『夏畦』

『夏畦』……

夏の畦。
夏の強い日差しに照らされて水がぬるくなった田に、
青々と健康に育った美しい稲が、高原の風にそよいでいる風景が浮かぶ。
細い畦道には人の足に踏み潰されて丈が短くなったスズメノテッポウや
エノコログサ、オオバコなどが、びっしり生えている。
人の足の届かぬあたりには、少し丈の高いギシギシや、
ミゾソバ、イヌタデ、ゲンノショウコ、ママコノシリヌグイなどが…。
風が少し強く吹くと、田んぼの泥のかすかな匂いと、若い稲の
すがすがしい香りがたちあがる…

おっといけないいけない、また脱線するところだった。
夏の田んぼの植物のことを書きたかったわけではないのである。

夏畦。
実はこれは私の叔父の名前である。父の弟。
夏のあぜ、と書いて『なつね』と読む。

今からおそらく90年以上も前。九州の山村に生まれた男の子につける名前としては
とても洒落た名前ではなかろうか。
今でこそ、子の名前に親が凝るようになって、聖羅だの海斗だの、大翔と書いて「ひろと」
だの、凝った名前、いやちょっと凝りすぎで読めないわというほどの名前が多いが、
明治末年か大正初めごろの男の子の名前なんて
~太郎だの~次郎だの、三太だの、生まれた順番がすぐにわかる名前や、
子だくさんで苦しい親の願いを込めて末吉だの、ひどい場合には捨吉だのと
いった、手っ取り早いつけかたの名前が多かった時代である。

農家の子だから夏畦…。それも即物的な名前じゃない?と思われるかな。
それでは、司峰はどうだろう。
峰を司る、と書いて『つかね』と読む。
夏の九州の、なだらかだけれども幾重にも重なり合う壮大な山々の峰。
それを司る、というのだ。なんとスケールの大きい名前ではないか。
実はこれは、もう一人の父の弟の名前。
90年以上くらい前の男の子の名前。

私の祖父母は、そんな時代にそのような辺鄙な村で
いったいどういう考えを持った人々だったのだろう…
私の父の名前は?ここでは言えないが、なぜか彼だけ平凡な名前である(笑)。

祖父母は、自分たち自身は尋常小学校しか出ていない明治の人たちであったが、
理想は夏の峰のように遙かに高く、子供たちにできるだけの教育を
施したいと願っていたようである。
その証拠に、この辺鄙な山里から、司峰叔父と夏畦叔父を東京に
勉強に出している。
司峰叔父は法律を少しかじって官吏に。そして、夏畦叔父は……

陸軍士官学校または大学受験を目指して、東京の中学で勉強していた。
中学と言っても旧制中学。今でいう中学と高校一、二年くらいに当たるかな。
殆どの人は尋常小学校卒。よくてその上の高等小学校卒。
中学校、しかも東京の中学校に行く人なんて、その当時の村では
異例のことだったのではなかろうか。
大正15年のデータで、尋常小学校から旧制中学に入る子の比率は、3.6%だったという。

夏畦叔父は、勉強の傍らある官立病院でアルバイトをしていたが、
そこで結核に感染してしまう。
そうして志半ばにして九州の故郷の村に帰ってきた。

前の記事で姉の描いた、私たちの実家『上の屋敷』をご紹介したが、
画面右隅に、蔵が建っている。
志やぶれた若い叔父は、この蔵の二階で、一人暮らすことになった。
母屋には、私の父母、そうして幼い女の子たちが3人いたので、
それに結核を感染させないためであった。
当時、そのような僻村でどの程度の医療が受けられたものか。
夏畦叔父は、間もなく結核で亡くなった。そうして、母屋に住んで、
病人とは接触のなかったはずの、私の姉(次女)も間もなく結核で亡くなった。

姉の描いた絵で、母が一人、前の畑で麦わら帽をかぶって農作業をしてる。
姉は事実を意図せぬままに案外正確に描いたのだろうと思う。
この家で、働き手はほとんど母一人であったのである。

祖父は若いころ働き者のやり手であったが30歳くらいの時にもみ殻が眼に入って、
田舎のこととてその手当が悪かったか、失明。後にもう片方の目も悪くなって、
その頃はまったく見えなくなっていた。だから農作業はできない。
本来一家の大黒柱であるはずの父は、いわゆる長男の甚六。
祖父母に大切にされて育って、釣りをしたり、尺八を吹いたり、
将棋を指したり、弟たちと一緒に英語をかじったり、と言った風流人ではあったが、
農作業に熱心ではなかった。
母が目の不自由な舅と結核の義弟。三人の幼い娘たちを抱えて、ほとんど一人で
きりきり舞いしながら家を支えていたのである。

夏畦叔父が帰ってきたその当時も、母はこの前庭、裏の庭で自家のための野菜を作り、
そうして遠く離れたところにあった広い田数か所で稲を作っていた。
父も働かないわけではなく、夫婦二人が朝早くから田に出る。
母は乳飲み子を背中におぶって連れていく。長女は小学校。
その間眼の見えない夫と結核の三男と、二番目の小さい孫娘の面倒をみるのは祖母の役目。
ところがこのひと、無類のおしゃれで外出好き。
いい着物を着て、少し賑やかな町に嫁いだ自分の娘のところに遊びに行く。
父の妹のことである。そこから二人でバスに乗って遠くの街まで芝居を見に行ったりする。

母が夕方農作業から帰ってくると、次女がいない。
あわてて蔵に駆けつけると、眠っている夏畦叔父のそばで、小さな娘が遊んでいる、
ということが一回や二回でなくあったらしいのである。

夢破れた夏畦叔父が亡くなって間もなく、この次女も結核でこの世を去った。
もう一人いたその下の妹は、数年後、やはり母が農作業に出ている間に、
父の妹の息子、つまり従兄たちと庭で遊んでいて、地面に落ちた腐った枇杷を
拾って食べ、赤痢にかかって、やはり幼くして亡くなった。
小学生の男の子たちは残酷。自分たちは木に登って新鮮な枇杷を
食べていたが、小さな従妹には採ってやらず、仕方なしに落ちた枇杷を拾って食べたのである。

先にアップした、一枚の素朴な絵。そこに描かれている風景には、
そんな一つの家と家族の記憶のあれこれが籠められているのである。

でも、絵を描いた長姉によれば、夏畦叔父は立派な顔をした、とてもハンサムな青年
だったようで、病を得て故郷に帰って来たとき、長姉はちょうど小学校入学。
その幼い姪のために、若い叔父さんは東京で、ベージュの革のとてもおしゃれな靴を
お祝いに買ってきてくれたそうなのである。

昭和の初年頃。都から遙かにはるかに遠く離れた草深い高原の村。
姉はどれほど誇らしい想いで、その可愛いデザインのベージュの革靴を、
入学式に履いて行ったことであろうか。

いまだに、姉からくる綺麗な文字の手紙には、3通置きくらいに
その靴のことが書いてあるくらいだから(笑)。
残念ながら、私がこの家に生まれるのは遙かに後のことなので、私は
このハンサムで頭のよかった叔父を知らない。

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もう一人の叔父、司峰は?
彼には幼いころ会ってはいただろうが私の記憶には無く、
父がこの高原の村で一人亡くなったその葬儀のとき、殆ど初めて会って挨拶をした。
亡くなった父と瓜二つな顔をしていたのには驚いた。
血液型も、父や私と同じ、O型のRhマイナスだそうで。
一族のうち、この3人だけがこの血液型なのだそうで。


祖父母が下の息子二人に託した、高等教育の夢。
長男であるがゆえに農家を継がざるを得ず、満たされなかった自分自身の
『上の学校に行きたい!』という夢を、兄や私など、自分の子供たちに
託し、農業を捨てて街に出た父と母…。

その夢は孫子の代では叶わなかったが、曾孫の時代にようやくどうにか叶ったかもしれない。
今日、娘は彼氏と共に、九州の私の姉の家に行っている。
そこには、又従兄弟など、若い者たちが、娘が来るということを聞きつけて
京都の大学や広島の企業から駆け付けてくれて、今頃ちょうど酒盛りをしているはずである。
故郷は捨てた、などと意地を張って生きてきた私のせいで、
娘は母方の親戚というものをこれまでほとんど知らず、皆とは初対面である。
でも、会いに駆けつけてくれる…その気持ちが嬉しいではないか。

その光景を見たら、祖父母や父母、そして夏畦叔父などは
どれほど喜んでくれていたであろうか…。


夏畦叔父と司峰叔父…。
その名から何か清々しい想いを抱かされる、私のよく知らぬ二人の叔父たち…。

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ジャンル : 学問・文化・芸術

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Re: NANTEI さんへ

NANTEI さん、ありがとうございます。
一人一人のひとが生きた歴史であると同時に、一つの『家』、というものも
ほんとによく練られた物語のようですね。
一つ一つの家庭がそうなんですから、なんだか生きていくってダイナミックな
ことだよなあ、と最近とりわけ思います。

祖父母はなにを考えて、片田舎の村から、次男三男を東京に遊学させたでしょうか。
きっと高い理想があったろうと思います。
その期待を受けながら、結核になって帰省せざるを得ず、二十になるかならぬかで
死んでいった『夏畦』という美しい名の青年は、なにを死の床で
思いつつ逝ったでしょうか。
そうして私の父の人生、母の人生、無論私自身の人生…。
なんて重いのだろう、と思います。
重いのに、儚い夢の様に、淡く短い。

この記事を掘り起こしてくださってありがとうございます。
自分でも好きな記事でした。
何より、『夏畦』『司峰』という二人の青年のその名の美しさ。
これは身内でなくても、何かに書きとどめておきたい、
そんな涼やかさを持った名である気がします。

この二人の名を、NANTEI さんのお目にとめていただけましたこと、とっても嬉しいです。

ありがとうございました。

こちらに、

感想を書かせてください。
夏畦「なつね」叔父さんと、司峰「つかね」叔父さん。
たぶん祖父様、祖母様は知的向上心の強い方だったのでしょうね。
そして家族の歴史のなんでもないようで、なんと劇的なことでしょう。
この物語を読ませて貰いながら、鴨居の上に並べられたセピア色の肖像写真が見えるようでした。
くすんだようないい余韻が残るお話でした。

Re: さかごろうさんへ

ねっ、叔父たちの名前、いいでしょう?
なぜ私の父だけが平凡な名前なのかなあ。
平凡にしてあまり意味のない名前なんです。父だけ(笑)

いや~、次の記事で実はもう懐古談はやめます、と書こうとしていたところでした。
私のルーツ、私の過去をくだくだ語ってなんになる、などと思って。
前のブログの時は、社会のことについても書いてたのに、この頃の私は
閉じてしまって、しかも懐旧だけに陥っていたように思って。

でも、さかごろうさんにそういう風に言っていただくと、
また想い出話したくなっちゃいます(笑)。

実はそう思ったのは、今回故郷に帰って、親戚にわ~っと取り囲まれて、
おなかがいっぱいになった、ということもあるの(笑)
特にうちの親戚は濃い人が多くて…。ありがたいことなんですけどね。
つくづく、『ふるさとは遠くにありておもうもの』という気がします。
だから、さかごろうさんのご親戚に感じるお気持ちもちょっとわかる。

あのね。さかごろうさんのコメント最後のところ、笑っちゃいました。
笑ったりしてごめんなさいね。
そんなに私、プレッシャーかけてるのかなあ。
実は昨日さかごろうさんのところにお伺いして、「『お母さんに見られてる気分』
なんてお考えにならないでね。」と書いたんですが、アップし損ねてて、
今日また、お互いふらっと気楽に行きましょう、ってな内容のことをもう一度書いて
送ろうとしたら、どうしても、スパムコメントだってFC2さんに言われるのよ~(笑)
そんな言葉使ってないんだけどなあ。『~性』って書いたのがよくなかったのかな。
違う表現に改めたんだけど、スパムスパムって言われてとうとうあきらめたところでした。
こちらでお話できてよかったです。ありがとう。

まあでも、お母様には話を出来ればたくさんして差し上げてくださいね。
私も、母と話し足りなかった、ってこの年になっても思いますもん。



No title

お二方の叔父上様のお名前。
なんて素敵なお名前でしょうか!

彼岸花さんがご自身のルーツをお話されるのを拝聴する度、自分の中に流れる血筋というものを思い出されます。
お恥ずかしい話ですが、私は自分方の親戚、家族というものをあまりよく思ってはいなくて、加えて67歳になる母親の前では、いまだ素直になりきれていません。
実家に帰った時も、私はほとんど母親と話をせず、ダンナばかりが気を遣って一生懸命母親に話しかけています。
よくダンナに「もっと話しろよ」なんて、窘められますが。
40も目の前にして私は何やってるんだろう、と、よく自分で思います(苦笑)

あ! でも決してウチの母は悪い人ではなく、まぁどこにでもいそうな、明るく朗らかで気のいい田舎のおばちゃんなのですが(笑)


昔、こういう人や、こういう人がいて、今のあなたがいる。
その人のルーツを知るというのは面白いですね。
面白いなんて言ったら語弊があるかな?
でも、彼岸花さんの子供の頃、またはお若い頃のお話は、いつも興味深く聞いております。
で、読み終わると、いつも何か宿題を出されたような気がして、ついつい自分自身のことを考えてしまうんですね(苦笑)
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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