『星と月の夜をたずねて』

福島県知事選は終わったけれども、与野党相乗りで選挙の争点はぼかされてしまいました。
言いたいことはたくさんある。だが、言えば、また、長くなりそうです。
少し考えがまとまったら、あらためて記事を書くことにして、今回は、まあ…
このところ硬い記事ばかり書いているので、たまには昔のように、私の個人的な話など
書いてみましょうか。
『ジョルジュ・ペレック』と『パトリック・モディアノ』のことを調べていて、かつてこの世界に生きていた
人々の(今年度ノーベル賞作家モディアノは無論お元気でおいでだが)足跡をたどるのが、
なんというか、この殺伐として先行きの見えない世にあって、何やらしみじみと懐かしい
作業であったから、もうひとつ、そんなお話を。


                       *


昨日27日は三日月でした。うっかりして見損なってしまいました。
今月は皆既月食があり、オリオン座流星群の月でもあったのですが、どちらの日も
私の住む地域は天候の状態が思わしくなく、見ることが出来ませんでした。
流星群といえば、毎年楽しみにしている8月のペルセウス座流星群も、まるでその最大日の
前後を狙い撃ちしたように、曇りまたは雨の日が続いて見ることが出来ませんでした。

そんな中、ちょっとしたものをお見せしましょうかねぃ…


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これ。何が入っているとお思いになりますか。
金貨銀貨や真珠、ダイアモンド、サファイアなどのお宝がざっくざく? まさかね…^^
箱は、マトリョーシカみたいに3つ同じデザインの大中小の箱が入れ子になっている。




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蓋を開けてみると…



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これ。なんだとお思いになりますか?


これ。実は呼び鈴なんです。
大きさは、底面の台座の直径およそ9センチくらいかな。
上に出ているつまみのようなものを下に押し下げてから手を離すと、右の方のつるの
先に付いた小さな丸い球が、中に組み込まれている真鍮?の半球形の鐘を、チン!と
叩いて鳴らします。
澄んだ綺麗な音ですが、思いのほかに大きな音。

呼び鈴の用途に使うのであろうとは思うけれど、いつ、どこで作られたのか詳細はわからない。
かなり古ぼけて、金属部も少し波打ったりしています。
ただ、星と三日月がデザインされたその不思議な外見と、呼び鈴としての用途もある(つまりただの
飾りだけのものでない)というところが気にいって、買ってしまいました。

この呼び鈴らしきものの由来が知りたい。でも、元の箱など無論なく、買ったところでも
由来などわかりません。



ヒントは、まず、三日月と星、というこの組み合わせです。
『三日月と星』がデザインされているということですぐ思いつくのは、トルコの新月旗(月星章旗)です。
三日月と星の組み合わせはイスラムのシンボル。他のイスラム圏の国で、この三日月と星の
組み合わせの国旗を使っているところも結構あるけれど、トルコのもいずれの国のも、
この、呼び鈴の星と月の感じとは少し違うかなあ…



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次にヒントになるのは、この面です。

渦巻きを三つ組み合わせたものが入ってる円環がデザイン化されている。
この部分の細工などは結構手が込んでいます。
渦巻き三つ、というのが伝統的にどこかの国または地域で使われていないかしら…、
そう考えて調べてみたら…ありましたよ~~~!


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%84%9A%E5%B7%B4


『三脚巴』という伝統的なデザインらしい。
その名の通り、もとは、直角に膝を曲げた三本の足が120°の角度で追いかけっこ
しているように組み合わされたもの。
このデザインは、フランス、ブルターニュのシンボルであり、また、マン島やシチリアの
シンボルでもあるといいます。
この呼び鈴の模様のように、三本の脚を簡略化して、単なる3つの渦巻きにしたデザインは、
西ヨーロッパの新石器時代シンボルだそうです。しかしケルト文化などだけでなく、
このしるしはそれこそ世界各地で使われていて、渦巻きをさらに簡略化すると、
日本の家紋…例の『三つ巴』にもなるというのです。
ちなみに、私の母の実家は九州の落人部落と言われる山奥にあったのですが、
紋章は、六角形の中に三つ巴であった、と言っていたような……

しかし、渦巻き模様の意味はわかったものの、それだけでは、やはり、
この呼び鈴が作られた地域や時代は特定できません……



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三番目のヒントは、2面に配された小さな絵です。
一枚はこれ。
私は、西洋建築(と思われる)の様式に弱いので、これがいつ頃の時代の建物なのか
わかりません。裾を引きずる人々の服装から察すると、1920年代以前、ということでしょうか。
第一次世界大戦を経験し、女性服にも合理性が求められ、1925年ごろには
スカート丈が膝頭まで上がった、といいますから。



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さて。一番ヒントになりそうなのが、この面です。
二つの高塔と、少しそれよりは低いいくつかの塔に旗がなびくお城らしき建造物と、
そこから延びる広い道と噴水らしき一角、緑の植栽がなんとなく見てとれます。
そして。小さな文字が入っています!
『TROCADER』と。パリのトロカデロ広場か?それならば、『TROCADERO』の綴りのはずですが…
綴りミスか、それとも英語式の綴りでしょうか?……
トロカデロ広場なら、パリの街の西部、セーヌ川右岸の丘の上に建つシャイヨー宮の正面(東側)にある
半円状の広場です。広場中央には人工池があります。シャイヨー宮のテラスからはセーヌ川の対岸にある
エッフェル塔やシャンドマルス公園などが眺められます。

早速、シャイヨー宮で画像検索して、小さな絵の中の建造物と比べてみます…。
(行ったことないからわからないの)
…人工池もあって広場はそれらしいけれども、建物のかたちは全く違うなぁ……

しかし。『シャイヨー宮は、1937年のパリ万国博覧会の時に造り替えられて出来た』、とあります。
それならば、もとの姿は?・・・・・・・・・・・・
ありましたよ~~~!シャイヨー宮のある場所には、元、トロカデロ宮殿が建っていた。
このトロカデロ宮殿というのは、あの1878年第3回パリ万博のときに建てられたものです。
お城というよりは、博物館などとして建てられたらしい。
1878年の第3回パリ万博と言えば、日本にも縁浅からぬ万国博覧会です。

おお! 下の絵の右側には、トロカデロ宮がくっきりと見えます。

1280px-Panorama_des_Palais 1878年パリ万博


1878年パリ万国博覧会。
『普仏戦争からのフランスの復興を祝って開催された。
庭園を囲むようにトロカデロ宮が建設され、その対岸のシャン・ド・マルス公園には
巨大なパビリオンが建てられた。アレキサンダー・グラハム・ベルの電話機や、
トーマス・エジソンの蓄音機や自動車、シンガー社のミシンが出品されるなど、当時の各国の
発明品が所狭しと並べられた。
パリの美術界でジャポニスムが沸き起こっていた時期に重なり、日本からの出品は
前回(1867年第二回パリ万博に日本は初めて参加)に引き続き印象派絵画に影響を与えた。

(絵と文 Wikipedia記述に加筆)

このトロカデロ宮は、アンリ・ルソーが後に『エッフェル塔とトロカデロ宮殿の眺望』に描き、
H・G・ウエルズの『解放された世界』の中にも登場します。
(ちなみに、エッフェル塔が出来たのは、後年、1898年の第4回パリ万博のときです。
上の絵の左の方、1878年の万博では巨大なパビリオンが建てられた、と書かれている
シャン・ド・マルス公園にエッフェル塔は建てられた。)




ここで、一人の日本人の名前をあげておきましょう。
林忠正。
嘉永6年11月7日(1853年12月7日) - 明治39年(1906年)4月10日)。
明治時代に活躍した日本の美術商。越中国高岡(現在の富山県高岡市)出身。
1878年(明治11年)に渡仏。
当時のパリでは日本美術への人気が高く、博覧会でも日本の工芸品は飛ぶように売れた。
トロカデロ宮殿内の「歴史館」では各国の参考品が展示され、特に日本に興味を持つ
印象派の画家や評論家などは連日、日本の展示物を見物に来ていた。
忠正はそこに立って、流暢なフランス語で詳しく説明した。
また、浮世絵からヒントを得て新しい絵画を創りつつあった印象派の画家たちと親交を結び、
日本に初めて印象派の作品を紹介した。1883年(明治16年)に死没したエドゥアール・マネと
親しんだのも、日本人として彼一人である。1905年(明治38年)の帰国に際し、500点もの
印象派のコレクションを持ち帰り、自分の手で西洋近代美術館を建てようと計画したが、
その翌年に果たせぬまま東京で死没した。52歳没。
(Wikipediaより)


林忠正
う~ん…そんな時代に。…そんな日本人がいたのだなあ。
興味がおありの方は、ぜひ、上記Wikipediaにもっと詳しく書かれていますから、お読みください。
私がここで短く引用した以上の興味尽きない人物です。だが、彼の業績は必ずしも後世の人々に
正しく評価されてはいないようです。明治という時代の日本の中で、彼の開明性は、一歩も二歩も
進み過ぎていたのでしょう……
それでも。百数十年前、明治初めの頃のパリの街を歩いている一人の日本人の姿が
生き生きと立ち上がってくるようです……

さらには。あのニューヨークの自由の女神像は、アメリカ合衆国の独立100周年を祝い、
フランスから贈られたものだということは周知の通りですが、この資金集めのため
フランスでは記念像建造キャンペーンとして、宝くじや、1878年のこのパリ万博において、
完成頭部を展示して約40万ドル相当の寄付金を集めたのだそうです。
(自由の女神像は、そうして1884年にフランスパリで仮組み完成され、214個に分解して
フランス海軍軍用輸送船イゼール号でアメリカに運ばれました。)


自由の女神 1878 パリ万博





さて。小さな呼び鈴にもう一度戻りましょう。


トロカデロ宮spot100-10


おお~!
この呼び鈴の小さな絵そのままに近い絵(着色写真?)もあるではないですか!
(絵は下記のサイトからお借りしました。
http://www.geocities.jp/kcc_newair/paris_spot/spot100.htm

…ということは、この呼び鈴は、1878年の第3回パリ万博と、1937年の第7回パリ万博の
間に作られたものだということではないでしょうか?
なぜなら、1878年第3回パリ万博でトロカデロ宮殿が建設される以前に、この絵が
描かれるはずはなく、また、1937年第7回万博の際にトロカデロ宮殿が取り壊された跡地に
現在のシャイヨー宮が建てられた後では、旧トロカデロ宮殿をわざわざこのような
観光みやげ?もののような呼び鈴の題材にするはずはないだろうと思うからです。
新しいシャイヨー宮が出来たなら、取り壊されたトロカデロ宮殿ではなく、新観光スポットとしての
シャイヨー宮を描くのではないでしょうか?

…とすると…。これが1878~1937年というその頃のパリの風景を描いているのなら、
建築様式のわからないもう一枚の絵の場所は…なんとなくサンラザール駅の建物に似ている気もしますが…

と。調べては来たものの、パリとは全く関係なく、
もしかすると、案外、手先の器用な日本人が輸出用に作ったものかもしれません!(笑)

結局、この小さな呼び鈴が、いつどこで何のために(おそらく観光みやげか…)作られたかは、
はっきりしたことはわかりませんでしたが、使われている渦巻き模様の意味や、2枚の古い絵の
題材となっている時代はおよそつかめたのではないかと思います。
別にそれでどうだというわけではないけれど、ただの呼び鈴、と思っているよりは、
ものにだって愛情が湧いて、なんだか可愛くなるじゃないですか?^^



                         *





2014_1028_103300-CIMG3320.jpg



なお。小さなこの呼び鈴をくるんでいる袱紗のようなものは、私が古い縮緬地を
二枚合わせにして、この子のために縫ってやったもの。
和洋折衷? いいのっ!(笑)
青紫の布はずっと以前、京都の骨董市で買ってきたもの。江戸か明治期のものと思います。
黄蜀葵(とろろあおい)と、桔梗の花が描いてある。黄蜀葵は中国原産だけれども、
日本へは古い時代に渡来。 根をすりつぶした粘液が、手漉和紙の糊として利用されてきたという。
根は鎮咳薬などに用いられるというから、同じくいろんな薬効をもつ桔梗と共に、
昔の人に愛されてきた植物であったでしょう。黄色い美しい花はオクラの花に似ていますが、
直径15センチとはるかに大きく、葉も枝つきも違います。
裏地にした黄土色の一枚も、いつかどこかで買ったものですが忘れたな…
菊、竹、梅などの花丸模様がところどころに控えめに散っています。
これももう、あちこち穴があいたりして、柔らか~くなった縮緬だから、たぶん相当古いものと思います。
寂びた感じの金色の布でバイアステープを作って、パイピングの縁取りにしてみました。

そうして。仕上げに。
最初に目を魅かれた、星と月の飾りに合わせて、小さな錆びた金色のお月さまのような
真鍮の輪を、飾りにつけてみました……


ということで、小さな、古ぼけた呼び鈴の来し方を探検してみる小さな歴史の旅は終わり。^^




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Re: 玄少子さんへ

玄少子さあん!
ありがとう~~~~~♪

それにしても、なんという素早い調査力!^^

私もいろいろ検索してみたんだけれど、そもそも日本語で検索してる時点で、
もう致命的に範囲が狭められていましたね(笑)。
そっか。eBayはまったく覗いてみていませんでした~。

や~。興味は尽きません。
この子たちはまさに姉妹ですね。^^
もう売れちゃってこの商品に辿りつけないのか、それとも売れなくて引っ込めたのか、
わかりませんが、eBayの『この商品との関連商品』というものから判断すると、
やはり1878年のパリ万博と、ホテル・ナポレオン三世もしくはホテル・ナポレオン
と関係があった、ということは確かでしょうね。
一番近い関連商品が、『ホテル・ナポレオン三世の卓上ベル』というところからすると、
この子もそうだったかなあ、と思っています。

ほんっとに、ありがとう♪

ひとりの人の生きた足跡を辿るのも興味が尽きませんが、もの言えぬ『モノ』の、
そもそもの由来や転売やなにかの歴史を探ってみるのもまた面白いですねえ。

これね。買ってきて、『なんだろな~』と思っていた時は、その疑問がこんなに
発展して、こんなところまで明らかになるとは、想像もしてみませんでした。

言ってみれば、ただの小汚い鐘なんですけれどね。
でも、このこもいろんな歴史をくぐりぬけてきたんだなあ、と思えば、愛しくなります。^^

玄少子さんに感謝感謝よ。^^
それにね。私の暇な遊びに、皆さんも付き合ってくださって、すてきなコメント
くださって♪
そのことがまた、嬉しかったなあ………

たったひとつの事柄から、時や地理の縛りを超えて、ものごとの連関が見えてくるって
ほんとに興味が尽きませんね。

あの、トリスケルや渦巻き模様もそう。
『タイロナ族の黄金細工』。ブログで見せていただきましたよ~~。^^
同じような文様ですねえ…
すごい細工ですよね~!
でもね。人間のそうした『洋の東西や時代を問わず、人間は同じような発想をする』
ということと、同時に、その一方が別の人間を、絶滅にまで侵略破壊するということを
考えると、なんとまあ…!、と嘆息も出てきます。

まあ。それにしても、おかげさまでとても楽しかったです♪
ほんっとにありがとう~~~♪♪♪

また、助けてね~!(笑)



まったくおなじものではないけど

sonnette de table, napoleon iii expo universelle

で画像検索してみてくださいな^^

>セーヌ川の河畔の方から見たルーヴル美術館は
おっしゃるとりですが・・
微妙にデフォルメされてますが・・・・スーラ風というかんじですかね

いろんな土地に変形しながら伝わって…あるいは同時発生的に生まれたのも
あるかもしれないけれど…この文様というのに関連して

ブログにのせてみましたよタイロナ族の黄金細工

Re: 鍵コメさんへ


^^ ^^ ^^ ^^ ^^ ^^ ^^ ♪

Re: NANTEIさんへ

NANTEIさん。こんばんは~♪

いや~、『一冊の本、または一個の器から連鎖するように広がる世界』。^^
『知的遊びの醍醐味』とおっしゃってくださってうれしいですが、ほんと!
そんな感じありますね~。^^
私がまた、あまりものを知らない人間なもんで、いろいろ調べているうちに
自分の知らなかった何かと何かがぱっとおもしろいように繋がっていったりすると、
もう、嬉しくなっちゃうんです!

おお~!自由の女神はドラクロワですね。ドラクロワから、またショパンや
ジョルジュ・サンドに繋がっていく。シャブリエ???(ごめんなさい!シャブリエさん!
はあ…狂詩曲『スペイン』ですね… 知らなかったので今、聴きながら書いています…)

ああ~~~っ!この曲かあ!!!
驚きです。これね、子ども時代の私の大好きだった曲。
NHK地方局の児童合唱団に入ってたって、書いたことありますが(小5から数年)
その時、この歌も習って、とても好きだった歌だったのです。

『♪踊る踊るスペインの娘タンバリン叩いて足並みそろえて(繰り返し)
賑わえる今日の祭り楽しさは胸に溢れ…』とかっていう歌詞だったんですよ。
今でも全部歌えますっ。
そっかあ、これがシャブリエ作曲、狂詩曲『スペイン』だったんですね……

なんだか、じ~ん、です。ほんっとにこうした巡り合いって面白いですねえ。
NANTEIさんのところではいつも、こうした音楽の歴史みたいなことも教えていただいて。^^
ブラームスとシューマン夫妻の話など、涙が出そうになりました。
私も、例えば小説家と小説家、詩人、画家たちなどの交友関係をたどっていくの
大好きです。
私はあるときからぱたっと小説というものを読まなくなってしまい、
(別に深い理由はないのですが)それで、そうした芸術家たちの若き日の交流を書いたものや
ドキュメンタリーみたいなものばかり、一時期読んでいました~。

まして今は、ネットというものがあるので、自分の知らないこと曖昧なことも調べられる。
浅い情報かもしれないけれど、私のようなものにはとても助かります。
一瞬にして過去の街にも飛んでいけるんだもん♪^^
今回も、かなり自由に飛び回って遊んでますでしょ~~?(笑)

林忠正ね。実は、高岡市出身と知って、「あれ?高岡って、NANTEI師匠の
お育ちになったところじゃなかったっけ?」って思ってたんですよ~!
やっぱり!やっぱりそうだった!!!^^
これもなんだか嬉しいなあ♪ あれ~~ほんとに愉快ですねえ♪


『また銅器の町として寺院の梵鐘のあらかたは、高岡で製造されているのです。』
あっそうなんですか?
ぇ。もしかしてもしかして、この呼び鈴も高岡で実はつくられた、なんてこと
まさか、ないですよね!(爆)

いや~。これね。細工が結構細かいでしょ。
そんなに作られた当時だって高い値段で売られていたものではないと思うんですよ。
でも、それにしてはこころが籠っているし、細工も手間をかけてるんです。
渦巻き模様のとこなんか特に。そして今は波打っちゃってるお月さまとか他の
金色の部分も、『打ち出し』というのでしょうか、細かい粒粒模様やレース模様みたいなのが
浮き出しになってる。
プレス機械のようなものでバン!と一気に加工したものかもしれないけれど、
それにしても、たぶん素材から想像されるお値段に相当するような手抜きがないんです。
こういうまじめさって、昔の日本人の細工師のこころ映えみたいな気がふっとして、
『ひょっとして、日本人が逆輸出用として作ったんじゃないか』なんて思ったりしました。
オキュパイドジャパンの品々のようにね。^^
鐘の部分も、いい音なんです♪ 
小さな呼び鈴なのに、すっごくよく響く。
マジで高岡製かもですぅ!(笑)

『それにしても彼岸花さんの野次馬精神、いえいえ好奇心・・・』

えへへ。
遊びますでしょ~~~?(笑)
私も書いてて楽しかったです。
しばし、浮世の憂さを忘れていました~。^^

ありがとうございま~す♪















Re: かつてのフランス嬢ちゃんへ^^

こんばんは~。

ご紹介いただいたページ、早速行ってみましたよ~。
ほんとだ!トリスケル模様がいっぱいある~~~!(笑)
もうネ、トリスケル模様のビスキュイがね、可愛くって美味しそうで
しかもいっぱい写ってるんで、なんだか笑っちゃいました!
とりわけ、一番左の列の上から4段目の写真のこ。(爆)
こんがり焦げ目がついてて、もう今すぐかぶりついちゃいたい!^^
これ、きっと、あたし好き。

この記事書きながらね、玄少子さんなら、すぐ、「これ、どこ」とかって
わかっちゃうんだろうなあ、って思いながら書いてました。^^
私なんかね、モディアノ読むときもね、『廃墟に咲く花』なんかとりわけ主人公が
パリの街あちこち歩くんですよ~。
もう、その地名に振り回されて、遅れないでついていこうとするのに精一杯で。
それで結局、パリの街のどこかで迷子になって、本、3回も読み直しちゃあきらめて
投げ出してた(笑)
今回彼のこと知って読み直して初めてその深さがわかったんですが、地名や人名の
いっぱい出てくるのには相変わらず辟易して、玄少子さんに手を引いてもらって
小説の中、パリの案内してもらいたいよ~、などと思いながら読んでたのよ!(笑)

トリスケルのことも、さっすが~~~!
そうなんだ~。そんなにあちこちに描かれてるんですねえ。知らなかった。
いろんな土地に変形しながら伝わって…あるいは同時発生的に生まれたのも
あるかもしれないけれど…この文様、ほんと、かなりオキュルティックな^^
意味も持っているんですねえ…
面白いですよね~。ケルトの歴史は、私には広範過ぎて、なにがなにやら。(汗)
ストーンヘンジと聞いて思い出すのはトマス・ハーディの『ダーバヴィル家のテス』です。
私は『日陰者ジュード』『帰郷』などの方が好きだったけど。
ケルトやらローマ人やら、サクソン、ブリトン、ノルマン…そんな複雑な歴史の
入り混じった土地らしい陰鬱な文学で、好きだったなあ…

そうそう。
一つ、どこかわからないという絵。
これって、セーヌ川の河畔の方から見たルーヴル美術館じゃないかしら。
どうお思いになりますか?
http://castle.slowstandard.com/80other/83france/palais_du_louvre.html

それにしても面白いなあ。この呼び鈴、どこで作られたんだろう。
フランスと関係ありそうな、とはわかったけれども、フランス製というには、
TROCADERの綴りは気になるし。^^
どんなふうに使われたんだろう、と想像するのも愉快じゃないですか?
奥さまが小間使いを呼びつけるのにチン!チン!チン!って鳴らしたのかも知れないし。
裏通りのホテルのフロントに置いてあって、人目を忍ぶ恋人たちの男の方が、
自分のコートの中に恋人をくるみながら、もう片方の手を伸ばして
チン!って鳴らしたかもしれない…^^

おっと!ちりめん古裂れ!
玄少子さん、鋭いなあ。
これね。そうなの。とても立派な布なんですよ…。
もう、時代を経てやわらか~く薄くなってる。あまりにも繊細で破れちゃいそうなので、
薄手の接着芯で補強してから縫っています。
時代はわかりません…
柄ゆきが大胆なところからすると明治…大正モダニズムに近い頃のものかなあと
思うけれど、布の経年した感じからすると、もっと古いかなあとも思うし。
裏になっている黄土色というか、これもくすんだ金色と言ってもいいような色の
布の方も、相当やわらかく薄くなっていて、柄ゆきのつつましさからすると、
こちらの方が江戸の頃のかなと思ってもみたりする。

えっへへ~~~♪
『パイピングの錆びた金色~』。
そこに目を留めてくださってうれしいよ~ぅ! わ~~~~~い!^^
これね。うちにたまたまあった洋服地の端布なんですけれど(何を作ったんだっけなあ…)、
直感的に、「あ!あれ使お!」と思って、ごそごそ探して見つけ出して
合わせてみた甲斐があったなあ!
えへへ~~


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こんばんは。

一冊の本、または一個の器から連鎖するように広がる世界というのは、
知的遊びの醍醐味ですね。
例えば、ショパンからジョルジュ・サンド、またドラクロワへとつながり、
そこから作曲家のシャブリエとの交友に行きつくといった、
驚きのリングに巡り逢うわけですから、たまらないわけです(笑!

そういえば、ニューヨークの自由の女神像のデザインはドラクロワの有名な作品、
『民衆を導く自由の女神』とバルトルディの母親をモデルにしたものですね。

さて、今回のお話・・・
一つの呼び鈴(これも由緒ありそうな)が、トルコの新月旗に飛び、
古代のガリア、シチリアのシンボルから倭国の『三つ巴』紋へ。
そしてトロカデロ宮殿に行きついたと思ったら、林忠正へワープしてしまうという。
しかもその林忠正は、私の第二の故郷高岡出身とあっては、
これも、たまったものじゃありません(笑!

高岡は・・・
今もって認知度の低い地方都市ですが、同じ前田藩の分家として、
金沢に劣らない文化を誇っているのですよ!

その証のひとつは、手をかけた上品な和菓子を作って売るお店が多いことです!
また銅器の町として寺院の梵鐘のあらかたは、高岡で製造されているのです。

と、関係もなく興奮したしまいましたが・・・(^_^;)

それにしても彼岸花さんの野次馬精神、いえいえ好奇心・・・すみません^^探究心は、
並々ならぬものと改めて畏怖の思いで、また楽しく拝読しました。

Re: Lily姫さんへ

Lily妹ちゃ~ん♪
よく来たね~。さあ、上がって上がって♪^^

ね。この呼び鈴。物語がありそうでしょ? どこから来た子かなぁ…

おっと。さすがLilyちゃん。気がきいてるねっ。
お酒。歓迎歓迎。

じゃあ、これからも一度、秋の夜のお散歩に出かけよっか?^^
さっき、お買いものの帰りに見上げた空には、ちょうどこの三日月のような
綺麗なお月さまが澄んだ空にぽっかり浮かんでいたよ。
暮れきってしまわぬ空の色は、まるで浮世絵に描かれた夕刻の空みたいに、
白から淡いピンク、そして水色から濃い群青までのグラデーション。
浮世絵って、いい加減みたいだけれど、案外正確に自然を観察してたんだなあって
思うなあ…

帰ってきたら、体が少し冷え切っちゃってるだろうから、お酒、お燗して飲もうネ。
今晩は、真鯛が買ってあるから、それ塩焼きに。
今日ね、ちょうど久住の姪から、かぼすが届いたとこなの。なんてグッドタイミング♪
香ばしくこんがり焼いた鯛に、かぼす絞って食べようね。
あとはね~。納豆汁だよ。
Lilyちゃん、納豆食べられる?
あたしはそっちにいる頃は食べたことなかった。今でもちょっと苦手。
でもね、この納豆汁だけは食べられるの~。
小さめのさいの目に切った絹ごし豆腐となめこのお味噌汁にね(お味噌は
麦味噌がいいの)、ひき割り納豆って言って納豆細かく刻んであるやつ溶き入れるの。
そして絶対欠かせないのが、芹よ。芹を刻んで、仕上げにぱっと散らす。
蕗と高野豆腐のお煮つけもあるよ。^^
芹とか蕗とか、ほんとは春のものよね~~~。
お野菜を自分で育ててないから、あたしね、スーパーとかで買うしかないでしょ。
するとね、ああいうとこって季節を先取りするから、芹とか蕗とか
お正月野菜みたいなものなのよ。季節感ちっと狂ってんの。(笑)
でも、冬の寒い日に、このお味噌汁ふうふういいながら食べると、体がぽかぽかよ。^^

夜のお散歩は明日にして、もう、すぐ、飲み始めちゃおうか?(笑)

Lilyちゃあん!って呼びたいときは、この呼び鈴、ちん!って鳴らすね~♪^^
さあ。酒盛りだ!^^

ぼんそわ~る,まだぁーむ

うわ,おもしろい。ケルト系の文様ですね~
ブルターニュのお菓子にはよくね,このトリスケルの模様がついてます
バターがたっぷり入ったいわゆるところのw,ビスキュイというやつです

ストーン ヘンジには夏至の方位と三角形がかくされているといいますね
ケルトの石器文化はオキュルテイックで。石にトリスケルがきざまれたものがたくさんのこってます。わたしはオカルト渦三角となづてますが^^
でもでもこのちりめんの古裂れが,なんともいえぬ美しさ,西洋にはありえない色使い。
それとパイピングの錆びた金色~彼岸花さんのセンスにあっとうされます。
写真もたくみなんだから,もう~~♡

追記
http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&p=G%C3%A2teaux%EF%BC%8Cbiscuits+au+beurre+%EF%BC%8CBretagne+triskell
を,どうぞ。
いまでこそ漢詩おばさんと化してますが
これで若いころはフランスお嬢さんネエちゃんでしたからねー(ばっははーい←死語)

こんにちは~

わあああああああ
彼岸花さん、ぞくそくしますね~
きっと、これ、魔法が隠されていますよ
鳴らしてみるたびに、どこかで何か
小さな変化が起こってるんじゃないですか?

あれ?
小さな探検の旅、もうおしまい?
秋の夜も、冬の夜も、想像の旅に出かけるのにはもってこい。

安物だけど、なにかお酒を持ってゆきます
もう一度、出かけませんか?
一緒に連れてってくださーい
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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