『英国のEU離脱とアベノミクス ④』

大きな出来事も、あっという間に人々の関心から逸れていき、
人の死も、またたく間に忘れ去られていくこの世界。

私が、この英国のEU離脱劇で訴えたかったことは、『英国のEU離脱とアベノミクス②』
で紹介した第一次世界大戦の映像に関する、あるかたへの私のコメントで、既に
ほぼ言ってある。


             ***



載せるべきかどうか迷いつつなお載せたのは、壮大な人類の愚かさを見て欲しかったからです。
名などない、ごくそこらにいるひとりひとりの『あなた』や『私』が、こうやって歴史を作って
いくのだということを実感として皆さんに掴んで欲しかった、という気持ちがあったからです。
例えば冒頭に近いシーンで、自ら率先して志願して、戦地に送られていく途中の
駅と思しき所で、ふざけて小躍りしている少年がいる。
まだ少年としか言いようのない若者たちの顔顔顔…。
そうして、そのひとりひとりの『生』が、いかに簡単におそらく奪われたかということ。

逆に言えば、ここに出てくるような政治家や有名人たちが、一人一人人格的に
優れて立派だったわけではないかもしれない。ごく普通の私たちと同じように、
時に迷い、時に逡巡した揚句に、大きな取り返しのつかぬ過ちを犯す『愚かで弱い存在』
でもあるということを知っていた方がいいのではないかと思いました。

そうしたひとりひとりの意思や決定の総和が『歴史』となるということ…
今、イギリスで起こっていることがそうです。
アメリカで今進行している選択もそうです。
今、日本で私たちがもうすぐ下そうとしている判断がそうです。
後になって(イギリスの場合、翌日には既に後悔している人がいる!)
『あの時、私たちはどうしてあのような選択をしたのだろう!』と後悔しても遅い。

今、ここに生きている自分、名もない市井の民である自分、
それが下すちっぽけな判断など、何も世界の大勢とは関係ない…そう思って
ごく気軽に下す判断が…、あるいは無作為、あるいは無行動が…、
どのような重大な結果をもたらすか、ということに、私たちは普通、あまりにも鈍感だ。



              ***



正直言って、私は、英国の将来については、そう心配などしていない。
痩せても枯れてもあの『英国』だ。
良くも悪くも彼らは、世界でどう生き抜いていくかを知りつくしていると思う。
このまま離脱に向かっても、また交渉の過程で再び考えなおす機会がありEUに
残留するようなことが起きようとも、彼らはただ大人しく世界の表舞台から引っ込みなど
絶対にしない。何かはわからないが、逆に何かを得て、相変わらず、世界の中心国の
一つであり続けるだろう、と思う。
英国はしたたかだ。

この英国の離脱劇に関連していろいろ読んでいく中に、『イギリスの罪』という視点から
今回の問題を論じている者がわずかながら見られた。
私が、この英国のEU離脱を、『移民問題』に限って論じてみたのは、それが国民投票に
臨む際に、英国の一般庶民にとって一番生活感覚に直結した問題でおそらくあり、その故に、
『離脱』を目論むリーダーたちにとっては、一番争点として『煽りやすい』問題であったろうこと、
その点に注目したからである。
『移民が急増することによって、職が奪われたり、社会保障費の負担が増えたり、
病院・学校・交通などあらゆる生活サービスの質が低下したりする』ということの他に、
シリアなどからの難民も流入してそこにはテロリストも混じって入ってくるだろうという
テロリズムへの恐怖。それも、離脱派のリーダーたちは煽った。
現に、離脱派の急先鋒である英独立党(UKIP)が発表した広報用ポスターは、
中東からとみられる難民が行列をつくる様子の写真に「(移民受け入れは)限界点に達した」
との標語を掲げ、離脱を訴えている。
EUにとどまれば、トルコなどを通じて難民が何百万人も押し寄せ、経済や治安が脅かされる
という、根拠の大雑把な宣伝文句と共に、国民の排外主義と移民・難民への憎悪を煽るための
イメージ操作を含んでいた。
このポスターは、『差別的』『ナチスの宣伝のようだ』との反発と批判を多くの人々に、
離脱派の人々にさえ引き起こした。 


ポスター離脱派



現に、この国民投票に絡んで、両派の感情的分断は高まっていき、シリア支援や
女性の権利擁護に取り組んでいた、人権派の超党派議員団のひとりだったジョー・コックスが
英・米のネオ・ナチ団体に影響を受けていたらしい男性に射殺されるという悲劇も起きた。

ご存じのように、離脱を煽ったリーダーたちのその後の行動は、卑怯そのものであった。
EUへの拠出金について、離脱派の主張ではEUには週3億5000万ポンド(約480億円)の拠出金を
支払っており離脱すればそれを丸ごと国営医療制度に充てられるというような印象を流していたのに、
離脱決定後、離脱派のリーダーは『そんなことは言っていない。かなりの額を国営医療制度に
充てられると言ったまでだ』と主張。メディアもそのことに気づいていたのなら、早く指摘すれば
いいじゃないかと、開き直った。
メディアの怠慢も確かにそうだが、だが現実には離脱派は、バスの車体にまでこの美味しい
うたい文句を掲げていたのであり、その宣伝に影響された市民もおそらく多かったのである!

そもそも、離脱することを声高く叫びはするが、EU離脱後どうするのかというところまで
計画を立てている離脱派のリーダーがいたのかどうか。
離脱は、EU加盟国27カ国のうち20カ国以上が賛成すれば、という条件つき。しかもその
賛成国がEU全体の65%以上の人口があることという条件があり、これらを2年以内に
クリアしなければならない。また離脱がかなったとしても、英国を待ち受けているのは、
失った経済・人的移動を含めた交流の自由権を取り戻すための各国との厳しい交渉である。

英国民が驚いたのは、離脱派の最大のリーダーとして人気を博し、辞任するキャメロンに
代わって首相になるであろうと思われていたボリス・ジョンソン下院議員が、キャメロン首相の
後任を選ぶ与党、保守党の党首選の立候補受け付けの締め切りの30日正午直前に
なんと突然、出馬断念を表明したことである。
ジョンソン氏自身は、離脱派の盟友であったゴーブ氏の立候補表明に伴い、『議会の状況を
考えると、私が首相になることはありえない』と発言。自ら党首選から『勇退』するような
印象を与えたかったようだが、何のことはない。おそらく実際に離脱、ということになってみると、
国を率いてこれから離脱交渉をして行くことの大変さに気付き、どっち道泥をかぶることになる
次期首相の椅子が、自分にとって魅力的でないと判断しただけのことだろう、と
私は思っている。
上記ポスターの前で演説している離脱派のもう一人の中心人物、UKIPのファラージ党首も
党首の座から自ら下りた。

なんという無責任!
無責任ということでは、キャメロンの無責任がその最たるものだろう。
自分の政権維持のために、言わば単なる政権闘争のために、国民投票という危険な手法
を採用して国民を分断し、負けが決まるとさっさと退陣表明。
これも、自らまいた種から生まれた国論と国の行方を劇的に左右する離脱劇の顛末を
責任を持って見届けようとはしないで、つまり、自らは泥をかぶることなく、後任首相に
超難しい仕事を押し付けて、自らは戦線から体よく逃げ出してしまった!
そもそもキャメロン首相は、パナマ文書の公開で、亡父の イアン・キャメロン氏がオフショアに
設立した法人から利益を得たことを認め、また、過去にサマンサ夫人と共同で
パナマ文書で名前が挙がったブレアモア・インベストメント・トラストに投資口を保有
していたことを明らかにしている。
首相に就任する数ヶ月前にはこれを売却したとはいうが、国民には厳しい緊縮財政政策で
負担を強いておきながら、自らと身内は、そうやって過去に税逃れをしていた、ということへの
国民の怒りは、今回の国民投票の結果にも必ず影響は与えているはずである。
キャメロンが嫌いだから、離脱に一票投じた、という人も多かったであろう。


…こうやって、英国のEU離脱・残留をかけた国民投票という、世界に衝撃を与えた、
そしてこれからも大きな経済上、そしておそらくは防衛上も、の影響と混乱を引き起こしかねない
一大イベントの双方の立役者たちは、無責任にもさっさとこうやって自らこの大混乱の
泥をかぶることなく引っ込んでしまった…!

英国民が今回『離脱』に舵を切ることを選んだのは、キャメロンらエリート政治家たちの
無策への不満ということが、国民が今回の国民投票にその憤懣をぶつける一因となった
ということが無論あったろう。
現実に、見よ。この国民投票劇の責任者たちの責任の取り方を。
こういう無責任な人々に引きずられて英国民は国を二分するような選択に追い込まれて
しまったのである…


何度も言うように、押し寄せる移民・難民への反発や恐怖、といった『排外感情』の
側面が大きかったということは否めないだろうと思う。
だが。
そもそも、シリア難民など、中東地域、またアフリカもそうだが、この地域の政情不安や
どうしようもない分断、そしてISの台頭などテロリズムの温床を育ててしまった遠因は
どこにあったか、ということも考えてみよう。
それは、英国を含めた欧州先進国の身勝手な拡張主義とそれらの膨大な地域の植民地化
ということに端を発していると言わねばならない。

今度の、日本人の7名の方が命を失ってしまったバングラデシュ、ダッカでのテロリズム。
犠牲となったかたがたとそのご家族には、ほんとになんと言っていいか言葉もない…

だが、そのバングラデシュも、言ってみれば、旧大英帝国の植民地政策の影響を
大きく受けた国である。
15世紀末にはヨーロッパの貿易商人がこの地を訪れるようになり、18世紀末にイギリスの
東インド会社により植民地化された。イギリスは支配をベンガルからインド全域に拡大。
(『ベンガル地方』とは、ガンジス川とブラマプトラ川の下流にあるデルタ一帯のことで、
インドの西ベンガル州とバングラデシュ(旧東パキスタン)に分断されている。)
やがて、インドの他地域同様、バングラデシュでも1820年代ごろから民族運動が
盛んになっていく。これを食い止めるため、イギリスはベンガルのインド人勢力の分断を意図し、
1905年に『ベンガル分割令』を発布し、ベンガルをヒンドゥー教徒中心の西ベンガルと
イスラム教徒中心の東ベンガルとに分割したのである。
このベンガル分割令自体は、6年後の1911年には撤回されるが、このイギリスの自国の
植民地支配を容易にするための介入が、ヒンドゥー教徒とムスリムの分断を生む。
英領インドは1947年に独立を達成したものの、宗教上の問題から、ヒンドゥー教地域はインド、
イスラム教地域はインドを挟んで東西に分かれたパキスタンとして分離独立することになったことは
少し年配の皆さんならご存じの通り。現在のバングラデシュ地域は東パキスタンとなった。
さらに、1971年、バングラデシュ独立戦争が起こる。西側パキスタンと対立していたインドは
東側パキスタンの独立を支持し、また第三次印パ戦争がインドの勝利で終わった結果、
バングラデシュの独立が確定したことも皆さんご存じでおいでだろう。
今回、テロの犯人たちは、店の客にムスリムかどうかを確認して回り、コーランの一節を
唱えさせて、出来た者は解放したという。すなわち、彼らはムスリムかヒンドゥー教徒かで
生死を決めていったのである。日本人の方々は、『ムスリム以外の者』とみなされて
彼らの手にかかってしまった……!

バングラデシュの宗教対立がイギリスのせいばかりとは言えない。大英帝国の植民地化
以前にも小競り合いはあったのであろう。だが、世界をこうやって植民地化していくと同時に、
支配の便宜のために、その土地の人々の宗教も言語も暮らしの実態も無視して、勝手に
その地の分断をして行ったかつての大英帝国、そしてフランス、オランダ、ベルギー、ポルトガル、
スペイン、ドイツなど今のEUの大国、そして旧ロシア(ソ連)などの罪は測り知れないのである。
そしてアメリカ!アメリカの罪!


イギリスの人々が恐れ忌避したシリアなどからの難民の流入とテロリストの潜入。
その遠因の一端は、イギリス自身の過去の行いにある…
また、東欧など貧しい国々からの新たな移民が大々的に流入してくるのを嫌った『離脱派』
の人々の中には、自分たち自身がこうしたかつての大英帝国の植民地にルーツを持つ
自らも移民ニ世三世また、イギリス人やその他のEU圏の人々との混血である、といった人々も
いたという…
彼らの心理は、『自分たちまではいい。もうイギリスに同化して、税金のような
経済面でも文化面でもそれなりに貢献しているのだから。常識の範囲内での新たな移民も
許せる。だけど、貧しい東欧地域などからのあまり多すぎる移民はお断り。まして
テロリストが潜んでいるかもしれないシリアなどからの難民は断然断る。』というものでは
なかったろうか。

少し話は脱線するが、イギリス、フランスなど、これらかつて世界の国々を植民地化していった
国々の悪辣は容認できないとしても、旧植民地地域が次々に独立を果たしていったあとは、
旧植民地からの人々の移民受け入れを、積極的に行ったこと、そしてそれなりに同化・融和
に努力してきたことは評価できると思うのだ。差別はまだまだ残っているにしても。
ひるがえって日本はどうか。
朝鮮半島・台湾などを事実上併合し、中国大陸にその野望を広げていった旧大日本帝国は、
戦争が終わった途端に、朝鮮半島の人々を、もう自国の民とは認めずにその権利をはく奪した。
同じく戦った朝鮮人兵士に軍人恩給も遺族年金も与えず、残留した人々にそれ以降何十年も、
差別を続けて来ている…。いまだに『ヘイト』活動は半ば公然と行われているのだ。




話を元に戻そう。

国家、というものが引き起こす大きな決断は、それはたいていの場合、一般の庶民とは
関係のない上の方で企図され、その悪影響を最も受けるのは下の方にいる庶民である。
そこには大きな利益が絡み、国民もまたその利益を享受しようと、国の決断を
むしろ歓迎し積極的に協賛していくことも多いだろう。
国を引っ張っていくリーダーたちが、必ずしも賢いとは限らない。
ほんとうに国の実情を憂い国民のために働こうと純粋にしている高潔な政治家も
中にはいるだろうが、そういう人士ばかりとは限らない。
単に自分の名誉と野望を実現・持続させるために政治家を志しその地位に
固執する者も多いであろう。
その全部とは無論云わないが、その一部は、おそらく、無責任でもある。
キャメロンやボリス・ジョンソンの身の振る舞いかたを見れば、その無責任は明らかだ。
言いだしっぺが責任を最後まで取らないで、誰にいったい責任を取れというのか!

そんな中、そうした国家のような大きなものがともすればもたらす、大きな分断や排斥を
なくそうと努力していた、一人の女性議員の命が消えた……

また。英国のEU離脱決定に世界が眉をひそめ、世界のメディアがそれに関する報道一色に
なっていた時に、ダッカの悲劇は起こり、またイラクで大きな自爆テロが続いて起こって、
罪もない人々が命を奪われた…

世界はもっともっとさらに混とんとしている。
しかも一つの出来事は、世界の、過去のことも含む他の出来事と連動している……

そうした混とんの中で、命を奪われるのは、多くは大きな国家の政治などとは
ほとんど縁もない罪もない一般の人々であり子供たちであり、
また、そうした国家同士や民族対立などによる悲劇を何とか回避しよう、争いの
遠因となる貧困や格差を少しでもなくそう、人々の暮らしを改善しようと努力していた
善意の団体の人々または個人であったりする……
なぜ、世界を少しでも良くしていこうと努力していた人々が暴力の犠牲になって
しまうのだろう…そのことがとても悲しい。
そうしてまた、そういう事件が起きることによって、その実行犯を憎む気持が、さらには
関係ないムスリムの人々を排斥する心情となっていったりしてさらに分断を生む…。
今回のダッカの事件も、そうかどうかそういうことにならないで欲しい。
バングラデシュの人々は、一緒に悲しんでくれている。


             ***


英国はなんとかやっていくだろうと思う。
それについてそう心配はしない。イングランドの人々ひとりひとりが決めることだ。

EUについての想いは、実は、私の中で揺れがある。
この記事の冒頭で書いたように、EUという構想自体は、第一次、第二次の世界大戦の
死者それぞれ、3,700万人、5000~8000万人とも言われる大きな悲劇への反省から、
二度と同じような戦争の悲惨を経験したくない、未来の人々にもさせたくないという願いの
中から生まれてきたものである。ドイツ・フランス両国間のアルザス・ロレーヌ地方が象徴
しているように、国家と国家の紛争や戦争は、資源をめぐる経済問題などから古来多く
起きてきた。また、宗教や人種問題、国家感情などで起きることもある。
そうしたことを少しでもなくするために、欧州という地を大きく一つの地域としてまとめよう。
経済も共通の利益を協力して追及することによって、国家間の争いを防ぎ、また貧富の差を
長いスパンで解消もして行って、欧州が共に発展していこう、とする壮大な人類的実験で
あったのである。国境も取り払って、人や経済の流れを自由にした。通貨も(原則)一つにした。

一つには、第二次世界大戦後のソ連を中心とした共産主義圏とアメリカとの冷戦構造の
激化予測の間にあって、欧州が一つにまとまり、揺るがぬ立場を維持していこうという
安全保障上の意味合いもあった。

この壮大な実験が成功しているか、といえば、残念ながら・・・問題は山積だ。

ご存じのように、EU離脱を試みる国や勢力はイギリスだけではなく、ギリシャ、デンマーク、
フランスのル・ペン党首率る『国民戦線』など、たくさんある。
なぜ、EU離脱したい国が次々と出てきそうで、それを抑えるのが大変なのか。
EUという機構そのものが壮大な無駄をしているとか(瑣末な規則や議論など)、
徹底した緊縮財政政策で、もともと強い国には富や権力が集まるが、ギリシャなど
疲弊した国々は立ち上がるすべがなく、EU内での貧富の差が拡大していっているとか、
EUも、金融グローバリズムと新自由主義に侵されていて、さまざまな決定は、そうした
巨大多国籍企業や一部富裕層の強烈なロビー活動に左右され、富のますますの
一極集中と貧困層の拡大という事情は、アメリカなど世界が抱える問題と何ら変わらない、
とか、ウクライナ問題などEU内、または周辺地域での大きな問題の解決に及び腰で
非力であるとか、…いろいろ数限りなく批判はある!

EU自身が、自らの機構・制度が抱える根本的問題点や矛盾を改革していこうと
大きく舵を切らない限り、いつかはEU解体、ということも起こるのかもしれない…

そうすると。世界はどうなっていくのであろう…
再び、欧州は国家と国家に分解していき、またそれらが互いに利益を争う状態に
戻るのであろうか。
アメリカはご存じのように、『世界の警察』と自負するほどの一時ほどの力はもたない。
一方、ロシアや中国はそれぞれに大きな世界戦略をもってその存在感を増している。
アメリカが日本・韓国・オーストラリア、フィリピンなどと軍事・経済同盟を強化していく
その一方で、対抗勢力としてロシアと中国が手を組むこともありうる。
小さな国々は、身を守るために、仕方なしそれら両陣営に与していくことになるかもしれない…
また、これらの動きとまったく別個に、イスラム過激派のテロ行為は止むことなく
世界に拡散していき、恐怖と憎悪と、さらなる排外主義や人種差別を拡大していくだろう。

この同じ地球上に住む人類としての大きな融和や協調、の理想や理念は大きく後退し、
共にこの地球が抱える大きな問題…激しい気候変動や汚染の問題の解決などは
脇に追いやられ、
逆に、人間というものが根っこにどうしようもなく持っている『飽くなき欲望』が、野放しに
解き放たれて、この世界は、また混迷の度合いを深めていくのだろうか…。


                 ***


私は、今度の英国の離脱劇で、何を自分がそう悲しんでいるのか、自分でも実は
よくわからないのである。
イギリスのために悲しんでいるのとは違う。
EUがこれをきっかけにもしも分解していくならば、それはとても悲しいのだが、でも
そのことだけではないようにも思う。
それでは何がそんなに悲しいか、というと、人類のなすことの先の見えなさ…、とでも言おうか、
人間の愚かさの方が、時に人間の叡智よりも勝ってしまうことへの悲しみと言おうか…
一般大衆が、ともすれば、理性よりも、耳触りがよく甘い煽動に乗せられやすいということへの、
嘆きも正直言ってある…。
本当のことを口にする政治家はともすれば敬遠される。本当のこと、は苦いからである。

そう。…私は、『理想』というものが『現実』というものの前で、かくももろいのか!
ということを見続けていることが、何よりかより悲しいのかもしれない…



今度のことで、私たちも学べることがあるとすればそれはなにか。
一つにはそれは、AかBか、白か黒か、という二分法的思考で物事を語り、物事を決定して
いくことの危険さである。
国民投票などというものは、その最たるものであろう。
ヒットラーの再三の国民投票の利用に見るごとく、国民投票というものは、その時々の
為政者の、権力掌握の手段に使われかねない。

第二には、英国のEU残留・離脱を問う国民投票、という一つの問題で、あれほどまでに
世界の市場に激震が走る、そのような構造の危うさである。これはEUもどこも同じなのだが、
とりわけ『アベノミクス』は、異次元金融緩和で円安をつくり、海外から投機マネーを呼び込んで、
株価をつり上げる、投機マネー頼みの円安・株高政策である。
だから、世界情勢に敏感に反応して為替レートや株価が乱高下する。
日本経済は、投機マネーの動きにきわめて弱い経済なのである。
もう何度もグラフを載せて、世界の大きな出来事と日本の経済の連動を、ここで
示してきたけれど、実際、アベノミクスは世界経済の不安定要因に対応など
出来ていないのではないか。
いい加減、『アベノミクス』という神話にみんな、見切りをつけたらどうだろう。

さらにもう一つ。
もう一度繰り返す。
今回の英国の国民投票に際して、『自分のようなちっぽけな存在の一票が、まさか
このような世界的動揺を引き起こすことになろうとは思ってもみなかった』と
しょんぼりしていた一人の英国民の話を紹介した。
『どうせ残留派が勝つだろうから、それなら自分は、と、離脱派に入れた』という人の話も
どこかで読んだ。
この国民投票劇から、ぜひ、皆さんに学んで欲しいこと。
それは、『一票の怖さ』である。『一票の力』と言ってもいい。
どうせ自分の一票などなんになるものか、などと思わないで欲しい。
参院選まであと5日。



               ***


『まとめ』と銘打ちつつ、どこまでも取りとめもなく論点が広がっていってしまった…
自分の本当に伝えたいことが書ききれていない歯がゆさというものだけが残る…

仕方ない。個々の書き足りない問題は、また別の記事としてそれぞれに書いていこう。


              



 



          
             『寓話』



私が、今度の英国のEU離脱劇で、そこはかとなく思い浮かべた一匹の架空の
動物の姿がある。

それはこんな、一つのからだに2つの頭をもった蛇である。


          アンフィスバエナ


でも、私が思い浮かべるのは、この図のような翼は無く、足もないほんとうに双頭の蛇。
もっと太っていて、身動きできず、それぞれの頭が思う方向へ行こうとしてのたうちまわっている……

アンフィスバエナ。
ローマなどの博物誌などに登場する伝説の生物。身体の両端に頭のついている双頭の蛇。
古代ローマの詩人マルクス・アンナエウス・ルカヌスの説明によれば、
ペルセウスが、斬り落としたメドゥーサの首を片手にリビア砂漠を越えた時、彼女の生首から
零れ落ちた血液からアンフィスバエナが生まれたのだという。またその住み処は
北アフリカの砂漠であるという。


ここからが、寓話。

私は、EUをこのアンフィスバエナに例える。その名で別に呼ばなくてもいいが、まあ、仮に
そう呼んでおこう。
アンフィスバエナ。
母はメドゥーサ。
メドゥーサは、紀元前もの昔から、絶えず内戦や隣国との戦争、また遠くアフリカや中近東、
果ては南北アメリカ大陸にまで侵略の手を伸ばし、血を啜ってきた怒りの生物である。
その眼を見た者を恐怖で石のように硬直させてしまう。頭髪は無数の毒蛇である。

だが、メドゥーサも、元からこういう姿ではなかった。美しい娘であったのだが、その驕慢から
ゼウスの娘アテナの怒りを買い、このような恐ろしい姿にされたのである。
古代ギリシャ時代のコリントスでは、『大地の女神』とされていたという。

私が想像するアンフィスバエナは、もとは心優しい一匹のほっそりした普通の蛇であった。
『大地の女神』とも目された、母の『恵み』の性格を強く持って生まれたのである。
だが母は苛烈な拡張主義者であり、その『恵み』の性格が表に出ることは、その死まで
ほとんどなかった。母はアフリカに手を伸ばし、その一睨みでそこをそれこそ睥睨し、
わがものにした。また中近東にも手を伸ばし、そこから美味しい貢物を吸い上げて、
そこを争いの大地にしたまま去った…遠くアジアの端ではそこの大地を侵食した。
蛇の頭たちを遠くアメリカ大陸にもにゅるにゅると伸ばして、そこもわがものとした……

アンフィスバエナは、そうした欧州から遠く離れた地で母が引き起こした悲劇については
あまり考えなかった。
だが、ヨーロッパの大地で戦われた二度の大きな戦のことは心から悲しんだ…。
その大地に刻まれた、醜い塹壕の跡を撫でさすり、二度とヨーロッパの大地にこのような
傷はつけたくないと思った。
そしてアンフィスバエナは、EU(欧州連合)となったのである。
EUは全き生き物ではない。
だが、憎しみと流血の大地から生まれたEUは、人々の知恵を結集した、ひとつの
壮大な実験的動物ではあったのである。

もう二度とあのような大きな戦は起こさない…
欧州の人々が力を合わせて、みんなで幸せになれるよう共に歩いていくのだ…

アンフィスバエナの食べ物は、『自由』と『ひとりひとりの幸福の追求』である。
だが、それは、別の言い方をすれば、『放縦』と『人間の限りなき欲望』でもある。
そうした人間の望み(欲望)を食べて大きく成長するにつれて、アンフィスバエナの
幼い頃の優しい心性は徐々に後退もしくは変質していき、硬直した思考が強くなって
いった…
ほっそりした一匹の蛇であったアンフィスバエナは、徐々に巨大化した蛇となっていき、
思うように身動きできなくなっていく。
しかも、もともと母から受け継いだ遺伝子がその内部で強く働くようになっていく。
『金融グローバリズム』『新自由主義』『排他主義』などの、母の拡張主義と似たものが、
彼女の身の内で徐々に育って行き、その身の内からの囁きがアンフィスバエナの心を蝕んでいく。
それらの心はやがて、アンフィスバエナの体に、別の頭部を形成していった……、
アンフィスバエナは、双頭の蛇となったのである。
二つの頭は、この絵のように、常に一つの体を争って、自分の思う方向へ這って行こうと
するようになった…

二度と大きな戦争など起こしたくない、みんなで豊かになろう…と思うもともとの気持ちと、
いや、能力のあるものがその能力を使って力と富を得ていくことがなんで悪いものか、
貧しいものは自分で努力をすればいい、努力をしない者を豊かな者が面倒みてやる
必要はない、またこれ以上貧しい者努力をしない者を自分たちの国には入れたくない
などと思う気持ちと…
巨大化した体のアンフィスバエナは、頭の方へ行ったり尻尾のほうへ行ったりして
欧州の地をのたうちまわっている!

もし、アンフィスバエナが、いつの日か、人々の長い長い間に築き上げてきた理想や叡智、
優しい心、善意や『共生』のこころを自ら懐胎して、それをその腹のうちに辛抱強く育て、
平等で、誰にとっても生きやすい、そんな『社会』を、世界の先鞭として、
壮大な実験として完成し、いつか自分の子供、として生み落としてくれるといいのだが。

だが、もし逆に、アンフィスバエナが、人間の、とりわけ既に多くを所有しているエリート層、
エスタブリッシュメントの層の人々の差し出す『飽くなき欲望』というとりわけ美味しい
食物を食べ続け、『貧困の格差拡大』と『人々の分断』『憎悪』『排他主義』などという
醜いものを、『排泄物』としてこの世にまき散らすようになるとしたら、
いつの日かそうした憎悪の心が、アンフィスバエナ自身の体をも二つに裂き、アンフィスバエナは
息絶えて、EUという人類の壮大な試みはやがて瓦解するであろう。



 

アンフィスバエナは、私たち自身の姿でもある……





 

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Re: 玄さんへ

うんうん。
『選挙が終わってから話しましょう。』 そうしましょう。^^
なんかこんぐらがって来ちゃった。
多分あたしが、玄さんの真に意図するところを十分に理解してなくて、浅い議論してるから、
話がずれたりこんぐらがっちゃったりしてるんだと思います。

玄さんが、私の記事をほんと熟読して意図を過たず掴んでコメントくださってるのに、
そのことは私もいつも感謝してるのに、私の方はそれが出来てない。
ごめんね。

終わってからゆっくり話しましょう。

玄さんの温かい心は、いつだってじゅうぶんにわかっていますよ~~~。^^
いつもありがとう~~~~~~~~~~~~♪


読むのもね,返事もね選挙がおわってからでいいですよーw。こんがらがるから

りべらるのしゅくあ????

むむむ
?そんなこと言ってきたかな
りべらるの宿痾は・・・・「分断しちゃうことではなく,」
はっきりしない「寛容」があるからじゃないのかな。といつもわたしは岩盤のような信念をおもってますが

ただ民主党の分裂は・・・・wwww
あれは寛容じゃなくてみにくいシットと反動勢力や原発推進がいるためだと思いますがね
小林節さんの怒り?まあ,たしかにそういうことはあるんでしょーかね
わたしが喧嘩腰なのはりべらるがきらいだからであって,どこが嫌かといえばまさにその『寛容』が日本においては意味がない,だけでなくむしろ弊害だとおもうからなんです。それが宿痾,といういみです

音にヤマイダレとかいて瘖,ですよ

  『AかBか、白か黒か、という二分法的思考で物事を語り、物事を決定して   いくことの危険さである。』
  などという,寛容,非寛容の程度の問題は・・・・・・・そんな問題は
   もうとっくに終わってる。
  それは戦後から去年おととしまでのりべらるの幻想にすぎません


常に無用な分断を繰り返すのはサヨクの宿命だと。それは青臭い理想,書生気質の集まりがサヨクプロパーの定義についていがみあうからセクトができやすいんだ,と。

たしかにカノンや理想を言い過ぎるのは弊害が大きいですねwわたしも少し自粛しなきゃならんとおもってますが
りべらるの宿痾,そのうちの一つが,左翼と逆にむしろバーク流の『寛容』だ,啓蒙だとわたしはずっといいつづけてますしこれからも言い続けますよ。

共産党もリベラル化してきてますがねw

でも日本のりべらるの宿痾はもっと全然違うところにあるとも思ってますが。


彼岸花さんが上から目線だと思ったことは,記事についてもコメントについてもわたしは一度もありませんよ。
他の人からどう思われても誤解されるままでも構わないですけど彼岸花さんには誤解されたくありません。わたしはいつもしっかり読んでるつもりですし。讀んで咀嚼したうえでコメント書いてきました。

そんなこと言ってないし,だから所詮あなたのいってることは人にはとどかない,などとは,まったくおもってないし。。
そんなこと言おうもんなら,あんたの方がよっぽど上から目線のうえ,さらにとげとげしさまで纏ってカンジわるいことこの上ないだろー,とおしかり受けるんじゃないかwといつもビビッってますし

まず,いつもエラソーでスミマセンと言い訳しなきゃいけないのはわたしのほーがじゃないですか?
これを読んでる人がもしいたら,「マッタクだ,マッタクもってえらそーだ」,とうなづいてらっしゃるんじゃないかと・・・・。。。


そもそも,わたしが言ってるのは,

『おとぎばなしとはなにか?はっきりいってしまえば上の “層”からの, 上から目線の「啓蒙」,(いや正しくは蒙蔽というべきですが)という発想です。枝盛六花に対りつするバークの,加藤弘之のやりかた,といういいかたもできるかもしれません』

といってるだけで
いつの時代もおとぎ話は,誰かのために作られて流されるんだ,ということをいったにすぎないんです。が,そもそもそんなこと言う必要もないことでした思い直しましたのでもうやめますが。。

ただEUのことをいろいろ考えるならヒントになると思ったんです。ポデモスがいってきたことは,「おとぎ話が二重三重に巧妙になってきている」,です。それを私流に日本に当てはめていっただけです。

昔のファショがやってたような夢を与えるようなだましじゃなく,きわめて巧妙で,だからだましてるやつらもしまいにはわけわからなくなって,こんなふうな「離脱」が勝利だなんてことに,とんでもないことになっちゃった,俺たちは迷惑してるんだ,というのがイグレシアスのいってることですwwww

まるで。トロツキストのやるスットンキョウな動きのようだね,とそんな記事も書きましたがw選挙が終わってひまなときにでも読みに来てください,というほどたいしたハナシでもないんですがw


これらのコメントは選挙後のことを考えて書いてたんです。でもそれを今いうことはなかったなと,申しわけなかったです
それとね,黙って見に来るだけでいいのについ書いてしまう。EUのことはずっと考えたし,面白いので。ついつい。かいちゃう。

わたしと彼岸花さんのちがいは

「表に出すか出さないかの違い」
「正直か腹黒いか」

彼岸花さんにそれを言われることが一番ショックでもありますが。わたしは
正直に言わなきゃと,相手もそうだと,おもい過ぎてるんでしょう・・・・・。

本音中の本音なので,書かせてください。ほんとにもうこれ以上はw三度目の正直でぜったい言いませんからっ><;
次に言ったら,バキっとなぐってください。


「AもBもある,これは何もいってないのと同じ」
奥田がこれを言ったこと,これってすごいなと。
ずっとずっと学生のころからおもってること,それに苦労してきたことをおもいだせばね。
欧米では当たり前にいわれてることだと思いますが,タブーのようになってて日本でそれ,言っちゃ駄目でしょ君ぃ,ということを公で言う人がいることがうれしかった

あきらかに押し黙りの分断があることを直視して,なんとかそこを,をしっかり話題にしようとしてる人がいる,と。でもこれは,絶対に言ってはいけないことですよね。w
「寛容」をメのかたきにするわたしはへんですがね
これはわたしのクセ,病気のようなものだと,。

日本はかわってきたんだ,と,初めて心から思えたんですそれを彼岸花さんに伝えたかっただけです

理想や信条をかたってる前提でさえ,ひとは言えない,言わないことはたくさんある。それがジツはわからないのです。なぜなのか。



玄さんが、ここにお書き下さった歯がゆさ、というものは、実は私自身が日々歯がゆく
感じていることです。
私がどれほど歯がゆく情けなく思っているか…
私が、毎日、心の中でどれほど、『動かない大勢の人々』に対して悪態をついているか
お知りになったら驚かれることでしょう!


最初,一抹の寂しさは感じましたがよくわかりました。
申しわけなかったです。わたしはそもそも彼岸花さんのことなにもわかっていなかったな,と
ところで,

>分断はどうしようもなく既にある。
>そのことを日々感じていないとお思いでしょうか?
>涙が出そうなほど感じていますよ…。
>私が一番悲しいのは、その分断の質のことです。
  ・
  ・
  ・
  ・

わたしの書き方が悪かったのだと思いますが

質もクソもない,いくつも分断があるんじゃなくて,

バカみたいに単純で大きな “世界共通の岩盤分断” がある,と。
ついに日本もワールドワイドに追いついたか,と感慨深いです

そーゆえば。安倍はどっかのスピーチで。

たしか「いかなる岩盤も私のドリルからは逃れられないっ!」とかナントカ¥鼻の下のばしてホザいてたけど

とにかくね,参院選後ですよっ問題は。たかが選挙にあまり過大な期待も,どーっと暗くなるのもいけません。ハナからこっちはもともと不利なんですから。

くだけちってはいけません

一日悔しがって闘志の肥やしくらいでしょ,と。

わたしはわたしなりに精一杯彼岸花さんのメンコをはごうと・・・・いっしょケンメなだけなんですから
 
><; かえってむちゃくちゃまぜっかえしてしまったけど





PS
御嬢さんのジャングルジムのハナシは聞かせてくださいねwこんごの彼岸ばなさん攻略のためにもw

Re:玄さんへ

玄さん。おはようございます。

うん。
>「愚民を啓蒙して」反安倍をふややさくてはいかん,これは反安倍陣営のもつ間違った現状認識だとおもいます。」

というところに反応したのはですね。玄さんにそう言われたから、『私は違うよ~』と
否定したいと思ったからではなく、逆に、『そうだな~。私もそういうところに陥ってるな~』
と、しみじみ自分自身で思ったからです。
私が明確に否定したかったのは、『下層労働者=愚民』ということ。
もし、私の記事の書き方が、そういうふうに人に誤解を与える書きかたになっているので
あるとすれば、そこはハッキリと、そんなことは思っていない、と書いておく必要が
あると思っただけです。
玄さんだけに言っているのじゃない。玄さんはいつだってわかっててくださる。

それとは関係なく、自分のこのブログの書き方自体が、『上から目線』があるのかなあ、
ということは、いつも自分で感じているので、それをあらためて反省したまでです。
まず、年がね、おそらくほとんどの皆さんよりもはるかに上。
それと、元教師という(塾ですが)言わば職業病のようなもの。
それから、なによりもともとの私自身の性格。
そういうものがあいまって、説教臭いブログになっているのかなあという反省は
常にあるからです。

ブログだけでない。結局そうした心のありようは、私だけのことでもない。運動を
する人に共通な心のありようなのではないか。
つまり、『自分はわかってるんだけど、みんなはわかってないなあ!という心理。』
『わかってないなあと、情けなく思う心理』。

…そう言ったいわゆる上から目線は、マイクでの呼びかけにも、ただ立っているだけでも
滲み出るのかもしれないなあ…と、反省したまでです。

街角に立ち、行く人々の流れを見ながら思うのは、いつもそのこと。
マイクをもって語りかけてる人がいるわけですが、その言葉が、街ゆく人の
心に全然もう届いていない。
言えば言うほど叫べば叫ぶほど、ひとが遠ざかっていく…そんな感じです。

『對手は考えてないわけじゃなく,大ざっぱな考えでもってよく考えて,安倍を積極的支持もしくは消極的追認してるんです。』


おっしゃるように、もう人々の心は決まっているのでしょう。
『「知らない」から安倍的なものを選ぶ』のではなく、『知っていてそれでも安倍政権を選ぶ』
のだ!と、私も感じます。

その理由は、いろいろあるでしょうが、ご指摘の通り、『中国、北朝鮮の脅威への忌避感』
というのはほんとに『岩盤だな…!』と思わされます。
だから日米安保は必要→→だから安倍政権でいいんじゃないの、という。
それに対して、安倍反対!を叫ぶ者は、明確な反論が出来ません。
私自身もまだしていません。
書く準備はしていますが、なかなかそこにたどり着けない。
経済問題に対しても、アベノミクスに反対する者の誰も、明確な案を出せない。
抽象論だけで。
アベノミクスに明確に対抗できる解決策があるなら出しなさいよ。ないんなら、今のままで
いいんじゃないの、仕方ないんじゃないの。先のことは先の人が考えればいい……と、
なっていってしまうのだろうと思います。

ただ。改憲問題だけは、これは対案も糞もない!
安倍政権下での憲法改正には、明確に反対するしかない!

そこは、反安倍派が唯一勢いよく語ることが出来る問題なのですが、残念ながら
一般の国民には、その問題は、それほどの重要事と感じられていないようだ…

そこにジレンマはあります。
『九条』『九条』と街中で叫ぶほど、そっぽを向かれる感じは、痛いほど感じています。

玄さんが、ここにお書き下さった歯がゆさ、というものは、実は私自身が日々歯がゆく
感じていることです。
私がどれほど歯がゆく情けなく思っているか…
私が、毎日、心の中でどれほど、『動かない大勢の人々』に対して悪態をついているか
お知りになったら驚かれることでしょう!

玄さんと私の違いは、それを表に出すか出さないかの違いなんじゃないかなあ。
それともう一つ。
言葉に出さなくても、こころで思っている人は大勢いると、まだ私が思っていることかな。
それは、この頃の私のブログにちょこちょこ書いていることですが、
ひとは思っていることをすべて口にするわけではない。
私自身のことを例に挙げてもそうなんですよ。
例えば、私が、米国での銃乱射について何も書いていない。
だからと言って、私がそれに対して何も思っていない、ということは絶対にないわけです。
沖縄についてあらためて記事にしていない。大水害について記事にしていない。
だからと言って、それについて考えていないということはない!それは私自身が知っている。
でもね、以前、私が広島での大水害について何も記事にしていないことを、
揶揄なさった方がいらしたわけです。原発や憲法のことを心配しても、実際そういう被害に
あった人のことは心配しないのか、と。
心配しないわけがありません!
だって、2年前のあの広島安佐地区の大規模地滑りの隣の街に、私の兄は住んでいるのですから!
心配ですぐに兄に電話しましたよ。兄の家も傾斜地に立っていて同じ雨はそこにも
降っていたからです。

でも、それをブログ記事にするかどうかということは、別問題。
ひとは思っていること案じていることをすべて口に出し表に出すかというとそうではない。
私も、思っている全てのことを記事に出来るわけではありません。
無論、口にも出さない。近所の人は私の思想など誰も知りません。

『白か黒か。』『AかBか』という究極の議論を私が避けたがるのはですね。
『白か黒か。』とかいう議論そのものを嫌う、というより、『白でなければ黒だ!』
とか、『白だということはそれじゃ黒じゃないんだな!』とかいう飛躍した決めつけが
横行するのを嫌う、ということなんです。
『白でなくて赤』ということだって、『白しかない』ということだって実際はあるのに。

『原発がいらないというあんたは、それじゃ地球温暖化に何も思わないんだね!』
ひどい場合には、『原発がいらないというあんたは、それじゃ飛行機にも車にも
ぜったい乗らないんだな!そうだな!』
『原発がいらないというあんたは、それじゃ江戸時代の不便な暮らしに戻るというんだな!
きっとそうするんだな!電気も一切つけない、パソコンもじゃあ使わないんだな!』という
決めつけ。そういう論理が大っきらいなんです。そういう議論のすり替えが嫌いなのです。
反対のことだってあるだろう。
『原発賛成というあなたは無教養』というような脱原発派の決めつけとかね。

そうじゃない。原発というものがどういうものかをほんとうに知ることこそが
大事ですよね。そして、『皆が知ることを阻害する要因』が存在することを知って
それを取り除くことこそ。
私がこのEUの記事で言いたかったのはそのことです。

その意味で、まだまだ、国民に知って欲しいこと、知るべきこと、はたくさんあると
思っています。
安保法制のことを、その必要性を語る側も国民の側も、よくわかっていて、
その後、あの議決はなされたのだったでしょうか?
TPPのことも、あの交渉に直接参加した政府側のひとびとも、国民も、
その中身と実体を十分に知って知らされて、今年1月だっけな?の妥結、をみた
のだったでしょうか?
マイナンバー制度もそうです。
これらの伝で、憲法改正の国民投票がまた、わずか60~180日の、あの
安保法制国会程度のいいかげんで不十分で同じ答弁しか繰り返されないうちに時間だけが
消化されていくと言った論議の後、票決に至ったのでは、危なくて危なくて
それこそご先祖に申し訳ないです!
『知るべきこと』『知って欲しいこと』は山ほどあると、まだ私は考えます。

ブログの世界でもね、政治について黙っていて何も記事にはしないコメントもしない、
という方だけど、『いつもちゃんと読んでいます。黙っていても何も思わないわけじゃない…』
というようなしんみりした鍵コメを、あるときそっとくださった男の方もいらっしゃいました。
表だった交流は無いのだけれど、でも、私がたまに追い詰められている時、いつも
そっと足跡だけ残して行ってくださる…
『見てますよ。体壊さないでください』という優しい合図なのでしょう…

私があきらめない所以です。

確かにね。変わらないひとは変わらないわけです。
よく知っているあまりよくは知らないの問題じゃなく。
防衛問題で…経済政策で…安倍政権をいいと思っている人は、確かに変わらない。
おっしゃるように、そこに何らかの利益を感じている人は、変わらないでしょう。
そういう人が圧倒的に多いのでしょう。

でも、私が語りかけたいのは、そこまで固まっていない人々。
『知らなかった』『知る方法もなかった』という人は実際いるのではないでしょうか?
だったら、知らせたい。
それともう一つ。よく知っているがゆえにあきれてしまってもうあきらめている!、という人も
無党派層、と言われる人々の中にはいると思います。
そういう人にも、あきらめないで投票に行って!と呼びかけたい。

実際ね。結構そういう人々に街で出会うんですよ…。
辛抱強くじっくり話しているうちに、思いなおしてくれる。こともある。
それこそ『僥倖』の類ですが。><


『安倍支持者とただ黙ってみてる人を相手にして,わたしたち少数派が戰ってるんだ,ということをおもっているわたしと,まだなにかごまかしに騙されてる人がおおぜいいるんじゃないかと思ってるところの彼岸花さん,というかんじでしょうか,ね』

うんうん。まあ、その違いでしょうか。
『『安倍支持者とただ黙ってみてる人を相手にして,わたしたち少数派が戰ってるんだ,』
という想いは、私も同じなんですよ。
どれほどそのことを情けなく歯がゆく思っているか!
ただ、その情けないという想いを口に出すか出さないか、の違いだと思うんだけど。
玄さんは正直で、私は腹黒いのです。(爆)

後半部分の『まだ騙されている人がいるんじゃないか』と思って、ポピュリズム批判を
するとか、『騙されてるんじゃない?』と言い続けることとかは、玄さんと違うところかな、
確かに。
私はその点、まだ認識が甘いんだろうと思います。



分断はどうしようもなく既にある。
そのことを日々感じていないとお思いでしょうか?

涙が出そうなほど感じていますよ…。

私が一番悲しいのは、その分断の質のことです。
まあ例えば安倍的なもの、を例にとりますと、いろいろな分断があると思うのですね。

①(安倍支持者)対(安倍政治に反対する者)

この両者の分断は明快です。戦うしかない。

②(安倍積極支持者+消極的容認者)対(明確な安倍反対派)
③(安倍積極支持者+消極的容認者)対(明確な安倍反対派)対(立場不鮮明な者)
④安倍反対派内部の分断

私が今努力していることは、②③の消極的容認者、立場不鮮明な者をなんとか、こちら側に
引き寄せたいという無駄な努力、と、まあ、いえるでしょうか。
私が一番悲しいのは、①②③の状況のいずれでもなく、④の、内部の分断、です!

玄さんがいつもおっしゃるように、これに属する人々はこれまでほんとに飽きもせず
分裂を繰り返してきました。その要因は、玄さんがいつも『リベラルの宿瘂』と
おっしゃるようなところにあるのでしょう。
その故に、まあだ!いまだに!リベラル勢力は細かい分裂を繰り返しています。
もう何が何やらわからないくらいに細かく。
その果てのリベラル勢力凋落…
そして、その結果、もうここまで追い詰められてしまった…

でも、その分断は、なんとかしてつながなくては、と私は思う方です。
ほころびを破れるたびにその都度ちまちま汚らしく繕うんじゃない。
新たな方法で、大胆に、美しくつなぐのです。(私の得意な和服から洋服へのリフォームだっ!)
SEALDsがやっているのはそれなんじゃないかなあ。
彼らは古い運動を決して全否定していないですよ。

彼らの足を引っ張る大人たちがいることも事実です。
彼らにしがみついて、自分たちが再び這い上がろうとする大人たちがいることも事実です。
反安保・反安倍であっても、SEALDsに疑問を抱く若者もいるだろう…。

私が悲しむのは、一番、ここです。
どうしてこうなるかなあ。と。
大きな敵は誰なのか。大きな敵は内部にいるのだろうか??
時々ね。安倍政権のやり口を憎むのと、リベラル勢力の内部の方針の違いを憎むのと
どっちが先なの?と絶句してしまうことがあります…その分断に。
それはね。自分が参加している運動内部にさえ感じます。
私は節操無く、どこにでも顔を出しますのでね。><



いろいろ迷うこと悲しいことはたくさんあります…
玄さんとの齟齬は一番悲しいよ。XD
でも、ひとは違っていて当たり前。
心の奥底で理解しあってるならそれでいいのだとも思います。
そこは信じてる。


まあ、私自身について言えば、それでも愚直に語り続けるしかない。
玄さんと同じ。
何苦ですね~~~。^^


・・・いよいよ明日になりました・・・
日本人はどういう選択をするのでしょうか。



玄さん。ありがとう。
こうして正直に書いてくださったことに感謝です。







No title

わたしは彼岸花さんが上から目線だとか,労働者を誤解していると,そんなことは一言も言ってませんよ

「愚民を啓蒙して」反安倍をふややさくてはいかん,これは反安倍陣営のもつ間違った現状認識だとおもいます。」


これはこの言葉のとおりです。反安倍陣営のもつ間違った現状認識,これがあるかぎり絶対ダメだと思う,それだけです。
これはわたしの現状認識を書いたのです。

彼岸花さんのことをどう思ってるかじゃなくて,世間をわたしがどうおもっているかを書いたんです。

彼岸花さんはこうだからこうだ,へんだということはほとんど書いてないと思いますがね
世界には,もはや分断が有る,はっきりと,見える分断がある,ということを書いたんです。


騙されてるひとVS騙されない人のたたかいではないんです,と,いったまでなんですが。

>私も『離脱派の煽りに乗せられたのは「愚かな」労働者層』と考えているというように見えたかもしれません…

彼岸花さんは「むしろ煽りに乗せられたのはごく普通のヒトビトだ,」といってるじゃないですか。
文脈の隙間からちゃんとそれは読み取ってますよ

彼岸花さんがそんな風に見えたこと,はこれまでいちどもありませんよ。はっきりいいますが。いちどもありません

そうじゃなくて


そもそも「煽りがある,ポピュリズムは危険だ」,と思ってるところ,それはちがうんじゃないでしょうかっ,と,書いたんです
やはり全くわたしの思いはつたわりませんんでした。

わたしが彼岸花さんについて思ってることをこのさい正直に書くと,
認識を共有しているところは多々あります。
「兵隊やくざのハナシ」。 「分配がなされていない」經濟と税のシステムのおかしさ,
歴史認識,あらゆるところで同じだなと,むしろキミが悪いくらい同じです。
現状認識はほぼ同じことが多いです

ただ
彼岸花さんがおかしいと思うところ,というか,わたしとは違うところがあるふたつあります

彼岸花さんがこの期に及んであいかわらず「AもBもある,という白か黒か,決めつけるのはいけない,と。」といってること。

考える材料がたりないだけで,材料が豊富にあればかんがえてくれるだろう,と希望をいだいてるところです

「未だに意見をいわない,Aか,Bかを決めないひとたち」を対象にして視野に入れて「AもBもある,という白か黒か決めつけるのはいけない。」と,語ってるところです

安倍支持者とただ黙ってみてる人を相手にして,わたしたち少数派が戰ってるんだ,ということをおもっているわたしと,まだなにかごまかしに騙されてる人がおおぜいいるんじゃないかと思ってるところの彼岸花さん,というかんじでしょうか,ね

そのちがいは性格や,やさしさ,のちがいでしょう,
それはあるものの,だから本来ならそんなこと指摘せず だまってるべきなんでしょうが,このさいだから書きましたが。

性格のちがいから見えてるものに違いがある,其違って見えてしまうわたしの考え,わたしの見ている世間のすがたをかいたんです

對手は考えてないわけじゃなく,大ざっぱな考えでもってよく考えて,安倍を積極的支持もしくは消極的追認してるんです。

『AかBか、白か黒か、という二分法的思考で物事を語り、物事を決定して
いくことの危険さである。』

などという,寛容,非寛容の程度の問題は・・・・・・・そんな問題はもうとっくに終わってる。それは戦後から去年おととしまでのりべらるの幻想にすぎません

いまはもうそんな段階ではない,ということです

わたしにはその分断が見えてしかたないんです。思想を語らない日本人,VS思想を学んでアレルギーを克服しようとしている若者という分断が見えます。

じぶんのとこであげてる奥田愛基のことばにはそれが見えるんです。
自分で信じてることを信じてると叫んでなにがわるいんですか?と。

もうそういうのやめてください,という悲鳴のようにきこえます。

日本は意見を言わないことを良しとしてきた。空気読みを良しとしてきた。忖度するのがりべらるの寛容なんだ,あるいはお前らだまってろと,押さえつけられてきた。それはおかしいんじゃないですか?と声を上げてみた。

そしたらこんどは,学生なのにそれは偉いね,自分の意見をいえるんだ,というあたたかい(=なまぬるい)目線です。

それかお前ら本気の抵抗か?それなら国会前でゴミなんかひろうなよ,まだひよっこだな,とバカにする視線。

殺害するぞなんて言ってるやつらは,国会前の若者は利己主義だなんてこうげきするやつらは論外ですが,むしろ反安倍の身内と思えた人たちに違和感を感じ始めてる。

日本を覆ってきた「りべらるにとっての戦後レジーム」に違和感を感じている

これは思想アレルギー(=忖度),リテラシーの欠如(=マスコミの情報操作),古い左翼のプライド(アカ恐怖),いろいろあるかとおもいますが,根底にドカッとあるのはね,

細かくいろいろ考えて自分の意見を持ち,議論することを,尊いかけがえない,自由,権利であり義務なんだということを,そこに尊い価値を見出してこなかった日本,そういうKY人をみとめてこなかったから,こうなってるんだと思います。


若者とよく話をしますが,彼らの中に自分はレフトだと自覚して,これはイデオロギーの戰いだと思ってるやつは見ればすぐわかる,というのです。それがわたしにはうらやましいのです。

意見を持った若者が増えてるんです,ラデイカルな若者が。

「僕たちはあなた方のやり方はダメだ,と言ってるんです。
そのような分断が世界にあることを自覚してますよ。世界とイデオロギーでつながってる人たちがっ僕には見える」
といってるんです。
その見えてるイデオロギーとは何か?それは私はわかりませんが,人がかんがえて志向する理想というのは,古代から変っていない。何千年も前からかわってない。
たまたま時代によってさまざま・・・・たとえばレフト,自由戦線,リベラリズム,
枝盛らの自由民権,ルソー,ソクラテス,様々なづけられてきましたが人が志向する
究極の理想は,大体同じではないですか?ということ,それを時代時代の思想としての名づけがあり,それでもって社会を理解しようとしてきたんです人類は。

イギリスの若者についてわたしが感じたことと同じことを言ってる日本の若者はたくさんいる,精神的連帯がみえるんです,ということです。 連帯がみえるということは,分断があるということです。

そしてそういう人たちの戰いをなんとなく「啓蒙」しようとして大人たちは,うしろから,まあまあそう尖がらないで,解決しよう。だまされてるひとたちをまず,と。なんとかしなきゃ,と



 「騙されてる人たちがいる,その人たちは安倍の本性を知らないからだ,
 知ればきっと安倍を怖いと思ってくれるだろう,わたしたちに賛成してくれるだろう,」

そう思ってしまってることを,みなおしませんか?それがおとぎ話じゃないんですか?ということです,わたしがいいたいのは。


与党支持者はおいしいから支持してるんです。それが何を意味するか,戰爭につながる道だと知ってて敢えて選んでる,そういうひとたちと,まあそれでいいんじゃない,と思って無関心なヒトたち。

このひとたちに,いくら安倍ノミクスをアホノミクスといい,戰爭はハンタイといって,いくら「啓蒙」しようとしても無駄ですよ,ということです

圧倒的多数は経済政策というより武力行使も辞さないというアベを心のどこかで支持している。
南沙の反応を見てると,あきらかに,そうおもえます。


だまされてるひとなんかいないんです。いるとすれば,

「騙されてる人がいて,そのひとは騙されて安倍を支持している」,そのようにだまされてるんだとおもいます




わたしがむしろ痛快なのは「極少数派」が,「少数派」にふえたこと,です。
政治を語れる人が増えたこと,イデオロギーや意見を盲信するのでなく,アレルギーで否定するのでなく,それを道具として使いこなす人が少し増えてきたな,という実感です。

安倍のおかげでこうなってるんです。


PS:そうか><
「いいかたがきついかもしれませんが。 」とかいたから彼岸花さんに対して言ってると思われたのですね,そうじゃなく,言い方がきついというのは「あまりにも身もフタもないことを言ってしまいますが」ということです。ひごろ玄はいいたいことはっきり言ってると想われてるかもしれませんが本音中の本音を,いってしまいます,という意味です。


認識の整理をもう一度だけ,させてください。というのは,あくまで「認識の整理」です。

わたしの認識はこうなんです,ということです。
ちゃんと記事読んでますし,イギリスの保育士さんの女性のとこも最初に記事を読んだときにちゃんと見に行ってますし。
彼岸花さん紹介されたとこは必ずわたしは見に行ってますよ。いつも。
記事もしっかり熟読してます。このブログの,そうとうまじめな読者であることだけはまちがいないですよ,わたしは

Re: 玄さんへ

玄さん。こんにちは。

いえいえ。納得できないことがあったら、いつでも何度でもおっしゃって下さい。
私が誤解していること、考えの足りないことがいっぱいあろうかと思います。

前半の部分は本当にご指摘、心に痛いです…

『「愚民を啓蒙して」反安倍をふややさくてはいかん,これは反安倍陣営のもつ間違った現状認識だとおもいます。
幻想にすぎないとおもいます。』

というところなど、ほんとに痛い…。
私の書き方にも、そういう『上から目線』のようなところが見え隠れするの
かもしれません。

ただ、これは私の記事の書きようが悪かったので誤解なきように行っておきますが、
移民に職を奪われていると言って怒る人々のことを書いていますが、そしてその
気持ちもわからなくはないと書いていますが、ただ「わからなくはないですがね」と
言っているだけであって、私がこういう人の側に立っているということでは全くありません。
また、こういう人々を批判しているのでも勿論ありません。
そしてさらに、
『あおりによって右往左往する愚民たち,人を排斥するのは弱者同士だ』
というようなことを言いたいつもりも、全く無いです。
そもそもそんなことおもってもみない。

いろんな階層、年齢、地域の人が離脱を望んだと思います。その中には、
実際、自分が就職できなくて怒った人もいるでしょうし、煽りに乗せられて『移民のせいだ!』
と思った人もいるだろう、ということです。特定の層の人が煽りに乗せられやすくて、移民の
せいにした、などとは全然思っていません。

私があの記事で言いたかったのは、『自分の職が移民に奪われた、と思う前に、移民を
低い賃金で働かせて膨大な利益を得ている仲介業者や国際ブローカーのような人たちが
いるということを考えてごらんなさい』ということだったのです。本来時給千円で
働らかせるところを5~600円で移民を雇って人件費を抑える人々。もしかすると
差額の400円をピンはねしているのかもしれない。
本当の敵は移民じゃない。そうやって賃金をダンピングしたりピンはねして自分たちが
不当に利益を得るような人間たちがいる。本当の敵はそういう人間たちであって、
(移民のせいで)職にあぶれたと思っているあなたたちも、移民の人々も同じ被害者じゃないの?
ということが言いたかっただけなのです。

また、移民に関する情報も、正しく報道されているかどうかわかりませんよ、ということを。
物事の表面を見ないで、奥で行われていることを考えてみよう、ということが言いたかったのです。
そしてそれを私が言っている相手は決して、弱者…労働者階級の人に、ではありません。
『移民のせいだ』という言論の仕方をするすべての人に、です。

そもそも、今回の英国のEU離脱のことに関しては、教育程度とか、年齢層とかその属する階層によって、
離脱派と残留派がくっきり分かれた、と言うような報告がずいぶんありましたが、
私も、決してそんな単純なものではないと、当然思っています。

それが証拠に、さまざまにこのことを語る中で一番自分の考えに近いものとして、記事の最後に、
あるブログをご紹介もしています。労働者に対する想いもほぼこの人の書いていることに近いです。
このブログです。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/bradymikako/20160625-00059237/

本当は、このEU離脱問題のこのページは、記事の続きがあるはずでした。
もっと先まで自分が考えていることを書いておかねばならないなあとは思っていたのですが、
参院選が迫っていることではあり、記事自体が中途半端に終わってしまいました。
それで、誤解を与えてしまったかもしれません。
私は決して、弱者が弱者をいじめるという構図を思い描いてなどいません。

私が触れたかったのは、コービンや、ポデモスのことです。
彼らは労働者側の視点をもった人々です。だからこそ、
「『離脱』を唱える人々をイコールレイシスト、と決めつけるのはおかしい」というコービンの言葉も
出てきたのでしょう。そんな単純な割り切り方に異論を唱えたのでしょう。
一方で、党としてはコービンは『残留』と表明せざるを得なかった。
その中途半端さで、コービンは批判され、労働党党首を下ろされそうになっています。
EUの存在意義も、EU自体が抱える問題も、英国の労働者の実情も、一番客観的に
見ていたのは、イギリスの政治家の中ではおそらくコービンだったろうと思います。
彼が本当は、この問題の解決に一番ふさわしい人であるかもしれない。
それなのに、『離脱か残留か』『離脱派イコール地方の低学歴の労働者層』
『残留派イコール高学歴層のロンドンっ子』という二分法論的問題の単純化の中で、
残留とも離脱ともどちらとも単純には態度を決めかねたコービンが批判されることになりました…
単純化される論議の中で、『良識』や健全な判断の出来るものが逆にはじき出されてしまった…!

問題はもっと英国の実情の深いところにある…私はそう思っています。
本当は、国民投票にかけるべき問題ではなかった。それが私の言いたいことでした。

本当はこのあたりのところを最後まで書いておくべきだったのですが、途中で記事をやめたために、
私も『離脱派の煽りに乗せられたのは「愚かな」労働者層』と考えているというように見えたかもしれません…

それはそもそも自分にそういうところがあるからなのだろうなあ…と寂しく思います。
ううん。指摘されたことが寂しいのじゃないです。
いつもね、日々自分でも感じて。どうにかしないといけないなあと思っていることだから。
今日もね。投票日前の最後の活動、と思って、ビラ配り行って来たんですよ。
…ほんと。反応薄かったです……
暗澹とするくらい。
これが、日本の将来を左右する選挙の街の風景か!と。

きっとね。私がそういうふうに思うこと自体が、もうどこかおかしいんでしょうね…
街ゆく人を情けなく思う。そのことが。
やはり私の中に偏見があるのだろう…

そんな気持ちでは、人にものが伝えられるはずがない。
現に、反対の声は一向に広がっていきません…。
広がるどころか、声を上げれば上げるほど…、誰かが熱く語れば語るほど…
人は引いていく気がします…。
街角に立って、日々それを感じてきました…
この運動には決定的な欠陥があるぞ。これでは想いが伝わっていくはずがない、と。


民衆はばかじゃない。
何も反応しなかったからと言って、何も考えていないということじゃない。
みんなが考えた末に、安倍さんを選ぶのなら、それも仕方ないと思います。
負けは負け。

今回負けても、民衆がまた別の判断をする時がいつかくるかもしれないです。
長い目で見れば、どこの歴史を見てもそうやって人々は来ているのかも。

ただね。このEU離脱の記事のシリーズで私が一番訴えたかったのは、
『ポピュリストたちに煽られる一般大衆の愚昧さ』というそこのところではなく、
『情報』というものの与えられ方、受け止め方、というそこの点だったのです。
日本でいよいよ参院選、その結果としての国民投票がおそらく近づいている…
その時、判断に必要な情報はどのように与えられ、人々はそれにどう反応するか、ということに
私の心配はありました。

私がちょっと極端にこの参院選の行方を憂えるのは、この政権が
今までの自民党政権と違うからなんですね。
『美しい国』とかそういうことじゃないんです。
何が違うか、と言うと、『教育』と『報道の自由』に甚だしく手を突っ込んでくる、
ということなの。
『教育改革』にこだわりがあって、皇国史観、歴史修正主義的な政権は他にもあった。
小泉さんなどもそうでしたしね。国立大学の法人化などやったのは彼だ。
でも、小泉氏は、報道にはあまりあからさまに干渉しなかった…。
『教育への干渉』と『報道の自由への干渉』をここまでやる政権は、あまりなかった。

私がなぜ、そのことをすごく問題にするか、というとですね。その二つに国家が
手を入れるようになると、個々人が『自分の頭で考える』というための『基本情報』が
そもそも入口のところで最初から入らないようにカットされたり、歪められたりして
操作されたりすることになってしまうかもしれないからです。

…権力にここをいじられると本当に怖い。

もうすでに日本は、そうなっていると思います。
普通の国民が一番よく見る新聞もテレビも、今は、ほとんど大事なことを言わない。
ネットはあるけれど、お年寄りなど、ネットやらないひとは情報から疎外されている…
ワンフレーズのキャッチーな文言が、まるでそれが全てででもあるかのように
独り歩きして人々の心をつかむ。
それはなにも、権力側だけがやることではないです。
安倍政権に反対する側の『戦争法案』などという文言もそうだと思います。
(私は、この言葉を自分じゃ出来るだけ使いたくない。)
『アベノミクス』も、まるで生き物のように独り歩きしてしまっている。

とりわけ日本における国民投票を私が怖いと思うのはね、衆参両院で三分の二を得て
発議されて、いよいよ国民投票にかけられることになって、60日~180日の
国民の間での熟議の期間を経て投票が行われることになるわけですが、今のこの
新聞テレビなどの報道のありようで、国民に本当に必要な情報が流されるだろうか?
ということなのです。
この、『なにかに忖度する』気配の濃厚な日本のジャーナリズムがそれを本気でするか?と。
もうすでに今回の参院選でも、上っ面の報道ばかりです。

教育もそうです。
『18歳からの選挙権』が与えられはしたものの、学校ででは、子供たちが知りたい、
と思うような、情報が自由に与えれられているだろうか。
学校の教師は、第一次安倍政権時に変えられた教育基本法や教育三法でいろいろ
既に縛られていて、びくびくしながら『主権者教育』とやらをしなければなりません…
ほとんど大事なことは何も教えられないだろう…
『大事なこと』というのは、『批判の目』を養うということです。『考える力』を
養うということです。
でも、ちょっとでも『政権批判』に傾いている、などと判断されると、おそらく
現場の先生たちは注意を受けるだろう。とすれば、通り一遍な無難なことでお茶を
濁すしかない。

報道や教育現場だけではないです。
国民投票の運動そのものが、たくさん規制を受けるでしょう。
国民投票を企図した権力側は、豊富な宣伝費も、指導権も何もかも持っています。
自由に大量の情報を流すことが出来る。
でも、その内容に反対する側は、いろいろな規制を受けます。
ビラ配り一つとったって、さまざまな制約だらけです。
最初っから流すことのできる情報量が圧倒的に違っているだろう。

それで互角の戦いをしなければならないのです。

政権与党が長期的に『教育への干渉』と『報道の自由』に手を入れるということの
怖さはそこにあります。
つまり、情報を管理することによって、国民の思考そのものに手を入れることが
出来る。
これの影響は、1年や2年の単発問題では済まない。10年…あるいは一生、国民の
思考に影響をもちます。

私が安倍政権にとりわけ用心するのはそういう怖さがあるからです。

であれば。『民草』側も、地道な抵抗を日常的に続けていくしかないじゃないですか。

『知らない』ということは怖いことです。
原発の危険もそうだった…
『あんなに怖いものだとは知らなかったんだ。知らされていなかったんだ』という
言葉をあのあとどれほど聞いたことでしょう。
『原発事故のあと私は目覚めた』という人は多いんじゃないかと思います。

知らないひとを馬鹿にしているんじゃ決してないんです。
まして、それが「一般にいう『労働者階層』に無知無関心な人が多い」、なんてこと
私が絶対言いっこないです。
だってね。
ビラ配りの記事にも書きましたが、ただ街角に立っているわけではありません…
街ゆく人を見ながらほんとにいろいろなことを考えています。たかがビラ配りといえど
学ぶことがほんとに多いです。人間を学ぶ、と言ってもいいくらいです…
どんな人が署名をしてくれるか…ずっと見つめてきました……。

『知ること』はすごく大事。
でも、『知る方法』を単に知らない者もいるのです。18歳選挙年齢に達した
子供たちなどもそうです。学校ではほとんど現代史をやる時間がなかったり、選挙権得ても、
多くの子は誰をどうやって選ぶかその判断の方法も知らない。いきなり投票!です。

ただ知って欲しいから語るだけなんです。知る一助になればいいなと願ってる。
おそらくおっしゃるようにこんなブログでそんなことが起きるのは『僥倖』だろう。^^

でも、なんでも伝えていかなければ、『知る』人は増えては行きません。
『教育』というものの力はすごいです。ね、教えていただいた朱徳のなしえたことなど
すごいなあと思ってしまいますよ。

地道に語り続ける…
私にもそれしか出来ることがないと思って、こうしてこんなちっぽけなブログで
ずうっと同じようなこと書き続けています。
まあね。ここを訪れてくださる方々は、私が書くことなどは先刻ご存じの方ばかり
なので、書いて意味あるのかなあと虚しくなることもあるけれど、通りすがりに
一人でも見てくださる方がいらっしゃればまあいいかと。
原発のこともTPPのことも憲法のことも、消費税のことも、言論の自由のことも、
自分の書ける範囲のことはほぼ書いて来ました…。

すごい焦燥感にかられているので、つい、先を急いだり上から目線になることもあるかも。
それは常に反省しているですけれども。

なぜ、焦燥感をそんなに持つのか。
そこら辺が、わたしがちょっと少し違うことなのかもしれません。
まずはいつも言うけれど、年のせい。自分のいなくなった後のことが見られないから心配。><

それと。私はね。前にもコメント欄かなにかでどなたかに書いたかもしれないけれども、
道が一本ありますね。…分かれ道にさしかかる…大事な分かれ道です
国の行方を左右するような。
その時にね。別れ道のところで『そっち行くと危険だから、引き返そうよ!』と
いうタイプなんです。
これは普段の生活でもそう。『だ~いじょうぶだから、いこうよ!平気だってば!』と
いうタイプじゃない。
二股に分かれた道を、ずんずん先まで行ってしまうと、その道がまずいな!と気付いた
時に、引き返すのが大変ですよね。もしかしたらもう引き返せなくなってるかも。
でも、ちょっとだけ進んだくらいなら、ポンと別の道にジャンプして移ることだってできる。

もしこれが戦争などに続く道かもしれなければ、それは極めて用心深く、そっちの方向に
行かないようにしたいと思います。言論の自由の封殺に続く道であるような臭いがすれば、
そっちに行かないように言いたい。
その道をずんずん進むと、それこそ後戻りできないからです。
抵抗するための言論も封殺されてしまい、その思考のための言論情報も入ってこなくなる。

多分、私の『老婆心』が、余計なことを言わせ、余計なことを書かせるのでしょう。
娘にも昔、言われたことがありますよ~~。高校2年くらいだったかな。

『ママはね。昔っからそうだった。あたしが4歳かそのくらいの頃、ジャングルジムに
行くのに、直線の道をいけば近いのに、わざわざ三角形の二辺にあたる道を選ぶのを
団地の窓から見ていて、あとであたしを怒ったでしょ。みんな直線の道を選んだのに
あたしだけ遠回りしていって、結局ジャングルジムに乗せてもらえなかった。
どうして近い方をいかないのかなあ!って。』
『ママはいつでもそう。あたしが失敗しないよう無駄をしないよう、注意してくれるのは
ありがたいと思うよ。でも、子供というものは、自分で失敗して痛い目にもあって、
自分で学ばないとわからないもんなんだよ』


と。(爆)
それを娘に言われた時の状況というのが、また爆笑ものの状況だったのですが、
まあそれは省いておきます。
『なるほどなあ…もっともだ』と、返す言葉もなかったですが、そこで私は
深く反省し学んだつもりだったのですが、人の性根というものはなかなか変わらないようで。(苦笑)

『変わらない』と今言ったばかりで矛盾するようですが、なんかね~。
『人は(知ることで)変わる』とまだ思ってるんですね。
私が、娘の言葉で少しは『気づき』があったように。そこから、『母』としての私は
すごい変わった、と思いますもん。

まあ、そんな自分のことはともかく。
『知れば人は考えを変える(余地がある)』…『人は学んでいく…』
『そして考えるようになる』…

原発、などはその最たるものではないでしょうか。
その『知る』ことをそもそも阻害するものは、許せないんですよ。
安倍政権は、憲法自体を変えようとしているんですからね。『言論の自由』
『報道の自由』さまざまな『自由』に制限をつけようとしているのです。

この道は、踏み間違うと影響が大きすぎる…



SEALDsの奥田青年が、社会に組み込まれていくだろう、とは私も全然思っていません。^^
70年代の全共闘運動だってね。彼らの多くは社会に飲みこまれていったけれど、若い日の
経験が無駄になっている、とは、私全然思わないんですよ。
そしてね。中心メンバーの多くは、自分の生き方をね、貫いている人が多いんじゃないかな。
静かに。ひっそりと。世間から身を隠して。だが強靭に。

私がときどき悲しくなるのは、私がまだ『カノン』というようなものをしっかりと
持っていない理解していないからでしょうね。自分の信念の軸が時々揺らぐ…
3日後。どど~んと落ち込んでいるんだろうなあ…(笑)

玄さんのこれを書いてくださったお気持ち。感謝です。
心配してくださってほんとにありがとう。
私はなんとかだいじょうぶ。
性懲りもなく書き続けます。


言説

いいかたがきついかもしれませんが。

本音中の本音,しつこいようですがやっはりわたしの考えをいわせてください,
というか認識の整理をもう一度だけ,させてください。

『移民は生きるための經濟活動ですね,労働者が職を奪われる,だから移民を排斥する,これはおとぎ話だとお思います』

と書いた意味ですが
わたしがね,「おとぎ話だと思う」のは・・・・。うまくつたわるかどうか・・・。

「労働者が職を奪われる」と煽られる,それがおとぎばなしで,なぜかそういうおとぎ話をうのみにしてしまう,弱者,衆愚,そういう言説があるよね

と,こういってるんじゃないんです。
そうでなく・・・。

「だからこそ,弱者は自分より弱いもの,つまり移民を排斥するものだ」という認識が,定着してきているけれど
ほんとにそうですか?と。
つまり・・・・「あおりによって右往左往する愚民たち,人を排斥するのは弱者同士だ」,という部分が,それがつくられたおとぎ話ではないでしょうか?


現実にはたしかにそう見えます。いじめもあります,差別もあります。しかしそれこそが
強者の歴史がつくってみせてきた壮大なおとぎ話だ,とおもうのです

そもそも労働者は移民を排斥するものでしょうか?
わたしはそうおもいません,そうおもわされてるにすぎない。語弊をおそれずはっきりいえば・・・それが・・・・左と右の思想のわかれ目なのです。

さらにいえば,弱いものが弱いものに怒りをぶつける,そういうことは確かに日常おこります
しかし,些細なことです。だからヘイトスピーチがおこるんじゃないですよね
労働者やホームレスがヘイトスピーチするでしょうか?

最初はわたしもネトウヨやヘイトは「嫉妬や絶望からくる憎悪表現」,そんなふうかなと思いました。
しかしほんらい「弱者」はそもそもそんなこと考えもしない,とわたしにはおもえてきました,

そもそもそんなヒマもありません。
また,逆に多少のゆとり,「奪われるもの」を持つものは一番扇動されやすいか?といえばそれも違うと思います。
それは扇動や,風評などという抽象的なものでなく,現実に守るものがあるからこそ具体性あるからまもろうとし,奪おうとするものを憎悪し,さらにはまもるために扇動さえするんです。
扇動やごまかされることで安倍ノミクスを支持してしまう愚民,じゃなく,安倍ノミクスがおいしいから支持するんではないでしょうか。侵略もそうだったんではないですか?

子供はいざ知らずほんとうに大人たちは大東亜共栄の理想を信じて侵略に加担したのでしょうか?それと,おなじおとぎ話だと思います。

「騙される民」,ではなく「目ざめない民,目覚めるすべも,ひまもない民」それがいざ悪い結果になった時責任を負わされてきた,無数の民でもありましょう?
「扇動によって煽られその氣になってしまう民」,これが強者が作り出して,歴史,のならいとしてきたおとぎ話です

弱者がいたわりあう姿,これが弱者の本来の姿だとおもいます。
決めつけてはいけませんが,歴史を見てきてこういう「事実」の因果關係,説得力ある具体例もたくさんあります,
「だから弱者なんだ,いつまでたっても弱者は弱者のままなんだ,」
今の固定化してきた格差,その現実,ということですが。このことひとつとっても,おもいあたりませんか?

国,國家,焦土にたちつくすかなしみのなかで無謀な戰爭の後始末,原発事故の収束,だれがそれをしてきましたか?
これまで。

普通の民です。まもるものなどもたぬ「無産」の民が大地を,よくしようとがんばる,そういう草の意志がある。無産だからこそ,ゼロから始められるのです。そもそも「有産」は自分のものを守る,やるべき利己があるんです。

すべて失った, “國” さえを失った中國の民は最後に守るものさえ,つまり家族の命ですが,それさえうしなった,残された自分のやることはなにか?
「最少抵抗線」の概念,「主権在民」の自覚です。そこからまたはじまる

だから文明も思想もうまれかわれ発展する, “國” のかたちもやがて亡びてふたたび國家の建設がおこるんです。日本一国ではたまたまそれは起きませんが。
國というのは何千年も前からそういうふうにできているとおもいます
それが「保天下者,匹夫有責」の意味ですね。
保守も革新もない,ただの草民ひとりひとりが,苦難の末によくよくかんがえた結果がそうさせる。道理は常に嚴としてある,

易姓革命が起きる,それを起こしてきた草民の持つ唯一の有,資質,「資産」が道理です。デモクラシーといってもいいかもしれません
「楽観」,といういいかたもできると思います。「理想」といういみでもあり,歴史の理であり,人の思いであり,
わたしが考える「自由」という言葉が自ずから持つ言葉の意味でもあり,そのモチベイトです。

「愚民を啓蒙して」反安倍をふややさくてはいかん,これは反安倍陣営のもつ間違った現状認識だとおもいます。
幻想にすぎないとおもいます,

解っている人はよくわかっている,それがひとが一票を投じる動機です。
少なくともこの日本では。強制がない限り,投票はわかってるひとがするんですから,わからないひとは考えてもみない人,です。つまり現状追認,です。安倍の追認です。


こういういいかたをすれば,彼岸花さんはわかってくださるとおもいますが
弱者,労働者が職を奪われる不安,そこからサベツや排斥が起こるという,そのとらえかた。
その言説はいまもむかしもおとぎ話で,だれがつくったおとぎばなしか?それをうったえていた,その答えをわたしにわからせてくれたのが例えば黑島傳治や瞿秋白の文学です,「プロレットカルト」の正しい定義です,そしてプロ文芸の意義,価値だと思います
もっといえば
戦時中,普通の兵卒が上官にいじめられ,虐められた兵隊がこんどは新米兵を,学徒兵を虐める,たしかにそういう側面もあった,シベリアの収容所のなかでさえ階級社会があった
しかし,本質的に「人」はそうでしょうか?
そしてたとえば田村高広の有田三年兵のようなひとはたしかにいたんだ,ということを信じられるか。彼岸花さんは確かそうおっしゃいました,鹿地亘の平和村などまさにそういう兵隊たちがつくったものでした

さまざま不満や不安からデモはおこるでしょう,
でも極右がいったい,誰を代弁してるでしょうか?かりにだまされて扇動されてるいる支持者はいたとしても少数であって,大多数の労働者や弱者の真の気持ちを代弁している,とはおもえませんよね。

いろいろかんがえてしまえば,追認者はあまりにも多い。「悲観」的にならざるを得ない,けれども
そうではない,な,と。あおられだまされてるひとたちが多いのではなく,只何も言わず投票もせず追認するだけで・・・・つまり満足できてる人といっていいのかもしれませんそういうひとたち,そして考える暇もない人たち、そういう人が圧倒的に多い。この現実は認めなければ。

かんがえることがだいじです。安倍支持者もそうです考えた結果です。
そしてね,選挙は終わってもまた違う頑張りはある,

歴史を振り返りずっとかんがえてきた結果,どうもおとぎ話にすぎない,そういうことだともしおもわれるなら。
自分はどちらがわに強く惹かれ,そのことをどうおもっているのか。それが個人の「認識」で,思想ですが。

そういう意志の一方が,たまたまレフト,と,名づけられてる歴史がある,二つに分断されるの二つの性格とはいつの時代もそういうものです。ですが,
いつしか
「レフト」がして爛熟して逆になっていく,つまり強者になっていく,それはたとえば今の中共です,スターリンです,もはや以前の信じ理念をもたない,おとぎ話をつくりはじめる強権者です,かれらは帝政時代は完全な弱者だった人に支えられて勝ち取った政權です。西欧,歐米の自由思想,民主思想とはそういうものです。日本ではこんなことをいうと,敬遠もしくは冷笑,差別されますが。歐米では日本で考えるよりずっとこ,わたしがいう所謂「レフト」たちは強者にとっては脅威です。それは民主主義が自力で生み出された生みの苦しみがあるからです

わたしの考え方に過ぎませんが,わたしがたどり着いた結論であり。
「だいじなもの」です
いいかえれば,理想やカノンをしんじられるか,また,それをひとりひとりがことばにできるか,何の恐れ気もなく口にだせるか。忖度せず,自粛せず。
ギリシャローマの昔からそれが「自由」であり,民主であり。ことばであり,レゾンデートルであり・・・・,ということだと。

じつはそこを信じられるかどうかが,わたしがかんがえる「理」の分かれ目にすぎない,思想,とはそんなおおざっぱなものである,ともいえるかもしれません。
それが,ひとが一人一人が個人として孤独に考えて,思想を持たなくては,理想をもたなくてはだめだ,AかBか言葉にできなきゃ何も言ってないのと同じ。
億,兆,京,垓の想という,鄒容の謂う意味なんだとおもいます。

おとぎばなしとはなにか?はっきりいってしまえば上の “層”からの, 上から目線の「啓蒙」,(いや正しくは蒙蔽というべきですが)という発想です。枝盛六花に対りつするバークの,加藤弘之のやりかた,といういいかたもできるかもしれません

層というのは階級や所得格差の場合ももちろんありますが・・・上は少数,下は多数かもしれません,さまざまな階層がくらいあって,銜えあって社会が成熟,爛熟していく過程でできてしまう身分,生活レベル,偏差。

そういう様様階層すべてにおいて,それぞれの分断がある,「立場」の分かれ目です。
その分断線は,じつはどこを見ても,人類世界,どこにおいても共通する,普遍的なものではないでしょうか。「労働者の困難は世界に共通だからおいておくとして,」と書いたのもそういう意味です。それを水平にならすのはだれなのか。
ということです
朱徳らが言う「階級の問題」,というのもそういうことではないでしょうか。

このことは,「信じるものがあるから楽観できる」,というか,わたしが信じているもの,ということにすぎませんがね。

そしてね,結果さえよければ,この結果も検討しなかった,そうなんでしょうか?
あらかじめ結果を考えてみたことのある,つまりはAかBかを常に検討して考えてる人なら,自らの価値観を持ってると自覚する人なら結果がどうあれ,好むものであれ好まぬものであれ,やはり考えるでしょう?そう思います。
そうでなければ,そもそも「考えをもつ」とはいえません。人はしょせん好みでものを言ってると達観するのもありですが。好みに裏付けをくっつけるのが思想でもあるわけです。

だからこそ,AかBか白か黒か,と「考えをもつ」ことはたいせつなことだとおもうのです。問題はAかBか,きめつける,きめたらもう考えないという態度がいけないのであって,(しかしひとの価値觀というのはそうそう変りませんがね)

本質的にじぶんの考え・・・理想をもっていること,必須だと,思います。声を大にしていいたい,忖度することこれは何も言ってないのと同じなんです。

わたしだって,ささいなことでは,黙ります。社会のルールやマナーでもって忖度します。今はひとと対立してもそれぞれ自分のかんがえをもつ,それを口にできる環境を大切におもえるかどうか,その瀬戸際ですよね,ここはわたしも彼岸花さんも同じことを考えているのではないかと思っています。

でも考えを口にできる若いひとがでてきたこと,そして自己規制してしまう過剰にだまるひとも増えてきた。

これがこの何年かの変化です。今の若い人が声を上げ始めたこと,これはかつてのアンポ学生とは違うと思います。解散したからといって企業戦士になれるはずもない時代です。
現状を変えたい,切実に思った自覚した声,だと思います。奥田愛基に転向のみちはのこされてるとおもいますか?社会がそれを許さないでしょう,リスクを感じながら,殺すと言われながら声を上げているひとたちがいる。そして彼岸花さんも街頭に立って,冷笑され,罵声を浴びながらそれでも声を出してる。わたしには,なぜ一人で考えると悲観的になってしまうという彼岸花さんの気持ちがよくわかりませんww

もうひとつの変革を求める声,つまり改憲ですが,これも考える声です。どちらが多数かまだわかりませんが,改革を求める声がつよいことはわたしは観念しています。軍備増強を願う人々は非常に多い。中國を恐れるあまり,です。この岩盤はかたい,九条守ろうという理想よりずっと固い岩盤だとおもいますが,それはわたしにはかなしいことですが,扇動だけでそうなっているのではない,そう思うのです

投票の機会は,ひとが「意志を意見する」,という動機を与えてくれます
とくに日本の場合は,意見をいいたくても言えない人に義務や勇気を与えるものです,その意味において絶対に価値がある,わたしもそう思います。

そもそも意見がないひと,これは,論外なんです。意見をいわないひと=黙って追認です。

そのことが何を意味するかといえば。YesかNOがはっきりしている国民投票にかぎっては
投票率がひくいということはひくければひくいほど,当選したほうの側の正当性が増す,つまり多数を代表するということです。

今度の選挙もそういう意味合いはつよい。我我サイドがまければ圧倒的負けです。少数の反安倍,少数の安倍支持者,そして現状追認者この三種がある。それはしかし今後,変りうる負け,ではありましょう,ありましょうが,向うは圧倒的勝ちということになるんです。
こっちはたとえ勝ったとしても,棄権,現状追認が圧倒的に多いという日本の現実。このことが重い現実です。仮にこの選挙で「好み」いの結果が出たとして。いざ国民投票になれば・・・・。

すべてのひとがじぶんでかんがえるようになればいい。
ただし。そのあかつきに,自分の考えが少数派であることは十分考えられます。
それは認めざるを得ない。人の考えはなかなか左右できるものではない。
かといって彼岸花さんが書いてる記事が無駄だと思うということではありません,自分の考えを書く,そのことに一番の意味がある,と思います。それによってその記事によって考えを変えてくれるかもしれない,それは僥倖であり,絶対ないとは全然思いませんが,おまけがついてくる,というようなものではないでしょうか?さげすんで言ってるのではなく,人の考えを変える,ということはそれほど大変なことだとおもうのです。結果がどうあれ落胆しないでください。

考えた結果日本人は “自由と民主” をえらばず “独裁と經濟”をえらぶ。
そういうことも起こりうる,特に日本の近代の歴史を考えれば・・・。追随が空気讀みが,非常に多いですから,かんがえた結果改憲につきすすむことはおおいにある。

そういうことをかんがえてしまう。それを,「わたしは諦観している」とは,いうでしょう
しかし。 一概に悲観するとはいえないのです
極端なことを言えば
少数であることが自分にとって哀しみべきことか,あるいは楽しいな,とおもえることか?ということだって,あります

それをこそほんとうの悲観,もしくは楽観というのですww
とことん考えなければ,自分が悲観か楽観かどうかさえよくわからない
ただね,あえてこういうことを口にだしてしまう,言わなくてもいいこと口に出す人,わたしのようなのを,のーテンキというのです。

人に嫌われますがそれさえ気にならない。人からどう思われてもかまわない,たしかにだから究極の楽観者にすぎない,そうなのかもしれませんが。

Re:MATZ-TSさんへ

MATS-TSさん、こんばんは。

テーマも目的も違えど、英国の国民投票の結果。他人事とは思えませんね。
いや、結果云々がどうだった、ということより、国民投票ということそのものの
はらむ問題性と、投票に至るまでの過程については、ほんとに学ばされるし
考えさせられることが多いです。

そうですねえ…
ほんと。こういう行事性の強い方法は、民意が良くも悪くも拡大されて
結果として出てきがちなので、本当に怖いです。

そして。投票者に与えられる『情報』の質と量、ということも、大きな問題ですね。
それらの情報を取捨選択し読み解いていく力が、まず求められますし。

この政治に関心が薄い日本で、ジャーナリズムと言論の力の衰退した日本で、
しかも安倍氏らが作った『国民投票法』の下で、わずか60~180日の間に、
それが公正に行われるのか!という不安が、もうとても大きいです。

なんとか、この参院選で、その改憲の芽を摘み取りたいんだけれど。

ありがとうございます。
あきらめません。

Re:MATZ-TS

> 彼岸花さん 今晩は。MATZ-TSです。 この記事、一気に読みました。
>
> ===
> 逆に、人間というものが根っこにどうしようもなく持っている『飽くなき欲望』が、野放しに解き放たれて、この世界は、また混迷の度合いを深めていくのだろうか…。
> ===
>
> ・・・・う~む。。英国のEU離脱問題、経済面で大きくクローズアップされてますが、人間の根っこにある種々の「欲望」・・・単に金や名誉がほしい、というだけではなく、逃避、羨望、憎しみ、自己防衛、・・ それらが、権力、技術、・・・物質的なパワーによって、大きく増幅されて世界中に悪影響を与えていく、そのような恐ろしい波動が、地球上に折り重なっているような、 そして、今後それがますます増幅されるような予感がしています。
>
>  ただし、希望を捨てているわけではないですよ。まだやれることはあるはず!

Re:みりねさんへ

みりねさん。
お久しぶりです!

コメントありがとうございます。

そうですねえ…
ご指摘の通り、もし残留派が勝っていたら、これほど長い記事は書いていなかった
だろうと思います。そのまま、すっとやり過ごしていたでしょう。
何しろ今の私にとっては、改憲勢力三分の二が第一の懸念ですから、選挙の
記事を書き続けていただろうと思います。^^

『だぶん安堵の気持から、それ以上は何も考えなかったと思うのです。』

みりねさんのおっしゃる通りだったでしょう。

けれどもね。国民投票に関しては、私は今の時期だからこそ、平気でいられない。
そもそも私は、国民投票反対論者です。
ん~、というと正確でないかな。
自民党政権下での『改憲』に特化した国民投票、に反対、ということです。
そもそも日本の国民投票法は、第一次安倍政権が改憲の第一ステップとして
その任期中にまず成立させることを悲願として、実現したものです。

世界には、国民投票で大事な国策を決める国がいくつもあって、国民投票が
常態化しているスイス、などもあります。
スイスでは、国民の直接政治に参加する手段として、国民投票というものが
定着し、おそらくその手順も国民の意識も練り上げられているでしょう。
それはそれで私は一つのあり方かと思います。
また、よりちいさな問題を住民に問う『住民投票』というものも全面的に否定は
しません。

ただ、どこの国で行われようと、国民投票で私が強く反対するのは、それが
特定の権力集団の主導で目論まれる時です。
国民投票は、過去の歴史を見ても、得てしてその危険を帯びることが多い。

もし残留派が勝っていても、英国のEU離脱と絡めて書いたかどうかはわかりませんが、
いずれ日本でも国会による改憲発議が現実となって、国民投票が行われる、という日が
残念ながら近いでしょう。
だから、近日必ず、国民投票については、同じように熱く記事を書いていただろうと思います。
安倍政権下で成立した『国民投票法』には、問題点が山ほどあるからです。
それについては、ほんとに近いうち書きます。

『それどころか国民投票を、直接民主制として絶賛していたかもしれない。
都合のいい結果なら、洗練された民主主義、
都合の悪い結果なら、衆愚のポピュリズムになるのは変ですよね。』

とおっしゃるお気持ちはとてもよくわかります。ほんとそうですね。
自分でも、そのことは考えました。
そういう矛盾は常にあるのです。例えば、私は今、参院で『ねじれを生もう』と
主張していますが、民主党政権の時には『ねじれ』を生んだ国民に怒っていたのですから。
ご都合主義もいいところですよね。それは自覚しています。
でもなあ、今は憲法の危機ですから。衆参で『ねじれ』になって欲しい!(苦笑)


少なくとも日本における国民投票に関しては、私には、今の『国民投票法』
の下での国民投票を、肯定するつもりは全くないです。
そもそも日本国憲法を変えない、というのが私の基本ですから、自民党政権の
提案した『改憲に特化した国民投票』に、持って行きたいわけがない。

みりねさんはご記憶かどうかはわかりませんけれども、数年前、私は、
『脱原発を求める都民投票』のための署名集めをしていたことがありました。
原発都民投票を実施するためにはまず都議会に請願しなければならない。
そのためには一定の署名数がいる。そのための署名集め、というまどろっこしい
ものでした。
その時に書いているはずですが、そもそも都民投票、という方法自体には
私は疑問を持っていました。ただ、都議会に請願するための署名をやるという。
その頃日本の他の土地でも脱原発反原発のグループが住民投票やろうと
立ち上がっていました。
東京都で、都民投票どころか、その請願のための必要署名数さえ集まらない、
というのでは、全国のその動きに水を差してしまいます。
だから、署名集めには協力しました…。負けるわけにいかなかったからです。

しかしそれ以外は、国民投票にはもともと私は懐疑的です。
そのことはもう記事やコメントで何回も書いてきていることです。
まして上からの発議など、まずハリネズミみたいになって用心しますね。
安倍政権を私がこんなに嫌うのは、彼が第一次政権で、この国民投票法を
成立させ、また教育基本法、教育関連三法をいじったからです。
(防衛庁を防衛省に格上げしたこともそうでしたが。)

ドイツの例で国民投票法というものが極めて危険をはらんでいるものと
思っていたのでなおさらでした。
自国のことだけでなく、よその国であっても、危惧してしまいます。

まあ、英国民の下した決定については、確かによその国の人がとやかく言う問題
ではないですね。
そこから何が学べるかということだけで。

みりねさんがおっしゃるように、『なぜ、残留派は、
離脱に傾く国民への説得に、なぜ失敗したのかということです。』という
そこのところはとても大事ですよね!
…そのことは日々自分の問題として痛感しています…
なぜ、改憲反対派は、その心配を多くの人々にうまく伝えていくことが出来ないのか、
なぜ、この憲法の危機をもっと広く多くの人に伝えられないのか、
という問題と同じですもの……
何か運動をやればやるほど人々の心が離れていくような焦燥感があります…。

たった一人駅前の雑踏の中に立っているのは、正直言って怖いですよ。
いつ、悪意を持った人に攻撃されるかもしれない。いつも背中がすうすう寒いような
感じがありました。前から来る人だって怖いです。
署名してくれるために急ぎ足で来る男の人を、攻撃してくる?と身構えたこともある。
それでも、そうやって立っていること自体が、なにか伝えてくれるんじゃ
ないかと思って署名集めもビラ配りも続けました…
各戸配布のポスティングも、生まれて初めてやってみた…
明後日あたりからは、『選挙に行ってね』のスタンディングしようかと思っています。
出来ることは何でもやる。
ブログも筆の遅い私にしてはいっしょけんめい更新しています。

…それでもね。手ごたえなど全然ないです…
毎日ね。こんな運動でいいのかなぁ…って迷ってた。

英国の国民投票の結果を見て、かくも悲しいのは、おそらく、自分たちの国で
もうすぐやることになってしまうかもしれない改憲のための国民投票の
先行きを既に思って心配しているからだろう、ということは自分でもわかっているの。

まあそれでも私個人としては、まだ出来ることはやってみるつもりです。
最後まであきらめない。これらの記事も一所懸命書き続けている。
通りすがりの人に一人でも多く見てもらえればと思って、Q&A形式にしてみたり
出来るだけ大元のところから書き起こして、流れをつかんでもらおうとしたり、
これでもいろいろ、なんとか、憲法に興味ない人でも『へえ、そうなのか!』と
思ってもらえるよう苦心して書いているつもりです。

改憲勢力が三分の二取ってしまったら、いよいよ国民という最後の砦しか
なくなるわけですから、それこそおっしゃるように、憲法に何の興味もない
人をも説得できるよう、わかりやすくて要点をついた論法をね、
自分でも持ってなくちゃいけない。その自分のためのメモ書きの意味もあって
憲法シリーズ書いてます。

安倍政権下での憲法改訂阻止、という目的が同じなら、私は誰でも応援します。
反対の考え持ってる人とだって、街角でいっしょけんめいお話しする。
今はね、迷ったり、内輪で足引っ張り合ったりしてる暇ないの。

これからも戦いは続く。
書くことは山ほどあります…。


みりねさん。
私ね。本気なの。出来るだけのことはとにかくやりたいです。

みりねさんも、あきらめないでくださいね。
いつか、笑い会える日が来るといいですね!
ありがとうございます。



No title

彼岸花さん 今晩は。MATZ-TSです。 この記事、一気に読みました。

===
逆に、人間というものが根っこにどうしようもなく持っている『飽くなき欲望』が、野放しに解き放たれて、この世界は、また混迷の度合いを深めていくのだろうか…。
===

・・・・う~む。。英国のEU離脱問題、経済面で大きくクローズアップされてますが、人間の根っこにある種々の「欲望」・・・単に金や名誉がほしい、というだけではなく、逃避、羨望、憎しみ、自己防衛、・・ それらが、権力、技術、・・・物質的なパワーによって、大きく増幅されて世界中に悪影響を与えていく、そのような恐ろしい波動が、地球上に折り重なっているような、 そして、今後それがますます増幅されるような予感がしています。

 ただし、希望を捨てているわけではないですよ。まだやれることはあるはず!

無責任・・・

クレイジーキャッツの「無責任シリーズ」なら笑えるんじゃが・・・

離脱派のトップどもの無責任さには開いた口が塞がりません。

勝ち逃げといえば聞こえが良い気がしますが、民意は残留希望多数と判ったとたん「沈没間際の船から逃げ出すネズミ」のように逃げ出す・・・酷いものです。

あ・・・某民〇党や維〇の党の前身の連中も似たようなものか?自民が傾きそうなんで逃げ出した奴らが迎合したんだっけ?

英国民もいい迷惑だよなぁ・・・まあ酷いわ。

No title

彼岸花さまの言葉はどれも重たいです。

でも、もしEU残留派が勝利していたら、これほどまでに深く、
さまざまな側面から、世界のいまを考えていたでしょうか。

だぶん安堵の気持から、それ以上は何も考えなかったと思うのです。
それどころか国民投票を、直接民主制の勝利として絶賛したかもしれない。
都合のいい結果なら、洗練された民主主義のお手本、
都合の悪い結果なら、衆愚のポピュリズムになったのではたまりません。

正直なところ、私にはこの問題に答えは出せませんし、
離脱派の勝利にも、「まさか!ウソやろ、ようやるわ」でしたから、
そうとうバイアスが掛かっているわけで、論じる資格もありません。
長い目でみればどういう結果になるか、それも分からないのです。

ただ国家の未来を賭けて、危険な賭博をした責任は重いです。
そのなかでも、わたしのもっとも大きな疑問は、残留派は、
離脱に傾く国民への説得に、なぜ失敗したのかということです。
敗因を考えるのは、国民投票の功罪を問うより大切だと思います。

困ったことになりました。とても不吉な予感がするんです。
否が応でも悪夢を見せてくれます。わたしたちの望まぬ未来を。

こうした右傾化や排外主義は全世界的な現象ですが、
どの国でも、そうした勢力が台頭すれば、危機感を抱くリベラルも
それに対抗できるだけの人々が立ち上がって、食い止めようとしている。
しかし日本は、恐竜とカマキリみたな差が、最初からついている。

友達を誘って選挙に行っても、自分以外の全員が
自民党に入れていたというオチでは、実際に困りますからね。
だが説得がむずかしいわけで…みんな笑ってばかりです。

今、いちばん考えなければならないのは、そこだと思います。
プロフィール

彼岸花さん

Author:彼岸花さん
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『しだかれて十薬忿怒の息吐けり』

『南亭雑記』の南亭師から頂戴した句。このブログになんともぴったりな句と思い、使わせていただきます。
十薬とはどくだみのこと。どくだみは踏みしだかれると
鮮烈な香りを発します。その青い香りは、さながら虐げられた若者の体から発する忿怒と抗議のエネルギーのよう。
暑い季節には、この強い歌を入口に掲げて、私も一民衆としての想いを熱く語りましょう。

そして季節は秋。
一足早いけれども、同じく南亭師からいただいた、この冬の句も掲げておきましょう。

『埋火に理不尽を焼べどくだみ荘』

埋火(うずみび)は、寝る前に囲炉裏や火鉢の燠火に灰をかぶせて火が消えてしまわぬようにしておいた炭火などのこと。翌朝またこの小さな火を掻き立てて新たな炭をくべ、朝餉の支度にかかるのです…

ペシャワール会
http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/pekai/signup.html
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