『この国の行方  ①』

もうずっと以前のことだが、必要があって辞書を引いていたことがあった。
『A』 という言葉の意味を調べたかったので、そこを見ると「『B』を参照せよ」とある。
そこで『B』のところを見てみると、なんと、「『A』を参照せよ」とあった!

もうそれがなんという辞書でなんという言葉の意味を探していたのか覚えていない。
多分、ある程度定評を得ている辞書ではなく、安価なばったもんの辞書だったのでは
なかったろうか。
しかし、それにしても。「こんないい加減さで仮にも『辞書』という名の商品して通用するのか!」
と仰天したことだけをはっきりと覚えている。

安保法制に関する国会論議で、主に野党の議員の質問に対する政府側の人々の答弁を
聴いていると、まさにこの『A』を問えば『B』を見よ、と答え、『B』を問えば『A』を見よ、
或いはもっと極端に、『A』を問えば、「『A』ならば『A』です」と答える、そういう答えしか返ってこない
というような堂々巡りの虚しさを感じてしまう。

どういう質問をしても、
「我が国に対する武力攻撃が発生、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、
これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が
根底から覆される明白な危険があること。 これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために
他に適当な手段がない。まさにそういう場合でございます。そうしてその場合も、 必要最小限度の
実力行使にとどまるべきということでございます」
というような、同じ文言の答えしか返ってこない。
そういう不毛さに対する苛立たしさと虚しさである。
『A』を問うても『B』を問うても、『C』を問うても、同じ『A』という答えしか返ってこない… 

すなわち
、『自衛の措置としての武力の行使の新三要件』
『 ○ 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する
武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が
根底から覆される明白な危険があること
○ これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと
○ 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと』


という新三要件の文言…、とりわけ、
『我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から
覆される明白な危険があること』『我が国の存立を全うし、国民を守るために
他に適当な手段がないこと』などという文言が、何を訊いても、金太郎飴のように返ってくる、
そういう答弁や説明にしかなっていないように思える。
昨年、自衛隊の集団的自衛権行使容認の閣議決定がなされた時の、この内閣官房の
サイトをちょっと見てほしい。『我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由…云々』の
文言のオンパレードだ。
『「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答』

『集団的自衛権の行使を可能とする武力攻撃事態法改正案』だけを取り出してみても、
憲法との整合性が問われる難しい問題である。これについて今までどれほどの議論が
過去の政権で国会で…戦わされてきたことだったろうか。
それなのに、この政権は、新法『国際平和支援法案』と、武力攻撃事態法を含む10の改正法案を
一括して通してしまおうとしているのだ。

そんな重大な法案たちなのに、上記のような金太郎飴のような答弁を繰り返すそういう議論を
80時間やろうが会期を95日も延ばそうが、それで国民に十分に説明した、国会で議論を尽くした、
と一体言えるのだろうか。
いみじくも、ある自民党議員の妻が「地元で安保法制について訊かれても説明できない」、
というのを聞いて、安保法制を作った当の専門家、兼原信克・内閣官房副長官補が
説明したが、「全然わからなかった」という反応であった、ということをかの麻生太郎財務大臣兼
副総理が言っていたらしい。(5月15日、朝日新聞朝刊)
私も正直言ってよくわからないから、新聞などを横においてちょくちょく見ながらでなければ
この記事も書けない。

昨年、集団的自衛権行使容認の閣議決定が行われると言われるようになった頃から、
私もずうっと私なりに勉強しているけれど、政府が現憲法下で集団的自衛権が行使できる
と言っているその理論的根拠がちっとも理解できない。

この一年間の私が疑問に思ったことや、本などで調べてみたことなどを、順序立てて書いていこうと
思って何度も試みていたのだが、問題が重大過ぎて広範過ぎて、とても順序立ててなど書けそうもない。
だから、相当順序がめちゃめちゃになると思うけれど、どうにか書けそうだと思うことから
ひとつひとつ書いていってみようかと思う。



1.集団的自衛権行使を含む新安全保障法制制定を急ぐ安部政権の
何を一番問題と思うか。


この一連の法案に関連して、私も自分のしっかりした考えをもてない、従ってすっきりと
言いきれないことは実はいっぱいある。
例えば、安倍政権がしきりに強調する『我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しくなって
行っている』という点などに関しては、私も、否定できないでいる。
だから、国の防衛とか平和のための外交努力とかいうことに関しては、政権の方針に反対とか
賛成とかいうことを超えて、実は国民全体で真剣に考える時が来ているのではないか…
そう深刻に考えることも増えている。
『憲法を何が何でも守る』『自衛隊も違憲だ!』…ずっとそう思ってきた私自身の心の内も、
正直、実は微妙に変化して来ているところはあるのだ。
その微妙な問題についてはおいおい書いていこうと思う。

しかし、私が安倍政権というものを一番問題視するのは、その根本思想とそのやり口である。
安倍政権は、衆参両院で圧倒的多数の議席を得たことに慢心して、日本国民が
曲がりなりにも戦後68年間守ってきたこの平和憲法を、一内閣の恣意的解釈を元に
その根本から突き崩そうとしている。
現憲法の『平和主義』…この国は二度と戦争をしない、という誓いを破って、
戦争の出来る国へと変えていこうとしている。
それも、国民に信を問うことなく、すなわち改憲の正式手続きを踏むことなく、
姑息な『憲法解釈』それも一内閣による恣意的解釈によって、なし崩しに実現しようと
している。
今、集団的自衛権行使を含む安保法制制定に関し、多くの憲法学者や前内閣法制局長官たち…
日本弁護士連合会…などと言った、いわば法律の専門家たちがこぞって反対の声を
大きく上げているのは、何も九条のことだけでなく、安倍政権のやりかたが、国民主権や
基本的人権の尊重、立憲主義、法治主義といったこの国の根本の理念を汚すものだから
であろう。
だから、本来は改憲論者である人々までが、護憲改憲の違いを超えて、安倍政権のやりかたに
今、厳しく異議を唱えているのではなかろうか。
私が安倍政権に対し思うところも一番はそこだ。

今、この国の三権分立の仕組みは、危機に瀕している。
三権分立という考え方は何のためにあるのか。
憲法は、前文で、国民が主権者であることを宣言している。国家が行使する権力を、
立法権(国会)、行政権(内閣)、司法権(裁判所)に分けているのは、これら三つの
独立した機関が相互に抑制し合い、バランスをとることによって権力の濫用を防ぎ、
国民の権利と自由を護る
ためである。
ところが今、私たち国民は、敢えて言わせてもらうが愚かにも先の衆院選参院選で
自公を大勝ちさせ、安倍政権に絶大な権力を与えてしまった…
本来、国民に選挙によって選ばれた国会議員ならば、政党のためでなく国民のための
議論をするべきである。しかし今の政治家たちは党議拘束というものが強く、党のトップ…
自公の場合は安倍政権そのものであるが…の方針に異論を唱えることが出来にくく
なってしまっている。しかも、数において衆参両院で与党が大勢を占めているので、
政府の決めた方針は、少数野党の反対があろうと、ほぼ通ってしまう状態に陥っている。

4年前、民主党政権の頃…民主党と自民党が大連立を組むという動きがあったことを
覚えておいでだろうか。民主党の『決められない政治』にしびれをきらした国民は、
経済界をはじめとして、大連立をおおむね歓迎した。
しかし、私は、『決められる政治』ほど怖いものはない、と大連立に危機感を抱いていたものだ。
だが…今の安倍政権への権力集中は、4年前の大連立の危なさどころじゃない!
数を頼めばなんでも出来るという思い上がりが許される、そんな力を私たちは今の政権に、
自公に与えてしまったのである…
行政権は安倍政権がしっかりと握っている。国会(立法権)も安倍政権のほぼ思うままである。
しからば残るものは、司法権…裁判所にしっかりしてもらうしかない。
が、その裁判所も、原発訴訟を見てくれば察せられる通り、おおむね安倍政権というよりは
自民党の政策を是とする判断を下して来たことが多かったようだ。

このブログのいくつか前に、私は、『日本と原発』という記事を書いた。
『日本と原発』というタイトルの映画、それも河合弘之氏と海渡雄一氏という二人の弁護士さんが
作った映画である。
その記事で私はこんなことを書いている。

『とにかく、この重大な問題の山積した日本にあって、一庶民である自分は、いったい
何を一筋の光と思って進んで行けばいいのだろうか…という悲しみはずうっとずっと去りません。
そんな中で、私が、ここにまだ一つの希望があるのではないのか、と感じていたのが、
実は法曹界の人々…日本弁護士連合会の人々に対してだったのです…』


過去に数多くの公害裁判、原発訴訟…それらで裁判所が出してきた結論の多くを思えば、
私のこの言葉を「ええっ??!!』と思われた方もいらしたのではなかったろうか。
日本は、法曹界…司法の世界もその三権分立の機能を十分に果たしているとは言えない…
それは私も認める。たまに、福井地裁による大飯原発4号機再稼働差し止めの判決文のような
深い倫理観に裏打ちされた名判決も出るけれど。

…それでも私は、この行政、立法権が共に一つの政権にほぼ掌握されてしまったような
今の日本にとっての救いは、わずかに司法権に関連した仕事に従事する人々…に
あるのではなかろうか、というまあ、信念というよりはひそかな願い、を抱いていた…。

『裁判は、たったひとりでも正義をかけて闘える民主主義社会の安全弁みたいなもの』……
という、この映画の中の河合弁護士の言葉に、私は激しく同感したものである。

だが、政権による集団的自衛権行使に関連した法制作りとその成立へのステップは着々と進み、
正直言って、6月のあるときまでの私は、もう半ばあきらめが出てきてしまっていた…
デモをしたって何になろう。怒りの記事を書いたって何になろう…。
自公(プラス維新?)の圧倒的多数でもって安保法制は可決されるだけだ。
そう思って、なんだか政治の世界に対する怒りも期待も捨てかけてしまっていた…。

ところが、6月4日、衆院憲法審査会において、憲法学者の長谷部恭男氏、小林節氏、
笹田栄司氏の三人が、集団的自衛権行使を盛り込んだ安全保障関連法案について、
『違憲』と指摘。
これが、安保法制の国会での論議の流れを、そして、国民の関心までもを大きく
変えたのには、私は、驚いた。
こんなことがあるのか!と。無論嬉しい意味でだが。
法曹界の人々のプライドと良識はまだまだ死んではいない…と。(甚だ失礼な言いようではあるが)
そして目の前の黒い霧が少し晴れたような気がしたものである。

…思えば、安倍政権の、集団的自衛権行使の憲法解釈による容認と、それによる憲法の
なし崩しは、日本の法治主義の否定に近い。
法曹界の人々がそれに対し怒らない方がおかしいというくらいなものだ。
一内閣の恣意によって、憲法もゆがんで解釈され、国会での議論も金太郎飴のような
答弁に終始し、適当な時期が来たら、数の論理でもってこのような、大事な法案…
日本が戦争の出来る国になるか否か、というような国のありようを全く変えてしまう法案を
強行採決するとすれば、そういうことが通用して行くのならば、私たち国民はこれから
何を信じて生きていけばいいのだろう。
子供たちにも何をもって信義ということを教えていけばいいのだろう。
戦争の放棄を謳った九条をなし崩しにしてしまう。そのことへの怒りも無論であるが、
それ以上に、この政権の立憲主義や法治主義、国民主権の憲法理念の軽視に
腹が立っているのだなあ、と自分自身の心を覗いてみていまさらながらに深く感じる。

さて。7月半ばにも行われようかと言われる安保法制の衆院での採決。
間に合うかどうかわからないけれど、わたしなりに思うこと、勉強してきたことを書いていこうと思う。

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Re: やっちゃんさんへ

やっちゃんさん、こんにちは~♪

やっと、つっかえていたものが取れてブログ再開です!
つっかえていたものを取り払ってくれたのは、長谷部恭男、小林節、笹田栄司さんの
あの三人の憲法学者です。
間違っているものを間違っていると言える、その当たり前のことをしてくれたことが
こんなに爽快だなんて。如何に、日本の言論が委縮しかかっていたか、を示しますよね。
自分自身の『もう何を言っても駄目なのかな…』というあきらめも含めて。
でも、三人のかたがたの言うべきことは言うのだ、という毅然とした態度が
私の迷いも吹っ切ってくれました。
後に続々と憲法学者さんたちや、内閣法制局OBの方々まで、集団的自衛権行使を
含む安保法制違憲を表明してくれていますし、大学生たちを中心とした若者たちは
立ち上がってくれるし、どんどん『安倍いやだね』の声はひろがっているように
思います。

金太郎飴。金太郎飴を真面目に作っている方々に申し訳ないなあと思いながら
書いていました。金太郎飴にも失礼ですよねっ! ^^
でも、ほんと、そう言いたくなるくらい、質問しても質問しても同じ答弁が
返ってくるんだもん。
『時そば』の例えもグッド♪ですね。^^
ああいうふうなごまかしの手口に国民は乗せられちゃいけない。
庶民の笑い。落語は大好きですけれど。^^

はい!お待たせ~!やっと帰ってこられました。苦しかったあ!…
…そうなの。今は沈黙しちゃってたけど、実はこの4年間…、3.11が起こってから
の4年間の間に、私、言いたいことは全部書いちゃってるんですよね~~~。
もちろん原発反対、ということも、『決められる政治』の危うさも、安倍さんという人の
他の自民党政治家とさえも本質的に違うその危険性も、憲法をいじることの危うさ
とりわけ自民党改憲案の理念の低劣さ危険さについても、TPPのとんでもない
危険さについても、戦争の醜悪さ、言論の自由の大切さについても…ほぼすべて…

今記事を書くに際して必要があって自分の過去の記事を読み返すと気がときどきありますが、
我ながらしっかり書いてるなあ!と感心することがありますよ~~~!(笑)
自画自賛。だってほんとにそう思うんだもん。

それを言えば、やっちゃんさんこそ、もうずっと以前からTPPのことも
原発のことも、改憲のこともきっちりしかも熱く書いてきてくださってる。
とりわけ最近特に論理が冴え渡っていませんかぁ? ^^
きっとそれだけ怒りが強いということですよね。
頭のいいひとだなあ、と思いながら読ませていただいていますよ~。

でも…いろんな今の問題の根は深いですよね…
大きく見れば、世界的規模の市場原理主義とか経済至上主義の…
深く見れば、人間の本性というものそのものの持つ不条理と向き合うことになる…
到底一主婦程度の理解や戦いなど遥かに超えているよなあ!と、無力感に
陥ってしまうことがしょっちゅうです。

なんか自分が、檻の中で二十日ねずみが回転車を一所懸命走って回してるでしょ、
あんなことしてるんじゃないかと感じることがあります!(笑)
遊びであって、義務であって、苦役!(笑)

やっちゃんさん、ありがと~う♪





No title

「金太郎飴」かあ、、、。
さすが彼岸花さん、うまいこと言うなあ、、、。
(やっちゃんは「時ソバ」みたいだなって思ってました。
何べんも繰り返し言われてたらつい相手の思うツボにはまってしまう。)

彼岸花さんが沈黙破って下さってやっぱりうれしい~♪
ほんとに心強いです。
でも、去年の記事とか何度か読ませて頂いて、
ほんとに書くべきことは全て書いておられてて、
今の彼岸花さんのお気持ち、ほんとに良くわかりますもの、、、。
正直、絶望を抱えながらやっちゃんも記事、書いてます。
今さらこんなん、読んでもらえるのかな、、、? 
とも思ってしまうし。

第2弾、楽しみにしてま~す。


Re: うさぎ二匹さんへ

うさぎ二匹さん、こんばんは♪

いえいえ、私もガチガチの改憲反対派ですよ~~~っ! ^^
ただ、以前より現行憲法の貴重さ重要さももっと知るようになって、それと共に
それが成立時のいきさつから抱え込んでいる曖昧さ、にも心が向くように
なり、それについて考えこむようになっただけで~す。

日本の問題だけでなく、本当に世界が今抱えている問題は、いくら考えても
答えなど出ないような難しい問題ばかりですね。
私も、いろいろなことにものは想えども、それを整理して文章化することが
どんどん難しくなっていっているように感じます。

小林節先生。もともとは改憲派と言われていたひとですよね。
私など『敵』の一人だと思っていた!(苦笑)
小林節先生にしても、小林よしのりさんにしても、改憲論者であるにもかかわらず、
今の安倍政権の手法には黙っていられなくなった。それほど安部さんらのやりかたが
ひどい、ということなのではないかなと思います。
『現在の憲法をいかに安全保障関連法案の方に適応させていけばいいのか
という議論を踏まえて、閣議決定をおこなった』
などという中谷防衛大臣の失言などは、うっかりしていたなどという軽い性質のものではなく、
この政権の本音であろうと思っています。
憲法を自分たちの思うように出来ると思っている。これは完全な法治主義の破壊です。
心ある人ならば、こういうことをおかしいと思わないのが不思議ですよね。
こう言う人が大臣であるんだからなあ…

うさぎ二匹さんは、地元の議員さんに抗議の手紙をお出しになったのですね。
私も今、そのこと考えています。
次の選挙であなたに入れませんよ、というのが議員さんにとって一番困ること
でしょうから。でも、自民の議員さんたちは、村上誠一郎さんも言っていましたが、
党議拘束が厳しく、それに反対という行動でもしようものなら、公認して
貰えないなどということも出てくる。心の内で、政権のやりかたに批判を
抱いていても、それを口や行動に出すことが出来なくなってしまっているんですね。
谷垣さんなどは私はなかなかに立派な人だと思っていたけれど、今はすっかり
安倍政権に取り込まれてしまった…

長崎、広島、沖縄。その悲惨を経験したかたがたが、残念ながら次々に
お亡くなりになっていく…
でも、そのかたがたの生の声を、そうやってお聴きになるというのはすごいことです…
言葉の重みが全然違うでしょうね。
そうですねえ。同じ70代でも、あの日9歳だった方と、赤ちゃんだった方では
全然違うでしょうね…9歳ならば鮮明にもう覚えていらっしゃることでしょう…
私など(これでも戦後の生まれですが)経験の無さを想像力で補っていくしかない。
それでもやはり直接知らなくっても、次の世代世代へと語り継いでいかなければ
ならないのだろうなあと思っています。

私など若い頃、政治や世の中のことに関心がなくぼおっと過ごしてきたので、
この年になって勉強しなければならないことばかりです。
山ほどの新聞の切り抜きや、付箋だらけになってしまった本や、そんなのが
いっぱい。
ときどき頭がパンクしそうになって、ブログもぱったり記事が途切れてしまう。i-241

コメント、ありがとうございます♪
私もがんばろう…





私は改憲反対派ですが、彼岸花さんの気持ちもよくわかるような気がします。世界情勢を考えればこれでいいのか?との不安感は拭えないですし…外交もドン詰まりだし…正直、自分の考えもよく整理できません。

ただ、今の政権の汚いやり方には怒りを覚えます。小林節先生は改憲派ですよね?やり方に怒っているのでしよう。
私はデモには参加出来ませんが、地元国会議員には手紙で自分なりの抗議はしています。


私は長崎人なので被爆者の方のお話を聴く機会が子供の頃からよくあります。最近も戦前生まれの方からお話を伺ったのですが、80代にしても80台前半と後半では大きな差を感じます。70代ならば終戦時は幼児や小学生だからまた違います。90代になると実際軍隊として戦ってきた人なので壮絶で言葉にも重みがあります。呆けてもです。理屈じゃないのです。

考えます…答えはでないけど。
すみません、まとまらなくて。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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