『日本と原発』

映画『日本と原発』を観てきました。

公式サイトはこちら。
http://www.nihontogenpatsu.com/


3月中のその他の日程の詳しい情報はこちらから。
http://www.nihontogenpatsu.com/event







11日で、あの東日本大震災から4年になります。
津波被災地の大型インフラに関してはだいぶ復興が進んだのかもしれないけれど、
個々人の生活の復興はまだまだ。
とりわけ、福島第一原発事故の起きた福島県の復興は、程遠いなどというものではありません。

一時は16万とも言われた人々が家を無くして避難民の生活を余儀なくされた。
現在も、福島ではまだ12万人という人々が避難生活を続けています。
その数の中には、避難したくとも、諸般の事情から避難することが出来ず、
幼子を抱えて、その子たちの被曝を心配しつつ福島の地に留まらざるを得ない
若いお母さんたちや子供たちの数は含まれていません。
子供たちがガラス線量計などというものをつけて生活しなければならなかった、などという悲劇!
そもそも本来何も恐れることなく戸外で伸び伸びと遊べていたはずの子供たちが、
こんな線量計などというものを身につけて、屋内で遊ばなければならなかった…
その姿を見る親のこころの悲しさというものを、原発を積極的に推進してきた東電や
国や自治体の原発導入に責任あった人々は、少しでも想ってみたことがあるのでしょうか!

福島第一原発事故は、地震津波による家族喪失、家屋倒壊・半壊、
仕事や地域社会など生活基盤の崩壊などという大きな大きな悲劇の上に、
さらに、常時の被曝の恐怖や、避難をめぐる家族・社会の分断という悲しみも
福島の人々に負わせることになりました……
何よりも、土壌や海の放射能汚染は、生活の再建の希望を奪ってしまいました…
除染はどこまでできるのか、仮にある程度の除染は進められても、一度壊れてしまった
地域社会の再建は出来るのか。人々の戻ってこない村や町に将来はあるのか…

これほどの大事故を引き起こしておきながら、いまだに誰一人その責任を負うことのない
この日本という国…
4年という歳月の間に、福島の人々は置き去りにしたまま、その責任所在の本質は
問われることのないまま、徐々に福島への関心が風化していこうとしているように見えます。

私は、日本がアジアで引き起こした戦争の戦前から敗戦後までの過程と
福島第一原発事故が起こるまでとその後の処理への過程、
そして昨今の右傾化への道とが、まるで入れ子構造のマトリョーシカ人形のように
似ていると感じて、ずっと戦前戦中戦後の日本に関する本を集中して読んでいます。
日中・太平洋戦争の日本、福島第一原発事故に至った日本、その構図は、また、
沖縄の問題、水俣病… などとも驚くほどその構造が似ています。
一度事態が動き出すと、誰もが早々とあきらめてしまって、『これはまずいよ』と言えない
この国の体質。
たまにもの言う者がいても、権力者が一喝すれば引っ込んでしまわざるを得なくなる…
そのうちに誰も声を挙げ得なくなるこの国の不思議な空気…
大きな国家的悲劇が起きてもだれも責任を取ろうとしない。

私は、これほどの過酷事故がこの国で起きても、そこから何も学ぼうとしない政治、
その政治を変える力もない自分たちに絶望しています。
デモに行ってはみるけれど、何万人集まったとて政治を変えられないでいる……
野党も頼りにならない。『社会の木鐸』とも言われてきたジャーナリズムも、巨大な
原発利権の経済構造の中にあってその牙を抜かれてしまっている。

そんな中で、何がいったい、かろうじてまだ力を失わないでいるのだろう…そう思い続けてきました。

文学にはその力があるのではないか…そう思って、戦中の文学を読んでみたけれど、
そこでわかって来たことは…
悲しいけれど、
『文学者もまた、自分の仕事の場を失いそうな畏れのある…身の安全の怖れを感じるような
大きな政治的圧力の前では、何の力もなく黙り込んでしまうものではないのか…』
ということでした…マスコミや学界の人々が黙り込んでしまうのと同じように…
その予感は、福島第一事故に対する、日本の文学者とおよそ名のつく人々の反応の
鈍さと言うか沈黙によっても、
また、秘密保護法や集団的自衛権など一連の日本の軍国化の傾向への反応、
さらにまた、今回のシャルリー・エブド襲撃から、後藤さん・湯川さん殺害に至る
過激武装集団の凶行とそれを受けての我が国や世界の政治の動きに対する反応を見ていても、
『ああ、同じだ…。彼等は何も言わない…』と言うことを確認しただけのことに
すでになりつつあるように思います。
いいえ、無論一部の文学者は言葉を発し続け動いてくれています。
しかし、総体的に見て、文学は、時代を鋭く切り取る力を発揮しているようには残念ながら
とても見えません……戦中もそうでした……
そのことについては、このように大雑把に書く問題ではないと思うので、またいずれ
きっちり書きたいと思いますが(まだ勉強途中でありますし)、
とにかく、この重大な問題の山積した日本にあって、一庶民である自分は、いったい
何を一筋の光と思って進んで行けばいいのだろうか…という悲しみはずうっとずっと去りません。

そんな中で、私が、ここにまだ一つの希望があるのではないのか、と感じていたのが、
実は法曹界の人々…日本弁護士連合会の人々に対してだったのです…
河合氏自身が書いていらっしゃるように、日本における原発関連の訴訟は、ほとんど
敗訴の連続でした。
でも、原発訴訟にしても、秘密保護法にしても、自民党改憲に対しても、…少なくとも
ここに、声を上げ続けていてくれる人々がいる……! そう感じていたのです。
この映画を監督した河合弘之氏。構成・監修した海渡雄一氏。
河合弁護士や海渡弁護士は、早くから、私のようなものにさえその名が記憶に
刻まれるような活発な動きをなさっていらっしゃる方々でした。
そのお二人が脱原発の映画をお作りになったという!

二人の経歴と出会いはこちらから。http://www.nihontogenpatsu.com/team
一部引用させていただきます。

『河合の脱原発は1994年故高木仁三郎博士との出会いに遡る。核化学博士であり
反原発の父と呼ばれた高木との出会いは、バブル景気の立役者たちを辣腕弁護士
として支え続けてきた河合に、その後の生き方を見つめ直すきっかけを与えたという。
ちょうどその頃、河合に福島第一原子力発電所3号機のMOX燃料装荷差止仮処分
申立てへの協力要請が弁護士海渡雄一からあった。これが河合の脱原発訴訟の
歴史の1頁目となった。この時の裁判は惜敗を喫するが、その惜敗が河合と海渡の
連携を運命付けることになる。
こうして、一旦は回避されたフクイチ3号機のMOX燃料装荷だったが、2010年10月
プルサーマル運転が再開されることになった。
その翌年、東日本大震災が起きた。』


なるほど。河合弁護士の脱原発は、あの、高木仁三郎博士との出会いがきっかけだったのですね。
海渡弁護士に至っては、大学時代に原発訴訟に向き合うと決めています。すでに約40年。


河合弁護士ご自身の、映画制作の意図と思える言葉を引用してみましょう。

『裁判はたったひとりでも正義をかけて闘える民主主義社会の安全弁みたいなものだ。
だから僕はひとりでも闘う。
でも、それだけじゃ、みんなに伝わらない。ひとりでも多くの人に真実を伝えるには、
やはり、映画しかない。』


『裁判は、たったひとりでも正義をかけて闘える民主主義社会の安全弁みたいなもの』……

弁護士さんの作った映画らしく、ここには、福島第一原発事故に至る、日本の
あらゆる範囲にわたる腐敗構造などの問題点が、コンパクトにわかりやすく取り上げられています。
原発をこれまで推進してきた人々…今もそれをよしとする人々の原発擁護の論旨を
ことごとくここでは、実例や図表を掲げて論駁しています。
原発のことをある程度勉強しておいでの方には、特に目新しい情報などというものは
ここにはもしかしたらないかもしれない。
しかし、このように、福島原発事故に至る、またその後の一連の流れを確認するためにも、
これからの課題を把握しなおすためにも、この映画はとても有益だと思いました。

私がまず胸をうたれたのは、福島第一原発が立地する崖を見はるかす海辺の光景です。
太平洋の荒波が崖に打ち寄せる…その浜辺に一人の男性が佇んでいる…
私はかつて福島第一原発がどのような場所に建てられたのかについて記事を書いたことが
あります。そこは、初期ボーリング工事の段階から、地下水の多いところだと
わかっていたはずだと言うことを。そしてひとつの映像を紹介しました。
今日、東電は、阿武隈山系から流れ出る一日400トンともいわれる地下水が
メルトダウンを起こした炉心建屋などの施設の下を通り、膨大な量の汚染水となって流れ出る
その汚染水対策に苦慮しています…。
実は、立地する段階から、今日の問題の要因の一つは、すでにそこにあったのです。  
この『日本と原発』と言う映画の中で、そのことが同じく指摘され、同じ画像が使われているのを
見ました…

4年前の3月11日。
福島第一原発で冷却用の善電源喪失。それをテレビのニュースで聞いたときの恐怖!
それから1号機…3号機と次々にメルトダウンが起こり、それらが冷却できない。
そのうちの一つでもあのまま冷却が出来ない状態に陥っていたら、もう誰も傍になど
近づけなくなっていたかもしれません。そうなれば東電の人々も関連会社の人々も
消防も…すべて撤退です。
1~4号機だけでなく、5,6号機…下手をすると福島第二原発の4つの号機まで…
合わせて10もの原子炉と燃料プールが崩壊したら、日本は一体どうなっていたでしょう!

また、燃料がむき出しの4号機燃料プールがもし崩壊すれば、それでも東日本すべてを
失うかもしれなかったのです!それが起きずにすんだのも偶然でした。
震災直前、4号機ではシュラウドと呼ばれる炉内の大型部材の取り替え工事が
行われていました。そのため、原子炉上部のふだんは水がないウェルとその隣の
DSピットと呼ばれる部分が大量の水で満たされていたのです。
その工事は本来なら3月7日までに作業を終える予定でした。ところが、工具を炉内に導く
補助器具の寸法違いが判明。この器具の改造に時間がかかり、3月11日時点で原子炉上部に
水が張られたままの状態になっていたのです。

その水が、4号機で起きた爆発のため、もしくは何等かの他の原因で壁がずれて隙間ができ、
ウェル側から約1000トンの水がプールに流れ込んだと見られるのです。
4号機の爆発の原因は、3号機で発生した水素が入り込んできて爆発したという見方が有力だ
そうです。言わば…補助器具の寸法違い、などと言う東電の工事のずさんさと、
爆発で4号機建屋に穴が開いて、そこからプールに後に給水が継続できるようになった…
それらの偶然によって4号機プールは救われ、私たちは東日本壊滅と言う危機から
かろうじて逃れたと言うことなのかもしれません…

仮にそのような偶然が起こらず、4号機プールの水がなくなって放射性物質の放出が
始まったら、どうなっていたか。
福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)が2月28日に発表した報告書によると、
「50キロ圏内は速やかに避難。汚染レベルが高くて移転を求めるべき地域が
110キロまでの範囲の中に生じる。移転希望の受け入れは200キロ圏が対象になる」

首都圏が大パニックを起こしていたら!
東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県、茨城県などの3千数百万人が
情報のろくにない中、逃げ惑う!そのパニックの惨状を想像できますか!
浜通りの人々…それらの人々が避難していった人口28万人の福島市、34万の郡山市、
35万のいわき市、81万の新潟市(いずれも震災前)なども…自らがどこかへ避難しなければ
ならない状況になっていたかもしれないのです。
首都圏などの方角だけではありません。大地震と津波によって大事な人を、家々を失って、
着の身着のまま学校や、あるいは野天に近い状態で難を避けていた宮城、岩手、福島の人々をも、
3月15日から数日で、4号機プールの1,500体もの空炊き状態になった使用済み燃料から
出る放射性物質が襲っていたかもしれないのです!仙台は100キロ圏内に入っていますから
仙台も汚染レベルが高くて移転、という、地震津波放射能汚染の福島の三重苦と
同じ事態になっていたかもしれません…

なぜ3月15日か。
東電は15日に前日の水温が85度だったと発表し、これを元に「あと数日で水は完全に蒸発する」
といった計算結果がインターネット上に公開されていたからです。
米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長はすでに3月16日に、米国の下院公聴会で
「4号機の核燃料プールでは水がなくなっている」と証言しています。
(東電の、『補助器具の寸法違い』などというお粗末なミスで、偶然、本来水のない
原子炉上部のウェルとその隣のDSピットと呼ばれる部分が大量の水で満たされていて
それが4号機プールに流れ込んでいた、などという偶然を無論ヤツコ委員長は
知る由もありません!)
だから米国は、17日、福島在住の自国民に福島第一から半径80キロ圏内の外に避難するよう促し、
自国機をチャーターしてまでも、日本にいる米国の人々を速やかに帰国させようとしたのです。

東日本が壊滅する…当時の民主党政府が覚悟した最悪事態は、かろうじてこのような
いくつかの偶然により避けられました…
私たちは、あの恐怖の日々をもう忘れてしまったのでしょうか?!
映画はそれを再び思い出させます…

この映画のどこがすごいかと言えば、その強い想いです! 
原発事故の苛酷さを直視し認識し、原発はもういらない、というその強い意志です。

福島の人々が抱えてしまった悲しみ苦しみの責任を一体誰がとっていますか?
国策によって『満洲国』に渡っていた人々…その人々を国は見捨てました。
(日本が国策として、中国の民の土地を収奪したことは、ここでは触れないでおくとして)
沖縄を国は見捨てました。

人々が安心して安全に生活を営み続けられる当然の権利…
それが国策や、一部の企業などの利益のためにいとも容易に奪われてしまう…
そんなことが過去に何度もありました。今もそれは進行中です。おそらくこの先も。
それは、自国民に対してだけではないのです!他の国にまでその欲望は及ぶ……。
そんなことが許されていいのですか?

私がこの映画で最も希望を見たのは、2014年5月21日の、福井地裁による大飯原発
4号機再稼働差し止めの判決文でした。一部転載しますが、ぜひいつでもいいですから
直接全文をお読みください。http://www.news-pj.net/diary/1001

『(差し止め判決)理由

1 はじめに

 ひとたび深刻な事故が起これば多くの人の生命、身体やその生活基盤に重大な被害を及ぼす事業に関わる組織には、その被害の大きさ、程度に応じた安全性と高度の信頼性が求められて然るべきである。このことは、当然の社会的要請であるとともに、生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、すべての法分野において、最高の価値を持つとされている以上、本件訴訟においてもよって立つべき解釈上の指針である。

 個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない。したがって、この人格権とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できることになる。人格権は各個人に由来するものであるが、その侵害形態が多数人の人格権を同時に侵害する性質を有するとき、その差止めの要請が強く働くのは理の当然である。』


『9 被告のその余の主張について

 他方、被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。

 また、被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。


福井地方裁判所民事第2部
 裁判長裁判官 樋口英明
    裁判官 石田明彦
    裁判官 三宅由子

素晴らしい!涙の出てきそうな判決です。
ここには、単なる裁判上の一案件の判決文以上の…そう…深い哲学があります。

現政府は、この判決文がその根拠とした、国民の生きる権利、…個人の生命、身体、精神
及び生活に関する利益…言わば人格権そのものを、
その想像力と哲学に甚だしく欠ける自分たちの改憲案によって、いずれ侵害の恐れの
ありうるかもしれないものにしようとしています。
私が今、改憲になにがなんでも反対するのは、それをなそうとしている勢力の思想と哲学が
恐ろしいほど貧しく邪悪だからです。国民の幸福そのものよりも、目に見えない『国家』と
いうものを上位に置いているようにしか見えない改憲案だからです。

河合弁護士さんたちは、なぜこの映画を今作ったのでしょうか。
なぜタイトルを『日本原発』としたのでしょうか。
なぜ、『日本』という言葉を『原発』という言葉と並列・対峙させているのでしょうか。

この映画が問いかけているものが、単に原発の是非、ということだけじゃないからではないか、
…私はそう思いました。
この映画は、原発のことだけでなく、日本という国そのもののありようを問うているのだと
思います。
私たち一人一人に、『日本をどうしていきたいのか?』『ひとはどう生きていこうとしているのか?』
という深い問いを問いかけているのだと思います。

出来るだけ多くの人に、その主義主張を超えて、一度観てほしい…
是非、この映画を広くご紹介ください。
ある程度のまとまりがあれば、日本、海外…どこにでも呼んで自主上映出来ると思います。



















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Re:鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんばんは。

矢部さんの本は、ハタ!と膝を打つような内容ばかりでしたが、
あまりにも日本の現実が正確に書かれているので、しょんぼりしちゃいますね(笑)。
でも、真実は直視しないと。

昨今は、嫌韓、嫌中本が少しなりを潜めた代わりに、やたらに『日本はこんなに
すごいんだぞ!』的な本やテレビ番組が急増している気がしますが、
かわいそうに、日本は今、自信を無くしているんでしょうか・・・
(他人事みたいに言っていますが、私自身も別の意味で涙、です)

歴史を直視して逃げずに、人類はこうありたい、という理想を追求していくこと。
それがいちばん、自信を取り戻す近道だと思うんですけれど。

憲法は、私は何が何でも改憲してはならぬ、とは思ってないんです。
どうしても必要な場合というのも出てくるだろう。
でも、『誰が、どのように変えようとしているか』それが問題ですよね。
自民党の改憲案は、『平和主義』『国民主権』『基本的人権の尊重』という、
憲法の大事な三原則を捻じ曲げようとしているから絶対賛成できないんです。
国民はようく目を見開いていて、自分たちに現憲法が保障してくれている
諸権利を自ら失うことのないよう、『不断の努力を』していかねばならないですね。

でも、それにしても。
沖縄や、福島は、そんな三原則、などということが綺麗ごとにしか思えないような
状態に置かれています。
辺野古で今、必死に戦っている人々……

テレビは、自粛というか偏向がひどくなっていっていますね。
安部さんのそんなくらいのことで委縮するのか、発言ではないですが、
ほんとに、報道よ、もっとしっかりしてくれ!といいたいですね。

ありがとうございます。




近々、また憲法のこと書きますね~。






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Re: ひげさんへ

ひげさん、おはようございます~~~♪

そちらはまだまだ寒そうですね~。
東京は今日は三月下旬の気温になるとか。我が家の梅は満開です。^^

いえいえ、とんでもない!
ひげさんは、私の記事をまっすぐ本質部分で捉えて読んでくださってるという
気がしています。そんなかたがいてくださることがどれほど励みになるか
知れないです!^^

> 間違った方向にいきつつある国で生きるのは、ストレスが溜まる・・・
最近、円形脱毛症ではないかと・・・カカがいうのです・・・。笑)

ありゃりゃ!(笑)
いや~、笑いごとでなく、ほんと!こんな政治のもとではストレス溜まりますよね。
私も、記事にしなきゃなと思うことは山ほどあって、とっとこさっさと書いて
いきたいのですが、書こうとしてパソコンに向かった途端にお腹が痛くなったり
睡眠薬でも飲んだように眠くなったり!(苦笑)
きっと、体が正直に拒否してるんでしょうね。
もっともっとストレートに怒った方がいいんだろうなあ…
これでも随分抑制して書いてるんですよ~(笑)

旅をしたいですぅ。

政治はろくでもなくても、日本の国土は美しいですものね~
その国土を汚しやがって!…
あら、下品ないい方、ついしちゃった(笑)

いつもありがとうございます♪

Re: しほさんへ

しほさん、おはようございます。
4年目ですねえ……

おお、そうですか!
希望の牧場、吉沢さんのラジオ、聴きたかったです。
吉沢さんは、人生をもう、原発が引き起こす理不尽への戦いにお賭けになった。
いや、原発という狭い問題じゃないですね、国、というものの理不尽に
向かって立ち上がられた。
捨て身になった人は強いですね。揺るがないです。

すぐへろへろになる自分を情けなく思います。
書きたいことはいっぱい。
でも、いざ書こうとしてパソコンに向かうと、気が重~くなる…
その気重さを振り払って記事にするには、結構気力体力がいりますぅ…

でも、この映画に少し元気もらったので、引き続き書いていきたいと思います。
また読んでくださいね。^^
いつもありがとうございます♪





Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん、こんばんは♪

例の『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』。読みましたよ。^^
『永続敗戦論』とほぼ同じ時期に読みましたので、なんだか2倍がっくりして
しまいました(苦笑)。
でも、ここに書かれていることが真実だよなぁ、としみじみ思いますね。

考えてみれば、私がここで訴えたかったことは、こういうことなのだった、と
頷くことばかりです…
マーク・ゲインの『ニッポン日記』、ジョン・ダワ―『敗北を抱きしめて』…
ベアテ・シロタ・ゴードン『ベアテの贈り物』…これらはアメリカ側からみた
敗戦直後の日本の姿…

現日本国憲法の成立過程にどのような事情があろうと、出来あがったものは
素晴らしい哲学を持っていると私は思っています。
改憲をしようとするなら、そのはるか上を行く深い人道的理想に裏打ちされた
内容のものでなければならないと思っています。

憲法のことは、また記事にしたいと思っています。^^

> 第12条:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

> この12条を、我々は意識しているだろうか。また、裁判所は民主主義国家の安全弁、そうしているだろうか。

ここ。本当に大事なところですよね。つまり、この憲法が作られた時、
将来、この憲法が権力の恣意によって捻じ曲げられることも起こりうるということを見越して、
『国民は、この憲法が国民に保障する自由及び権利を、国民の不断の努力によつて
これを保持しなさい』と強く警告忠告しているのですよね。
私たちは、その不断の努力を怠っているばかりか、その多くは、この条文の訴えかけていることの
重大性を認識さえしていないのではなかろうかと思います。

メルケルさんが来て、なにかと日本とドイツがくらべられることの多いここ数日でしたが、
メルケルさんと安部首相を比べることより、同じように日本とドイツが敗戦してのち、
いかに自分たちがしてきたことを直視してきたか…そうして二度と同じ過ちを
犯さない為に、どうしたらいいか、ということを不断にそれこそ考えてきているかどうか、
という違いの方を、しっかり見比べて行きたいものだと思ってしまいます。
ああ。それについても、ずうっと書こうとしている記事があるのだけれど!

『裁判所は民主主義国家の安全弁』。

河合弁護士のこの言葉は、すなおに文字通り受け取っては意図を汲み間違うかもですね。

『裁判所は(現に)民主主義国家の安全弁である』とは決して言っていらっしゃらない、
という気がします。
『裁判所は民主主義国家の安全弁であれ』或いは、

『裁判所は民主主義国家に最後に残された安全弁である』

というのが最もニュアンスを汲んでいるのではないかと私は思っています。
核燃料が溶融を起こして原子炉内の圧力が高まり、爆発という最悪の事態が
差し迫っているときに、それを避ける最後の手段の一つとして『ベント』という
操作があるように。

ところが、現実には、おっしゃるように、裁判所は民主主義国家の安全弁
たり得ていないですよね。
福井地裁の判決のような、名判決はむしろ稀有です。
高村副総裁が、集団的自衛権行使容認の法的根拠に、砂川事件の最高裁判決を
捻じ曲げて拡大解釈して入れ知恵したように、砂川事件の最高裁判決そのものも
ひどいものだったが、それを判例として用いる後世の政治家もまたひどい……

お二人の弁護士さんは、そういうもろもろの、裁判や法に関する不条理の長い歴史を
痛いほど知りつくしていらっしゃる方だからこその、
(映画のための)苦い…晦渋味を帯びたキャッチコピーなのではないかと、
私は感じています。

MATZ-TSさん。いつもありがとうございます。
『日本ははなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』については、必ず
近いうちに記事にしたいと思っています。^^









>
> 憲法を超える力が働いているのかも知れないが、我々は、自分たちの「身近な利益」のために、日本が福島で思い知らされた重要な教訓を忘れ、この重要な義務を忘れて、自滅への道を知らないままに進んでいるのかも知れない、
>
> 憲法を再度読んでみて
> http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
>
> そんな気持ちになりました。

No title

彼岸花さん おばんです。

ありがとうございます。

うすら馬鹿のおらでもよ~っく解ります・・・。

間違った方向にいきつつある国で生きるのは、ストレスが溜まる・・・最近、円形脱毛症ではないかと・・・カカがいうのです・・・。笑)

No title

3/11です。
希望の牧場 吉沢さんの先月の訴えかけをラジオで聴きました。
もう100回を超える訴えかけているそうです。
渋谷駅のまばゆい都会で訴えてるそうです。
渋谷がきらめいてるのは福島からの送電で成り立ってたと。
吉沢さんの訴えてる言葉はごまかしの無い言葉だと思いました。

FM東京 タイムライン を聴きながら…

No title

彼岸花さん こんばんは^ ^ MATZ-TSです。

日本国憲法 第25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
○2  国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

第13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

これに加えて

第12条:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

この12条を、我々は意識しているだろうか。また、裁判所は民主主義国家の安全弁、そうしているだろうか。

憲法を超える力が働いているのかも知れないが、我々は、自分たちの「身近な利益」のために、日本が福島で思い知らされた重要な教訓を忘れ、この重要な義務を忘れて、自滅への道を知らないままに進んでいるのかも知れない、

憲法を再度読んでみて
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

そんな気持ちになりました。

Re: しほさんへ

しほさん、おはようございます。

キャンドルナイト。そうですよねえ。48回目かあ…
そんなにやって来たかなあ、と思います。なんだかあっというまでもあったような。
今日は、東京空襲の日でもありますね。

この映画ね。そうなんです。弁護士さんが自分で作った。
そのいきさつをね、昨日、記事の続きとして書いてたんですが、アップ寸前
と言うところで、操作ミスで一瞬にして消しちゃった!
私、よくこれやるんです。少し書いては保存、保存と細かくやっていけばいいものを、
気合入って一所懸命書いたときに限って、勢いに乗ってるからつい忘れちゃう(笑)。
もう一度書く元気あるかなぁ。せっかく長く書いたのになあ。

メルケルさんね。いいですよね。
現在世界中の各国の首脳陣を見渡して見ても、メルケルさんはもっとも力のある
政治家じゃないでしょうか。
今、政治家が小粒になって質が落ちているのは日本だけでなく、世界的に
そうなっている気がしますが、その中でもメルケルさんはいいほうだと思う。
彼女の政策に何もかも賛同できるわけじゃないけれど、それでも。

脱原発のことも、日中韓のぎくしゃくした関係についても、言葉を選びつつも
きちんと言いましたね。
こちらの政治家がろくでもなくて、聞き耳持たないのが残念です。i-241

この映画は、日本の原発をめぐる構造の問題を、きっちり抽出して示してくれています。
これほどの火山国、地震多発国でありながら数多くの原発保有国であるのは日本だけ、
と言う異常さも、一目瞭然のわかりやすい図像で取り上げています。
汚染水処理の問題、高濃度汚染物質の処理、いつか必ず大問題となるであろう労働者不足…
…どうするつもりなのでしょうね。
規制委員会も国もまるで余所事のよう……

福島の苦渋をリアルタイムに見ながら、なお再稼働に傾くその他の原発立地自治体の
気持も理解できません。これも、自分のところで起こるまでは余所事なんでしょうね。
起きてしまったらもう後悔しても遅いのに。

書かなきゃいけないことがいっぱいあるなあ…
しほさん、いつもありがとうございます♪






Re: スキップさんへ

スキップさん、こんばんは♪

はい。とっても素晴らしい映画で、これ、口コミで広げてぜひ、多くの皆さんに
観てもらいたいです。
とりわけ、まだ『原発はクリーンで安全で安い』などという原発神話から
抜け出られない人たちに、先入観など抜きにして一度見てもらいたいです…

福島第一の問題と、それからこれから54基もある原発を徐々に廃炉にする時期が
必ずやってくるその使用済み核燃料の問題は、原発推進反対無関心に関わりなく
日本人全員が考えていかなければならない問題ですものね。

いえいえ。スキップさんはいち早く太陽光発電にして電力会社と縁をお切りになられた。
それはとても立派なことだと思います。
若者を戦争に行かせない活動もしていらっしゃる。
私も、ぐだぐだしていないで、もっと行動しなくちゃなあと思うのですが、
なんだかこの頃絶望の方が大きくて、元気を無くしていました…

『どうやって、原発を止めるのか、その思いを結集するのか想像、創造できない自分が
歯がゆいですね。』

とおっしゃるスキップさんの焦燥、よくよくわかります…私も同じです。

でも、この映画観に行って、お二人の弁護士さんの強い意志を拝見し、
随分勇気と元気をいただいて帰ってきました。^^

この記事、途中なので、ついさっきまで続きを長く書いていて、ようやくアップ
しようとしていた矢先に、操作ミスで、新しくつけ加えた部分全部、消して
しまいました~~~っ! がっくりのがっくり…
我ながら、気合の入った文章だったのになあ!(苦笑)

ありがとうございます。


No title

彼岸花さん、こんばんは。
明後日は48回目のキャンドルナイトですね。
彼岸花さんのキャンドルナイトに頭が下がります。

紹介されてる映画知りませんでした。
弁護士が映画を撮る!
驚きです。

あのぉ、最近思うのですが…
小選挙区制が政権をひっくり返す制度であれば、
現政権がひっくり返る可能性は残されてますよね。
今後のとんでもない展開で時間が残ってないかもしれませんが。

今朝ドイツのメルケル首相が来日されたそうですが、何を話すのでしょうか?
本当の目的は?
ドイツが脱原発を説得しに来た訳では無いですよね。
海洋汚染の責任追求について話はするのでしょうか?
港湾内に収まってなかった海洋汚染は原子力規制委員会が公表を抑えていたそうですね。
大きくなり過ぎると責任追求はされなくなるんですね、この国は。

最近桜島の活動も活発で夜の噴火の様子は驚くばかりです。
火山国 日本、地震国 日本。
太平洋の端っこで生きていかないとならない私たちには原発は要らないですね。

No title

 映画観ていらっしゃいましたか。どうやって、原発を止めるのか、その思いを結集するのか想像、創造できない自分が歯がゆいですね。太陽光発電を導入したぐらいで満足していてはいけないと思います。が、原発推進勢力に有効な打撃を与えることができないか、考えイラつくだけで居ます。
 今日は復興フエスタin東総に参加してきました。震災復興も平和国家維持も、社会保障も、政治と金の問題も、腹が立つ大問題が山積していますね。そう考えるとため息が出ますよ。まあ、できることからと言い聞かせては居ますが、はハイ。

Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん、ごめんね。^^
一時間後なんて無理無理。(笑)
もっと早くご紹介すればよかったのですが、私も昨日見て来たばかりで。
きっとまた4月以降も、日本全国でやると思います。

実はね、愛希穂さんのようにずっと早くから関心をお持ちのかたには、
既にご存じの情報ばかりだと思います。^^
見て欲しいのは原発推進の考えのかたや、これまであまり関心のなかった人々なの。
弁護士さんの作った映画なので、非情に理詰めにコンパクトに原発の諸問題が
説明されている。
今夜にでも、詳しい記事書きますね~♪

今日は日比谷野音から国会前で、3.11から4年の集会・デモがあるんですが、
昨日帰りに足が痛くなって、どうしようかなぁと迷っています。

ありがとう~~~♪

見たかった・・・

こんにちは。

高松でも上映されるのですね。しかも今日、あと1時間後。
行けるものなら行きたいですが、1時から予定が入っていて行けませんe-351。すごく残念です。

またいつか機会があればいいです。

彼岸花さん、また感想を教えてくださいね!
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彼岸花さん

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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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