『この国の行方 ②』

安保法制がどうしてわかりにくいのか。
そして国民の理解を得られないのか。
それは、こじつけの上にさらにこじつけを重ねていっているからだと思う。
次にそのことを書いてみよう。


2.『平和』ということばの濫用』

安保法制と呼ばれて今盛んに議論の的になっている11の法案の総称を、自民党は
『平和安全法制』と呼んでいるようだ。世間の一部はこれを『戦争法案』と呼んでいるが。

安倍政権の際立った特徴の一つに、言葉による印象操作がある意味で巧み、ということが
あるように思う。
『戦後レジームからの脱却』、『美しい国』、『日本を取り戻す』、『アベノミクス』、『三本の矢』
『この道しかない』、などなど…
短いキャッチフレーズで国民の心を掴むのが巧みなのは、小泉純一郎元総理だった。
小泉政権で幹事長などを務めている間に、小泉氏のキャッチフレーズ政治を学んだのか
どうかは知らないが、とにかく安倍氏は盛んにキャッチフレーズを使う。
人間というものは、同じ言葉を繰り返されると知らず知らずその思想までをインプリント
されていってしまうことがあることを、よく知っているようである。
『アベノミクス』などという経済の真の回復のための実体を伴わない言葉が、どれほど
国民に過剰な期待と幻想を抱かせていることか…
しかし。キャッチフレーズ政治は、ものごとをわかりやすそうな簡単な言葉で単純化して見せるが、
その内実は丁寧な説明責任を放棄した、言葉そのものの持つ深い意味さえ破壊してしまう
ことがあるのではないか。
そしてそれは、ものごとを深く国民に考えさせない、一種の熱狂と思考停止の中に
国民を追いやってしまい、さらに自分たちの政治運用をやりやすくする効果を生む。
言って見れば反知性主義の政治と言えるのではないだろうか。

私の怒りは、そうした言葉の本来持つ深い意味や美しい意味を、この政権が言葉を弄ぶことで
破壊してしまう…そのことにも向けられているのじゃないかなと自分で思うことがある。
『平和』『美しい国』『国民の安全と幸福を守る』『女性が輝く』などという、本来深い哲学と
広い意味を持つ言葉が、ごく安易に、ときに捻じ曲げられて使われ、その本質が
何やら穢されていくことへの怒り…

とりわけ『平和』という言葉の濫用とその意味破壊はひどい。
さて。『平和安全法制』というネーミングは、安倍さん自身が内輪の集まりで、
「『特定秘密保護法』は名前が悪いと言われたので、今回はこういう名前にした」
と語っていたというところからもわかるように、特定秘密保護法があの名前で、国民に、
政府が秘密を抱え込んでいるような印象を与えてしまった、と言う反省から来たものらしい。
(2015年5月16日朝日新聞朝刊)
しかし、名称は別にして、今回のこの法案が、『平和』を目指すものというふうに本当に
思えるだろうか。むしろ逆に、この法案は、これまで日本が曲がりなりにも守ってきた
『戦争の放棄』『平和主義』という憲法の根本理念を覆し、世界に対しても『戦争をしかけない国』
という日本の(好)イメージを捨て去り、日本を戦争の出来る国へと変えてしまうことに突き進む
大変な法案である。

『平和』という言葉は、また『積極的平和主義』という語にも用いられている。
『積極的平和主義』という言葉はしかし、実は安倍政権で初めて生まれたものではなく、
日本においては1992年、自由民主党の『国際社会における日本の役割に関する特別調査会の提言』
(いわゆる『小沢調査会』の提言)において出てきた言葉であるらしい。
湾岸戦争の時、日本は多額のお金を出しはしたが戦後処理以外に自衛隊は派遣しなかったため
国際社会から批判を受けた、その時に自民党政権や外務省などが受けたプライドへの傷…。
そこで、「日本さえ平和であれば良い」という一国平和主義、「日本が軍事的活動を行わない事が
国際平和に寄与する」とした考えを「消極的平和主義」と位置づけてこれらを否定
し、
日本国憲法前文の「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」
に代表される理念を前提に、人道支援はもとより、場合によっては国連平和維持活動に代表される
自衛隊海外派遣などの軍事的オプションを含む国際支援があってこそ世界平和が近づく
という考えを「積極的平和主義」
としたのだそうだ。(上記提言、Wikipediaなどの記述)

第二次安倍政権においては、『積極的平和主義』という言葉は、2013年12月17日、
第二次世界大戦後初めてとなる国家戦略(大戦略)として国家安全保障会議(NSC)及び
第2次安倍内閣の閣議で決定された『国家安全保障戦略』に関して
その基本理念
であると明示されているものだ。

    1992年の自民党の『国際社会における日本の役割に関する特別調査会の提言』
    (いわゆる『小沢調査会』の提言)の詳しい内容については、その原文がなかなかネット上では
    見ることができない。一つほぼ全文を載せているサイトがあるのだが、そこは転載禁止と
    なっている。興味のある方は、『国際社会における日本の役割に関する特別調査会の提言』
    と入力して検索なされば、上の方で出てくるのでご覧いただきたい。
    また、下記サイトも賛成反対の別は横に一時置いて、わかりやすい。
    『積極的平和主義の系譜』
    安倍政権で打ち出された、積極的平和主義をその基本理念の一つとする『国家安全保障戦略』の
    概要はこちら。http://www.cas.go.jp/jp/sir    you/131217anzenhoshou/gaiyou.html


さて。この日本における積極的平和主義という概念と比べて欲しいのが、海外のそれ。

「消極的平和」「積極的平和」というフレーズ自体は、1942年にアメリカの法学者クインシー・ライト
が唱えたのが最初とされるそうだ。
さらに、ノルウェーの政治学者ヨハン・ガルトゥング(Johan Galtung、1930年10月24日 - )が
平和を戦争のない状態と捉える「消極的平和」に加えて、貧困、抑圧、差別
などの構造的暴力がない「積極的平和」を提起し
それは平和の理解に
画期的な転換をもたらした。
ヨハン・ガルトゥングと彼の『積極的平和主義』についての説明に関しては、下記URLの、
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説が詳しくてわかりやすいので参照されたい。
『ヨハン・ガルトゥング』

そこから一部抜粋しよう。
『平和学を打ち立てたこの巨人は、該博な知識の持ち主で、対象を一面的にとらえるのでなく
歴史的にも地理的にも非常に多面的に考察し、せめぎ合いの向こうにそれらを超越する
新しい解決方法の地平を展望する。彼は平和学者として国際問題の紛争解決について
助言・提案を行うなかで、紛争当事者との対話・議論の経験から、紛争解決ではなく、紛争転換
のためのトランセンド(超越)法を編み出した。
トランセンド法とは平和創造の主体形成のための方法であり、対話と創造性に基づき、
紛争を非暴力的に転換していこうとする実践・訓練・研究のことである

彼が1990年代以降主宰している「トランセンド」というNGOでは、実際に紛争を調停する
役割を担う人々のトレーニングを行うための各種プログラムが企画・立案されている。
また、実践的にも国際紛争の診断・治療・予後といった枠組みで国際問題の解決にも
貢献しようとしている。』

彼の提起やその後の研究の結果、現行の平和学の対象領域は広がり、貧困、飢餓、抑圧や
開発、ジェンダー、コミュニティ、ノーマライゼーション、異文化教育といった
日常生活に関わるテーマも含むように
なってきたのだと言われている。


どうであろうか。
私たちが『平和』という言葉を普通に聞いたとき、それは当然のこと戦争がない状態(持続的に)を
単に指すだけではなく、貧困や飢餓、抑圧などによる死や苦しみなどのない、安全で安定した
そういう世界を漠然とイメージするのではないだろうか。
同じ『積極的平和主義』という言葉だが、あなたは安倍政権の意味するような防衛戦略と
ときに武力行使を容認することも厭わない積極的平和主義と、ヨハン・ガルトゥングなどの
提唱するものと、どちらを選びとられるだろうか。

確かに、安倍政権がしきりに強調して見せるように、日本を取り巻く国際環境は、
緊張を強めていることは私も否定できない。だが、冷戦時代、ベトナム戦争の頃だって
世界は相当な、という以上の緊張状態にあった。
なぜ、今、安倍政権は、自衛隊を米軍と共に、というよりは米軍の一部のように
世界に向けて展開させることを容認する集団的自衛権行使やその他の関連法案を
こうまで急いで成立させようとするのだろうか?
しかも憲法第99条の第一項
『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』
という条文の規定を侵すような、しかも、
憲法第98条の第一項、
『この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び
国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。』という条文を
むしろ自分たちの作る法律の下位に置くとでもいうような違憲行為とも思われる危険を冒してまで
なぜ、拙速に決めてしまおうとしているのだろうか?

憲法改定も安倍政権の視野にいよいよ入って近づいてきた今、国民が、自分たちの国の
平和、そして世界の平和を守るためにはどういう現実認識と理念とをもって進んで行けばいいのか、
そのことを真剣に考えてみる、これはいい機会かもしれないと私は思っている。
私自身はこれまで、『改憲?問答無用だ!』というような、ガチガチの護憲論者であった。
だが、日本国憲法の成立過程、いやそれ以前に日本はなぜあれほどの手痛い敗戦を
喫したのか、日本軍はアジア太平洋地域で一体何をしてきたのかということ、
立憲主義という言葉の意味も知らないという人々が増えて来ているように思える今、
一度護憲・改憲論の対立の桎梏を自ら少し外して、歴史を、そして現実に行われている政治の
基本概念を、共に見直してみるいい機会であるとも思っているのだ。
その意味で、私も少し変った…とは言えるのかもしれない。

一般市民が、『平和』という語を集会の目的に冠しただけで、公共の施設を使わせてもらえない
などということが出来して来ているという。
一方で権力を一手に掌握している政府が『平和』という言葉を頻繁に利用することに
生理的とも思える抵抗を感じる私のような者もいる。
『平和』という語が特定の思想に偏ったものであるとの漠然としたそれこそ偏見が、この国に
広がっていっているのかもしれない。

『平和』という言葉が泣いている…


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Re: MATZ-TSさんへ

MATZ-TSさん、こんにちは。

ここにお書きくださったこと、私も全く同感です。

まず。昨年の7月1日。集団的自衛権行使容認の閣議決定が行われてから
ちょうどほぼ1年。一体自分はその間何をしてきたのだろう!と思ってしまいます。
絶望して手をこまねいている間に、外堀はどんどん埋められて行き…とうとう
もう数日後にはそのための法案が衆院を通ろうとしてしまっています。

長谷川さんや小林さんら憲法学者の集団的自衛権違憲の意見表明以来、
改憲反対派の間でくすぶっていた想いが一気に表出し、またこれまであまりこの問題に
関心がなかった層までが、安倍政権に対する批判の想いを抱くようになってきています。

ああ!この動きが、せめて一年前に起きていてくれたなら!
あのおかしな閣議決定前に、国民や識者の間に今と同じほどの反発心と批評精神が
目覚めていたら!

そう無念に思わないではいられません…

本当にMATZ-TSさんがここに掲げてくださった憲法の条文…
『第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、
これを保持しなければならない』
という箇所の重みを今ほど感じることはありませんね。
私たち国民は、この憲法のありがたさを十分理解していただろうか。そうしてそれを
権力の恣意によって勝手に変えさせなどしない!という強い意志を持ってきただろうか。
そのための努力をしてきただろうか…というと、まったくしてこなかった…というしか
ないですね。

97条。
『この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の
努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の
国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである』

私は、この、日本国憲法第97条が、とてもとても好きなのです!
この憲法の基本姿勢を謳った憲法前文より好きかも知れない。
ここには、GHQの押しつけだどうだなどという低いレベルでの議論を超えた、
人類が痛い想いをしてきたさまざまな過去の経験から学んだ、いわば人類の知恵の
凝集したものを感じます。
なんと!自民党の改憲案では、この崇高な素晴らしい条項を、まったく削除して
しまってあるんですよ!信じられないです!

99条もすっごく大事ですよね。私は安倍政権のしていることは、この99条に抵触する
んじゃないかと思っています。
彼等はこの条項を無視する代わりに、『第5章 内閣』に示された行政権の権限を、
拡大解釈して、まるで自分たちにはなんでも出来るんだとでも思っているようですね。

私は、日本国憲法は読みこめば読みこむほど素晴らしいな、と思うようになっています。
一般にこの憲法は、9条のことで取り上げられることがほんとに多いのですが、
私は9条以外にも、この憲法には人類の叡智が詰め込まれている、と思うのです。
人類が長い間、血を流し涙を流してようやく獲得してきた人間の諸権利。それがここには
ほぼ余すところなく詰め込まれている…
よくぞ作ってくれたものだと思っています。

若い頃の私は、憲法の条文もきっちりと呼んだことはなく、ただ本能的に、この憲法を
変えようとする人々を忌避していました。
今は、この憲法を理解したうえで、本当にこれを貴重なものに思います。
そこがまず第一に変わったかな。
同時に、若い頃は、憲法変えるなんて問答無用!と、深い考察もなくただ突っぱねる
だけだったのだけれど、今は、
「ただそういう態度でいても仲間を増やして行くことはできない。上から目線で
憲法変えるなんてありえない!」とただ叫ぶのではなく、この憲法の価値をまだ
知らない人、つぶそうとしている人々と共に、むしろ一緒に勉強していく…という
姿勢じゃなくっちゃな、と思うようになりました。
そこが自分で大きく変わったところだと思っています。

MATZ-TSさんと以前お話しさせていただいたように、日本の国防についても、
ただ「自衛隊も違憲だ!日本は一切の武力を保持すべきじゃない!」と突っぱねる
だけでしたが、今は、きちんと日本を取り巻く状況の変化にも目を向けて
冷静に考えてみなくちゃなと思うようになっています。要するに、アメリカの核の傘と
沖縄への負担押し付けというものありきの日本本土の平和と安全、ということに
目がいくようになった、というところが、恥ずかしながら今頃になっての自分の変化である、
ということです…

東日本大震災と福島第一原発事故は、本当に、あらゆる面で日本が生まれ変われる
大きなチャンスでした。
でも、残念ながら、その機会を私たちは逃してしまった…
言っても詮無い事なれど、あの原発事故が民主党政権下で起こった、ということが
日本にとっての大きな不幸であったと思います。
福島は危ない。あの海辺にいくつもの原子炉が並んで立つ、そこに大きな津波が来て
全電源喪失が起こったら大変なことになる、という共産党などの警告を握りつぶした
第一次安倍政権。その安倍さんの政権の時にもしこの事故が起きていたら、
安部さんは政治家として二度と立ち上がれないほどの轟々たる非難を浴びていたでしょう。
改憲など言い出せもしなかった…原発再稼働へと戻っていく今のひどい状況も
なかったでしょう。
ほんとに言っても詮無いことです…

結局、良くも悪くも国民がすべてを選ぶのだと思います。
日本を戦争の出来る国にしたいのか。被災地の復興も放り出したまま、オリンピックと
原発再稼働と解釈改憲による集団的自衛権行使と、さらなる沖縄への負担と
アメリカへのどうしようもない追随外交と、日本をこれまた根底から突き崩して
しまうTPPと…これらを日本国民は選ぶのか。
ほんとに、正念場ですね。

ちょっと本気入れて頑張って記事書いていってみます!ありがとうございます♪

基本的な思いは今も代わりませんが。





> 憲法第12条が我々に課した重要さ
>
> 第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
>
> 第97条の重さ
>
> 第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。
>
> 第99条に「国民」がない意味
> 第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。
>
> ・・・ この期に及んで,我々の憲法が我々の国を作る大本だ,と気付いたのではないか. それを「みっともない憲法」という首相を多くの人が支持した,という重大さを認識したのか?
>
> http://digital.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/news/TKY201212140595.html
>
> このような法案一括,だれもわからない.自民党 佐藤勉 国対委員長自身,全て理解しようとするのは不可能」といわれたとか?唖然とした.そんな法案をよく提案できるものだ??
>
> http://digital.asahi.com/articles/ASH776GB8H77UTFK00V.html?iref=comtop_6_02
>
> 彼岸花さんが「その意味で、私も少し変った…」 そうですね.私もかなり変わった.日本国憲法の条文を必死で読んだ気がします.
>
> 今,憲法をもとに,自分たちの国を,自分たちの国を守る,ということの意味と,それらをどうしていくか? 今までの,一見「平和」の裏に様々な矛盾が隠されていた,それらが一挙に噴出してきた.皮肉にも,違憲立法と多くの人が主張する法案やその前の閣議決定の結果です.
>
>  これはある意味,日本が変わるよいチャンスかも.東日本大震災と福島第一の事故のあともそう思った.しかし変われなかった.今回の危機を乗り越えないで,日和見のまま,このような法案を通して,平和とは逆の方向に変わるのか,あるいは,真の平和国家として自立する一歩が踏み出せるのか,大げさですが,正念場と思います.

No title

こんばんは.MATZ-TSです.

今政治に思うこと① を よく読む暇もなく,②を読んでいます.すみません.

昨年の閣議決定以降,この法案に至るまで,自分は何をしていたのだろう,と思います.閣議決定自体が大問題であったのに・・

いくつも,彼岸花さんの言葉のなかでコメントしたいことがあります.

「平和」とは?「積極的平和主義」,「立憲主義」 ・・・ 皮肉なことに,この期に至るまで,多くの人が,憲法の持つ意味,日本の防衛,立憲主義・・・あまりにも勉強不足だったと思います.私も含め.

憲法第12条が我々に課した重要さ

第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

第97条の重さ

第九十七条  この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

第99条に「国民」がない意味
第九十九条  天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

・・・ この期に及んで,我々の憲法が我々の国を作る大本だ,と気付いたのではないか. それを「みっともない憲法」という首相を多くの人が支持した,という重大さを認識したのか?

http://digital.asahi.com/senkyo/sousenkyo46/news/TKY201212140595.html

このような法案一括,だれもわからない.自民党 佐藤勉 国対委員長自身,全て理解しようとするのは不可能」といわれたとか?唖然とした.そんな法案をよく提案できるものだ??

http://digital.asahi.com/articles/ASH776GB8H77UTFK00V.html?iref=comtop_6_02

彼岸花さんが「その意味で、私も少し変った…」 そうですね.私もかなり変わった.日本国憲法の条文を必死で読んだ気がします.

今,憲法をもとに,自分たちの国を,自分たちの国を守る,ということの意味と,それらをどうしていくか? 今までの,一見「平和」の裏に様々な矛盾が隠されていた,それらが一挙に噴出してきた.皮肉にも,違憲立法と多くの人が主張する法案やその前の閣議決定の結果です.

 これはある意味,日本が変わるよいチャンスかも.東日本大震災と福島第一の事故のあともそう思った.しかし変われなかった.今回の危機を乗り越えないで,日和見のまま,このような法案を通して,平和とは逆の方向に変わるのか,あるいは,真の平和国家として自立する一歩が踏み出せるのか,大げさですが,正念場と思います.
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
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