『参院選は野党四党に ④』



時の一内閣が暴走しないための歯止めの6番目。

⑥教育が、時の一政府の『指導監督』などというものによって萎縮したりしていない。


Q18:『教育』が歯止めになるってどういうことですか?


 安倍政権は、その第一次第二次第三次政権を通じて、ずうっとこの『教育』に対する
 政府の権限を強め、その内容やシステムや目標などにまで、『国家』の干渉をしようと
 する特徴がとりわけ強い政権です。

 2006年(平成18年)12月教育基本法改訂
 2007年(平成19年)6月 学校教育法改正、教育職員免許法及び教育公務員法改正、地方教育行政の組織及び運営             に関する法律改正(教育改革関連三法)
 2012年(平成24年)自分と歴史認識を同じくする下村博文氏を文部科学大臣に起用。
 2013年(平成25年)1月。「教育再生実行会議」。日本の侵略戦争を肯定する
       「新しい歴史教科書をつくる会」元会長で、「ジェンダーフリー」や男女共同参画を攻撃してきた
       八木秀次高崎経済大教授、教育現場での「日の丸」掲揚・「君が代」斉唱を主張し、沖縄戦での
       集団自決強要はなかったとする著書を出版した曽野綾子氏、改悪教育基本法に「愛国心」を
       盛り込むことを主張した全日本教職員連盟委員長の河野達信氏といった「つくる会」「靖国派」
       を人選。
 2015年(平成27年)6月。国立大学の人文科学系、社会科学系、教員養成系の学部・大学院について
        「組織見直し計画を策定。組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に
        取り組む」
ことを求めた文部科学大臣決定を通知。
 
人文科学・社会科学・教育関連学部・大学院の軽視と統廃合、転換は、まさに
人類が築き上げてきた『智』の否定にもつながりかねない、愚かな方針です!   


 私は、『教育』というものは、ジャーナリズムと同じに、国民が自分で考える、という
 ために、最も大切なものだと考えています。
 どちらも、『知る』ということです。 知って、『自分の頭で考える』こと。

 いつの時代のどこの国のどの政権であろうと変わらない、『国家』という実体のないものの
 名を借りて、時の権力者が、ジャーナリズムと教育、というこの二つのことに、盛んに
 触手を伸ばしてくるときは、国民は、敏感にそれを察知して、そういうことをさせないように
 しないといけないと考えています。

 私のこの想いを、極めて端的に表している、ある国会でのやり取りがあるのでご紹介します。
 2016年2月15日の衆院予算委員会での、民進党の山尾志桜里議員と安倍総理のやり取りです。
 そもそもの発端は、NHK「クローズアップ現代」におけるやらせ疑惑問題で、高市早苗総務相が
 NHKを文書で厳重注意(行政指導)したことに対し、放送界の自主組織であるBPO
 (放送倫理・番組向上機構)が2015年11月、「政府が個別番組の内容に介入することは許されない」
 と厳しく批判したことであったと思います。
 これに対し高市総務大臣は、2016年2月8日の衆院予算委員会で、放送局が「政治的に
 公平であること」と定めた放送法4条の違反を繰り返した場合、電波法に基づき電波停止を
 命じる可能性に言及。

 これが衆院予算委員会で議題として取り上げられ、山尾議員の質問に繋がっていったのだった
 と記憶しています。
 また、山尾議員は、高市総務相の『憲法9条改正について放送であからさまに反対論を
 繰り返し流した場合も電波停止になりうる』という発言など、その他の放送に関することについても、
 高市氏と総理の『表現の自由』に関する認識を問います。
 
 日本国憲法では、いろいろな国民の自由権が列挙されています。
 『信教の自由』『集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由』『学問の自由』
 『居住、移転及び職業選択の自由』…
 守られるべき権利として『勤労者の団結権、団体交渉権』『財産権』『請願権』なども
 保障されています。

 
 放送局の報道の自由という表現の自由をもっとも制限するような行政処分の可能性を
 総務大臣が口にしたのです。安倍総理もそれを追認した。
 『安倍政権こそ、与党こそ言論の自由を大事にしている!』と豪語した安倍総理に、山尾議員が、
 『表現の自由の優越的地位とはどういう意味か知っているか』、
と追及したのです。
 上に書いたように、憲法で保障されたさまざまな『自由』の権利の中で、例えば『信教の自由』や
 『表現の自由』『学問の自由』などは、人間の言わば『心の自由』に関わることです。
 一方、『居住、移転、職業選択、財産』権、などは、『経済活動』に関わることといえましょうか。
 
 しかし、同じ『自由』でも、『表現の自由』など、人間の心の自由に関する項目は、
 経済上の自由などよりも優越的地位にある、ということ、そのことを知っているか、と、
 憲法21条に絡んで、山尾議員が安倍総理に訊ねたわけです。安倍総理はしどろもどろ。

 憲法21条『第二十一条  集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
 2  検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。』


 私は、この山尾志桜里議員の追及は、国会の歴史に残るような名追及だと思っています。
言っておきますが、安倍氏をやり込めたから素晴らしい、などと言っているのでは無論ありません。
 彼女の問いが、本質的部分でたいへんに大事だと思うからです。
 是非、あとで、動画で彼女の切れ味鋭い質問をお聴きください。
 問題の個所は、20:15くらいのところからです。

 



 私がここで言いたいことは、山尾議員の以下の発言が最も簡潔に要約してくれているので
 書き起こしを引用します。
 
 『なぜ、内心の自由や、それを発露する表現の自由が、経済的自由よりも、優越的地位に
 あるのか。 憲法の最初に習う、基本の「き」です。
 経済的自由は、たいへん重要な権利ですけれども、国がおかしいことをすれば、選挙を通じて、
 これは直すことができるんです。でも、精神的自由とくに表現の自由は、そもそも選挙の前提となる、
 国民の知る権利が阻害されるから、選挙で直すことができないから、優越的な地位にある。
 これが、憲法で最初に習うことです。』


 なお、この書き起こし及びおよその流れは、こちらのブログが紹介し、わかりやすい分析を
 してくれているので、こちらを是非全文お読みください。
 http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/755c0843633b7d1a9d901171fee94662 

 そちらから上記山尾議員の発言の追加説明を引用します。
 『報道機関が自由に取材や報道が出来て、国民が自由に情報を取得し、自分の意見も言える
 自由が表現の自由です。
 この表現の自由が保障されることによって、国民は自分の政治的な意見を持つことができ、
 自分たちの代表者である国会議員を選ぶことができます。
 逆に言うと、表現の自由が憲法違反の法律や行政処分で違憲状態にまで制限されると、
 国民の政治的意見が損なわれてしまい、国会議員の構成まで本来と違うメンバーが
 選ばれてしまうことになります。
 このような違憲状態で選ばれた国会議員は憲法違反の法律を改めようとは絶対にしないでしょう。
 なぜならそういう違憲な法律でこそ、自分は選ばれたんですから。』


 これもあって、裁判所は、経済的自由権の場合よりも、表現の自由という、いったん侵害されたら
 取り返しのつかない権利を強力に保護するのです。
 これが表現の自由が経済的自由権より優越的地位を持つと呼ばれる所以です。



 さて。私がなぜ、この山尾議員が総理にぶつけた質問を、ここで重大なものとして取り上げるのか。

 ⑤の『ジャーナリズムの権力からの独立』(報道の自由)、やこの⑥の『教育の独立』は、
 人間の心に関する問題だからです。『思想・良心の自由』『言論の自由』『表現の自由』
 など、これら、人間の精神活動に関する自由は、何物にも代えがたい価値を持つ。
 なぜなら、それは人間の『知る』『考える』行為に関する領域だからです。
 ここが権力によって過干渉、もしくはついに冒されてしまえば、それを取り戻すのは
 容易ではない。
 山尾議員が言うように、一つは、情報というものを時によりどころにして、私たちは
 ものを考えていきます。その情報自体が歪んでいたり、あるいは恣意的に誰かによって
 増幅、消去、など操作されていたらどうなるでしょうか。
 私たちはその与えられた情報によっていろいろなことを判断していくことになります。
 よく、『メディアリテラシー』が必要だ、などと言われるけれども、情報あっての
 メディアリテラシーです。極端な例で言えば、情報が一切与えられなければそれを
 読み解くこともできない。また意図的に操作された情報しか無かったら、やはり判断を
 誤ることも起きてきます。
 選挙などについてはどうでしょうか。山尾議員が言うように、国民の知る権利が
 阻害されていれば、私たちは自分の願うような方向への選択をすることもできません。
 与えられた情報で私たちは一般的に判断をして行きます。その与えられた情報が
 そもそも時の政権の都合のいいようにゆがめられ操作されているものだったら?
 都合の悪い情報が最初からカットされてしまっていたら?
 私たちはそうなれば、選挙で『知る権利の侵害』さえもを、糺していくことが出来ないのです。
 そうやって選ばれた議員たちが、また政治を続けていきます…
 
 報道によって、私たちは日々情報を得、その情報をもとにものを考えていく…
 教育によって、私たちは知識を得、その知識を総合しながら、自分の精神を形成し、
 考える力を養っていきます。
 ここが、時の権力によって侵されてしまうと、それを取り戻すためには膨大な時間が
 かかります。時に『洗脳』と呼ばれるものもあります。
 『洗脳』を解くのがどのくらい大変か、皆さんもいろんな事例でご存じでいらっしゃるでしょう。
 権力による思想・表現などの自由の制限、または禁止、またそこまで行かずとも
 国民自らが陥る『忖度』状態は、それが1年続いたら1年で回復する、というような、
 時間的量的に等価なものではありません。
 報道の自由の侵害、教育内容・教育制度・教育方法への国家による過干渉は、
 人間の精神形成に影響しますから、その影響は5年10年…ひどい場合には一生…
 と続いてしまうのです。

 ここに、ジャーナリズムや、教育が、国家を名乗る集団の価値観によって染められること
 制限を受けること、自由を失うことの怖さはあります。
 人間の思考そのものが侵される危険があるわけですから。
 逆に言えば、私たちは、この『思想・表現の自由』こそをとりわけ心して守らねばならない
 ということではないでしょうか。


⑦最後の砦=国民。国民が、自分の頭で考える。政治に無関心などではなく、
 憲法によって保障された自分たちの権利を守るためには声を上げ行動するという
 政治的『成熟』をしている。声の大きいもの力を持ったものにむやみに迎合しない。



国民ひとりひとりが、自分の頭で考えること。

そう。国民こそが、時の一政権による悪政や、自由の制限・
生きる権利の剥奪などに立ち向かう最後の砦なのです!


投票に行ってください。
憲法によって私たちに与えられている様々な権利を守りましょう。






日本国憲法第12条
『この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、
これを保持しなければならない』



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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
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