『日本国憲法をなぜ守りたいか その8 押しつけ憲法?③』

Q8:近衛文麿が佐々木惣一らと作った『帝国憲法改正要綱』
ってどんなものだったの?


3つ前の記事で書いたように、東久邇宮内閣の国務大臣近衛文麿は、マッカーサーに
憲法改正の示唆を受け、憲法学者佐々木惣一、高木八尺らと憲法草案を作ることに着手。
しかし、幣原内閣に変わって、近衛は大臣職を失い、彼自身が戦犯として訴追される
恐れが出て来て、そういう人物に憲法草案を作らせることを回避しようとしたか、
GHQに突如はしごを外された。
それでも近衛は、一応草案を完成させ、1945年11月22日、天皇に奏答している。
だが、近衛は、12月6日に、やはりGHQからの逮捕命令を出され、A級戦犯として
極東国際軍事裁判で裁かれることが決定。12月16日に、青酸カリを服毒して自殺した。




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1941年7月18日。近衛第三次内閣。写真はWikipediaよりお借りしました。
海軍の軍服三名、陸軍二名の姿が見える。第三列に陸軍中将・陸軍大臣東条英機の姿も。
この内閣の与党・支持基盤は、『大政翼賛会』であった。すでに第二次近衛内閣の時の、
40年7月26日に近衛内閣は『基本国策要綱』を閣議決定。大東亜共栄圏の確立構想を発表。
全政党を自主的に解散させ、8月、日本に政党が存在しなくなり、これをもって日本の
議会制政治は死を迎えていた。




公爵近衛文麿は、一人の人間としては興味深い人物である。
だが。間を置いて3期務めた内閣総理大臣時代に、1937年7月7日の盧溝橋事件をきっかけに
日中戦争(支那事変)勃発第二次上海事件。中国との全面戦争に突き進んでいく…。
大本営設置。12月南京攻略。翌1938年5月国家総動員法施行。
1940年9月日独伊三国軍事同盟締結。10月大政翼賛会の発足。
1941年7月。関東軍特種演習を発動。中国戦線も泥沼化した中で日本軍は、
対ソビエトの北方作戦、同時に南部仏印への進駐と、両面作戦を強いられることになる。
南部仏印進駐はアメリカの対日石油全面輸出禁止等の制裁強化を生み、
これにより日米開戦はさらに近づく…
9月、近衞はようやく日米首脳会談による解決を決意し駐日アメリカ大使ジョセフ・グルーと
極秘会談するも、アメリカ国務省は日米首脳会談を事実上拒否する回答を日本側に示す。
開戦の決断を迫られた近衛は、10月、政権を投げ出し内閣総辞職東條が次期首相となる。

近衛の内閣の時に、ざっと挙げただけでもこれだけのことが起きている。まさに日本が
アジア侵略に突き進み、アメリカを中心とした連合軍との全面戦争にいよいよ入っていく
時代の、日本の首相、まさに一番の当事者であった。
太平洋戦争末期、近衛は早期停戦に向けて動き、自分の内閣下で戦役が拡大していったことを
軍部のせいにしようとしたが、それは通らない。総理である彼の決定の下で、どれほど多くの
他国自国の民が命を失ったことか・・・・・・・・・。
近衛は結局戦犯の指定を受けて、その前に自死するのである。

それでは、その近衛が作成した憲法草案『帝国憲法改正要綱』はどういうものであったか。
若き日、マルクス経済学に接し河上肇に師事して社会主義思想を学んだこともあった
青年華族は、後に、ゾルゲ事件などもあって強烈な共産主義恐怖者となり、ソ連侵攻と
日本の赤化を恐れるゆえに、アジア・太平洋戦争の早期終結を望むことになる。
戦争が長引けば、ソ連が参戦してその発言力影響力が増し、同時に疲弊した民衆の間に
共産主義思想が入り込みやすくなっていくのではないかということ、日本の赤化を
異常なほどに恐れたのである。



その近衛が、GHQの望むような民主化を素早く行っていけば、日本占領にソ連が加わることを
阻止でき、国体も護持できると考えて、GHQの望むような憲法草案を早く作ろうと
熱心になったのは、自然な流れであった。
『国体護持』と言いつつ、異様なほどの共産主義恐怖から来る自己保身の想いもあったか
近衛という国家責任者の罪と人格と動機はともかく、近衛が佐々木惣一や高木八尺の
助けを借りて作った『帝国憲法改正要綱』は、結果的には幣原~松本ら政府側の
対応よりもはるかにGHQの意を汲んだものになっていた。
ただし、当然のこととして『国体護持』『天皇主権』の考えは、大日本帝国憲法から
一歩も出てはいなかった。もとより『軍』の解体なども頭には無い。


既に公人の立場を喪失し戦犯容疑のかかっていた近衛の改正案は、GHQに
取り上げられることもなく、天皇から幣原内閣に下賜されたが幣原・松本烝治らによって
参考にされることもなく終わった。この案が、国民に知らされたのは、近衛の自死の
5日後の12月21日毎日新聞の記事によってであった。

だが。この近衛、佐々木惣一や高木八尺たちによる『帝国憲法改正要綱』には、見るべき
点もあったように思う。その全体はこちら『帝国憲法ノ改正ニ関シ考査シテ得タル結果ノ要綱』
で見ていただくことにして、その中の注目すべき項目をいくつか挙げておこう。

『今囘の敗戦に鑑み帝国将来の進運を図るため帝国憲法を改正する必要あり、
 解釈、運用のみに俟つは不可なり
と認む』
との根本方針を掲げていたこと。
 この点で、明治憲法の小手先の小さな改正で済むと考えていた幣原内閣よりも、
 GHQの意向をより正確に理解
していた。
『天皇は統治権の総攬者であり同時に行使者であるが、その行使は万民の翼賛
 によることを特に明記する(新条文)

 『天皇の統治権行使は万民の翼賛による』という文言も、ポツダム宣言以降アメリカ政府、
 GHQが再三にわたって『対日基本方針』として日本側に指示を出していた、
 『日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される』という文言の意図を、
 幣原~松本ら当時の内閣の面々よりもよく理解していた
ことを示すものである。
 ただし、この日の毎日新聞の社説が言う通り、そもそもこの『天皇の統治権』が存在する
 こと自体が、この案の根本的欠陥である。『これがある限り、将来疑義の因となり、或は
 再びまた反動的分子の悪用するところとなる惧れがある』

 さらに毎日新聞は、高野岩三郎、鈴木安蔵ら民間人の憲法研究会の「憲法草案要綱」
 を例に挙げ、天皇は単に『栄誉の淵源として国家最高の地位にあり、国家的儀礼を司る』
 また『天皇は内外に対し国を代表す』というように、天皇の職務の限界を憲法で明確にしておく
 ことの必要
も言って、近衛案をなまぬるい、と批判している。

③ その他、近衛案では、天皇の権限をできるだけ制限し、一方議会の権限を強化する
  条項
が数多く見られる。
  この点に関しても、上記毎日新聞の社説では、
  民主主義政治の実現のためには、議会の権能を強化することが前提要件であると
  考えるのはよい。しかし、現に、わが国の軍閥は今日まで如何に議会に対して
  憲法違反的抑圧を加へてきたことか。議会の法文上与へられた権能も、軍閥が
  国家国民に強制した誤れる思想の前には、事実上無効に帰した。

  議会というものは民主主義政治思想が国民の間に完成した上で
 なければ脆いものである。

 と、正論を吐いている。

これなど、今の日本の、投票率の低さや行きはしても人気投票的な投票行動など
国民の政治に対する意識が希薄であること、また政治家自身の「自分たちは政治を
一時的に任されているにすぎない」という『代議員』としての厳しい自覚のなさ、
などによって、『民主主義制度』そのものが脆弱さを見せているとき、非常に耳の痛い
言葉ではなかろうか。


何を偉そうに!朝日も毎日も…新聞は、その少し前までは、戦争翼賛体制のお先棒を
率先して担いでいたのじゃなかったか!…確かに。
だが、その新聞をその方向に押し出したのは、当時の『世論』というもの。つまりは
国民自身であったのである。
私たち今の人間は、これらいやというほど戦争の惨禍をわが身で経験してきた
先人たちの行動や言葉をもう一度見直して噛み砕き、それらの痛切な経験に十分に
学んでいるとは言えない今の状況を深く顧みてみることこそが必要なのではないかと、
私は思うのだ。

そうやって学ぶことに、『右』だの『左』だの関係あろうか。

すぐに続けて、近衛らの改憲案そのものに学ぶべきことはないかどうか、書いていく。





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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

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