『大きな力に対抗していくには』

『原発のない社会をめざして』ブログのうみそら居士さんのところでこんな記事を見た。
http://stopatomicenergy.blog59.fc2.com/blog-entry-1308.html

今回もまた、先の衆院選に続いて自民党を大勝ちさせてしまった野党、とりわけ
リベラル系野党についての、山田厚史氏の意見。
山田厚史氏は元朝日新聞編集委員でジャーナリスト。

私、一つ前の『戦いはこれから』という記事で、民主党のことを怒って、次は
とうとう一つにまとまれなかったリベラル系野党のことを書こうと思っていたのだが、
山田さんがここに、見事に、私なども伝えたかったことを書いてくださっているので、
うみそら居士さんのところから一部お借りする。全文はどうぞうみそら居士さんのところで
お読みください。
これは選挙前の発言。

【自民独走の参院選挙情勢 善人の不寛容が招いた野党分立】
DIAMOND ONLINE 山田厚史の「世界かわら版」2013年7月18日

増税で集めたカネが流用された復興予算、重要5品目を守れないTPP、原発は再稼働し海外にも売る……。
政策は「突っ込みどころ満載」の自民党が21日の参議院選挙で大勝しそうな情勢だ。
小粒の野党が互いを食い合う「弱者生き残り合戦」。自民独走を許す構造はそこにある。
なぜ、反自民リベラルを一本化する選挙協力ができないのか明らかにしたい。

■「変化」を感じさせる活動

リベラル勢力の弱点は次の3点にある。
①敗北の美学。「したたかに勝つ」より「正しく負ける」を選ぶ政党。
②いい人たちの不寛容。細部の違いにこだわる内ゲバ体質。
③連合依存。企業エゴに傾斜する大企業労組に制約される方針。

団塊世代の前後が担ってきた古い運動にありがちな欠陥ではないか。しみついた体質は、
新陳代謝でしか変わらないだろう。新しい感性、新鮮な発想ができる人材が入ってこない限り
運動は先細りになる。そんな思いで選挙を眺めていたら「これは変化だ」と感ずる動きを
ネットで見つけた。緑の党から全国区で出ている三宅洋平の活動である。

「マツリゴトを面白くするのは全員参加だ」と、若者に政治を語り合うことを呼びかけている。
「選挙フェス」と銘打ったイベントで全国を回り、1000人規模の集会を重ねるが、
全国区の当確ライン100万票は遥か彼方だ。選挙期間に触れ合える人数は知れている。
そこでイベントのネット配信だ。支持者がツイッターやフェイスブックに動画をアップし
コメントを書き、転々流通させる。

熱いメッセージやと腹の底に響く言葉が、ライブ画像に乗って拡散している。
「俺はとことん頑張っているから、もう応援はいらないよ。次はあなたの番だ。
何ができるか。友達や家族とじっくり話し合い、日本を少しでもいい方向に向けようよ」

ギターを抱えて仮説ステージから呼びかける三宅は「チャランケ政治」を訴える。
アイヌ語だ。アイヌの人たちは、もめごとがあると皆が納得するまで時間をかけて話し合った。
それが「チャランケ」。戦争をコミュニケーションで乗り越えてきた、というのだ。
「戦う」「倒す」ではなく「語り合う」「分かり合う」。それが政治の原点、と呼びかけている。

準備のないまま全国区に打って出るのは、常識的には無謀な試みだが、支持者はネットで増殖中。
面白いから覗いてみることをお勧めする。さあどこまで広がるか、ネット選挙の新たな可能性が試されている。

■「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害

三宅は緑の党から推薦を受けたが、党員ではない。東京地方区では無所属の山本太郎と連帯する。
東京にはみどりの風から丸子安子が立候補している。丸子と山本は政策面での違いはほとんどない。
民主党の大河原雅子も似た立場だ。戸惑うのは有権者である。票は散らばり、共倒れが心配されている。

緑の党とみどりの風は、ギリギリまで選挙協力を模索してきたが一本化できなかった。
組織の論理が優先された。これまでの歩みや政党の出自をめぐる思いが合体をためらわせた。
問題は、その話し合いに有権者がいないこと。日本の政治は、まず政党ありき。
有権者はあとから付いてくる存在と見られている。製造業もサービス業も「消費者目線」が叫ばれている。
なのに投票をお願いする政党が消費者目線でないのはなぜだろう。

実現不可能と思われる大衆迎合の公約を並べたりする政党が、世の中に大事な基本政策で
選挙協力をしない。人々の声をまとめ議席にして国会に積み上げていくのが政党の務めではないのか。
「届かなかったが、一生懸命やった」という敗北の美学に手応えを感ずる前に、
妥協を重ねても候補者を一本化するしたたかな手腕を期待したい。
冷徹な駆け引きは欠かせないが、より大事なのは他党との信頼関係だ。

ところが活動家にありがちな「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害になる。
外から見ればひと括りにされてもおかしくない集団の中で、「許せない相手」を作ってしまう。

■「異なる意見」へのいらだちと不寛容

最近耳にするのが「放射能の安全論争」。放射能は危険、原発は終わりにしたい、
ということでは一致しながら、許容量を認め「そこまでなら大丈夫」とするグループと
「危険だ、許し難い」とするグループが被災地でぶつかっている。
フクシマは汚染された。それは皆分かっている。「でもこの程度なら、踏みとどまって
何とかやっていける」と希望を託す人たちがいる一方で、「危険から目をそむけ人体実験をするのか」
と叫ぶ人たちもいる。除染をめぐる地域の活動、共同体再建への取り組みまで論争は及び、
人々は戸惑い、傷つく。

どちらの側も脱原発を掲げ、被災者支援を説き、労力の提供も惜しまない真面目な人たちだ。
本当の敵はそこではないだろう、と思うが、現場で対峙する「異なる意見」へのいらだちと不寛容。
「内ゲバ」はここから始まる。「利害損得」が行動の基準になる権力者は上手に妥協する。
「正しさ」で行動する人は、ちょっとの違いが許せない。政党が選挙協力できない根源は
このあたりにあるのではないか。

憲法改正でも似たような動きがある。国民投票の評価で意見が割れる。
原発など単一課題を国民投票にかけようという運動がある一方で、「国民投票法は憲法改正の一里塚」
と警戒する人たちもいる。どちらも「護憲派」である。
三宅の言うように「徹底した話し合い」が必要だろうが、近親憎悪は話し合いの土台を崩している。

歩み寄れない政党をつなぐ第三者が求められている。これまで一目置かれる「文化人」が
接着剤になってきた。大江健三郎や坂本龍一などの名前がよく出るが、
細分化する運動や政党を束ねるのは難しい時代になった。

■「正社員クラブ・連合」依存の弊害

(後略)



ほんとうにここに書かれている通りになってしまった…
とりわけ、
■「小さな違いを許せない潔癖さ」が障害
■「異なる意見」へのいらだちと不寛容

というところの、

『本当の敵はそこではないだろう、と思うが、現場で対峙する「異なる意見」へのいらだちと不寛容。
「内ゲバ」はここから始まる。「利害損得」が行動の基準になる権力者は上手に妥協する。
「正しさ」で行動する人は、ちょっとの違いが許せない。』
 

などという指摘は、耳が痛い。
デモに参加していても、私などは、どの党にもどのグループにも属さないので、
あとで、デモの主催者等のやりかたが手ぬるいと批判する旧活動家らしき人物がいた、とか、
逆に、組合の幟旗は掲げないでほしいと、主催者側が言った、などという、小さな批判を聞くと、
ほんとうにせつなく悲しくなってしまう。
どうしておおらかに、大きくまとまっていけないのだろう、と。

今回も、山本太郎さん、三宅洋平さんなどは、随分脱原発・反原発を掲げる政党などを共闘させようと
ずいぶん努力したのだ。
今回は成功しなかったけれど、まだ望みは捨てまい。
彼らの運動で、ずいぶん多くの若者が、選挙というものに関心を持つように
なってくれたはずだ。
彼らが撒いてくれた種から出た芽を大きく育てよう。


…安倍政権は、改憲のための準備を着々とし始めた。
NHKの『クローズアップ現代』の参院選特集版を見てくださった方はご存じだと思うが、
選挙期間中も、自民党は(たぶん電通だと思うが)一流広告会社のバリバリの若手を(数名?)
ネット選挙対策チームに加えて、私たち国民がtwitter やfacebookや、ブログなどで
選挙に関してつぶやく言葉を集計分析。そしてその分析結果と対策を、各候補者に
端末を通じて刻々、伝えていく。
候補者は、その対策をすぐに演説の中に組み込んでいっていたというのである。
安倍政権は、悲願の9条放棄のため、もう、委員会をスタートさせる。
そこには、電通など、マーケティング、リサーチ、宣伝戦略の一流のプロたちが
またつくのであろう。
政党交付金の年間総額は約318億円。各党への配分額は、所属国会議員数や国政選挙の
得票率によって決まる。
2013年の政党交付金額を時事通信が試算したところ、改選議席から31増やして圧勝した自民党は、
3.5%増の150億6200万円。結党以来最低の17議席と惨敗した民主党は、8.9%減の
77億7300万円となる見通しだそうである。
大勝ちした政党は、潤沢な活動資金を得られるのである。

こうやって、着々と大金をかけて、自民党は、国民の改憲への恐怖心を懐柔していくのであろう。
徐々に徐々に、時間をかけて、改憲への国民の心のハードルを下げて行くであろう。
自民党はほんとうに戦い方が巧妙になった…。

自民党にNO!と言える対抗勢力の政党が無くなった今、私たちはいったいどうやって
自民党の暴走を止められるだろうか…。

小さな声でも、とにかく上げ続けて行くしかない。
ここをお読みくださる皆さんの中でも、こんな考えかたがあるよ、というのがあったら、教えてほしいです。

そうそう。この記事の山田厚史さんは、愛川欽也さんが『パックインニュース』という
ネットテレビ放送局を、力尽きて畳んでしまわれた後、その志を継ぐ仲間と一緒に、
『デモクラtv』という、ネット番組を立ち上げておいでだ。

『デモクラtv』
月々500円である。これはほんとうに良心的な番組。
一度ぜひじっくり聞いてほしい。そして支えて欲しい。

自分にできる小さなことから始めよう。

しほさんに教えていただいたが、一票の格差をなくすための運動。

『「一票の格差」参院全47選挙区で一斉提訴』






 



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Re:7月31日、8月2日の鍵コメさんへ

鍵コメさん。ありがとうございました。
朝日新聞デジタル版。
私は朝日新聞をとっているので、新聞入れをかき回せば、近い過去の記事は
読めるのですが、デジタル版は、有料なので、加入しないと見られないんですよね。
でも、加入しないでもお試し登録さえしておけば、その日の3つの記事だけは
無料で読めます。
私は古い記事をどうしても読みたいときは、これを利用しています。
図書館に行けば、もっと古いものも縮刷版で保存されているんですけれどね。^^
それも時々は利用します。

折角、コピーとってくださったので、ここで皆さんにも見ていただきましょうか。

7月28日「天声人語」

 日替わりの絵が楽しい「しつもん!ドラえもん」はいま、かんきょう編が続いている。
先日は、水道を1分流しっぱなしにすると約12リットルの水が無駄になると教えられた。
蛇口をひねれば水がほとばしる便利さは、無駄と表裏一体だ

▼先の小欄で「みずばち」について書いたら、幾つも便りを頂いた。
「水を雑に使うと水罰があたって水に不自由する」という戒めである。
ある女性は、水だけでなく「火罰(ひばち)」や「紙罰(かみばち)」があたるから
粗末にするなと、親から教えられたそうだ

▼農民作家の和田伝(つとう)が戦前に書いた随筆を送ってくださった方もいた。
随筆には、女中さんの性格は井戸端で水を使わせれば分かる、とある。
締まりなく使う者は一事が万事で、味噌(みそ)でも醤油(しょうゆ)でも同じだという。
現代人にも当てはまりそうな、鋭い観察である

▼「湯水のように使う」という表現に、和田は異を唱えている。
田舎の人は惜しげもなく水を使うことはなかった。時は流れて今、日本人は
1人1日平均で約300リットルの生活用水を使うようになった

▼水から目を転じれば、まだ食べられるのに捨てられる食品が、国内で
年に500万~800万トンにのぼるという。食料の過半を海外に頼りながら、
こうも粗末にする国は、いまに「食罰」があたりそうで怖い

▼何にしても、ものが有限であることへの謙虚な畏(おそ)れを失いたくはないものだ。
地球にはいま70億の人間がひしめく。「もったいない」に通じる「罰」の感覚は、
古いがモダンだ。埃(ほこり)を払って磨きたい。



鍵コメさん。いつもありがとうございます♪

Re: stanislowskiさんへ

stanislowskiさん。こんにちは。
返事が遅くなってしまってすみません。

旅は…中国・四国地方をちょっと回ってきました。^^

『ハイテクに対するにはロウテク』。
『権力に対するには一人一人の民衆の力』。
ですかしら。^^

東電の原発事故も、あれほど日本の原子力技術は世界に誇れる優秀なものだ、と謳いながら、
結局は電源喪失、という本当に原発にあっては基本中の基本のあってはならないことが起こって
あのような大規模な不幸をこの国にもたらしてしまいました。
原子炉内部の設備自体はハイテクなものかもしれない。しかし、配管部、電源装置など、
周辺の設備は、結構おざなりだったことが、元原発技術者という方々の口から
事故後随分語られましたね。過酷事故に対する想像力も欠如していて、『安全だ大丈夫だ』
という、ただの願望にすぎないものがいつのまにか既定の事実のようにされてしまっていた。

2006年。共産党吉井英勝議員が、福島第一の炉がくっつきあって建っていること、
もしここを津波が襲って電源を喪失したら、ということの怖さを指摘したにも関わらず、
時の政権であった安倍総理は、日本の原発はその対策は十分になされていて安全なんだ、
という回答をしたのみで、何の手も打ちませんでした。
…そうして、福島の事故は起こった……!
あの、3月の間の、東電、そして政府の対応のバタバタぶりは、日本の原発安全対策というものは
こんなお粗末なものだったのか!ということを、時々刻々様子を伝えるテレビ画面で
暴露してしまいましたね。
記者会見場の東電の社員なる者は雁首を並べて、お互いの顔をただ困惑して見合ったり
会見上の裏に引っ込んでいっては上の指示を仰いだりで、なんの役にも立たない。
時の菅政権に、必要な科学的アドヴァイスをするべき役目の斑目原子力委員長も、
安全・保安院の寺坂氏も、全く役に立たない。
誰も原子炉の状態も、冷却のための設備の状態も正確に把握できないから、総理自身が
電源車のバッテリーのことまでうるさく聞かなければならなかった…
自衛隊には悪いけれど、ビビった犬のおしっこかけのような空からの散水…
水漏れを防ぐために紙おむつの素材や新聞紙を詰める…
ああ…!なんて、日本の科学の裏側って実は脆弱だったんだろう!って絶望しましたよ。

ハイテク神話が作りだした大事故だったと思います。
原子炉本体は頑強でも、以外と接続部分は弱い。配管部がどうしても合わないから
どうしたんだろうと思って設計図を確認してみると、作る会社によって、設計図が
内径、外径表示になっていてそれで合わなかったんだとか…。
ぴかぴかの最新科学の原発も、そうした、人間の人為的ミスによる弱さを本質的に
抱えていた……
事故後の対応も、もう2年以上たつんですが、いまだに極めてローテク部分の弱さから
逃れられていませんね。膨大な量の汚染水の処理はまるでいたちごっこ。

本来日本の工業は、ローテクな部分こそ強かったように思います。
最終的には職人の天才的勘に任せるレンズ磨きとか旋盤技術とか、小さな小さなネジ作り技術とか…。
そういった産業が実は日本の重工業部分の屋台骨の隙間を埋める大事な役割を、日本の産業において
果たしていてくれたと思います。

それがいつからか…派手な部分にだけ人々の目が行くようになっていって…
人間の基本的な技術…目で、音で、手で、匂いで、…人間の体の感覚と直感と
それらの蓄積による経験でものを繊細に作り込んでいく作業の力が弱くなっていったような
気がします。
それは同時に、一人一人の人間を大事にしない風潮ともつながっていたような。

大きなスケールの産業と繊細な産業と…どちらが大事ということはない、どちらも大事なのだと
思います。

『ただ、ひたすら本能に従って、体当たりで行くタイプになって、机上でモノを考える人間をも引き込こんで、舞台に参加させて・・・誰一人こぼれさす事なく引き込んで。青臭いと思われるでしょうがこれしかないかな。
想像力の欠如、これは自然を知らないから。お言葉を借りますと、生物循環の仕組みを知らないからだと思います。
全ては繋がっている。一円の利益や一点の得点でなく、点と全体像を見られるようでなければ。』

本当に私もそう思います。
『想像力の欠如』! …これが一番大きいかな…
『点と全体像を見られるようでなければ。』…まさに、まさに、それです。
私は、前のブログで、そのことを、『遠い視線、近いまなざし』というタイトルで書いたことがあります。
消してしまって今はもう見ていただけませんが。

遠い視線、というのは、会ったこともない、その可能性もない、未来の地球人類や
地球そのものへの想いです。今、同時代を生きる人々であっても、遠くの国に生きる人々への想いも
これに含まれます。
近いまなざし。というのは、それこそ、今自分が生きているそのときその場への目線です。
人間にはこの両方が必要だと思う。
ところが、今の世界の潮流は、あまりにも近視眼的になってしまっている。
目先の利益、目の前にあるものへの関心しかないような…
今さえよければいい、自分と自分の周りのごく親しい人さえよければそれでいい、というような。

『想像力』を生むのは『知識』です。
例えば原発の知識がなければ、それを怖いとも思わない。
日本が日中・太平洋戦争でどんなことをしてきたか、という知識がなければ、蹂躙された人々への
想像力も働かない。
この場合の『知識』というのは、stanislowskiさんが、いみじくもここでおっしゃるように、
ただ英語が喋れる、というレベルのものなどではないですよね。^^
学校の成績がよかったとか、どこの一流大学の何学科を出ています、などというような
形骸的なことではない、人間の本質的部分に関わる知識です。
生物としての自分の、本能や五感に根ざした、広い広い総合的な知識や分析力、総合力、実践力です。
そしてなにより大事なのは、その底に横たわる豊かな人間性だと思います…

stanislowskiさん。ご意見ありがとうございます。^^
人間の本能、五感に根差した、ロウテクの力ですね!^^



Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん、こんばんは。
返事が遅くなってしまってすみませんでした。
翌朝の旅立ちが早かったものですから、夜のうちにお返事書くことができませんでした。

だいじなのは、道徳教育…
わかりますとも。皇国史観に基づく『修身』にも似た道徳教育などではないですね!^^
先の衆院選と、今度の参院選を経験して、私が思ったことも、『教育のやり直し』という
ことでした…。

MATZ-TSさんのおっしゃることに全く賛成です。
『道徳』という言葉が、ある集団の人々によって何か特定のイメージになってしまっている今、
『倫理』という言葉を使ってもいいかもですね。
先生でいらっしゃるご友人のかたの目指そうとなさっていらっしゃるところ、
すごくよくわかる気がいたします。
そう。学問というものは、単独で独立してあるものではないと私も思うんです。
『学際的』などという難しい用語を使わずとも、すべての学問は、どこかで
繋がっていると私も思います。
この地球の生態系を教えるのに、『生物』という学問だけの学習意識にとらわれることはない…
地理も、国語も、数学も(集合の考え方など)、いろいろ関連付けて学んだ方がきっと
子どもたちにはずっと印象的で効果的な勉強になると思います。

でも、安倍政権も、実は第一次政権の時から、この教育、ということに力を入れて
いたんですよね。…ただそれは、『国が望むような子どもたちを作る』というような意味での
教育への国の関与、というありかたでですが。
国家が、教育に過干渉することほど不気味なものはありませんね…
私が記事にもしました、この春の衆院予算委員会などでの、教科書の歴史記述への
論議…そういうものを見ていると、自民党は一体、どこに国民を連れて行こうと
しているのだろうか、と恐ろしくなります。

愛国心などというものは、国が強制して芽生えるものじゃないですよね。
まして、国民一人一人よりも、国家の方を大切にするような憲法改悪を目論んで
いるような政治家に、教育を任せたくなどありません。
麻生副総理の発言ったら…!
どうしてああいう発想が出てくるかなぁ…恥ずかしいですね、なんだか。

安倍内閣は、こんなことも言っています。
日本の教育は、文系の学生は、理系の学問に全く弱いし、しなくてもいいとされている。
これからの時代は、文系の大学生にも、理系の教科を学ばせることを義務つけるべきだ、
というようなこと。

それはいいです。私も、そのほうが良いと思う。
ところが、ここには片方の考え方しかないんですね。
私は、理系の学生にも、文学や歴史、哲学・倫理学を学んでほしいと思っています。
いつもMATZ-TSさんはおっしゃいますね。先を見つめる倫理というか哲学の大事なこと…。
哲学や倫理観の裏打ちなき科学、というものは時に暴走をしてしまうことがあります…。
要するに、人間は、総合的に学んで行く方が絶対にいいと思います。

『しかし、日本の国益とは何か? 世界の中で、日本だけが独立して生きていけるわけがない。
すべて繋がっている。その人間の世界も、生態系や環境に守られていきている。』

その目線がぜひとも必要ですね。
人間もこの地球上に生きる一生命体であること…その謙虚さを忘れた学問は怖いです。
どうも、安倍政権には、本当に、その視点が希薄なような。
あの方の理想は、お祖父さんの一番元気な頃の日本のイメージなんじゃないですかしら。
日本がアジアの盟主だなどという勘違いをして、どんどん軍備を強化して、
子どもに軍国教育をして国民が扱いやすく、大財閥が華やかなりしころの時代…

私も、日本がこれから生きていく道は、自然エネルギー推進と地方分権と地域の活性化。
そのあたりにあるように思います。
そこには思っているより以上に大きな可能性があるように思います。
原発もその技術を捨てるわけではない。 MATZ-TSさんがいつもおっしゃるように、
静脈産業として、廃炉の技術などは、これからも世界で求められていくと思います。

私ね。このままいくと世界は、いつか、SF映画によく出てくるような、草木一本もない
荒涼とした大地に、巨大な建物の廃墟のみが建っていて、そこで人々が殺し合いをしている…
そんな世界にならなきゃいいがなあって、心の底から思うんですよ。
無論、私たちの誰も…今、幼い子だって、そんな先の地球の姿を見ることはできません。
何のためにそんな未来のことを心配するのだ?と時々問われることがあるけれど、
これは理屈じゃない…
私の中の、生物としての本能が、今のままじゃ地球はいずれ危ない!って叫んでるんです。

以前。ドイツの哲学者、ハンス・ヨナスの話をしましたが、今生きる人々は、
未来の見も知らぬ人々への倫理的責任があると私は思っています。

今度の衆参両院の国民の選択は、まったくがっかりさせられるようなものでしたが、
『まずゼロからスタート』!
ほんとにその通りですね!
私も、何かもっとわかりやすい伝え方はないものか、と模索しています。

MATZ-TSさん。いつもありがとうございます。

新聞記事。読ませていただきましたよ。^^
ありがとうございます!



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No title

あれ、コメントが少ないな。みんな良い考えが浮かばないからかな?など、つらつら考えていました。
もう先の方が、言い尽くしておられるので(私も似たような事を思っていました)、省略します。ハイテクに対抗するにはロウテクだと。
先の原発事故の大きな原因は電源が喪失したことだもの。こんなところが盲点なのよ。

私の拙い言葉や論理では頭でっかちなヒトを納得させられなく、自分の言葉の貧しさが情けないです。
でも。ただ、ひたすら本能に従って、体当たりで行くタイプになって、机上でモノを考える人間をも引き込こんで、舞台に参加させて・・・誰一人こぼれさす事なく引き込んで。青臭いと思われるでしょうがこれしかないかな。
想像力の欠如、これは自然を知らないから。お言葉を借りますと、生物循環の仕組みを知らないからだと思います。
全ては繋がっている。一円の利益や一点の得点でなく、点と全体像を見られるようでなければ。

日本人であることに誇りを持てない、「愛国心」などは、ホント、お勉強ばかりしている人の後ろ向きな発想ですね。受験英語がその良い例。高得点だけど、外国では何も話せない。「なんで英語習うのか考えてみろよ」ってね。「就職に役立つから」と言う母にならないよう、それが私の考える事かな。だから対抗するにはロウテク。

で、ご旅行はどちらへ?

Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん、コメントありがとうございます。
私も、『教育』ということがとても大事だと最近しみじみ思っています。
理系とか文系とかいうようなものを超越した、倫理観に裏打ちされた深い意味の知識…
一歩ずつやりなおしかな、などと思っていたところでした。
MATZ-TSさん。私、ちょっと旅をしてきます。
4,5日したら戻ってきますので、じっくりお返事書かせていただいてもいいでしょうか?
よく考え考え、お返事させていただきたいと思いますので。

No title

彼岸花さん、こんばんは。MATZ-TSです。

 昨日は東京に行ってました。強行軍でした。
 記事の内容からちょっと外れるかも知れませんが、やはり大事なのは「教育」(自分を含む大人も含めて学ぶ必要あり)、それも「道徳教育」ではないか、と最近思うのですよ。でも、フツー考える道徳の授業ではないですよ。

 私が東京であった友人は、学校で「道徳」を教えています。でも、中身はユニークです。というか、私は、それが本当ではないか、と思うようになりました。彼は、まず、魚を見せます。次に、そのえさとなる水中の昆虫を見せます。次に、昆虫のえさとなる・・・最後に、一回り回って、生物循環を教えます。そして、その生物循環がこの世では、水や土や空気や、また根幹として太陽の恵み、というように教えます。
 次に、生徒に質問をしてみます。ひとつは、このような回る生物の世界は、何の授業で教えたらよいか・・・生徒の多くは「道徳の時間」と答えるそうです。しかし、単に、昆虫の名前、昆虫のえさは何か、など断片的な知識を問う質問をした後、同じ質問をすると、多くの生徒は「理科の時間」と答えるそうです。

 これはなにを意味するか?  ・・・多分、我々は、大事なことを忘れたまま、断片的な知識、偏った知識、専門性に基づいて出世し、儲けて、政策を決めているのではないか(すべてそうではないと思いますが)? そして、そのローカルな集団の利益が確保されれば、よしとする。 全体をみていない。 日本の国益の確保を第一に考える、それがTPP交渉の前提、だれも文句を言わない。
 しかし、日本の国益とは何か? 世界の中で、日本だけが独立して生きていけるわけがない。すべて繋がっている。その人間の世界も、生態系や環境に守られていきている。

 地球温暖化や、資源開発・経済成長一辺倒のことしか考えない先進国によって、貧しい国はどんどん貧しくなり、日本国内では、田舎には原発や核のごみ置き場が、基地の偏在が・・・

 今朝の天声人語 http://bit.ly/1e3SLeK 食事の前に、本当に生物循環を整えてくれた自然(神様という人もいる)に、心から感謝して「頂きます」と言っているか? 生物循環を支える仕組み、それを勉強する基礎となるのが、生物、化学、物理(理科)、更にそれらを理解できるようにするのが、国語、数学。。。 個々の科目はばらばらではなく、やはり連携しているなぁ・・・

 何が言いたいか、というと、小学校から勉強の仕方、やり方によっては、すべて道徳教育になりうる、ということです。彼は、そのような考えのもとで、まず生物循環の中の人間、ということを道徳の重要要素と考えたのです。

 そのような考え方に基づく勉強体系の中で、日本の自然のユニークさ、歴史のなかで、それらを守り、再生してきた先人の努力を学ぶことにより、自然と愛国心が生まれ、次の世代のために、自分たちでまもらなきゃ、という義務感、そして工夫が生まれ、というやる気が起きる。 本当に自然を大切にした日本に戻っていく。。。。

 安倍首相は、彼なりに、理想とする日本の国の形、日本人の持つべき思想・道徳観があり、そのような国にしたいと思っているのでしょう。しかし、そのために、今は、人間の利己心(利潤追求一辺倒)を利用している。その次には、彼の国家感に合った日本を作りたい。
しかし、彼の考える日本の形・考えは、あまりにも古すぎるし、「愛国心」からは「日本の自然の恵み」が欠けている。また国家主義的なところがありすぎると思います。(そうではない、それが本当の日本の目指す方向だと考える人もおられるでしょうが、たぶん持続性はないし、世界から尊敬される国ではない。) 

 それに対する考え方は、「生態系」それを支える土・水・空気(それが地球全体を循環している)を大切にする、守る、という基本思想ではないでしょうか?
 この基本的な国創りのポリシーは日本固有の資源を見直し、活用する、です。中緯度国では極めて多い降水量により水資源に恵まれている、山地が多く、森林が豊か、地震・火山、台風などが多いが、それらは一方、地熱や水資源を与えてくれる。このようなユニークさをうまく活用した産業(動脈から静脈まで。防災も、自然の力をうまく活用して)を、循環型社会になるようにもっていく。足りない分は、互いにwin-winになるように、貿易をする、ということではないでしょうか。 

 我国は資源に乏しい、ゆえに原材料を輸入して、高度に加工して、輸出する。これが、20世紀の(我々が習った)日本の行き方でした。しかし、時代は大きく変わってきています。我々が無視してきた、無駄にしてきた日本の資源をもっとうまく利用しなければならない、そこには、古くからの技術の見直しや改良も必要だし、いわゆるハイテクの利用も必要でしょう。(ハイテクだけではなく、子供からお年寄りまで広い分野の人々の工夫が活きてきそう。)そうすれば、もっと日本には資源がある、と皆気付くのではないでしょうか。。。 

 環境に負荷を与えること少なく、自然のエネルギーをうまく使う技術を元に、その他の産業がうまく連携していく。そのような社会が、日本の雇用をささえていく。それでも足りない部分(必要最小限の化石エネルギーや鉱物資源など)はあるでしょうから、そこは貿易で、互いにwin-winになるようにしていく。何を相手国に与えられるから、それは、それぞれの国のもつ固有の自然を生かした産業システムのノウハウ(システム)ではないでしょうか。 原発廃炉技術、CO2や有害廃棄物をできるだけ出さない省エネ技術、有機農業、水処理、・・・ 

 自民党の目指す「強い日本」と違って、そんなに経済成長や当面の利益は出ないでしょうが、それに変わるものは、長い目で見たときの日本の国の持続性、精神的な安心感や「発展」。そして、よりよい国際関係。 恐らく、お年寄りの生きがいや健康にもよい影響を与えそうな気がします。子供ももっと元気になりそうな気がします。
 
 そのように国を変えていくもとになるのが、総合的な「道徳教育」であろう、というわけです。(いや、逆かも知れません。大人の考え方変革、今の縦割り行政の改革が先かも。)

 あまり政治とは関係ない話になってしまいましたが、まずゼロからスタート。自民党に対抗する考え方の基本は、この辺にあるのかなぁ・・と考えたりします。

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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