『まれびと 其の二』

今日はテレビの話。
最近のテレビ番組の騒々しさに、テレビをほとんど見なくなってしまった私だが、
NHKだけは時々観る。

先日BSの方で、『関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000Kmをゆく』
というのをやっているのを途中から見た。
私はこの番組が好きである。毎回見続けていたわけではないが、たまたまやっていれば必ず見る。
関口宏氏の子息、関口知宏という人がなかなかの好青年で、彼が、中国の広大な大地を、
ひたすら鉄道に乗り続けて片道切符の旅をしていくというもの。
第一回チベット自治区ダサを出発し西寧を経由して始まった旅は、延々36000キロを
鉄道で乗り継いでいく、という壮大な企画である。

途中から見たので、よく詳しいことはわからなかったが、今回見たのは、
その最終回の旅、であったらしい。
長い長い旅の最終目的地はカシュガル。カシュガルは広い広い中国の西の果て。
新疆ウイグル自治区の西南部に位置する街である。
彼はカシュガルから460キロの距離にあるアクスの駅にいた。
アクスは、ウイグル自治区を東西に走る南疆鉄道の駅。
南疆鉄道は、 往年の天山南路に沿って伸びており、天山山脈の南麓、
タクラマカン砂漠の北縁を通っている。

私は中国の地理には詳しくなく、その遠さが実感としてわからないが、
まあ、とにかく中国の最奥地の旅である。

私が見始めた時、彼はある村の、綿花の畑の中を歩いていた。
どこまで行っても広い中国の大地。だだっ広い平地にポプラと白樺の木が
ところどころに散在する寂しい農村。

綿花畑の中で、一人の女性が、黙々と綿を摘んでいる。
関口知宏が挨拶の声をかける。
いぶかしげに固まってしまう女性。年の頃は20代後半くらいか。
このあたりの住民の90%はウイグル族であるという。
人種的にはモンゴロイドとコーカソイドの混血であるといわれるだけに、
中には中国的な顔と言って私たちが普通にイメージする顔と大きく違い、
ヨーロッパ人に似た顔立ち、金髪、碧眼の人等も多くいる。

綿花畑の中に一人たたずんでいたこの女性も、どちらかというと、
ロシアの農婦のような顔だちをしていた。
太陽と風と寒さに曝され続けて、毛細血管が浮き上がったような、赤い頬っぺた。
がっしりとした体躯。他の土地との交流もない小さな村で一生を過ごす人間に
よくありそうな、用心深い、やすやすとは見知らぬ人を受け入れぬような厳しい顔である。
頭には、トルストイの『復活』のヒロイン、カチューシャなどがかぶっていたのではないか、
と思われるように、髪の毛は大きなスカーフですっぽりとくるんでいる。

いぶかしさで言葉少ない彼女。
それはそうだろう。村人しか知らない、その村人さえおそらくきわめて少ない
辺地の村に、いきなり、日本の一人の青年とNHKの取材クルーが大勢
乗り込んだのである。世慣れない彼女が戸惑い、警戒するのは無理はない。

関口知宏は、構わず、いつもの人懐こい笑顔を浮かべながら、
綿摘みの手伝いを申し出る。
「なんであなたが?」と警戒心丸出しの彼女。
最初はとってもぎこちない。関口も綿を摘む動作が頼りない。
綿自体は柔らかいものなのかもしれないが、植物そのものは、からからに
乾燥して、茎や枯れた葉は手を傷つけそうである。
現に、ここまで来る途中の列車に乗り合わせた綿摘みの出稼ぎの少女たちの手は、
作業で荒れているなどという生易しいものではなく、薬が塗りこめられているのが
逆に痛々しかった。

NHKに限らず、どこまでこういうドキュメンタリー番組に演出の手が
加えられているか、視聴者の私たちにはわからない。
だが、まあ、番組を素直に信じるとすれば、それから関口知宏青年は、
広い綿畑で、何一つ覆うもののない、最果ての地の太陽と風に曝され続けながら、
彼女と二人、太陽がポプラ並木の向こうに低く落ちて、あたりが夕闇に
包まれ始めるころまで、一緒に黙々と綿摘みをした。

私が面白いなあと思い、また、人間の愛しさに胸をギュッとわしづかみにされたような
想いになったのは、彼女の顔の変化である。
彼女が、薄暗くなりかけた畑で、摘んだ綿を関口青年と同じ袋に詰め込む。
その時に彼を見上げる目が、もう、恋する女の眼になっていたのである。

それは私も年はとっていても女なので、直感でなんとなくわかる。

スタッフが最初に彼女に声をかけて、関口青年が綿を摘み始めた時。
彼女の顔は、「いったい何をしに来たの!」といういぶかしさでいっぱいの顔であった。
厳しい環境に生まれ落ちて、そこで一生を過ごすよう半ば運命づけられている者の、
余所者を容易に受け付けない厳しい顔。

それが、まるで13,4歳くらいの乙女のような恥じらいを頬と目に湛えて
関口青年を下から上目づかいで見るように、そこまでわずかな間に変化していたのである。
ああ、あの目つき!
なんといじらしい、恋する乙女の必死の眼差しではないか!

二人が綿を摘んで、同じ袋に入れる…
それを畑の端の方の道を行きながら、遠く眺めている一人の現地の若者がいた。
「あの青年は、この彼女をひょっとしたら、想っているな」
私はそう思った。

まれびと……

そう、関口知宏という、はるばる日本から取材の旅にやってきた青年は、
彼女にとって、そうして、そこで遠くからこちらを伺うようにしていた若者にとって、
まさに、『まれびと』以外の何者でもない。

彼らは多分、この新疆という辺境の地に生まれ、そこで育って、
おそらく一生そこで暮らす。
朝早く綿摘みに出かけ、一人綿摘みをして 、夕方になって暗くなると仕事をやめて帰る。
毎日はその単調の繰り返しである…。

稀に、稀に、祝い事や不幸、祭りなどの村の集まりがあるにしても。
よそからふらりと訪れて、ほかの土地の香りを運んでくる、本当にたまさかの旅人というものは、
土地に縛り付けられて生きる者にとっては、自分の生活に新しい刺激と息吹を
注ぎ込んでくれる、一種の神のような存在なのである。
それが異国の、明るい人懐こい笑顔をしたハンサムな青年の姿をしていたとしたら、
どうして、若い娘がそれに恋せずにいられるだろうか?

でも、旅人は長くその地にはとどまってはくれない。
彼はまた旅を続けて、彼女のもとを去っていくのである。
そうして、また別のどこかの地に、神のように降り立つのである。
それが『まれびと』というもの。


ああ、せつない!
私は26,7かなと思われる、その純朴な娘の心のうちのせつなさを想い、
一人でほろりとしていた…。

行きずりの神に恋してしまっては……

ところが、ところが、である。
いよいよあたりが暗くなって、一日の仕事を終える時間が来たとき、
彼女の夫が、彼女を迎えに来た!

がくッ!(笑)
私っていつも考えすぎ?想像を働かせすぎだな。

あの、恋する乙女の目つきは何だったの?
いやいや、彼女は絶対に関口青年に束の間の恋心を抱いた。
あの上目遣いの甘い目つきで青年を見上げる時の
彼女の笑顔、彼女の仕草の一つ一つが示しているもの。
あれをどうして恋でないなどと言えようか。
(…、とまあ、勝手に私が想像したわけなのであるが…。)

でもここで私が言いたいことは、恋でなくても別にいいのである。
関口青年が旅をするその行く先々で、彼を「まれびと」のように迎え、
歓待し、心を寄せ、親しみ、別れのときには涙を流さんばかりに惜しんだ
老人や子供、婦人たち、男たちなどが数限りなくいた。
そこには、日本と中国の間の戦争の忌まわしい記憶や政治的な駆け引きなどは
まるでなかった。ただ笑顔と笑顔が触れ合うだけ。懐かしさと懐かしさが出会うだけ。

人というものはいじらしい生き物であるとしみじみ思う。

あるいは。である。あるいはあの彼女は、関口青年との
綿摘みの日の奇跡のような思い出を、一生その胸に大事に大事に抱いて
これからの人生を過ごしていくかもしれない。
あるいは。あるいは荒れた農地で彼と束の間触れ合い、その姿を
絵に描いてもらった老人は、青年を遠い異国の自分の孫かなにかのように、
折にふれ、懐かしく思い出し、それを幾度となく反芻するのかもしれない。
旅人は、何事もなかったかのように、次の土地へとまた旅を続けていく。
しかし、その訪れは、ライ・クーダーがキューバの老ミュージシャンたちにとって
そうであったように、確実に、訪われたものの生活と意識を変えてしまうのである。
自分の一生のうち、そう何度も起こることのない、
たぐいまれな、宝石のように美しい思い出として。


『まれびと』…
あなたは人生でそのようなひと、あるいはものごとに出会ったことがありますか?

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Re: ノートさんへ

テーマから外れているなんてとんでもないです。
私が伝えたいと思ったことを、実体験も含め、私以上に正確にくみ取ってくださったと
とてもありがたく思っていました。

『まれびと』というのは、本来は、常世から年に一度訪れる父祖の霊のこと
を言って、そこからだんだん転じて、我が家を訪れる貴人、客人、
また、神事を司るということから漂泊の芸人、例えば正月の三番叟を踊る芸人や
獅子舞、瞽女さん…、そういったものまで、客人としてもてなす、という風に
転じていったらしいです。

私が、きわめてあいまいな使い方をしているので、コメントをお書きになる方も、
『まれびと』を、どう考えればいいか、お迷いになるかもしれませんね。
『客人』であることは間違いありません。
そうして、もてなす側が、定住の民であれば、旅人がもたらす遠い知らない国の話は、
憧れや驚きや、ときには、自分が土地に縛り付けられて生きていることに気づかされ、
遠い国、違う暮らしへの憧れや焦燥をかきたてることにもなったかもしれないと思います。

今でも、それに似たことは、私たちの周りで起こっていることかもしれませんね。
おっしゃるように、自分がまれびとを迎える、というよりは、自分が意識せず、
『まれびと』になってるケースも多いと思います。

実は、私自身が、郷里の人々にとっては、10年ぶり20年ぶりに稀に
訪れる、遠い親戚、ということで、『まれびと』的なものであったのかな、と思い、
そういう文もこの中に入れていたのですが、長い文がさらに長くなるので
削除しました(笑)。

でも、中国の旅、東北、北海道の旅でのノートさんは、『まれびと』で
いらしたかもしれません(笑)。
土地に定着して暮らす者にとっては、旅人は『まれびと』
だから、いつも迎える側と訪れるものは入れ替わる可能性がありますよね。
また、旅する者にとっても、日々旅先で触れ合う人は皆、まれびと…。
おっしゃる通りですね。

関口青年、ほんとに一所懸命、中国語を使おうとしてましたね。
私も、あれは素晴らしいことだなと思って見てました。
現地の言葉と現地の食べ物…、それを大切にする旅人は、大切にあつかわれますよね。

私は…、結構見知らぬ人にとけこめない方の人間なので、だからあの番組が逆に好きなのかも
しれません(笑)。

ノートさん、ありがとうございました。

閑話休題

テーマから外れたコメントしてしまいました。e-351

「まれびと」を「外部からやってきてなんからのカルチャーショックを与えて去っていく存在」とするのなら、私は「まれびと」と出会ったと意識したことは記憶にありません。
きっと鈍感なのでしょう。e-350

でも、旅行、特に海外に行ったときには自分が「まれびと」または「外部の存在」になったような気がしたことは何度かあります。

一番最初にそういうことを感じたのは、実は日光でした。
バイクツーリング中、バスの運転手に声をかけられたのですが、相手がなにを言っているかまったく理解できなかったのです。
そういう状態は北海道に渡るまで続きました。

大阪生まれ大阪育ちの私にとっては、コミュニケーションに限っていえば北関東以北は外国に近いところでした。

もっとも、その土地に住む人にとって私が「まれびと」だったかどうかはわかりませんが。


こう書いていてふと思いました。

件の関口さんは中国の人々にとっては「まれびと」だったと思いますが、彼自身にとっては日々出会う人はみな「まれびと」だったのではないか、と。

あーだめです。
脱線してしまいます!

私があの番組の好きなところの一つが、関口さんが極力中国語で話そうとしたところです。

もちろん込み入った話は日本語で話し、中国人の答えは字幕になるシーンも多々ありますが、旅の間に彼の中国語は次第に上達していき、できる会話は極力自分で行おうとしている様子は、とても好感が持てました。

おそらく次はインド鉄道紀行しかないと思いますが、こちらはあまりにも危険……

それでも、また何かの形で彼の旅を見ることができれば、と願っています。

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。はじめまして。

コメントいただきとても嬉しいです。
そうですよね~。本当に人懐こい笑顔。
でも、ちゃんと育ってらっしゃるというか、親しみ深い笑顔や表情、
子供にからかわれるような独特な歩き方やしゃべり方…、
それらはちゃんと計算されてしてらっしゃるというか…
そういうと言葉が悪いですね、え~、本質はしっかり押さえて
ちゃんといろいろなことを考えてなさっている青年という気がします。

だからこそ、初対面の人も、逆に心を開くのではないでしょうか。
本質的な真面目さが、遠い国の見ず知らずの人にも伝わるんでしょうね。
若い女性なら無条件で(笑)恋に落ちますよね。
かのウイグルの農村の女性の、彼を見上げる時の視線が忘れられません。
怒りも憎しみも、慈愛も恋も、どうしても目の光に出てしまいますものね。

お会いになったことがおありとは。どうぞよろしくお伝えくださいね(笑)。
コメント、本当にありがとうございました。

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Re: ノートさんへ

ノートさんは、中国を旅なさってよくご存じなのですね。

中国大鉄道の旅、いいですよね。
私は彼が日本中のローカル線の旅をしているころから。面白いなあ、と思って
時々見てました。

確かに中国は報道の統制のきつい国。撮影許可の下りるところも、
写し撮った映像も全部チェックが入って、見たまま撮ったまま、ということは
ありえなかったでしょうねえ。

私があの番組をいいなあと思うのは、それでもなおかつ、素直な民衆の顔が
政府による管理統制のきつさにもかかわらず、なお、その下から見えてくるからです。
何百キロも遠くの都会に出稼ぎに出て、春節に、何日もかけて故郷の
村に帰る人々の顔。疲労と期待とせつなさと…。
列車の中で飲み食いをする民衆の素顔。旅の連れにたまたまなった人々との
行きずりの友情と親近感…。
そうして、『ハレ』の日のめったにない奥地の村での暮らしに、
奇跡のように遠くから訪れた旅人を迎える、村人の戸惑いと
やがてのこころとこころの触れ合いと、別離の時のさみしさ…

そういった人間のこころが、隠しても隠しようもなく、画面の奥から
見えてくるというのが、とても好きなのです。

ノートさんがおっしゃるように、政府がセッティングしたのではない、
いくら隠そうとしても、どうしようもなく見えてくる、民衆の素顔、
それがあの番組の魅力ですね。
日本でも、ローカル線の旅をすれば、今でもそういう出会いはある気がします。

関口青年は照れからくるのでしょうが、独特のシャイさと
人の胸にストンと飛び込む率直さと両方があって、なかなかいい持ち味ですね。
芯はしっかりした考えを持った青年だろうな、と思います。

中国はこれからまだまだ大きく変化していくでしょうね。
それを見守っていくのは楽しみでもあり、心配でもあり、脅威と驚異
でもあり、とにかく奥深い国ですね。

現地の香りのするコメント、ありがとうございました。




> ですので、見ていて「ああ、政府(国というだけでなく地方自治体も「政府」といいます)が用意した人たちだな」と思うところは多々ありましたが、基本的に中国の鉄道の旅はあんな感じでした。
>
> 特にドキュメンタリーとしての掘り下げた解説がありませんでしたから、中国のことをよく知らない人が見ていると「ふ~ん」で済むかもしれませんが、結構中国の都会で無い社会が反映されている部分も少なくないようにように感じました。
> 関口さんと出会った人の中にも“演出”でなさそうな対応も多々あります。
> ただし、それは鉄道に乗ることができる程度の生活水準の人たちですが。
>
> 今の中国は急速に変わってきています。
> 人々の生活水準も上がってきています。
> あと数年すれば、関口さんのような出会いはできなくなるかもしれません。
>
> 日本と同じように。
>
> あの番組のおもしろさは、そこにあるのかなと思うことがあります。
> おそらく、汽車が日本中を走っていた頃、新幹線がなく夜行列車が日本中をつないでいた頃。
> 日本もああだったのではないか。
> 私はそう想像してしまいます。

Re: そらまめさんへ

そらまめさん、ありがとう。

それは面白そうな漫画ですね。
ちょっと調べてみました。『北・・・』というタイトルのかなあ(笑)。
私もちょっと見ただけで、好きそうな、漫画です。
設定がもういいですよね。三部作ですか。
第三部の主人公?が私の大好きな作家なんです。
第二部の主人公については、私もちょっと触れていますし。
もう3部まで完了してるのかな。

歴史もの漫画って面白いですよね。ただ歴史、というのももちろん面白いんだけど、
漫画ということで、そこにすごい娯楽的要素が加わって、現実をぶっ飛んだ
快感も味わえるし。
でも、原作がしっかりしてそうだから、本当に面白そう。
読んでみたいけど、何巻も続きますか。お金が続かないなあ。
と言ってこの年でコミックカフェ?に行くのは恥ずかしいしなあ(笑)。

そらまめさんは本当に柳田國男を訪ねて遠野までいらしたんですね。
どうでしたか。
ミーハー、いいですよ~。人生楽しまなくっちゃ。

私の父も、勿論、戸籍などはありましたし、官憲に追われては
いませんでしたけど(笑)、ひとり高原の村に帰ってからの暮らしは
山人に近いものだったんじゃないかなあ。
狩猟はしませんでしたが、川釣りをして、山芋を掘り、山菜を採って、
竹かごを編み、自然の中で自然と共に生きていました。
山の隅々まで知っていて、女っけもなく、まるで仙人みたいな人でした。

「まれびと」。
関口青年はともかくとして(笑)、人の人生には、何回か、こういう
『まれびと』的なひと、『まれびと』的な物事との
出会いがあるような気がします。
一生思い出を抱いて生きる、というほどの人との出会いはそうないかもしれないけど、
ささやかな『まれびとさん』との出会いなら案外たくさんあるかのしれませんね。
あるいは気づかず、自分が誰かにとってそんな存在になっている、という
こともあるかも。旅先や仕事の出向先などで。

異星人、との出会いは、う~ん、私も鈍感そうだなあ(笑)。




中国乗り鉄の卵です。

私もあの番組は好きで、放送されたバージョンのほとんどを録画して見ています。

私は何度か中国の鉄道の旅をしているので、見るたびに懐かしく思います。

中国という国はご存知の通り一党独裁で情報統制をしている国ですので、“演出”のまったく無い番組などは事実上不可能だと思います。
リアルタイムで移動していながらも、毎日録画を放送していたのも、そういうことかもしれません。

ですので、見ていて「ああ、政府(国というだけでなく地方自治体も「政府」といいます)が用意した人たちだな」と思うところは多々ありましたが、基本的に中国の鉄道の旅はあんな感じでした。

特にドキュメンタリーとしての掘り下げた解説がありませんでしたから、中国のことをよく知らない人が見ていると「ふ~ん」で済むかもしれませんが、結構中国の都会で無い社会が反映されている部分も少なくないようにように感じました。
関口さんと出会った人の中にも“演出”でなさそうな対応も多々あります。
ただし、それは鉄道に乗ることができる程度の生活水準の人たちですが。

今の中国は急速に変わってきています。
人々の生活水準も上がってきています。
あと数年すれば、関口さんのような出会いはできなくなるかもしれません。

日本と同じように。

あの番組のおもしろさは、そこにあるのかなと思うことがあります。
おそらく、汽車が日本中を走っていた頃、新幹線がなく夜行列車が日本中をつないでいた頃。
日本もああだったのではないか。
私はそう想像してしまいます。

No title

私の好きな漫画で柳田國男と『山人』を題材にした時代ミステリーがあります。

作品の中での『山人』は大和民族が支配する前から日本に存在した
いわゆる先住民族で(アイヌ民族とは違う)天皇を神とはしない、山奥でひっそりと
暮らしてきた不思議な一族という設定なのです。
幼い日に『山人』に出会って(=神隠し)以来、研究をするようになった持論を後に
放棄するのですが、戦争へ突き進む軍からしてみれば、天皇=神を否定しかねない
山人の存在は危険で、戸籍制度はそういった山人達を見つけ出し排除するために
作ったものだった・・・みたいな物語。(笑)

大きな流れの中での異質な存在。
違う文化・習慣・宗教で生きている人々のことを『まれびと』『山人』と捉えていたので
しょうか。

私と言えばその山人論に影響をうけて、柳田國男が民俗学の研究のために訪れて
いた岩手県遠野市に出かけて銅像と一緒に写真を撮ってきたりと・・・まぁミーハーな
もんです。(笑)

『まれびと』・・・出遭ってみたいですねぇ。(関口さんでも可・笑)
異界人との出会い、これもまた異界を感じやすいヒト・選ばれたヒトと言うことらしい
ですが、鈍感だからなぁ・・・私。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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