『東日本大震災から3年』



一昨日9日には、日比谷公園で、首都圏反原発連合や『さようなら原発1000万人アクション』などの
集会があって、そのあと国会包囲が行われた。
私は当日出るのが遅くなって、日比谷公園に着いたときには、もう集会は半ば過ぎていた。
前回と同じに、危険防止のため、一定以上の人数は野外音楽堂の中には入れない。
既に集会の始まった時点で入れなかった人々は、音楽堂の周辺の公園内で待っている。


2014_0309_141011-CIMG1840.jpg




う~~~ん…
多いのかな、少ないのかな……
少ないのだろうな……

2011年の明治公園の、6万人と言われた集会に比べると、悲しいことだが
人数は減ったと認めざるを得ない…



この日は、デモと国会包囲を同時に行っていくということで、半数はデモの隊列に並び、
半数の人は、三々五々、自分たちで国会の方に歩いていくようだった。
私はちょっと迷った末、やはり街行く人々に少しでもデモの隊列が長く見えるよう、
デモ組の方で待つことにした。

…しかし、デモの出発は遅い…
公園内で足止めを食ったまま、時間だけがどんどん過ぎていく…
並んでから1時間も経ったろうか、漸く歩き始めてからわかった。
警察の規制が、いつも以上に厳格なのである。
前の方をゆく隊列と厳密に一定の距離を保ちながら、デモ隊のストップ、スタートを
警官隊が完全にコントロールしている。
どういうことなのだかわからなかったが、今回のデモは『請願デモ』ということらしく、
あるところまで来ると、…要するに国会周辺にいよいよ近づくと、幟旗と鳴りものは禁止、という。

え?そうなの? 知らなかった…何の法律?或いは条例?

要するに、『お行儀の悪い子にはお願い事(請願)させてやらないよ』というわけか?
国会の裏まで来た時、また警察が、私のいたグループにストップをかけた。
隊列の中に、幟旗を掲げている人がいて、それを下さないとスタートできません、というのだ。
隊列の中からも振り向いてその人に向かって、「おい!旗下せ!旗下さないと、
出発させないんだってさ!」と、声をかける者がいる。
しかし、私からは見えなかったが、その人は頑として旗を降ろさないらしい。
少し偉そうな階級?の警官が来て、「旗を降ろしなさい!」と叫ぶ。が、下ろさない。
足止めを食っていらいらしたデモ参加者の中からも、「おい!何やってんだ。下ろせ!」という
声がまた上がる。
一方で、「なんで幟旗掲げちゃいけないんだよ!」と警官隊に激しくくってかかる人も現れた。
ちょっと一触即発の空気……。

が、その偉そうな警官の状況判断か、(たぶん旗は降ろさないまま?)スタートの合図。
ようやく隊列が動き出した…。

私はずうっと顔をしかめていた……。
いつもデモに出ると、なにがしかふっと微笑みたくなる瞬間がこれまではあった…。
前の人の帽子に蝶々が止まってしばらく動かないでいたり、
おまわりさんが、ドラム隊の小太鼓のリズムに合わせて、意識せず体を揺すっていたり。
大きな流星が、国会を取り巻く人々の上をひそかに流れて行ったり。
子供たちが可愛らしかったり……。
デモとはいえど、なにか毎回、こころにぐっとくるエピソードがたくさんあったものだ。

だが。こんな盛り上がらないデモは初めてだった……。
私が、遅くなって、集会に出られなかったことや、判断誤って、国会包囲の方に
さっさと行かなかったことなどこちらの不手際もあったのかもしれないが、
とにかく警察のコントロールがここまで利いたデモはこれまでで初めて!

まず警官隊の数の多さったら!!
そして、警官隊が、デモ隊を細かく分断していくというのが、いつもに増して徹底しているように
私には感じられて、しかも、それを跳ね返すだけの元気がデモ隊になく、
私も含め、みな大人しく警官隊の誘導通りに行動していた……
なにも警官隊を敵視するわけじゃない。
私は、おまわりさんも人間、といつも思っていて、警備大変だなあ、といつも感謝したくなる
くらいのものなのだが、それにしても、あまりにも警官隊の誘導の強化と、デモ隊の大人しさが目立つ…


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経産省前のテント。
ここだけは、熱気が変わらない。
だって。ここにずうっと陣取って抗議を続けているふくしまの人々は、諦めるわけにいかないのだ!



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なんだか、列がぱらぱら疎らだなあ……



ああ。これも。
秘密保護法が通り言論の自由が徐々に徐々に奪われていく時代の、いよいよの始まりを
象徴的に示しているものなのだろうか…
都知事選で脱原発の人々が真っ二つに割れてしまったことの後遺症がこういうかたちで
出ているのだろうか…
私が顔をしかめたくなっていたのは、そんなことを考えていたからであった。

そうそう。私がいたデモのグループは、警官隊に『最終梯団』と呼ばれていたな。
『梯団』?
私たちデモ隊は、軍隊じゃないんですけれど…
やだなあ…梯団、などと呼ばれて、おとなしくデモするのは……。

私が遅れて参加して、デモ隊の中心近くに一歩も近づかなかったからそんな印象
受けるのだろうか…私だけの印象なのだろうか…

そう思っていたが、国会前で、私の隣に座っていた女性も、ぐるっと国会前、官邸前、
経産省前などを一回りしてきたらしいのだが、人がなんだかばらばらの印象を受けた、と
語っていらした。

警察のデモ隊分断策と、それから主催者側の、デモ隊と国会前包囲を分けた、というのも
人がパラパラ散って見えた一因なんじゃないかな。
流れ解散した人も随分いたんじゃなかろうか。




2014_0309_161311-CIMG1847.jpg



主催者発表では、この日の集会参加者は、延べ3万人。
延べかあ……
ということは、実質2万人くらい、ということかな…

う~~~ん……



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私は、福島の人々への想いが薄れていっているとは思わない。
原発への危機感が弱っていっているとも思わない。
ただ…人々のあきらめが、もしこの日の参会者の数に出ているのなら、それは
すごく!すごく!危険で悲しいことである。
私たちはあきらめるわけにはいかないのだ。
この日本を変えていくのは、政治家じゃない、私たち自身である。
私たちがあきらめたとき…日本は本当に、本当に危険な道をまた歩き始める。

なんだか、苦い…あの東日本大震災と福島の悲劇から3年目の集会にしては、
苦い想いの残るデモだったなあ…
私の単なる、個人的印象か?
なにしろ今回は、本当に末端にいたものなあ。

デモを違うところで記録していてくださった方の映像でもご紹介しておきましょうか。
こちらは、元気。かなっ??…


)





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Re: しほさんへ

しほさん。こんばんは♪

坂茂さんのお名前は知らなかったのですが、被災地での避難所に
斬新なアイディアで仕切りを作った人がいるというその映像や、
コンテナを組み立てて仮設住宅の建設スピードアップ、というニュースは
前に見たことがありました。
でも、同じひととは知らなかったし、プリッカー賞受賞のことも
知りませんでした。最近、テレビも新聞も見ていない…(汗)
あらためて調べてみましたが、この方の発想、すごいですね~~~。

どうせオリンピックやらなくちゃいけないのなら、こういう方に会場建設や
街作りの指揮をとって欲しいなあ。こういう方なら、無駄を排してしかも斬新で
お洒落な会場を作ってくれるに違いない…
でかくてこけおどし、がいいという時代は終わってるんじゃないかな。

安倍政権を止めるものが、どこにもいないというのが情けないですね。
アンケートでは、政権交代し得る二大政党があった方がいいと多くの人が答えているのに、
なんで自民党をこんなに大勝ちさせたのよっ!!!と、怒鳴りたくなります(苦笑)。

日本には素晴らしい人、素晴らしいところがたくさんあるのに、政治がそれを
つぶしかねない。
ほんとに、気持ちの持って行きようがないですね。

でも、坂さんの快挙は、嬉しいニュースでした。
しほさん。ありがとう~~~♪




No title

彼岸花さん、こんばんは
新聞読んでくださってありがとうございます。
ラジオも…
どこに持って行ったらいいのか分からない気持ちを受け止めてもらってます。

消費税が上がっても、放射性物質が拡散しても…
どこまで我慢出来るか試されてるのではと思います。
誰が試してるって…多分…

ところでいいニュースです。
建築家の 坂茂 ばん しげる がプリツカー賞を受賞しました。
建築のノーベル賞と言われてる大きな賞です。
誰に頼まれる訳でもなく被災地に行き、避難所にパーティションをパパッと組み立てたり、
輸送用のコンテナを利用して良質な仮設住宅を造ったりしてます。

例えば、宮城県の女川の仮設住宅は仮設では初めての3階建です。
女川町の仮設住宅は政府がかけてる予算と同じで良質な環境を造ったと言ってました。
坂茂は政府がやらなくてはならない最低のことをやったと…
こんな事をさらりと言ってくれる人がいるんですね。
全国に放送される局のテレビニュースでは2階建の仮設住宅が映ってました。
文字は2、3階建と説明ありましたが、映像の強力な力で3階建は見せたくないんだな〜と感じました。

プリツカー賞は有名ではありませんが、日本人が受賞したのをもっと喜んでいいと思います。
そんな訳でこちら是非見て下さい。

http://www.japan-architects.com/ja/projects/view/35682

Review: 女川町コンテナ仮設住宅 - 坂茂建築設計

Re: stanislowski さんへ

stanisilowskiさん、こんばんは~。

デモね。デモの間中、私も抱き続けていた違和感…

こんな、センセェの言うことをよくきくおとなしい幼稚園児のようなデモ、
そんなんでいいのだろうか、と私も思いつつ、顔を顰めて歩いていましたよ。
きっとすごい怖い顔して歩いてたんじゃないかな。(苦笑)
そしてね。stanislowskiさんのことを思っていたんですよ。

ドイツやフランスでもデモをしてくれましたね。
台湾でも計10万人という大きな反原発デモがあった。
福島第一原発事故を起こした日本の、3年目の追悼の想いも込めたデモにしては、
今回のデモは私には寂しかったです。

2011年ごろの一時期は、国会前の歩道に人がびっしり詰まって身動きできないくらいでした。
警官隊の制御を振り切って、広い通りに人々が雪崩でてました。
でも、今回は歩道でさえ、すかすかでした…数の減少は否めません…

欧州でのデモは自由ですよね~~~!道いっぱいにみんなが広がって、
警官隊のこんな厳しい規制などないでしょう。みんな楽しそうに思い思いに
賑やかに叫びながら歩いている……
或いはもっと激しく怒りをぶつけますね。
日本でも、60年代の安保闘争の時の国会前の写真を見ると、そりゃすごいです。
あの大きな国会前の道路が、いや周辺が、黒山の人人人で埋め尽くされている!
フランスデモ、と当時言っていましたが、手をつないで、道幅いっぱいに広がって
示威行動をするというのもやっていました…

私にもね、相反する想いがあります。
こんなほんと、規制だらけのデモなどしていていいのか、という想いと、
でもね、このような平和的なデモでなければ、国会前に子供連れのお母さんや
若い人々は呼び込めなかったかもな…という想いとの両方です。

3.11後の5月からわたし、デモに出てるんですよ…だから、変化が体の感覚として
なんだかわかるんですね。
ごく最初の頃は、中にたぶん昔、60年代安保闘争や、70年代の全共闘運動を
闘ってきた人だろうな、という方がいらして、そういう方が主催者に不満を直接
ぶつけているのをこの耳で聞いていたの。
『ダメだろ~!こんなおとなしい迫力のないデモじゃ!実力行使しなきゃ
なんの効果もないよ!ダメだよ!こんなの』
『警官のバリケードなんか壊せ壊せ!』
あちこちでそういうデモ参加者の間での小ぜり合いがありました。

この国会前デモを主催している首都圏反原発連合は、徹底した平和デモの方針。
彼等は、組合の幟旗も自粛するよう参加者に求めています。
それでも組合の旗はたくさん毎回出ます!^^
私は、首都圏反原発連合の徹底した平和的なやりかたが、子供連れのお母さんなど
これまでデモなど参加したことがないという多くの人々を呼び込むのに功績があったと
認めたいと思っています。
でもね、その一方で、なんで幟旗立てちゃいけないんだ!!!と疑問にも思うの。
なんでデモする同志のいわば身内がそんな規制をかけるんだ!と思う。

私は70年代の全共闘世代です。自分では学生運動には加わっていなかったけれど、
同世代の若者たちが実を挺して機動隊と激しくぶつかっていくのを、
溢れる共感の想いで見ていました。幟旗やプラカード、立看板…そうしたものを見ると
今でも熱い想いがこみ上げてくる……

でもね、かつて熱かった闘士達も歳をとりました…
最初の頃は、主催者におとなしすぎると食ってかかっていたかつての闘士も、
だんだんこういうおとなしいデモに馴らされていったんじゃないかな…
今はね、若いひとたちのドラム隊がいてくれないと、老人ばかりの行進はほんとに
元気がないの…
と言って、私も含む老人たちが、仮に皆死んだり動けなくなったりしてしまって
デモから一切抜けたところを想像して見ると、そりゃあ、ごそ~っと数が激減して、
デモ自体が成り立たなくなるんじゃないかと思います。

そこでね、stanislowskiさんがいつもいみじくもおっしゃるように、
日本とたとえばドイツ、例えばベルギー、フランス、との根本的な違いが見えてくるんですよ……
つまり、日本の政治運動、日本人の政治に対する意識の底の浅さが見えてきてしまうのです。
ドイツでなぜ脱原発に方向転換できて日本で出来ないのか。
…政治が『わがこと』じゃないんですね。
誰かが、…お上が…いつもどうにかしてくれるだろう…
そういう心性から、まだ日本人は一歩も抜け出していない…。

日本は、あれほどの原発過酷事故を経験してまだ変われない。
しかも、あろうことか、原発推進の、平和憲法廃棄のこんな政権を選んでしまう…
これはもう、付け焼刃の政治運動ではどうにもならない、と私はこのごろ思うようになっています。
根本から、一から作り直さないとダメだ!
つまり、日本の政治を自分たちの手で自らよくして行こうとする世代を
『重層的に』育て上げていかないことには、この国は変われない、そういうところまで来ているように
思うんです。

私がデモをしながら顔をしかめて考えていたのはそんなことです…。

雪の記事などで少し回り道をしていますが、私が次に書こうとしているのは
そういう問題についてです。その時、教えて下さったことなども使わせていただきたいです。
stanislowskiさん。ありがとう♪

No title

私の個人的な意見ですが、旗を降ろさなかったのは正しいと思いました。
ここに集う方々の様々な思い・考えがあるでしょう。
優先順位、歩くことが(デモ行進)大事なのか、強固な意志を表示することが大事なのか、分かりません。
私なら旗は降ろしたくありません。

予定調和(警察の想定内)では変わらないのかなと。
悔しいですが、こうした民の声はアイツらには届かないのですよね。
そして、こういう警察の規制はあってはならないのと思うのですが、法律の定義はどうなのでしょう。
私が行ったデモは違います。当然、国も状況も違うので比べられませんが、民衆が政治や社会を変える体制(存在意識・能力)が既にあると、率直に感じました。

以前、お話させていただいたように、一からやり直しなのでしょうが、焦ることです。


Re: 玄少子さんへ

最終梯団…ですよ~。(笑)

ご紹介しているYou Tube映像の中でも、盛んに『第二梯団、スタート!』
とかって言ってます。
まあ、いいんですけれどね…。
まだ、おまわりさんたちは、デモ隊と対立対峙しているわけじゃない……

でもなんだか、昨日は、管理の厳しい幼稚園の園児になって、
遠足にでもおとなしく連れていかれてる気分だったなあ。

私のいるところから見えることしか見てないのだから、それで全体をどうのこうの
言うのはおかしいかもしれないけれど、それでも直感、というものがありますしね。

なんか、なんかが変わってしまった気がするなぁ……

・・・・『最終梯団』

でも。
ご苦労様でした。ねぎらい感謝。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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