『この頃のこと  其の一』


憂愁に閉ざされている春です。
無論多くは政治のことでですが。

でも、身辺にも少し変わったことがありました…

我が家は、築40年近い建売住宅です。
敷地が狭く、隣家とくっつきあって建っています。
(それでもここを買ったのは、北側にお庭の広いおうちがあって、借景が見込めたから。)
40年前ここに入居する時、そのくっつきあって建っている方のお隣との境の目隠しに
カイヅカイブキを数本植えてもらいました。
カイヅカイブキ。針葉樹の一種で、そう…、あのゴッホの絵によく出てくる糸杉に
ちょっと似ています。
40年を経てカイヅカイブキ達は高さ3メートル数十センチにまで成長し、見事な樹に
なりました。枝葉が大きく茂ってそれらがゴッホの糸杉さながら炎のようにうねって。
でも、肝心の目隠しにはならなかった…
杉の木のように枝葉が基本的に上の方に茂るからです…!
樹の性質を良く知った上で熟慮して庭木を選ばなかったのは私たちの罪です。
それでなくても日あたりの良くない庭。カイヅカイブキ達は上へ上へと伸びていきました。
カイヅカイブキは、日あたりの悪い側にはあまり枝葉が茂りません。上へ上へ…、
日の射してくる隣家の方角へ方角へ…と葉が茂っていく。
樹によっては剪定をすれば、横から新しい枝が出てきて樹形をこんもりと整えることが
できるものもある。でも、カイヅカイブキは杉の木と同じで、下枝を払って行けば
下の方から新しい枝分かれを期待することはもうできないのです。
ううん。カイヅカイブキでも、樹の性質を良く知って、もっと小さいうちからこまめに剪定をして
樹形を整えていれば、下の方にも葉が茂るようにできたはずなのです。
でも、放っておいた。
何回かそれでも庭師さんに入ってもらって、隣家の方へ飛び出た枝ははらってもらいました。

しかし、私たちはだんだん老いてきました……
夫は足が少し不自由になったので、庭仕事などができません。家の外周りへの
関心も持たなくなってしまいました…
私が非力ながら脚立に上って、大きく外にはみ出た梅の木の枝をのこぎりで切り、
それを小分けして川べりを行く人にさしあげたことは2年前の記事に書きましたね。^^
でも、大きくなったカイヅカイブキは私の力じゃもうどうしようもなくなってしまった。
前に業者さんに剪定してもらってから数年、枝はまた隣家の方へ大きくはみ出てきています。
常緑樹と言えど、杉の葉っぱに似た小さな枯れ落ち葉が始終隣家のガレージの
車の上にも降ります。南側にも3本あって、それもそちら側のおうちにはみ出ています。
手の届くものは私がちょこちょこ切ったりもしたけれどとても間に合わない…

気になって気になって仕方がなく、また庭師さんに入ってもらうことにしました。
…最初はいつものように剪定だけにするつもりだった…
でも、夫と話し合いました…。
私たちはこれからどんどん老いていく。自分たちで処理しきれないものは徐々に片づけて
行かないとね、と。
そして決断しました。カイヅカイブキを根元から切ってしまうことに…
そして、私が、『廃園好み』、というと聞こえはいいけれど要するに放任主義で、
生えてくるものは生やしておくとこれまでしていたものですから、八つ手や南天や棕櫚竹や
アオキ等が好きなところに好きなだけ伸びていた…それらも思いきって全部整理して
しまうことにしました。
裏の例の梅の木も、一昨年私が頑張って剪定したにもかかわらず、再び道路側に
大きく張り出しているのでそれも思いきって2本ある太い幹の一本は強剪定してもらうことにしました。

今度頼んだ庭師さんは、年は若いけれど、一級造園技能士の資格があるとかで、
樹についての知識も確かそうだった。
見積もりしてもらった他の業者さんは、梅の木の隣の槿の木を、私がムクゲだ、と
言っているのにもかかわらず、「こりゃムクゲじゃないでしょ」と鼻先で笑っていて、
私は『この人に頼んでだいじょぶかな~』と不安になったのでしたが、
今度の庭師さんは、樹を見るなり、私がムクゲと名を口にしなくても裸の木を見ただけで、
「あ~。このムクゲもこっちの南側の幹を残して活かしましょう。こっち側は思いきって
切りましょうね」などと、一目でこちらの希望を察して判断してくれて。
当日は彼が差配して職人さんがほかに二人来ました。一人はベテラン、一人はまだ若いひと。
その二人の仕事ぶりもまことにきびきびしていて無駄口一つ叩きません。
三人はみるみる庭を整理していきました……
カイヅカイブキを切り倒す電動のこの音がブイーンギュイーンとするたびに、部屋の中にいる
私は、カイヅカイブキ達にすまなくってかわいそうで、我が身が切られているように胸が
痛みました……
ごめんねごめんね、ってずうっと心の中で謝り続けていた…
40年も共に過ごしてきた子たちなのです…

カイヅカイブキや大きく育った南天などを切り倒すことで悲しくって仕方がない私の気持ちを
察してくれて、職人さんたちは、優しいのです。
「この木蓮は、この枝がこれから大きくなるように残して、電線に近づいてるのは
切りますからね」
「南天は、ここに小さいのがまた生えてきてるから」
「これで随分明るくなったので、今度はあまり大きくならない、姿の優しい樹や灌木を
植えるといいですね」とか、希望を持たせるような言い方をしてくれるのです。

切られたカイヅカイブキなどは、ゴミ収集車のようなものを持ってきているので、
そこにあっという間に片づけられ吸い込まれて行きます。玄関のドアを小さく開けて、
さようなら、ごめんねと何度も心で言って、涙を飲みこむ私。

9時から仕事を初めて、12時前には彼等は仕事を終えていました。
若い方の職人さんが、最後まできれいに細かいくずなども掃き掃除して行った。
今日はあと2軒ほど回るとかいうことで、彼等はお茶もお昼も断り、爽やかにあっという間に
引き上げていってしまいました。支払いさえあとでまた寄りますと言って、結局
集金に来たのは、あんまり向うからやって来ないのでこちらが心配になって催促して
ようやく5日くらい後になってからのことでした。しかもお値段も他の業者さん達より
ずっとずっと安かった…
なんともまあ、さっぱりあっさりした、気持ちのいい人々でした…

さて。がらんどうになってしまったような我が家の庭。
呆然とします…
それまでがあまりにも鬱蒼とし過ぎていたのだけれど…
風が起き、立ちつくしている私を巻いて、庭をさああっと吹き過ぎていきます…
カイヅカイブキ達は、日蔭も作って庭を小暗くしてはいたけれど、風よけという大きな役目も
していてくれたんだなあ、とあらためて思いました。これからは、この庭を、風はこうして
遮るものもなくまともに強く吹き抜けるんだろうな…と。
電線にかかりそうな大きな枝を剪定されて、だいぶさみしげな姿になった木蓮が、
その吹き抜ける風に大きく揺れています。

カイヅカイブキのあったところには、切り株だけが少し残っている…7本あったその樹の
切り株を、一つづつ撫でて回って、またごめんね、と言いました…
自分で決めたことではあるのだけれど、無暗に寂しいのです。
私たちには娘はいますが、娘たち夫婦は子供を持ちません。
娘たち夫婦が将来この家に住むかどうかさえわかりません。荷物の多い二人には狭すぎるから。
多分この家は、私たち夫婦が生きている間のものでしょう。
それならば、庭も含め、これから少しづつものを片づけていっておかねばならないと思ったのです。
娘たちが片付けやあと始末になるべく困らないように。

政治は大きく変わろうとしています…
私たち夫婦はちょうど、60年安保世代と70年全共闘世代に属しています。
私たちの世代の者たちが良かれと思って守って来たこと、これまで信じてきたことが、
ことごとく覆されようとしています…
心の中を吹き抜けていく寂寥感は、決して、庭木をきれいさっぱり整理しちゃったという
ことだけではない、ちょうどその日が強く風の吹き抜ける日だったせいばかりじゃない、
いわば、人生の寂寥感そのものとでも言っていいような気持に襲われて、私は玄関の
門の外から、庭を呆然と見ていました…


すると!
庭の奥。ちょうど木蓮の大きな切り株のあるあたりで、何か動くものがいたのです!

最初は鳩かな、と思いました。ヒヨかな、とも。
でも、ヒヨドリは、あんな風には地面をこそこそ動きません。
彼は、キイキイ怒りながら飛んでやってきて、また口汚く罵りながらさっと飛び過ぎて
行くタイプだから。
ムクドリかな。ムクドリなら、あんなふうに地べたをつつきまわります。
でも、ムクドリはちょっとおばかちゃんっぽいところがあって。ムクドリは群れるのです。
あんなふうに一羽っきりで、ひとの家の庭にやってきて虫を探したりあまりしない。
ムクドリは川原でいつもよく見るのでその動きは知っています。この鳥はムクと挙措が違います。
それに、ムクドリより、尻尾が長い気がします。嘴や足もあまり黄色くないし。
もうだいぶ日が傾いてすでにうす暗くなりかけた庭で、その鳥は、積もった枯れ落ち葉を
探っては、虫を探しているらしく見えました。
そのこそこそというか…気の弱げなそぶりは…ひょっとして…つぐみん?

つぐみんというのは、ツグミのことです。
まあ、詳しくはここでは語りませんが、知っている人は知っているという…
ある漫画に出てくる鳥のことで、私は、これまでツグミを見たことが一度もなかったので
ずうっと会いたい会いたいと思っていたのです。
私は薄暗がりの中で木の葉をつついては振り回しているその鳥を確かめようとしました。
ツグミは今まで来たことがありません。大きさは大体合っています。
でも、遠くからだとムクドリのようにも見える。ツグミらしい模様が見て取れないからです。
近づいて見たいけれど、門を開けて入れば鳥は驚いて逃げてしまうでしょう。

つぐみんならいいのにな。どんなにかいいのにな…。なんだか胸がきゅうんとしました。
私がこんなに寂しがっているときに…その時を選んだように姿を見せに来てくれる??

玄関に入らないわけにも行かず、鳥は逃げてしまいました。
でも、それから5日ほどの間、彼にもう一度会いたいために、私は庭の木蓮の
辺りに、パンくずやリンゴを出して置いてみることにしたのです。
結果は。
つぐみんではありませんでした。
でもツグミの仲間の『シロハラ』という鳥だと調べてわかりました。たぶん。^^
ツグミの仲間ということで、あのつぐみんの性格や行動とそっくりです。
地べたを飛ばずに歩いては、立ち止まって枯葉の間の虫などを探す…ぼおっと
何ごとか考えてでもいるかのように立ちつくしている…またうつむいて餌を探す…
物音などにびくびくする…。
相変わらず、ヒヨドリが縄張り意識を発揮して、すぐに邪魔しにやってきます。
シロハラは、でも、ツグミよりは気が少しだけ強いみたいで、ときどき反撃していました。

毎日朝が楽しみでした。
雨戸をあけてしばらく部屋の内から庭を見ていると、いつのまにかシロハラが来ています。
誰もいない庭で、うっとりしながら、リンゴをつついています…
パン屑をまいておけば、いつの間にかなくなっています。まあ、ドバト夫婦やヒヨドリも
食べに来ていたのだろうけれど。

…自然って、なんという思いがけない贈り物をしてくれるのでしょう!
あんなに立派に大きくなった、40年来の家族とも言うべきカイヅカイブキを切って、
いわば自然に対して深い罪を犯した私に、そうしてそれを悲しむ私に、
こんな優しい使者を送りこんで逆に慰めてくれるとは…
無論、人間の私の勝手な思いこみだということはわかっています。わかっているのですが、
それほど私は、このシロハラの思いがけない訪問にいわば救われたのです。

ずうっと餌をやり続けたいな…
どんなにかそう思いました。
けれども、カイヅカイブキを切ったのも、そもそもはお隣にこれまでずうっと迷惑をかけて
来ていたということがあったからです。枝が越境するだけでなく、カイヅカイブキは、存外に
一年中、細かい枯葉を落とします。それが両隣のガレージや物置の上に降る。
両隣の人々は優しく、これまで文句など一言も言われたことはありません。
でもそれだけに、すまないと思う気持ちはこちら側に強くありました…。
鳥に餌をやり続ければ、縄張り意識の強いヒヨドリは、一日中、近くの高いところに止まって
見張りをします。そして餌を出さないと当てつけのように糞をします。
ヒヨドリのそうした駄々っ子のような性格は、私は好きなのだけれど、その5日間でもう、
ヒヨドリはここを餌場と認識したらしい。
お隣に鳥の糞害の迷惑をかけるわけにいかない。餌やりはそもそも我が家のような
くっつきあった住宅地では無理です。
あのこはシロハラだっていうことをもう確かめる頃ができたのだから気がすみました。

シロハラの習性はよく知りません。ツグミと同じに、春が深まる頃、シベリアなどに
還るんだろうか?
調べてみると…ああ…やっぱり。春になると、中国東北部やロシア沿海地方に還っていって、
そこで繁殖するんだ…
そうなのか。そんな遠いところから旅して来てるんだなあ…そうして渡りのぎりぎり前に
こうやって我が家を訪れてくれたんだなあ……

勝手な思い込み、とは何度でもまた思うけれども、なぜ、このシロハラちゃんは、
私が悲しんでいるその日に限って、うちの庭を訪ねて来てくれたでしょうか…
いやわかっているのです。きっと彼はそれまでも来ていたのでしょう。あまりにも庭が
南天や八つ手やアオキやなんかで鬱蒼としていたので、こちらが気がつかなかっただけなのでしょう。
それともあるいは、カイヅカイブキなど樹を切ったので、枯葉の下で冬を越した虫たちが逃げだして
それが見つけやすくなっていたので訪ねて来たのかもしれないです。

それだけのことなのだけれど。そうなんだけれど、
私は実は、このシロハラに、何か手を合わせたいくらいの偶然の啓示を感じたのでした。
まだ、前を向いて生きることをあきらめちゃダメ。老い支度になんか早々と入ろうとしちゃダメ。
まだまだあなたの知らないささやかな喜びや出会いがこの世にはいっぱいある…
来年また来るから…来年、また…
そういうことを告げてくれたような気がしたのでした。

シロハラちゃん…


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Re: kikyoukarukayaさんへ

kikyoukarukayaさあん!こんにちは~♪
ご無沙汰しています!
お元気でおいでのご様子。安心しました。^^
ほうほう、Lily姫さんが。^^ Lily姫さんをきっかけに久しぶりに
お訪ねくださって嬉しいです。

いえいえ。ご活躍、なんてことないんですよ。^^
もう、気息奄々。ようやっとの想いでなんとか書き続けていると言ったありさま
です。思っていること、記事にしたいと思っていることは山ほどあるのだけれど、
書くことがそれに追いつかなくて、あとは…そう…政治に対するがっかりが
積もりすぎて、少しあきらめムードにもなっていました。
「も、だめだ…!」と寝転がっては、「や、まだあきらめちゃいけない!」と
がばっと起き上がるの繰り返し。^^

そんな中で、このシロハラちゃんの記事などは、私自身にとってもオアシスみたいな
ものです。こういう記事が自分でも一番好き。
いつもこういうのばかり書いていられたらなあ!といつもいつも思うけれど、
いつのまにか反原発、政権批判のブログになっちゃった…。
それが自分で悲しいです。

でもね、知ることは基本的に楽しいですし、書くことも嫌いではありません…
今は怒りまくっているので、ちょっと政治の記事が続くと思いますが、また
ときどきはこうしたのどかな身の回りのことなども書きたいと思っています。
また、遊びにいらしてくださいね。^^
ありがとうございます~~~♪



No title

彼岸花さんご無沙汰致しました。本当にお久しぶりで、2年くらいたってしまったでしょうか。
大きな出来事は何もなかったのですが、ブログの更新も怠り、日常に追われて過ごしてしまいました。
Lily姫さんが拙宅?をお訪ねくださったのに気づきまして、先ほどお伺いし(ご挨拶はしませんでしたが)、そのまま彼岸花さんのところに飛ばせて頂きました。
ご活躍のご様子、懐かしくまた嬉しく思いました。
落ち着いてから、と思っていたのですが、とてもよい記事を拝見して感動し、何か一言書きたくなりました。
彼岸花さんが書いていらっしゃったこと、一々同感です。私もいつも思っていることですが、こうして文章として表現されたものを拝見しますと、一歩踏み出していくことへの背中を押された、って言いますか、そんなことを感じました。
小鳥のこと、偶然私にも、ちょっとしたことがありました。それをブログに書こうかとも思ったのですが、そのままになっていました。
また後でゆっくりお邪魔させて頂きますね。

Re: junkoさんへ

junkoさん、こんばんは♪

やさしいおことば、ありがとうございます♪♪♪
そんなふうに言ってくださると、自責の念を少し軽くすることが出来るような
気がしてきます。
シロハラちゃんには、本当に救われました。
…そうですね。きっと木たちが寄越してくれたのですね♪
木たちのことは、いつまでだって忘れません。わたしのこころの中で、ちゃんと生きてる。
でもね。カイヅカイブキを巣作りにときどき使っていたドバトの夫婦が、
『あらら?あら?あの樹がないわ!』とでも言うように、クウクウ朝などに啼いていると、
ああ、すまないなあとまた思います。
樹を切るということは鳥たちの居場所も奪うということでもありますものね。

シロハラちゃんは、北の遠いところへ帰っていき…今、我が家の毎朝の訪問者は、
小さな丸っこいハナバチちゃんです。
早朝、玄関開けて外に出ると、彼女がぶ~んと羽音をさせて夢中で花粉集めしている。
私がすぐ傍で見つめていても怒りません。

ほんとうですね。きっとこれからも、ささやかだけど出会いがありますよね。^^
なんだかそう言っていただいて、そのこと信じられる気持になりました。^^

ありがとうございます。
これから政治の記事をまたどんどん書いていくつもりですが、空っぽになったお庭を
今一所懸命いろんなもの植えたりしていますから、またそんな記事も書きたいです。
ほんとうにありがとうございます♪



No title

こんにちわ
彼岸花さんのお気持ちが痛いほど伝わってきて、私の胸にも涙がたまりました
私も切り株見るたびに 自分の腕を切られたかのように、哀しみを感じます
彼岸花さん、優しいかたですね
木たちは そんな辛いどうしようもない気持ちをすべてわかってくれていると思います
だからこそシロハラちゃんを寄越してくれたのではないでしょうか?

彼岸花 さんが感じた 啓示のようなもの、、
>、前を向いて生きることをあきらめちゃダメ。老い支度になんか早々と入ろうとしちゃダメ。
まだまだあなたの知らないささやかな喜びや出会いがこの世にはいっぱいある…
来年また来るから…来年、また…

その通りだと思います

特に彼岸花さんのような方は知らないうちに、ただいらっしゃるだけで、回りにたくさんの温かい思いを配っていらっしゃるのだと思います
こういうせちがらい世の中には 闇夜の灯りです
貴重な存在です
こんな素敵な植木屋さんと知り合えたようにまだまだたくさんの素敵な触れあいがあるでしょうから 楽しみですね
さっぱりした庭を吹く風 楽しんでください

Re: さおるさんへ

さおるさあん!
今、足跡見つけて、コメント欄も見ぬうちに、そちらに飛んで行っちゃいました!
戻ってきたらコメントが…。入れ違いになったんですね。^^
わあううん、嬉しいよ~。
喜ばしいお知らせも無論嬉しかったし、来てくださったこととってもとても嬉しい…
お花のことも。^^

そうなの~。
殆ど空っぽのお庭になっちゃって、今、ぼちぼち…でもないかな、せっせと…
いろんなもの植えていっています。
百合の数も増やしたし、半日蔭のお庭でも育ってくれそうな植物たちを。
本当は泰山木を一本植えて、そうそう、柑橘系の木も花の香りが嗅ぎたいから
欲しいけれど、大きくなる木や日あたりがよくなくちゃいけないものはあきらめ
ないと仕方ない。

お外を歩いていると、カイヅカイブキを見かけることがあって、そこを通るたびに
胸が今も痛みます…
もっと早くに木の性質をわかってやって剪定を正しくやってたら、って。
見事に育ったカイヅカイブキはたくましい生命を感じさせる木ですのにね。
『息吹』さん。^^
大きなお庭で、光を十分に浴びて育ったこの樹は、ゴッホの糸杉にも似て
とても見事です。

でもね…。塀の外に大きくはみ出していたのでこれも思いっきり強剪定せざるを
得なかった梅の木や槿を見て回っていると、樹木を庭に植えるって、
地上部だけを見ててもいけないんだなって、あらためて知りました。
地上部に見えるのと同じくらい、根っこが張るんだよね。その根っこが充分伸びやかに
伸展するだけのスペースが、我が家の庭にはなかったの。

娘たちがいろんな種類のスミレをくれたので、ささやかに『菫コーナー』も
作りました。スミレは種類によっては半日蔭でも育ってくれる。
自分がもともと好きだったお花たちも植えていってみています。
咲いたら記事にしてみますね。^^

ドクダミさんたちは元気です。^^
我が家で毎年文句なしに元気なのは、どくだみさんたちと、白粉花、
秋海棠、ホトトギス、セージ、かな。

小さないのち。大きないのち…
いのちが育って行くのを見ていると、自分の老いも憂いも束の間忘れます。
今、あたしは。社会から目をそむけてる。
見たくない醜いものたちに背を向けて、背中を丸めて庭仕事。^^
でも、怒りや悲しみや憂いは、胸の内から消えることはありません。
日本が…世界が…向かう方向が本当に心配…

そろそろまた書かなくっちゃなって思っています…
綺麗な記事、いっぱい書きたいな…書きたいんだけどな…

さおるさん。おめでとう♪ そしてありがとう♪
とってもとても嬉しかったです!

さみしかったね

彼岸花さん。
ずいぶんご無沙汰してしまってごめんなさい。

カイズカイブキ。切られたのですね。
さみしかったね。。
息子の名前が息吹なので、幼稚園の生垣にずらっと姿良くならんだカイズカイブキ。
名前のふだがついていたのでしらに間に愛着のある樹木となっていました。

切り株をひとつずつ撫でられた優しい手。
彼岸花さんの手。

命だったんですね。そしてもう廃園ではなくなったさっぱりとして風が吹き抜ける彼岸花さんの新しい庭に訪れるはらじろも、輝く命。

今年は檸檬が一つも実らなかったのです。
ちょっと悲しいでした。
でもその代わりなのか、去年植えて見た巨峰が三房ほど実を結んでいます。

今日はふたつあるメダカの鉢のお水をかえて、庭の植物に目をかけてあげたいとおもいます。
命はそこかしこに。。、
彼岸花さんと同じ庭に立って。。、

Re: クウ―ママさんへ

クウ―ママさん。こんばんは。

風邪の方はおかげさまで昨日あたりからだいぶ軽快しました。
ありがとうございます。

クウ―ママさんの山の麓のおうちでの暮らし、ほんとになんだか童話の中の
世界のように聞こえます。^^
実際に暮らしてみれば、冬は大変でしょうし、いろいろな小動物や虫たちは
訪れるわ、買い物にもおいそれとはいけないわ、で、なかなか大変なことも
あるのでしょうが、お話し伺っていると、ああ、そういうのいいないいなって
楽しさばかり想像しちゃう。
また、これからもときどき、山のおうちのこと、教えてくださいね。^^

私の中に、理想の家としてイメージがあるのは、別れて暮らす父の家に、
小学5年の夏、帰って暮らした時のことなんです。
叔母の家の離れを借りて、父は竹細工仕事をしながら一人で暮らしていた…
高原の村でした。^^
前庭には一面に一重咲きの松葉ボタン。叔母の家の横手は綺麗な小川。
裏手には広い広い畑があって、トウモロコシ、トマト、インゲン、茄子、
キュウリ、スイカ、カボチャ…
とりわけすてきだったのは、叔母が丹精込めたダリア畑があったことでした。
グラジオラスやカンナ、クレオメ、などの夏の花らしい花々も咲き乱れていました。

黑いラブラドールに似たような大きなおとなしい犬がいて、いつも竹細工をする
父のそばに寝そべっていた。叔母の家の犬だったのですけれどね。^^
私が小川で顔を洗いなどに外に出ると、のっそりと起き上がってついてくる。^^
きっと、『このお嬢さんはどうやら私が守らなければいけないらしいな…』
なんて、本能的に思ってたんじゃないでしょうか。
父と私が高原に、お花摘みや釣りに出かけていく時も、クロはついてきました。
でも、高原の道のあるところまで来ると、父がいつもそこで『もうお帰り』と
言っているのか、クロは自分で引き返して行くんです。^^

父がかまどで焚いてくれるご飯の甘い匂いと薪の燃えるかぐわしい匂いで
朝、目が覚める、なんて、最高の幸せな目覚めだったなあ…

クウ―ママさんの山のおうちのお話し聞いていると、その夏のこと、ぱあっと
思い出すんですよ。^^

伐った木たちのこと。そういうふうにやさしく言ってくださってありがとう…
ほんとにね。私も、雑草抜くときにもごめんね、っていいながらなんですよ。
どの草を抜いてどの草を残すのかは、まったく人間の勝手。
生きたい!と思うのは、どの子だって同じなのにね。
つくづく、人間の身勝手というものを自分自身で嫌になるほど思い知ることに
なりました…

シロハラちゃん。来年も来てくれるかなぁ…^^
つぐみんにも一度会いたいのだけれど、見たことありません。
眼鏡かけてても視力がたぶん0.6くらいしかないと思うので、遠くが見えない
ということもあるのかなあ。

クウ―ママさん、ありがとうございます♪


No title

お久しぶりです〜
元気な声を一日中聞き続けてくたびれてるのは、歳が確実に増えてる証拠ですね。
散歩で鳥の声を耳にしては、見上げる空が高くなりました。

お山の麓に住んで居た頃は、木々の思うさま伸びた姿に感嘆し、
厳しい北国の、その生命のありようにただ見上げるだけの自然の森。
人が手を入れた美しい姿の、人の役にたって貰うための林。
自らが倒れてもなお他の命の源となる木々の姿。
そこにいさせて貰う己を見つめる目の厳しさを感じ、ただ見上げたものでした。

その木を燃して過ごす冬。
ごめんなさい・ありがとうと一本の薪に感謝したものでした。

木を伐るって、自分を切られるような痛みを感じますね。
呆然としてしまうお気持ち、胸に迫りました。
一本の草を引き抜くにも、ごめんねって謝るのに・・

年月が重なれば、次の世代のことを考えます。
大きな木も、自らが倒れて朽ちて小さな命の糧になります。
街中の庭では、それ程に長い返還は望めないですが・・
切り株がきっと、次の命を育てますよ。
彼岸花さんの痛みも、庭の木たちは ちゃんと受け止めてくれたと思います^^

見えてなかった訪問者達や、これから訪れるだろう来宅者と親しんで過ごす時間も
心を楽しくしてくれますね。
シロハラちゃん・また秋になったら きっと来てね!
ツグミンは、鬱蒼としてない所が好みのようですよ^^
あのまだら模様の胸のツグミンにも会えますように。
旅立ちの前のツグミんは、やっぱりトコトコ草の上でした。

風を引いたんですか。お熱が下がって早く元気を取り戻しますように!


Re: やまねこさんへ

やまねこさん。こんばんは♪

ありがとうございます。^^
こころが優しい、というとなんだか気恥ずかしいですが、昔っから
結構、『もの』にもなんだか感情移入してしまう方です。
暮れから3月まで長生きした切り花のカーネーションに『紅子さん』という
名前をつけたり。(笑)
主人が粗大ゴミ置き場から拾ってきた、まだ新しい小さな温風ヒーターは
『春ちゃん』だったり。^^

『おなべふ』……懐かしいなあ。
何十年ぶりに聞いた言葉でしょう!
お・な・べ・ふ…と、やってくれた友たちは、なぜか女らしい美しい子が
多かったような記憶があって、その白い手が自分の腕に触れていくのを、
ちょっぴりせつないような甘いような(今から思えば、ちょっと倒錯がかった?笑)
気持で俯いて見つめていましたね~。
なぜか私は、『「ふ」…不良だぁ!』という結果が多かったような。(爆)

コメントありがとうございます♪

No title

やさしい心をお持ちですね。感動しました。

Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんにちは。
ここ数日頭痛に悩まされていて、返事が遅くなってすみません。
急に外の日差しが明るくなってきて目の疲れから来る頭痛かなあと、目薬など
さしてみてましたが、どうやら喉が痛くなって来たところからすると風邪のようです。

いえいえ、綺麗にしているどころか、これまでは、生えてくるものは拒まずで
来ましたので、庭は勝手に生えて来た半日蔭の草木で占領されていて。
とりわけ場所を占めていたのが南天、八つ手、棕櫚、アオキ。
万両、ヤブコウジの小木類に、それから無論、どくだみ(^^)、秋海棠、水引、
ヤブラン、シダ類などがぼうぼうと。(笑)
実に足の踏み場もないありさまで、その間にわずかな隙間を見つけて百合を植えて
いた程度でして。
はい。鳥たちは我が家に、というよりは、北隣りのお庭の広いおうち目指して
やってきます。そこも我が家と同じで、生えてくるもの拒まず、というお庭!(笑)
でもねえ。それほど鳥の種類は多くないんですよ~。
甘い蜜の出る花の木や、美味しい実のなる木が少ないからかなぁ。
来年、鉢植えのユスラ梅に花が咲いて、赤い実がなってくれることを期待しています。^^

鍵コメさんのお庭は、その描写からも日当たりがよくて広々した感じを受けます。
自宅のお庭で菜園、というのはいいですねえ。
私は今年、生まれて初めて自分で食べるもの育ててみようとしています。
なぜかじゃがいも。(爆)
ひょろひょろしているので心配です。
そうですね。人は人生で一回は土に触れる暮らしをした方がいいんじゃないかと
この頃つくづく思います。プランターででもいい、草花や野菜を育てるこころは
生命の愛しさや気長に待つ心や手間暇かけることの大事さ、逆に自分の至らなさを
教えてくれますね。
精米された白米を田んぼに播けば、あの白いお米がなるものだと思っている若い人が
いるらしいですよ。(笑)
そう言えば、我が家の辺りは東京の外れであるにもかかわらず、田んぼというものが
近くに全然ありません。もう何十年と田んぼらしい田んぼの光景を見てないなあ…

メール拝見しました。
『1945年のクリスマス』は、ぜひ多くの人に読んでほしいですね。
押しつけられたものでもいいものはいいのだ、ということがわかります。
ベアテさんが生きてらして今の悪い改憲へまっしぐらの事態をご覧になったら、
どんなに悲しまれることでしょう。
後でまた書きますね。

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Re: しほさんへ

しほさん、こんばんは♪

はい。だいぶ明るくなった庭を毎日呆然と眺めては、何を植えようかな
って考えています。

ムクドリはほんとに群れますよね。ニュースなどで駅前の街路樹に
大変な数のが群れているのを見たことがあります。
私は、鳥も、なんだか一羽で行動する子の方が好きだなあ…。^^

私もそんなにいろんな鳥知ってるわけじゃないんです~。
我が家に来るのは、ヒヨがいちばんかな。ときたま、メジロとかシジュウカラとか
オナガとかが来てくれるととても嬉しい。お隣のお庭の広いおうちにだけど、
春、数回はウグイスの声も聴けます。コゲラが来てたのも見たことあります。
ふふっ、ヒヨってほんとに性格が面白くて、見てて飽きない鳥ですよね。
シロハラくんはとてもおとなしい性格のようです。
見た目はとても地味。仕草もつつましいんですよ(笑)。

来年も会えるかなぁ…
会いたいなあ…

しほさん。ありがとうございます♪

No title

こんばんは。
すっきりした庭にお客様が来られてよかったです。

ムクドリは本当に群れてます。
読んでいて電線にびっしり並んでる姿や、
糞害で無残に枝をバッサリ切られたけやき達を思い出しました。
駅前の立派なけやき達がムクのお宿とは緑が減った結果でしょうか?

私はヒヨとメジロぐらしか分かりませんが、
彼岸花さんの軽妙な鳥の描写にくすっと笑いました。
茶色と青味を帯びたお顔のシロハラ。じっくり見せて頂きました。
鳥の鳴き声がすると目が釘ずけになります。
よ〜く見てみますね。


Re: 音楽についての鍵コメさんへ

行ってきましたよ~~~♪
どちらのプログラムもとてもよかったです。
ヴィヴァルディの『スターバト・マーテルRV621』などを歌ったカウンター・テナーの
スペインのカルロス・メナ。リチェルカール・コンソートの演奏も共に
とても素晴らしく、3曲目の『ニシ・ドミヌスRV608』では、指揮者のフィリップ・ピエルロが
途中でチェロを弾くその間テナーは控え目に後に下がって歌うのですが、
そうするとむしろ教会で聞いてでもいるかのように声が会場に響き渡って荘厳でした。
知的な抑制の利いた歌いっぷりで、なんだか遠くからだけれど姿を見てるだけで
じんとしてしまった。声も曲目が進むに従って尻上がりに調子が上がって
来たんじゃないかな、とわたしなど素人ながらも思いました。
とにかく古楽の雅びな美しさと典雅な歌・演奏ぶりに浸ってきました。
https://youtu.be/jyNsbJX0Zc4

次はドヴォルザークの「交響詩『野鴨』op.110」と『チェロ協奏曲ロ短調op.104』。
チェロはエドガー・モローという弱冠20か21歳のフランスの若手。
ロベルト・トレヴィーノ指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア。
こちらも私には大満足でした。
大画面に弾いている手や口元などが映るのですが、若い白い手が美しくって
(そんなとこばかり見てた?爆)どちらかというと手フェチ気味のある私は
うっとり。顔も、どちらかというと、あのプーチンを若くしたような、
トリュフォーの映画で街の不良少年役をやらせたいような、やんちゃな顔つきなのですが、
(どこを見とんじゃ~い!笑)その青年が繊細な演奏(と私には聞こえました)するのが
見ていて聞いていて楽しく。
でも、曲はわたし好みの悲嘆な調子の曲ばかりなんですけれど。^^
曲目は違いますが、こんな若いひと。とても魅力的ないい顔です…
https://youtu.be/q0I70yRe26E

(すみません。一個所直したいところがあってコメント入れ直したので、お返事の
順番が入れ替わってしまっています)


Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん、今晩は~。^^

はい。自分たちで決めたことなのに、すまないすまない、って胸が痛くて。
だって樹木はものを言わないし動かないけれど生きているんですものね。
自分の身が切られているように痛かったです……
でも、木々の剪定は、ほんとに重労働ですね。私一昨年梅とムクゲの
剪定しただけでその大変さ思い知りましたもん。
あまり大きくなりすぎないようにこまめに樹形を整えていれば剪定も比較的
楽なのかもしれないけれど、カイヅカイブキ達はもう、猛々しく大きく
なりすぎていたから…それもお隣の敷地からじゃないと剪定できなくて。

お婿さんに頼もうかな、とも思ったのですが、まあ出来るだけ自分たちのことは
自分たちで処理していかなくちゃと思えば、こうするしかありませんでした。
でも、鳥さんたちは見ていてほんとに楽しいです。^^

原発のことが言いにくくなったということ…わかりますよ~……
私も関心は変わらず持っていて情報にも目を配っているのは少しも変わらない
のだけれど、福島の方の想いにはやはり気を遣ってしまいます。
そうなの。そこに住み続けざるを得なくされてしまった方々に何が言えるか、と
思ってしまうんですね。
でもなあ。夜ノ森の桜並木など見ると、やはり猛然と腹が立つんですよね~…
この家々が皆、無人か…と思いますと。そこで暮らしていた方々のことを思いますと。
賠償はしてるかも知らないけれど、これに誰一人責任を負う者がいないって
厳しく罪を問われる者がいないってどういうこと!!??って思ってしまう。

そうそう。電力会社と他の原発立地自治体の方には真剣に福島のことに学んでほしいですね。
もう、騙されていた、とか、知らなかった、とは言えない…
原発を再稼働する、運転延長する、新設する、ということと、核のごみの処分は
セットにして義務付けなければいけないんじゃないかと思います。
それは日本だけでなく、世界の原発がそうすべきなんじゃないかと思う。
利益を得るものは、その負の部分も同時に引き受けるべきだろう、と。その意味では
本当は、原発による電気の利用者も共に責任を負うべきだろうと思います。
その電気を使う量に応じて原発の廃棄物も全都道府県に返す、というくらいのことを
しなくちゃ、この国の人は原発を本当に止めようとは思わないんじゃないかとさえ思う。
汚染土の引き受けさえ誰もしたくないんですよ~。それで一体誰が、これから廃炉や
再稼働でさらに生みだされる高レベル放射性廃棄物を引き受けるというのだろう。
どこか日本の果ての地に、という発想自体が人間の傲慢とエゴですよね。
それは沖縄の問題も同じなんだ~。
オスプレイの飛行や駐機さえ日本の他の地の人々は皆忌むんですよ~。それでいて
沖縄だけにすべてを押しつけて平気なんだ。
いろいろ考えてると、出口のない焦燥感でいつも気が滅入ってきちゃうの。

やっちゃんさんは一本気で陰日向なく立派だなあといつも思います。
人間、正しいと信じることに対して圧力を感じようと態度を変えないということくらい
難しいことない。
いつもありがとうございます♪

Re: NANTEIさんへ

こんにちは♪

はい。なんだか自責の念に囚われてですね。気が滅入ってたんですけれど、
シロハラちゃんが、「だいじょぶ。むしろ新しいこと始めるきっかけにして♪」
って、伝えに来てくれたような気がして元気を貰いました。
嘆くのも喜ぶのも私の勝手な思いこみなんですけれどね!(笑)

ツグミちゃんがお庭の常連とはうらやましいです!あの記事、ほうほう言いながら
拝見しましたよ~。ツグミは仕草がほんとに愛すべき鳥ですよね。
メジロも、以前ご紹介してくださいましたね。
シジュウカラも私は大好き。鳴き声もほんと、可愛いですね。
NANTEIさんのお庭は、お写真で拝見してもとても風情がありますね。
栃の木があるとはうらやましいです。私ね。本当は泰山木とか朴の木とか
植えたいんですけれど、また大きくなる樹だからなあ!あきらめています(笑)
バラも憧れだけれど無理かな。師匠のお宅の夜のバラたち、すてきな記事でしたね。^^
私も、木蓮や梅や槿や源平桃、梔子などわずかに残した樹木をちゃんと管理手入れして、
この秋、沈丁花やツツジなどの灌木の苗木を手に入れて植えつけてみようと
思います。
あとは、これまであまり草花は植えてこなかったんだけれど(なんせ南天や
八つ手やアオキやシュロチクなどが勝手に繁殖していて足の踏み場もなかった!)
だいぶ明るくなって少しスペースもできたので、半日蔭でも耐えてくれる
草花をちょこちょこ、今、植えていっているところです。
百合は10本ほど植えました。山百合が欲しいけれど、時期を失ってしまった…
あのね、鍬を買って来て生まれて初めて鍬というものをふるってがちんゴチンやっている
ところなんですよ(笑)。がちんゴチンと表現したのは、石ころだらけの土地で、
鍬がすぐ小石中石に当たっちゃうから(爆)
そうそう。なんとじゃがいも栽培にも挑戦!野菜を植えるような土地ではないので
プランターでですけれど、お野菜作りにこれも生まれて初めて挑戦です!(笑)
プランター栽培じゃどうかなあ。種イモ買ってきて植えつけて、今草丈20センチほど
になっていますけれど、芽かき土寄せ追肥してもなんだかひょろひょろした子たちで
すごく心配です(爆)やはり日照時間が足りないのかなぁ…
なんで生まれて初めての野菜作りがじゃがいもかというと、他のお野菜自信がないし
おじゃがのすごくちっちゃい奴を皮つきのまま茹でて塩だけで食べたいから。
新じゃがの皮の土臭さがすごく好きなんですぅ。
男爵いもとかメイクインとか大きくなる種類のじゃなく、なんてったっけ
小じゃがの種類のを選んでみました。
ちゃんと育てられるか心配です~~っ。^^

さっき、いつもこれまでカイヅカイブキで巣作りをしていた鳩の夫婦が来て、
「あの樹がない!ない!」って探すように背伸びしたり窓の内を覗きこむように
してるのを見て、また胸がきゅんと痛みました!
悲喜こもごもの春ですぅ…

No title

彼岸花さんこんにちわ。

さぞおつらかったと思います。
家の周囲の木々たちは植えた本人には
ほんとに思い入れの深いものだと
やっちゃんも初めて経験しています。

ウチの木々はほとんどかっちゃん父母、祖父母の植えたもの。
やっちゃんはここ来て最初は、伸び放題になってるそれらを
ばっさりやりかけたんですが、ばっさりやったら
みんな見事に元に戻りました(笑)。

木々の剪定はホントに面倒で大変な重労働で、
今はかっちゃんがやってくれるけど、
それができるのもあと10年ぐらいかな、と2人で話ています。
年老いたらとても無理。
その時はもしかして他所へ移ってしまうかもしれません。
まだまだ先のことはわかりませんが、、、。

彼岸花さんには正直に言います。
原発のことも今は言いにくいです。

何故ならば、過酷事故から4年以上も経ち、
あの危険な福一原発の存在する地に数十万もの人々が
事故から数年間も現実暮らし続けておられるわけです。
これからも暮らし続けていく。
その方たちのお気持ちを考えると、、、
実際にどれ程危険なものであっても、、、
正直そのことを言いにくくなってます。

これは間違ってる考えかもしれません。
もう何が正しいのかすらもわからなくなってきてるんです、、、。

でも川内原発は話は別です。
やっちゃん達住人に直接の問題なので、
言いたいこと、言います。

ウチにも毎年ウグイスやメジロ、つばめ、トンビとか
色々飛んできます。
ウグイス、歌がうまいのもヘタなのもいる(笑)。
あれからアオサギさんは一度も見かけませんが。





Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん、こんにちは。^^
パソコンの調子が絶不調で、返事遅くなってごめんなさい。
なんだかね、ワード機能がずうっと前からおかしかったんだけれど、
ここ数日特に不調で。昨日も愛希穂さんに書きかけのコメント消えちゃうし。
パソコンも持ち主と同じで、そろそろガタがき始めているようです。(爆)

ほんとですね。政治のこと、この国の先行きのこと、世界に満ちた様々な
悲しみのこと…まともに考えていると気が滅入ってきちゃう…
そんなこころに自然はやさしいですね。
自然はとんでもない災害も引き起こすのだけれど、大きな慰めも与えてくれる。
要するに、人間が自然を作り変えて完全に制御できるなどと思うのが、大きな間違い
なのでしょうね…。人間はしょせん、自然の大きな掌の中で生かされている存在に
すぎない。心のうちに悲しみがあるとそのことにあらためて気付くような気がします。

争いばかり繰り返している人間というものの愚かしさ…いったい何なのでしょうね。

その自然にね、自分で伐採、という決断して、いわば傷つけちゃったわけでしょう。
だから気が滅入って、年でもうちゃんと管理出来なくなったのだから仕方ないよなあ
とは思いつつも寂しくて呆然としていたところに、こんな思いがけない訪問者。
5日間ほどどれほど慰められたか知れません…
きっとあのあとね、シロハラちゃんは、北の方へ遠い旅に飛び立ったと思うなあ。
その前のほんの数日を我が家の庭で過ごしてくれたことに感謝感謝です。^^

愛希穂さんも、今春は新しい世界に入られて。^^
うんうん。そうなの。若いうちにね、なんでもやってみることですよね。
自分の身体が動けなくなったり、身の回りの環境がそれを許さなくなってからでは
動こうとしても動けないですから。
私も、『老い支度』なんてもう少し先にすることにして(^^
もうちょっとささやかに動いて見ることにしました。
いつもありがとう~~~♪
これから憲法のこと書きま~す!






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こんばんは。

お庭がさっぱりとして、良かったような寂しいような・・・
よく判る気がします。

うちの庭にも槿、椿、栃の木、ローリエの高木があります。
南側が塞がれてたたでさえ陽が当たらない所で、
主と同じく自堕落に伸びて、さらに日照を妨げている木々。
何年に一回かは乱暴に枝枝を伐っていますが、
何するモノぞというばかりに、上に横にと蔓延るのが速いこと。

ただ、その繁みをいいことに町中でありながら、
様々な鳥がやってくるのですね。
彼岸花さんが希望を貰ったとおっしゃるツグミの仲間。
『シロハラ』さんとはまだご対面してませんが、ツグミ氏は常連さん^^

その哲学者的な姿には、以前も熱く紹介したほど魅了されています。
もちろんメジロ、ウグイス、時々様子を窺いにくるアカゲラも大事なお客さま。

そしてシジュウカラの夫婦も捨てがたいのですよ^^。
ピスピスピス♪という澄んだ鳴き声を聴くと、そーっとガラス戸から窺うのです。
ときどき、ピチッと音を立てるのは飛んでいる羽虫を捉えてた嘴の音。
そうかと思うと古いモルタル塀にしがみついて、その苔を啄んだり。
そんな小鳥たちを眺めながら、穏やかにこの世とおさらばできたらなあ・・・

なんて思うこの頃のナンテイです(笑

ただ穏やかに逝けないだろう、このところの日本ひいては世界の事ども。
猛禽のまなこと対峙したいと思うことも屡です。




No title

彼岸花さん、こんにちは。

政治のことに目を向けると、本当に腹の立つことばかりですが、自然は変わらずそこにあって、私たちに素適な贈り物をしてくれているのですね。

40年もの間、その生長を見てきた木を処分するのは、寂しいものだと思います。でも、切り倒した後に、かわいい訪問者。
「まだまだあなたの知らないささやかな喜びや出会いがこの世にはいっぱいある」と、彼岸花さんが書かれている通りですね。

悲しいこと、腹立つことは確かにあるけれど、喜びや幸も確かにあるんですよね。素適なお話をありがとうございました。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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国境なき医師団
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