『日本国憲法をなぜ守りたいか その13 押しつけ憲法?⑧』


Q13:明治時代初期の『私擬憲法』ってどんなものだったの?

前の記事で、鈴木安蔵らが作った民間の憲法草案『憲法草案要綱』のことを
書いた。
そこで、鈴木安蔵が、『治安維持法』による2度の投獄、また『出版法』による著作の
出版停止など官憲による言論・出版の弾圧と、特高警察の監視の中で、
『自分たちをこういうふうに処分する日本の国家というものの本質を解明しよう』と、
日本の憲法史を研究し続けていたということも書いた。
鈴木は死の病床についた吉野作造に面会することが出来、吉野はこの若き学徒に
読んでもらいたい資料など自分の知識を分け与え、まるで鈴木に憲法史研究の後を託すように
亡くなったということも書いた。

その吉野の編纂した『明治文化全集』の中に、『日本国国憲案』という執筆者のわからない
憲法草案があった。これが植木枝盛の書いたものであることを鈴木安蔵が発見するのである。
このいきさつは面白いので少し詳しく書いてみよう。

1936年(昭和11年)。鈴木安蔵は、植木枝盛の資料を調査するため高知市を訪れた。
自由民権運動の発祥の地、高知には未発見の文献がたくさんあるのではないかと
思ったからである。鈴木は県立図書館や古書店で資料を探しまわった。
そして、東京では入手できなかった資料がこの地にたくさん埋もれていることを発見する。
鈴木はさらに、自由民権運動に参加したという土地の古老、池田永馬、島崎猪十馬らに
会って話を聴く。板垣退助の生誕の地高知市高野寺に、植木と同時代に活躍した
20人が集まった(!)。その多くは70歳過ぎの老人たちである。
だが、その老人たちの口から、「パトリック・ヘンリーの『我ニ自由ヲ與へヨ然ラズンバ死ヲ
與ヘヨ』などと我々も良く叫んだものだ」などという言葉が飛び出す。
「当時もっとも愛読されたものは、スペンサーの『社会平等論』、次いでルソーの『民約論』。
フランス革命史は、あるいは原書により、翻訳により、あるいは翻案小説により非常に
親しまれた』などという話題が次々に熱く語られるのであった。

鈴木はこの高知市訪問当時32歳。50年以上も前、植木枝盛と同じ時代に生きた古老たちの
話を聴いてどんな思いがしたことだろうか。
高知近代史研究会副会長の公文豪は、鈴木のその時の想いをこう推察する。
『古老たちの青年時代は、まだ日本の国には国会も憲法もない時代でした。時の藩閥政府に
対抗して、憲法を作れ、国会を開け、そして国民には言論・集会の自由を与えよと、果敢に
運動したということについては、非常な誇りを持っていました。
鈴木さんは、憲法学者として自由に物を書けない時代で、非常に息苦しい思いを
もっておられたと思います。かつて民権運動にかかわった人々と、ある意味では共感を
する部分が多かったと思います」


そうだったろうなあ…。私もそう思う。
それで思い出したが、鈴木が『憲法草案要綱』をまとめるきっかけを作ったのが高野岩三郎
であった、と書いた。メンバーの中で、一番歳をとった高野が『天皇制を廃し共和制にせよ』
と一番ラディカルであったのだが、それについて弟子の森戸辰男はこんなことを言っている。
『自由民権時代に長崎の町家に生育した先生にとっては、共和政は思想研究の産物で
あるよりも、生活そのものからにじみ出たものであり、
それにふさわしい一種の圧力を
もっていた。それが人に感銘を与えたのも不思議ではなかった』

植木枝盛1857年生まれ。高野岩三郎1871年(明治4年)生まれ。鈴木安蔵1904年生まれ。
植木枝盛が明治25年に36歳の若さで胃潰瘍で突然死した時、高野は21歳である。
高野は長崎出身ではあるが、一家で東京に出ている。
慶應義塾幼稚舎、共立学校(現・開成高校)、第一高等学校、東京帝国大学法科大学、
ミュンヘン大学留学そして東京帝国大学法科大学助教授と言わば学問のエリートコースを
歩いた高野と、正規の高等教育らしきものを経ず、自学そして経験則で思索を自ら
練り上げていった植木とは、年齢差もあり接点はないのではあるが、
植木らが活躍した、明治憲法(明治23年施行)が出来る前の自由な時代の空気を、
高野は10代の青年として吸っていたはずである。そしてまた、明治憲法体制ががっちりと
固められていく過程で天皇を中心とした皇国教育が行われ、厳しい言論統制が
敷かれて行くのも、また20代の青年として見ていたはずだ。

話がそれた。
結局、その時の高知への旅では、鈴木は植木枝盛の憲法草案を見つけることが
出来なかった。ところが、帰京後4カ月して、鈴木にある知らせが来る。
植木の遺族が高知県立図書館に寄贈した資料の中から、明治14年に植木が自ら
したためた『日本憲法』が見つかった、というのである。
この資料により、鈴木は、吉野作造編纂の『明治文化全集』に載っていた執筆者の
解らなかった『日本国国憲案』の起草者が植木枝盛であったことを知るのである。

                  ***



              植木枝盛
              植木枝盛。写真はWikipediaからお借りしました。


植木枝盛(うえき えもり、安政4年(1857年)1月20日 - 明治25年(1892年)1月23日)は、
土佐藩士の子弟。父直枝は、高知藩主山内豊範の祐筆を務めていた。
明治4年、15歳の夏、高知県から公費を受けて藩校致道館に学ぶ。漢籍を学ぶ傍ら、
洋学書に多く触れ世界の大勢を知る。翻訳書を通じ、西洋近代社会において獲得されてきた
人類進歩の成果を学ぶ事に励む。そして、欧米諸国で行なわれている諸制度の本質を知る。
明治6年上京し、山内豊範が開いた私学校に入るもののすぐに退学。それ以来、
学校には入らず、特定の師に従事する事も生涯なかった。
彼は、机上の学問ではなく、生きた社会の動きに身を投じて、経験的知識と、
西洋社会の思想書などで得た知識を組み合わせて、時代の思想を掴むのである。

18歳のとき高知に戻り板垣退助が創設した立志社の演説に感銘を受け、
政治の研究に興味を持ち、民選議院設立の必要性を痛感する。
19歳で再び上京し、福沢諭吉、中村敬宇、西周、津田眞道、西村茂樹、杉亨二などの
啓蒙思想家の講演に積極参加、各人を直接訪問し、多くの知識を自分のものにする。
だが、福沢諭吉の近代精神・啓蒙思想に影響を受けはしたが、藩閥政府の専制的開明政策に
協力する福沢ら啓蒙思想家には満足しなかった。
国力伸張のためには上からの改革が必要、民の多少の我慢や犠牲は仕方なしという
「官民調和」論の福沢は、明治政府を日本近代化の推進者とみていたが、植木枝盛は、

『今の政府は文明開化をはかっても、私利のためであり、国民のためにはなっていない、
人民を拘束するための細かい法令をつくりながら、政府の人民に対する圧制は依然として
続けられている。維新の改革は政府の変革であって、単に治者と治者の間だけの
できごとに過ぎず、被治者には何の関係もないことであった。
徳川政府は廃せられたけれど、これに代わったのは、やはり独裁の政府であって、
その政府はすなわち専制政府である。

明治維新は家を建てようとして牢屋を建てたようなものである。』
(1877年~81年・明治10~14年の論説の要旨)
と厳しく幕藩専制体制を批判。

明治10年。植木は『極論今政』の要旨に、こんなことを書く。
『世俗の人は、いたずらに政府を信じて一に文明革新主義と考え、わが国の現状を目して
開化進歩となし、目の前に見られる学校・兵舎・官庁等のりっぱなのを見、
鉄道・電線・レンガ・ガス燈等の設けられるのをながめて、ただちに文明がそなわった
かのように早合点し、慶祝するものが多い。
しかし、今の政府はけっして眞の文明開化主義者ではなく、文明開化をはかっても、
それは私利のためにはかるのであって国民のためにはかっているのではない。』
と、上からの改革を無批判に喜ぶ世の人々にも苦言を呈する。
そして彼はさらに言う。

「世に良政府なる者なきの説」(明治10年)
人民たるもの、一人一家の事にのみ心を配るのではすまないのであって、
つねに政治に対して関心を払わなければならないのである。政府がその本来の役目を忘れて
圧政を行なったりすることのないように、人民はいつも監視の目をゆるめてはならない。

『政府と人民とを親子の間と同じように説くものがあるが、それは大きなまちがいである。』

人民が政府を信用すれば、政府はこれに乗じ、信用することが厚ければますます
これにつけこむのが常である。それ故に、人民はなるべく政府を監督視察すべきであり、
なるべく政府に抵抗しなければならない。この努力をやめれば、けっしてりっぱな政治を
期待することができないであろう。

不断に監督抵抗をつづけるべきであり、あえて抵抗しないまでも、疑の一字を胸間に存し、
政府を無条件に信用しないのが肝要である。

お~っと!
この一連の枝盛の言葉。何かをすぐに思い浮かべませんか??!!
そうです!
日本国憲法第12条。私が大好きな条文だ。
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力
によつて
、これを保持しなければならない。』

そして第99条。
『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、
この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』



どうですか。今から139年前に、ひとりの青年民権運動家がこんな厳しい指摘をしていた!
為政者などというものを信用しきってはいけない。国の政治は、国民が常に見守って、
それが間違った方向へ流れていくのをとどめなければならないのである。
国民がその努力を忘れたとき、国民に(生まれながらにして)与えられた自由や権利は
いつかいつしか奪われても仕方がないぞ、と。

1946年。植木枝盛がこれを書いた79年後。
GHQ民政局の人々は、『憲法を守っていくということの困難さ』『それがいとも容易に
破壊されうることの怖さ』を知っていたからこそ、この2つの条文を、私たち日本人に
プレゼントしてくれたのではなかったろうか…。



せっかくの私たち国民の権利が、ときの一政府当局によって以下のように
おぞましきものに変えてしまわれないように。


自民党改憲草案
第102条(憲法尊重擁護義務)『全て国民は、この憲法を尊重しなければならない』





この記事続く。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

Re:玄さんへ

玄さん。こんにちは。

こうしてね~。遅まきながら歴史を、それこそざ~っとではありますが
見ていっていると、その時代その時代に生きた人々の姿が、こう…いきいきと
立ちかえってくるようで、何かせつなさを感じますね。
時には、現実の世界よりも、過去に生きた人々の方が慕わしくさえある(笑)。

>社会学や文化人類学はこのシンクロニシテイに一定の解を与える学問ですね
>彼岸花さんは哲学書よりこっちの方に惹かれる傾向があるな,というのはわたしはいつも思っていました。
>机上に,頭や理屈で因縁を探すというより,フィールドワークということかもしれませんが。

ああ、そうですねえ…
哲学は、過去ニ千年三千年のその人類の知の膨大な蓄積を知らない、ということが、
私の場合、まずとっつきにくい第一の原因で、これはいつも情けなく思うことなんですが、
(とりわけ中国の。><)
それを抜きにしても、気質的に、フィールドワーク的なことって好きかもです。
別に政治に関係しないことでも、普段の生活で、わからないことを曖昧なままに
しておくのは落ち着かないので、けっこう追跡することありますね。
まあ典型的な例が、あの小さな卓上ベルのことなどですが^^、由来や出所を
追って追って、1878年のパリ万博の時のチュニジア館の土産物だったに違いない
というところまでおよそつきとめた時などはとても嬉しい。あのときは玄さんに
大いに助けていただいたんでしたね。^^
娘が3歳の頃の淡い淡い記憶の、あまり聞かない名の昔のガラスの牛乳瓶のこと、ww
気になって追いかけてつきとめたこともあったし、
本なども、気になる本は、苦労しても捜し出して、自分で持っておきたい、などと
思う方です。
調べものしていて、自分の思うような本や資料が見つかると、すごく嬉しいですね。
だから、この鈴木安蔵の、資料を追いかける情熱などはとてもとてもよくわかる。^^
中村雪子さんも、それでとても好きですね。玄さんお見通しの通りです!
ノンフィクションは無論のこと、フィクションでも、昔からそう言う類のものが好きかな。
フィールドワークというより、何によらず一つのことを追いかけるのが好きです。
埋もれた資料を探し出したり、歴史の中で消えてしまった人物の人生を掘り返したり。
もう一度若くなれるものなら、そういう仕事してみたかったですねえ。

そういうことの過程で、因縁としか思えないような出会いにぶつかることがある…
私など、偶然牛乳瓶の出所に関する情報見つけた!というくらいのちっぽけなもんですが(爆)、
もっともっと大きな歴史の流れの中で、ひととひとがあるとき、本人たちもそれと知らず
すれ違っていた、などということを、見つけたりすると、ほんと、ある種の『宿命論』的な
想いに打たれることがあります。

私自身は、割合自分を性格的には『現実的』なところがあると思っているんですね。
あまりこう…濃密な人間関係とか地縁とか、情念的なものには『ごめんしたい』
というとこもあって、『ひとりでいいや』『そんなの気にしたってしょうがないじゃん!』
と割り切るところが強いです。
だから、現実生活では、誰か何かに与するとかっていうことはほんとは苦手。
『あたしはあたし』といつも思う。
でもね。人間の性格なんて、そう簡単に割り切れないですから、一方では
人生における不思議なシンクロニシティを、とても喜んじゃうところもあります。
人智を超える不思議な偶然の前には、このあたしも思わず頭を垂れてしまう・・・

(そうそう。関係ないけれど、前に私が『ひとりの人間の行動が、そう変わるものだろうか』
というようなこと書いたことありますが、それは、その人がとる行動の結果そのもの、のこと
を言っているのではなく、なんていうかな、ひとりの人間の『性根』というようなものの
ことを言っています。
『卑怯』な人間はどこにあっても卑怯だと思うんですね。『性根が残酷』な者は、どこに行っても
残酷だろう。…そう言う意味での『人は変わらないだろう』ということでした。
また例えばね、ある政治家が『性・優柔不断』である。その人の優柔不断は、おそらくどの場面でも
あまり変わるまい、というような程度の意味でです。^^)

この世の中の不条理については。
それを『どうしようもないこと』と諦める気にはまだなれません…
ひとりひとり考える人個々人が、時を同じくしてあるいは時を同じくせずとも
諦めずに繰り返し立ち上がる時、それはものを変革していく大きな力となると、
まだ思っています。
人間の歴史なんてその繰り返しだもん。
でもね。ひとりひとりの人間は、その時一回きりの『生』ですよね。
その命を無駄に失わせたくないのです。その生活を圧政や困窮の下に過ごさせたくはない。
今、出来ることは常にあるだろう!と思うんですね。
今、あきらめたら、なにかを手放してしまったら、それを取り戻すまでに、また
過去の人々と同じような大変な苦労をしなければならない…
自分の生きている時代はかろうじて良くても、次の世代がものすごく苦労するかもしれない…

そのことに、今のひとは鈍感過ぎるような気がしています。

こうやって、憲法のことに限って過去を遡っていっても、多くの先人たちの
血を吐くような苦言や、人間の再び犯しそうな間違いについての先見の明や…
そういった人間の知恵に出会うことが出来ますね。
そうした人々の『智』と『智』は、時を一瞬にして超え、場所も飛んで越えて、
結びつく。
それを辿るのは大きな喜びであり、なにか大きな『包まれている』感じに
浸ることができます。
人間の知恵、ということでは宗教も同じなんだろうけれども。宗教とはどこか違うのだろうなあ…
なんと言いますか、『人間の意思』への信頼、とでも言いますか…。
それもある種の『信仰』、なんでしょうが、まあ、『人間信仰』とでも言えるかな。

玄さんが記事にお書きになる人々の『私が死んでも、後に続くものがいる…』という信頼。
後に続くものもいるけれど、前を見ても誰かがそこにいた…
自由を求める人々は常にいる…大きな揺るがぬ流れがある…それは容易に
はるかな時間も国境も超えます…
それが大きな希望ですね。

それをね。ある種の人々がね。制限加えようと試みてるんですね。
『伝統』とか『国』という名の下に。


No title

こんばんは^^
うんうん。物事は全てつながってますよね

すべて “相因” なんですが,そこにシンクロニシテイをみる,

最初は偶然でも,あれ,と。これは必然?と。物事を知っていくおもしろさですよね

社会学や文化人類学はこのシンクロニシテイに一定の解を与える学問ですね
彼岸花さんは哲学書よりこっちの方に惹かれる傾向があるな,というのはわたしはいつも思っていました。
机上に,頭や理屈で因縁を探すというより,フィールドワークということかもしれませんが。

花をジーとみてるだけであれこれ妄想して何か思いつく,この美はなになにである,とブツクサ考える人。この花はなぜ綺麗なのか,なぜイマイチ貧相なのか,しかしどれも最後は枯れる,そうかーっユリイカ―っつと目ざまるひと。

土を掘り,種まき,育て,虫をよけたり,日差しを浴びさせたり。そんなことの積み重ねしながら花そのものと対話してモノゴトの相因を見出して,ついに生きることの意味とはこれだーっと。
・・・・。
wwwww

こういう極端なことをいうとマンガみたいですが

真の芸術家は花の美しさを “感性” のみで描き出すことができますね。それは芸術的感性だと思いますが

ものごと, 世界はつながっているのはたしかで,そこに因,而して相,というわけですが,たしかに人知の計り知れない奇秘がある。

シンクロニシテイをみると,多かれ少なかれひとは,ぼんやり神とか天の意思とおもわれるような,なんというか漠然たる畏れのようなものを抱く。あったりまえに“奇秘” はある。

そこに,神の意思や宿命,因果応報や原罪を見るひとは,宗教的感性が強いヒト。もしくはそれが強い時期にたまたまあったとき何かがあって宗教に向かう,これはしばしば, “啓示” という言葉であらわされますが。


そこになにか人が介在したり社会現実がそれをおこさせるんでしょ,と思う人,このちがいはいろいろな言葉で説明されますが・・・・

唯心論と唯物史觀とのちがいかもしれません
どちらもしかし程度の差で,絶対的なものではない。おきた事実以外に確かなことは何もないからです

だから信仰者というのはこの人の資質の程度の差であって宗教というものをいたずらに敬遠する必要もない,ただ人の,空気を読むとかよまない,行儀がいいとねか悪いえnとか,ケチとか気前がいいとかいう,いうのと同じ,程度のちがい,ですよね。

結論:

彼岸花さんは

中村雪子はゼッタイ好きだろうなーと最初から確信してましたww

ものごとはほんとすべてつながってますよね・・・ほんと

ただ,この世のつながりのせいでなぜかうまくいくひとと,ふつうになんとなくだいじょうぶなひと,生まれながら不幸に陥ってしまってるひとがいる,いまの貧困家庭と子供,その格差の固定などまさにその典型ですね。

これは,しかし,人の手によってなんとか,替えることができるのではないか?マルクス唯物史観主義とはいってみればそういうことです

つまりこの相因が社会の中でくびきとなってしまう。頸木の解放を望むときふたつのアプローチはふたつあるということでうが,どちらも自らの由をしることしかないんです
自らの生をみつめて心のよりどころを探すこと。

ひとつは社会変革のためにいきる志,です

どちらも自由と密接に関係がある。

自分の中に由縁をさがしもとめる,これはしかし社會があらゆるところでつながっているならじぶんの力ではいかんともしがたいものでもある,しかし,
そこで,それぞれの個人にとって自由思想ははじまるとおもいます 。

だから,自由とは有責だということです。これはフリーダムとは違う。自らを解放するための責を負う,なんです。そこには当然民主形態も大事で,だから中国で保公天下者匹夫有責,とか国家興亡匹夫有責,という言葉で民主を表すんですね

すでに太古からあらゆる文明が,問題にしていた人類共通の命題であり,いく度も考えられ,時には解決され,社会が複雑になれば,なんどでもゆりもどしがあり,たえず人類に突きつけてくる命題ですが


リベラ・メ と謂う聖歌の一節はゆうめいですね,レクイエムなどのアリアや合唱パーツの一部分ですが。当然ラテン語ですが
ラテン語のLibera meは本来は,「解放される我」,です。それがキリスト教会では「救いたまえ我を」になってしまう。

マルクスやアナキストが,まず神を否定することから始める,これはそういうことなんです

ルネッサンスはギリシャ文明の復活,人間精神と理性をとりもどそうという運動ですが,そこから哲学思想はギリシャ哲学から飛躍的に発展した,その豊穣がルソーを生みスペンサーを生みマルクスを生んだ。と。

Re: 玄さんへ

うわお!…すごいなあ…!

全て繋がっていくのですね!
きゃ~、面白い~、というか、すごいなあ!
なんか、感動です!
今まで、玄さんが一所懸命書いてらしても、こちらの知識不足で、なんか
ぼわっとわからなかったことが、今回、次々にジグソーパズルのピースが
ぴしピシ当てはまっていくように、すっきりしていく感じ。
『勃爾咢』が、バークのこととは、つい玄さんのこのコメントいただくまで
気づいていませんでしたあ!XD 知らないということは恐ろしい!><
この記事に関しては、最後のピースが、ピシッとはまった感じです。

鄒容、槇村浩、大江満男…みんな繋がってきますね。^^

『キリスト者としてのハンセン病差別との戦いの文学は・・・・
日本が世界に誇るべき系譜の一端は   』

ほんと。
面白いなあ…!
土佐に限らず、四国…瀬戸内は面白いですね。
好きも嫌いも、面白い人物がたくさんいる…
それが、東京、福岡、熊本、鹿児島と結びついて。また…中国へ世界へと繋がっていく…
なんかね。この一団とまた同時期の別の一団として、私にとっては会津を中心とした
歴史も興味深いんですね。

『あれこれつながるねー^^ぱちぱち。はー   』

www! ほんと!思わず最後に『はー 』って、言ってしまいますね。XDDD


枝盛六花の新体詩。見ましたよ~。
36歳かあ……
もったいないですね。怒涛の時代を駆け抜けていったなあ…
なんか、早く死んだ人ほど美しく見えて、この頃まいります。^^

玄さん。ありがとう~~~。
参院選公示日が近づいてきたので、ちょっと中断しますが、まだまだ書いて
いきますからね~~~。











Re: んさんへ

そうそう。ほんとですよね。

選挙法改革だって政治資金規正法だって、議員たちは自分たちのマイナスになる
ような法律、真面目に熱心に取り組むはずがない。
だから、マスコミとか国民がしっかりして、常に声を上げ後押ししてないといけないんですね。
一票投じたら、それでおしまい。
あとは政治家たちがなにしてようと『おかみにお任せ』というのでは、政治家どもが
やりたい放題になるのは当たり前ですね。

一票投じたら、それで政治家に全てを信託したわけではない。
そこのところを、選挙民自身も政治家たちも勘違いしています。
だから、アベノミクスで選挙民は安倍政権を支持したのに、それでもう全てが
新任されたと勘違いして、公約の一番後ろに申し訳程度に書いてあった
集団的自衛権とか秘密保護法とか、憲法改正とかが、選挙に勝った途端に一番
前面に押し出されてきて、『私たちは衆院選で国民の皆さんの信任を得たんですから』
などという言い抜けが通ってしまうことになる。
結局国民が、そこを良くわかっていて注意深くその政党が本当に一番やりたがって
いることはなにか、ということに敏感でなくちゃ。
安倍政権のいちばんの目標は、というか執念は、『改憲』じゃないですか。
それと、対米従属をこのまま続けてアメリカの思し召しをよろしくして
自分たちが安泰でいること。
アベノミクスもその他の政策も、全部そのための隠れ蓑です。
どうして多くの国民はそこが見えないかなあ…
安倍政権になって、ぜんぜん庶民の暮らしなんか良くなっていない。消費税増税先送りも
参院選に勝つ(改憲勢力三分の二が目当て!)ためにまずいことを先送りしただけ。

安倍政権の後に来る政権はたいへんですよ~~~!!!(苦笑)
オリンピックは終わって興奮は冷めて、ぼろぼろそれ関連の問題や後遺症が続出する
だろうし、消費税先送りした分借金は増えてるだろうし。

今回明らかになった政治にかかるお金の無駄を、国政レベルでも徹底的に洗いだせば、
消費税増税分など簡単に出てくるかもです。
民進党がそれをやろうとしてたんですけれどね~~~。政権交代しちゃったし、不徹底でしたね。


“草” のいい匂いがしてきます

きゃー^^

w玄ちゃんうれちい

この時代に日本で彼等の翻訳したルソーやスペンサーを読んだのが,亡命して日本にいた梁啓超や康有為といった常州公羊學派の文人です。が,どちらかといえば
加藤弘之らの「上から目線の啓蒙」。
加藤弘之とゆーのはしかしひどい変わり身をして,枝盛からボロカスに非難されます。
そもそも「言論自由論・殺對勃爾咢」という反バーク本を書いたのが枝盛六花ですねーwww
むしろこの,いわば,明治日本にあった在野からの若々しい,枝盛らの,どちらかというと草,下から啓蒙しようという思想こそが後の淸國留学生に大きな影響を与えました。
鄒容,陳天華といった若者です。二人は顔つきも枝盛六花とどことなく似てますねー^^https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B3%E5%A4%A9%E8%8F%AF

そしてついに辛亥革命が起きるのです。

まさに,鄒容のいう
「一人は一思想を體現す,十人に十の思想あり,百千萬人に,
 百千万の思想あり,億兆京垓人といえ,億兆京垓思想あるものだ!
 人人はそれぞれ思想ありといえども,人人は同じくせずにはおれない
意志というものがある。」
というのは,枝盛らの思想を受け継いだものでしょう。
そして,東亞を救いたいという日本の若者が草莽の士として大陸にわたり若い命を燃やそうとした,日中史の裏側の知られざる同懐だtったのです


もっといえば
この高知の激越は,槇村浩らも自由思想をの血をうけ継いだ。中國の文人との連帯交流は受け継がれたのです
惜しむらくは早逝。このことばにつきますねー

『日本海』を詠んだ高知の大江満男だってそれこそキリスト者とマルクス主義者の幸福な融合^^
キリスト者としてのハンセン病差別との戦いの文学は・・・・
日本が世界に誇るべき系譜の一端は

そうだ!今の,瀬戸芸祭までつながっているww。

あれこれつながるねー^^ぱちぱち。はー




枝盛六花の漢詩をのせてるとこないかなーと簡体字で検索してあちこち探してたら・・・

おもいがけずこんなのをみつけました。新体詩をかいてたんですねー,驚きです
一見の価値ありです
   http://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko03a/bunko03a_00085/bunko03a_00085.html


感謝です―



。で

志の無い国会議員に

性善説を前提にして、手前味噌な法律を作らせたのがそもそもの間違いじゃな。

で、もって近々の安倍のやりたい法改正いや、改悪には政治の清廉さを求めるものは全く感じられないので却下じゃな。

まず、ガラス張り、いやガラスすら取っ払った風通しのよい・・・
そもそも、〇万円以下は記載しなくて良いという悪しき慣習から是正して欲しいね。

「政治屋諸君、血税なんだよ、お前らの政治資金は!不思議なポッケから湯水の様に湧いては来ないんだよ!」だから1円単位でも収支を記載してもらわないと、何か悪い事してんの?と疑わざる終えないでしょ?が正直なところ現在の国民感情なんですよね。

・・・あ、怒りで頭が沸騰しそうじゃ!少し冷却してきます。


プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
リンク、トラックバックご自由に。

『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
国境なき医師団
http://www.msf.or.jp/donate/?grid=header02
最新記事
最新コメント
リンク
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード