『戦争法案廃案8・30国会10万人・全国100万人大行動 報告』

なんとか雨が降らないでくれればいいがと願っていたが、国会前行動の当日は
雨時々曇り。
この日は、私の地元でも抗議集会があった。それに出てから、直接国会前に向かう。

いつもは私は、地下鉄『国会議事堂前』で降りるのだけれど、今日は大勢集まるから
警官隊の規制も厳しくなるぞと思って前もって情報チェックしてみたら、国会議事堂前は
警官隊の規制がとりわけ厳しく、国会前に近づけないかもしれない、とあった。
で。『霞が関』で降りることにした。こっちの方が規制を受けずに国会正門前に
行きやすい可能性がある。
『国会議事堂前』駅を避けて『霞が関』駅にしたのは大正解だったと後でわかった!
国会議事堂前駅は、警官隊によって出口規制が行われていて、国会正門にいちばん
近い2番出口は警察が封鎖。駅構内は前にも後ろにも身動きがとれないほど人が
いっぱいあふれて、普段なら、1~2分で地上に出られるところが、30~40分もかかる
有様だったという。
隣の駅でそんなことが起きているとも知らず、霞が関に着いてみると、拍子抜けするほど
ホームはガラ空き。「ああ、雨のせいで参加者少ないのかなあ…」と心配になってきた…

だが。外に出てみるとそんなことなかった!
着いたのは午後1時半ちょっと過ぎくらいだったが、ものすごい大勢の人々。
その人混みを縫うようにして、議事堂正門北側の歩道を前へ前へと進んで行った。
だが、人が多い。本当に多い!
その日の気温は24度とか言われていたのだが、雨もよいで湿度がもともと高い上に
とにかく人がものすごいので人いきれですごい湿気である。
それでも前へ前へ。
どうせ行くなら、一番中心部に行ってみなくちゃ、集会の大きな輪郭がつかめないでしょ。

1時40分ごろ。
決壊した!
警官隊が、三角コーン、鉄柵、機動隊車両などで三重四重に築いたバリケードを、
ひとびとが決壊させたのである。
後で耳にした情報では、警官隊も歩道にぎゅうぎゅう詰めの人々が将棋倒しになって
危険と判断し、決壊しても無理矢理それを止めようとはもうしなかったようだ。
お~お~…。やったよ…


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私も歩道から広い車道に出た。
うわあ。ここもすでにすごい混雑。でも、前へ前へ。
ドラム隊の横を通って、シュプレヒコールの中心の方へと向かう。
この日。コールを主導するSEALDsなどの人々の中心集団は、一般の人と
同じ地面にいて、つまり、いつものようにお立ち台、というようなものの上に
いなかったせいか、どこが中心なのか、ちょっとわかりにくかった。

さて。いつもなら、最前線をちょっと見たら、議事堂周辺をぐるっと一回りしてみる
ところだ。それでおおよそ、今日は何万人くらい来てるな、というのが過去の回と
比べてなんとなくわかるのだ。
でも、昨夜は一睡もしていない。眠れなかったのだ。午前中のデモにも出たし、
今日は体力にあまり自信ない…
それで、途中からは国会前北庭の中に移動した。国会前には洋風庭園の北庭と
和風庭園の南庭がある。デモの人いきれに酔ったようになった人々は、ここに逃れてきて
豊富な樹木の影で休憩していた。
雨はどうにかこうにかもって、時々曇り、時々雨がぱらつくといった具合。傘はどうやら
ささないでも間に合うくらい。

参加者だが、う~ん……はっきり言って正確な数字はわからない。
60年安保のあの有名な写真ほどではなかったけれど、車道の国会に近い方に
なればなるほど、決壊して溢れ出た人々の密度は高まっていき、そこだけで
相当な数になったと思う。

しかし、警官隊のバリケードが決壊して車道に出られるようになっても、いつもの
ようにおとなしく議事堂周辺の歩道上にいた人はとても多かった。
北庭、南庭にもかなりの人々がいた。夕方以降のいつもの集会だと、この二つの庭園は
5時には閉まってしまうのでそこにはいられない。だが、今日はまだ開いているので、
そこにいた人々がかなり多かった。歩道にいる人も公園にいる人も空撮写真では
樹木の陰になって正確な数は把握できないだろう。

警官隊はとにかく一個所に人々が集まらないように、ルートを規制する。
『こっちからは国会正門には行けないことになっています』とか、『もう人がいっぱいで
危険なので、議事堂から少し離れたどこそこのあたりにまだ場所があります』
とか言って、地下鉄の出口から次々に吐き出されてくる人々を分散させるよう
誘導していくのである。
今回も、初めて来た人で、国会周辺の会場の様子がわからない人は、あきらめて
帰ったという人もいたようだ。せっかく来たのになあ…。

航空写真で見ると、議事堂から随分離れたところの道路にもかなりの人々がいる…
まあ、組合など集団で来ている人は、離れ離れにならない場所を求めて、そうした
ちょっと離れたところに位置取りすることが多い。しかし、状況がわからないままに、
誘導されるままにそんな離れたところで静かに参加している人々もいつも多いので
ある。
その上!今回はなんと、あまりにも人がどんどん来るので、「日比谷公園に行って
ください!」と指示された人たちまでいたというのだ!だから日比谷公園にもかなりの
人がいたとか。
終了時間前に帰る人、終了近くになっても駆けつけてくる人…
結局、どのくらいの人々が集まったのか、本当にわからない。だが警察関係筋に
よるという三万数千人ということは絶対にない!
未確認の情報だが、国会周辺の地下鉄駅4駅を利用した人は、この日9万人ほど
いたという。これらの駅の普段の利用者がおよそ2万人くらいというから、差し引き
7万人がこの日の4駅利用のデモ参加者、ということになろうか、という。
だが、ここはその4駅の他にあと2駅くらい最寄り駅がある筈だ。しかもおそらく一番
利用者が多かった桜田門駅?は、このカウントに入っていないというし、地下鉄で行くと
正門前に近づけないだろうということで、タクシー乗合で来た人々やバスで来た人々も
多かったから、やはり主催者発表の12万くらいというところかなぁ…。
(あとから続々詰めかけた人々などを考慮して、述べ35万、という数字を主催者は
後で出したそうだ…。)

私としては残念だったのは、警官隊のルート規制が徹底していた故に、多くの人が
国会前に全然近づけず、だいぶ離れたところに…正門前のSEALDsなどをとり囲む
人々の熱気も全然伝わってこないところで参加していざるを得なかったということだ。
若い人たちはLINEやtwitterなどで、現場の様子を伝えあって、どこからどうやって
正門前においでよ、などと生の情報をやり取りできるが、情報にも地理にも慣れて
いない初めてのひとや高齢者は、警官隊の誘導におとなしく従って、そんな遠く離れた
ところにいるしかなかったろう。
ある参加者の投稿文面を一部引用させていただく。
 
『そして、地上でもまた規制。国会正門方向に行こうとしても、警官が鉄柵で止め、
青信号なのに渡らせてくれない。』
『結局、国会をぐるっと2/3周くらいして、憲政記念館のあたりで、ふたたびお巡りの規制で
止められ、仕方なくその辺りでスピーカーから流れてくるスピーチとシュプレヒコールを
聞いていました。メイン会場にたどり着けないたくさんの人が、衆議院第1・第2議員会館
や参議院議員会館の周辺や外務省・国交省の周辺にあふれていました。
警察の過剰規制に怒ってくってかかり、逮捕されかかる人までいたようです。』


過剰な規制がなかったら、もっともっと多くの人が国会正門前に集まれただろう。
『もう国会前はいっぱいだから、日比谷公園に行ってください』といわれて行ったという
多くの人々なども含めると、国会前の人波は、ものすごいものになっていたのでは
なかろうか。(もっとも、最初から日比谷公園に集まった労組関係の人々などもいたようだが)
60年安保時の写真ほどまでは行かなくとも、航空写真は発表されたものよりもっともっと
インパクトのあるすごいものになっていたに違いない。
そして、政権に対する批判効果…可視化できる抗議の数がもっと大々的に、
もっと印象の強いものになっていたに違いない。
私は、今回の集会は、とにかく正門前に参加者ができる限り集まって、その圧倒的数を
可視化して見せることが一番大事だと思っていたので、twitterで、『警官にルートを
指示されても、ぐるっと大回りすれば正門前に辿りつけるから』、と書いてみたのだが…。
お年を召したかたや、赤ちゃん連れなどで、危険な最前線に行くのは止した方がいい人
などを除き、正門前に行きたいのに結果行けなかった人々のことが残念だ…
私も経験したことがあるので、すごくその無念さがよくわかる…

この映像が、参加者の熱気をすごくよく捉えてくれていると思うので使わせていただこう。
上記、日比谷公園の様子や、そこから国会前の様子まで、よく雰囲気を捉えていると思う。





クウーママさんが教えてくれた、31日朝刊の新聞各紙の報道比較。
読売、日経は一面で報道せず。
https://twitter.com/FATE_SOSEI/status/638237950887628800/photo/1



とにかく、若い人々の活躍が嬉しい。もうすっかり国会前のデモは、SEALDs
などの学生たち…若い人たちが主導している感じだ。
3.11後。地震と津波と原発事故と…あれだけの悲劇があったにもかかわらず、
日本の言論をリードする立場にある人々の発言や行動は低調で、今一つ大きな
社会運動につながっては行かなかったように思う。
この安倍政権による集団的自衛権行使の閣議決定や、秘密保護法などについても、
それが、日本人が敗戦後必死で守ってきた平和主義や国民主権、法治主義などの
大切な理念を根底からひっくり返すような危険で醜悪なものであるにもかかわらず、
ジャーナリズムを含めた日本の言論は、今一つ盛り上がらなかったように思う。
いつも発言し行動する人は、ほんの一部の限られた人々だけだった……

こんな大事な時に!なぜ黙っているのか?なぜ動こうとしないのか?
私にはそれがずっと不思議でならなかったのである…
このことは以前にも書いたことがあるが、原発事故が起きたとき、文学者などの反応や
対応は概して緩慢で薄かった…盛んに言葉を発信し動いてくれていたのはごく一部の
作家でしかなかった…
宗教家も哲学者も…そして、こうした社会の問題に昔ならば一番敏感であった学生たち
に至っては、政治的行動という面ではほぼ無反応と言ってもよかったのではなかろうか…
政治家もそうである。

『この国に原発を忌む人々の 政治の受け皿無きを悲しむ』

つたない、直な歌であるけれど、原発事故後の怒りをぶつけるところのない、どうにも
やるせない思いを表出した私の短歌。
この怒りは今も続いているし、さらにまた今、戦争法案を法治主義を無視して無理やり
通そうとしている安倍政権に国民の多くの怒りは向けられている。それなのに、
それを託す政党がないという、その状況は少しも変わっていない。

実は市民たち…名も無き民たちは、大震災・原発事故後も黙々と活動していたのである。
被災地へ被災地へ…遠く鹿児島や沖縄からさえボランティアに向かう人々もいた…。
国会前では、毎週のように脱原発を訴える集会が今でも継続され、経産省前テントに
今もがんばっている人々がいる…
安倍政権批判も、市民レベルでは個々に活発に行われていると思うのだ。
だが。その核になる存在が、なかった…

わかっている。社会の変革は、一部のインテリ層や一部の指導層によってなされる
ものではない。一人一人の人間が、自分の頭で考え、立ち上がって声をあげるとき
初めてなされるものである…。
それはわかっているのだが、しかし、その声がばらばらなところでばらばらなときに
上げられるのでは、社会変革をもたらすような目に見える大きな動きにはなかなか
なって行かない。

何か、誰か、これら個々の想いをまとめる核になってくれる人々はいないのか…

私は絶望していた…

そう。よく動いてくれている人々はいた…。
それは、前にこれも書いたけれど、日本弁護士連合会の人々である…
彼らは原発事故後もいち早く声明を出し立ち上がってくれていた。
ペンクラブにも、宗教界にも、学生運動にも、政治にも期待を抱けない中、私が唯一
信頼を託せたのが、この日弁連の人々であった。
同じくこれも法曹界のひと…裁判長樋口英明氏の、深い哲学に満ちた大飯原発4号機
再稼働差し止めの判決文にも感動させられた…

だが。安倍政権と自公は、あまりにも多くの議席を得、あまりにも大きな権力を
手にしてしまった…
もうなにを言ってもなにをしても駄目かも……

実は、私は、ついこの5月ごろまで、そう諦めかけていたのである…
元気を振り絞って記事を書こうとはしていたけれど、心の底では、
『この国の政治はもうどうにもならない。行くところまで行って自ら崩壊するまで、
≪気づき≫はないのかも…』と諦めかけていたのである。

しかし。そのあきらめ状態から立ち直らせてくれた人々がいた。
それが、6月4日、衆院憲法審査会において、『安保法制は違憲だ』と言いきって
くれたあの憲法学者三人、長谷部恭男氏、小林節氏、笹田栄司氏であった。

そこから、本当に嘘のように、日本の流れが変わった…!
もし、この三人の発言がなかったら、衆参両院における安保法制の審議は、
『もうどうせ、自公の数の力で押し切られちゃうんだろ…』という国民のあきらめの
うちに、たいした波乱もなく可決成立してしまっていたかもしれない。
私は、この三人の憲法学者に、本当に感謝してもしきれないくらいなのである。

『そんな中で、私が、ここにまだ一つの希望があるのではないのか、と感じていたのが、
実は法曹界の人々…日本弁護士連合会の人々に対してだったのです…』
以前私は、『日本と原発』という記事の中で、そんなことを書いたことがあるが、法曹界が最後の
砦になるかも…という直感はまんざらでもなく当たっていたかもしれない…

『言うべき人が当たり前に言うべきことを言う』…
そのことがどれほど大事なことか。

それまで、その当たり前のことを敢えて言おうとせず、大きな権力を与えてしまった
安倍政権に、あろうことかむしろ『忖度する』ムードが日本を覆ってしまいつつあった…

この憲法学者三人の会見は、その忖度ムードを吹き払ってくれた!
『王様は裸だよ!』…『安倍政権は空っぽの王様だよ』…
そこから皆がそのことを勇気を持って言い始めたのである…

SEALDsは、Students Emergency Action for Liberal Democracy
の略。『自由と民主主義のための学生緊急行動』の意味である。
そのSEALDsの動きが、憲法学者たち3人が呼び起こした動きに連動した。
もっとも、SEALDsは、この春生まれた動きというわけではなく、2014年、SASPL
(サスプル:Students Against Secret Protection Law/特定秘密保護法に反対する
学生有志の会)として、ムービー・文章による情報共有や、新宿・渋谷に集まった
学生デモや官邸前抗議行動、沖縄、辺野古基地問題に関するアクションなどを
してきたグループである。

憲法学者三人が明らかにしてくれた『王様は裸だ』ということ。それをみんなが言う勇気。
次々と憲法学者たちやその他の法曹関係者たちが賛同意見を公告し始め、
法学に限らずその他の学問分野の学者たち、学生たち、卒業生たちなども
声明を出し始めた。
現在のところ100を超す大学から安保法案反対の声が上がっているという。
『安全保障関連法案に反対する学者の会』

7月31日には学生団体「SEALDs(シールズ)」と憲法学者たちが主体となっている
「安全保障関連法案に反対する学者の会」が共同で安保法制反対集会とデモを行った。
主催者によると、集会の方には約4000人の方が参加し、その後の国会前デモには
約2万人が参加したとのこと。学生団体と憲法学者らが共同で集会をするのは異例で、
両者は「共に廃案に持ち込もう」と声を上げた。

さらに8月26日には、安全保障関連法案に反対する学者の会と日本弁護士連合会が、
東京・霞が関の弁護士会館で共同記者会見を開き、会場には、全国から学者と弁護士
あわせて300人以上が集まり、安倍政権が推し進める安保法案の廃案を訴えた。


300人学者・弁護士
(写真は、弁護士ドットコムさんからお借りしました)



どうだ。壮観じゃないか。こんなことは初めてだという。

法曹界や学者や大学生たちばかりではない。
高校生たちのグループ T−ns SOWLやトールズ(TOLDs)、ミドルズ(MIDDLEs)、
オールズ(OLDs)、『安保関連法案に反対するママの会』、「映画人九条の会」、
医療・出版・印刷などの労働組合、「戦争法案に反対する宗教者・門徒・信者全国集会」…
そうして海外からの声オーバーシーズ(OVERSEAs)など…
(詳しくはこちらを。http://xn--nyqy26a13k.jp/archives/3873

それこそ多くの団体、個人があっと言う間に立ちあがり、その中には、公明党の
支持母体である創価学会や創価大学の人々もいて、上記学者・弁護士の集まりにも、
またこの8月30日の国会前デモにも、本来『平和の党』を目してきた公明党の変質に
抗議し危機を訴える人々が加わっていた。


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この日、創価学会の人々は、国会正面北側道路に位置を取り、党に抗議するための
署名集めをしていた。無論私も署名させてもらった。

東京ばかりじゃない。日本全国津々浦々、県、市、町、村、個人…規模こそ違えど
無数の戦争法案反対の運動が、ほぼ同時に生まれているのである。
その中には、先日紹介した長野県栄村の軽トラックデモのような、微笑ましくも
人のこころにぐっとくる効果的なデモもあった…。
twitter投稿からの引用だが、
『三重県の小さな街のデモ。たかだか200mの隊列だが沿道の老夫婦から
拍手を受け、車の中から手が振られる。警備のお巡りさんから
「あと少しです。がんばりましょう」と声がかかって笑い声が起きる。』

などという微笑ましいのもあった。

…そうなのだ。私も、いつもデモに行くとき、警官隊や機動隊員を敵とは考えない。
彼らは仕事でバリケードを築き道路規制もしているのだ。同じ日本人じゃないか。
警備をしながら彼らもデモ参加者の演説を聞き、シュプレヒコールも聞いているだろう。
中には、ほんとにそうだなあ…と思い、自分もデモ側にいたいなあ、と思う人もいるに
違いない。
私など年配者から見れば、デモ隊の若者たちも警官たちも、同じような若い頬の青年たちだ!
ある回の反原発デモのときなど、いつもドラムを叩いてシュプレヒコールや行進に
勢いをつけてくれるドラム隊の面々。
その軽快なドラムのリズムに、バリケード向うのベテランの警官が思わず足で
無意識に拍子をとってしまっているのを私は目撃したこともある(^^)。

かつて。警察官や特高警察が、庶民にとって恐怖の的であった不幸な時代が確かにあった。
しかし。今はそういう時代ではない。二度とそういういやな時代にしないよう、だからこそ
こうやってデモや集会をしているのである…
警官隊を必要以上に毛嫌いし敵視するのは、愚かなことだと私は思っている。
むしろ彼らを心情的にこちら側に取り込むくらいの大きな気持ちがなければ。

同様に、同じ反安保法制、反原発の仲間同士で、瑣末な考え方の違いをあげつらって、
差別化を進めていくのも愚かで残念なことである。
私たちが立ち向かっているものは途方もなく大きく強い。その前で味方同士で
分裂していてどうするのだ!

SEALDsのメンバーがどうだとかこうだとか、老人たちがどうだとかこうだとか、
デモは効果がない、メールや電話攻勢や直接陳情の方が効果的だとか、その逆だとか、
そもそも投票しないやつが悪いのだ、とか、そんなことをうだうだぐだぐだ言っている場合か!
投票は無論のこと、デモも、メールも電話も直接陳情も、投書もパブコメも公聴会も…、
ぜ~んぶやればいいじゃないか。
どこが主催だのどの年齢が中心だの、そんなことも言ってられる場合か!
その意味では、今はとにかく、多少の違いは不問にして、大きく大きく『反安倍』
『反戦争法案』という一点で団結すべき時である。

今回。私は目撃し損ねたけれど、民・共・社・生活の党の4党首がそろって国会前の
集会に姿を見せスピーチした。初めてのこと
だろう。
うんうん。そうこなくっちゃ。
デモ隊から大きな歓声が沸いたそうである。
前回デモに行ったときかな、その時は民主党岡田代表と、共産党志位委員長が
並んで登壇し、その時でさえ会場からは「おお~っ!」というようなどよめきが起こった。
そのどよめきは、この両党が違いを超えて共に戦ってほしいという、参加者の
切実な思いの表出だったろう。
まして今回は、そこに社民党吉田党首と生活の党と山本太郎となかまたちの
小沢代表も加わった…。
彼らにはこれから、安保法制の審議だけではない、来年の参院選、さらにはその先の
衆院選をもにらんで、共闘してもらわなければ困るのである!
とにかく安倍政権を倒し、戦争法案を廃案にする、その一点で今は共闘し、
参院選では、これら皆で候補者を絞り込んで共闘して欲しいのである。

政治の受け皿を作ってほしいのだ!!!



                     * 

さて。今回の安保法制廃案、安倍政権打倒の集会は、さまざまに論じられている。
・デモなんかしても、どうせ衆参両院で圧倒的議席数を占める与党は、黙って
いても法案成立させられる。だから無駄だ…
・今、運動の中心になって注目を集めているSEALDsも、こうした学生運動・市民運動が
陥りがちなように、その運動方針など細かい違いへの不満や対立が増幅して、いずれは
内部分裂を起こし、縮小消滅してしまうだろう…

私も、正直言って、その不安は抱く。そんなことになって欲しくないと、ほんとに悲鳴を
上げたくなるくらい心から切実に願う。
実際、法案は、あと10日かそこらで成立してしまうだろう…

だが。私は、これらの国民の動きの一切を無駄だなんて絶対に思わない。
あじさい革命などと一時呼ばれた脱原発運動もすっかり縮小したように思われるかも
しれないが、とんでもない。3.11後の脱原発運動は、そのまま、この安保法制
反対運動に重なって今も継続されている。
『首都圏反原発連合』などの人々が確立してくれた国会前や都内各地でのデモ、
集会などのノウハウは、今回のSEALDsなどにしっかり受け継がれている。

さらには。
よく指摘されることだが、これまで労働組合や60年安保、70年台学生運動の
生き残りのような世代の年配者たちが中心であったデモに対し、今回はとりわけ多くの
若者たちやママさんたちが中心になって組織してくれて、そこに『動員をかけられた』
メンバーなどではなく、個々人が自由に自分の意思で参加しているということが、
今後に向けても大きな大きな意味を持っていくと私も思っている…
そして。東京だけではない。これまでデモなどしにくかった地方の村や町街などでも
同時多発的にデモや集会が起きて行ったこと。これも、今までと違う傾向だ。


日本には、『政治はプロに任せろ』という暗黙のプレッシャーが、どこからと言わず、
いわば国民自身の内にも、言わば自縄自縛的にあったと思うのである。
『政治はプロに任せろ』は、すなわち、『政治は自民党に任せろ』とほぼイコールである。

戦後長く…先進国としては異常なほど長く自民党の一党支配が続いてきたこの日本。
政治は自民党が本流で本筋で達者であり、政権担当したことのない野党各党は
言わば政治の実情のわからない素人集団。政権など任せても不安でしようがない…
といった『刷り込み』が、国民のうちにも、また政治家自身のうちにも(与野党問わず)
あったと思う。


その偏見のよくあらわれているひとつの例が、『市民運動あがり』という蔑称である。
民主党菅元総理に対し、この差別的な言葉がどれほど使われたことであったろう!
あの桜井よしこ氏などは、3.11後、私の知る限りでも菅総理に対しこの言葉を
軽蔑的によく使っていたし、なんと、朝日新聞の天声人語子までが、このことばで
菅総理を揶揄していたことがある!

市民運動の何が悪い!!??
市民運動上がりでなぜ悪い!!??

『市民運動』は、憲法に保障された国民の権利じゃないか!
代議制を主として採るゆえに、国民一般は、投票行為によってしか政治に参加する
機会がなかなかない。
デモや集会、公聴会参加、ビラ作成と配布、投書など、『市民』が出来る活動は、
憲法がこれを保障している。恥ずかしいことでも滑稽なことでも何でもないのである!
それどころか、憲法は、その第12条で、『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。』
と、くっきりと、憲法が侵されないよう不断に努力せよ、と国民に訴えている
ではないか。

私たち現代人は、概して、憲法に書かれているようなことどもは、言わば天賦の
当たり前に誰にでも自然に与えられた権利のように思いがち
であるが、とんでもない!
言論の自由にしてもデモなど集会の自由などにしても、参政権も男女平等も…
それこそ国内外の無数の先人たちが、知と涙と汗で戦いとってきてくれたもの
なのである。

…いずれもうすぐ日本でオリンピックである。オリンピックに男女が参加するのは当たり前と
思ってはいないか?
だが世界には、女がスポーツをすることさえ許されぬ国や地域がまだ厳然として存在する。
スポーツどころか、マララさんが今戦っているように、女が学校に行くことさえ許されない
そんな国や地域がまだこの地球上にはたくさんあるのである。
3年前。ロンドンオリンピックの時、私は、苦い一言をブログ記事に付け加えたことがある。

『日本人は、自らの今手にしているしあわせに鈍感である。
その幸せは、先人達が血のにじむ努力や時には迫害を受けつつ獲得してきた権利である。
今回のオリンピックで初めて、参加国すべてが男女参加にこぎつけたのだ、ということを
御記憶なさった方も多いだろう。びっくりしませんか?!
女はオリンピックに出られない、という国が前の大会まであったのだ。
日本じゃ当たり前に女もスポーツできるし、選挙権もある。
でも、その我が国だって、婦人が、国でも地方でも参政権を得たのは、戦争後の
1946年のことである。
それまでには、幸徳秋水や青鞜の平塚らいてうや奥むめお、また菅直人が青年の頃
市民運動家としてそのもとでスタートを切った、あの市川房枝などが、
砂を噛むような悔しさの中、血を吐くような訴えを続けてようやく獲得した女性の権利
なのである。』


私たちが憲法に保障されている諸権利…
それが獲得されるまでにはどれほど長くの時間と大変な努力が
継続されて来たことか。だが、それが奪われる時にはほんの一瞬だ、
ということを私たちは、もっと肝に銘じるべきだ。

そのいい例が今、目の前にあるじゃないか。
安倍政権のしていることは、その、国民の権利を守ってくれる憲法への、それこそ
冒瀆であり蹂躙である。『挑戦』などという前向きなものではないぞ!
安倍政権になってから、どれほど私たちは、好きにもの言うことに躊躇いを抱くように
なってしまったことか…
ただ正当な政治参加の権利を使うためにデモに出る…そのことさえ安倍政権になってから
人によっては、一種の恐怖を抱かざるを得なくなっているのだ。
つまり、公安などに顔写真などを撮られて、それが政府などに情報集約され、いつか
何かの機会に監視対象になったり拘束逮捕されたりするのではないかという恐怖。
あるいは、それをネタに恫喝してくる者がいるのではないかという恐れ。
現にSEALDsの学生たちに、『(そんな活動していると、)就職できなくて震える(ことに
なるぞ)』という、愚かな愚かな脅しをブログに書いた地方議会議員がいる!

ご存じだろうか。今回30日の国会前の抗議行動では、主催者が配慮して、公安などに
写真を撮らせないようにした一角があったということを。
それは、正門前南側公園際の歩道の一角で、そこにいれば、公安警察などに顔写真を
撮られる心配なくいられて、その代わり、参加者自身もそこではスマホなどで写真を撮ることを
しないように、という約束の区域があったということ。

デモに出るのに、そんな心配をする人が出てきたということなのである。
民主党政権はぐずぐずの、自民党に比べれば政権担当の経験の浅い、いわば
『プロ』でない、ド素人政治家集団であったかもしれないが、少なくとも民主党政権
時代にはデモに出て顔写真を撮られる恐怖を感じたり、何かもの言うのに忖度
しなければならないなどということはまず無かった…!

あの、私が嫌いだった野田政権でさえ、脱原発団体の代表者と会い、エネルギー
比率についての公聴会などを何度も開くなど、国民の声を割合すくい上げようとは
していたものだ。


『市民運動』という言葉が、特定の政治的志向を持った者たちの特定の活動を表し、
それが一種の揶揄として使われる、などということ自体が、そもそもこの国の病巣を
表していると私は思う。
市民運動は、本来、政治的志向などを問わずに、国民全員の権利としてあるものだ
と思うからである。良くも悪くも、この言葉がある種の色を帯びてしまって、
それが、本来の国民の意思表示の手段としての役割から違ったところへ押し込められて
しまったのが、この国の不幸の一つなのではないかとさえ思っている。

そういった意味で、今回のSEALDs、T−ns SOWLなどや、ママさんたちの運動は、
特定の政治色もない、本当に自由な個人の集まりということのままに、急速に
国民の間に広がりつつある運動である。
また、栄村軽トラックデモのように、地元の人々の日常の集まりからごく自然に
生まれたようなデモも、これまたある意味での強靭さを内包
しているように思う…。
今まで、脱原発を望んでいても、政治色の強く感じられるデモ隊などにはどうも
気持ちがひいてしまうという人々も、この若い人たちの集まりや、地元色いっぱいの
デモには興味をひかれ、実際今回参加してみたという人も多かったであろう。
だから沿道での応援も多かったのではないか。

つまり、新しい形の市民運動が…『市民運動』という言葉がすでに色がつきすぎているなら
その言葉をあえて使わなくてもかまわない…新しい形の政治運動が、この国に生まれて
育っていっているのじゃないか
と、私は思うのである。

今回の国会前抗議行動、全国の運動は、年齢間の垣根さえ軽々と越えたように思う。
SEALDsなど若い人たちに続いて、OLDs、MIDDLEsを名乗る人々が出てきたのは、
一種の悪ノリというかご愛嬌である。OLDs、MIDDLEsって、要するに今までの中高年の多い
脱原発運動や反安倍の運動と同じ層じゃない?^^
聞けばBONsだったっけな?、お坊さんたちの集まりもまだ出来てはいないけれど
用意してあります、などという書きこみもどこかで見たな(笑)。
ちなみにTOLDsは、東京のリベラルでデモクラティックな先生たちの集まりだという。
こちらはすでにできていて、他府県の人々も含め、8月30日時点で1340人の賛同者が
いるという。

だが。こうした冗談のような、いわば軽い動きも、これを単に「便乗だ!」などという
マイナスな感触で私は捉えない。
8月30日の国会前の反安保法制と安倍打倒の巨大集会が、いとも容易に警官隊の
三重四重に築いたバリケードを決壊させたように、この運動は従来の市民運動の
固定観念をも『いい意味で決壊させた』、というふうに私は捉えている
のだ。

SEALDs のどなたかが、『60年代、70年代に戦ってこられた方々をリスペクトする』
というようなことを言っていた。

これだこれだ!この感覚は、今までの運動にはなかったんじゃないかな。
若者たちにとって、かつて安保闘争などを戦ってきた年寄り達は、無用の口出しをする
小うるさい存在であり、かつて体を張って警官隊ともみ合った老人たちにとっては、
若い人たちの運動が生ぬるい…そんな溝があるのがこれまでは感じられた。
だが、今はそうじゃない。上に書いてきたように、若者と老人たちの間には
ある種の、互いへの、それこそ『リスペクト』が生まれているように思う…。
そうして、その両極だけが突出した運動ではなく、ママさんたちやそれこそMIDDLEsが、
その間の層を形成しているのだ…

この感覚は、はっきり言って、ついごく最近まで無かったものだと私は感じている。
朝日新聞の投稿欄や、ネットの言論などでは、ごくごく最近まで…それこそこの春ごろ
までは、『若者が政治に無関心でどうする』とか、『平和憲法と九条にしがみついて
この日本をどうしようもない国にした老人たちは責任をとってほしい』などという論調の
投稿がよく見られたのである。
私自身も、つい『今の若い人は…』という語り口でたびたび書きがちである…

だが。今はそれが違ってきているのだ。
今回の国会前行動の、SEALDsと並ぶもう一本の柱になったのは、
『戦争させない・9条壊すな! 総がかり行動実行委員会』だったのではないかと思う。
この人々にも私は感謝する。この会についてこんな記事があった。

中心メンバーの高田健さん(70)は、高校生の時に60年安保闘争に参加して以来、
平和運動を続けて半世紀になる。毎週木曜、議員会館前で安保法案への抗議集会を
続けている。参加者は中高年が中心。労組ののぼりが立ち並ぶ伝統的な市民運動だ。
野党の国会議員や弁護士も参加し、最近は毎週数千人が集まるという。
(8月31日毎日新聞朝刊より)

この総がかり行動実行委員会の中高年たちが、若者たちの集まりと共闘する…
SEALDsを見つめる老人たちのまなざしの優しいこと!
そうして、SEALDsたちもまた、自分たちが実際にこれだけの大きな運動を主導する
経験をして、60年代安保闘争の凄さを膚感覚で実感したのではないか。
それが、上記引用した『『60年代、70年代に戦ってこられた方々をリスペクトする』
という言葉に表れているように思うのである。

『抗議行動が終わった後、SEALDsの中心メンバー、奥田愛基さん(23)は話した。
「日本が70年間、一人も戦死しなかったのはずっと声を上げてきた人たちがいたからな
んだなと今日思った。それって本当にすごいことだと思う
」』(伊木緑。同8月31日毎日新聞)

という感慨も、これも運動を主導して初めて、実感として気づくことであろう。
ここにはもう、若いとか中年層だとか、老人層だとかの垣根は存在しなくなっている…

同じ8月31日付の毎日新聞の同じ記事に印象的な一節があった。

「敷布団と掛け布団」。中野晃一・上智大教授が最近、集会でこんな例え話をしてくれた。
若者らの新しい運動が掛け布団。長年続く運動が敷布団。多くが政治への不満を募らせる
「寒い時代」にはふかふかの掛け布団が重ねられる。それは喜ばしいこと。でも地味で誰
も気に留めなくても、敷布団がなければ体が痛くて眠れない――。高田さんらへの敬意を
表した言葉だ。
「敷布団は敷布団らしい働きをしよう」。反原発や沖縄問題に取り組む団体、法律家や学
者、母親世代の「ママの会」……。別々に活動する市民団体を束ね、今回の主催・賛同団
体は約30に上った。
60年安保闘争以降、平和運動は党派やほんの少しの思想の違いで対立しがちで、共に
活動するのが難しいこともあった。「本気で法案成立を止めるには一緒にやることが大事だ
という思いを共有できたのだろう」と喜ぶ。』
 


そうそう!これなのだ!これを私たちは求めていたのだ!
『敷布団と掛け布団』…うまい例えだなあ!
『敷布団は敷布団らしい働きをしよう』…なんだか今の私の心情にもあんまり
ぴったりすぎて涙が出てくる…
そうなのだ。私もこうしてブログを書いているが、それでなにを求めるでもないのである…。
ただ、自分が70年近く生きて来て…(私は日本国憲法と同い年だ!! ^^)
私なりに見聞きし勉強してきた末に辿り着いた理想というものがある。その理想から
現実の社会がどんどん遠ざかって行くように見えるとき…危惧の念と心配とで、
警告を発せずにはいられないから、こうして書いているのである…。
私もまた、一枚の、薄っぺらな、模様さえすり切れかかったおんぼろ敷布団だ……!
そんな薄っぺらな敷布団でも、何枚も重ねれば、寒さは遮断してあげられるではないか。

今回の集会には、中咽頭(いんとう)がん治療のための休養から復帰したばかりの
坂本龍一さんも駆けつけて、演説してくれ、SEALDsの奥田愛基さん(23)と握手する
という感動的シーンがあったらしい。

『現状に絶望していたが、若者たち、主に女性が発言するのを見て、希望があると思った』
『民主主義や憲法が壊される崖っぷちになって、日本人に主権者や憲法の精神が根づい
ていると示された。日本の歴史のなかでは、憲法は自分たちの命をかけて闘いとったもの
ではなかったかもしれないが、今まさにそれをやろうとしている。ぼくも一緒に行動して
いきます』


この坂本龍一氏の言葉も、まさに私が思っていたことだ…
上にも書いたけれど、私も、このほんの5月ごろまでは、『もう、何もかも安倍政権の
思い通りをこの国の民は許してしまうのかな…』と、絶望しかけていたのである。
その絶望に一筋の光を射してくれたのが、あの三人の憲法学者たちであった…。
彼らが教えてくれた『王様は裸だよ』という指摘が、どれほどこの国の多くの人々に
活を入れてくれたことか。
私は彼らに感謝してもしきれない。
象牙の塔に籠っていた学者たちが、なんと古い書物の匂いのする研究室から出て
立ち上がった!
SEALDs…若者たちも、その他の憲法学者たちも、映画人も、宗教人も…
ママさんたちも、軽トラも…海外からも…あらゆる立場の、あらゆる世代の人々が
自分の意志で立ちあがった!

私は、これらの人々に、本当に感謝したい。
それから、3.11後から変わらずコンスタントに粘り強い活動を続けてくれている
日本弁護士連合会の人々に、本当に感謝する。
今度のあれだけの大きな規模の集会で、二人の逮捕者しか出さなかったのは
(警官ともみ合って警官を小突いたという。警官に怪我なし。よかった…)
弁護士さんたちのグループが、ボランティアで会場内のあちこちにスタンバイし、
デモ隊と警官との間にトラブルがあった時にはすかさず割って入れるよう、目を配っていて
くれたおかげでもあると思う。このことも報告しておきたい。
また…警官隊もよく自制してくれたと思う。デモを規制するという役目ではあったけれど、
警官隊の自制心ある誘導のおかげで、怪我人がほとんど?出なかったのだということが
言えると思うから。決壊現場でも状況を見て現場の判断でバリケードをはずしてくれたともいう…


                    *

さあ。ようやく長い長い報告は終わり。

戦いはこれからである。
来年の参院選で、自公を倒すこと。
そして、どんなことがあっても、憲法改悪など絶対にさせないこと。


薄いせんべい敷布団たちと若い新しい掛け布団たちが大事に
くるんでいるものは何であろう?
そこに大事にくるまれているもの…私は、それは、この国の憲法と
民主主義の精神であると思うのである…













 
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Re: スキップさんへ

スキップさん。こんばんは♪

おお!それではあの時あの場に同時にいたことになりますね。
そうそう。バスでおいでになった方も多かったんですよね。
関西からのバスもtwitterなどで呼びかけを見ました。あとタクシーも。
初めての人は、警官隊にもろ遮られてしまって国会周辺にさえ近付けないことも
あるというので、東京駅からタクシーの乗りあいで『議事堂前に。』と言う。
警官隊も、タクシーまでは規制できませんから、中心部に近づけるのだとか。^^

国会議事堂裏においでになられたのですね。^^
私もあとでそっちの方も見に行きましたよ~。そちらもすごい人でしたね~。
大体私はいつもは、人の間を縫って行きたいところにちょこちょこ行くのですが
30日は、本当に、二進も三進も身動き取れないところがあったです。

ああ!やっぱり、日比谷公園の方に誘導された人もいらしたのですねぇ。
12万という数字は、記事にも書いたように地下鉄4駅の当日の乗降客からと
あと、主催者が用意したビラが7万だっけな9万枚だっけな、全部なくなってしまった
ところから判断した、などと言う情報もどっかで読みました。
そうですよね。一度貰った人は普通2枚は貰わないから、それは
いい判断材料になりますね。だから本当は12万よりもっと多かったという
ことでしょう。ビラ貰ってない人も多かったでしょうから…。

NHK,例の2紙ですか、はひどかったですね。
いや、デモの報道はまだいいのです。したくなければしなければいい。
しかし、この法制を決める手続きだけは、どんな思想の人でも『そりゃ駄目だろ!』
と思ってほしいですね。法治主義の破壊なんですから。
どんな思想であろうが、法治主義のルールを無視していいはずがない。

ふう……
疲れますね。
先はまだまだ長いですね。
私もまだがんばります…。

スキップさん。ありがとうございます♪







Re: 星狩人さんへ

星狩人さん、こんばんは♪

はい。どこかにいるはずです。
自分の着ていったもの、位置していた場所は、無論自分でわかるので
探してみたのですが、人が多すぎてわかりませんでした。(笑)

若い人たちの活動は、危ういようでしっかりしているようで…
私もはらはらしながら見つめています。

でも、若い人々は急速に成長していく…
最初は幼くて危なっかしいように見えていても、一回一回と経験を積むうちに、
多くのことをすごい勢いで吸収し、自ら軌道修正なども楽々と行って、
急速に成長を遂げていく。そんな気がします。
私ね。例え今回の運動が途中でぽしゃっちゃったとしても、その経験は
決して無駄にならないと思うのです。

何かを自分でやり遂げること…それは大変な後の心の財産になると思います。
私の地元に、とっても弁の立つすごい議員さんがいます。
まだうら若い女性です。
でも、今すぐ国会に行っても、すぐに質問の中心的存在になるだろうな
というくらい鮮やかな弁論の出来るひと。演説の声も素晴らしいし、だいいち
胆が据わっている感じです。それでまだ新人さんに近いんですよ。
山本太郎氏もそうですが、どんどんいい政治家になって行っている…。
人は成長します。
若い人たちに過度の期待をかけるのはどうかと私も思うけれど、
それでも若い力を信じていたいです。

これまでの数々の反原発運動…一見するとひと頃の勢いはすっかり無くなり、
消滅してしまったかのように思えますが、私はその流れは脈々として
続いていると思う。若い人々が随分新しい運動の方法を考えてくれた…
それはいま、SEALDsにしっかり受け継がれているように思います。
彼等がそこへまた、新しい方法を積み重ねていく…

手痛い失敗もいいじゃないですか。^^
それもきっと、人生において無駄にはならない。

掛け布団と敷布団。
あ。ほんとですね!あんまりお布団で暖かく柔らかく来るんで過保護にしちゃって
民主主義に惰眠を貪らせちゃっちゃいけませんね。(笑)
そっかぁ。そういう心配もあるなあ!

確かに。
自分で痛い想い、寒風に吹きさらされ凍えるような経験をしなければ、
民主主義などというものは本物になって行かないのかもしれません。

『風通しのいい批判くらい、いつでもできるように。
そのことが、分裂や混乱ではなく、止揚と発展をもたらすように。』

そうですねぇ。ほんとにそうですねえ。
私も、いろんな意見、いろんな差異はあっていいと思っています。
というより、人が集まればそれは仕方ないことだとも思えます。
ただそれが、ほんと、おっしゃる通り『止揚と発展』をもたらすような
性質のものだったらいいのだけれども、互いの小さな違いを憎悪し合う
ような、そんな不毛な、批判のための批判、といったものになって行って
欲しくないと思います。
どうもtwitterなどを見ていると、すぐそういうことに陥りがちなのですね。
「あれ?ついこのあいだまで、この二人は仲間同士じゃなかったっけ?」
と思うような人々が、互いの悪口を書き散らしていたりする。

大きな敵が目前にいるのになあ!何やってんのかなあ!と、そんなときは
悲しくなります。

とにかく今は大きくまとまってほしい…そう願うのです。
今、反安保法制を訴える中心にいらっしゃる、小林節さんだって、本来
改憲論者ですからね。
そこだけを問題にすれば、共闘なんてできない。
でも、同じ改憲でも、安倍政権がやろうとしているものはその質が違うんですね。
彼等にだけは改憲やらせてなるものか。その一点で共闘できる…

だがまあ、厳しいですね。
あきらめてはいませんが、状況が厳しいのは厳しい。
もっともっと大きな国民の声が盛り上がらないと。ですね……

私もがんばろー……
すみません、なんて、おっしゃらないでくださいね。^^






Re: 鍵コメさんへ

鍵コメさん、こんばんは。

そちらでの会合のこと、twitterで知って、拡散しておきましたよ。
このどこかに鍵コメさんがおいでになるのですね。^^
本当に、日本全国でいろんな人々が立ち上がっている…
でも、それらのデモに対する考えかたがさまざまであることからわかるように、
安保法制反対、安倍打倒で結集する人々が出てきているのと同様に、
安倍支持の人々もまた、必死でそれら反安倍運動の勢いを跳ね返そうと
しているようですね。
安倍支持者も、かなりの一定数、いるのでしょう。
なかなか支持率が下がらないことが、そのことを示しているように思います。

おお!今回はどのようなテーマなのでしょうか?^^

国会前に毎日のように詰めていてくれる方々…本当に頭が下がります。
私ももう少し近ければ、毎日でも行きたいのですが。

明日はお気をつけておいで下さいね。
いつもありがとうございます♪



No title

 私も参加して来ましたよ。匝瑳市役所前からの東京駅直通高速バスで行きました。総勢14五人でしたか。全員が我が会のメンバーでない、それぞれの人間関係の濃淡により、東京駅で別行動となり、結果、三人で、最後まで。
 ちょうど二時に丸の内線国会議事等前駅に到着、志位委員長が演説していました。
 警察の規制が必要以上に厳しいので、抗議しましたよ。人数は3万印と言うことは絶対ありませんね。私は国会裏側にいましたが、周りだけで3万人はいたでしょう。警察発表はこれだけをカウントしたのではないでしょうか。別行動をした仲間はやはり、日比谷に誘導されたそうです。12万は主催者も把握できていない数字ではないでしょうか。常時12万はいなかったと思います。しかし、出入り人数総計は12万では足りないはずです。
 とにかく、権力監視の必要性を気付かせてくれたという点で安倍さんは功労者です。そう思わずには入れないほどの人数でした。これをまともに報道しない大新聞がありました。時代を読むことが出来ないマスコミ、すわりの割ること子のうえありません。

No title

おはようございます。

あの決壊した車道に群集のなかに、彼岸花さまもいらっしゃったのですね。
さすがです。参加した方々にも、この時の体験を忘れないでほしいです。
でも若い人たちを矢鱈に持ち上げて、矢面に立たせないでほしいです。

敷布団と掛け布団。いかにも日本人的なたとえだと思います。
どうかどうか、大切に包んだ中身が、ぬくぬくと惰眠を貪り、
夢を見ながら、いつの間にか腐ってた・・・ってことがありませんように。
座禅ばかりする坊さんの脚が、ダルマになったのでは笑えません。

ならば、ええ~い!その布団を剥いでやる。寝巻きも奪ってやる。
真冬の寒風の暗闇に、たったひとり素っ裸で追い出してやる。
目を覚ませ、泣き叫ぶな、生き残れ、それが民主主義だ。
(すみません、つい本音が)

風通しのいい批判くらい、いつでもできるように。
そのことが、分裂や混乱ではなく、止揚と発展をもたらすように。
そう願っております。すみません、すみません。

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Re: 愛希穂さんへ

愛希穂さん。こんにちは♪

長い記事。読んでくださってありがとう♪^^

『幼少青壮老の五連帯』。ほんと、そんな感じでしたよ。
まあ、この日のデモの性質上、人が多いぞ、って警戒されて、さすがに
赤ちゃん連れた方は少なかったですが、でも、ママさんたちは別の日に
別な会場でやっててくださいますものね。

東京だけじゃない、日本のあちこちで人が集まっている、というのも
みんなの怒りがそれだけ大きいからだと思います。
なんとかこれを一本化出来ないかなあ、と考えてしまいます。
無論、一か所に集まるのは無理でしょうから、なにか統一バッジを作るとか、
全デモ情報を一か所に集めてどこかに掲載できるとか。^^

掛け布団と敷布団。
愛希穂さんは掛け布団組だなあ! ^^
私はもうボロボロで、綿がはみ出たりしています。(笑)
うんうん。こうして後に続く人たちに想いをつなげていきたいですね。

安倍さんが、将来の子供たちに重荷を負わせない、なんていうのは、
違うと私思うの。
負の記憶でも、先人たちの足あとというのは、次の世代の財産だと思うのよ。
綺麗なもの、正しいもの、幸せなものだけの歴史のパッケージって、
貰って嬉しいだろうか。
現実の世界は矛盾や悲しみや怒りにも満ちている。同じ悲しみや矛盾や
怒りを経験してきた人々がかつていた…と思うことが、勇気や力をくれるって
ことの方が多いと思うのよ。
歴史が粉飾されずにありのままを書いて残されている、ということが、後の大きな
大きな財産になると思う。
その点、アメリカの方がずっと立派。公文書としていろんなことが残されている。
日本は、都合の悪いことは燃やして廃棄してきた経緯ばかり…
その心根が、原発事故にもつながってるし、いろんな官公庁・企業・団体の不正にも
現れちゃいますよね。
書類や情報などを書き変えたり廃棄したりすることが出来ると思うから、
それに罪悪感を抱かない。発覚した場合のことも想像してみない。
したがってだれも責任を負わない…などということが起こってきてしまう。

今、書いてる記事があるんですが、そんなことをしみじみ思いながら書いてます。
また読んでくださいね~♪ ^^

愛希穂さん。ありがとう♪



No title

こんにちは!

二日にわたって読ませて頂きました(^^;)。
彼岸花さんの思いが溢れ出ていて、まだまだ希望はあるって思いました。

今、むのたけじさんの『日本で100年、生きてきて』を読んでいるのですが、その中で
「みんなの運命に関わる問題を解決するには、幼少青壮老の五連帯で、みんなで力を合わせなければならぬ。力を合わせれば必ず解決できる」って、むのさんは書いています。

彼岸花さんの文面からも、むのさんと同じような思いを感じました。
彼岸花さんは幼少青壮老の五連帯の場を実際にその眼でご覧になって、そのパワーを感じられたのですね。

私は掛け布団にも敷き布団にもなっていませんが、その布団がくるんでいるものを大事にしていくし、子ども達にもそのことをしっかりと伝えていきます。

まだまだ、これからですね。

Re:森の妖精アイさんへ

森の妖精 アイさん♪ こんにちは。
長いレポート、読んでくださりそんなふうに言ってくださってありがとうございます♪
数日かけて頑張って書いた甲斐があります。^^

今日は名古屋で集会・パレードですね。白川公園、5時半から
というのでしょうか。retweetしておきましたよ~~!^^
時間までretweetしまくっておきます。

日本全国、見つけたデモ・集会情報は、自分の住んでる地域じゃなくても
ネットで拡散して応援、連携していきたいものですね。そう思って、私、
見つけたらすぐこまめに拡散するようにしています。^^

アイさんも敷布団。おお!^^
このたとえ。なんだか心にしみましたね。
私も、今後もずっと、敷布団の一枚であり続けようと思います♪
圧倒的多数を衆参両院で得ている自公は、大きく構えているのでしょうが、
いつまでもそれが続くと思っていてほしくないですね。
潜在的な自公批判勢力は確実に増え続けていると思います。これをさらに大きな
運動に盛り上げていくためにはどうしたらいいのか…
こんなちっぽけなブログですが、私もできるだけのことを今後もしていきたいと
思っています。

アイさん!ありがとうございます♪
今日の愛知のデモ、応援していますからね~~~♪


 





No title

彼岸花さん

 読み応えのあるreportありがとうございます
 明日は名古屋でも 大きな行動があります
 期待できる状況が つくれていますね

 私も「敷布団」のひとかけら のつもりです
 悔いの残らぬように 最後の最後まであきらめず
 みんなの望む 情勢を切り開きましょう
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
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