『 私たちに突きつけられたこと』  

朝5時過ぎ。ラジオからその悲しい知らせは耳に入って来た。

なんとも言えない悲しみが胸を満たす…

湯川さん、後藤さんと、そうしてご家族の方々にお悔やみを言うべきなのだが、
憤怒のあまり、その言葉さえ、今は出てこない…黙って頭を下げるしかできない…

その憤怒は、このような残酷が平気で出来る武装集団へ向けられたもので無論ある。
が、それと同等に、安倍政権をふたたび選んでしまって、今、何もできない
自分を含めた国民に向けられたものでもある。

経済至上主義と弱者の切り捨て。それはTPPの本質を見ればよくわかるように、
弱者のつつましい経済活動を破壊し、強者がますます富を蓄積するための巧妙かつ壮大なシステムである。
それが国内でも、グローバルにも、深く広範に強力に行われていくことによって、
貧困層を大量に生みだす…
それは、過去の西欧列強による植民地政策などを見ればわかるだろう。
貧困層は、同時に教育の機会も奪われがちである。
教育を受ける機会を持たぬ、あるいは乏しい、ということは、概して貧困層が
厳しい経済競争の社会において、貧困層から抜け出せぬということだ。つまり、
教育においても負の連鎖が続いていくということだ。
負の連鎖から抜け出せぬとわかった時、ひとのこころはどこへ向かうだろうか?
教育は、社会の構造の矛盾を教える。社会の構造の矛盾を知れば、ひとの怒りは
非暴力による、社会のより良き変革へと本来向かうはずだ。

だが、負の連鎖に対してたたかう言葉も持たぬ人びとの怒りはどこへ向かうか?
得てして、それは、自分たちを苦しめている権力に対してではなく、自分よりさらに弱い
存在…社会の中の弱者や、女子供…そして政治やマスコミが誘導する仮想敵に
向かって、直接の暴力や言葉による脅迫、示威行動などという形で時に現れていく…
或いは、一見強そうなもの、…それは時の権力であったり、武装暴力集団であったりという
外見の強そうなものに自分を仮託して、自分が強くなったような幻想にすがることで
自分の怒りを昇華しようとすることもあるであろう。

武力に対して武力を持ってする。
その方針の間違っていることを、私たちはこれまでいやというほど見せられてきている
ではないか。今回もまた、二人の同胞が(あえて『同胞』という言葉を使いたい)、
過激武装集団によって殺害された。
『テロに屈しない』というむなしいことばだけを繰り返していたわが政府。
人質が現実に捕われ命の危険にさらされているときに、『テロに屈しない!』と
表立って昂然と突っぱねれば、テロリストがどういう反応に出るかはわかりそうなものじゃないか。
そんな勇ましい言葉は、お二人が無事に戻って来てからいくらでも言えばいい。
安倍首相のカイロでの、
『イラク、シリアの難民・避難民支援、トルコ、レバノンへの支援をするのは、ISILがもたらす脅威を
少しでも食い止めるためです。地道な人材開発、インフラ整備を含め、ISILと闘う周辺各国に、
総額で2億ドル程度、支援をお約束します』
という、笑顔での演説が、捕えられていた二人の身代金要求(…そして結果的に
二人の殺害という悲劇)に、口実を与えてしまったことは考えられないか。
2億ドルという要求額が、その演説をヒントにしたことを示してはいないか。
それでなおかつ、この政権は、これからさらにテロとの戦いを続けて行く、『罪の償いをさせる』
などということを勇ましく宣言。『罪の償いをさせる』ということはどういうことか。
テロリストを武力をもって鎮圧するという有志国連合に、日本は積極的に加担していくぞ、
ということだろう。
自衛隊の中東への常駐を正当化する恒久法制定に、この二人の国民の死を
利用しようとしさえして行くだろう!
そんな言葉や政策が今後日本国民にどういうことをもたらすのか。

『イスラム国』のような残虐な武装集団は、この世界から無くしていかなければならない。
だが、それは武力によってでは決してできないだろう。
そのような人々が生まれてくる温床を失くさなければ、テロはこれからもずっと続く。
中東に…アフリカに…中南米に…日本に…テロ集団が生まれるその背景を勉強してみよう。
深い深い、どうしようもなく絡みに絡んだ怨嗟の歴史と、社会の病理が見えてくるはずだ。
その怨嗟の歴史はあまりに根が深く、人はこれを断ち切ることはできない!と絶望してしまうであろう…。
だが、人間はそれを非暴力でもってやり遂げなければならない。
『イスラム国』が私たちに突きつけた『お前たちは十字軍に加担するのか?』という問いは、
ある意味で正しい。
アメリカ、イギリス、フランス、旧ソ連、スペイン、ポルトガル、イタリア、ドイツ、オランダ、ベルギー、
…などが中東やアフリカで、長い歴史の間にした来たこと…中南米や南米でしてきたこと…
そして日本までもが加わって、アジア、太平洋の諸島でしてきたこと…
その歴史を直視してみてごらん。
この、湯川さん、後藤さんという二人の日本人が、斯くも無残に殺されたということになった日の
朝刊には、ドイツの元大統領ワイツゼッカー氏の死が報じられていた。94歳。
第二次世界大戦終結から40周年の1985年5月8日、連邦 議会の演説で
『過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる』と、歴史を直視することを訴えたひと。
またこの26日には、1990年~91年の湾岸戦争をきっかけにして生まれた
『9条の会』設立の呼びかけ人の一人、憲法学者の奥平康弘氏が、集団的自衛権行使と
憲法改悪に急速に傾いていく祖国をその死の本当に前日まで心配しながら亡くなられた。85歳。
…戦争の悲惨を知り、歴史をしかと直視することの大事さを知リ、それに学んで
2度と同じ間違いを繰り返すまいと訴える人々が次々に亡くなって行く……

今朝の朝日新聞アンケート結果では、憲法改正に賛成、どちらかと言えば賛成を合わせて
国会議員のなんと85%、国民では33%もいるという記事が出ていた。
国民の33%が!
ちなみに、改憲反対、どちらかと言えば反対は、合わせて31%である!
そんなに少ないのか!

憲法を変えたいという人々が、ターゲットにしているのは、9条と96条であるという。
だが、自民党の改憲案は、そこだけがひどいのではないということを、ようくよく覚えていて欲しい。
自民党の改憲案の骨子は、自衛隊の武力行使、要するに海外で戦争ができるようにすることと、
『国民は、国に従え』という、国民主権の理想の廃棄である。
国民の上に国家がある…そしてその国家の名を騙るのは、時の政権である!
時の政権が最上位にあり、国会や司法でさえ、そうして社会の木鐸たるジャーナリズムや
教育の府の自由さえ国家がコントロールできる、そういう社会を目指そうとしているのだ。
時の政権が愚ならば、国民は容易にその諸権利を剥奪され得る…
今回、アメリカ追随の国策が先にあって、湯川さん、後藤さんの命が優先されなかったように。
この悲劇と同時進行している、辺野古の海での国家の横暴も見よ。
沖縄の人々がまたしてもその理不尽に泣いている。
憲法24条、あのベアテ・ゴードンさんが男女の同権を願って、入れてくれた条文だが、
自民党改憲案では、『第二十四条 家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。
家族は、互いに助け合わなければならない』となるのをご存じか。
家族が助け合うのは当たり前である。だが、これを憲法に書きこむことによって、
家族の困窮した時にそれは自己の責任であって、国に頼るな、自分たちで解決しろ、
とりわけ女性は、家庭内にあって、婦女としての責任を全うしろ、という、国家の棄民策とも
言うものが、国家の意志として実行されていきかねない恐ろしさをはらむものであることを。

国民はそれでも、安倍政権の危なっかしい経済政策の束の間の好況のおこぼれが
いつかいつか自分にも巡ってくることを望む、そんな不確かなことただ一点で、
このような政権を今後も支持し続けていくのか?

悲しい現実だが、これで日本は、世界に向かって、日本は文字通り『十字軍の側』に立つ
ということを宣言してしまった。
世界は、武力行使による紛争解決という愚かな行為をこれからもますます続けていくのであろう。
怨嗟は怨嗟を生み、暴力は暴力を生む。永遠の負の連鎖だ。
もう、日本人も、『私達には関係ないです』と、知らないふり見ないふりをしていることは
できなくなってしまった。

私たちは、このまま、有志国連合の一員として、武力で世界を変えて行く、という
側に与していくのだろうか?
それとも、どちらの側につくとかいったことを超えて、人類がこの小さな地球の上で、
本当に『ヒト』同士だけでなく、地球の自然環境とも共生していくという道を選ぶのだろうか?


…深い深い悲しみをもって、お二人の死を悼みます…















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Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんばんは。

ほんとに…。こころの凍てつくことが続きますね。
人間はどこへ向かって行こうとしているのでしょう…

私も、ほんとに悲しく。
人間ってどうして、どうして憎み合うのかな…。

でも、どうか、あまりお苦しみにならないでください。
日々の暮らしを大切に愛おしんでいくことが大事なのだと思います。
言葉も、まだ、無力になっていないと思います。

私も少し彼岸花の原点に戻ろうと思います…^^

ありがとうございます。お気持ちがとっても嬉しかったです!







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Re: neronekoさんへ

neronekoさん。
怒りの向かう方向はneronekoさんと私で違うのだろうけれども、
「国家が人を見殺しにする」「皆が同じような論評をしていて、違う考えを
口にすることもできにくい時代の空気」ということへの怒りは、私も同じです。

今度のことでは、それぞれの人がそれぞれにいろいろなことを思って、
怒ったり悲しんだりしているのだろうと思う。そして、それぞれが言いたい、と
思うことがあるのだけれど、『それを言ってはいけない』という縛りが
どこからか、あるいは自分自身によってか、かかかっていて、口を噤んでいる
ということがあるのかなと私も思っています。

私自身だって、思うところはいろいろあっても、言えないことはあります。
そういう空気が出来てしまっている…
それは、9.11とか東日本大震災とかシャルリー・エブドとか、
今回のこととか、大きな悲劇やショッキングな難しい問題が勃発した時、
必ずしも、政府が圧力かけたのこうしたのということではなくても、
ひとそれぞれが勝手に自己規制をかけてしまう心理というものがあるのじゃ
ないかと思います。

皆が沈黙してしまったり、慎重に言葉を選んだり、言いたいことがあるのに
はぐらかしてしまったり、本質から目を逸らしたり。
そうやって、皆が誰に何のためにか気を遣い合っているうちに、その物事の
本質がつきつめられぬままいつのまにか闇に消えてしまうということの怖さ、
気持ち悪さ、というものがあります。
わたしもまた、そういう気持ち悪さを感じながら、自分自身では自己規制を
かけている。
neronekoさんの違和感とか怒りは、そうしたことにストレートに向けられて
いるのでしょう…

自分自身のこの間のこころの動きを、自分で責めたり弁解したりして…
そのようなことについての実は長い記事を書いていました…
でも、結局表に出さなかった…
まだ充分な論考じゃない、ということもありますが。
なんかね…一気に、ものが言いにくい…そういう空気になってきましたね。

国家、というものは恐ろしいです。
それが国家間の駆け引きなどということになると、さらに残酷です…
4人の命が、あっという間に奪われてしまった…
そのそれぞれの人々への考え方は、それこそまた、生きている私たち一人一人
違うふうに感じているでしょう…
今、私は、リシャウィ容疑者のことを想います…
おそらく彼女はテロリストなんかじゃない。結婚したとたんに夫と共に
自爆メンバーに仕立て上げられて、こうやって取引のコマとして使われて…
長らく生かされたのち、あっという間に処刑されてしまった…誰も彼女の死を悼まない…

neronekoさんは、私がブログを始めてからの、一番古いお友達です。
(お年はお若いですけれどね)勝手に、お友達と言わせていただいてすみません。
だから、ご訪問はいつでも歓迎。本音を語ってくださるのもありがたく思います。
そうですね。『論争』ではなく、『議論』。
違う考え方をつきつめていっていると、違いがだんだん大きくなっていって、
ときに悲しみも伴うけれども、それもまたいいのでしょう。

neronekoさんが、本音を語ってくださっても、私も本音を語れるか、と言うと
そうでもないんで、時にいらいらなさるかもしれないけれどもご容赦くださいね。

年をとって、亀の甲羅みたいに心も『保身で』分厚くなっているので(苦笑)、
これは言ってもいいこれは言うまい、と、情けないことに使い分けしてしまいます。
まあ、本来の性格ということも無論ありますが。

ありがとうございます。






No title

すみません。
実は、僕は彼らを悼んではいないんです。
それよりも、理性がない人々の利己的な態度とその冷酷さに憤りを隠せないのです。
非人間性を見せられたことに憤っているのです。
そして、「国家」は人を見殺しにするという現実を「再」確認させられたこと。
それを当然のごとく受け入れさせようとしている社会にも憤っています。

そうです。
社会です。
人々です。
メディアだけではありません。
この言いたいことも言えない雰囲気、それは戦前の空気と同じでしょう。
そんなメンタリティで、人質など返してもらえるはずもありません。

誰もヨルダンを批判しない!
それはタブーですか?
誰もヨルダン政府の非人間的な、命を軽んずる態度を批判していない。
彼らに預けた命が、意味も無く消費されてしまったのに。
ヨルダンがISと戦っているから?
ヨルダンにも事情があるから?
それとも、日本に協力すると言う「仲間」だから?、でしょうか。
そんなものが人の命より重いのでしょうか。
本当に気持ち悪い。

そもそもヨルダンに頼った方が悪い?
いや、さかのぼればイギリスが悪い?
歴史をさかのぼったら、命を消費することは許されるのでしょうか?

僕が、なぜ、こんなことを書くのか。
メディアだけでなく、こういった一般の人々の書き込みにすらヨルダン(政府の非人間性)を批判するものは見られません。
しかし、僕のような考えの人間もいるということをお知らせしたかっただけなのです。
そう、僕には論争をしているという気持ちも全くないのです。


イスラム国のようなものを生み出したその源は「国家」でしょう。
国家の暴力によって虐げられたものたちが、抵抗した結果です。
しかし、彼らの方法は間違っています。
それは、彼らも国家たろうとしているからです。
国家の暴力に、国家の暴力で対抗しようとしているのです。

おそらく、彼ら自身も何と戦っているのか、本質的には分かっていないのでしょう。

Re: neronekoさんへ

neronekoさん、湯川さんや後藤さんを惜しむ想いは私も同じです。
それなのに、あなたとこういうふうに論争しなければならなくなったことが
悲しいです。

ヨルダン政府は、カサスベ中尉が既に殺されていることをいつ知ったのでしょうか?
処刑が1月3日だったというISILの今日の発表が本当かもっと前だったのかはともかく、
ヨルダン政府はいつ中尉の死を知ったのでしょうか。
殺された時点ですぐに知っていたのなら、既にいないひとの生存確認と後藤さんの
命を秤にかけたのか!と、私も怒りを感ぜざるを得ません。
しかし、冷静に考えて、もしヨルダン政府が、パイロットの死を知っていたのなら、
ISILに対し、パイロットの生存の確認という形骸をリシャウィとの交換条件にするという
ヨルダンの求めは、ヨルダンにとって何の益があるでしょうか?
確かに、ヨルダン政府は、国内のパイロット救出の大きな声にも応えなければ
なりませんでした。でも、そのために一所懸命にやっているよ、という
ポーズだけのために、後藤さんという日本人を見殺しにするということが
どれだけヨルダン政府にとって益になるのか。
パイロットの死を知りながら、その死を知らないふりをして、飽くまで
パイロットの生存確認とリシャウィの釈放を交換条件にしつづけたということ、
そしてそのために後藤さんが見殺しにされたということが後になってわかった時、
ヨルダン政府はどれほど轟々の非難を、日本国民から、そして世界から
浴びるでしょうか?
ヨルダン国民にさえ、それは支持されないと思います。

いつヨルダン政府がカサスベ注意の死を知ったのか、はっきりしたことは
発表されているのでしょうか。
私は、ヨルダン政府は、ぎりぎりまでパイロットの生をあきらめないで、
というか立場上もあきらめられないから、なんとか、パイロットの情報を出せと、
ISILに求めていたのじゃないかと思うのです。
後藤さんとリシャウィを交換条件にして、後藤さんが解放された後で、
パイロットが殺されたなら、ヨルダンの人々の感情はどうなるでしょうか。

でも、ISILは、はっきりした返事をしなかった…
彼等が問いかけに答えないで黙り込んでしまったとき…私は「ああ、パイロットは
多分もう生きていないのだろうな」と思いました。
生きていないから、生きている証拠を見せられないのだろう、と。
一部解説者などは、ISILが黙りこんだとき、それをひょっとして交渉が
進んでいる徴候?などと楽観的な見方を言っている人がいましたが、
私は暗い気持ちになっていました…

まだ、詳しいことがわからないので、ヨルダン政府の判断については、私も
今、推測でしかものが言えません。だから、今はこれ以上何も言えません。

しかし、ヨルダン政府に二人の死の責任をすべて負わすことはできるのでしょうか。
日本が、本来は、自分たちの力で、もっと早く必死に二人の救出に取り組むべきでした。
まだ、水面下で交渉できるうちに…。  
ヨルダンに対策本部、というのも過ちだったと思います。

私の胸の内にも、火のような怒りが渦巻いているのは、neronekoさんと同じです。
彼らをなんとしてでも助けたかった。
その怒りをどこにぶつけていいか、私もわからないです。
正直言って、もっとなんとかならなかったのか、という、関係者すべてへの
激しい怒りはある。それは、neronekoさん、私も同じなのよ。
でも、いくら議論しても、後藤さんたちはもう帰ってこない…
こうして後藤さんの名を出して議論することそのものが、冒瀆のようで、
今、つらいです。

結果的に4人もの人が、これで亡くなってしまいました…
悪いのは、とにかくISILのような殺人者たちです。彼等のようなものを
生みだしたのはなんなのか…
自分の中にもある憎しみの感情…

neronekoさん。あなたと同じ怒りや悲しみを抱きながら、ここで対立したくない。
でも、火を噴くような怒りの感情はよくわかります。
ここでそれを吐き出すことが少しでもできるのなら、いつでも来てくださいね。
私だって、言えずに抑えていることが山ほどあるのです。



No title

ムアスの火刑が1月3日だとする根拠はなんでしょう。
ISの映像や声明に日付は入っていない。
すると、ヨルダンはすでに処刑されていたという情報を得ていたことになります。
そう、ただ単に本当に処刑されたかどうか確かめたかっただけなのです。
本当にそのためだけに後藤さんの命は消費されたことになります。

ヨルダンに迷惑をかけて申し訳なかった…なんて感情は全くもっておかしいのではないでしょうか。
彼らは彼らの利益のために何もしなかっただけです。

だって、ムアスが処刑されたのは1月3日なんだよ。
ISって嘘つきでしょ?
ね?って、ヨルダンは言いたいのでしょう。
しかし、それは、いっそう、ヨルダン政府が後藤さんを見殺しにしたということをはっきりさせるだけなのではないでしょうか。

僕は、後藤さんの命は、ムアスの生存確認のために消費された、と憤っていました。
しかし、それは違いました。
死亡確認のために消費されたのでした。
あまりにもひどい。
なんと惨い。
人間性のかけらも無い。

何度でも言います。
後藤さんの命は、ムアスの死亡確認のために消費されてしまいした。

誰も、心の奥底で、そう感じているはずなのに、それを騙して、押し殺しているのがあまりにも不自然だと、僕には思えます。
世界は二項対立で割り切れるほど単純じゃありません。
ISを非難するのら、ヨルダンの行為をも正当化してはならないのです。

Re: 今日の鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんにちは。

ありがとう。心配かけてごめんなさいね。
私、怒りすぎかなぁ?(笑)
でも、今度のことでは、同じ想いの人は多かったでしょうねぇ?

世界のことは本当に難しいです。その歴史の錯綜もそうだけれど、
人間って、どこへ向かって歩いていってるんだろうと思うと、無性に悲しくなって
しまいます。
前のかたのコメントにも書いたけれど、これまで自分がなんとなく
信じていた『常識』とか『理念』とかが、まったく通用しない相手や世界があると
知った時の衝撃と悲しみは、いまさら何をナイーブなこと言ってんだ、甘過ぎる、
と言われようがどうしようが、本当に立ちつくしてしまうほどですね…
何も聞きたくなかった、知りたくなかった、見たくなかった!と時に
叫びたくなってしまう…

それでも、ちっとずつでも、この世界の実相はやはり知って行かないと。
そう思います。

ありがとう♪ 元気出しますね♪
今ね、お散歩がてら近くの薬局に行ってみたんだけど、あれ、無かったの。
そこそこ大きなドラッグストアなんだけどなあ。
明日、別のところに行ってみますね~。^^

そうなの。どうもおなかの調子ずうっと悪くって。1月は絶対お医者さんに
行かなきゃって思ってたんだけど、連れあいの病院通いが多くて
そのつき添いだけで疲れちゃって、とうとう自分のには行けなかった…
『ちょっと脂っこいかな』とか、『ちょっと冷えたかな』って、思うだけで
途端にお腹が痛くなる。精神的なものが随分あるのかなって思います。
もともと神経質で、旅の一夜目はいつも絶対、というほど眠れないとか。^^

教えてくださったものね、もう十数年前、娘が海外にしばらく行くとわかった時、
大学の先生たちが3人くらい、偶然のようにそれくださったんですって。
皆さん、留学経験とかが豊富で、やっぱり向うで体調崩して困ったとき、これが
効いたから、と。^^

明日はどこかで手に入れたいと思います。
鍵コメさんのはらはら心配してくださってるのがわかりました。
でも、だいじょぶ。私、いつもの私に戻ったよ。^^

鍵コメさんもね。
いつも本当にありがとうございます♪


Re: neronekoさんへ

neronekoさん。こんにちは。

『この目の前で井戸に落ちそうになっている子供を助けたいという気持ちは、
万国共通の意識ではなかったということに衝撃を受けています』

そうですよね。そのことには私もショックを受けています。
ただそれは、私の場合、『イスラム国』の殺戮者たちに対してなのですけれども。
彼らには、私たちの通常思うような理念がまったく通用しない。
他人の命など虫けらほどにも思っていないし、それどころか自分自身の命も
惜しもうとしない。母の愛情、幼いものを慈しむ気持、友を想う心、
そんなものが通用しないんですね。

『万国共通の意識』と思っていたものが、そうではない世界もあるのだということを
知ったとき…何か、自分がこれまで築き上げてきた価値観や世界観がガラガラと
音立てて崩れていくのを見るような衝撃と悲しみ…
私もそのお気持ち、よくわかります。
私の場合、それはチェルノブイリ原発事故と、9.11が最初のものでした…
文明、というものに自分が漠然と抱いていた信頼というものが、いかに脆いものだったか、
また、自分が学校などで習って素晴らしいなあと思ってきた西欧の芸術文化など。
そういうものを否定し斯くも憎む人々がこの地球にはいるのだということを、
初めて知ったのです…
いい年になってたのですから、それまでの自分がいかに平和ボケでものごとを
知らなかったか…本当に愕然としました。

今度のことも、日本に突きつけられた大きな大きな問いですね。

しかし、今度の『イスラム国』の暴力性は、このテロリスト集団のものであって、
その他のほとんどのイスラム教徒にあてはめてはいけないですね。

ヨルダンの人々に無理難題を押し付けてしまったのは、私たち日本人です。
ヨルダンは、まったく意図せず、日本の人質問題に巻き込まれてしまった。
『イスラム国』の交渉術と言うか脅迫術は、悔しいけれどなんと巧妙だったことか。
外交音痴の日本政府には手も足も出なかった。
途中から、後藤さん解放交渉をヨルダンに丸投げしてしまいました。
その交渉方法と結果について、私たちはヨルダンになにを言う権利があるでしょうか。
自国の兵士の命を助けることと、まったく関係ない外国の一般人の命を助けること、
その板挟みになって、下手をすると政府転覆の危機にさえさらされかねませんでした。
逆の立場になっていたら、と思えば、その難しさがわかる気がします。
仮に、山で遭難して、あるいは海で船が転覆して、自分の子とよその子の命の
どちらか一方しか助けられない。しかも自分の子は近くにいることは
わかっているのだけれど生きているかどうかわからない。
それを確かめに行こうとすれば、手元にいるよその子を見殺しにしなければならない
となった時、親がどちらを選ぶのか…その選択の過酷さと似ている気がします。
あちらの方も、日本人ジャーナリストの命も助けたい、そう思っていてくれたと思います。
日本だったら…アメリカだったら…フランスだったら…もっとうまくやれたのかどうか、
私にはわからないです。

ヨルダンの人々に難題を押し付けたこと、私も申しわけないと思っています。

ごめんなさいね。反論するようで。
でも、neronekoさんのお気持ち、ようくよくわかります。
私だって、湯川さん、後藤さんが助かってほしいとどれほど願っていたか…
怒りのやり場がないです。

ヨルダンに対策本部を置いたこと。私も、それを知った時、どうして?と
思いました。トルコにお願いするのだろうなと思っていたからです。
おそらく、ですが、親・イスラエルに傾いている安倍内閣です。
どちらかと言うと親米・親イスラエルのヨルダンに、それも『日本・イスラエル議員連盟』の
事務局長である中山泰秀氏を対策本部の本部長として送り込むと言う流れが
自然に出来ていったのだろうと思っています。
推測にすぎませんが。

トルコだったら助けてくれたかなあ…今となってはそれはなんとも言えません…
トルコだったら二人は帰ってこれたかも、と思うことも、また日本人の身勝手だと
思うのです。
日本が基本的にはなんとか、何としてでもどうにかしなきゃならなかった。
とにかく、湯川さんが拘束された8月から随分時間はあった。
それなのに、日本政府はほとんどなにもしていないに等しいですね。
結果的に後藤さんが湯川さんの安否を確かめに危険を冒して行くことになってしまった…
『テロに屈しない』と、同じ文句ばかり繰り返してほとんど交渉らしい交渉も
出来ずただ突っぱねていた日本政府。……
アメリカとイギリスがなにをしてくれたのか。とにかくテロリストとは一切交渉するな、
と、日本政府とヨルダンに圧力をかけていましたね。

ふたりを助けることは出来ませんでした…本当に悲しく悔しいです。
neronekoさんの怒りはすごくよくわかります。私も本当は、ばあああっと!
どこかに…、何者かに向かって…、怒りをぶつけたいです。

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目の前で子供が井戸に落ちそうになったら助けるでしょう?
当たり前ですよね。
でも、その理由は?

子供を助けたい?
その気持ちは、本当にその子のため?
それは目の前で子供が死んでしまったら、自分が胸くそ悪い思いをしなければならないからじゃないの?
結局、人助けなんて自分のためなんだよ。
…とそんなことを、カントは理性を批判する形で言っています。

でも、この目の前で井戸に落ちそうになっている子供を助けたいという気持ちは、万国共通の意識ではなかったということに衝撃を受けています。
ヨルダン人は、それが自分に関係のない子供なら助けない人々でした。

彼らはそれが自分の子供、もしくは自分に関係する子供でなければ助けません。
そして、それを当たり前だと思っています。
自分に関係なければ、目の前で死んでいく子供を見殺しにできるのです。

カントの純粋性理性批判が通用しない!

理性が無い?
本当にびっくりします。
そんな国の人々に感謝を伝え、これからも緊密に連絡を取り合って協力していく?
何を言ってるんでしょう。

後藤さんの命は、ムアスの生存確認のためだけに消費されてしまいました。
こんなに非人間的なことはありません。
国籍など関係なく、救える命を救うのが普通じゃないのか!
この憤りを僕は隠すことができません。
紛れもなく、後藤さんはヨルダンに見殺しにされたと思っています。

ヨルダンではヨルダン人が優先される。
この理屈が僕には全く理解できません。
全く救える見込みがないヨルダン人(ムアス)より、救える可能性のある日本人(後藤さん)を優先するのが普通じゃないのか。
それが人間的な理性じゃないのか。
これが日本なら、いや、ヨーロッパなら、いや、ヨルダン以外の国なら…。

実は現地の対策本部をヨルダンに置く、その報道があったときから、僕は絶望していました。
なぜヨルダンに頼らなければならないのか。
よりにもよって、なぜヨルダンに。


今回の結果は安倍晋三と外務省のアメリカンスクールが招き寄せた悲劇でしょう。
アメリカのご機嫌伺いに終始してしまいました。
アメリカの言うなりになっているだけなのに、アメリカに与えられた憲法の何が気に食わないのか。
僕にはよく分かりません。

Re: お一人目の鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんにちは。

後藤健二さんのずうっとしてきた活動は、戦禍の中で生きる人々の、
とりわけ子供たちの姿や暮らしを、世界の人に知ってもらうということ
でしたね。一日も早く、こうした戦争が世界からなくなるように、
願っていらしたと思います。
その意味で、日本政府が、『テロリズムに屈しない』とか『罪の償いをさせる』
などと息巻いているのは、後藤さんの願いと逆行することだと私は思っています。

それでは、『イスラム国』のような残虐な殺人者集団を野放しにして
手をこまねいていればいいのか、と問われると、私も答えに窮してしまいます。
同じムスリムの同胞をさえ殺戮するあのような集団を野放しにしておいていいはずがない。
けれども、武力で制圧できるか、と言えば、それは過去のアフガニスタンやイラクの
例を見てもわかるように、一時的には武装組織を解体出来たように思えても、
ばらばらになった彼等が、また別のところへ流れていって別の組織を立ち上げ、
そこに参加する者がまた出てくる…アラブ世界からだけでなく、世界の各地から
若者たちが何らかの理由で、集まってくるという始末。
モグラたたきのようなものですよね。

時間はかかっても、人道的方法で、少しずつ、そうした病巣を取り除いていくしか
ないのだと思っています。
後藤さんの遺志をくむには、その方法しかないと思うのです。
その人道的方法とはどんなものか、ということは、この次か次の記事出来てみますから、
また読んで見てくださいね。

明治維新…西郷さん…
後藤さんは、こんなこと言って不謹慎だけれども、覚悟が据わったひとでしたね。
過去形で語らねばならないのが悲しいです…

ありがとうございます。毎年春になるまでに一回は大風邪をこの頃ひいているので
気をつけますね。鍵コメさんも無理しすぎないようにしてくださいね。




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Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、すみません。
書いた返事を、消してしまいました。

今朝から、口もきけないほどショックを受けていて、…
でも、今、黙っていちゃいけないと、急いで書いたら、激越な記事になってしまいました…
これも、一度読みなおして過激な部分に手を加えてから出そうと、下書きにしておいた
つもりだったのですが、自分でアップの操作をしてしまっていました…

怒りの3分の1ほどは自分に向けられています。
行動しなかったのは自分も同じですもの…
どれだけ後悔しているか知れません…

私ね。甘い!と言われるかもしれないけれども、後藤さんはなんだか自分の力で
帰って来るひとのような…そんな気がしていたのです。
ISILのやり口を見たら、甘いですよね。でもなぜか…。
 
それでは湯川さんはどうなんだ、ということになりますが、湯川さんのことも
ずうっと考え続けています…
湯川さんのことも、マスメディアなどが決めつけるような見かたで見るままで
いいのだろうか、とずっと思っています。
そのことは書けたら書きたいと思いますが、書けるかどうかわかりません…
書いていいものかどうかもわかりませんし。
が、湯川さんのことはもっとみんながもう一度考えていいように思うのです。

昨年の暮れから、記事にしようと思っていることがありました。
まだ二人のことを知る前です。
もうずっと前からいつか書こうと思っていて、書いていなかったこと…
それが、今回の悲劇の問いかけていることへの、一つの答えになるんじゃないかと
思っています…

頑張って数日中に書いてみますね。

Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん、こんばんは。

ほんとうに。
私も悲しくて、その怒りをどこにぶつけていいかわからなくて、こんな激越な記事
書いてしまいました…

怨嗟の応酬ではない…暴力の連鎖ではない…武力によって制圧するという考えかたでない
やりかたがある、と思って、去年の暮れから記事を書こうとしていました…
シャルリー・エブド襲撃などもまだ起こる前です…

きっと自分に一番腹を立てているのだと思います。

平和憲法を守ること…
非暴力の生き方を貫き、民生分野での貢献に地球の国々の一員として
モデルケースを示して行くこと…
そういう国としての生きざまを世界の人々に示すこと。
それが本当に、二人にとっての何よりの供養になるのじゃないかと
私も思います。まだ、『供養』などという言葉を本当は使いたくないのですけれども。

ほんとですね。改憲に反対という人がこんなに少なくなっていっているのか!
後藤さんの悲しみの上に、今朝はそのことも悲しみを加えました…
ワイツゼッカー氏や奥平康弘氏の逝去のことも。
戦争というものの本質を語り、世に警鐘を鳴らしてくれる人々を、後藤さん初め
失ってしまったこと…

東日本大震災で、私たちは一度立ち止まって、人間の幸福ってなんだろうか
ということを真剣に考えてみなければならなかったはずだと思います。
でも、そうしませんでした…。
二人の死は、また私たちに、日本という国はどうあるべきか、ということを
問いかけてきているのだと思います…。
もう、待ったなし。
それなのに、と、私自身の怠惰をどれほど今朝から自分で責めているか知れません。
考えて考えて考え抜こうと思っています。行動もしようと。

愛希穂さん、
私ね、なんだかまだ、二人にお別れを言いたくないのです…i-241












> 「9.11テロ事件が、イラク戦争を引き起こしたように、この事件が、日本を戦争へを歩ませることを危惧する。わたしたちは、しっかり政府を見張り、ほんとうの平和を唱えていかなくてならない。平和憲法のある国の民として。それがきっと、後藤さんたちへの供養になるだろう」
> というツイートを見ました。
> 今こそ、私たちは目ざめて、本気になって平和憲法を守らないといけない。
>
> 後藤さんのお母様の石堂順子さんが「憎悪の連鎖になってはならない」とコメントを発表されいるようですが、苦しいけれど、本当にその通りで、憎しみの負の連鎖を断ち切る。そして、その苦しみの上に平和憲法を死守するのだとの覚悟。
>
> 私たちは今、本当に問われているのだと思います。
>
> 今のこのときに、ヴァイツゼッカー大統領が逝去されたことを、本当に重く感じます。「しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。 」
>
> すいません。まとまりのない文章で。でも、ただ後藤さんのこと、湯川さんのことを思うと、ただただ悔しくて、悲しくて・・・。

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No title

こんにちは。

後藤さんのこと、私も悔しくて悲しくて、この怒りをどこにぶつけたらいいのか・・・。

「9.11テロ事件が、イラク戦争を引き起こしたように、この事件が、日本を戦争へを歩ませることを危惧する。わたしたちは、しっかり政府を見張り、ほんとうの平和を唱えていかなくてならない。平和憲法のある国の民として。それがきっと、後藤さんたちへの供養になるだろう」
というツイートを見ました。
今こそ、私たちは目ざめて、本気になって平和憲法を守らないといけない。

後藤さんのお母様の石堂順子さんが「憎悪の連鎖になってはならない」とコメントを発表されいるようですが、苦しいけれど、本当にその通りで、憎しみの負の連鎖を断ち切る。そして、その苦しみの上に平和憲法を死守するのだとの覚悟。

私たちは今、本当に問われているのだと思います。

今のこのときに、ヴァイツゼッカー大統領が逝去されたことを、本当に重く感じます。「しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです。 」

すいません。まとまりのない文章で。でも、ただ後藤さんのこと、湯川さんのことを思うと、ただただ悔しくて、悲しくて・・・。
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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