『この国の行方 補遺』

この記事は、一つ前の記事『この国の行方』に続く補遺です。
 
                *

私はいまもまだ、さまざまな戦記文学を読み続けています。
火野葦平、石川達三、…
上官から命令されたとはいえ、兵隊か民間人かもしれぬ中国人やシンガポール人などを
銃剣で突き刺して殺す…その首を刎ねる…それを穴につき落とす…
中国兵の死体の浮かぶクリークで、その血の流れていない水の部分を探して米をとぐ。
激しい下痢や足指の色が変わるほどのマメに苦しみながらひたすら行軍する…
戦地とされた朝鮮半島、中国、その他アジア諸国の人々に味わわせた苦痛を仮にここで
取り上げないとしても、一体どれほどそれは人間の限界と言えるような苛酷かつ無残な
行軍と戦闘を、日本の政治家と軍部は、兵士たちに強いたことでしょう!!
その象徴とも言えるような部隊がありました。

石川達三が『生きてゐる兵隊』でモデルにした陸軍歩兵第33連隊。
1929年奉天あたりからその歴史をたどれば、チチハル、天津、…
石家荘、常熟、無錫などで戦ったのち1938年南京攻略戦に参加。
翌1939年 徐州会戦や武漢作戦に参加。襄東会戦…。
1941年、ルソン島レガスピに上陸、マニラの戦いなどに参加。その後フィリピン各地を転戦し
ルソン島にて治安戦に従事。1944年(昭和19年)9月、 レイテ島に移動。防御態勢を固める。
10月、アメリカ軍上陸開始。10月23日、軍旗奉焼ののち挺身切り込みし玉砕。
10月28日、ドラッグ防御の大隊がダガミ高原で玉砕。
1945年(昭和20年)5月30日、サマール島にいた第3中隊が玉砕。


このように戦場を転々としているのであります!
無論、途中帰国してすぐにまた戦地に呼び戻されたりもしています。
しかし一体、どれほどの距離を彼等は歩いてきたことだったろうか!
そういう暮らしを今の人々は想像できるでしょうか!
まだ私はこれから記事に書こうとしているのだけれど、今、台風被害で大変な、自衛隊がやがて1000余名
救援に行くというフィリピン、レイテ島の戦いにおける従軍の記憶を、大岡昇平は『俘虜記』『野火』
などに描いています。『野火』では、後方からの補給なく飢えた兵士たちが、死んで膨れ上がった
戦友たちの死体を食べる人肉食のシーンを描きます。(大岡自身が食べたということではない)
南京攻略戦、徐州の戦いなど中国戦線に従軍した火野葦平は、世界の歴史に残る愚かな作戦、
インパール作戦にも従軍し、『青春と泥濘』で、『塩』に飢餓した兵士たちがお互いの汗を
なめあうシーンを描いています……

この陸軍歩兵第33連隊が所属していた第16師団は、レイテ島において(サマール島含む)
参加者18,608名中、実に、18,028名が戦死です

師団長牧野四郎中将も戦死。(Wikiより)
石川達三が『生きている兵隊』のモデルにしたその33連隊の将兵たちの何人が、
上に書いたほどの転戦転戦の日々ののち、生きて故国に帰れたのでしょうか。…
すべての戦場において、下級兵士ほど死亡率は高く、高級将校や、無論内地や後方の
安全なところにいて、無責任な計画をたてて国民を戦地に駆り立てた軍首脳や、
政治家たちは、戦後も行きのびて、のちに国の要職に就いている者も多いのです…

現代の戦争においては、アメリカ軍のとりわけイラク帰還兵の自殺率の高さ…
劣化ウラン弾による健康被害と後遺症…それによる復帰後の失職と生活難…。
しかし、巧言を駆使して彼等を戦場に送りだした国家は、彼らの面倒を見てはくれない…
アメリカに居ながらにして、パソコンで中東の人々を一瞬にして殺戮できるその狂気…

…そういう戦争の実態を、今、安倍政権など、日本を戦争に巻き込みたくて仕方がない政治家たちや
それを支持する人々は想像してみたことがあるのでしょうか??!!
自分が戦場で這いずってみたいのでしょうか?
極限の飢餓や、敵味方の将兵の脳漿や臓腑の横を這いずりまわりながら次は自分に
砲弾が命中する恐怖を、来る日も来る日も味わいたいのでしょうか?
そういう戦争の悲惨をすべて知った上で、自衛隊の若者たちを戦場に送りだそうとしているのでしょうか?

『肉体の悪魔』『肉体の門』『春婦傳』などを書いた田村泰次郎は、昭和15年。28歳で応召。
主に華北方面を転戦。敗戦によって翌昭和21年復員。5年3カ月の軍隊生活を経験しています。

『春婦傳』の序文に田村泰次郎が書いたことば。

『戦争の間、大陸奥地に配置せられた私たち下級兵士たちといっしょに、日本軍の将校や、
その情婦たちである日本の娼婦たちから軽蔑されながら、銃火の間に生き、その青春と肉体を
亡ぼし去った朝鮮人娘子軍は、どれだけ多数にのぼるだろう。日本の女たちは前線にも
出てこられないくせに、将校とぐるになって、私たち下級兵士を軽蔑した。私は彼女たち朝鮮人
娘子軍への泣きたいような慕情と、日本の女たちへの復讐的な気持ちで、これを書いた』


彼はまた、書いています。

「『春婦傳』を書いたのは、二十一年、郷里に復員して、まもなくであるが、そのころ、
生きていて、七年ぶりで無事に帰った息子を迎えた老母と、私は二人で他人の家の二階に
間借りしていた。母は私の着て帰った軍服のシミを血ではないかとうたがった。血はきたないという
考えが、母の頭にあった。『血だったら、どうだというんだ?』と、私は母に喰ってかかった。
血ではなく、ただの汚れであった。が、私からはいつのまにか、戦友の血も、敵の血も、
きたないという考えは遠のいていた。血のなかに、長年生きてきた。私の唐突な反発に、
母は眼をみはった。いくら話しても、他人にはわかってもらえない、6年の歳月のなかの自分を、
母にだけはわかってもらいたかった」


『肉体の悪魔』『肉体の門』『春婦傳』など戦場における日本軍兵士の、捕虜となった中国人
女性共産党工作員や、朝鮮人慰安婦などとの性や、そして戦後はGHQ兵士と当時パンパンと呼ばれた
日本人娼婦などとの荒々しい性を描いた作家のその本質を見ず、『肉体小説作家』などと
軽々に分類し、晩年は風俗小説的になったなどと書く世間というものの軽薄……。
上記逸話の作家の母親自身を含め、いわば『銃後』の人々への苦々しい想いは、
『革命前後』という原稿用紙1000枚もの作品を書いて涙を流した後、自死を遂げた火野葦平が
ひそかに抱いたまま黙って死んで行ったやりきれない想いと、性質において同じなのではなかったでしょうか…!

結構たくさんの従軍記、戦争小説、ドキュメンタリー、ノンフィクションなど読んできましたが、
それら多くの作品の中で、とりわけ私の胸に深く響いた、痛切な言葉があります。
同じ田村泰次郎のことばです…

『いまも私は、一兵士でなかったひとの戦争小説は信じる気持にはなれない』
 

『脳漿を地にすりつけるような戦だ』と火野葦平が書き、『なんと戦争とは汚いものだの』
と慨嘆させた(汚いと言っても、死体が汚いとか、そういった意味では決してなかったと
私は信じる)戦争の実体…戦争の泥沼、戦争の悲惨…そういうものを想像してみれば、
その想像力を持っているならば、決して戦争のできる国がいい国だなどと軽はずみには
思えないはずだと私は思うのです。
地に這いずって死んで行くのが自分だとちょっと想像してみるならば。


最後に。NANTEIさん。力のこもった憂国の記事。引用させていただきました。
本当にありがとうございます。

記事に関連して、こんな映像見てください。2012年5月、シカゴに於けるNATO首脳会議
に際し抗議する米帰還兵。












スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Re: その日暮らしさんへ

その日暮らしさん、こんにちは。

>  安倍政権の目指すところは、間違いなく「戦争のできる国家」をつくることだと思います。

戦争のどこがいいんでしょうね。
田村泰次郎の『『いまも私は、一兵士でなかったひとの戦争小説は信じる気持にはなれない』
という言葉を、多くの戦争関連の書物を読んだ中で心に残った言葉として取り上げてみましたが、
これは何も、『戦争に行った人でなければ、本当の戦争小説は書けない』という、単に
文学の話として言ったわけではなく、もっと深い深い、胸の底に溜まった怒りがあると思うのです。
私がこの言葉を取り上げたのも同じ理由です。
実際に戦地に行って、いつ自分に銃弾が当たって自分の体がこっぱみじんになるかわからぬ
恐怖と戦いながら、そんなこと無理とわかっている突撃命令にも従わなければならない。
しかも、米軍のように、豊富な断薬と食糧と医療と後方の手厚い支援の中で戦うわけじゃないです。
火野葦平の『青春と泥濘』の中では、極限の『飢え』が描かれています。しかもマラリアと。
それでも兵士たちは愚かしい命令に従っていかなければならない…。『野火』ではその命令系統さえ
すでに崩壊してただ一匹の獣のように食べるものを求めて彷徨する兵士の姿が描かれています。
内地ではそのような兵士の苦悩は知りません…。大本営の発表するニュースでどこが陥落したと言っては
提灯行列をし、アメリカのどの感染を撃沈したと言っては喜ぶ…
でも、内地も戦争末期には空襲に怯える日をすごすことになるわけですが、戦争に負けて
兵士たちが、ようやくの想いで復員してきたとき、「お前たちがしっかり戦わなかったから、
私たちが空襲にあったりして苦しんだんだ!」と、兵士たちに石を投げたりしたなどということも
あったようです。火野葦平の『革命前後』には印象的なシーンがあります。
誰がいったい、このような無謀な戦争を起こしたのだろうか…誰がそれを無理やり
推し進めたのだろうか…
戦後、戦地のことについては一切話さず、苦い思い出を一生胸に抱えたまま死んで行った
無名の兵士たちがどれほどいたかわかりません。

自分がそのように、敵味方の死体の間を這いずりまわる経験をした者ならば、
戦争をしたいなどと二度と思わないと思います。
戦争に行った者でも、実は差ほど苦しい経験はせずに済んだ者もいました。
無責任な突撃命令を後方にいて下していた軍の高級将校たちは、美味しいものを食べ、
自分専用の女まで同行させ、しかも戦後はうまくたちまわってGHQの追及を
逃れた者もいます。そういう者たちならば、戦争の美味しいところしか経験してないわけですから
また戦争に行きたい、と思うかもしれないけれど。
戦争に行った者の間にさえ、戦争はほとほといやだ!と骨身にしみて思った者と、そうやって
戦争でいい想いをした者との間に、くっきりとした線引きが出来ます。

今、日本を戦争のできる国にしたがっている人々は、自分が戦地を這いずる立場になることは
想像できない人々だろうと思います。
自衛隊だって、命令する立場にある者と、ただ命令されて危険なところに赴かされる者との
間には、ものすごい差が潜在的にあると思います。これから自衛隊がNATO軍などと共に
戦況のひどいところへも赴いて銃器を使うようになれば、自衛隊員も、この最後の
映像で紹介したアメリカ帰還兵たちの抱えたようなトラウマを抱え込むことになるかもしれない。

でも、本当は兵士の側のことだけじゃないですね。
武力でなにかを解決しようとするとき、必ず、罪もない非戦闘員が巻き込まれます…。

『また、自衛隊の海外派兵で死者が出た場合には、国家としてこれを慰霊し、顕彰する必要に迫られることになると思います。それが、憲法第20条の「改正」という靖国神社への合祀や首相の参拝の合法化の目論みに繋がっているのでしょうね。一連の記事を拝見しながら、ちょっとそんなことを思いました』

ほんとですね。自民党の憲法改正案を見ると、非常に粗雑なのですが、隅々まで
一連のある思想に貫いて書かれています。
それは『戦争ごっこ』という幻想です。
仮想敵国をまず設定し、それへの恐怖と敵愾心を国民に煽り、広げ、植えつけ、
戦争の機運を創り出すところから、教育制度の改革や報道の自由を奪うことによる国民の統制。
そして、誰とは言いませんが自分が最高指揮官として出兵と出撃命令を下す華やかな晴れがましい姿…!
その先は実は考えていないんじゃないかな。
戦場となるところの人々の悲劇や兵士たちの死、戦争の止め方…。そういうことは。

その幻想で、この国のかたちを変えてしまおうとしているんですから!

そんな馬鹿なことを本当にまたはじめようとする人間が、この国にこんなに増えるなんて、
想像もしていませんでした。でも、そうなっていいてるんですよね~~~。

原発はもうどうしようもない。…廃炉にすることもできない……
そんな重大な問題を抱えていながら、戦争の幻想に向かって突き進んでる場合か!
と思いますけれど。

その日暮らしさん。ありがとうございます。
 

No title

 こんばんは!
 安倍政権の目指すところは、間違いなく「戦争のできる国家」をつくることだと思います。
 憲法「改正」をまたずとも、解釈改憲や立法改憲で「集団的自衛権」の容認をとりつけ、国連多国籍軍になるにせよ、米軍の単独行動に追随するだけのものとなるにせよ、確実に軍隊としての自衛隊の海外派兵を強行しようとするでしょう。
 米軍に追随する場合には、共同作戦において米軍から提供されることになる軍事機密の漏えいを防ぐというような理由からも、「秘密保護法」の制定が必要となるでしょう。
 また、自衛隊の海外派兵で死者が出た場合には、国家としてこれを慰霊し、顕彰する必要に迫られることになると思います。それが、憲法第20条の「改正」という靖国神社への合祀や首相の参拝の合法化の目論みに繋がっているのでしょうね。一連の記事を拝見しながら、ちょっとそんなことを思いました。
 
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード