『美しい国って? ②』

私がお訪ねする『★いつか星降る夜に…』ブログのその日暮らしさんが
ご紹介してくださっている短編小説がある。

フランク・パブロフ著 『茶色の朝』
    
短い話ですので、ぜひぜひ読んでください。
一つ前の記事のプラカードの女性の件と絡め、だんだん国民への締め付けが
始まったか?と不安に思わせるようなこの国の空気を想えば、複雑な深い思いを誘います…。


             ***

            『茶色の朝』
                       フランク・パブロフ

太陽に向けて足を伸ばしながら、シャルリーと私は何を話す風でもなく、
お互いが傍らで何を語っているのかにはさして注意も払わずに、頭の中に
ただ浮かんだ考えをやりとりしていた。
コーヒーをすすりながら、時間がただ過ぎるに任せているのは心地よいひとときだった。
シャルリーが彼の犬に(安楽死のための)注射をしなければならなかったという話を
聞いた時には驚いたものだが、ただそれだけだった。
耄碌した犬ころを見るのはいつも悲しいものだが、15歳を過ぎたとなっては
いつの日か彼は死ぬという考えは持っておかなければいけない。

―分かるだろう、あの犬が茶色だって押し通すには無理があったんだ。

―まあそうだが、ラブラドル犬が茶色であるべきだなんてあんまりな話だ。
 ということは、何か病気でも持っていたのかい?

―そういう問題じゃない。あいつは茶色の犬ではなかった。それだけさ。

―何てこった、猫が処分された時と同じだっていうのかい?

―ああ、同じだ。

猫の時は、私は当事者だった。先月、私は自分の猫を一匹手放さなければならなかった。
やつは白地に黒のぶちという悪い巡り合わせの(ふつうの)家猫だった。
猫の過剰繁殖が耐え難いというのは確かだったし、国家の科学者たちが言うところによれば、
茶色の種を保存するのが次善の策だということもまた確かだったのだ。
茶色だけだ。あらゆる選別テストが示すところによれば、茶色の猫がもっとも都市生活に適合し、
子供を産む数も少ないし、そして餌も大変少なくて済むというということだった。
個人的には猫は猫だとは思うが、問題は何らかの方法で解決すべきなのだから、
茶色ではない猫の排除を定める法令に従う他はない。
街の自警団が砒素入りの団子を無料で配布していた。砒素入り毒団子は餌に混ぜられ、
(去勢前の)雄猫たちは瞬く間に片付けられてしまった。
その時は私の胸が痛んだが、人というのはあっさりと早く忘れてしまうものだ。

犬の時はさすがに驚いた。何故かはよく分からないが、たぶんそれは猫よりも
ずっと大きいからか、あるいはよく言われるように、人間にとっての輩(ともがら)で
あったからだろう。いずれにしてもシャルリーは、私が猫を処分した時と同じくらい
自然な体でそれを話していた。そして彼は正しかったのだろう。
感傷的になり過ぎたところで何か大したことが起きるわけではないし、
犬についても、茶色いのが一番丈夫だというのも多分正しいのだろう。

お互い話すこともそれほどなくなったので、私たちは別れることにしたが、何か妙な印象があった。
あたかもそれは何か言い残したことがあるかのようだった。あまりいい気持ちがしなかった。

それからしばらく経って、今度は『街の日報』がもう発行されないということを
私がシャルリーに教える番だった。彼はびっくり仰天した。『街の日報』は
クリーム入りコーヒーを飲みながら、彼が毎朝開いている新聞だったのだ。

―彼らが潰れたって? ストライキか、倒産か?
―いや、いや、犬の一件の続きのためだ。

―茶色の?

―ああ、ずっとそうだったのさ。一日とおかずにあの新聞は国のこの政策を攻撃していたからね。
 挙げ句の果てには彼らは(国の)科学者たちの実験結果まで改めて疑いだしたんだ。
 読者達はどのように考えるべきか分からず、ある者達は自分の犬を隠すことさえ始めたんだ。

―そりゃ度が過ぎたようだな……
―おっしゃるとおり。新聞はついに発禁になってしまったというわけだ。
―なんてこった。三連馬券についてはどうしたらいいんだい?
―そりゃお前さん、『茶色新聞』でとっておきのネタを探すしかないな。
 もう新聞はそれしか残ってないんだから。競馬とスポーツについてはそこそこイケてるって話だ。
 他の新聞がみんな脇へ押しのけられてしまった以上、新聞が街には一つくらい
 残っていてしかるべきだろう。いっつもニュースなしで済ますというわけにはいかないし。

その日はシャルリーとコーヒーをもう一杯飲んだが、『茶色新聞』の読者になるというのは
なんだか嫌な気持ちだった。
にもかかわらず、私の周りのビストロの客達は前と変わらぬ暮らしを続けていた。
そんな風に心配する私がきっと間違っているのだろう。

新聞の後は図書館の本の番だった。これまたあまり明快な話とはいえない。
『街の日報』と財務上同一グループをなしていた数々の出版社が訴追を受け、
それらの出版社の本は図書館の書架への配架が禁止された。
それらの出版社が刊行を続けていた本をよく読めば分かることだが、
一冊に犬や猫といった単語が一つは出てくる。だがその単語に「茶色の」という言葉が
常にセットになっているわけではない。出版社はやはりそういうことは知っておくべきだったのだ。

―派手にやり過ぎちゃいけないよ。
シャルリーは言った。
―法の網の目をかいくぐったり、法律といたちごっこをすることを引き受けたって
 国民にとっては何にも得にはならないんだよ。あ、茶色のいたちね。

彼は周囲を見回して、万一誰かが私たちの会話を晒し者にすることがないように
茶色のいたち、と付け加えた。用心のために、私たちは文や語に「茶色の」と
付け加えるのが習慣になっていた。最初の頃はふざけて茶色のパスティスを注文して
いたものだが、結局のところ言葉遣いは変われば変わるものであって、
わけもなく仲間内で我々が「この糞ったれ」と付け加えるような感じで、
言葉や文章を「茶色」にすることをそんなに奇妙には感じなくなっていたのだった。
少なくとも、人々からよく見られていれば、私たちは静かに生きていられる。

そして私たちはついに三連馬券を的中させたのだ。ああ、たいした金額ではないけれども、
それにしたって私たちにとっては最初の当たり茶色三連馬券というわけだ。

そのおかげで新しい規則の煩わしさも受け入れられるようになった。

ある日、私はそれをよく覚えているのだが、チャンピオンズカップの決勝を
見に家に来ないかとシャルリーに言った。
彼が来たとき、私は爆笑してしまった。彼は新しい犬とやってきたのだ!
素晴らしいことにその犬はしっぽの先から鼻先まで茶色で、目まで栗色だったのだ。

―ほうら、ようやく見つけたこいつは前の犬より情感豊かで、指一本動かすか、
目をちらと動かすだけで私に従うんだ。黒いラブルドル犬くらいで悲劇ぶるんじゃなかったよ。

彼がそう言い終わらないうちに、その犬はソファの下にもぐり込んで、
頭がいかれたみたいにキャンキャンと吠えだした。
そいつは「たとえ茶色だからって、俺は主人にだって他の誰にだって従わないぞ!」
と何かを相手に言っているかのように大声で吠えていた。そしてシャルリーは
突如何かを理解したようだった。

―いやまさか、君もか?
―まさしくその通りだ。見ろよ。


そこでは、私の新しい猫が矢のように飛び上がってカーテンをよじ登って
箪笥の上に待避していた。私の(去勢前の)雄猫も、毛並みも瞳も茶色だった。
何て偶然の一致だ! 私達は大笑いした。

―そういうことだ。
私は彼に言った。
―いつも猫を飼っていたものだが、こいつもなかなかイケてる猫だろ?
―素晴らしい。
シャルリーは答えた。


それから私達はテレビを付けた。その間私達の茶色の犬と猫はお互いに
横目で様子をうかがっていた。どちらが勝ったのかはもう覚えていないが、
素晴らしいひとときを過ごせたと思う。安全だという感じがしたからだ。
それはあたかも、ただ単に街中の常識に従ってやってさえいれば、安心していられるし、
暮らしもすっきり行くというかの如くだった。茶色の安全というのも悪くはないもんだ。

勿論、アパートの正面の歩道ですれ違った小さい男の子の事を考えてはいた。
彼は足下に横たわる白いプードルの死体を前にして泣いていた。
だがいずれにしても、大人が言っていることをよく聞けば、犬が禁止になったわけではなく、
茶色の
犬を探せばいいだけだと分かるだろう。茶色の子犬だって見つかるわけだし、
私達のように、規則に従った暮らしをして安心できれば、昔のプードルのことなんか
さっさと忘れてしまうだろうに。

そして昨日、信じられないことに、すっかり平穏に暮らしていると安心している私が
、危うく街の自警団に引っ立てられそうになった。奴らは茶色の服を着ていて、
情け容赦のない奴らだった。幸い、奴らはこの地区に来たばかりで、全員の顔と名前を
覚えているわけではなかったので、私が誰だか分からなかったらしく、助かった。

私はシャルリーの所へ行った。日曜、シャルリーのところでブロットをやるつもりだったのだ
。ビールを1パック、それだけを手に持って。ビールをちびりちびりと飲みつつ、
2~3時間トランプをやるはずだったのだ。

ところがそこには、驚くべき光景が広がっていた。彼のアパートのドアは
粉々に吹っ飛ばされていて、自警団の人間が二人、踊り場に突っ立って野次馬の交通整理をしていた。
私は上の階に行くふりをして、エレベーターでもう一度下へと降りた。
下では、人々がひそひそ声で話していた。

―だけど彼の犬は本当に茶色だったろ、ウチらだって見たんだから間違いないじゃないか。

―ああ、だけれども、連中が言うには、彼が前に飼っていたのは、茶色ではなく
 黒の犬だったそうだ。黒い犬だったんだよ。

―前に?

―ああ、前に、だ。今では茶色以外のペットを飼っていたことも犯罪なんだよ。
 それを知るのは難しい事じゃない。隣近所に聞けば十分だろ?

私は足を早めた。汗が一筋シャツに伝った。以前に茶色以外のペットを
飼ったことがある事が犯罪なら、私は官憲の格好の餌食だろう。
今のアパートの人間はみんな私が白黒の猫を飼っていたことを知っている。
以前に!そんなことは、考えてすらいなかった!

今朝、茶色ラジオ局はそのニュースを伝えた。シャルリーは間違いなく
逮捕された500人のうちの一人だろう。最近茶色のペットを飼ったからといって、
飼い主の心が変わったわけではないというのだ。ラジオのニュースは続けて言った。「不
適切な犬あるいは猫の飼育は、それがいかなる時期のものであれ、犯罪です」。
アナウンサーはさらに、不適切な犬あるいは猫の飼育が、「国家侮辱罪である」
とすら付け加えた。そして私はその続きをしっかり書き留めた。
曰く、「不適切な犬あるいは猫を個人として飼育したことがなくとも、
親族、つまり父、兄弟、あるいは例えば従姉妹がそのような色の犬あるいは猫を
人生に渡って過去一度でも飼育したことがある場合には、その者は
重大な係争に巻き込まれる恐れがある」とのことだ。

……シャルリーがどこに連行されたか、私は知らない。だが、連中はやり過ぎだ。
それは狂気だ。そして私は茶色の猫を飼ってさえいればずっと静かに暮らしいてられると
思っていた。勿論、茶色の連中が過去の洗い出しをすれば、猫や犬を飼っていた人間は
しまいにはみんな捕まってしまうだろう。

私は夜中寝ることができなかった。
連中が動物に関する最初の法律を課してきたときに、私は「茶色」の話を
信用すべきではなかったのだ。いずれにせよ私の猫は私のものだったのだし、
シャルリーにしたってそれは同じだったのだから、「茶色」には否と言うべきだったのだ。

もっと抵抗すべきだったのだ。
だがどうやって? 連中の動きは実に迅速だったし、私には仕事もあれば
日々の暮らしの悩みもある。他の連中だって、少しばかりの静かな暮らしが欲しくて
手を拱いていたんじゃないのか?

誰かがドアを叩いている。明け方のこんな早い時間には今までなかったことだ。
日はまだ昇っていない。外はまだ茶色だ。
だけれど、そんなにドアを強く叩くのはやめてくれないか。
今行くから。


             ***



なぜ、茶色なのだろう?
…かつてナチス・ドイツに侵攻された歴史を持つ欧州の人々にとって、
初期のナチス党が制服に使っていた茶色はナチズム、あるいはファシズムの象徴であった。
この短い寓話が、全欧州で擡頭する極右運動への人々の危機感を覚醒させたのだ。

これと似た話に、私の好きなレイ・ブラッドベリの『華氏451度』がある。
華氏451度(摂氏233度)は、紙が燃えはじめる温度である。
本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様を描いた作品。
これは、フランソワ・トリュフォーによって映画化されている…



じりじりと…こんな社会が近づいて来ているのでありませんように……






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Re: 玄少子さんへ

玄少子さん。こんばんは。
お若い方々に紹介してくださったんですね。^^
ありがとうございます。

3人は大きいですよ~~~♪
そうやって、若い人々が政治を自分たちのことだと思ってくれるように
なるといいですね。
政治は何も私たちの生活からかけ離れたもの、と思うことはないんですよね、本当は。
市民がもっと普段から、政治について語り、政治に町や氏のレベルから参加していく…
そういうことが当たり前になれば、日本の民主主義ももっとしっかり地に足をつけたものに
なるでしょう。
デモなども、ヨーロッパなどのデモは、本当に気楽に参加して、楽しそうです。
道いっぱいに溢れて、日本のように警官が異常なほど規制するなどということもなさそう。
それでいて、ちゃんとデモ参加者は自分たちの主張は通す。

きっとね…日本の『選挙したらそれで終わり。あとは任せきりにして置くから、
だんだん政治と民意が離れて行く』という情けない傾向は、日本の長い長い支配の
歴史から来ているもののように思います。
『お上に任せておけばいいんだ。どうせお上には逆らえない…逆らうだけ損を見る…』
というような諦観。

これをどうにか変えないとだめですね。
政治は楽しいぞ! …そんな若者がどんどん出てくるといいですね。

明日がそのスタートになればいいなあ!

少しでもにっこり笑える場面が増えるといいですね!
ありがとうございます♪





幾千万のことばをかさねるよりも・・・・・

彼岸花さんこんにちは
女性のプラカードの動画引用させて頂いてます。

先に愛季穂さんにご挨拶申し上げてはおきました,
この動画,当面トップに置こうと思っております。
もうそこまで來てる,ということを如実にあらわしてますね
わたしが幾千万のことばをかさねるより動画のインパクトはおおきいです。
またこの動画を見て,わたしの身近にいる若いお嬢さんが彼氏と彼氏の友達にも投票を呼びかけてくださり早速,候補者を吟味しています。。
そこは若い子達のこと,山本氏,に惹かれてるようです。

たった三票ですが動画の力は大きいとつくづく思いました。
ネット選挙解禁は今後,安倍のようなファショ政治家の首を絞めることになるかもしれない,などと少し希望を持ちました。
事後報告になりましたが・・・・。
ひとことお礼もうしあげます。ありがとうございました。

Re: うさぎ二匹さんへ

うさぎ二匹さん、はじめまして。
ご訪問、そしてコメント、ありがとうございます♪
そして、私のブログの紹介、ありがとうございます。

自分だけの感覚に閉じこもっているからかなあ…
たとえ体が不自由で外に出られなくても、広く世の中のことに目を向けて、
広い視点をお持ちの方がたくさんいらっしゃる…
自分というものからいったん離れて物事を見れば、つまり、他者の気持ちを
想像してみれば、自分さえよければいいとか、自分の国さえよけれえばいいとか、
そうした狭い感じ方はなくなるんじゃないかと思うんですけれど、なかなか
それが出来ないんですね…

平和が良いに決まってる。
みんながなかよくくらすほうがいいにきまってる。
みんなが豊かに、生活の心配なく生きられる方がいいのにきまってる…
それなのに、どうして世界は反対の方に行くのかしら……

明日は、一人でも多く、現政権にNO!の票を突きつけたいものですね。

ご訪問、そしてコメントいただき、本当にありがとうございます。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします♪

No title

こんにちは。
彼岸花さんのこのブログ、私のブログで紹介させて頂きました。
不都合な点があれば連絡を下さい。

いつも深く物ごとも見つめておられ頭の下がる思いです。
良い未来を作るって当たり前のことなのに、どうしてこんな世界へなるのか・・・?
もっと自分のことだけでなく周りのことも考えないといけませんね。

いつもありがとうございます。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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