どれほどひどいかを、一人でも多くの人に伝えていかねばなりませんね。
被災地の方々や沖縄の方々、そのための声も上げて行かなくちゃ。
原発再稼働反対、TPP反対も…。

ほんとに、一人に票が5票ずつくらいあればいいですね!^^
私もちょっと迷っています。
通したいなあと思う人がたくさんいるので、ほんと、困ってしまいます。
私も共産党には必ず入れます。私としては、ずっと昔から社共ということで応援
してきたので、社民党も哀れでならずi-241
比例区では緑の党の三宅洋平さんなども応援したいし、特に困るのが都選出の方。
脱原発で応援したい方がたくさんいらっしゃるんですよね…
山本太郎さんも一所懸命やってらっしゃて、原発都民投票の署名集めをしていたときは
私がすむ東京の外れの街まで来てくださったり、デモの時も遠くからですが
同じ場の空気を吸っていたり、のかたなので、何とか国会に送り出したい気持ちもあります。
応援したい脱原発候補がたくさんいて、票が分散してしまうのがほんとうに残念です。
共産党も、波に乗っているから私一人くらい、と思って手を抜くと、皆がそう思って
僅差で落選、なんてことになったら口惜しいですしね。
家族で分担して票を分けようか、などとも話しています。

応援。ほんとうにありがとうございました。
どうかまた、お訪ねくださいね♪
投票日までもう少し頑張って記事書きます♪

Re: ウッドスタインさんへ

こんばんは。

先日教えていただいた『尽信書則不如無書』という言葉。いい言葉だと思いますよ。
リテラシーを磨くということ、「物事を客観的に見る」こと。いずれも大切なことだと思います。
自分が出来ているかどうかは自信がありませんが、心がけたいことであります。

水の問題。
そうですか。ずっと以前から興味をお持ちでいらっしゃるんですね。そのきっかけになったという
映画がらみのお話も、ぜひ伺ってみたいものです。私は今とっさになにも思いつきませんが
確か、007の『慰めの報酬』も、この水問題がちょっと絡んだ映画だそうですね。
いつか見たいと思いつつ日をうかうかと過ごしています。
これは、ボリビアの水問題に絡む。
1999年。ボリビア政府が水道の供給を全てアメリカのベクテルに任せる。
そしたら、ベクテルが水道料金を2倍に上げて。貧しい人は水の供給をストップされ、
井戸水を汲んでた人達からも、その井戸水も地下水を通って、水源はうちの水源から流れてきてるんだ
と言って金を取る。貧しい世帯では、水道代が生活費の30%ぐらいになったといいます。
貧しい子供たちが泥水を飲んで死んだり。
ついに暴動が起きて、ボリビア政府はベクテルをやめ、公営に戻します。
これほどひどいことにはならずとも、人間にとっていのちの元の水道事業を
悪質な民間に任せると、こういうことも起こりうる、ということの一例ですよね。
映画好きなウッドスタインさんは、もうご覧になったかなと思いますが、007は、
どういうふうにこの水問題と絡むのでしょうか。まあ、007はフィクションですけれども…。

>  対策はどうしたらいいのか、という問いかけに対し、外資の参入をできる限り避けるようにする、とのことでしたが、私が問いたかったのは、避けるためにはどのような方策が考えられるか、ということで、それについての御回答がまったくありませんでした。以下は飽くまで印象です。
> この手の管理人さんによる、政府や政権政党などの政策・施策に対する批判はこれまで貴ブログにおいて様々な分野で散々読ませてもらいましたが、ではその批判の矛先の向こう側でどう対処すればいいのか、という具体的な代案を見た、ということが殆どなかったような気がします。あるいは、私の錯覚なのかもしれませんがね。前回の投稿でも申し上げましたが、問題提起はわかったからその対抗策をより具体的な形で示してほしい、というのが管理人さんに対する希望なわけで、果たしてそれに応えてくれる気はあるのでしょうか。

まず。
問題提起をすることだけではいけないのでしょうか?
世の中には、その問題に関し、それまで関心がなく知らなかった、という人も
たくさんいらっしゃると思います。問題提起をして、一度立ち止まって一緒に考えていただく、
というのもとても意味のあることだと思いますが?
問題提起だけではだめだ、その具体的解決法を示さなければ意味がない、ということになると、
極端な話、古今のさまざまな哲学の論争なども、問題提起だけで具体的にどう生きていけと言う
方法論がないものはだめだ、意味がない、ということになってしまいませんか?
無論、そうした高尚なものと自分の拙い記事を同列になど考えているわけではありませんが。

>政府や政権政党などの政策・施策に対する批判はこれまで貴ブログにおいて様々な分野で散々読ませてもらいましたが、ではその批判の矛先の向こう側でどう対処すればいいのか、という具体的な代案を見た、ということが殆どなかったような気がします。

というお言葉ですが、失礼ながら、ウッドスタインさんも、ここで私に対し同じようなことを
なさっていらっしゃるのでは?

私の記事に対する問いかけだけで、じゃあ、ウッドスタインさんご自身はどういう具体案を
お持ちなのか、どういうお考えでいらっしゃるのかということは、原発の代替エネルギーのことを
たくさん情報をくださった(ありがとうございます)以外は、いつもあまりおっしゃらない。
ほんとうにここで議論を続けたいとお考えなのであれば、どちらが先とか後とかにこだわらず、
自分はこう考えますがどうですか? それに対してはこういう方法がありますよ、
というふうに、先に教えてくださることもお出来になるのでは?

いつも、ほんとに失礼ながら正直に申し上げますが、ウッドスタインさんに議論を挑まれますと、
私は、プラトンの『ソクラテスの弁明』の中で、ソクラテスに持論を次々に論破されていった
他の大勢の賢人や若者たちのような気持ちになっていってしまうことしばしばです。
ソクラテスの対話は問答法や対話術とかよばれるもので、相手にまずしゃべらせる。
それからそれに疑問をぶつける、相手が応える、またその論理の弱いところを突く…
そうやって相手がわかっていると思っていることの矛盾点を突きながら、
正しい認識にたどり着こうとするものですよね。
「無知の知」、すなわち、知ったかぶりになるのではなく、自分が知らないということを知る、
つまり、常に本当の知を得ようとする姿勢が大切だと説きました。
無論とても重要なことだと思いますが、狭義の意味で、議論術というようなところで
応用されると、一種の論理ゲームのようになってしまい、それは相手の論点に対しいつも
後から疑問をぶつける方が常に有利になってしまいがちという、そういう状況に
私、置かれてしまっている気がいつもしますよ。^^
ひょっとしてウッドスタインさんは、そのやりかたをなさってる?(苦笑)

私に「『無知』の自覚を促したい」ということが単なる目的なのではなく、
議論によってほんとうの問題の解決法を探りたいとお考えでいらっしゃるのなら、
いつも私への質問形式だけではなく、ウッドスタインさんご自身のお考えや、すでに
ご存じの知識を先にお教えいただけると嬉しいです。
議論のための議論…、どちらかが(下品な言葉ながら)『最後っ屁』のような言葉を吐いて終わり、
お互いに不愉快になる、ということが目的なのではありませんよね。
それならば、どうか、ご存じのことは、代替エネルギーのことのように、どんどんお教えくださると
大変に嬉しく私にとっても勉強になります。

…とは言うものの。
テレビなどで、党首討論会のようなものなど聞いたりもしていますが、
まあ、短い時間内で、という制約もあるのでしょうが、どの党も、相手の党の批判をするだけで、
じゃあ、自分たちはどうする考えなんだ、という具体的提案は示さないで理想を並べるだけ。
そういうのを見ているとほんとうにまどろっこしく腹が立ちます。
結局、いい対案なんてないんじゃないのか、などとも思ってしまいます。
ですから、ここでウッドスタインさんがお感じになるもどかしさもとてもよくわかります。

私にそんな素晴らしい対案、日本が世界が一気に救えるような
素晴らしい対案が出せるわけありませんが、私もそれでも自分なりにぽつぽつ考えてはいます。
「もう、虚しく議論している時じゃないよなあ…」とは、私も切実に思っています。
ですから、この本記事の最後にも、
『私たちの将来、子どもたちの将来を選びとっていくのは私たち自身である。
与党も野党もない。主権者は私たちなのだ!皆でこの国のことを必死で
考えて行かねばならない時代が来ている』と書きました。

議論のための議論は空しいです。
ですから、ここでも、どちらが先ということなく、お互いの提案や考えを
率直に出し合いませんか?エネルギーの節約のためにも。
(ただし、私の考えなど、たいしたものはないと思いますよ。直感と本能で考える性質なものですから…。)

さて、ようやく本題。

水資源や上下水道事業を、一部の私企業,特に外資に買収されることについての
私の懸念。

ナショナリズム、というようなものでも別にないんですよ。
日本の企業ならいい、外国の企業は皆悪い、というものでもないと思いますし。

私が言いたいのは、利益をとことん追求しようとする企業に、人間の命綱の産業は
任せない方がいいということなのです。
ボリビアの例ほどひどいことには日本はならないだろうとは思いますが、でも、遠い将来、
ほんとうに、ウッドスタインさんが早くから関心をお持ちになられたように、水の奪い合いの
世紀は来るだろうと思います。日本だって安閑としてはいられない。
ですから、今からみなさんに関心をもっていていただきたいと、ときどき記事にも取り上げています。

外資による水資源を含む林野の買収については、国や自治体がもっと危機意識をもって
法改正やその運営などで、制限していくしかないのではないでしょうか。
我が国は、土地所有者の権利というものは保護して国もそれに立ち入ることが出来ないほど
誰に売ろうが、そこでどんな目的で開発を行おうが、その自由な裁量権を保護している一方で、
土地の売買についての意識や認識は稀薄で法・条項の整備は甘そうですものね。

日本では土地の所有者は、その土地の地下、上空の使用権利も持っているのですよね。
だから、自分の所有地内に井戸を掘れば、地下水は原則無尽蔵に使える。
それでびっくりしたのは、東京駅の修復の費用を捻出するのに、空中権を付近の
丸ビルなどの高層ビルに売って500億円を得たという話です。
東京駅は低層の建物なので敷地の容積率の20%しか使用していない。だから、使わない空中権を
他のビルに譲渡出来るという。他のビルもさらに建物を高くできるので
両者にとって好都合だったという。
「へえ!そんなことが出来るんだ!」とびっくりしたものです。

閑話休題。
自由な売買を許せば、海外からですと身分を明かしてくる人ばかりが参入して来るわけでもない。
日本人業者が仲介したり、あるいは最初から転売さらなる転売目的で、日本の不動産業者が買う
ということも考えられ、その見極めは非常に難しいでしょう。
まずは、林野のどこが誰の所有に属するのかあるいは公有林なのか、という地籍の
調査をしっかり行うこと。そして、水源地の売買そのものを制限するしか方法はないのでは
ないでしょうか。無論地権者には、それに見合うお金を払って、水源地の林野は出来るだけ
国有化公有化していくくらいのことをしなければならなくなるだろうと思っています。
広大な日本の山野。そんなことが出来るのかどうか…。大変でしょうが。
でも、そういうふうに公的機関にお任せと言うだけでなく、イギリスにおけるナショナル・
トラスト運動のように、一般市民が水源地や日本の景観を守るために運動をするということが
もっとあってもいいと思います。
静岡県柿田川、狭山丘陵などでもそういう運動をしている人々がいますね。

不正な売買に対しては、アメリカにおけるエクソン・フロリオ修正条項のように、
国家安全保障上懸念のある国内のものへの海外投資による買収を審査する委員会を
政権内に持つなどの措置も必要かと思います。究極的には大統領権限で案件を
拒否できる。
http://yoiko00.blog9.fc2.com/blog-entry-263.html
また、連邦規制が適用されることもある。外国からの対米投資に関する連邦規制は、
主として航空と通信をはじめ、海運、発電、銀行、保険、不動産、地下資源、国防
という9分野で適用されるそうです。『地下資源』という項目が入っていますね。
アメリカは自由経済の国ですが、それでもこうやって自国の大事なものはきちんと守る。
一方でTPPのルールでは飽くまでも、苛烈に海外での自由な競争を目指しています。
日本は、その点でまるで無防備です。とりわけアメリカには、おなかをさらけ出して
しまっているかのよう。

水問題のことをネットで検索すると、中国人による水資源の買い占めへの警戒のことばかり
続々と出てきます。なぜ中国人ばかりなのか、いわゆるウォータ-バロンと言われる
フランスアメリカなどの巨大水産業のことはちっとも言わないのが不思議です。
私は両方とも恐れていますけれどね。
この問題に偏狭なナショナリズムを持ちこんで語っても仕方ないと思います。
日本の水を守るのに、右派も左派もない。特定の国相手の問題ではない。
しっかりした 林野と水源の保護政策と管理が必要です。
林野法の改定と充実が必要だろうと思います。
 

そして前回の繰り返しにまたなりますが、それと同時に進めなければならないのが、
日本の林業、そして農業の立て直しだと私は思っています。
海外の安い木材が輸入されるようになり、日本の木材は売れなくなった。
林業とはただ苗木を植えればいいというものではなく、下草刈りから間引き、
枝うちなど成長過程で大変な手間がかかるのと同時に、いざ切り出しとなっても、
林道が整備されていないなど、売るためにも膨大な手間と費用がかかる。
儲からなければそんな苛酷な事業の後継者も出るはずがなく、日本の山野は荒れる一方です。
私の長姉は今年84歳で一人暮らしをしていますが、厳しい舅に仕えて婚家をずっと守ってきました。
その舅が、若いころから働き者で、杉や檜の植林をこつこつとやってきました。
ようやく長姉の代になって今その山林の樹たちは売りごろになっている。
でも買い手はなく、買われても安く買いたたかれるだけです。
それでも、舅が残してくれた山林。放置して荒れるに任せるわけにも行かないので、
人を雇って、下草刈りや枝うちをしているといいます。

そもそも、山野は商売のためだけにあるのではない。
日本の森林行政は、豊かな落葉樹や照葉樹、針葉樹、灌木、下草、苔類などの
混在した森をどんどん崩して、杉や檜やと言った売れる木材の植樹を進めてきました。
そうした針葉樹の人口林は山津波などが起こりやすく、雨水や雪解け水が伏流水となって
私たちに豊かな水を供給し保水してくれる機能が乏しいこと。
こんなこと、ウッドスタインさんに話すのは釈迦に説法ですね。
山野は、他にもたくさんの恩恵を私たちに与えてくれています。
放置すれば日本の山野はだめになります。(まあもっと長いスパンでみれば、植物の方が
人間などよりもっとしたたかで、いずれその地に合った植物相に戻っていくのでしょうが。)
でも、西日本などを久しぶりに列車で通ると気づかされますが、小さな山などが竹林に侵食されて
いっている。それなども問題ですよね。自然に任せておけとばかりもいっていられない…

日本の森は、そうやって木材を供給するという直接の利益だけでなく、治水、保水という
大きな大きな役割、そして美しい森が美しい海と海の生き物を育てるという間接的な
役割など、ほんとうに大事なたくさんの役割を果たしてくれています。
それを、日本人は、対経済効果だけの観点から、所有者に管理を任せ、保林のための
働き手もいなくなって山が荒れていっても事実上放任してきました。
それは農業も同じです。
前にも書きましたが、日本の水田が、保水と治水に果たしている役割は想像以上に
大きいと思います。農業従事者の高齢化と後継者不足、そしてTPPによる農産物の
自由化は、日本の水田とそれにまつわる地域の紐帯なども壊して行くでしょう。

水の問題と森林保護の問題と、日本の農業の高齢化問題、TPP等は直結しています。
ばらばらにではなく同時に考えて行かなければならないと思います。
原発問題も実はこれに無関係ではありません。
国や自治体の、そして私たち自身の未来への設計図が大事だと思います。

自分の考えを述べよ、ということですので、ざっと私の考えを述べさせていただきますが、
私は原発はやめて、再生可能エネルギー分野をそれに代わるものとしてもっと
国と国民をあげて育て上げて行くべきだと思っています。
それと同時に、地域分散型の生産・消費社会を目指して行きたいと思います。
国全体の電力をひとつのものでカバーするのは難しいけれど、小さな地域単位ならば
ウッドスタインさんが教えてくださったような電力を生み出す知恵がいくらでもありますよね。
そしてそれは、地域に雇用を生み出し、地域の活性化・振興になります。

例えばこんな記事を見ました。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/130408/biz13040815530006-n1.htm

『日本製紙は8日、同社八代工場(熊本県八代市)で、九州地区の間伐材を利用した
木質バイオマス発電設備を新設すると発表した。投資額は30億円強。
出力は5000キロワットで、フル稼働による年間発電量は、約4000万キロワット時
に達する。2015年3月に発電を開始し、九州電力に売電する予定だ。
 九州地区の間伐材のうち、未利用のものを100%使用する。
同社子会社で、木材の輸入や売買、グループ保有の森林管理事業を手がける
日本製紙木材などの集荷ネットワークを利用し、間伐材を集める。
未利用材だけを集めたバイオマス発電事業は、全国初となるという。
 未利用の間伐材は建築廃材などに比べて回収コストが高くなるが、
「再生可能エネルギーの固定価格買取制度」(FIT)を利用すると、
間伐材など由来の木質バイオマスによる電力は1キロワットあたり33.6円で
買い取られるため、日本製紙では事業化が可能と判断。売電により、
年間で13億円以上の売り上げとなる計算だ』

こういった試みはいくらでもできるのではないでしょうか。
ここには、林野保護、水質保護、水源保護、原発に代わるエネルギー、雇用問題、
地域活性化と地方分権…
さまざまな問題が、同時に考えられるヒントがあると思います。

それから、水の保護とこうした問題を総合的に考えて行くことは、内需を生み出すだけでなく
外需も生みだし、国際貢献も出来ると思います。
日本のさまざまな新しい考え方の浄水技術、治水技術、木質バイオマス技術などは海外で
展開して外資を得られるでしょうし、
それから、日本が古来から持っている治水技術なども、資材のない開発途上国などでは
とても役に立ちます。
いつか近いうち書きたいと思っていますが、ペシャワール会の医師、中村哲さんは
日本の伝統治水技術である『蛇籠』の考え方を使って、アフガニスタンの砂漠に
用水路をひき、農場を作り上げます。

原発を売り込むなどという無責任な外資獲得でなく、こうした小さな技術を使って
日本は世界に貢献できると思います。

さて。今書いたことはまた、ウッドスタインさんのあとの方の質問ともかかわってくるのですが、
私の中では、本記事の中で、いくつかの「あなたは~したいのですか?」という
問いかけをしました。
これらは私の中で別個の問題ではなく、みなどこかでつながっています。
同様に、これらの問題に対する私の解決策といいますか、漠然とした未来像と
いうものも、これまた底流で一つに繋がっています。
この本記事で取り上げた労働問題、教育問題などについても、自分なりの
考えは持っていますが、長くなりすぎるのでここでは項目を紹介するだけにしておきました。


> (1) 『中国や韓国との間に緊張を高め、防衛費を増やし軍備を増強して、戦争のできるいわゆる『普通の国』にしたいのですか?』
> という問いかけがありました。中国や韓国との間に緊張を高める、ということですが、その主体は日本側ということなのでしょうか。すなわち、日本の一方的な理由で中国や韓国に迷惑をかける形で国家間に緊張を作り上げているということなのでしょうか。中国や韓国は被害者であり、加害者である日本政府、すなわち安倍政権は懺悔をもって謝罪し続けろ、ということなのでしょうか。仮に中国が明確に日本の領土である尖閣列島に対して侵略行為をしても、日本は防衛力を増強することなく、黙って指をくわえて見ていろ、ということなのでしょうか。もっと言えば、尖閣や竹島はそれぞれの国にくれてやれ、ということなのでしょうか。説明してください。

無論、NO!です。私は日本だけにがまんしろ、などと言っているのではありません。
中国や北朝鮮、韓国にも無用な挑発行為はやめてほしいと願います。
個人間の議論もそうですが、一方がつっかかっていけば、相手もけんか腰になる。
中国、韓国との間の問題は、これはまず、日本が侵略していったには間違いないのですから
そこから出直すしかありません。ドイツが、ヒットラーによる侵攻はなかった、
戦闘員以外は殺していない、と言い張っていたらどうでしょうか。
独仏の高校生たちの話し合いがきっかけで出来た、共通の歴史教科書。
そのようなことがどうして出来ないのでしょう。
過去の事実に目をつぶり、相手を汚く罵っていくことからは何も生まれません。
現実に、日中間、日韓間の貿易や人的交流は減り、経済面でもマイナスじゃありませんか。
尖閣問題も折角先の世代の知恵者たちが棚上げにしていたものを…。

> (2) 『原発をどんどん再稼働させ、再生可能エネルギーの発展の道を閉ざす、原子力ムラのやりたい放題の国に再びしたいのですか?』
> という問いかけがありました。原発を再稼働させることが、再生可能エネルギーの発展(イマイチ意味不明ですが)の道を閉ざすことに、どうつながるのでしょうか。私は関係ないと思いますが。でも、管理人さんがそう言うからには、私が知らないような理由があるのでしょう。それを、具体例を明示しつつ説明してください。
>
これは説明するまでもないと思いますが。
長い間自民党政権下で、日本は原子力発電の推進を図ってきました。
一方、太陽光発電の技術などではシャープが1959年の太陽電池の開発に着手してから
世界のトップを走っていました。しかしながら、国を挙げての原発推進政策で、
太陽光発電も風力発電も、その他の有望な再生可能エネルギーの技術も、
研究費の不足や、発送電分離がならず、送電売電の道がほぼ閉ざされていたことから、
十分な発展が出来ませんでした。
安倍政権が、再び原発依存にゴーサインを出したことで、3.11後、せっかく動き出した
さまざまな再生可能エネルギー利用と企業参入の機運も、また水を差されるのではありませんか。
一つの例として、北海道電力は、メガソーラからの太陽光発電は40万KW
までしか買わないと発表。送電網が整備されていないという理由ですが、
本音の理由は、北電の泊原発を再稼働させれば北海道内の電力が足りる、
それを待っているのだと思います。
まだこれからも自民党政権下で原発依存の社会が続くのかと思えば、新規に
再生可能エネルギー事業に参入しようとする企業も及び腰になるでしょう。
国がはっきりと原発依存から再生可能エネルギーへの転換を打ち出した場合との
違いは、それはそれは大きな違いを生むと思います。

『日本の地下水が危ない』 (幻冬舎新書): 橋本 淳司

これ! 私も読みたいと思っていました!
どうしても今は、憲法と原発のことが先になり…。
でも何度も申しますように、これらの問題はどこか底流で繋がっています。

今の世代だけでなく、将来の日本のかたちを決めてしまう問題です。
また、いい本などありましたら、こういうふうに教えてください。

そして質問もいいのですが、ウッドスタインさんのお考えをまずお聞かせください。

ありがとうございます。




Re: 玄少子さんへ 

玄少子さん。おはようございます。

憤恚忿怒。
『恚』という漢字が読めませんでした!(笑) 『ふんいふんぬ』でいいですか?
『恚る』は、『ふしくる、ふしこる』と読むのですね。
そんな言葉があるのさえ、聞いたことがありませんでした。
『おこる』と読んでもいいのかな。
コメント、ちょっと書き変えてくださいましたか?
昨夜、もう眠くなった頭で『恚』って動詞、何て読むのかなあ、って思ってました。
漢文の素養がないのを、こういう時実感しますね~~~ずいぶん損した気分です(笑)
美しい言葉、ぴったりの言葉がたくさんあるのにな。
これからでも遅くないですね。玄少子さんのところで勉強させていただきます。
コメントにも手加減しないで漢字、お使いくださいね。一所懸命調べて学びますから。^^

鹿地亘の生涯、大変興味深く読ませていただいています。
選挙が終わったら、夏の間に、ゆっくり自分でも読みたいです。
私がじっくり書きたいと思っていることにも関連しますので。
最新の御記事の、読書に関するものも面白かったです。
文章が巧い、というのが、信じるか信じないかの一つの基準になる、というお説は面白いですね。
すごくわかる気がしますよ~~~。
言葉を大事にするひと…きっといいひとです。

変な話ですが、私、若い頃、『字のうまいひと』というのが恋愛に落ちる
一つの必須条件だったですよ。(笑)
というか、字が下手だとがっかりして、お熱も冷めました(爆笑)
あ。でも、誤解のないよう言っておきますが、いわゆるお手本的な字でなくとも、
その人らしい魅力的な文字なら、いくらユ二ークな金釘流でも私にとっては
『巧い』の範疇に入ります!^^
要するに、乱暴な無神経な字はだめでしたね。
あと、字の間が悪いのも。
最初はゆったり書き始めて、後の方が詰め詰めになっているノートや便箋の文字など
見ると、それだけで恋が冷めました。(笑)
下手でも丁寧でその人らしいならいいと、今でも思います。

私の字ですか?^^
よく、男の人の字のようだと言われます。^^
どういう意味でかわかりませんが、割と大きくしっかり書くからかなあ。
時々娘に、宛名書きなど、「でかいよ~!」と笑われます。

あ。そうだ!
私たち、怒ってるんでした!
こんな暢気な話を気持ちよくしていられる、憤怒などしていなくていい世の中ならいいのになあ…



彼岸花さん,こんにちは
> 21日まで漢詩は封印で鹿地亘を書いてます。
>
>
> しほさん,はじめまして
> 7/16 東京新聞
> おっとろしーハナシですね,

No title

 前回の投稿以後、珍しく多忙を極める日々が続いたのですが、やっと昨日くらいに一息つくことができ、本日は期日前投票も済ませてきました。因みに、管理人さんの意向に沿うかどうかはわかりませんが、比例区・選挙区ともに、自民党やその候補には投票しませんでした。
 ということで、久し振りに貴ブログに訪れ、最近の文章等も読ませていただきました。まあ、前回のことも含めていろいろ言いたいこともあるのですが、管理人さんの参議院議員選挙モードに水を差すのも申し訳ないですから、後段以降は、前回に質問させていただいた水の問題に関して管理人さんがなさった御回答についてコメントさせて頂き、次いで今回の文章について疑問に思ったことについて質問させて頂きたいと思います。あと、前回、唐突に孟子の言葉を掲げましたが、これについては言葉足らずでしたので補足しておきます。すなわち、リテラシーを磨くということ、「物事を客観的に見る」ということ、いずれも「尽く書を信ずれば則ち書なきに如かず」という言葉に通じるところがあると思っているわけです。二千年以上も前に唱えられたわけですが、ものの考え方の本質の一つと考え、座右の銘としています。さらに、「孟子」とともに「四書」の一つである「中庸」にも通じるところがあるのではないか、と勝手に思っているのですが、考えすぎかもしれません。

 水の問題、特に日本の水の問題は、原子力の問題と並んで若い頃から興味があり、その両分野に関しては素人ではありますが、関連本や専門書も数多く読んだという自負もあります。そもそも興味を持つに至ったきっかけとなったのは、いずれも映画絡みのことからなのですが、それについてはいいでしょう。
 対策はどうしたらいいのか、という問いかけに対し、外資の参入をできる限り避けるようにする、とのことでしたが、私が問いたかったのは、避けるためにはどのような方策が考えられるか、ということで、それについての御回答がまったくありませんでした。以下は飽くまで印象です。この手の管理人さんによる、政府や政権政党などの政策・施策に対する批判はこれまで貴ブログにおいて様々な分野で散々読ませてもらいましたが、ではその批判の矛先の向こう側でどう対処すればいいのか、という具体的な代案を見た、ということが殆どなかったような気がします。あるいは、私の錯覚なのかもしれませんがね。前回の投稿でも申し上げましたが、問題提起はわかったからその対抗策をより具体的な形で示してほしい、というのが管理人さんに対する希望なわけで、果たしてそれに応えてくれる気はあるのでしょうか。
 話をもとに戻します。確かに水資源や上下水道事業を、一部の私企業,特に外資に買収されるのは、日本人のナショナリズムを大いに刺激するものでもありますから、何らかの規制をすべき、というのは大多数の日本人の総意だろうと思われます。となると、これらを管理するのは国や地方公共団体であるべきなのでしょうか。水源地を購入する際に外資が日本人の名義を使用している、という指摘がありましたが、そうなると、そもそも水源地の取引自体を制限すべきということにもなるのでしょうか。そうなると、財産権という私権の制限にもなります。また、土地と水を切り離して、水の利用やそもそも水の所有権自体の考え方を改めるべき、という意見もあります。
 以上はほんの一例ですが、管理人さんが「外資の参入をできる限り避けるべき」という一言で片づけたことの裏には、様々な問題が横たわっています。もちろん、それを一気に解決する方策などあり得ないわけですが、それでもある程度の事態改善への管理人さんなりの考え方を示すことができたはずであり、それがなかったのは残念です。
 その後、水一般のことについての管理人さんの論がありました。問題意識の高さが随所にみられる文章でしたが、正直言ってちょっと論点が古い感じがしました。と言っても、管理人さんが掲げた問題点が解決しているのか、と問われれば、そんなことは全くないわけで、私としては貴ブログで問題点をもっと啓蒙して欲しいとは思っています。
 この水の問題について著作などで啓蒙している第一人者は、橋本淳司氏でしょう。私も氏の著作をかなり読み、大いに教えられました。現在においての氏の最新作は

『日本の地下水が危ない』 (幻冬舎新書): 橋本 淳司

 もし、余裕があったら選挙後にでも、図書館で借りるなどして読んでみて下さい。この問題についてはいくらでも議論できますので、いずれそういう機会が来ることを楽しみにしています。

 次に、今回の文章の一部について、質問させていただきます。中頃で、
『あなたは、今の憲法をほんとうに捨てたいのですか?』
に始まる一連の問いかけがありました。この問いかけに対して、「否」というのが管理人さんの御回答であり、さらには本文章の読者に対しては、その同意を求めているわけですが、それはいいです。問いかけの内容自体について、説明を求めたいと思います。
(1) 『中国や韓国との間に緊張を高め、防衛費を増やし軍備を増強して、戦争のできるいわゆる『普通の国』にしたいのですか?』
という問いかけがありました。中国や韓国との間に緊張を高める、ということですが、その主体は日本側ということなのでしょうか。すなわち、日本の一方的な理由で中国や韓国に迷惑をかける形で国家間に緊張を作り上げているということなのでしょうか。中国や韓国は被害者であり、加害者である日本政府、すなわち安倍政権は懺悔をもって謝罪し続けろ、ということなのでしょうか。仮に中国が明確に日本の領土である尖閣列島に対して侵略行為をしても、日本は防衛力を増強することなく、黙って指をくわえて見ていろ、ということなのでしょうか。もっと言えば、尖閣や竹島はそれぞれの国にくれてやれ、ということなのでしょうか。説明してください。
(2) 『原発をどんどん再稼働させ、再生可能エネルギーの発展の道を閉ざす、原子力ムラのやりたい放題の国に再びしたいのですか?』
という問いかけがありました。原発を再稼働させることが、再生可能エネルギーの発展(イマイチ意味不明ですが)の道を閉ざすことに、どうつながるのでしょうか。私は関係ないと思いますが。でも、管理人さんがそう言うからには、私が知らないような理由があるのでしょう。それを、具体例を明示しつつ説明してください。

 管理人さんのことですから、明快な説明をして、私の疑問点を氷解してくれるものと期待しています。

Re: しほさんへ

しほさん。こんばんは。
ありがとうございます。体調の方はもうだいじょうぶです。
でも、連日の暑さにはほんとうにまいりますね。

> ちょっと恐い話が二つ。

まず、環境法改正案。
う~ん。ほんとに姑息に大事なことをこっそりと!
これ、パブコメとかもやらずに、決めてしまったんですね?
堤未果さんのおっしゃる通りですね。

『本当に怖いのは、政治家や官僚の暴言、ではなく「法改正」!!!
(秋に提出されるあの法案もしかり、、)


よほど専門的に政治の動きを広報などで細かく見ている人でない限り、
わたしたちは、どんな恐ろしい法案が提出され通過して決まってしまっても、
なかなかそのことについて知ることができません。
新聞やネットをよく調べて行けば、誰かが危険信号を発してくれていることもあるけれど、
それだって、膨大な時間とエネルギーを食う。
ジャーナリズムがもっとしっかりしていて暮れたら、と思いますが、それが
御用ジャーナリズムに堕して行っているからなあ。

これはほんとうにひどいですね。地方自治体なら、まだ私たちの声と監視の目が
届く。でも、国が一切管轄するとなると、もうどのようなずさんな管理が行われようと
見えてこなくなってしまいますね。
きっとね、それだけでなく、ここにまた、天下り団体やら何やらが出来て、
利権を生むんだろうと思うわ。

未果さんの、『(秋に提出されるあの法案もしかり、、』というのはまたさらに怖いですよ。
安倍政権は、参院選が終わって落ち着いたら、秘密保全法をやろうとしていますからね。
これは、公務員の守秘義務に関するもの。
あ。公務員じゃないから関係ないわ、と思うと大間違い。

想定される秘密保全法制の内容は、

・「国の存立にとって重要な情報」を行政機関が「特別秘密」に指定する
・秘密を扱う人、その周辺の人々を政府が調査・管理する「適性評価制度」を導入する
・「特別秘密」を漏らした人、それを知ろうとした人を厳しく処罰する

などが柱になります。
例えば、国が原発情報を「特別秘密」として指定すれば、それに関連する公務員などは一切
それについて語れなくなる。それどころか、その人個人だけでなく家族や友人関係などまで
調べ上げるのよ。
そして、秘密を漏らした人だけでなく、情報を得ようとした新聞記者なども
罰せられることになります。
国民の知る権利の封殺よ。
これと、マイナンバー制度を、私はとても恐れています。
国による国民の監視の始まりです。

これは、2番目の鎌田慧さんの話とも繋がってきますね。
国の意向に逆らうものが活動しにくくなるように、萎縮してしまうように、
またその情報を官憲が管理できるように…
そういう恐ろしい環境が着々と整えられつつある…

この女性の話ね、実は愛希穂さんももう記事にしてらっしゃるの。
この場面の前後の様子を知りたくて、私も調べていました。

国の指導者が直接命じなくても、その意を汲んで必要以上の
規制をかけたりする者が多く現れるのが、むしろ困るんですよね~。
そしてそれに追随する馬鹿者が次々に出てくるでしょう…
国のトップが代わると、こうまで国のシステムや雰囲気が壊れて行くのか、と思うと
空おそろしいですね。戦前もこんな感じだったのではないでしょうか。

ほんとにどうなっちゃうんでしょう、日本!

これをなんとも感じず、自民党を支持している人が多いのに滅入りますね。

しほさん。ありがとうございます。




> ・7/16 文化放送で吉田照美から知ったのが一つ。
> http://blogs.yahoo.co.jp/bunbaba530/67969151.html
> ↑
> 本当に怖いのは【暴言」より「法改正」 - ジャーナリスト堤未果のブログ
>
> 環境法改正案が衆議院を通過。環境省が放射性物質の管理・規制する権限を自治体かた環境省に一本化。
> 大気汚染防止法の…
> 「大気の汚染」は「放射性物質によるもに除く」変更。
> 「都道府県知事は◯◯しなければならない」から「都道府県知事は環境省令に定めるところにより◯◯しなければならない」のように変更。
> 「都道府県知事は……公表しなければならない」は「環境省大臣は……公表しなければならない」
>
> これは国の権限で放射性物質の規制・管理を自由自在にやれるし、公表したり、伏せたりも思いのままになります。
> 確か、がれき処理事件では東京都は率先してがれきを焼却。静岡県島田市も続いて焼却。
> 住民の抗議が届かなかったのですが、これからは気付かずに何かが…始まり、終わる…のかもしれません。
>
> ・7/17 東京新聞 23面 本音のコラム欄よりこれまた一つ。
>
> http://nomorewar77.blog.fc2.com/blog-entry-483.html
> ↑
> 鎌田慧 公式ブログ - 「本音のコラム」2013/7/16
>
> 一主婦のささやかな行動に私服刑事と与党自民党スタッフが取り囲んで妨害。JR福島駅頭での街頭演説の場で手作りボードを没収され、ボードは教えた覚えのない主婦の勤務先に送り付けられた。
>
> もし「警察の者ですが」と取り囲まれたら…怖くて想像しただけでもゾッとします。
> どうなちゃうんだろう日本。

憤恚忿怒 

彼岸花さん,こんにちは
21日まで漢詩は封印で鹿地亘を書いてます。


しほさん,はじめまして
7/16 東京新聞
おっとろしーハナシですね,

彼岸花さん、体調いかがですか?

いつも思うのですが毎日元気に忙しく出来るのも、仕事に専念出来るのも現在の安全安心の世の中だからですよね。
政治の成り行きを気にしてたら仕事時間が減ってしまいます。
これまでの様に生きていけるか心配な話が今日ありました。
世の中の忙しいサラリーマン、学生、選挙権の無い若者達にも知って欲しいです。
貼り付けさせて下さい。

ちょっと恐い話が二つ。

・7/16 文化放送で吉田照美から知ったのが一つ。
http://blogs.yahoo.co.jp/bunbaba530/67969151.html

本当に怖いのは【暴言」より「法改正」 - ジャーナリスト堤未果のブログ

環境法改正案が衆議院を通過。環境省が放射性物質の管理・規制する権限を自治体かた環境省に一本化。
大気汚染防止法の…
「大気の汚染」は「放射性物質によるもに除く」変更。
「都道府県知事は◯◯しなければならない」から「都道府県知事は環境省令に定めるところにより◯◯しなければならない」のように変更。
「都道府県知事は……公表しなければならない」は「環境省大臣は……公表しなければならない」

これは国の権限で放射性物質の規制・管理を自由自在にやれるし、公表したり、伏せたりも思いのままになります。
確か、がれき処理事件では東京都は率先してがれきを焼却。静岡県島田市も続いて焼却。
住民の抗議が届かなかったのですが、これからは気付かずに何かが…始まり、終わる…のかもしれません。

・7/17 東京新聞 23面 本音のコラム欄よりこれまた一つ。

http://nomorewar77.blog.fc2.com/blog-entry-483.html

鎌田慧 公式ブログ - 「本音のコラム」2013/7/16

一主婦のささやかな行動に私服刑事と与党自民党スタッフが取り囲んで妨害。JR福島駅頭での街頭演説の場で手作りボードを没収され、ボードは教えた覚えのない主婦の勤務先に送り付けられた。

もし「警察の者ですが」と取り囲まれたら…怖くて想像しただけでもゾッとします。
どうなちゃうんだろう日本。

Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん。こんばんは!

いよいよですね~。あっという間に来ちゃったなあ…
衆院の時は少しは見られたリベラル系野党の協力も、この参院選ではついになく。
さじを投げてる場合じゃないのになあ!

今朝の朝日新聞、私も見ました。
どうしてああいう書き方を朝日に限らず、みな、するんでしょうね!
『自民過半数よくない47%』というように、逆の数字を見出しにしていたら、
まるで印象が変わりますよね。
そう言っては失礼だけれど…いや、私怒ってるからもういいや!…何も考えない人は、
「あ、そうか!やっぱ、だめだよなあ…!」って、そっちにインプリントされるでしょうに。

いつもそう。去年も、『原発ゼロなら電気代2倍』という見出しだけが一人歩きして、
『2030年に原発15%でも30%でも、電気代は、1.8倍』ってことは、
気をつけて全部最後まで読んだ人じゃないと、目に留まらない。
そんなに違わないじゃないの! 

マスコミも、わざとそうしているのだとしか思えませんね。
大スポンサーの意向を、おそらく、何も命じられなくても自発的に汲んじゃうんでしょう。
河野太郎さんが原発事故後の、マスコミの報道自粛を言っていましたね。
「なに、スポンサーが圧力かけなくても、マスコミが勝手に自粛してるんですよ」って。

日本人は、ひとの言葉、とりわけマスコミの言うことをそのまま信じてしまうところが
ありすぎます。もう少しマスコミが、偏った報道をしなければ、選挙結果も
ずいぶん違うんじゃないでしょうか。もう最初から、自民党の大勝ありき、ですものね。
ほんとに、ほんとにそうなの?って疑ってしまいます。
でもね、ネットででもなんででもいいから、国民も、「それおかしいんじゃないの?」と
機会あるごとに声を上げていけば、マスコミも政治家もそうは無視できないですよね。
96条がそうですよね。
みなが立憲主義、とかいう言葉を知るようになって、96条の先行改定は変だよ、
という声を大きく上げるようになったので、自民党もそう無茶できない。
つい、3,4日前まで、『ねじれ、ねじれ』って、マスコミも政治家も『ねじれが
すべての原因』というような言い方書き方していたけれど、「そうじゃないでしょ!」
という声が大きくなれば、さっと引っ込んでしまう。

やはり、あきらめないで、おかしいことはおかしい、危険は危険、と声を
あげて行くことが大事なのでしょうね。

私ね。自民党が、いくら衆参両院で多数をとっても『改憲』と言いだせないような
世論を形成していくことがこれから大事だ、と思っています。
まだ希望は捨てられない。捨ててなるもんですか! ね?^^


今日の朝日新聞は、考えさせられる記事がたくさんありました…。
『声』の欄の、反核に生涯を捧げた山口仙二さんの妹さんとおっしゃる方の投稿とか。
『出向』という名の肩たたきの取材記事とか。

愛希穂さんやうみそら居士さんのように、新聞を丁寧に読む、というだけで
どれほど本質に迫れるかわからないのになあ、とわたし、いつも思うんですが、
きっと、新聞もあまり読まれなくなって行っているんでしょうね。
マスコミ批判したばっかりだけれど、(苦笑) 新聞もね、私、悪い悪いと言っていないで、
読者が育てていかないと、って思うんです。

要は、政治家も、マスコミも、それが質が低下していっているとすれば、
国民がそれを招いているんだと私、思うの。
戦争突入だって、原発だって、TPPだって、憲法改悪だって、「マスコミや政治に騙された!」
などと言っているようでは、いつまでたっても、大人の社会にはなれませんね。
また、そうなりそうで、そう言いそうで、わたし本当に心配です。

愛希穂さん。いつも変わらず、頑張ってくださって。^^
ありがとう♪
あきらめないでいましょうね。^^











> 今日の朝日新聞に「自民過半数よい 36%」と大きく書かれていました。そして記事部分で小さく「よくない 47%」と。
> この記事を見て、どうしてこんな風にしか書けないのだろうかと思いました。
> 大きく「よくない 47% 半分近くが自民過半数反対」とぐらい書けば良いのにと思いました。
>
> ただ、半数近い人が自民独走はよくないと思っていることに、とりあえずはほっとしました。この判断が投票につながるといいですね。
>
> 自国の農業をダメにしたい、憲法を改正して戦争のできる国になって子どもを戦地に送りたい、原発を存続させて、いつまでも放射能の恐怖の下で生きていきたい・・・なんて思う人はまずいないですよね。
>
> だとしたら、自民党という選択肢は絶対にあり得ない。
> 組織だとか、しがらみとかいわずに、よく自分で考えて投票してほしいです。
>
>
> > 自国民というだけでなく他の国の人々も含め、一人一人の人間の存在を大切に思うか否か、という一点に、です。
>
> そう思います。
> そして、これは日本人のとても弱い部分でもあると思います。もしかしたら、日本人に限らず、この世界はそうなのかもしれません。
> 一人一人の人間の存在を大切に思えたら、戦争なんか起こせない。世界でこんなに貧富の差が起こり続けることもないと思います。
>
> 一人一人の人間の存在を大切にできない、どうしてなのでしょう。
> 自分以外の人間を見下しているからなのか、自分自身さえ大切にできないからなのか。大切にされたことがないから、大切にするということがどういうことか分からないのか。
>
> 政治の問題ではないんですよね。それを政治が悪いから、政治家が悪いからと言っているだけでは、なかなか改善はされないのでしょうね。(自戒を込めて)
>
> やはり、神と一人一人との関係なのだと思います。

Re:鍵コメさんへ

は~い!
お待ちしています~~~~~♪

No title

こんばんは。

選挙までいよいよ残すところ1週間となりましたね。去年末衆院選が終わった時は、まだまだ先のことだと思っていたのに、あと1週間とは。

今のアベ自民党を支持するということが、どういうことになるのか、真剣に考えて欲しいですよね。
自公は「安定は希望」などと言っていますが、そういうキャッチフレーズに騙されないでほしいです。彼等に安定を与えてしまったら、彼岸花さんも書かれているように、政治の暴走になると思います。それも私たちが思っている以上のものになると思います。

今日の朝日新聞に「自民過半数よい 36%」と大きく書かれていました。そして記事部分で小さく「よくない 47%」と。
この記事を見て、どうしてこんな風にしか書けないのだろうかと思いました。
大きく「よくない 47% 半分近くが自民過半数反対」とぐらい書けば良いのにと思いました。

ただ、半数近い人が自民独走はよくないと思っていることに、とりあえずはほっとしました。この判断が投票につながるといいですね。

自国の農業をダメにしたい、憲法を改正して戦争のできる国になって子どもを戦地に送りたい、原発を存続させて、いつまでも放射能の恐怖の下で生きていきたい・・・なんて思う人はまずいないですよね。

だとしたら、自民党という選択肢は絶対にあり得ない。
組織だとか、しがらみとかいわずに、よく自分で考えて投票してほしいです。


> 自国民というだけでなく他の国の人々も含め、一人一人の人間の存在を大切に思うか否か、という一点に、です。

そう思います。
そして、これは日本人のとても弱い部分でもあると思います。もしかしたら、日本人に限らず、この世界はそうなのかもしれません。
一人一人の人間の存在を大切に思えたら、戦争なんか起こせない。世界でこんなに貧富の差が起こり続けることもないと思います。

一人一人の人間の存在を大切にできない、どうしてなのでしょう。
自分以外の人間を見下しているからなのか、自分自身さえ大切にできないからなのか。大切にされたことがないから、大切にするということがどういうことか分からないのか。

政治の問題ではないんですよね。それを政治が悪いから、政治家が悪いからと言っているだけでは、なかなか改善はされないのでしょうね。(自戒を込めて)

やはり、神と一人一人との関係なのだと思います。

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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