『日本国憲法をなぜ守りたいか その10 押しつけ憲法?⑤』


Q10:幣原~松本烝治らの政府案はどんなものだったの?


さて。これについては、前の方の記事でも書いている通り、どうにも褒めようがない。

敗戦の年の10月11日、東久邇宮に代わって政権を担当することになった幣原は
マッカーサーに挨拶にGHQを訪れる。マッカーサーは、日本側が自主的に憲法改正を
進めることを待つという基本的な考えのもとに、「憲法の自由主義化」を示唆。
日本の社会組織の根本改革を求めた。
幣原首相は、13日、臨時閣議で、政府として
憲法調査を実施することとし、松本烝治国務大臣を委員長とする憲法問題調査委員会
の発足を決定した。『調査』であって、『改正』ましてや『新設』など念頭にない。

そもそも彼らの出発点の誤りは、ポツダム宣言に関しアメリカ国務省から得た説明が
『日本の政体は日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される』と言う曖昧な
回答であったにもかかわらず、「おそらく『国民が望めば国体は護持される』という
意味だろう」という推測の下、GHQが命じた改憲についても、「『日本の政体は
日本国民が自由に表明する意思のもとに決定される』と言っているのだから、
我々が主体的にやっていいだろう」、とたかをくくっていたことである。

だが、その『主体的に』ということの意味が違った。
幣原~松本の『主体的に』は、『我々が大日本帝国憲法を少し手直しすればそれで済む』
だろうという甘い見通しでしかないものであり、アメリカ政府とGHQの考える『主体的に』は、
天皇の地位剥奪・戦犯指定の可能性も含む長い多数回にわたる激論の下、とりあえず当面の間は
『日本政府の出方を注目していよう』という厳しいものであった点である。
当時のアメリカの世論は、天皇の地位をめぐり、天皇の戦争責任は免れないという
相変わらず厳しい認識を示しており、ワシントンの国務省・陸軍省・海軍省の三省調整委員会
では、下部の極東小委員会において、天皇の身柄・処分について、激しい論議を
積み重ねていたのである。
同じ10月、トルーマンは、
『アメリカ政府は、「裕仁天皇は戦争犯罪人としての逮捕、裁判、処罰から全く免責
されたわけではない」と考える』 そして。『裕仁天皇なしで、占領がうまくいくと判明したときは、
天皇の裁判問題は当然に提起される』という厳しい前提の下、天皇に国際法違反の
責任があるかどうかの極秘調査・証拠集めをマッカーサーに指示していたのである。
日本の幣原~松本らは、こうしたアメリカ側の厳しい認識も知らず、国体護持
という不文律から一歩も出ず、甘い期待の下、相変わらず小手先の解釈議論を
悠長に、しかもGHQの意向も聞こうとせず一切を秘密裏に、内輪だけでやっていた…

ここに、憲法改正に関しては、幣原~松本らの出発点からの誤謬がある。
その甘さは、よくいえば、アメリカなどなにするものぞ!という、敗戦国日本の
日本男子としての気慨であったかもしれないが、率直に言えば、敗戦の厳しい現実への、
恐ろしいほどの認識不足
、というものが、根本にあったように私などには見えてしまう。
敗戦の現実を厳しく認識しない、ということは、日本がアジアで犯してきたことの罪を
ほとんど認識していない、ということと同義
であったのではないか。


10月25日。松本烝治国務大臣を主任とする憲法問題調査委員会(松本委員会)設置。
以降、翌1946年2月2日の総会までに、7回の総会と15回の調査会・小委員会を開催。
憲法問題の検討を行った。これを多いと感心するか少ないと驚くか。

松本委員長は、10月27日に行われた第1回総会で、調査委員会の使命について
『憲法改正案を直ちに作成するということでは無く』と述べていが、11月10日の
第2回総会では『日本を廻る内外の情勢は誠に切実である。政治的に何事も無しには
済まし得ない様に思われる』、『憲法改正問題が極めて近き将来に於て具体化
せらるることも当然予想しなければならぬ』と述べ、委員会は調査・研究から改正案の提示へ
向けて方向転換しては行くのだが。それもすべて秘密裡に、であった・・・・・・

幣原~松本らの政府案、いや調査書が実際にどういうものであったか。
1946年1月4日。憲法改正担当国務大臣、『『憲法問題調査委員会』(いわゆる松本委員会)
委員長松本烝治が自ら憲法改正『私案』を執筆。その後委員会や閣議などの何度かの修正を
経て、民主主義的要素を少しずつ盛り込んでは行くのだが、前の記事にも書いた通り、
彼らが作った『試案』は、2月8日GHQに提出されるその前に、2月1日、毎日新聞に
よってスクープされ、その中身が暴露される。
ところがややこしいのは、その毎日新聞がスクープした委員会試案というのは、実は
委員会のメンバー、宮沢俊義がこれまた私案として書いた『宮沢甲案』にちかいものであった。
これは、松本らがGHQに実際提出したものよりかなり民主的色彩のあるものだったのだが、
それでも毎日新聞にそれがスクープされると、GHQの不信感を生み、
そしてついには、GHQ自身が草案をつくる、という事態に発展して行くのであるが、
松本委員会の原案となった松本烝治自身による私案と、そのスクープされた『憲法問題
調査委員会試案』を、追記のところに全文掲載しておくので、興味ある方はご覧ください。

松本私案の条文には、第一条、第二条、第四条、第五条など、随分抜けている
条項が多いが、これは要するに、大日本帝国憲法から変える必要なし、と彼が判断した
条文である。
ちなみに。その抜けている(つまり変える必要なしと思われた)大日本帝国憲法の部分の
一例をあげれば。
第1条大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第4条天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第6条天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス

等である。スクープされた『憲法問題調査委員会試案』についても同様。

いずれにしても、これらの案は、
天皇主権の大日本帝国憲法の域を出ないものであり、
天皇の統帥権(天皇大権のひとつ。陸軍や海軍への統帥の権能)を認めているところ、
③国民の自由権などは明記してあるが、いずれも『安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ』
 『公益ノ為必要ナル制限ハ法律ノ定ムル所二依ル』などという但し書きが付いた上での
 自由
であること。
など、大日本帝国憲法とさほど違わないものであった。

無論、現在の日本国憲法には、『国民主権』の根本思想により、これらの但し書きは
一切ないか、あっても『公共の福祉に反しない限り』というやわらかい文言である。

ところが何度も言うように、自民党改憲案では、『公益及び公の秩序に反しない限り』、
と、『公の秩序』という文言がいたるところにつけ加えられていることに注意。

そして。
④いずれの案も、自民党の『緊急事態条項』に似た条項がある。

いつのことかはっきりしないが、おそらく1945年暮れか46年当初か、
先に記事にした近衛草案の作成に携わった政治学者でありアメリカの法に詳しかった
高木八尺が、松本に、『草案は却下されるだろう。GHQの意向を聴いてみるべきだ』
と忠告したらしいが、松本は、今後もGHQの意向を聴くつもりはないと突っぱねる。
松本らは、明治憲法を多少手直しすればそれで済むと考えていた。
そのころまでにはすでに鈴木安蔵ら民間の憲法研究会があちこちで、独自に
新憲法案について研究し、また各政党なども草案をそれぞれ作成していた時期である。
松本らは、これらを一切考慮しない。GHQの意向さえ聴いてみようとしないで、
秘密裡に検討を進めていたが、1946年2月1日、毎日新聞にスクープされ、
その旧態然とした憲法への姿勢が、広く国民にもまたGHQにも知られてしまうことに
なっていくのである…

GHQの意向も取り入れようとし、結果少しは民主的な色彩を持っていた近衛らの案
に比べても、幣原~松本らの政府案は、視線がまるで明治憲法だけにしか置かれて
いない。
今の自民党の改憲草案を詳しく検討していくにつれ、あちこちに、この
大日本帝国憲法への回帰を私は感じてならないのである。

まつもとじょうじ
松本烝治。写真はWikipediaからお借りしました






ちなみに、昨年7月、『自衛隊による集団的自衛権行使容認』、正式名称、『国の存立を全うし、
国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について』が閣議決定され、
衆参の短い、めちゃくちゃな議論を経て9月採決成立。ついにこの3月、安保法が施行された
わけだが、その議論において『憲法九条と集団的自衛権行使容認の整合性』が問われた時、
九条の下でも集団的自衛権を我が国が行使できる!とした政府の挙げた『法的根拠』を
覚えておいでだろうか。
彼らは56年も前の1959年12月16日の『最高裁砂川判決』を持ち出し、
『最高裁も、集団的自衛権行使を否定していない!』という論を展開したのである。

そもそも、この砂川裁判というものの最大の争点は、
『在日米軍が憲法第9条2項でいうところの「戦力」に該当する違憲の存在であるかどうか』
であって、集団的自衛権は全く議論もされていない。
それなのに、自民党高村正彦副総裁が昨年、この最高裁判決を引っ張り出してきたのである。
弁護士資格を持つ高村氏は、判決理由の中に
『わが国が、自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛のための措置を
とり得ることは、国家固有の権能の行使として当然のこと』と述べている点に着目し、
次のように曲解する。
 この最高裁判決がいう『自衛のための措置』とは、個別的自衛権とか集団的自衛権を区別せずに、
わが国の保有する自衛権を一般的・包括的に表示しているので、ここでは集団的自衛権の
行使も含意されている。少なくとも否定はされていないと読むことができる』と。

『集団的自衛権の行使出来る法的根拠』はどこかにないか。それを探していた自民党が
これを見つけて、無理やり「これはつかえそうだ」とこじつけたのである。

この、最高裁砂川判決を出したのが、当時の最高裁長官、田中耕太郎である。
私は、この判決を、希代の悪判決、と思っている。
後に、アメリカの公文書から明らかになったことだが、『米軍駐留は憲法違反』との伊達判決
を受けて当時の駐日大使ダグラス・マッカーサー2世が、同判決の破棄を狙って
外務大臣藤山愛一郎に最高裁への跳躍上告を促す外交圧力をかけていたこと。
さらには、最高裁長官・田中自身が、こともあろうに、マッカーサー大使と面会した際に、
「伊達判決は全くの誤り」と一審判決破棄・差し戻しを示唆していたこと、上告審日程や
この結論方針をアメリカ側に漏らしていた、というとんでもない事実があった。
つまり、日本の『司法の要』である最高裁長官が、自らの判決の前に裁判の情報を
当事者アメリカに漏らしていたのである!
これだけでも許せないことだが、私が一番腹が立つのは、この判決で田中は、
『日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に
違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことは
できない』、という、いわゆる『統治行為論』を採用し、日米安保条約についての司法判断
を下すことから逃げたことである!
『統治行為論』とは、“国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為
については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、
これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論のことをいう。
(Wikipediaより)

この判決が先例となって、国の根幹に関わるような大きな問題について、司法が判断を
下すことに腰が引けてしまう構造が日本ではある意味定着してしまった……
1969年。北海道夕張郡長沼町の航空自衛隊の「ナイキ地対空ミサイル基地」建設
反対する住民の起こした訴訟、いわゆる『長沼ナイキ基地訴訟』でも、この『統治行為論』
が持ちだされている…
まあ、司法がとりわけ行政権に対し腰が引けるのは、なにもこの最高裁砂川判決の
『統治行為論』のせいばかりではないのだが。
『一票の格差』に関する最高裁判決は、『違憲状態』というやや玉虫色の判決。
今、今回の集団的自衛権行使容認を含む安保法の違憲性を問う訴訟が、日本の
あちこちで計画されているが、さて、司法はどういう判断を下すのか。
東電社長らの福島第一原発事故の当事者としての責任を問う裁判はどうなるか。
沖縄辺野古訴訟は、一応和解が成立しているが、それは結論を先送りしたにすぎない。

いずれにしても、司法が行政府や立法府に対し、何か『忖度』する傾向はまずい。
それは言わば。三権分立の一つの要である『司法の死』である!

この砂川事件最高裁判決を下したのが、当時の最高裁長官田中耕太郎であって、
この田中耕太郎は、松本烝治の弟子であり、後に娘婿となっている……

日本が中国への覇権をむさぼったその象徴のようなあの満鉄の、理事そして副社長
であった松本烝治。砂川判決で日本に駐留する米軍を憲法違反、とした伊達判決を
ひっくり返し、国家の重大事に関しては司法判断を避けるという悪しき判例を
作ってしまった田中耕太郎…。
その砂川判決を、明らかな憲法違反である集団的自衛権の法的根拠に無理無理
こじつける安倍政権・・・。

ちょっと後半脱線してしまったが。姻戚関係だからってどうのこうの言えないのだが。
そんなこたわかっているのだが。
なんだかいやなんだよなあ・・・・・・理屈でなしに・・・




以下に、松本烝治自身による私案と、毎日新聞にスクープされた『憲法問題
調査委員会試案』を、全文掲載してあります。




憲法改正私案(一月四日稿) 松本丞治

第三条 天皇ハ至尊ニシテ侵スヘカラス
第七条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会、閉会及停会ヲ命ス
天皇ハ衆議院ノ解散ヲ命ス但シ同一事由ニ基キ重ネテ解散ヲ命スルコトヲ得ス
第八条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス但シ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効カヲ失フコトヲ公布スヘシ
第九条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ行政ノ目的ヲ達スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
第十一条 天皇ハ軍ヲ統帥ス
軍ノ編制及常備兵額ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第十二条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ戦ヲ宣シ和ヲ講ス
前項ノ場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ノ召集ヲ待ツコト能ハサル緊急ノ必要アルトキハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ以テ足ル此ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ報告シ其ノ承諾ヲ求ムヘシ
第十三条 天皇ハ諸般ノ条約ヲ締結ス但シ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ニ関ル条約又ハ国庫ニ重大ナル負担ヲ生スヘキ条約ヲ締結スルハ帝国議会ノ協賛ヲ経ヘシ
前項但書ノ場合ニ於テ特ニ緊急ノ必要アルコト前条第二項ト同シキトキハ其ノ条規ニ依ル
第十五条 天皇ハ栄典ヲ授与ス
第二十条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ役務ニ服スル義務ヲ有ス
第二十八条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第三十一条 日本臣民ハ前数条ニ掲ケタル外凡テ法律ニ依ルニ非スシテ其ノ自由及権利ヲ侵サルルコトナシ
第三十二条 削 除
第三十三条 帝国議会ハ参議院衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス
第三十四条 参議院ハ参議院法ノ定ムル所ニ依リ選挙又ハ勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス
第三十九条ノ二 衆議院ニ於テ引続キ三回其ノ総員三分ノ二以上ノ多数ヲ以テ可決シテ参議院ニ移シタル法律案ハ参議院ノ議決アルト否トヲ問ハス帝国議会ノ協賛ヲ経タルモノトス
第四十二条 帝国議会ハ三箇月以上ニ於テ議院法ノ定メタル期間ヲ以テ会期トス
必要アル場合ニ於テハ勅命ヲ以テ之ヲ延長スルコトアルヘシ
第四十三条 臨時緊急ノ必要アル場合ニ於テ常会ノ外臨時会ヲ召集スヘシ其ノ会期ヲ定ムルハ勅命ニ依ル
両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ臨時会ノ召集ヲ求ムルコトヲ得
第四十四条 帝国議会ノ開会閉会会期ノ延長及停会ハ両院同時ニ之ヲ行フヘシ
衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ参議院ハ同時ニ閉会セラルヘシ
第四十五条 衆議院解散ヲ命セラレタルトキハ勅命ヲ以テ新ニ議員ヲ選挙セシメ解散ノ日ヨリ三箇月以内ニ帝国議会ヲ召集スヘシ
第四十八条 両議院ノ会議ハ公開ス但シ其ノ院ノ決議ニ依リ秘密会ト為スコトヲ得
第五十三条 両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱外患ニ関ル罪ヲ除ク外会期中其ノ院ノ許諾ナクシテ逮捕セラルルコトナシ会期前ニ逮捕セラレタル議員ハ其ノ院ノ要求アルトキハ会期中之ヲ釈放スヘシ
第五十五条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ一切ノ国務ニ付帝国議会ニ対シテ其ノ責ニ任ス
凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス軍ノ統帥ニ付亦同シ
衆議院ニ於テ国務各大臣ニ対スル不信任ヲ議決シタルトキハ解散アリタル場合ヲ除ク外其ノ職ニ留ルコトヲ得ス
第五十五条ノ二 国務各大臣ヲ以テ内閣ヲ組織ス
内閣ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十六条 枢密顧問ハ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス
枢密院ノ官制ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
第五十七条 司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニ依リ裁判所之ヲ行フ
裁判所ノ構成ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
行政事件ニ関ル訴訟ハ別ニ法律ノ定ムル所ニ依リ裁判所ノ管轄ニ属ス
第六十一条 削除
第六十五条 予算ハ前ニ衆議院ニ提出スヘシ
参議院ハ衆議院ノ議決シタル予算ニ付増額ノ修正ヲ為スコトヲ得ス
第六十六条 皇室内廷ノ経費ハ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ増額ヲ要スル場合ヲ除ク外帝国議会ノ協賛ヲ
要セス
第六十七条 法律ノ結果ニ由リ又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ政府ノ同意ナクシテ帝国議会之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得ス
第六十九条 避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費ヲ設クヘシ
予備費ヲ以テ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツルトキハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
避クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充ツル為ニ予備費外ニ於テ支出ヲ為ストキハ亦前項ノ条規ニ依ル
第七十条 公共ノ安全ヲ保持スル為緊急ノ需要アル場合ニ於テ内外ノ情形ニ因リ政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能ハサルトキハ勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得但シ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ヘシ
前項ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十一条 帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ会計法ノ定ムル所ニ依リ暫定予算ヲ作成シ予算成立ニ至ルマテノ間之ヲ施行スヘシ
此ノ場合ニ於テハ会計年度開始後ニ於テ其ノ年度ノ予算ト共ニ前項ノ暫定予算ヲ帝国議会ニ提出シ其ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
第七十三条 将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
両議院ノ議員ハ各々其ノ院ノ総員三分ノ一以上ノ賛成ヲ得テ改正ノ議案ヲ発議スルコトヲ得
前二項ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノ二以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス
天皇ハ帝国議会ノ議決シタル憲法改正ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第七十五条 削除
補則
現行ノ命令ニシテ此ノ憲法改正ノ条規ニ依リ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ヲ定メタルモノハ其ノ廃止又ハ改正セラルルマテノ間ハ仍効力ヲ有ス
此ノ憲法改正中第八条 第十二条 第十三条 第三十三条 第三十四条 第三十九条ノ二 第四十二条 第四十四条 第五十五条ノ二 第五十六条 第五十七条 第六十一条 第六十六条 第六十九条 第七十条及第七十一条ノ改正ハ各々其ノ執行ニ必要ナル法律命令ノ制定施行セラルルマテ其ノ効力ヲ生セサルモノトシ其ノ間ハ仍旧法ノ条規ニ依ル
備考
本私案中ノ条文ノ数字ハ便宜上例ヘハ第〇条ノ二ト言フカ如キモノトセルモ改正案ニ於テハ条文ノ繰上繰下ヲ為シ之ヲ整理スルモノトス。其ノ結果改正後ノ憲法ハ全文七十五条ト為ル




憲法問題調査委員会試案

第一章 天皇
第一条 日本国は君主国とす
第二条 天皇は君主にして此の憲法の条規に依り統治権を行ふ
第三条 皇位は皇室典範の定むる所に依り万世一系の皇男子孫之を継承す
第四条 天皇は其の行為に附責に任ずることなし
第五条 現状
第六条
第七条 天皇は帝国議会を召集し其の開会、閉会、停会及議院の解散を命ず
第八条 天皇は公共の安全を保持し又はその災厄の避くる為の必要に依り帝国議会審議委員会の議を経て法律に依るべき勅令を発す
この勅令は次の会期において帝国議会に提出すべし
若し議会に於て承諾せざるときは政府は将来に向つて其の効力を失ふことを公布すべし
第九条 天皇は法律を執行する為に必要なる命令を発し又は発せしむ、但し命令を以て法律を変更することを得ず
第十条 天皇は行政各部の官制及官吏の俸給を定め及官吏を任免す
但し此の憲法又は他の法律に特例を掲げたるものは各々其の条項に依る
第十一条 削除
第十二条
第十三条 天皇は諸般の条約を締結す、但し法律を以て定むるを要する事項に関る条約及国に重大なる義務を負はしむる条約は帝国議会の協賛を経るを要す
天皇は条約の公布及執行を命ず、条約は公布に依り法律の効力を有す
第十四条 削除
第十五条 天皇は栄典を授与す
第十六条 現状
第十七条 現状
第二章 臣民の権利義務
第十八条 現状
第十九条 日本臣民は法律上平等なり、日本臣民は法律命令に定むる所の資格に応じ均く官吏に任ぜられ及其の他の公務に就くことを得
第二十条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ名誉職及其の他の公務に就く義務を有す
第二十一条 現状
第二十二条 日本臣民は居住及移住の自由並に職業の自由を有す、公益の為必要なる制限は法律の定むる所に依る
第二十三条 現状
第二十四条
第二十五条 日本臣民は其の住所を侵さるることなく公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る
第二十六条 日本臣民は其の信書の秘密を侵さるることなし、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る
第二十七条 現状
第二十八条 日本臣民は信教の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る
神社の享有せる特典は之を廃止す
第二十九条 日本臣民は言論、著作、印行、集会及結社の自由を有す、公安を保持する為必要なる制限は法律の定むる所に依る
第三十条 日本臣民は法律の定むる所に従ひ請願を為すことを得
第三十条の二 日本臣民は法律の定むる所に従ひ教育を受くるの権利及義務を有す
第三十条の三 日本臣民は法律の定むる所に従ひ勤労の権利及義務を有す
第三十条の四 日本臣民は本草に掲げたるものの外凡て法律に依るに非ずしてその自由及権利を侵さるることなし
第三十一条 削除
第三十二条 現状
議会に常置機関
会期延長は議決による
第三章 帝国議会
第三十三条 帝国議会は参議院及衆議院の両院を以て組織す
第三十四条 参議院は参議院法の定むる所に依り地方議会に於て選挙する議員及各種の職能を代表する議員を以て組織す
第三十五条 衆議院は選挙法の定むる所に依り普通平等直接及秘密の原則に従ひ選挙せられたる議員を以て組織す
第三十六条 現状
第三十七条
第三十八条
第三十九条
第四十条
第四十一条
第四十二条 帝国議会は三ヶ月を以て会期とす、必要なる場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし
第四十三条 臨時緊急の必要ある場合に於て常会の外、臨時会を召集すべし、両議院は各々其の院の議員三分の一以上の賛成を以て臨時会の召集を求むることを得、臨時会の会期を定むるは勅令に依る、必要ある場合に於ては勅令又は各議院の議決を以て之を延長することあるべし
第四十四条第一項 現状
第二項 一院解散を命ぜられたるときは他の院は当然閉会す
第四十五条 議院解散を命ぜられたるときは直にその議員の更新を行ひ解散の日より三ヶ月以内に臨時会を召集すべし、但し其の期間内に常会を召集する場合はこの限に在らず
第四十六条 現状
第四十七条
第四十八条 「政府の要求又は」を削除
第四十九条 現状
第五十条
第五十一条
第五十二条
第五十三条(附加)会期開始前に逮捕せられたる議員は其の院の要求ありたるときは会期中之を釈放すべし
第五十四条 現状
第五十四条の二 帝国議会に議院法の定むる所に依り帝国議会審議委員会を置く、帝国議会審議委員会は両議院の議員を以て組織す
委員は任期満限又は解散に依り議員としての地位を失ふも後任者の就任する迄其の職務を継続すべし
第四章 国務大臣
第五十五条第一項 国務各大臣は天皇を輔弼し其の責に任ず
第二項 現状
第三項 国務大臣は其の在職に付帝国議会の信任を必要とす、議会の一院が国務大臣の不信任を決議したるときは政府は其の院の解散を奏請することを得、但し次の議会に於て其の院更に不信任を決議したるときは国務大臣は其の職を退くべし
第五十六条 国務各大臣は内閣を組織す、内閣の組織及職権は法律を以て之を定む
第五章 司法
第五十七条 現状
第五十八条
第五十九条
第六十条
第六十一条 行政官庁の違法処分に依り権利を傷害せられたりとするの訴訟其の他行政事件に関る訴訟は法律の定むる所に依り司法裁判所の管轄に属す
第六章 会計
第六十二条 現状
第六十三条
第六十四条
第六十五条 第一項 現状
第二項 衆議院予算の款項に対し廃除又は削除為したるときは参議院は之を現状に復することを得ず
第六十六条 皇室内廷の経費は特に常額を定め毎年国庫より之を支出し増額を要する場合を除く外帝国議会の協賛を要せず
第六十七条 「憲法上の大権に基づける既定の歳出及」を削除
第六十八条 現状
第六十九条第一項 現状
第二項 予備費を以て予算の外に生じたる必要の費用に充つる場合は帝国議会審議委員会の議を経べし
第三項 予備費を支出したるときは後日帝国議会の承諾を求むるを要す
第七十条 「能はざるとき」の次に「帝国議会審議会の議を経て」を加ふ
第七十一条 会計年度に予算成立に至らざるときは政府は会計法の定むる所に依り三ヶ月以内の期間を限り前年度の予算の範囲内に於て暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の場合に於て帝国議会閉会中なるときは速に之を召集し其の年度の前項に定むる期間を除く部分の予算を提出すべし、第一項に定むる期間内に前項の予算成立に至らざるときは第一項に準じ政府は暫定予算を作成し之を施行すべし、前項の規定は此の場合に之を準用す
第七十二条 現状
第七章 補則
第七十三条第一項 現状
第二項 両議院の議員は其の院の総員三分の一以上の賛成を経て憲法改正を発議することを得
両議院は各々其の総員の三分の二以上出席するに非ざれば憲法改正の議事を開くことを得ず
出席議員の三分の二以上の多数を得るに非ざれば改正の議決を為すことを得ず
天皇は帝国議会の議決したる憲法改正を裁可し其の公布及執行を命ず
第七十四条 現状
第七十五条 削除
第七十六条 現状
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Re: 玄さんへ

玄さん、こんばんは。

まあ、このシリーズは、自分がずうっと書かなきゃ書かなきゃ、と思ってたテーマなので、
自分のために書いてるようなもんですから、こつこつやっていこうと思います。
なかなか書き進まないので、自分で少し焦れてる。
急に暑くなって、少しバテて、玄さんに愚痴っちゃった。玄さんロバさん(笑)。

私もね。こう~…記事を書いていきながら、自分が書き始めた頃の気持ちと
今の気持ちが、だんだん変質していっているのをすごく感じます。
なんかね。調べていけば行くほど、気持ちが汚れていくと言いますか…
「いったいなんなの!?」と叫びたくなってしまう。

そう。玄さんがここでお書き下さった、オリバー・ストーンの気持ちがわかる気がします。
『この,日本人の加害者意識のなさは,自分の愴心を相殺して減じさせる』
というような、まさにそういう感じ…。
とても悲しいけれども、なんですか、1945年の日本人を『抱きしめる』気が
薄れちゃった。上から下まであまりにもひどい…
ほんと。誰がいったい、日本人が犯してきた罪を、正視していたのだろう!
今は、一応、憲法作成に絡んだ人間たちを見ていっているわけですが、読んでも読んでも、
そういう人がひとりも出てこないです。
まあ!変わり身の早いこと!平気でうそをつくこと!こすっからいこと
他人の痛みに無感覚なこと。罪の意識の全く希薄なこと!

その1945年の日本人は、それ以前も70年後の今も、少しも変わっていないんじゃないか…
こう…自分の身を1945年の焼け跡に置いてみて…何やら茫然としてしまいます。

玄さんの気持ち。とてもわかりますよ…。

少しも変わっていない日本人は、また同じようにふるまうんじゃないでしょうか…。
いったんことが起これば。

日本のリベラルの問題点はね、記事を書いて行きながら、自分のことも含め
良く考えていってみます…。
今は本当に考えどころです。ここでしっかり日本人が自分を見つめないと…、

うう…










ネトリテ

 『残念ながら、書けば書くほど読んでくれる人はおそらく減る一方なのだろうし。www 』

むむ。そうだとするとこまりますねえ。

減る一方・・・・そうなのかどうかはわかりませんが,コメントがないのは,
一段落するのをみなさんまっていらっしゃるんだろうとおもいますし

わたしは,ついついお終いまで書かれる前に,コメント書き込んでしまいます。ただ記事の中身とは別のことを書くのならいいかなと思い・・・・でも,それはそれで書かなくていいことだし書く必要もないことです。わたしの何苦と暴言によって彼岸花さんの何苦が報われなければもうしわけないことだともちょっと・・・・おもいました。

少々病んでいるのです。
というのもここのところ,かんがえさせられること日本人についての考えを整理するところあります。(わたしのところでもちょっとした会話の応酬があってwま興味もないつまらないもんですが日本人についての批判ばかり書いてるわけでもないのですが,いやもしかして中國のことばかり書いてるせいかもしれませんがわたしは中國人だと思われてたみたいでw)


もともと,わたしの反安倍感情は,安倍が安倍自身のばかさや,ネトウヨのおかげで,日本の加害の認識 ―― 実際去年の夏など,日本の加害の論調は10年前とくらべてずいぶん増えたように思いますが,オバマの広島訪問のあいだも日本の加害のハナシはゼロに等しい。
アメリカに謝罪云々の前に日本人が語るべきことは,あるはずなのに,その悔しさに歯噛みしてましたね

以前,オリバーストーンというひとは広島訪問を起点に日本全国を縦断して日本人の加害者意識のないことにあきれはてた,自分の考えてた広島などの被害の悲惨さ,核の廃絶については絶対的なものでも,この,日本人の加害者意識のなさは,自分の愴心を相殺して減じさせる,というようなことを言ってました,森達也がさらにそれをうけてつよく発言してました。そういうことが・・・・,こんどもおこるかな,とおもいましたが・・・・・バターンの兵士も見事美談につかわれる・・・・・。核廃絶とアジアの被害は別のハナシですが,今年になって見事,歴史の認識のハナシはオワッタ,戦後70年談話で,みごとソウカツされちゃった・・・・・
そんな虚しさでいっぱい,

それでも,安倍は,そのむちゃくちゃのおかげで
憲法や立憲主義に皆を目を向けさせたというメリットやキッカケをつくったことこれは,評価できる安倍のレガシーだw,無理やりそう想おう,と,してるのですが・・・・・

このところ潮目が変わってる,そう思います。
近頃は安倍らがあまりにひどいので,反安倍側も反知性化しているところがありますね。
安倍を批判する文脈の中に安倍をゆるしてきたのは「日本人」だという責任感と自覚はあまりにも・・・・・ありません

安倍を批判する側が目に見えて粗雑になってますね
先日,lite-ra.com,というのをみつけてちょっとおどろいたのですが2014年にはじまってるそうで,今頃気づいたわたしもおそいのかもしれませんがねw,
何を語るにしても,優劣や善悪ではなく,前提があっての論述かどうかというということは, “リテラシー” の必要最低限。
何を反知性とおもうかはひとそれぞれ,でも
緻密な檢證なのか粗雑な意見にすぎないのか,マニアックなことなのか常識なのかという分別なしにかたられるものは反知だとおもうわたしには・・・・。あきれました。
ネトウヨと同じくらいネトりべが増える,これはますます,情況はひどくなる。

近づく米中武力衝突とあいまって,わたしは絶望しかかってますw
問題は参院選や憲法ではない。もはや日本人の問題,そこに向かう,ますます反日にならざるを得ませんw

たわごとしつれいしましたw

Re:玄さんへ

玄さん、おはようっす!

いそがし羊のろばさん。www どんないきものじゃ?
顔は、ロバさんの顔の方が好きですから、そっち採用してください(爆)

うん、そうなんですよね~。日本の大方は、あの大きな侵略の罪と完膚なきまでの
敗戦という重い事実にもかかわらず、そのままスライドして戦後生き残った!
天皇がその『象徴的』存在で、そのインナーグループの人々…皇室関係者や
今の麻生さん安倍さんに繋がるような当時の特権階級の人々、無論政治家、
官僚、司法関係者、高級軍人、経済界の大立者たち、と言ったような要するに
権力側にいた人々をはじめ…、
内務省~特高警察の線ですね要するに苛烈な思想統制をおこなった人々…
あ、そうそう。玄さんがおっしゃるところの『東大法学部系の』学者たち…
それらがみんな、のうのうと、戦後数年で敗戦国日本の『再興』とやらに
横滑りして生き延びてるんですね。戦前とそのままの地位で。
あらゆる組織でそれが行われていた…

こうしてみると、東京裁判で裁かれて死んでいった人々が気の毒になってきます。
無論、逆説的な意味でですが。
裁かれるべき人々が、あるお方を頂点として、ほんとうにのうのうとして生き延びた……
玄さんが、『辻政信だけが罪なのか』とよくおっしゃいますが、その意味よくわかります…。
どこの戦争、どこの紛争でもそうかもしれませんが、ある意味で、『文官は
武官より悪質!』ということが、往々にして言えるかもですね…

今、改憲しようと舌ったらずな口調で一所懸命な人とか、それに砂川判決の判例
とかの入れ智慧する人とか、ですね、そういう『改憲』と日米安保継続に
すごく燃えてらっしゃる政治家たちの個人的系譜をWikiなどでちょっと見てみたら
驚きあきれますよね。芋蔓式に、その人たちの親や祖父や伯父や…と言った人々が、
上記のような横滑り族で、『なかよし』で、ぞろぞろ繋がっていることに。
麻生氏、などはその中でも選り抜きのプリンスで。でもあんまり本人の性格?
もあって、プリンスぽくなくって(笑)プリンスの座を安倍さんに譲っちゃってるけど。
そして。それ以外の『改憲族』議員の中には、驚くほど、父、祖父、伯父、叔父、大伯父
などと言った人々が、内務省~特高警察ルートのひとが多くいるんですね。
まあね。いま議員さんのひとを直接例として挙げるのは選挙前だし遠慮しておくとしてww
(Wikiなどでその家系を2代ほど前に遡ると、すぐわかることだし)
赤旗の記事によれば、実に54人の特高警察出身の人間が、戦後、国会議員になっている。
…祖父や伯父の罪で、子や孫、甥などを弾劾するべき正当性は無論ないです。
だが。価値観は継続されること[も]あるだろう。そこは考えてみないと。

要するに、私たち選挙民は、それぞれの議員が、どういう思想的背景を持っている人か
どういう価値観を持っている人かを、良く知って投票しなければ。
例えば、男女の機会均等に本質的に反対!とか、国民の自由権を制限したがっている人だ
とかは、普段の発言とか、その議員が属しているいろいろな団体、連盟のようなものを
見ると、およその価値観はわかりますからね。
今は、玄さんお嫌いだけどXDD、Wikiなどという便利なものもありますし。

政治家だけじゃない、学者の系譜、というものも…深刻ですね。
1945~6年の日本に立ち返って、その時の日本人がどう生きたか、個々人が
どういう選択をしていったか…ということを見て行くとき、『現在』という社会が
すごくよく見えてくるのを感じます。
そしてさらに。それはやはり、江戸から明治への転換期に、日本人がどういう選択をしたか、
個々人がどう生きたか、生きざるを得なかったか、というところになぜかやはり
戻っていくということをこうやって歴史を振り返っていくと感じます…
政界人…軍閥、財閥…、門閥…学閥……。
そして名もなき民たち…もまた、大事な選択をして来ているのですが、残念ながら
往々にしてその自覚がない…!
その無自覚が、あのアジアへの侵略と暴虐、そして今の日本の政治状況にも直結して
いるんですが…。
『舛添問題なんかどうでもいいじゃんか。もっと大きな問題が山積してるでしょ!』
『オバマ美談の陰でどういう者たちがうごめいているか…』

『私たちの選択が、歴史を一瞬一瞬作っていっているのよ。』
『参院選もいよいよ近づいてきたけれど、そこのところを良く考えてみてよね』
ということ。まだ全然伝えきれていません…。
残念ながら、書けば書くほど読んでくれる人はおそらく減る一方なのだろうし。www
単に私のブログなどという小さな問題ではなく、どうしたら、伝えられるのだろうなあ…
ということを、ずっと考えていますです。^^

玄さんは、私がこれだけ書いてもまだ全然伝えきれていない、その行間を、
いつも過たず掴んでくださるるので、ほんとに嬉しく有り難いです。
結論に至るまでに、そういうふうに書ききれずに零れおちて行く想いは多いだろう
そこのところもちゃあんと汲んでくださるので。

最初はね。『参院選までに急いで書きあげなくっちゃ!』と焦っていたけれど、
だんだん。『焦って疎になるよりも、じっくり取り組もう…』という気持ちになりました。^^
改憲、などということがこれからいつか起こるのならば、半年先、1年先2年先…を
見越してじっくり書こう、と。改憲だけの問題じゃないですしね。
そう、おっしゃる通りなんです。
日本人とは何か。どういう民族なのか。という疑問に突き当たっていきます…

『反安倍という視点で書かれた憲法の記事はよそにいくらでもあれど,この,秀逸なる・
「押しつけなのか!」という問いと,そう「押しつけなんですがね」という。それよりなんというか45,6,7年の “國” 域内の日本人のことを書いておられるという視点がよく伝わるのです』

ありがたいなあ…そうおっしゃっていただけて。
前にもお話ししたことありますが、時空のその一点に立って、しっかり見渡し
じっくり考えれば、単にその時点での日本人がどう生きたかふるまったか、というだけでなく、
その1年、2年、数十年前、また同じく1年、2年…数十年後の日本も、隣国とのありようも
見えてくるはずだ、という信念がどこかにあります…^^

なんかね。一つの『もの』に限って見て行っても、そのものによっては、大きな
歴史が見えてきますよね。『聖書』『給食パン』…
私が今、これから書く記事に関連してちょっと引っかかっているキーワード的『モノ』
は、『樟脳』です。^^
楠の花の匂いが好きだから、よけい気になる。

話を元に戻して。
戦中戦後、筋を貫いた人はそれでもわずかながらいましたね。
その『日本の良心』ともいうべき人々がどんどん亡くなられて行き…
それを受け継ぎ伝えて行く人が少ないです…
若い羊たちが出てきたことは嬉しいですが、それを早、つぶそうとする者もいますし。

自分も含め、日本人ってどういう者たちなのだろう…
人間はどこに歩いて行こうとしているのだろう…
こうやって突きつめて考えて行くとそこに必ず突き当たるのですが…
そうすると、何やら索莫とした気分になってしまうことも多いのですが…、
日本人に限らず、細い長い道道に、遠い灯りとなってくれる人はいる…、いた……

それを希望として、書けるとこまで書いていきたいです。^^

ありがとう~~~♪



いそがし羊のロバさん

愈々参院選ですねーおつかれさまです
わたしもここにきてあらためて讀むと知らなかったこともたくさんありますし導かれてあちこちさまよいながら,条文を読みつつ,感じるのは本当に日本の要人の動き,・・・・そのこすさw,ですねーやっぱり。
おもったのは,やはりふつう侵略と敗戰という大罪を犯した権力者は,あいかわらず居残っていたのだなあという実感です。あらためて行間の彼岸花さんの思いともども,ええええっこいつらさーナニー?という思いを何度もします。まあ侵略者ばかりが・・・・東京裁判の主役ではない文官戦犯。

www
この70年目いまがさらに劣化してつながっている。接ぎ木ですかwほんとそうおもいましたw

昔の資料を読み込んでる彼岸花さんは余計そう思われてらっしゃるでしょうね,いまよりはずっとごリッパにみえますもの。昔の人たち。連日の政治家のアホづらおもうと・・・・><

何か緊急事態条項で自由を奪われる,とか戰爭に突入するとか,個人の自由の意味が塗り替えられていくとかあ,そういう直接身にかかわる問題とはまた別のおおきなおおきな問題を含んでいますね・・・老化,退化というかさらに幼児化ともw・・・・よちよちコドモ???です

そしてやはり
日本とはなにぞ?と。本当に日本という国は何によって立ってるのかよくわからなくなります。
本来は,市民,シトワイヤンか, PeopleでもManでもいいですが,名もなき人々が天皇はじめ戰爭を指導した官をねこそぎはらって,まず建物から叩き出して,GHQと一緒にやるひとたちがでてこなければいけなかった,そういうことを一顧だにしなかったアメリカ・・・・と一方,

“国” という庇護者を失ったことがない民族のひよわさ・・・・のんきさ。

そんな言葉が心に浮かびました,もちろん焼土にたちつくす民ということではなく,(むしろ民衆はたくましかった)個個の精神が国家の責を負わないというような。

わたしは侵略の責ということを考えればもちろん一億総戦犯的におもってますがアメリカのことをかんがえるとき,やはり,納得いきませんねー。 戰爭指導者や軍閥の被害者としての日本人の存在,抵抗した人はいったいどこへ???といわば・・・・そうw「少国民」ですか,そしてしかし戦後直後からずっと今まで戦い続けたひとはいる,そうしたひとたちのことも,つづけてかいてほしいですう・・・

今,夕刊 で樋口陽一やってますでしょ,面白くて毎日楽しみに読んでますが。
昨日加藤周一がやっとでてきましたね。
なんだかいま生きておられたらーー若い羊たちをどうに見守っただろうか,もちろん暖かく応援するでしょう,その確信はあります。そんなことをかんがえながらしばらくぼけーっとしてひっさびさ手にとってました。加藤周一の言葉は心にしみる珠玉のことばです,曾ても今も。


色々な案を比べられてることもそうですが,中身が濃くてなかなか一回読んだだけでは流れをつかむのも大変です。憲法という枠でずっと常設展示してほしいほどですよw
反安倍という視点で書かれた憲法の記事はよそにいくらでもあれど,この,秀逸なる・
「押しつけなのか!」という問いと,そう「押しつけなんですがね」という。それよりなんというか45,6,7年の “國” 域内の日本人のことを書いておられるという視点がよく伝わるのです

選挙は選挙,憲法も・・・・しかし日本人, “個人”としての理念はまたなにか別の問題,そんなこともおもいます・・・・
苦いものをあじわわせてくれますw

ありがとう~そして,また1っか月があっという間ですね・・・・もう10日 いそがしいね彼岸花さん^^;

Re:玄さんへ

玄さん。こんばんは。

う~ん…キリスト教布教の観点から見てみるとき、東アジアの近代史が
また違った様相で見えて来ますね。
何によらず『宗教』というだけで、こう…あたしには無縁のものだなあ…
と今も昔も思ってしまっていた私。
避けて通ってしまっていた歴史の部分がたくさんあることに、いまさらながらに
驚きます。
面白いですねえ……

マッカーサーの日本統治という時代も、日米の『クリスチャン』人脈の動き、
という所だけ取り出して見て行くと、う~ん…なんか違って見えてきますね。
同じ被占領時代でも経済史、という面からだけ見てみると、また政治史や
戦史などとは違った、ダイナミックな様相が見えてくるのだろうし。
でも、登場人物たちは同じ…。その時代を生きていた人々。

そのひとりひとりの人間が、また多面性を持っていますからね…。
それらが、利害関係や、情誼や、嫉妬や、理想や信義、裏切りや背信や…
といった感情でもって個人的な動きをして行くのだけれど、その個人的動きが
時に歴史を大きく変えてしまうような重大な決定に時になっていく…。
ほんと興味は尽きないです。

個々人の動きだけではない、『日本人』という民族の特性、ということについても
深く考えてしまいます…
今まであんまりそうしたこと考えてこなかったからなあ…
玄さんとこうして話していると、なんだか、日本人の『依ってたつもの』って
いったい何なのだろう…と考えこんでしまいます。

全然関係ないんですが、今日も九条の会に行って、今度の参院選のことなど
皆が話している間、ぼうっと一人思ってたんですが、
この今の日本の世相というか大きな思考の流れですね、それがすごく
1945年6年の日本と直結していて。まるでなんか、間の70年がすっぽり
抜け落ちてしまったようなそんな感じにとらわれました。
それも、いきなりさらに劣化した形で1945年とつながっているような。

『そもそも正統なければ異端はない。
逆に正統ないなら新しく始めることは正統なんです。マッカーサーはそれを考えたと思います』

このご指摘は重いですね。
マッカーサーが、日本人を『12歳の少年』に例えたのもそのあたりと
繋がってくるかもですね。
しかし、その12歳の少年は、見かけほど純粋でまっさらではなく、
『国体護持』というわけのわからない垢がこびりついていて、しかもその
垢のこびりついた状態が居心地が良くて仕方がないという少年だった。><

「people」という、民政局の示した憲法草案の大事な言葉の訳語を何としようか
という熱した議論のどさくさに、『国民』ということばに、こっそりとしてしまった、
『老獪』でこすい顔を持つ、12歳の少年です。

若々しい情熱を持ってよその国の憲法作りに熱中した民政局の人々…
彼らの書いた憲法草案の価値を、一番良く理解した者は、ひょっとすると、
明治14年に五日市憲法を起草した、千葉卓三郎とその周辺の民、であったかも、です。

とりとめもない返事でごめんなさいね。
「何苦」というより、調べて行くことが面白くてなりません。^^

『自由は,東洋思想と西洋では微妙に違う』

ということ。いつかお暇なときに教えてください。




あらためて、今の憲法をここできちんと見てみるって、すごく大事なことなんじゃないかと
思っています。


伝道は敬虔なクリスチャンであれば最優先です

「マッカーサーが、軍人であると同時に、ある意味伝道者的性格
を持っていたことは」

というかマッカーサーは相当な「クリスチャン的使命感」でいっぱいだったとおもいます。それがスコットランド貴族の聖公会,という意味なんです。
ホイットニーもそうです。

今,WIKIでマッカーサーを見てみれば,一番下にそのことがごく簡単に書かれています,
すなわち 「日本キリスト教国化」
片山,蔣介石,ロハス。というくだり

中國にもちなみに聖公会はありましたが(中國は18世紀から末からキリスト教徒が社会の慈善事業,病院,衛生,民間でできる公共的インフラをととのえます。各地に教会組織はつくられました,そのうち聖公会はどうなったか。
国民党は聖公会をすべてひきつれて台湾に渡ったんですね,
蔣介石の妻は宋美鈴というのはメソジスト派のバリバリのクリスチャンです。
そもそも孫文。孫文の妻宋慶齢ももちろんクリスチャンですが,孫文の革命のとっかかりはクリスチャンであったこと,が主たる要因でもあった。
アヘン戦争以来,中國ではキリスト教徒の革命が二度起こってます,二度目に清朝が倒れた。

つまり辛亥革命です
孫文の三民主義は,中国古来の大同思想・民本主義というより,むしろキリスト教的でその人道思想のエッセンスをところどころミックスした,
まああまり精緻な論争にさらされればいいとこどりをつなぎあわせたワケのわからない,ものですが,中国のようにすでに強固な思想体系が構築された 地域でなく・・・・例えばカリブ海の小国であれば,キリスト教的といわれたでしょう。

蒋介石も敬虔なクリスチャンです,宋美齢は世界に知られる慈善,博愛,ミッションの美しい天使,なのです,

キリスト教伝道と植民地支配は車の両輪です

その車には,善人も悪人も,光も影も乗っている,

その一人一人の中にさえ矛盾するところがある

労働の尊さを教え,勤勉で,清潔に生きること,神を信じることを教え,希望を持つJことを教えるのは,キリスト教徒でした。

アヘンの悪行ばかりでない,アヘンが蔓延すれば,キリスト教の西洋医学や救済の教えも伝わるんです。

 『人間の行動原理、というのでしょうか、ここに登場してくる歴史上の人々のとった行動
 がですね、』
 『この時こうふるまった人間が、違うところでああふるまうだろうか?』

まさに歴史のあや,とはそこをいうのでしょうねwww

しかし
そうしてみるとなぜ最終的に毛沢東が中華の大地に残ったか,イラクやシリアが紛糾を続けるのはなぜか,
一方で日本は占領以降問題が起こらず,なんとなくことが推移してうまいこといったか
わかるのではないでしょうか

古代文明とはだてにあるもんではありません。日本にも神道はありますが,それが
統治機構をにない国富の行動原理となったのはせいぜい100年に満たない期間です。

キリスト教的大文明圏,バビロニアからつづく小アジアそしてムスリムという一大文明圏,も中国文明も

遥か昔から,人文芸術のすべてにわたって影響力を持つて人びとを導き,長く統治機構を支え,戰爭をし,外交をかさねてきた『教え』,であり,

その教えが大地にしっかり根付いているから長く長くつづくのです・・・・
そこでは,もはや地域に許容され,天に承認されるような正統性がなければ,なにも続けることはできない。どんな正義も土地に根付いたオルソドクスの前では,ヘテロドクスでしかない,異端というのはそういう意味です。
「異なることを,始めようと端緒につく,端っこにあるヤツ」です

そもそも正統なければ異端はない。
逆に正統ないなら新しく始めることは正統なんです。マッカーサーはそれを考えたと思います

イラクやシリアに西洋キリスト教的民主主義が根付くには,そこに人が絶え,彼等の構築した世界観が消滅するまでは,そこからキリスト伝道をはじめなければ
無理でしょう,アブラハムの宗教が二つに分かれてから数千年がたっている。それと同じくらい長い期間を経ていかなければ。ISは幾度でも出てきます。

この言い方では,テロ=イスラム教徒説を言ってるように聞こえてしまうかもしれませんが。イスラム専門家はそんなことを言ってるのではない,ということです,これは大文明の衝突なんですから


そういう長い文明の時間と比べて,短い期間局地的に表れるのは・・・・・・
しょせん,文明に匹敵する一宗教内という掌の中の派閥,「教えのささいな解釈の相違による」派閥のあらそいです。
それは佛敎,キリスト,イスラムも,
また儒教(これは宗教ではありませんが人倫を説くという意味では)も内部に派閥を抱える
セクト主義におちいれば,無駄な犠牲が出る。そういうことかもしれません
しかし,人は何かを信じて行動します,
セクト主義もそもそもの始まりは誰かの志が発端で,
志と志がぶつかりあったとき,丸く収めるのが智慧というもの,

その意味でもキリスト教内宗派,派閥的セクトをおさえた
聖公会のマッカーサーは志あり,智慧があり,アカ狩りはしましたが,民政局を賢良でうめつくしカノンはのこしていった・・・・
聖公会とは,あらゆるキリスト教の中で,もしかしたら全宗教,つまり全教えの中で,最も「リベラル」だ,といいます。

とはいえ・・・・この世界一の聖公会のリベラルも,西のリベラルでしかない。

(すべての「自由」と同義ではない。自由は,東洋思想と西洋では微妙に違う)

Re: 玄さんへ

玄さん。こんにちは。

しばらく無沙汰してしまってすみません。こっちに集中してるもんで。^^
まあね。私がここで書けることなど、とっくにどこかの本でわかりやすく書かれていて、
それを写せばいいようなもんなのでしょうが、あるいはネットなら、そのままコピペ
すればいいのでもっと簡単なんですが、>< 一応ね、自分で出来るだけ調べてみて
それをつなぎあわせて、自分の胸にすとんと落ちてからでないと書けないものですから
時間がかかってかかって仕方がありません。

『自分の胸にすとんと落ちる』というのは、私の場合、なんていうかなあ、
人間の行動原理、というのでしょうか、ここに登場してくる歴史上の人々の
とった行動がですね、一人の人間の『ひと』としての全体図として私の中で
捉えられないと、いくらいくつもの本に『これはこうだった』と書かれて
いても、なんかこう…納得できないんですね。
『この時こうふるまった人間が、違うところでああふるまうだろうか?』
というような。w
無論、一人のひとの内面は複雑で、矛盾に満ちている。したがってその取る行動も、
時に矛盾に満ちたものになるということは当たり前なんですが、わかってるんですが、
それでもね。一人のひとの深いところの本質は、私、変わらないんじゃないかと
思ってるんだ…。

それを私なりに大雑把にでもいいから掴まないと、なかなか書けない…。
例えばね。私、昭和天皇の性格というものがどうしてもつかめないんですよ……
まあ、いろいろに書かれていますから、こういうひとだったのかな、と想像は出来る。
だけど、私の中で、それが一人の人間として『像』を結んでこないの。

『つまり早い段階で占領政策においては天皇は不可欠の存在ではないかと。』

そうですよね。もう、日米開戦の直後には、既に敵国としての日本を戦術的に
理解するために、天皇のことも徹底して調べ挙げられているし、またアメリカの
勝利を見込んで敗戦後の日本統治のために、これまた天皇に対する国民の想いは
徹底的に調べ挙げられ研究されている。
もう、かなり早い時点で、日本人の天皇崇拝を利用した方が得策だ、ということは
概ねアメリカ政府の共通認識だったように思います。

プライド高きマッカーサーは、日本占領を見事にやり遂げて見せたかったでしょうし、
そこにソ連の介入など一切させたくなかったから、日本の徹底した武装解除と戦後改革を
自分の手で素早くやり遂げたかった。
そのためには、日本人の文句なしの天皇崇拝を利用した方が得策、と冷静に
判断したでしょうね。
また、天皇の側も、GHQを強かに利用して、自分自身の生き残りと『国体』を
護りました…天皇周辺の人間たちも…

『アメリカという “國” の最大の目的は,戦争被害者の救済でないことはもちろんのこと,日本の戰爭責任の追及でもなく,ましてや白黒つけるだの,アカと西のイデオロギーの勝利を確かめることでも何でもありません。占領が目的です。
占領がうまくいくかどうか。あらゆる検討をしたということだと思いますが。』

そうですね。それは占領直後も今も少しも変わらず徹底していますね。
アメリカの国益が第一。
常にそれは変わらない。今でもまったく。

このシリーズ書いていて、自分で絶句することがよくあります。
統治者アメリカにも、被統治者であり敗戦国である日本にも、多大な被害を受けた
当事者アジアの諸国に対する視点が、徹底して欠けていることに。

日本国憲法の記事を書くためにいろいろな資料ひっかきまわしていますが、
ほぼどの資料にもその視点ないです。
東京裁判そのものからしてそうでしたしね…
昨年夏の安倍談話が全くそうですし、つい先頃のオバマ演説?に素直に感動する
日本人にも、その視点がほぼすっぽり抜け落ちてる。
いや、人のことは言えない自分自身がそうですからね。『日本国憲法』守れ!
ということ言いたさのあまり、私自身もついそのこと失念してることがある…。

例えば、今の憲法がGHQの押し付け憲法ではなかった、ということが言いたいがために
(私は正直言って、押しつけは押し付けだった、と思いますが。www)
鈴木安蔵などの民間憲法研究会などを持ち出してくる。
鈴木安蔵…どんな人?…うんうん立派そうなひとだったなあ…
…吉野作造に影響受けて…、…?
戦時中は、『東亜共栄圏の確立、東洋永遠の平和の確保』
…『八紘一宇の大理想を以て皇道を全世界、全人類に宣布確立する』…などと言っていた。

ほんとに、日本中が『植民熱』に浮かされていたんですねえ!
当代一流の知性、と思われる人々もことごとく…
そして敗戦後の大きな選択、では、ほとんどの人が『天皇制維持』を選んだ…

自分自身がね。この時代に生きていたなら、私もわかりません。
おそらく私も、熱烈な軍国少女になっていたでしょうし、戦後はころっと
そのこと忘れて民主主義者、反戦論者の衣をさっとまとっただろうと思う。
だから、他人事、とは思えないんだけれども、2016年という現在を生きる者と
しては、そして戦後の数年を振り返って調べている者としては、一番私の
正直な気持ちに沿うのは、民政局の若き草案執筆者たちですねえ…
そして、戦後日本の変わり身の早さ、天皇初め政治家官僚から民衆の末端に至るまでの
変節ぶりの強かさに、苦虫噛み潰したような顔している、アメリカのピンカーズと
呼ばれるジャーナリストたちなどの気持ちですね。(苦笑)
そして、為政者と民衆とを分けて、民衆のしたことを許してくれた中国の人々の
『大きな悲しみ』ですね…

『占領期の宗教的影響』。
すごくためになります。
私が、もやもやとわからないでいることの、一つのキーポイントだな、と思いました。
そうですね。この問題は、もっともっと、調べられ追及されていいですよね。
ただおっしゃるように、日本には敬虔なクリスチャンか、学問として宗教をやるひとか
宗教アレルギーのひとか全く無関心な人が大多数だ…
そのどれもこの問題を取り上げようとしないし、してもバイアスはかかるだろうし
追及が浅くなるだろうと思います…
私などはまさに、宗教アレルギーの口ですから、そもそもいつも考えることから逃げてしまう。

そこから逃げるということは、結局、キリスト教の本義も知らないということですね。
『日本ではこの「キリスト教の巧緻な理論構築」と社会との連動や連関性を学び検証する学問ジタイあまりありません。キリスト教徒ジタイ少ないうえ,
こういう学問はキリスト信仰とは本質的に無関係な学問であり,むしろ純粋な信仰心獲得には弊害になることもあるからです 』
『わずかに「組織神学」や「教会史」によっても学ばれてはいます,
この学問を使って,日本の社会との連関において考察することは,通常は行われません。
当たり前です,世界に日本ほどキリスト教と無関係で社会が発展してきた地域はないからです』

そう思うなあ…昔、早稲田の文化人類学の先生のお宅に伺った時、『キリスト教は
信じるものでしかないのです』と言われて、『あ、そりゃあたしには無理だ!』と
思って以来、そのレベルから一歩も成長してない私としましては、両方の意味で
耳が痛いです。
キリスト教の布教というものが『植民地政策』と分かちがたく結びついている以上、
『植民地』を語るときに、キリスト教から眼をそらしてられないんですけれどね。
正直言って、自分がものを考えて行くときに、キリスト教を含めた宗教学の
知識がないために、どうもそれに絡んだ議論となると逃げてしまうという自分の
限界をいつも感じます。
私が、『人の感性』とか『直感』を、ものを考え語る時の指標にしてしまいがちなのは、
宗教や哲学、歴史の知識を駆使して、系統的かつ理論的構築が出来ないから、感性や直感に
逃げてしまうのだよね、ということは良く自覚しております、はい!(笑)

私のいいわけなどはともかく。
GHQ,マッカーサー、スコットランド、聖公会、台湾、日本の植民地経営、…
そして内村鑑三から矢内原などへと続く日本のキリスト者たちの学問の系譜…
これらひっくるめて、お書き下さったこと。すごくためになります。
日本国憲法のことだけにテーマを絞っても、キリスト教に絡んだ視点って、実は
すごく大事ですよね。マッカーサーが、軍人であると同時に、ある意味伝道者的性格
を持っていたことは、日本占領政策と憲法草案を考えるときに忘れていては
ならない視点じゃないかと思います。

『キリスト教世界の理想は
あらゆる紛糾の問題となっている宗教派閥の力関係なしに物事が発展することはありえなかったヨーロッパから遠く離れた極東においてフリーハンドで凝縮されたのです。もちろん信仰という心の問題ではなく,文明としてのキリスト教ということです。キリスト教とは世界の半分の地域ではイコール人文科学ですから。』

敗戦2年後に生まれて、アメリカがくれた民主主義の中でもろに育ってきた私。
学校給食のコッペパンや脱脂粉乳の思い出とともに、西欧の人文科学的思考法、
あまりにもそれが当たり前、という価値観の中で育ってきたので、批判精神を持つのが
なかなか大変です。

今でも日本のホテルの部屋にどこでも当たり前のように聖書が置いてあること…

その不思議についても深く考えてみない。
でも、一つの事柄を、深くどこまでも辿っていけば、例えばこの日本国憲法
が生まれた過程ひとつ取り上げても、玄さんが書いてくださったように、

『ある問題を考えれば,その問題はおおきな問題にたどりつく,日本人にとって大きな問題は,功罪の罪の部分でいえば,大東亜戦争,功でいえばこの数年間です,憲法制定がなされた,この期間。』

というところにどうしても辿りつきますね。
わたしがすご~~~~~~~~く遠回りしながら目指しているところ、書いて
いこうとしていることは、まさにそこです。
そこまで遡ってその一点に立って、それまでの過去とそこからの未来(現在)を見たとき、
はっきり見えてくるものがあると信じて書いていっています。

そしてそれは決して、日本の敗戦という一地域、一時代のことではなく、ある意味の
普遍を導き出せる。
そこにぽつんと落ちているのが、日本国憲法というものかな、と思っています。
(ま、欠点はたくさんあるけれど)
右も左も東洋も西洋もない、キリスト教もイスラムも仏教もない、人間の知恵の
結晶が、この憲法のどこかでキラッと光っているから、私、この憲法が好きなんだと
思っています。^^

玄さん。いつも深い知識をありがとう。書いていく指針、道しるべになります。
ときどき、細い曲がりくねった道から落っこちそうになるもんで!(笑)

たまには真面目に持論をw

こんばんは。連日の記事おもしろくまた癒されつつ読ませていただいてます

いつもの玄ちゃん流ヘイトスピーチはやめて,すこし真面目に
キリスト教を学んだものとしての持論を提示させてください。


 同じ10月、トルーマンは、
 『アメリカ政府は、「裕仁天皇は戦争犯罪人としての逮捕、裁判、処罰から全く免責
 されたわけではない」と考える』 そして。『裕仁天皇なしで、占領がうまくいくと判明したときは、
 天皇の裁判問題は当然に提起される』という厳しい前提の下、天皇に国際法違反の
 責任があるかどうかの極秘調査・証拠集めをマッカーサーに指示していたのである。

この文章の中に在る二つの示唆についてです

 『裕仁天皇なしで、占領がうまくいく』かどうか検討する

つまりこの天皇なしで,占領がうまくいくと判明したならば,そこではじめてどんな戰爭責任があるかの検討がなされる。ということです

つまり早い段階で占領政策においては天皇は不可欠の存在ではないかと。

アメリカという “國” の最大の目的は,戦争被害者の救済でないことはもちろんのこと,日本の戰爭責任の追及でもなく,ましてや白黒つけるだの,アカと西のイデオロギーの勝利を確かめることでも何でもありません。占領が目的です。
占領がうまくいくかどうか。あらゆる検討をしたということだと思いますが。

ここで,日本の植民地経営がなぜ「台湾」という,それまで世界が見向きもしなかった土地において成功したかという点に注目したとおもいます

世界はいわゆる “蠻地” での植民にはこと如く失敗しました。
ほかならぬ日本の,植民地支配,占領政策の数少ない台湾という成功例は欧米ではやくから非常に深く検討されていました。

なぜアヘンの統制がうまくいき,(あくまで表面上に過ぎませんが),文民統制がうまく施され,民はみな美しい日本語を使い・・・・・
これは欧米には驚異的で賞讃の的でした。うらがえせば,日本が,欧米から,そのおいしいアヘン権益や,植民地経済ブロックのうまみを奪ってわがものとした,おくれてきたライバル日本に賛嘆の目を向けていたのです。

その占領政策の理論的構築をしたのが日本の東大植民学です,

その植民学の権威であり,歐米の自由教会ともっとも交流有るひととはだれですか,?
たとえば矢内原忠雄はその一人と思います
英米の進取に富んだ,プロテスタント教会の自由主義精神,いわゆる歐米のカノ二カルな,リベラル思想のもと行われた植民(GHQにとってほぼ占領と同義でしょう)の成功体験を知る人物です。

この日本の植民學の成功例はかつてロンドンではとりわけ大絶賛されていました。

さらに欲に満ちた帝国主義的植民地経営で經濟搾取を貪る中,
キリスト者がいかに,世界各地の植民地で善良なミッション,博愛と献身の精神で民衆と取り組んでいたかという,
キリスト文明がいかに世界の人道の理念を構築していたか,その実践を軍や官のすきをついて,苦労して行っていたか。それを知る人物

たとえばドゥガルド・クリスティーという満州地方の占領政策を最も人道的に,善い言意味でのキリスト教精神にとんだミッションを成功した自由教会の善良,がいます。
矢内原氏はそういう歐米の人物と熟知のあいだがらです
彼の自伝を翻訳したり,

ドゥガルド・クリスティー (著)・矢内原忠雄訳)『奉天三十年』(岩波新書1938年)

また自身もクリスチャンであり,英国(=プロテスタント的)帝國植民学を日本で実践させようとした,

そして自らの職を賭して,「丸腰で戦った」,これ石川健治のことばでしたが,劣悪な軍部と苛烈にたたかった自由主義者矢内原忠雄,は歐米的精神の賢良であり,日本を最もよく知りリベラルとして軍部に抵抗した,神話的人物です。
イラク占領が失敗したのは,イラクの中にアメリカ人はこういうひとを見つけられなかったからかもしれません

ご承知のようにアメリカは日本の占領のようにうまくいくだろうとたかをくくったが見事失敗しましたね。
それは逆に言うとイスラム教の統治理念,理論構築はそれだけ強固だったということです。くらべて日本は敗戰國だというだけでなく固有の,キリスト教に匹敵するだけの統治理論は構築されておらず脆かった。

話をもどすと。その日本の植民学の賢良は,しかし天皇がいなければ日本民はまつろわぬ,という。
そういう講演を,矢内原は1945年から46年にかけておこなっています。非常に印象的な講演です。

いちおう念のために傍証を,だれでも簡単に読める原典で上げておくと,

矢内原忠雄『日本精神と平和国家』(岩波新書、1946)

これは戦後直後の各地で行った講演録です。
欧米には驚異的で賞讃の的であったライバル日本のいわば理想的成功をおさめた植民学の賢良が,天皇を熱烈に支持していたということです

先日リベラルとは何か,という言葉をめぐって,
本当のリベラリストというのはどこから猛烈な十字砲火を浴びると書きましたでしょう。

ヨーロッパの文化というのは,マグナカルタの昔から人文思想、科学,「法の支配」すべてキリスト教を抜きにはありません
国土の発展も市民の貧富も,すべてにおいて密接にかかわる。そして自由主義という概念が生まれた時,
自由とは。
それは,ある意味でこの壮大なキリスト教世界の,文化の発展に寄与して,
ある意味人の心や人倫を豊かにするためのあらゆるノウハウを持っているキリスト教の巧緻な理論構築に対峙する,ということです

だから,自由主義者とはほぼ突き詰めれば無神論的様相を呈してくるのは当然ですね

しかし,神を否定したマルクス自らは自由主義者とはいわれませんね

自由主義者はしばしば,キリスト教の巧緻な理論構築の偉大さに距離を置くもの,また,教会と対峙するものとしてあらわれる。
ということです

つまり,無神ではなく無,教会という自由主義がありうるのです。
マルクスは無政府主義者ではありません。無神論者というにはあまりにもキリスト教社会について突っ込んだ考察をしてその理論構築をしましたから,その理論の影響力によって,無神,と謂う立場はそれほどクローズアップされることがない

日本ではこの「キリスト教の巧緻な理論構築」と社会との連動や連関性を学び検証する学問ジタイあまりありません。キリスト教徒ジタイ少ないうえ,
こういう学問はキリスト信仰とは本質的に無関係な学問であり,むしろ純粋な信仰心獲得には弊害になることもあるからです

わずかに「組織神学」や「教会史」によっても学ばれてはいます,
この学問を使って,日本の社会との連関において考察することは,通常は行われません。
当たり前です,世界に日本ほどキリスト教と無関係で社会が発展してきた地域はないからです

ですが,GHQ。
つまり疑似キリスト教世界であった期間に「組織神学的」見地からかんがえると

矢内原氏というのは非常に,面白く込み入った時代の渦中で対立する二つの政策を,日本で,キリスト教徒という立場で非常に難しいかじ取りを行った人というわけですもっとその研究は,なされていいと思うのですが・・・・

矢内原氏という自由主義者は,戦前も右翼から苛烈な攻撃を受けます。
戦後は比較的ささやかな攻撃をマルクス主義陣営からうけもしますが,なまぬるいものです。
なぜか。ひとえに占領政策がうまくいったために,です

もし歐米であれば。
キリスト教信仰の立場からは,天皇をメシアと考えたこと,それが日本の国民を救うためだという大義を
かんがえた結果であったとしてもほとんど神の冒涜です。

教会史,組織神学的に見ても,日本社会におけるあらたなキリスト教の新しい形を作る,という方向性で考えても
矢内原氏はあまりに自由主義です。

いっぽう,あるキリスト教の見地,つまりキリスト教の布教と伝道,によって世界を発展させ文明を深化させ,人類の幸福に寄与するそういう見地からは,
彼の布教と伝道を,未開の地の占領統治において発展させようとした意図は高く評価されるはずです。

この見地,これを帝国主義的といってもいいですが,
じつはこれが近代の植民地支配を正当化する唯一の世界が受け入れられるリクツだからです,
未だしっかり批判検討されていない見地があり,「キリスト教的理論によって構築された近代史」に世界は支配されていた,というわけです。
アヘン戰爭当時,清教徒ピューリタンは人道的見地からこのアヘンの取引を強く批判していました,ご存知かもしれませんが,ピューリタンとは正義を振りかざして潔癖で頑固,バカ正直といった人の揶揄にもつかわれることばです
裏を返せばしかし批判しなかったプロテスタントのキリスト宗派もあった,ということです

そこには,清教徒革命という歴史にさかのぼらなければ説明できないフクザツがあるのですがそこを書いてるときりがないのでいずれそれに近い話が話題になったらするとして。

マッカーサーという人についてすこし按じてみますとかれはスコットランドに祖先をもつ人です,
しかも,めずらしい聖公会の信徒です,という,これはキリスト教をよくしるものなら,へえ,ともおもえる歴史のあやなんですが
イングランド聖公会,マッカーサーの場合米国聖公会ですが,この米国聖公会が統括して影響力あるのは南米のカリブ周辺の諸国と混じって,台湾があります
台湾,の意味については先ほど説明しましたね

ちなみにここでは直接の関係はないのですが

ヴァージン諸島のアメリカ領は米国聖公会,イギリス領はイングランド聖公会。
二つの英国,米国領域は不可分であるのは聖公会があるから,というわけですが。これ以上のことはここでは書きませんが,
彼岸花さんはピンとくるでしょうが,ヴァージン諸島は,租税回避地の悪魔の牙城のひとつ。ということです,

キリスト教世界では常にキリスト教会が人文,科学,すべてをリードして,担ってきました,
そういう教会そのものを客観的に眺めるいわば世界の進歩と発展にいかに教会が関与したかを檢證する学問をする人は,どうしてもキリスト世界の
大きさと,その学問的豊穣に,魅せられ,というと語弊があるかもしれませんが,どうしてもそちらの世界に向きあえば,日本の「一時期」(占領期)はそれほど重要ではなくなります

だからこの時期のことを,キリスト教を絡めてわかりやすく説明する言論がないのでしょうが,そのうえ日本人は宗教アレルギーが強いですからね,
そして宗教学者は宗教そのものを語ってしまうので,占領期の宗教的影響についてはあまり興味をもちません

わたしはこういうことを,まあご存知のように聖公会の学校で学びかじったわけですが,東洋思想に魅せられてそこから離れてしまいました
そのあとは,中國の被植民地支配にしぼって,このことを考えますし,どちらかといえば革マルですからw思いはあれど,ことばにはしません

しかし,今憲法がこれだけ問題になっている。
立憲主義だ,なんだという,こういってはなんですが,そんなちっぽけな議論でのはなく,
古くて新しく,大きな,言ってみれば人類の命題であるカルタ,です

Magna Carta Libertatum(=マグナカルタと「法の支配」議論ということです),というような,ちっぽけなといってしまいましょう,そんなものではなく

只単に,カルタ,これは紙,という意味ですが,そう考えると,日本の憲法は,すべての人類の “紙” に書かれるべき
もっともふさわしいカノンだとおもいますが。

そこにはキリスト教が培ってきた理性,思想,自由主義,人道という
信仰とは切り離して,素直に賞讃される世界観が凝縮されています。

しかもキリスト教の様々な派閥の利害を超えて,
ピューリタンからも,イングランド教会(←このふたつはちがうのです)や
もちろんローマ法学(カトリックですね,)からも,聖公会からも,離れてできたカノン,という奇跡はなぜおこったのか,

これは,裏をかえせば
世界の東西,思想の東西,宗教の新旧,を巻き込んだそれほどむちゃくちゃな世界大戦という惨劇をひき起こした,
ヒロヒトと帝國日本の罪深さでもあるかもしれません,
余に普遍的,どの見地から見ても,なお,悪かった日本だからこそ,そのアンチテーゼとしてあらわれた世界の理想,ということかもしれません。

わたしは,いつもおもうのですが,大きな道は足元にある。
ということですね,そして人の感性,直感,彼岸花さんが私に言葉にして語ってくれる時の指標ですね,wそういう感性は,この大きな道を志向する,

ある問題を考えれば,その問題はおおきな問題にたどりつく,日本人にとって大きな問題は,功罪の罪の部分でいえば,大東亜戦争,功でいえばこの数年間です,憲法制定がなされた,この期間。

キリスト教世界の理想は

あらゆる紛糾の問題となっている宗教派閥の力関係なしに物事が発展することはありえなかったヨーロッパから遠く離れた極東においてフリーハンドで凝縮されたのです。もちろん信仰という心の問題ではなく,文明としてのキリスト教ということです。キリスト教とは世界の半分の地域ではイコール人文科学ですから。


長くなりました。ちかごろ,ねと反安倍のうっとおしさにヘキエキしてましたが・・・・・彼岸花さん!がんばってください!何苦
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
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