『共に生きるということ』

湯川さん、後藤さん…そして、ヨルダン軍のパイロット、ムアーズ・カサ―スベ氏、
そしてサジダ・リシャーウィ死刑囚と…次々に4人の命が消されてしまいました。
ISILの残虐性は到底理解しがたいものです…
人間が人間に抱く憎悪。…その激しさに身震いしてしまいます…
同時に、国家とか政治・思想・宗教集団などといった大きなもの…『大義』というものを振りかざす
大きな集団の陰で…、小さな個人の命がいとも無造作に奪われたり、その最低限の
尊厳さえ担保されないことのなんと多いことかと、悄然としてしまいます。

憎しみは憎しみを生む…武力を武力でもって掃討しようとする…それがまた憎しみを
増幅させていく…どこまで行ってもきりがありません…
死んだ後藤健二さんは、2010年9月7日付けの自分のTwitterにこんな言葉を残していたそうです。

『目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。
憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった』


私もまた、ここ数日は、悲しみのあまり、怒りに身を任せてしまっていました。
しかし、怒りをぶちまけるだけの記事は、これも『テロに屈しない』などという決まり文句と同じように、
何も生み出さないのでしょう……
このブログの原点に還り、前からずうっと書こう書こうとしていて先送りになっていた記事を
書いてみようと思います。


                       ***

みなさん。私のブログの右側の方の、プロフィール欄の下に、『ペシャワール会』の
URLが貼り付けてあるのにお気づきになられましたでしょうか。
実は、昨年12月から貼り付けています。
湯川さんや後藤さんのことを知る前…そう。実は、1年半前の夏、私は日本人が
戦前、戦中、戦後をどうふるまったかということに遡及して、再びきな臭い戦争の匂いの
し始めた今を考える手立てにしようと、戦争文学についての記事を書いていました。
その第1回が火野葦平の『土と兵隊』『麦と兵隊』についてだったのですが、
ここを訪れてくださる方々の中には、ご記憶の方もおいででいらっしゃると思います。

その、『麦と兵隊』についての記事の最後に、私は、火野葦平の甥にあたる医師、中村哲さんの
ことについてちょっと触れ、いつか中村さんについて書きたいと記しています。
http://clusteramaryllis45.blog61.fc2.com/blog-entry-1286.html

ずうっと、中村哲さんの活動を紹介したいと、記事を心に温めていたけれど、
いよいよ書くときが来たように思います。
それは、中村さんたちの活動が、今回のような、過激武装集団によるテロをどう食い止めるのか、
どうすれば根絶の方向に近づいて行けるのか、武力によって掃討すれば問題は解決するのか、
それともただ手をこまねいて、遠くから日和見していればいいのか、…などといった難しい問いへの
一つの『解答』とは言えないけれども一つの『示唆』であるように、私には思えるからです。

以下の紹介文は、主としてペシャワール会のホームページと、中村哲さんの著作
『天、共に在り』などからのまとめです。
お断りしておきますが、中村さんたちの活動は、特定の宗教や政治思想…国家、
人種、民族などの垣根を超越して行われているものです。
ある政治的志向を持つ(漠然としたものですが)私が勝手にここで取り上げているからと言って、
イコール中村さんたちの活動では決してありません。私のこの記事が、もし特定の方向へ
傾いて読めるとすれば、それは私の書き方が悪いのであって、ペシャワール会とは
関係ないものであることをお汲みおきください。
 

                        *

中村哲医師。1946年福岡生まれ。九州大学医学部出身 。
ペシャワール会は、その中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で、
1983年9月に結成された国際NGO(NPO)団体である。

1984年、中村医師は、パキスタンのペシャワール・ミッション病院ハンセン病棟に赴任。
きっかけは、1982年、彼が上記病院を見に行って、あるドイツ人の女医と会ったことだった。
彼女はカトリックのシスター。20年間をパキスタンのハンセン病診療に捧げている人だった。
当時のパキスタンには全土で2万人もの患者がいるのに、ハンセン病専門医は
わずかに3名という状況。ペシャワール・ミッション病院のあるパキスタン北西辺境州でも
登録患者だけで2400人、実数は5倍以上という中で、専門医はいないという状況だった。

中村医師は、シスターからの依頼を進んで受け、ミッション病院のハンセン病棟担当医に
なった。患者2400名に対し病床は16。ピンセット数本と聴診器1本という装備しかない。
そのような圧倒的に医療器具や手術設備が不十分な環境の下で、彼は10年間
診療活動を続けた。

中村医師がミッション病院に赴任した1984年頃。ペシャワールのすぐ向こうの
アフガニスタンでは、凄惨な内戦が続いていた。
1978年に誕生したソ連寄りの共産政権下では、政府に反対するイスラム主義者への
激しい弾圧が行われていた。これに対して反乱が全国に拡大。
ソ連は、政権の危機と見て、1979年12月、アフガニスタン侵攻する。
ソ連=共産政府は、農村共同体を封建制の温床と考えて、これを徹底的に破壊。
アフガン農村の約半分という5000もの村落が爆撃によって破壊され、直接間接の死者
200万人もを出した。農民たちは国境を越えて避難。1985年までにパキスタンに
270万、イランに150万以上もの難民が逃れたという。
共産主義政権とソビエト連邦軍に対し、ムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)と呼ばれた
抵抗運動の兵士たちが戦った。ソ連側の圧倒的近代的火器兵器に対し、抵抗運動の
兵士たちはライフルで戦っていたという。
1984年、アメリカは武器支援法を可決して軍事介入。ペシャワール郊外に軍事訓練施設を 置き、
CIA・パキスタン軍部の協力で『国際義勇軍』を組織。ここに20以上のイスラム諸国から来た
20万人の義勇兵が加わった。サウジアラビアの駐アフガニスタン公式代表となったのが、
ウサーマ・ビン=ラディンである。

中村さんたちは、1986年、パキスタン国内のアフガン難民への診療を本格的に開始。
更に、
アフガニスタン国内にも活動範囲を広げ1991年12月、その拠点として、ダラエ・ヌールに
最初の診療所を開設。以来、
アフガニスタン北東部の3診療所を中心に、山岳無医村での医療活動を始めた。

ハンセン病多発地帯は、腸チフス、マラリア、結核、アメーバ赤痢など他の感染症の
多発地帯でもある。ハンセン病の人しか診ませんというわけにはいかない。
ハンセン病の患者の出身地は、山岳地帯の無医村が多い。それで、そういう山岳地帯の無医村に
ハンセン病も、一般診療も行う病院を作ろうと考えたのである。

1989年。ソ連軍が撤退。200以上もの国連組織やNGOがペシャワール入りして
さまざまな支援活動を開始した。
(しかし、1991年、湾岸戦争がはじまると、それらは瞬く間に引き揚げ。)
1998年。中村さんたちは、恒久的基地病院として
PMS(ペシャワール会医療サービス)病院
をパキスタンのペシャワールに建設。
当時のアフガニスタンの政治情勢は、ソ連撤退後の長年の内戦で、無秩序状態にあった。
ムジャーヒディーン(イスラム義勇兵)のアフガニスタン・イスラム国が成立したが、内戦拡大。
タリバンがパキスタンの北西辺境州から勢力を拡大。
1996年、タリバンがカーブルを占領し、アフガニスタン・イスラム首長国の成立を宣言する。
アフガニスタン・イスラム国政府とムジャーヒディーンの一部が反タリバンで一致、
北部同盟となる。この頃、スーダンを国外追放をされた、ビン=ラーディン率いるアル・カイダが
アフガニスタン国内に入り、タリバンと接近。
1998年、第二次マザーリシャリーフの戦いでタリバンが勝利、アフガン全土の9割を掌握した。
ケニアとタンザニアのアメリカ大使館爆破事件にともなうアル・カイダ引き渡し要求を
タリバンが拒否したためにアメリカとの関係が緊張化する。
タりバンは、2001年9月の米国同時多発テロ事件のころまでに国土の大部分を
支配するに至っていた。

2000年前後。中央アジアは深刻な旱魃にさらされていた。
アフガニスタンでは最も被害が甚大で、人口の半分以上の1200万人が被災。
食糧生産は半分以下になり農地の砂漠化が進んで、400万人が飢餓線上、100万人が
餓死線上という事態になった。
農民たちは村を棄てて流民化。

「もう病気治療どころではない。水だ!」
栄養失調で抵抗力を失った子供たちが、川にかろうじて残った泥水を飲む。
下痢症などの腸管感染症にかかって命を落として行く…

中村さんは、病院の方は一応安定して機能しだしていたので、清潔な飲料水の獲得に注力していく。
その大干ばつに見舞われたアフガニスタンの村々で水源確保事業
を開始。
2006年までには最終的に
飲料用井戸約1600本を掘削。
それには、中村さんを助ける日本人青年たちだけでなく、現地の人々がタリバン、
反タリバンを問わず、こぞって協力した。
おかしいのは、井戸を掘るのに、掘削機で穴を開けたところへ爆薬を詰め粉砕するのだが、
中村さんらは,ロケット砲や地雷の不発弾を見つけては、火薬をそこから掻き出し、
『平和利用』した、というのである。そして作業には、内戦中に爆破が得意だった
元農民兵(ゲリラ)が大いに役立ってくれた、というのである!
これで、実に数十ケ村の人々が、離村をしないですむことになったのだという。

しかし、水だけではひとは生きていけない。食糧がなければ現金収入を求める出稼ぎ農民たちは
減らない。『傭兵』として内戦に仕方なしに関わっていく農民も減らない。
元来アフガニスタンは、農業国家であった。正確には掴めないが2400万くらいともいう
人口の8割以上は農民、遊牧民が1割、その他高山で林業に携わる者が数パーセント。
戦乱に陥る前はほぼ100%自給自足できていた民であった。
それが、長年にわたる侵略や内乱、そして旱魃などで、家々は破壊され、田畑は砂漠化。
食糧自給率が50%ほどに落ち込んでしまったのである。
食糧自給率50%と言っても、日本などのように農業以外の産業がたくさんある先進国と
殆ど農業で生きていっている他に産業のない国とではわけが違う。

中村さんたちは、砂漠化した田畑を回復することを次の目標にした。
ダラエヌール渓谷を中心に、農業用灌漑用水を得ることに着手。直径約5mの
灌漑用井戸13本
を掘削、
伝統的な地下水路カレーズを38ヶ所で修復した。


これで20数万名の人々が村を捨てずにすむことになった…

危機的な旱魃に対する国際救援は動かない一方で、国連安保理事会は1999年、
テロ行為の防止を目的とする決議を採択。タリバン政権に対しビン=ラディンと
アル・カイダ幹部の引渡しを求めた。しかしタリバンはこれに従わず、経済制裁が
行われることになった。
2001年1月。米英はアフガニスタンの国連制裁を強化する。食糧まで制裁することになった。
タリバン政権は、これに反発。過激な主張が力を持つようになった。
バーミヤンの仏像破壊が行われたのは、こうした中でであった。

2001年9月。アメリカ同時多発テロ。
米英のアフガン報復爆撃が激化する。事前に国連決議を必要としない集団的自衛権
の発動であった。
日本でも『テロ特措法』を成立させ、イージス艦をインド洋に派遣して給油活動に参加。
中村さんは、国会に招致されて、現地の事情を訊かれた。当時、日本は、『難民キャンプで
救援活動するNGOなどを守るために、自衛隊を派遣する』ことが検討されていたからである。
中村さんは、自衛隊派遣は有害無益、それより飢餓救援をと訴えるが、自衛隊派遣の
結論ありきの衆議院特別委員会には聞き入れられなかった。

政治は動かなかったが、しかし、ペシャワール会の呼びかけにこたえ、六億円にもなる
寄付が人々から寄せられた。中村さんたちは小麦と食用油を大量に買い付けて配給にかかる。
2001年10月、「アフガンいのちの基金」を設立し、空爆下、アフガニスタン国内避難民への
緊急食糧配給
を実施し、2002年2月までに15万人に配給。

10月7日。アメリカ軍が『不朽の自由作戦』の名の下で空爆を開始、イギリスも参加。
中村さんによると、『ピンポイント攻撃』の実態は、『無差別攻撃』であったという。
市民たちは徒歩、タクシー、馬車で日夜市中を逃げ回った。タリバン政権の武器はライフルや
刀剣、対戦車砲以外にたいした武器を持っていなかった。
ほぼ無抵抗のものを相手に戦争が演出されるのを、中村さんは目の当たりに見ていた…
中村さんの記述を借りる。

『世界が捏造と錯覚で成り立っていることに愕然とせざるを得なかった。(中略)
いかに粉飾しようと、この戦争のツケは、暴力的報復として、やがて現れるだろう。
爆風で散乱した両親の死体を拾い集め、両親の屍に取りすがって泣いていた子供たちの
姿が心に焼きついて離れない。彼らが長じたとき…不憫な思いと共に、うそ寒いものを
感ぜざるを得なかった』


11月。カブール陥落。タリバン政権は消滅した。12月。ハーミド・カルザイを議長とする
暫定政府、アフガニスタン暫定行政機構が成立。

中村さんは、そうした首都カブールなどを中心とした政治の激動に関わりなく動いていたが、
それでもその活動も国連を中心とした復興支援ラッシュに翻弄される。
海外の援助団体が大挙押し掛けて大金を落とすと、極端な物価高騰が起こった。
基本物価は高騰し、さらでも貧しく食糧の少ない民の生活を直撃。
もともと少ない医師や技術者は乱立する他のNGOなどに高給で引き抜かれるなど、人材の
奪い合いも起こった。
2002年。中村さんが1991年から活動を続けていた奥地での3つの診療所のうち、
2つが、そうした医師や検査技師たちの引き抜きにあって、閉鎖せざるを得ないことになった。

その間も、旱魃と飢餓は続いていた…中村さんたちが掘った井戸も、水位が下がってきていた。
彼等が水確保に活動していた東部アフガニスタン、ナンガラハル州は、かつて豊かな穀倉地帯であった。
ケシュマンド山系、スピンガル山脈に挟まれた地形で、標高4千メートルを超す山々の
万年雪の雪解け水が、山麓をうるおしていたからである。
西にはカブール河、北からはクナール河が注ぎこみ、そこから取水していた。
しかし、地球温暖化によって万年雪が減少、氷河消失が進む。さらに春から夏の気温上昇で
一気に雪解けが起こってそれは大洪水となってあっという間に流れ去ってしまう。
日本における森林が果たしているような保水とコンスタントな水供給の役割を
万年雪や氷河がここでは果たしていた…その自然のシステムが狂ってきてしまったのである。
そこへもってきて少雨が重なり、困窮した農民たちは、アヘン栽培に手をつけるようになる!
ケシは乾燥に強く、小麦の100倍もの現金収入を得ることができるからである。

タリバン政権崩壊後も、治安維持のために米軍はアルカイダ掃討作戦という名目で
駐留を続けていた。モスクや学校などへの誤爆も後を絶たない。
農地を棄てた流民の群れは大都市に流入、さらには国境を越えて難民化していっていた。
中村さんは、アフガンの民を救うには、農業用水を確保して、砂漠化してしまった農地を
蘇らせるしかないと考える。
空爆下の食糧配給のために寄せられた『いのちの基金』約6億円で、農業復興に
全力を注ぐことを決意する。

(1)試験農場・・・乾燥に強い作付の研究
(2)飲料水源事業・・・現在の事業を継続。総数2000か所を目指す。
(3)灌漑用水事業・・・①枯れ川になった地域の井堰・溜池の建設
              ②大河川からの取水、第一弾としてクナール川ジャリババから
               ナンガラハル州シェイワ郡高地まで13キロメートルの用水路建設
               最終的に取水口からガンベリ砂漠まで約25キロメートルまでに延長。
               現地の人々に『死の谷』と恐れられているカンべり砂漠の一部を緑化する。

という壮大な計画を立てるのである。

25キロ、と一口に言うが、いったいどのくらいの距離であろう。
東京駅を起点にして、中央本線の距離でざっと考えてみると、
東京ー神田ーお茶の水ー水道橋ー飯田橋―市ヶ谷―四ツ谷―信濃町―千駄ケ谷
ー代々木ー新宿ー大久保ー東中野―中野―高円寺―阿佐ケ谷―荻窪ー西荻窪
―吉祥寺ー三鷹―武蔵境
この武蔵境で、25,7キロである…。

日本人が日本でするような河川工事を想っては、この計画の大変さは理解できないだろう。
日本には『圧倒的な物量と機械力、精密な測量と理論的研究を誇る、世界屈指の公共土木技術』
がある。
しかし、中村さんたちにはそのいずれも無かった。
まず、土木工学の専門家など周辺にいない。中村さんは医師である。その医師である中村さんは、
一から土木工学の基礎を学び始めた。基礎的なコンクリートの打設作業、セメントや鉄筋組みの
イロハ、流量計算や流路設計の書物を読み解くのに必要な数学…

けれども、仮に、日本の優秀な土木技師たちがいても…、圧倒的な物量、土木機械や資材が
手に入れられても、このアフガンの地で役に立つとは必ずしも言えない。
先進国のこうしたインフラ援助によくありがちな光景だが、一気に水利施設や学校や…、
といった構造物を作るのは容易なのである。
問題は、それら先進国と言われる人々の支援の去った後の、『維持管理』の方である。
例えば、せっかく水利施設を造営しても、日本だったら簡単に手に入れられるような
部品一つが壊れてしまったら、現地の人はそれを手に入れられないのだから、それでお終い、
ということになる。修理、維持の出来なくなった『先進国からの贈り物』は、ただの廃物廃墟でしか
なくなってしまう…
修理、維持、管理を現地の人々自らが長く続けていけることの方が難しくて大事なのである。

中村さんは、そうした『国際援助』というものの支援のありかたの、時にちぐはぐで
あることをよく知りつくしている…
中村さんたちがアフガニスタン東部奥地でやっていた3か所の病院のうち、2か所を
閉鎖せざるを得なくなったのも、国際援助ブームによる物資の高騰や人材の奪い合いという
こともあったけれど、中村さんたちの病院も政府の意向で『国際医療援助(AMI)』という
組織の傘下に入ることを余儀なくされ、そこでは米国国際開発局のルールが大半はコピー
されて行われることになったということもあった。
ルールに曰く、『分娩室を設置すること』。しかし、現地の実態は、農村では診療所が参院の役割を
する習慣はなく、家庭分娩が普通なのである!誰も来ない分娩室の無駄・・・

いつか自分がいなくなっても…現地の人々が、現地にある資材で半永遠に維持していける灌漑施設を…。

中村さんは、現地のは無論、日本の昔からの水利施設を徹底して研究し見てまわった。
故郷福岡県の筑後川、矢部川、熊本県の菊池川、緑川、球磨川沿い…
…そうして、コンクリートの代わりに、『蛇籠(じゃかご。ふとん籠)』というものに辿りつく。
蛇籠というのは、昔の日本人が、竹で籠を編み、そこに石を詰めたもの。それで造岸して
いくのである。蛇籠を積み上げた背面には、柳を植える。すると無数の毛根が、蛇籠の
石の間に伸びて、蛇籠の強靭性を増してくれるのである。
日本に無数にあった竹はないけれども、針金さえ手に入れれば蛇籠は容易につくれる。
このやり方なら、アフガニスタンに無尽にある石や岩を資材として何よりコストがかからないし、
現地の人々が自分たちで容易に修復できる。しかも、石で家を作り、井戸を築き、
水路を築いてきたアフガンの農民たちは、皆が生まれついての石工である!
柳の根っこでしっかり結びあわされた蛇籠は、小さな魚などの住みかともなり、生物多様性まで
生むのである!

クナール側の夏の大洪水にも備えなければならない。用水路の取水口が壊れたり、
大量の土砂が水路に堆積したりすることを防止するにはどうしたらいいか…
中村さんは、坂東太郎(利根川)、四国三郎(吉野川)と並んで、日本三大暴れ川と
言われるもののひとつ、福岡県筑後川(筑紫次郎)の山田堰を研究する。
取水口に一気に水が押し寄せないようにする用水路、そこへ導く地点の水量を
和らげるための『斜め堰』の考え方…、『舟通し』や『土砂吐き』の仕組み…
綺麗な水をとるため、流水量を調節するための『堰板方式』の採用…
『溜池による貯水』……。学ぶこと、やらなければならないことは山ほどあった。

中村さんの計画の要諦は、農民たちが、用水路の修理、維持管理を続けていけることである。
でも、自分たちが…中村さんがいなくなったら…
そうなっても、地元の人びとが自分たちで用水路を維持し、田畑を守ってそこで
生活を続けていける仕組みを構築しておかねばならない…
中村さんは、用水路の終点、ガンベリ砂漠を緑化して、そこに村を作り、その村に
自分たちが技術指導し、自分たちと一緒に働いてきた農民たちを定住させることにした。
彼等が水路の終点にある自分たちの農地を守るためには、25キロの水路を
守らなければならない…一連の技術を習得した彼等に後を託すことによって、
彼等が後継のものたちに技術伝授をし…半永久的に水路を守っていける…。
そう考えての知恵である。
毎日、5~600名もの現地の人々が中村さんと働いた。

その間、米軍による誤射事件、地方軍閥の妨害、反米暴動、技師たちの脱走、
裏切り、盗難、内部対立、対岸の住民との角逐、用地接収を巡る地主との対立…
大洪水…大変なことも山ほどあった。信頼する日本人スタッフの青年、伊藤和也さんが、
誘拐殺害されるという悲劇もあった……
アフガンの治安の悪化も鑑み、計約50名の日本人スタッフを帰国させ、途中からは中村医師だけが
残って現地の人々と作業を進めてきた…
彼が30年で築き上げた人びととの信頼の絆と人脈が、さまざまな交渉事や、危険から身を守ることや
作業の組織化や…あらゆることで中村さんを支えた。

しかし、そうした数々の、言うに言い尽くせぬ困難を乗り越え、2007年、ついに第一期工事終了。
クナール川から13キロメートルの水路が完成し、途中の地を潤して、1200町歩の広大な田畑が復活した。
20年以上無人だった荒野に農民たちが帰ってきて、家々が建ち並び始め、村々と緑の田畑が
忽然と姿を現した、のである。
第二期工事は、その水路をさらに10キロメートル延長して、さらに2000町歩の緑地を
回復し、最終的には、ガンベリ砂漠に横断水路を作り、砂漠に広大な開墾地を作るというものだった。
2010年2月、クナール川から取水して、マルワリ―ド用水路を経て、ガンベリ砂漠を潤してから
再びクナール川に戻すという、延々25キロメートルの灌漑水路、プラス分水路16,7キロを作る
という壮大な計画は、2003年から実に7年の年月をかけて完遂された。

一日送水量40万トン、灌漑面積3120ヘクタール(町歩)、大小の貯水池12、水道橋5、
サイフォン12、地下トンネル水道1、橋梁26、取水門1、分水門33。

総工費約14億円は、ペシャワール会に寄せられた会費と寄付金で賄われた。
仲村さんはさらに、子供たちが安心して遊べるところ、人びとが集まれるところを…と、
学校も、モスクも建設している!

2014年。用水路流域には15万人が帰農
流水路沿いの砂防林は20万本の樹々。農地には2万本の果樹。さまざまな穀物、野菜、薪や建材、
家畜を飼う草地…、という緑の大地が出来たのである。

それはもう、この写真の上下の変化を比べて見ていただけば、私などがくどくど説明するより
一目瞭然、であろう。


スキャン0001




ぜひ、この下の映像を見て欲しい。
自分たちの村にもう一度住みたい…そこで家族とつつましくても暮らしていける
水利のある農地が欲しい…
山を越えて出稼ぎに行ったり、国境を越えて流民になったりしなくていい、
傭兵になったりしなくてもいい、当たり前の静かな暮らしが欲しい…
人びとの切羽詰まった真剣な想いが伝わってくるはずだ。
何よりも人々の気持ちの現れているのが、作業をしている時の彼等の顔の明るさだ!
その生き生きとした働きぶりだ。
作業には、日当も支払われた。日当を貰って、振り返り振り返り帰って行く
人びとの顔の嬉しそうなこと!
アフガニスタンは多民族国家である。パシュトゥーン人、タジク人、ハザーラ人、ウズベク人、
トルクメン人・・・
人々はほぼムスリムで、中村さんはクリスチャンである。
国や、民族や、宗教の違いがなんだというのだろう……


http://youtu.be/0Ed0cYN7iYw
http://youtu.be/gKGsnIXUzMk
http://youtu.be/H5jwEgsb6Yg
http://youtu.be/ztP_QP0k0sI

『緑の村と学校を作る(1)』
『緑の村と学校を作る(2)』


                    ***


中村さんの活動は、現地の人々の手で、主に現地にある材料で、しかも壊れても
自分たちで半永久的に修復して使い続けていけるというシステムの、実りある先例をこうやって作った。
だが、中村さんらの手だけでは、アフガニスタン全土の復興にはとても足りるものではない。
大旱魃や洪水を前に瑣末な政治論議は無用。そう考える中村さんは、ODAの支援も借りて、
これから、ペシャワール会が独自で実現したマルワリ―ド堰、シェイワ堰、カマ第1堰に加え、
カマ第二堰、ベス―ド堰、カシコート堰と、周辺地域の取水設備の整備を共同事業。
ジャジャラバード北部3郡、計16500町歩の耕地復活と、65万人の農民の生活安定を
目指して、今も活動中
である…

中村さんの言葉。

『PMS(ペシャワール会)の事業は、一農民から大臣に至るまで、政府・反政府という
政治的枠を超え、幅広い人脈に支えられてきたと言ってよい。国境も人種も身分も超えた
協力が、事業に結集していたと言っても過言ではない』
『私は、ここに人間共通の、尊い何ものかを見る』
『平等や権利を主張することは悪いことではない。しかし、それ以前に存在する
「人としての倫理」の普遍性を信ずる。そこには善悪を超える神聖な何かがある』



    

                 【ペシャワール会】
                  http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/

                誰もが押し寄せる所なら誰かが行く。
                誰も行かない所でこそ、我々は必要とされる。





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Re:鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんにちは。
お忙くておいでなのですね。

私も答えなどとても見つけられないのです・・・
キャンドルナイトも、回を重ねるごとに、言葉が細っていきます・・・

これからどうしていこうかなぁ、などと考えたり。

いつも迷いの中にいます。
また、お考えお教えくださいね。
ありがとうございます。

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Re: stanislowskiさんへ

stanislowskiさん、こんにちは。

朝日叩きは止まりませんね。同じことを報道していても朝日系列だけに
訂正を求めたり、この政権は、よほど朝日が憎いものと思われます。
それで屈しないなら立派だけれども、やはり朝日も昨夏からあれだけ
叩かれれば、委縮してしまう…
そうやって、どんどん自由な言論が弱体化していってしまいます…。

今、余計なことを言うとほんとに唇寒しで、あっという間に激しいバッシングの対象に
なる…
共産党もこのごろ変です。選挙で少し議員が増えたら、それを維持したい
もっと増やしたいという守りの心理が働くのか、どうも内向きになっている感じがする。
残念ながら、政治の素人と軽んじられている山本太郎議員一人が、今、
まともな感じがします。
参院の『テロ非難決議』を退席して棄権したこと。彼の言い分の方が最もですよ。
「誘拐、殺害が許されることでないのは当然」とした上で、決議文に
「(1)今回の事件の検証。イラク戦争の総括を含む。(2)特定の国名の明記を避けた
関係各国への謝辞。(3)英訳文を同時に用意する事」を盛り込むよう、議院運営委員会に
提案したが、反映されなかったという理由です。
どれも至極まっとうな要求だと思う。
事件の検証もうやむやにされたまま。(検証委員会は出来たらしいけれど、
第三者によるものでなく政権のお手盛り)ヨルダンには本当に迷惑をかけたけれども、
他の国々にも一応協力してもらっている。ヨルダンの名だけをことさらに挙げて
感謝すれば、ヨルダンが反ISIL有志連合の前面に押し出されてしまう危険だってあります。
外交文書は、周到に添削された正確な英文を添えた方がいいと私も思います。
これは、どっちを利するとかそういった問題じゃない。

なぜ、このような至極まっとうな疑問が無視され、太郎氏以外の参院議員が『全会一致』で
『テロ非難』決議を急いで出すのか、私にもわかりません。
まして、その至極まっとうな疑問を呈した太郎氏を即『テロリスト』と呼ぶ人々が
いるとは。

政権批判をちょっとでもしたら、テロリストなのか!
もう…あからさまに、言論の委縮が起きてしまいます…そうなりつつあります。
『ショックドクトリン』は、9.11後のブッシュ政権だけでなく、大きな不幸が起きると、
それを悼む国民の感情を悪利用して、自分たちに都合のいい方向に政治を引っ張って行く…
よくあることですね。
また、国民が他のことに気を取られているどさくさに、大事な議案をささっと
決めてしまうのも、ほんとによくある政治の手口ですね。

『テロに屈しない!』の勇ましい掛け声のなかで、東日本大震災の被災地復興や
福島第一原発のことや、沖縄のことや、川内原発、高浜原発、TPP,農協改革など
大事な大事なことが、どんどん忘れ去られたり、拙速に、勝手に、決められたり
して行きます…

それは何も、政治家たちだけに責めを負わすべき問題ではないですね。
マスコミも、そして…国民自身も、容易にそうした大事なことをすぐに忘れ去って
しまう…私自身も含めて、ですが…。
いろんな意味で、この国のかたちが大きく変えられて行こうとしています。

あれほどの深刻な原発事故も、全く無かったごとくの再稼働再稼働の動き…
集団的自衛権行使から、村山談話見直し、改憲、平和主義放棄の動き…
秘密保護法、もうまもなく実施されるマイナンバー制度など、国民監視、
言論の自由はく奪の動き…
TPP、今回の農協改革に垣間見える、食糧自給率や食の安全放棄の動き…
そして、辺野古基地建設強行に見る、今後もアメリカの属国であり続け、
中韓という隣国とは敵対するこの国の外交…

そのどれもが、本当は、国民的議論を必要とするような大事なことばかりですよね。
それが…国会での議論さえ殆どなされないまま、あれよあれよといううちに
本決まりになって行ってしまう…

stanislowskiさんのお怒り。私も同じです。
でも、このブログなどネット世界でさえ、思いきったことが書きにくくなって
行きつつある気がします…ましてや日常生活においては、なかなか上に挙げたような
問題については語りにくいでしょう…
どうぞ、不満をぶつけにおいで下さいね。









No title

おかしい。変ですね。どうしたらいいんだろう。
朝日新聞もテレ朝も叩かれ、私の知人は「産経」を購読すると言う。

国内に問題があると隠すように他のほうに意図的に目を向けさせる。
こんな書き方したら怒りを買うと承知の上で。

人質二人事件は何だった?
上記の伊藤氏も誘拐殺害されたというじゃないか。
なんだって今頃、社民も共産もみんな合わせて国会議員が「テロには屈しない」何だ???
そんなら以前から訴えていた山本太郎氏の原発や雇用の在りかたの懸案に賛同して欲しいよ。一色で気持ちが悪い。

燃料棒取り出しの危険にさらされている、作業員、福島県民、いや日本国民の命に、自分たちのことに鈍感すぎじゃないか?

命の源、農業の事、もっと自分の食べるものに貪欲でなくちゃ。足元の生きる糧はどうなんだ?

久しぶり来て、勝手に貴ブログで不満をぶつけて失礼しました。

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん。心配していました。
一時的なものでなく、早くお戻りになれますよう祈っています。

北九州市のカンボジアでの水道事業支援。知りませんでした。
そうですね。こういうふうに、自分たちが去った後のことも考え、
ひとを育成していくというのが大事なことだと思います。

私も、自分は安全地帯にいながら、無責任に活動紹介することの安易さを
ずっと考え、なかなか記事にできませんでした。
自分は危険なところには行かないが、あなた行ってくれ、と言うようなものですから。

でも、そうやって結局何もしないで今まできた…


今日はそちらはお天気いかがですか。
少しゆっくりなさってくださいね。
ご連絡ありがとう~~~♪ おだいじに。

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Re: やっちゃんさんへ

やっちゃん。こんばんは。
パソコン、もう少しで直るとか。^^
でも、パソコンのない生活もいいかも、ですよ。考えてみたら、絶対なきゃ生きて
いけないというものでもない。
これからね、もうすぐね、マイナンバー制度が実施されれば、国民の情報は
いろんなところに筒抜けになると思います。
国民一人ひとりに番号がつく。納税とか年金確認が簡単になるとか、
そんな理由つけてるけれど、アメリカをスノーデンが告発したように、
国民のネット情報が政府に筒抜け、などということはこれから充分に
ありうることだと思います。
昔ながらの封書のお手紙が、一番秘密守れるかも。^^

去年はね、これでも記事全然書かなかった方なの。大事な記事、全然書いてない。
朝日バッシングとかね。もう、この国の報道への規制はどんどんひどくなってる。
後藤さんたちの件でも、それを機に、どんどん報道が委縮していってる…
報道が死ぬということは、あたしたちはほんとのこと知ることが出来なくなるってこと。

ほんとにいやな空気になりつつあります…

川内原発もひどいなあ。避難経路。一つしかないのよね。
そこが地震で崩れたり渋滞したりしたら、原発周辺の人々は孤立。
それどころか、原発収束に向かう緊急車さえも通れなくなっちゃう。
その恐ろしさ、規制委などは考えてみてるのかなあ。
よく許可するよなぁ、と思ってしまいます。

集団的自衛権もTPPも、ありえない!と思うほど日本の形を変えちゃうよ。
今度の農協解体もいかがわしいなあ…

ほんと。溜息しか出てこないわね~。

やっちゃんさん。体は無理しないでね。
やっちゃんさんが戻ってきてくれて嬉しいな。^^
ありがとう~~~!







No title

彼岸花さんこんばんわ。
今ネットカフェ難民となってるやっちゃんです(ウソ)。
去年の彼岸花さんの記事を少しずつ読ませて頂いてますが、、、
ここ2年近くパソコン全然無しの生活、
ほとんどテレビっ子やっちゃんだった私には驚きの連続なんです。
7月に大規模デモがあって焼身自殺まで図った人がいたなんて、、、!
(こっち(鹿児島)来てから新聞もとってなかったしなあ、、、。)

あれから色々あってようやく全部決着ついて
そのあと燃え尽き症候群起こしてて、
ふと我に返ったらいつの間にか川内原発は再稼動OKになってるし
集団自衛権は行使容認になってるしTPPは頭からつっ込んでるし、、、。
もうホンマにため息しか出てきませんが、、、
(来週ぐらいにはパソコン修理できそうなんですヨ。)

川内原発、地元反対派の方たち、あきらめておられません。
「そう簡単に動かさせへんぞおおおおお。」
と最後の踏ん張りしておられるみたいです。
私も前線に戻らねば、、、。

これからまた少しずつ記事、読ませてくださいネ。

(クウママさあーんやっちゃんですよ、お久しぶりです!
 彼岸花さんゴメンナサイ、、、。)

Re:しほさんへ

しほさん、こんばんは♪

中村哲さんのやり方…このようなことが、世界的規模で行えたら、
世界の不幸もずいぶん減るだろうのにとおもいます。
でも、それは大変な努力…生涯をこれに賭けるという、中村さんほどの強い意志と
柔軟な思考や強靭な精神力がないと、到底やっていけるものじゃないですね。
健康も必要。

今、日本人だけでなく、世界の人々が立ち止まってうなだれて考えこんでいるように
思います…。
ISILのようなものは到底容認できない。何か手を打たねばならない。
でも、武力でもって押しつぶせば、それで解決するのか…
イラクでそうだったように、押しつぶされた武装集団の残党は、一旦はちりじりになっても
また、核となる人物が出てくればそこにまた新たな不満分子が結集して行くのでしょう。
と言って、放っておけばいいというものではない。
答えのない問いに、皆がうなだれているように思います。
誰も、処方箋など持っていない…。
荒っぽい外科治療のためのメスを持っているだけ、というようなものですよね…
手術した後の傷口を縫い合わせる糸さえ持っていない…

中村さんたちの活動が、その答えである、などとは、とても私などには言えません…
でも、本文に書いたように、一つの示唆ではあると思います。
希望に富む示唆だ…。

世界的に見ても、賢い政治家がいなくなってる気がするなあ…

しほさん。いつもありがとうございます!









Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん、こんばんは。

ようやく、中村哲さんの記事、書けました。
私は、思い入れの深いものほどなかなか記事にできないという悪い癖があって。^^
小豆島の旅の記事も、従軍慰安婦のことも、満州からの引き揚げのことも、
もう勉強してそこそこ資料も集めて自分の中でそれを消化出来てもいるのに、
なかなか記事に取り掛かれないんですよね~。
なんか悪い癖で、自分の中にある円環…
ここから書き始めて関連を辿りながらずうっと書いていって、そして最後には
最初のところに戻ってくる…、
という構造が自分なりに完成しないと、なんか書けないの。(苦笑)

まあ、次々に新たな問題が起こってくるということもありますが。

この国の動き、そして世界の動きは、後藤さんが望んだ方向とまったく反対の
方向に突き進んで行くようですね。
私も、この世界の動きが、中村さんたちの活動に悪影響を与えはしないかと
心配しています。反発した過激武装集団の動きが活発化しなければいいが、と。

もちろん、中村さんはもうそんな修羅場はいくつもくぐっていらっしゃる。
アフガニスタンのために生きてらっしゃる方ですから、いまさらどんなことにも
動揺などなさらないでしょうが。

人道支援、という名がついていても、それはこちらの商売と結びついての
紐つき支援だったり、一部の人間が中間搾取して、肝心の一番困っている人に
届かなかったり、的外れな支援内容だったり、いろいろあるのでしょうね。
それは、日本における東日本大震災の復興のありようと全く似ていますよね…。
結局、現地のことをあまり知らない、机上の支援計画だとそういうことになりがち
なのかなとも思います。

報道ステーションのもよかったですね。
そうそう。一緒に働く人々の顔がすごくいいんですよね。子供たちの顔も。
ただ、自分たちが食べるための食糧を収穫できる、ということがどれほど
ありがたいことなのか。家族が一緒に暮らせて、子供たちは学校に行けて、
そこで遊べて、そしてモスクでお祈りもできる。
殉職なさった伊藤哲也青年は、自分の貯金をはたいて、小さなモスクを建設
しようとしていた…。彼の撮った子供たちや、蘇って行く農地…菜の花畑などの
写真の美しく生き生きしていること!

嘆きの決まり文句のようだけれど、このただ一つの地球…かけがえのない星…
そこで生きる人間たちが、なぜいつまでも血で血を洗う戦争や紛争をしているのか…
ほんとに悲しいです。
きっとね。私、もう67歳でしょ。そんなに長くこの地球にいられないのね。^^
だからこそ地球の行方が…人類の行方が…日本の行方が…すごく心配なんですよ…
なんかなあ…ただのセンチメンタリズムと違うんだなあ…
悲壮ぶってる、などというのとも違うの。
ほんとに、なんか、胸の奥底から悲しいの…。

でもきっと、年齢など関係ないかな。同じ想いに沈んでいらっしゃる方が
今、多いと思います。今日、池上彰さんも番組の中でそんな想いを吐露してたなあ。

日本だけのために悲しんでるんじゃない。そう思います…

『天、共に在り』。愛希穂さんから教えていただいたのでしたね。^^
胸に沁み込む言葉がたくさんありましたね。
ありがとうございます♪







No title

彼岸花さん、こんばんは。
日本中の人に中村晢さんの事を知ってもらいたいです。
日に焼けた顔と自分達の手で作り上げてゆく頼もしい手が、
中村晢さんの印象です。
医師より技術者のようでもあります。

日の丸が守ってくれてた…はずなのに
今はその「日の丸」が危険を呼ぶとなったとは!
一国の首相の言葉は重いものですね。
そりゃあそうですよね。首相ですものね。
外国へ世界中へ行きまくってる首相の発言が、これ程大きな影響力を持ったのは初めてではないかと思います。
今までG何とかに行ったり、米国大統領に国賓になってもらったり…
地震、津波、原発の爆発と続く中…
首相が大事と考えてることは民の安寧とは程遠い所にあるようです。

更新待ってました。お疲れ様でした。
クーママさんの所から飛んできました。
ひとまず挨拶のつもりです。

共に生きていけたら

こんばんは。

後藤さん、湯川さんの事件以後の政府の物騒な言動がすごく気になっています。
そして、国の行き方によっては、この中村医師の働きにさえも大きな影響を及ぼすのではないかと心配しています。

人道支援というのは、こういう支援のことではないかって思うんです。
緊急に必要な支援をすることは大切ですが、同時に、支援を受ける人たちが、いずれは自分たちでやっていけるような支援をする。

youtubeで1年程前に報道ステーションで放映された中村哲さんの映像を見ました。(http://youtu.be/2hS6Rtpsu1M
見ていたら、もう涙が出てきて。

中村医師と共に働く人たちを見ていて、「ああ、私たちは同じ人間なんだよね」って、神様から命を与えられて、その命を一所懸命に生きているって、当たり前の事なのですが、でも、そのことになんだか感動して・・・。

「国や、民族や、宗教の違い」なんて、後でつけた口実なのだろうなって思います。そういうものはずっとあったけれども、平穏に共存していた時代もあるのですから。

国や、民族や、宗教の違いはあるけれども、その前にみんな同じ地球に生きる人間なんですよね。だから助け合えばいいだけなのに。

私も今回の事件を通して、中村医師の働きのことを思うようになりました。

中村医師が「自分になにが出来るだろうか」という質問に対して、
「答えは人それぞれである。なにもできないということはなく、『何をするか』よりも『何をしてはならないか』である」
と答えていらっしゃるのですが、してはならないことを考えてみることも大事なことなのでしょうね。

Re: クウ―ママさんへ

クウ―ママさん。こんにちは。
はい。やっちゃんさんだよ~~~!^^
変わらず元気いっぱいでいらっしゃるようで嬉しいね。^^

ありがとう~~~。
これね。中村さんたちの活動紹介するだけで手いっぱいで、ほんとはここに、
今まで私が書いてきたことのいろんな思いを詰めて書いたんだけど、
そこにまだ全然届いてないの~~。
中村さんの活動の深さ大変さも、全然伝えきれてない…

でも、収穫する人々の嬉しそうな顔、亡くなった伊藤さんという青年の撮った
子供たちの顔、述べ60万人ともいう村の人々の作業の様子…
それらを見ていただければ、ほんとは余計な説明などいらないかな。^^

ごちゃこちゃ書いたのは、私の勝手な想いです。^^
アメリカ軍が撤退すれば、この活動もなにがしかの深刻な影響を受けるかもしれない。
日々、ひりひりするような危険の予感の中で活動していらっしゃるのだと思います。
こうやって、記事にすることの安易さも自分で責めてみたりもしていたけれど、
思いきってまっすぐ直球を投げようと思って書きました~。

ご紹介くださってありがとう♪
直球のままに受け取ってくださって、嬉しいです!^^









Re:やっちゃんさんへ

やっちゃあん!

ありがとう!
え~~っ?どうして、私が、もう少ししたら、中村哲さんのこと
きっと書くだろうって、おわかりになったのかなぁ!? 
ペシャワール会のURLは、もうだいぶ前から貼り付けてあるけれど、
中村さんのこと、やっちゃんさんにも、はっきりとは予告してないよね。
いい勘だなあ!^^ 嬉しいです!

そうなの。もうずうっと前から書こうと思ってた。
でも、自分は何もしてないし、ただ美談として伝えたくはなかったの。

だけど、後藤さんたちのことが、思わぬ方へ方へと進んで行く…
個人の尊い命の問題が、国家の問題、国家の論理にすり替えられて行くのよ…
安部批判をしている自分もまたそうなのか…
自分もまた、綺麗ごとだけ言って、彼等の死を利用しているということでは
同じなのか…
その迷いと悲しみの中で、昔ながらのお友達のお一人が…、
(やっちゃんのように、時折訪ねてくださる方よ。でも同じくこころの友。^^)

『物を描くとき色は濁ってはいけない。線も迷ってはいけない。これ以外はない
というものがある筈です。大きい対象も小さな物もきっと変わらない。』
『あなたが時間をかけて集めたものの中にもう全てはある筈です。』

という、厳しくも温かく、凛とした言葉をかけてくださったの。

それで、はっと目が覚めた!
そうだよ、集めたものの中にもう全てはある…今こそ、中村さんたちの記事
書くときじゃないか…
そう思ったの。
この記事の中には、私が、東日本大震災以降、ずうっと思っていたことなども
すべて凝縮されている気がするのよ…。
支援というものは、どういう形であればいいのか…ということも含め、
強いものが弱いものを虐げるその構図が、下は学校でのいじめという規模のものから
大きくは国家による人民の蹂躙というものまで、同じ構図だということ、
食べていけない、という切羽詰まった状況に、傍観者の綺麗ごとの論理など通用しない、
今すぐの現物が欲しいのだ、とか…。
『大旱魃や洪水を前に瑣末な政治論議は無用』という中村さんの言葉は、
びしびしと胸を打つのよね。

他にももっともっと深い思想が中村さんの活動にはある。
私自身も、被災地のこと、…原発のこと、戦争のこと、いじめ・ヘイトなど
人のこころの荒廃のこと、人間の経済生活の本質とは何かということ、など、
今まで書いてきたこといっぱいあるけれどもそれらのすべての想いをこめて
この記事書いたつもりなんだけれども、ぜんぜん伝えきれていません…

ありがとう。まっすぐに私の意図を汲み取って受け取ってくださって。
すごい、うれしい…!^^





それ以前に存在する
「人としての倫理」の普遍性を信ずる。




Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん、こんにちは。

湯川さん、後藤さんたちの死は、あっという間に消費されて、
残ったものは、さらなる攻撃激化の悪循環と、勇ましい言論。
そして、『もの言えなくなってしまった人々』…ですね。

中村さんたちの活動は、国家も、人種も、民族も…宗教も信条も超えた
活動ですね。
現地の事情を知らない上から目線の支援ではなく、先進国ルールにのっとった
机上の計画などではない。支援する代わりに商売もするという、紐つきの
支援などでも決してない、個人の想いの集まった本当に支援だと思います。

でも、MATZ-TSさんがおっしゃるように、ご紹介してくださったビデオ・ニュースの
番組の指摘するように、中村さんたちの活動は、日本の安全なところにいて
単に感動してみているような(私も含め)、そんな甘いものじゃないんですよね。
常に身の危険にさらされながらやっている…

私が、なかなか安易に記事を書けなかったのも、そうしたところに、自省とか
自粛のこころが働いていたからでもあります…
今回も、中村さんの姿が、一番上に来ないよう、気を配ったりしました。
ネットは誰がどう見るかわからない。
You Tube画像も数日したら、URLのだけに切り替えようと思っています。

アメリカは来年16年には、アフガニスタン駐留を、カブールだけに縮小して
しまうようです。
この映像でも、現地の人々が中村さんと用水路建設、村作り、農作業をする
その上を、アメリカ軍のヘリが飛びまわっている。そんなのを見ると、
『武力ではこの国の飢餓や内乱は解決しないのよ』と、腹立たしく思うとともに、
その一方で、アメリカ軍が撤退した後、アフガニスタンがイラクなどと同じに
再び武装過激集団などの跳梁する、さらなる深刻な内戦状態に陥って、中村さんたちの
活動も狙われたりしはしないか、と心配する私がいます…。

『テロには屈しない!』と勇ましくこぶしを突き上げるのも、『武力によっては
負の連鎖は解決しない』と日本という安全なところにいて綺麗ごとを言っているのも、
実は、現実をどちらも捉えてはいないんですよね……

その矛盾にいつも突きあたりながらも、でも、やっぱり、武力はだめ…と、
つぶやいています。自分に何ができるのだろう、とも思います。

その自分の迷いにもかかわらず、今回中村さんたちの活動をご紹介したのは、
これが、混迷し漂って行くする世界の…一つの希望の活動のように思えるから。
自分自身の内にもさまざまに飛び交っている迷いや攻撃の言葉への、
これが、一つの『示唆』のように私には思えたからです。

いつもありがとうございます!





No title

彼岸花さん、素晴らしい記事を ありがとうございました!
紹介させて頂きました。

やっちゃ〜〜〜ん!!!
元気でよかったぁ〜〜〜!!!

No title

彼岸花さん
素晴らしい記事をほんとにほんとにありがとうございます!
そしてお疲れ様です!
彼岸花さんはきっと近日中に中村哲さんの記事を書かれるだろうと
やっちゃん確信してここ数日何度かネットカフェ通ってましたー。
そうなんです、やっちゃんはこれが読みたかった!
ああ、、、今パソコンが手元にあったなら
この記事を大拡散したいよオ、、、(泣)
(携帯もガラケーだし、、、クソ、、、。)
ゆっくりお休みくださいネ。

No title

お早う御座います.MATZ-TSです.

この中村さんのような地道で,支援国の自立を目標にしていく活動,このような活動が,これから日本が進めていく国際貢献の方向を示しているような気がします.

『私は、ここに人間共通の、尊い何ものかを見る』


しかし,今回のIS国の人質事件の発端と対応によって,そのような道が危険なものとして,閉ざされないか懸念もしています.

http://www.videonews.com/marugeki-talk/722/

ここで踏ん張って,しっかり我々は考え,動く必要がある.

今晩,じっくり考えながら再度読ませて頂きます.
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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